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交響曲ゴーストライター事件について

2014 FEB 7 17:17:44 pm by 東 賢太郎

佐村河内守氏の交響曲が何万枚も売れているという話は聴いていましたが、クラシックなのにそれは素晴らしいなと思う反面、どこか聴くのは敬遠していました。CDショップでそれがかかっていて物々しい不協和音が鳴っており、そもそもそういう曲は好きでないと思ったせいもあります。全聾の・・・というキャッチコピーを見るとストーリーで売ろうとしているように聞こえてしまい、本当はいい曲かもしれないと思う心を抑え込む感情が即座に湧いてしまったこともあります。

単なる連想ですが、ロンドン赴任時代にグレツキというたしかポーランドの現代作曲家の交響曲が突然ヒットチャート上位の売上げを記録したことを思いだしました。CDを買って全曲聴いてみましたが、その1度が最後になって今に至っています。英国の権威ある雑誌グラモフォンが絶賛していて、あれは何だったんだろうという気持ちが強く、今も謎です。それを思い出したのも敬遠していた理由です。

ゴーストライター問題で大騒ぎのようなのでYoutubeでさがしてHIROSHIMAという交響曲を聴いてみました。第一印象ですが、これはしっかりと作られたプロフェッショナルな曲と思います。最後の静かな部分でハープが入る雰囲気、感動的な盛り上げを導く和声進行や対位法などお見事であり、もし今回のことを知らずに聞いていたら、こんなマーラー見え見えの書き方はプロなら恥ずかしくてできないだろうからプロはだしの素人の作曲に違いないと逆読みしたかもしれません。

後出しジャンケンではありますが、新垣隆氏にロックは書けないのでしょうが元ロッカーにもこれは書けないというのは音楽をたしなむ人なら誰でもわかるのではないでしょうか。ということは、音楽をたしなんでしまった人はこれを自分が書いたなどとは言えない、つまり楽譜を書けないぐらいの人でなければ怖くてつけないウソでしょう。脳に蓄積のない音が「天から降ってくる」のを信じてTV放映しようというなら、NHKは自局の視聴者が巫女の顔を見ながら死者の霊とまじめに会話できる人ばかりかどうかということをまず確認しておくべきでした。それなのに音楽のプロまでが騙されて絶賛していたというのが僕には一番不可解なポイントです。

ただ、一般の方々が騙されたと騒ぎ立てる必要があるのでしょうか。新垣氏の交響曲に多くの人が、特に被災地の方々が感動したのは事実であり、そうであっておかしくないものをこれは秘めていると思います。佐村河内氏なくして新垣氏はこれを書かなかったろうということは、モーツァルトのレクイエムは田舎の貴族が自分の曲だと世間に偽って発表するために注文して生まれたのであり、発注動機は不純でもそれなくして我々はあの名曲を耳にすることはなかったのだという事実と似ていないでしょうか。つまり佐村河内氏がどんな人かということと生まれ出た作品の価値は関係がないということです。

前回バレエ・リュスについて書きましたが、芸術作品というのは何らかの動機づけ、ミッション、トリガーがないと生まれにくいでしょう。その理由から僕はモーツァルトが3大交響曲を「自分の芸術の発露のため」に書いたという説に組みしません。交響曲という最高度の頭脳を要する音楽を作れる人間が、誰にも頼まれないのに他の仕事を投げうって70分の大曲を仕上げるというのは現代の世においては甚だ非現実的なことです。佐村河内氏のしたことを是とする気はありませんが、彼がディアギレフで新垣氏がストラヴィンスキーだという位置づけで最初から公表して進めていれば2人とも讃えられた可能性もあるのではないでしょうか。

この事件の良い面があるとすれば、聴くに堪える交響曲を生み出せる作曲家が今も存在していて(これは素晴らしい発見だ!)、売り出し方さえ工夫すれば現代音楽という特殊な世界を浮世に引き寄せるひとつの方法があるのだと取ることも可能です。ゲンダイオンガク専門家の閉じたサークルでの作曲コンクールではなく、素人の聴衆の人気投票で1位を決めて賞金に大枚をはたく企業でも出てくればシケたメセナなどよりよほど文化貢献の高い活動となり、世の中に幸福を与えることができると思うのですが。

 

Categories:______世相に思う, ______作品について, クラシック音楽

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