Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ソナーの仕事について

ご縁、ご恩に報いたいというモチベーションは強い

2015 NOV 30 22:22:39 pm by 東 賢太郎

30年来お世話になっているSさん(としておきます)ご令息の結婚披露宴が帝国ホテル孔雀の間でありました。日経新聞の「首相官邸」欄に載っていたので隠すことでもないのですが、高円宮妃殿下、女王殿下、安倍首相、森元首相、菅官房長官・・・と公家、政財界約500名がご列席で、畏れ多くも末席をけがさせていただきましたがこれだけの式典は未経験です。

新郎新婦関係者ではないのでご友人という資格はなく、肩書が必要であるゆえに我がソナー・アドバイザーズ株式会社は国を代表する綺羅星のごとき大企業に名を並べていただくことに相成りました。格別なご配慮には頭が下がるばかりでございます。式典も安倍首相スピーチは英国宰相チャーチルの自伝を引いて含蓄がありましたし、森元首相、御手洗経団連会長、柳井ファーストリテイリング社長も若者たちの門出にさすがのものでした。それをいただいた新郎は父親譲りの大物ですが、きっと勤務先の野村證券でロケットスタートになるでしょう。

Sさんと3年の時をご一緒していなければこういうこともなく今の自分もありませんから、当方から大事なご縁であったことは言うまでもありません。しかし、世界基準での大経営者への道を歩まれること確実のSさんが、こうして30年前のささやかなご縁を忘れずにいて下さる重みはそれとはるかに次元が違います。微力ではありますが、それにお応えすることをモチベーションにしたいと心から思いました。どんなものよりも、このような動機は多大のパワーを秘めていると愚考する次第です。

 

 

 

わかる奴が大事

2015 NOV 14 8:08:46 am by 東 賢太郎

今年もあっという間にたってしまいあと1か月半。仕事は本年のラストランに入ってます。もう出世とか蓄財とかは興味なしですから仕事はやめてもいいんですが、どうもそういう性格には生まれついておりません。じゃあ何をやりたいのか?

それは、自分は何をやるために生まれてきたのかを確認する旅に出たということです。人間、社会や組織に組み込まれると受動態の人生になります。その時点では気がつきません。独立しますと一切のしがらみがなく、自由で孤独な日々となります。

僕が戦国時代の武将譚に魅かれているのは、彼らも一人の人として自由であり、それゆえに孤独であったはずだからです。誰を攻めようが守りに入ろうがよし。彼らはその結果として何かを行い、それが歴史の記す所となりました。他律でなく自律という人間の生き様が面白い。

きのう五代目 坂東玉三郎のビデオを見ていて、評判は気にしない、ほめ言葉はきかない、日々役に懸命なのでそういうことは目に入らない、という言葉がありました。人間国宝にしてこの言葉在りですが、人間国宝であることも、集中しているときには彼は頭にないのではと思います。

自分も仕事が好きだから断ち切れません。それはゼロから何かを創りだすということです。それをしていると万事が頭から消えてしまいます。だから食うための仕事ではなく、それにオタクとして没頭することが生きていることそのものです。

ところが、趣味ではないですからうまくいかないことばかりとなり、ストレスに満ちた道でもあります。好きなんだから気楽だろうとはいきません。何か重たい物を押すときに静止摩擦力が大きいように、無から有を生もうとする精神的な負荷は大きいものです。

無の中に有があると言うと、おおかた殿ご乱心扱いです。人は経験から学ぶし、経験していないことを理解するのは難しい。信長は桶狭間の2千騎での進軍を老中にはからず軍議にもかけませんでした。反対されるのをわかっていたからです。

でもそこで意をくんで決死で突っ込んでくれる2千人の若武者がいた。老中のいうことをきいたら織田家は滅んでいただろう。ことほどさように、一緒に歩んでくれる人は大事です。命令に従うのではなく、意を汲む、理解して行動する、これです。

想像ですが、信長は秀吉を、秀吉は光成を「わかる奴」と思ったのではないか。部下の能力が自らの生死を分ける時代、草履暖めや三杯のお茶程度のよいしょで選ぶはずもない。後世の物語です。最近とみにそう思うようになりました。

わかる奴が必要だから城持ちにする、それ以外は単なる従者。信長も秀吉も、自らわかってもらおうということなどしなかったでしょうし、それは権力者だからしないというより、日々懸命なのでそういうことはできなかったと思います。

思考回路を共有する者、そういってもいい。強大な物体を押し動かそうとするのは静止摩擦力との闘いであり、特に日本社会はそれが大きいのです。

 

(こちらへどうぞ)

 

僕はスナイパーしか使わない

評価をダウンできる5つの法則

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

「舞妓はレディ」を観る

2015 OCT 21 23:23:34 pm by 東 賢太郎

某企業にのりこみ、親友の I にいま京都である案件を考えているから協力せいと腹案を話した。奴はふむふむと静かにきき、「なんやお前も京都まで出没して遊びよってに」だ。まじめに聞こえない話らしいがこっちは大まじめだ。

祇園の花見小路に一力亭という有名なお茶屋があって奴はそこに出入りしている。近藤勇、大久保利通、西郷隆盛が通ったところで、大石内蔵助はここで討ち入り前に豪遊してカムフラージュしたという。

お茶屋遊びが京文化であるのはもっともだが、受け手である客人のほうも文化をかついでいるんだぜ、と勝手に主張している。そうやって、奴のようにお前はしょうもないと言う者に何をぬかすといいかえしつつ命の洗濯もする。

客が外人ばかりになってみい、京舞は和風バレエだろ、都をどりだってパリのリドみたいなもんだ。それじゃあする側もだんだん手が抜けるさ。俺たち客が品質を保つんだ。まあそういうことにしておく。

お茶屋は酒宴の場ではない。仕出しの料理を楽しむが料理屋でもない。芸を観る側でカラオケでもなく、トラトラなどお遊びはできるがキャバクラでもない。銀座のクラブが多少近いが芸妓はともかく舞妓に気の利いた会話は似あわない。

