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カテゴリー: ______モーツァルト

クラシック徒然草-音楽の好き嫌い-

2015 MAR 20 9:09:35 am by 東 賢太郎

人間何ごとも好みというものがございます。食べ物、酒、色、車、服装、異性、ペットなどなど。愛猫家の僕ですが、どんなひどい猫でも犬より上という事はあっても猫なら何でもいいということでもなくて、やっぱり順番はあります。

はっきり「嫌い」というのがあるので音楽は僕の中では好悪がはっきりしているジャンルに入りますが、不思議なものでクラシックファンで「私はモーツァルトが大好きです」という人はいても「**が大嫌いです」という人は会ったことがありません。

嫌いと無関心は違います。全然別物です。好きがプラスなら嫌いはマイナス、無関心はゼロです。ゼロは何倍してもゼロですから、クラシックは何を聞いても何も感じないという人はどの曲も好きにならないかわりに嫌いになる心配もご無用ということであり、逆にどの曲も嫌いにならない人はある曲だけ好きになることもないのが道理だろうと思うのですが。

食べ物の場合は「何でもOKです」ということだってあるし、親がそうなるように教育もします。食べないと死んでしまうのだから全部が無関心ということはまずあり得ません。しかし聞かないと死ぬわけでもないクラシックは、幼時から聞いて育つわけでもない場合が多い日本人にとっては無関心か食わず嫌いがスタートというのは当然です。

それがある日突然に全部好きですなんてことは異様であって、一度フランス料理を食べたらフォワグラから羊の脳みそまで一気に好きになっちゃったなんて、そんな頑張る必要はぜんぜんないのです。「ほとんど全部眠いですが第9の第4楽章だけは感動します」、そういうのがきわめて真っ当、普通です。

僕の場合は縷々書いてきた曲は「もの凄く好き」ということなのでプラスが大きい、だから正反対のことでマイナスが大きい曲だってちゃんとありますし、それが自然体鑑賞法の自然な帰結なんじゃないでしょうか。クラシックと名がつけば全部名曲であって何でも好きですというのはホンマかいなと思ってしまうのです。

さらにいえば、あの退屈極まりない(僕にとってはほぼ拷問であった)音楽の授業で無理やり楽聖の名曲だと押しつけられる。だから日本人にとってクラシックを聴くということは教科書にあった曲は全部うやうやしく好きにならないといけない、そういう強迫観念で縛られているのかなと思ってしまいます。だとすると三島 由紀夫の指摘したとおり、日本のクラシック好きはマゾっぽいですね。

僕のように音楽の通信簿が2だった子がある日めざめて好きになる、すると当たり前ながらちゃんと嫌いな曲もたくさんあることが自分でわかってくる。それで君はクラシックが分かってないねなんて通の評価が下ってもSo what?(だからどうしたの?)ってことじゃないでしょうか。

僕は京料理が好きですがハモが苦手です。夏場はそれが売りだからどうしたって出てくるんですが僕はカウンターで抜いてくれという。変な顔をする店がありますがいい店の主人はかえって歓迎してくれますね。それでも京料理屋に来てるんだから見栄や酔狂でなく本当に好きなんだとわかってくれる、それで鮒ずしなんか頼むと完璧にわかってくれる。そういうもんだと思うのです。

音楽のハモにあたるものはこういうものです。

マーラーの6番というのは全クラシックの中でも最も嫌いな曲の一つで、あのティンパニのあほらしい滑稽大仰なリズム、おしまいの方で板とか酒樽みたいなのを鏡割りみたいにぶったたくハンマーは作曲家は大まじめに書いたり消したりしたらしいがまあどうでもいいわなとしか思えず、全曲にわたって音楽的エキスはなし、あんなのを1時間半も真面目な顔して聴く忍耐力はとてもございません。

チャールズ・アイヴズという米国の作曲家の和声に吐き気を催した(本当に)ことがあって、それ以来トラウマになって一度も聞いておりません。あれは一種のパニック障害の誘因になるのじゃないかと思い譜面を見るのも恐ろしく、それがどういう理由だったかは謎のままです。

メシアンのトゥーランガ・リラ交響曲に出てくるオンド・マルトノという電子楽器、あのお化けが出そうなグリッサンドは身の毛がよだつほど苦手です。結局あの曲を覚えるには勇気を奮ってライブを聴き、視覚的にそれが出てくる箇所をまず覚えて(見えると怖さが減る)、来るぞ来るぞ(いや、お化けが出るぞ出るぞだ)と心の準備をしながら10年以上の歳月を要しました。

ヴェルディはコヴェントガーデンやスカラ座でたくさん観たのですが、椿姫の前奏曲のあのズンチャッチャ、あれが始まるとああ勘弁してくれここは俺の居場所じゃないと家に帰りたくなってしまう。運命の力序曲のお涙頂戴メロディーなど退屈を通り越して苦痛であり早く終わってくれと願うしかありません。閉所恐怖症なので床屋も苦手で、ああいうつまらない曲でホールの座席にしばられると床屋状態になるのです。

パガニーニのコンチェルト、カプリース、およびリストの超絶技巧。ヴェルディのズンチャッチャよりは多少ましですが、この手の曲が不幸にして定期公演で舞台にかかってしまったりすると行くかどうか迷います。ましというのは、一応ソリストの技巧を見るという楽しみはあるからで、演奏家の方には非礼をお詫びしますが僕にとってその関心はボリショイ・サーカスや中国の雑技団を見るのとあまり変わらないです。

一歩進めてこれが演奏のほうに行くと、大嫌いなものは無数にあります。好ましいと思っている演奏家であっても曲によってはダメというのがあって、例えばカルロス・クライバーのブラームスは4番の方は実演であれほど感動したのに2番は到底受け入れ難い。リズムが前のめりで全然タメがない快楽追求型で、妙なブレーキがかかったり弦を急にあおったり、あんなのはブラームスと思わない。カイルベルト、ザンデルリンク、コンドラシンなどと比べると大人と子供です。

ティーレマンはサントリーホールで聴いたベートーベンは割と良かったのですが、ブラームス2番はだめですねえ。youtubeにあるドレスデン・シュターツカペレとのですが、オケはせっかくいい音を出していて第3楽章までは悪くない(クライバーよりいい)ですが、終楽章のコーダに至って100円ショップ並みに安っぽいアッチェレランドがかかってしまう。そこまでの感動がどっちらけですね。お子様向けです。

モーツァルトというとグレン・グールドのソナタとの相性の悪さについては既述ですが、同じほどひどいのにカラヤンの魔笛というのもあります。ベルリンPOのDG盤は多少はましですが古い方のウィーンPO盤。どうもカラヤン先生カン勘違いしてるなと思いつつ我慢して聴いていると、タミーノとパパゲーノが笛と鈴をもらう所で3人の童子が出てきますが、これがなんとヴィヴラートの乗った色気年増みたいな女声で実に薄気味悪く、もう耐えられず降参です。

演奏について書きだすときりがないのでこの辺にします。以上、嫌いなものオンパレードで皆さんがお好きなものが含まれていたら申しわけありませんが、もっとたくさんある好きなものの裏返しということで、これでハモの価値が下がるわけでもないということでご容赦いただきたく存じます。

(補遺、2月1日)

今日、ピエール・ブーレーズ追悼番組の録画を見ました。ノタシオン、レポンの映像は貴重です。03年東京公演のベルク、ウェーベルン(マーラーユーゲントO)の精緻な演奏は感涙ものです。しかし後半が蛇蝎のように嫌いなマーラー6番というのが残念。これが好きな方にご不快は承知の上で、よりによってこれはないだろう。神であるブーレーズが振れば大丈夫かと恐る恐る聴きましたが第1楽章でもう降参。消しました。

 

マーラー交響曲第6番イ短調(ついに聴く・読響定期)

 

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クラシック徒然草-音の記憶という不思議-

2015 MAR 15 0:00:21 am by 東 賢太郎

僕は絶対音感はない。ピアノのキーを見ずにポンと押してもらって、はいシ♭ですとはいかない。しかし自分から正確に言える(歌える)音はある。ドとレとミ♭だ。

なぜかというと耳に焼きついている曲があって、たとえば春の祭典のアタマをじっと思い出すとあのファゴットが心で鳴る。それを声にして歌うと「ド」が取り出だせる。しかし最近はあれを聴いていないので成功率が落ちたかもしれない。

