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どうして証券会社に入ったの?(その8)

2014 DEC 30 0:00:15 am by 東 賢太郎

 

<身の危険を感じたこと>

 

株式営業というのはいいことばかりではありません。

名刺集めでボイラー会社に飛び込んだら運よく社長が出てきて、すぐ名刺がもらえました。そんなことは30回に1度ぐらいだから気分よく店に帰りました。そうしたら数日後に、その社長から朝9時前に電話が入ったのです。

新規でいきなり大きな注文は受けないのでもう口座ができていたのか、そこは忘れましたがこういわれました。

「別子(住友金属鉱山のこと)10万買うたるわ。268円から277円まで1万づつ指したってや」

喜んでいる間はありません、時計を見ると寄りつきまであと5分。当時は伝票の数字を鉛筆で塗りつぶして入力という原始的なシステムで、1円づつ指値するということはそれを10枚書かなくてはいけない。結局、タッチの差で間に合わなかった、これがケチのつきはじめでした。

本来買えていなくてはいけない268、269円を買えずにその上の8万株が買えてしまった。それを電話で伝えると「それはお前のミスや」と請け合ってくれません。

株というのは4日目までに受け渡し(代金を支払う)がルールです。これはまずいと思い飛んでいきましたが、ボイラー会社は「社長はここにはおらへんで」でとけんもほろろで、食い下がると「ここちゃうか」と住所をくれました。なんと、それは「ロイヤル」というピンサロであり、彼はそこの経営者でもあった。どうも変だぞ?

西天満のロイヤルは薄汚い雑居ビルの怪しげな店でした。まだ客もおらず、何度もベルを鳴らすとすっぱだかにタオルだけまいた女が迷惑そうな顔で出てきます。「えっなんやて?社長?にいちゃん真っ昼間やで、社長がこんなとこ来るわけあらへんわ」と甲高い声でいうと、カーテンの向こうのもう一人がけらけら笑いました。

ここで僕はこれは事件だ、やばいと覚悟を決めました。代金が入らないなど許されないし首がかかる話です。それも2700万円、当時これは半端な金額ではない。ところがこういう時に限って株は見事に下がるのです。翌日は相場全体が軟調でこの株の引け値は265円でした。総務課は大騒ぎになり僕は血の気が引くばかりです。

そこでわかるのですがこの社長は鉄砲屋といって上がればすぐ売って利益をとるが下がったら金を払わず逃げる証券詐欺のプロでした。それもX組というその筋の幹部であり、ボイラー会社は乗っ取ったものでした。下がったのでもちろん逃げにはいっていたのです。しかもまずいことに、寄りつきに間に合わなかったというのは明らかにこっちのミスです。

この絶体絶命のピンチ、支店長の命令は「カネを取るまで帰ってくるな」でした。実にわかりやすい。ちなみにこの方はお世話になったSさんの後任で、Sさんではありません。2日目も会社からピンサロからソープから全部まわり、全部空振り。時間はあと2日しかない。刑事の気持ちになりました。いえ、刑事ならまだいい。こっちはヤクザから金を取りたてなくちゃいかんのです。

3日目、突然夕刻に社長から激怒の電話が入ります。これはビビりました。「おんどりゃあ、何のつもりや!」。総務が内容証明を送りつけていたのです。それを見てぶち切れてすぐ自宅に来いと凄んでいるのです。すぐ支店長に報告。するとあっさり「すぐ行って来い」です。もちろんひとりで。支店長車を貸してくれたのは、運転手が下で待っていれば危害は加えんだろということだったでしょうか。

社長宅のマンションのベルを恐る恐る鳴らすと、奥さんと思しき女性が出てきた。これはどこかほっとしました。しかしそれもつかの間、応接に通されると大きな博多人形のガラスケースがあって、その天板の上に何か光るものが目に入ったのです。刃渡り30センチぐらいの抜き身の「ドス」でした。ヤクザ映画に出てくるアレです。なるほど本当にこういうもんがあるんだ・・・あまりに見事な一物でどういうわけか怖さより見とれました。

