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カテゴリー: 自分について

僕の教育法

2017 FEB 18 20:20:42 pm by 東 賢太郎

僕は子供を勉強しろと叱ったことはありません。勉強を教えたこともほとんどない。次女が小学生のころ鶴亀算ができずに泣いてたので教えましたが、それが「悔し泣き」だったのを知って「えらいぞ」とむしろほめました。

鶴亀算の裏わざを覚えて人生役に立つわけではありませんし、試験は通ってもあとに何も残りません。自力でチャレンジして壁にあたり、苦労して乗り越えた経験は自信として残り、次の壁を越える知恵になります。 口酸っぱく言ってきたのは、「自分の頭で考えなさい」、それだけです。

代わりに、ときどき急にこんな質問をします;

①「5千円の券が12万枚売れた、売上いくら?」。すぐに答えが出ないと「それじゃあ考える材料が揃わないよね、それでどうやって考えるの?」「材料は機械的に出ないとアウト、大事な頭はそんなとこに使うな」と教える・・・計算力。

②「現在完了形のhaveの次にどうして過去分詞が来るの?」。教科書に書いてあったのでそう覚えてるだけの人は他人の頭で考えているので意味がロジカルにわかっていない・・・言語力。

③「円が安いとどうして日本株が上がるの?」。なるほど、では「円安でも下がるのはどういう場合?」。教科書に書いてない。普段から自分で考えない人はお手上げだろう・・・思考力。

計算力、言語力、思考力は「読み書きそろばん」で十分に身につきます。思考する言語が母国語で、「読み書き」は母国語で習得しなくてはなりません。だから日本語しかありえません。まだそれもできない子供に歌を教えて英語力がつくという発想は英語ができない人のトレードマークです。九九を歌で覚えて数学ができるようになりますというに等しいナンセンスだ。

①②③は「読み書きそろばん」程度の問いです。それを常に世の中で見つけて解く訓練を日々積んではじめて「インテリジェンス」を自分の頭で作れるようになります。インテリジェンスがない人はインテリじゃないのでインテリのフォロワーとして生きることになります。

読み書きそろばんすらできないのに「経済の先行きは?」なんて多変数関数の問いに答えが出てしまう奇跡のような理論は世界のどこにもありません。従って、自分のインテリジェンスで導いた答えに資金をベットする行為であるビジネスも、間違いなくできません。

別にビジネスが人生ではありませんが、その能力さえ持っていれば最悪でも自力で食って行けますから人生で何回かチャレンジができます。運命を切り開けます。この自由を手にできるできないは人生の喜びにおいてどうしようもない差になると僕は確信しています。僕は子供にいい人生を生きてほしいのです。

先日の稿に、

「人には2種類あって、もらった仕事だけする人と、もらわなくても仕事を作る人である」

と書きましたが、後者の人は少なくともビジネスにおいては前者の何倍もの価値があって生涯年収で勝る。これは一般相対性理論と同じぐらいあまねく宇宙的に成立する世界の常識なのです。学歴は無関係です。東大卒で前者という人が極めて多く存在するのが現実です。

そして、それはこう言い換えてもよろしいのです、

「人には2種類あって、他人の頭で考える人と自分の頭で考える人である」  

 

 

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ドイツが好きなもう一つの理由

2017 FEB 9 18:18:07 pm by 東 賢太郎

留学、ロンドンの8年を経て日本に戻り2年たった1992年5月、37才の時のことだ。フランクフルトへ行けと辞令が出た。やっと巣鴨に落ち着いてロンドン生まれの娘2人もおじいちゃん、おばあちゃんになついていた矢先だ。フランクフルトは当時強力なドイツ連銀があり、いまも欧州中央銀行、ドイツ4大銀行本店がある欧州金融市場の要だが、証券市場としてはメインストリームではない。ドイツ語も第2外国語ではあったができないし、MBAまでとってどうしてという気持ちもあった。

会社を辞めようか?

