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クラシック徒然草-ワルターのモーツァルトはLPで-

2014 JUL 10 0:00:13 am by 東 賢太郎

ブルーノ・ワルター(1876-1962)という明治8年生まれの指揮者の最晩年がステレオ録音初期に重なったのは幸運だった。ピアニストだったワルターは、リスト、ワーグナー、ブラームスと深く交わったハンス・フォン・ビューローの指揮を聴いて指揮者になる決意をした。マーラーの弟子でもあった彼が米国に渡ってコロンビア交響楽団と残した録音は、それら作曲家の曲が現代音楽だった時代のタイムカプセルのようなものだ。

僕は世評の高いワルターを特に愛好する聞き手というわけではないが、交響曲でいえば既述のベートーベン3番「エロイカ」とモーツァルトならば40番と、もう一つ35番「ハフナー」を時々取り出して聴く。この録音、オーケストラの定位が当時としては良く、悪くいえば楽器がばらばらに聞こえる感じがあるが、これがオーケストラピットの中みたいなイメージでありワルターの造りたかったバランスが良くわかる。こういう録音は嫌いでない。

ワルターのリハーサル録音はモーツァルトのリンツ交響曲、ブラームスの交響曲第2番をきいたことがある。最晩年だが青年のように頭の回転が速く、早口で情報量が多い(英語の発音はあまりうまくない)。フレージング、音価、強弱の注文が多く気に入らないと何度も裏声も交えてリアルに歌って指示するが、総じて進みのテンポの速さはビジネススクールの先生を思い出すほどだ。ワルター晩年の指揮を温かみがあり滋味あふれると評する傾向があるが、晩年も彼は枯れた好々爺とは程遠く、冴えた頭脳で音楽の流れを厳しくコントロールしている。だから19世紀を知る正確なタイムカプセルとして格別の価値を感じるのだ。

ところが、困ったことに昔のCBSやソニーのLPでもCDへのトランスファーでも高音がきつくていいものを聴いたことがなく、そのせいで僕はワルターの芸術が理解できないのだと思っていた時期があるほどだ。その後も日本独自企画CDのソニー・レコード盤などを買ってみたがハイあがりがさらにひどくてまったく聞くに堪えない。最近出たタワーレコード盤も買ってみたが、どれも満足できるものはない。とにかくCDはどれもヴァイオリンの高音部がキツくて痩せており、全体に高音部と低音部が分離して中音部が薄い感じに聞こえるのだ。そんな音でモーツァルトを聴いていいはずもなく、どうして彼のコロンビア盤の評価がいまひとつなのかわかる気がする。

walter walter1ところが先日、LPレコード棚に眠っていたイタリア盤(右)を聴いた。レーベル名もない怪しげな盤で、いつどこで買ったか記憶もない。たぶん85年前後にロンドンでバーゲンでもあったのかミラノ出張時に買ったかしたものだ。ところがこれがいいのだ。音が太めで弦に温かみとつやがあり、楽器の定位と分離もいい。この35番は遅めのテンポで入念にワルターのメッセージを刻み込むややベートーベン寄りの男性的解釈で好き嫌いがあろう。アンサンブルはあまり良くない部分もある。したがって僕は以前はあまり評価していなかったが、最近こういうのが良いと思うようになった。これがLPだと中音部も良く鳴り、バランスが均一になってオケに膨らみとボディができる。ああこういう音だったのかと、これが名演であることにますます納得がいくのである。録音は重要だと思う。

クラシックというのは同じ演奏(音源)が何度も手を変え品を変え出てくる。どれも同じと思っている方も多いが、実はぜんぜん別物というほど音が違っているケースもある。音によってその演奏のイメージはかなり変わる。このイタリア盤はもう市場にないだろうが、ワルター/コロンビアSOは欧州プレス盤を試してみる価値があるのではないか。

 

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クラシック徒然草-モーツァルトの3大交響曲はなぜ書かれたか?-

