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「我が人生の修羅場ランキング」1位~5位

2025 DEC 9 3:03:31 am by 東 賢太郎

《本稿を愛猫フクに捧げる》

ありし日の貫禄のフク

この11月はたくさんのことが起きた。フクが急にいなくなり、大変に落ち込み、今も立ち直ったとは思えず彼がいたリビングで夜に寛ごうという気になれない。ソファの後ろあたりからひょっこり現れそうな気がしてしまうのだ。困ったものだが早く忘れようと思うことはない、それがなくなったらフクがもっと遠くに行ってしまう気がするから。 いっぽうで、ビジネスの方では次々と相談や案件が持ち込まれてきており、日記で勘定してみたら11月だけで12人も新しい方とお会いしているのだからこれはちょっと尋常じゃない。僕が早く立ち直れるように天国のフクが気を遣ってくれているんだろうか。

人間誰しも深く落ち込むことはある。反対に有頂天になることもある。そのどん底とピークの幅は人それぞれで、大きい方が良いのか小さい方が良いのかは一概には言えない。体験を聞いたところで主観だからきっちりと比較できるものではない。ジェットコースターの高低差と坂の勾配をイメージすると分かりやすいが、どん底とピークの入れ替わりが短期間に来たかゆっくり来たかによって残る印象がぜんぜん違う。簡単に言えば、キャー!の悲鳴が大きいか小さいかだ。

僕が小学校の頃、引っ込み思案で口数も少なく自己主張のない子だったことは誰も信じない。それを一番知っている自分でも、理由はというと説明に窮するところがあるのである。無い芽は出ないから何かの刺激があってこうなったはずなのだが、じゃあその刺激とは何だったのだろう。この度の落ち込みとビジネスの上げ潮で初めてそれを考えた。大きな高低差で同時だから大きなキャー!だ。そうか。大人になってしまう前に僕はそういうものに何回か遭遇し、それもものすごく大きなものだったからインパクトはすさまじく、魂の奥底に埋もれていた何かが発芽したに違いない。そう考えてティーンエージャーの頃から振り返ってみると、あっさり、それが5つあった。

しかしキャー!で終わりではない。5つの発芽によって、できなかったことができる人にじわじわと変身し、 5つはジャンルが別々だからいわば同時多発的にそれが起き、芽が体の中でがっちりと根を張って互いにクロスオーバーする感じになった。皆さん、車の運転は同時にいろんなことに神経を使うのではじめは教習所で苦労されたと思うが、慣れてしまえばどの1つも意識することなく全部が同時にスイスイとでき100キロ出しても全然平気になる。そんな感じだ。

それは大なり小なり誰にも起こることだで見過ごしていたが、先日にある方のブログを読んでいてこれだと思うものを見つけた。ホンダの創業者、本田宗一郎が「竹の節(ふし)」の話をしていたというのだ。

竹は節目があるから折れずしなやかに立てるが、節を作っているときは伸びが遅い。しかし、できあがると節ごとに一斉にすくすくと成長するから、成長点の数がたくさんある竹は先端だけ伸びていく普通の樹木に比べて急速に伸びる。

というもので、竹を人間に置きかえて、

苦労は無駄ではない。そこで人一倍の努力をするとそれが財産となって人は強くなり、まっすぐにすくすくと成長する。苦労が二度あれば二倍、三度あれば三倍成長する。

という喩え話となって、卒業式の校長先生の訓話に使われたりする。そうそう父からもきいたなぁと懐かしい。これだ。これが5つのキャー!によって僕の中に生まれ、がっちりと根を張って磐石となり、僕を別人にしてしまった物の正体だったのだ。しかし小学生には訓話は少々難しかった。少なくとも僕はわかってなかったが、いずれわかる日が来ると大人たちは竹の話をしてくれていたのだ。それにしても70年はずいぶんだねと父は草葉の陰で笑ってるだろうが、日本人の教育というのは何とすばらしいものなんだろうと感動を覚える。

そこで自分の「竹の節」をさぐってみようと思い立った。それにはまず、人間において節とは何かを定義しなくてはならない。「作っているときは伸びが遅い」というのだから普通に誰でもが味わう苦労、逆境、試練という程度のものではない。他人に遅れをとってしまうほど作るのが大変な何物かであり、不幸にして陥ってしまうのではなく自らが将来を見据えて意図的に作るもののようである。「折れずしなやかに立てる」というのだからすぐ曲がってしまう可能性のあるものではなく筋の正しいものだ。「できあがるとすくすくと成長する」というのだから切り抜けると重みを支える礎にも背を伸ばすエネルギーの供給源にもなるものだ。そしてそれが複数あってもいいと言っている。複数があればその全部がまさに同時多発的に伸び、先端の1か所でしか伸びない普通の人を軽々と抜き去っていくから節を作っているときの遅れなど気にしなくていい。そういうものだ。

以上を全部満たす特別な苦労の場をぴったりと表現する言葉がある。「修羅場」だ。仏教用語で神と神の血みどろの戦いの場というおどろおどろしい意味であり、戦争は比喩であるから殴り合いをした経験を指すわけではないが、隣り近所の些細ないさかいという程度のものでなく、普通のシチュエーションで語られる苦労や逆境や試練という程度のものでもなく、イメージとしてお伝えするならば、人生の先行きにもかかわる大きな壁や生きていくことへの支障にぶち当たり、ぬきさしならなくなり、抜け出そうと必死にもがくのだが全力を尽くしても足りず、 恥も外聞もなく一切をかなぐり捨て、天に助けてくださいと全身全霊を捧げてさえもギリギリで危なく、のちのちになっても夢に出てきてあぶら汗をかく、そんな感じの経験を言う。

僕にはそれが5つあったと書いた。古いほうから硬式野球部、受験浪人、梅田支店、ウォートン留学、ロンドン営業だ。その後も逆境やピンチは幾つもあったし、社会性やマグニチュードの大きさという意味ではそっちの方がずっと重大事だったのだが、しかし、この5つはちょっと性質が違う。まだ若く未熟者であった故にその最中はつらくてつらくて抜け出したくてたまらなかった上に、ちっとも前に進んでいない焦燥感にさいなまれ、出口が見えず、何の因果で俺はこんなことをしているんだと嘆いた。ところが今振り返ってみると、そのどれもが我が人生を折れないように支え、おのおのが同時多発的に伸びしろとなり、少々の停滞はあったが10倍返しにしてくれた、これぞまさに「竹の節目」だったのである。 5つのそれぞれはこれまで別々のブログで詳しく書いてきている。今回はそれを「竹の節目となった修羅場」という視点で括る。いま人生に停滞や徒労感や焦りを感じておられる、きっと少なくないであろう日本の若者の皆さんにとって何がしかの元気になるケーススタディかもしれない。

まずお断りするが、僕と同じ事をする必要などさらさらない。問題はそれが何かではなく、それが起きた時自分がどういう状況に陥り、どう考え、どう悩み、どう対処し、そしてどう克服して抜け出したかということなのである。修羅場という難所でうまくいかずにドツボにハマり、抜け出したということ自体が重いのだ。なぜなら、その方法は学校で教えないし習ってもいない。親も知らない。図書館の蔵書を探してもどこにも書いてない。ウィキペディアにも載ってない。レスキュー隊は来ないし誰も救ってくれない。あたかも離れ小島の山奥で1人だけ遭難してしまったかのようにあなたは自分でもがき、自分で悩み、自分の頭でその方法を考えるしかない。しかもそこにはジェットコースターの高低差がある。そこでかいた冷や汗や、味わった恐怖感や絶望感や達成感や高揚感は一生消えることなくあなたの全細胞の中に刻み込まれ、長い人生で次の修羅場を迎えた時の強力な経験値としてワークしてくれるのである。

まず問いたいのは「あなたは修羅場を経験したことがありますか」である。それが生半可でないことはもうすでにお分かりだろう。これからの日本を支え、持続し、さらに力強く成長させてくれる全ての若者に断言する。修羅場は若いうちに迎えたほうがいい。 40歳までに1つでもそれを味わった人は幸せである。まだの人は、どんなものでもいい、自ら選んででも修羅場に飛び込みなさいと心よりアドバイスする。

僕の5つは自分で選んだものではあるが、慎重に検討したわけではなく、浅知恵と過信からそっちに明るい未来が待っていると信じただけだ。つまり勘違いの産物であり、ドン・キホーテを笑えぬ身の程知らずだった。僕をそう仕立てたのは父だ。賢の字を与え、お前は頭がいい、えらくなると物心つく前から呪文のように吹き込んだようだ。戦争で自らができなかったことを息子に託したい気持ちは、息子としても日本人としてもよく分かる。それが硬式野球部、受験浪人に関係している。残りの3つ、梅田支店、ウォートン留学、ロンドン営業は自分が入社したいと願い、選択させて頂いた野村證券の社命によるものだ。当時の僕の実力からして、勘違いですら思いもつかぬ高みにそびえる世界であり、会社が修羅場にぶち込んで僕に何物かを憑依させたのである。野球と浪人は自力で切り抜けた。次の3つはひとりではなく、一緒に闘ってくれた家内のおかげだ。 感謝しかない。

