ワインを飲みながら学生時代に帰る
2018 DEC 4 23:23:19 pm by 東 賢太郎
顧問のK先生とワインを飲みながら伊賀の影丸の話に熱中してあれこれやってるうちに「横山光輝は影丸を中性的に描いたのが偉い」という鋭いご指摘があった。「敵役は醜怪な面相ばかりで女性っぽいのが善玉らしい」と。なるほどと思ったが、さらに「由井正雪もね」とくるものだから感動もひとしおである。
先生は1学年上で非常に有能な官僚、政治家、大学教授、将棋4段であられるが、影丸で盛り上がれるうえに「サインは V !」の戦後世代的考察があり、団塊世代から見下されるわが世代を論じつつ「宇宙少年ソラン」と大阪万博の「こんにちは」はそらで歌い、古関裕而作曲の東京オリンピックマーチを唱和される(これは名曲だ)。
吸った空気は同じということだが社会に出るまでに乗り越えてきたものが同じということでもあり、そういう中においてなかなかこういう方は知らない。漫画を子供時代にそう見ているということは生身の人間もそう洞察してきておられる。わが身と似たものがあるのであってこういう部分で通じ合えるのは心強い。
通じ合えるというのは何でも話せるということでもあって、僕がここまで来たモチベーションは受験、出世のトラウマで今に見てろの馬鹿力だなど全部お話しし、狭い所がだめで飛行機も床屋もアウトでどう対処しているかなど「う~ん、けっこうめんどくさいね」となり、かなり酔って中村案件+ディズニーランド構想など経済産業省の規格外の大草案をぶってもなるほどとうなずかれる。
そこまで東北のルサンチマンなんてことから「東京もんだってある」となり、大阪赴任はカルチャーショック、『ええかっこしい』言われ、やってもないのに『にいちゃん、二度づけ禁止やで』だと反論、でもこれは言えない、言っても嫌われるだけ、でもいまや都鄙感覚は地理的ばかりじゃないとなり、ネット時代はどこにいようが知識で「都に勝てる」となり、地方創生は教育だとなる。
思い起こせば大学時代に下宿でこんなことを、はるかに低次元だが毎日のようにわいわいやっていた。いわば原点、心のふるさと。社会に出ると現実に締め付けられそういう馬鹿げた議論ができない。僕はそれを化石のようにまだ持っているが、誰もわからないから大変に寂しいし、ときに非常に疲れる。そこでアライアンスを組めた先生の存在は、精神の深い所で、実に大きいと思う。
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交響曲を書きたいと思ったこと(2)
2018 NOV 25 0:00:03 am by 東 賢太郎
ビジネスは弁証法的に進化する。それが利潤動機であり、資本の論理であると性悪説(かどうかは議論があろうが自分の立場からは)に立脚するのは人権に基づくプロレタリアート概念を創出したいマルクス経済学のイデオロギーに過ぎない。ロジックとしての弁証法に性善も性悪もないのである。マルクスは弁証法による唯物史観をとった。私見では宇宙はその原理で生成発展しており、宇宙の一部である人間社会がその原理で解明されてなんら違和感はない。
しかしそこには大きな論点の欠落がある。ビジネスは大阪弁の「オモロい」でも進化し、資本はそれでも成長することを大阪人でないマルクスは完全に見落としている。平等なユートピアはオモロい人を殺してしまうことは論じていない。そもそもオモロいことをしている人は「搾取されました」なんて争議はしないのである。オペラを受注したモーツァルトが残業代の計算をしただろうか。過労で倒れて労災申請をした大作曲家がいただろうか。
僕は365日休みはないし三六協定もないし土日も仕事している。事業主、資本家だからではない、オモロいからだ。だからオモロくなくなったらやめる。労働は悪だというのはキリスト教思想であって仏教徒の僕には毛頭関係ないが、もとよりこれは宗教、思想の話ではないという所が核心なのである。むしろ人間の生来の属性、ケミストリーであり、性格、生き様、信条、モチベーションの話であって、そういう類型化できないことを学者は採用しないが、その姿勢は実務家である僕にはまったくのナンセンスでしかない。
しかし、宗教であれ教育であれ人間の生来の属性を造り変えることは尊厳にかかわることだから無理だと思う。したがって、ここに必然的に、仕事が「オモロい」「オモロくない」で地球上の全人類は二分されるのだ。資本論は後者の人類の福音書であり、明示的には消えたが精神だけは世界の左派に残っている。特筆したいのはこの二分法こそマル経が予期せず生んだ『階級によらない人間分別法』であるということだ。マルクスは狩猟採集の原始社会が本来の平等社会(無階級社会)であって階級社会を克服した上で実現する無階級社会は極めて生産力が高く、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」としたが 「能力に応じて」「必要に応じて」の部分にこの二分法の用意がある。これを論理の穴と上げ足をとるか、さすがマルさん逃げ道あって頭いいねととるかは勝手だがどっちでもいい。
強固な持論として僕は「オモロくない」派は時給いくらで残業代をしっかりもらうべきだし、「オモロい」派は成果連動報酬で青天井スキームでやればいいと思う。日産のゴーン元CEOは明白に後者の契約だったわけで、それを前者と比べてけしからんというのは二分法からしておかしい。株主がOKといえばいいわけで、その株主を欺いたから拘留されているのだ(当面の理由としてだが)。野球でいえば球団職員がエースの給料が高すぎだと言ってるようなものでマスコミのマル経的たきつけに徹している観がどうも解せない。「高級マンション」がどうのというのも、高級かどうかが論点ではなく取締役会で決議したかどうかだ。しないと会社の金の振り込みなんかできるはずがない。なぜその時点でOKだったのが今は横領まがいなのか(本件は今後注視したい)。
