クラシック徒然草 《ルガノの名演奏家たち》
2017 JAN 10 1:01:07 am by 東 賢太郎
ルガノ(Lugano)はイタリア国境に近く、コモ湖の北、ルガノ湖のほとりに静かにたたずむスイスのイタリア語圏の中心都市である。チューリヒから車でルツェルンを経由して、長いゴッタルド・トンネルを抜けるとすぐだ。飛ばして1時間半で着いたこともある。
人口は5万かそこらしかない保養地だが、ミラノまで1時間ほどの距離だからスイスだけでなくリタイアしたイタリアの大金持ちの豪邸も建ちならび野村スイスの支店があった。本店のあるチューリヒも湖とアルプスの光景が絵のように美しいが、珠玉のようなジュネーヴ、ルガノも配下あったのだからスイスの2年半はいま思えば至福の時だった。
自分で言ってしまうのもあさましいがもう嫉妬されようが何だろうがどうでもいいので事実を書こう、当時の野村スイスの社長ポストは垂涎の的だった。日系ダントツの銀行であり1兆円近かったスイスフラン建て起債市場での王者野村の引受母店でありスイスでの販売力も他社とは比較にもならない。日本物シンジケートに入れて欲しいUBS、SBC、クレディスイスをアウエイのスイスで上から目線で見ている唯一の日本企業であった。なにより、大音楽家がこぞってスイスに来たほどの風景の中の一軒家に住めて、金持ちしかいない国だから治安、教育、文化、食、インフラはすべて一級品なうえに、観光立国だから生活は英語でOKで外人にフレンドリーときている。
唯一の短所は夜の遊び場がカラオケぐらいしかないことだが、ルガノはさすがで対岸イタリア側に立派なカジノはあるは崖の上にはパラディソという高級ナイトクラブもあってイタリア、ロシア系のきれいな女性がたくさんいた。妙な場所ではない。客が客だからばかはおらずそれなりに賢いわけで、ここは珍しく会話になるから行った。私ウクライナよ、いいとこよ行ったことある?とたどたどしい英語でいうので、ないよ、キエフの大門しか知らん、ポルタマジョーレとかいい加減なイタリア語?でピアノの仕草をしたら、彼女はなんと弾いたことあるわよとあれを歌ったのだ。
こういう人がいて面白いのだが、でもどうして君みたいな若い美人でムソルグスキー弾ける人がここにいるのなんて驚いてはいけない。人生いろいろある。本でみたんだぐらいでお茶を濁した。男はこういう所でしたたかな女にシビアに値踏みされているのである。彼女の存在は不思議でも何でもない。007のシーンを思い出してもらえばいい、カネがあるところ万物の一級品が集まるのは人間の悲しいさがの故なのだ。世界のいつでもどこでも働く一般原理なのだと思えばいい。社会主義者が何をほざこうが彼女たちには関係ない、原理の前には無力ということなのである。
名前は失念したがルガノ湖畔に支店長行きつけのパスタ屋があってペンネアラビアータが絶品であった。店主がシシリーのいいおやじでそれとワインの好みを覚えていつも勝手にそれがでてきた。初めてのときだったか、タバスコはないかというと旦那あれは人の食うもんじゃねえと辛めのオーリオ・ピカンテがどかんときた。あとで知ったがもっと許せないのはケチャップだそうであれはイタリア人にとって神聖なトマトの冒涜であるうえにパスタを甘くするなど犯罪だそうだ。そうだよなアメリカに食文化ねえよなと意気投合しながら、好物であるナポリタンは味も命名も二重の犯罪と知って笑えなくなった。香港に転勤が決まって最後に行ったら、店を閉めるんだこれもってけよとあのアラビアータソースをでっかい瓶ごと持たせてくれたのにはほろっときた。
上記のカジノのなかにテアトロ・アポロがあり、1935年の風景はこうであった。1804年に作られテアトロ・クアザールと呼ばれた。ドイツ語のKurは自然や温泉によって体調を整えることである。ケーニヒシュタインの我が家の隣だったクアバートはクレンペラーが湯治していたし、フルトヴェングラーやシューリヒトが愛したヴィースバーデンのそれは巨大、ブラームスで有名なバーデンバーデンは街ごとKurhausみたいなものだ。バーデンは温泉の意味だが、金持ちの保養地として娯楽も大事であって、カジノと歌劇場はほぼあるといってよい。カジノはパチンコの同類に思われているが実はオペラハウスとワンセットなんで、東京は世界一流の文化都市だ、歌舞伎とオペラがあるのにおかしいだろうと自民党はいえばいいのだ。
ルガノのクアであるアポロ劇場での録音で最も有名なのはイヴォンヌ・ルフェビュールがフルトヴェングラー/ベルリンフィルと1954年5月15日に行ったモーツァルトの K.466 だろう( モーツァルト ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466)。彼のモーツァルトはあまり好まないがこれとドン・ジョバンニ(ザルツブルグ音楽祭の53年盤でほぼ同じ時期だ)だけは別格で、暗く重いものを引き出すことに傾注していて、何が彼をそこまで駆り立てたのかと思う。聴覚の変調かもしれないと思うと悲痛だ。彼はこの年11月30日に亡くなったがそれはバーデンバーデンだった。
もうひとつ面白いCDが、チェリビダッケが1963年6月14日にここでスイスイタリア放送響を振ったシューベルト未完成とチャイコフスキーのくるみ割り組曲だ。オケは弱いがピアニッシモの発する磁力が凄く、彼一流の濃い未完成である。くるみ割りも一発勝負の客演と思えぬ精気と活力が漲り、ホールトーンに包まれるコクのある音も臨場感があり、この手のCDに珍しくまた聴こうと思う。彼はイタリアの放送オケを渡り歩いて悲愴とシェラザードの稿に書いたように非常にユニークなライブ演奏を残しており全部聴いてみたいと思わせる何かがある。そういうオーラの人だった。
最後にミラノ出張のおりにスカラ座前のリコルディで買ったCDで、この録音はほとんど出回っておらず入手困難のようだからメーカーは復刻してほしい。バックハウスがシューリヒト/スイスイタリア放送響と1958年5月23日にやったブラームスの第2協奏曲で、これが大層な名演なのである。僕はどっちのベーム盤より、VPOのシューリヒト盤よりもピアノだけは74才のこっちをとる。ミスなどものともせぬ絶対王者の風格は圧倒的で、こういう千両役者の芸がはまる様を知ってしまうとほかのは小姓の芸だ。大家は生きてるうちに聴いておかないと一生後悔するのだが、はて今は誰なんだっけとさびしい。ついでだが、ルガノと関係ないがシューリヒトの正規盤がないウィーンフィルとのブルックナー5番もこれを買った昔から気にいっている。テンポは変幻自在でついていけない人もいようが、この融通無碍こそシューリヒトの醸し出す味のエッセンスである。
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ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 作品108
2016 OCT 30 15:15:27 pm by 東 賢太郎
3番は晩秋を思わせる音楽である。今頃の季節になると聴きたくなる。先日にオペラ・シティでユリア・フィッシャーがリサイタルで弾いたのがとても良くてそれが耳に残ってもいる。
1887-88年にかけてスイスのトゥーン湖畔で書かれた。トゥーン湖はユングフラウヨッホへの登り口にあるインターラーケンから西にアーレ川を下ったところにある。地図の右下がそれだ。
