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カテゴリー: ______体験録

クラシック徒然草-舞台のヤバい!は面白い?-(追記あり)

2015 DEC 2 1:01:29 am by 東 賢太郎

僕は人様にご披露する芸などなにもありませんが、証券マンというのは売るものが目に見えないので言葉だけで食ってる人種ですから落語家に近いかもしれません。特にスピーチでひな壇に登ったりするとそういう気がします。

立場上、「ようなもの」まで入れるとスピーチは数えきれないほどやりました。起債調印式、仲人、現法社長あいさつ、大学講義、クリスマスパーティ、部店長会議、転勤、就任、退任、日本人学校運動会、ゴルフコンペから他愛ないテーブルスピーチなどなど。

僕は原稿を読まない主義です。あると棒読みになりそうで怖い。だから100人集めて1時間しゃべった時もなし。英語でもなし。時計を見ながら30分なら30分でぴったり終ります。原稿の事前丸暗記でもなくて全編アドリブで、たくさんやって体で覚えた相場カン?です。

一度冷や汗をかいたことがあります。関西の某大学で90分講義をしたときのこと、「証券市場論」をやっていて「ところで・・・」と雑談で脱線しました。毎度のことで、ちょっと笑わせて目を覚まさせた程度の頃合いで本論に戻るのですが、この時は戻ろうとしたら「脱線箇所」がどこだったか忘れてしまったのです。

なんとか切り抜けたものの、頭が真っ白で動転。べつに二日酔いでも予習不足でもなく、この経験をしてからですね、暗譜で弾くコンサートのソリストやオペラ歌手を尊敬するようになったのは。楽譜を覚えたことをではありません、誰にでも起こり得る「ヤバい、忘れちゃった!」の恐怖にうち勝って日々生きておられることをです。

誰にでも起こる?例えば、ストラヴィンスキーは自作のピアノ協奏曲の第2楽章の出だしを忘れてしまい指揮者が歌ってみせて思い出した。自分の曲をですよ。岩城宏之の著書によると彼はピクチャーメモリーがあったらしく現代曲でも暗譜でしたが、頭の中の譜めくりが1ページ飛んで春の祭典を振り違えて止まってしまったそうです。記憶力の良し悪しだけというわけでもないようですね。

そんな人たちの次元ではないのですが、やっぱり何百人の前に立つといくら慣れても緊張はします。あがるのはいけません。あがり症だったシベリウスはウィーン・フィルのヴァイオリン入団試験に落ちてます。僕の場合、原稿ではなく見ているのは時計であって、しゃべりながら先を考えてます。あと5分か、ではあれをしゃべろう、なんて。そういう人間は予習しすぎがよくないかなと思いつき、やめてみたらうまくいくようになりました。

コンサートで目撃した「ヤバい!」はいろいろあります。ピアニストのアルフレート・ブレンデルが展覧会の絵である部分が終わらずくりかえしたり、リストの第2協奏曲で腕を振り上げたらメガネがひっかかって客席まで飛んでしまい(彼のレンズは厚そうだから)はらはらしたこと(ちゃんと弾ききった)。ロンドンでラフマニノフ第2協奏曲の第2楽章冒頭部でクラリネットのソロが1小節早く入ってしまい指揮者グローヴズが身を挺して乗り切ったこと。

マゼールの第九(ロンドン)第2楽章でティンパニソロの1拍たたき違いでオケ凍る、同じくマゼール(バイエルン放送響)でティンパニのバチがヴァイオリンの端まで飛ぶ、モスクワ放送SOの春の祭典(香港)でティンパニが「ああ勘違い」の強烈な一撃を思いっきりぶちかましてオケは粉みじんに空中分解という身も凍る事件もありました。

フランクフルト歌劇場(マイスタージンガー)では上演中に巨大なセットがメリメリと音を発して倒れかけ、歌手より多い裏方が舞台に総出演。なんとかもとに押し戻すと演奏そっちのけで喝采。ベルリン国立歌劇場(同曲)では某有名歌手が歌詞を忘れしどろもどろの口パクになって(彼はこれでも有名だったらしい)、ややだるかった演奏に一興を添えました。

忘れちゃったでもヤバい!でもないのですが最高傑作は、どこだったかな(たしかダルムシュタット)で、トスカがえらい太めだなと思ってたら、皆さんそうだったんですね、クライマックスの自殺シーンで飛び込んだ瞬間ドスンと轟音?がとどろいて満場がこらえきれず失笑。悲劇が一転して喜劇になりましたが、まあ彼女の身を挺した熱演にカーテンコールはあったかいもんでした。

面白いけどやってるほうは必死ですよね。失礼しました。

(追記)

何といっても抜群に面白いのはこのビデオでしょう。マゼールの春の祭典の稿に書きましたがURLが違っていたのでここに再録します。

「前回、ティンパニのミスの話を書いた。しかしあんなものは可愛いものであり、春の祭典の演奏がどれほど難しいかということまでを教えてくれる映像がある。ズビン・メータ指揮ローマ放送交響楽団の69年のライブである。これだけいい加減な春の祭典というのも希少である。笑ってはいけない。前半だけでも、トランペットが一音符遅れて入りちゃんと吹ききる、フルートが一小節ずれてちゃんと吹ききる、クラのトリルが抜ける、ティンパニが間違ってドカン、オーボエが一小節早い・・・少なくとも5か所の尋常でない「事故」がある。後半もペットが落っこち、ティンパニはズレまくる。圧巻はコーダに入る所でティンパニが一小節飛ばして入り、気がついて立て直したつもりがひきつづき間違った音をバンバン叩き続けるためついにアンサンブルが崩壊。止まりかけの緊急事態となるがホルンと木管が何とかつないでティンパニは落ちたまま終わる。歌劇場ではミスに情け容赦のないローマの聴衆がブーのひとつもなく大喝采、スタンディング・オベーション。なんとも微笑ましい。」

驚くべきことにローマの聴衆でこの事件に気づいた人は会場にひとりもいないようだ。そして、この演奏会があった同じ1969年に、あの歴史的なブーレーズ/クリーブランドO.の春の祭典が録音されるのです。メータには大変申しわけないが同じ指揮者と称しても別種の人間としか思えないが事故をよく収集して終わらせたという評価はできるかもしれません。いずれにせよこのVTRは何かのジョークでなければ彼の名誉のために消された方がよろしいでしょう。

 

 

 

 

 

 

ご縁、ご恩に報いたいというモチベーションは強い

2015 NOV 30 22:22:39 pm by 東 賢太郎

30年来お世話になっているSさん(としておきます)ご令息の結婚披露宴が帝国ホテル孔雀の間でありました。日経新聞の「首相官邸」欄に載っていたので隠すことでもないのですが、高円宮妃殿下、女王殿下、安倍首相、森元首相、菅官房長官・・・と公家、政財界約500名がご列席で、畏れ多くも末席をけがさせていただきましたがこれだけの式典は未経験です。

