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カルロス・クライバー指揮ベルリンフィルの思い出

2012 NOV 24 12:12:13 pm by 東 賢太郎

1994年6月28日にカルロス・クライバーがベルリン・フィルハーモニーを振るらしいと聞いたのはその半年ほど前だった。そんなものが買えるはずがないと思い、チケットを4枚申し込んだらなんと4枚当たった。強運だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

クライバーは当時から生きる伝説だった。何年に1度指揮台に立つかどうか。それを世界中が常に注視していた。あの帝王カラヤンが「あいつは冷蔵庫が空になった時だけ出てくる」とやっかんだ。ギャラと練習時間は御意のままという帝王の上を行くローマ皇帝状態だったのだ。親父はこれも大指揮者のエーリヒ・クライバー。ということになっているが、容貌があまり(あまりに)似てない。そう思っていたところ、ドイツの業界の人から「実は・・・・」という衝撃的な話を聞いてしまった。これは書かない。まあ親父が偉いからといって息子がそれだけで楽な人生を送れるというのは日本の政治家をのぞくとあまり聞かない。皇帝の地位は彼のたぐいまれな能力のたまものだったことは疑いがないということを僕はこの演奏会で確信した。

「クライバーがどこかのオーケストラを指揮するというだけで大ニュースになり、首尾良く演奏会のチケットを入手しても当日、本当に彼が指揮台に立つまでは確かに聴くことができるか保証の限りではなかったが、多くのファンが彼の演奏会を待ち望んでいた」(ウイキペディアより)。ことにベルリンフィルを振ったことは1回しかなく、これが2回目、そして結局は永遠に2回ということになってしまった。この演奏会は「ボスニア救済のため連邦大統領の主催による特別演奏会」兼「リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー連邦大統領告別演奏会」というものものしい政治的なオケージョンでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の午後、フランクフルト空港からベルリンへ飛んだのは僕とお二人。そのお一人が実はSMC運営管理委員長であられるドイツ明治生命社長(当時)甘田豊隆さんだった。そして残りの1枚のチケットだが、予定していた友人が急な用事で来られなくなったためそれを当日に会場で売ることになった。カラヤンサーカスとあだ名されたフィルハーモニーザールに到着すると、入り口は「Ich suche Karte!(チケット売ってくれ!)」のプラカードを掲げた群衆で、まるでディズニーランドの入り口みたいにごったがえしていた。聞くところチケットはダフ屋で凄い値段になっていて、こっちが誰に売ってあげようか迷って立ち往生してしまった。

そこに響いた「どうせなら日本人の女性に」という甘田大兄の愛国心あふれる鶴の一声。そりゃあこのチケットは隣の席だからむさ苦しいおっさんはかなわんなと僕も思っていた。そこで近くにいた日本人と思しきうら若き女性に声をかけた。「本当によろしいんですか!?」 お譲りした時(もちろん定価で)の彼女の驚きに、なにかすごく特別なことをしたようでかえってこっちが恐縮した。下の写真が当日のプログラム。ベートーベンのコリオラン序曲、モーツァルトの交響曲第33番K.319、そしてブラームスの交響曲第4番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前半が終わって、隣の席の彼女に「ベルリンにお住まいですか?」ときくと、「ベルリン芸術大学にピアノ留学中です」とのこと。ああ、音大の学生さんかと納得。ところがいろいろ話してみると、来週はプロコフィエフの3番を弾くだのCDを何枚も録音しているだので、どうもただ者でない。ピアニストの田部京子さんということがわかった。

我々4人の席はクライバーを左側上方から見おろす席(写真の左上方)だったが、このホールは舞台を360度ぐるりと聴衆が囲むため音の志向性が全方位型で、どこで聴いても特に良くもないが外れの角度もないようだ。見た目は似ているが死角が多いサントリーホールとは全く違うのである。ここではポリーニのベートーベンのソナタ(ハンマークラヴィール他)、ブーレーズ指揮でダフニスとクロエ他も聴いたが、巷で言われるほど音響にネガティブな印象はない。むしろ割と好きな部類である。

開演時間を待つ周囲のガヤガヤは当たり前だが全部ドイツ語だ。これから鳴るのもドイツ音楽の濃縮スープみたいなプログラム。それをザ・ドイツであるベルリンフィルが弾き皇帝クライバーが振る。ドイツに駐在していた幸運を音楽の神様に感謝した(会社にもか)。大統領の演説(これは早く終わらんかというもの)があり、オケがチューニング。ホールが指揮者登場を今か今かと待ちわびる静寂に包まれた。

お断りしなくてはいけないが、なにせ18年前のことだからクライバーの指揮のディテールまで全部覚えているわけではない。しかしもはや伝説であり歴史上の出来事と化してしまっているこの「ベルリンコンサート」の証人として、記憶しているだけのことはここに書き残しておきたいと思う。

