デュトワ/N響のペレアスとメリザンドを聴く
2014 DEC 7 22:22:25 pm by 東 賢太郎
興奮冷めやらぬまま帰宅。日曜日の午後3時からの、あっという間の3時間半でした。僕のこのオペラへの熱い思いはすでにブログにしていますが上演はなかなかありません。録音だって多くはなく、それも一長一短があるのです。
屋久島の深い森をさまよっていたからでしょうか、森の奥深くに猪を追ったゴローが迷い込むシーンからすーっと音楽に入ってしまいます。
僕にとってこのオペラは不思議娘のメリザンドで決まります。好きなタイプのメリザンドがあるのですがフレデリカ・フォン・シュターデがあまりにはまりで、なかなか浮気ができずにおります。
今日の当役はカレン・ヴルチ。きいたことがありません。経歴を見ると「パリ高等師範学校で理論物理学の専門研究課程を修了」です。アルモンド王国でロケット開発でもするんかいとイメージが狂います。
しかし大外れでした。女性はそのものが不思議なんです。泉の水のように澄んだ声と完璧なピッチ。古典も現代曲もいけてしまうだろう究極の音楽美です。たしかにちょっと知的ではあるが、メリザンドは決して馬鹿ではなく「嘘をつくのはゴローにだけよ」という面がある。大変なクオリティの歌唱を生で聴けた僥倖に感謝するしかありません。彼女の歌は全部聴くことに決めました。
ヴァンサン・ル・テクシエも当たりでした。ゴローの猜疑が怒りそして殺人になっていく過程を描いたオペラでもあります。それが弱いと意味不明になります。演技がない演奏会形式でこのインパクトは素晴らしい。
アルケルのフランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒ、存在感がありました。この人のザラストロは良さそうだ。ペレアスのステファーヌ・デグー、髪の毛のシーンは好演でした。ジュヌヴィエーヴのナタリー・シュトゥッツマン、どう考えても端役ですがこんな大物が。もちろん良かった。デュトワの気合いを感じます。イニョルドのカトゥーナ・ガデリア、見事でした。いい声、というか気になる声です。フォローしたい。医師のデーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン、貫録でした。
シャルル・デュトワがN響から紡ぎだした音響は一級品でした。モントリオール響とのドビッシーは時々聴きますが、やや作りこんだ美という感じもあります。今日のは特にフランス風ということでもなく、音楽のエッセンスを理想的に引き出した観。模糊とした響きが屋久・白谷雲水峡は「苔むす森」の幻想的な風景とシンクロするほど自然なものがありました。デュトワがいま聴ける指揮者の中でも屈指の巨匠であることを確信しました。そして、なによりそれに見事にこたえたN響に大拍手です。
僕が今年きいたうち、文句なく最高の演奏会でした。大変な名演を有難うございます。
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クラシック徒然草-ブーが飛ばない国-
2014 NOV 1 2:02:18 am by 東 賢太郎
阪神ファンには悔しい結果でしたが、野球としては昨日の日本シリーズ最終戦は本当に素晴らしいゲームでした。幕切れがああはなりましたが、西岡も命がけでセーフになりたいという結果です。特別な試合ということを割り引いても、TVでも手に汗握るあんな鬼気迫る一戦はそうはありません。人間何事も懸命な姿は人の心を打ちます。
だいぶ前ですが日経新聞のコラムで元西鉄ライオンズの豊田氏が、バント成功で「いい仕事できてよかったです」と選手がいうのはおかしいだろ、と書いてました。オリンピックや甲子園でそんなこと言うか?懸命にやってんなら「お仕事」はねえだろというニュアンスで。まったく同感ですね。昨日はバントひとつ四球ひとつに魂がこもってました。スポーツの命がけとはああいうもんです。
相撲にはガチンコという言葉があり人情相撲というのもある。八百長ではないが命がけとそうじゃない取り組みがあるということを暗に意味しているのです。同様に野球も時々「野球ショー」みたいな試合があってがっくりきます。個人タイトルがかかると欠場させたり、そんな芸能みたいな試合をカネを払って誰が見るだろう?あれじゃあ人気が落ちても文句は言えんでしょう。
そういうことは音楽演奏にも感じます。
ピアノ・リサイタルや室内楽は個人技だからまだいいのですが、オーケストラというのが曲者で「お仕事」の無気力演奏が頻出します。誰もハナっからそうするつもりはないんでしょうが、指揮者がボケだったりどこかがうまくいかなかったり集団としてなんとなくノリが悪かったりして、俺だけじゃどうにもならんがなという空気がでてきて、まっ、お仕事だけはせんとなって感じで終わってしまう。大過なく曲なりに盛り上がってシャンシャン。
もう何回ブーを飛ばして野次り倒してやろうか思ったか知れません。日本だけじゃない、世界のトップオケでも時々あるんです、そういうのが。ところがプロですからね、別に技術に破綻はないです。だから曲の盛り上がりにだまされてそんなものにご丁寧にブラボーまで飛んでしまったりする。専門のブラボー屋でも雇われてるかと思ってしまいます。
コンクールはともかく音楽会で「勝てば優勝」みたいな命がけプレッシャーはありません。スポーツとはちがうので難しい。だからブーイングというペナルティぐらいはあるべきなんじゃないでしょうか。何でも間違えずにそこそこ弾けばブラボー?こっちもあほらしいが本物の演奏家もそれじゃ育ちませんね。
だいぶ前に某著名フランス料理店の東京店がオープンして、僕はスイス時代にパリ本店のファンだったのでさっそく行ってみました。それが値がものすごく張るくせに料理は実にフツーでして、バカヤローってなもんです。それが後日に評判をきいてみると皆さん行って感動してるんですね。名前負けというか、高いけど仕方ないねって・・・。こういうのにこそブーが必要なんですね。
西洋音楽なんだから西洋で勉強しないとというのは、した方がベターでしょうが本質ではないと思います。ここでの意味で西洋でない米国で勉強して西洋で活躍してる人はいくらもいるし、スズキメソッドみたいに西洋に取り入れられた日本の教育だってあります。問題は勉強じゃなく、西洋の厳しい聴衆の面前でやってブーの脅威とプレッシャーに晒されないとダメということではないでしょうか。勉強は所詮ネタの仕入れです。ネタが良くたって客が満足しなきゃ何の意味もなしでしょう。
ブーは周囲の感動に水をぶっかける可能性があります。だから飛ばす方も体を張ってます。それは聴衆と演奏家が丁々発止に火花を飛ばしているという証です。忘れもしませんが昔行ったローマ歌劇場で強烈なブーの嵐になって、歌が特に下手だったわけでもないので何がいけなかったかわからなかったのですが、野次られた歌手の方も堂々と受けて立っているのを見て、こいつらすげえなあ肉食獣だなあと思ったものです。ああやって鍛えられるんですね。