僕の中での辛さ、失敗や落ち込みの深さ、その後の人生への影響の大きさで1位から5位までランキングをつけ、その順番に記す。

1位・梅田支店

赴任するといきなり名刺集めだ。朝から晩まで右も左もわからぬ大阪の街を歩きまわり、いい株あるから買ってくださいとお金のありそうな会社や店舗に飛び込み外交をして名刺を100枚集めてくるのが日課だった。なぜそうするかは説明されなかった。確率的にそこから2、3人の良いお客様ができることを後に学んだが、その時点ではナンセンスの極みであった。真夏の炎天下だ。浪速の街はふらつく暑さで、遥か遠くは蜃気楼のように見え、スーツの背中は乾いた汗で塩を吹き、靴は1ヶ月で潰れた。船場の威勢のいいおばちゃんに「兄ちゃん、うちバクチせえへんねん」なんて追い帰されたり悪態をつかれたりでプライドはズタズタ。朝のすし詰めの地下鉄から御堂筋に吐き出されるサラリーマンの群れに紛れながら、同じかばんを持って何で俺だけこんな事やってんだろうと意味が分からなくなり、ついに辞表を出そうと決意した。そうしなかったのは地下道でばったり会って押しとどめて下さった酒巻支店長のおかげだ。ドジも出汁にしながら多くの人生の先達との熱い人間ドラマがあり、社会人の礼儀作法、世の中の仕組み、証券分析、営業のイロハなど今でもそれで食ってる大事なことすべてを骨の髄まで叩き込まれた。踏みとどまった以上はと懸命にもがいてるうちにお客さんができ、若手トップの営業成績で表彰された。やがて夢のような2年半があっという間に過ぎ、予想もしなかった留学の人事発令が出た。普通は喜ぶが僕は困った。真剣にやった銘柄選択が未熟で大きな損失を抱えてしまったお客様に何もできなくなるからだ。眠れぬ夜を過ごして迎えたあくる日、朝7時半に店のシャッターが開くと同時に来店されたその方がくださった予期もせぬ餞別と激励のお言葉は今も胸に刺さっており、僕の体を貫く棒のようなものである。明日大阪を発つという晩、支店の皆様が居酒屋で送別会をして下さった。元気の出るエールをいただき会は盛り上がった。いよいよ最後にスピーチをとなり、何を話したあたりだったか女の子たちがわんわん泣き出すと男性たちが続き、涙でしゃべれなくなって終わった。こんなことは二度となかった。夢に一番出てくるのが梅田だ。2年半のメモリーは鋼のようにずっしり重たい。

2位・ウォートン留学

同期の日本人の皆さんは英語は堪能で帰国子女もおられたが、こちとら受験生時代から英語はだめでリスニングが苦手ときていた。最初の3か月、授業はおろかテレビCMさえチンプンカンプンで焦った。学校は金土日が休みなので喜んだが甘かった。全米から集まる秀才のアメリカ人が3日図書館にこもって読める分量が翌週のアサインメントという仕組みだったのだ。ざっと1日500ページを読んでないとクラスで議論に参加すらできない。それを2年で19科目パスしないと問答無用で落第である。物凄いプレッシャーの中、体力と知力の限界を行き来した2年間であり、角帽にマント姿で卒業証書をもらった瞬間、MBAになった喜びより勉強しなくていい感動が体に満ちた。そこから14年、英語世界で証券ビジネスをすることになるが、ウォートン最難関の中級会計学の期末試験の恐怖に比べたらそんなものは羽毛ほどでもない。 中学のころ頭が悪いと思っていた自分が全米トップのビジネススクールを突破したのは奇跡に近い。人生あの2年間ほど勉強した事はなく、自信も実力も盤石な竹の節目となったのである。海外であるかどうかは関係ない。皆さん受験や大学での勉強や研究で苦労したご経験があるはずだ。何を学んだかも大事だが、難関を切り抜けた、なんとかなったという自信と手ごたえこそが体に残る一生ものの財産だと申し上げたい。

3位・九段高校硬式野球部

始業式のあと教室より先に部室を訪ねた。草野球では自信はあった。 高1で背番号1を背負って公式戦の初マウンドに立った。そのころの球は人生最速で自分では誰も打てないと思っており、そこそこうまくいっていたが、投げ過ぎがたたって2年で肘と肩を壊し3年で野球をやめた。有頂天から奈落の底だった。ドツボの日々の悔しさは口にするのもむなしく、女子が心配してくれたが肉離れや捻挫と思われ「肩は虫歯と一緒で治らないんだよ」と説明しても通じない。南沙織が「17才」でデビューする中、こっちは17才で終わった。10年ブランクがあったが、ウォートンに行く直前にニューヨーク現法から突然「お前やってたんだろ、投げてくれ」とお呼びがかかり、コロラドから3時間飛行機に乗り、45チームの企業トーナメントで5試合投げ、準決勝で負けた。捕手ドンのリード通り投げ、球は遅くなったが伸びて詰まり、アメリカ人は1人も僕のカーブを打てなかった。死ぬほどきつかった硬式野球部の練習に耐えてこの時ほど良かったと思ったことはない。前年度優勝チームを倒したのと、2試合目でノーヒットノーランをやった評価か大会MVPに選ばれた。人生最後のマウンドから降り、野球の神様は本当にいると思った。以来、俺はツキがあると考える思考回路ができ、何事もプラス思考で生きてきた。皆さん、物事は前向きに考えた方が絶対に得だ。福は明るい人がつかむ。きっかけは何でもOK。意識して作られた方がいい。

4位・ロンドン営業

修羅場の総集編であった。シティの機関投資家相手の仕事であり、知識、情報、分析が問われる。大手客のオーダー執行でチョンボを犯して半年ぐらい出入り禁止になるという大失態を犯し、調査部の情報が漏れてしまいポジションを外された事もある。初めてのプロの世界の洗礼だった。活きたのは梅田、野球の泥臭い復活体験だ。僕は失敗からの方が圧倒的に多くのことを学んでいる。野村でも最大であるチケット1枚160億円が動いたディールはたくさんの失敗体験からできた。野村克也氏の「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」は野球に限らず本当だ。皆さん、失敗を恐れてビビっては絶対にいけません。なぜなら、人間、ビビるとやらなくなる。やらない理由を考えて臆病を正当化するようになる。それが習性になると人は取ったリスクに見合う勉強しかしないし土壇場で逃げるしで信頼されず、大成した者は見たことがありません。当然です。そういう人は修羅場に飛びこまないから竹の節は1つもできません。だからどんなに頑張っても、節を持った人に抜かれます。

我が家の引っ越しヒストリー(3)

5位・自主浪人

中学受験は全敗。星しか興味なく成績でほめられた記憶なし。父は賢いと言ってくれたが頭は悪いと思ってた。唯一自信がある野球に走ったら肩を壊してドツボにはまった。それが悔しく東大合格が代理目標になったが落ちて自主浪人して失敗し、人生の最深度に至るドツボにはまった。やっても伸びないと悟った英国社の時間は減らし数学を増やした。すると公開模試で全国7位になり、数学満点で世界制覇の気分になり、考えてもみなかった「未知の自分さま」と出会うことになった。浪人という選択をしなかったら彼を知らずに僕は人生を終えていた。修羅場はとんでもない物を引き出す事がある。合格はもはやルーティンの内であり、浪人中に達していた輝かしい場所が自分にとっての最高峰であった。

ホントはこの道じゃなかったんじゃないかという思いを積み残しながら5つの修羅場は終わった。最後のロンドンを終えたのが35歳。モーツァルトはここで亡くなった。ビジネスマンとして僕も35歳で完成していたと、自信を持って言えることを誇りとしたい。でもホントの道の方が良かったかな、でもこういう暮らしはできなかったんじゃないかなという世俗的な気迷いが残っている。

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世俗世界の勝ち組が人生の勝ち組ではない

2025 DEC 2 21:21:37 pm by 東 賢太郎

僕は書いたものは基本的に読み返さない。過去と未来はなく世の中には現在しかないというアインシュタインの言葉を信じており、その刹那はいいと思って書いたからそれでいいが、その文章はもう過去であり、読み返して反省しても未来は変えられないから意味ないと考えているからだ。例えば映画を見ている時、脳が認識しているのは ”今” 見ている画像である。過去はx秒前、未来はy秒後とするとx+ y が今の長さだ。人によって x、yの値が異なるとするとAさんの今がBさんには過去となったりして ”今” の定義ができない。だからx+ y は誰にとっても無限に0に近い値、すなわち「瞬間」である。アニメの「紙パラ」(めくり絵)が無限大に近い速度で行われて完全に連続的な動画に見えるように我々は現実世界を認識して生きているということになる。今の瞬間に見えている1枚の絵だけが存在していて、1つ前と1つ後の絵は存在しない。だから過去と未来は変えることができない。何とかできるのは今だけだから、仮に人生訓的に解釈するならそのことに注力せよということだろう。今がすべてだ、今を精一杯生きろ、なんて言われればもっともらしい。

しかし考えてみればそれもおかしい。無限大に近い速度で過ぎ去る今の1枚をどうこうすることは不可能である。つまり物理学が正しいとすれば今も変えることができず「人生は自分ではどうにもならないので今を楽しんで生きなさい」と、生きる意味を否定するぐらい絶望的な結論になるのである。しかしもっとよく考えてみれば、人間以外の動物はまさにそうやって生きている(と思われる)。人間も動物だから本来はそうなはずだが、大脳皮質が発達して賢くなり、x+ y は無限に0に近くはない、つまり過去は変えられないがプラスに解釈したり、まだ起きていない未来は少しは変えられるんじゃないかという自分に都合の良い妄想の余地を見出してしまった。それは物理学的には賢くないかもしれないが、人間に夢という大事なものを与えた。夢は実現しないから夢と呼ぶように大きな富を手にするのはほんのひと握りの人かもしれないが、多くの人がよりよい未来の実現を信じて努力をする集合的な力の相乗効果で国も国民も豊かになる。それが資本主義というものである。夢は幻想だと否定し、相乗効果も否定し、人生は自分ではどうにもならないので選良が叡智によって計画し未来を保証する国家に任せなさいとするのが共産主義であると言っておおむね間違いではないだろう。任せて国民が幸せになった国家は歴史上今のところ現れていない。

