Sonar Members Club No.1

カテゴリー: 自分について

ジャガー・ルクルトのレベルソ

2016 DEC 23 0:00:26 am by 東 賢太郎

ロンドンの金融街シティをサヴィル・ロウの老舗仕立て屋ギーヴズ&ホークスのスーツを着てチャーチを履いて闊歩するともう気分はにわか紳士だ。まったく柄にもない、今思うと田舎の成り上がりもんで恥じ入るばかりなのだが、服装の流れで自然とウォッチが欲しくなった。留学を終えて赴任したばかりの二十代だ、給料なんて二束三文である。そもそも米国ではマックも食えなかったのにチェロを大人買いしてなけなしの貯金は使い果たしていた。

シティのはずれにあった宝石屋マッピン・アンド・ウエッブは入るだけで敷居が高かった。おそるおそるのぞくと、お目当てのそれは凛と涼しげな風情でケースの中から柔らかい高貴な光を放っていた。僕はその姿をコヴェント・ガーデンで見た魔笛のプログラムにブロンド美女と一緒に写っていたおしゃれなアドで知ったのだ。絵にかいたような一目惚れである。1985年のことだ。

jaegerそれはジャガー・ルクルトのレベルソなるリバーシブルのウォッチであった。このメーカーはスイスのル・サンティエに16世紀に逃げてきたユグノー教徒末裔のルクルトがパリで海軍の時計を製造していたジャガーと創始した最高級の時計メーカーで、400の特許を持っている。二人のイニシャルが合わさったロゴ(左)が見えない正三角形を成す造形センスが象徴するようにデザインも抜群にいいのだが、それよりもなぜ僕として数あるスイスのブランド時計屋で最高級と評したくなるかというとメカと補修に対する偏執狂的なまでのこだわりが感性に合うからだ。

1053199-png-crop-400-400-high

例えば右はアトモスという置時計だが動力は何もいらない。はるか後にスイスで入手した際に「1日の気温差が1度以上あれば動きます」というので「じゃあ南極でも動きますか」ときいたら「ええ、凍らなければ」だ。「で、何年動きますか」「200年」ときてそれ以上質問が浮かばなくなった。あれからとりあえず20年だが、たしかに問題なく動いている。マニアックな名器だ。

さて初めて足を踏み入れたマッピン・アンド・ウエッブで柄にもない大人買いをしたのはレベルソのピンクゴールドだ(下がその表と裏)。ポンドが250円のころで円ベースで70万ぐらいだった。昨今この時計はそこらじゅうで有名になってしまって面白くない。ことに芸能人に人気らしく嵐の誰それもご愛用らしいが、当時は誰も知らず飲み屋で裏返してみせると瞬間芸にはなった。同じころに東独August Förster社製のアップライト・ピアノも買ったもんだから家計は火の車だったろう。こういうことで好き放題やって家内には面倒をかけっぱなしであったが、こうやって常に背伸びをして生きてきたから背はちゃんと伸びたんだということにして許してもらっている。

riverso1riverso

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レベルソは僕の人生で背伸びの第一歩であったから特に思い出深い。掘ってもらったイニシャルのKAは息子も同じだから与える。まあしかしこんなのは序の口で、その後ポルシェより高いオーディオ、箱根のでかい地面を経て家の建築へとつづく。誤解を避けたいが余資があったことなどない。いつも買ってしまってからどうしようと焦り、その最たる家はデフレのさなかに年収**年分の大借金を背負うというファイナンス専攻のMBAにあるまじき事態を伴った。この性格は何があろうと変えられないからあのままサラリーマンしてたら即死だったと思うとぞっとする。物体として買いたいものはもうない。次はたぶん会社かなという新年を迎えそうだ。

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

どうでもいいことの排除(今月のテーマ:インテリジェンス)

2016 DEC 16 17:17:33 pm by 東 賢太郎

断言するが、テレビが日々ばらまく情報というのは皆さんの生活において99%はどうでもよいものである。僕は海外族で日本のテレビを16年間も見ていないが、それで困ったり損したり日本人として知らずに恥ずかしい思いをしたことなど一度もない。

株式投資をした人ならわかるが、テレビのニュースで流れる情報で株が上げ下げするなど100%あり得ない。つまり何の経済的価値もないのである。もとよりそんなものに知的価値、学問的価値など存在しないないのだからヒマ人の茶飲み話のネタができるぐらいのことであって、知ってお得なことは何もないのである。

きのうクラブのゴルフ好きの女の子が「うまくなりたい」というので教えた。右側が林だとか、目の前から100ヤード池だとかは「情報」だよね?キミのドライバーは180ヤード?じゃあまっすぐ打てば林の存在も池の存在も「どうでもいい情報」でしょ?それを心から消さないから何の意味もないミスショットが出るの。つまりどうでもいいものを意図的に心から消す訓練をすることが重要なのよ。

