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カテゴリー: ______シューマン

クラシック徒然草―最高のシューマン序曲集―

2016 OCT 9 0:00:32 am by 東 賢太郎

レコード芸術というものがジャズにもクラシックにもあるということを書いた。それは録音されたレコードやCDという媒体が「商品」という存在であることを製作側も消費者もが認めあった市場において成立、流通しているメディアの一形態のことだ。

演奏会も実は音楽や会場の空気、体験というものが商品であり、それを聴衆がカネを払って買っている。しかし、偽善とまでは言わないが、それはそうではない、オペラやリサイタル、ジャズのライブハウス等に行く自分、それを解する集団の一員である自分を肯定し芸術を賛美し擁護しているというプライドであって、サービスに対価を払うという野卑な商行為ではないという暗黙の了解が成り立っているように思う。

その意味では、オンラインショップやCD屋で録音を売りさばく行為としてレコード芸術はすっきりとわかりやすい資本主義の俎上にある。音楽家といえども仙人ではない。そしてモーツァルトもベートーベンもまったくもって仙人ではなかった。もしも彼らがレコード芸術というものを手にしていたならきっと売り上げを大いに気にし、ライバルと競っただろう。

グールドやビートルズは演奏会を否定したが聴き手がそうなる道理は特に見つからない。僕はコンサートやライブハウスで受けるサービスという商品に対価を支払って楽しんでいるし、同時にCDという商品を求める消費者でもある。しかしそうして資本主義原理によって決まるプライス(CDやチケットの「お値段」)を介することによって芸術は商品として市場に埋没し、流通しなくなる運命を背負っているということはもっと気づかれないといけない。

英国のグラモフォンという老舗の音楽誌がある。ここに執筆する評論家諸氏はさすがに資本主義の元祖であるジェントルメンで、録音(商品)の演奏ばかりでなく音質のクオリティや演奏様式の希少性などを総合的な価値としてプライス(単価、例えば何枚組か)が妥当かどうか、つまり商品価値としてgood value for moneyかどうかを推奨の判定基準とする人がいる。

これはレコード芸術はゲージュツであって商品などではないというスタンスが基本であるわが国ではあまりみられない。その割に「精神性」のような形而上的な要素が価値を膨らませて、雑音ばかりで音すら聴き取りにくい「巨匠の名演」が高値で取引されたりするわけだ。これは芸術はおろかゲージュツでもなく、神棚や仏具を選ぶのに近い。

僕は自分のLP、CDのコレクションの中に、神でも仏でもないから御利益は特にないが、その代わりに何度聴いても喜びを与えてくれる素晴らしい録音をいくつも知っている。それが英国の評論家なら激賞しそうな廉価盤だったりするから面白い。僕は証券マンだから good value for moneyには目がない。それを探すのがCD屋に出入りする理由の一つだったりもする。実にささいな動機だが、良いものを安く買った快感とは株や債券だけで味わうものではないと思っている。

何が良いかはひとえにその人の音楽趣味による。valueとは自分のそれに合うかどうかという相対的なものであって、世にいう「名盤」に絶対的価値があるわけではない。これまでいろいろ録音をご紹介してきたが、それはたんに僕が好きだというだけであって、食べ物、野球チームの好みや政治信条 みたいにプライベートなもので、音楽においてそれが何かは64種類のブラームスの交響曲第2番の感想文を書いたのでもはや白日の下に晒されただろう。

51o4ypbrhtl-_sx425_それを読んでいただいた方はどうして僕がこの「シューマン序曲集」が好きかはお分かりいただけると思う。これは最高に素晴らしい。何度聴いてもいい。秋にぴったりだ。演奏はなにも変わったこともとんがったこともない。大指揮者でも高性能オケでもなんでもない。録音も東欧的で地味一色である。だからどうしてこれが好きかと言われると困る。あえていうなら「普段着」。欧州でこういうのを気軽に聴いてたからだ。普通の人の普段着、それが映画になったり雑誌のグラビアになることはないだろう。つまり、DGやDeccaみたいなメジャーは商品化しないのだ。それがNAXOSという廉価レーベルだと、商品になっている。その希少性こそ、僕にとっては値千金なのだ。

これはPCなんかで聴いてもわからない、CDをしっかりとオーディオ再生してほしい。滋味あふれるくすんだオケの音色、日常から発揮しているに違いないシューマン演奏に水を得た魚の楽員の音楽性、包み込む見事なホールトーン。オーケストラを聴く喜びを心から味わえる。このコンビが同じホールと録音エンジニアによってベートーベン、ブラームスの交響曲全集を録音してくれたら僕は1枚2500円でも全部買うだろう。しかしこのシューマンは1枚1000円の廉価盤なのだ。レコード芸術の商品価値とはそうやって不可解に決まる。

 

 

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クラシック徒然草―ミュンシュのシューマン1番―

2016 OCT 2 15:15:41 pm by 東 賢太郎

アメリカに住んだ2年間(1982-84)というのは僕のクラシック・ライフにとって危機だった。フィラデルフィア管を聴いたりオーマンディーやバーンスタインやチェリビダッケに会えたりといいこともあったが、とにかくMBAの勉強というのは朝から夜中まで殺人的に激烈で、時間もないし心の余裕なんか微塵もない。最初は英語がさっぱりで授業についてさえいけず、発狂寸前だったと書いてちっとも誇張ではない。

野村證券は当時からハーバード、ウォートン、コロンビア、スタンフォード、シカゴ、MITなどのMBA取得者がごろごろいて、金融界最高峰であるウォートンの入試になんとか合格はしたものの渡米前にそういうこわい先輩がたに散々脅かされた。それも「お前、落第などしたら一生の赤恥だぞ」「また支店に戻すからな」なんてドぎつくだ。人事発令があった当初は、ビジネススクールなんてタイプライターの練習でもするんかいとお気楽トンボの無知であった僕は、それで一気にシベリア出征する兵士の悲愴な心境となっていた。

当時、社則で社費留学資格は独身ということになっていた。留学したいと挙手したわけではなく突然の社命だったのでこれは調子悪かった。梅田の寮生活が2年半あってそろそろと思っており、2月の結婚を決めてしまった。先日先輩のご令息の結婚式があって、イケメンの彼はコロンビア大学のMBA留学が決まって「アメリカに一緒に行こう!」がプロポーズだったそうだが、こっちはそんなカッコいいもんじゃない、家内には結婚して一緒に行ってくださいとお願いしたのであり、その先には人事部長へのお願いという難事が立ちはだかる綱渡りだった。このお願いが通ったので社則がかわり、野村の若手ホープであるご令息はプロポーズできた?ということになるのを彼は知らないだろう。

そんなドタバタだったからアメリカに送る荷物にLPレコードを入れようなんて発想は出ようもない。認めてやるから最初の半年は一人で行けという会社の妥協的お達しで新婚もへったくれもなく単身赴任、しかも大学院の寮で米国人とルームシェアだったから音楽なんてきけない。これは参った。授業はわからないし予習復習に追いまくられてマックで外食する時間も惜しく、毎日自炊?でラグーソースをぶっかけたスパゲッティで生きのびていた。心身ともに栄養失調でふらふらだった。

やっと半年たって家内が来てくれて生き返った。部屋は家族用の寮に引っ越した。しかし勉強はますますハードになってきて毎日図書館にこもって猛勉強で、深夜0時に来る校内警察のパトカーで帰宅していた(そんなに治安が悪かったのだ)。そうこうして、やっとなけなしの貯金で念願のオーディオ(安物のカセットプレーヤー)を買った。ダウンタウンのサム・グッディというレコード屋に毎週末しけこんで飢えた狼みたいにカセットテープを買いあさった。これと家内がつくってくれる日本食でなんとか発狂と餓死だけはまぬがれたというところだ。

しかしだ。店頭に並んでいるカセットのレーベルはというとCBSやRCAやVoxなど米国ブランドばかりで、英国のEMIとDeccaは少しあったがDGなどドイツ語圏レーベルはほぼ皆無だった。なるほど、これが「米国市場」というものなのか。指揮者はトスカニーニ、ストコフスキー、ミュンシュ、ライナー、セル、ワルター、オーマンディー、ショルティ、ラインスドルフ、スタインバーグ・・・おいおいドイツ人はどこだよ?おれはドイツ人がやったベートーベンが欲しんだ。

欧州から呼んだり亡命してきたりした彼らはいわゆる「外タレ」軍団で、彼らが振った米国のオーケストラのレコードを「本場もの」として付加価値をつけて売る。そうやって米国市場は「閉じて」おり米国資本が潤う仕掛けが出来上がっていた。それは英国もそうで、フルトヴェングラーやカラヤンに英国のオケを振らせたのだが米国は亡命ユダヤ人に強みを発揮していた。ドイツ語を母国語とするオーセンティックな巨匠がベートーベンやブラームスを本場流に聞かせる、そこに価値があったのである。

余談だが、そうやって拡大したクラシック米国市場は情報・メディア・テクノロジーを牛耳るユダヤ産業であり、外タレにドイツ人がいないのも道理であった。ナチだったカラヤン招聘など論外であり、真偽はともかく反ナチといわれたフルトヴェングラーはドイツ系に熱望されたがユダヤ勢力に潰された。クレンペラーは首尾よくシェーンベルグもいたロスに呼んだが、あいにく彼はチープな米国文化が大嫌いだった。そこで産業が熱望したのは米国国産のユダヤ人のスターだ。それがレナード・バーンスタインの正体である。

ふたりのユダヤ人、ワルターが持ち込みアブラヴァネルがユタで全曲録音したマーラーの交響曲はバーンスタインの伝道で新たな「旧約聖書」となった。ドイツ音楽産業の本丸DGはLPの恰好な長時間コンテンツとして無視できなくなったマーラーをおずおずとカラヤン、イタリア人ジュリーニ、はたまた極東の小澤に録音させた。遠巻き作戦を転換してウィーンフィルによるバーンスタインのマーラー録音に踏み切ったのは、バレンボイムがイスラエルでワーグナーを振ったぐらいの歴史的事件だ。僕はVPOのヴィオラ奏者から「マーラーはバーンスタインに教わった」との証言を得た。それがいい口実になったということだ。

