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クラシック徒然草-テレサ・テン「つぐない」はブラームス交響曲4番である-

2013 DEC 15 14:14:52 pm by 東 賢太郎

きょうTV でたまたま今年のカラオケで歌われたランキング上位曲でテレサ・テンの「つぐない」をやっていました。この曲は昔からちょっと気になっていました。

つぐない1984年の曲のようです。だから僕はロンドンにいてこれもテレサ・テンもたぶんあまり知らなかったし、そもそも興味がなかった。東京本社に転勤になった90-92年のどこかです。僕の課の忘年会か何かでカラオケに行き、部下の女性がこれを歌ったのは。「えっ、Fさんなに償うの?」ときいてしまうような明るい人で、不思議な笑顔でひょうひょうと彼女が歌った意味ありげな歌詞にみんな爆笑でよく覚えているのです。92年にドイツへ転勤になり、2000年に帰るまでこれを聴く機会はほぼなかったと思います。

海外生活16年の僕にとってカラオケで知ってあとから本人の歌をきくなんてことは日常茶飯事。これもそのひとつで、「つぐない」はテレサでなくFさんの曲だったのです。聴いていきなり気になったのは、とてもstickyでsoulfulな和音です。何ともいえず体にまとわりついてくる。「優しすぎたのあーなたー」のところのバス!これはすごい。弾いてみたい。と思いつつ、いつもカラオケで誰かのを聴いていつもそれっきりで忘れてしまっていたのでした。

ということで家でこれを聴けて思い出したのは僥倖であり、さっそくピアノに向かい、そして驚きました。

これが今も歌われている。なるほど。納得です。耳コピですが和音をコードネームでふってみました。

(Aaug)窓に(Dm9)西陽があたる部屋(Gm)は                      いつも(A7)あなの 匂る(Dm)わ                         (Aaug)とり(Dm9)暮らせば (D)お(Daug)もい(Gm9)出すから         壁の傷(Dm)も 残したま(A7)ま おく(Dm)わ

愛をつぐ(Gm7)なえ(Gm6)ば (A7)別れな(Dm9)けど
こんなおん(Gm9)でも (C7)忘れないで(F)ね
(F7)優し(D7)すぎの (Gm9)なた
(A7)子供みたいな(Dm9) なた
(B♭)あすは人(E7)志に(A7)なる(Aaug)けれ(Dm)ど

コードネームの所で和音を変えます。太字はaug(オーグメント、増三和音)というコードが現れる部分です。augが四か所ではっきりと鳴りますが、ご覧のように、メロディーの通り道でも各所で一瞬だけ鳴っています。augの哀調が全曲を染めあげているのです。それから、下線はメロディの頭が倚音といって三和音からはずれた非和声音の部分ですが、ご覧のように、7度、9度の倚音があちこちに散りばめられています。主音をめぐってさまよいながらフラフラと落ち着くことがない。あーなたー、あーなたー、と2回もあーに倚音でアクセントがつくのは男心にグッと響きます。うまい。もうニクイかぎりです。

この曲はニ短調(Dm)なのに「まーどーにーにしーびがー」という出だしで主音の「レ」が出てくるのは「びがー」からです。そこまでにまずラーファード#-と来て(この部分がaugです)じらされる。さてやっと「レ」が出るかと思いきやまたまたミミ-(倚音)に飛んで、それからやっとレレーが出ます。このうじうじして主音になかなかたどり着かない様は主人公の迷い、切なさでしょうか。彼女が何をつぐなっているのかは明かにされませんが、詩と音楽が見事に融合して女心の葛藤を描いていると思いませんか。

そのぐらいはまだかわいい。この曲を大名曲にした決定打はご覧のようにaugに始まりaugに終わることでしょう。augで終わる曲は?ほとんどないですが、クラシック好きならまず一つ浮かびます。J.S.バッハの最高傑作である「マタイ受難曲」です。曲の最後の最後、ハ短調Cm主和音(ド・ミ♭・ソ)に無理やりシを食い込ませ、あえて強烈な不協和音として血のにじむような苦しみ、心に突き刺さるような痛切な音でマタイ受難曲は幕を閉じます(だから厳密に言えばCm+7であってGaugではないが、バスがcかgかの違いです)。「つぐない」の最後は僕にこの音を思い出させます。

しかし「つぐない」の救いようのない哀調、失っていくものへの後悔のような感情をもっとよく表している曲があります。ブラームス4番第1楽章です。曲頭のシソー、ミドー、ラファ#ー、レ#シーの最後のシーにレ#が残る形でaugがすぐ出てきます。「愛をーつぐ(Gm7)なーえ(Gm6)ばー」の部分も非常にブラームス4番的であります。「明日は他人同士にー」の「同志にー」の所のE7も、ブラームス(ホ短調なのでF#7)にまったく同じ和声的脈絡で出てきます。そして、コーダではまぎれもないBaugが3回痛烈にたたきつけられ、有無を言わさぬ悲痛な終結となる。これもaugで終わる曲なのです。

作曲家の三木たかしさんがそれを意識したのかどうか。亡くなったのでお聞きすることはできないのが残念でなりませんが、(F7)優し(D7)すぎたの(Gm)あーなたー、こんな素晴らしいメロディーを書かれる作曲家にそんな想像はかえって失礼な話かもしれません。三木さんには「津軽海峡冬景色」という名曲もあって、やはりマイナーキーの哀調を生かし切っています。今時のテレビで短調の曲が流れることはまれではないでしょうか。これがもう戻ってこない昭和なんでしょうか。しかし平成の世でも、「つぐない」が日本の女性に広く歌われ愛されているのはなにかほっとする気もいたします。ちなみに娘も好きだそうです。

最後に、 これを歌ったテレサ・テンさんは外省人であった軍人の娘で4種の中国語、日本語、英語、マレー語、フランス語を話せたそうです。台湾の国民的歌手、アジアの歌姫として国内外で一世を風靡したのに気取りのない人柄だったそうです。彼女をほとんど知らず、95年に亡くなったときもニュースとして淡々と聞いただけ。今初めてじっくりと聴きました。透明なのにあたたかくて癒される声です。何となくずーっと聴いてしまいました。何とも気の毒なことに旅立たれたのは42歳だった。

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