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カテゴリー: ______体験録

朝きこえてる音楽の謎

2015 JUL 3 11:11:42 am by 東 賢太郎

きょう目覚めると、頭の中で鳴っている音楽があります。

歯を磨いていて、意識が何となく「そこ」へ行ってあれっと思う。音楽の夢とでもいいましょうか、たまにあります。好きな方はそんなご経験があるのではないでしょうか。

さて、きょうのは

ファ#ソミーレ、ミファレード、ドミラーソファ・・・

です。曲名がすぐ出てこない。これなんだっけ?

人の名前が出てこないのといっしょで気持ちが悪い。5分ぐらいあれでもないこれでもないとうんうん唸りました。わかった。

カール・マリア・フォン・ウェーバー作曲 「オベロン」序曲

である。ああ、よかった。

ところがまた唸ることになる。どうしてこれが?

だってこれ、特に好きでもないしもう10年も聞いてないぞ、たぶん。なんで今朝これが頭で鳴ってなくちゃいけないの?

そんなことわかりませんよね。偶然だろ偶然、そう自分をなだめて電車に乗ります。しかし、気持ち悪い。聞こえるからには何かの縁というかきっかけというか、因果のようなものがあるはず。

しかたなく推理します。オベロンはきいてない。それは確実。だとすると、どこかで最近に「何か似たの」を聞いたんじゃないか?それが記憶を引っ張り出したんじゃないか?

オベロンの特徴は「ソ⇒(上の)ミ」の、元気のいい6度のはねあがりでしょう。これを手がかりに、6度跳躍のある曲を最近聞かなかったか記憶をさかのぼってみます。

これを電車で40分唸ったのです。そしてついに真相にたどりつきました。

ゆーけゆーけーそれーゆけーきょじーんぐーん

これだ。これしかありません。火曜日に東京ドームで7回裏の巨人の攻撃前に大音量で流れた応援歌、これです。 この「けーそれーゆけー」のソーミミーレドーラー、このソ⇒ミの6度跳躍!これはたしかに耳に残ってました。だからこれがオベロン序曲のファ#ソミーレ・・・をひきずりだした。納得です。お聞きください。

そしてこっちが「オベロン」序曲。これの8分38秒からの所のヴァイオリンのメロディーがそれです。6度上に飛びあがって、やっぱりミ、レ、ラと降りてきます。このミとラが両曲で共鳴します。

嘘みたいに思われるでしょう。僕も思います。でも、今朝、オベロンが頭の中で自動プレイバックされていた、小説より奇なる事実に自分で驚いています。

二つの曲が「似ている」と思ったことはありません。そもそも巨人軍の歌は知らなかったし、和音がちがうし、「6度跳躍」は後から発見したのです。すべては認識下ではなく、無意識下で起きた「事件」です。

でもそれならなぜ巨人軍のほうがプレイバックされなかったのか?なぜ朝の音楽が毎日は鳴っていないのか?

また唸ることになりそうだ。

結論

人間の脳は不思議です。

 

脳は寝ない

 

 

 

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クラシック徒然草-半沢直樹とモーツァルト-

2015 MAY 26 1:01:38 am by 東 賢太郎

先日ソウルへ飛ぶ機中で「半沢直樹」を初めて見た。第1話だけだが、食わず嫌いはいけないと思って見始めたら面白くて真剣に見てしまった。組織の論理と個人の幸福。証券会社だっておんなじだ。

もう同期は全員が外に出てしまったし、上司や部下だった人たちもそれぞれの人生を歩んでおられる。皆さん、サラリーマン人生はいろいろあったし、僕もあった。

25年いた会社で経営職(部長)として突然自分から「辞めます」と言ったことは僕の中で重い。日本的には決してほめられることではないし、そういうことは元来自分のするようなことではなく、心に何もなければしなかったと思う。

今でも時々夢を見る。海外のどこかの店に異動辞令が出て赴任する。良いポストだ。それがどこかわからないまま目が覚める。あまりに生々しく現実味があって、ひょっとしてああいう店に本当にいたことがあったんじゃないかと目覚めた刹那は錯覚している。

サラリーマンはそうやって異動、昇格に一喜一憂し命を削っている。嬉しかったのも落胆したのもある。ひとつひとつの辞令を受けた時の気持ちはすべて昨日のことのように覚えている。会社を辞めます、というのはついに辞令を自分で出したということだった。

そうして良かったかどうか、良かったと思いたいがどうだろうか。失ったものも大きいだろうが後の祭りだ。ふとした時に出てくるそんな後悔や傷心を、移籍した会社はおそらくよく理解され、修復し、新人で梅田支店にいた時のような自分に戻してくださった。

いま思っていることだが、あれがなかったら僕は完全にだめになっていただろう。辞めずに残っていてもたぶんそうだった。見栄、プライド、慢心のかたまりだったからだ。しかし新しい会社では、それを粉々にしないと次はなかった。

そこからまた数々の見込み違いと失敗に失敗を重ねて、そのご恩に十分報いることもなく僕は55才でサラリーマンの経歴を断つことになった。宮仕え完全失格である。大学卒業時に親父が言った。賢ちゃんはサラリーマンは向いてないよ。それは正しかった。