英国EMIはフィルハーモニア管を人質に差し出して米国を逃げ出したクレンペラーを囲い込み、マーラーの弟子としてワルター、バーンスタインの向こうを張らせにかかったが、彼のマーラーは辛口で大衆うけせず、審美眼から駄作は振ろうともせず、結局は旧約聖書ビジネスとしてはうまくいかなかった。米国・ドイツの狭間でユダヤ資本を巧妙に抱き込んで立ち回る英国の政治経済でのずる賢さをここにも見るが、それがいつもうまくいくわけではないということだ。ちなみにその近年最大の失敗策がEU離脱国民投票実施の愚だったのである。

閑話休題。

ところがフィラデルフィアはイタリア系移民が多い街だ。ドイツ物の需要はさほどでもなくストコフスキー、オーマンディーに独墺のイメージは薄い。だからナポリ人のムーティ―が後任にうまくはまったがサヴァリッシュはいまひとつだったのだ。ムーティーはドイツ物音痴ではないが僕が定期会員だった2年間、あんまり取り上げなかった。「サム・グッディにドイツ語圏レーベルはほぼ皆無だった」のは理由があったわけだ。マーケティングの生きた勉強にはなったが、部屋のカセットは増えてもドイツ人によるドイツ物への渇望はちっとも癒えない。そうでなくても僕のチェコフィルやDSKを好む東欧趣味は既に確固としてできあがっていたものだから、ドンシャリのアメリカ流の安っぽいブラームスなど歯牙にもかけたくない上から目線ができてしまった。

51npsfxd1el-_sx425_そういう飢餓感のなかで、オイゲン・ヨッフム(!)がバンベルグ響(!)を連れてきてやってくれたベートーベンのPC4番(娘のヴェロニカのピアノ)と交響曲の7番、アカデミー・オブ・ミュージックの忌まわしいほどくそひどい音響にもかかわらず、かつてこんなに渇きをいやしてくれたコンサートはなく、まさしく絵にかいたような砂漠のオアシスであった。ドイツ物タイトルを買い揃えていたらシューマンのシンフォニーで、米国のオケではあるがとてもドイツ的な音と演奏の楽しめるものを発見した。セムコウ/セントルイス響の全集がそれだ。感涙ものだった。本当にお世話になった。

6700247そしてなんといっても毎日のように聴いて格別に思い出深いのはミュンシュ/BSOの1番「春」だ。これは本当に素晴らしい。ラッパがあっけらかんと明るいが、ミュンシュはそれを逆手にとって終楽章のトランペットの合いの手、パラパパパパの軽妙なリズムを浮き立たせて個性としてしまっているからしたたかだ。それが耳に残って離れないから作戦大成功だ。こういうきわめて特別(occasional)な思い出と一体となった音楽の記憶は一生ものなのだろう、聴くとちょっとしたフレーズの特徴にでもあの頃を思い出すが、それは昭和の歌謡曲で学生時代が目に浮かんでくるのとなんらかわりない。この演奏はアメリカのオケ=チープという、今思うと大きく見当はずれの偏見を根底から払しょくしてくれた恩人のような存在で、本稿に縷々書き綴った我が若き日の物語が詰まったものだ。いま我が家の装置で鳴らした堂々たるボストン・シンフォニーホールの音響は、当時のカセットの貧しい音からは想像もつかぬ、有無を言わせぬシューマンの音である。ミュンシュという人はスタジオ録音でもライブのような棒であったとみえ、アンサンブルはテンポの変化でやや乱れたりするがそれが魅力であったりもする。僕のような思い入れがなくとも、当時のボストン響は非常に優秀でありこの演奏も活気に満ちた名演となっている。これをぜひ聴きいただきたい。

 

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(2)

 

 

 

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シューベルト 交響曲第2番変ロ長調 D.125

2016 JUL 31 0:00:03 am by 東 賢太郎

7月のように大凶で気が滅入ったときに明るくしてくれる音楽の一つがシューベルトの交響曲第2番です。僕はシューベルトの交響曲でこれを未完成とザ・グレートの次に愛しています。なにせ17才の作品だから習作と思われているかもしれませんが、与えてくれる愉悦感と生命力は大きなものです。

17才前後の作品というとモーツァルトは交響曲第29番、メンデルスゾーンは真夏の夜の夢序曲、ビゼーは交響曲ハ長調です。いずれ劣らぬ天才の作ですが、中でもシューベルト2番は旋律美にあふれ、形式美、管弦楽の色彩とのバランスにおいて秀逸と感じます。ハイドン、モーツァルト、ベートーベンの系譜のど真ん中に位置する立派な作品です。

シューマンは2番をザ・グレートに触発されて書いたとされますが、ブラームスはシューベルト2番に賛辞を残しており、年下の彼が知ることになったのだからシューマンがこれを知っていた可能性はあるでしょう。

2番の第3楽章はこうです。

これがシューマン4番の第3楽章です。

これをどう聴くかは皆様の主観ですが・・・。

第4楽章の展開部に不安定な短2度の緊張から転調に至る高揚があり、その頂点で弦のユニゾンで新しい動機が強い主張をする(ここ)、

schubert3

またはヘ長調から変ニ長調への唐突なものをはじめとする目まぐるしい転調など、ザ・グレートへの進化の種子を感じます。低弦のユニゾンが下がっていって転調するのは未完成の萌芽です。

 

ホルスト・シュタイン / バンベルグ交響楽団

51Ail1cpyyL._SX425_この曲の真価を教えてくれたばかりか、古典派におけるオーケストラ演奏の「究極」の美しさをさえ伝えてくれる最高の名演です。中欧系のオケの美質がどんなものか知りたい方は、この弦のスタッカートの入念でありながら生命力にあふれた音、管楽器の素晴らしいピッチと自発的なリズムの活力、出しゃばらないが見事な存在感でくすんだマストーンのインパクトを形成する金管と打楽器をお聴きになるといいでしょう。この2番は僕の宝物のひとつですが、オーケストラとは不思議な生き物で、この全集の未完成はまあまあ、ザ・グレートはかなり不満で終わっています。

 

ウォルフガング・サヴァリッシュ/ ドレスデン・シュターツカペレ

591古雅な味わいでバンベルグ響と双璧のDSKはこれとブロムシュテットがありますが僕の趣味はこちらです。第1楽章、ヴァイオリンが軽い弓で刻むスタッカートの合わせと見事なピッチ、第2楽章の室内楽的な沈静、第3楽章の活力(大変にシューマンを想起させる)、終楽章は無窮動的に走らず交響曲の威容と終結感を出しますが木管はチャーミングの極みです。総じて彼のシューマン全集に通じるものがあるので、それが好きな方はこちらも趣味に合うものを発見するでしょう。細かいことですが第2楽章第4変奏の4小節目でホルンのgとクラリネットのf#が短2度でぶつかる(おそらくシューベルトの意図せぬミス)のがはっきり聞こえています。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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英国人がドイツのオーケストラを振ると?

2016 JUN 27 2:02:12 am by 東 賢太郎

きのう父から電話があって、「癌が治った」らしい。去年の末に前立腺に見つかってこれはまずいということでホルモン剤の注射を3回うったのですが病院も「癌もトシよりですから」ということで様子見だったのです。

そういえば自分の健康のほうは忘れていて、体重はみごとにボトムを打って反転。腹囲もまずい。思えば今年は2回しか走っておらず、気がついたらもう半分過ぎてました。ということで天気もいいし二子玉川10キロコースへ。

途中、橋のところで猫をさがして寄り道。猫は好きな人がわかるので寄ってきて、腹を上にしてコロンとなる。しばし撫でて遊ぶ、これが効果絶大なヒーリングになるんですね。

そして、意外に問題なく完走。体は若いなとにわかに自信が出てきて、最近の相場の変調でへたってたのですが疲労が一気に吹っ飛びました。ふつう疲れるもんですが、体と心は別なんでしょうか。

途中で気のせいかもしれませんが、どこかのお家からシューベルトの即興曲・作品90-3変ト長調のメロディー?らしきシ♭ がきこえて、帰ってすぐ弾いてみるとやっぱりそのシ♭ みたいで、このところシューベルトづいてるもので不思議でした。この曲の美しさは尋常じゃない、練習しなきゃ。

モーツァルトより5才も若い31才で死んでしまってまだ世に多くを「発見」されていなかったシューベルトを見出したのはシューマンです。さすがの眼力ですね、このことはどんなに強調されても足りないでしょう。

面白いのは彼らドイツ(語圏)の音楽家がハイドン、モーツァルト、ベートーベンのソナタ形式、交響曲の血脈の真ん中にいた、それがEUがドイツ主導になってしまうのとどこかダブルフォーカスすることです。

彼らの根っこには大バッハがデンと鎮座していた。フーガを書く技法で彼はナンバーワン、オンリーワンの人です。それが後輩たちの精緻な主題労作や対位法になる。そして、ハイドンが現れてソナタ形式を完成する。

これはたとえば短歌の57577みたいなもので、ルールという縛りができると遊びは進化するのです。手を使えないサッカーとかですね。その2つが融合した集大成が交響曲だから後輩たちは強かったんでしょう。

そういう緻密さはラテン系、スラヴ系にはなさそうです。形式論理性というか。そして、その才能とまじめさが車や機械や重化学プラントを作ったりに発揮され軍事力につながった。

EUはもともと欧州石炭鉄鋼共同体でドイツを抑える意味あいがあったわけですが、それが反転してしまったのはお前らが怠け者なだけだというドイツ人の言い分は、そこに住んでいただけにその通りと言いたくなる気持ちもありますね。