まじめにそう考えた。ロンドン時代に某有力外資にけっこうな年俸で誘われている。引く手はあった。

結局そうしなかったのはまだ若かったのと野村が好きだったからだ。行って辞めてもどうにでもなるさ、よし行こうと意を決したもののドイツ赴任そのものに意欲が出たわけではなくまったくの受け身の気持だった。フランクフルトに飛んでオフィスに行ってみる。1000人の大拠点であるロンドンから見ると甚だうら寂しい都落ち感があり、中小企業に再就職したようでああこれで俺も終わりかなと思ったものだ。

しかもドイツ拠点の現法のステータスは銀行(ノムラ・バンクGmbh)である。ゲシェフツフューラーなる社長は要は「頭取」であって本社の辞令など関係なくドイツ銀行監督局の承認がないとなれず、それには1時間ほどのドイツ語による口頭試問がある。そんなものを僕が通るはずもない。結局1年間はぶらぶらして見習いでドイツ語を覚えるみたいなものだった。試験に合格して社長に就任したのは38才のときということになる。

さて人生で初めての社長の椅子に座ってみる。気分は悪くない。ところが、目の前の50がらみの白髪の部長の顔には「ドイツ語もできん若造に何がわかるのかね」と書いてあった。おっさんは仕事もしなかったし英語もおそろしく下手だった(彼の言葉をしゃべらないこっちの責任だが)。ドイツは労基法の壁が厚く英米と違いプロ職もリストラは難しく、引き継いだ幹部社員の任免権が事実上ないのは新首相が組閣できないようなもので、新任のマネジメントとしてカラーが出せず非常に苦しいのである。

彼はシンジケーション部長だがまったくヒマだった。言い分があって、「社長が東京から引受玉を引っ張ってこれない無能だから俺は暇なんだ、当たり前だろ?お前のせいだ、首にはできないぜ」ということだ。難敵である。命令を下して動かすしかなかったのでやってみると、ドイツは上意下達意識の徹底した国であって「命令の威力」は予想外にあることがわかった。上官の言葉は絶対であって、だから労基法が強いのだ。首相を縛る憲法の役目だ、首相権限が強い分だけ壁も厚いということだろう。

こういう立場に立つと年齢差は関係ない。「俺の言うことを聞け」とあれやれこれやれと頭ごなしに野村流に命令した。こっちは暇人がオフィスにいるのが空気を乱して不愉快なだけであって、しょうもないことを命じた。嫌になってやめてくれればそれでいい。ところが彼はまじめに几帳面なきれいな字でレポートを書いてくる。しかも嫌々という感じでなく、くだらないことでも仕事は仕事だと半ば喜々としているようにも見える。彼だけでない、ドイツ人はそういうところがあると不思議に思った。

モンターク(月曜日)という姓の営業マンが実に不調な時期があり「今日からゾンターク(日曜日)に名前を変えろ」と励ましもこめて罵倒したが屁の河童である。ところが、来週までにこれをやれ、やらんかったら席次を落とすぞと脅かすと必死にやる。クビじゃないからそれはできるわけだ。要は、軍隊調でいいのだなと心得た。日本人は僕に逆らう奴などいないし、体育会調ということだから何の抵抗もなく水を得た魚だ。いま思うとぞっとっするほどひどい経営者だった。

ただドイツ人にも一部オカマっぽいのやオタク風がいて、これはだめだ。それが通じないし反発を買うだけであったからむしろまともだったということだろう。しかし営業部門は気質が合う連中が多く、滅茶苦茶な社長に反乱も起こさずよくぞついてきてくれた。ドイツ拠点として空前絶後に違いない400億円の新発債も全員で売り切って、まるで弱小校が甲子園で優勝したみたいなお祭りムードになった。おっさんもゾンタークも獅子奮迅の大活躍をしてくれた。若葉マーク経営がうまくいったのはドイツの軍隊調と僕の体育会調が奇跡的にシンクロしただけでたまたまだが、皆さんもボーナスが大いに増えて喜んだからこの2年間は結果オーライだった。