ライ見てる?100回あったら100回違うでしょ?芯で打たないとちゃんと飛ばないでしょ?だから、これ、ものすごく大事な情報。練習場は毎回同じでしょ?だからラウンドしないとだめ。で、ミスしたらなんで?と考えてる?考えてないでしょ?だから君は100切れないの。飛距離の筋トレ?コース戦略?そんなの君にはぜんぜんどうでもいいの。

こういうとだいたい目が点になってしまう。僕はプロでも何でもないが、しかし、以上の2点だけ、つまりどうでもよくてむしろ有害な情報の意図的排除と、決定的に大事な情報の重視と訓練だけで誰にも教わらずにシングルになったから正しいと証明されている。こういうものを情報(インフォメーション)ではなく諜報(インテリジェンス)という。

僕は猫と一緒に育っており、もとより猫型人間でもあったのだろう、そのせいでそう考えるようになったような気がする。猫は日夜かけずり回ってエサを探すとか犬みたいにあさましく尻尾をふって媚びを売るとかは馬鹿だと思っている。獲物を待って瞬発力で1,2秒でつかまえるのが楽でいい。

だから予習復習とか筋トレとか朝練とか、そういう日々コツコツや根性論的な訓練が嫌いになった。日本人にあるまじき非農耕民族的性格となってサラリーマン社会の集団農作業みたいな文化にアホらしくてついていけなかった。子供時分にそれを見抜いていた母親がこう育てた作品かもしれないが。

誰にもお勧めする性質のものではないが、ゴルフや受験や成果主義の仕事にはけっこう効果の保証できる方法ではあると信じている。

(ご参考)

情報と諜報の区別を知らない日本人

僕のゴルフ修得法

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

一夜漬け

2016 NOV 26 2:02:30 am by 東 賢太郎

外国人と少人数でやってるディールなので仕方ない。もう昨日になってしまったが、帰りの飛行機を降りるまでブチ切れぎみで血圧は200も行ってただろう。昔だったら5人ぐらいぶっとばしてたが契約書をビリビリ破いたぐらいで済んだ。みんなを凍らせてしまって申し訳なかった。

何とも大人げないが大人げを気にしてる場合じゃない。23日のお芝居も直前までスマホでその契約書にバカヤローと頭きて直していたりして、ロビーで待ち合わせの阿曽さんにも失礼してしまった。すいません。あそこのテンパった状態から早野さんの見事な演技と飲み会ですっかりほぐしていただいたけど・・・。

生来の気質はなおらない。そこまでのぺーっとやってたのがゴール前でいきなりダッシュになるので毎度のことだが周囲がつんのめる。弁護士など先生がたには「生まれつき万事が一夜漬けなので区切り区切りで強めにキュー出して下さいね」「ここぞで怠けたら叱ってください」とお願いしてる変な客だ。

何をしたら怒るかわかりやすいし怒らせないようにやってくれれば大概のことはうまくいくんだからチームとして害はない(と勝手に思ってる)。僕は人に怒ることは絶対にない。簡単に言えば、勘所・キモがわかってない、わかっててもやることがええ加減である、これがダメだ、何をやってもアウトだ。

キモでないところはどうでもいい。意味ないことがんばると無駄に疲れて人生にマイナス、それならスカッと遊んだほうがいい。意味あることを意味ある時にがんばれば80点はとれる。まあ赤点はない。そうすると自然と一夜漬けになっちまう、というのが苦しい言い訳だ。

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

畏友・中村とカープ・黒田に

2016 NOV 6 13:13:45 pm by 東 賢太郎

ありがとう。

9

黒田の投球を球場で見たのはたった一度だけ、去年の7月1日、東京ドームでの巨人戦のことです。中村から急に「チケットがあるんだよ」と電話があったのでした。

どういうわけかあの日、もう黒田を見るのはこれが最後かなと思っていて、彼の一球一球、一挙手一投足、ボールの握りまで目を凝らして観て、歓声の轟く中で中村にそれをああだこうだと大声でいちいち伝えて、最後はサヨナラ負けしたけれど「すごい試合を見たな、こんなのはもう二度とないぞ」とふたりで感動し、あまりに万事納得しており、帰りに一杯やるかと言っていたのをやめて帰路について目黒線の大岡山で別れ、興奮冷めやらずアップしたのがこのブログでした。

黒田の投球を初めて見る(追記あり)

いま読み返してみて、最後に、

「結局、黒田一人対巨人軍ベンチ全員となって、負けた。だから結果はいい。わかる者には黒田がいかに凄い勝負師かが目に焼きつきました。20億円もらう男は違うんですよ。3千万円ぐらいのやつらにわかるかどうか。これを見てカープの全員がどうするか。そこですね。」