英国に6年、ドイツに3年、こういう勤務経験のある日本人は多くないでしょうが、Brexitには少々複雑な気持ちを抱いてます。

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たまたまなんですが、シューマンの第3交響曲を英国人ネヴィル・マリナーがシュトゥットガルト放送交響楽団を振った演奏を聴いて、う~んとうならされました。これがすごくいいんです。最高かもしれない。いま一番聴きたい指揮者はといえば、僕は迷うことなくマリナーです。しかも彼のドイツ物がききたい。

 

2010年だったかN響を振ったライン交響曲があって、これにいたく感動したのです。僕にとってこの曲は人生のひとこまであって重たい。良いと思うことなどめったにないのですがあれは本当に名演だった。

このCDは宝物です。シュトゥットガルトは気候はラインガウとは異なりますがアウトバーンを飛ばせばそう遠くはなく、このオケの楽員であそこに行ってライン川を高台で眺めながら葡萄畑の中の修道院クロスター・エバーバッハなんかでワインを飲んだことのない人はまずいないだろう。

その彼らが明らかに喜びを感じてmusizieren、音楽している、これってすごいことなんです。第5楽章の内側からわきおこる喜び!これに勝る演奏は知りません。どうやって楽員をここまでのせたんだろう?マネジメントの仕事を長いことしているとそういうことにまで関心がいきます、それほどのものです。

それを英国人がしている、そこがまた渋いですね。もと敵国だからね。しかも音楽は英国が後進国だ。マリナーさんという人はきっとひとかどの人物なんでしょう。そして、ところで、彼は大正13年(1924年)生まれ、うちの親父と同い年の92才だ。

いつまでもお元気で、もう一度、ドイツ物をきけたらいいなあ。

 

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アシュケナージ/N響のエルガーを聴く

2016 JUN 24 0:00:29 am by 東 賢太郎

 

指揮:ウラディーミル・アシュケナージ

シューマン/交響曲 第2番 ハ長調 作品61

エルガー/交響曲 第2番 変ホ長調 作品63

(サントリーホール)

このドイツで始まりイギリスが締めるプログラムは英国のEU離脱派にエールでも送るつもりかと思わせる。ジョークならタイムリーだ。

シューマンの曲には精神病の跡を感じるものがあって、2番はそのひとつ。第3楽章に多いが第1楽章にもある。バーンスタインやシノーポリがその軋みをえぐってつらい音をオケから引き出したが、アシュケナージにそれはない。平穏に通り過ぎて、音楽に語ってくれだ。といってドイツ的な堅牢さを追求するわけでもない。アレグロのテンポは中庸で沸き立つアンサンブルを聴かせるでもない。何がしたかったかよくわからないまま終わった。

これは前座なのさということか。

ドイツ語圏で生まれ育った「交響曲」なるフォーマット。フランス人、ベルギー人、チェコ人、ポーランド人、フィンランド人、エストニア人、スエーデン人、デンマーク人、イタリア人、ハンガリー人、英国人などが参加して作ったが、どれもマイナーでドイツ人のひとり天下。交響曲ワールドはまるでEUそのものである。

エルガーはそのワールドでの英国代表選手だろう。ヴォーン・ウイリアムズ、ウォルトンという好敵手もいるが、たった2曲だけで存在感を出している。その2番をN響はうまく演じたと思う。なんでも弾ける優秀な放送オケだ。

英国に6年間居住した者としてエルガーの音楽は機微に触れるものを感じるが、しかしEUチームのレギュラーポジションを取れるかという微妙かなとも思う。僕はお世話になった英国が好きだが、遠い先祖までたどってもDNAは共有してないなという感じがする。風土も食事も酒も国民性も女性も、そして音楽もだ。

エルガーは調性を捨てなかったがとても非論理的、非機能和声的、非ドイツ音楽的方向に進んだ。しかし、にもかかわらず、捨てなかったわけだ。どうも煮え切らず、曖昧模糊、メッセージがドカンと出ない。ドグマティックでない、理屈っぽくない良さを愛でるのは日本人に好かれる要素だが、僕のような理屈っぽい人間はそれならソナタ形式で書く必要ないんじゃないのと思ってしまう。

ロシア人でありユダヤ人であるアシュケナージはすべての挙動が謙虚でいい人だ。ピアノだって、ものすごい腕の良さだがメカニックにならず、何を弾いてもおっとり人間的で温和な気遣いが根っこに感じられる。技の鋭利なキレ味や豪放な盛り上げや神経質なピリピリとは無縁だ。指揮なんだからもっと大家然としていいと思うがしない。いまの時代のリーダーには向いているのかもしれないが。

 
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クルト・マズアの訃報

2015 DEC 21 1:01:46 am by 東 賢太郎

クルト・マズアさんが亡くなった。クラシックに熱中しはじめた高校時代におなじみの懐かしい名前だ。アズマの反対だけどスペルはMasuaで、ドイツ語ではSを濁ってズと読むことを初めて知った。クラスのクラシック仲間がふざけて僕をケント・マズアと呼んだが、さっき調べたら氏の息子さんはケン・マズアさんだった。

mazua1だからというわけじゃないが、彼のベートーベン交響曲第5番、9番(右)は僕が最初に買った記念すべき第九のレコードとなった。だからこれで第九を記憶したことになる。なぜこれにしたかは覚えてない。ひょっとしてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(以下LGO)に興味があったかもしれないが、2枚組で3600円と少し安かったのが真相という気もする。

mazur感想は記録がなく不明だが、音は気に入ったと思われる。というのは第九を買った75年12月22日の4日後に同じマズア・LGOのシューマン交響曲第4番を購入しているからだ(右)。大学に入った75年はドイツ音楽を貪欲に吸収していた。5月病を克服した6月に買ったジョージ・セルの1,3番のLPでシューマンを覚え、4番にチャレンジしようと7月に買った同じLGOのコンヴィチュニー盤があまりピンとこなかったのだ。それはフォンタナ・レーベルの詰めこみすぎた冴えない録音のせいだったのだが・・・。ということはシューマン4番もマズアにお世話になったのだろう。

マズアはドイツ人にしてはモーツァルト、シューベルト、ワーグナー、ブルックナー、R・シュトラウス、マーラーのイメージがないのが不思議だ。モーツァルトはシュミットとのP協全集はまあまあ、ブルックナーは4番を持っているがいまひとつだ。東独のオケ事情、レコード会社との契約事情があったかと思われる。

mazurそこで期待したのがブラームスだ。76年録音。ロンドンで盤質の最高に良い79年プレスの蘭フィリップス盤で全集(右)を入手できたのはよかったが、演奏がさっぱりでがっくりきたことだけをよく覚えている。4曲とも目録に記しているレーティングは「無印」だ。当時はまだ耳が子どもで激情型、劇場型のブラームスにくびったけだったからこの反応は仕方ない。とくに音質については当時持っていた安物のオーディオ装置の限界だったのだろうと思う。今年の4月現在の装置で聴きかえしてこう書いているからだ。

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(9)

mazua2ところでここに「フランクフルトでフィデリオを聴いたが、まさにこの音だった」と書いたが記憶違いだった。プログラム(左)を探したところ、1988年10月3日にロイヤル・フェスティバルホールであり、しかもオケはロンドン・フィルであったので訂正したい。ケント公エドワードご来臨コンサートで英国国歌が演奏されたようだが記憶にない。当時のロンドンでドイツ人指揮者というとテンシュテット、ヨッフム、サバリッシュぐらいでカラヤンが来たのが事件だった。そこに登場したマズアはきっと神々しく見えたんだろう、響きも重くドイツ流ですっかりドイツのファイルにメモリーが飛んでしまっていたようだ。この4年後に言葉もできないのに憧れのドイツに住めたのが今となっては信じ難い。

この記憶はこっちと混線したようだ。

ブルックナー交響曲第7番ホ長調

94年8月28日、フランクフルトのアルテ・オーパー。これがマズア/LGOの生の音だったがこれよりもフィデリオの方がインパクトがあった。

マズアの録音で良いのはメンデルスゾーンとシューマンのSym全集だ。これはLGOというゆかりのオケに負うところもあるが低重心の重厚なサウンドで楽しめる。ブラームスもそうだが、細かいこと抜きにドイツの音に浸ろうという向きにはいい。ベートーベンSym全集はマズアの楽譜バージョン選択の是非と解釈の出来不出来があるが現代にこういうアプローチと音響はもう望めない。一聴の価値がある。

なにせLGOはモーツァルトやベートーベンの存命中からあるオーケストラなのであり、メンデルスゾーンは楽長だったのだ。61才までシェフとして君臨したコンヴィチュニーに比べ70年に43才で就任したマズアはメンゲルベルクと比較されたハイティンクと同じ境遇だったろうと推察する。若僧の「カブキ者」の解釈などオケが素直にのむはずもないのであって、正攻法でのぞむ。それが伝統だという唯一の許されたマーケティング。だからそこには当時のドイツ古典もの演奏の良識が詰まっているのである。

意外にいいのがチャイコフスキーSym全集で、カラヤン盤よりドイツ色濃厚のオケでやるとこうなるのかと目からうろこの名演だ。悲愴はすばらしく1-3番がちゃんと交響曲になっているのも括目だ。ドイツで買ったCDだがとびきり満足度が高い。そしてもうひとつ強力おすすめなのがブルッフSym全集で、シューマン2番の第1楽章などその例なのだが、LGOの内声部にわたって素朴で滋味あふれる音響が完璧に音楽にマッチして、特に最高である3番はこれでないと聴く気がしない。

エミール・ギレリス、ソビエト国立響のベートーベンP協全集は1番の稿に書いたとおりギレリスを聴く演奏ではあるが時々かけてしまう。お好きな方も多いだろう、不思議な磁力のある演奏だ。76年ごろのライブでこれがリアルタイムでFMで流れ、それをカセットに録って擦り切れるほど聴いていた自分がなつかしい。以上。ニューヨークに移ってからの録音が出てこないのは怠慢で聞いていないだけだ。

こうして振り返ると僕のドイツものレパートリー・ビルディングはLGO時代のマズアさんの演奏に大きく依存していたことがわかる。師のひとりといえる。初めて買った第九は、彼との出会いでもあった。75年12月22日のことだったが、それって明日じゃないか。40年も前のだけど。

心からご冥福をお祈りしたい。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

(こちらをどうぞ)

ベートーベンピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15

ベートーベン ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37

メンデルスゾーン交響曲第4番イ長調作品90 「イタリア」

 

 

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クラシック徒然草-カティア・ブニアティシヴィリ恐るべし-

2015 JAN 31 18:18:44 pm by 東 賢太郎

先日、ラヴェルのマ・メール・ロワを書きながらyoutubeを見ていたら、こんな演奏にあたった。ラヴェル 「マ・メール・ロワ」 の最初の楽譜(第3曲 「パゴダの女王レドロネット」)を見ていただきたい。

とても速いテンポで始まる。それが中間部に入るや第二ピアノの女性がすごいブレーキを踏んで、完全に集中して自分のペースに持ち込んでしまう。相手はいまやピアノ界の大御所、天下のマルタ・アルゲリッチ様である。この女性は何者だ?

