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高市総理の施政方針演説で思い出したこと

2026 FEB 22 8:08:12 am by 東 賢太郎

野村証券、みずほ銀行、みずほ証券と大手金融3社の部店長会議のひな壇で業務に関わるスピーチをさせていただいた人間は日本広しといえどもたぶん僕だけでしょう。部店長会議は年に2度ほど社長、役員、部長、国内外支店長の全員が東京で一堂に会する大経営会議であり、各部門の長、担当役員、そして最後に社長がその年度なり半期なりの経営指針や数値目標を部長職以上の全員に徹底する重要な場です。なぜそんなものを思い出したかというと、高市総理の施政方針演説をきいていて「なんか話が似とるなあ」という気がしたからです。

野村ではスイスの社長として話しましたが、みずほに移籍して銀行でやった時のことはとても印象に残っています。企画室の方から銀行員はエクイティ・ファイナンスは慣れてないので具体的に話してくれと大まかな指示があり、会場に行くと客席の方はぎっしりで、高輪の研修センターで広々したスペースであった野村とは明らかに空気が違いどこか殺気立ってます。 3~40分ぐらいでしたか証券業務とはなんぞやを皮切りに投資銀行業務について思い切り元気が出るような話をぶちあげたわけですが、びっくりしたのは皆さん学生みたいにノートを取っておられる。こっちは人生一度も原稿を読んだことない人間だから即興であり、わあこれが銀行か、大変な所に来ちゃったと思いました。銀行と証券はそれほどカルチャーが違うということでもありますが、 2005年当時、メガバンクグループが証券会社を通じて株式業務のシェアを大手証券から奪取せんと壮大な機運が盛り上がってもいたのです。みずほグループはもともと興銀、富士銀、第一勧銀で、法人業務のコーポレート銀行が引受やM&Aというホールセール業務(インベストメントバンキング)を行い、頭取の号令一下で「利益率の高い株式に全力傾注せよ」という銀行員にとっては耳慣れぬ別種目の戦場がトップダウンで設定され、僕でなくてもよかったんでしょうがそれを率いる部門の統括部長として野村のエクイティ系の人間に白羽の矢がたったようです。僕は本社のポスト部長でしたし辞める必要もなく給料も大差なく、野村は今だって大好きな会社なのですから、どうしても必要だと言われエアポケットにでも落ちたかのようなあの一瞬でなければ移籍はありませんでした。行ってみるとはからずも古巣の最強の軍勢に立ち向かう新興国の将軍のような立場であり、おおいに複雑な気持ちはありましたが、銀行から証券にグループ内で移籍してきている新しい大勢の仲間が頼りにしてくれているという「7人の侍」になったような義侠心が勝り、何よりみんなで力を合わせて高いところを目指そうという夢と希望にあふれた環境はそれがどこであれ生まれつき大好きな性分なので、結果としてそれなりの戦果をあげました。即興スピーチが銀行サイドの皆様にどう響いたかはわかりませんがなんとなくの反響はあり、翌年のことですが、株式引受実績ゼロだったみずほ証券が野村、ゴールドマン・サックス相手に業界を揺るがすジャイアントキリングを演じて日本航空の1,500億円の株式資金調達のグローバルコーディネーターになったことで少しはお役に立てたかと思います。ちょっと専門的でお分かりにならない方が多いと思うので例えますと、国体のメダルもなかった選手がオリンピックに出て金メダルを取った感じです。