ソナー・アドバイザーズは、基本的には、「オモロい」派だけの会社だ。「オモロくない」派は外注で足りる。なぜそうするかというと、ビジネスはマルクスの見落とした大阪弁の「オモロい」でこそ進化こそするという強い信念があるからだ。だから秘書にも費用は会社持ちで資格試験を受けてもらいバリューアップしていただいているし、会社の業績の進化に影響ない人は採用しない。これはラーニング・オーガニゼーション(学習する組織)という経営哲学で、僕はダボス会議でGE(ゼネラル・エレクトリック)のCEOだったジャック・ウェルチから習った(既述、「伊賀の影丸経営」の原型だ)。
僕が法律と何の関係もない対位法や和声法の勉強をしていたのは大学在学中だ。「人の税金を使って学校へ行った」(麻生財務大臣)からけしからんことだったのは謝るが、それをしながら作曲家にはなれないと思い知ったのは効用だった。できると思ったのは写譜屋ぐらいで、それなら1枚いくら、1小節いくらで請求するだろうし時間外の追加料金も計算するだろうと思った。さらに意外だったのはオーケストラに労働組合があることだった。これが意味することは、つまり団員は堂々たるプロレタリアートだという厳然たる事実なのである。基本はオモロくない派の人々なのだ。
いやそんなことはない、音楽は私の人生だ、だから音大を出て生涯の仕事にしているではないか、という声はあるはずだ。それを否定する権利は誰にもないが、それは日産の工場で現場を支える方々がクルマが好きだから汗を流しているという主張とおんなじだ。トヨタは食堂にまで意見箱を設置して工員の声でカイゼンしているが、だからといって労働組合が消えたわけではない。このことはプロスポーツと労働組合との親和性の議論と照合すれば理解が容易だ。サッカー選手がPK戦になったといって残業代を請求するかということだ。NPBに選手会が存在しストライキをしたことはあるが賃金交渉には無力である。オモロくない派ならやめればいいではないか、やって成功すれば収入は青天井だよという世界なのだ。
理系頭脳のオモロい派である作曲家は労働組合を形成する労働者とは別の惑星の人たちなのであって、両者の間には「音楽への愛」で結ばれることができるはずだなどという宗教がかった博愛ユートピア思想では越えようもない二分法による深いキャズムが存在することを僕は大学時代に学んだ(東大が教えてくれたわけでないが)。だから、そこまで異星人ではないものの「オモロい」派には属する指揮者が作曲家の宣教師としてインスパイアして引っ張らないと良い演奏など出ない確固たる道理があるのだ。音楽をマルクス経済学的側面から理解したし、それを通じて現在の経営観に至ってそこそこ税金を払っているのだから遊んだわけではなかったと思う。
この視点に立つと、指揮者と経営者の役目は同一であるというドラッカーの経営学も肌感覚の裏打ちが持てる。会社を進化させる経営を僕は「オモロい」に求めるわけだが、それは業界に40年生きてきて培った信用と人脈を素材として交響曲をcomposeする作業であることは前回述べた。これを僕はcompositionの本来の思考形態である数学的センスでずっとやって来たしこれからもそうする。数学が計算だと思ってる文系の人に説明するのは時間の無駄だから一部にしか言わないが、そういうことだ。
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交響曲を書きたいと思ったこと(1)
2018 NOV 24 16:16:28 pm by 東 賢太郎
時々とてつもない願望がわくことがあって、大学のころ不意に交響曲を書いてみたいと思ったことがある。さっそく対位法、和声法、管弦楽法の書物を買い込んで受験勉強みたいに読んだ。大変まじめにやったと自負する。クラシックがクラシックに聞こえる秘密は対位法にあることを知ったし、機能和声の原理もそうなのだがとても数学に近いということは発見だった。というより、交響曲であろうとなかろうと、数学に必要な能力なしにまともな音楽を書こうというのはあり得ないことであろう。
一般のイメージでクラシックの作曲家というと、ひらめいた美しいメロディを書き留めた文人、詩人みたいなものだろうが僕はジェームズ・ワットやトーマス・エジソンやフランク・ロイド・ライトに近いと思っている。少なくとも理系である。文学や絵画や、音楽でもポップスは文系でも書けるが、クラシックの作曲(composition)は非常に理系的作業であって、モーツァルトもショパンも、文学青年のイメージとは遠く数学、音響工学に長けたエンジニアの基盤があって、そこにあの音楽が「降って来た」からナイスキャッチできたのである。
シンプルに書けばクラシックの作曲は「数の秩序」の支配する王国を作り出すことだ。数の秩序と人間の美醜の感覚は関連があり(これは神の領域で人は作れない)それが感動(聞き手の心の動き)の源泉である。楽音が周波数(ヘルツ)であり和声がその比率値であり、音の強さはデシベルであり長さは時間であるから、音楽の要素はすべてが数である。それに秩序を与える追唱、模倣、反転、シンメトリー等々のミクロ構成原理がマクロとしての形式論を形成するのはフラクタル構造を思わせる。