辞めてしまったら半沢直樹と違う。レースは負けだから何を書いても負け犬の遠吠えにすぎない。これも数々重ねてきた自分の大失敗のひとつかもしれないとも思うが、しかし精いっぱいの負け惜しみを放つならば、負けてよかったということもある。

後で忸怩たる思いになったとき、人間は無意識に似た境遇の人を探すものだ。偉人である方がいい。自分をより正当化できるからだ。そしてそれはまったくもって容易に見つかった。ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトである。

意に添わぬ命令(いじめ)で縛り付けるザルツブルグ大司教のコロレドとモーツァルトが決裂したのが1781年5月9日だ。コロレドの部下のアルコ伯爵に辞表を叩きつけたのは12日、そしてついに6月8日、尻にアルコの足蹴を食らってモーツァルトはザルツブルグの職を解かれるのである。

こんなに日付がわかっているのは彼が父親に手紙で事件を報告しているからだ。やむにやまれぬ決断だった。しかしまじめにサラリーマン道を歩んできた父にとって、自分の仕える社長に対して息子がした狼藉は許し難い。それを知る息子が冷静を装って書いている文章は、だから身に迫る。なぜなら僕も会社を辞めると親父に報告した時、モーツァルトと同じぐらいの冷静を繕った配慮に腐心したからだ。

そこから死ぬまでの10年半、ウィーンで自由の身となった彼は人類史に輝く大ヒット作を連発する。自由の喜びがそうさせたともいえるが、僕はそれだけでないと直感する。彼がザルツブルグにとどまっていたら?いじめや足蹴がなかったら?歴史にイフはないが、考えてしまう。半沢直樹に出てくる不遇の同僚、権力と運命に愚弄されていく可愛そうな男たちの怒りを感じる。モーツァルト君、会社辞めてよかったね、心の中でいつもつぶやく。

それがモーツァルトの起爆剤となり、最も大きな、そして危険な爆発となったのが「フィガロの結婚」だ。そこを頂点として彼の人気は落ち始め、順風満帆に見えたウィーンでの人生がどんどん翳っていく。なぜ彼が男盛り、働き盛りで急死したのか?11月20日まで指揮ができた35才の男が12月5日未明に絶命した。モーツァルト君、でも会社を辞めなければこんなことにならなかったかもしれないねとも。

彼は天才だが、映画アマデウスが描いたような「天衣無縫」の天才ではない。自分でこう書いている。

「長年にわたって、僕ほど作曲に長い時間と膨大な思考を注いできた人は他には一人もいません。有名な巨匠の作品はすべて念入りに研究しました。作曲家であるということは精力的な思考と何時間にも及ぶ努力を意味するのです。」

いい言葉だ。僕はモーツァルトのこういうプラグマティックなところが好きだ。「天から楽想が舞い降りてくるんです」なんて言いそうなイメージを後世が創作したが大ウソだ。彼はそんな佐村河内みたいなことは言わない。要は「僕が成績がいいのはたくさん勉強したからですよ」と言ったのだ。実にストレートで小気味がいいではないか。

こういうことすべて、モーツァルトのあれこれが何でも好きになってしまった。これは一般のファンが天衣無縫の天才作曲家を神として愛で崇めるのとは一風異なる。僕にとって彼は会社を辞めた宮仕え完全失格のだめ男で、いわば自分と似た者同士なのだ。

同じ欠点がある、こんなに近しく感じる者がほかにあろうか。僕にとって彼が大作曲家であることは二義的な話であって、彼が靴屋だろうが染物屋だろうがよかった。ところがたまたま彼は作曲家だった。そしてその作品ときたら。

誰も信じてくれないだろうが、僕は彼の一部の曲に強い霊感を覚える。聴くという行為より、共振という方が近い。こんなことはほかでは一切ない。2005年12月にウィーンへ一人で行った時は、まさに驚愕の超常体験?をするに至った。もう他人と思えないのだ。

だからだろう、そういう魂の入っていないモーツァルト演奏は僕にとってはオルゴール未満の零点だ。表面だけ整っていて美音で隙なく固めたモーツァルト。dumb blonde(頭の空っぽな金髪美人)にほかならない。これはおいおい演奏を例にとってお示ししていこう。

半沢ストーリーの劣等生。そうかもしれないが、ものすごく愛すべき人間と思う。劣等だから判官びいきの僕に響く。ところが考えれば自分自身もそうなんだ。自愛にもなる。これも劣等性の広島カープもそうじゃないか。

猫も杓子ものモーツァルトや、女子と黒田で全国区のカープなんて好きじゃないかもしれない。自分もそうじゃないし。そうやってモーツァルトを愛し、彼の音楽を楽しんでる人は地球上にあんまりいないだろうなあと思いつつ本稿を閉じる。

 

(こちらへどうぞ)

「遊びのすすめ」(遊びは戦争のシミュレーション)

 モーツァルト ピアノ協奏曲第25番ハ長調 K.503

 

 