「ミ♭」は魔笛序曲かシューマン「ライン」だ。これは割とすぐ出る。「レ」はブラームスのヴァイオリン協奏曲で、これが一番自信がある。

ではなぜシ♭はだめなのか?わからない。変ロ長調の曲はいくらも知っているが、頭で鳴らしてもそれが原調という保証はないのだから仕方ない。

とすると、「その曲を知っている」というのと「頭でリプレー出来る」というのはちがうのだ、きっと。

アルトゥール・ルービンシュタインは「朝食の時、私は頭の中でブラームスの交響曲を演奏していた。その時電話が鳴ったので、受話器を取った。30分後、私は電話で話している間も演奏が続いており、今は第3楽章が演奏されていることに気づいた」と語ったそうだ。

僕はこの話を信用する。

13才のモーツァルトが父に連れられてヴァチカンへ行き、システィナ大聖堂で演奏されたアレグリの「ミゼレーレ」を一度聴いただけで戻り、楽譜にしてしまったのは有名だ。それはこれである。

これを「思い出して」書くのはどう考えても無理であり、彼は頭の中にボイスレコーダー があって、宿でそれをリプレーしながら音符に書きとったにちがいない。ルービンシュタインのいう「頭の中の演奏」だ。レコーダーだから電話していても鳴っていて、そこに意識がなくてもちゃんと先に進んでいる。モーツァルトはそうやって勝手に聞こえてくる音を譜面に書き取った、それならこの奇跡は理解できる。いや、奇跡ではなくて、頭の中にボイスレコーダー があるかないか、それだけだ。

僕の場合だが、春の祭典、魔笛序曲、ライン、ブラームスVn協は(ルービンシュタインほどではないが)リプレーできる。ハンマークラヴィール・ソナタ(変ロ長調)はできない。つまりそういう理由で冒頭のことになっているかもしれない。それはまあいいだろう、単にそういうことであってそれが本稿の主題ではない。

不思議なのは、たしかに春の祭典はよく聴いたが、もっと聴いた曲もあるのにそっちは「できない組」だという事実だ。そこがわからない。

記憶力とは不思議なもので個性があるようだ。僕はカタカナが覚えにくいので受験で世界史と地理は敬遠し、必然的に日本史と政経になってしまった。カタカナがダメなのではなく、シーザーがカエサルになったりする、そういうはっきりしないもの、あやふやなものをはじいてしまうように僕はプリセットされている。

つまり人のアタマにはみなそういうフィルターのようなものがあって、そこをすっと通り抜ける物は受け入れる。音楽でも人でも。だからすんなり名前も記憶するし、出会いが深いおつき合いに発展したりもする。そういうことを後からふりかえると「相性が合った」とか「ご縁があった」という表現になってくるのではないだろうか。

 

記憶法と性格の関係

 

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僕が聴いた名演奏家たち(サー・コリン・デービス)

2015 JAN 10 0:00:11 am by 東 賢太郎

コリン・デービスの名はずいぶん早くから知っていた。それは名盤といわれていたアルトゥール・グリュミオーやイングリット・ヘブラーのモーツァルトの協奏曲の伴奏者としてだ。リパッティのグリーグ協奏曲を伴奏したアルチェオ・ガリエラやミケランジェリのラヴェルト長調のエットーレ・グラチスもそうだが、超大物とレコードを作るとどうしても小物の伴奏屋みたいなイメージができて損してしまう。

それを大幅に覆したのが僕が大学時代に出てきた春の祭典とハイドンの交響曲集だ。どちらもACO。何という素晴らしさか!演奏も格別だったが、さらにこれを聴いてコンセルトヘボウの音響に恋心が芽生えたことも大きい。いてもたってもいられず、後年になってついにそこへ行ってえいやっと指揮台に登って写真まで撮ってしまう。その情熱は今もいささかも衰えを知らない。

彼は最晩年のインタビューで「指揮者になる連中はパワフルだ」と語っている。これをきいて、子供のころ、男が憧れる3大職業は会社社長、オーケストラの指揮者、プロ野球の監督だったのを思い出した。ところが「でも、実は指揮にパワーなんていらない。音楽への何にも勝る情熱と楽団員への愛情があれば良いのだ」ともいっている。これは彼の音楽をよくあらわした言葉だと思う。

サー・コリンが一昨年の4月に亡くなった時、何か書こうと思って書けずにきてしまったのは、ロンドンに6年もいたのに驚くほど彼を聴いていないのに気がついたからだ。彼が晩年にLSOとライブ録音した一連のCDを聴いていちばん興味を持っていた指揮者だったのに・・・。youtubeにあるニューヨーク・フィルとのシベリウス3番のライブを聴いてみて欲しい。こんな演奏が生で聴けていたら!

僕がクラシック覚えたてのころ彼のお決まりの評価は「英国風の中庸を得た中堅指揮者」だ。当時、「中庸」は二流、「中堅」はどうでもいい指揮者の体の良い代名詞みたいなものだった。それはむしろほめている方で、ドイツ音楽ではまともな評価をされずほぼ無視に近かったように思う。若い頃のすり込みというのは怖い。2年の米国生活でドイツ音楽に飢えていた僕があえて英国人指揮者を聴こうというインセンティブはぜんぜんなかった、それがロンドンで彼を聴かなかった理由だ。

それを改める機会はあった。93年11月9日、フランクフルトのアルテ・オーパーでのドレスデンSKを振ったベートーベンの第1交響曲とベルリオーズの幻想だ。憧れのDSK、しかも幻想はACOとの名録音がある。しかし不幸なことに演奏は月並みで、オケの音も期待したあの昔の音でなかったことから失望感の方が勝っていた。これで彼への関心は失せてしまったのだ。もうひとつ98年5月にロンドンのバービカンでLSOとブラームスのドッペルを聴いているが、メインのプロが何だったかすら忘れてしまっているのだからお手上げだ。ご縁がなかったとしかしようがない。

davisしかし彼の録音には愛情のあるものがある。まずLSOを振ったモーツァルト。ヘレン・ドナートらとの「戴冠ミサ」K.317、テ・カナワとのエクスルターデなどが入ったphilips盤(右)である。このLPで知ったキリエK341の印象が痛烈であった。後にアラン・タイソンの研究で 1787年12月〜89年2月の作曲という説が出て我が意を得た。ミュンヘン時代の作品という説は間違いだろう。

5969523僕のデービスのベスト盤はこれだ。ACOとのハイドン交響曲第82,83番である。もし「素晴らしいオーケストラ演奏」のベスト10をあげろといわれたら彼のハイドン(ロンドンセットは全曲ある)は全部が候補だが、中でもこれだ。なんという自発性と有機性をそなえた見事なアンサンブルか。音が芳醇なワインのアロマのように名ホールに広がる様は聞き惚れるしかない。こういう天下の名盤が廃盤とはあきれるばかりだが、これをアプリシエートできない聴き手の責任でもあるのだ。

16668gこのハイドンと同様のタッチで描いたバイエルン放送SOとのメンデルスゾーン(交響曲3,4,5番と真夏の夜の夢序曲)も非常に素晴らしい。オーケストラの上質な柔軟性を活かして快適なテンポとバランスで鳴らすのが一見無個性だが、ではほかにこんな演奏があるかというとなかなかない。昔に「中庸」とされていたものは実は確固たる彼の個性であることがわかる。5番がこういう演奏で聴くとワーグナーのパルシファルにこだましているのが聞き取れる。

51BSnT5oJxL__SX425_シューベルトの交響曲全集で僕が最も気に入っているのはホルスト・シュタインだが後半がやや落ちる。全部のクオリティでいうならこれだ。DSKがあのライブは何だったんだというぐらい馥郁たる音で鳴っており1-3番に不可欠の整然とした弦のアーティキュレーションもさすが。僕は彼のベートーベン、ブラームス全集を特に楽しむ者ではないが、こういう地味なレパートリーで名演を成してくれるパッションには敬意を表したい。4番ハ短調にDSKの弦の魅力をみる。

41AQABHVRZL春の祭典、ペトルーシュカだけではない、この火の鳥もACOの音の木質な特性とホールトーンをうまくとらえたもので強く印象に残っている。この3大バレエこそ彼が中庸でも中堅でもないことを示したメルクマール的録音であり、数ある名演の中でも特別な地位で燦然と輝きを保っている。 オケの棒に対する反応の良さは驚異的で「火の鳥の踊り」から「火の鳥の嘆願」にかけてはうまさと気品を併せ持つ稀有の管弦楽演奏がきける。泥臭さには欠けるがハイセンスな名品。

51k8eFkIMIL__SX425_ブラームスのピアノ協奏曲第2番、ピアノはゲルハルト・オピッツである。1番はいまひとつだが2番はピアノのスケールが大きくオケがコクのある音で対峙しつつがっちりと骨格を支えている。オピッツはラインガウ音楽祭でベートーベンのソナタを聴いたがドイツものを骨っぽく聞かせるのが今どき貴重だ。この2番も過去の名演に比べてほぼ遜色がない。ヘブラーやグリュミオーのモーツァルトもそうだがデービスはソリストの個性をとらえるのがうまい。録音がいいのも魅力。