東京人にはそういうわけのわからない場であるうえ、色の白いは七難隠すというが白粉で固めた女性は上も下も年齢がわからない。舞妓はティーンエイジャーであるが、すっぴんでそんなのにお酌をされても困る。話題がないのである。

ところが彼女ら諸事不詳なうえ発する京ことばのほわんとした響きは異空間を形成する。我々は相手との相対感で言葉づかいを無意識に選択する習慣がついているが、不祥な相手ゆえ思考回路が停止してしゃべる中味はどうでもよくなってしまう。

畏友、写真家Sのスタジオで東宝映画「舞妓はレディ」を上映してもらった。監督は「Shall we ダンス?」の周防正行。これは実に面白い。

さて、なにがどうなるか。

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

ソナー・アドバイザーズ(株)創立5周年

2015 OCT 21 8:08:13 am by 東 賢太郎

昨日10月20日、というか帰宅したらもう日付が変わってましたが、ソナー・アドバイザーズ(株)の創立5周年を食事会で祝いました。

子供だと七五三ですが、3年目はまだ祝うどころではありませんでした。なんとかここまで来ましたのはひとえにお客様と社員の皆様のお蔭です。

特に社員(というか仲間)には責任感あるプロフェッショナルな仕事をこなしていただき、僕が自由好き勝手をやる精神的すき間を作ってくれました。昔からこの状態でこそベストパフォーマンスになる人間なので、非常に大きなことでした。

いま気がついた意外なことがあって、お客様と社員の全員が、僕が会社勤めを2010年に辞めてから新たに知り合った方々なのです。そう意図したわけではなく、もちろん従前のおつきあいをないがしろにしたわけでもありません。

これがどうしてか、考えましたが理由は浮かびません。昔に頼る間もなくどんどん新しい関係ができてしまいました。想像だにしなかったし、なにか生まれる前からのシナリオでもあって淡々と当たり前のように進んでしまった5年間という印象もあります。

起業しなければそのご縁は絶対になかったわけで、たとえ小さくとも、なにかを成し遂げようというマインドセットで生きることは大事と実感しました。ここからどうなるかわかりませんが、少なくとも死ぬ前に2010-15年を振り返って、あの5年はしんどかったけど楽しかったと言える気がします。

もう5年は全力疾走でいくつもりですが、そうすると65才であり、いまの具合から推し量るにどれだけ元気と気力が残っているか。巨大なストレスと戦う仕事でもあり、それは周囲からは見えないのですが、それをどうマネージするか。後継者をどうするか。これまで考えなくても良かったようなことが大事になってきそうです。

 

(追記、2月4日、61才の辞)

tanjyoubi「お客様と社員の全員が、僕が会社勤めを2010年に辞めてから新たに知り合った方々だ」というのは、勤めてきた大企業の余禄ではなく、自分の看板オンリーでやってるということです。会社時代、僕の実像は同僚にも必要ないので見せておらず、それを天下に開陳するという作業は3年間書き溜めたブログによってほぼ終わりました。

そして本稿を書いてから2か月でソナー・アドバイザーズ(株)の仕事は質・量とも変貌しつつあります。それは大企業のご威光・肩書つきの東賢太郎の虚像が完全消滅し、実像が歩き出したということです。日々の業務とブログで僕は30余年かけてできあがっていた虚像を剪定、断捨離したのであり、それによって社会的に生まれ変わりました。

これは実像だから地に足がついており、怖いものがありません。自分ができることだけやり、できないことはやらなければいいからです。できることで負ける気はあまりしません。会社時代もこうやって生きればよかったかもしれませんが、その勇気がなかった。だから今はちょっとだけ人間が成長した気分がしているのです。

それは、子供のころに背が伸びたという感じの成長ではなくて、親にいただいてまだ顕在化していない能力を懸命に引っぱりだしたという感じでしょうか。出さずに人生終わったらその能力はなかったことになりますから、祖霊を敬って生きるという意味は、日々そうした努力を死ぬまで積み重ねることだと僕は思っています。

そういう意味での大人の成長というものは、仕事という局面でなければ絶対に味わえないでしょう。観客席で他人の試合を眺めてああだこうだと言うのは面白いが何も生みません。そういうものをやっていられるほど僕に与えられた時間はありません。自分がフィールドに立ってプロと呼ばれ、競争の最前線で切磋琢磨する必要があるのです。

お金を扱う仕事ですから、僕はお金というものを冷徹に見ています。公益サービスやNPOは別として、能力が発揮されればお金は必然的についてくるのが資本主義です。給料が安いと嘆く人がいますが、自分のしているのは競争に勝てる仕事ではないと悟った方が成長します。お金は目的にすべきではありませんが、お金は自分の市場での競争力の忠実なバロメーターです。

そのお金という商品をどう扱い、どう社会に貢献していくかがソナーの課題です。当座は必要でない人の預貯金を必要な人にどう循環させていくか、それが政府の言う第三の矢にどう連関していくか、国民経済的にどう影響していくか?日々考えています。

 

 

 

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

 

 

 

 

 

わかる人、わからない人

2015 OCT 12 14:14:55 pm by 東 賢太郎

ある方がオフィスに来られて、この20日で起業して5年になりますねと申し上げた所、すごいことですと、ぽつりと一言をいただきました。

5年になりますとは折あらばいろいろな方に申し上げていることではありますが、彼のぽつりは胸にささりました。

あとで話してくれたことによると、彼はずっと年下ですが、勤めた会社が苦境の時期を経ていて転職されています。現在は海外の会社のパートナーの地位についている俊英なのですが、その数年間のことは思い出したくないほどのことだったようです。

自分で苦しんで初めてわかることがあります。何もない所から生んだ会社を5年間存続させた重みは、前回会ったのはまだ順調だった3年前ですから、そのころだったらわからなかったでしょうとも。

