ベートーベン 交響曲第2番ニ短調 作品36(その1)
2018 MAY 30 2:02:03 am by 東 賢太郎
先日のこと、会議室で電話をしていたら右目に「あいつ」がいるのに気づいた。いつもそうやって不意に現れる、黒っぽいぶよぶよしたものだ。視界の中をふわりふわり泳いで、目線を動かすとその方向に、まるで敏捷な魚がきびすをかえすようについてくる。
蠅ぐらいの大きさなのだが、飛蚊症というつつましい名前がついている。とんでもない、6年前に左目に初めて現れたときは巨大なゾウリムシに見えてぎょっとした。すぐ眼科に行ったが「老化ですね」でにべもなく、こういう会話になった。
「先生、治りますよね?」「いえ、残念ながらヨード剤を飲んで小さくなるかどうかです。どうしてもというなら眼球の手術が必要です」
そんなのは嫌だ。とすると一生治らない、逃げられませんと宣告されたようなもので、こう書く今もPCのスクリーン上を飛び跳ねてるし、寝ても覚めても消えることはない。ここからはその人の気の持ち方の問題になってくるのであって「一生つき合うしかないね」と笑いとばせる人もいれば、悪くするとうつ病になって自殺を考える人もいるかもしれない。
医者は「病気ではないから心配いりません」というが、悪化して失明することはないということだ。後者の人の問題は眼科的なことではない、邪魔者と終生暮らすことになる精神の鬱屈だ。病でないものを持病と呼ぶのは適当でなく、宿痾(しゅくあ)という、「痾」は治りにくい病のことでそれがべったりと宿ってしまう因縁めいた語感がその束縛には似合うと思う。嫌な奴に取り憑かれたものだが、確かにこれは老化でおよそ誰でも大なり小なりなるようだから気は楽だ。
もうひとつ暗い話で恐縮だが、パニック障害というものがある。これも私事になるが、僕は閉所で鼻づまりになると呼吸できない恐怖がおき、歩き回ったりじっとしていられなくなる。元プロ野球選手の長嶋一茂氏が経験談を出版されたが、僕も香港で危なくなった。それになったらどうしようと飛行機が怖くなり、どうしても乗る勇気がない。東京の会議に真剣に船で行こうと焦った。なんとか自己暗示をかけて飛んだが地獄の思いだった。そこから閉所が怖くなり、今もアイル席でないと乗れず床屋も歯医者も時にコンサートホールも危なくなった。
呼吸できないとなって一度もできなかったことはない。フェイクの恐怖なのだがしかし本当に恐ろしい。周囲も驚かせてしまうからそれも恐怖をそそる。長嶋氏は医師のいう事を聞いたようだが、僕の場合診療中に女医さんの質問にぶち切れて退出してしまったからアウトだった。そこまでおかしかった。以来これにいつ襲われるかわからないというのがまた別の恐怖であって、常時なんとか忘れるしかない。何かに夢中になって、宿痾から気をそらす努力が必要となった。
長嶋氏は「以前から憧れていた極真空手に傾倒した。楽しいことに夢中になって気を紛らわせる。それがパニック障害克服の鍵のひとつだと気づくのは、かなり後だった」と書かれているが、僕の場合はそれにあたるのが2010年の起業だった。楽しいどころかものすごく大変だったが、大変だから忘れられるのだから大変な方がありがたい。苦労を喜ぶという妙なことになってしまい、そんな倒錯した人生を生きてどうするんだと悩んだ。
それを解決してくれたのはずいぶん飲んだ安定剤ではなく、ベートーベンだった。3番と2番の交響曲だ。他のどれも聴く気すらしなかったのにこの2曲だけが、すぐに効いたわけではないがじんわりと心に浸透し、しまいには曲に没入し、とうとう何に悩んでいたのかわからなくなってしまった。3番と2番は作曲家が耳疾の進行におののきハイリゲンシュタットの遺書をしたためた時期の作品だが、そういう意識で触れた訳ではない。たまたま聴いて、何か作品の波長がこちらの心の波動にうまく寄り添ってくれる感じがあったのかもしれない。
ベートーベン(以下、Ludwig van Beethovenを略して ”LvB” と書く)は20代後半あたりから耳疾という宿痾と戦った。音楽家にとって致命的であり、他の事に夢中になって気を紛らわせて済むような生易しいものではなかった。しかし、冷静に考えれば、彼は聴こえなくてもあれだけの音楽を書くことができた。書けないから悩んだ形跡はない。むしろ聞こえないことでどうせみんな俺が変だと思ってるんだろうと、社交ができなくなる悩みを遺書に綴っている。しかし、ここも冷静に資料を読み込むと、周囲は難聴には理解もあり優しかったという印象がある。
LvBは難聴が進む恐怖によって重度のパニック障害に陥っていて、そのためにピアノの周りをぐるぐる歩き回ったり奇矯に見えるパニック行動をして周囲を驚かせてしまった。その周囲のリアクションが彼にショックを与え、聞こえないせいだと思い込み遺書の悩みの告白に至ったのではないかと思う。そういう理由から彼が大家に追い出され、ウィーンで20回以上も引っ越し、奇妙な行動をすると各所に書かれ、好きな女はたくさんいたが結婚はできなかった、そういう事実が仮にあったとしても、僕はそれをいとも自然に受け入れることができる。むしろ、そりゃそうでしょ、と。
難聴は周囲に既知だったがパニック障害という病気は当時は誰も知らない。だから周囲はそれを天才の天才たるゆえんの破天荒な性格として記録した。そしてそのイメージをもとに尾ひれがついてこの音楽の教科書でおなじみのLvBの肖像画が偶像化していったのではないかと想像している。
(つづきはこちら)
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N響定期(シベリウス「4つの伝説」など)
2018 MAY 14 1:01:57 am by 東 賢太郎
ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
シベリウス/交響詩「4つの伝説」作品22 ―「レンミンケイネンと乙女たち」「トゥオネラの白鳥」「トゥオネラのレンミンケイネン」「レンミンケイネンの帰郷」
指揮 : パーヴォ・ヤルヴィ
ヴァイオリン : クリスティアン・テツラフ
テツラフは4年前にカルテットを聴いて面白かった。この日のベートーベンも期待はあったが、結果としてやや考えさせられる。プログラムによるとヤルヴィは曲によって異なる「サウンド」を重要な要素と考えるそうだが、ここでは古楽器演奏に近いものだったように思う。管も弦もここというパッセージは強めに浮き出て主張する。ティンパニは皮である。
ところがテツラフのカデンツァは独自なのは結構だがティンパニが入るなど、アーノンクールとやったクレメールほどではないがやはり現代を感じさせる。これが擬古的なオーケストラと調和しない感覚が断ち切れなかった。古楽器オケで伴奏するドン・ジョバンニが革ジャンで出てくる感じとでもいおうか。テツラフは音量があり熱演であったがピッチは甘く、そういう曲でないとしか言いようがない。
シベリウスはなかなか実演がない「4つの伝説」。これは良かった。こっちに時間をかけたのだろう、オケのサウンドはまさにシベリウスではまっている。4曲で1時間近くかかるこの曲は交響曲に匹敵する充実感が得られ、久々にシベリウスを堪能した。親父は十八番であり、パーヴォの2番はあんまり気に入らなかった記憶があるが、これならいい線だ。N響で交響曲をぜひ全曲やってほしい。
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マリア・ジョアオ・ピリス演奏会を聴く
2018 APR 14 1:01:13 am by 東 賢太郎
あの32番は名演として語り継がれるだろう。