新郎新婦関係者ではないのでご友人という資格はなく、肩書が必要であるゆえに我がソナー・アドバイザーズ株式会社は国を代表する綺羅星のごとき大企業に名を並べていただくことに相成りました。格別なご配慮には頭が下がるばかりでございます。式典も安倍首相スピーチは英国宰相チャーチルの自伝を引いて含蓄がありましたし、森元首相、御手洗経団連会長、柳井ファーストリテイリング社長も若者たちの門出にさすがのものでした。それをいただいた新郎は父親譲りの大物ですが、きっと勤務先の野村證券でロケットスタートになるでしょう。

Sさんと3年の時をご一緒していなければこういうこともなく今の自分もありませんから、当方から大事なご縁であったことは言うまでもありません。しかし、世界基準での大経営者への道を歩まれること確実のSさんが、こうして30年前のささやかなご縁を忘れずにいて下さる重みはそれとはるかに次元が違います。微力ではありますが、それにお応えすることをモチベーションにしたいと心から思いました。どんなものよりも、このような動機は多大のパワーを秘めていると愚考する次第です。

 

 

 

「東大脳」という不可思議

2015 OCT 20 13:13:45 pm by 東 賢太郎

神山先生の鍼を2か月スキップしていて、きのうやっと打っていただいたところだいぶ背中が張っているらしく、1回じゃ無理だよ来週も来なさいとなってしまいました。こんなことは初めてです。帰りに西武の地下を通るとリブロという本屋が三省堂に替わっていました。ネット時代になって書店の経営も大変なんですね。

ぶらっと見ていると、「東大脳」というキャッチコピーの本が目につきます。売れてるんでしょう、子供を東大に入れたお母さんなどが書いておられるようです。何冊かぱらぱらめくってみましたが、よくわからない。受かったのは本人が頑張ったのであって、お母さんがそんなに偉かったんだろうか。

東大生に共通の脳の構造などあるはずもなく、こういう回路を作ってこう使えば入試に受かるなんてのもありようがないでしょう。ここの試験は短時間に膨大なことをやらされますから、たくさん問題を解いて練習に練習を重ねるしか道はないです。

だから僕のような平均的人間が入るのは大変です。入ってもクラスメートに追いつけない。灘、開成、教駒といった連中は地頭の差というんでしょうか、こっちが10日もかかる本を1日で読めてる。甲子園でいえば常連校、PL学園と都立高がやってるみたいなもんで、勝負にならない、そのぐらい差を感じました。

浪人すればいいかというとそういうもんでもない。野球で弱い高校が1、2年余計に練習すれば甲子園出れますかって、時間の問題ではなく能力体力からして無理なんで同じことです。脳の性能で決まるとするならお母さんが幼少からそれを作ってあげるのは大事なことかもしれませんし、そういう努力を一概に否定しようとは思いません。

ただ地頭というのが四則計算、記憶力、回転の速さみたいなことなら僕は出来の悪い方で、だからだめということもない。そういうのはピアノの練習みたいに厳しいお母さんが間違えるとビシッと手をひっぱたくぐらいの訓練がものをいうので、それのあるなしということしょう。

私事ですがわが母はそういうことに一切関心なしで叱ったのは買い食いとケンカで負けたのだけでした。彼女は親父が慶応ボーイで東大は嫌い。ガリ勉するな、でした。だから「男は負けるな」という脳をつくってくれました。感謝あるのみです。

東大に現役ですいすい入れる脳が親の力で後天的にできるならやる価値はあるかもしれませんが、僕が見てきた本当の秀才たちは親が頑張らなくても勉強は勝手にできます。たぶん親は生むだけで遺伝子をあげればOKという連中で、そういう人たちがこの世にはいます。東大に入るだけの脳は彼らにはかなわないでしょう。

僕が幸運だったのは、彼らと机を並べて、頭では負けるということをあっさり認めたことでした。いやそんなことはない、実力を出せば俺だって・・・そう自分を守ってあげた方が楽ですができないことはできないのが現実で、それは全力でやってみないとわからないです。次回は都合よく出てくれる実力があるなら前回も出ていないとおかしいと考える方がほぼ当たりです。

そこで母が東大脳なんかにしていたら、僕は人生に絶望していたと思います。現に、そういうことかどうかはともかく、入ると消息不明になる人もけっこういます。ところが「負けるな脳」でしたから、負けるケンカはせずに生きられそうなフィールドを直感的に自分で見つけたと思います。戦国時代それが一族の生死を分かったように、勝てそうかどうか嗅ぎ分けるのは男社会で無事に生き抜くにはけっこう大事です。

東大脳?そんなのがあるのかないのか不明ですが、仮にあったとしてもそれで人生安泰ではないし学歴で食える時代でもありません。僕は子供には、結局うまく生きてってくれということに尽きる気がします。負けるなよ、万事自分の頭と鼻で判断しろよということで、そういう判断をできる訓練はしてやる。必要なときもう親はいませんから、そのほうが将来感謝されると思っています。

右脳型と左脳型

 

 

 

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僕にとってロンドン?戦場ですね

2015 AUG 28 2:02:45 am by 東 賢太郎

自分の御しがたい性格であるのですが、終わったことに執着がないというのが良くも悪くもございます。昨日はもう今日に関係ないのであって、簡単に忘れてしまいます。もちろん事実としての記憶はありますが、そこでの感情を引きずらないという意味ではプラスであり、その感情の発展を期待して下さった人には期待に添えないかもしれないという意味ではマイナスであります。

サラリーマン時代は相当厳しい上司だったと思いますが、何かでめちゃくちゃ怒っても翌日はさっぱり忘れてます。逆にほめても同様です。その人の評価が固まるまで時間を要するのは誰でも一緒でしょうが、僕の場合要する時間が少々長いかもしれません。だから昔に職場を共にした仲間というのは楽なのであります。お互いに評価ができていて、誤解の余地が微塵もないほど固まってるからです。

ソナーの起業を支えてくれた人たちが野村ロンドンで苦楽を共にした「戦友」たちだったというのは偶然ではないでしょう。シティのばりばり本チャンのエリート英国人運用者たちを相手に日本株を毎日毎日売り込むという業務は生やさしいものでなく、それを野村という壮絶無比の成果主義の会社でやるのはまさしく修羅場の日々でありました。一般に思われる「海外赴任」の優雅でスマートなイメージなどかけらもない凄まじいものだったのであり、逆にそんなのと一緒にされたくない。

とにかく朝は6時半に出社、気絶しそうな額の販売ノルマをこなして帰宅は午前様なんてのが日常なのです。会社に来てりゃあいいってもんじゃない。儲け過ぎてへとへと証券と皮肉られてましたが、そんなの皮肉にも何にもなってなくて、ぼろぼろ(心身)、ぴりぴり(神経)、びしびし(詰め)であり、20代~30代だからできたことです。上司も部下もなく、みんなで一つ事をやってるので総勢20人ぐらいがまさしく同じ釜の飯でした。