関東の女性の方からボレロについてメールをいただいたと書いたが、そこに「グルジア人でKhatia Buniatishviliという現在27才の大変美しいピアニストがいます」とあった。まったくの偶然だが、タイトルを見てみるとこの第二ピアノの女性こそがまさにそのカティア・ブニアティシヴィリだった。

さっそく他の演奏を聴いてみる。このブラームスの第2協奏曲には仰天した。見事に曲想をつかんで弾けている。しかし第2楽章で同じミスタッチを何度もする。圧巻は終楽章のコーダに移る部分。完全な記憶違いで音楽が止まってしまい会場が凍りつく。本人も驚いてすぐ弾きはじめるが、大事な経過句をぶっとばしたかなり先だ。オケがついていけずしばし独奏状態となるが、やがて事なきを得て終わる。

なんともおてんば娘だが、それでも満場の喝采をうけ、オケも祝福している。これは彼女21歳のルビンシュタイン国際コンクールの映像で、第3位に入賞している。いや、その年でこの曲を弾けているだけでも普通じゃない。そして大チョンボをしでかしても周囲を応援団にしてしまう。この子はものすごいオーラを持って生まれている。

このシューマン、かなり恣意的だが説き伏せられる。終楽章のテンポなど僕は容認できないが、頭はそう思っても最後は拍手している。そしてアンコールのリストを聴いてほしい。指揮者もオーケストラ団員も一人残らず彼女の世界に引きずりこまれ、息をひそめて彼女の「聴衆」になってしまっている。こんな光景はなかなかない。

このグリーグは参った、降参。これは男には描けない究極のフェミニンな世界だ。それにこんな風に視線を送られたら指揮者も彼女に指揮されてしまうしかない。ちなみにこの指揮者はここで絶賛したトゥガン・ソヒエフだ( N響 トゥガン・ソヒエフを聴く)。彼も彼女もグルジア人。スターリンを出した地ではあるが、才能の宝庫でもあり、一度行ってみたくなるばかりだ。

終楽章のコーダは傑作である。ピアノが猛スピードで突っ走って指揮者がえっという表情を浮かべ、オケのトゥッティでいったんテンポを引き戻す。しかし火がついてしまっている彼女は駆け登るアルペジオでオケより先に頂上に行きついてしまい、最後を2度くりかえして帳尻を合わせる。最後の和音連打はもう早くしてよと催促し、最後のイ音を思いっきり連打して溜飲を下げて終わる。こんなのは普通ありえないが、彼女のヴィジュアルを含めた総体が発する強烈なオーラがそれを正当化してしまい、ご愛嬌になってしまう。これはこれでひとつの芸だ。

スタジオで録音されるためのミスのない、きれいに整えることを目的としたような演奏はほんとうにつまらない。スーパーに並ぶF1のパック野菜のようだ。カティアの産地直送とりたて丸かじりはそれに対する新鮮で野性味あふれるアンチテーゼだ。少々トマトの形が不ぞろいでもいいじゃないかということで、彼女のたくさんあるミスタッチは勢いに飲みこまれている。このままだと、彼女が有名になればなるほど賛否両論が出てくるだろう。

ベートーベンにピアノを教わったチェルニーは「たとえミスタッチが無くても、義務的な気のない弾き方をすると怒られた」と書いている。逆に自発的で気の入った生徒のミスには寛容だったそうだ。そういうことだろう。上記ブラームスも、彼女は曲を良くつかみ、共感し、曲に「入ってしまっている」ことは争えない。2番を女性が苦労して弾いている危うさが全然ないのであって、じゃああのミスは何かといえば、第2楽章も第4楽章も技術不足ではなく記憶違いだ。つまりスコア・リーディングの問題である。

この破竹の勢いでモーツァルトやベートーベンを弾いて今すぐ世界を納得させられるかというと疑問だが、スコア・リーディングは学習と共に人間の内面の成熟にも関わることで、時間が解決するのではないか。それよりも、彼女の持っている天真爛漫さ、集中力、聴くものを金縛りにする吸引力といった、訓練によっても時間をかけても獲得できるとは限らない天性のほうを買いたい。1987年生まれの27歳、恐るべし。

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ブニアティシヴィリを初めて聴く(2月18日、N響B定期、サントリーホール)

 

東京一と思ってる世田谷の鮨屋でのこと。ユーモアのセンス抜群の脳外科医の先生が、ちょっとほろ酔い加減で、「知ってます?大きな声じゃいえませんがね、ここのスシはね、親父がこっそり麻薬いれてるんですよ。だからときどき食いたくなって困るんです。」とわりあい大きな声でおっしゃって、親父も客も爆笑。たしかに、また来たくなる味なのだ。

今日初めて実物を見た彼女、それを思いだした。曲はシューマンのコンチェルト。ビデオで見た通りの美貌だ。たまたま同曲の画像を本稿に貼ったがひょっとしてドレスは同じものか?(すいません、女性の服はあまり見分けがつかないので)。しかし「麻薬」はそれじゃない。

満場を金縛りにするピアニッシモの威力のほうだ。

オケの一撃に続き、脱兎のごとく下るピアノの和音。クララ主題は触れればこわれるほどひっそりとデリケートに奏でる。このピアニッシモが電気みたいに痺れる。くせになる。この人、静かになるとおそくなり、大きくなるとはやくなる。その静かなところの吸引力たるや、ブラックホールみたいだ。

と思うと、最後に急にアッチェレランド(加速)してそのまんまポーンとオケにぶん投げる。オケはあらぬ速さで受け取ってしまい、早送りの画面みたいにあくせく弾く。それを楽しんでる風情だ。カデンツァもゆっくり弾きこむと思いきや、中途でいきなりトップギアが入る。テンポは常に生き物みたいに流動。こういうのは男性ピアニストがやろうものなら、お前、今日ちょっと大丈夫?っていう性質のものだ。これは僕がかつて聴いた、ボラティリティ(振幅)最大のシューマンである。

男はこういうイロジカルな情動はあんまりないし、ついてもいけない。指揮者(同じパーヴォ・ヤルヴィだ)はじっくり彼女とアイコンタクトして合わせてしまうからフレキシブルなこと称賛に値する。圧巻は第3楽章だ。ビデオも快速だがこんなのかわいいもんだ、今日のは驚天動地としか言いようもない。僕の人生で、いやもしかして人類最速のシューマンだ。仮にだが僕が指揮者だったら?ごめんなさいと棒を置いて家に帰るだろう。ピアニストが男だったら?なんじゃ、おい、それはラヴェルか、ええ加減にせいと棒を投げつけるだろう。

腕前はフォルテのタッチが荒っぽく、緩徐楽章に一音だけ変なのがあったが、まあうまい。しかしこの人をクラウディオ・アラウやユージン・イストーミンと比較はできない、女性の子宮感覚みたいなものかもしれないし、女性であってもマイラ・ヘスやアニー・フィッシャーと比べてもナンセンスだろう。伝統とか様式とか思考という言葉や概念を超越した、感性のピアノだ。

その演奏スタイルが彼女なりにビデオより格段に自由自在に操れるようになっており、手の内に入っている。なりふりかまわぬ我が路線で、現在進行形で進化しているようだからやはり恐るべしだ。しかし、魅力的なところもたくさんあったのだが、暴れ馬に結局ふり落されたまんま終わってしまった感じが残る。残念ながら不完全燃焼だった。 会場もブラボーは飛んだが僕と同じ思いの方も多かったのではないか。

そしてそおっとひそやかに始まったアンコールのドビッシー「月の光」。

したたかな女性はちゃんと自分のチャームポイントを心得ているのだ。緩急自在、伸縮自在のピアニッシモの嵐!もうシューマンは忘れ、忘我の境地に入っている自分を発見する。やっぱり麻薬にやられてしまった。

 

(その前後の演目、R・シュトラウスの変容とツァラトゥストラについて。後者は並みのオケだと音がだんごになって濁りがちな部分があるが、まったくなし。23パートのソロ・アンサンブルである前者は言うに及ばず、この日は良いピッチで透明感のある弦がまことに効いており、その純度が管にも伝播しているようだった。何度もしつこく書いてきたことだが、この日はコンセルトヘボウ管弦楽団のコンマスであるヴェスコ・エシュケナージがそこに座ったのだ。ヴァイオリンのみならず、弦の質感が違う。ネロ・サンティもそうだったがヤルヴィも、おそらく、そう感じているのであり、ワールドクラスの音を作ろうという強固な気構え、コミットメントが見える。本当に良い指揮者を迎えたと思う。このツァラトゥストラはかつて聴いた最高の名演であり、世界に問うてN響の名誉になるクオリティの演奏だった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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シューマン ピアノ協奏曲イ短調 作品54