目には見えない何か偉大なものに接している感覚というのは、人生そうあるものではない。息をひそめた聴衆の尋常でない気配と空気がサントリーホールに満ち、最後のピアニシモが天空に吸い込まれると、自分が何に感動して涙まで流しているのかわからない。音楽を聴いてそういうことは、長い記憶をたどってもあまりない。
第一曲の悲愴はあれっという感じだった。引退を決めたのはこういうことかと落胆し、今日はそういう思いに付き合うことを覚悟した。それが第3楽章あたりから波長が音楽と合いはじめる。次のテンペストはぐっと集中力が増し、無用な力感や興奮は回避してこういうレガートなタッチでもベートーベンになるのかと感嘆する。
休憩があって、さて32番だ。聴くこちらも集中力が高まり、どんどん俗界から音楽に没入していく。こんなことは久しぶりだ。いかにピリスのオーラが強かったかということであり、この人は日本のラストコンサートにこれを弾くためにやってきたのだ。最晩年のベートーベンが書いた神のごとき音符がこんなものだったとは・・・。これは天から降ってきた啓示のようなものであり、僕は初めてそれをはっきりと感じた。
音楽というものは演奏するその人の全人格を投影したものだ。舞台を歩く姿が、その表情の変化が、もっといえば存在が音楽そのものに感じられる彼女が弾くと32番はああいう姿になる。人格とは性格だけのことではない、育ちであり経験であり思想であり教養であり信仰であり主張でもある。32番のような音楽はそういうものをすべて包含した人格が熟しきらないと弾けない、弾いてもいいが熟した聴衆にメッセージが感受されない。
なんという恐ろしい音楽だろう。
彼女の名前表記はマリア・ジョアン・ピレシュとされる傾向があるようだが、こういうことはあんまり意味がないように思う。ベートーベンをベートーヴェンと書く人もいるが、そんなに表音の正確性を期したいならビートホーフェンと書くべきである。日本語のphonetic notation(音声表記法)は限界があり、マックダァーナルドゥと書いてハンバーガー屋をイメージできる人はあまりいないだろう。マクドナルドは単なる認識上の「符号」なのであり、そんなものを不正確に気どったところで所詮なんちゃっての域を出ない。
我々昭和人類にとっては彼女は断じてマリア・ジョアオ・ピリスである。そうでないとしっくりこないのでそう書く。ピリスのモーツァルトは大好きでLP時代から持っており、高純度の美音に惹かれてきたから僕はファンといえるだろう。レコードできくあの繊細なピアニシモやコケットなスタッカートは見事なレガートを生地に生み出され、ベートーベンを弾いているとは思えない脱力したポスチャーが音色に効いていることを舞台で見て初めて知った。
来週のモーツァルト、シューベルトが本当の最後、楽しみだ。
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ヤノフスキ・N響 定期公演を聴く
2017 NOV 12 21:21:42 pm by 東 賢太郎
ヒンデミット/ウェーバーの主題による交響的変容
ヒンデミット/木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲
ベートーヴェン/交響曲 第3番 変ホ長調 作品55 「英雄」
指揮:マレク・ヤノフスキ 独奏:N響奏者(フルート:甲斐雅之 オーボエ:茂木大輔 クラリネット:松本健司 ファゴット:宇賀神広宣 ハープ:早川りさこ) (NHKホール)
ヤノフスキは懐かしい。ラインの黄金を1985年ごろロンドンで買った。当時リングを聴く暇はなかったがごらんの通りカット盤で安く、まあいいかの衝動買いだった。オケがシュターツカペレ・ドレスデンというのがたまらなく、スイトナーの魔笛の素晴らしいEurodiscのLPでそれほどこのオケに惚れこんでいた。
CDという新メディアが出てLPが安売りされた時期だった。しかし結果論としてそんなものは不要だった。これはルカ教会の音響を見事に再現する名録音であり、LP最後期の技術の粋を味わわせてくれる逸品だ。歌もDSKの音響も音場感も最高、盤質も最高。Eurodiscのマークが目に焼きついていて、これを見ただけでそそられるものがある。
第1曲しか買わなかったのは曲を知らなかったからで痛恨だ。後にしかたなくCDでそろえる。こういうものが出てきたわけだが、つくづく思うが、LPのほうがいい。正確に言うなら、CDに情報は欠けていないしこれは音源がデジタル録音だからアナログの方が良いからというわけでもない。複雑な問題をはらむので別稿にしたい。
今年はリングでも聴きたいなとライプツィヒでウルフ・シルマーがやるので計画したがやっぱり無理だった。ヤノフスキーの東京でのリング・ツィクルスも日にちが合わず断念してしまった。ヤノフスキーは1988年にロンドンのバービカン・センターでフランス放送響でサン・サーンスの第3交響曲を聴いて、曲はつまらないがインパクトがある指揮で印象に残っている。ゲルト・アルブレヒト亡き後ドイツ物の本格派が誰かと心もとなくなってしまったが、ヘンツェの交響曲集もあり、チェコ生まれだがドイツ保守本流でしかも硬派路線であるヤノフスキは期待したい指揮者である。
ヒンデミットの木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲は初めて聴いたが、N響の首席はさすがにうまい。フルートは特に。残響が少ないので木管とハープの音のタペストリーがこまやかに伝わり、弦とのアンサンブルも絶妙である。大変な聴きものだった。NHKホールでかえってよかったと思えた希少なものであった。こういうのをやってくれると嬉しい。
一方、エロイカは最初の一音でこのホールでは辛いなとお先が暗くなる。N響のせいではない。中央9列目にいるのに音が来ない。オケのフォルティッシモで隣の人と会話しても聞き取れるだろう。倍音がのってないから個々の単音がドライであり、バスも来ないからピラミッド型の豊饒な音響にならない。つまりドイツ物はそもそも論外なのである。
ちなみにサントリーホールも改修して少しはましかと思ったが何も変わってない。チェコ・フィルをS席で聴いたが、ドヴォルザーク8番の弦など、そっちだって欧州に比べたらたいしたことないJ.F.ケネディセンターで聴いた音に比べてもぜんぜん魅力がない。チェコ・フィルでそれだ、他は言うに及ばずである。香港赴任から帰国してがっくりきた日本の中華料理みたいだ。おれは昔こんなの食べてたのかという。
だからここはハンディ付きだ、紅白歌合戦専用劇場なのだと割り切って耳のほうを修正して演奏にのぞむしかない。第1楽章はまだ困難でたいして面白くきこえない提示部をくり返されるのは歓迎でなかった。オケは力演で弦のエッジは立つのだが、なにせ音の粘度もボリューム感もないからトータルとして華奢で軽く箱庭的だ。ヤノフスキの堅固な音造りのコンセプトは現地のホールでやれば大いに映えただろうが、これならそういう録音を家で聴いた方がいい。これも不幸だが僕はエロイカというとウルフ・シルマーのバンベルク響やショルティ最晩年のチューリヒ・トーンハレ管など一生に一度クラスの超弩級のを経験してしまった。どうしても比べてしまうから内容については書かないことにする。
だんだん耳が我慢してなじんできて、すると曲の偉大さが圧倒してくる。自殺願望を克服し乗り越えたベートーベンが、生きる意志をこめて並べ、組み立てた音には強靭な音魂がこもっているとしか思えない。それが心に乗り移ってきて、終わってみると元気をくれている。何という音楽だろう。
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トスカニーニはパワハラか?