例えばノルマの最後の最後が売れず全員が電話にかじりついて必死に売り込んでるのが夜10時なんてのもしょっちゅうでした(お客さんは自宅ですが、むこうもプロだから真剣に取り合ってはくれる。しかし英国人相手にそんな時間にそんなことするなんて今ではもう信じられないですね)。そこで「決まりました!」なんて声があがると、それが末席の若手だろうと誰だろうと「よくやった!」と先輩方に絶賛されるわけです。

これは野球やサッカーと同じです。チームとして毎日戦っていて毎日ヒーローがいる。年次もタイトルも関係なし、やったもんはほめられるしできないもんは肩身が狭いのです。今日はヒーローでも明日会社に出てきたら皆それは忘れて積み木崩しです。そうやりながら毎日の試合の中で自然と一人一人の力がわかってきて、それが評価や序列の暗黙の了解になってきます。えっ、彼がエース、冗談でしょ?みたいに実力は隠しようもなく全員によって正確にイメージされ、記憶される。怖い世界です。年が上だからエースや4番というわけにはいかないのです。

そうやって毎日のふるいにかけられて、全員がお互い力も弱点も性格もわかってるので、30年たった今になって立場が違っても、ああこの仕事は彼だったら無理だろうなとか軽くこなすだろうなみたいなゲスがすぐききます。まず外れることはない。だから、助けていただけたのは、それだけ僕を、それも全盛期の僕を皆さんが覚えていてくださったということに尽きると思っています。

他の店や部署でももちろん同様のことはあったのですが、同じ野村とはいえあのころのロンドン以上にキツい部署は絶対になかったと断言してもいい。自分たちがインヴェストメントという仕事の元祖であるという(事実そうだ)プライドの塊であるシティのファンドマネージャー相手に、それだけの仕事量と収益をたたきだした戦士たちの一員であったことを僕は心から誇りに思うし、あれに耐えられたらもう怖いもんなんて世の中にないというレベルの強烈な6年間でありました。野村出身だという人はたくさんいますが、僕にとって99%はそれを聞いてもあっそうで終わりです。

今このトシで無謀にも起業なんかしてなんとかなってるのは、梅田支店の原体験とロンドンでの戦場体験があったからです。それなくしてこんなことは100%想像もできないし、だからコンペティターが出てくる心配もないのです。野村に25年お世話になりましたが、その他のいかなるポストでもなく、ロンドンの東として記憶されているべきだと思うし、それが一番うれしいです。

 

頑張る人たち

 

どうして証券会社に入ったの?(その1)

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女性が指揮者をする時代

2015 AUG 1 17:17:29 pm by 東 賢太郎

女性の指揮について前回書いていて、考えさせられました。オーケストラの指揮者とは大勢の人を棒一本で動かすわけだから軍隊の将校か会社のCEOみたいなものだろうということです。それを女性がやっていけないこともできないこともない道理なのですが、それでも過去の歴史をみる限り世の中はそう回っていなかったのも事実です。何かが変わってきている。それを考えてみましょう。

軍隊の指揮というのはやったことないがリーダーシップがいるんじゃないか。階級社会だからタイトルさえあれば絶対服従のルールがあると思われますが、それでも上官の資質に心服した兵とそうではない兵では戦闘能力に差がありそうです。だから殿様の子とはいえあまりに暗愚だとお家のために排除されるし、スポーツの監督には軍隊の長のイメージが重なります。

会社経営も同じに見えますがちょっとちがう。無能でリーダーシップが皆無の人だって、社長のいすに座れば誰であれ命令を下せるし、その権限が由来する地位、ポストだって株をそれなりに持てば安泰です。トップがその程度でも潰れない会社があるなら組織は面従腹背ではあってもそれなりに動いているということです。

しかし軍隊、軍団はトップの命令が間違えば全軍の死を意味しますからそれはない。初めから死ぬとわかっても絶対服従で真剣に突撃です。特攻隊がその象徴であり、鹿児島の知覧でそれをまのあたりに知って、造られた真剣さで亡くなっていった彼らに涙しました。そういう意味でいえば、オーケストラの指揮者は奏者が面従腹背でも音楽は鳴るわけだし、失敗しても死ぬわけでもありませんから会社経営者に近いように思います。

ところが歴史を振り返えるとオーケストラに女性奏者が入ることが一般化したのはこの半世紀あまりのことです。ベルリンフィルもウィーンフィルもチェコフィルもいなかった。20世紀半ばに生まれた僕ですが、フィラデルフィア管に女性の姿はほとんど見ませんでしたし、30年前のロンドンで室内オケで女性ヴァイオリン奏者が多かったのを見て違和感を覚え、彼女たちがブルーのドレスを着ていて場違いに思ったこと、何か損したような気分になったことをはっきりと覚えてます。

教会で伴奏していた管弦楽団が女人禁制である宗教上の伝統もあったかもしれませんが、楽団が祝典の場だけでなく軍楽隊として兵を鼓舞する場にも出て行ったことが大きいかもしれません。そうなると楽員も軍人であるという意味あいが強くなります。その指揮台に立つのは将校になるということであり、だから女性がそれになることは天地がひっくり返ってもあり得ないことだったのです。

話は変わりますが、僕は会社時代に最大で500人ほどの長の経験をさせていただきました。そこから見る地位や権力の景色はよくわかったけれど、結局あまり大したことはしなかったから500人の意味は感じられませんでした。むしろ70-120人ほどのドイツ人やスイス人の軍団(外国拠点)を率いたことのほうが、自分の手で指揮したという実感がリアルに残っています。

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そうこうしてローマ史を読みかえしていた時、スキピオやカエサルやポンペイウスやアウグストゥスがどのぐらいの軍団を率いたのかという興味がわいてきました。ローマ軍はケントゥリア(百人隊)を単位にした6000人ほどの軍団だったようですが、彼らはそれを束ねた何万という軍を指揮したわけです。しかし一人の将がそんな規模の全軍を一気に見渡せることはなく、複数の百人隊長のような副官を指揮したのでしょう。

だからローマ軍には「組織」という概念があったわけで、現在の役所や会社の組織構成、職位、職階はみな軍隊由来であり、日本のそれはドイツ軍由来であり部長や課長という名称もその訳語だと聞いたことがあります。僕は百人隊の隊長の体感はあるわけですが、それを60個たばねた6000人隊の景色は想像もつきません。いや、仮に会社でそういう経験があったとしたって、それを可視化して体感領域に落としこむのは誰であれ難しいのではないかと思います。

1280px-Xian_museumこの6000人という数についてはあれっと思った経験があります。94年に中国・陝西省の始皇帝陵に行ったおり、兵馬俑(右)の兵隊のテラコッタの数が約6000体ときいてローマ軍を思いだしたのです。これを造った始皇帝が生きた頃、ローマでは第1次ポエニ戦争をしていました。始皇帝は青目(西洋人)だったという説もありますし、6000人隊がローマから中国に伝わったのか?これは面白い、というのが当時の他愛ない興味だったのですが。