ところがうまくない部分もあって、その営業部門に当時ドイツでもハシリだったと思うが大卒エリート女性を採用した。彼女は美人で賢かったが、軍隊調がさっぱり通じない。逃げるわけでなく淡々と「ヴァルーム(なんで)?」とくる。男なら「うるさい、じゃあ何でお前はここにいるんだ?」で終わりだが、女のオーラにあたって女性参政権とか男女雇用機会均等法とかの言葉が頭をめぐりはじめ、言えない。ここは戦場だよ、「撃て!」にいちいち説明なんかないでしょという全体観がないのである。

女性は頭が柔軟で勘が鋭く、人の本性を見抜くのに優れている。しかしそれを知るには当時は若すぎた。男も女も体育会もオカマもオタクも適材適所があるのであって、それをうまく配置するのが経営だ。ところが男女雇用機会均等などと杓子定規に義務付けられるとその自由度が減る。無理して入れられた方も不幸である。プロ野球選手に女性を入れろはさすがないだろうが、程度の差だけであってそういう性質の男の職場はあると思うし、そこではれ物に触るようにお姫様を置けというのは経済効率を損なうだけでナンセンスではないか。

僕はドイツの80人を皮切りに海外で140人、500人、日本に帰って120人、20人、50人、100人、250人のいろんな集団を指揮させていただいた。企画室や調査部という完全な文化部的組織もあったしほとんどが銀行出身者という僕にとっては別世界の組織もあった。その結果として、真の意味で目が行き届いた適材適所の組織というと50人が上限というのが実感である。さらに少なければ少ない方が良い。なぜなら一人の分け前が増えるから、よりインセンティブが高まるからだ。

人には2種類あって、もらった仕事だけする人と、もらわなくても仕事を作る人である。ステークホールダーに例えるなら前者はボンドの、後者はエクイティのホールダーである。後者だけ10-20人が僕の理想だ。分け前が多いのだからのりしろのある人がもっと創造的に働く。指揮者は適材適所ができる。2重の強みがあるのだから組織、株主にとっても社員にとってもベストなフォーメーションなのである。

そういうことは野村ドイツの社長業で学んだことがベースになってこそわかったことだ。価値は無限大だった。30代でそんなことを体で覚えるなんて大企業のオーナーの息子でない限りあり得ないだろう。音楽のことばかり書いているのでバイロイト音楽祭やらラインガウ音楽祭やらで浮かれてたみたいだがそうではない、こういうことが起きていたついでにそれもあった。音楽経験の充実ということでもフランクフルト時代は人生最高だったが、初めて社長という名刺を持って店を背負ったという意味で職業人としてのベンチマークであり、経営を覚えたのはここなのである。

あそこで会社を辞めていたら以上は全部なかったことだ。人生、何が幸いするかわからない。何度でも繰り返すが、野村證券は本当にすごい会社でその海外部門は米軍なら誇り高きマリーンであったと思う。入れていただいたことを心より誇りに思う。

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プライド捨てたゴルフは捨てる

2017 FEB 9 0:00:58 am by 東 賢太郎

「ゴルフは好きな奴としかできん」(アイゼンハワー第34代大統領)

 

まったくそのとおり。麻雀は誰とでもできますがゴルフはそうはいきません。僕の場合、好きであるだけでなくプライドをかけて戦える奴といった方がいいでしょう。そういう「勝負」でないのはゴルフとみなさないのであって、だから証券マンとしては失格ですが接待ゴルフは大嫌いでありました。

プライドはかけても目に見えないから、その代償として何か少額のものや食事を賭けるわけですがそういうのを賭け事はいかんといわれても困る。スポーツとして争うのは金品ごときではなくあくまでプライドなのであって、それをぼろぼろにされたから悔しくて徹底的に練習して僕はシングルになったのです。