 

あとどうしてもふたつ。 ヘンデル メサイアより「ハレルヤ」(Handel, Hallelujah) に引用した彼のヘンデル「メサイア」は彼のヘンデルに対する敬意に満ちた骨太で威厳のあるもので愛聴している。そしてLSOとのエルガー「エニグマ変奏曲」も忘れるわけにはいかない代表盤である。

(こちらへどうぞ)

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

エルガー「エニグマ変奏曲」の謎

 

 

 

 

 

 

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フォーレ四重奏団のモーツァルトを聴く

2014 DEC 16 0:00:50 am by 東 賢太郎

体調がいまひとつだとモーツァルトにすっと入っていけない、最近ときどきそんなことがあります。他の作曲家だと聴きはじめればそれなりに気持ちが同化してしまいますが、モーツァルトだけは如意ならずなのです。

今日も、アンコールのR・シュトラウスにはぐいぐい引っ張られましたが、メインプロの3曲にはどうしても距離がありました。確かに体調が良くなかったのですが、それだけだろうか?それはまったく演奏のせいでなく、ひとえに自分の性質なのでどうしようもありません。

ピアノ四重奏曲ト短調K.478                                    ピアノと管楽のための五重奏曲変ホ長調K.452                        ピアノ四重奏曲変ホ長調K.493

というプログラム、最高ですねえ。モーツァルト好きが見逃すわけには参りません。K.478は先日、ウィーン弦楽四重奏団と遠山慶子でも聴きました。ゲヴァントハウスもそうでしたがピアノカルテットはなかなか聴けないということもあってチケットを買いました。K.452のピアノ四重奏版は初めて聴きましたがオリジナルのように自然です。東京文化会館小ホールの室内楽、ピアノソロは悪くなく東京では一番良好かもしれない。ここでチッコリーニのソロを聴きましたがファッツィオーリの音が良く鳴っていたのを思い出します。

今日のフォーレ四重奏団は有望株ですね。ドイッチェ・グラモフォンが起用するだけのものがあります。若々しい流麗さとデリカシーを兼ねそなえており、ppの意味にも深いものがこもっており上質の音楽でした。K.493は中でも大好きな曲ですが、第1楽章でピアノが音階をかけ登ってヴァイオリンが応えるところ、青空にすうっと雲が一筋のびるような様の表現は見事でした。

ああしかし、それでも入れなかったのです。プログラムのフォーレ四重奏団からのメッセージにこうあります、「諺にもあるようにモーツァルトは子供には易しすぎ、大人には難しすぎるのです」。体調なのか大人になったのか、むかしのように天真爛漫にモーツァルトを楽しめなくなっているかもしれない。

そうだとしたらもう音楽をやめるか人間をやめた方がいいんじゃないか、そのぐらい重大なことです。モーツァルトなしに生きていても仕方ない、ずっとそう思って生きてきたのですから。これはまずいですね、正月は愛聴盤を片っ端からききなおしてみよう。

 

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クラシック徒然草-冬に聴きたいクラシック-

2014 NOV 16 23:23:26 pm by 東 賢太郎

冬の音楽を考えながら、子供のころの真冬の景色を思い出していた。あの頃はずいぶん寒かった。泥道の水たまりはかちかちに凍ってつるつる滑った。それを石で割って遊ぶと手がしもやけでかゆくなった。団地の敷地に多摩川の土手から下りてきて、もうすっかり忘れていたが、そこがあたり一面の銀世界になっていて足がずぶずぶと雪に埋もれて歩けない。目をつぶっていたら、なんの前ぶれもなく突然に、そんな情景がありありとよみがえった。

ヨーロッパの冬は暗くて寒い。それをじっと耐えて春の喜びを待つ、その歓喜が名曲を生む。夏は日本みたいにむし暑くはなく、台風も来ない。楽しいヴァケイションの季節だ。そして収穫の秋がすぎてどんどん日が短くなる頃の寂しさは、それも芸術を生む。 ドイツでオクトーバー・フェストがありフランスでボジョレ・ヌーボーが出てくる。10-11月をこえるともう一気にクリスマス・モードだ。アメリカのクリスマスはそこらじゅうからL・アンダーソンの「そりすべり」がきこえてくるが、欧州は少しムードが違う。

思い出すのは家族を連れて出かけたにニュルンベルグだ。大変なにぎわいの巨大なクリスマス市場が有名で、ツリーの飾りをたくさん買ってソーセージ片手に熱々のグリューワインを一杯やり、地球儀なんかを子供たちに隠れて買った。当時はまだサンタさんが来ていたのだ。そこで観たわけではないのだがその思い出が強くてワーグナーの「ニュルンベルグの名歌手」は冬、バイロイト音楽祭で聴いたタンホイザーは夏、ヴィースバーデンのチクルスで聴いたリングは初夏という感覚になってしまった。

クリスマスの音楽で有名なのはヘンデルのオラトリオ「メサイア」だ。この曲はしかし、受難週に演奏しようと作曲され実際にダブリンで初演されたのは4月だ。クリスマスの曲ではなかった。内容がキリストの生誕、受難、復活だから時代を経てクリスマスものになったわけだが、そういうえばキリストの誕生日はわかっておらず、後から12月25日となったらしい。どうせなら一年で一番寒くて暗い頃にしておいてパーッと明るく祝おうという意図だったともきく。メサイアの明るさはそれにもってこいだ。となると、ドカンと騒いで一年をリセットする忘年会のノリで第九をきく我が国の風習も捨てたものではない。メサイアの成功を意識して書かれた、ハイドンのオラトリオ「天地創造」も冬の定番だ。

チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」、フンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」はどちらも年末のオペラハウスで子供連れの定番で、フランクフルトでは毎年2人の娘を連れてヴィースバーデンまで聴きに行った懐かしの曲でもある。2005年末のウィーンでも両方きいたが、家族連れに混じっておじさん一人というのはもの悲しさがあった。ウイーンというと大晦日の国立歌劇場のJ・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」から翌日元旦のニューイヤー・コンサートになだれこむのが最高の贅沢だ。1996-7年、零下20度の厳寒の冬に経験させていただいたが、音楽と美食が一脈通ずるものがあると気づいたのはその時だ。

さて、音楽そのものが冬であるものというとそんなにはない。まず何よりシベリウスの交響詩「タピオラ」作品112だ。氷原に粉吹雪が舞う凍てつくような音楽である。同じくシベリウスの交響曲第3、4、5、6、7番はどれもいい。これぞ冬の音楽だ。僕はあんまり詩心がないので共感は薄いがシューベルトの歌曲「冬の旅」は男の心の冬である。チャイコフスキーの交響曲第1番ト短調作品13「冬の日の幻想」、26歳の若書きだが僕は好きで時々きいている。

次に、特に理由はないがなぜかこの時期になるとよくきく曲ということでご紹介したい。バルトーク「ヴァイオリン協奏曲第2番」、プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」がある。どちらも音の肌触りが冬だ。ラヴェルの「マ・メール・ロワ」も初めてブーレーズ盤LPを買ったのが12月で寒い中よくきいたせいかもしれないが音の冷んやり感がこの時期だ。そしてモーツァルトのレクイエムを筆頭とする宗教曲の数々はこの時期の僕の定番だ。いまはある理由があってそれをやめているが。

そうして最後に、昔に両親が好きで家の中でよくかかっていたダークダックスの歌う山田耕筰「ペチカ」と中田喜直「雪の降る町を」が僕の冬の音楽の掉尾を飾るにふさわしい。寒い寒い日でも家の中はいつもあったかかった。実はさっき、これをきいていて子供のころの雪の日の情景がよみがえっだのだ。

 

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クラシック徒然草-ハイドンの交響曲の魅力-

2014 NOV 16 2:02:49 am by 東 賢太郎

いままでハイドンについて書きたいが書けないままにきていた。

ハイドンは僕にとってかけがえのない作曲家だ。ところが、ハイドンの交響曲でどれが好きか?と自問するとこれが難しい。104曲もある。全部きくだけでも大変だ。最後のほうは甲乙つけがたい。宝石を並べられて、さあどれを選びますかと問われた気になる。ダイヤ、サファイア、ルビー、オパール、エメラルド・・・困ったものだ。

Haydn_portrait_by_Thomas_Hardy_(small)どうして宝石?それはただ美しいということではない。僕がいま思い浮かべているのは宝飾品に巧みに加工されたジュエリーではない。原石だ。高度に結晶化した高純度の石である。クラシック音楽を広く見渡しても、ハイドンほどそれを連想するものはない。