アインシュタインが「今を楽しんで生きなさい、それしかできないから」と述べたかどうかは知らない。彼は共産主義者ではないが、資本主義の富の偏在を除去した社会主義を理想として主張したことは事実だ。既述の合理的な帰結と整合的で筋が通っている。従って、人間様が今を楽しんで生きるためには何をしたらいいんだろうと自問してみる価値はあるだろう。そこで「楽しむこと」の定義があいまいでは論考できないからそれを数値化してみよう。楽しむことイコール幸せとは限らないが、苦しみや痛みを幸せと感じる人は極めてマイノリティだとしてしまえばそれは正しい。人生とは数限りなくある今(瞬間)の集合体であるわけだから、つまり、幸せな人生を送るためにはどんな瞬間をも楽しく生きるようにすればいいわけである。その方法を定義することはできない。何が楽しいかは千差万別だからだ。では「人生の幸せ度合い」は計測できないのだろうか。楽しい時に脳内には快感物質エンドルフィンが分泌される。人生の単位で考えるなら、生まれてから死ぬまでに分泌されたエンドルフィンの総量を測り、それが最大の人が最も幸せだったということになろう。

もちろん実際に測る必要はない。それが必ずしも経歴や地位や財産で決まるものではないことを実感できればそれでいい。世俗世界の勝ち組になることが人生の唯一の目標ではないという哲学がおのずと導かれてくるからである。とすると、総量を最大値にするにはどうしたらいいかという話になる。簡単だ。好きなことをして長生きすればいいのである。経歴や地位や財産を得ることが好きな人はそれをすればいい。大自然に囲まれて自給自足の農業をやるのが好きな人はそれをすればいい。おそらくエンドルフィン分泌量に差はつかないだろう。したがって、両者の差がつくのは、どっちが長生きできるかということにかかるというあっけない結論が導かれる。日本のように国民皆保険で医療が地方まで行き届いた国では、ギズギスした都会で勝ち抜くゲームに明け暮れるよりも、大自然の中で悠々自適で気楽に生きた方が長生きできそうな気がする。というと、おまえは【小原庄助さん 何で身上潰した 朝寝朝酒朝湯が大好きで それで身上潰した ハァモットモダーモットモダ】という歌を知らんのか、怠け者を礼讃するのかという声が聞こえてきそうだ。

30年以上証券界で働き抜いてきた僕が怠け者を奨励するはずがない。都会派であれ大自然派であれ、朝寝朝酒朝湯が大好きはいけない。なぜか?日本人の道徳観ゆえではない。いけないのはそれに淫してしまい、同じことを毎日繰り返していると限界効用価値が減り、だんだんエンドルフィンが出なくなるという科学的理由からだ。 まして自然もない都会のジャングルでワーカホリックになってエンドルフィンを喪失するなど想像を絶する愚行であり、むしろ寿命を縮めるにちがいない。そう思ったから16年前に僕は東京の一番南の国分寺崖線に家を建てた。都心まで少々時間はかかるが半分は自然に浸っていたいからだ。大自然派の人ほど頭を使い知恵を絞り、創造的な仕事をしなくてはいけないが、そうすることでこれまでの日本人の労働観にはない新しい幸せな人生が開かれるであろう。つまり地方の子供が猫も杓子も東京や大阪の大学に行こう就職しようという風潮が本当に幸せに結びつくのかということだ。大自然派は経歴も地位も資産もそんなにはいらない。都会派がそれを得るのに必要な膨大な時間を自分への投資や余暇に使える。逆に田舎に出て幸福な人生を感じられる都会派は多くないのは競争上の大きなアドバンテージでもある。したがって大自然の中でエンドルフィンがたくさん出る脳を持ってる人は都会派ほど苦労せず幸せな人生を手に入れる確率が高いのである。

そこで高市総理の「働いて働いて・・・」が流行語大賞になった事に付言したい。誠に結構なことだ。この人ほど身を粉にして働く政治家はいまだかつて見たことがない。そのうえに勉強家で頭脳明晰ときている。トップがこうであれば永田町の空気は一変し霞が関も働く。小原庄助さんを戒めてきた国民は本来が働き者だ。体を張って強い日本の再生を掲げるリーダーに喝采を送るのは日本人としてあまりに当たり前で、70%という空前の政権支持率の大きな要因となっていることは不思議でもなんでもない。 103万円を超えると税金が増えるから働きませんと苦渋の決断をさせるなど勤勉が美徳の日本国民に自傷行為の苦痛を強いるに等しい。精神の根本から腐った異常なことで、そんな状態を放置する政治家はいったいどこの何者だと疑念を抱かざるを得なかった事は国民にとって大変なストレスであった。 高市早苗、片山さつきの大英断である21兆円の総合経済対策効果がそれに加わりGDPは増大するだろう。税収が増えれば財政は悪化しないし国債のクレジットも下がらない、そんなことは世界の常識である。戦争に端を発した不可避的な輸入インフレを意図的にごっちゃに述べて国民を煙にまき、すでにインフレだから国債発行による経済対策は所得を増やすがインフレも増幅して危険だと水をさす学者や自称専門家が多数いる。その心配よりもデフレマインドを 根治する方が重要であるし、危険があるなら政策金利を上げて円安を止めれば物価は下がる。輸入インフレはデフレを治癒しない。救うのは総需要の増加をトリガーとする順回転の経済成長に着火するしかない。マインドに火がつかなければ日本経済のデフレによる衰退は永遠にこのままだ。経験もビジネスマインドも無い役所に実効性のある総需要対策計画はできない。だから官邸主導の21兆円の総合経済対策なのだ。大賛成である。少々の荒療治であろうがリーダーシップをとって国民を奮い立たせる度量、コミットメントには敬服しかない。そんなものはかけらもなかった前総理、前々総理には逆立ちしてもできなかったろう。たったひとこと。役者が違う。

最後のおまけで僕個人の投資スタンスを書くなら、とても平易で誰でもできる日本株と米ドルのロングである。だいぶ前に117円ぐらいで株以外のほぼ全財産をドルにしており、1ドルも売りもヘッジもしてないし当面のところする理由もない。こうした人生の一大事の判断をするときに日本のオールドメディアの情報は全く不要であり、むしろあまりにレベルが低い上に意味不明の偏向が入っているのでプロである僕にとって百害あって一利ない。 ネットで充分足りる。高市政権になって国民の政治リテラシーが急激に上がったのは自民党が3連続大敗を喫した選挙でネットの視聴率が大幅に上がったからだ。嘘ばかり垂れ流すオールドメディアは時間の無駄だと学習した視聴者が加速度的に増えたのに、何の学習もせず淡々と嘘ばかり垂れ流すのだから自ら墓穴を掘って衰退を加速しているだけであり、恐るべきことにそれにすら気づいていないという学習能力の無さはもはや手の施しようのない領域に踏み込みつつある。ちなみにこれは世界の法則だが、スポンサーに金をもらっている報道機関は信用できない。彼らを援護するなら、決して悪い人たちというわけではなく、それが資本主義であり経済原理に基づいたビジネスであるから止めようがないのだ。

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『黒猫フクの人生観』 (第三話)

2025 DEC 1 1:01:58 am by 東 賢太郎

今日はいろいろ宇宙の秘密をばらしちゃうよ。これって天国にいる魂クンたちは当たり前みたいに知っていることなんだけど地球にいるとわかんないんだよね。あのアインシュタイン先生だってそうさ。まあ猫の書いたブログなんて読んでくれる人あんまりいないと思うけど、何年かして科学が追いついたらおおってことになるさ。

あなたは前世でパキスタンの王様の娘だったことがあります。今年の7月に主人がアガスティアの葉っぱにそう書いてあるといわれてびっくりしてたんだ。それ本当さ、輪廻転生っていって、体は死んじゃっても魂は生まれ変わるんだよ。今まさに、僕は生まれ変わるためにこの天国にいるんだ。輪廻転生はヒンドゥー教の教えでアガスティアさんは3000年前の聖人なんだ。この仕組みは天国に来てみて納得したよ、だって毎日阿弥陀さんのところで生まれ変わりの場面を目撃してるんだからさ。人間に生まれれば人間の脳みそで生きるからちょっとはましな人生を送れるかな。猫になると猫の脳みそだから過去とか未来とか足し算とか掛け算は分からない。でも鋭い耳と鼻と運動神経がある。どっちがいいかって?微妙だなあ、算数なんかなくても猫は困らないし、猫には猫の楽しみっていうのがちゃんとあったからね。