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断食5日目も苦なし

2015 MAY 8 17:17:23 pm by 東 賢太郎

今日で断食5日目に突入しました。昨日も昼間は会社でコーヒー2杯、夕刻の商談は事情を話して紅茶一杯だけ、夜にモズクとヨーグルトだけ。今日は今のところ昼にゴマダレ豆腐とヨーグルトだけ。夜も大事な面談がありますが食事はお断りします。ここで自分に妥協したらなんのこっちゃです。

空腹感なし。おなかも鳴りません。心なしか心身とも快調で朝の目覚めがよく、慢性化していた耳鳴り,肩凝りが減っています(想定外)。心の方も軽くなる(五感が冴えた感じ?)でしょうか、これは未踏の感覚です。

体重は76kg前後(2kg減)ですが体感ではもっと軽く、歩くとややガス欠感ありですが、いつもと同じ速さですぐ呼吸が速まり有酸素運動に入ります(歩くだけで!)。脂肪燃焼スイッチの入りがいいのは快感です。

禁断症状はなく頬もこけてないのでこのまま延長戦OKのようです。あれだけ走ってこの程度だから山で遭難しても1週間ぐらいぜんぜん平気でしょう。きっと「冬眠前のクマ」みたいに栄養(内臓脂肪)を貯めこんでたんでしょうね。

一つだけ変調は今日の昼(ゴマダレ豆腐の食後)に急に眠気が来たこと。血糖値でしょうか?すぐ覚めましたが未踏領域で医師の指導なしだから注意はしたいです。

これを始めたのは12月に屋久島で体をいじめた理由がデトックスだったからです。にもかかわらず半年でむしろ体重増。この意志の弱さに自己嫌悪してましたが、ファスティング(絶食)は未体験で怖くもあり踏み切れませんでした。

あとは本を何冊か読んで、人類は何千年も飢餓状態で生きてた(それこそが自然体)、万病に効く、長寿遺伝子にスイッチオン、血液サラサラ、毒素が体外に出る、なんてのにキャッチされました。タモリ、たけし、横綱白鵬、落合博満が一日一食というのも勇気をもらいました。

コスト(食費)は減るし、効能は話半分以下でもチャレンジする価値あるかと思いました。製薬会社と医者は薬を売りたいから断食は危険だとして絶対にすすめないそうですが(真偽不明)、ドイツのことわざでは「一日三食のうち二食は自分のため、一食は医者のため」というそうです。

土日の2日間では効果なく骨折り損なので連休しかチャンスはなく、「今でしょ!」ということでした。できた自分がまず驚きましたが、周囲に「すごい」ともちあげられてまたびっくりです。皆さんやったほうがいいかな、やりたいなと感じながら思いきれないようですね。でも本当にたいした努力ではありませんからやったもん勝ちですよ。

僕がふみ切れたのは2日目に二子玉川まで走って引き返さずにさらに二倍先まで思い切って行ったからです。昔の野球部合宿でもう真っ暗で脱水症状で倒れそうなのに「つぎベーラン(走塁練習)な!」と号令がかかって「えー!」と絶句した、あれです。号令は自分でかけないといけませんが、なんでもいいのでそういうご自身の経験を思い出していただければ気軽にいけるのでは?

最後に金融マン得意のヘッジクローズです。

1か月でリバウンド(戻る)と思うので、そういうだらしない自分のインセンティブのためにもう一ついいことを。

何を食べても、信じられないぐらいおいしいです!

これ、リバウンドを推奨するようなもので矛盾なんですが、もっといい意味があります。

英語のことわざにHungry is the best sauce.(空腹が最上の調味料である=ひもじい時 のまずい物なし)とありますが、いちどひもじくなってしまった方が人生の幸福度は高いかもしれないと思うようになったことです。断食に限らず、どん底、逆境にある人はむしろぬけだした時の喜びはおおきいのですよ。いったんそう腹を据えてしまえば、人生こわいものなしじゃありませんか!

 

 
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3日で体重5%減少はまあまあ

2015 MAY 6 22:22:25 pm by 東 賢太郎

今日も頑張って4.4kmコースを走破しました。走れそうもなかったので、小皿一杯の生野菜を酢とオリーブで食べましたがそれ以外は丸3日絶食です。なかなかできないので記録として昨日からの少々の変化を記します。

  1. 昨日は感じなかったガス欠感が強くあり初めはきつかった
  2. 有酸素運動に入るとむしろ体が軽く感じ意外に走れるようになる
  3. 太ももとおしりの筋肉がしっかりした感じでスピードが増した

いつも抜かれるだけでしたが、初めて前を走る人と距離を詰め驚きでした。お腹が多少引っこみ腹筋が使えるので足が出て腕もふれ、テンポが良くなって呼吸のリズムと合ってきて推進力が増したというメカニズムです。

この走る「フォーム」というのが非常に大きいようです。今日初めて、毎日皇居一周していた時の走り方を思い出しました。僕のガンは腹筋だったということで、ひとつ忘れると次々とバランスが崩れて低パフォーマンスになるということでした。

帰って体重計に乗ると74.8kg!一応4kgほど減ったということで、3日で5%の減少は株価でいえばけっこう下がったなという感じであります。絶食+ジョギングの効能は証明されたようです。問題は連休が明けて続くかどうかということですが。