2014 MAY 25 18:18:55 pm by 東 賢太郎

Johannes_Chrysostomus_Wolfgangus_Theophilus_Mozartモーツァルトの最後の交響曲のうち、39番(変ホ長調)、40番(ト短調)、41番(ハ長調)を俗に「3大交響曲」と呼びます。こんな傑作群が誰からの依頼もなくたったの6週間で書かれて忽然と現れたと言われても我々は唖然とするしかなく、いろいろ憶測はなされてきましたがどれも確証はありません。モーツァルトの死因と同じく解かれていないミステリーであるのです。

人間だれも進歩しますから最後の方の作品が初期のものより評価されるのは普通でしょう。ドヴォルザーク、シューベルトの交響曲がそうです。しかし彼らの極めて有名になった最後の2、3作がまとめて「2大」「3大」と呼ばれることは通常ありません。ブルックナーの7-9番はそう呼ばれておかしくない偉業ですが、それでもそれを「3大」と呼ばれるとちょっといい加減な定義のように感じるのです。4番、5番も偉大だからです。

ではモーツァルトの3大以外は「小交響曲」なのでしょうか?中でも有名である35番(ハフナー)はセレナードの改作、36番(リンツ)は3日で速成、37番K.444とされていたものは他人の作品と判明、38番(プラハ)はメヌエット楽章を欠くという具合ですから、たしかに、仮に「3大」がなければモーツァルトは「交響曲も書いたオペラ作曲家」という位置づけになった可能性もあります。僕は制作過程はともかく出来上がった作品としての35-38番がブルックナーの交響曲系列における4,5番以上に偉大であることを通常以上に認めています。それでも3大は3大と呼んで違和感がありません。それほどこの3曲のクオリティは図抜けていると感じるからです。

ハイドンの最後の12曲、ベートーベンの9曲を知ってしまっている我々は、シンフォニー(交響曲)というのは重みある確立したジャンルとイメージしています。しかしモーツァルトが「3大」を書いた1788年にはそのどれ一曲としてまだこの世にありませんでした。だから「3大」を考える時、我々の頭にある交響曲という概念は一度とりはらって考えた方がいい。そう思わされたきっかけは、1985年ぐらいに出たクリストファー・ホグウッドのモーツァルト交響曲全集でした。そこにはモーツァルトの交響曲がなんと71曲もあったからです。どうしてそういうことになるかというと、当時の交響曲の概念からするとセレナーデやオペラ序曲に使った楽曲もその一部ということになるからです。解釈論が大事なのではなく、モーツァルトの頭の中がそうだったということが大事なのです。

交響曲というのは元来イタリアオペラの序曲です。序曲の役目は前座、前口上で、ガヤガヤうるさい聴衆にオペラが始まるよと告げて静めて集中させることでした。それがだんだん独立してオペラ以外の機会、つまり演奏会や貴族邸宅での音楽会などで登場の場を得ましたが、それでも聴衆の耳目を舞台に引きつける前座にすぎず主役はあくまで歌でした。ハイドンが1791年に書いた交響曲第94番は静かな第2楽章で突然大音量の和音が鳴るため「驚愕(びっくり)」というあだ名になりました。普通に聞いていれば別に驚きません。寝ているから驚くんです。これは交響曲の元来のお役目もにおわせるハイドン一流のユーモアです。

37番は1784年頃の楽譜が残っていてケッヘルがK.444という番号を与えていましたが20世紀はじめにミヒャエル・ハイドン(ヨゼフの弟)の作品にモーツァルトが序奏部を加えただけということが判明しました。これが当世流行の「コピペ・使いまわし事件」だったかどうかはともかく、当時の交響曲は他人のを拝借してもわからない、かまわない、その程度のものだったわけです。歌やピアノ独奏という「ショー」がメインである公開演奏会で35番ハフナーが開演前と終演後に分割されて演奏された記録もあります。まじめな顔をして通して聴くものではなく、良くいえば機会音楽、要は添え物だったことがお分かりいただけるでしょうか。