主人は前世に猫だった。記憶は消えても第六感が残ってるんだね。神様はそうやってすべての魂クンにいろんな経験をさせるために繰り返し輪廻させてるんだ。理由があるんだよ。皆さんにはショックかもしれないけれど、地球という惑星の役割は魂の監獄、つまり牢屋なんだね。前世で何かしでかして神様のお怒りを買っちゃった連中が地球に閉じ込められてる。申しわけないけど皆さんも囚人なんだ。そこで人の姿にしたり動物にしたり、苦労や経験をさせて二度とまずいことしないように魂を更生させてるんだ。牢屋の鍵?もちろんあるよ。人間の知恵じゃ太陽系を飛び出せないでしょ。隣の惑星系があるプロキシマ・ケンタウリまで現代の最高速ロケットで行っても7万7千年かかるんだよ、どうあがいたって逃げられないんだ。誰も気がついてないけどね。

宇宙人?もちろんいるよ。いま僕の周りにだってね。宇宙人も地球人も神様が作ったもんなんだ。別々な惑星系に住んでて進化が進んでるか遅れてるかってだけでね、進化してる連中は地球にいっぱい来てるよ、何千年も前からね、でも未開で遅れてた地球人は連中を見ても誰か理解できなかったの。宇宙って、出来てから137億年、太陽だって47億年経ってるんだ。太陽の年齢を1時間とすると人類の年齢はたったの2秒だ。聖書や神話に「神様が天から降りてきた」っていうお話がいっぱいあるでしょ、日本だって天孫降臨だしね。当時の人類の脳みそだと宇宙人イコール神様ってことになっちゃったんだ。HGウェルズがタコみたいな火星人の小説を書いたらアメリカでひと騒動起きた。地球人は100年前でやっとその程度の未開人、かたや宇宙人は何千年も前から恒星間飛行する文明を持ってた。まあ人間とミミズくらい違うってことだ、くやしいけど仕方ないよね。

いま太陽系に来ている3Ⅰアトラスが恒星間飛行物体であることは間違いない。もし人工物なら宇宙人が作ったってことになるね。地球を攻撃する?そんなわけない、監獄こわしてどうすんだって。これも皆さんにはショックかもしれないけれど、人間は宇宙人が自分たちに似せて作った実験動物みたいなものなんだ。金を掘らせたり土木工事を助ける奴隷としてね。バベルの塔がそれだよ、失敗だったけどね。エジプトのピラミッドもそうさ、 2トンもある石をどうやって持ち上げたなんて不思議がってるけど宇宙人が重力を操作して空中浮遊させたんだ。ストーンヘンジもね、ひょいひょいってもんだ。人間は石を切ったり磨いたりしただけさ。5千年前だから同じころだけど、おかしな人間がはびこっちゃった事件もあったな、これじゃ奴隷に使えない、作り直しだってなって彼らは大洪水を起こしてガラガラポンしようとしたよ。それがノアの箱舟っていう話になって聖書に書いてある。いろんな種類の動物も乗せたでしょ、だって狂ったのは人間だけで動物はそうじゃないから殺しちゃもったいないからね。実話なんだよ、当時の人間の脳みそで精いっぱい文字で描写するとああいうことになっちゃうんだ。

これも皆さんにはショックかもしれないけれど、聖書の時代のその一世代前の人間は火星にいたんだよ。あそこはまだ水も空気もあって地球みたいな環境だったんだ。何千年もかけて今の人類ぐらいに進化したんだけどさ、やっぱり狂った奴らが出てきて核戦争を始めてね、全滅しちゃったんだ。宇宙人からすりゃせっかく育てて楽しみにしてたペットが共食いしちゃったって感じかな。だから今でも地球人が核兵器を持つことにすごくナーバスになってるんだ、また滅んじゃたまらないからね。核実験やるとよくUFOが現れるって都市伝説があるけどそれホントさ。これ以上やるなよって監視しに来てるんだよ。いま僕の周りにいる魂くんたちの中でもね、地球で何回も生まれ変わって経験を積んだ奴はもっと進んだ別な星に行くこともできるんだ。僕はまだ無理だな、あと人間を3、4回やって合格できるかなってとこだ。まあここはいいとこだし、しばらくゆっくりやっていくさ。そういやあ前世で僕が好きだった歌があるよ、フォーク・クルセイダーズとかいったかな、

天国よいとこ一度はおいで

酒はうまいし

ねえちゃんはきれいだ

♪ ワーワーワッワー

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指揮者・村中大祐夫妻との素晴らしい夕食

2025 NOV 29 13:13:39 pm by 東 賢太郎

ショックなことがあると音楽を受け付けなくなってしまう。ながら聞きができないので没入してしまい、僕においては薬理的な作用すら働くと思われ、深い喜怒哀楽の情に結びついて危険なこともあるからだ。今回もそれであり、11月7日から ”断食” 状態にあったのである。 2週間ほど経って恐る恐るその禁を破ることになったのは、 11月5日にある方と食事をしてCDを頂き、その感想を書く約束になっていたからだ。指揮者の村中大祐氏である。しかも曲目がマーラーの9番だった。斯様な心持ちの時にはチャイコフスキーの悲愴と双璧の恐ろしさである。

しばし悩んだ。何か先に聞いて “解毒” しなくてはいけない。しかし答えは意外にすんなり出た。 51年前に買ったこのレコードだ。まずマーラーであること。そして48年前にAIアトラスの電波かもしれないWOWシグナルを浴びた時にスタインバーグ指揮のサンフランシスコ響で聴き、危険な目にもあった深い縁もあること。これでダメなら諦めるしかないだろう。

僕は第4楽章の第2主題が大好きだ。心に棲みつくほど好きで好きでたまらず、易しいニ長調の譜面で何度も何度もひいてはデリシャスな和声に恍惚となってる。まずそれをした。大丈夫。これでワルターの演奏がすんなり入ってきた。昨今の力こぶの入った演奏をたくさん聴いているせいか大人しめに感じるが、やっぱりこれが初めての演奏、おふくろの味は強いのだ。

村中大祐氏は今年一緒に読響定期を聞いてきた友人D氏の紹介で一度会いましょうということになっており、ご夫婦がひいきの広尾のイタリア料理店Incantoでディナーになった。いきなりご自身の指揮したマーラー9番のCDを差し出され、感想を聞かせてくださいという会話からスタートしたのがことの発端だ。

交響曲第9番 <b>村中大祐</b>&オーケストラ・アフィア : マーラー ...の画像

会話の覚えているところを交えて様子を記してみる。

京都市交響楽団のブラームス交響曲第2番、youtubeで聴きましたよ、ええ、とても好きな演奏でした。ペーター・マークのお弟子さんなんですか、そういえば僕がプラハ交響曲を覚えたのは大学時代に生協で買った彼がロンドン響を振ったデッカのレコードだったんです、ぺイエでしたかクラリネットコンチェルトが裏面のね。それは御縁ですね、モーツァルトが好きになるきっかけとなった思い出のレコードですからね。マドリッドのオケとのハ短調ミサ曲もよく聴きますよ。

村中氏はウィーン国立音楽大学で指揮を学びトーティ・ダル・モンテ国際オペラコンクール指揮部門「ボッテーガ」と第1回マリオ・グゼッラ国際指揮者コンクールで、いずれも第1位を獲得。6か国を話しイタリアでオペラを中心に20年ぐらい修行を重ねクラウディオ・アバドにも学んでいる。2015年、英国チャールズ皇太子御臨席演奏会で演奏したシューベルトの「悲劇的」とベートーヴェンの「エグモント」が英国人から絶賛され、イギリス室内管弦楽団より国際招聘指揮者というタイトルが付与されている。僕は英国人をよく知っている。伊達や酔狂でこういうことはまず起きない。

子供の頃から熱中したピアノが好きで、ピアニストになりたかったゆえ指揮もピアノを弾くようにやりたいという。シューマンのクライスレリアーナの録音をミヒャエル・ギーレンが聞いて褒めてくれたことが自信になったそうだ。そうですか、ギーレンはドイツにいた時分にバーデンバーデンのオーケストラを何回か聞きました。よく覚えてます。ただ者の指揮者じゃないですね、あの人が褒めたってのは折り紙付きです、まあそれもそうだけどクライスレリアーナがそんなに弾けるってのもね(笑)。ペーター・マークの魔笛に衝撃を受け、楽屋に乗り込んで土下座して弟子にしてくださいと訴えてその場でokを貰ったという熱いエピソードをお持ちだ。 ご臨終までのお付き合いだったそうだ。 そうですか、ということはフルトヴェングラーの孫弟子。素晴らしいキャリア羨ましいですね、僕も高校のころ指揮者になりたくて音大に行きたいって親に言ったことがありましてね、母は賛成でしたが父が頑としてダメでね、東大に入れって。言うこと聞いたけどあんまりいいことなかったですね(笑)。

音楽もさることながら、ヨーロッパで長いこと過ごした同士、音楽や人生や日本人に対する考え方はとても共感があった。外国に居ればいるほど愛国者になるなんてのは特に。村中さんはまず人間としてとてもしっかりした熱いもの、目標に対する強烈なアンビションと人生哲学を持っておられる。それってすごいことなんです、めったにいないからそういう人は例外なく好きなんです。今いっしょに仕事してるたちも40から50ぐらいだけどそういう人ばかりです。日本人ってね、優秀だし道徳心や思いやりがあっていい人が多いんです、でも付和雷同で事なかれ主義で、自分を表に出さないほうがいいと思ってる。といって裏では悪口言って面従腹背だったりする人も多いんです。ご存知の通り世界はそうじゃない人が9割ですからね、成功していようがいまいがね。移民を制限したっていずれ負けちゃいますね。親の世代がそうじゃないなら国が教育を見直さないといけません、若者がどんどん外国に出て行かなくちゃいけない、僕の若い頃はアメリカに留学したい人なんてゴマンといたしその気運がものすごくあったんです。人間てね、経営者や政治家が典型ですが2世3世になると親の遺産の守りに入っちゃう。失われた30年ってね、政治のせいばっかりじゃない、それもあるんです。だって高度成長期だって政治のおかげでできたわけじゃないですからね。