高市演説の何がそんな太古の記憶を呼び覚ましたんだろう?もういちど聞き直してみると「投資」という、かつての総理の口からあまり出た記憶のない言葉が高らかに登場しているのです。これだと思いました。成長戦略と危機管理という重要分野においての話なのですが、何より経済成長と国内投資の因果関係にまで政権がふみこんで語ったのは前代未聞ではないでしょうか。それがなぜ画期的かというと、日本ではこれだけ株が上がっても投資というものは一般の方々には縁遠く、昨年の東大のクラス会で「株を持ってる人は」と挙手を求めるとなんと5、6人しかいない。中国なら同世代でも多分半分以上が手を挙げます。予想はしていましたがどっちが共産国かと目を疑います。ですから、その風土の中で「投資しないと成長もなくてあなたの給料も増えません」て言われてもねと国民にそっぽを向かれる懸念もおおいにあったと思うからです。さらに、「食料品の消費税2年間ゼロの財源は経済成長による税収増です」しかも「単年度会計ではなく複数年で」となる”責任ある積極財政” が旗頭となると、財務省は仏教からキリスト教に宗旨替えを迫られるほどの大騒ぎでしょう。そこを突いたのか忖度したのか、「高市さん失敗したらどう責任取るんですか?」と芸人に詰め寄らせるTBSなる民放テレビ局が登場してくる。緊急事態宣言の岡田議員と酷似した手法とも思えます。もし総理の口がすべれば言質を取ったことになり、財務省が減税を断念させる裏シナリオでもあれば、できなかったから約束守って退任してくださいと左翼系メディアを動員して盛大に足を引っ張れるわけです。

仮にそうであったとすれば陰湿です。我が国の伝統的な美意識である「正々堂々」の真逆であって、まともな日本人の神経を逆なでする悪意に満ちた毒がテレビを通じて国中にまき散らされ、世の中が暗くなります。かような、他人を引きずりおろさんとする誰も得しないルサンチマン(総理は「縮み志向」と呼ぶ)が我が国を覆いつくすことになる震源がいつどこにあったかというと、 1997年前後にバブルの後始末の責任問題が大蔵省(当時)に飛び火して霞が関、国会を巻き込んだ大騒動に発展し、複数の金融機関が倒産ではなく江戸時代もかくやのお取り潰しになり、合従連衡が有無を言わさず進み始めたころの東京でしょう。聞こえはいいが、潰せない銀行の存続をかけた公的資金注入とセットですから経営に足かせもつき、前向きな気運など出ようもなかったのはよく理解できます。1997年11月に「財政構造改革法」が成立してプライマリーバランス黒字化が法的な目標として明確化され名前を変えた財務省が緊縮財政主義を採ったことは、バブル崩壊後の景気対策で国債発行が急増した財政のアンバランスを健全化するという理由があったのですが、以後もそれがなぜか金科玉条となって堅持され、財政拡大を阻み景気回復と成長の芽をつんできたという批判にさらされていることは周知のとおりです。法律がある以上役人はどうしようもありません。それを改正しない国会議員がだらしなかった。だから高市総理が立ち向かおうとしてる、そういう図式です。

当時、僕は香港にいて当事者ではありませんでしたが、役所にメスが入った非常事態の中、東京から日々はいっていた情報によれば銀行も証券も激震などという生やさしいものではなく、人が亡くなったり大勢が職を失ったり、その陰でおそらく政官財界のいたるところで影日向に行われていた生き残りへの阿鼻叫喚が国も人心も蝕んでいたのです。結果として、その刹那は誰も気がついていませんが、この大騒動は後世に「失われた30年」と呼ばれることになる妖怪の卵を密かに産んでいたのです。国にお金という血液を供給する財政と金融の本丸にそれが生まれ、人の心の中にまで寄生して蠢きだした影響は各所に甚大でした。国はデフレの病に冒され、需給ギャップが広がり、マイナス金利でも投資は枯渇し、経済の活力は削がれ、GDPも成長率も先進国で劣後し始め、賃金上昇は滞り、若者の未来は閉ざされ、日本人の人口は減って移民問題の遠因となってきたのです。ひょっとして縮み志向の病原菌を垂れ流すこのエイリアンを退治することが総理がど真ん中におきたい目的だったのではないか、だから投資と成長という言葉に魂をこめ、その起爆剤なくして起こりえない真の資本主義的マインドの回帰をめざし「日本列島を、強く豊かに」という言葉で明るい未来を有権者に訴えたのではないか。そう感じたのが本稿執筆の動機であります。