さらに興味深いことがあります。モーツァルトは83年にリンツで滞在したトゥーン伯爵邸で3日後に演奏会を開いて新作交響曲を披露することを快諾してしまい、「手持ちの交響曲が一つもないので、いまから急いで作曲しなければならない」(その日に父に書いた手紙)という事態になってしまいました。ここで彼が「交響曲」と呼んでいるのが上記の程度のものだったことは注意を要しますが、そこで書いたのが36番だろうとされます。しかしいくら天才とはいえあの名曲を3日で書いてオケの稽古までしたとは信じ難い。そこで37番がそれだったのだという新説が出てきた。リンツで書いたのは序奏だけだった、それなら辻褄が合う。伝説のリンツ交響曲は37番だったんだということで一件落着していた時期がありました。

ところがアラン・タイソンという音楽学者が五線紙のX線写真から作曲時期を調べると、序奏部を書いた五線紙は84年にしか使われていないものであることが発覚し、やっぱり36番が3日で書かれたことになってしまいました。ここで思い出すべきは彼がシスティナ大聖堂の秘曲を一度だけ聴いて後で書き取ったことです。彼は「音楽のピクチャーメモリーの持ち主」なのです。36番はおそらく頭の中ではもっと前から作曲されていて「ピクチャー(画像)」になっていた、それを彼は3日で紙に書き取った(写譜した)だけなのです。この特異能力は「3大」を考えるのに非常に重要なポイントになります。

ウィーンに出てきてからのモーツァルトはフリーランサーであり、お金と名声のためだけに作曲していましたからわずか6週間で一気にこの3曲を書いたのは何かの目的があったはずです。それも、3曲の信じ難いクオリティの高さからして相当お金と名声が得られそうだという期待がこもった巨大なものだったはずなのです。それは一般にウィーンの90年の予約演奏会等ではないかとされていますが、そのような場で演奏された記録は残っていませんし、彼という人間はその程度のインセンティブであれだけの労作を書くような性格ではないと僕は思います。

ヨゼフ・ハイドンには、パリの新設オーケストラであるコンセール・ド・ラ・オランピックから6曲の交響曲(今では「パリ交響曲」と呼ばれています)の委嘱がありました。1785-86年のことです。ちなみに、この時点でモーツァルトはまだ38番「プラハ」も書いていません。この6曲は大ヒットして楽譜はウィーン、ロンドンでも出版されました。ハイドンは大儲けした上に名声も手に入れたのです。同業者の大成功をウィーンにいたモーツァルトが知らなかったはずはなく楽譜も見たでしょう。その6曲に含まれる82番「熊」がハ長調、83番「めんどり」がト短調、84番が変ホ長調という事実が偶然だったとは僕にはどうしても思えないのです。

パリ交響曲といえば、モーツァルトはハイドンのそれに先立つ1778年に交響曲第31番 ニ長調 K.297 (300a)を書いていて、パリ初演時の自信満々ぶりは父親への手紙に赤裸々に残っています。しかしこの興奮と強がりの背景には彼が花の都でも通用するという自信の裏腹に、父レオポルドの、一家の命運を託す強すぎるほどの息子への期待がありました。

モーツァルト「パリ交響曲」の問題個所

しかしこの交響曲はパリの聴衆に一時の話題ぐらいは提供したかもしれないが、結局世渡りの下手な彼はコンセール・スピリチュエルの支配人ジャン・ル・グロにいいように利用され、あしらわれ、挙句の果てに同行した母親まで病死してしまった。パリは散々な目にあって鼻をへし折られた、人生最大の因縁の都市だったのです。彼がそのパリでのハイドンの成功を知らなかったはずはなく、心に荒波もたたず無関心であったはずはないのです。

話は飛びます。メンデルスゾーンの母親の親戚で、ロンドンに移住して成功したヨハン・ペーター・ザロモン(1745-1815)なる興行師(音楽プロモーター)がおりました。彼はハイドンを91年-95年に2度ロンドンに呼び寄せて「ザロモン・セット」なる交響曲を12曲書かせて大ヒットさせたことで歴史に名を残しています。ちなみに、この時点でモーツァルトはもうこの世にいません。モーツァルトの41番に「ジュピター」というあだ名をつけて畏敬したのがこのザロモンであったろうと言われているのをどう考えたらいいでしょう。もしモーツァルトが91年に突然死しなかったら彼の「ザロモン・セット」があったのではないかと想像するのは僕だけでしょうか?