音楽はそれだけで美しいのであって作曲はだから絵画より彫刻、建築に近似するはずだ。フィレンツェのアカデミア美術館で見上げたダビデ像にはJSバッハのフーガの技法の均整を感じて圧倒されたが、あの感動に彩色は無用でありむしろ肌色に塗れば卑猥なものに貶めかねない。管弦楽法はヘルツを変えずに色を持ち込む技法であって、従って音楽の本質ではない。それはJSバッハの多くの曲に楽器指定がないことでわかる。フーガの技法をどの楽器で演奏しようがよいのはダビデ像があえて白色のままにおかれているのと同じだ(僕は或る調性に色のイメージが出てしまうが、そのこととドビッシーをきいてモネの絵を思い浮かべるような人がいることは別な話である)。という結論に至ったので僕はそれ以来交響曲をピアノで弾いてみる習慣がついた。僕のピアノは乙女の祈りやショパンを弾くためでなくブルックナーの9番などを探索するために存在する。ピアノリダクションを弾かないでスコアの構造を理解するということはよほどの天才でない限り難しいように思う。ショスタコーヴィチは管弦楽曲を聴くそばから頭でピアノに置き換えていたというが、それは作曲家なら誰でも普通のことだろう。
さてそこまで来て、作曲とはそういうものではないのだという至極根本的なことにも気がついた。僕の願望は、仮免でF1レースで勝てるだろうというほどのかけ離れた妄想でしかなかった。しかし逆説的ながら「書ける」と思ったことも事実だ。というのは「交響曲を書くノウハウなんてない」ということだけは分かったからだ。何であれ「交響曲」と表紙をつければその日から交響曲である。誰でも書く権利はあるし著作権だって取得できる。問題はそれが演奏されて世間が良い交響曲だと思ってくれるかどうか、それだけなのだ。
作曲する(compose)という動詞はcom-(いっしょに)+pose(置く)というラテン語が起源だ。「一緒に置く」である。音楽の能力がないならそれをビジネスでやればいい。演奏されて世間が良い交響曲だと思ってくれるかどうか?それはオンリーワンであるかどうかにかかっている。そう切り替えたらどうだろう。というより、幸か不幸か、頭の構造が元からそうなっているようで「これとあれを組み合わせると面白い」ということを寝ても覚めても考えているしそれが飯より好きでもある。
ビジネスでこれを第1主題に、あれを第2にという作業は字義通りcomposeすることに他ならない。この人とあの人でもよい。両方にコネクションがあるのはこの世で僕しかいない、ということはそれをすれば勝手にオンリーワンになるのである。それを発表したら世間は驚くだろうと思うとぞくぞくする。それを構想段階で他人に話して報われた経験はない。この人大丈夫かという顔をされるだけだから説明する意味もない。しかしそういうものほど価値があるのだ。僕は他人のすることをもう少し小賢しくやろうなどということには微塵の関心もない。
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自分の血について
2018 NOV 16 23:23:44 pm by 東 賢太郎
従兄が亡くなった。68才は早すぎだ。母方のいとこは12人で男は4人しかいなかったのに・・・。彼は建築士で、高校はサッカー、大学はボートの好男子だった。子供の時遊んでもらったし、昨年母の四十九日で献杯の辞を頂いたばかりだ。ショックというかまだぴんと来ていない。安らかにお眠りください。
こうして親戚一同で故人をしのぶたびに、血縁ってなんなのだろうと感じ入る。
僕が自分のルーツに興味を持ったのは、従兄の父上が家族史を私家本に書き残してくれたからだ。それがなければわからなくなっていた。未完だったそれを伊那と長崎まで行って完成する旅は探偵になったようにエキサイティングで、叔父の遺志を継いでそれを今度は子孫に残そうと考えたのがSMCを始める動機にもなった。
まあ先祖がどうあれ人生には何ら関係ない。幸せは自分で切り開くしかないし。
告別式の会食ではそう思いながら、従姉が幼少に住んでいた、とんでもなく大きかったらしい大森の洋館の回想をきいていた。やはりそこに居たお袋が婚礼の日に花嫁衣裳を着て式場へ向かった様子も生き生きと語られて嬉しかった。
姉さんは幼稚園で箸の使い方も弁当の食べ方もわからず親が呼ばれた人だ。母にいたっては嫁に出るまでそうだった。そういえば自分も弁当がだめで苦手だったなあと思い当たる節がある。今でもはっきり覚えてる。炒り玉子と鶏肉のそぼろとインゲンのきれいな3色弁当で、それなのに食べるのがあまりに遅くてタイムオーバーになり、半分も残して持ち帰って母に渡すのが苦痛だった。
みな夜型で朝がダメで猫好きでやさしくて病気の傾向も似ている。やっぱり遺伝子はあると納得するしかない。そしてこの母方の話を聞くと、どこが父方から来たかまでわかる。商人系の母方に大学教授や学者はいない。しかも地域でいうと東京、京都、能登半島、信州伊那谷そして長崎の混合だ。だから僕はどれがルーツというより、ヨーロッパ人みたいに混血したブレンド種であることに個性とプライドを感じている。
そう開き直ると、自分の趣味がどう変わっていようと変な人に見られようと、そりゃあそのどっかから来たんだ、こんなに色んなところなんだよ、ひとつにまとまるわけないじゃん、だから仕方ないでしょという口実になる。あんまりいないから相手はわけわからないし、言ってる本人だってそうだからどんな馬鹿なことをしでかしても仕方ないですむというご利益があるのである。でも最近は京都、能登、長崎の血が濃いのかなという気がしてきてもいる。美意識は京都、オタクは能登、情熱は長崎とすると僕という人間の8割は説明できるからだ。
実際に行ってみて、びびっと何やら電気が走ったのはやはりその3つだ。東京は日常だし、先祖の石碑なんかがある伊那は意外にそうでもなかった。そういう直感に僕は忠実に生きてきて今があるのだからそう思うしかない。先祖を大切にする、親族は仲良くする。これは血に忠実に生きるということだ。従兄の年ぐらいは生きたいが何が起こるかは誰もわからない。だから血の命じるものに無理して逆らっていまさら良いことがあるとも思えない。無理は若いころ10人分もしたし、もう毎日を楽しんで自然と体、心が赴くままに生きていこうと従兄の前で誓った。