まずコリオラン序曲の出だしから尋常でない熱気をはらんだ音圧。こんなことは普通の演奏会ではまずない。ベルリンフィルがいきなり本気になっているのがばしっと伝わってきた。腰は重いドイツ流だがゴツゴツせず、流れがいい印象だった。指揮姿はダンスを踊るよう。彼は手だけでなく目や表情で指揮をする人だ。このベートーベンは彼が何をやりたいか、なぜこの曲なのかがオケに良く伝わっていると感じた。

なぜこの曲なのか、オケはともかくこちらはよくわからなかったのがモーツァルトだ。この曲は僕も好きだ。でもなぜ33番なのか。ドレファミのジュピター音型かななどと考えながら聴いていた。だから集中できなかった。因果なことだ。弦のレガートが強弱緩急で流動的、自由自在でスマートかつエレガントだったぐらい。今でも不思議なのだがなぜ彼はモーツァルトは33番と36番しか振らなかったのだろう?

さて休憩後はいよいよブラームスの4番。僕の音源コレクション数で第1位、つまり結果的に一番好きだったという曲だ。まず肝心の出だし。無用に「泣き」がない。テンポももたれがなくサラサラと流れる。しかし展開部あたりからコクのあるドイツ保守本流の重心の低い音が奔流のようにうねりだし、こちらの心拍数も上昇してきた。ティンパニの打ち込みの効いていること!オケに信じ難いほどの生命力とパッションが吹き込まれ、コーダは(あの猛烈なアッチェレランドこそないが)同じオケを振ったフルトヴェングラー48年盤のすさまじい追い込みと甲乙つけがたい高揚感に達した。フルトヴェングラーのは練習したものではなくライブの一発勝負だったと思うが、ここで目撃したのもそれだろう。あれを会場で聴いた人がうらやましいとずっと嫉妬していたが、自分もこんなものをライブで聴いてしまうなんて!

第2楽章。耳のほうは艶やかなクラリネット、音を割るホルンぐらいしか覚えていないが、視覚のほうではクライバーが(おそらく)顔で細かい表情づけを指示していたのだろうということを記憶している。ただ座席の距離がやや遠く、オケ(特に弦)がそれにどう反応したのかはよく聴き取れなかった。そして第3楽章。CDを含めてどの演奏よりインパクトがある空前の、まさしく壮絶な演奏であった。ここの速いトゥッティの縦線の合い方、音響のブレンド具合でオケの合奏力が如実に出てしまうが、世界に冠たるベルリンフィルの底力を知ってしまったのはこの時だ。本気の天才指揮者に本気の名人オーケストラ!一期一会の火花散る真剣勝負とはこのことだった。

第4楽章。オケのメンバーから前楽章のテンションと熱が消えていないのがわかる。出だしから異様な緊張感がホールを支配。地獄の鉄槌でもこんなに激しくないだろうと思うほどの強烈、苛烈なff、怒涛のようなトゥッティの嵐!テンポは自在に伸縮し、金管、ティンパニの最強奏の凄まじさはオケからこんな音がするのも知らなかったしこの曲にこんな演奏があり得たのも知らなかった。雪崩が滑り落ちるような速いテンポに引きずり回され、打ちのめされ、あっという間にあの光明も救いもない峻厳なコーダの崖っぷちに立ってしまっていた。もう言葉などなし。あれ以上のブラームス4番を聴くことはもう僕の人生でないだろう。

クライバーは舞台のマイクを全部はずさせたのでこの演奏会の良い録音は存在しない。だからこの演奏の海賊版CD(誰かのかくし録り、下の写真)を秋葉原の石丸電気で見つけた時にはまさに狂喜した。今久しぶりに聴いてみたが、残念ながらあのオケの熱いうねりと高揚感は聴き取れない。しかしそれでもこのブラームスがいかに空前の名演であったかはわかってもらえるだろう。現在、世界が宝物にしているフルトヴェングラーの録音がどういうものなのか、僕はこの経験で肌でよく理解した。会心の出来だったのだろう、クライバー自身もこのCDを自宅でよく聴いていたらしい。

 

終演後、田部京子さんは「クライバーを聴けるなんて思ってもみませんでした。まるで夢みたいです。」とおっしゃり、後にお礼ですという手紙を添えてご自身のCDをフランクフルトの僕の自宅に送ってくださった。あれから18年、日本を代表するピアニストに成長された田部さんが最近ブラームス(右)を出されたので聴いてみた。後期のピアノ作品集だ。とてもいい。すこしうれしい気がした。

これが当日の録音。

 

カルロス・クライバー/ベルリン・フィルのブラームス4番

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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