霞ケ関カンツリー倶楽部の「女人禁制」が話題になっていますが、僕の観点からするとどうだろう。女子プロとやったことはありますが女の人と真剣勝負したことはなく、するイメージもさっぱりわきません。和気あいあいというのは辞書にないんで、無理でしょう。

やはり男同士だから闘争本能が刺激されるところがあるんで、しかも僕はプレー中は口をききません、相手が女だとサービス精神でそうもいかず負けそうな気がします。女人禁制にせよとまではいいません、どうせ一緒にやらないですからね、仮にそうであってもいかんということもなしです。

さて前回、プライドは捨てたと書きました。ではゴルフはどうか。最近さっぱりやる気ないのは、おそらく僕はそんなに好きでもなく、負けた汚名挽回だけでやってたからです。挽回しちゃったんでもう闘争心なし。負けず嫌いで、受験も落ちたからこの野郎と思っただけなんで入ったらもうどうでもよかった。ホリエモンもそうだったらしく、彼はそれで中退しちゃいましたが。

そういうことはプライドのおかげです。勝つために僕はバンカーからチップイン狙ってけっこう入れてましたが、でも今は勝つ執念がないんでそういう離れ業は2度とできないでしょう。プライド捨てたゴルフは和気あいあいしかありません、それを釣りでもあるまいし朝4時に起きて2万円も払ってやりに行こうなんてめんどうくさい。だからグロス75まで出したゴルフもあっさり捨てられるんです。

一方で、「インド カレー伝」(リジー・コリンガム著)を読んでいたらだんだん自分で作ってみたくなってきた。東南アジアのスパイス系料理は何でも好きなんで研究心をくすぐられますが、気合入れてやれば凄いのができる気がしてくる。こういうのはプライドいらないんでいいですね。カレーの次は交響曲を作ってみたいですね、シンセで録音すればオケいりませんし、まあこれは妄想ですが。

残りの人生、いろいろすでに普通でないことをやってはいるんですが、プライドを捨てますと、それが横糸になって繋ぎ止められていた無用なものがバラバラ落っこちて、代わりに思いもしなかったことができるような気がしてきます。人生のポートフォリオ入れ替えでしょうか。

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「今できること」を磨く人生

2017 FEB 8 0:00:52 am by 東 賢太郎

男がプライドを捨てるのは大変なことです。肩書きがなくなると男はしばし狼狽します。温泉で素っ裸になると隣の人がどこの誰かなど気にならなくなりますが、服を着ていても実は同じと気づくのです。狼狽を他人に見せたくない、こんなはずじゃない、自分が何者か証明して見せたいとなります。なぜなら、僕もそうだったからです。

自分があの大学を出てあの大企業の何々でこんな大仕事をしたなんてのは、人々の本音のうちでは何の証明でもなければ何の価値もありません。あっそう、で終わり。大体の人は他人の過去や業績など話半分、自分のそれは2倍に思ってますから、4倍以上の客観的な差でもないと認めません。そして、仮に認めざるを得ないとなると、そういう相手は嫌いになるのです。

だから肩書がないと「でっ、あなたは今私の前で何ができるの?」というシビアな目線に耐えることになります。それを知ったので、僕の場合、それならばないに等しい過去など全部捨ててもまったく損失はないと割り切ったのです。それより目の前でできることを磨く方がよほど大事です。

もし目の前でできることを価値があると誰かが認めれば、それには値段がつきます。もちろん愛や善意はプライスレスですがそれは売り物ではないからであって、何かしら経済的価値を認め得る性質のものであれば必ずプライスがつきます。そういうもんじゃないよ料理は作る人の気持だよ真心だよ、お金の話を持ち込むのは良くないよと言いながら、人はまずい食事より美味しい食事にお金を払っています。