「わかる」ということばの含蓄は深いですね。わかってくれた彼を、こんどは僕の方が一言だけ聞いて「わかる」のです。わかるのは悟ることへの第一歩かもしれません。

社会というのは人と人のつながりで成り立っていますが、その真ん中に身内という小さな社会があります。家族、友達、仲間、会社、共同体などという。では社会と身内の境目はどこなのかというと、これはなかなか答えるのが難しいことでしょう。

私事ですが僕は本来あんまりしゃべるほうではありません。身内というプライベートな空間ではとくに。しかし社会では多弁にもなり、ときに勇弁でなくてはならない場面もあります。実はそういう自分はあまり好きではなく、社会生活のなかであとから方便としてついてきた技術のようなものです。

身内をおおざっぱにイメージするなら、自分と利害関係があまりないという範囲内の社会ではないでしょうか。そうだとするなら、多弁、勇弁はそれがあるから必要なのです。まったく袖も振り合わぬ人、つまり利害関係のない人に弁は無用でしょう。同様にそれのない身内にもということなのかもしれません。

しかし、僕においては理屈ではなく、わかるなら、いらない。それだけです。そして、わかる人だけが身内というなら、身内にはだからいらないわけです。どうしてか、わかりませんが、言わないでもわかるほうが信頼が強まるという僕のスタイルです。

身内は「わかる」こそが大事であります。すくなくとも僕には。余計なことは言わない、言わないからといって余計な気もお互いに使わない。だからわかるしかないのですが、わかる人を僕はわかるし、わからない人もわかる。

というと禅問答のようだと思われるかもしれません。ところが興味深いことに、その禅の本を読んでいたら

不立文字、教外別伝

とあります。経典の「文言」によるのではなく、「体験」によって釈尊の悟りの内容を自身も悟ることを目指すのが禅宗だそうです。人は心の在りようこそが大事なのであって、言葉はそれを伝える不完全な容器にすぎないと。

その教えをお借りして甚だ身勝手ではありますが、僕は相手の心の在りようを察してあげられることが不完全な言葉をいくらかけることよりも大切だと思います。釈尊の悟りにはほど遠い程度のことですが、日々の人のこころというものも言葉ではうまく伝わらないものだし、それを言わずとも察してあげられることが「おもいやり」の神髄と思うのです。

英語はまず「ハワユー」 「How are you?」  を習います。「ごきげんいかが?」と訳されてますが、ここでyouというのは「あなたの心や体の状態」ということです。「あなたは(今日現在の)あなたの心や体の状態を自分自身でどのように把握していますか?」という、実はけっこうプライベートで微妙なことをきいているのです。しかも質問だから、答える義務があります。

これは考えると妙で、日本人はそういう質問は病気の人にしかしません。そしてそれには 「I’m fine, thank you. and you?」 と答えろと習うんですが、これはますます妙である。人間だからfineでもない日もあるのです。毎日毎朝これを何万回もきかれていると時々 very bad なんてわざとぶすっとして答えたりします。

すいません、尋ねない方がよかったですねってこともあって、普通は「こんにちは」の代用品で軽いタッチで使われますが実はそうでもないことを質問しているということがお分かりいただけると思います。

西洋はそういうやり取りを言葉で毎日かわさないといけない。言葉が人間関係の潤滑油として機能する文化です。

米国でルームメイトが彼女に毎日愛してるを言ってる、あれホントなんです。僕は仮に愛してないならそれはどうしても言わなくっちゃいけないだろうなと思うんですね、それだけは言わないとわからないから。あんなにあたりまえのことを毎日言ったら言葉が軽くなります。そんなに軽いモノならいざという時に百万言ついやしたって何の重みもない、どうするんだろうと逆に心配になりました。

冒頭の後輩は、「すごいことです」のたった7文字で、僕が5年間にいかなる苦労をしてきたかということへの共感を伝えてくれました。もちろん彼は僕の苦労の細かな事例は何も知らないから一般論なのですが、「起業」「5年」「持続」という事実への体験を通した理解があったのでしょう、それが言外にじわりと伝わってきました。

体験を通じて知った者だけが発することのできる共感なので、その体験を持っている僕も、共感ができたのです。お互い様です。千文字の美辞麗句を並べてもかなわないものがある。そして、それをわかる人と、わからない人がいる。わかる人はそういう者同士で身内になれるし、だんだん「わかる人だけの集団」と「わからない人だけの集団」が分かれていきます。

昨今、シャープとか東芝がおかしくなって、だから身内だけの経営はいかん、社外取締役制度を強化しろという声が強まりました。「わからない人」をいれて「わかる人」だけの集団を監視させろということです。しかしどうもおかしい。社内警察官が目を光らせないと則を超えて危ないようなビジネスなら、やめてしまえばいいのです。

僕は事業というものは「わかる人」だけでやるのがいいと信じています。それで道を逸れるなら、それはやっている事業自体がもともと勝算がなかったり倫理的におかしいかもしれないぞと疑うべきなのであって、同族経営や仲良しクラブだったからそうなったという事例はもちろんあるにしても、それは決して事の本質ではないと思います。

異質の「わからない人」が経営の意思決定者にたくさんいれば暴走がないだろうというのはいかにも正論に聞こえますが、正しいことをやっているなら暴走は快進撃と呼ばれるのです。もともと勝算がなかったり倫理的におかしいことは絶対にやらないという仲良しクラブが悪いという理屈はないでしょう。

線路に乗っているかどうか、大事なのはそれだけです。乗っていないのにアクセルを踏むから大事故になる。それをブレーキの利き具合の問題にすり替えてはいけません。ブレーキだけなら事故は起きないが、車は前に進みません。会社は何をやっているのか意味不明になります。

僕は「わかる人」が好きなのではありません。個人的には嫌いだけど、わかる人はいます。好き嫌いとは別なことです。ただ、家庭を作ったり、仕事を成功させたり、なんであれ小さな社会をうまく進めていこうと思えばそういう人といることが円滑なのです。

さきほど「おもいやり」と書きましたが、漢字は「思い遣り」です。「遣る」とは「さしむける」、 「送り届ける」という意味ですから、これは能動的に、こちらからの働きかけとして、「思い」という心の動きをさしあげることであって、うわべのやさしい言葉をかけることや同情してあげることではありません。

これを西洋人に言葉で説明する自信はまったくありません。態度で行くしかないのです。僕が朝っぱらからハワユーにわざとしかめっ面で very bad , and you? なんて答えて相手が笑って、Oh, I’m great, I’m afraid. なんてくる、これはぱっと相手の顔を見て機嫌が良さそうな時しかできないのですが、英米人とだってこうやって「わかる人」の関係になれる。意外に万国共通のものじゃないかと思ったりもします。

 

ブレイン・ストーミングとは?