2017 AUG 12 7:07:42 am by 東 賢太郎
昭和の昔にパワハラなどというものがあったら僕は真っ先に会社をクビになっていたろう。しかし仕事で罵倒したり罵声ぐらいはいくらも飛ばしたということであって、職場の地位・優位性を利用して人心にもとるよからぬことをしたことはないし、仕事では自分に対しての方がもっと厳しかったという苦しい言い訳ぐらいはある。
元々そういう性格だったわけではなく、中学あたりまでは他人には強くいえない弱っちい情けない子だった。そうでなくなったのは高校で体育会に入ったせいかと思っていたが、先輩の問答無用の命令と服従、あんなもんがそんなにいけないか?と疑問に思わないでもない。いかなる戦うための組織においても軍規は必要で、それがあそこでは長幼の序であっただけとも思える。
高校あたりから弱い子でなくなったのは、多分、早生まれで体が小さいコンプレックスがずっとあったのが身長が追いついて吹っ切れたからだと思う。要は喧嘩をしても負けない気がしてきて、しかもすぐエースになったから心持ちが大逆転もした。逆に投手はつきあう野手は捕手だけで周囲はあまり関係なく、上級生になっても後輩に命令した記憶もなければもちろん体罰などしたことはなくて、体育会だからパワハラ的性格になったということは多分ない。俺は弱くないと思えたことこそが大きかった。
ただ軍規は染みついた。「グラウンドで歯を見せるな」という相撲界みたいのがあったが、昨今の甲子園を見ているとよく選手が笑ってる。戦場感覚はかけらもなくなって、プロ選手が「いい仕事しましたね」などとほざく感覚に呼応している。昨日など打席でにやにやっとしたのがいて、「次のタマ、あいつの顔面狙うな、俺なら」と口にする。そんなの僕には条件反射である。すると「そんな時代じゃないわよ」と家内におこられる。そういうのまで今やパワハラまがいになっちまうんだろうが、軍規違反に対する制裁はこっちだってやられるから弱い者いじめとは全然違うのだ。
吾輩は化石のように古い男なんだろうし女性軍を敵に回すのは本意でもないが、パワハラにはどうもフェミニズムの男社会への浸食を感じるのだ。軍規の第1条でレディ・ファーストにせいみたいな感じで、母親目線でウチのかわいい子に規律は少なくしてちょうだい!なんて勢いでゆとり教育が出てきてどんどん子供をバカにしてしまう。そのうち軍規に人殺しはいけませんなんて書かれるだろうと隣のミサイルマニアが待っていそうな気がしてくる。
「職場の地位・優位性を利用」するのがパワハラの要件らしいが、それはそもそも、それ自体が男原理の本筋を踏みはずしているというものである。近頃は女も猛猛しくこのハゲなどと罵倒もするようだが、女の気持ちは代弁する自信がないのでここは男に限定させていただくなら、パワハラは地位や優位性を手にして初めて強くなった気がしているような、要は力のない恥ずかしい男がするものであって、モテない男がセクハラといわれやすいのとお似合いのものだろう。男の嫉妬は女より凄まじいとよく言うが、それの裏返しともとれる。男原理で動く男は地位があっても弱い者いじめなどしないし、嫉妬はするかもしれないが負けて悔しければ自分もやろうとするだろう。
横浜DeNAベイスターズは契約でそういうことにでもなってるんだろうか、負けても必ず監督のTVインタビューがある。あれは軍人に無礼極まりない。「敗軍の将、兵を語らず」は立派な大将の不文律であって、戦況をべらべらしゃべるような軽い奴に兵隊は誰もついてこないのは万国共通の男原理というものなのである。これは理屈ではない。アメリカは勝ったってしない、まして怒り狂っている敗軍の将にマイクなんか向けようものなら殴られるだろう。あのテレビ局のお気楽な「お茶の間至上主義」、「局ごと女子アナ感覚」は平和ボケニッポン独自のものであって、フェミニズムの浸食に力を貸している。
僕は指揮者アルトゥーロ・トスカニーニの作る音楽を好んでおり、ミラノへ行った折、敬意を表して息子と墓参りをした。演奏家より作曲家がえらいと信じてる僕として、プッチーニ、ヴェルディの墓は参ってないのだから異例なことだ。彼のプローべは戦場さながらであり今ならパワハラのオンパレードである。これをお聞きいただきたい。日本のかたはどこか既視(聴)感があるが、「このハゲ~!!」ならまだかわいい、「お前ら音楽家じゃねえ~!!」だ、これを言われたらきついだろう。
この戦果があの音楽なのだ。プロとプロのせめぎあい。何が悪い?彼が指揮台を下りても楽団員を人間と思ってなかったかどうかは知らないが、棒を持ったらきっと思ってなかっただろう。こんな男の人間性ってどうなの?と女性やフェミニストに突き上げられそうだが、しかし、それと同じぐらいの度合いで、他の指揮者は僕にとってメトロノームとおんなじだと言いたいのである。ベートーベンの交響曲第1番は彼以外にない。ほかの指揮者のなど聞く気にもならず、全部捨ててしまってもいい。そんな演奏ができる指揮者がいま世界のどこにいるだろう?