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安藤百福さんと特許
2018 OCT 13 12:12:31 pm by 東 賢太郎
インスタントラーメンを発明した安藤百福さんがドラマになったらしい。テレビは見ないからそっちは知らないが、こういうのが縁なのだろう、たまたまやっていた番組が彼の特集をしていて、食い入るように見いってしまった。
野村で大阪に赴任してすぐ、大営業マンとして著名な先輩の武勇伝を聞かされた。日清食品の社長室に押し入って?初対面の安藤さんに株を買ってもらった話だ。愉快、痛快。先輩もさることながら安藤さんは大物だと思った。
それが頭にあったのだろう、同じことをやってみたら名門企業のU社長がやっぱり株を買ってくれた。今になってみるとこんなことを二十歳そこそこの小僧にさせてしまう野村證券も凄いが社長も後に関西経団連のトップになった大物であられた。野村も社長も、これが大阪でなくて何だろう。やっぱり僕を育てて筋金を入れてくれたのはオモロい大阪なのだ。
日本統治時代の台湾出身で大阪人であった安藤百福さんは日清食品(株)創業者だが、傑出した発明家でもあった。失敗と困窮と苦難の末に製法を考案したインスタントラーメンが大当たりしたは良かったが、劣悪な模倣品がどっと市場に出てしまう。どこでもある話だ。そこで発明家は創業者利益を侵害されぬよう、特許という盾によって侵略者と戦うのである。
画期的な発明ほど魅力的であって、模倣品との戦いが熾烈になるのは道理だ。ナンチャッテだけで生きる人たちの総攻撃にあう。せっかく美味しいと認められつつあったチキンラーメンが劣悪品の風評被害で大ピンチになってしまった。番組がそこまで来たとき、僕は青色LEDの中村修二先生の発明特許が900もあるのを思い出していた。そういうものなのである。
ではそこで安藤社長は何をしたか?
「特許を開放してしまえ」と命令したのだ。これには驚いた。日本ラーメン工業協会を設立して製法特許権を譲ってしまう。経営の常識として全役員が反対したのは当然だがそれを押し切った。叩くのでなくやらせてしまえ、我が事になれば皆が品質や安全にも気を配るようになる、「野中の一本杉になってそびえるより、豊かな森にした方が実りが多い」。
これは凄い。涙が出てきて声にならず、いっしょにいた家内は驚いたろうがこの衝撃は文字にならない。このトシでよもや経営話ごときでガツンと後ろから殴られたようなショックを受けるなんて、自分に何が起きたんだろう?むしろそっちに驚いた。まだよくわかっていないが、想像で書いてみるしかない。
まず彼が規格外の人物ということだ。創業者、発明家は相応の苦労をしている。だからタダ乗りを締め出して利益を独占したくなってもそれは当然のご褒美であって、寛大でない、セコいとは言われない。これは世界の常識である。苦労なく幸福をばらまくことのできるのは神だけであり、人間は神でないことを知っているからだ。それを放棄することは、理由は何であれ、幾分かの他利の精神がなくてはできないことで、そうそう常人の及ぶものではない。
特許で囲えるという法律があるなら、囲わなければ模倣は合法だから許されるという妙な理屈が出てくる。だからこそ囲わざるを得ない。日清食品がいくら特許侵害訴訟を起こした事例があろうが必然以外の何物でもない。創業、発明はゼロから有を生む。止まっている物を動かすには静止摩擦を上回る巨大な力が必要なのが物理法則であって、それが創意とリスクテークの度量という一種の才能、才覚である。凡人にもできる物まねの「ゾロ品」を生む権利などで潰しては国益にまでかかわる大事なのである。
しかし、それだけだったら偉い人だねとは思っても涙までは出ない。そこで次に思うのはスイスにいたころの麻薬常習者の話だ。安藤さんのジャッジはそれに似ているのではないかと直感的に思ったのだ。事はこういうことだ。1995年ごろ、チューリヒ駅近くの公園で若者による注射の射ち回しが議会を巻き込んだ大問題となったが、そこで市は希望者に注射針を無料で配るというやはり想定外の手に出たのである。
背景には麻薬常習者の増加に加えてさらに喫緊の問題があった。注射針を介して当時流行っていたエイズが拡散することを恐れたのだ。取り締まれば奴らは地下に潜るだろう。するとエイズも地下に潜る。見えぬ病原体相手にはそのほうが市民生活には危険が及ぶと思ったのである。これは寛大でも他利でもない、国家は市民である君らに介入はしない、楽しみを奪ったりもしない、だから、俺たちを巻き込まずに好きに死んでくれという冷徹な政策だ。
商人でもあった安藤さんがどちらだったかはわからない。しかしどっちにしても涙は出そうにない。どうやらもっとずっと僕の個人的なことで、きっといま頭を占めているいろんなことで、チキンラーメン特許開放!は響いたに違いない。
証券屋というのは30年もやればいろんな経営者を見てくる。皆さんいろんな経営手法でいろんな英断をされている。しかし証券屋はそこで「社長、流石ですね」と持ち上げて商売をもらうのだ。何がどう流石かなどはぜんぜん二の次で。特許開放!いよっ、流石は大社長、ご英断ですなあ。
こういう馬鹿丸出しの太鼓持ちが反吐が出るほど嫌いで、長年の仕事柄そんなことをやる風に染まってしまっていた自分まで軽蔑していた。安藤氏の英断はまず僕を素朴に驚かせ、僕はそれに驚いた自分にはっと驚き、そうか、ついにあの馬鹿らしい世界から脱却できていたんだと気がついた。それだったんじゃないか?