しかし、こういうことが起きない優しい草食文化の日本では、その指揮者やオケの演奏会はもう行かないというサイレントな意思表示しかありません。それが一番怖いんですが。特に外国演奏家は、ちょっとどうかなと思っても敬意とお義理をこめて割れんばかりの拍手を送るのが我が国聴衆のしきたりであります。まあ一種のおもてなし精神ですね。高いカネ払ってるほうなのに、これぞあのフランス飯屋と同じ現象なのであります。
だから某日本人ピアニストの名曲演奏会みたいなのを聴いているうちにソムリエを思い出したんです。今日はとっておきのボルドーを5本ご用意しました、なんて。ソムリエだからワインの味を変えることがない。フランスの先生に習ったとおり。それなら名人であらせられる先生のを聴きたいしCDも持っている。いったいあなたは何ができるの?という気持ちになってしまう。厳しい事を言うようですが、ブーが飛ばない国でぬるま湯につかっていてもせっかくの才能がもったいないと思うのです。
外人指揮者で日本の聴衆を悪く言った人はほとんどいません。当然です。最高にいい客ですよね。クラシック音楽なんか誰一人わかってないとボロカスに言って日本はもう行かないと明言したのはミヒャエル・ギーレンぐらいです。あっぱれです。こういう人好きですね。試合でケガした選手を「ライオンに追われたウサギが肉離れになるか?」と静かに罵倒したサッカーのイビチャ・オシム全日本監督を思い出します。
相撲や歌舞伎ほどクラシック音楽は客が育ってません。輸入もんだから仕方ないですが、相撲と一緒で横綱がだらしなければ座布団投げる、そういう感じで聴けばいいと僕は思ってます。聴き方にマストはないですから好きなものを好きに聴いて好きなことを語ればいい。それでだんだん「横綱相撲」がどういうものかわかってきますが、横綱じゃなくても十両だっていい相撲はあります。それこそが、命がけでやった手に汗握る鬼気迫る一戦です。
一流の演奏家でなくても有名な録音でなくても、そういう演奏はあります。単純に素直に心を開いて音楽を聴いていれば、それは誰にも子供にもわかるものです。人間のパフォーマンスだから正直で、ワインテースティングみたいな知識がなくてもわかります。なるべく録音でそういうものをご紹介するつもりですが、やはり眼で見た方がわかりやすいのでどんどんコンサート会場で実演に接することをお薦めいたします。
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アルパッド・ヨーのマーラー「巨人」
2014 SEP 29 1:01:06 am by 東 賢太郎
このレコードは1983年7月、アムステルダム・コンセルトヘボウで録音されている。後で知ったことだが、このブログにある指揮台に登った写真を撮ったのがまさに83年7月だったからちょうどこれを録音した月だ。僕にとって記念写真的な価値のあるLPということにもなってしまった。
これは前回のブラームスと同じくSefelというレーベルで、ハンガリーからカナダに移民して石油会社を興したJoseph Sefel氏が立ち上げたもの。調べると、高品質のLPを生産し、母国ハンガリーの音楽家を世に送り出そうという目的だったとある。検索しても出てこないのでもう消滅したと思われる。
80年ごろは、クラシック音楽産業ではデジタル録音によるコンパクト・ディスクへの移行期にあたる。50年ごろにモノーラルからステレオへ録音方式が移行するという革命があったが、今度はアナログからデジタルへ、そしてフォーマットそのものもLPからCDへと二重の進化があったという意味で大革命期であったといえるだろう。
ここで注目したいのは80年代の初頭、ほんの一時期だが、デジタル録音によるLPというものが各社から出たことだ。結局数年でCDに淘汰されてしまうがこれは非常に音が良く、今となると希少な財産で、ちょうどそのころロンドン駐在でLPを買いまくったものだから僕のLP棚にはそれがたくさんある。このSefelもその方向にチャレンジした新鋭企業だったと思われる。石油会社のオーナーにとってLPが石油精製による塩化ビニールを材料とすることがアドバンテージだったのかもしれない。
しかしそういうリスクテークした新興企業がギャラの高い指揮者やオケを使うわけにはいかない。このマーラーは録音場所こそコンセルトヘボウだが、使ったオケはアムステルダム・フィルハーモニー管弦楽団なる国際的には無名の楽団だ。そして、指揮のアルパッド・ヨーこそSefel氏が売りだそうとしたハンガリーの有能な若手指揮者だった。
僕がこのLPをロンドンの在庫処分セールで2.99ポンド(当時で750円)で買ったのは86年ごろだ。その頃にはフォーマット競争はCDの勝ちLPの負けということで、勝負は完全についていた。だからバーゲンになっていた。しかし、この録音のクオリティは実に高い。独TeldecのDMMというテクノロジーによるコンセルトヘボウの音響は見事で、初期のデジタル録音の欠点がLPというアナログ再現方式によって中和されていることが最大のメリットだ。
しかし、なにより大事なことは演奏の良さである。ヨーの指揮は若さにまかせて奇をてらうことが皆無であり、この曲のスコアの解釈として間然とする所のない風格あるもの。APOの演奏技術も世界的にトップレベルの楽団に何の遜色もなく、気迫のこもった正攻法の演奏はACOであるかと錯覚するほどである。ファーストチョイスにどうかときかれて躊躇する理由も見当たらないほど。今日はこれを大音量でかけ、まるでコンセルトヘボウの特等席にいたようで、感動のあまり涙が出るほどだった。
事業として失敗には終わったが、一企業家の果敢なチャレンジでこんな宝物のようなディスクがある。それを二束三文で買った人間として申しわけない。亡くなったヨーの音楽性あふれる素晴らしい功績として、そしてSefel氏の称賛すべき企業家精神の遺産として、一人でも多くの方がCDででもこの演奏を耳にされることを願ってやまない。
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クラシック徒然草-破格のピアニスト、H. J. リム賛-
2014 AUG 31 1:01:41 am by 東 賢太郎
先日、ベートーベンの18番のソナタのブログを書いていて、最近の演奏家はどうかなとyoutubeをのぞいていて初めてこの人を知った。この18番、尋常ではないものがあり、勢いに乗ってスパークするかと思えばすっと力を抜いて息をついたりする。中でも第1楽章の終わりをpにする版で弾いているのが気になった。
誰も知らない24歳がいきなりベートーベンを全部録音するというのはまったく破天荒である。ところが、調べるともう一枚ではラヴェルを弾いているではないか。こうなると僕としては聴かないわけにはいかない。そこで金曜日にベートーベンの2枚(5,6,7,16,17,18,28番)、それからラヴェルとスクリャービンの入ったCDを買って帰った。
雑誌や評論のようなものは一切読まないので、ピアノ愛好家で知らなかったのは僕だけのようだ。調べるとこうあった。