西でなく南に行くと、「女王陛下の007」ロケ地で有名なシルトホルン(地図、右上)に至るが、ケーブルの乗り場であるミューレン(下の写真)は目を見張るほど美しい村で2年半のスイス時代に何度か行った。僕が最も好きな所の一つだ。後で知ったが、ブラームスは1886年9月(第1回滞在)と翌年7月(第2回滞在)に2度もそこまで登っている(徒歩で!海抜1,650 mであり、スイスで山歩きをやった人はわかるが、これは50代の肥満体にはけっこう難儀だ)。この写真のような深い谷沿いの高原である。
第1回滞在は好天に恵まれ友人と共に夏の自然を満喫したため第2回滞在となり、ブラームスが密かに思いを寄せて交響曲第3番を書いたアルト歌手、ヘルミーネ・シュピースも参加した。さぞ楽しかったろうが、そこで二人の友人の訃報に接したのである。トゥーンには翌年、第3回滞在をもって終わる。それが彼のスイス夏季滞在の最後となったが、ヴァイオリン・ソナタ第3番はその3年にわたって書き続けられた唯一の曲だ。
トゥーン(下)は96年の夏休みに家族でツェルマット、マッターホルンへ車で旅した折に訪れとても印象に残った。
美しい景色というのはスイスに住んでいると至る所にあって、湖もアルプスも自宅から見えたし贅沢な話だがどうということがなくなってしまう。その中でも記憶に焼きついているトゥーンとミューレンがヴァイオリン・ソナタ第3番にまつわるというのは、僕にとって感じるものがある。
このソナタについて。第1楽章ニ短調は交響曲第3番、第4番、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲との関連が見いだされる。まず第4番だが、短調の枯淡の境地を感じさせる第1主題でいきなり始まる点、ピアノの伴奏の3度下降音型、コーダに至るaのオスティナート・バスに乗ったヴァイオリンの書法も4番終楽章にある。激情を伴う第1主題展開のヴァイオリン、ピアノのかけ合いは交響曲第3番の終楽章の、第2主題提示に至る部分は第2回滞在で書いた二重協奏曲の同じ部分の雰囲気を色濃く感じさせる。最後はクラリネット五重奏曲を思わせる諦観の中に静かに沈み込む。
第2楽章Adagioニ長調はピアノ協奏曲第2番の第3楽章だ。リートのように歌に満ち、ブラームスの緩徐楽章で最も美しいものの一つだろう。第3楽章嬰へ短調は両楽器が切れ切れに主題をきざみ、実質的なスケルツォであるが気分は陰鬱である。ヴァイオリンソナタのうち第4楽章があるのは3番だけだ。Presto agitatoニ短調でピアノが雄弁になりすぎる演奏が多い。私見だが第1,4楽章はピアノトリオの方がバランスする楽想のように思う(第4楽章はさらに管弦楽として交響曲にもできるだろう)。二短調で終わる。これもまた4番を思い起こさせるのである。本当に素晴らしい。
ブラームスの3つのソナタはヴァイオリニストにとって聖典のようなものだろう。ピアノソナタの伴奏にヴァイオリンが付くというバランスからスタートしたモーツァルトからベートーベンを経てロマン派に至るが、その過程でピアノは進化し強靭で豊かな音量を得た。その強いピアノで発想した作品で世に出たブラームスがピアノ伴奏で二重奏を書いた楽器は他には中音域で豊かな音量を発するチェロとクラリネットだけである。高音域だけのか細いヴァイオリンを拮抗させるのは時間を要し、3曲しか残されていないが1番の完成以前に多く手がけた痕跡がありすべて破棄されている。
同じ問題はロマン派の他の作曲家にもあった。ヴァイオリン演奏は名技主義が発展を見せ人気が集まったこともあり、彼らは多くの聴衆を集める協奏曲の作曲に向かうことになる。その結果、ヴァイオリンソナタで現在も秀作として聴かれているのはブラームスの3曲とフランクが思い当たる程度である。この4曲だけが問題を解決し高い次元で類のない音楽を築いている。だから聖典なのだ。とりわけ3番は高度の成果を見せており、ピアノはヴァイオリンを圧迫することなく交響曲に至るブラームスの厚い書法を堂々と何の制約もなく均衡させることに成功している。彼の最高傑作のひとつである。
最後に、その労作を彼が献呈したのがハンス・フォン・ビューローというのが興味深い。クララ・シューマンの父にピアノを習い、フランツ・リストの高弟となって娘をもらい、近代指揮法の開祖となり、ワーグナーに認められトリスタンとマイスタージンガーを初演した傑物だ。従って当初はブラームスの敵方であったわけだが、妻をワーグナーに取られたのが一因となったかブラームスと親交が深まった晩年の友人だ。リストの師はベートーベンの弟子、チェルニーだからビューローは直系であり32のソナタを暗譜で演奏した。ブラームスとは根っこで通じるものがあったということだろう。献呈の5年後、そのビューローも先に亡くなってしまうのだが。
そういう曲だ。人生の行く末にある暗くて重いものが支配している。だからといって若手や女性が弾けないということもないのだが・・・。僕がこれを覚えたのはメロディアのオイストラフ/リヒテル盤(LP、右)だ。巨匠ふたり。ライブの火花散る一期一会の名演の記録である。これがそれだ。
このレコードを買った当時、僕はまだ大学生だった。20代で感動していたこの雄弁な演奏は、しかし、自分が作曲家の年齢になってみて少しずれを感じるようになった。以下、目下のところ良いと思ったものを挙げてみる。10年たったら変わっているかもしれないが。
ヘンリック・シェリング / フェルディナンド・ヴァイス(14.9.1961ライブ)
ブカレストのG. エネスコ音楽祭での録音。シェリングはメンデルスゾーンV協で書いた美点が満載で第1楽章が最高だ。美しい音程の高音の歌の伸び、中音の肉乗りの厚い暖かみはこの曲に実にふさわしい。そして劣らず素晴らしいのはヴァイスのピアノで、厚い和音をずしっと鳴らしながらもいぶし銀の格調を保ちこれぞブラームスという究極の満足感をもたらしてくれる。第4楽章冒頭も節度あるバランスで対峙しながら見事にバスを聴かせる。最高の音楽性だ。これはyoutubeで見つけたが録音が見つからず誠に惜しい。
シェリングはルービンシュタインとのRCA盤があり名演として有名だがやや線が細くピアノは巨匠風だ。手に入るものとしてそれが次善の選択にはなろうが、僕はヴァイス盤を採りたい。
ヨゼフ・スーク(vn) / ヤン・パネンカ(pf)
ロマン派寄りの演奏に耳がなじむとスークのヴァイオリンは速めの第1楽章がそっけなく聞こえるかもしれないがそれがAllegroであり、この楽章のソナタ形式の均整、風格を示す。ストイックで感情過多に陥らないブラームスは飽きることがない。パネンカのピアノが出すぎず言うべきことを言ってそれを支える。62年と古い録音だがヴァイオリンがややオンになる楽器のバランスが誠に好適だ。
レオニダス・カヴァコス / ユジャ・ワン
故人の演奏ばかりでもいけない。若い世代の演奏も捨てがたいものがいくつかあるが、これは好ましい。ギリシャ人と中国人のデュオ。カヴァコスはスイス駐在時代の97年にチューリヒ・トーンハレでシベリウスのV協を聴いたがこれが記憶に残る素晴らしさでサインまでもらった。燃えるような情熱はあるがけばけばしくもある安手の虚飾がある様を英語でflamboyantというが、秘めた情熱はあるがそうではない彼のヴァイオリンは好みである。ワンはなんでも弾ける、派手にでも地味にでも。ここはブラームスにふさわしいやわらかな美音でカヴァコスに合わせている。この子は2番のコンチェルトも立派に弾けるだろう、すごい才能だ。以下、ライブである。完成度はCDがずっと高いが。