返す返すも社長室に押しかけて安藤百福さんにお会いしなかったことが残念だ。
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オモロい人たち
2018 OCT 11 6:06:10 am by 東 賢太郎
大阪で仕事したころ、「あんたオモロいやっちゃ」といわれてそうかなあとけっこう戸惑った。これが「面白い人」ではないと知るにはしばらくかかる。それは関西弁でしか表せないニュアンスだからで、東京にはそういう表現がない。
面白いはfunnyである東京人はそういわれるのは面白くないが関西でオモロいはinterestingであって悪い意味とは限らない。東京ではしかしそれを訳すと「あなたは興味深い人ですね」みたいになって、これはこれで上から目線の感じで余計なお世話だとなるからややこしい。英国でWhat you said is interesting.なら言えるがYou are interesting.は失礼感があるように思え、言ったことも言われたこともない(アメリカは知らない、トランプは言いそうだ)。
つまり、You are interesting.を好意、親愛の表現で言ってしまう関西は特別な場所かもしれない。土足で踏み込む感はあるが人のぬくもりもある。いや、それをぬくもりと思うのが関西だと東京人の僕は思った。
しかし最近、東京にだって昔からオモロい人はたくさんいるのだけれども、その人たちをオモロい人と思う人があんまりいないだけなのではないかと思うようになった。つまり「オモロい」という概念は受容する側の問題だと。
僕はこの「オモロい」こそが人間の人間たるゆえんであって、ちょっと大げさに言えば人類を進化させる原動力ぐらいに思っている。オモロい人がいくら周囲にいても、彼らを受容するカルチャーがなければ宝の持ち腐れになってしまう。
中学に丸山鉄男というオモロい奴がいた。こいつのオモロさを凌駕する人間はいまだに現れていない。図抜けて天才の域にあり授業中に隣りで悪ふざけして笑いをこらえるのに死ぬほど苦労した。早稲田高等学院に入ったが馬鹿なことに大学でサーフィンであの世に行った。でもあれは僕の中で生きているからいい。
「オモロい」は東京にいると、どうも錆びついて見えなくなってくる気がする。大阪やアメリカや香港にいたときは僕の「オモロいセンサー」はもっと感度が良かった。そう思いだしたので最近はつとめて知らない世界の人と会って話している、というか、話し込んでいる。思ったらすぐに何か手を打たないと鈍る一方で僕にはあらゆる意味でよくないからだ。
ネクサスの動画に出演してくれた90人の若者たちは宝庫だ。彼らはみんな熱中型人間で飯食うのも忘れて何かに没頭するタイプだ。それでその世界で凄いと言われハングリー精神に満ち満ちている。こういう人は強い「気」を発してる。動画でそのシャワーを日々浴びていると僕は元気をもらえる。
だがもらうだけじゃあいけない、発見がしたい。例えばそのひとりのサムライの島口氏は海外でひっぱりだこである。欧州ツアーで飛び回って帰国したから報告したいとほんの少しの時間なのにわざわざ来てくれる。そこまでウケるには、まだ僕の気づいてない才能がこの人にはある。あるはずだ。そう思ってそれを知りたくて興味津々だ。
会社を2つ作って50億円もってる38才にもきのうお会いした。初対面でありオモロそうだと聞きつけて来てくださったようだが、こっちは商売より彼のオモロさがどこにあるのかが大事だ。それがなければそんなカネが作れるはずがないからだ。
「深く井戸を掘りました。頭悪いんであれこれできなかったんで」
「いや50億作った人が頭いいのが資本主義だよ」
そんなことを2時間話し込んで、ビジネスについてはよくわからなかったがオモロい人だった。株の話はほとんどせず、ゴルフのベスグロ75で同じだね、でもジョン・レノンの最高傑作はアイアム・ザ・ウォルラスじゃねえかなというところで意見が合致して終わった。
元ロッテのサブローこと大村三郎氏にはときどき最近のプロ野球界のもろもろを教えてもらう。彼は巨人もいたしオモロい。なーるほど、人間だからどこも一緒だよな。そういうの勉強したいって、じゃあ司馬遷の史記だねオモロいよ。彼は即決のスナイパーだ、すぐ読了するだろう。
たしかPWCのレポートに、2030年にAI革命が進んでいて、世界で最も危ない国は日本であり、62%の人が職を失うとあった。ブルーワーカーだけではない、銀行員や公認会計士もだ。でも人を感動させる職業は残るとある。要は「オモロいやっちゃ」になればいい、そういうことなんじゃないか?