しかし今の関心事はそのことではありません。6000人の軍団が何かの合理性があって適当な数だったのかということなのです。ローマと中国には何の交流も関わりもなく、始皇帝も東洋人であったが、たまたま6000という数に秘密があったんじゃないか。兵は多い方が一般に勝率は高いでしょうが、指揮官の意志で動く効率や機動性においては大軍は劣ります。6000人前後の軍団というのは、ひとりの将が当時の軍略と指揮命令系統の物理的な制約のもとで戦いに勝つのに最強(最適解を与える数)であったのではないかということです。

兵の数だけ揃えても、個々人が弱い烏合の衆なら軍も弱いでしょう。だからひとりひとりが一騎当千であればいい。でも一騎対二千なら相手が烏合の衆でも負ける。ところが、一騎当千が十人集合すれば組織の相乗効果で一万以上に勝てる。そうやって二つの関数の交点を求めて最適解が求まるはずだと思うのです。つまり「個々人の力」「組織力」の二つの関数であり、第一次世界大戦までの歩兵戦、騎馬戦は無数の実戦例をベースに将軍や軍略家が智恵の限りを尽くして二関数の最適解を求めた。それが6000だったかもしれないと考えるのです。

だから歩兵戦、騎馬戦の時代は個々の兵力を鍛えあげることが最重要でした。ローマの重装歩兵は有名ですが、充分な武装をしていれば殺される確率は減ります。同時に、さらに大きいかもしれないファクターとして、安全である、勝てると信じれば兵の士気も上がります。そのうえに軍略というものが乗ってくる。カエサルはそれがうまかったし重視もしたと見えますが、それなのに半分の3000人ほどの精鋭隊を率いたそうです。人数のレバレッジ効果よりも精鋭部隊、兵ひとりひとりの士気や熟練度の方が単なる頭数より大事だったということでしょう。奇襲の天才だった源義経にもそれが感じられます。

しかしこの戦略は、第2次大戦で飛行機による爆撃という新たな大量破壊、殺戮の手段が加わって、一騎打ちの要素が後退するにつれて重要度が薄れたように思います。ゼロ戦の時代からB29の時代へと兵器のフロンティアが一気に進化したからです。高射砲のとどかない上空から爆弾を落として帰ってくるだけなら、パイロットの空中戦の技量が一騎当千レベルである必要はなくなりました。爆弾の投下ボタンを押すだけなら腕力も不要なら軍団である必要もなく女性でもできることです

そうなると、軍団の戦力は兵力よりも組織力だという考えに社会が傾いていく。会社の職位名が軍由来と書きましたが、産業革命以来の現象として船舶、航空機、陸上輸送の技術はもちろんのことエネルギー開発や通信の技術、医療や薬の開発など我々が依存して生きている文明の進化は軍事技術に由来するものがほとんどで、それが日常の生活に深く浸透して我々の精神領域にまで影響を及ぼしていることは、インターネットが軍の通信由来のものであることを指摘するまでもなく容易に理解されることと思います。

だから企業を軍に見立てて、兵力よりも組織力だという方向に流れが向かい、コーポレートガバナンスという言葉が一般大衆にまで届くようになったのではないでしょうか。企業がクラブや同好会とは違って法的に適格性の問われるものである以上はそれは当然のことです。ただ、それは企業支配という一面的な観点からの議論にすぎず、そもそも利益を生み出せていない企業にとってガバナンスは大事であっても二の次だという観点からの議論は陰に隠れて見えにくくなってきた気がします。赤字企業に優秀なコンプライアンスオフィサーがいても、やがて彼も失業するだけなのです。

利益を生む、つまり稼ぐということは現場の兵の仕事であって、将校クラブの住人は別世界でガバナンスを取り仕切っていればいい。僕はホールディングカンパニー(持ち株会社)という概念が米国から入ってきたときからこれは危ないなと懸念をもっていました。なぜかというと稼がなくていいそういう箱が浮世の現実から遊離した将校クラブになりかねない。そういう気風とは遠かったであろう帝国海軍の現場ですら、トラック島沖に停泊し豪華設備を誇った戦艦大和が兵からは「大和ホテル」と揶揄されていたのです。

あくまで報道された情報しかないことをお断りしておきますが、失礼ながらシャープや東芝の昨今の例をみるとあれは大本営が将校クラブとなってしまい、6000人隊の司令官が現場はおろか百人隊の景色すら見ていなかったという観なきにしもあらずという感じがしてしまうのです。遊んでいたということではなく、百人隊クラスの長は出世がかかっていて兵の実態は伝えないかもしれない。「それが危ないんで俺は必ず自分で現場を回り、若い奴とだけメシを食うんだ」とダボス会議で言っていたGEのジャック・ウエルチの言葉が今さらながら重く思えるのです。

ウエルチはこうも言った。「会社に利益をもたらしてくれるのはお客さんだ。だから儲ける方法はお客さんと接してる奴だけが分かる。本社で新商品会議してる奴なんか誰一人分からない。そんなつまらん会議は儀式(「ritual」という単語を彼は使った)だから俺はつぶす。お客は毎日変わるし敵も毎日変わる。昨日の正解は今日は不正解かもしれないから組織は日々現場から学ばなくちゃいけない。だから俺は儲ける方法を知っていて組織に教えてくれる奴は大事にする。そういう奴が会社を成長させるから会社と利益共同体になる、すなわちストック・オプションをもらう権利がある。」と。僕が入社したころの野村證券は、日本大企業には異例なほどそういうカルチャーの会社でした。

当時米国最大企業だったGEのコーポレート・ガバナンスの頂点にある男がこう言ったのはすごいことですが、軍隊だと思えば当然のことですね。野村は軍隊みたいな会社だったし、大日本帝国陸海軍にこういう司令長官がいたらあの戦争も変わっていたかもしれない。ホテル化した大本営で会議ばかりしている司令長官は儲け方は学ばず、ただノルマの数字を現場におろす。そして百人隊長が用意周到につじつまを合わせる。現場は大丈夫かと疑いながらも何もできない。つじつま合わせが出世の合言葉になる。現場で顧客相手に汗をかく兵、本来の勝つ方法を知る人材はみな白けて軍の士気が下がる。こういう会社を僕はいくつ見てきたのだろう。

組織論やガバナンスがまず第一、それが一流企業だ。たしかにそうです。ところが「ホテル」にいると利益は自然に出てくる紙の上の数字みたいに意識がボケてきて、利益を生むのは兵ではなく組織だという感覚になりがちです。そもそもそう思わないと自分たちのレゾンデトールがない。組織というのは組織図という紙の上にはあっても現実には見に見えない架空の存在です。それが継続的に利益を生むなどイルージョンにすぎませんし、仮にそれが真実なら誰かがもっと大きくてよくできた組織図を後から書けば簡単に逆転されてしまうということでそれもない話です。ウエルチのように常に兵を見て兵と語っていないといけないのです。

文民支配を謳うあまり武官経験のない人がトップになった場合、管理やコンプライアンスは完璧でも本業である戦闘能力が十全に発揮できるかどうか。トップは自分があまり経験のない現場というものに共感はありませんから、よほどウエルチのように自分のポリシーとして接点をつくらないと兵の士気は落ちて行きかねません。オーナー社長はみなその業務で稼いだ張本人、つまり武官だから士気に関する限りの心配はありません。問題はその次が文官タイプの二世三世になったり、不祥事でコンプラやアドミの専門家みたいなタイプの人がトップに座ったような場合です。それで兵の士気が保たれるのか?