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ユリア・フィッシャー演奏会を聴く
2016 OCT 17 2:02:12 am by 東 賢太郎
ユリア・フィッシャーさんの演奏会に行きました。プログラムは以下の4曲でした。
ドヴォルザーク:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ ト長調 Op.100
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト短調 D408
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ニ長調 D384
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 Op.108
シューベルトはD408(3番)が当日に追加されましたがそれもソナチネ。こういう選曲は個性と自信と主張のたまものですね。ドヴォルザークもシューベルトもソナチネという感じではなく堂々たるソナタに聞こえるのだから別物でした。
彼女の音はCD等で聴きこんで惚れていたのですが、実際に耳にすると表情の使い分けがもっともっと多彩であったことに気づきます。これは録音じゃわかりませんね。たとえば、フレーズをppで入って同じ弓でmfぐらいになるのですが、その間のヴィブラートが増音につれて速くなる(回数が増える)ような微細な表現が自在に組み込まれていて、それが(聞こえはしませんが)彼女の生の呼吸と同期しているようで、まったく自然に感情の起伏が乗るのです。
シューベルトの譜面に指示がなくてもこの音はどういう音で弾かれるべきかが考え尽くされていて(しかもそうでない音が一音たりともない感じ)ピッチは最高音まで胸のすくほど完璧で、一言でいうなら、強い意志と見事なテクニックで意図が迷うことなく心に伝わってくるというヴァイオリンでありました。知性が根っこにあって一音一音に微細な「ギアチェンジ」があるのですが、それがまったく理屈っぽくならないところが魅力です。彼女が弾くなら何でも聞いてみたいと強く思わせる何かがあって、それを突きとめたいから来たのです。
僕はうまいけど何も考えてない演奏家はどんなにうまくても嫌いなのです。性に合わない。彼女の解釈はというと(細かく言えば同意しないところもあるのですが)、これだけ思考してトレースした末の音であれば正解などないわけですから言うことはありません。その自信に満ちた音ですが、細部まで吟味されつくした名プレゼンテーションのようです。すべての音に主張があって聴く者を考えさせるという意味で。彼女はカルテットもやってますが向いてますし、ピアノを弾くのも自分の主導する音楽をやりたいからでしょう。だからきっといずれ指揮もやるんでしょうが名指揮者になれる資質と思います。
圧巻はブラームスでした。3番のソナタは僕が愛する曲で、なにせ交響曲の4番を書いた後の作品ですからね、55才の作曲家の複雑な深層心理が底流にある難しい音楽なのです。ピアノが雄弁に語るわけですが、人肌を添えるという側面でマーティン・ヘルムへンの暖かいビロードのようなタッチと音色が効果的でした。亡くなっていく友人に人生の黄昏を見た曲であり、それを33才の小娘が(失礼)?という気持ちがなかったと言えばうそになりますが、彼女は楽々と乗り越えてました。文句なし。アンコールのスケルツォもブラームスを堪能させてくれました。
エージェントにアレンジしていただいていたので終演後に、お色直しして楽屋から出てきた彼女にお会いしました。強いオーラのある人ですね、眼が合ってすごい「気」を感じました。ブラームスの感想を伝えたら喜んでくれました。僕のブログは「日本語が読めないので」とのことでしたが「YahooでもGoogleでも、日本語でも英語でも、あなたの名前を検索するとずっとトップ画面キープしてるんですよ」というと「ワーオ!それすごいです、見ておきますね」でした。
写真はいいですかときくと「一応見せてくださいね」で、娘が撮って、これをはいっとお見せすると笑顔で「オーケー」でした。あの才能でこの美貌、天に二物をもらってますね。
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クラシック徒然草―クレンペラーのブラームス3番―
2016 SEP 29 12:12:53 pm by 東 賢太郎
3番はヴィースバーデンで書かれた。1883年だからブラームス50歳の年だ。ここで26歳のアルト歌手、ヘルミーネ・シュピース(右)に惚れてしまい結婚まで噂される。女性には複雑なものがある人だったようだ。
ヴィースバーデンは我が家が初めてドイツに住んだ街、ケーニッヒシュタインから車で40分ぐらいマイン川、ライン川を下る。活版印刷のグーテンベルクが生まれたマインツの対岸にある温泉町で、見事なクアハウス、カジノ、オペラハウス、コンサートホールがある。フルトヴェングラーやシューリヒトが滞在して名演を残した街でもあり、こことバーデン=バーデンはドイツの奥座敷というにふさわしい。春と秋は食事もワインも最高であり、音楽好きにはたまらないこと請け合いである。
僕はここが大好きで毎週のように週末は家族を連れて楽しんだ。いつも夜は中華やタイ料理(住んでいるとどうしても飢える)でおかしな取り合わせだったが。リングを初めて通して聴いたのもここだったし (ワーグナー 舞台祝典劇 「ニーベルングの指輪」)、マイスタージンガーゆかりの家もライン川沿いのすぐそこだし( クラシックは「する」ものである(8)-「ニュルンベルグの名歌手」前奏曲ー)、ここを歩くと脳裏にシューマンのライン交響曲が響いてくる。
この場所で、ブラームスは3番を生んだ。
4曲の交響曲で唯一、この曲は4楽章全部が消え入るように終わる。満ち足りたように。第3楽章poco allegrettoはシンフォニーらしからぬ感傷に満ち、老いらくのロマンスによって意味深にもへルミネと同じ年頃に書いた弦楽六重奏曲第1番の彼に戻っている。フランクフルトのアルテ・オーパーでミヒャエル・ギーレンがこのシンフォニーを振った。名演で拍手が鳴りやまず、そうしたらアンコールに第3楽章をやった。えっと思ったが終楽章のエンディングの気分からすっとそこに入れ、3番は特別の曲なのだとあらためて知った。
オットー・クレンペラー(1885-1973)はフランクフルトの音楽院で学び、ヴィースバーデン歌劇場の音楽監督をやり、ケーニッヒシュタインで休日を過ごしたりしたりサナトリウムで持病の治療をしたりした(僕の住んだ家の裏だ)。そしてロンドンで名声を得てチューリヒで亡くなりそこに眠っている。偶然とはいえ我が家の欧州での足跡にこんなに重なる指揮者はなく、ストラヴィンスキー、シェーンベルクら同時代音楽の旗手でもあったことも共感がある。