と書いてます。そうだったんだ。まさにそこだったように思います。それが去年はわかっていても出来ずに屈辱の4位だったけれど、今年に一気に花咲いての優勝だったのではないでしょうか。黒田の背番号15が永久欠番、当然のことと思います。

あれから1年4か月。10月25日の日本シリーズ第3戦、黒田が人生最後の登板を終えたその翌日が畏友の告別式でした。

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

畏友、逝く

2016 OCT 21 5:05:26 am by 東 賢太郎

なんか悔しくて、
よくわからない、眠れない
なぜ、君みたいないい奴が、
俺は何に怒ればいいんだ

京都の春は2度、ほんとに行ってよかったなあ
こんな桜もおどりも初めてと喜んだが
その喜び方が、そのすなおでポジティブなこころが、最高だと思った

去年8月九州を旅したばかりだ、嬉野、有田、吉野ケ里、博多、大宰府
楽しかった
どこで何してどうしたかって、会話だって覚えてるぞ
あれは7月に急にヤフオクで野球見ようといってきたんだ
あれはなんだったんだ、腰が痛いのに

あれでよかったのか

あたまが深くて、つよいな
これはかなわない、といつも思ってた
でも、好奇心も探求心も博識も、話し相手は君しかない
あったかくて、人肌があって、こころが空みたいにひろい
俺の勝手もめちゃくちゃもなんでもいったんのみ込んでくれた
そういう人といると安らぐんだ、不安だらけだから

みずほに移らせていただくことになって、最初の日だった、
ファーストスクエアのロビーで、忘れもしない、
あした夜いけないかと
はじめて声かけてくれたのは君だ
送別会かなにかがあって、すいませんといったら
そうか、東とは飲めないのかなあ、とちょっと残念そうにいった
あのひとなつっこい笑顔で、なにかすっと新しい職場に入れそうな,

どれだけ初見参にのぞむ新入りの気を楽にしてくれたか

君はそういう人だ

仕事は引受とシンジケーション、ずっと緊密なパートナーだったね
こっちは優秀な3行のバンカーのみなさんに後押しされただけだった
後日に君のブログの博覧強記と強靭なセンテンスを見ることになって、
わかった気がしたよ、こんなすごい人たちだったのかと

君の外国旅行記を読んで、
行った先々でこんなに物事をすぐ学んで帰ってくる人なんて知らない
足元にもおよばないといつも口惜しかった
そういう人が幾人かいたが、君はまさしくその筆頭だ

ゴルフは何度か行ったね
絶対勝つつもりだったが、
どうも調子がおかしくて負けた
どこかにスコアカードあるぞ、見たくないけど

そうやって仕事も遊びも、大みずほに引き入れてくれたのは君だ

それがなければ人生変わっていたかもしれない

そうしてちっぽけな会社を作った俺を当時となんの変りもない目で見てくれてSMCにはいってくれた

それがどれだけうれしかったか

君はそういう人だ

きのうブログをぜんぶ読みかえした

ちゃんと声が聞こえてくる

今日もう一回読みかえす

千年残してやるからな

でも中島さんのコンサート、おい、あれが最後ってのはないだろう

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

クラシック徒然草―ミュンシュのシューマン1番―

2016 OCT 2 15:15:41 pm by 東 賢太郎

アメリカに住んだ2年間(1982-84)というのは僕のクラシック・ライフにとって危機だった。フィラデルフィア管を聴いたりオーマンディーやバーンスタインやチェリビダッケに会えたりといいこともあったが、とにかくMBAの勉強というのは朝から夜中まで殺人的に激烈で、時間もないし心の余裕なんか微塵もない。最初は英語がさっぱりで授業についてさえいけず、発狂寸前だったと書いてちっとも誇張ではない。

野村證券は当時からハーバード、ウォートン、コロンビア、スタンフォード、シカゴ、MITなどのMBA取得者がごろごろいて、金融界最高峰であるウォートンの入試になんとか合格はしたものの渡米前にそういうこわい先輩がたに散々脅かされた。それも「お前、落第などしたら一生の赤恥だぞ」「また支店に戻すからな」なんてドぎつくだ。人事発令があった当初は、ビジネススクールなんてタイプライターの練習でもするんかいとお気楽トンボの無知であった僕は、それで一気にシベリア出征する兵士の悲愴な心境となっていた。

当時、社則で社費留学資格は独身ということになっていた。留学したいと挙手したわけではなく突然の社命だったのでこれは調子悪かった。梅田の寮生活が2年半あってそろそろと思っており、2月の結婚を決めてしまった。先日先輩のご令息の結婚式があって、イケメンの彼はコロンビア大学のMBA留学が決まって「アメリカに一緒に行こう!」がプロポーズだったそうだが、こっちはそんなカッコいいもんじゃない、家内には結婚して一緒に行ってくださいとお願いしたのであり、その先には人事部長へのお願いという難事が立ちはだかる綱渡りだった。このお願いが通ったので社則がかわり、野村の若手ホープであるご令息はプロポーズできた?ということになるのを彼は知らないだろう。