12歳で韓国から単身フランスに留学、パリ国立高等音楽院ではアンリ・バルダ教授に師事し首席で卒業。韓国の家族に演奏を見せるためにyoutubeに動画をアップしたところ、たちまちネットユーザーからの熱い支持を受け注目を集める。2011年EMIクラシックスと専属契約し、昨年ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集(8枚組)で異例のCDデビュー。同CDは、発売後、全米ビルボード・クラシック・チャートの1位を獲得し、ニューヨーク・タイムズや英テレグラフ紙でも高い評価を得た。
いよいよネット時代の申し子みたいな人が出てきた。コンクールで優勝なんかしなくても、ネット検索数が多ければ天下のEMIがCDにしてくれるのだ。そんなことはクラシック業界史上初である。リムは「ベートーヴェンのことは、考えると眠れなくなるほど好きでたまりません」と言っているが、好きかどうかより伝統流儀に長けた人がコンクールを通る。僕は流儀は立派でも心酔していない人より、眠れなくなるほど好きな人に弾いてほしい。彼女自身が自分の考えで数曲ずつグルーピングしていてその意味はよくわからないが、大事なのは「この曲が好き」という人が弾くことだ。御託はどうでもいい。「ラヴェルは子どもの悪夢とか妖精、ファンタジーの世界」とも言っている。そうもいえるが、それだけではない。でもそういうことは彼女はこれから見つけていくだろう。
僕はこのベートーベンは好きだ。御託に塗り固まったクラシックの殿堂をバズーカ砲でぶちこわしてくれて実に気持ちがいい。全部聴いてみたくなった。この「全部弾いてしまう」というのが特にいい。この奔放さは若い頃のアルゲリッチを思い出すが、彼女は選曲については決して奔放ではない。ところがこのリムは自分の信念と流儀で全曲をねじふせてしまっている。それが我流に聴こえないというところが最大のポイントである。テンポは総じて速いが、それに確信を持って弾いているのがわかるからタッチの浅い音があっても軽卒に聞こえない。
つまり、自説に絶対の自信があってオーラがある人がやるプレゼンなのだ。半年後の株式相場など誰もわからないが、話をきくやぐいぐい引き込まれて、なるほど確かに相場は上がるんだろうと全員が思わされてしまうスピーチのようなものだ。そういう人の話は、たとえちょっとぐらいのキズがあっても誰も気にしない。ところが用意した紙を読み上げるだけのスピーチだと、たちまち攻撃されて撃沈されてしまう。僕は仕事上そういうものをたくさん見てきているが、音楽の演奏でそんなことを連想するのは初めてである。
僕はピアニストでないが、聴衆として聴きたい音という観点からすると、彼女のピアノは非常にうまいと思う。これはラヴェルでわかる。こんな技術があるからベートーベンの難所を軽々となぎ倒していて痛快でもあるのだ。そういう部分が難しげに、あたかもピアノとの闘争みたいに弾かれると「ああベートーベンらしい」と思うように僕らは慣らされてきていて、それが御託の壁を高々と築いているとさえ思ってしまう。
彼女のテンペラメントは「ラヴァルスをこういう風に弾く人」ということで僕の中では一応規定されている。今の所。ベートーベンもそういう風に弾いているとみている。それが特に好きではないが、技術がないとそんなことはやりたくてもできないのだからどんどん思うことをやったらいい。彼女が「クープランの墓」を弾いても好きにならない可能性は感じつつも、25歳の彼女こそクラシック音楽の虚構をぶち壊そうに書いたことを「する」側からやってくれそうな人だ。だから好きである。
(追記)
この平均律第1集はたまげた。ハ長調前奏曲、なんだこれは?フーガは主題がやたらと浮き上がって対位法に聞こえない。しかし、だんだんと彼女のペースにハマり、耳が慣れ、これはグールド以来の名演じゃないかと思えてくる。とにかくうまいのだ。このテンポでこれだけ闊達に弾けるということ自体半端なことではなくラフマニノフ3番もブラームス2番も、要は何でもできる人だなあと思っていたが、バッハをこれだけ弾ければこそだ。何でも弾けることが価値ではなく、そのどれもがユニークであることが驚くべきことだ。大変な才能であり僕はこの破格の平均律を心から楽しんでいる。
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ドビッシー 西風の見たもの
2014 AUG 22 12:12:34 pm by 東 賢太郎
ピアニスティックに書かれたピアノ曲がいかに「歌えない」かをお示ししたい。そのぐらいピアノというパレットは特別なものだ。今回はドビッシーのピアノ曲の最高傑作のひとつである前奏曲第1巻の7番目に位置する特異な音楽で、僕の関心をこよなくかきたてる「西風の見たもの( Ce qu’a vu le vent d’ouestz)」である。これが有名な2曲、雪の上の足跡(Des pas sur la neige)と亜麻色の髪の乙女(La fille aux cheveux de lin)の間に置かれているというコントラストが周到だ。
フランスの西風は強いそうで、この音楽は東洋の我々にはどこか台風が水しぶきを巻き上げ草木をなぎ倒す情景を思わせる。しかし前奏曲12曲の標題はどれもそれほど写実的ではない。この曲も、描写というよりも、そこから感じ取った本能的な自然への畏怖をそのままピアノというパレットにぶちまけた感じである。荒れ狂う暴風雨の中では人間の畏怖もねこの畏怖もそうは変わらないだろうと思わせる意味で抽象的な心象風景であり、1908年作のラヴェルの夜のガスパール「スカルボ」を想起させる。
この、ドビッシーとしては異例に激しい曲の譜面は、あくまで眺めた図形としての話だが、ストラヴィンスキー「春の祭典」のピアノリダクション版を思わせる。作曲は1910年、春の祭典は1913年だからストラヴィンスキーがこれを知っていた可能性はあるだろう。ドビッシーはこの曲を管弦楽化しなかったし、歌えないのだからそれはできないと考えるのが当時の常識と思われる。現にドビッシーは歌える火の鳥、ペトルーシュカはほめたが春の祭典には冷たかった。春の祭典がそれまでの音楽の決定的な創造的破壊(Creative Deconstruction)になった理由の一つは、常識破りのそれをしたからだ。
前奏曲第1巻、第2巻の名演としてゆるぎない地位にあるのが故ベネディッティ・ミケランジェリのDG盤である。僕もそれには異議のとなえようがない。1985年の5月にロンドンはバービカン・センターで第2巻の実演を聴いてもそう思った(僕の前の席にはアルフレート・ブレンデルが聴衆としていた)。今も彼の2枚が愛聴盤であることをお断りした上で、あえて言おう。彼の研ぎ澄まされた音は息をのむものだったが、彼は音の美食家なんだろうなという印象もあったのは事
実だ。彼のファンに叱られるかもしれないが、音楽の作り方そのものにあんまり「哲学」を感じなかった。