今回の人体実験で実感したのは、3日ぐらい水と梅干でも人間はなんともないということです。メタボがご心配の方はぜひお試しください。僕の場合は人間ばなれした脂肪のおかげだったのでしょうか、全然苦しくなかったです。一度「食べない」と意を決してしまうと食欲もほとんどなかったのは不思議なものです。

ということは、炭水化物、アルコール抜きダイエットでもいけるじゃん、ということでしょう。どちらも大好きなので完全にあきらめていましたが、絶食を経験してしまうとそれでも充分に天国みたいのものということを体が学びました。

もうひとつは、74.8kgは走り終わって喉がカラカラの脱水状態であって、水分をとるとすぐ1kgは増える。体重の70%は水だそうなので、水分が減って喉が乾かない状態になればいいってことです。それは体内の塩分量を減らすということでしょうから、まさに阿曾さんが下さったコメントのとおり「薄味」「消化良しを少量」ということですね。

ということで今回の結論は、「粗食では人生楽しくないので、どうやって塩分と炭水化物をコントロールするか」ということにあいなったようです。当たり前なんですがなかなかできません、でも実体験でそれを理解するとやってみようかという気にもなりますよ。

ともあれ年齢60代に突入したので体重も60代、エージシューターじゃありませんがそれを年内達成目標におくことにいたしました。

 
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フレデリック・ディーリアス 「ブリッグの定期市」

2015 MAY 4 2:02:07 am by 東 賢太郎

GWはいつも家でのんびりして、天気が良ければジョギングがてら多摩川に出ます。この川で育ったので、ここへ来て呼吸するとなにか五感に訴えるものがあります。

川辺の匂いは川藻のような何処の川とも違う昔の儘で、草いきれと混じりあうと一気に50年前に戻るのは不思議です。耳を澄ますと聞こえてくる音。鳥の声、せせらぎ、風、草、子供、遠くの犬の声。

こういう所に座って、ぼんやりと1時間ぐらい過ごしていると、

kawa2そういう音が、遠くから近くから、360度あちこちの方向から、大きかったり微かだったり空気を縫ってきこえてくる。これにはどんな劇場も敵いません。

海外に長いこといて欧米アジアの有名なリゾート地はほとんど行ってみましたが、今となるともうこの多摩川に勝るものなしです。僕にとってはこれぞおふくろの味、お茶漬けの味であります。

天空を何種類もの鳥が飛んで鳴き交わすと、素晴らしいオーケストラになります。重たい空気を切ってピッピ、ピヨピヨと遠く鳴る声は、光が音になったみたいに軽い。

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昔からこういう名もない雑草をしげしげと見るのが好きで、こんなものばかり撮って歩いてると不思議な眼で見られますが、このなかに幼いころの記憶がぎっしりつまっています。トンボやバッタをとったり、ボールをさがしたり。

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人間がきれいに見えるように植え育てた草花は、きれいですが味気なく感じます。人がきれいに見せているものがそう見えるというのと、何でもない物に美を見出すというのとはぜんぜん違う行為です。

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これを味噌汁に入れればいいだろうと思っていつも持って帰っては、必ずお袋に捨てられてましたね。野蒜は玉ねぎみたいでマヨネーズでおいしかった。でもこれとザリガニはだめでした。

 

 

 

 

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ねこがでかい。でもこのメスはすり寄ってきて甘えます。猫好きはすぐに見抜かれます。ほんとうにかわいいですね。

 

 

 

今日はお月さんもでかかった。

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こんな環境で育ったなんて、まさに野生児だったと思います。ここは東京都ではありますが、東京育ちっていうのはウソですね。都会は今もとても嫌いであります。どこか田舎でネコ300匹ぐらい飼ってネコに埋もれて住みたいものです。

今日のムードにぴったりの音楽があります。これを聴いてゆっくりと眠れそうです。フレデリック・ディーリアスの「ブリッグの定期市」です。音楽の事、何も書きませんが、むすかしいことは似合わない曲です。

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これが誰のか書いてませんが、僕が好きな演奏はオウェイン・アーウェル・ヒューズ /  フィルハーモニア管弦楽団です。指揮はとても繊細で音楽に感じきっており、オケがセンシティブに反応して大変美しい。この曲は水彩画のように淡い色彩ですから録音がいいのがおすすめですね。イギリスの風景画ですが、これを夕方に多摩川を歩きながら聴くのはハマりです。

zc1848452ちなみに、ディーリアスの権威で彼の音楽を広く世に紹介したトーマス・ビーチャムがロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を振った録音がほぼ万人が推すこの曲の代表盤でしょう。ディーリアスは米国で黒人音楽に影響を受け、フランスのフォンテンブロー近郊のグレ=シュル=ロワンに住み没した人です。ジャンルとしてはイギリス音楽なのですが、むしろ彼しか書き得ない非常に詩的で個性的な作風で、彼の音楽が「イギリス音楽」と呼ばれるようになる芸術音楽の特徴の一部を形作ったといっても過言ではないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイガー・ウッズの思い出