むかし受験勉強で数学にハマっていたころ、「問題文の短い問題」に凝っていたことがある。1、2行で短いけど簡単に解けない。いや、勉強不足だと手も足も出ない。何かそこには神様の創った真理の秘密がぎゅっと固めに詰まっていて、問題自身が美しい。高純度の原石なのだ。

10行もあってごちゃごちゃとした問題。神様はそんな汚いのは創らない。下僕の人間界で事務処理能力を競うだけの問題だ。誰だって腕ずくでかかれば解ける。20行もかけて解いた答案。しかしこれも汚らしい。

短い問題を、ぎりぎりまで一文字でも切り詰めて短く解く。Simple is beautiful. それが真理に最も近い、だから美しくて当然なのだという、これは美の基本原理である。音楽だって絵画だって料理だって、美と名のつくものはみんなおんなじだ。

ハイドンはその「短い解答」を思い出させる。J.S.バッハの音楽が神の手を思わせるものなら、もうすこし人間の息吹を感じるものだ。人が手で書いた見事な答案。

バッハが音で数学をすることはあっても戯れ事をすることはない。ハイドンは数学はしないがユーモア(humour)のかたまりだ。人間(human)の仕業にして無駄がない。だから満点の数学答案である。

といって、なんら小難しい音楽ではない。彼はエステルハージ家の楽長というサラリーマンであり、ご主人様をエンターテインするのが仕事だ。その目的にかなうべく100%合理的な答案を104個も書いたということである。

音楽は音によるプレゼンテーションである。それを音声と文字ですればビジネスや学問のプレゼンである。メディアが違うだけで形式論理は応用が効く。プレゼンがうまくなりたければ、ハイドンの交響曲に最高の知性によるヒントがつまっている。

簡単だ。速い2つのソナタ楽章に緩徐楽章とメヌエットをはさむマクロ構造、ソナタ楽章のソナタ形式がミクロ構造という2層の骨格を形成するDNAをもっており、この骨格が交響曲というフォーマットを定義するようになった。交響曲の父とされるゆえんである。

そのDNAを保ちつつ進化するためにソナタ形式より中間楽章が変形する傾向がある。ベートーベンがメヌエットをスケルツォに入れ替え、さらにワルツや行進曲も現れる。アンコがかわっても皮が残ればまんじゅうはまんじゅうという主張だ。

しかし同時に皮とアンコの素材がリッチになってくる。オーケストラが肥大化するのだ。オペラハウスでそれをしたワーグナーの流儀が交響曲に入る。ブルックナーとマーラーがそれの代表だ。そしてそれに反抗したのがブラームスである。

一般にそれはワーグナー派とアンチの2極対立とされるが皮相的な見方だろう。ブルックナーとマーラーは全然ちがう。ブルックナーは神の啓示を描くのに教会が必要だった。だから彼のオーケストラはオルガンを模したものだ。それに違和感はない。

マーラーは人を、というよりほぼ彼自身に模したドラマをデフォルメしたような音楽を書いた。少なくとも僕にとっては。その劇には大きな、千人もいるような管弦楽と声を要した。「まんじゅうはまんじゅうだ」はいい。しかし僕はこの肥大化にはたえがたい。

skillfulがbeautifulとは限らない。バッハの無伴奏ソナタが千人の交響曲にヴァイオリン1丁だからという理由で劣るわけではない。ファンには大変申し訳ないが、10行の美しくない問題を30行もかけて長々と解いたあんまり賢くない数学の答案用紙を連想してしまうのだ。不純物の混ざった宝石は大きくても安い。

ハイドンは交響曲はどれを聞いたらいいのか?

特に有名なのはあだ名がついている94番(驚愕)、96番(奇跡)、100番(軍隊)、101番(時計)、104番(ロンドン)あたりだ。どれも名曲であるし、クラシック好きでマーラーは知っているがこれらを知らないというのではお話にならない。

これらはみな1791年、つまりモーツァルトが死んだ年より後に書かれた「ザロモン・セット」と呼ばれる93-104番の12曲に含まれる。その12曲がハイドンを代表する看板作品であることを認めたうえで、しかし僕は1785‐6年に完成した82-87番の「パリ・セット」が人気でやや劣後していることをいつも不可思議に思っている。

そして76-78番、90-92番という2つの「トリオ」がモーツァルトの「3大」作曲の動機に関与したかもしれないという関心事についてはさらに飽きることを知らない。つまりモーツァルトの死後の作品群よりも、両巨人の共振があったかもしれない60-92番に僕なりのストライクゾーンがある。

共振を疑う方もいらっしゃるかもしれない。

僕はそれを確信している。たとえば60番「うかつ者」は1774年の作曲で18歳だったモーツァルトに無縁に思えるが、その第3楽章メヌエットのトリオ(ハ短調)に同じ調のピアノ協奏曲第24番K.491の冒頭がきこえて本当にドキッとする。それはWikiにのってもいない78番にもある。

やはりWikiにない75番にもモーツァルトのイディオムをたくさん聴きとることができる。パリとザロモンの狭間にあって、82番以降で最も評価の低いのが89番である。しかしこの曲にはモーツァルトのピアノ協奏曲第25番K.503と血縁関係を感じさせるパッセージが現れる。

それはここに書かなかったが(モーツァルト ピアノ協奏曲第25番ハ長調 K.503)、非常に興味深いことにK.503の作曲は86年、89番は87年であり、これはモーツァルトに由来するという逆の事例かもしれないのだ。同曲の第2楽章にはモーツァルトが偏愛して魔笛を特徴づけるバス進行も現れる。

ご関心あればまだまだ共振を裏付けると思われる例をお示しすることができる。かように60番以降、ザロモン以前というゾーンは興味の尽きない宝の山であり、モーツァルトをそこそこ聞いている方にはぜひ探訪をお薦めしたい。

そこまで関心はないという方も、ザロモン・セットを気に入ったならそれ以前のものも。104曲全部というわけにもいかないから名前がついているものだけでも。特にパリ・セットの82、83、87番は掛け値なしの名曲であり知らずんば人生もったいない。

最後にひとこと。総じてハイドンの交響曲は愚にもつかないニックネームがつけられており、「熊」だ「校長先生」だとシリアスな聴き手の意欲をそぎかねない名前が並ぶ。ベートーベンの曲に「めんどり」なんてのが現れることは想像もつかないだろう。パリ・セットなどずいぶんそれで損をしていると思う。

しかしそれらはすべて作曲者によるものではない。どうか素晴らしい音楽に虚心に向き合っていただきたい。

 

(こちらもどうぞ)

クラシック徒然草-ハイドン交響曲クイズ-

 

 

 

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ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(原題・ブラームスはマザコンか)

2014 OCT 8 21:21:47 pm by 東 賢太郎

本稿は原題が

クラシック徒然草-ブラームスはマザコンか-

であり、自分で好きなブログの一つです。原文には手は加えず、「ピアノ協奏曲第1番ニ短調」の部分を書き加えます(2016年1月31日~)。

・・・・

ブラームスの音楽がどういうものか、それを知るには伝記や評論を読むことも大事だが、なによりその音楽にどっぷりとつかってみることだ。もちろんそれはモーツァルトでもベートーベンでも言えることだが、彼らの音楽は伝記で知った生き様や性格からくる印象とそうずれることはない。モーツァルトは恐らくあの音楽どおりの男だったろうし、ベートーベンの生きるための信条、ステートメントは9曲のシンフォニーにだけでも雄弁に語られていると思う。

ブラームスの人となりはどうもつかみにくい。彼の生涯についてはガイリンガー著『ブラームス 生涯 と芸術』など多くの著作があるが、書かれているような人だったかどうかはわからなくなることがある。それが、音楽を聴くことを通してなのだからいよいよややこしい。どこか優柔不断であり、寡黙な節度と奔放な振幅、繊細でいて無頓着、情熱的でいてシャイ、頑迷なのに優しく、神のように高貴でいてジプシーの様に粗野という本質的矛盾をたくさん秘めている。どっぷりつかると五里霧中になるという迷彩のようなものがブラームス・ワールドの入り口だ。

僕は彼はアレグロやプレストを書くのがへただと思っている。音楽が軽やかに滑らかに一直線に走らない。主題がハイドンやモーツァルトのように細身でしなやかでなく、紆余曲折をたどって快速で走りだすと機関車の疾走みたいにモメンタムがつく。ソナタ形式の外形としてのアレグロは書いても本音は遅い部分に聞こえる。宗教曲以外で神や自然をストレートに暗示、賛美、模倣することもない。ドラマティック(劇的)であからさまな感情の吐露を忌避しているのも顕著だ。だから合唱曲はたくさんあって声楽の作曲に非常に長けているのに、劇的そのものであるオペラがない。