ドスを拝む位置の席で待たされました。何が起きるのか?時計を見る気持ちの余裕などありません。冷や汗をかきながら待つこと1時間ぐらいだったでしょうか。

やがて社長は煙草をくゆらせながら悠然と現れ、光るものを背にどっかと座りました。

ここで何があったか、緊張の極致で声が出なかったこと以外覚えていないのですが、とにかく彼は冷静で怒鳴るような様子はなく、世間話に近い会話があったと思います。もうこっちは相手の素性を知ってます。目の前でドスが畳に突き刺さる映画のシーンを覚悟していたものだからこれは拍子抜けしました。

意外にいい人なんじゃないか?そんな気までしてきたその矢先です。急に話が本題にもどって鋭い眼光で目を睨まれ、「ええか、おまえよう聞けや。これはワシが悪いんやない、お前らのミスや。客の注文と違うやろ。そやからわしは一銭も払う義務がないんや」すごい迫力でした。

ああだこうだと話をするうちに、直前に1円刻みの指値をするという尋常でないことをさせたのはミスを誘発しておいていざとなったら難癖をつける、僕が新米であるということも見越してカモにしよう、そういう魂胆のプロの技だったんだとわかってきました。思うつぼだったのだから裁判になったらこっちは不利です。

「社長、おっしゃる通り、2万株については私のミスです。おとがめは受けます。ですけど執行できた8万株はご注文通りなんですよ。」

こっちもこれ一点張りでねばりました。これを曲げたら約定否認を認めたことになって負けなのです。でもいま思うのですが、そこで尻尾を巻いて逃げ帰っていたらどうなっていたんだろう?

とにかく僕は「すいません」と支店長に頭を下げたくなかった。会社のためとか罰を食らうとかなんかではなく、そんなみっともないセリフは絶対言いたくねえ、それだけでした。

しばし嫌な沈黙がつづいて、無言になった社長のこめかみがぴくぴくしているのが見えました。そのうち爆発するだろうという恐怖との闘いがはじまりました。そのままずいぶん長い時間がたった。

無性に腹がへってきていて、一触即発のピリピリした空気の中で腹がぐうっと間のぬけた音をたてだしました。そこで初めて時計を見たのです。なんと夜中の2時でした。もう6時間もたっていたのです。

それを目配せで社長に告げたのは奥さんでした。そっとお茶を出してくれながらすごく小さな声で「あんた・・・・やないの」みたいなことを彼に言ったのがちらっと聞こえました。

そこから何があったか、もう疲れ果てていて何も覚えてませんが、とうとう社長がこう言ったのです。

「お前みたいな若いもん一人来させて顔も出さん上司がワシは許せん。今日は帰れ。あした支店長を連れてもういちど来んかい。」

こうして僕の人生の最も長かった一日は意外な展開を見せて終わりました。

翌日、いよいよ4日目です。支店長にそれを伝えると、すぐ次長を呼びました。ひとこと「お前行ってやれ」でした。次長は店のナンバー2のOさんです。豪気なナイスガイで男気に溢れる人です。申し訳ないのですが支店長が来てくれるより僕はずっと心強かった。やったと心で万歳してました。

再び戻った社長のマンション。すると怒りの対象は若いもんに責任をなすりつけることに完全に変わっていて、Oさんはそのバズーカ砲の直撃を受けました。見ていて足が震えました。

しかし、さすがなのです。Oさんはびくともしない。Oさんは「社長、俺はクビになってもいいんですよ」と僕をかばったのです。この二人の対決はどんなヤクザ映画もかなわないでしょう。結局、なんということか、絶対の難攻不落と思った社長が下がっている株の代金をその日に払ったのです。これがどんなに驚くべきことか!

「東、よかったな」

「はい」

帰りの車中の会話はそれだけ、あとは二人とも無言でした。支店長への報告で自分の手柄話などひとこともないOさん。後にも先にも上司がこんなに頼もしく見えた経験は一度もありません。

そして最後に一言。ヤクザを誉めたらアカン?わかってます。でも、どうしても書きたい。社長も大物だったので僕は救われたのです。

 

どうして証券会社に入ったの?(その9)

 

 つづく

 

 

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