いい人に出会えた。村中さんもそう思って下さったならうれしいが、こんな質問を頂いた。人生これまで何をいちばん心がけてこられましたか?うーん、いい質問ですねえ、考えたことありませんでした、若い頃なんかガムシャラなだけで全然ね、もしあるとすれば、自分らしく生きているだろうかということですかね、社会に出れば自分を曲げてでも切り抜けなきゃいけないことがたくさんありましたから、受け身でそんな事やってるとだんだん自分の歩き方を忘れちゃうんですよ。それじゃ持って生まれたものを100%発揮できませんからね、後でハッと気がついて、俺ってこんなんで良かったんだっけって思うことは結構ありました。そういうときは無理矢理にでも元に戻して、自分100%でやってきたからよかったかもしれません。おかげで3回も会社辞めちゃいましたけどね(笑)。でもガムシャラがあってのことです。これが自分のやり方だペースだって言ってのんびりとお気楽にやってたら間違いなく何も起きませんから。

こんな具合だから意外に音楽の話はしてなかったように思う。どうしてクラシックに入ったかという話題ぐらいか。しょっぱなはボロディンの転調でした。魔笛はHmHmHmです、あれすごいです、本格的に没入したのはブーレーズの春の祭典でミスまで覚えちゃったので後で苦労しました。えっ、まさか、ブーレーズってミスないんじゃないですか?オペラ歌手の奥様が言われた。いいえあるんです、生贄の踊りのティンパニ、ここですよ(テーブル叩く)。東さん、僕の前で春の祭典を歌った人は初めてです(笑)。村中さん、でも僕はマーラー苦手なんです、実は9番もあんまり覚えてもないんで、すいませんがぜんぜん素人です、評論は無理だから感想文で勘弁してください。ラジオでクラシックのトーク番組聴いてるみたいでおもしろかったがDさんの弁だった。

メールさせていただいた感想文はこうなった。

音楽に没入し、心より感動させていただきました。実はフク(逝去した猫です)が旅立ってからどういうわけか音楽を聞くのが恐ろしく、9番を聞く心の準備として数日前にブルーノ・ワルターの巨人を以来初めて聞きました。恐る恐るです。大丈夫だったので、昨日はやはりそれをムーティの演奏で聞きました。しかし第2楽章あたりで耐えられなくなってきて、やむなく気を紛らわせようとcdに合わせてピアノを鳴らしていた始末です。だから迷ったのですが、村中様の指揮がどのようなものか興味が勝っており、ターンテーブルに乗せました。聞いてよかったです。所有しているテープ、レコード、cdはおそらく1万枚を超えていると思います。私はコレクターではなく、より良い演奏、気に入る演奏を求めて購入し続け、買うに至った思い出が捨てられず、失敗の山を収納する部屋を作る羽目になった者です。ですから初めて聞いたcdを収納棚に入れる時、多分もう聞かないだろうなという寂しさを覚える記憶がとても多いのです。頂いた1枚がそうならなかったことを心から喜んでおります。また聴くことになると思います。実力の高い見事なオーケストラと共にお造りになった素晴らしい音楽のお力に他なりません。ブラームスの2番でもそう思いましたが、音楽に対する情動と言いますか波長と言いますか、私にとって村中様の感性にはぴったりと合うもの、心地よいものがあるように思いました。Dさんのおかげでお知り合いになれたこと、とても幸いと思っております。

こちらが京都市交響楽団を振ったそのブラームス交響曲第2番。 これは評論できる。100種類以上持っているうちトップ10%に入る素晴らしいコンセプトの演奏と思う。ぜひお聴きください。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

シンクロした4つの天文現象の啓示

2025 NOV 26 12:12:09 pm by 東 賢太郎

11月5日は今年最大のスーパームーンだった。この日にディナーをした方からマーラー9番のCDを頂き、演奏についてコメントをさせて頂くお約束をした。ところが立冬にあたる7日の夜にフクが旅立ってしまい、時間をいただくご連絡をした。お葬式は 9日の午後2時半から我が家の玄関前の敷地で執り行われ、僕は正装し、家族と共に見送った。朝方よりの小雨模様である。小さなお棺に供物を添え、綺麗なお花でいっぱいに飾ってあげ、いよいよお別れですの発声となった。空を見上げる。一同が声をあげた。まるで天国への道のように、モーゼの海割りのように、真上の雲だけにぽっかりと青空がのぞいて皆の心を激しく揺さぶった。夕刻になり、娘から生前の動画が次々と送られて来る。もうだめだ。いてもたってもいられなくなり、夜8時過ぎにひとり家を出て自由が丘をほっつき歩き、意味もなく本を買い、旨くもないラーメンで腹を満たし、11時半に帰宅した。翌日10日に喪中のためブログを封印した。

あの青空の向こうには、10月末から太陽系の真ん中に接近して気になっていた謎の恒星間天体「3I アトラス」があるはずだ。太陽の近日点(地球と反対側)を離れて観測可能となり、11月5日、スペインのR. Naves天文台が撮影した写真(上)ではぼんやりとした球体のみである。これまであった尾が消滅している。妖術使いのように不可解な七変化を演じるこいつが何者か謎は深まるばかりだが、NASAが普通の彗星であると公式発表して謎に拍車をかけているのも不可解でしかない。

10日の23時ごろ、ランニングに出て、月と木星とふたご座ポルックスのランデブーに気がついた。手ぶれしたへたくそな写真だが上がポルックス、右上が木星だ。3I アトラスはこの木星に向かって飛行中だ。

本当にかわいくていいやつだった。僕と気心が知れていた。筋骨たくましいオスで体重は7.5キロになった。寝食を共にした5年間、なんだかんだでおおいにふれ合ったものだが、 一度として噛まれたりひっかかれたりしたことがない。飼った人ならわかるがこんな猫は初めてだ。時に腹を見せるくせに服従なわけでもない。独立自尊の姿勢を崩すことは微塵もなく、頑とした矜持を持った風で、若い雄猫なりの風格を漂わせていたものだ。いつも思わされた。それに比べ俺はどうだ、70の爺いだ、頑とぐらいはして見えようがただの頑固な堅物かもしれん。気が短いエゴイズムの塊じゃあないのかなどという自省の念が鏡像のようにたちのぼってくるのだ。どんな猫も、僕にはひとつやふたつの畏敬の対象というものがあるが、フクは別格だ。

ありし日のフク

彼は我が家の9番目の猫だが、元から飼い猫だったものはいない。つまり5、6歳の頃から就職するまで僕は数々の野良猫といっしょに育ったわけである。それが人間形成に影響していないはずがなかろう。親が情操教育と考えたのかどうかは知らないが、母親自身が猫好きであり、もとより血筋で僕も妹もそうであり、なしくずし的に猫嫌いの父親が説き伏せられてしまったものとも思われる。だからフクが秘めていた野生はどうということもなかったが、彼は慣れてきて次第に家猫っぽくなり、リビングルームの住人に格上げとなる。そこからだ、付き合いが深まったのは。

僕の仕事は日々のルーティーンの積み上げという性格のものではなく、今日明日にも何が起きるか分からないハンティングの性質を色濃く帯びたものである。遅く帰ってきてリビングルームで夜食をとると、傍らにやってきて写真のようにじいっと目を見つめる。猫ほど目線を合わせる事を嫌う動物もなかろう。ケンカを売ってることになるからだ。だからというわけではないが、無視して食べ続け、もうあきらめたかとそうっと目をやると、まんじりともせず同じ姿勢のままどんぐりまなこで見つめているのである。ルール違反の猫だがこれにどれだけ癒されたか。フク悪かったなこれ食えよと分け与えると、飛びついてムシャブリつく。そこで畜生に戻るのだ。脳裏に戦友という文字が浮かんでくる。アメリカの学校にいたころ、夜中まであぶら汗をかきながら喧々諤々の議論を続け、腹ペコで課題を一緒に仕上げた奴らが、終わってやおらビール片手に「俺たちは Comrade(カムレイド)だ!」と叫んだ。それが戦友だ。

フクと過ごした5年間は世の中も大変だった。皆様ご記憶のように2020年の2月ごろにコロナ騒動が横浜のダイヤモンドプリンセス号で勃発し、3月ぐらいだったろうか、大の注射嫌いである僕もワクチン摂取を保健所に申し込む羽目になった。家族も含め、すぐにでも打たないと危ない空気が国中に満ち溢れていた。予約日は6月17日という。なんだよ世田谷区は、高齢者がなんでそんなに遅いのかねと文句を垂れていたのを覚えている。ところがそれがよかった。アメリカのパートナーから予想外の電話が入ったのだ。「お前も家族も絶対打つなよ」と、トランプが飲んだ薬をひと箱送ってくれ、予約をキャンセルさせらるとやがて6月17日が過ぎた。患者は増えるばかりだ。報道も過熱してきて、本当にその判断が正しかったのか心配もあった。

フクが我が家にやってきたのは、ちょうどそのころ、7月29日だ。日記を見ると「黒猫来る」とだけある。ここからフクの不思議が始まる。野良を捕まえて持ってきたのだから初めのうちはケージに近寄ると盛大にシャーシャーである。ちょっと危なげな猫にも思え、とりあえずピアノやオーディオのある地下室にケージごと置かれた。