僕はレナード・バーンスタインのカーチス音楽院のプローべを彼のすぐ後ろで見ていて、和気あいあいにびっくりした。客席にぽつんと一人だった僕がコーク片手に彼のジョークを一緒に笑っても問題なかった。同じ位置で見たチェリビダッケのピリピリはトスカニーニさながらで、目が合っただけで睨みつけられた彼にそんなことをしようものなら大変だったろう。そして、そこで緊張しまくった学生たちが奏でた音!あれは一生忘れない。カーネギーホールの本番で評論家が今年きいた最高の管弦楽演奏とほめたたえたドビッシーが生まれていく一部始終を見たわけだが、細かいことは覚えていないが、そういうテクニカルなことよりもあの場の電気が流れるような空気こそがそれを作ったのだろうと感じる。
トスカニーニは男原理の最たる体現者である。そういえば彼の時代のオーケストラに女性はいなかった。彼は理想の音楽を作るためにすべて犠牲にして奉仕し、だから、今日のボエームがお前の一つのミスで台無しになったと本番の指揮台を下りても怒りが収まらずにホルン奏者を罵倒した。立派なパワハラ事件になり得るが、ホルン奏者はそれで頑張って次はいい音を出して納得させた。ボスの完全主義と美に対する執念には団員の理解があり、そういう言動は彼の個性であり強権による侮辱やいじめと思ってなかったからだろう。それはきっと、トスカニーニの世紀の名演のクレジットはオケの団員だって享受して、名誉と生活の安定を手に入れられたからである。男原理の男はこうやって職場の地位・優位性ではないところで人を動かせるからパワハラ事件にはならない。人事権がないと何もできない男、女々しい奸計でポストを登った男はボスにはなれないのである。
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ギュンター・ヘルビッヒのベートーベン7番
2017 MAR 14 0:00:03 am by 東 賢太郎
ギュンター・ヘルビッヒ( Günther Herbig, 1931年11月30日~)という指揮者は通にしか知られていないでしょう。旧東独で活躍した指揮者といえば、例えばアーベントロート、コンヴィチュニー、ケーゲル、ケンペ、レーグナー、ザンデルリンク、マズア、スイトナー、ボンガルツなどが思い浮かびますがヘルビッヒもそのひとりです。
東西ドイツ統一で西側で活躍した人もいれば逆の人もいますが、誰もがドイツのレパートリーの伝統的解釈の継承者であったことは万人の認めるところでしょう。ヘルビッヒは東独のレコード会社であったドイツ・シャルプラッテンのETERNAというクラシックレーベルで統一後の西側市場に紹介されましたが、地味な曲目と知名度の低さのせいか廉価盤扱いのこともあり、わが国では地味な東独系の中でもさらにマイナーなイメージが定着したように思います。
しかしヘルビッヒの指揮は無難で堅実な中庸の解釈などではまったくなく、ツボにはまると大変素晴らしい。看過されるのは実にもったいないのです。チェコ生まれの彼はアーベントロート、シェルヘン、カラヤン、ヤンソンス(父)に学び、1972-77年にドレスデン・フィルハーモニー、1977-83年にベルリン交響楽団(西のBPOに対抗する東のメジャーオケ)の首席指揮者を務めるほど高く評価されましたが東独統一党の政策に嫌気がさし、一念奮起して新天地の米国に移住します。
そこで得たポストがデトロイト交響楽団の音楽監督(1984-90年)でした。このオケはポール・パレー(在任1951–62)と一級品のフランス音楽を作ってマーキュリー・レーベルに多くの名録音を残し、前任のアンタール・ドラティ(1977–81)がアンサンブルを鍛え上げていました。その後ヘルビッヒ着任までは3年の空位があるようで、彼は満を持して迎えられたのでしょう。
これはウォートン時代にフィラデルフィアのFM放送でオンエアされたライブをカセットに録音したもので、それが1984年4月20日でした。アナウンスによるとこの7番は前年9月に第10代音楽監督に着信した記念すべきお披露目のオール・ベートーベン・プログラムのトリでした。まさに着任したての意気揚々とした指揮であり、オケもそれにこたえて渾身の熱演をきかせているのです。
僕はベートーベン7番はあまり聞きませんがこの演奏の格調とパッションだけは別格で、アタッカで一気呵成になだれこむ終楽章は圧倒的でコーダの追い込みの興奮は何度体験しても素晴らしい。あらゆる録音の中で最も好きな7番であり、これを聴けば誰もがこの交響曲が好きになるでしょう。音楽は人間の生み出すもので、特別なオケージョンの一期一会の感興の盛り上がりというのは時にもう一度やれといってもできないようなものになる、そういうことを感じさせる稀有の演奏と思います。ヘルビッヒのベートーベン交響曲の録音は3番はありますが他はないようです。お元気であるならばこういう本物の指揮者に全集を残してもらいたいと熱望するばかりです。
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クラシック徒然草《いま一番好きな第九》
2016 DEC 28 0:00:38 am by 東 賢太郎
「年末の第九」なる世界に類のない国民行事は、まだクラシックがそんなに人気がないころのオケ団員の正月の餅代稼ぎだったという説をどこかで読んだ。それによれば、合唱団は主にアマか音大生であって、家族親戚が聞きに来るだろうから満員御礼が読めるということだったようだ。欧米で第九は何度もコンサートにはかかったが、年末だったことはむしろ一度もない。
昔はテレビっ子だったし3ちゃんやFM放送でも大晦日の第九を聴いてた。だからこれを聞くと第2楽章の終盤でもう今年も終わりかあと思いはじめ、第3楽章の中盤あたりで「ゆく年くる年」の行者の火渡りのシーンなんかが頭にジワリと浮かんでくる。第4楽章の歓喜の歌が過ぎたあたりになると時計を見てウンあと15分かと心のカウントダウンが始まり、そして恐るべきことに、画面いっぱいに映し出されたどこぞのお寺の鐘を和尚がゴ~ンとつく音が浮かんでくるのである。
なんじゃこりゃあ?