僕はクレンペラーのモーツァルトに並々ならぬ関心と畏敬があるし( クラシック徒然草-クレンペラーとモーツァルトのオペラ-)、彼の指揮したシューマンのライン交響曲やブラームスの第3交響曲には強いインパクトを感じる。欧州に12年近くも暮らしてのことだからそれに共感をいざなうつもりはないが、音楽は料理と似て生まれた土地に深く根差したものであるという実感ぐらいはご披露しておくべきだろう。ちなみにマーラーの2番でいいと思ったのは彼のだけだ。
これが彼のブラームス3番である(フィルハーモニア管弦楽団、57年3月録音)。このオーケストラの女性奏者は「神様のもとで演奏できて給料までいただけるなんて申し訳ない」と言った。サナトリウムにいたのは躁うつ病のせいで、数々のスキャンダル、奇矯な行動、言動、性癖まで有名になっているが、それと紡ぎ出された音楽は別だ。僕はこの奏者と同感。ネットで只で聴けて申し訳ないと思うし、こういう程度の浅い音で聞いた気になって欲しくないとも思う。
この正規録音、レコード芸術には冷淡だった彼が、それでも結果としては解釈が子細に聞き取れるそれを残してくれたのは天啓と思う。そしてこれに加えて僕が好んでよく取り出すのは右のフィラデルフィア管弦楽団との62年ライブだ。ステレオだが音に多くは期待できず初心者にはおすすめしないが良い装置で低音を補えば演奏の懐の深さがわかる。こういう巨魁な音楽が聞けなくなって久しいが、クレンペラーは僕にとって唯一渇望を満たしてくれる。なされていることは上掲のモーツァルトのオペラと同じで、読みの深さとはこういうものだ。あのフィガロを聴いてモーツァルトじゃないという意見が出てきてもむしろそれが普通だろうが、そこで終わってしまうのはもったいない。シューマンの4番がこれまた名演で、一聴ではテンポは遅くごつごつと骨っぽいが、意味深いリズムとフレージングに聴き進むとう~んなるほどと納得している。当時77歳のクレンペラー。トスカニーニとの録音もそうだしテンシュテットとのリハーサルもそうだったが、巨匠の棒に敏感に反応するオーケストラだ。おじいちゃんの昔話に喜々として耳を傾けるようで、聴いているこちらもそうなる。
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クラシック徒然草―フルトヴェングラーのブラームス4番―
2016 SEP 25 18:18:45 pm by 東 賢太郎
どんどん秋めいてくる。昨日N響のAプロで久々にNHKホールへ赴いて、ブルックナーを聴いた帰りにややひんやりした空気にふれてそう感じた。
僕は気質的に熱男(あつお)、夏男であって、あんまり秋は好きじゃない。先祖をたどると長崎と石川で、北陸人っぽいところはあるが気の質はたぶん九州の方が濃いだろう。寒暖でいえば暑いのは熱帯でも平気だが、寒い所は遠慮したい。盛夏に照準があるから秋はピークアウト感、もっといえば落ち目の感覚があっていやなのだ。
ロンドンに住んでみて、これは参った。落ち方が半端じゃない。6月ごろ午後10時まで薄明るかったのが冬は4時で真っ暗になるんだから、9~10月といったら急転直下のつるべ落としで、あの陰鬱となる気分は住んでみないとわからないだろう。ドイツに行くと少しは振幅が減ったものだが、日本のように紅葉だの秋刀魚だ秋茄子だというそれを忘れさせてくれる豊穣がないからあんまり救いはなかった。
だから毎年毎夏、寂莫としたものを秘めた束の間の陽の恵みを行くな行くなと懸命に謳歌しようとしていた記憶がある。「世の中にたえて桜のなかりせ ば春の心はのどけからまし」に近い。だからだろうか、あちらの人はMai(マイ、5月)なのだ。春の花が庭にあふれ、すももや白アスパラが出てくる5月、どんどんと頂点の6月めがけて日が長く明るくなる5月を何より心待ちにしている。僕もそうだった。
欧州時代にどうしてあんなにブラームスにはまったかなと考えるに、あの秋の逃げ場のない寂しさ、喪失感と無縁とは思えない。ブラームスは夏にザルツカンマーグートやスイスにこもって作曲したが、ヨーロッパの夏は日照時間でいえばもうはっきりわかる落ち目に差し掛かっているのだ。そこまで来ている秋。熱帯夜から解放されやれやれと迎える日本とは大違いだ。
ブラームスのいくつかの音楽というのはその夏の雰囲気、去りゆくものへの寂寥感をたっぷりと湛えている。ミュルツツーシュラークで取り掛かった4番のシンフォニーなどはそういう気分の代表格だろう。日照時間に落差の大きい北の男の作品だなあと思う。絵画でも光の加減に敏感に反応したフランドル派や印象派は北だ。北のプロシア、南のバイエルンは気質も違っていてベートーベンはいかにも前者の人だ。あの鋼(はがね)でできたような構築感というのはバイエルンやオーストリアのイメージではない。鋼と感傷とロマン。その調合がブラームスをブラームスたらしめている。
ベートーベン、ブラームスがイタリアオペラを書くというのは黒ビールでソーセージとザウワークラウトを平らげたあとにティラミスを期待するみたいにあり得ないことだ。それを軽々とやってのけたモーツァルトは、二人からは遠い南気質を持った人と思われる。僕は欧州に11年半住んで、ほんとうはあんまり気質になかったシベリウスなど極北系、ドイツでもプロイセン系の音楽が染みついたかもしれないと感じている。気候風土はきっと人間にそのぐらいの影響を及ぼすだろうと。
日本に帰ってきて、そういえばあまりブラームスに憑りつかれるということがない気がするのはそのせいか。飽きたことはないが、そうそう聴く気にならないし聴いても琴線に触れない。ブログを書こうにも、あれだけ入れ込んでいた4番などをそう軽々に文字にできない。ただ好きですじゃない、第1楽章を毎日ピアノで弾くほどだったのだから、書くならその熱愛の最中、ロンドンにいたころにすべきだったのだ。このまま逡巡してボケてしまったらいかにもまずい。
そう考えてこれをかけてみた。写真はロンドンで買った伊EMIのフルトヴェングラー・ブラームス集で音はまずまず良い。4番は43年、48年が入っている。これに49年のヴィースバーデン盤があれば彼の4番のすべてだ(全部BPO。50年のVPOもあるが音が悪く不要だ)。1948年10月24日のライブはあまりに有名であり今更書くこともない。何回聴いたかわからな
いし、これが僕の4番の原型の一部を作ったことは確かだ。しかしだんだんと遠ざかってしまったのは、例えば第1楽章コーダの加速が尋常じゃないなど表情のあざとさが耳につき始めたからだ。
49年のヴィースバーデン録音は録音がよりオン・マイクで克明であり主部が内省的で遅めだが加速は同じくある。43年メロディア盤はもっとこなれていないが同じだ。つまりここと終楽章コーダの加速はフルトヴェングラーの基本コンセプトであり、彼ほどではないがクレンペラーやヨッフムもやっている。僕は楽譜にないそれをしたくないしジュリーニのような堅牢なテンポの演奏が好みになった。
しかし今聴いてみて、フルトヴェングラー48年盤はやはり心をかき乱すのだ。ロマン的なだけの演奏かというとそうではない。流動するうねりの興奮の頂点でも木管やホルンの音型はくっきりと彫琢され、それは49年盤でより鮮明になるが、フレージングの隈取りは実に明確であって情緒やムードに流れた曖昧な指揮では全くない。