そんなドタバタだったからアメリカに送る荷物にLPレコードを入れようなんて発想は出ようもない。認めてやるから最初の半年は一人で行けという会社の妥協的お達しで新婚もへったくれもなく単身赴任、しかも大学院の寮で米国人とルームシェアだったから音楽なんてきけない。これは参った。授業はわからないし予習復習に追いまくられてマックで外食する時間も惜しく、毎日自炊?でラグーソースをぶっかけたスパゲッティで生きのびていた。心身ともに栄養失調でふらふらだった。

やっと半年たって家内が来てくれて生き返った。部屋は家族用の寮に引っ越した。しかし勉強はますますハードになってきて毎日図書館にこもって猛勉強で、深夜0時に来る校内警察のパトカーで帰宅していた(そんなに治安が悪かったのだ)。そうこうして、やっとなけなしの貯金で念願のオーディオ(安物のカセットプレーヤー)を買った。ダウンタウンのサム・グッディというレコード屋に毎週末しけこんで飢えた狼みたいにカセットテープを買いあさった。これと家内がつくってくれる日本食でなんとか発狂と餓死だけはまぬがれたというところだ。

しかしだ。店頭に並んでいるカセットのレーベルはというとCBSやRCAやVoxなど米国ブランドばかりで、英国のEMIとDeccaは少しあったがDGなどドイツ語圏レーベルはほぼ皆無だった。なるほど、これが「米国市場」というものなのか。指揮者はトスカニーニ、ストコフスキー、ミュンシュ、ライナー、セル、ワルター、オーマンディー、ショルティ、ラインスドルフ、スタインバーグ・・・おいおいドイツ人はどこだよ?おれはドイツ人がやったベートーベンが欲しんだ。

欧州から呼んだり亡命してきたりした彼らはいわゆる「外タレ」軍団で、彼らが振った米国のオーケストラのレコードを「本場もの」として付加価値をつけて売る。そうやって米国市場は「閉じて」おり米国資本が潤う仕掛けが出来上がっていた。それは英国もそうで、フルトヴェングラーやカラヤンに英国のオケを振らせたのだが米国は亡命ユダヤ人に強みを発揮していた。ドイツ語を母国語とするオーセンティックな巨匠がベートーベンやブラームスを本場流に聞かせる、そこに価値があったのである。

余談だが、そうやって拡大したクラシック米国市場は情報・メディア・テクノロジーを牛耳るユダヤ産業であり、外タレにドイツ人がいないのも道理であった。ナチだったカラヤン招聘など論外であり、真偽はともかく反ナチといわれたフルトヴェングラーはドイツ系に熱望されたがユダヤ勢力に潰された。クレンペラーは首尾よくシェーンベルグもいたロスに呼んだが、あいにく彼はチープな米国文化が大嫌いだった。そこで産業が熱望したのは米国国産のユダヤ人のスターだ。それがレナード・バーンスタインの正体である。

ふたりのユダヤ人、ワルターが持ち込みアブラヴァネルがユタで全曲録音したマーラーの交響曲はバーンスタインの伝道で新たな「旧約聖書」となった。ドイツ音楽産業の本丸DGはLPの恰好な長時間コンテンツとして無視できなくなったマーラーをおずおずとカラヤン、イタリア人ジュリーニ、はたまた極東の小澤に録音させた。遠巻き作戦を転換してウィーンフィルによるバーンスタインのマーラー録音に踏み切ったのは、バレンボイムがイスラエルでワーグナーを振ったぐらいの歴史的事件だ。僕はVPOのヴィオラ奏者から「マーラーはバーンスタインに教わった」との証言を得た。それがいい口実になったということだ。

英国EMIはフィルハーモニア管を人質に差し出して米国を逃げ出したクレンペラーを囲い込み、マーラーの弟子としてワルター、バーンスタインの向こうを張らせにかかったが、彼のマーラーは辛口で大衆うけせず、審美眼から駄作は振ろうともせず、結局は旧約聖書ビジネスとしてはうまくいかなかった。米国・ドイツの狭間でユダヤ資本を巧妙に抱き込んで立ち回る英国の政治経済でのずる賢さをここにも見るが、それがいつもうまくいくわけではないということだ。ちなみにその近年最大の失敗策がEU離脱国民投票実施の愚だったのである。