4月に聴いても9月に聴いても除夜の鐘がゴ~ンだ。パリで聴いてもウィーンで聴いてもゴ~ンだ。かんべんしてくれ。こうやって僕はいっとき第九が大いに苦手となった。聴くときは昔流儀とイメージが被らないように、新奇なところに耳が行くベーレンライター版を選んで聴いたりした。第九のブログを書いたあたりまでは少なくともそうだった。
ところがわりと最近、ヨゼフ・クリップスのCDを聴いて非常に感動したのだ。これはおふくろの味だと。そして3月17日にこう書き足すことになった。同じ文章で申し訳ないが再録する。
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ヨゼフ・クリップス / ロンドン交響楽団
クリップスはJ・シュトラウス、ハイドン、チャイコフスキーなどに記憶に残るレコードがある。この第九は、一言でいうなら、僕の世代が昔懐かしい、ああ年の瀬のダイクはこういうものだったなあとほっとさせてくれる雰囲気がある。アンサンブルは甚だ雑駁だが何となくまとまっており、ほっこりとおいしい不思議な演奏だ。それはテンポによるところが大きく、とにかく全楽章やっぱりこれでしょという当たり前に快適なもの。管楽器、ティンパニがオン気味だがどぎつさはなく、歌は合唱の近くにマイクがあってまるで自分も合唱団で歌ってるみたいだ。そのうえソロ4人がこんなに一人一人聞きとれる録音は珍しいがこれが音楽的に満足感が高く、なんとはなしにオケ、合唱と混ざっていい感じになるのも実にいい。ぜんぜん知らないソプラノだが音程はしっかりして僕の基準を満たす。5番の稿にも書いたがベーレンライター全盛の世でこのCDを耳にすると、1週間ぐらい海外出張して戻った居酒屋のおふくろの味みたいだ。練習で締め挙げた風情や、うまい、一流だ、すごい、という部分はどこにもないが、本物のプロたちがあんまり気張らずに自然に和合して図らずもうまくいっちゃったねという感じ。しかし全楽器の音程がよろしく、フレージングの隈取りも納得感が高く、耳を凝らして聴くと音楽のファンダメンタルズの水準は大変高い。指揮のワザだろう。こういうのを名演と讃えたい。
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今も聴きなおしたが気持ちはいささかも変わらない。クリップスの1-8番は僕には生ぬるいが、どういうわけか9番だけ琴線にふれるのだ。このなんとも快適なテンポと味付けは僕らがなじみ始めの頃にウィーンなどで普通にやっていたものと思う。だからだろう日本人の演奏もこれに近かった。クリップスはロンドンのオケで普通にそれをやり、普通なのは第1楽章で一生懸命弾いているが弦と金管のアンサンブルが甘かったりホルンが二度もとちってるのでわかるが、それでもうるさい客を黙らせるオーソリティーを感じる。
クラシックがクラシック足り得るのは僕はこういう演奏によると思っているのであって、フルトヴェングラーのバイロイト盤みたいにコーダを超音速でぶっ飛ばしてエクスタシーをあおったり、メンゲルベルグみたいに急ブレーキでのけぞらせたりしてくれなくても、ベートーベンの天才のみで僕らは十二分に究極の音楽的満足を得られると思う(終楽章の入りだけピッチがゆれるがこれは我慢)。
ゴ~ンはないの?ある。でもそれもふくめておふくろの味になってしまった自分がいるということのようだ。
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ベートーベン ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品61
2016 AUG 22 0:00:26 am by 東 賢太郎
なるほどこのトシになってつまらんものはつまらんと言えますが、ガキのころはそうもいきません。この曲には因縁があってストラヴィンスキーとバルトークばかり聴いていたころ、雑誌でしたかFM放送でしたか、「いくら難しい曲を聞いたって、ベートーベンのヴァイオリン協奏曲も知らないのでは困りますね」と評論家先生がのたまわって、なるほどそういうもんかと思いました。
そこでいろいろ批評を読んでみると、ヨゼフ・シゲティの演奏が歴史的名盤であるとあります。それだとばかりすぐ飛びついたのですが、これがいけません。ひどく退屈である。ソロはへたくそである(正直な感想、すいません)。しかし初心者ですから、おれはまだベートーベンがわからないのだと信じ込んだのです。
それが忘れもしないこのFontana盤でした。批評を読みかえすと、「最晩年の録音で技巧に衰えこそあるが、高い精神性は比類がなく・・・」とある。セイシンセイ?なんだそれは?辞書にはspirituality(霊性)なんておどろおどろしい訳語があるではないですか。これがいけなかった。
そうか、セイシンセイがわからないとベートーベンは理解できないのか!そういうことになってしまい、この曲はおろか交響曲までしばし縁遠くなってしまうのです。
当時のわが国音楽界は「精神性がない」という殺し文句でカラヤンすら血祭りに上がる恐ろしい国だったのです。精神性が認定されれば音が少々外れたって推薦されるのだから比例代表制みたいなもんだ。ドイツ人のベテランはほぼ当確、イタリア、フランス、ロシア、東欧は巨匠のみ、英米に至るとほぼ落選というわかりやすい図式ではありましたが、セイシンセイの実体を僕が理解する日はついにやって来ませんでした。
この曲がシンプルに楽しいと思ったのは、フィラデルフィアでイツァーク・パールマンのあっけらかんと明るいソロを聴いてからでした。そしてさらに決定的だったのは84年のアイザック・スターン(どちらもムーティ/PHOの伴奏)のこわもての威厳ある演奏です。ということは、何のことない、30才近くまで僕は「ベートーベンのヴァイオリン協奏曲も知らないのでは・・・」という状態だったのです。
ところが困ったことにこの曲、好きになれる演奏がなかなかない。第1楽章、オケの序奏が3分もあってやっと登場するソロはドミナント和音をなぞって上昇し、高音で第1主題を弾きます。ここが問題で、どうもどれを聴いても音程が気に食わないのです。
それはここです。ほとんどの人がラ# がフラットにきこえる。つられてシまで低い人が続出だ。
あの超絶技巧のハイフェッツも、そういうことはまずない最右翼であるオイストラフすら最高音 ラ#、シ があぶない。歴史的大ヴァイオリニストに向かってそう公言してしまう僕もあぶないのですが、耳がおかしいかとyoutubeを片っ端から聴きましたが大家、名人ほぼ全滅、あのユリア・フィッシャーすらだめだ。これは何なんだろう?