この問いにイエス、ノーの答えはないでしょう。優れたリーダーは本人の資質だけでなく、その時代背景、周囲の敵の性質など様々な要因によっても決まるし、配下の軍勢の能力や参謀、ブレインの資質によっても左右されます。攻めも守りも文武両道で両方できるなら望ましいでしょうがそんな人はあまりいない。陸海軍士官学校はだからできたのでしょうし、西洋的な意味での本当のエリートを生む理想的な機関だったと思うのですが、不幸なことに教官だってそんなエリートはあまりいないわけです。武官として必要な人間力やケンカの強さより普通人である評定者にわかりやすい試験の点数というものがものを言うようになっていってしまったのではないでしょうか。

女性指揮者が現れる。それも優秀であり力を発揮しだしている。カエサルや山本五十六みたいな男が出てこない時代になりつつあるという男の劣化の問題なのか、女の進化なのか、女性が将軍をできる時代になったという社会の変質のせいなのか。僕はその全部が同時におきていると理解しますが、いずれにせよ大きなパラダイム変換がおきているということでしょう。目には見えないのですが。人間社会のあり方は世界中で確実に変化していますね。自分のことで言えば、やっぱり男ですからローマ軍を指揮してみたい願望はあります。しかしアセットを持たない方がいい時代にそれは軍の大きさではないとも思うのです。少人数でそれができないか。今の世はそこをどうとらえるかがビジネスの成否を決めると考えています。

 

 

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女の上司についていけるか?(ナタリーとユリアの場合)

チェコ・フィルハーモニー演奏会を聴く

 

 

 

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ここぞに強い奴が常に勝つ

2015 JUL 30 1:01:11 am by 東 賢太郎

今日は神宮のネット裏特等席でカープ戦を見る予定でしたが、急きょ重要な会食が入ってしまい行けなくなってしまいました。

しかし行かなくて良かった。先発の今井がもちこたえられず5回で6対0、結局8対3の完敗でした。昨日は黒田が先発で圧倒し、山田以外は抑え込んで11対2の大勝だっただけにその勢いを倍加したかったところなのですが・・・。

いつも思うことですが、カープの選手はここぞの勝負どころで力が出せません。今井だって球の力はありますから相手をのんでかかれば5,6回までは抑える実力はあると思うのです。こういうことは一試合だけでなく、長丁場のペナントレースでは順位に大きく影響すると思います。

たとえば、昨日の中日です。谷繁監督が出場試合数で記録を作りましたが、投手の山井があっけなく打たれてしまいました。監督の花道だから絶対に勝たなくてはいけない試合だったのに。

また、昨日の横浜高校です。今年限りで勇退の名将・渡辺元智監督でしたが神奈川大会決勝で東海大相模に敗退して甲子園出場はなりませんでした。さて、その夜の巨人・DeNA戦です。DeNAは先発に横浜高校卒を4人並べ、東海大相模卒の原監督に返り討ちを仕掛ける因縁の一戦となりました。

ところが先発・久保が誤算で5回で11対0で大敗してしまう。久保はカープには天敵なんですが、巨人はいざとなると簡単にめった打ちしてしまう。

そして、もう一つ、昨日の楽天です。松井稼頭央がプロ野球史上46人目となる通算2000安打、日米通算では2616安打という偉業を達成しましたが、エースのはずの則本が7回で4失点、結局5対1でソフトバンクに完敗して大記録に花を添えられないのです。

さらにそして、今日の巨人です。背信投球が続き今季は0勝の内海が久々の先発。元はエースですから全員が勝たせたい。内海は足がつって途中降板しましたが巨人打線のその執念は残っていて、同点の延長10回に亀井がサヨナラホームランです。確信に満ちたほれぼれする一振りでした。

戦力の差はそうないのに巨人が強いのはこういうところにあります。

これは野球だけではない、人生の縮図を野球が見せてくれています。誰しも常に勝てるほど世の中は甘くありません。ある意味、天は万人に平等だということです。しかし同じ1勝でもここで勝たなきゃいつ勝つの?というところで勝てるかどうか。勝率は同じでもそれで最後に笑うかどうかが決まります。

持ってるね!といいますが、生まれつき運命が決まってるんでしょうか?

僕はそうは思いません、天はすべての人に平等なチャンスをくれています。だから、チャンスが来ていることに気がつくかどうか。そして気がついた時に努力の成果を出せるよう、たくさんの修羅場をくぐったかどうか、それで決まっていると信じます。

修羅場はお勉強やお稽古で味わう性質のものではありません。やっぱり遊びの中で、言いわけ無用の屈辱にまみれて、この野郎と悔し涙を流してはじめて味わえるのだと思っています。

 

 
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「遊びのすすめ」(遊びは戦争のシミュレーション)

2015 JUL 26 8:08:36 am by 東 賢太郎

遊びは戦争のシミュレーションである。

これは僕の持論で、それもけっこう気に入ってる類のものです。戦争がいい悪いはこの際おいときましょう。なぜなら、社会へ出て、将来少しぐらいは他人よりいいポジションにつきたいと思っている若者にとって、待っているのは戦争以外の何ものでもないからです。いいポジションというものは、まじめにやってれば与えられるものではなく、ぶんどるものです。

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池井戸 潤の「シャイロックの子供たち」を読んでとても面白かった。筆者は銀行でこういう原体験を持ったのでしょうがどこでも一緒ですね。サラリーマンの出世競争にきれいも汚いもなく、奸計を弄してできる奴の足をひっぱる奴、権力で部下を利用し不要になると捨てる奴、上司のヨイショで上に登るお小姓野郎、そういうどうしようもない下郎がいくらでもいるんです。出世競争は実力だけではなく、いつも正論を吐けばいいわけでもなく、下郎に対しては下郎なりの戦略を持ってなくてはいけません。

 

中学のころです。世の中そういうもんかと僕に下郎の仮想体験をさせてくれた小説に漱石の「坊ちゃん」があります。「おれ」と同じぐらい義憤の塊になってしまい、一緒になって赤シャツ、野だいこをやっつける気になってたのがなつかしい。会社に入ってわかりました。どこの組織にも必ずいるんです、赤シャツ。その周りを見渡すと野だいこがこれまたたくさん出てくるんですね。うらなりも山嵐も笑っちゃうほどちゃんといるんですよ。