棒が不明瞭で「振ると面食らう」などとされ、日本人好みの計算高くない融通無碍の霊感指揮者みたいな人気があるが全然そうではない。僕のイメージはおそろしく巨視的に、鳥瞰図で音楽の読める異能の読譜力を持った人だ。ブルックナーの8番で内田光子も同じようなことを言っていたと思う。ブラームスは2番のピアノ協奏曲をテンポ、強弱のメリハリを最大限につけて自演したという証言がある。楽譜はそう書いてないわけで、というなら4番にそういう余地があったっていいかもしれない。
僕はフルトヴェングラーのベートーベンやワーグナーを特に支持する者ではないが、ことこの4番に関する限りはそうかもしれない、これをブラームスは喜ぶかもしれないと思ったのだ。それほど心をかき乱すものだからだ。ベルリンでカルロス・クライバ―の4番を体験しその海賊盤を聴いてみて、逆にモノラルで音の古い48年盤から実演の音を類推するよすがを得た気がする。48年、ティタニア・パラストには凄い音が響いたのではないかと。好きかどうかはともかく、4番を語るのにこれを聴いていないということはあり得ないという演奏だ。
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ベートーベン ピアノソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィール」 作品106
2016 MAY 9 2:02:43 am by 東 賢太郎
このソナタは音楽であるか否かという範疇を突き抜けて、人間の精神が造りだしたあらゆるものでも最高峰のひとつであると思います。
そのような音楽がすぐ楽しめるものではなく、僕は10年はかかりました。現代音楽が耳慣れない音でもって「難しい」のとちがって、音としては奇異でもないのに何がいいのかわからなかったのです。94年にベルリンでポリーニのを聴いたのですが、それでもさっぱりでした。
この曲の第4楽章はベートーベンの讃美者だったワーグナーすら理解できず懐疑的だったそうで、20世紀まで真価は知られなかったという説もあります。僕にとって言葉がそうでしたが、日本語はニュースのアナウンサーが何を言ってるかが突然わかるようになり、英語は留学して3か月ほどして、やはりTVのCMが急に聞き取れるようになったのですが、ハンマークラヴィールソナタはそういう風にある日に急にやってきて、理解した音楽でした。
ひとことでいうと、とてもリッチな音楽です。独奏曲で40分もかかるものは作曲当時はなく、特に長大な第3楽章(アダージョ・ソステヌート)は異例だったでしょう。人間の最高の知性のすべてが結集した様はそれだけで畏敬の念をもよおすもので驚くべき輝きと建築美を放射するのですが、かといって決して無機的ではないのです。あらゆるアミノ酸が溶けこんだスープのようなもので、その養分が聴き手の精神の深いところまで届いて究極の満足感を与えてくれる。そんな曲は世の中にそうはありません。
いまこの曲の譜面を前にした心境は、ローマへ行ってパンテオンや水道橋の精緻な構造を知って感嘆するに似ます。仮にそれらを造った人が目が不自由だったとしてなんのことがありましょう。ハンディに打ち勝ったからそれが優れているのではなく、誰の作であれそれは地球上の工作物として一級品である。ベートーベンにとって聴覚疾患はそういうものです。彼は頭の中で音が聴けたのであり、それでこんな曲が書けた。聞こえたらもっといい曲が書けたわけではないでしょう、なぜならこのソナタ以上のものは想像もつかないし200年近くたっても誰も書いていないからです。
耳の聞こえる僕らはただきいて楽しめばよいのですが、どうしてもそれで済ますことはできない、耳だけではわからない何かがある、だから細部までストラクチャーを研究してみたいという僕の欲求をかりたてるという点でこのソナタは数少ない特別の音楽の一つなのです。だから何年も僕は暇をみてそうしてきており、それを書き残したいのですが膨大な分量になってしまいます。
どうするか考えますが、僕にとってこの曲がかけがえのないもの、オペラなら魔笛、シンフォニーでいえばエロイカに匹敵するものであるということを残せばとりあえず目的は達します。
冒頭です。第1主題は2つの部分からなっています。
強烈な動機を2回たたきつける。第5交響曲と同じであり、ダダダダーンの直前に休符があったのをご記憶と思います。ここではその休符を、新たに手にした楽器(ハンマークラヴィール)の強靭な低音bが埋めています。この動機は第2楽章スケルツォ主題、および後述する重要な3度下降を含んでいます。
続く部分は p でレガートが支配する女性的なメロディーで第九の喜びの歌を思わせ、同様に見事なバスラインがついています。これが9小節目のフェルマータで止まってしまうのは第6交響曲の冒頭を思わせます。作曲時点で彼は交響曲は8番まで書いていました。ステートメントとしての冒頭動機のぶつけ方は5番より8番に近いです。
この動機はブラームスが自分のピアノソナタ第1番ハ長調の冒頭にそっくり引用しているのは有名で、以前のブログでも紹介しました。
しかし、ブラームスが交響曲第4番の冒頭主題をハンマークラヴィールの第3楽章Adagio sostenutoから引用したのはあまり有名ではないでしょう。誰かが指摘したかもしれませんが僕は知りません。もしなければ東説ということです。
3度下降のブラームス4番主題はソナタの第4楽章にもはっきりと現れますが、既述のように、元をただせばソナタ冒頭動機にすでに3度下降の萌芽は現れています。
ブラームス4番の終楽章はJ.S.バッハのカンタータ第150番、BWV 150, “Nach Dir, Herr, Verlanget Mich” – Meine Tage In Dem Leid の引用であることも、これまた有名です。一聴瞭然であります。
ブラームスは自身の最後の交響曲となるかもしれなかった4番を、第1楽章第1主題にベートーベン、そして終楽章のシャコンヌ主題にJ.S.バッハを引用し、敬愛する先人の延長として位置付けようとしたというのが僕の仮説です。グレン・グールドの第3楽章を聴くと彼もそう考えていたのかと思うほど4番主題を際立たせている(上の楽譜で♭3つになる部分が7分26秒から。7分40秒から4番主題が鳴る。7分55秒からは誰が聴いてもおわかりになるでしょう)。
第2楽章スケルツォは冒頭動機の子供です。コーダで変ロ長調の主音bが半音上のhになり、d-f#(二長調)が闖入し、ついにhに居座ってしまうのは驚きます。B♭→Dの3度転調は第1楽章冒頭主題にも適用されますが、モーツァルト「魔笛」断章(女の奸計に気をつけよ)に書きました通り当時は珍しい転調です。
主音が半音上がるクロージングの例はあまり記憶にありませんが、シューベルトの弦楽五重奏曲 ハ長調D.956の最後の最後でドキッとさせられるc#の闖入ですね、僕はあれを思い起こします。シューベルトがこのソナタを知っていたかどうか、ウィーンの住人でベートーベンの信奉者だった彼が1819年にアリタリアから出版されたこの曲の楽譜を見なかったという想定は困難ではないでしょうか。