2015 MAR 17 21:21:07 pm by 東 賢太郎

久々にゴルフです。左の五十肩は一時よくなったのですが、今度は真上に上げると痛くなってきてどうもいけません。治ったらまた再開したいと思っていますがいつのことやら・・・。

僕らにはしょせん遊びだから、もうできなくっても仕方ないねで諦めればすんでしまう。でもプロが不調になったり故障したりする、それは選手生命の終わりかもしれず、人生をそれに賭けたのだから死を意味するようなものかと想像します。そういう境遇にいるかもしれないメジャーのタイトルホルダーであるデイビッド・デュバルとタイガー・ウッズが気になっています。

2001年の全英オープンはマンチェスターにある1886創立の名門ロイヤル・リザム・ セントアンズで行われました。当時はもう日本に帰国していたのですが米国の運用会社フィデリティ幹部のお招きで渡英し、コンファレンスへの参加ついでにこれを観戦させてもらいました。この大会はマスターズを勝った破竹の勢いのタイガー・ウッズと同2位のデイビッド・デュバルの、まさにその二人の対決と目されていたのです。

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見たのは確か土曜日の3日目でしたが初日から走っていたのはコリン・モンゴメリーです。モンゴメリーはスイスで何度か見ていたので、この時ここぞとばかりに駆けつけたのはT・ウッズのラウンド前の練習でした。どうも微妙にひっかけ気味で、といっても300ヤード先で10ヤードぐらいの話なのですが。ラウンドも何ホールかついて回りましたが結局その球筋が災いしたようで彼は不振で25位ぐらいでのホールアウトでした。

しかしそれでも、スイングスピードの速さ、弾丸みたいに空気を切り裂くティーショットの音、2打目地点で他のプレーヤーを20-30ヤードおいていっている飛距離、もう並みいるトッププロのなかでも別格的な所でやっていてどこか孤高の人という感じすらありました。僕らのやってるゴルフはありゃあビリヤードみたいなもんだ、本当はアスリートの肉体の闘いなんだということがよくわかりました。

ただ僕がもっとも驚いたのはアスリートのしるしであるドライバーやロングアイアンのショットの初速や飛距離ではなく、ナイフのような切れ味でバックスピンがかかって信じられないほど高く舞い上がるバンカー越えの100ヤードちょっとのサンドウェッジ(たぶん)でした。それが少し先に着地して、コロコロと戻ってピンそば1,2ヤードに止まった、その結果に驚いたのではなくて、打ったショットの凄まじいエネルギーに仰天したのです。それは去年に屋久島で目撃した「はやぶさ2号」の打ち上げみたいでした。

それもフルショットではなく、あの距離をコントロールショットでサンドで高く上げて切れ味よく止めるというだけで、もう僕ら程度のゴルファーにはあり得ないショットになります。いえ、そもそもSWでフルに振っても届かないし。こういう異次元の光景を次々と目撃すると何か自分まで少しうまくなったような気がするものです。けっしてそういうことはないのですが・・・。

大会を制したのはサングラスであんちゃん風のデュバルでした。よくあれでコントロールできるなと思うほどの極端なフックグリップで強烈に飛ばしていました。その彼が翌2002年はスイングが滅茶苦茶になってランキング80位ぐらいまで一気に落ちた。最近少し盛り返したと聞きますが、あそこまで一旦落ちての話だから復活ではないでしょう。ああいう個性的なフォームだと維持するのも大変ということなんでしょう、思えばあの全英が彼の最初で最後の輝きだったわけですが、ゴルフというのは怖いゲームです。

たしかその前後で二人は日本に来て太平洋クラブ御殿場コースのマッチプレーで組み、デュバルはボロボロだったが18番でウッズが驚異のチップイン・イーグルを決めて勝ったのでした。あれはTVで見ていて唖然でした。彼が打ったあのグリーンサイドの箇所には記念のプレートが埋められています。そこに立って構えてみるとやや左下がりぎみの打ち上げ!で、100発打ってもまず入らんだろうなあと思うような所であります。

ウッズは父親がスパルタ英才教育で育てた天才です。ゲーム中にどんなアクシデントがあっても動じないようにと池に突き落とされたり、打つ瞬間に耳の後ろでパンと手をたたかれた。星 飛雄馬のゴルフ版という感じです。人間味のある顔つきと、精密機械のようなショットのアンバランスが面白かったですね。有色のマイノリティが伝統的白人世界の帝王となり、バラク・オバマの登場に道を開いたとさえ僕は思っています。

あれからウッズは日の出の勢いで無敵街道を驀進します。彼に勝てる者はもう出ないのではと誰もが思った。だから先日その彼が82を叩いたというニュースを見てしまって、悲しいというか、信じたくないというか、ひとつの時代が終わったんだとため息が出るばかりです。82ははっきりいって当時の僕らですらあんまりうれしくない、79以下=うれしい、80=悔しい、81=今日はもういいや、82=あっそう、というスコアです。僕らが120を叩いたぐらいのショックと推察いたします。