英語教師のうらなりが婚約者のマドンナを赤シャツにとられて飛ばされちゃう。時代が時代だから池井戸の上掲書や半沢直樹シリーズにくらべればあまりに他愛ない下郎ぶりですが、似た事件もありましたね。まあそんな程度のことに義憤で立ち向かう「おれ」の男ぶりがさらに際立ってくるのが現代の読み方なのかもしれません。パワハラなんてレベルの話じゃありません。もっと上でもっと堂々と陰湿なことが行われている。

赤シャツ、野だいこに天誅を下して辞職した「おれ」はサラリーマンとしては負けなんです。そこはもう人間の価値観ですね、人生何が大事かっていう。義憤でテーブルひっくりかえして溜飲を下げるのも気持ちがいいが、男の場合は守るべき家族ってものがあります。だから溜飲を下げるなら、どうなったって食える覚悟がなくちゃいけません。その力もないなら、義憤はあきらめて、お小姓の家来にでもなるかプライドも人格も捨てて組織の犬にでもなることです。別名、奴隷ですね。

冷たいことを書くようですがマキアベリだったらやっぱりそう書くでしょう。そういうもんなんです現実は。サラリーマンというのは単なる使用人であって、オーナーでなければ役員になろうがなんだろうが、社長になったって、実は使用人です(東芝をみたらわかります)。サラリーマン社長というのはどんな大企業であろうと銀座のクラブでいえばチーママ、雇われママなんです。ママは大株主であるオーナー社長以外にあり得ません。株を持ってなければ辞めたらただの人ですね。世間一般はそういうことを知りません。

だから、赤シャツ、野だいこをぶんなぐるのが面倒臭いなら、自分で会社つくってオーナーになることです。起業するということですね。その甲斐性がないなら、仕方ないからサラリーマン戦争に参戦してえらくなるしかありません。くだらない戦争ですが、やるならある程度は勝たないと面白くないですね。そう思うかどうかです。奴隷でいいという人は僕のブログなど時間の無駄ですから退出してください。そうでない人は、だから遊びなさい、思いっきり失敗できる学生のうちに負けの経験をたくさん積んどきなさいと言っているのです。

スマホでゲームなんかやってるのは暇つぶし、石つぶしであってそんなものは僕のいう遊びじゃない。ゲーセンやパチンコと何も変わらないです。失敗しても痛くもかゆくもない、何も人間を学ばないし追い込まれもしないでしょう。ゲームやるなら麻雀をやることです。僕はたくさん負けたからわかる。あんなに戦略的で、人間が学べて、だからこそ負けると悔しい遊びは思い浮かびません。カジノは金額は張って負ければ悔しいし経済的に追い込まれもしますが、運試しの要素が強い。人間をじっくりと観察して根っこから学ぶにはディーラーは不適です。麻雀の4人みたいに関係が対等じゃないからです。

スポーツは負けても金は減りませんが、人間として全人格的に勝者に否定され、劣後した気持ちになりますね、特に男は。プライドも名誉も女も取られるんです。戦争で負けたのと同じです。だから同好会みたいなのはだめです、そうなりませんからね。スポーツである必要はないがこういう屈辱を味わってないと結局は弱いと思いますよ。負ける屈辱なんて実は大したことないし、それが倍返しの強烈なモチベーションになるのに、経験がなくて怖いままだと往々にして逃げるようになるんです。そういう人が非常に多いですね。言いわけ、口実でケツまくって逃げる性癖を持ってしまう。そういう人はここぞという場でいよいよ初めて負けて大怪我するし、そもそも勝負弱いです。もっと困るのは目利きに信用されません。僕は大事なところでそういう部下を絶対に使いません。

海外に出てみる。それもなるべくツアーじゃなく自力で。いかに自分が理解されないか、何でもないか、日本人がどう見られるか、完璧にわかります。言葉の問題じゃない、そんなのは「理解されない」ことの一部分にすぎません。ふつうプライドがずたずたになります。負け体験ですね、それがいいんです。どうしたら理解されるか、仲良くなれるか、上回れるか、いろいろ考えます。自分の頭でね。それが自分の肌に合ったインテリジェンスになります。くだらないノウハウ本を百冊読むより1週間の海外体験が確実に勝ります。英語ができない?行ってしまえばいいんです。できないと生きてけないから必死になり、なんとかなるもんです。

戦争というのは、負けてはいけないんです。勝つためにやる。だから先にシミュレーションしたほうが強い。本番の前に問題集を解いた方がいいですね、そこでたくさん間違えたらなおいい。弱いところを教えてもらったのだから、そこを特訓して本番に臨めば勝つ確率は格段に上がるのです。だから、思いっきり遊んでください。例に挙げたスポーツ、麻雀、個人海外旅行、ぜんぶ人間を相手にして鍛えられるものですね。人間相手であれば何でも構いません。お薦めしてることの究極は、人間を知って、観察して、利害関係をもって、相手がどういう顔や性格や言葉つきや行動パターンだとこういう奴だという目星をつける能力を磨くということなのです。

 

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「遊びのすすめ」(副題・学問はそこそこに)

2015 JUL 24 12:12:14 pm by 東 賢太郎

高校野球のことをを思いだしながら、スポーツは自分の経験したものしかわからないもんだ、サッカーやテニスを見ていても肌でわからないのは仕方ないなと思っています。野球ですら野手のことはよくわからないし、ゴルフだって僕の程度じゃプロのプレーを見て実感がわくことはありません。

それは仕事についても同じであって、僕にメーカーの人や科学者や俳優の実感は今だって持ちようがないのです。我が身を振り返ると、大学生は漠然ながらそれがわかっていて、就職を意識しだすとそこまでの人生の経験からなるべく自分に向いている仕事、会社で活躍したい。けれどそれは一体何であるのか、どこの会社なのか悩むものです。誰しも一度はご経験があるのではないでしょうか。

僕も一応は悩み、考えても仕方ないのでえいやで証券会社に就職しましたが、すぐ失敗だったと観念しました。辞表を書こうと思った。結局幸運が重なってそうせずに30年もやってしまって、それが正解だったかどうかは永遠に答えが出ませんが、他だったらまず今みたいな生活はできてなかったろうと即物的に自分を納得させられる程度には証券業界が自分に向いていたと思うのです。

誰しもそうやって仕事は経験がないまま、悩みながら始めるのが普通です。ということは石の上にも3年、向いていようがいまいが、まずはしがみついてやってみるしかないですね。僕は辞表を書かなくて良かった。というのはそれでどこへ転職しても「1年もたなかった奴」ということになったからです。それは日本で幹部社員になろうと思うなら不利です。どんな屁理屈をならべたってそのマイナスイメージは覆せなかったでしょう。その努力をするぐらいなら入った会社で3年は頑張った方がいいのです。