すると、彼がテレパシーでも送ったのか、二週間後の8月14日、自分の全ブログの中でも重要と考える一本に僕は着手する。ちなみに、その事実に気がついたのはついさっきだ。なんとこれはその時に書いたものだったのかという大いなる意外性をいま感じざるを得ない。

権力者であるために権力者でいたい政府

サッチャー英国首相。なぜここまで気合を入れて彼女のことを書きたい衝動がむくむくと湧き立ってきたのだろう?強きリーダー日本にあれと願望を込めた一本であったわけだが、どうしてサッチャーの名前が僕の脳裏に浮かんだのだろう?前後の日記をひっくり返しても全く分からない。自分でも謎なのだ。

日記によるとその翌週、8月23日にバケツをひっくり返したような大雨が降った。余談だがこの日付は忌まわしい。若いころ、日付を覚えているほどの大失敗をした日なのだ。豪雨が停電をひきおこし、排水ポンプが止まったため地下室に浸水して水と格闘になった。フクはケージのまま8月29日に2階のリビングに避難し、行いが良かったのだろう、9月11日にケージから解き放たれている。この日付は世界の誰もが覚えている。

それが予言であったかのようなことがいま日本で起きている。日本のサッチャーになりたいという女性、高市早苗氏の出現だ。ブログ執筆時点で僕は彼女がサッチャーを尊敬し目標としているとは知らなかったし、そもそも彼女に注目していたわけでもなんでもなかった。その人が2025年10月21日に総理大臣に就任すると、それを見届けたかのように、二週間後にフクは世を去った。

9番目の猫。おりしもだったマーラーの9番。本稿を天文の記述ではじめたのは、スーパームーン、3I アトラス、ランデブー、天頂の雲、という、それぞれがそれなりに確率の高くない現象があまりに見事にシンクロしてやってきて、そのど真ん中をフクが急ぎ足で駆け抜けていってしまったからだ。それをどう見るかは十人十色だ。僕はとくに宗教的な人間ではないが、確率の低い事象がおきた場合はそこに何らかの意味があると考えるタイプの人間ではある。フクはきっと僕になんらかの「啓示」を与えるべくやってきた、神さまの使いであったろうと信じている。

『黒猫フクの人生観』 (第二話)

2025 NOV 23 15:15:29 pm by 東 賢太郎

しばらく天国にいるのでだんだん周りの様子がつかめてきたよ。ここにいるのはもちろん猫だけじゃない、人間からなにからあらゆる動物だ。でも、それでモメたりケンカになったりなんてことはない。みんな心はもう魂でいるからね。昨日なんか、「あれ、お前、いつ来たんだ久しぶりじゃねえか」と荒くれた声がしたので振り返ると、あのゴンベエじゃないか。こいつは僕が生まれたあたりのいっぱしのボスで、ナンバーワンじゃないんだが、自分より弱いと見るとやたら威張り散らすいけ好かない野郎さ。嫌なやつに会っちまったなと思ったが、「ホントだね元気そうじゃないか、いや、元気じゃないからここに来たんだっけなお互いに」なんて柄にもなくちょっと笑って見せたりした。ゴンベエは誰がつけた名だろうか、あの辺の人はみんなそう呼んでたね。飼い猫でもないんだから妙なもんだが、あまりにピッタリした名前だから顔を見れば誰でも笑っちまうだろうよ。なんでも、ボランティアさんの餌やりに預かろうと土手を越えて川のほうへ走って行こうとしたら車にはねられちまったらしい。「まあ、俺としたことがよ、ドジ踏んだもんだぜ」。生きてる時からドジばっかりだったくせしやがってよく言うようなこいつ。そうかい、君でも死ぬことがあるんだね、そいつはご愁傷様だったね、なんて生あくびしながら愛想の無い返事をしてやったもんさ。本人に向かってご愁傷様もないもんだがまあどうでもいいよ、なんたって、こういう粗暴な奴とは僕は相性が悪いんだ。

そうしたらさ、さっき、白猫のみよ子を見かけたんだよ。間違いないさ、びっくりしたね。しっぽが長くてちょっとスリムで色っぽくてさ、僕はゴンベエと彼女の取り合いをしてたことがあるんで、ちょっとドキッとしちまったんだな。白と黒は縁起悪いってフラれたんでもなかろうけど、みよ子はゴンベエになびいちまった。悔しいがここでもさぞかしねんごろにやってるんだろうね、気色悪いねと思って見ていたら、こいつら、すれ違っても互いに目も合わせないんだ。理由はすぐ分かった。やさ男のシャム猫だ。みよ子はこいつにゾッコンになっちまってるんだ。ゴンベエくん、もちろん黙ってない。「おいおめえ、目障りだ、そこ歩くんじゃねえよ」。シャムも黙ってない。「キミ、ここは天下の公道だ」。「道に言ってんじゃねえ、おめえだよ、早く消えろこの野郎」。「キミ、そういうのをアロガントっていうんだ、つつしみたまえ」。万事こんな具合だ。こいつは日本から来たくせに、シャムだかどこだか知らないが外国の血筋を気取ってる。これはこれでいけ好かない奴だ。ゴンベエは雑種の和猫でキジトラよ。そりゃ気が合わんわな。僕は黒猫だからどっちでもないし品格があると自分では思っている。まあ、社交性もないではないからその気になればどっちとも上手くやれちゃうんじゃないかとは思うが、洋風を気取ってるシャムは僕も気に食わんから友達になろうなんて気はさらさら起きないね。

そういや主人がよく言ってたな、「俺は留学しちゃって16年も海外にいてさ、洋風気取りだと思われるところがあるんだよね、だけど、本性は純日本人で海外に長いこといてますます日本人になって帰ってきた」ってね。わかるような気がしてきたな。そういやあ、こうやってぬくぬくと天国にいてね、長いこといちゃうと生まれ変わってシャバに戻っても天国かぶれって言われちゃうかもしれないよね。僕は今度は人間で戻りたいんだ。でも長いこと猫やってたもんだからかなり人間には遅れちゃってる感じがするんだよ。猫だけじゃなく動物やってた者達はここに来るとすぐ人間になりたがって阿弥陀如来さんの所へ行くんだな。見てると面白いよ、列に並んで順番が来るとね、そこにテレビみたいなスクリーンがあって、たくさんの人間のお母さんの画像が出てるんだ。「はい次は君かね、君はどのお母さんのところに行きたいかな?」って阿弥陀さんに聞かれるんだ。「そうですね、じゃあ右から3番目のお母さんにお願いします」なんて答えるだろ、すると、そこに長い長いトンネルがあって、じゃあここに入ってって指示が出る。すると、シューッとすごいスピードで地上に降りていくんだ。そして気がつくと、選んだお母さんのお腹の中にいるってわけさ。みんなそうなんだよ、でも記憶は3歳までに消されちゃうから誰も覚えてないって仕組みさ。僕もすぐ列に並ぼうと思ったよ。でも人間界はすごい勢いで進化してるからね、猫がいきなりなったってついていけなくって君っていつもお花畑だねなんて言われる人間になっちゃう。そう考えたんで、僕はしばらくここにいて、たんまり勉強してから人間になろうと決めたんだ。

「フク、なんで俺の言ってることがわかるんだ、いい猫だね」。僕は少なくとも4、5回はそうやって真剣に主人にほめられたことがある。いい猫ってのは主人の猫に対する最上級のほめ言葉なんだ。だから、その辺の猫と一緒にしてもらっちゃ困るって自負があるのかもしれないな。思えばみよ子だって、色っぽいだけでどうひいき目に見ても賢いメスじゃない。荒くれもんのゴンベエや、ちゃらい洋風かぶれシャムにお似合いだったってわけさ。そういや、主人がよく読んでたショーペンハウエルってのをいま読んでるんだ。猫がどうしてって思うかもしれないけど、ここにはあらゆる書籍も動画も録音もあってね、だんだん読めるようになっちゃうんだよ、いるだけで。それにしても驚いたね、この哲学者先生の女性観は強烈だね、いまどきなら即死もんだよ。「彼女たちがただひとつ真剣な仕事とみなしているのは恋愛や男心を征服すること、およびそれに関連すること、たとえば化粧やダンスといったことどもだ」なんて感じだからね。女が強くなったっていう見方もあるけどさ、化粧やダンスに明け暮れる男もたくさんいる時代だからね、まだわかりやすいオスであるゴンベエやシャムのほうが生物としてはマシじゃないかって気もしてくるわけさ。

読響定期とドイツ・レクイエム

2025 NOV 22 15:15:16 pm by 東 賢太郎

多忙でコンサート評が二つ飛んでしまった。第一に10月21日の読響定期。この日は高市総理が誕生し、私事では経営会議と米国とのオンライン会議で目まぐるしかった。プログラムは以下。

指揮=セバスティアン・ヴァイグレ
チェロ=北村陽

グリンカ:幻想曲「カマリンスカヤ」
ハチャトゥリアン:チェロと管弦楽のためのコンチェルト・ラプソディ
ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 イ長調 作品141

第二曲はライブで初めて。Vn協奏曲のVC版の趣で、あれが好きな人は病みつきになる危険な曲だ。なんといっても北村陽が圧巻!リサイタルを聴いてみたいと思った初のチェリスト、いや、いつまでも聴いていたいと思った稀有の人と書くべきだ。テクニックがどうのというレベルでなく最高の音楽性。間違いなく世界を席巻する才能。参考に3年前のアルメニア国立響との演奏を(当日のはもっとこなれていた)。