閑話休題。

ところがフィラデルフィアはイタリア系移民が多い街だ。ドイツ物の需要はさほどでもなくストコフスキー、オーマンディーに独墺のイメージは薄い。だからナポリ人のムーティ―が後任にうまくはまったがサヴァリッシュはいまひとつだったのだ。ムーティーはドイツ物音痴ではないが僕が定期会員だった2年間、あんまり取り上げなかった。「サム・グッディにドイツ語圏レーベルはほぼ皆無だった」のは理由があったわけだ。マーケティングの生きた勉強にはなったが、部屋のカセットは増えてもドイツ人によるドイツ物への渇望はちっとも癒えない。そうでなくても僕のチェコフィルやDSKを好む東欧趣味は既に確固としてできあがっていたものだから、ドンシャリのアメリカ流の安っぽいブラームスなど歯牙にもかけたくない上から目線ができてしまった。

51npsfxd1el-_sx425_そういう飢餓感のなかで、オイゲン・ヨッフム(!)がバンベルグ響(!)を連れてきてやってくれたベートーベンのPC4番(娘のヴェロニカのピアノ)と交響曲の7番、アカデミー・オブ・ミュージックの忌まわしいほどくそひどい音響にもかかわらず、かつてこんなに渇きをいやしてくれたコンサートはなく、まさしく絵にかいたような砂漠のオアシスであった。ドイツ物タイトルを買い揃えていたらシューマンのシンフォニーで、米国のオケではあるがとてもドイツ的な音と演奏の楽しめるものを発見した。セムコウ/セントルイス響の全集がそれだ。感涙ものだった。本当にお世話になった。

6700247そしてなんといっても毎日のように聴いて格別に思い出深いのはミュンシュ/BSOの1番「春」だ。これは本当に素晴らしい。ラッパがあっけらかんと明るいが、ミュンシュはそれを逆手にとって終楽章のトランペットの合いの手、パラパパパパの軽妙なリズムを浮き立たせて個性としてしまっているからしたたかだ。それが耳に残って離れないから作戦大成功だ。こういうきわめて特別(occasional)な思い出と一体となった音楽の記憶は一生ものなのだろう、聴くとちょっとしたフレーズの特徴にでもあの頃を思い出すが、それは昭和の歌謡曲で学生時代が目に浮かんでくるのとなんらかわりない。この演奏はアメリカのオケ=チープという、今思うと大きく見当はずれの偏見を根底から払しょくしてくれた恩人のような存在で、本稿に縷々書き綴った我が若き日の物語が詰まったものだ。いま我が家の装置で鳴らした堂々たるボストン・シンフォニーホールの音響は、当時のカセットの貧しい音からは想像もつかぬ、有無を言わせぬシューマンの音である。ミュンシュという人はスタジオ録音でもライブのような棒であったとみえ、アンサンブルはテンポの変化でやや乱れたりするがそれが魅力であったりもする。僕のような思い入れがなくとも、当時のボストン響は非常に優秀でありこの演奏も活気に満ちた名演となっている。これをぜひ聴きいただきたい。

 

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(2)

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

元宝塚の真丘奈央さんのコンサート

2016 SEP 11 23:23:39 pm by 東 賢太郎

先週は駆け足で海外に行ったり気疲れが多く、安らがない日々が続いている。スケジュールもくるくる変わったりで、今年からSMCの新メンバーにお迎えしたミクロネシアはポンペイ島ご在住のトム市原さんが来日されるものの、お会いできるかも危うい状況になった。

それが金曜の夜ならなんとかというのに落ち着いて、それならこれをぜひ一緒にというので行ったのが、元宝塚の真丘奈央さんのコンサートだった。

masaoka

 

 

なにしろ「保護犬・猫のためのチャリティーコンサート」というのがいい。僕は殺処分ゼロを断固支持する者である。人間の勝手で犬猫を飼っておいていらなくなったら捨てる、店で売れないから処分する、かように玩具や商品在庫のように動物の命を扱うのは人として悲しい。

 

 

僕は犬を飼ったことがないが、覚えていることがある。和泉多摩川の団地住まいのころ、七五三だったのだろうから3才のことになる。両親に連れられて羽織袴で橋を渡って登戸の神社へ行った。するとそこにいた茶色の犬が僕になついてきて、何が気に入ったのか、帰り道、いたずらで橋桁の上を歩いたりしながら戻って来たのに家の前までずっとついてきてしまったのだ。「飼いたい」と泣いてせがんだが、親父が頑としてだめであった。翌日、ひょっとしてと周りをあちこち探した。どこにもいなくなっていて、ひどくせつなかった。

あの犬はどうしてしまったんだろう・・・。3才の記憶なんてそうあるものじゃないのにこれは信じられないぐらい、昨日のことのようにはっきりとプレイバックできてしまう。なぜかと言うと、僕はその犬と気が合っていた。あっ、こいつがいたら毎日が楽しいな、いい友達になれそうだとひらめいていた。人だって動物だって、そんなことってそうあるもんじゃない。あれを親父が飼ってくれたら今頃は犬派だったかもしれないなあ。主催のNPO法人の方のスピーチを聞きながらそんなことを思い出していた。