できれば、頑張って復活してほしいと切に思います。世紀の天才があんなことで終わったなどというのはどうも・・・天才に何でも許されるわけではないですが、天才であり続けるコストも高いのだろう、気の毒だなという気持ちもあるのです。しかし、あの彼のショットを思い出すと、頑張ってああなれるという水準の話でないこともよくわかってしまいます。悲しいことです。

 

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秘書への御礼

2015 MAR 3 23:23:14 pm by 東 賢太郎

最近、懐かしい顔が何人か会社にたずねてきてくれて、聞いてみると昔の会社の同僚や部下がずいぶんブログを読んでくれていることがわかりました。どうして?ときいたら名前でググると履歴なんかがまだのっていて、そこからたぐれるようですね。

皆さんそれぞれ思い出深く、エピソードが山ほどありますがプライバシーだからこういう所に書くわけにはいかないのが残念です。

こっちはというと上場企業は有価証券報告書が出て役員のプライバシーなんかないのは仕方ないのですが、それはその時点での話であってむしろ消してもらいたいですね。今は違う人間なので過去は引きずりたくない。ネットは功罪があります。

ただ、つごう3つの大企業に勤めさせていただきましたが、そこでできた多くの知己には頑張ってもらいたいという気持ちが強いです。さらに、これは中でもごく大事なことなのですが、もし元秘書の方が読んでくださっていたらと思いこれを書くことにしました。

全部むなしい言い訳になりますが、飽きるとおもちゃはそのまま出しっぱなしという癖があり、毎回こっぴどく叱られてもついに治らずここまできてしまいました。「競馬の馬といっしょ。走り出すと他が目に入らない」と親にいわれたままでした。

社会人になって自分でそれをコントロールしなくてはならなくなって「片づけ癖」をつけようと一生懸命やったのですが独身寮の部屋すらままならず、片づけうんぬん以前に忘れ癖があって、出社してみたら髭を剃ってないネクタイやベルトをしてないが日常茶飯事でした。

これはいま思うと習性というか病気で、昔から傘は年に5-6本は忘れてくる、他人のコートを着て帰ってくる、高校時代は開校記念日を忘れて登校して校門で気がついたことがあるし、野球部の練習ネットを立てる2mの鉄柱を小田急線の車内に忘れてきて、学生運動と間違えられて大騒ぎになったこともあります。

入社して半年ぐらいして親父が心配になったんでしょう、独身寮に電話してきて、仕事は順調かじゃなくて、ひとことだけ「ちゃんとネクタイしめていってるか?」です。そういう人間が宮仕えしていることが変だし、慣れない片づけに精を出しても馬の起爆力もなくなってしまうんだと開き直って、更生の道は放棄してしまいました。

結局、海外を転勤したり会社を移ったりして今日に至るまで秘書に助けていただきました。さっき数えてみたら外人2人を含む14人がおられて、皆さん大変に優秀な方々だったことは人生最大の福音でした。こういうだらしない人間が会社生活をのりきれたのは彼女たちのおかげであるといって全く過言ではありません。

特に殺人的に忙しかったのはチューリヒと東京です。ランチ、ディナー、宴会、二次会で10件ぐらいのアポという日もざらにありました。本人不在の中でアポ依頼の電話がどんどん秘書にかかってきますが、全部うけたら体が参ってしまいます。そうでなくてもスイス時代の発行体テークケアで急増した体重と腹は今も変わってません。

だから重要度によって断るものは断り、外出・出張は行程をやりくりし、体調を見て会食やゴルフをとすべて仕切っていたのは秘書です。仕事内容、社内の力関係、義理や貸し借りをつかんでいないとできません。夕方会社に戻って「こうなりました」と見せられて初めて明日のスケジュールを知るということもしばしばでした。

秘書というと日本的にはお茶だしの女性みたいなイメージがありますがとんでもない。マネジメントチームの一員であり、経営に関する情報にどうしてもふれてしまいますから最もしっかりした忠誠心の高い人でなければ勤まりません。会社によっては社長秘書に男性社員を充てますが、エリートコースです。

秘書の適性は営業や企画や総務のそれとは全く違うように思います。そういう仕事のトップは、その仕事なりに優秀であれば誰でも勤まります。ボーナスが安いとか仕事が合わないとかですぐやめてしまうような人でも。しかしそういう人は秘書は絶対に無理です。

米国でsecretaryというと大臣や次官をも意味するのは、知識や経験も大事だがシークレットを共有するだけ信頼できるか裏切らないかのほうが百倍も大事ということだと僕は思っています。それは努力ではなかなか難しく、人柄というか、せんじ詰めれば性格ということに行きつきます。

付いていただいた14人の皆さんには例外なく大変なご面倒をおかけしてお世話になったのですが、ボスがあまりにいい加減だといって退社された方はなく、逆に異動の時に張り合いがありましたと送り出していただいたこともありました。

昔の同僚と話していて、なぜか当時のオフィスの光景と一緒にまっさきに思い出すのは秘書の皆さんです。いつか何かでお会いして罪滅ぼしのお礼でもしたいものです。本当にありがとうございました。

 

 