第4楽章のコーダでg、a、b、c、dに長3度が乗っかって順次あがっていくなどのベートーベンのプログレッシブな部分はやはりブラームスの第4交響曲終楽章コーダの入りの部分で、またこれは空想になりますが同楽章冒頭ラルゴでのf の4オクターヴの上昇はショパンが第3ソナタの終楽章の冒頭で採用したかもしれません。ショパンはベートーベンの友人フンメルと知己であり、1830年から1年ウィーンに住んでいたのです。
第4楽章の序奏部の最後のあたりで、これについてはどこがどうということはないのですが、僕はいつもブラームスのピアノ協奏曲第1番の響きを思いだしています。彼がこのソナタ冒頭を引用するほど親しんでいたのは事実であり、しかも、クララは事実これを弾いていたのです。PC1番はクララへの愛の曲であり、交響曲第4番は締めくくりの曲だった。ピアノソナタ第1番ほど確信犯的にではなく、ほのかに、しかしクララが聴けば分かるに違いない程度にハンマークラヴィール・ソナタを縫い込んだという想像は、そう的はずれでもないような気がするのですが・・・。
20世紀まで誰も理解できなかったかもしれないこの巨魁なソナタ。しかし数名だけは真価をわかって自作に引用までしたかもしれない。何か不可思議な磁力があるということ、僕如きが主張するより彼らが雄弁に語ってくれていると思います。
では最後に、ハンマークラヴィール・ソナタ全曲を。スビャトスラフ・リヒテルの75年のプラハでのライブです。
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クルト・マズアの訃報
2015 DEC 21 1:01:46 am by 東 賢太郎
クルト・マズアさんが亡くなった。クラシックに熱中しはじめた高校時代におなじみの懐かしい名前だ。アズマの反対だけどスペルはMasuaで、ドイツ語ではSを濁ってズと読むことを初めて知った。クラスのクラシック仲間がふざけて僕をケント・マズアと呼んだが、さっき調べたら氏の息子さんはケン・マズアさんだった。
だからというわけじゃないが、彼のベートーベン交響曲第5番、9番(右)は僕が最初に買った記念すべき第九のレコードとなった。だからこれで第九を記憶したことになる。なぜこれにしたかは覚えてない。ひょっとしてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(以下LGO)に興味があったかもしれないが、2枚組で3600円と少し安かったのが真相という気もする。
感想は記録がなく不明だが、音は気に入ったと思われる。というのは第九を買った75年12月22日の4日後に同じマズア・LGOのシューマン交響曲第4番を購入しているからだ(右)。大学に入った75年はドイツ音楽を貪欲に吸収していた。5月病を克服した6月に買ったジョージ・セルの1,3番のLPでシューマンを覚え、4番にチャレンジしようと7月に買った同じLGOのコンヴィチュニー盤があまりピンとこなかったのだ。それはフォンタナ・レーベルの詰めこみすぎた冴えない録音のせいだったのだが・・・。ということはシューマン4番もマズアにお世話になったのだろう。
マズアはドイツ人にしてはモーツァルト、シューベルト、ワーグナー、ブルックナー、R・シュトラウス、マーラーのイメージがないのが不思議だ。モーツァルトはシュミットとのP協全集はまあまあ、ブルックナーは4番を持っているがいまひとつだ。東独のオケ事情、レコード会社との契約事情があったかと思われる。
そこで期待したのがブラームスだ。76年録音。ロンドンで盤質の最高に良い79年プレスの蘭フィリップス盤で全集(右)を入手できたのはよかったが、演奏がさっぱりでがっくりきたことだけをよく覚えている。4曲とも目録に記しているレーティングは「無印」だ。当時はまだ耳が子どもで激情型、劇場型のブラームスにくびったけだったからこの反応は仕方ない。とくに音質については当時持っていた安物のオーディオ装置の限界だったのだろうと思う。今年の4月現在の装置で聴きかえしてこう書いているからだ。
ところでここに「フランクフルトでフィデリオを聴いたが、まさにこの音だった」と書いたが記憶違いだった。プログラム(左)を探したところ、1988年10月3日にロイヤル・フェスティバルホールであり、しかもオケはロンドン・フィルであったので訂正したい。ケント公エドワードご来臨コンサートで英国国歌が演奏されたようだが記憶にない。当時のロンドンでドイツ人指揮者というとテンシュテット、ヨッフム、サバリッシュぐらいでカラヤンが来たのが事件だった。そこに登場したマズアはきっと神々しく見えたんだろう、響きも重くドイツ流ですっかりドイツのファイルにメモリーが飛んでしまっていたようだ。この4年後に言葉もできないのに憧れのドイツに住めたのが今となっては信じ難い。
この記憶はこっちと混線したようだ。
94年8月28日、フランクフルトのアルテ・オーパー。これがマズア/LGOの生の音だったがこれよりもフィデリオの方がインパクトがあった。
マズアの録音で良いのはメンデルスゾーンとシューマンのSym全集だ。これはLGOというゆかりのオケに負うところもあるが低重心の重厚なサウンドで楽しめる。ブラームスもそうだが、細かいこと抜きにドイツの音に浸ろうという向きにはいい。ベートーベンSym全集はマズアの楽譜バージョン選択の是非と解釈の出来不出来があるが現代にこういうアプローチと音響はもう望めない。一聴の価値がある。
なにせLGOはモーツァルトやベートーベンの存命中からあるオーケストラなのであり、メンデルスゾーンは楽長だったのだ。61才までシェフとして君臨したコンヴィチュニーに比べ70年に43才で就任したマズアはメンゲルベルクと比較されたハイティンクと同じ境遇だったろうと推察する。若僧の「カブキ者」の解釈などオケが素直にのむはずもないのであって、正攻法でのぞむ。それが伝統だという唯一の許されたマーケティング。だからそこには当時のドイツ古典もの演奏の良識が詰まっているのである。
意外にいいのがチャイコフスキーSym全集で、カラヤン盤よりドイツ色濃厚のオケでやるとこうなるのかと目からうろこの名演だ。悲愴はすばらしく1-3番がちゃんと交響曲になっているのも括目だ。ドイツで買ったCDだがとびきり満足度が高い。そしてもうひとつ強力おすすめなのがブルッフSym全集で、シューマン2番の第1楽章などその例なのだが、LGOの内声部にわたって素朴で滋味あふれる音響が完璧に音楽にマッチして、特に最高である3番はこれでないと聴く気がしない。
エミール・ギレリス、ソビエト国立響のベートーベンP協全集は1番の稿に書いたとおりギレリスを聴く演奏ではあるが時々かけてしまう。お好きな方も多いだろう、不思議な磁力のある演奏だ。76年ごろのライブでこれがリアルタイムでFMで流れ、それをカセットに録って擦り切れるほど聴いていた自分がなつかしい。以上。ニューヨークに移ってからの録音が出てこないのは怠慢で聞いていないだけだ。
こうして振り返ると僕のドイツものレパートリー・ビルディングはLGO時代のマズアさんの演奏に大きく依存していたことがわかる。師のひとりといえる。初めて買った第九は、彼との出会いでもあった。75年12月22日のことだったが、それって明日じゃないか。40年も前のだけど。
心からご冥福をお祈りしたい。
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マリナー/N響のブラームス4番を聴く