真丘さんが宝塚スターだったということも、そもそも宝塚が何なのかということも門外漢の僕は知らない。しかし、結論として事実として、僕は2時間わくわくして楽しんだのだ。前から2列目で表情が良く見えたのも幸いしてか、自分は女の人が歌を歌っているその笑顔を見るのが好きなのだということがわかった。

オペラやミュージカルというのはずいぶんたくさん見たが、登場人物がずっと笑顔なんてことはもちろんない。怒ったり泣いたりしているのは無条件にいやだし、癒されたいときは宝塚のほうがいいのかもしれないなどと思ってしまった。そういえばお袋がこんなの大好きだ。遺伝かな。

というわけで音楽も楽しかったがこちらも心からの笑顔になって帰していただいた。心の漢方薬だ。ロビーで大勢のファンに囲まれる真丘さんに御礼のひとことぐらいと思ったが、女性ばっかりの熱気に圧倒され失礼してしまった。

そこから市原さんらと三鷹の駅前で食事。ご友人は「算数オリンピック委員会」のかたで、日中両国で毎年3、4千人の小学生が競うそうだ。関心ありますということでお別れした。

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

リオの鮮烈な思い出

2016 AUG 7 0:00:48 am by 東 賢太郎

リオ五輪の開会式の入場行進を見ていて、206の参加国のひとつに「難民」というのがあるのが時代だなあと思いました。世界が貧富のディバイドという難題に見舞われており、それが政治、宗教、国境問題、軍事対立そしてテロという形で表面化しています。そのどれもが個別独立の原因に発した別個の問題に見えますが、そうではなく、その根っこに横たわるのは貧困、飢餓というひとつの、しかし最も深刻な問題です。式典の前半はそれに周到に配慮したものと見ました。

華やかな会場を一歩出るとバリケードのような柵が囲っていて機関銃で武装したポリスが大勢張り込んでいる様子が画面に映しだされます。バッハ大会委員長の誇らしげなスピーチが人類の平和を謳い、聖火台の点火と見事なアトラクションに酔って放映が終わると、正午すぐに始まったニュースが今日8月6日は広島の原爆投下から71年となった日であることを伝える。黙とうの要請を広島市が送ったがそれは見送られたようですね。実に複雑な気持ちになったものでした。

3年前にこのブログを書きました

津坂さんの蛙鳴蝉噪(幸福度)を読んで

このブラジル出張がリオ・デ・ジャネイロでありました。1991年の2月初旬、まだ36才です。成田からバンクーバー経由で24時間かかりましたが、このとき搭乗したヴァリグ・ブラジル航空は実に快適で、ビジネスクラスなのに食事はファースト並みで立派なフィレステーキまで用意されてよく覚えてます。サービス良すぎたんでしょうね、2005年に倒産してしまいました。

リオには午後到着して、ホテルはたしかシーザー・パレスでした。フライト疲れと時差でふらふらでしたが、なんだかときめくものを感じて外を歩きました。2月(真夏)。カーニバル1週間前のざわざわ。まぶしい太陽。イパネマ・ビーチを歩くと渋谷の駅前みたいに若い女のコばっかりわんさかいる。それがみんな堂々たるトップレスで頭がくらくら。仕事柄40以上の国を訪問してますが、リオの衝撃をしのぐ経験は今もってありません。

インフレ率が300%と聞いており、まさかねと半信半疑でした。ところが同行の後輩が「ほんとですよ!」と大声をあげます。ホテルのショップでネクタイの値段をじっと見ながら「ほら昨日の値段から1%上がってるでしょ?」ほんとうだ。さすが証券マンは相場に目ざといとそっちも関心しましたが。しかしネクタイのプライスタグのお値段が株価みたいに上げ下げするなんて・・・定価販売に慣れた僕らは目が点でした。

財務省の高級官僚さんの2億ドルの借款返済への大物スタンス(要はケセラセラ)には2度目の衝撃をくらいます。役人が1200万人もいて民間より多く、今のギリシャみたいなもんでした。前年に620億米ドルと人類史上最大のデフォルト(要は国家破産)をした国の財務省です。馬鹿なことを聞くなと思ったんでしょうが、当時はこっちはあんまり事の深刻さがわかってなかったですね。

飲み屋で英語の通じるおっさんに「大インフレと不景気のわりにホームレスがいないね」と尋ねると、「あったかいからね、寝れればどこでもOKさ、食いもんはバナナもヤシの実もそこらじゅうに落ちてるよ」。なるほど今になってみればミクロネシアとおんなじだったんだ。国はぼろぼろで借金漬け、国民は衣食住足りてサッカーで幸せ。これはサンパウロ、ブラジリアへ行っても同じでした。