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脳は寝ない

2015 FEB 26 0:00:14 am by 東 賢太郎

NY在住のメンバー是枝理絵さんが来日されていてお会いしました。NYでお元気にご活躍のこと、とてもうれしく思いました。久しぶりにいろんなお話ができて楽しかったです。そこでたまたま受験勉強の話が出ました。

僕はそのころ毎日数学の問題をひとつ解いて寝るのが習慣でした。それも難問集や通信添削の手ごわいやつで、自分に課した制限時間は1時間。たいていは解けずに時間切れで寝ることになります。

ここまではいい。ここからが信じてもらえませんでした。

朝起きて、もう一度考えると、それがすっと解けることがあるんです。えーっ、うそでしょ?いえ、本当なんですよ。ただし、「解けていた」わけではなく、もう一回考えると、解けるんです。それも何回もあります。

それ以来僕は「脳は寝ない」と信じることになります。寝ているというのは意識の部分がオフになって飛んでるだけで、回路は作動しているんだと固く信じてます。いまでも、ビジネスのアイデアは目覚めてから30分以内に考えるようにしてます。そこが勝負タイムです。

5W1Hといいますが、僕は1Wだけの子でした。Why です。それ以外興味なし。その答えが見つからないと寝られない。だから星のことを考えていつも睡眠不足になってました。その癖があったので、寝る前1問は「寝られないかも」という恐怖がはじめはあって、1時間で解かなくちゃという絶好の訓練になったわけです。

ところが、時間切れで寝ても頭が勝手に考えてくれて、結局は解けて同じトレーニング効果がある、こりゃ楽でいいやということに気がついてしまった。寝ながら脳の筋トレです。そこから安心してよく眠れるようになってしまいましたが。

むかし睡眠学習というのが確かありました。寝ている間にテープで流して単語や年号などを記憶する。しかし「記憶」については僕は懐疑的で効果があるのは「回路」を使う作業です。だから英単語を覚えたりではなく、リスニングに耳を慣らして意味を理解するほうには使えるかもしれません。お試しになる価値はあるように思います。眠れないなら寝る前1時間きくというのはどうでしょう。

たとえば、これも昔、下宿でカセットをループで流しっぱなしで寝てしまって、そうしたら何回も無意識にきいた知らなかった交響曲をすぐ覚えたというのもあります。音楽も時間と共に進むので個々の音の記憶でなく回路なんだろうと思います。覚えたい難しい曲を1時間聞いてから寝る。いいと思いますよ。

最近は「寝る前ブログ書き」になっていて、これもなんかしらの解けない問題を残して寝ることになってます。ずっと日記を書いてきたので、それがブログになっただけですが。これがまた、その日に考えたり発見したことを文章にするので頭が整理できます。そこで睡眠となると回路の中でそれが朝には消化吸収されている感じです。

僕は見聞きしたこととか、今日はどうしたとかの事実を書くことはあまりないのは、そういうことにすると毎日書くほどのコンテンツはないからです。だから、考えたこと、つまり「回路」の言っていることをそのまま書き写しています。回路は毎日間断なくしゃべるので、毎日苦もなくブログが書けます。これは長年の習慣からそうなったと思います。

60歳になりましたが、ひょっとして脳はまだまだ進化するかもと思ってます。これは誰でもありえること。そう考えた方が夢があって楽しくありませんか?ただし、好きなことは早く覚えられるように脳は勝手にプライオリティーをつけますから、「脳は眠らない」とか「死ぬまで進化する」とか、本気で信じないと効果は薄いでしょう。信じる者は救われる、そういうことだと思っています。

 

(こちらへどうぞ)

記憶法と性格の関係

脳は疲れない

 

朝きこえてる音楽の謎

 

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クラシック徒然草-Harry Saitoさんのこと-

2015 JAN 16 22:22:34 pm by 東 賢太郎

驚きました。Harry Saitoさんがメンバーになられたのは知ってましたが、早や今日に投稿されるとは。それも読んでみると、大学時代に御茶ノ水のdisk union(レコード屋)に寄ってよくいっしょに輸入盤を見たと書いてあります。

実は、まったくの偶然ですが、さっき帰りにCDが欲しくなってまさにそのお茶の水のdisk union(今もある)で何枚か買ったんです。そんなによく行くわけじゃない、2か月に1回ぐらいだから奇遇です。Harryさんのブログを読んだのは帰る電車の中だったのです。なんとも深いご縁ですねえ。

そうですかフィンランディアでしたか。バルビローリのね。あれはすごくいいんですよ。昔のことはすぐ忘れちゃう性質で、だいたい都合が悪いことからなんですが、時々こういういい話も忘れちゃう。困ったもんです。

去年の忘年会で、僕の下宿へ来た時のこととか、どこで何して僕がどう言ったというようなことを見事に覚えておられるのに感服しました。タイムマシンに乗った気持ちでした。そういう方がいらしたことに本当に感謝しています。

でもバンビによく行ったのは覚えてますね。ランチもなんとなく。そこでずいぶん話しましたね。クラシックに興味ありそうだな熱心だなと思ったからだと思いますよ。そうじゃなければ僕はそんなに話ししませんから。