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

 

 

僕がなぜコピペに厳しいか(追記あり)

2015 SEP 11 0:00:03 am by 東 賢太郎

急に朝晩が涼しくなってきたと思ったら急に東京も大雨に見舞われました。多摩川が異例の増水となっていて、二子玉川駅のたもとにある兵庫島がほぼ水没したようです。株式市場は乱高下するし、安保法案は波乱がありそうだし世情も安定しません。

我が社は3月より取り組んできた案件が今日ついに第一関門を通過し安堵しております。当節、注目を浴びるインバウンドに関わるビジネスであり、サイズもこれまで手掛けた中では最大で社業へのインパクトは絶大です。明日も本件で名古屋に日帰りします。

ということで大変に気分は良いわけですが、昔よりディール執行中、特に大詰めに入った時期というのは寝ても覚めても全神経がそれに集中していて人当たりが良くないというアラがございます。人間がネコ型にできてるゆえか、ハンティング中は遊ばない嫌な奴です。

案件を終結させること(一般には契約調印してお金がふりこまれる)をクロージングといいます。それは9月末予定ですからそれまでは一番テンパってるはずで、無事クローズできたらゆっくり遊びます。この仕事はこれのくり返しであります。

案件を作りだすことはオリジネーションと呼びます。オリジネーション⇒クロージングですね、これがワンサイクル、「ひと仕事」です。一年に二つ三つできたら充分。オリジネートは僕の人脈でやりますがここは鼻の良さと運が左右します。ひとたび手にすれば、あとは迅速にぬかりなく、クローズする。ここは勘と速攻力です。

タンザニアの大平原の雄ライオンの話をナショナル・ジオグラフィックで見ていて、ああオレもこれだよなあ、お互い大変だよなあと共感してしまう(といってもどなたもわかって下さらないでしょうが)。ハントが失敗すれば餓死ですからストレスは大きい、でもそれが性分にあっていて幸せなのです。

つくづく思いますが、こういうことは野村證券で鍛えられなかったら絶対に無理でした。当時、証券業に飛び込むなんて学校で異端児の部類でしたが遊んでてなんにも勉強してないんだから仕方ない。ところが、その遊びまくったなかで鼻の良さと勘と速攻力が身についていたもんですから、結果論ですが一番それが活きる業界に入っていたと思います。

オリジネーション⇒クロージングと書きましたが、証券会社で周りの人を見ていて、これが基本の基本だというのに下手なんです、ほとんどが。特別なことじゃなく、「与えられた仕事を最後まで責任もってちゃんとやる」という社会人として当たり前のことなんですが、実はこれがいつも完璧にできてる人は100人に2,3人でしょう。

そう思うのは僕が仕事の完成度に人一倍(いや二倍ぐらい)厳しいからですが、自分のクロージングはその基準で妥協したことは一度もありません。それが甘い人と競って、1,2回ならともかく10回やれば仕事の質の差は誰の目にも明らかですからミスも少ないしお客さんも信頼してくれます。つまりビジネスとして競争力があるわけです。

コピペや盗作などする人に僕はとても厳しいわけですが、それは別にその人をたたきたいわけではなく、だって全然知らない人なんだからどうでもよく、そういう風潮、世の中の傾向というものが反吐が出るほど大嫌いなのです。それが日本人の美徳を台無しにしてしまうと思うからであり、それをなくした日本というのは世界の誰からも尊敬されない国になる、そういう危惧を16年海外に住んだ実感から確信しているからです。

若い方の個人としての将来にウォーニングするなら、コピペや盗作や情報お漏らしなどする人間は仕事の完成度が甘いどころか完成という意味すら理解してないわけで、基本的に何の仕事をしても確実にだめです。必ずぼろが出て仕事の出来以前に三流の人間という評価になります。世の中の目というのはそんなに甘くないということです。

他人が見てるかバレルかなんて基準で人生を生きてるから魔がさしてそういうことをしてしまい、誰かに気づかれると即死するんです。いつも厳しい基準を自己に課して、自分を律して、そこを超えるまでは何日徹夜してもこつこつとやる。そういう覚悟がないならそんな仕事はやめてしまったほうがいい。

どんな小さな仕事でも、仕事でなくたって自分がやると決めたこと、やりますと引受けたことは、最後」まで、「責任もって「ちゃんとやるのは簡単そうですごく大変なことだと身をもって思えたら、あなたは大丈夫ですよ。

 

(追記、3月18日)

ついにショーンとかいう意味不明の男の学歴詐称事件までおきました。記事によると人生、丸ごとコピペでしたっていうから気の毒だ。上記、くり返しますが、「コピペや盗作や情報お漏らしなどする人間は仕事の完成度が甘いどころか完成という意味すら理解してないわけで、基本的に何の仕事をしても確実にだめです。必ずぼろが出て仕事の出来以前に三流の人間という評価になります」