日本国の金融の総本山であるメガバンク3行の合従連衡で生まれた「みずほフィナンシャルグループ」とはいえ、誇り高い野村証券の人間であった僕が移籍する確率は2000年に帰国するまではゼロです。そこから3年あまりでその決断に至ったわけです。何が起きたのかを書きます。東京に帰って見た野村證券は経営陣のみならず社員も末端に至るまで士気をそがれていたと思います。著名な大企業が潰され、全員が職を失うのを目の当たりにしたのですから無理もなく、金融界は上から下まで無意識のうつ病状態にあったと言って過言ではありません。そんな中、僕はエクイティ企画室長を拝命し「チャイナ・オポチュニティ・シンポジウム」なるものを企画・開催しました。これからWTO加盟で貿易開国して急成長する前夜にあった中国への直接・間接投資は日本企業、投資家への強力なカンフル剤になると同時に、おりしも2001年に発足した親米の小泉内閣の下で日本市場でプレゼンスを急拡大していた外資系証券に対して野村が放てるカウンターパンチになると考えたのです。僕が現地でヘッドごとスカウトした約50名の元クレディリヨネのアジア株チームは丸ごとそのまま世界のどこにでも通用して利益を上げる能力を持っており、これを最強である日本株チームと融合すれば外資系に負けるはずありませんでした。このシンポジウムは中国への進出の戦略的重要性と具体策を3日間のダボス会議スタイルの多角的なセッションを通じてご説明するもので、京セラの稲盛会長が趣旨に賛同して基調講演を引き受けて下さり、各業界のトップ企業を含む約千社が参加され盛況となりました。ここで開示したコンテンツが1997年から2年半香港社長をつとめさせていただいて僕が得た知見の集大成であり、この戦略は世界の同業他社より先見性があり時宜を得ていた事はその後の中国経済の急成長をご存知であれば書くまでもないでしょう。株式投資という一側面だけ見ても、その時点で買っておけば何十倍にもなった銘柄が続出しています。

しかし、その後に実際に中国進出して著名になった企業を輩出はしましたが、このシンポジウムの反響は収益という観点からすれば想定以下でした。企業社会への強烈なメッセージになると確信していた僕としては完全な期待はずれだったのです。原因は、いち部長に過ぎない僕の指揮では全社は呼応しなかったことです。つまり僕の力不足は明白だったわけです。しかし、言い出しっぺが誰であろうが、これほど確度の高い儲かる情報がありながら動かない証券会社というものに存在価値があるのだろうか?目の前をネズミが通ってもピクリともしない老猫のようなものではないか?と思ったのも事実です。僕が役員であればやっただろうというのも答えになりません。そんなものはもはやサラリーマン原理で動く感度の低い二流の証券会社であり、高給を支払って頭脳も感度もイニシアチブも一流の人間を集めている米系のトップクラスとは太刀打ちもできないでしょう。結論として、残念ながら「この会社は昔の野村證券ではない。従って僕の存在を必要としていない」となりました。これはまったくもって仕方ありません、年月を経れば会社は変わりますし僕も変わるのです。もしもいま新卒であれば野村を選ばないし、選んでも落とされただろうと考えたのです。その頃、おりしも2001年に発足した小泉内閣の下でゴールドマン、モルガンスタンレー、メリルリンチなど米系証券会社は日本市場でプレゼンスを急拡大し、証券界の勢力図は塗り替わりつつあったのです。僕は金を積まれても外人の手下になる気はありません。かたや興銀には東大・ウォートン同窓の気心の知れた友がおり、酒をくみかわす度に銀行系証券の戦略面、人材面でのポテンシャルは感じており、ドイツ、スイスの社長時代に来訪された田淵義久元社長から大蔵省がユニバーサルバンキング構想(ひとつの金融機関で銀行機能に加えて証券取引、保険の契約などが行える欧州型金融形態)を指向しつつある情報を聞かされてもおりました。 2004年の、僕にとっては人生最大事件のひとつであったみずほ証券への移籍に際しては慰留や叱責はなくむしろ多くの方々の賛意を頂きました。何をもってしても野村証券という素晴らしい会社に感謝すべきであることは論を待ちません。どこで働こうが、外資系の誘いを断ってきた僕として常に心の中心にあったのはまさしく「日本列島を、強く豊かに」でした。それを信じて欧米の投資家に日本株を買ってもらう仕事を誇りを持って早朝から深夜まで営々とやってきましたし、その中で多くのお客様や知人友人から教えを受けてもきました。「中国が他国の書いた契約書に署名するのは開闢以来2度目だ。 1度目は下関条約、 2度目がWTO加盟だ。それほどのことだと心得なさい」と教えてくれたのは香港財界の重鎮であり、そのおかげで確信を持ってシンポジウムが開けたのです。