演奏家は時間を「支配」しなくてはいけない。音がきれいかテクニックにキレがあるかという次元の話ではなく、音楽自体が時間芸術であり、時を刻みながら生成されるものだという本質を聴衆に味わわせないならば、音楽は意味の薄い享楽と変わらないものになる。ミケランジェリにはそれがあったしそれが聴衆に息をひそめさせるという稀有の経験をさせていただいた。だがあのドビッシーには何かが足りない。春の祭典に通じる畏怖、破壊、再生・・・そういう第1次世界大戦勃発直前の風雲急を告げる作曲家の心の嵐のようなものが彼一流の美音の陰に隠れていて、平和な世の我々をそこに巻き込むための一種のしたたかな理性、それを駆使した演奏哲学のようなものが欠けているのかなと感じた。
それはピアニストのプレゼンテーションのコンテンツというよりも、相手である聴衆を時間という魔力でコントロールする力、たぶん「意志を持ったオーラ」と言った方が直感的には近い何物かがこの曲には必要ということだ。音の美食の悦楽では足りない、もっと知的でいて本能的、動物的なもの。僕はそれがどうしても欲しい。
そういう演奏はないものとあきらめていたら、ひとつだけ近いものがあった。やはりイタリアのピアニスト、ジャンルカ・カシオーリのものだ。彼はすべての音符を自分の理性で一度Deconstructしているように聞こえる。怜悧な眼がひとつとして無意味に見過ごした音符はなく、楽譜をそう読むのかという新鮮な創造にあふれている。それが人為的、人工的な奇矯さに陥らないのは、彼の天性の音楽性とでも呼ぶしかないものがすべてを覆い尽くしてコントロールしているからだ。音とリズムは磨き抜かれ、不協和なクラスター(音塊)でも混濁することがない。そして何より、それをプレゼンする意図、自信の強さに圧倒される。そうは書いてないのだが、作曲家はきっとそれもよしとするに違いないと思わせる何かをもっている。「西風の見たもの」をお聴きいただきたい。
彼の前奏曲第1巻における創造的破壊(Creative Deconstruction)というものは、ピエール・ブーレーズの春の祭典そしてグレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲という、まったく素養の異なる天才たちが各々の特異な方法論によって我々を驚かせたそれの場合との同質性をほのかに感じさせる。そういう行為をして聴衆を「創造的に驚かせる」には、その音楽を constrac tした天才と同じほどの理性が求められ、聴衆にだってそれに共鳴し、少なくともびっくりぐらいはするほどのヴァイブレーターを求めてくる。
経済学においてシュンペーターが使った Creative Deconstruction という概念に近いのはグールドではなくブーレーズだろう。グールドが creat eしたものは、極めて磨かれてはいるが極めて特異でもある彼の個性というものだ。ブーレーズは作曲という領域で創造を行い演奏という領域で再創造ををするという棲み分けを行ったが、彼の提示した春の祭典は強烈な個性の刻印はあるものの、あくまでも、すぐれて知的に彫琢され尽くした春の祭典である。一方、グールドのバッハは、ちょっと乱暴な表現をお許しいただければ、グールド本人である。
グールドのようなピアノのソノリティに鋭敏な耳を持った人がドビッシーを弾かない、いや弾かなかったかどうか知らないが少なくともたくさん録音するほど積極的ではないというのは象徴的だ。恐らく、彼はそこに Deconstruct するものを見なかったと思う。やったとしても、そこに「グールド」を constract する誘惑には駆られないほどその余地を見出さなかったのではないか。それは、きっとドビッシー自身がそういう人で、それを作品の中で完ぺきにやり尽くしてしまっているからかもしれない。そのピアノ曲としての完成度が、本人をして管弦楽曲と感性の仕分けができていたということを示していて、だから彼はラヴェルのように自作をオーケストレートしていないのではないか。
ブーレーズが前奏曲を弾いたらどうなのかは大変興味深いが、彼の「牧神の午後への前奏曲」は彼の Deconstruction の非常に微視的な方法論をよりわかりやすく見せてくれる。それは別稿としたいが、カシオーリというピアニストがここで見せているのはそれとも違う、言葉ではうまく表せないが、作曲家でもある彼の眼がレントゲンのように音符を透過した観のある、そういう人でしか出てこないような音の在りようが似ていると思う。
ホロヴィッツやルービンシュタインのような根っからのピアニストが見たもの。それはピアノの譜面なのだろう。彼らは恐らく、それをオーケストラのパレットに移したらどうなるかというような性質の関心はない。ただそこからあらん限りのピアノの音の魅力を紡ぎだすことにおいて、彼らは並ぶ者のない天才であった。だからそういう行為を前提として書かれた音楽にこそ十全の力を発揮した。その代表格がショパンであることは論を待たない。
僕はショパンやチャイコフスキーに Deconstruction を求めないが、カシオーリという人はショパンを弾きながらノクターンを作曲者自身の装飾音符を付したバージョンで弾いてみようという実験精神を発揮もしている。過去の作品は、そういうことに向いていようがいまいが、彼の理性が思考する「素材」としてどこかクールに突き放したところに置かれている感じがするという一点において、彼はグールドに似てもいるのだ。まだ35歳。実演を耳にしてはいないが、ここからどう進化していくのか、非常に面白い才能だと思っている。
(補遺) 前奏曲第1巻・第2巻
ユーリ・エゴロフ(pf)
これは全集の並みいる名盤の中でも僕が最も気に入っているもののひとつ。エゴロフは僕と同じ学年だが同性愛をカミングアウトしており88年にエイズで亡くなった。本当におしい才能と思う。このドビッシー、ふっくら、ひっそりと何かを語りかけてくる。ミケランジェリやカシオーリはピアノという楽器が語るが、エゴロフは音楽だけが心に響き、沈める寺のような曲でも詩情が支配する。それは強靭な技術あってのことだが、ここまでレベルが高いとメカニックや楽器を聴き手の意識から消してしまうのだ。稀有な名演。i-tunesにあるがお薦め。
(こちらへどうぞ)
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ストラヴィンスキー「春の祭典」(マゼール追悼)
2014 JUL 21 13:13:17 pm by 東 賢太郎
写真のマゼール / ウィーン・フィル盤は僕が買った10枚目の春の祭典LP(英Decca盤)である。大学2年の1976年12月18日のことだった。その前の9枚はというと順番に、①ブーレーズ(CBS日本盤)②マルケヴィッチ③メータ(LAPO)④小澤⑤ショルティ⑥ブーレーズ(ORTF)⑦バーンスタイン⑧アバド⑨ブーレーズ(①の米国盤)であった。①購入は72年だからこの曲とは42年の付合いになる。