2015 JAN 17 23:23:57 pm by 東 賢太郎

昨日disk unionへ行ったと書いたが、Saitoさんとのご縁もあったしもうひとついいことがあった。このところ探していた中古盤が3つも手に入ってしまったからだ。麻雀でいうと引きがいい日だったようだ。それはこれだ。

バルトーク弦楽四重奏曲全集(ファイン・アーツQ)、メンデルスゾーン弦楽四重奏曲0p12,13(モザイクQ)、シューマンピアノ協奏曲(イストミン、ワルター)

今日はこのうち、先ほどじっくりと鑑賞したシューマンを書く。シューマンの作品54は、古今東西のピアノ協奏曲のうちから「女王」を探すとこれが最もふさわしい感じがする。まさにクラシック・マスト・アイテムの筆頭格である。

僕のこの曲への愛情は半端ではない。所有するLP、CD43枚、最初のレコードは73年のルプーとプレヴィン盤でこれは隅々まで記憶してレファレンスになっているが、一時期に病みつきになったというより常時心のどこかにあって、いつでも取り出して味わいたいという稀なる部類にはいる。頭で楽しむというよりも血肉になっている感じがする。

ラドゥ・ルプー(pf) /  アンドレ・プレヴィン /  ロンドン交響楽団

冒頭、いきなり滝の水が落ちるようにピアノがSfで下降する。これはグリーグのPCの出だしをインスパイアしただろう。ただ、グリーグのはシンプルなT、Dの繰り返しに対しシューマンは増三和音で入る。全曲に増三、減七がちりばめられ深いロマン的な色彩の霧を作っている。

すぐにクララの名を縫いこんだ第1主題がオーボエに現れ、それをピアノが継ぐ。協奏曲の第1主題としてまったく異例である哀愁まで漂わせるこの主題は、それでいてこの楽章を支配し、第2,3楽章の主題の萌芽ともなっている。これはクララ協奏曲と言って過言ではない。

第1ヴァイオリンがG線で奏でる副主題ミファミーレドシラ!これが出てくると僕はもう完全にシューマン世界に引きずり込まれる。

クラリネットがミーレードドードレミ・・・と吹く。第1主題をハ長調にした変奏かと思っていたら、なんとこれが第2主題である。主題対比がないというのはこれまたソナタ形式として非常に異例のことだ。しかし、このクラリネット主題、3回繰り返すがそれぞれに別々の減七和音(3種類しかない)が伴奏でつけられ、色彩は七変化するのだ。

そして現れるこれ!ポエジーの化身のようなこのフレーズ、こんな音楽を書いた人は後にも先にも誰もいない。シューマンのイマジネーションが生む、天才だけの発明だ。

schumannPC

ここは譜面ずらと違ってソーレードソーレードソーラーシーと聞こえる。やってみるとわかるがこれをなめらかに弾くのはたいへん難しい。だからだろうか機械的に弾いてしまう人がほとんどであり、シューマンがこめた切ない憧れを欠く演奏が横行している。

世評の高いアルゲリッチやリヒテルもそうだ。粗暴であっけらかんとしたものだ。詩情のかけらもない。僕はここを聴けば演奏全体がわかってしまうわけで、こんな弾き方をしている人は終楽章も猛獣が襲いかかってきそうなアグレッシヴなものになる。はっきり書くがこの曲をヴィルチュオーゾ風にやってしまうのは非常にお門違いと思う。

逆にここを感じ切って弾いて理想的なのはマイラ・ヘスだ。陰影が夕陽のように美しい。そしてもう一人最高なのが、ユージン・イストーミンである。フレーズの繰り返しの2度目の力を抜くなど、どうしてシューマンがここを書いたのか、この二人はわかっている。こういう所に耳を傾けないでただ名技に喝采するのはクラシック音楽鑑賞としては皮相的なものだ。

このあとオーボエとピアノのかけあいがあってから aminatoになる部分でチェロが重なってくるピアノの左手の和音!玄妙で滋味にあふれ、どうしてこんないい音を思いつくんだか信じ難い。ここからは次々と繰り出される天才の奇跡に唖然としているうち、あれよあれよという間にハ短調のブリッジを経て変イ長調の展開部になる。

冒頭の滝が繰りかえされ、Passionatoからだんだん森深く入っていく。再現部の前の1頁はいつも驚く。和声感がおぼろげになり幻想の霧に迷い込んだようだ。まったく独創的な音楽であり、第1主題が再起すると暗い森からぬけ出てばったりとクララに会ったようだ。僕はラフマニノフのPC3番の第1楽章の再現部前に来るとここを思い出す。やはり単旋律で哀愁がある第1主題だし、あの曲はシューマンが念頭にあったのだろうか。

カデンツァはシューマン自身が書いているが、意外なほどシンプルでまね事ぐらいなら弾ける。するとまぎれもないシューマンの味がする。この味は全曲にわたって4度5度音程でスパッと切れない滓のようなものであって、3度6度の「うまみ」成分つまりブラームスに流れるものだ。しかしまったくシューマン的、シューマネスクなものである。内田光子がベルリンPOとのインタビューで「シューマンの誰にも思いつかない和声創造の才」を語っているが、たしかにそうとしか表現のすべはないだろう。

この曲についてあれこれ書き出すと音楽のワンフレーズごとに何か言いたくなる。どうしようもないぐらいいい曲であり、しかし言おうとすると舌足らずで欲求不満に陥る。まだ僕はこの楽譜を勉強不足であり、もっと機が熟してから楽章ごとにじっくりと思いのたけを述べてみるしかない。弾きたいなあと思う。でもこれは素人の手の出るものじゃない。もし神様がピアノコンチェルトを一曲だけ弾かせてあげようというなら、僕は迷うことなくこれを選ぶ。

 

彼は意味のない符号、休符、あるいは付点を書いたことがありません。書いてある通りに弾いてください。すぐれた洞察力を持つ人にとって必要なものすべてがその楽譜には書かれています。

クララ・シューマン

 

ユージン・イストーミン/ ブルーノ・ワルター / コロンビア交響楽団

51GfskF47GL__SX425_CDを探し求めていた逸品。これが欲しくて仕方なくほとんど持っているワルター・エディションの9枚組を買った。こう弾いてほしいという理想のピアノ!シューマネスクな詩情に感じきり、深い呼吸と煌めくルビーのような音色で湧き立つようにロマンをかきたてる。加えてワルター唯一のこの曲の指揮は名人芸と呼ぶしかない。第1楽章展開部の悲しむように遅いテンポ、ピアノを包み込むがっしりと低弦が支えた深い森のようなオーケストラ。余ほどの名手を集めたのだろう、木管の美しさは群を抜く。終楽章のコーダに向うピアノとオケの微妙なリズムのずれが作る揺れなどワルターの至芸に酔いしれる。この曲を聴いたという究極の喜びにひたらせてくれる名演奏である。

 

マイラ・ヘス/ ルドルフ・シュヴァルツ / フィルハーモニア管弦楽団(1952)

6768_1ピアノはイストーミンと甲乙つけ難い。上記楽譜の部分、フレーズの2度目の音をそっと小さめに変える。ここを聴くだけでこの人の曲のとらえ方がわかる。タッチの美しさと深みは宝石のようであらゆるフレーズに慈しみがこもる。終楽章は遅く感じるが、クララの弟子のファニー・デイヴィースの録音はほぼこの速さであり、これがクララが弾いていたテンポと思う。この演奏を何度も聴いて僕はヘスの音楽性の素晴らしさと同時にこれがこの曲の真の姿ではないかと思うようになった。昨今の快速で剛腕でねじ伏せるような演奏は総じてお門違いというものだ。

 

マイラ・ヘス / ワルター・ゲール / 交響楽団(1937)

ヘスの当曲は2種ありこれは旧盤となる。伴奏オケは不詳だが37年当時としてはうまい。ゲールが優秀な指揮者だとわかる。録音を除けば新盤と甲乙なしで、47才の絶頂期のヘスのピアノは輝きも滋味も最高で、それがこの協奏曲への愛情と献身という方向で古雅な結実を見せているのが実に好ましい。近年、これをラフマニノフと勘違いして弾くピアニストが多く勘弁してくれだ。お品の悪さ極まれりである。これを聴いて芸術の格調とは何か考えてほしい。

 

フェリシア・ブルメンタール / ハンス・スワロフスキー / ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団

5110VGfFT3L__SY450_58年録音。スワロフスキー(1899-1975)はアバド、メータ、ヤンソンスの先生。オケはお世辞にもうまくなく、ブルメンタール女史も現代の完全主義の演奏とは遠い。その19世紀の日常の雰囲気が気に入っている。春の祭典や弦チェレを学生オケが軽々と弾いてしまう今、完璧と引き換えに我々が失ったものがある。このコンチェルトはそれでは困るのだ。上掲楽譜部分(再現部)で省略?があったり不備はあるが、僕はいつもこの曲をそういうものを気にしないモードで聴くことになる。味わい深いピアノだ。

 

アニー・フィッシャー / オットー・クレンペラー / フィルハーモニア管弦楽団

1187475ソリストと指揮者の意見が合わず60、62年にまたがって録音された異形の録音だ。ハンガリー系ユダヤ人のフィッシャー(1914-95)はピアノに向かう時以外は常にタバコを加え、あの恐そうな指揮者に真っ向からやりあう。いやあ、議論したら負けそうな容貌だ。女流のイメージでないのはタッチも同様で、強くクリアで深く、普通はなでるように弾き飛ばす内声まではっきりと聞こえる。だから音楽がごつごつして聞こえるが、一方ppのデリカシーなど一級品。本物だけがもつ底光りした美を発散する。終楽章の入りのテンポは個性的。オケが集中力を欠いて散漫な感じがあるが彼女の指が解きほぐしていく音楽は実に魅力的。交響曲を聴いたようなずっしりした充実感を残す。ライブはミスタッチも多くこの録音も万全ではないが知情意のインパクトで勝利する音楽はピアノというより大指揮者の棒を思わせる。

