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ラフマニノフ交響曲第2番ホ短調 作品27

2014 JAN 12 0:00:01 am by 東 賢太郎

前回、大学受験失敗記にて書いた「不合格だった日」、1974年3月20日は僕の今までの人生で最も暗い日だった。そこから記憶がないと書いたが、記録が一つだけ見つかった。記録魔でレコードを聴くと必ず日にちを書いている。そして、その日に聴いたレコードがわかった。ラフマニノフの交響曲第2番であった。

あの日にこれを選んだとは・・・。それはこの曲が僕とどういう関係にあったかを物語る。恐らく誰にも、親にも友達にも会いたくなかったろうし、どんなあたたかい励ましの言葉も空しく響いたろう。でも苦しんでいる自分はそれを求めていて、この曲だけが、それができたということだ。僕はこのシンフォニーが心から好きである。そこには他にかえがたい「癒し」があり「鼓舞」がある。

ラフマニノフには同じく人気作のピアノ協奏曲が2つある。それらも名曲だが、この曲ほどの奥行きと広がりはない。この2番はより大作であり、交響曲という均整と深みがあり、ロシアの憂鬱があり、そこからの解放という強靭なエネルギーがあり、そして何よりも癒しのメロディーの慰ぶに満ちあふれているのだ。どん底に落ち込んで地獄を見ている人を一気に救い出す力がある音楽だ。

それ以来もたびたび、僕は精神的に厳しい時に無意識にこの曲のCDを取り出してきたような気がする。そういう時にバッハやベートーベンのような音楽はつらい。暗い曲、重い曲は心痛を倍加する。しかしウインナワルツのようなお気楽なもてなしは逆効果だ。モーツァルトは明るくしてくれるが、そういう鼓舞を受け入れられるならまだ心底から落ち込んでいるわけではない。どうしようもない時の薬は昔からこれなのだ。

僕はこの音楽が鳴り出すと左脳がオフになる感じがする。他の曲ではないことだが、楽譜が浮かんでこないし見たいとも思わない。口からは言葉も出てこない。男性的なものが目の前から消えて、女性、それも気のおけない母や妻や娘などといて何も考えてないようなうつろな精神状態になる。それでもハートは音楽のうねりに熱く乗っていて知らず知らずヴィオラやチェロのパートを一緒に恍惚となって歌っている。何という心地よさだろう。そして曲が終わってあとに残されるのは、元気になっている自分なのだ。

ブラームスの交響曲第2番、チャイコフスキーの第5番がひょっとするとそれの代わりをつとめる可能性がある曲だ。しかしまだこちらのダメージの程度が軽い場合のように思う。それ以外、そういう音楽は知らない。

 

ヴラディーミル・アシュケナージ / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

515Co0w7x8L._SL500_AA300_圧倒的に素晴らしい演奏、音響のCDであり、僕はこれがあれば他はいらない。21種類の音源を持ってはいるがもう増やすことはないだろう。アシュケナージの指揮はなんら誇張がなく、スコアの怪しからぬカットや余計な改変もなく、作曲家への敬意に満ちていてその意気にオーケストラが心服して名技で応えているという幸福な音楽である。コンセルトヘボウの素晴らしいホールトーンが見事にとらえられているという意味でも非常に価値のあるCDである。これが美しく聞こえなかったなら、値段に関わらず、あなたの装置はクラシックに向いていないと思われたほうがいい。

アンドレ・プレヴィン / ロンドン交響楽団

プレヴィンこの曲を教えてくれたのはプレヴィンであり、敬意を表したい。「あの日」に聴いたのは1965年の旧盤であるが、カットがある。これは73年盤でそれはない。2番がまだそれほど知られていない60年代からとりあげ、世界にヒットさせたのはプレヴィンである。第3楽章のクラリネットの美しさ、終楽章の厚いオーケストレーションの鳴らし方など、実にうまい。ロンドン交響楽団がやや無個性であり、アシュケナージのオケの魅力に及ばなないのが唯一の欠点だが、これをファーストチョイスにされることは賛成できる。

 

ユーリ・テミルカーノフ  /  ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

724356977624CDはまだなくLPは持って行けなかった米国留学時代、しばらく2番の音源がなくてどんなに「ひもじい」日々を送ったことか。そしてこれのカセットテープを見つけ狂喜し、毎日どれだけ癒されたか。僕の救世主的存在で、ロンドンでアシュケナージ盤を当時最先端だったCDフォーマットで入手するまで宝物だったこれが廃盤とは悲しい。ザンクト・ペテルブルグPOとの新盤が出たからお蔵入りはない、これはテミルカーノフ39才のレコーディング・デビュー録音で並々ならぬ気迫にあふれ、オケが渾身の演奏で応えている快演だ。ロマンティックかつシンフォニックで、音楽のプロポーションのバランスが実にいい。久々に当時の感慨に浸った。

 

ホセ・クーラ / シンフォニア・ヴァルソヴィア

51YYZT7JEKL__SX425_オペラ歌手の指揮である。内声部が鳴りすぎでアンサンブルが饒舌かつ雑で未整理感が残るが、そういうことは眼中にないのだろう、歌また歌の2番となっており他に換えがたい魅力がある。なんといっても、長大でカットが通例だった頃もある第1楽章の提示部を繰りかえしてしまうのだから彼のこの音楽へのloveは半端でない。恥も外聞もないその情熱は、2番が圧倒的に好きである僕としてもとうてい看過できない。これが指揮で来たら気持ちいいだろうなあと思う。

こちらはスラットキンがシカゴ響を振ったライブ。悪くありません。

おしまいは第2楽章を中学生の演奏で。福島県郡山市立郡山第二中学校のオーケストラ。うまいね~~!

(補遺、2018年8月25日)

ポール・パレー / デトロイト交響楽団

パレーのレパートリーとしては異質なもの。1957年録音でプレヴィンが旧盤でこれを広めるより8年も早い。オンな録音は同曲に誠にふさわしくない。第1楽章は省略があり、弦の対位法は指揮台で聴けばこんなかと思うほどチェロが生々しい。オケは当然と言えば当然だが、肝心の弦が弾きこんだ感じはなく第2楽章は今ならアマチュア並み。第3楽章もに弦が気になってあんまりロマンに酔えない。スコアリーディングの練習、2番の受容史の研究にはいい。

 

 

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Categories:______ラフマニノフ, クラシック音楽

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