その先はいろいろあります。ずっと先に幹部になれるかどうかは性格や資質や経験がものをいうし運も左右します。最初の3年頑張ってどうなるものでもない。だからやっぱり「向いた会社、業界のほうがいいよ」というどうどうめぐりの不毛な議論になってしまうのです。それじゃあ仕方ないので、以下若い人にアドバイスしてみます。僕の書くことに価値があるとしたらひとつだけ、耳年増の知ったかぶりでなくてちゃんと経験したものであるということです。

僕のアドバイスの結論、それは「とにかく遊べ」「遊びまくれ」なのです。なぜって、将来仕事のベースになる経験を学生時代に全部積んでおくなど、なにをどうしたって不可能だからです。そう言うと、そうでしょう、たかが22才までの経験なんて知れていますからね、という知った顔の大人が出てくる。しかしそれは大間違いです。逆に、恐ろしい話ですが就職までに経験したことでほぼ先は決まります。

僕は理屈屋ですから、そこまで断言するからにはロジックがあります。ロジックというのは人智では覆りません。覆らないから価値があるのです。

22才までの時間は限られてます。だから「応用の効く経験」を積むことこそ命なのは自明です。では何が応用の効く経験なのか?遊んでこそ人生で応用の効く経験が得られるというのが僕の経験であり持論です。遊ぶというのはグレることでも放蕩することでもありません。僕のブログを読んでくださっているかたは、そうかとゲーセンに入り浸るようなレベルの人はいないという前提での「遊び」であって、僕の場合は野球、麻雀、アメリカ放浪でした。その3つのおかげで社会に出て困ることはなかった。いや、正確にいうなら、何度も困り果てましたが、そのたびになんとかなる悪知恵と根性をその3つが身につけてくれていました。

そういうのは教室で身につくことではありません。だってこてんこてんにやられて、ケツの毛までぬかれて、この野郎ぶち殺してやろうかってこと、教室やゼミでないでしょう?試験の点取り競争なんかかわいいもんです。負けたってそこまで思わないし、いくらでも言いわけがきくからです。言いわけは自分の逃げ場、逃げ道です。自分を都合よく「逃がしてあげられる」。そういう癖がついたらもう人生致命的と思ったほうがいい。スポーツやバクチは逃げ場がないのです。

遊びでこてんこてんに負けるといいことが三つあります。

一つ、分を知ること。あいつには絶対かなわない、こういう作戦は自滅する、これだけはやっちゃいけないみたいな「すべからず」集が経験で分かるようになる。負けるケンカはしないようになるから確実に成功率が上がります。つまり社会で応用がきくのです。

二つ、「負けに不思議の負けなし」で負けには法則性がある。野村克也監督の著書のとおり。勝つ方法なんか実はない。勝ちはいつも結果オーライだから、勝ち続けた奴は学ばない。だから絶対かなわないと思ってた奴に勝つチャンスは必ずやってくる。

三つ、「この野郎!」が強力なモチベーションになる。僕は子供の時、メンコで年上の強い子に自慢の「伊賀の影丸」をひっくりかえされて取られた。この野郎ですよね。死ぬほど悔しくて、取り返してやろうとスナップをきかせた投げ方を毎日猛特訓したんです。大変なモチベーションでした。

それでも勝てなくて、影丸はついに返ってこなかったんです。メンコではその子に完敗ですね。ところが面白いもんで、そのスナップの指の使い方がのちに野球でカーブのキレのいい投げ方になった。それでピッチャーになれました。彼は僕のタマにかすりもしませんでしたから結局は僕の勝ちでした。

つまり人間、負けると負けない方法を学んでインテリジェンス(=カーブの投げ方)ができる。しかも、それに強力なモチベーション(=この野郎!)がくっつくんです。インテリジェンス+モチベーション!最強の組合せじゃないですか。

だから負けたら、負けた原因の法則性を探して、それをひとつづつ潰していけばいいんです。その「法則性対応」に、仕事でもなんにでも応用が効く秘密があります。大事なのは、負けてメンコを取られたりプライドを粉々にされるのを厭うようじゃだめということです。そんなのは遊びと呼ばない。僕のいう遊びとは戦争のシミュレーションのイメージです。

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赤いと思われる借景を二枚

2015 JUL 23 16:16:23 pm by 東 賢太郎

西室の朝やけ、夕やけの写真がたいへん面白いですね。それをみていていて、色覚がちがう僕のきれいと普通の人のきれいは違うんだろうなということが、もちろん今までもずっと思って生きてきているのですが、ますますそう思うのです。

この写真は今回撮ってきたミクロネシアの夕陽なんですが、撮った時点ではあることに感動があってシャッターをおしました。それが失敗で、さっきいらねえなって消そうとしていたものです。「あること」は最後に書きます。

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これはまちがってシャッターおしちゃったかなと思って捨てかけてました。

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この2枚が登場することになったのは赤いかもしれないと思ったから。西室が赤い、胸騒ぎがすると書いたのが僕にはそうでもなくてますます自信がなくなってしまった、それは僕の方が西室よりもより一般からとおい、要は色弱度が重いということなんだろう、そんなおれが判断しちゃ写真がうかばれないと思ったのです。

こちらをご覧ください。これがミクロネシアの朝6時すぎです。上の2枚と同じ西の海を見ています。

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これはなんかモヤっていて、やっぱり捨てようとしていた。空のブルーですね、これに反応して撮ったにちがいない。いま見ていると日本の6倍ある紫外線がじりじりきて首すじが痛くなってきそうだなあという感覚がおそってきます。

「(芥川龍之介が)思わず筆をとって文章を書きつけるまでに彼の感性が発酵していなかったため、意識に残らなかったのではないか」

西室の文章ですが、なるほど、感性が発酵するという表現がいい。色を見て感性が発酵して文学になる。そういうことかもしれない。

ぜんぜん発酵せずに写真を捨てかけていた僕のきれいと普通の人のきれい。文学的才能の欠如はさておき、やっぱり両者は違うのだろうとますます思います。色のないものはないですからね、そこが違っている僕のきれいは、視覚に関するかぎり万事で違っていて不思議なしです。

酔って人の顔が赤いとか青いとかきくと豆まきの赤鬼・青鬼を連想。桜吹雪は白い。お絵かきで木は幹も緑に塗ってました。三毛猫は描けない。地下鉄の路線図はごちゃごちゃ。女性の化粧は白っぽくなるだけで究極は舞子。真っ赤はよくわかるのでマリリン・モンローは歩くクチビル。

ということで、最初の写真の「あること」に戻ります。これを撮った唯一の理由は「太陽が丸く見えたから」です。映るかなと思ったら映ってなかった、だから捨てようと。

丸いもの、球体に弱いのです。色より形が大事なんです。それはもの心ついた時からで、東大教養学部時代に哲学の井上忠先生が「パルメニデスの有」なるものを授業でやって、それが何かはついに最初から最後までわからなかったのですが、「完全なものは球体をしている」というフレーズだけは天啓のようにスッとわかったのです。