ということは、そうならないなら自分には価値がないということを、悲観するのでなく、それなら結構、ではどうやってそれを獲得できるかを開き直ってやってみる。プライドを捨てるというのはそういうことだと思います。ネット時代の社会の変化は急速です。何事も10年前なら5年は価値があったことが1年で無価値になるイメージです。それどころか「何が価値か」という尺度すら変化していきます。これは世界中のお金が集結する市場での株式価値のファンダメンタルズ分析をしているとわかることです。

自分を認めてほしいというなら、今現在の自分の価値はこうだというのを今の人がわかる形で可視化して、世間に常時見て通信簿をつけていただかないといけないのです。女性は柔軟性があってそれができる人が多いように思いますが、我々男は「何で俺がそんなことを?」「俺を誰だと思ってんの?」となりがちである。誰とも思ってないからプライスはつかない。そしてそれを悟ると現実逃避をし、自分を檻に閉じ込め、新たな道を断ってしまうように感じます。以上、そう思いながらなかなかそれができない自分への戒めとして書いてますが・・・。

 

 

 

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60代はいろいろ大変だよ

2017 FEB 5 10:10:34 am by 東 賢太郎

母を見舞いにいったら親父が「今日で62だね」と覚えていてくれ、しばらく考えて、「60代はいろいろ大変だよ、でも70代、80代とだんだん楽になってくるからね」と言ってくれました。92才の言葉です。ただただ、うなづくのみです。

親の有難さかなですがそんな先は考えたこともなく、60代すらこのままの勢いで乗り切れるのかどうか。母に付き添って病院に一日いて、人は生きているだけでも大変なことなのだという思いが強くなっています。

62才をもって自分がどこの誰であり、どこで何をしてきた人間かはきっぱりと忘れることにしました。それほど大事なものではなく、その延長にはたぶん自分の思うほどのものはないからです。そんな時間はもうありません。

ブログはSMCに1395本を書きましたが67万人のご訪問は4年前には想像もしませんでした。料理のレシピのようなお役立ち情報はないのに多くの方とこうしてつながっている実感はかえがたいものです。ほかのSNSはしていませんが、わかる気がします。

これからすることは、最期の時になってそばにあって欲しいもの。そういうことになります。それ以外はなくて困らないことを学びました。おそらく60代は父の言うように大変な時期で、きっと皆さんも、人生の先輩方も、そうやって乗り切っておられるのだろうと思います。新しいチャレンジです。

 
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62才でふぬけになる(プライドの捨て方)

2017 FEB 4 3:03:26 am by 東 賢太郎

おかげさまで本日をもって62才を迎えることができました。とりあえず元気で健康であり、こうしてSMCにブログを書かせていただいて4年と3か月ほどたちました。

何才まで生きるかはともかく80才までこの調子でいけるとして、人生を「箱根駅伝」とするならいまどの辺を走ってるのだろう?

さっき計算してみました。

8区をあと5キロで終える所

なんです。遊行寺をすぎて戸塚中継所に向かうあたりですね。テレビ放送だともう1月3日のお昼あたりです。おいおい、あと9区、10区しかないじゃないか。

つまり客観的にはもう押しも押されぬジジイなんですね、ところがどういうわけか、たまにしかやらないジョギングをしてると「なんだ高校時代とかわらんぞ」という気持ちにどんどんなってきて10キロ走ってしまい、まだマウンドに登って100キロぐらいの球は投げられそうな気もしてしまいます。強がりでなく願望でもなく、普通にまじめにそう信じられてしまう俺って何なんだろうと思うわけです。

これはやっぱり性格だろう、楽天的にポジティブ思考に生んでくれた親のおかげだなという結論に至るのみであります。

せっかくいただいた性格だから命じられるままに生きてますが、ときどき邪魔してブレーキを踏むのが「プライド」ということがわかってきました。そんなのいまさら、とか、柄にもないとか、ですね。