ショスタコーヴィチ15番。誰のだったかレコードが初出してレコ芸に大木正興さんが書いた評は、初聴だったと思われ、曲そのものに当惑気味で評価を慎重に保留されていた。息子のとすると1972年。僕は高校3年生。クラシックのスタンダードレパートリーが  “新曲” だったときの記憶だ。室内楽の透明感にウィリアムテルやニーベルングの指環の室内楽的でない音響が透かし彫りで浮遊。質量を感じぬオーケストレーション。打楽器での開始と閉幕!引用が出てくるグリンカを前置したヴァイグレの知性に喝采。

もうひとつ、東京オペラシティでの11月1日のドイツ・レクイエム。心を揺さぶられた。これを聴く時間というものは、いつもその時々の心の持ちようによる。安寧ではなかった。この前日にフクの異変に気づいていたからだ。だいぶ前にチケットを買っていた偶然とはいえそこでレクイエムはないだろうと思った。彼を迎えに来ていた何かだったのだろうか、10/15の夜中の2時ごろ、日記に「台所で猫の霊的なものをうかがう」と意味不明の記述がある。ドイツ・レクイエムのブログ1回目(第5楽章)は9/15だ。伏線は8/13に「アガスティアの葉」にある自身の運命をきいたからと思われ、その午後から同曲を聴きまくっている。悪い知らせがあったわけではない、とても深いスピリチュアルな心の持ちようになっていたということ。

フクを安置したリビングルームで流していたドイツ・レクイエムは、出棺が告げられると第6楽章がおわった。煙が天に向かってたちのぼると、小雨模様だった空にぽっかりと青空がのぞいた。

『黒猫フクの人生観』 (第一話)

2025 NOV 19 15:15:00 pm by 東 賢太郎

もしもあなたが、どうして猫がブログを書けるんだろうと不思議に思ったとすると、それってどんな猫かな、ひょっとして超能力でもあって両親もそんな芸当ができたのかねなんて話になるのかもしれないな。でも、実のところそうじゃないんだ。僕は男前だけどいたってふつうの黒猫だしね、父親はぜんぜん知らないし母親もやがて離ればなれになっちゃってね、たぶん親は元は飼い猫で、引っ越しか何かで捨てられたってとこかもしれないな。だから僕は物心ついたら野良猫でしたって寸法さ。生まれたあたりはいい住宅地でね、ブドウ園なんかあったりして東京にしちゃあ緑が多いっていう人もいるんだけど、だからノラが住みやすいってわけじゃないんだ。ボス猫も狂暴な奴でね、ケンカして不覚にもけがしちゃったんだ。普段からかわいがってもらってた奥さんがそれ心配してくれて知り合いに引き取られるはこびになった。そこが主人の家だったって話さ。名前はフクになったよ。

そうそう、どうして猫がブログを書けるかってこれは秘密だけどね、それを説明するにゃーつい先だって、僕がこの世にお別れを告げたことから始めなきゃいけない。なんだ、主人公がいきなり死んじゃうのかって、そんなのは普通じゃないんだけど現実なんだから仕方ないね。僕は腎臓が悪かったみたいで、何回も大嫌いな病院に連れていかれて注射されて血を取られてね、もうあれは御免だ、なんとか終わりにしてくれって天に祈ったんだ。それが効いたと思うほど信心深いってわけじゃないけどね、何日かするとだんだん体がおかしなことになってきて、食欲がなくなって水も飲みにくくなってきちゃってさ。それで観念したんだよ。なんたって運動にはちょっとした自信があったもんでね、野っ原を駆けまわって鳥やねずみを自由自在に捕ってた身としてはね、もはやこれまでと思ったんだ。 家族の皆さま5年間お世話になりました、じゃあ僕はお先に天国に行くからねってことで、あーあーと声をふりしぼって2回ないてお別れしたんだ。そうしたら主人の家族たち5人が大騒ぎになって、そしてシーンとなって、みんな僕を抱きしめてわーわーと泣きだしちまったの。僕も行きたくなんてなかった、悲しかったさ。とくに主人は僕の病気がそんなに悪いとは思ってなかったんだね、晴天の霹靂だったんで落ちこんだなんてもんじゃない。もうブログなんて書けねえって言い出してね、あなたやめないでね、だって楽しみにしている人がたくさんいるんだからって奥さんにたしなめられて少し休もうということに落ち着いたんだ。

僕だって初めてだからちょっと怖かったしね、何がどうなったかはわからない。とにかく魂が空にふわふわと昇って行くんだよ、そうすると雲のまた上の雲のもっと上の方に3階建てぐらいの大きな建物があるんだ。死んじゃうとみんなここに来るのかな、いやそうじゃないか、サンタクロースみたいなあごひげのおっかない大王が玄関にいたからね、前世で悪いことをすると入れてくれないのかもしれないね、だって中にいる連中は人間も猫もおかしなのはいなかったからさ。とすると、きっといま僕がいるここが天国ってやつなんだよ。居心地は悪くないよ、みんなと話せるから退屈もしないしね。見まわすと、入った左の奥のほうにけっこう長い行列ができて何やら話し声がするんだよ。耳をすますと、「君は次は何に生まれ変わりたいんだ」なんて言ってる。見るとその人はあの阿弥陀如来さんだ、面白いったらありゃしない。ははあ、じゃあ僕は次は人間でお願いしますって言ってやろうと思ったよ。

そんなの噓だっていわれるだろうね。だってまだ生きてればね、死ぬと魂がどうなるか、シャバの肉体を離れてどんなに自由に飛び回れて、軽々とどこにでも瞬間に行けちまうか知らないもんな。もちろん僕だって知らなかったさ、でも実際ここに来てみるとすごいんだよ。移動だけじゃないよ、しゃべったことはもちろんだけど、頭に浮かべたこと、考えただけのことでも全部文字に記録できちゃうんだ。こりゃ驚いたね。何語かって?天国だもんなんだってありだよ、日本語だってロシア語だってアフリカ語だってね、もちろんおんなじ流れで猫語や犬語だってある。だから僕のしゃべった猫語が日本語に翻訳されてこうやって発信されてるってわけなんだ。シャバにはまだないと思うけど、いずれ出てくるね、これ量子翻訳機とかいうらしいから覚えといたほうがいいかもしれないな。ドラえもんが動物と話せたのはたぶんこれだよね。まあ難しいことはよくわかんないけどさ、とにかくそれを念じて地球に送ればいいんだよ、そうするとAIがサーバーに取り込んでパソコンに文字が出てくるって仕組みだ。それがこの文章で、あなたはそれをいま読んでるわけだ。

まあずっとノラのまんまだったらこういう芸当は出来なかったんじゃないかと思うね。主人の家でも人の出入りの多いリビングルームにずっといたんでね、5年間ほんとにいろんなことを見聞きしたんだ。大雨で地下室が水浸しになって大騒ぎになって住宅会社やオーディオ会社や保険会社やいろんな人が出入りしてすったもんだになったり、ややこしい商談が大声で議論されたりもしてたなあ。正月は必ずここでお決まりの大阪の料亭のおせちをみんなで食べるんだ。いい雰囲気でね、亡くなった主人のお父さんも毎年来てたよ。 そうそう、いっとき主人は毎日のように夜中に2時間ぐらい借りてきたサスペンスドラマのビデオ見ててね、人間界のあれこれを見聞きしたし夜食のおすそ分けにもあずかったからこれはなかなかいい習性だったと評価してるよ。どう考えてもくだらない内容なんだけどこれがストレス解消だったんだろう、そんなこんなをじっくり観察させてもらったから、人間界がどんな道理でどういう風に動いているか、いい奴も悪い奴もまともな奴もクズみたいなのもいるってことがよくわかっちまったわけだ。

とにかく主人の夜型は筋金入りなんだ。きくところによるとちょっと低血圧気味で、物心ついた頃から朝は弱かったらしい。だけど夜型だけって単純な話じゃないな、これは。だって行動様式から性格から考え方まで、彼は人間というよりまるで大きな猫なんだな。それは奥さんも認めてるんだ。ちなみに彼にとって僕は9匹目でさ、初めてのは小さい時にいたチコっていう名の、やっぱりオスの黒猫だったようだ。そりゃ5、6歳の頃から猫と一緒に育ってりゃあそうなるよね。だから僕が何を考えてるか完璧にわかってる。結構手ごわいよ。チュールで気を引こうなんて素人っぽいことはしないんだ、とにかくいっしょに遊ぶ。遊ぶだけさ、それだけで猫と付き合えるって自信あるんだよね、なかなかハードボイルドさ。ヒモの先にトンボとか鳥がついてるおもちゃなんかをシュシュってね、それが憎たらしいほどうまくて絶対に捕まらない。そうなるとこっちだってプライドあるよ、よーしって燃えるじゃないか。ある日のこと、お手合わせして軽々とトンボをつかまえてやったさ、そうしたら、忘れもしない、そこで彼が叫んだんだ。「すごい!フクは俺が今までやった中で一番手ごわい」ってね。彼は猫が120匹いて人は10人ぐらいしかいない有名な猫島に行ってる。愛媛県の青島っていったっけ、とにかくそこで片っ端から猫と勝負してるその道の達人なんだ。でもさ、人間界でそんなものに価値を認める人なんていないから笑っちゃうよね。彼はそういう価値観で生きてる人じゃないんだ。猫はわかるさ。間違いなくおぬしやるなって一目置くさ。だからその彼が認めてくれたってのは僕にとって勲章でね、これはうれしかったね。