ですから僕が支持しているのは高市さん個人というより、彼女の頭から出てきた政策であり、それが長年海外から母国を眺めてきた日本男児としてど真ん中のストライクだということです。野党がそれをボールだと言うならまだ分かりますが、どうせ負けるビデオ判定には持ち込まず彼女がピッチャーであることがいかがなものかという方向に持っていく。これは独裁国家の手法でしかなく、我が国の議会制民主主義を真っ向から否定してるわけです。自民党内にすらそれが189人もおり、その手先となっているのがオールドメディアです。ではメディアというものが本来は何かというと、内外のニュースや世情を迅速、正確に国民に伝え、国政を正しく導く民意形成に資すという公益性を持った存在です。欧州では15世紀に発し、18世紀には市民革命が起きる過程で世論形成に大きな役割を果たし、樹立された新政府においては自由権の一部として法的に言論の自由が認められるようになったのです。タイムズ/ツァイトゥング(時勢)、アルゲマイネ(普遍)、ミラー/シュピーゲル(鏡)という紙名がそれを物語ります。かたや我が国の「新聞」の発祥は江戸時代の「読み売り」(かわら版)であって、当然のこととして独裁政権である幕府の統制下にありました。共産主義革命政権やナチスのごとき独裁的政権においても統制下にあったことは同様で、「国民感情をしっかりコントロールする」(洗脳)目的で駆使するプロパガンダにおいて必須の道具だったのです。我が国は以上のごとく氏素性からして新聞は権力の統制下に置かれやすく、共産主義革命政権や独裁的政権の手法である洗脳目的で使われやすい性向があり、現在は左翼系の統制バイアスが強くなっていることが顕著に観察されます。さらに我が国の新聞社がテレビ局の大株主であるケースが多いことはクロスオーナーシップを禁じる世界から見て異常な状態であり、「権力の監視役」が「洗脳」に使われる国が市民革命にルーツを持つ西欧諸国の目から見てまともな国であるとは言えないでしょう。高市総理はかつて総務大臣でしたから電波法を熟知しておられるはずで、遠からず策を練られることを期待します。

我が国では投資というものは一般には縁遠いと書きましたが、エクイティの世界で人生を送りアメリカで教育を受けてきた僕の目には共産主義国家かと映ることが多々あります。共産国も投資はしますがするのは国だけです。マルクスの理論を否定する気はありませんが「ではGAFAMやエヌビディアが国家機関から出てきましたか?」(アリババやテンセントだって)という質問に答えられなければ正しいと認めることもできません。民間に利益追及の自由があり、それを求めて世界最高の才能・頭脳が集まり、熾烈な競争原理が働いて最高の価値が生まれ、それがまた投資資金を呼んで価値が増えます。これが「成長」と呼ばれるもので、お金という物差しで国全体で表して前の年と比べたものが経済成長率なんです。ちなみにエヌビディア社の価値(株式時価総額)は現在約4. 6兆ドル(710兆円)で、2025年通年の日本国のGDP(662.8兆円)を超えてます。日本人1億2,286万人が1年間汗水たらして生んだ総付加価値とほぼ同じお値段の株式がアメリカのナスダック証券取引所に上場しているのです。なぜ共産主義国がうまくいかないかは諸説ありますが、唯物史観を押しのける何らかの社会学的根拠があるかもしれぬと思わせる雄弁な事例として、1961年に人類初の有人宇宙飛行に成功する世界最高の科学技術を有していたソビエト社会主義共和国連邦という名の共産主義国家が、そのわずか30年後に自ら瓦解してこの世から消えてなくなったことが挙げられましょう。自由主義は貧富の差という好ましからぬ副作用を不可避的かつ予見不能的に伴い理論的な美しさは皆無ですが、共産主義はソビエト社会主義共和国連邦及びその影響下にあった衛星諸国において貧者も富者も平等に貧者にしてみせることで理論の正当性を見事に証明し、その美しさを失っていないのは評価したい。よってそれに共鳴される方は世界に5か国だけ現存する共産主義国家に移住を検討されることも人生を楽しむための一法でありましょうというしかありません。