スコアを観て想像がつきました。上の楽譜の2小節目のソーファーソラからバックに木管の伴奏和音が入りますが、問題の ラ#でオーボエ、クラリネットがシ、ファゴットが ラを吹いていて、ヴァイオリンが弾かされるラ#は上下どっちとも短2度という「汚い音」なのです。しかもそれをクレッシェンドしてsf で弾けなんて罪なことが書いてあります。
これはピアノなら全く自然に聴き過ごせる経過音なのですが、倍音が乗ってる木管をバックに聴衆が耳をそばだててる繊細なハイポジションの音取りとなると、明らかな不協和音だからみなさん恐らく感覚的に嫌で、ラとシのどっちに寄せるかというと和声のバスであり2オクターヴと距離も離れているラに無意識に寄るんじゃないか?しかし旋律の流れとして、これは高めに、シに寄せてもらわないと僕は気持ちが悪いのです。
それはまず、音取りの問題が(あまり)なく楽譜通り鳴っているクラリネット・ソロ版で聴いてください(4:14がそこ)。
引き合いに出して大ヴァイオリニストにはお詫びしますが、これの3:49と比べていただきたい。
そんな細かいこと鑑賞に影響ないだろうという声が多そうです。こういう部分が僕的鑑賞の苦しいところで、その調性の12音のピッチバランスがメロディーの和声構造に添って(特にミとシが)、僕的にはオレンジ色に調性感をふくらまして、陽光の中でシワなく表面が外側に湾曲してピンと丸々と張ったテントみたいにはちきれていないといい音楽に聴こえません。
音程は音楽のファンダメンタルズであって、それが欠ければ即こりゃいかんということになってしまう。それがこの名曲ほど顕著に感じられてしまう音楽はなく、この個所はベートーベンが管弦楽をピアノの耳でダイナミクスを書いたというちょっとした不備で、指揮者はオケ部分のクレッシェンドと sf は無視してヴァイオリンに隙間を与えてやり、ソリストに音程の指示はできないのだろうが自分でそうできる人とやるしかないでしょうね。いずれにしてもここは体操競技ならF難度の個所であり、僕はコンサートでここがダメだともう減点です。
体操の内村ぐらい最高点に近いのがこのナタン・ミルシテインとエーリヒ・ラインスドルフです。危なげない見事な音程であり、指揮のラインスドルフはその個所はファゴットを強めに吹かせて和声のバランスをラにもっていってうまく切り抜けている。こういうのをプロ中のプロという。第3楽章主題のやや高めのミの音(f#)の素晴らしいこと!こうでないと音楽の良さは死にます。世の中、そんなひどい演奏ばっかりだ。ラインスドルフのオケ(フィルハーモニア管)の音程まですばらしく、テンポもダイナミズムも文句なし。ぜひ味わってください(i-tunes Storeで750円)。
もうこのトシですからつまらんものはつまらんと言います。こういう演奏でないと僕はこのコンチェルトはアホらしくて聴く気もしない。いい加減な耳や技術の人は弾くべきでないし、そういう部分を「それなりに」で済ましてしまう神経の人はこの曲はそもそも無理だからやめた方がいい。ベートーベンの書いたうちでもトップクラスの名曲であり、交響曲と同じほど動機を構築してできた有機的建造物であり、技術と知性なくして良い演奏などなしえない。指揮者にも同等の知性とバランスが求められる至難の曲です。
最初のF難度だけでこんなに書いてしまいました。この先も難所続出であり、曲の構造分析は始めたら止まりません。僕が最も畏敬する音楽の一つであり、今回はここで敬意を表して終わり。次回することになります。なお精神性のほうは精神科のお医者さんか心理学者さんにご相談ください。
フランコ・グッリ / ルドルフ・アルベルト/ コンセール・ラムルー管弦楽団
このヴァイオリンは僕の知る限り唯一ミルシテインに匹敵します。信じられないことだがこの演奏をほめている人を見たことがない。みなさん何を基準に選ばれてるのか僕にはさっぱりわからないが世評の高いどの「大家」よりいいです。音楽をブランドで聞くなどまったく意味のないことです。グッリのヴァイオリンはどこの名器だというほど魅惑的な中音域!第3楽章の「ミ」の素晴らしさ、これがこの演奏の全てを物語ります。ソロがイタリア人だ、指揮者、オケが有名でなくしかもフランスだというのが減点なのか?とんでもない、見事な重量感の伴奏でなんの過不足もなし。録音もビビッドでよろしい。演奏に漲る活気とテンションを聴けば誰もが圧倒されるでしょう。グッリは冒頭のヨゼフ・シゲティの弟子であることをシゲティの名誉のために記しておきます。i-tunes StoreでFranco Gulliと入力すれば買えます。
クリスチャン・フェラス / ヨゼフ・カイルベルト / フランス国立管弦楽団
これは音源室をひっくり返していたら出てきた録音でyoutubeにupしました。1967年5月30日、パリのシャンゼリゼ劇場でのライブで、細部の完成度は落ちますが補って余りある名演です。フェラスは微妙にポルタメントがある古い流儀で、僕は実演に接しませんでしたが弓を持つ右ひじが上がる現代メソッドでは良くないとされる弾き方だったそうです。しかし肉体の負担をもってしてこのストラドの音色は得られたのでしょう。全編が歌。歌わない音符はなし。フェラスの音のとり方はとても趣味に合います。平均律のピアノではなし得ない、歌と弦楽器にだけ許される「和声の王宮」にどっぷりつかる幸せ。これをくれる演奏家はそういるものではありません。ちなみに上掲のラ#は常人と逆にフェラスは高めにとっているのが彼の和声感覚でしょう、そういうものが共鳴することで音楽はとてもパーソナルな、プライベートなものになるのです。カイルベルトの重厚な伴奏がフランスのオケからドイツの音を引き出してますね、最高に素晴らしい。
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ベートーベン ピアノソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィール」 作品106
2016 MAY 9 2:02:43 am by 東 賢太郎
このソナタは音楽であるか否かという範疇を突き抜けて、人間の精神が造りだしたあらゆるものでも最高峰のひとつであると思います。
そのような音楽がすぐ楽しめるものではなく、僕は10年はかかりました。現代音楽が耳慣れない音でもって「難しい」のとちがって、音としては奇異でもないのに何がいいのかわからなかったのです。94年にベルリンでポリーニのを聴いたのですが、それでもさっぱりでした。
この曲の第4楽章はベートーベンの讃美者だったワーグナーすら理解できず懐疑的だったそうで、20世紀まで真価は知られなかったという説もあります。僕にとって言葉がそうでしたが、日本語はニュースのアナウンサーが何を言ってるかが突然わかるようになり、英語は留学して3か月ほどして、やはりTVのCMが急に聞き取れるようになったのですが、ハンマークラヴィールソナタはそういう風にある日に急にやってきて、理解した音楽でした。