読者にはどうでもいいことで申しわけないが「自分史」として書いておくと、この後も⑪ドラティ(ミネアポリス)⑫ハイティンク⑬スヴェトラノフ⑭デイヴィス(カセット)⑮M.T.トーマス⑯カラヤン⑰グーセンス⑱ホーレンシュタイン⑲M.T.トーマス(pf連弾)⑳ムーティ㉑ラインスドルフと来て、アメリカでは㉒ストコフスキー、カセットで㉓メータ(NYPO)㉔スクロヴァチェフスキー、そしてロンドンで㉕デュトワ㉖アタミアン(pf)㉗マータ㉘フリッチャイ㉙オッテルロー㉚ドラティ(DSO)㉛アンセルメ㉜ストラヴィンスキー㉝モントゥー㉞コシュラー㉟スワロフスキーとなる。以下CD時代に入り、それを加えると87になる。いずれその各々につきコメントを試み、最近増えているらしい「祭典フリーク」の方々の一興と成そう。
こうして書いてみると、この異演盤購入記録は正に半世紀にわたる自分史であり、こういうことをすることもそのデータをいちいち微細に記録・分類・管理していることも、僕が何者かをこれ以上雄弁に物語るものはないという気がしてくる。しかし春の祭典だってもう最近の新譜を聞きまくる冒険心はない。異演盤収集は30歳代で「終わったこと」だ。だからこれは僕の若気の至りの記録でもある。恋愛やはしか・風疹のたぐいであって、還暦になって金も閑もあるぞさあという性質のものではない。
ワインのムートンなどを年代順に収集して、当たり年ではない故にレア物のカンチャン(足りない年)を何十万円も払って買う人がいるが、僕はそういう「コレクター」ではない。コレクターは収集が目的であってワインテースターとはちがう。僕はテースターであって、聴きたいから買った結果が積もり積もってこうなっただけである。また、テースターというと温度、湿度はもちろんグラスのまわし方の微細な角度と回数にまで凝りまくる人がいるが、音楽鑑賞ではそれがオーディオマニアである。僕はそれでもなく、あえていえばソムリエに近いと思う。
思えばこれは小学校時分に近所の子と勝負してメンコを大量に保有していたことの延長である。メンコは友達の持っていた伊賀の影丸の丸メンを狙って日夜投法を研究した。どうしてかというとメンコの絵はへたくそで影丸らしくない。ところがその丸メンだけは結構リアル感があり、どうしても欲しかったのだ。そうして遂に入手したそれを日夜眺めては勝利の余韻に浸った。①のブーレーズのCBS盤などは今やそれに近い。カセットまで入れて6種類持っており、どれも微妙に音が違っていてどれをかけてもワクワクする。宝物である。そうしてもうひとつぐらいこういうのがあるだろうと探して探して87になってしまった。結局、ひとつもないということがわかったが。
さて、そのマゼール盤だが、ウィーン・フィル(以下VPO)初の春の祭典ということで発売当時大いに話題になったのを昨日のように思い出す。75年録音、76年発売だから早々に買ったことになる。カネのなかった当時、あえて高額のイギリス盤に投資したのはVPOの音を入念に聴きたかったからだ。ところがVPOはオーボエ、トランペットがややたどたどしいものの充分うまく、「オボコさ」を期待したのに裏切られた気もした。それでも、第1部はこってりした木質の響きがソフィエンザールの残響に溶け込み、金ピカに飛び出さない金管、皮革で音程の明瞭なティンパニが実に奥ゆかしく、料理でいえば「いいダシが出ているぞ」とうれしくなった。
ところが「春のロンド」のブラスの咆哮のテンポがガクッと落ちてがっかりする。ダシがいいんだからこういう余計なアクを出さずにやれよと。そしてとうとう極めつけの第2部のティンパニ11連打だ。ここに至るともう許しがたい。これを褒めている評論家もいるが、こんなものは曲の本質に何の関係もない三文芝居である。何かデフォルメしないと個性の刻印ができないのは一流アーティストとはいえない。この頃から90年代にかけて、マゼールは才気が先走ってそう評されて仕方ない音楽をやっていたと思う。だから実演にもあまり感動しなかったのだろう。
しかし、シベリウス4番の稿の論旨に戻るが、細部に注意を払うとやはりVPOの奏者は祭典に慣れていない。「生贄の踊り」のトランペットなど音符をちゃんと吹けてすらいない。そういうオケなのに11連打以降の生気ある音楽、リズムのシャープさ、エッジの立て方、マスの質量感の出し方など凄いなあと思う。彼の棒がそうでなくてはこういう音は出ない。半端でない理性と運動神経がオケの「おぼこさ」を中和していることに気づく。全体にたちこめるピッと張りつめた緊張感はVPOを本気にさせている証拠だ。ネコにチンチンをさせている観なきにしもあらずだが、良くも悪くもこのオケにこういう芸をさせることができる米国人は彼以外に誰もいないし、今後も出ないのではないだろうか。
前回、ティンパニのミスの話を書いた。しかしあんなものは可愛いものであり、春の祭典の演奏がどれほど難しいかということまでを教えてくれる映像がある。ズビン・メータ指揮ローマ放送交響楽団の69年のライブである。
これだけいい加減な春の祭典というのも希少である。笑ってはいけない。前半だけでも、トランペットが一音符遅れて入りちゃんと吹ききる、フルートが一小節ずれてちゃんと吹ききる、クラのトリルが抜ける、ティンパニが一拍早い、オーボエが一小節早い・・・少なくとも5か所の尋常でない「事故」がある。後半もペットが落っこち、ティンパニはズレまくる。圧巻はコーダに入る所でティンパニが一小節飛ばして入り、気がついて立て直したつもりがひきつづき間違った音をバンバン叩き続けるためついにアンサンブルが崩壊。止まりかけの緊急事態となるがホルンと木管が何とかつないでティンパニは落ちたまま終わる。歌劇場ではミスに情け容赦のないローマの聴衆がブーのひとつもなく大喝采、スタンディング・オベーション。なんとも微笑ましい。
若きメータは格好はいいが、まるでダンサーが指揮しているようだ。これと同じ69年に①を録音したブーレーズとはまったく別な人というしかない。このローマのオケは決して二流というわけではないが、イタリアオペラにこんな変拍子は出てこないのだからもっと練習で鍛えて緻密な指揮をするべきだった。同じくピットのオケで変拍子に慣れていないVPOを完ぺきに調教したマゼールは、やはりすごいと思う。
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ロリン・マゼールの訃報
2014 JUL 20 11:11:06 am by 東 賢太郎
ロリン・マゼールは82歳だった2年前の10月にN響を初めて振った。チャイコフスキー 組曲第3番、グラズノフ ヴァイオリン協奏曲イ短調Op82(ヴァイオリン、ライナー・キュッヒル)、スクリャービン交響曲第4番「法悦の詩」というAプロを聴いたが、まだまだお元気で「法悦」の磨かれたブリリアントな音響は見事であった。良くも悪くも、彼の棒は円熟も老化もしないものなのだというのがその時の率直な印象だ。84歳での急逝にはとても驚き、残念でならない。
僕の持っているLP,CDの中で彼の指揮のものはすぐに思い出せないぐらいある。欧米で聴いた実演だって全部を言えるかどうか。ひょっとして最も聴いた指揮者のひとりかもしれない。
フィラデルフィアにいた84年3月25日、フランス国立管弦楽団を率いてアカデミー・オブ・ミュージックで彼が振ったストラヴィンスキー「火の鳥」とラヴェル「ダフニスとクロエ」。両方とも大好き、しかもフランスのオケ(米国のに食傷気味)、それも2日にわけではない同日に、しかも両方とも全曲版(!)ときた。これは日本食に飢えた僕に「菊川のうな重の特上」と「今半の特上すき焼き御前」が同時に出てきてしまうようなものだった。狂喜なんてものではない。