またまた話は飛びます。3大交響曲を書く1年前の87年2月、ナンシー・ストーラスという英国人女性ソプラノ歌手がウィーンを発ってロンドンへ帰りました。彼女はオペラ「フィガロの結婚」のスザンナの初演歌手です。この役の重要さはフィガロを知っている人ならご存知でしょう。音楽学者アルフレート・アインシュタインが「コンスタンツェが嫉妬する権利を有していた唯一の女性」とまで言ったナンシーをモーツァルトがどれだけ好きだったかは、「どうして あなたを忘れられよう”Ch’io mi scordi di te ? – Non temer amato bene”」 K.505というピアノ協奏曲が歌を伴奏するような豪勢な曲を書いてあげて、彼女の告別演奏会で自分でピアノを弾いたことでもわかります。

帰国後にナンシーは兄と一緒になって何度かモーツァルトをロンドンへ呼び寄せようとしましたが彼はなぜか断っています。息子を父レオポルドが預かってくれなかったからだという説がありますが、生後間もなくの息子を乳母に預けて妻とザルツブルグへ行ってしまった男ですからどうも説得力がありません。それで息子は帰ったら死んでいましたし、一人で行くとなるとコンスタンツェの嫉妬も怖かったかもしれません。ではもしザロモンのようなプロモーターの強力な誘いだったら?だから彼はそれを待っていたのではないかと思うのです。強い動機が自分自身にも妻にも必要だった。そのために「ハイドンと並び称されるような作品」が必要だったのではないでしょうか。

ではそれは何でしょう?彼のお得意はピアノ協奏曲とオペラです。逆に、ハイドンのお得意は交響曲と弦楽四重奏曲です。ピアノ協奏曲とオペラは主役、プリマがいます。前者はシンガーソングライターであるモーツァルト自身、後者では彼お気に入りのソプラノ歌手でしたが、どちらも音楽だけでなく主役のワザや美貌までも含めて客を楽しませるショービジネスです。しかし88年当時、ピアニストとしての彼の人気はウィーンでも下火であり、86年の「フィガロ事件」でオペラの方も暗雲がたちこめ始めていたのでした。

ショーマンではない地味な男であったハイドンはモーツァルトの得意分野にはあまり手を出していません。一方のモーツァルトには決して得意科目ではなかった交響曲と弦楽四重奏曲ですが、82年に出版されたハイドンの作品33「ロシア四重奏曲」を知ってそれではいかんと一念奮起して書いたのが弦楽四重奏曲の「ハイドンセット」であったことはご紹介しました。その作曲は天才にしては珍しく推敲に推敲を重ねる苦難の道だったことを本人も認めていますが、そこまでエネルギーを傾注しても「やっておかねばならない仕事」だった。このハイドンセットが誰にも依頼されていない例外的な曲集だったことは特筆すべきです。

40番は最初クラリネットなしでしたが改訂版でそれが2本入りました。演奏機会がないのに改訂する必要はないので40番だけは彼の生前に演奏されたことはまず確実であり、91年のウィーンの音楽家協会の演奏会であのサリエリが指揮した「モーツァルト氏の新しい大交響曲」が40番だとする説があります。しかしそうであったとしても3曲全部を演奏したわけではありません。そういう場で演奏されることを想定したなら40番だけで用は足りたのです。それなのに彼はどうして3曲も書いたのでしょう?