 

アニー・フィッシャー /  ヨゼフ・カイルベルト / ケルン放送交響楽団

869005957年2月11日のライブ。モノラルで音は古いが、一二を争う大変な名演である。上記クレンペラー盤ではできなかったことをフィッシャーは主導権をもってやり尽くしており、カイルベルトがこれまた見事に応じてがっしりと支えている。冒頭の雄弁なオケに続き、ピアノがそっと入ってくる。このデリケートなタッチと感じきった起伏、高音の澄み切った冴え、ただごとでない雰囲気だ。上記楽譜部分の直前の速い下降音型、雪崩のような気迫で音楽の摂理を完璧にとらえ、ペダルを踏まず低音までじーんと鳴りきる気持ちよさ。こういうのを本物のテクニックといわずして他に何があろう。すべてのフレーズに強い意志がこもり血が通い、ppからffまで自在のタッチで素晴らしいファンタジーをかきたてる。この曲に僕が聴きたいものを与えてくれるこの録音は宝だ。

 

ジュリアス・カッチェン / イシュトヴァン・ケルテス / イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

41GGPYWX9BLピアノがうまいなあと思うのがこれ。プロだから当たり前なのだが、プロの中でも明らかに上の上である。このぐらいの技術がないと、この協奏曲の演奏には不可欠である自由な呼吸でのロマンの飛翔など無理ではとさえ思わされてしまう。上記楽譜部分や第2楽章のタッチも、ただ繊細に弾いただけでは出ない音だ。ミスタッチしないのがうまいなどお門違いも甚だしい。ケルテスの指揮は雄弁でピアノとフレージングも呼吸もぴたりと合っており、リズムの処理がいい。終楽章がやや元気良すぎ減点だが、第1楽章の良さで印象に残っている。

 

クラウディオ・アラウ / コリン・デーヴィス / ボストン交響楽団

51BxPeHScsL__SY450_徹頭徹尾アラウ・ワールドであり第1楽章展開部以降、遅めのテンポで幻想的なイマジネーションをふくらませ、カデンツァも独奏曲のようなロマンがたちこめる。白眉は第2楽章だ。全編これだけファンタジー路線の演奏も味がある。アラウというピアニストは何を弾いても独特な温かみのあるタッチをもち、和音のつかみ方が意味深い。ちょっとした節回しや装飾音も個性を感じるのであり、ヨーロッパに根ざすピアノ演奏の伝統と教養を見る思いがする。デーヴィスとボストンのオケも似た色調の欧州趣味でつき合っており、この頃のフィリップスの管弦楽録音は本当に良かった。良い出汁のきいた上等な京料理の風情だ。

 

アルフレート・ブレンデル / クルト・ザンデルリンク / フィルハーモニア管弦楽団

200x200_P2_G7185481Wブレンデルはロンドン駐在時代に何度も聴いた。あまり好きなタイプと思わなかったのはタッチが丸くて「ゆるく」思えたからだ。しかしそれはシューベルト、シューマンには結構合うし、嫌いなリストも聴けるということにあとで気がついた(「巡礼の年」は大変な名演だ)。そこにザンデルリンクのコクのある伴奏がついたこのCDはいい。何度も聴いている。第2楽章のやや速めのさらりとしたピアノ(素晴らしいタッチ!)に情感のこもったオケが絡む夢のような風景は上等だ。たっぷりしたテンポの終楽章はこの音楽の暖かさをほんのりと味わわせてくれる。コーダに至る部分のピアノの素晴らしさはどうだろう、そしてそこにかぶる木管のチャーミングなこと。こういう音は誰でも出せるものではない。

 

べラ・ダヴィドヴィッチ / ジェラルド・シュワルツ / シアトル交響楽団

8.571214彼女の名前はベーラ・ダヴィドーヴィチと発音するが通例にならっておく。アゼルバイジャンのバクー出身、ユダヤ系だ。カスピ海沿岸のバクーはチェリストのロストロポーヴィチやスパイのゾルゲも生んでいる。1928年生まれでモスクワ音楽院を首席で卒業、49年に第4回ショパンコンクールで優勝した。ヴァイオリニスト、シトコヴェツキーのお母さんでもある。第1楽章の噛んで含めるようなテンポ。現代のピアニストがなんにも考えずあっけらかんと弾き飛ばしているパッセージにいかに命がこもっているか、たとえば上記楽譜部分を聴かれたい、音楽が何をはらんでいるか訴えかけてくるのがわかるはずだ。気品あるタッチがあたたかく、しかしフォルテでは深みある強い音が出る。じっくり耳を澄ますべき熟成したピアノだ。一度聴いても微温的に聞こえるだろうが何度も聴くとじわりと良さがわかる。終楽章のテンポについてはヘスの稿の通りで、カティア・ブニアティシヴィリの演奏になぜ僕が怒り、異議を唱えているかお分かりいただけるだろうか。このテンポでなくては語れない物がぎっしりと詰まっているのであってこのコンチェルトはショーピースでは断じてないことを若いピアニストは学ぶべきだ。

 

ディヌ・リパッティ / エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団

8501950年2月22日のライブ(ジュネーヴ)。リパッティというとカラヤン/フィルハーモニア管とのEMI盤が判で押したように出てくるが、あれは何がいいのか不明だ。これに比べてしまうとピアノは硬質でデリカシーにもファンタジーにもに欠け、オケは整っているが感度が低いお仕事だ。リパッティは断然こっちのライブのほうがテンションも集中力も高く、一期一会の観。 冒頭のクララ主題から我々はハートをぎゅっとつかまれてしまう。第1楽章クラリネット主題直前のピアノの結尾が楽譜と違っていて驚くが、この清冽な湧き水のような純度のピアノの前には一切の御託など吹き飛んでしまう。アンセルメが共感を持ってリパッティのフレージングに寄りそっており、カラヤン・スタイルの上記EMIとは比べ物にならない。

 

ギオマール・ノヴァエス / オットー・クレンペラー / ウィーン交響楽団

ノヴァエスのピアノだけを聴く録音。出だしからデリカシーが素晴らしく、彼女の生み出そうとしている音楽に賛同できる。抒情的な部分は一級品である。しかしクレンペラーの指揮のせいかヘスに比べるとフレージングにやや武骨な所があって技術的にも融通無碍とはいかない。第2楽章のテンポは生ぬるく緊張感を欠く。さらに残念なことにはオーケストラがいけない。古い録音では寛容になれるのだがこうも下手だといけない。

 

独断流品評会 「シューマン ピアノ協奏曲」(その1)

 

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シューマン弦楽四重奏曲第3番イ長調作品41-3

2014 OCT 10 18:18:40 pm by 東 賢太郎

シューマンの室内楽で好きなものというと筆頭格になるのがこの曲です。室内楽の年と言われる1842年にピアノ四重奏曲、同五重奏曲、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための幻想小曲集とともに3曲の弦楽四重奏曲(順にイ短調、ヘ長調、イ長調)ができましが、その最後のものが3番です。ピアノ入りの曲の方が一般にはよく聴かれており、弦楽四重奏はあまり人気がないようですがもったいないことです。

schmann sqこの曲とつき合うきっかけは米国留学中、83年8月に行った欧州旅行の折、ザルツブルグで買ったLPでした。地味な曲ですがすぐ耳になじんできます。特に終楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァ―チェの弾むようなリズムは前年に初稿が書かれた交響曲第4番との近親性を思わせる特徴あるもの。ロマンティックで静謐な第3楽章アダージョ、高貴で心にしみいる味わいをもった深い音楽なんですが、そう思うと短2度が美しいバラの棘のようにささってきて一筋縄ではいきません。彼の室内楽の緩徐楽章でも出色のもの、この楽章は何度聴いてもいいですね。

第1楽章の出だしは序奏部(Andante espressivo)がありますが、主調ではなくニ長調の6の和音(d-b-f#-a)に乗って5度下降する主題から入ります(スコア赤枠内)。この主題 f#-b-b は移動ドで読むとミ-ラ-ラ-ですが、変イ長調の6の和音に乗って c-f-f とやはり五度下降でミ-ララ-と入るベートーベンのピアノソナタ第18番の冒頭と酷似しておりびっくりします。

ベートーベンの当曲の稿に書きましたが、僕には18番の出だしは Ludwig、Ludwig! と聞こえるのです、どうしても。それはきっと恋人がおこしてくれる声じゃないでしょうか。それならこっちは?  いわずもがなですね、Clara(クーララー)でしょう。

 

schumann sq

もうひとつびっくりがあります。スコアの青枠内です。第1Vn、第2Vn、Va 、Vc と受けつがれる下降音型はブラームスの弦楽四重奏曲第1番ハ短調作品51‐1の第4楽章にも現れ、もっと有名なものでは交響曲第1番ハ短調作品68の第3楽章にも現れるのです(これは一聴にして明らか、誰でもわかります)。

つまり、師匠の傑作であるこの曲をブラームスが敬愛してまず自分のカルテットに、そして後に同じハ短調である交響曲に本歌取りしたことは(誰も指摘したのを見たことがないので僕の想像になりますが)充分あり得ることと考えております。シューマンが宣言した 「ベートーベン=シューマン」 のリンク。それにつなげて自ら 「シューマン=ブラームス」 と宣言することでベートーベンとつながるのです。

両曲ともブラームスにとっては満を持したジャンルの処女作です。だからこそどちらもモーツァルト、ベートーベンを強く意識したハ短調であります。その特別なメルクマールである両曲に、もうひとつ、自分を世に出してくれた恩人でありもう故人となっていたシューマンの刻印を押す。それによって自分はベートーベンにリンクする。「師匠のおかげで」という実にブラームスらしいメッセージと思うのです。もちろんそれはクララに聞かせるためであり、彼女はそれに気がついたことでしょう。