迷わずにやったのが起業でありSMCでもあったのですが、もっとできることがあった。でもしょうもないプライドや自意識が邪魔したんです、アイツに言われたことはやりたくないとかですね。

『世界の村で発見!こんなところに日本人』という番組があって、いつ男が出てくるかと見てるとぜんぶ女性ですね。あれは男はむずかしい。男は自分の居場所を作るのにプライドをかけて戦ってしまうから、わざわざアフリカの奥地で現地の男とそれをやろうなんて思わないわけです。

では日本にいれば?60才にもなれば一応の居場所があって、そこに安住すればプライドは保てます。これをどう思うかです。

僕はプライドをかけて守るほどの居場所はもってません。いまの世の中、みなさん可愛いのは自分だけです。他人の実績や勲章なんか誰も関心ありません。そんなのを巌窟王みたいに守って死んで何になるのか、自分の心さえ許せば過去は全部捨ててしまっても実は何も失うものはないということに気がついてきました。

野村證券を辞める時でした、部員の前でそれを断腸の思いとかなんとかカッコつけて苦しいスピーチをし終わって、ああこれで俺は人生捨てちまったのかなという気がした、そしたら女性が小さい声で「すてきですね」と言ったんです。あれ何のことかわからなかった。いま何となくわかってきたんですね。

ところが、男は捨てられない、守らないとプライドが傷つく気がする。それを守って死ぬのも立派な人生と思いますが、楽観的に生まれついてる僕はそんなのはキレイに捨てて、違う人生をやってみたいと本気で考えるようになってます。

仕事を変えるということではなく、生き方、人間を変えるということです。デビッド・ボウイの回顧番組があって、彼は6,7回も意識してミュージシャンとして過去を捨てて「別人」になってきている。あれすごいな、かっこいいなと思ったわけです。

僕は一生いまの仕事をします、それは変わらないが、デビッド・ボウイのスタイルで進化したいなあと思います。あと9区、10区しかない。止まったら駅伝はおわり。プライドはゼロのふぬけになってみよう。

 
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男は借金をすべし

2017 JAN 31 1:01:12 am by 東 賢太郎

男は借金をすべしと思う。理由は二つある。一に、僕のような怠惰な人間が必死に働くようになる。二に、いくら借りられるかで自分の世の中での評価を思い知るからである。

会社をやめてすぐのこと、某銀行がポンと2億5千万円借してくれた。要は失業者になったのだからそれが僕の裸一貫のプライスだったわけで、55才にもなってよくぞとこれだけはちょっと誇らしく思っている。

それで好きに家を建て、好きな事業を始め、必死に苦労してやっと返せる段になるとどうも刺激がなくなる気がするのは困ったものだ。会社も無借金は善ではない、レバレッジがかけられないのは経営に先がないあかしでもある。

自分は怠け者だがネコ科ゆえ好きなものには徹底的に貪欲なハンターである、いやそのはずだった。ところが男は城を建て安寧に家族を守って還暦にもなると満ち足りてしまうのだろうか、どうもいけない。最近、牙をなくしている。

何が効くのか知らないが、心のことはむずかしい。怒りかな、そういえば最近怒ることもなく、いいターゲットだった女党首もふがいない矮小な存在に埋没してしまった。後援会入って応援でもしないといけないか。

新奇なことはなくなって何事もあんまり関心を引かない。興味がないというのはどうしようもない精神の墓場であって、豪勢な食卓にもきれいな女にも心がちっとも反応しないのは非常にまずい。

やっぱり10億円ぐらい借金するしかないのか。

 
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500人のサンタクロース

2016 DEC 25 11:11:09 am by 東 賢太郎

プライベートでは逆風の吹く2016年だった。特に8月からは何か一つぐらいと日記を見返したがいいことがない。仕事が前半から不調であり、あがいてもだめだった。外部の協力を得て11月から一気に盛り返して帳尻だけはあったものの運だけだ。林からリカバリーの寄せがチップインしてパーというようなもの。