あれはフィラデルフィアの2年間が終わるころであった。ムーティはあまりドイツロマン派、フランス印象派をやってくれず、しかもあの残響の極度に乏しいホールのせいだろうかばりばりと元気のよいマッチョな演奏ばかりでうんざりしていたところだ。だからそこにやってきてくれたマゼールとオイゲン・ヨッフム(バンベルグSO)は天使のごとくであり、フランスのオケのダフニス、ドイツのオケのベートーベンは砂漠の湧水のごとく五臓六腑にしみわたった。だからだろう、この84年にロンドンに赴任してからも僕はこの2人の指揮者をおっかけみたいによく聴いているのである。
まずこの2曲は火の鳥をウィーン・フィルとロンドンで妻と(翌年3月30日、1919年版)、ダフニスをザルツブルグ音楽祭でこれもウィーン・フィルで母と聴いた(96年8月18日)。だからこの2曲の印象がますます強い。そのロンドンでのブラームス交響曲1番は今一つだったが、ザルツブルグでF.Pツィマーマン独奏のベートーベンVn協奏曲は名演だった。このあとアンコールで小太鼓が出てきて最高のJ・シュトラウスに。母にあれを聴かせてあげられてよかった。
ベートーベンは、ロンドンでたしかオイゲン・ヨッフムのピンチヒッターで振った(これも2人の奇縁だ)ベートーベンの交響曲4番と9番(85年、フィルハーモニア)、これは第9でティンパニが第2楽章の入りを間違えたぐらいしか覚えていない。フランクフルトで7番(95年、バイエルン放送SO)は、全然記憶にない。どうも彼のテンポやあざといフレージングが鼻についてきていたと思われる。
ブラームスはヴィースバーデンで確か4番とドッペルを聴いたはずだが、ホールの音が聴きたかったという動機の方が強く、演奏は期待したほどではなかったのだろう、オケ(たしかユンゲ・ドイッチェ?)も日にちも記録すらしてない。非常に良かったのはR・シュトラウスで、85年ロンドンでブラ1の前にやった「ドン・ファン」、それと「ティル」(94年、バイエルン放送SO)は名演だったが、「ティル」でティンパニ奏者が撥を飛ばすアクシデントがあった。
打楽器奏者の失策なんて出会ったのは人生で3回しかないが、うち2回がマゼール指揮だ。特に世界のメジャー級オケでそんなことが起こることが信じ難い。彼の指揮はこれ以上ないほど明確、明晰であって不思議なことだが、ビデオの彼の指揮を見ると全部見抜かれているようで金縛りになりそうな眼だ。空想だがリハーサルでぎゅうぎゅう絞られたあげくちょっとでも乗り遅れるとすごく落っこちる感じになる棒なのかもしれない。
マゼールが天才だと思ったのは実演ではなくLPで聴いたウィーン・フィルとのシベリウス全集と、ベルリン・フィルとのメンデルスゾーンの「イタリア」だ(______メンデルスゾーン (2) )。だからそのイタリア交響曲をウィーン・フィルとやるというので駆けつけた94年フランクフルトのアルテ・オーパーはちょっと期待があった。しかしだ。それも後半のマーラー「巨人」もいまひとつだった。ウィーン・フィルなのに・・・。どうもこの頃の彼の指揮はくどく感じられ、音楽にひたれなかったのである。
11歳でニューヨーク・フィルを振ってヴァイオリンと指揮の神童と騒がれた彼はピッツバーグ大学で哲学と語学を専攻し、5、6か国語を自在に操り、指揮は全て完全暗譜という超人的な記憶力で知られた。誰の本だったか、指揮者仲間でベートーベンの交響曲のスコアを空で書けるかと話題になったとき、自分は無理だがあいつなら・・・と皆の口から名前が挙がったのがマゼールだったという逸話があるそうだ。すごい。
カラヤン亡き後のベルリン・フィル音楽監督に当選確実と思われていたが、90年にそのポストに就いたのはクラウディオ・アバドだった。ショックをうけたマゼールの落胆ぶりは強烈で2度とBPOの指揮台には立たないと宣言した。サラリーマンとして生々しい共感をもって見ていた記憶がある。その宿敵アバドもこの1月に80歳で亡くなったが、思えばあの頃はクラシック界も熱かった。今はその座にラトルがあるんだったっけ?という感じだ。その次は?もう全然候補の名前が浮かんでこない。
マゼールの指揮が好きかどうかはともかく、彼は名門オーケストラを自在に操って好きなように指揮できたおそらく最後の人だ。彼はおそらくパワハラ型ではなく、尋常でない頭脳と記憶力に楽員が何も言えなくなって君臨というタイプだから同じタイプはまた出てくるのかもしれない。ただし、それが我々が生きているうちではないことだけはお墨付きである。
もう生で聴けないとなると、彼もフルトヴェングラーやワルターと同じくCD棚から時おり取り出すだけの人になったということだ。寂しい。しかし僕が好きな彼の録音はおおかた60年代のものだ。例えばシベリウス4番とタピオラの真価を教えてくれたのは彼だが、そのレコードは年代からしてワルターの米国録音と変わらないのだからもうすでに生で接することのないものであったのだ。
虫の知らせか何か、彼の健康のことなど何も知らず、6月9日に書いた「シューベルト交響曲第9番」の稿にマゼールの演奏を推薦した(______シューベルト (2) )。褒めた人がいるのかどうか知らないが、CDショップでは見かけない。しかしこの9番は素晴らしい。ビデオを見れば楽員の払う敬意と喜びがひしひしとわかる。おや、いよいよマゼールは大指揮者として円熟期に入っているんじゃないかと思って書いた。そうした矢先の訃報だった。
ご冥福をお祈りします。
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「女性はブラームスを弾けない」という迷信
2014 JUL 15 19:19:26 pm by 東 賢太郎
ときどき音楽を聴く気がない、受けつけないような固まった精神状態になることがある。いわばアタマの肩凝りで、この週末までそうだった。日曜日にちょっと気分を変えようと、ショスタコーヴィチの交響曲第10番をかけたが、途中でうたた寝して終わった。寝不足でもないのに、どうしても頭に音楽が入ってこない。だからこちらも音楽に入っていけないという困った事態だ。
それがその次にかけたブラームスの第1ピアノ協奏曲でこうも変わるものか?眠気が吹っ飛び、すっきりと凝りがとれたものだから少し驚いてこれを書いている。いや、この稿よりも先に、そのブラームスに触発されてすぐに書いたものがある。昨日上梓した「シューマン交響曲第2番 ハ長調 作品61」の稿だ。それは2番について、書きたいと思っていたが凝りのせいでさぼっていた事々だ。
気分が沈んだ時はモーツァルトのピアノソナタ何番ですよなどと音楽をサプリメント化して効能分類する人がいる。それは多分に主観的であり、商売に過ぎないように思うが、だからといって効能を否定するにも及ばないだろう。僕には自分なりの音楽サプリメント集があるし、無意識にその時々に聴く音楽をそうやって選択しているように思う。今回そういうわけではなかったが、こうやって劇薬みたいに効いてしまうこともあるようだ。