それはマーラーがオペラを書いていない(未完に終わった)のとはわけが違う。マーラーという人はプロのオペラ指揮者だ。オペラをメディアとして知り尽くしており、人生を劇的に理解する性向があり、恐らくそれが故にストーリーのあるオペラは自己を投影し感情を吐露することに向かないことを知っていた。白いキャンバスである交響曲こそ彼の「私の履歴書」に好適のメディアであったのだと思う。最晩年のベートーベンがそれを弦楽四重奏曲に見いだしたのと同じ意味で。交響曲を4つ書いたブラームスは、しかし、どうだったのだろうか。

彼はロマン派の時代に生まれながら古典の枠組みに本質的な音楽美を見出そうとしたように見えるし、多くの伝記や著作がそういう意味のことを書いている。たしかにソナタ、変奏、シャコンヌなど鋳型に執拗にこだわっており、その作りが堅牢巧緻きわまりないことは譜面から理解できる。一方、先輩のシューマンは反対に自由でファンスティックな発想に長け、ピアノ協奏曲が元々は幻想曲であり後から第1楽章の鋳型に入れられたことが象徴するように、彼の交響曲や室内楽にあるのはソナタ形式であるための必要条件としての鋳型であって、それ自体がブラームスの場合のごとく絶対無比の意味合いを持って我々を説得するとはいいがたい。

そうしたブラームスが頑強に形式論理が情緒に流されることを拒否する姿勢は新古典主義と呼ばれ、ストイックであることを是とする人々にポジティブに評される場合もあるが、それをもって彼の主義とするほど自己の吐露を全面的にそれに依存したものだとは僕は思わない。それは彼のいわば鎧(よろい)のようなもので、同時代の他人にも後世にも開示したくない何物かを覆い隠すすべだったのではないかと思っている。この点は本稿でもっとも強調しておきたいことだ。

彼の4つの交響曲、それが彼の押しも押されぬ代表作であり、彼自身もそう考えており、現に僕自身もっとも聴きこんだクラシック音楽がどれかといえばその4曲であるわけだが、マーラーの場合の様に彼の「私の履歴書」がその4つの交響曲かというと、どうも違うという気がしてならない。「名刺」ではあってもそうではないかもしれないと思ってしまう。ここのところこそが、ブラームスという作曲家を知れば知るほど五里霧中となってしまう要諦なのである。なにか僕は彼の二重三重にはりめぐらされた用意周到な煙幕にまかれているような感覚を禁じ得ないのだ。

鎧を纏っているブラームスの生身、その本質はロマンティックどころか非常にセンティメンタルである。27歳で書いた弦楽六重奏曲第1番変ロ長調の第2楽章がその例だ。

これはなんだったか映画にも使われていた。音楽の方から映画ができてしまいそうなほど耳にまとわりつく感傷的なメロディーだ。

彼がシューマンの奥さんであるクララに好意を寄せていたことはすべての伝記作家が慎ましくあるいは積極的に肯定しているが、この曲やピアノ協奏曲第1番の第2楽章は、彼の好意というものがそんな淡くて生やさしいものではなかったことを物語っているように思う。この曲の最後の方、チェロが沈黙して高弦だけでひっそりとハーモニックスのような音を奏でる部分は、恋人たちが死んで魂が浄化されるかのようなイメージを僕は持つ。晩年のクラリネット五重奏曲にもそれを見るが、ワーグナーの作り物だけの愛の死などよりずっと危険なにおいがする。

そのブラームスが20歳で書いてシューマンに意見を求めたピアノソナタ第3番ヘ短調は、はじけんばかりの情熱と挑戦意欲に満ちた5楽章の大作である。アレグロ・マエストーソで開始するこのパッションは、しかし若者の雄叫びのようなどこか外形的なものだ。僕にはそう聞こえる。そして第2楽章Andante espressivo には「若き恋」という詩が冒頭に置かれている。彼の本質はここにひっそりと姿を見せている。彼が本音をソナタ形式の鎧で包むという、それこそ本音の人間性を構造的に見せてしまっているという意味で、この曲はまさに若書きである。

そういう本質を見抜かれたくなく、あえて隠すための古典主義の鎧だったのかもしれない。そうだとするとなぜだろう。何を隠したかったのだろう?シューマンが亡くなってからのクララとの関係にそれを解く鍵があるのかもしれないとの指摘は多いだろう。彼の両親が結婚したとき、父親は24歳、母親は41歳だった。17歳上の姉さん女房である。思うに、彼自身がその24歳前後になったころの理想の恋人像がクララ・シューマンという14歳年上の現実の女性に一気に収斂していったということはここで指摘するまでもなく多くの人の想像や下世話な憶測をも呼んでいる。

以下、法学者、ピアニスト、音楽評論家であられた藤田晴子氏の著作を参考にさせていただいたことをお断りする。

クララの長女マリーが記したところによると、ブラームスとクララは1886年にお互いに相手からもらった手紙を返しっこしたそうだ。クララはそれを廃棄し始め、マリーが子供たちのためにそれを残してほしいと懇願して全部の廃棄は免れた。そうして残っているのだけでも約800通もある。チャイコフスキーのフォン・メック夫人のように手紙だけのつき合いとは違い、一緒に過ごした時間に交わされた生の会話はもっと重要だったろう。なにせ1853年から96年までの44年分だ。それはクララにとっては35歳から77歳までの後半生だがブラームスにとってはシューマンの尽力で楽団に登場した20歳から死ぬ前年の63歳まで、つまり作曲家としての全ての期間をカヴァーしてしまう。

ここからは私見になるが、17歳年上の女性と結婚した彼の父親は女性依存の強い人、今でいわゆるマザーコンプレックスだったのではないだろうか。そしてその家で育った息子の方も。彼はクララからお金持ちのお嫁さんを早くもらいなさいと母親のように言われており、間にすきま風が吹いていた期間も何度かある。クララの娘に恋情をいだいたこともある。それでも彼は生涯にわたって新作をクララに送って意見、批判を仰ぐことをやめていない。「作曲家ブラームス」は精神的にクララに依存していたといって間違いではないだろう。彼が同時代の他人に、後世に、決して知らしめたくなかったことはそれに関わることではないかと思うのだ。

晩年のクララが音楽的に頑固な保守主義者となり、ワーグナーやリストに背を向けたという事実は注目に値する。それはブラームスという後継者が現れたことを心から喜び、それを広く紹介してから世を去っていった夫ロベルト・シューマンの音楽の敷いた路線でもある。その夫の音楽を各地で演奏して広めていくという献身的な活動は、クララの生涯にわたることになる。そのことをブラームスが内面においてどう受け止めていたかは大変に興味深い。その女性の精神的支配下にブラームスがあったから、彼の音楽性がロマン主義的であるにもかかわらず常に古典主義の衣装を纏い続けたという説明はもっともらしいが皮相的だろう。事はもっと深層心理的なものだ。

マザコンという言葉が奇矯に響くかもしれないが、誰しも子供時分は母親の強力な影響下にあるのが一般的だろう。それがどう残るかということであって、それは程度の問題ではないだろうか。僕の母は「男子厨房に入らず」を頑として貫徹して育ててくれた。家事能力はなしで今も家庭においては全面的に女性依存となったが、そのおかげで好きなことばかりを伸び伸びとできていっぱしに食えるようになったのだから感謝以外の言葉もない。しかし、もしそれが仕事でも女性依存となれば僕はもたない。男としての精神的基盤が崩壊してしまうだろう。

th6いくらクララが当代きっての名ピアニストではあってもシューマン未亡人ではあっても、彼女がブラームス以上の作曲家であの4つの交響曲以上のシンフォニーを書く能力があったわけではない。自己を存立させる基盤である仕事、人生をかけている作曲というものにおいてそれが女性依存に支えられたものだったかもしれないというのは僕にはとうてい信じられないが、ブラームスにおいてはそうだったのかもしれない。彼はチャイコフスキーやショパンがフォン・メック夫人やジョルジュ・サンドにもらっていたものとは違う何かかけがえのないものをクララから得ていたのだと思う。1896年、77歳で彼女が亡くなった翌年、ブラームスも後を追うように世を去った。63歳だった。

ピアノ協奏曲第1番 ニ短調作品15はシューマンが亡くなった翌年、ブラームス24歳の大作だ。父親が結婚した年齢である。ブラームスはクララへの手紙でその第2楽章アダージョについて、「あなたの穏やかな肖像画を描きたいと思って書いた」 と綴っている。これは音楽のラヴレターにほかならない。秋の夜長、じっくりとお聴きいただきたい。