それがほぼ今年のすべてで、親父の前立腺癌がうまいこと消えたのがいちばん良かったことぐらいで出来事ランキングといって他に特に書くようなことはない。だいたいが、プライベートなどあまりなかった気もする。

中村が亡くなったことが重い。同期というのは普段は意識しなくても、こうなると格別の存在になる。中学の親友を二十歳のときに亡くしたが、あのころはまだ自分に無限の時間があってこそ救われたのだ。

そのことがあって、自分を整理しようという気持ちの種が植えられたかと思う。元から物欲はほぼ失せている。自分の納得いくように諸事かたをつける、これが残った最大の欲かもしれない。

TVで500人のサンタクロースの話を見た。施設の子や難病の子にたくさんのプレゼントが届く。子供たちの目がきらきら輝く星みたいだ。「サンタさんなんて僕には来ないと思ってた」・・おいおい来てないはずないんじゃないか。

わくわくして眠った翌朝、僕の枕元には模型の電車がそっと来ていた。それがOゲージというどうしても欲しかった大型のものだから、「わ~、これがわかるなんてサンタさんってすごいね~」と大声をあげたように思う。子供はひとりひとりそれぞれのやりかたで親にプレゼントを返す。

 
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ジャガー・ルクルトのレベルソ

2016 DEC 23 0:00:26 am by 東 賢太郎

ロンドンの金融街シティをサヴィル・ロウの老舗仕立て屋ギーヴズ&ホークスのスーツを着てチャーチを履いて闊歩するともう気分はにわか紳士だ。まったく柄にもない、今思うと田舎の成り上がりもんで恥じ入るばかりなのだが、服装の流れで自然とウォッチが欲しくなった。留学を終えて赴任したばかりの二十代だ、給料なんて二束三文である。そもそも米国ではマックも食えなかったのにチェロを大人買いしてなけなしの貯金は使い果たしていた。

シティのはずれにあった宝石屋マッピン・アンド・ウエッブは入るだけで敷居が高かった。おそるおそるのぞくと、お目当てのそれは凛と涼しげな風情でケースの中から柔らかい高貴な光を放っていた。僕はその姿をコヴェント・ガーデンで見た魔笛のプログラムにブロンド美女と一緒に写っていたおしゃれなアドで知ったのだ。絵にかいたような一目惚れである。1985年のことだ。

jaegerそれはジャガー・ルクルトのレベルソなるリバーシブルのウォッチであった。このメーカーはスイスのル・サンティエに16世紀に逃げてきたユグノー教徒末裔のルクルトがパリで海軍の時計を製造していたジャガーと創始した最高級の時計メーカーで、400の特許を持っている。二人のイニシャルが合わさったロゴ(左)が見えない正三角形を成す造形センスが象徴するようにデザインも抜群にいいのだが、それよりもなぜ僕として数あるスイスのブランド時計屋で最高級と評したくなるかというとメカと補修に対する偏執狂的なまでのこだわりが感性に合うからだ。

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例えば右はアトモスという置時計だが動力は何もいらない。はるか後にスイスで入手した際に「1日の気温差が1度以上あれば動きます」というので「じゃあ南極でも動きますか」ときいたら「ええ、凍らなければ」だ。「で、何年動きますか」「200年」ときてそれ以上質問が浮かばなくなった。あれからとりあえず20年だが、たしかに問題なく動いている。マニアックな名器だ。

さて初めて足を踏み入れたマッピン・アンド・ウエッブで柄にもない大人買いをしたのはレベルソのピンクゴールドだ(下がその表と裏)。ポンドが250円のころで円ベースで70万ぐらいだった。昨今この時計はそこらじゅうで有名になってしまって面白くない。ことに芸能人に人気らしく嵐の誰それもご愛用らしいが、当時は誰も知らず飲み屋で裏返してみせると瞬間芸にはなった。同じころに東独August Förster社製のアップライト・ピアノも買ったもんだから家計は火の車だったろう。こういうことで好き放題やって家内には面倒をかけっぱなしであったが、こうやって常に背伸びをして生きてきたから背はちゃんと伸びたんだということにして許してもらっている。