ブラームスのピアノ協奏曲第1番はLP時代から知ってはいたが特に好きでもなかった。僕にとって2番変ロ長調の存在が大きすぎたからだが、それを初めて知ることになったのはロンドンでのある演奏会でのことだ。スティーヴン・ビショップ・コヴァセヴィッチのピアノ、アンタール・ドラティの指揮で聴いたそれはブラームス観を変えるものだった。ひとことで言うなら、それまで女々しいと思っていた1番が男性的に聞こえたのである。
日曜日に僕に革命をもたらしたのは朝比奈隆と伊藤恵が新日本フィルとやったCDである。いうまでもなく伊藤さんは女性ピアニストだ。僕には女性はブラームスを弾けないという偏見があった。そうしたら解説に面白いことが書いてある。伊藤を高く評価する朝比奈が「伊藤さんは男ですから」とほめた?そうだ。すごい!どこかの議員と一緒でセクハラになりかねないが、僕のような者にはこれが最高級の讃辞であることがわかる。
「男らしいブラームス」という評価は西洋にはない。たぶん。感覚的に共有する男はいそうだが、ある指揮者が女性の多いオケは台所に見えると言い放って無事に仕事ができた時代は遠い昔だ。しかし、誤解のないことを祈るが、僕にはブラームスは男らしく響いて欲しい。それは奏者の性別のことではなく、鳴っている音楽がそういう風であって欲しいということで、男とはマッチョのことではなく、剛毅を装って生きてきたが本当は弱くてシャイである、しかしまだ枯れてはいない初老の男のイメージである。
このCDでの伊藤さんのピアノは、そういう男の味そのものである朝比奈の棒に寄り添って剛毅にも響くが、とてもナイーヴなものを秘めている。クララ・シューマンへのラブレターである第2楽章は、あんまりそういういい男でもない僕のハートにも熱く熱く届く。ラブレターに聞こえるのだ。いや、あまりあれこれ書くのはひかえよう。こういう演奏を言葉は壊してしまうかもしれないから。
朝比奈隆のブラームスはいいと思う。彼がそういう男だったかもしれない。伊藤さんは男?いや、指揮者の意をくんで男らしくもふるまえる腕前をもった類まれな女性でしょう。ジャン・フルネのラストコンサートで弾いたモーツァルトの24番。老体の遅いテンポに夫唱婦随で懸命に合わせる伊藤さんを見たのはサントリーホールだったか。大和撫子でした。そしてやはりフルネと共演したブラームスの2番で、女性は弾けないという偏見を打ち砕いて下さいました。この1番は日本人が世界に誇ってよいものではないでしょうか。
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フィラデルフィア管弦楽団を見て思う
2014 JUN 24 0:00:06 am by 東 賢太郎
フィラデルフィア管弦楽団(PHO)を久しぶりに見た。見たといってもTVだ。昔のCDはよく取り出して聴いているが、楽団を目にするのは本当に久しぶりでずいぶん驚いた。
驚いたのはその音楽にではない、顔ぶれだ。隔世の感どころか、もうこれは僕の聴いていたあのオーケストラとは別物である。とにかく東洋人が多い。TVをつけたらマーラーを途中からやっていて、弦楽セクションが映って初めは海外オケとN響あたりが混成でやっているのかと思った。コンマスは韓国系アメリカ人だそうだ。女性の数も昔と違う。弦楽器はもちろんのこと、金管(ほとんど白人だ)もホルンはともかくチューバまで女性というのは驚いた。このオケは体格の良い男がラッパをばりばり吹くという印象があったからだ。
これはこのオーケストラが2011年に倒産(日本でいう民事再生法適用申請)したことの影響があるのかもしれないし、そしてもうひとつは、オバマが大統領になるような米国社会全体の変化の縮図となっているという側面があるかと考えてしまう。こっちの頭が古いだけかもしれないが僕のいた80年代のフィラデルフィアで東洋人というとまだ根強い人種差別と偏見があって、一般の白人にはチャイナタウンかブルース・リーのカンフー映画のイメージぐらいしか持たれていなかったろう。バーなどでお前はチャイニーズかときかれ、ジャパニーズだ、ウォートンの学生だというと失敬したとビールをおごってくれるみたいなこともあった。
だから、あれ以来そんなには米国に足を踏み入れていない僕にとって、全米メジャー級のPHOにあんなに東洋人がいるということ自体が驚異である。ヤンキースやフィリーズの一軍ベンチ半分がそうなったぐらいのインパクトだ。僕らは東洋人の西欧進出の旧世代だったと思うし、新世代がそこまで社会の上層部を占めるようにまでなったことを誇りに思う。ただ、よく知らないがあのうち日本人はどのぐらいいるのだろう?中韓とくらべて日系人の進出はどうなのか不安もある。小澤征爾さんのボストンSO音楽監督、ベルリンフィルコンマスなどで日本が先行していたが中韓の追い上げが目立つ。従軍慰安婦問題のロビイングで押しまくられてしまうわけだ。今はチャイニーズだというとビールをおごってくれるんじゃないかと心配だ。
ヤニック・ネゼ=セガンは39歳のカナダ人の指揮者だそうだ。ノン・ヨーロピアンのPHO主席就任は史上初めてである。外人(欧州人)コンプレックスがあったという意味でN響みたいなものだった。地元のファンは保守的でイタリア系が多く、アメリカ人のシェフというだけで偏見があったろう。ましてカナダ人のシェフというと、ちょっとイメージがわかない。セガンがものすごく優秀かそれとも聴衆の好みも変わったということが背景と思うが、もっと大きいかもしれないのは、倒産という背に腹が代えがたい危機に直面して演奏のネット配信など脱地元路線に転換したのではないかということだ。ここは労組が強く人件費問題があったが人を入れ替えて大幅コストカットし、PHOというブランドでオンライン世界市場に打って出る戦略に転換したかもしれない。新経営陣によるMBO、潰れた老舗旅館の買収みたいなものだったのだろうか。
マーラーの一部だけなので演奏については良くはわからなかったけれど終楽章のホルンなど当オケと思えない不始末な音もしており、本当に違うオケになってしまっているかもしれない。弦はホールで聴けば良い音だったのだろうか知りたいところだ。演奏は熱演であったと思うが、正直のところあの1番という曲はどこがやっても熱演になる。あのぐらいなら世界にいくらもある一流オケの一つというところでどうということもない。今や学生オケでもマーラー9番や春の祭典を古典のように平然とやってしまう時代だ。プロの一流どころの評価は厳しくならざるを得ない。AAAだったのがAAになっている印象である。
PHOに限らずオーケストラの伝統というのは、楽員は必然として入れ替わるのだから、楽譜や楽器や奏法の伝承ということに尽きるのだろう。ウィーンフィルは当地の音楽院教授と出身者で固めて奏法の伝承をしっかりと図っているが、PHOのコンマスは当地のカーチスでなくジュリアード出身者だそうだ。そういうことになるとこの改革は本当にMBOだったのではないかとにわかに不安になる。香港には「そごう」があるが西武Gはとうの昔に資本を引き揚げていて経営は完全に中国人による。まさかそんなことはないと思うが、いや万一仮にそうであったとしても、オーケストラは出てくる音だけが命だ。それで判断するしかない。それが良ければ文句を言う筋合いはない。