・・・・

ピアノ協奏曲第1番ニ短調ニ短調作品15

ブラームスが24才で書いた最初のピアノ協奏曲である。ご参考までに、大作曲家たちが最初のピアノ協奏曲を書いた年齢はおおよそこのようになる。

モーツァルト11、メンデルスゾーン13、ラフマニノフ18、ショパン20、プロコフィエフ21、サンサーンス23、グリーグ24、リスト24、ウエーバー24、ベートーベン25、ショスタコーヴィチ27、ガーシュイン27、シューマン31(完成稿)、フンメル33、ハチャトリアン33、チャイコフスキー35、ドヴォルザーク35、バルトーク45、ラヴェル55

ブラームスは比較的若くに随分重い曲を書いたものだと思う。交響曲を書こうとしてベートーベンの壁に当たり、2台のピアノのソナタが発展してこの協奏曲になったとするのが通説だ。壁の存在は第1交響曲を書くまでの年数が明らかにしているわけで事実だが、それとともに影響したのはクララの存在の重みではないか。

そう思いあたったのはロンドンに赴任して間もないころ、ロイヤルフェスティバルホールでのことだった。スティーヴン・ビショップ・コヴァセヴィッチのピアノが何かを訴えかけ、アンタール・ドラティの伴奏に何かを見た。そういうことというのは音楽鑑賞においてそうあるわけではないが、そのとき僕は1番を初めて知った。

その前か後にやった交響曲第1番は残念ながらちっとも覚えがなくて、これだけが残っている。ドラティという大指揮者を聴いたのはその一度だけなのだけれど、あの演奏は不思議な律動があって、それが自分の奥底に響き、記憶に焼きついている。ひょっとして1番には若いブラームスの恋の熱でも封じ込められていて、やる方も聴く方もそれに共振できるかどうかなんじゃないかと思ったりもした。

これが第2楽章のピアノの入りだ。第1楽章の入りも憂いと慕情に満ちているが、これは自分で弾いたらわかる。恋してない男が書けるものではない(第1ピアノのほう)。

brahmsPC1

もうひとつ、非常に印象的なシーンがこれだ。終楽章のコーダの入り、ホルンが期待と憧れに満ちた上昇音型をppで吹く。それが木管に広がり、最後はフルートが受け取って感動的な至福の場面をつくる。

brahmsPC2

交響曲第1番の第4楽章に出てくるアルペンホルンを模したホルンの主題は、クララの誕生日を祝う手紙の中で「高い山から、深い谷から、君に何千回も挨拶しよう」という歌詞が付けられている。ラブレターなのだ。そして読者はその場面で、ホルン主題をフルートが受け取ることをご存じのはずだ。

 

名曲ゆえおすすめCDは数多あるが、①意外に女性が弾いてない②名手でもミスタッチのまま録音をOKしているケースが多い、ことで不思議な曲だ。要は技術的に難しいのだろうが、もっとそうである2番は女性がけっこう弾いている。テンペラメントの問題なのだろうか。

 

アルトゥール・ルービンシュタイン / ズビン・メータ / イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

941ルービンシュタイン(1887-1982)の1976年の録音だ。24才の恋の曲と書きながらなぜ89才のピアニストの演奏なのか?聴いていただくしかない。僕の父も91で達者至極だが、記憶力はともかくこの指の回りはイメージできない。終楽章コーダはさすがに苦しいが、だからこそメータもオケも深い敬意をもって老ピアニストを支えているのがわかる。ルービンシュタインというと何とかの一つ覚えでショパンとなるが、彼自身は好きな作曲家はときかれ、ブラームスと答えている。

 

ジュリアス・カッチェン /  ピエール・モントゥー / ロンドン交響楽団

41DNVH0H64Lピアノの素晴らしさでは僕はこれがいちばんと思う。どこがどうではなく、こういうものだという感じを最も受ける。モントゥー(1875-1964)84才の録音だ。モントゥーによると、ブラームスはウィーンで彼がヴァイオリンを弾く自作の弦楽四重奏を聴き、「私の音楽をうまく弾くのはフランス人なんだね。ドイツ人はみんな重すぎてだめだ。」と言ったそうだ。モントゥーというとこれまたフランス物となっているが、彼自身は最も敬愛する作曲家はときかれ、ブラームスと答えている。

 

ウイルヘルム・ケンプ / フランツ・コンヴィチュニー / シュターツカペレ・ドレスデン

POCG-90123ゆっくりと始まる。ピアノを導くオケの律動は誠に見事。上記2盤にない古色蒼然たるドイツの味わいをコンヴィチュニーが存分に聴かせて魅力が尽きない。ホルンや木管を聴いてほしい。このオケはもはやこういう音はしないが、法隆寺を近代建築法で改装するような愚をなぜ犯したのか理解に苦しむ。ケンプのピアノは時にメカニックの弱さを感じることがあるがここでは立派で、第2楽章は誠に滋味あふれる名演だ。良い1番を聴いたという充足感がずっしりと残る。

 

ラドゥ・ルプー  /  エド・デ・ワールト / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

uccd-4561_rPH_extralarge出だしのオケの序奏部から彫が深く引き込まれる。理想的なテンションとテンポ、こくのあるティンパニ、この著名な録音、ピアノニストばかり誉められるが指揮の方もこのまま交響曲をやって欲しいほどで全録音中でもトップクラス。僕はこれが一番好きだ。そこにそっと寄り添ってくるルプーのデリケートなピアノ、この剛毅と抒情の対照は実に捨てがたく、この曲の本質を見事についている。ルプーはモーツァルトの17番k.453をフィラデルフィアで聴いたが、第2楽章のppなどライブでもこういう音がしたのを思い出す。

 

ルドルフ・ゼルキン / ジョージ・セル / クリーブランド管弦楽団

71fhCaNeR7L__SL1077_入試合格直前の74年11月末に1、2番の入ったLP(右のジャケットだった)を買って熱中していたが、これで落ちたら馬鹿の余裕だったからいい度胸だった。久しぶりに聴きかえし、各所でああなるほどこれだったとひざを打つ。2番で書いた通り、オケが楷書的で2台ピアノ版を想起させるほど競奏の味わいに満つ。オン気味に録られたゼルキンの技は切れているが上記②のミスタッチはあってなぜかそのままだ(終楽章冒頭など)。セルの指揮はアンサンブルの精度に絶句。こんなに研ぎ澄まされたオケの音はもうどこからも聞けない。襟を正して聴くしかない、立派の極致。

 

伊藤恵 / 朝比奈隆 / 新日本フィルハーモニー交響楽団

asahinaなにやら指揮者の気迫のこもったものものしい開始。どっしりした重心の低いオケがたっぷりしたテンポでロマンティックに歌いこむ。大変にブラームスにふさわしく絶賛したい。そしてひそやかに入ってくる伊藤のピアノがやがて高揚し、オケに添ってバスを効かせつつもロマンの味をたっぷり湛える。朝比奈が「伊藤君は男ですから」と冗談めかして誉めたピアノは心のひだをとらえて本当に素晴らしい。男と並べても当曲ナンバーワンクラスの名演であり、ライブの熱さもあり、僕はこのCDが大好きである。

 

ヤコブ・ギンペル/ ルドルフ・ケンペ / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ginpel昼休みだった。会社の裏通りをなにくれとなく歩いて鄙びた雑貨屋にふらっと入った。そこにこれが、捨てられたようにあった。17.95マルクの安売り。その時の喜びったらない、今でもはっきり覚えてるぐらいなんだから。94年あたり、フランクフルトでのことだ。欲しいと思っていたディスクだった。聴いてみるとなんとも硬派だ。これがドイツのブラームスでなくてなんだろう。ケンペとBPOのごつごつ角ばった音作り、ホルンの重い音。白眉の第2楽章は遅めのテンポでロマンを語りぬく。昔の恋の述懐のようだがギンペルのピアノは媚のかけらもなく硬質で辛口。それゆえに上記楽譜のホルンの上昇音型がなんと感動的に響くものか!男のブラームス。音楽は弾く者の人生を語るのだ。ごつごつした木目もあらわな千年杉の一刀彫のような風情。僕はこのCDに浸るのが無上の喜びだ。きれいに表面の整ったつるつるのプラスチックみたいな現代の演奏。テクニックがどうの、ミスなく弾くことがどうのなどくそくらえである。

 

 

 

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テツラフ・カルテットを堪能(ベートーベン弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132)