僕は経済学部卒でないので、日本の学校で教わったことと、後に米国の学校で教わったことのイデオロギー的な落差を頭の中で消化するのにけっこう苦労しました。子供の頃から刷り込まれていた「金もうけは悪だ」という観念が消えてなかったんでしょう、野村に入って3年も経っていたのにそうだったぐらいですから卒業して官僚だけやっている法学部卒の方々の頭の構造というのはそこそこ想像がつくのです。知識量もインテリジェンスもマスとして見れば政治家より官僚がぜんぜん上ですから彼らの頭の構造が日本という国の形をストラクチャリングしてきたと見ていいと思うのです。その神輿に乗って政局だけやってる無能な総理大臣が続けば、僕の言葉で言わせてもらえば、日本がそこかしこの目に見えにくい局面で共産主義国的であることは不思議でありません。その目で高市スピーチを見ますと、これはご自身が書いたものに相違ない。官僚からこれが出てくるとは到底考えられないからです。血肉となった自らの文章で緻密に政策を書け、絶対の自信を持って先陣を切って実行できる。まるで企業の大経営者でありオーケストラの大指揮者です。総理であるなしに関わらずこんな政治家がかつて日本にいたでしょうか。世界が彼女の出現に驚き、多くがアジアにおける日本の方向性に賛同し、欧米の左寄りのメディアですら一部がポジティブに報道していることはまったくもって自然です。なぜなら正々堂々と戦った勝利は、右であれ左であれコモンセンスのある人はフェアに讃える。それが文明国というものなのです。

チャレンジという言葉も素敵ですね。目標のバーが高い場合にだけ使う言葉で、掲げているのは確かに日本を根底から変えるほど高いバーです。やらせていただければ懸命にやります、そうでなければ職を辞しますとして解散したのは、「何事もリスクはありますが」という、失敗も言下に想定したヘッジの類は絶つという武士道精神を思わせる決然とした宣言です。この宣言こそ「チャレンジしない国に未来はありません」というメッセージの頑強な礎石であることは子供でもわかるでしょう。国の為にそこまで腹をくくった人を前に大義があるのないのとクソくだらない茶々を平気で入れられるのは礎石を築いたことのない人です。まして、「そうはいっても何事もリスクはありますよね」と相手の前提を無視した前提に平然と立ち返るような人間と、あらゆる種類の知的な会話を行うことは世界中のあらゆる国で不可能であります。そんな無価値なものを、一国の総理大臣の身を切る血判状よりも芸人の思いつきの方が価値があるかもしれないと判断して放映するようなテレビ局に、国民の財産である電波を割引料金で使用させている理由がどこに存在するのか、国会議員は国民の前で討議すべきである。こういう人たちはまともな教育を受けた日本人じゃないなという感覚を禁じえず、皆様の大切なお子様やお孫様にそうした局の番組は見せないことを心よりお勧め申し上げるしかありません。