棒の振り方を目で見る限りセガンは特に僕の好きなタイプの指揮者というわけではなさそうなので、僕が昔のよしみというだけの理由でPHOのファンであり続けることは残念ながらないと思う。冷たいようだが、人が変わっても勝てばうれしい広島カープ応援のようにはいかない。出てくる音がすべてだからだ。シェフの影響は大きい。オーマンディはアメリカンの趣味と教養のレベルに合わせて、それもラジオ放送やLP録音の国内マーケティング事情も勘案してああいう音作りをしたが、本質は欧州の音楽的教養にあふれる指揮者だった。
西洋音楽史のなかでは遥かに外様であるアメリカのオケは楽譜を記号として高精度で再現する方向で存在感を作ってきた。PHOは米国で初のベートーベン交響曲全集をCD録音したオケだそうだが、それはその実力からして不当に遅い1988年のことだ。全米の他のメジャーオーケストラにとってはさらに不当なことだが、それはメード・イン・USAのベートーベンはビジネスとしてペイしない(要は、世界で売れない)と資本家が判断したからだ。外様はアジア人も同じだ。PHOで両者が合体するのは21世紀のクラシック演奏の潮流を予言しているかもしれない。
20世紀の欧州の演奏家にとっては未開地の米国がいいお客さんだった。21世紀は中国がお客さんなのかもしれない。ユジャ・ワンやランランという肉体的、精神的パワーで米国人に負けない演奏家も中国から出ている。ドイツグラモフォンがセガンのPHOと長期契約するらしいが、それはチョン・ミュンフンのソウル・フィルハーモニーと同じパターンのように僕には見える。欧州音楽産業はもはや欧米ではなく21世紀のニューリッチであるアジア市場を見ているのだ。その潮流に乗ろうという演奏家が出てこない日本。中途半端に大きい国内市場のパイを食いあって内弁慶で終わるのはケータイもゴルフも一緒だ。
ひとつわかったことは、僕が聴いて育った20世紀の録音は、PHOのものに限らずだが、もうそれそのものがかけがえのない文化遺産になっているということだ。モントゥーやアンセルメが生きていても、ああいう音を出してくれるオケはもうこの世にない。トスカニーニみたいなリハーサルをしようものならパワハラで即刻解任されるだろう。だから、そうしてできた録音はもうリプロデュースのきかない文化財だと思う。お前は保守的だといわれるかもしれないが、彼らが残してくれた音は格段にハイエンドなのだから、どうしようもないことだ。
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ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスの訃報
2014 JUN 13 1:01:05 am by 東 賢太郎
コリン・デービス、クラウディオ・アバド、ゲルト・アルブレヒト各氏と相次いで20世紀の巨匠が亡くなりましたが、今度はラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスさんの訃報をききました。
4氏ともライブを聴き楽しませていただいたのがついこの前のようで、時の流れは予期せぬ速さでどんどん大事なものを奪っていきます。若い頃、実演でフルトヴェングラーを聴いたワルターを聴いたという方がうらやましくて仕方ありませんでしたが、そろそろ自分がそういう年齢になってきているのかもしれません。
ブルゴスさんはまずフィラデルフィア管の定期に現れて84年の3月2日と9日とに聴きました。プログラムを見ると2日がストラヴィンスキーのプルチネルラ、ヒンデミットの弦楽器と金管のための協奏曲、ファリャの三角帽子であり9日がベートーベンの交響曲第4番、ドビッシーの夜想曲、アルベニスのイベリアから3つの小品だったようです。残念ながら記憶がありません。
2度目はロンドンで85、6年ごろと思いますが、ロンドン交響楽団を振った田園交響曲とシェラザードというプログラムでした。昔のことなのでそこまで覚えているのは少ないのですがなぜ記憶にあるかというと、性に合わない演奏でとても不快になり怒って帰ったからです。ホールはバービカンでどうもあそこの音は好きでないのも悪かったのですが、シェラザードはベンチマークであるアンセルメとあまりに異なり許容しがたかったように思います。
その初対面のトラウマから以後は遠ざかってしまい、3度目にきいたのは10年ほどたった96年のチューリッヒ・オペラハウスでのカルメンでした。この年はスイスでの日本企業による起債が活況で野村證券はスイスフラン建てワラント債や転換社債の引受主幹事を何本もやらせていただきました。調印式はチューリッヒで行うので社長様がお見えになり、当時スイス社長だった僕はホストとして昼には全引受業者20-30人を集合させて会社様と調印、夜にオペラをご一緒してディナー(だいたいがチーズフォンデュー)、翌日はユングフラウやピラトゥス観光へお連れするというのがお定まりのコースでした。
などと書くと優雅な稼業に聞こえますが、この年は起債数が記録的に多くて体の疲労度も記録的であり、40歳の若僧が野村代表として二回りほども年上の上場企業の社長様ご一行とべったり2、3日おつき合いするのですから気苦労も半端ではありませんでした。それが1年中、ピークの時期はほぼ毎週、時には同じ週に2件重なってやむなくディナーをハシゴしたこともあります。腹が目立って出てきたのはたぶんこの年からでした。
そういう年に、お客様をご案内して聴いたのがブルゴスさんのカルメンでした。2月10日のことです。接待ということもあったかもしれませんが、どういうことか歌手はみんな忘れてしまっていて、すごく有名な人だったでしょうがプログラムを探さないとわかりません。先に書いた理由からあまり期待してなかったのですが、予想に反してブルゴスの指揮は本当に見事で、僕はチューリッヒ時代の2年半にここで何度もオペラを観ましたが、サンティのボエーム、ウエザー・メストのバラの騎士とホフマン物語、そしてこのカルメンがトップ4でした。カルメンが誰か覚えていないのに公演の記憶はあるというのは、オケ・パートがあまりに素晴らしかったからで、以前書いたテノール不調だったのにオケで圧倒されたサンティのボエームと双璧でした。
帰国して一時、読響会員だったことがあるのですが、そのブルゴスさんの名前を見つけて一番の楽しみしていたところ代役になってしまいがっかりしました。これもよく覚えているのだから、4度あった機会の3回はどれもが印象にあるのです。今はあんまりカルメンの気分ではないのですが、週末にでも彼のパリ・オペラとやったレチタチーヴォ形式の名演CDを聴いてあの96年の感動を偲んでみようかなと思います。ご冥福をお祈りします。
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