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僕の運命を変えた広島カープ
2018 SEP 27 23:23:51 pm by 東 賢太郎
カープファンになったのは1962年(昭和37年)のことです。56年間もカープ戦に一喜一憂してきたことになりますからもう人生の重要な一部です。海外にいた16年間は、まだまだ日本の出来事は翌朝の新聞で知るというまだるっこしい時代でありました。朝一番に経済欄ではなくスポーツ欄から読むのでこっぴどく叱られましたが、気になったままでは仕事になりませんと臆せず正論を吐き日課にしました。緒方、前田、金本あたりはそのころ活躍してましたが、だから姿はあまり見てないのです。新聞を見てよく打っとるなあ、いいのが出てきたなあと球場のシーンを想像してわくわくしてました。
大学2年の夏に九州旅行をした帰路のことです。博多からひとり新幹線に乗ると、網棚に読みさしのスポーツ新聞がありました。それがなければまさか広島であてもなく途中下車するなど考えつきもしなかったでしょう。ところが紙面に小さく「広島・ヤクルト(市民球場、18時)」とあった。これが運命を変えました。矢も盾もたまらず降りてしまい、試合後はユースホステルに頼みこんで泊めてもらったのですが、翌朝、たまたまそこの食堂で目の前に座った女性がのちに妻になったというのは偶然にしても話ができすぎでしょうか。
家内も僕も広島になんの地縁もないのだからこれはカープ大明神のお力だったに違いなく、そもそも昭和37年のご時世に東京生まれの小学生がクラスでいじめられるの覚悟でカープファン宣言の狼煙をあげたこと自体が今日を予見した大明神様のお計らいだったと考えられるのです。だから子孫たちは我が身あるのもお陰様と僕の仏壇にカープの球団旗ぐらい祭ってくれてもバチは当たらない。もちろんひとりぐらいは入団してもらわないと困るしウチは爺ちゃんも野球だし血筋はある、ぜひお願いしたいところです。
その日の試合はどうだったか?勝ったんです、前年初優勝してその年は3位でしたが、山本浩二、衣笠、ホプキンス、シェーンがいて強かった。これを3塁側内野席、ベンチあたりのいちばん上の方で見せてもらい感激でした。得点は忘れましたが9回裏にキャッチャーの水沼が左中間2塁打を放ってサヨナラ勝ちでしたね。初めてのカープ戦、初めての市民球場、初めて踏んだ広島の地、それにしてもあの日はなんだったんだろう。
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トゥールダルジャンにて思う
2018 SEP 18 0:00:36 am by 東 賢太郎
仮にTさんとしておきますが、女性のかたから「男女の脳はぜったいに違う、だから気をつけなさい」と意見をいただき目からうろこでした。「(東さんは)ぜんぶ自分中心だから周りが大変ですね、特に女性は」と鋭い観察眼で、お説教ではなくロジカルに説いていただいたわけですが、こういう流儀の説明を女性からいただいたことはありません。
既述の通り僕は女性と話しがかみ合うことがなく、脳が違う説は支持者でありました。いわく女性は同時に別のことを考えられる、何事も没入しない、面白い本を山場でやめて眠れる、100mの穴は掘らず1mのを100個掘る。なるほどそれじゃ無理だ。たしかに母といえども僕が電車のブレーキが溶けた鉄片を線路で拾ってくるのが理解できず、毎回すぐ捨てられました。
鉄片の収集とCD収集は僕の中では全く同じことで、電車の車輪・ブレーキへの関心と音楽へのそれも全く同じです。ということはその調子で書いてる僕の音楽ブログは実は女性にはぜんぜん理解されてないかもしれない。youtubeに貼っている音源もその趣味のチョイスですがアナリティクスによると来ているのは男ばかりで、そういうことかもしれません。
同時に別のことを考えながら交響曲を書いたり相対性理論を発見したりはできないだろう。好きな事を寝食忘れて何時間でも没入できるのは男だけなんでしょう。Tさんいわく、「女にそういう人はまずいません。でも男も大半はそうではない人ですよ」で、僕はというと「いちばん遠いところにいる」そうなので合うはずがないのです。たしかに男の大半も、実は合わないのです。
そう、Tさんを東京ドームにお連れしたとき、8回あたりで「終ると混むでしょ、そろそろ出ますか」とおっしゃる。「ちょっと待って、こっからいいところでしょ?」という会話がひとしきりあってつきあってもらいましたが「あれのことですね?」「そうそう、でもほとんどの女性はそんなもんですよ」
たしかにこれは家内、娘も一緒であって、どうしてそういうことになっちゃうわけ?のオンパレードの歴史であったのです。モーツァルトの親父が息子との旅行先で似たことがあって手紙で妻と娘にお前たちはほんとうに馬鹿だねと切れてる。馬鹿はいかんです、differentですね。ナンネルちゃんだって弟と変わらぬ神童だったわけだから。
さすがに家では長年の経験から近年はストレスをかけないようにしてくれているので有難いことです。そうでないと僕は仕事にならない。普通の人は寂しくなって誰かにかまってもらいたいのでしょうが僕はなるべく放っておいて欲しい。「孤独はいいですよ。没入できますんで。そういう時に寄ってこられたり声かけられるのも嫌なんで、猫以外はね」。