このままじゃ日本は腐る。7割の有権者が危機感と怒りをもってそう考えていた証明がこの度の衆議院選挙の結果だったのです。これを「一過性の高市旋風だ」と丸めるのがこれまた共産主義的「レッテル貼り」であることを後学のためにご記憶されたい。真実は何だったか?この遠因は、積極的な自民党支持者ではないがあまりに野党がひどいので消去法的に自民に投票していた有権者が、これも積極的に支持したわけではないが多少はましに見える新興政党に逃げたことにあります。自民の誰かに立ち上がってもらわなくちゃいけないと願いつつ、そこで189人の自民党議員が総裁選の決選投票で選んだのが「あの人」だったから逃げたのです。誰あろう僕自身が人生初めてそうした。これは重い事実です。その判断にはこれまた序章があって、自民党の内なる脅威としか言葉もない現象は安倍総理暗殺事件後の「その前の人」の行動から始まっており、総理になってやりたいことは何ですかと高校生に質問されて人事ですと、あまりにずれて唐突な回答に驚き、これはウイットをきかせた彼なりのジョークに違いないと信じていたら本気だったというブラックジョークでした。次の人はグジャグジャねばねば言うだけで何もやらない上に選挙3連敗で自民党を完膚なきまでにボロボロにしました。膿(ウミ)がいっぱいある政党ですからそれも結構。綺麗にして功労者になるのかなと思ってたら残ったのは膿のほうでした。

つまりこの衆院選の大勝は「このままじゃ日本は腐る。自民の誰かに立ち上がってもらわなくちゃいけない」と願っていた、僕のような、「積極的な自民党支持者ではないがあまりに野党がひどいので消去法的に自民に投票していた有権者」が、高市早苗という適格性の高い「誰か」を得たと確信して自民に復帰した、すなわち高市早苗をカタリストとした「自民党の異常事態からの復元現象」であったのです。よって、あるべきところに戻っただけだから持続しますし、高市早苗が前任者と同じぐらい愚鈍だったと積極的に証明されない限り支持率を前任者レベルに落とすエネルギーは宇宙のどこにもありません。よって、高い確率で彼女は、いや日本国は、成功します。誰がやっても全部成功するものをチャレンジと呼ばないことぐらい国民は理解してます。目標が達成できなくてもそこに至る過程の中からこの人は何かを学び取って国民が納得できる次善策を履行するだろう。政治はそういうものであることぐらい国民は理解してます。だから彼女の支持率は7割あるのです。

長期政権のベースを固めるためにも高市政権は可及的速やかにイボコロリか何かで排膿処置した方がいいです。189人対策です。しかし昨今の冷徹さに満ちた主要閣僚たちの対外的言説から拝察するに、閣内はほぼそれができている。高市さん、頭脳明晰な上に不動の胆力と実行力があり、微細なことまでつき詰めて自分の頭で考えて結論を出すインテリジェンスの持ち主は、僕の知る限り世界のアッパークラスにもあんまりいないのです。東大生に多い世間知らずのひ弱なガリ勉でないことは、ガリ勉とは程遠かった小生は存分に拝察できております。それなくしてトランプのような男の懐にうまく飛び込んだりメローニのような女性の心をわしづかみにするようなことは出来ようがないのであって、批判してる人間はそういう能力も経験もなく想像すらつかないのです。ケンカが強そうなんで党内もばっさりいかれるでしょうね、楽しみにしております。そして片山さつき財務大臣も、ダボス会議のビデオ拝見しました。いいですねえ、豪速球が外角低めにビシビシ決まってる感じします。英語うまい人なんていくらもいますが頭悪いと意味ないんでね。彼女は教育大附属、東大法学部トップで留学はフランスのENAときている、財務省の皆さん大変だろうけど国の為に頑張ってください。

というわけでスピーチは施政方針という名のToDoリストです。やることは決まってるんだから速いでしょう。憲法や軍備や皇室典範やスパイ防止法のことはいろいろ思うこともあるので今回は書きませんが、高市さん2/3を取ったのはでかいですね。まずはトランプとの会談を期待しましょう。

Categories:政治に思うこと, 若者に教えたいこと

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