ひとことでいうと、とてもリッチな音楽です。独奏曲で40分もかかるものは作曲当時はなく、特に長大な第3楽章(アダージョ・ソステヌート)は異例だったでしょう。人間の最高の知性のすべてが結集した様はそれだけで畏敬の念をもよおすもので驚くべき輝きと建築美を放射するのですが、かといって決して無機的ではないのです。あらゆるアミノ酸が溶けこんだスープのようなもので、その養分が聴き手の精神の深いところまで届いて究極の満足感を与えてくれる。そんな曲は世の中にそうはありません。
いまこの曲の譜面を前にした心境は、ローマへ行ってパンテオンや水道橋の精緻な構造を知って感嘆するに似ます。仮にそれらを造った人が目が不自由だったとしてなんのことがありましょう。ハンディに打ち勝ったからそれが優れているのではなく、誰の作であれそれは地球上の工作物として一級品である。ベートーベンにとって聴覚疾患はそういうものです。彼は頭の中で音が聴けたのであり、それでこんな曲が書けた。聞こえたらもっといい曲が書けたわけではないでしょう、なぜならこのソナタ以上のものは想像もつかないし200年近くたっても誰も書いていないからです。
耳の聞こえる僕らはただきいて楽しめばよいのですが、どうしてもそれで済ますことはできない、耳だけではわからない何かがある、だから細部までストラクチャーを研究してみたいという僕の欲求をかりたてるという点でこのソナタは数少ない特別の音楽の一つなのです。だから何年も僕は暇をみてそうしてきており、それを書き残したいのですが膨大な分量になってしまいます。
どうするか考えますが、僕にとってこの曲がかけがえのないもの、オペラなら魔笛、シンフォニーでいえばエロイカに匹敵するものであるということを残せばとりあえず目的は達します。
冒頭です。第1主題は2つの部分からなっています。
強烈な動機を2回たたきつける。第5交響曲と同じであり、ダダダダーンの直前に休符があったのをご記憶と思います。ここではその休符を、新たに手にした楽器(ハンマークラヴィール)の強靭な低音bが埋めています。この動機は第2楽章スケルツォ主題、および後述する重要な3度下降を含んでいます。
続く部分は p でレガートが支配する女性的なメロディーで第九の喜びの歌を思わせ、同様に見事なバスラインがついています。これが9小節目のフェルマータで止まってしまうのは第6交響曲の冒頭を思わせます。作曲時点で彼は交響曲は8番まで書いていました。ステートメントとしての冒頭動機のぶつけ方は5番より8番に近いです。
この動機はブラームスが自分のピアノソナタ第1番ハ長調の冒頭にそっくり引用しているのは有名で、以前のブログでも紹介しました。
しかし、ブラームスが交響曲第4番の冒頭主題をハンマークラヴィールの第3楽章Adagio sostenutoから引用したのはあまり有名ではないでしょう。誰かが指摘したかもしれませんが僕は知りません。もしなければ東説ということです。
3度下降のブラームス4番主題はソナタの第4楽章にもはっきりと現れますが、既述のように、元をただせばソナタ冒頭動機にすでに3度下降の萌芽は現れています。
ブラームス4番の終楽章はJ.S.バッハのカンタータ第150番、BWV 150, “Nach Dir, Herr, Verlanget Mich” – Meine Tage In Dem Leid の引用であることも、これまた有名です。一聴瞭然であります。
ブラームスは自身の最後の交響曲となるかもしれなかった4番を、第1楽章第1主題にベートーベン、そして終楽章のシャコンヌ主題にJ.S.バッハを引用し、敬愛する先人の延長として位置付けようとしたというのが僕の仮説です。グレン・グールドの第3楽章を聴くと彼もそう考えていたのかと思うほど4番主題を際立たせている(上の楽譜で♭3つになる部分が7分26秒から。7分40秒から4番主題が鳴る。7分55秒からは誰が聴いてもおわかりになるでしょう)。
第2楽章スケルツォは冒頭動機の子供です。コーダで変ロ長調の主音bが半音上のhになり、d-f#(二長調)が闖入し、ついにhに居座ってしまうのは驚きます。B♭→Dの3度転調は第1楽章冒頭主題にも適用されますが、モーツァルト「魔笛」断章(女の奸計に気をつけよ)に書きました通り当時は珍しい転調です。
主音が半音上がるクロージングの例はあまり記憶にありませんが、シューベルトの弦楽五重奏曲 ハ長調D.956の最後の最後でドキッとさせられるc#の闖入ですね、僕はあれを思い起こします。シューベルトがこのソナタを知っていたかどうか、ウィーンの住人でベートーベンの信奉者だった彼が1819年にアリタリアから出版されたこの曲の楽譜を見なかったという想定は困難ではないでしょうか。
第4楽章のコーダでg、a、b、c、dに長3度が乗っかって順次あがっていくなどのベートーベンのプログレッシブな部分はやはりブラームスの第4交響曲終楽章コーダの入りの部分で、またこれは空想になりますが同楽章冒頭ラルゴでのf の4オクターヴの上昇はショパンが第3ソナタの終楽章の冒頭で採用したかもしれません。ショパンはベートーベンの友人フンメルと知己であり、1830年から1年ウィーンに住んでいたのです。
第4楽章の序奏部の最後のあたりで、これについてはどこがどうということはないのですが、僕はいつもブラームスのピアノ協奏曲第1番の響きを思いだしています。彼がこのソナタ冒頭を引用するほど親しんでいたのは事実であり、しかも、クララは事実これを弾いていたのです。PC1番はクララへの愛の曲であり、交響曲第4番は締めくくりの曲だった。ピアノソナタ第1番ほど確信犯的にではなく、ほのかに、しかしクララが聴けば分かるに違いない程度にハンマークラヴィール・ソナタを縫い込んだという想像は、そう的はずれでもないような気がするのですが・・・。
20世紀まで誰も理解できなかったかもしれないこの巨魁なソナタ。しかし数名だけは真価をわかって自作に引用までしたかもしれない。何か不可思議な磁力があるということ、僕如きが主張するより彼らが雄弁に語ってくれていると思います。
では最後に、ハンマークラヴィール・ソナタ全曲を。スビャトスラフ・リヒテルの75年のプラハでのライブです。
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エロイカこそ僕の宝である
2015 DEC 29 0:00:41 am by 東 賢太郎
今年ほど壮絶に戦って終える年というのも記憶になく、事業としては大勝利だったのだがどういうわけかそんなに喜びや達成感というものもなく、むしろ体も精神もぼろぼろだ。安息が要る。1か月半ぶりに二子玉川まで走ってみたが、途中猫のいる橋あたりで息が切れはじめ、軽いめまいもあり結局普段の倍の2時間を要した。
僕の仕事というのは数字だけで成り立っているといって過言でない。数字はメカニックで無機的なものだ。囲まれていると疲れる。だから正月は心の内から数字を消したい。そういうときこそ、音楽の出番となる。なにか劇的な効能があるというよりじわりと左脳をしずめ、左右をバランスしてくれるから心の漢方薬みたいなものだ。
では、こういうときにすっと心に入る音楽はなんだろう?