2014 OCT 8 1:01:57 am by 東 賢太郎

紀尾井ホールにて。現代屈指の実力派であるドイツのヴァイオリニストのクリスティアン・テツラフ、チェロに妹のターニャ(ドイツ・カンマーフィル首席)、第2ヴァイオリンにエリーザベト・クッフェラート(バンベルク響元コンマス)、ヴィオラにハンナ・ヴァインマイスター(チューリヒ歌劇場管コンマス)という豪華カルテットである。もちろん常設団体でないからやるときでないと聴けない。どうしても聴いてみたかった。彼らへの興味、そして大好きなベートーベンの15番がプログラムにあったので。

まずモーツァルトのハイドンセットから第15番ニ短調K.421だ。面白い。この曲は隣りの部屋でお産をしているコンスタンツェの悲鳴を聞きながら書いたという説がある。初めは俗説と思って無視していたが、この音がそれに比定されているのかな、モーツァルトの潜在意識にあったかなというフレーズはあるようにだんだん思えてきた。しかしこの演奏はそういうこととは無縁な純音楽的アプローチだ。

波打つような抑揚、深い呼吸で音楽に立体感があり音に透明感がある。第1楽章提示部の終わりの部分、第2VnとVaの細かい同音三連符は、僕の好みだが、もう少し音をスタッカート気味に粒だたせて弾いてほしかったが(フィガロにつながる天才的な音なんだから・・・)。終始気に入ったわけではないが、終ってみて良いものを聴いたなと体が満足しているのに気づいた。いつでもそうなるわけではない。

次はびっくりした。イェルク・ヴィトマン(1973~)の弦楽四重奏曲第3番「狩りの四重奏曲」だ。弦から出るありとあらゆる特殊奏法音、キーキー、ギーギー、ピーピー、ガリガリ、ゴリゴリ、パチパチというノイズと奏者のかけ声、弓を振る風の音を駆使して狩りを活写したリズミックで快速の曲だ。きれいな楽音はほとんどない。それで音楽になるのだから驚きだ。音楽ってなんだろう?少々考え方に変革を迫られる強烈な体験であった。

最後のベートーベンの第15番イ短調作品132が今日の目当てだ。この曲の第3楽章「リディア旋法による、病が癒えた者の神に対する感謝の歌」はベートーベンが書いた最も崇高な音楽の一つとして有名だが、そればかりではない。第1楽章も深遠だ。このチェロの開始こそバルトークの弦チェレ冒頭に結実したと僕は思っているし、第2Vnによる第2主題はブラームスに展開部はシューマンにこだましている。

難聴の精神的危機を乗り越えたベートーベンは弟の死、最後の失恋、腸カタルなど再度、再々度の危機に直面し、第9、最後の3つのピアノソナタ、ミサ・ソレムニスを完成した。その後、ピアノ、管弦楽ではなく依頼されたカルテットによる作曲に集中した彼は、最後にたどり着いた晩秋の透明な境地を無心にスコアに書きつけた。その澄んだ青空のごときものを含んだ作品群が12番以降の後期の四重奏曲である。

その5曲に思うことは、明確な旋律、和声、リズムはもはや彼の主眼にないことである。多楽章形式、対位法、フーガを採用し、美しい音楽ではなく心の真実の吐露を委ねた。ロマン派への一里塚となったと同時に主題は抽象化の度合いを高め、ブラームスを経て新ウィーン楽派、バルトークへの水脈も用意した。15番は4楽章で着想されたが腸カタルにより作曲が中断、3か月での回復の喜びと感謝をこめる意味でモルト・アダージョ~アンダンテ(第3楽章)が加えられた。5曲のうちでは旋律が明確なものに属する。

この15番はまぎれもなく過去聴いた最高のものだった。ターニャのチェロ(1776年グァダニーニ)の音は究極の美音といえ、同質の音であるヴィオラと完璧に一体化して2丁のヴァイオリンの織りなす音の綾にからみ、第1楽章の音のタペストリーの陰影が4人のソリストによって立体感をもって提示される。こんな上質の音楽はめったに聴けるものではない。

ノンヴィヴラートで調和する第3楽章アダージョは神秘的に美しいばかりでなく、未曾有の求心力で会場を包み込み息をのむばかり。本来は第9の終楽章だった第5楽章は堅固な構築感と推進力でもって堂々と閉じられる。感服。アンコールはハイドンのト短調作品20の3からメヌエットであった。

こういう見事なカルテットは音楽の王道だ。聴衆は音や旋律の美しさに酔うわけではない、4人の奏者の「気」に引きこまれ彼らの発するオーラに打たれるのだ。ひとりでは出ないが100人もいる必要もない。ぎりぎりに切り詰めた必要十分なアンサンブルこそ最も心を揺さぶることを今日教わった。

 

(補遺、16年2月7日)

15番の好きな録音としてまずこれだ。

カペー四重奏団 ( Capet Quartet )

312このフランスの名カルテットのベートーベンは傾聴している。一点の曇りもない明晰なアプローチで1928年(昭和3年)録音とはとうてい信じられない。ブラームスが自作のカルテットの演奏を聴いて「フランス人がいい、ドイツ人の演奏は重すぎる」と評したとピエール・モントゥーが述懐している(このフランス人とはモントゥー自身のことだが)。これはあくまで趣味の問題ではあるが、ベートーベン演奏においても僕は事大主義的に深刻で重くないtransperentなアプローチが好きだ。

 

イタリア四重奏団 (Quartetto Italiano)

4988005885135こちらのアンサンブルの透明度もすばらしい。この四重奏団の演奏はモーツァルトも全曲あって、得も言えぬ流れの良さが魅力だ。個々の奏者の完成度というよりも合わせ、合奏の熟成に重きがあって近年はあまり聞かないタイプとなってしまったが、弦楽四重奏の面白さは元来がこういうものだと思う。これだけ力まずごつごつもせず流れるベートーベンも希少で第3楽章も深遠というより不思議な温かみがある。この見事な弦の調和は簡易なPCではだめでオーディオ装置とそれなりのスピーカーで味わいたい。

 

(こちらへどうぞ)

モーツァルト 弦楽四重奏曲集 「ハイドン・セット」

シューマン弦楽四重奏曲第3番イ長調作品41-3

バルトーク 弦楽四重奏曲集

 

 

 

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クリストファー・ホグウッドの訃報(追記あり)

2014 OCT 4 2:02:01 am by 東 賢太郎

LP時代の末期である80年代初頭にホグウッド指揮エンシェント室内管弦楽団のモーツァルト交響曲全集がオワゾリールというレーベルから出てきて、世の耳目を集めたのは古い音楽ファンならご記憶と思う。当時、モーツァルトに入れ込んでいた僕は大変関心を持ったのだが、いかんせん金がなくて買えなかった。そりゃそうだ、CDに焼き直しても19枚もあるのだ。というのはモーツァルトは41曲と習っていたのがなんと71曲!もあるためであって、交響曲という概念の洗い直しによる拡大された概念での選曲がなされているからだった。

hogwoodこれを初めて入手したのはペンシルヴァニア大学在学中のことで、第31,35,38、39,40,41番と、リンツを除く有名曲が3本のカセットテープに入ったボックスであった(左)。貧困だった当時にして大投資であり、やっと手にしたことがよほど嬉しかったとみえてMay30,1983という日付と、Sam Goodyと買った店の名前まで記してある。安いCDボックスをまとめ買いできたりyoutubeで無料で聴けてしまうのが当たり前になった今、有難い世の中になったと思う反面、こういう入手の喜びというものが薄れてしまったことは新しい録音をきくことの重みまで取り去ってしまったようで少し複雑な気持ちである。

部屋でこれに耳を澄ましてみて、しかし、そう気に入ったわけではなかった。いかにオーセンティシティを謳われようと、ピッチの低さと共にこの古楽器オケの薄いヴァイオリンの音に抵抗があり、今でもその趣味はそのまま変わらない。やはり僕はベームのウィーンフィルやスイトナーのドレスデン・シュターツカペレの奏でる芳醇な弦への恋情が消えないのだ。

子供のころのモーツァルトはいいヴァイオリンの音を喩えて「バターのよう」と言っている。それはウィーンフィルみたいな音ではあってもホグウッドのオケの音じゃないのではと僕は解釈している。博物館に飾ってある楽器で弾くのは確かにオーセンティックな態度だが、出てくる音もそうとは限らない。