2015 NOV 26 0:00:30 am by 東 賢太郎
ベトナム出張まえからやや風邪ぎみで今朝はノドがガラガラで酷い声でした。帰国が火曜で一日つぶれたので仕事がたまってしまい、結局昼間は自宅で9時―15時は相場を見て、同時に電話とメールで大詰めに至って神経を使う案件を進めることに。
ところが気がつくとサントリーホールでN響の日でありました。迷いましたが、午後になって少しは体調も回復したしもったいなくもあり、出かけることになりました。そして着席してプログラムを見ると救われました。
指揮:ネヴィル・マリナー
ピアノ:ゲアハルト・オピッツ
モーツァルト/ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
ブラームス/交響曲 第4番 ホ短調 作品98
幸いでした、行って良かった。ピアノはもともとボザール・トリオのメナヘム・プレスラーがモーツァルトの17番を弾く予定だったようで、オピッツに替わって24番になったようです。結果的に短調のまま終わる2曲が、それも最も敬愛する2曲が並んでしまい、両曲とも終楽章が変奏曲というのも不思議なものでした。24番と4番、何か書きたいといつも思っているのですが、怖くてなかなか勇気が出ません。
オピッツはフランクフルト駐在時代にたくさん聴いたおなじみのピアニストです。ケンプの弟子で彼の美音とタッチは継いでますが、僕はベートーベンよりブラームスを評価しています。今日もアンコールに弾いた作品116の第4曲間奏曲は見事でした。
さて24番ですが、この曲はクラリネット入りでフルート以外の木管が2本、トランペットも2本という大編成ですが、旋律線を吹きそうなフルートだけ1本しかなくて副次的、装飾的な役しかなくモーツァルトの音色趣味を伺えます。第2楽章などこの「活躍しなささ」は例外的なほどと思います。
N響の木管は好演でした。大学時代からモーツァルトを教わったマリナーの指揮に注目しましたが、この曲にはややシンフォニックであり、CDになってるブレンデル盤もモラヴェッツ盤も終楽章が速めです。91才の彼がどうなっているか、興味があったのです。
第1,2変奏はCDよりやや遅い。これはいいぞと期待したら、なんとオピッツがオケよりもかなり速めのテンポで第3変奏を弾きはじめました。これはないだろう、びっくりだ。そこからはオピッツのテンポになり、この速度ではどうあがいてもモーツァルトがわざわざハ短調で曲を閉じてまでコーダに込めた重要なメッセージが言い切れません。マリナーが納得してたのか知りませんが、ただの快適なピアノコンチェルトになってしまいました。
オピッツがそう読んでいるということですが、この解釈には全く賛同できません。師匠のケンプはそういう妙なことはしていない。それどころかライトナーの指揮もピアノと波長が合っていて含蓄のある伴奏をしておりオケの音色もうまく録音されていて、ケンプ盤はお薦めできるもののひとつです。
最後のブラームス4番は名演でした。マリナーのブラームス、シューマンは時々家で聴きます。ことさらテンポを煽るでもなく、こってりと歌うでもなく、趣味の良い中庸の美に終始しますがブラームスのスコアはそれでうまく鳴るようにできていて、近頃はこういうのが好みです。第1楽章は全12音の長短調和音がちりばめられており、リズムは精巧に組み立てられており、終楽章冒頭の音を割るホルン、くぐもった低音部にまで下がるソロフルートなど音色の工夫にも満ちている。
つまり立派なスコアなんだから余計なことをしてくれなくてもいいよという気分です。もう40年もかけてなん百種類も聴いてきて、ごてごて意匠を尽くしたり張りきって悲劇性を盛り上げたりする演出には僕はあきあきしているのです。異様に頑張っていたブロムシュテットのように老境の情熱をブラームスの老いらくに託さない趣味が大変結構です。マリナーは昔からそういう誇張をしない傾向の人でしたが、ドイツものに本領発揮できる老い方をしましたね。彼のブラームス、ひょっとしてこれが最後かもしれないがいい4番を聴けて幸せでした。
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嬉野温泉スパイ事件の謎
2015 SEP 13 22:22:57 pm by 東 賢太郎
先週末は雨とコンサートでジョギングできませんでした。2週空いてはまずいので今日はまた二子まで10km。けっこう調子が良くてついに初めて1時間を切りました(57分)。
阿曾さんたちにそれならハーフマラソンはいけるいけるとけしかけられたのと、もう一つ佐賀の嬉野温泉へ行った時に按摩(あんま)さんに「筋肉は50才ぐらい」とおだてられたのが効いてますね、たぶん。
この嬉野(うれしの)という所は福岡空港からだと高速バス(九州号長崎行き)で諫早方面に1時間半ほどです。地図で見るほど遠い感じはしません。福岡空港発11:02に乗って筑紫平野を下り、筑紫野、基山を通って12:36に嬉野バスセンターで降ります。
「まめ多」の降旗女将にいい旅館があるよと教わっていて、昭和天皇が泊まった和多屋というのですがそれは満員でした。そこで和楽園さんという旅館に1泊しましたが良かったです。
湯質は無色透明ながらぬめりがあります。傷を負った鶴がこの温泉で治るのを見た神功皇后が「あなうれしや」といったのが名称の語源だそうだから、日本書紀の時代から知られていたということです。和銅七年(714年)に記された肥前国風土記に名前が出てくるそうです。
「シーボルトの湯」というのがあります。
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796年 – 1866年)がここに長崎から何度か来ていた。彼はオランダ人と偽って出島に入ったがドイツ人であり、出身地はヴュルツブルグです。思えば僕はフランクフルト駐在当時、友人とよく車でヴュルツブルグの劇場にオペラを聴きに行ってました。
フランクフルトを流れるマイン川は、ワーグナーの聖地バイロイトあたりに源流を発して、長躯バンベルグ、ヴュルツブルグを流れてフランクフルト・アム・マインに来ます。そしてマインツでライン川に合流するのです。そういえばシーボルトの従兄弟の娘に当たるアガーテ・フォン・ジーボルト(1835年 – 1909年)は、あのブラームスの婚約者であったっけ!
どんどんパズルのピースがつながっていきます。
あそこから長崎に、そしてこの嬉野温泉に来ていた。彼はプロイセンのスパイだったという説もあり、幕府禁制の日本地図を持ち出そうとしたことで国外追放処分となるのです(1828年、シーボルト事件)。このとき、丸山町遊女であった瀧との間に生まれた娘(日本人女性で初の産科医となった楠本イネ)を残して去ったのはどこか「蝶々夫人」を思わせます。
イネは大村益次郎に恋した人であり、京都で襲撃された彼を看護しその最期を看取っている(司馬遼太郎「花神」)、また、吉村昭の「ふぉん・しいほるとの娘」の主人公にもなっています。彼女の美しい娘が宇宙戦艦ヤマトのスターシャのモデルらしいというのも知りませんでした。
そこで、もうひとつ、思い出した。「シーボルトの湯」の目の前の橋のたもとにあった「大村屋」という旅館の跡に、こういう来歴が書いてあって、なんとなく写真を撮っていたのです。
伊能忠敬!!