このあとアルゼンチン(ブエノスアイレス)、チリ(サンティアゴ)の財務省、企業も訪問して大旅行だった出張を終えました。この数奇な体験で僕の「国家観」は根本的に修正が加わることになりました。インフレを肌でイメージしましたし、国債なんていかにはかないモノかも痛感しました。数字だけで頭で理解してる人にはこの感じはわからないだろう。

当時は梅田支店、ロンドンと株を売る野蛮な営業の経験しかなく、スマートな国際金融業務などド素人もいいところ。そんなのが課長で赴任した国際金融部の皆さんは大変だったろうと申しわけない限りですが、その2年間で引受業務のイロハを習ったのはその後の人生で大きなプラスでした。この出張も経験して来いという部長の計らいだったと思います。野村證券はほんとうに懐の深い会社。ここに入らなければ今は絶対にありません。

 

(こちらもどうぞ)http://sonaradvisers.co.jp/2016/08/07/776/

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

外野の声など無視せよ(阪神タイガースの危機に思う)

2016 JUL 27 3:03:04 am by 東 賢太郎

もともと競争が好きで忍者マンガや戦争映画に夢中、勉強とスポーツだけやってればいいように育ちました。それが体育会で磨かれ会社では当然のごとく武闘派。当時の野村で武闘派は半端でなく、結果を出さない者、軟弱な考えや物事はいっさい問答無用で認めなかった。部下は大変だったでしょう。

今年の阪神タイガースを見ていると、金本が苦労してる。わかります。何でお前はそんなことができんのや?できんなら倒れるまで練習せいやこのボケが!そうやって藤波を160球投げさせてしまう。たぶん。そういえばカープの緒方も野村にそれらしきことをしてました。

それがけしからん、つぶす気か、今時の監督の器じゃないと批判の嵐である。これはつらい。なんか社会全体がフェミニンになってる気がする。戦いを礼賛する気はないが、男の世界は動物界を見るまでもなく女の取り合いにしろエサの分配にしろ競争なしにあり得ないと思う。

文民支配の世は結構だが男がどんどんオスの本能から乖離していってる気がします。草食系ですから?そんなの言葉のお遊びでしょ、草食獣だってメスや縄張りを熾烈に争ってますよ。まして競争、戦いの場であるグラウンドでそれでどうするんだろう。そんな情けない男どもを女は望んでるのだろうか?

我が事で恐縮ですが、営業ヘッド時代の僕にまともに口をきいてもらえると思っていた部下はいないだろう。口を開けばまさしく、何でお前はそんなことができんのや?できんなら倒れるまで勉強せいやこのボケが!でした。

当時の営業はすぐれて軍隊チックであり、みなさま僕の音楽ブログで違ったイメージを持たれていると拝察しますが(家では確かにそうでしたが)会社では笑わない野蛮な将校だったのです。それで大変に強い組織でしたから当時のあの会社では正義がありました。

その目で見ますと、ご批判はあるでしょうが、金本は妥協なんかせず、いらん中堅・ベテランなど問答無用で切って、彼のイズムで必死にはい上がってくる若手(必ずいるはずだ)と心中すればいいんです。それで今年は最下位であろうと今に見ておれでいいんじゃないでしょうか。今年のカープみたいになれば。

だめなら責任とってやめればいい。慣れない妥協をして、それで結果が出ずに首になるのだけは見たくないですね。選手としての彼を好きでしたから。緒方もそうでした。広島カープがどういう拍子で今年強いのか知りませんが、マエケンがいなくなって何かが吹っ切れて一丸となった、その波に乗った気がします。

何かをやろうというなら周囲の声など無視でしょう。

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

完全主義という困った性格(ミケランジェリの夜のガスパール)

2016 JUL 22 12:12:01 pm by 東 賢太郎

自分の性格で困るのは完全主義ということです。A型に多いらしく、だから日本人に多いのかもしれませんが、僕の場合、それは関心事においてだけのことで、それ以外はむしろ「積極的に無関心」というのがより困るのです。

まず身の回りのことは無関心の代表格で、大変に苦手です。小学校で教室の大そうじのとき、自分なりにやってるつもりが女の子に「あずまくんはじゃまだからどいてて」と外に出されてしまいトラウマになってます。見かねた親がカブ・スカウト(ボーイスカウトの小学生版)に入れましたが何ひとつ興味をひかず、思い出は飯盒炊飯で食べたカレーがうまったぐらいです。

これを自己分析してみると、万事まずは右脳が好き嫌いを独断で決め、嫌いだとそこでスイッチ・オフ、好きだと初めて左脳が登場するという感じです。問題は左脳が細かいヤツで、こいつが完全、パーフェクトを求めてしまう。それに満たないと元に戻って、結局スイッチ・オフ、という回路があるようです。完全主義の人が皆そうなのかどうか、これは関心のあるところです。