このモーツァルトは80年あたりから急速に広がる古楽器演奏ブームの開祖的存在であって、上述の交響曲の新分類法とともに楽器の選択と奏法の新奇さでも旧世界に殴り込みをかけた新機軸という気概がある。それはブリティッシュ・ミュージアムに結実している英国人の博物学精神の音楽版を観るようであり、知的刺激には富むものの、音楽的価値は同じく古楽器を駆使しながらヒューマニスティックな感興に富んだオランダ人フランツ・ブリュッヘンの演奏にはるか及ばないと思う(彼も亡くなったが)。

hogwood1それでも当全集に対する関心は消えず、ロンドン赴任時代にCDで欠けていたリンツを含む3枚組をこれも大枚はたいて買った。はたして音楽の印象は変わることなく、これ以後継続して購入する意志は失せた。ただ、これの良かったのは分厚い解説書の充実だ。英文をむさぼり読み、モーツァルトの管弦楽曲に関する最新の知見を得ることができたのは後々に非常に役に立つことになる。

ピッチの低さをのぞけば比較的いいと思っている第31番KV 297 、いわゆるパリ交響曲をお聴きいただきたい。

ホグウッドは後年、フルオーケストラを振ってロマン派までレパートリーに入れており、いくつか良いものがある。そのなかでもデンマークの作曲家ニルス・ゲーゼの交響曲集(デンマーク国立交響楽団)はとても味わいがある。

長年イギリスに住んでいて、とうとうホグウッドを聞く機会はなかったんじゃないだろうか、たぶん(仔細には覚えていないコンサートもたくさんあるが・・・)。結局、このモーツァルト全集のイメージが強かったんだろう。

 

(追記)

今日TVでやったN響との追悼、ストラヴィンスキー「プルチネルラ」は素晴らしかった。きびきびした音楽のアンサンブルをまとめる手腕に脱帽。

(補遺)

メンデルスゾーン ヴァイオリン・ソナタヘ短調 作品4

ヤープ・シュレーダー(Vn)/ クリストファー・ホグウッド(fp)

R-7332378-1439114343-8279_jpegシューベルトのソナタと組んだLPをロンドンで買った。英国人の古楽器への愛情は執念すら感じるが、これは夜長にそれとなく楽しめる。ホグウッドのフォルテピアノの音が典雅で好ましいからだが、指揮者の余技ではなくこれがもともと本業だから音楽性が高い。メンデルスゾーン16才の曲だが、彼の室内楽にはヘ短調が多い。書かなかったモーツァルトを意識してのことだろうか。

 

 

(こちらもどうぞ)

モーツァルト「ピアノと管楽のための五重奏曲」変ホ長調K.452

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

 

 

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クラシックは「する」ものである(6)ージュピター第4楽章ー

2014 AUG 9 13:13:48 pm by 東 賢太郎

「クラシックを歌う」、第5回です。それではいよいよオーケストラに参加してみましょう。

モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」の第4楽章です。チェロパートはほとんどコントラバスパートと同じ譜面(一番下)を弾きますが、一部分だけ別れます。わかりにくいので一番下のコントラバスを歌いましょう(音程はチェロのまま)。

女声だとオクターヴどうしても高くなります。低弦パートを歌って合奏として何ら問題ありませんが、より現実感があるという意味で女性は第1ヴァイオリン、フルート、オーボエから入り、より興味深い第2ヴァイオリン、ヴィオラに進まれるはどうでしょう?

まず、この曲はいままでよりもテンポが速いからそれに慣れてください。歌わないで目で追う練習が必要かもしれません。大事なことですが、他のパートは一切見ないでください(慣れない人はおそらくわからなくなります)。

拍子ですが「4分の4拍子」です。ですが四分音符を1・2・3・4と数えるより1・2/3・4と1小節を2つに割って1・2、1・2・・・と数えた方がいいでしょう(2分の2拍子に)。コントラバスパートだけを見て、イチ・ニ、イチ・ニと数を勘定しながら歌ってください。

イチでなく二から入る所があるので要注意です。速いところの音程はそこそこで結構、8分音符は速いのでタカタカ・・・と歌います。タンタターンタカタカタカタカタカタン、という風に。それでできます。

いかがでしょう?できるまで(できたと感じるまで)何度も挑戦されるとよろしいと思います。少々音程ははずしても「できた」と実感されることが大事です。

歌うのがどのパートであれ、音楽のあまりの見事さに打ちのめされるばかりです。

「モーツァルトが天才である」とは、誰かがそう言うからそうなのではなく、書かれた音符がそう実証していることです。こうして自分でその検証に立ち会うことで、初めて自分の言葉でそう語ることが許される。そう思います。

あくまで僕の場合ですが、この経験をすると「誰の指揮が良いか」等の議論は二次的なことになります。どんな名演奏に酔いしれるよりも、普通の演奏に自分で歌って参加する方がずっと楽しいからです。

つまり、その楽しみは演奏ではなく、スコアそのものが与えてくれることに気がつきます。以前のブログで「僕の拍手は作曲家に90%、演奏家に10%」と書いたのはそういうことです。

あえて申しますが、このモーツァルトのスコアを前にして、ベームとカラヤンのどちらの演奏が偉大かなど語っても仕方ありません。夜空を見上げて輝く星々を目にしながら、地球と月のどちらが大きいか考えるようなものです。

「スコアを読む」(score reading)とよく言います。これは何を意味しているのでしょうか。指揮者の方々は初見で全体の音が頭の中で聴こえる必要があるでしょう。そのためには移調楽器を含む全パートを歌えるのが当然の前提です。

僕らは単なる趣味ですからそこまで極める必要はないでしょう。ただ、鳴っている楽器の音符を図形としてあちこち目で追いかけるだけでは面白くない、やはり「する人」程度まではひとつひとつのパートを歌えるようになりたいというのが僕の願望です。

それが「読む」と言えるのかどうかは知りませんが、そうなれば音楽の深みがより味わえるというのはバッハのアリアでご経験済みと思います。素人にとってはそこまでいけばよろしいのではないでしょうか。

ドイツにいた頃ジュピターを全曲MIDI録音しました。G線上のアリアだとピアノで遊べますがこの曲になるともう僕の技術では弾けません。そういう場合にMIDIは強い味方になります。僕はPROTEUSとヤマハDOMという2台ののシンセサイザーをクラヴィノーバでパートごとに録音しPCに記録します。

音はダウンロードするのではなく全パートを自分の手で鍵盤で弾きます。音は生き物だからタッチがニュアンスに出ます。メトロノームは使いません。自分で自分の音と合奏します。そうしないとどこか機械的になります。それを積み上げれば50段のスコアでも演奏可能です。この過程で知ることが出てきます。

例えばこの第4楽章のフーガ風部分の入りで鳴るホルン、あるいは第3楽章のトリオでオーボエとからむファゴットなど、弾いていて実に気持ちがいいのです。これはオケのこのパートの人、たまらないだろう、うらやましいなと嫉妬を覚えるほど。

ですから自分もどうしてもそこをやってみたくなる。そう欲するかどうかが「する人」かどうかの分岐点だと思います。それにはもちろんホルン、ファゴットを習うのがベストになるでしょうが、それでもオケで両方を吹くのは無理です。全楽器を我がものにできるMIDIはそこでも強い味方です。

しかしもっと経済的で簡単な方法があります。両方とも歌ってしまえばいいわけです。ヴァイオリンを口笛で代用すれば、全曲にわたっていいとこ取りをする形で常にオケに参加していることができます。これが僕のお薦めすることです。

この方法が向かないのはピアノ、管弦の独奏曲です。agility(敏捷性)を売り物にする楽器は向きませんし、遅い曲でも打楽器的なピアノの音色に声はなじみません。しかしオケであればスコアが30段もある春の祭典でも不思議なマンダリンでも何でもできてしまいます。

それを50年やってきた結末として、主だった交響曲、管弦楽曲、協奏曲、室内楽、一部のオペラ、宗教曲はそうやって歌うレパートリーになってしまいました。それはビートルズのレコードに合わせて歌うのと何ら変わりません。クラシックのレコードやCDは、僕にとっては「カラオケ」です。

歌って踊って楽しむというのはそういうことです。日本ではクラシックは高尚なものだ、かしこまって聞くものだという考え方が伝統的です。たしかに、クラシックは非常に知的な側面を秘めた音楽です。しかし、そのこととpassive(受け身)に聴くかactive(能動的、自発的)に聴くかということはぜんぜん別の話です。

ここまでお示ししたことをじっくりおやりになってみて下さい。音楽好きの方で熱意さえあれば誰でもできると思います。

 

クラシックは「する」ものシリーズ、歌うだけでなくピアノを使ってオケに参加することもあります。あるいはギターでも結構です。もちろん楽器をお持ちでなければ歌っても結構です。次回はワーグナーの「ニュルンベルグの名歌手」より第1幕への前奏曲です。

 

クラシックは「する」ものである(7)-ピアノについてー

 

 

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