ドイツにいたときのことですが、森を歩くと老カップルが散歩しています。ヴァンデルン(wandern)といって何をするわけでなく歩くだけ。それもそのままオペラハウスかフレンチレストランに行ける正装でね。あれこそ大人の時間なんです、最近あれを思い出してましてね、いいなあ贅沢だなあと思う。
フレンチといえば、僕が好きなんで、Tさんには仕事で格別のお世話になったお礼でこの日はトゥールダルジャンにお招きしたのです。ご婦人同伴でないと行けないところですが、僕はあのパリの宮殿のような空間でぽつんと一人で給仕されていたいなあとも思う。食事もワインもよろしいが、それゆえの贅沢というのはまだ若い、贅沢なのはあの空間と時間を占有することなんですね。
それにしても食事はいいですね、胃袋に男女はなさそうなんで。
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横浜富貴楼 お倉
2018 SEP 2 0:00:08 am by 東 賢太郎
子供の頃から分解癖があるのは何度か書きました。今だって理解できないマジカルなものがあると仕組みが知りたくて眠れなくなります。絶対普遍の関心は宇宙にあって、それを調べれば調べるほど、今度はどうして僕はここにいるんだろうというマジカルな事実に直面して一時は哲学書を読みふけりました。宇宙は数学で読み解くしかないそうですが、では宇宙が137億光年先までなぜ数学に従って動くのかという理由はわかっていません(参照・「数学的な宇宙」マックス・テグマーク著)。哲学は数式で書かれませんが、実存という自分がここにいるという真理が数学的でないならそれは宇宙の一部ではないか、数学に例外があるという、それはそれで大問題になってしまいます。
哲学書を読んで理解したことは、僕には理解できないということでした(笑)。結論としてそこまで突き詰めて思考した人のインテリジェンスは物理ならアインシュタイン級だろうぐらいは思うのですが、ではアインシュタインがどれほど知能が高いかということも数学ができない僕には実感がないわけで、リンゴとミカンを並べて両方とも普通よりでっかいですねと言ってる、その究極の馬鹿ぶりには耐えがたく何か別なレファレンスを求めたくなるのです。それがモーツァルトだったというのが話のオチで、カントやアインシュタインの言語は理解できませんがモーツァルトのはわかる。それも頭でお勉強してなんとなくではなく、おなかでガッツリと。人類史上最高峰というものがどんな景色かを僕は彼をモノサシにして計っているのです。
モーツァルトはワンダーランドである。そう思ったのは駒場から本郷に移って法律の勉強に辟易しはじめた頃です。ワンダー(wonder)とは不思議であり、つまり充分にマジカルです。モーツァルトは僕にとって宇宙と同じ存在に見えてきて、むくむくと生来の分解癖が頭をもたげました。哲学書を読み解いた10倍もの、法律書の100倍もの関心と労力をもって彼の楽譜を(それもマジカルに聞こえる特別の部分を)片っ端から調べその道具としてピアノを触りはじめました。社会に出てからもそうでしたが、自分はネコと同じほど本能主導で環境や周囲が左右できない人間と思います。
モーツァルト、アインシュタインにはなれっこない。ではオレが何かといえば、カッコつけていえば金融の専門家なんてものであって、こういう職業は誰でも頑張ればなれるものであるのは自分が一番知ってしまっているわけで、何の誇りも持てないけれどその割には収入は悪くなくておすすめですよぐらいのくだらない結論しか出てこない、まったく馬鹿馬鹿しい人生であったということになるのです。その成仏感のなさからこういうブログを書いてるのだから寂しいことです。
財産は本能の命じるままに使ってしまおうと思うのです。とすると自分の本能はどういう出自のものか、投資する前に調査するのは習性ですからいったん理性で紐解く必要があって、両親とその両親できればもっと先を、つまりそこからしか本能は来ようがないのだから調べる事がまず大事です。その結果、オレというものは当然ながら先祖が複合してできていることに気づきますが、やっぱりこれかなというのはあります。
明治時代に岩崎弥太郎、伊藤博文、大久保利通、大隈重信、陸奥宗光、井上馨、山形有朋などが常客だった横浜・尾上町の富貴楼という待合(置屋兼お茶屋)があって、お倉
https://ja.wikipedia.org/wiki/富貴楼お倉
という芸者あがりの女将がいました。やり手で「坂本龍馬のような女」と呼ばれ、本が出ていて富貴楼を建ててやったのが先祖だったと書いてあります。元勲たちと親交を結んで政治情報を聞き出すためですが実行部隊はお倉でした。彼は実業家ですが株式市場がまだない時代に情報というインテリジェンスの重要性を最初に理解した日本人で、ワーテルローの戦いで戦況をつかみ英国債を売って市場を動揺させて一気に買いに回って帝国を築いたネイサン・ロスチャイルドと似たことを実際にして大成功しています。お倉はその重要な戦略パートナーだったと思われ、最期は横浜で看取られたほど頼っていた様子がうかがえます。
伊藤博文は碑文を書いてくれたし大久保利通はニューオータニの前で暗殺されましたがいま僕はいまそこに会社を構えて机の後ろの窓から毎日その場所(清水谷公園)を見おろしている。いろいろ感じるものがあります。もともとどうして紀尾井町に会社を置いたかというと高台が無性に好きだからで別に何の意味もなし。証券会社への就職を選んだのも因縁でしたが、彼の存在は就職するまでまったく知らなかったので偶然です。