音楽を聴いて困るのは、技術的にパーフェクトな演奏がないことです。人間がやることですからね。僕がどうしても楽譜を見てしまうのは、そこで頭に鳴る音楽は無傷だからかもしれません。では機械やシンセが弾けば好きかというと、それはない。人間がやってこそ伝わるものは右脳の好き嫌い回路で「好き」となる絶対条件だからややこしくなります。

つまり、人間らしさは欲しいが機械みたいに正確にやってくれ、と無意識に求めてる。これはかなり矛盾があって無理難題なのですね。

僕が「完全」と思う要素のうち音程(ピッチ)とテンポとリズムが英数国みたいな主要3科目です。どれが欠けてもアウト。しかしこの3つは優れた演奏にはあまりに当然のことであって、野球ならキャッチボールです。これが下手でプロになるのはあり得ないファンダメンタルズです。

以前に弦楽器のピッチ、ことにミとシの問題を書きました。経過句は大家でも弾き飛ばしがあるとも。これに神経の通う人は、しかし、往々にしてパッションが落ちてしまう。かくも人間らしさは正確さと相容れにくい。だから両立した演奏家を見つけると、ウルトラ・レアものですからね、僕は平静でいられない。ユリア・フィッシャーはそのひとりで、10月15日の来日公演を心待ちにしているのです。

以上は僕がブーレーズのストラヴィンスキーやトスカニーニのベートーベンに魅せられてクラシックに入門した経緯を極めて合理的に説明します。そういう人間だったから僕はクラシック好きになりました。作曲家にしても、まず右脳がはねてしまった人、それは聴き始め最初期に起きてますが、それが50年たって好きになったことはほぼありません。かたや演奏の完全性においてはやや基準が低くなって、人間らしさの比重が多めでも(つまりミスがあっても)いい、そのぐらい人間性は感動の源泉になることは学習してきました。

ブーレーズに人間性があるか?あります。それは春の祭典の最初のオーボエの小粋なフレージングや、古風なメヌエットの最後の審判みたいにドスのきいたティンパニの打ち方など、そこかしこにある。日本的な人間性、飲んだら意外にいいおやじだったみたいなものではなく洗練、知性、均整といったものですが、それは超絶的な美人が一見冷たく人間離れして見えてもあくまで人間であるかのようにヒトの一側面なのです。

その人間性というものが合うかどうか、こっちも人間だから大きな要素になります。ヒトの相性です。これは右脳だから理屈はないのであって、作曲家も演奏家も合わない人は合わない、だから聞かない。それだけです。クラシックは名曲ざます、全部いいと思わなきゃいけませんよ、思わないのはあんたがだめなのよ、ねっ、楽聖、音楽の父、交響曲の父・・・なんて音楽の授業、そんなのなんぼのもんやねんと反抗して通信簿2をつけられた僕は思うのです。

音楽の先生より僕の完全主義はずっと厳しいものなので、クラシックのレパートリーはほぼさらいましたが「いい演奏」というのがいかにないかという限界に当たっています。ピアノも弦楽もオーケストラもオペラも。

ピアノで言いましょう、僕はかつて実演で完全、完璧なピアノ演奏というのを聞いた記憶はありません。唯一近かったのがロンドンで聴いたミケランジェリのショパンとドビッシー。知情意と技術の両方においてあれほどの高みに達したものはありません。どちらも感情が高ぶる音楽ではないのでクールに冷静に聴いていたわけですが。

次いで、やはりロンドンでのポリーニの平均律第1巻、リヒテルのプロコフィエフ。やはり淡々と聴いていて、精神にくさびを打ち込まれたと感じるほど打ちのめされた体験でした。ピアノというのは音程の問題がないのでよりテンポとリズム、フレージングに気が回るのですが、この3人のような技術が少なくともないと立ちのぼらせることのままならぬ世界が確かに在って、現場でそれに立ち会えるというのは僕ぐらいの頻度のコンサートゴーアーでは奇跡のようなものです。

録音でそれを感じるのはなかなか難しいですが、こんなのはどうでしょう。

まったく奇跡のように素晴らしい。これをライブで聴いたらいかほどのものだろう。なにしろミケランジェリも完全主義者だなあということがビンビン伝わってくるから僕などほっとすらします。よく耳を澄ませて聴いてください。これは99%完璧な「夜のガスパール」だ。完璧さが興奮をそそるという、すべての演奏の99%でありえないことがおきている物凄い演奏であります。

彼はラヴェルをなんでも弾いたということはないのですが「夜のガスパール」は十八番だったようです。寡聞にしてこの録音は知らずブログの推薦盤にも入ってませんが、あの日のドビッシー(前奏曲第2巻)を思い出した。これをこれだけ弾ける人は現存するんでしょうか?

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

 

 

 

 

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

ライフLife Documentary_banner
加地卓
金巻芳俊