言っておくけど普通の猫はその手のことで感動なんかしないよ、でも僕も普通の猫とは価値観が違うってことさ。変わり者同士で同類だねって、これってすごく絆を強めるんだよね、だから嬉しくなっちゃってさ、主人が飯を食ってる椅子の脇でもう恥も外聞もなく思いっきり腹を出してコロンコロンしちまったよ。いい雄猫がみっともないって思う保守派の人もいるだろうけど、とんでもないよ、ちゃんと伏線があるんだ。主人が座ってる椅子の下を気付かれないようにそーっと歩いてさ、太ももの裏をしっぽをぴんと立てて軽くポンポンってやっていくんだ。僕だよ、ここにいるよってね。喜び全開で見境いもなく飼い主の体によじのぼっちまう犬どもとはそこが違うってもんだ。この奥ゆかしさは自分も猫である主人にはちゃんと通じるんだね、すごいことじゃないかな。わかってくれてるって事を僕もわかる。感動するじゃないか。猫も人もないよ、心が通じる瞬間ってこういうもんなんだよな。

そういやあ主人にとってオスは最初の黒猫と僕だけだ。来たばっかりの時、先住のブチのメスが魅力的なもんでちょっかい出しちまって騒ぎになってね、そうしたらさっそくね、あっさりとさ、まるでディズニーランド来たらミッキーの帽子かぶりましょぐらいの軽いタッチと自然さでもってね、奥さんと娘に病院に連れ込まれて去勢されちまったのよ。まいったね。ところがそれを知った主人ときたら、大いに落胆し、まるで我がことのように同情してるんだ。あれは忘れないね、言い放ってくれたよ、これは男しかわかんねえんだ、何が楽しくて生きてったらいいんだ、かわいそうに!ってね。でも去勢はメス猫もみんなやってるしな、そこらへんは時節柄ジェンダーってのを考えて発言しなきゃいけなかったかもしれないね。でも、男しかわかんねえんだって、あの言いっぷりは重みがあった、うれしかったよ。主人はね、たぶん自分がそうやって自然児で育ったんだ。男はちんまり育つのが嫌いなんだ。ちょっとぐらいのことはいいからどんどん外に出てって思いっきりやって来いってタイプなんだよ。だからいちど僕をベランダに出して、べつに逃げる気はなかったんだけど、そこから冒険して1階に降りてみたら道に迷っちまってね、フクがいない!行方不明になった!って家中が蜂の巣をつついたみたいな大騒ぎになった。もともとノラだったんだからね、僕みたいな男盛りが部屋の中にネコカフェみたいに閉じ込められて一生を過ごすって、そんなのが本当に幸せなのかどうかってことを主人は考えていたに相違ない。それでもエサが出りゃいいって主義の猫は帰ってくるよ、でも、そこは本人の選択だ。主人はあくまで自然児なんだ。去勢のこともそうだけどね、親からもらったまんま、生まれたまんまの姿で自分のやりたいように生きていったらいいっていうね。

結局、僕は数日してチラシを見た人に通報されて家に戻ったよ。 2件ぐらい先のお宅の裏庭にいたんだ。みんな涙流して喜んでたけど、主人だけは犯人扱いで家の中で四面楚歌さ。非難ごうごうの目にあったんだ。でも、もしあそこで僕がノラの道を選んでたら、たぶんもっと早く死んじまったんじゃないかとは思うよ。それを主人が望んだはずはないからね、やっぱり帰って良かったことになるんじゃないか。人生哲学って人間はいうけど、猫にだって哲学はあるからね。僕の臨終の時に、たぶん主人は、ネコカフェの人生を送らせてしまった、フクごめんな何もできなくて悪かったなと、悔やしくて悔しくて泣いてたと思うんだ。でも僕が選ばなかったんだからそんなことはないさ。四匹のメス猫に対してもそういう葛藤があるのかなって考えたことはあるけどね、これは主人に聞いてみないと何とも言えないが、たぶんないと僕は思ってるんだ。だって彼女たちはノラじゃ生きていけないからね、主人は彼女たちも大好きなんだ、僕と同じぐらいね。じゃあ何で僕にだけって、そりゃあ言うまでもないさ、男しかわかんねえんだって、それだろうね。

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お知らせ

2025 NOV 10 11:11:27 am by 東 賢太郎

11月7日金曜日の夜10時51分。フクが天国に旅立ちました。家族全員でお見送りしました。

魂の美しいねこでした。僕のなかにたくさんのものを残してくれました。フク、ありがとう。また会おうな。

喪に服すため、しばらくブログをお休みさせていただきます。

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「3I アトラス」に懐いてしまう親近感の正体

2025 NOV 5 0:00:21 am by 東 賢太郎

謎の飛行物体「3I アトラス」が話題だ。NASAがこれにつき沈黙を守っていることが世界で一抹の不安を煽っているかもしれない。日本ではこの手の話は真面目にとりあわない人が多いが、名作SF映画「コンタクト」を作ったアメリカではハーバード大学の宇宙物理学の教授が地球外生命体による工作物であるという説を公表している。

動物は群れを成すものが多い。それが身の安全だし、食餌の獲得や種の保存に有利なこともある。「一匹狼」という語は捕食者の狼さえ多くは群れることを示し、ましてルールとして社会性を求める人間が群れずに生きるコストは高く、長いものには巻かれよの日本では非常に高い。だから日本では「3I アトラス」はもの好きな人以外にはオカルト、都市伝説として片づけられるだろう。

1+1が5だという人が現われても、やさしい日本社会は認容しそうだ。しかし科学にやさしさはない。5はちがうが2.01はまあいいかという人も認められない。なぜなら宇宙はそうできていない。「3I アトラス」の観測データにひとつでも物理学が説明できないものがあるなら、我々の知らない物理学を駆使する我々でない誰かが工作したものだという可能性を排除することはあり得ないのである。

僕はこのビデオにあるWOW(びっくり)シグナルという電波の正体の推論に関心があり、物理学者とは違ったアングルでびっくりしている。

今年の3月から「WOWプロジェクト」と名づけた案件に全力で取り組んでいることがそれだ。それと「3I アトラス」がつながった。だから何だ程度のことだが、僕には天が送ってきたシークレット・コードのように思われてならない。

実際に受信されたシグナル音をお聴きいただきたい。今もって正体は不明だが、宇宙から来たものであることだけは間違いないようだ。

SETI(地球外知的生命体探査)プロジェクトのジェリー・エーマン博士がこれにWOW ! と書きこんだのは1977年8月15日午後10時16分(現地時間)に受信した電波が異例に強力だったからだ。 受信場所はオハイオ州立大学のビッグイヤー電波望遠鏡である。ちなみに僕にはAis、E、Gis(和音でE aug)がきこえる。それがスクリャービンの神秘和音の下3つであるのもWOW!だ。

地球儀を眺めてみよう。もし我々が宇宙空間から72秒間のシグナルを照射して地球人に確実に受信させるならどこを狙うか?NASAのあるアメリカだろう。では60天文単位(太陽-地球間の距離=1)の遠方にいた「3I アトラス」が発信者だったと仮定するとどうだろう?自分側の半球にアメリカがあるのは24時間で確率1/2だ。200万年前にアトラスを発射しアメリカの技術力まで知っていた知性はそんな賭けはしない。自転を計算しピンポイントで狙ったはずだ。つまり、もし “彼等” が敵とするならNASAはいまごろ震えあがっている。来日したトランプ大統領が唐突に「1992年を最後に実施していない爆発を伴う核実験の再開」を国防総省に指示したと表明した。これまた世界はWOW!だが、NASAは火星に接近した探査機から3I アトラスの鮮明な写真を撮影している。それが理由なら日本人だって震えあがるしかない。

地球儀で推察されるがWOWシグナルは日本には来なかったと思われる。アメリカに照射された1977年8月15日、僕は人生初のサンフランシスコで、西海岸時間午後7時16分に、友人ふたりと(たぶん)チャイナタウンで中華めしを食べながらそれを浴びた。レンタカーで西海岸を約5,700キロ周遊し、3度も死にかけた滅茶苦茶な米国旅行のちょうど折り返し地点の日だった。当日の日記だ。

米国放浪記(6)

そして4日後の19日に死を覚悟した「野犬事件」が起きる。

米国放浪記(7)

セラピストYさんとの宇宙人談義からこれを何気なくブログに書いていたが、その時点で3I アトラスは存在も知らない(東さんはきっと宇宙人なんで大丈夫)。

全部たまたまだ。でも天の啓示は偶然を装ってやってくると僕は信じている。自分史で最大のイベントのひとつであるこの大旅行は、野球なら我がメジャーデビューである。アメリカすげえ!これが契機で箱庭を飛び出したい衝動にかられ、望みが天に伝わって16年海外を満喫した。プロフェッショナル人生は大満足。そして、偶然WOWというプロジェクトを手掛けていたら、48年前にWOWシグナルを浴びせた謎の飛行物体がやってきた。ベートーベンのピアノ・ソナタ28番、ブラームスのクラリネット五重奏、フランクの交響曲ニ短調、ヤナーチェクのシンフォニエッタ。本人しかわからないこのWOW!を文章にする自信はない。こいつは天が仕掛けた符牒だろうか。

 

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