丸いものというと子供のころ山手線、中央線、総武線の屋根の上に並んでた通気口のまあるいの、なぜかあれがよく飲まされてたエビオスの色と質感に見えて気になって仕方なく、国電を見下ろすポジションに電車が来ると毎度そわそわして窓に張りついて、どうしても触ってみたい、できれば盗んででもひとつ欲しいという小学生でした。

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地球が球体である。僕は飛行機で窓から毎回欠かさずにそれを視認します。高所恐怖症なので必ずアイル席ですが、窓側席の人の怪訝な視線を顧みずします。月や金星や木星もそう見える。しかし太陽は影がないからそう見えないのです。だから僕には太陽が球体というのは仮説に過ぎない。本当にそうなんだろうか、そうならぞくぞくします。触ってみたい、それは電車のまあるいのを見たときと同じ欲求です。

太陽というのは宇宙で唯ひとつ、肉眼で視直径が確認できる恒星であります。それだけで観音様みたいにありがたく、ひれふして拝むに値する。日没で太陽の輪郭の丸さが肉眼で見えると、その触った質感を想像してしばし恍惚とする。そういう小学生であり、パルメニデスの「完全なものは球体をしている」は、当たり前だろそんなのというふてぶてしい納得感、既視感で満たされたのです。

それをミクロネシアの日没で見つけた。それが最初の写真であり、ところがぜんぜんそう映ってなかった。そういうお粗末な顛末でありました。

 

 
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夏休みがなかった高校時代

2015 JUL 15 1:01:33 am by 東 賢太郎

高校時代に夏休みはなかった。夏の甲子園予選東京都大会があるからであり、いまそれがたけなわである。毎日の勝敗を見るにつけ血が騒ぐ。最近は知らない高校名もたくさんあるが、だいたいのところは名前で力が想像できてしまう。ああ、ここなら勝てるななんて今でもグラウンド目線で見てるのは、高校野球に完全燃焼できなかったからだ。

中学で背が伸びて171cmになり、草野球ではオトナでも打たれる気がしなくなった。早生まれのせいか体が小さく、でかい女の子に腕相撲で負けたしでかい男子にはケンカも運動も勝てないと思い込んでいた。ところがもっとでかいオトナを三振総なめにして、得意なことを磨けば世の中わたっていけるかもと思えるようになった。

野球は硬式と軟式がある。硬式の人間は軟式は野球と思ってないがあのオトナたちはきっと軟式の人だったのだろう。思えば中学でリトル(硬式)に入って同世代のうまい子にコテンパンにやられていたら小学校の弱っちい自分のままだった。古来、男子が大人になるのが元服だが草野球のおかげでそれがすんだ。

投手のタマと野手のタマは質がちがうのは経験者はわかる。練習しても野手にはああいう球は放れない。野球部員はみなそれなりに自負心があるが投手は別格の天狗だ。世の中に自分のタマを打てる男はほとんど存在しないと思っている。そんなことはどうでもいいのだが、世の中がどう思おうと、そのことがどうでもいいのである。

社会に出て仕事で気おくれする場面はある。それでも、相手が打席に立った姿をイメージすれば気持ちで完全優位になってしまう。人前に出るなどなんでもない、投手は衆人環視になるのが仕事だ。良し悪しはあるだろうがもともとが小さかった僕にはちょうど良かった。野球好きなのは男子としての自信をつくってもらったからだと思う。

九段高校ですぐ硬式にはいった。都立とはいえその夏の東京都大会の第六シード校で4回戦まで行ったから弱くなかった。草野球出身で誰に習ったこともなく投げ方はもちろんプレートの踏み方すら知らなかったが、先輩方とキャッチボールしてみると自分の球のほうが速いと思った。野球だけは自分は特別と天狗になりきっていた。

その夏からすぐベンチ入りさせていただいて、大会終了後に背番号1をいただき一級上の2年生を飛び級した。だから客観的に能力がすこしあったのは球を投げることで、学業など比にもならないと書いて自慢にも謙遜にもならないと思う。この1年でエースというのに比べれば2浪して東大に入ったり徹夜続きでMBAを取ったなどというのは汗の匂いがする格好悪いことだ。

硬式で初めて同世代のうまい子と対戦することになる。天狗はそこまでだった。秋の新人戦は国学院久我山だった。甲子園も出てロッテの井口、日ハムの矢野などプロ選手も多く出している。9-0の7回コールドで負けた。一回り目は零点でたいしたことないと思ったら次から打たれ、それも人生初というほど自慢の直球を打たれてショックをうけた。

打撃では甲子園に出た日大一高戦で一塁線ゴロが抜けたと思ったら併殺打。盗塁は何度かしたがだいたい1メートル手前でアウトだった。そもそも上の子相手ではいい思い出自体があまりなかったのか。二けた三振で2安打完封された聖学院の左腕からセンターオーバーの三塁打を打ったのがいい方の唯一の記憶のように思う。珍しいから覚えてるのだろう。

硬球の怖さも知った。初登板だったOB戦で先輩にぶつけてしまった。それも速球が首を直撃して昏倒され騒ぎになった。走者一三塁の場面で一塁走者が盗塁したとき、捕手が擬投で僕に思い切り投げ返してきた。サインがわかってなく危険だった。打球では何回も怖い思いをした。18.44メートルの距離を強烈に襲ってくる。捕れなければ頭、心臓、股間などを直撃のもあった。

2学期がはじまって同級生が山へ行った海へ行ったという話をする。こっちはあの学校に勝ったの負けたのだけ。体育会というのはクラスでは軍人みたいで戦いの話しか興味がないし女の子とは話題すらない。軟派な都立高だから完全に浮いていた。どうしてそこまでして野球に没入していたのか、あるとすると闘争本能とお試し本能だ。

人間なにごともうまくなると試したくなる。足が速ければかけっこしたい。力自慢なら相撲したい。相手をやっつけたいというより自己確認、それがお試し本能だ。ゴルフはそれだけでできる。相手が人間になると闘争という要素が入る。へたすると戦争にもなる。闘争性を除去してお試し性だけにしたのがオリンピックだ。

僕は2年で肩とひじを両方やって球が投げられなくなった。硬式のレベルでは終わり。お試し本能は出番がなくなったが火がついてしまっている闘争本能は消えなかったので、3年になってやおらそれが受験に向かったような気がする。学業はドべの方だったが、勝ちたいという動機は野球の終焉からやってきた。

野球はお山の大将の蜜の味を教えてくれたし、そこから奈落の底に転落して地獄も見せてくれた。16,17才のみそらでそんな経験ができたのは幸いだったのかもしれないが、どうしても高校の夏休みというとなにか「損したな」という気持ちを抑えきれない。もっと楽しいことがいっぱいあったにちがいないと。

もし、アラジンの魔法のランプがあって、何でも願いを叶えるといわれたら?もういちど高校時代に戻してくれというだろうな。そこで何をやるか?とても迷うにちがいないが、やっぱり野球をやってしまうような気もする。

 
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