何を言いわけしようが、コピペをしようと思っただけで人間の性根が露呈してしまう。ウソがバレただけじゃなく人品骨柄の卑しさが出てしまった。これは致命的です。

このくだらない事件、感想ですが、やっとMBAという単語が日本に広がったかということに尽きますね。詐欺に使えるぐらい。僕のころは誰も知らなかったですからね、ついにマスコミが覚えてカッコいいじゃんとなったんですね。

どのぐらいMBA取るのが大変か知らないから気軽に詐称しちゃう。テレビ局も知らないからだまされちゃう。このお気軽感がカワイイです。草野球で腕自慢のオニイちゃんが「ヤンキースで投げてました」って言うようなものですよ。ちょっとでも野球かじったら怖くて言えませんわ。要はこの人は野球すらやってなかったことがばれたわけです。

彼の芸能事務所はビジネスネームといってるらしいが芸名は英語でstage nameです。芸名でできるビジネスなんてないからね、ホストぐらいでしょうね。だったら源氏名ですな。しかし源氏名でニュースのコメンテーターっていうのもすごい時代になったものだ。テレビ局はホストクラブってことだからね。

最近CMで素人たくさん出して「もう手放せません!」なんて言わせておいて「個人の感想です」って逃げるの多いですね。これ、演技ですから、ウソですからって言ってるわけですよ。公共放送が堂々と嘘、ホラを垂れ流してる。これ見て育った子供は嘘の何が悪いとならないでしょうか。

僕は子供には、テレビで流れてる情報は99%ウソだと教えてます。

 

 

(こちらへどうぞ)

 

ここまできたか・・・(司法試験漏えい事件)(追記あり)

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

 

 

 

 

 

戦争の謝罪をすべし、ただし日本史を広めるべし(追記あり)

2015 AUG 16 1:01:29 am by 東 賢太郎

外国人が多いのは銀座だけではありませんでした。今回行った福岡も京都も中国語、韓国語、英語が飛び交うのに変わりはなく、しかも大都市部だけではありません、嬉野、近江、長浜のような街でも聞こえてくるのだから驚くしかありません。日本が観光大国への道を歩んでいることはほぼ間違いないでしょう。

いま取り組んでいるビジネスはインバウンド誘致、アミューズメントに関わるので訪日客の観光や消費の動向調査がどうしても必要です。しかし国内は九州、四国、北陸などあまり行ってないためデータにあまり体感がなく、やや焦りを感じているところです。

今回は中島さんと野球を観ようという話がたまたまの発端でしたが、せっかく九州まで行くならということで、何のことないまたまた仕事になってしまいました(笑)。重要拠点である博多をスタートにまず九州を、そして外人が最も行きたいとされる京都とその近辺に行くことに決めました。両者を一貫したテーマは「歴史」です。僕の信念として、我が国の歴史こそ外国人に知ってもらいたいからです。

これは話すと長いのですが、海外にいたころ各国のビジネスマンとよく飲みました。僕は戦争の話をよくしたんです。もちろん第2次大戦です。中韓の人とはもちろんのこと、米国人とだってこの話題はちょっと危険がありました。喜ぶと思ったドイツ人に不快感を表明されたこともありました。それでもそうしたのは理由があります。

この話題で飲めるというのは、良い側面だけ言えばお互いをよく理解してるという信頼の証しでもあるのです。また、その人が商売面は良くても本当は日本人が嫌いかもしれない。そういうことも表情で分かってしまう。そうではあっても、会社と会社では付きあうわけですからお互いの本音を知った方がいい。少なくともこちら側はそこまで腹を割った上でビジネスするよということです。

それは僕の主義になっているのですが、もともとそんな度胸があったわけではありません。日本のお国自慢が富士山や温泉だけじゃ寂しい、なにより日本人の心を知ってほしいと思って規律正しさや勤勉さ、思いやり文化や恥の精神の話をしたのです。すると、「それはわかってるさ。列車の時刻表は秒刻みだ。信号は車が来なくても皆じっと待ってる。だからカンバン方式のトヨタができたんだろ」とくる。

ちょっと待ってくれよ、となります。

それって、メガネかけて肩からカメラぶら下げた終戦後の日本人像、それが経済的に成功したらエコノミック・アニマルなんて言われちゃうあの日本人の延長だろと思ったのです。サムライやブシドーという言葉は有名になっていましたが、どうもマーシャルアーツの総本山みたいに誤解してる。英国の貴族は位があるかわりに国の危機には馬に乗って先頭で戦うわけです。しかしブシドーにはそのノビリティ(貴族性)のイメージが欠けていて、野蛮な戦闘員の武術と思っている人が多かった。

そこで「ムサシ ミヤモトを知ってるか?日本で一番強かったサムライだが、歴史に残る思索書がある。水墨画の名人で、作品がたくさん美術館に飾られてるアーティストでもある」というと一様に驚くのです。今だったらスマホで彼の「枯木鳴鵙図」でも見せれば誰もが納得でしょう。つまりそういう男がリアル・サムライになれるのであって、スーパーマンとは違うのよ。強いだけじゃない、カンフーを振りまわすだけのヒーローじゃないんだよということを理解してもらうには、どうしても歴史が出てくる必要があります。

例えば日本の武将はサムライだから掟があって、攻める前にまず「やあやあ我こそは」の名乗りを上げねばならない。それが不意打ちは恥という不文律になっていた。だから戦線布告なしに満州を襲ったソ連みたいなことはしないのです。またサムライは敗者を女子供まで皆殺しにはしません。清盛は助命を受けて殺さなかった子(頼朝)に殺されてしまうという前例があるのに、後世は皆殺しを慣例化しません。世界的にも異例のことで何か抑止力が働いている。だからあの家康だって天下人になったのに豊臣氏をすぐには滅ぼさず、15年もかけた上に口実までもうけてから大阪夏の陣に至っています。だからナチスみたいなことはしないのです。