自分の本能と運命がそういうものならば、それに逆らわずにその方向で信頼できる戦略パートナーを世界各所に探して、現実の投資は僕が判断してする。虎の背に乗って走ると降りたら虎に食われる。「騎虎之勢」(隋書、独弧皇后伝 )。彼は相場をそう例えて娘の名前もトラでした。投資というのは命懸けのもの、そのパートナーに男も女も血縁もへったくれもありません。裏切らない、スナイパー。これだけが僕が求めるキーワードなのです。それを実行するに、人類史上最高峰のモーツァルトのクオリティの目線を忘れない。以上に尽きると覚悟を決めました。
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正しい人脈の作り方(その3)
2018 JUL 21 14:14:09 pm by 東 賢太郎
「ヒキ」だ「コネ」だなんていらん、頼りたくないという人はいるだろう。そういう人は海外へ行けばいいし、それで成功した人も多くいる。しかし国内でだめだから外でというほどその道は甘くないし、それに頼らないということは実力一本勝負ということで、スポーツ選手と同じなのだ。野球やサッカーでどれだけの人が海外で通用しているか見れば、その現実はわかるだろう。
とすると必然的に、他人の人脈のレバレッジなしに国内でやることになる。サラリーマンをするならそれもまことに結構だ。しかしどこの会社にも「ヒキ・コネ族」は必ずいる。閨閥、学閥がそうだし、仮にそれがなくても「愛(う)い奴」だけ目をかける上司はどこでもいる。ウチは実力主義です、なんてのはウソなのだ。その連中に実力だけで勝つのは至難だし、そんな実力があるならあなたも「ヒキ」「コネ」を作ればいいのである。
愛い奴ばかり使う上司は自分より優秀な部下は切る。つまり能力などあると危険であり、無能だが忠実な者だけ出世させるわけであり、自分が優秀でなく部下もバカなのだからやがて馬脚が現れて消える。それが何かの拍子で社長になると会社が消える。いずれにせよ、それに可愛がられたあなたも消える。だから深入りせず適当にいなして「鉱脈の深い年長者」の「ヒキ」「コネ」を得ることであり、もしも会社ごと危なければさっさと辞めることだ。
サラリーマンが嫌なら起業するしかないが、この場合は「ヒキ」「コネ」なしだとさらに大変だ。個人商店レベルでいいならともかく、億円単位の商売をするとなるとホールセール(企業相手)になる。ところが、どこの馬の骨かわからん者の商品やサービスをクオリティだけ見て買ってくれる企業は、実は日本には極めて少ない。それを知るには以下のことを認識することだ。日本人はまじめで器用でよく働くが、日本企業の生産性は国際的に理不尽に見えるほど低い。なぜか?社内に膨大な非効率を抱えているからだ。それは何か?余剰人員だ。
大方の大企業は終身雇用制で年齢構成ピラミッドは40才台が中ぶくれした「釣鐘型」だ。出世競争は40才でほぼカタがつくので、釣り鐘の上半分は高給を食みながらもインセンティブはなくした正社員である。中小企業への貴重な人材リソースではあるが、就職ではなく就社しているから移籍は起こらず大量の余剰人員となるのである。労働生産性はここにトラップされているのだ。
彼らは会社の成長と人生の幸福が必ずしもリンクしない。あなたの作った企業が安価で良いものをいくら売りこんでも、彼らにとっては無名企業との新規取引だ。あなたの商品を購入して収益貢献を図っても、ルーティーンをあえて変更する説明責任やリスクだけあって評価はされない。そうであれば既存の取引先と人間関係を作ってそっちを温存し、定年まで無難な人生を送ることにインセンティブを持つことになる。こういうことが各所でおき、ウルトラ保守的、硬直的な組織になるのが大企業病だ。それはそれで非難されるべきでもない、そういう立場の従業員にとっては合理的な行動なのだ。
安倍内閣が失業率を下げるのに成功したというが、生産性は上がっていない。ということは余剰人員を抱える年齢構成ピラミッドを切り崩そうという試みはさらに後退したことを意味するだろう。若年層の働き方改革よりそちらの方が日本経済の競争力拡大にはずっと核心的な問題にもかかわらず、政府にはそこにメスを入れる気などさらさらなく、むしろ年金、健保の負担を減らすため年寄りをもっと企業が面倒みてくれということなのである。ちなみに、だから日本株のPERは上がらないのだ。
サラリーマンが嫌な若者が起業して「ヒキ」「コネ」なしで食っていくには日本は非常にアンフレンドリーな国であることはおわかりだろう。しかもベンチャー企業への投資インフラは先進国とは思えぬほど脆弱であり、銀行は担保がないとカネを貸さない。誠に憂慮すべきことであり、それを何とか変えてみたいと思い立ったこともあったが、それはMBAを取って海外赴任したころ「いずれ日本企業はみなグローバルカンパニーになる」と信じた、そのことと同じほどありえないことであった。残念ながら日本は変わらないし、その方が未来の日本人の幸せにはよろしいのだと得心した。
だからみなさん、「ヒキ」「コネ」はあったほうがいいし、それを得る方法が前回までに書いたことだ。
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