余ほどのクラシックマニアかシューマン・フリークを除くとこの曲を全部記憶している方は少ないでしょう。この機会にお耳になじませていただければ幸いです。

melos僕がよく聴いているCDはこちらです。メロス弦楽四重奏団の86年の録音で、89年ごろロンドン時代に買ったものです(29.97ポンドのタグがついている)。この団体は第1Vnのメルヒャーが亡くなって残念ながら2005年に解散しました。このCDでは第2Vnはゲルハルト・フロスですが93年からイーダ・ビーラーに交替しました。彼女の演奏をその93年にフランクフルト時代に住んだケーニッヒシュタインのお城でのコンサートで聴きました(ラヴェル等)。途中で彼女の弦が切れて大変でしたが、シュロス(お城)コンサートの素晴らしい雰囲気は忘れがたく、まだ小1と幼稚園だった2人の娘が人生初めて聴いた(寝ましたが・・・)コンサートはこれでした。そういうことでも思い出深いCDであります。

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ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(原題・ブラームスはマザコンか)

2014 OCT 8 21:21:47 pm by 東 賢太郎

本稿は原題が

クラシック徒然草-ブラームスはマザコンか-

であり、自分で好きなブログの一つです。原文には手は加えず、「ピアノ協奏曲第1番ニ短調」の部分を書き加えます(2016年1月31日~)。

・・・・

ブラームスの音楽がどういうものか、それを知るには伝記や評論を読むことも大事だが、なによりその音楽にどっぷりとつかってみることだ。もちろんそれはモーツァルトでもベートーベンでも言えることだが、彼らの音楽は伝記で知った生き様や性格からくる印象とそうずれることはない。モーツァルトは恐らくあの音楽どおりの男だったろうし、ベートーベンの生きるための信条、ステートメントは9曲のシンフォニーにだけでも雄弁に語られていると思う。

ブラームスの人となりはどうもつかみにくい。彼の生涯についてはガイリンガー著『ブラームス 生涯 と芸術』など多くの著作があるが、書かれているような人だったかどうかはわからなくなることがある。それが、音楽を聴くことを通してなのだからいよいよややこしい。どこか優柔不断であり、寡黙な節度と奔放な振幅、繊細でいて無頓着、情熱的でいてシャイ、頑迷なのに優しく、神のように高貴でいてジプシーの様に粗野という本質的矛盾をたくさん秘めている。どっぷりつかると五里霧中になるという迷彩のようなものがブラームス・ワールドの入り口だ。

僕は彼はアレグロやプレストを書くのがへただと思っている。音楽が軽やかに滑らかに一直線に走らない。主題がハイドンやモーツァルトのように細身でしなやかでなく、紆余曲折をたどって快速で走りだすと機関車の疾走みたいにモメンタムがつく。ソナタ形式の外形としてのアレグロは書いても本音は遅い部分に聞こえる。宗教曲以外で神や自然をストレートに暗示、賛美、模倣することもない。ドラマティック(劇的)であからさまな感情の吐露を忌避しているのも顕著だ。だから合唱曲はたくさんあって声楽の作曲に非常に長けているのに、劇的そのものであるオペラがない。

それはマーラーがオペラを書いていない(未完に終わった)のとはわけが違う。マーラーという人はプロのオペラ指揮者だ。オペラをメディアとして知り尽くしており、人生を劇的に理解する性向があり、恐らくそれが故にストーリーのあるオペラは自己を投影し感情を吐露することに向かないことを知っていた。白いキャンバスである交響曲こそ彼の「私の履歴書」に好適のメディアであったのだと思う。最晩年のベートーベンがそれを弦楽四重奏曲に見いだしたのと同じ意味で。交響曲を4つ書いたブラームスは、しかし、どうだったのだろうか。

彼はロマン派の時代に生まれながら古典の枠組みに本質的な音楽美を見出そうとしたように見えるし、多くの伝記や著作がそういう意味のことを書いている。たしかにソナタ、変奏、シャコンヌなど鋳型に執拗にこだわっており、その作りが堅牢巧緻きわまりないことは譜面から理解できる。一方、先輩のシューマンは反対に自由でファンスティックな発想に長け、ピアノ協奏曲が元々は幻想曲であり後から第1楽章の鋳型に入れられたことが象徴するように、彼の交響曲や室内楽にあるのはソナタ形式であるための必要条件としての鋳型であって、それ自体がブラームスの場合のごとく絶対無比の意味合いを持って我々を説得するとはいいがたい。

そうしたブラームスが頑強に形式論理が情緒に流されることを拒否する姿勢は新古典主義と呼ばれ、ストイックであることを是とする人々にポジティブに評される場合もあるが、それをもって彼の主義とするほど自己の吐露を全面的にそれに依存したものだとは僕は思わない。それは彼のいわば鎧(よろい)のようなもので、同時代の他人にも後世にも開示したくない何物かを覆い隠すすべだったのではないかと思っている。この点は本稿でもっとも強調しておきたいことだ。

彼の4つの交響曲、それが彼の押しも押されぬ代表作であり、彼自身もそう考えており、現に僕自身もっとも聴きこんだクラシック音楽がどれかといえばその4曲であるわけだが、マーラーの場合の様に彼の「私の履歴書」がその4つの交響曲かというと、どうも違うという気がしてならない。「名刺」ではあってもそうではないかもしれないと思ってしまう。ここのところこそが、ブラームスという作曲家を知れば知るほど五里霧中となってしまう要諦なのである。なにか僕は彼の二重三重にはりめぐらされた用意周到な煙幕にまかれているような感覚を禁じ得ないのだ。

鎧を纏っているブラームスの生身、その本質はロマンティックどころか非常にセンティメンタルである。27歳で書いた弦楽六重奏曲第1番変ロ長調の第2楽章がその例だ。

これはなんだったか映画にも使われていた。音楽の方から映画ができてしまいそうなほど耳にまとわりつく感傷的なメロディーだ。

彼がシューマンの奥さんであるクララに好意を寄せていたことはすべての伝記作家が慎ましくあるいは積極的に肯定しているが、この曲やピアノ協奏曲第1番の第2楽章は、彼の好意というものがそんな淡くて生やさしいものではなかったことを物語っているように思う。この曲の最後の方、チェロが沈黙して高弦だけでひっそりとハーモニックスのような音を奏でる部分は、恋人たちが死んで魂が浄化されるかのようなイメージを僕は持つ。晩年のクラリネット五重奏曲にもそれを見るが、ワーグナーの作り物だけの愛の死などよりずっと危険なにおいがする。

そのブラームスが20歳で書いてシューマンに意見を求めたピアノソナタ第3番ヘ短調は、はじけんばかりの情熱と挑戦意欲に満ちた5楽章の大作である。アレグロ・マエストーソで開始するこのパッションは、しかし若者の雄叫びのようなどこか外形的なものだ。僕にはそう聞こえる。そして第2楽章Andante espressivo には「若き恋」という詩が冒頭に置かれている彼の本質はここにひっそりと姿を見せている。彼が本音をソナタ形式の鎧で包むという、それこそ本音の人間性を構造的に見せてしまっているという意味で、この曲はまさに若書きである。

そういう本質を見抜かれたくなく、あえて隠すための古典主義の鎧だったのかもしれない。そうだとするとなぜだろう。何を隠したかったのだろう?シューマンが亡くなってからのクララとの関係にそれを解く鍵があるのかもしれないとの指摘は多いだろう。彼の両親が結婚したとき、父親は24歳、母親は41歳だった。17歳上の姉さん女房である。思うに、彼自身がその24歳前後になったころの理想の恋人像がクララ・シューマンという14歳年上の現実の女性に一気に収斂していったということはここで指摘するまでもなく多くの人の想像や下世話な憶測をも呼んでいる。

以下、法学者、ピアニスト、音楽評論家であられた藤田晴子氏の著作を参考にさせていただいたことをお断りする。

クララの長女マリーが記したところによると、ブラームスとクララは1886年にお互いに相手からもらった手紙を返しっこしたそうだ。クララはそれを廃棄し始め、マリーが子供たちのためにそれを残してほしいと懇願して全部の廃棄は免れた。そうして残っているのだけでも約800通もある。チャイコフスキーのフォン・メック夫人のように手紙だけのつき合いとは違い、一緒に過ごした時間に交わされた生の会話はもっと重要だったろう。なにせ1853年から96年までの44年分だ。それはクララにとっては35歳から77歳までの後半生だがブラームスにとってはシューマンの尽力で楽団に登場した20歳から死ぬ前年の63歳まで、つまり作曲家としての全ての期間をカヴァーしてしまう。

ここからは私見になるが、17歳年上の女性と結婚した彼の父親は女性依存の強い人、今でいわゆるマザーコンプレックスだったのではないだろうか。そしてその家で育った息子の方も。彼はクララからお金持ちのお嫁さんを早くもらいなさいと母親のように言われており、間にすきま風が吹いていた期間も何度かある。クララの娘に恋情をいだいたこともある。それでも彼は生涯にわたって新作をクララに送って意見、批判を仰ぐことをやめていない。「作曲家ブラームス」は精神的にクララに依存していたといって間違いではないだろう。彼が同時代の他人に、後世に、決して知らしめたくなかったことはそれに関わることではないかと思うのだ。

晩年のクララが音楽的に頑固な保守主義者となり、ワーグナーやリストに背を向けたという事実は注目に値する。それはブラームスという後継者が現れたことを心から喜び、それを広く紹介してから世を去っていった夫ロベルト・シューマンの音楽の敷いた路線でもある。その夫の音楽を各地で演奏して広めていくという献身的な活動は、クララの生涯にわたることになる。そのことをブラームスが内面においてどう受け止めていたかは大変に興味深い。その女性の精神的支配下にブラームスがあったから、彼の音楽性がロマン主義的であるにもかかわらず常に古典主義の衣装を纏い続けたという説明はもっともらしいが皮相的だろう。事はもっと深層心理的なものだ。