僕らがみな武士道を知っているわけではないですが、それは日本人の精神の底流には脈々と受け継がれているものでしょう。それは「武」だけの精神ではないからです。武蔵が書画工芸、文化にも一流であっただけでなく、戦国武将の多くが中国の古典を能くし、能狂言、茶の湯をたしなみ、自ら謳い、舞い、信長はセミナリオデでヴィオラとオルガンの合奏まで聴いていた。戦場では猛々しかったろうが、文化人の素養もあった。そういうイメージとはほど遠い秀吉の書状や手紙を見ても達筆です。敵に塩を送るような精神からは皆殺しという野蛮な発想は出ないのではと思います。

いま議論がかまびすしい戦争の謝罪問題ですが、日本軍は世界に冠たる規律の厳しい軍隊だったそうです。それが武士道から直接くるのかどうかではなく、日本人の集団というのは軍であれ役所であれ会社であれそういうものになってしまうというところが大事と思うのです。僕は謝罪には肯定的です。ご近所にご迷惑をおかけしましたと謝るのは、日本的な精神として違和感はありません。しかし、現状の外国人の日本への知識や理解度からすると、「ごめんなさい」といえば「それ見たことか、あそこのドラ息子が」ということになるでしょう。そう利用もされる。そうではなく「あそこの息子が謝った?さすがだね、やるじゃないか」としたい。そうですから。

ご近所には申しわけなかった、でも、タマは遠くから飛んできた。村山談話はご近所に視点があるが安倍談話はタマの出所にも視点があって、こんないい息子が何もなくあんなことはしないという思いがあるのでしょう。だから子供、孫の代まで謝らなくても良いようにしたい。僕も同感です。といって動機が正当なら殺人が許されるわけではありません。長い歴史の中からその行為だけピックアップして記憶されてしまっているのが現代の日本です。TVのニュース報道でインタビューの中から一部だけ切り取って放映され、悪いイメージが定着してしまうようなものです。

だからこそ、僕らの世代が「我々はあんなことそんなこと、やるような極悪非道な民族じゃない」という発信をし続けて行かなくてはいけないと思います。思えばこちらだって鬼畜米英と言っていたわけです。敵が鬼、畜生に見えるのは人間の道理であって、勝てば官軍でそれは消えてしまいます。いや正確には、勝ったほうが歴史を新たに書いて消すことができる。しかし日本は不幸にも負けた。だからそれが残っていてまだ鬼畜と言われる。これも道理なのです。だから、それに怒っていたずらに角を立てても諸事が悪くなる。道理には道理で向かうべきです。

元首相が土下座をして回る、本人が何のつもりか知りませんが、日本人が見てわからないことを外国人がわかるとは思えません。日本人はああいうことを天皇や武将がするだろうかと歴史に照らして考えればいい。文民統治の世なのだから首相がサムライである必要はない、そうかもしれません。しかし歴史は天下をとった「武」を中心に回るのが道理です。「文」がそれに無縁に存在してきたわけではない。日本精神の文脈までを否定すると、我々はこの戦争までの千数百年も自ら否定することになります。弱い相手は蹂躙するが強い相手には土下座する、おそらく世界的にどこの国でも尊敬されない男の姿をさらして彼は日本国に何を得ようというのでしょう。

僕らは学校で日本の歴史を習っています。神話で始まり敗戦で終わる。神の国が西洋に屈して物語はほぼ終わっているのです。これで国に誇りがもてるのでしょうか?僕はあの戦争はきっぱりと敗戦と明記すべきと思う。それでは英霊が浮かばれない、そう言っていると永遠に浮かばれないでしょう。僕は高校が隣だった靖国神社に何度もお参りしましたし、知覧もひめゆりの塔も行ったし、グアムもトラック諸島も真剣に観ました。米国人がアーリントン墓地へ参り、野球場で国歌を歌うのと同じぐらい愛国者であり、戦争をはげしく憎む者です。右翼ではなく、世界を見渡せば至極当たり前な中道派の市民であると思っています。

東京裁判によってでなく自らが敗戦としなければ、精神の脈絡という大事な糸までが切れてしまいます。日本は滅びてさら地となったわけではありません。古来からの精神の糸がぴんと張っている、だから軍艦の数ではなく今度は経済成長によって正々堂々と、誰にも非難されることのない世界一になったのです。これは東洋の奇跡としてではなく、千数百年蓄積した日本人固有の能力がおこした必然の方に目を向けるべきであり、日本史の教科書はそこにページを割くべきです。歴史学が幾分なりとも科学でもあるならば、70年前の焼け野原がここまで来た真因を因果の叙述に終わらせるのではなく、日本文化や美意識まで内包した日本精神の自律的、内在的な作用があったことを解明し、子供たちに誇りと未来への自信を与えていくべきなのです。

そういう前提で戦争の謝罪をする、立派な敗者となる。それは国家に軍事力だけでは得られない尊厳をもたらします。

それには、歴史を、日本史をもっと我々が知ること、そして広く外国人に知ってもらうことが早道なのです。今回、有田、吉野ケ里遺跡、大宰府、九州国立博物館、本能寺跡、妙覚寺・二条御新造跡、安土城跡、近江八幡、竹生島、長浜城址などを歩き、観ました。とても疲れましたが。というのは、ノブナガ、ヒデヨシ、イエヤスは日本の歴史上の人物としては比較的外国人に有名であり、西洋史も中国史も同様の国盗り物語があってその勝者が書いた歴史が正史となっている。その意味で興味を持ってくれ、深く知りたがる人が多いというのが僕の経験だからです。

ところが信長の安土城も秀吉の長浜城も行ったことがない。これでは話にもなにもなりません。

内容は書けませんが、僕がやることは外国人に日本史をある程度は知ってもらい、「ロシアに勝ってアメリカに負けた国」というワンセンテンスで終わらないようにしたいという動機を持っています。単なるビジネスとは考えていません。5年後の東京オリンピックにかけてのひとつのチャレンジになります。生きてるうちにもう日本で五輪はないですからね、思い切りやりたい。京都には何度も行くことになる予定です。

 

(追記、16年1月20日)