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レベルソは僕の人生で背伸びの第一歩であったから特に思い出深い。掘ってもらったイニシャルのKAは息子も同じだから与える。まあしかしこんなのは序の口で、その後ポルシェより高いオーディオ、箱根のでかい地面を経て家の建築へとつづく。誤解を避けたいが余資があったことなどない。いつも買ってしまってからどうしようと焦り、その最たる家はデフレのさなかに年収**年分の大借金を背負うというファイナンス専攻のMBAにあるまじき事態を伴った。この性格は何があろうと変えられないからあのままサラリーマンしてたら即死だったと思うとぞっとする。物体として買いたいものはもうない。次はたぶん会社かなという新年を迎えそうだ。

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どうでもいいことの排除(今月のテーマ:インテリジェンス)

2016 DEC 16 17:17:33 pm by 東 賢太郎

断言するが、テレビが日々ばらまく情報というのは皆さんの生活において99%はどうでもよいものである。僕は海外族で日本のテレビを16年間も見ていないが、それで困ったり損したり日本人として知らずに恥ずかしい思いをしたことなど一度もない。

株式投資をした人ならわかるが、テレビのニュースで流れる情報で株が上げ下げするなど100%あり得ない。つまり何の経済的価値もないのである。もとよりそんなものに知的価値、学問的価値など存在しないないのだからヒマ人の茶飲み話のネタができるぐらいのことであって、知ってお得なことは何もないのである。

きのうクラブのゴルフ好きの女の子が「うまくなりたい」というので教えた。右側が林だとか、目の前から100ヤード池だとかは「情報」だよね?キミのドライバーは180ヤード?じゃあまっすぐ打てば林の存在も池の存在も「どうでもいい情報」でしょ?それを心から消さないから何の意味もないミスショットが出るの。つまりどうでもいいものを意図的に心から消す訓練をすることが重要なのよ。

ライ見てる?100回あったら100回違うでしょ?芯で打たないとちゃんと飛ばないでしょ?だから、これ、ものすごく大事な情報。練習場は毎回同じでしょ?だからラウンドしないとだめ。で、ミスしたらなんで?と考えてる?考えてないでしょ?だから君は100切れないの。飛距離の筋トレ?コース戦略?そんなの君にはぜんぜんどうでもいいの。

こういうとだいたい目が点になってしまう。僕はプロでも何でもないが、しかし、以上の2点だけ、つまりどうでもよくてむしろ有害な情報の意図的排除と、決定的に大事な情報の重視と訓練だけで誰にも教わらずにシングルになったから正しいと証明されている。こういうものを情報(インフォメーション)ではなく諜報(インテリジェンス)という。

僕は猫と一緒に育っており、もとより猫型人間でもあったのだろう、そのせいでそう考えるようになったような気がする。猫は日夜かけずり回ってエサを探すとか犬みたいにあさましく尻尾をふって媚びを売るとかは馬鹿だと思っている。獲物を待って瞬発力で1,2秒でつかまえるのが楽でいい。

だから予習復習とか筋トレとか朝練とか、そういう日々コツコツや根性論的な訓練が嫌いになった。日本人にあるまじき非農耕民族的性格となってサラリーマン社会の集団農作業みたいな文化にアホらしくてついていけなかった。子供時分にそれを見抜いていた母親がこう育てた作品かもしれないが。

誰にもお勧めする性質のものではないが、ゴルフや受験や成果主義の仕事にはけっこう効果の保証できる方法ではあると信じている。

(ご参考)

情報と諜報の区別を知らない日本人

僕のゴルフ修得法

 

 

 

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