そうか、幕府禁制の日本地図を役人の目が光る長崎・出島で受け取るのはあまりに危険である。温泉で湯治すると偽装して、ここで入手したんじゃないか??
まあ大昔の犯罪だしもうどーでもいいですけどね。
このことは実はさっき気がついたんで、当日は中村兄と来ていたんですが仕事で疲れてぼーっとしていて、名物の豆腐を食べてなんにも考えてませんでした・・・。母方の出身地が諫早なもんで、どのへんかなと旅館で尋ねたら、車で30分ですよ近いですよなんてことも知った。
ぎすぎすした東京からくると、人当たりがやわらかくてどこかほっこりしてて、安らぎました。いいところでした。また行くことになると思います。
(追記)
嬉野で撮った一枚に故・中村兄の後姿があった。昨日のことのようだ。
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ブラームス ヴァイオリンソナタ第1番ト長調作品78「雨の歌」
2015 AUG 7 1:01:55 am by 東 賢太郎
今日はかねてより進行中である大きめの案件の打ち合わせでした。場所が築地だったので帰りぎわ晴海通りをぶらぶら歩くと歌舞伎座が八月納涼歌舞伎の初日のようでした。
起業を決心して以来5年間夏休みなしで働いてきたので来週はすこしだけゆっくりしたいと思います。
こういう時に聴きたい曲の筆頭にあるのがブラームスのヴァイオリンソナタ第1番ト長調作品78「雨の歌」なんですね。1879年にオーストリアのヴェルター湖畔ペルチャハ(上)で完成した曲です。ペルチャハといえば交響曲第2番、ヴァイオリン協奏曲という二つのニ長調を書いた地でもあり、このソナタも二音を属音にもつト長調で書かれました。そこについての私見はこれをご覧ください。
クラシック徒然草-ブラームスの「ペルチャッハの二音」-
グスタフ・マーラーもこのヴェルター湖畔で交響曲第5-8番、リュッケルトの詩による5つの歌曲集、なき子をしのぶ歌を書いています。
スイスやオーストリアの夏は本当にすばらしい。欧州の景勝地はほとんど行きましたが、夏休みに家族旅行したトゥーン湖、グムンデン、ザルツカンマーグートの景色や空気は一生忘れません。ロジャー・ハマースタインの名作ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」のあの雰囲気というのはそのあたりの空気を胸いっぱい吸い込むとわかりますから、お好きな方はぜひ夏休みに行ってみて下さい。
ソナタ1番の出だし。この幸福感は何なんでしょう。これを聴いて心に生きる喜びが満ちあふれるのは僕だけではないでしょう。
この冒頭のタッタターは第3楽章の冒頭の主題に由来したもので、その主題は”Regenlied(雨の歌)”作品59の3という彼の歌曲から来ています。この歌はクララ・シューマンのお気に入りだったというインティメートな作曲動機があります。これを引用することでブラームスはクララへのラブレターとした。しかしそれはもの悲しい短調ですからね、これは僕の空想ですが、それを長調の喜びに置きかえて作ったのが第1楽章であり、冒頭のタッタターが秘密の合鍵です。そこに思いっきり「愛してる」 と綴った。合鍵によってクララも気がつくのです。そして、より重要なメッセージがやってくる。曲はだんだん暗くて満たされないものをたたえ始めひっそりと終っていく。相手は人妻です。この想いは満たされませんよね?そういう屈折した複雑な心理を盛りこんでクララに聴かせているように思います。ブラームスという人はなかなか直球を投げないのです。シャイであるのか、自分の感情を露骨に吐露するのをいつも回避します。それがいつも全開であるワーグナーとは気が合わないのも道理です。
ではまず、その「雨の歌」からお聴き下さい。ソナタはこの雨の日の翳りが第3楽章にやってきて、曲を閉じていくのです。
そういう解釈をすると第1楽章は「愛してる」が全開であっていい、むしろそうでなくてはならない。変化球を投げているのであからさまにそうとは思われないだろう。だからブラームスが書いたすべての曲で、この楽章ほどのびのびと人妻クララへの恋情を吐露できたものはないし、もしあるとすれば、僕の頭に浮かぶのは交響曲第1番終楽章のアルペンホルンによるラヴレターの部分しかありません。
ブラームスが書いた旋律の中でもおそらく最も至福に満ちたすばらしい第2主題を一度でもお聴きいただけば、僕の想像がそう的はずれでもないとご納得いただけるのではないでしょうか?
僕は憧れと期待のサブドミナントに満ちたこの名旋律を聴くたび、生きてるってなんて楽しいことだろう、なんて希望に満ちたことだろうと胸に迫るものを感じるのです。
第2楽章アダージョは主調の3度下の変ホ長調ですがピアノに激した音型が現れすぐ短調に変わります。第1楽章の何も邪魔するもののない晴れやかな幸福感は途切れます。ヴァイオリンが6度のブラームス的な音程の旋律で何かを訴えますが最後は満たされぬ諦めのように幕を閉じます。牧歌的でもあり宗教的ななぐさめも感じます。
第3楽章は雨の歌の寂しげなト短調が支配しますが、中間に至って変ホ長調となり注目すべきパッセージが現れます。この楽譜の真ん中の小節です。
これは交響曲第1番ハ短調作品68の第3楽章に現れるパッセージであることにお気づきでしょうか。先に述べましたがソナタ1番の2年前に書いたこの交響曲も終楽章の朗々と響きわたるホルンが、スイスアルプスの高嶺からクララに向けたラブレターだったことは楽譜への添え書きから明白です。このころ、ブラームスは熱かった。そして彼の理性はこれを引用することでソナタがラヴレターである秘密をそっと明かしています。
名曲ですから名演がたくさんありますが、ヨーゼフ・スークのヴァイオリンとジュリアス・カッチェンの演奏はいいですね。スークのストイックで格調の高い音はすっと胸にしみ込んできますが情熱も秘めていて、第1楽章第2主題の歌への想いなどまさにこれというもの。ブラームスの名手として高名なカッチェンの伴奏も耳を澄ますしかありません。
これもいいんです。僕がよく取り出すCDです。
クリスチャン・フェラス(Vn) / ピエール・バルビゼ(Pf)
カラヤンが評価して重用したフェラスでしたが心を病み82年に自宅アパートの10階から投身自殺しました。僕は彼のやや細身ながら気品と色気あるヴァイオリンが好きで、生きていれば欧米でライブを真っ先に聴きたかったのにと残念でなりません。ピアノのバルビゼも気になっている存在で、モーツァルトを弾ける希少なピアニストの一人です。フランス人のデュオですが第1楽章のパッションなど大変すばらしく、この名曲に新しい光を当てています。ぜひお聴きいただきたいと思います。
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ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(原題・ブラームスはマザコンか)
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