本稿を書いた15年8月時点で、その半年後に本当に政府が謝罪してしまうとは思いもよらなかった。

あれは慰安婦問題の謝罪であって戦争そのものではないが、仮に我が国が戦勝国になっていたらしなかっただろうから根底には同じものが横たわるとも考えられよう。そして僕はこの謝罪は、本稿に主張した謝罪の脈絡に位置付けられうるものであり、したがって良かったと考える者のひとりであって、全面的に全人格的に民族的に悪うございましたという(そうとしか見えない)元首相の土下座事件ごときとは同一次元で考えることすらままならないという立場にある。

謝罪文の「次世代に禍根を残さない」という意図は、それこそ全面的に支持し得るものであり、僕がSMCに書き残した「若者に教えたいこと」全稿を貫く横糸のようなものである。そしてそれを歴史という縦糸でくくることが必須だというのが本稿の趣旨である。

中国政府が歴史を学べと言ってくる。実に有難いことである。彼らは逆に「日本史は教えるな」と言うべきだ。国の歴史すらまともに知らぬ国民というのは、戦争放棄しようが平和主義であろうがなかろうが愚民なのであり、金持ちであるうちはいいがそのうち財産もなくなって間違いなく二等国へ後戻りの道を歩むだろう。中国は柿が腐るのを待てばいいし、そういうタイムスパンで戦略をたてる国だ。だから次世代に禍根という足枷があってはならないのであり、次世代はのびのびと、高らかにambitionを掲げて、自国のため世界平和のために力を発揮すればいいと信じる。

 

(こちらへどうぞ)

 

日中韓米の相克と歴史教育

安土城跡の強力な気にあたる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ハプニングの続く毎日

2015 AUG 6 1:01:22 am by 東 賢太郎

今日は後輩に新しい事業家を紹介いただいたところ、その方がたまたま僕のお客様と懇意であるということが分かりました。世間は狭いものです。大変にインスパイアして下さる感じの方であり、いろいろ教わることがあり、すばらしい出会いとなりました。

このアドバイザーというビジネスを始めて今年で5年、もう何人もの事業家、経営者の方々と知り合うことができましたが、僕はその出会いのプロセスこそ楽しみです。そこからご縁がどう発展するかは千差万別で、何も起きないことだってたくさんあるのですが、別にだからどうということはありません。「明日が読めない展開」というのが僕は楽しくて、どうやらそれを食って生きているような気さえいたします。予定調和と安定を好む日本人としてはかなり変わり者だろうと自分で思います。

僕がアドバイスできるのは投資とファイナンスに関わることに尽きます。それだけでお客様についていただいている。お金があって増やしたい人と、事業があってお金が足りない人の両方が顧客であります。理屈的にはインベストメントバンク(証券会社)と同じです。その両者を引き合わせればいいのだから人脈さえあれば簡単なのですが、両方の仕事に精通している人というのは意外に少ないのでしょう、だから仕事がくるのだと思います。

「くる」というのは今日のも急に5時半にはいってきたアポイントメントで、6時からお客さんと神宮のヤクルト・巨人戦を観戦する予定になっていたのですが仕方ありません。実は先週29日もヤクルト・広島観戦予定だったのですが、急に今晩会食したいという電話があり、非常に大事なものだったので行けなかったりもしてます。

ということでハプニングの続く毎日ではありますが、今日はなんとか7時ごろに神宮球場にたどりつきました。3回になってましたが。小川と小山の先発でヤクルト優位と思っていましたが、シーソーゲームでとても面白かった。

jinguu6

 

 

まずは小川の本塁打などでヤクルトがリード。

 

 

 

jinguu7

 

 

つぎに長野、村田の本塁打で巨人がリード。

 

 

 

さらにもう一度シーソーがあって、9回裏はヤクルトの一打逆転サヨナラの場面がありましたが、結局巨人が振りきって6-5で勝ちました。

小川の球威はなかなかでした。それを本塁打した長野、そして大事なところで2本塁打した村田、やっぱり巨人のバッターは力があるんです。ここぞでちゃんと打ちますからね。村田は6本しか打ってなかったのが不思議なほど今日はうまくバットに乗せていました。そういえば、知りませんでしたが、これが巨人軍が創立して1万試合目だったそうでいいものを見せてもらいました。

帰ってニュースを見ると西武がやっとトンネルを抜けたようです。菊池の球がすばらしい。しかし、菊池がいて岸がいて牧田がいて、秋山がいて中村がいて森がいて、どうしてこんなチームが13連敗もするんですかねパリーグは。セにいたらきっと首位ですね。

かたやソフトバンクの強さは型破りです。4回までで9奪三振の大谷をKOしてしまう。まったく隙がありませんね、スモールベースボールまでうまくいってますから。いよいよ来週は中島さんをたずねてご一緒にSB戦を観戦するのですが、ヤフオクは初めてであり、とにかく凄い野球をしているパリーグを見られるので今からわくわくしてます。帰りは京都へ寄って仕事ですが。

そういえばカープを上得意さまとしているタイガースの能見投手は予定どおり苦もなくひねったようです。TVでこんなものを見なくてよかった救われたという意味でも、今日は神宮に行って大正解でした。

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

テイラー・スウィフトを聴く

2015 JUL 28 1:01:43 am by 東 賢太郎

いま一番きをつけているのが、頭をやわらかくしておくことです。体は断食にはじまって10kmも走れるようになって若返ったようにも思いますが、頭の方はむずかしい。

そこで暇をみてはこういうものを聴いています。

テイラー・スウィフトは2010年のグラミー賞で4冠を達成、最新アルバム『1989』が、過去11年間に全米で最も速く500万枚のセールスを達成したアルバムになるなど、いま世界で最も売れてる米国のシンガーソングライター、カントリー歌手であります。