これがどういう質問か、クラシックをたくさん知っている方はお分かりと思う。冬には、春には、うれしいとき、かなしいとき、それぞれの心境に寄りそってくれる「マイミュージック」をみな持っているからだ。僕にとっては憂鬱なときにウィンナワルツはうるさいだけだ。第九のバリトンの歌い出し、O Freunde, nicht diese Töne!(おお友よ、このような旋律ではない)!なのだ。
ではどんな Töne がぴたっとくるのか?今回のような心持ちの経験はありそうでないので実は今知ったことなのだが、小包が届いていたオッコ・カム指揮ラハティ響のシベリウス3,4,6、7番とテンペスト、これは琴線に響いた。第九は最後まで nicht diese Töne! であったことを告白しなくてはならない。演奏のせいではない。曲が響かないのだ。
そうしていまさっき聴いた、買いおいていたワルターのエロイカだ。もう確信に至った。これほど僕に勇気とエネルギーを与えてくれる音楽は他にない。起業のころ、苦しかった時期に第1楽章をピアノで弾いてどれだけチャージしてもらったか!もし意識不明になったら家族はこれを耳元で聞かせてほしい。この曲で生き返らなかったらお陀仏ということだ。
エロイカという曲は何かと因縁を感じる。実演は特に印象に残るものがあって、ドイツにいた94年1月15日のネヴィル・マリナー/ AOSMF、同12月6日のウルフ・シルマー / バンベルグ響、95年2月4日のロペス・コボス/ シンシナティ響、そして96年1月26日スイスでのゲオルグ・ショルティ / チューリヒ・トーンハレ管だ。2月4日生まれの僕としてその周辺で名演に当たるのもなにか因縁を感じる。ちなみにクラウス・テンシュテット/ ロンドンPOで二度も聴いているが印象にない。84年と86年のどっちも9月のことだった。
さっき魂を吸い込まれるように聴き入っていたのがこれだ。
ブルーノ・ワルター / シンフォニー・オブ・ジ・エア
これのLPは音が悪くて長らく地団太をふんでおり、それ故にブログで推薦に入れなかった。このオタケンのCDは渇望を満たす実に素晴らしい復刻だ。これは僕の知るあらゆるソースの中で最高のエロイカの一つである。人間の精神の高貴な作用が音楽という形で刻印された奇跡の記録だ。1957年1月16日にトスカニーニが亡くなり追悼演奏会をワルターが振ったものである(オケは実質NBC響)。コロンビア盤で第1楽章のテンポに異議があると書いたがこれを聴いて考え直す。有無を言わせぬ気迫と重量感でありそれが牽引するルバートが意味深い。ワルターという稀有の名人が咀嚼したベートーベン演奏の叡智が友人であったトスカニーニを見送るために結集したようだ。まったく惜しいことだが第2楽章のCの方のティンパニがどうしたことか半音近く調律が低く聞き苦しいのを除けば、これほど今の僕を揺さぶる演奏はない。このカーネギーホールでの演奏会が57年2月3日というのも奇縁だ。自分は2才とはいえそんなに昔から生きていたのかという感慨でもあるが。
もうひとつ、これも心に響いた。
ゲオルグ・ショルティ / シカゴ交響楽団 (1989年新盤)
亡くなる前年、96年スイスでのショルティのエロイカはまぎれもなく僕が聴いたベストだった。第2楽章のヘ短調からのクライマックスへの展開はオーケストラ演奏でかつて目撃した最も壮絶なドラマであり、もう人生でああいうものを経験することは多分ないだろう。あれを思い出すにはこれを聴くしかない。ショルティの決然としたリズムは曖昧さが皆無でまるでパルテノン神殿の円柱みたいに整然と強固な調和を生み、シカゴの弦はトーンハレ管に増して厚み、音圧、キレ、すべてが凄い。そして管のクラリティ、音程、タンギングは音楽の至福であり、第3楽章のフルート、オーボエ、ホルンなどもはや神技の域にある。その技量と合奏力は、例えば第5交響曲の終楽章でほかのオケには演奏不能だろうと思わせる快速テンポに具現する。そんなことを競ってどうするんだという気がしないでもなく全集としてどうかというのは別の議論となるが、だからといって下手なオケの方がいいのだというわけはどこにもない。指揮者がそれをどう使うかということが問題なのであって、ベートーベンの音楽は、第九の歌の見事なピッチの扱いを見てもショルティの目指す大理石のように確固としたものが音楽の本質にストレートに資すると思う。少なくとも(ピアノ)スコアを自分の手指で音にしようと悪戦苦闘した者としてこの解釈と演奏は満点答案のようなものであり、このエロイカにケチをつける自信など僕には到底ない。第1楽章コーダのトランペットの扱いなどショルティは無用、恣意的な付加を回避しておりその姿勢は全曲一貫している。テンポもフレージングもダイナミズムも「歌舞く」ことは一切なく、だから無個性だ力づくだ無能だと切り捨てる聴き手もいるが、ベートーベンのスコアに何を求めているのかという差異だ。
(追記、3月17日)読響定期、サントリーホール
今日の読響のエロイカはだめでした。そもそもあれだけホルンがとちると聞く気が失せますわ。トリオの和音もだめ。何百回も聞いてる上になんでこれ聴くのって。ハーリ・ヤーノシュの金管セクションもぜんぜんだめ。申しわけないがプロなんだから問答無用。終わるのを待ってすぐ出ました。
カール・シューリヒト / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (64年10月8日ライブ)
20世紀前半型の遅いエロイカのうち僕がワルターとともに敬愛する特別の演奏。遅い?それは木管の対旋律を浮き出させて歌わせ、ホルンの和音を轟かせ、重いトゥッティでffのくさびを打ち込むためだ。ティンパニのリズムひとつが見事に意味深い。それらが最高度に音楽に奉仕しているのだからたまらない。展開部からコーダへのメリハリとコクは最高。第2楽章の木管のチャーミングな歌、うねるような弦。合奏はすべてが聞きとれ彫りが深く最後は止まりそうな歩みになる。スケルツォは木管をスタッカートにするなどシューリヒトの語法は一筋縄でなく、それにこたえるBPOの上手さも効いている。終楽章は特に素晴らしい。この弦楽器の強いボウイングによる「発音の良さ」をお聴きいただきたい。コーダのヴァイオリンは不意にスタッカートになる。全曲にわたって録音ではわかりにくいが、指揮者の意志の力とオーケストラのカロリーのある音圧を感じる。フルトヴェングラーでは指揮の個性が勝った気がしてならずそのバランスが僕は好きでないが、この演奏は両者のエロイカ演奏のエッセンス、常識が緊密に均衡してぎっしり詰まっている。こういうのは若いおにいちゃんが一朝一夕でできるものではない、老舗の逸品、一期一会の大名演と思う。
(参考)
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