札幌のバーの方もそうかもしれませんがフィンランディアから入るというのはおすすめなんです。一回聴いたら覚えるし、二度と忘れないメロディでわかりやすいし、クラシックの基本である教会音楽っぽさ、そして暗さから明るさに転じて歓喜の爆発っていう定食メニューが満載だからです。そこからバッハへ行ってもベートーベンへ行ってもいいしシベリウス2番へ行ってもいい。だからこのブログにもそう書いてますクラシック入門にいいCD

そこから今日あるのは貴君の関心と努力のたまものですね、さすがです。大学時代、いろいろな方にお会いしましたが、そういうご縁がSMCのおかげでこうして復活するのは素晴らしく、嬉しいことです。大切にしましょう。これからのブログ、楽しみに読ませていただきます。

 

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大経営者と占い

2015 JAN 15 17:17:34 pm by 東 賢太郎

昨日はさる大経営者を午後3時半にお訪ねし、ディナーまでご一緒して帰宅したら11時半だった。超ご多忙の中いつも恐縮することしきりであり、今日はこっちが元気の出る話をと思って行くのだがいつも逆にそれをいただいて帰ってくる。

世の中には原理主義の人がいる。テロリストみたいだから道理主義と呼ぼう。物事をつねに原理、道理からときおこして考える人だ。実は日本人としてはとても少数派であり、いたとしても大体が理屈っぽい「変わった人」だ。我ながら僕自身がそうだ。

道理を見る人はあれっと思うことに敏感だ。この方(社長と呼ぶ)も「どうしてみんなあれを見て驚かないんだろう、不思議でしょうがない」といつも言われている。実はそれと同じことを僕は家でニュースなんか見ながらいつも子供に言っている。

社長はだから尊敬する道理主義者であられる。ところが理屈っぽさや強引さを微塵も感じない。お人柄なりの自然体である。商売柄、僕は世界中で何千人もの経営者にお会いしてきたつもりだが、そういう人は一人もいない。

僕からすると社長とお会いするのは勉強に他ならない。オーナーとしてリスクをとって業態替えをして一代で東証一部上場まで果たしておられる方なのだから、どこかにその成功の秘密があるはずだ。いつもそう思って話を伺うが、それがわからないのは未熟を嘆くしかない。

事業で事を成した方々に共通なのは「元気だ」ということだ。元気というのは健康のことではなく人間としての「出力」のことだ。電気でいえば電圧である。事業というのはゼロから何か生むことだ。だからアウトプットするパワーが強大でないと話にならない。

社長の場合読書のインプット量も半端でなく行くたびに机は新しい本が山積みだ。親ほど歳は離れているが全くそう感じず高電圧である。それで相手をびりびり感電させないというのは経営者として理想ではないかと思う。ぜひそうなりたいと思うが、僕には及ぶところでないと思ってしまう。生まれついたものでありこれは越えられない。

同社が世界の数種の占い原理を統合したオリジナルのシステムを開発し、それがITソフト化されていることは以前にも書いた。これは同社名をとった命名がされている。それによると僕は社長の「対極」に位置する正反対の人間に生まれついている。両親とも同じ星だから極めつけだ。そうであれば無理なものは無理だ。

占いというのは、ひとえにそうやって信じるかどうかにかかる。道理主義者である僕はおそらく最もそれを信じないタイプに属すると思う。しかし同じ主義の社長は本業ではないこういうものを多大なコストで開発し、本業に生かす道を知っておられる。

道理主義者に共通なのは「つきつけられた証拠に偏見を持たず忠実」ということだ。というより、事実を無視したり捏造する人間は完全に別の人種だ。だから、僕はこの占いシステムに隠された何らかの道理を否定することができない状態になっている。

なぜなら偏見のリスクを割り引いても「よく当たっている」と思うからだ。自分、両親はもちろん昨日は家内と娘のもいただいたが、やはり相当に当たっている。社長は本人たちに会っていない。それが誕生日だけでわかってしまうのはちょっと恐ろしくすらある。このシステムを世界に公表したら大変な反響になるかもしれない。

これは中国由来の部分が根幹にあるそうだが、こういうことがあるからだろうか、ちなみに共産党の幹部は生年月日を明かしていない。習近平の誕生日は本邦外務省のHPにも「1953年6月生」までしかのっていない。年月まで明かして日にちを見せないのは他に理由が考えられない。一日ちがえばまったく違う人という結果になるからだ。

「道理」を解明せずにそれで人間を見るのは科学じゃない宗教だという人もいるだろう。でも占いというのはその人の過去を論じない。未来だ。どうせ先のことは考えてもわからないのだから何らかの道理を比定してみようというポジティヴな態度はそもそも科学というものを生んだ思想だし、道理主義が許容するレンジの最もポジティブなサイドにはあっても矛盾はしていないと思う。

まあ、こういう学校では絶対に教えてくれないことをご紹介しようというのがSMCの趣旨でもある。本来であれば社長のような方は教壇に立って若者を教えていただきたい。昨日いただいた話のように世界史や日本史を教わっていたら全く人生変わっていたかもしれない。勉強というのは知識を得ることではない、影響を受けることだとつくづく思った次第。

 

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