と、知ったようなことを書きますが、実は仕事関係者からついこのまえ教えてもらっただけですが・・・。

なんといってもこのyoutubeのアクセス数が2億7千万!25才で年収が82百万ドル(=約100億円)となると、サッカーのクリスティアーノ・ロナウド(30)の79百万ドルをしのぎ、同世代の英雄であるヤンキースの田中将大(26)の23百万ドルの3.5倍、テニスの錦織圭(25)の19.5百万ドルの4.2倍です。

娘と同じぐらいのトシですが、資本主義社会の一員としてこの数字にはひれ伏すしかございません。

彼女を聴く(というか勉強するですね)のは、株式市場に居る者は世の中で一番売れているものに接してないとだめというタテマエが少し、彼女が猫柄のシャツを着るほど猫好きというのがかなり、しかし一番おおきいのは彼女が来日したとき会える4人しかいない日本人のひとりと仕事するからなのです。

これは彼らとグローバルブランドを作ろうぜという法外な野望があって、彼はアップルやユニバーサルに認められ作曲も歌手のマネジメントもやってグラミー賞もとっている世界人。34で若い。僕はそんな世界はかけらもわからんがカネ勘定ぐらいはできそうということでお誘いいただいたものです。光栄なことです。

しかしマドンナもレディガガも今や世界を席巻するのは女性という趨勢ですね。すべてが僕にとって新しい。これで頭の方も少しは若返るかな。

Pink sunglasses_with case_250x245

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

オローラ島での瞑想

2015 JUL 21 0:00:33 am by 東 賢太郎

今回はもうひとつ、一昨年にミクロネシアに設立した会社の定例の株主総会、取締役会も行いました。間に入っているMRA(Micronesia Registration Advisors, Inc.)は米国人経営の政府エージェントであり、ミクロネシアへの補助金援助を打ち切る予定になっている米国が後ろ盾になって海外企業家を誘致し、財政的な独立を援助するスキームとなっています。

そのパワー・バランスの変化に目をつけているのが中国であり、4島の一つヤップ島では大規模なゴルフ場付リゾートホテル開発を進めようとして住民と対立しています。ミサイル戦の時代に入り、グアム以南の太平洋諸島は米国にとって戦略的重要度を失って米軍は退却の方向であるため中国が進出を虎視眈々と狙っていると思われます。太平洋の反対側でニカラグアに運河まで作ろうかという国です。沖縄、尖閣、台湾、フィリピンを超えた外洋に彼らの戦略的視点は移っています。

L社社長とはそういう観点からの問題意識の共有をさせていただいており、お金儲けや節税ということではなく日本のゆかりの地に日本人の手で何ができるかということを常に考えております。電力をはじめとするインフラ整備はその可能性の一つであり、インフラなくして産業はなく、産業なくして雇用も税収もないわけです。満足な教育もなくそれを推進する人材も育ちません。

そのような眼でこの国を観察しますと、国家の基盤やその発展というものが何を必要条件として進むのかが肌で分かります。明治時代の日本国も規模こそ違え同様のプロセスを経て近代国家を形成したのですが現代の日本国のぬるま湯につかってそれを体感するのは困難です。ミクロネシアに3度来てそれを知ったことは僕にとっては事業を超えたモチベーションになりつつあります。

問題は現在のミクロネシアの年配の人々に豊かになろうという意欲が希薄なことで、こればかりは社会システム、教育、労働に対する価値観などに起因した難しい底流です。自給自足で満足な生活を無理に変えることが善ではありません。だからそれをアメリカンなもの、物質文明、消費社会という方向ではなく、日本的なやわらかな共存共栄社会、金銭を仲介しない助け合う社会という方向でより生活の満足度を上げられるというのがいいのではないかと考えます。

そういう考えがふと出てきたのは、今回連れて行ったいただいたオローラ島でしばし休憩しているときのことでした。オローラ島は帝国海軍司令本部があり連合艦隊停泊地であった夏島の東方沖に位置するサンゴ礁の小島であります。

 

我々が今回宿泊したブルー・ラグーンから小舟で30、40分でこんな色の海になります。

orora2

これがオローラ島です。

orora

ごく少人数の宿泊もできますし無人島ではないですが、一周歩いても5分もかからない小島です。電気もガスもWiFiもなし。南洋の孤島というのはいっさいの日常的思考を断ち切る力があります。

orora1

ミクロネシアは自然環境からいえばゴルフ場とビーチこそないが一級のリゾートになり得るでしょう。ただ我々日本人には他の国の人とは違った思いがある。なにせ目の前の海には何十隻という日本の艦船やゼロ戦が沈んでいるのです。

南国の潮風で緊張は弛緩するのですが、こんな気候風土の地に巨大な基地を建造した海軍の知恵と努力というものは戦争の是非とはべつなところで日本人の有能さと勤勉さについて強く語りかけるものでした。昭和16年に無謀な戦争に思慮なく突入した責任は問われるべきものですが、思慮なく戦争反対を唱えれば何も起きない平和な国が保てるというものでもないというのはこの地に来て戦争の歴史をみればわかる。

戦争はくり返したくないと叫ぶのは同感なのですが、何も学ばずにそれをくり返すのも甚だいけない。おばあちゃんがこういったと涙を流す女性原理で大国間の国際政治という非情なインテリジェンスの戦いは動かない。怜悧で貪欲な連中のパワー・バランスの中で、軍隊もなしに大国でいられる国が百年後に果たしてあるのだろうかと真剣に思います。カルタゴの運命をたどらないためにも、日本国には徹底した非情なインテリジェンスとそれを形成する情報が必須です。ただのハンタイは無智なのです、無智は国際政治に何の影響力もなく、無力です。

戦争を本当にしたくないなら、誰であれ智恵の形成に向けてパブリックにものを言い、歴史観とコモンセンスをもって参画し、自民党はそれに聞く耳を持つべきであろう。

そういうことを考えるに、この島はとてもいい場なのではないか、そう思いました。

 

 

陛下の生前退位報道とミクロネシア

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

ライフLife Documentary_banner
加地卓
金巻芳俊