マザコンという言葉が奇矯に響くかもしれないが、誰しも子供時分は母親の強力な影響下にあるのが一般的だろう。それがどう残るかということであって、それは程度の問題ではないだろうか。僕の母は「男子厨房に入らず」を頑として貫徹して育ててくれた。家事能力はなしで今も家庭においては全面的に女性依存となったが、そのおかげで好きなことばかりを伸び伸びとできていっぱしに食えるようになったのだから感謝以外の言葉もない。しかし、もしそれが仕事でも女性依存となれば僕はもたない。男としての精神的基盤が崩壊してしまうだろう。

th6いくらクララが当代きっての名ピアニストではあってもシューマン未亡人ではあっても、彼女がブラームス以上の作曲家であの4つの交響曲以上のシンフォニーを書く能力があったわけではない。自己を存立させる基盤である仕事、人生をかけている作曲というものにおいてそれが女性依存に支えられたものだったかもしれないというのは僕にはとうてい信じられないが、ブラームスにおいてはそうだったのかもしれない。彼はチャイコフスキーやショパンがフォン・メック夫人やジョルジュ・サンドにもらっていたものとは違う何かかけがえのないものをクララから得ていたのだと思う。1896年、77歳で彼女が亡くなった翌年、ブラームスも後を追うように世を去った。63歳だった。

ピアノ協奏曲第1番 ニ短調作品15はシューマンが亡くなった翌年、ブラームス24歳の大作だ。父親が結婚した年齢である。ブラームスはクララへの手紙でその第2楽章アダージョについて、「あなたの穏やかな肖像画を描きたいと思って書いた」 と綴っている。これは音楽のラヴレターにほかならない。秋の夜長、じっくりとお聴きいただきたい。

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ピアノ協奏曲第1番ニ短調ニ短調作品15

ブラームスが24才で書いた最初のピアノ協奏曲である。ご参考までに、大作曲家たちが最初のピアノ協奏曲を書いた年齢はおおよそこのようになる。

モーツァルト11、メンデルスゾーン13、ラフマニノフ18、ショパン20、プロコフィエフ21、サンサーンス23、グリーグ24、リスト24、ウエーバー24、ベートーベン25、ショスタコーヴィチ27、ガーシュイン27、シューマン31(完成稿)、フンメル33、ハチャトリアン33、チャイコフスキー35、ドヴォルザーク35、バルトーク45、ラヴェル55

ブラームスは比較的若くに随分重い曲を書いたものだと思う。交響曲を書こうとしてベートーベンの壁に当たり、2台のピアノのソナタが発展してこの協奏曲になったとするのが通説だ。壁の存在は第1交響曲を書くまでの年数が明らかにしているわけで事実だが、それとともに影響したのはクララの存在の重みではないか。

そう思いあたったのはロンドンに赴任して間もないころ、ロイヤルフェスティバルホールでのことだった。スティーヴン・ビショップ・コヴァセヴィッチのピアノが何かを訴えかけ、アンタール・ドラティの伴奏に何かを見た。そういうことというのは音楽鑑賞においてそうあるわけではないが、そのとき僕は1番を初めて知った。

その前か後にやった交響曲第1番は残念ながらちっとも覚えがなくて、これだけが残っている。ドラティという大指揮者を聴いたのはその一度だけなのだけれど、あの演奏は不思議な律動があって、それが自分の奥底に響き、記憶に焼きついている。ひょっとして1番には若いブラームスの恋の熱でも封じ込められていて、やる方も聴く方もそれに共振できるかどうかなんじゃないかと思ったりもした。

これが第2楽章のピアノの入りだ。第1楽章の入りも憂いと慕情に満ちているが、これは自分で弾いたらわかる。恋してない男が書けるものではない(第1ピアノのほう)。

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もうひとつ、非常に印象的なシーンがこれだ。終楽章のコーダの入り、ホルンが期待と憧れに満ちた上昇音型をppで吹く。それが木管に広がり、最後はフルートが受け取って感動的な至福の場面をつくる。

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交響曲第1番の第4楽章に出てくるアルペンホルンを模したホルンの主題は、クララの誕生日を祝う手紙の中で「高い山から、深い谷から、君に何千回も挨拶しよう」という歌詞が付けられている。ラブレターなのだ。そして読者はその場面で、ホルン主題をフルートが受け取ることをご存じのはずだ。

 

名曲ゆえおすすめCDは数多あるが、①意外に女性が弾いてない②名手でもミスタッチのまま録音をOKしているケースが多い、ことで不思議な曲だ。要は技術的に難しいのだろうが、もっとそうである2番は女性がけっこう弾いている。テンペラメントの問題なのだろうか。

 

アルトゥール・ルービンシュタイン / ズビン・メータ / イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

941ルービンシュタイン(1887-1982)の1976年の録音だ。24才の恋の曲と書きながらなぜ89才のピアニストの演奏なのか?聴いていただくしかない。僕の父も91で達者至極だが、記憶力はともかくこの指の回りはイメージできない。終楽章コーダはさすがに苦しいが、だからこそメータもオケも深い敬意をもって老ピアニストを支えているのがわかる。ルービンシュタインというと何とかの一つ覚えでショパンとなるが、彼自身は好きな作曲家はときかれ、ブラームスと答えている。

 

ジュリアス・カッチェン /  ピエール・モントゥー / ロンドン交響楽団

41DNVH0H64Lピアノの素晴らしさでは僕はこれがいちばんと思う。どこがどうではなく、こういうものだという感じを最も受ける。モントゥー(1875-1964)84才の録音だ。モントゥーによると、ブラームスはウィーンで彼がヴァイオリンを弾く自作の弦楽四重奏を聴き、「私の音楽をうまく弾くのはフランス人なんだね。ドイツ人はみんな重すぎてだめだ。」と言ったそうだ。モントゥーというとこれまたフランス物となっているが、彼自身は最も敬愛する作曲家はときかれ、ブラームスと答えている。

 

ウイルヘルム・ケンプ / フランツ・コンヴィチュニー / シュターツカペレ・ドレスデン

POCG-90123ゆっくりと始まる。ピアノを導くオケの律動は誠に見事。上記2盤にない古色蒼然たるドイツの味わいをコンヴィチュニーが存分に聴かせて魅力が尽きない。ホルンや木管を聴いてほしい。このオケはもはやこういう音はしないが、法隆寺を近代建築法で改装するような愚をなぜ犯したのか理解に苦しむ。ケンプのピアノは時にメカニックの弱さを感じることがあるがここでは立派で、第2楽章は誠に滋味あふれる名演だ。良い1番を聴いたという充足感がずっしりと残る。

 

ラドゥ・ルプー  /  エド・デ・ワールト / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

uccd-4561_rPH_extralarge出だしのオケの序奏部から彫が深く引き込まれる。理想的なテンションとテンポ、こくのあるティンパニ、この著名な録音、ピアノニストばかり誉められるが指揮の方もこのまま交響曲をやって欲しいほどで全録音中でもトップクラス。僕はこれが一番好きだ。そこにそっと寄り添ってくるルプーのデリケートなピアノ、この剛毅と抒情の対照は実に捨てがたく、この曲の本質を見事についている。ルプーはモーツァルトの17番k.453をフィラデルフィアで聴いたが、第2楽章のppなどライブでもこういう音がしたのを思い出す。

 

ルドルフ・ゼルキン / ジョージ・セル / クリーブランド管弦楽団

71fhCaNeR7L__SL1077_入試合格直前の74年11月末に1、2番の入ったLP(右のジャケットだった)を買って熱中していたが、これで落ちたら馬鹿の余裕だったからいい度胸だった。久しぶりに聴きかえし、各所でああなるほどこれだったとひざを打つ。2番で書いた通り、オケが楷書的で2台ピアノ版を想起させるほど競奏の味わいに満つ。オン気味に録られたゼルキンの技は切れているが上記②のミスタッチはあってなぜかそのままだ(終楽章冒頭など)。セルの指揮はアンサンブルの精度に絶句。こんなに研ぎ澄まされたオケの音はもうどこからも聞けない。襟を正して聴くしかない、立派の極致。

 

伊藤恵 / 朝比奈隆 / 新日本フィルハーモニー交響楽団

asahinaなにやら指揮者の気迫のこもったものものしい開始。どっしりした重心の低いオケがたっぷりしたテンポでロマンティックに歌いこむ。大変にブラームスにふさわしく絶賛したい。そしてひそやかに入ってくる伊藤のピアノがやがて高揚し、オケに添ってバスを効かせつつもロマンの味をたっぷり湛える。朝比奈が「伊藤君は男ですから」と冗談めかして誉めたピアノは心のひだをとらえて本当に素晴らしい。男と並べても当曲ナンバーワンクラスの名演であり、ライブの熱さもあり、僕はこのCDが大好きである。

 

ヤコブ・ギンペル/ ルドルフ・ケンペ / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ginpel昼休みだった。会社の裏通りをなにくれとなく歩いて鄙びた雑貨屋にふらっと入った。そこにこれが、捨てられたようにあった。17.95マルクの安売り。その時の喜びったらない、今でもはっきり覚えてるぐらいなんだから。94年あたり、フランクフルトでのことだ。欲しいと思っていたディスクだった。聴いてみるとなんとも硬派だ。これがドイツのブラームスでなくてなんだろう。ケンペとBPOのごつごつ角ばった音作り、ホルンの重い音。白眉の第2楽章は遅めのテンポでロマンを語りぬく。昔の恋の述懐のようだがギンペルのピアノは媚のかけらもなく硬質で辛口。それゆえに上記楽譜のホルンの上昇音型がなんと感動的に響くものか!男のブラームス。音楽は弾く者の人生を語るのだ。ごつごつした木目もあらわな千年杉の一刀彫のような風情。僕はこのCDに浸るのが無上の喜びだ。きれいに表面の整ったつるつるのプラスチックみたいな現代の演奏。テクニックがどうの、ミスなく弾くことがどうのなどくそくらえである。

 

 

 

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