楽器編成の違いからも同じ機会に3曲がセットで演奏されることを目論んだとは思えません。41番と改訂前の40番はフルート1、オーボエ2でクラリネットなし、39番はオーボエなしのクラリネット2です。41番には40番にないトランペット、ティンパニがあります。つまり、39-41番をセットで演奏するのは無駄な楽器と奏者が出て不経済です。1曲でも演奏機会はなかなかないのにそんな不経済をおして狭いウィーン音楽界で誰かが演奏してくれると妄想するほど彼は現実離れした男ではありません。やはりどうして3曲も書いたのでしょう?という疑問がどうしても頭をもたげます。

結論へ至るもうひとつ重要なカギがあります。こんな傑作群がたったの6週間で書かれて忽然と現れたという事実です。ここでリンツ交響曲を思い出す必要があります。3曲を6週間、つまり1曲2週間です。36番を3日で書いたのに比べれば5分の1の速度なのです。頭には3曲分のピクチャーメモリー(画像)がほぼできていてそれを写譜するだけだったならゆっくり目とさえいえます。僕は41番の直筆譜の全曲ファクシミリを持っていますが、直した後はほとんどなくまるで写譜の清書版です。彼がピクチャーなしで書いた、つまり作曲推敲しながらいきなり書いた貴重な楽譜がレクイエムでそれも所有していますが、見比べれば両者の差は歴然であります。

主役やプリマのいないハイドンの得意分野は楽譜さえあればアマチュアレベルの音楽家たちでも演奏できるいわば「民主的な」ものでした。音楽が宗教世界から離れて俗世界に出てまだ1世紀程度であり、上演にカネのかかるオペラが王権を離れて民主化されるにはまだ半世紀ほど要する時期です。富裕市民が広く音楽をたしなむようになったロンドンで音楽への新規需要が生まれましたが、ザロモンのようなプロモーターが歓迎したのが宗教、王権とは遠い交響曲でした。入場料だけでなく楽譜も売れるという収入が大きかったのです。英国の産業革命と民主革命そして印刷術の進歩という3つのマクロ的潮流がその背景にありました。

プリマや天才が舞台に出てきて喝采を受けることで客を呼ぶスタイルだと売上連動でギャラを払う必要があります。こういう市場成長期には興行師からすれば売れる楽譜を買い取ってコストを限定し、増えた売上は全部自分のものになる株式投資型の方が圧倒的にうまみがあるのです。ハイドンが人気があったのはそのせいです。モーツァルトをロンドンに呼べば当たった可能性はあります。彼が反王権的においのぷんぷんするフィガロをリスクを取って書いたのもそれを当て込んでのことです。しかしロンドンは歌舞伎者の彼を出資者、パートナー(共同経営者)にするよりハイドンを支払額が決まっている業務委託契約で使う方を選びました。我欲の強くない彼もそれで満足でした。カネにうるさい強欲のベートーベンが呼ばれなかったのも同じ理由と僕は思っています。

「3大交響曲」がどうして3曲書かれる必要があったのか?作品を3,6など3の倍数のセットで発表するというハイドンの確立したスタイルを模倣、踏襲するためです。人気の落ちた彼の交響曲を1曲でもウィーンで買う者がないことは明白でした。しかも彼の耳は進化して大衆受けしないピアノ協奏曲24番まで書いてしまっている「心の中の声」は後戻りできないところに来ていました。それならその自己最高水準の曲を3つ、ハイドン先生の流儀に習って発表し、ロンドン、パリのアンテナにかかることを期待しよう。86年になってパリ、ロンドンではハイドンの得意ジャンルの方が大当りしたというのっぴきならぬ事実に直面した彼がそう思って不思議でないのではないでしょうか。

結論を書きます。3大交響曲は「交響曲のハイドンセットである」というのが僕の仮説です。

繰り返しになりますが、ウィーンで売れっ子ならばそんなことは気にもならなかったでしょう。ところが86年の「フィガロ事件」で形勢が変わってきた。それをこのブログで詳述いたしました。

モーツァルト ピアノ協奏曲第25番ハ長調 K.503

3大交響曲の構想、彼の頭の中での作曲は87年ごろ、ナンシーが英国に帰ってしまったあたりから強い動機となって目に見えず進んでいたのだと僕は想像しています。彼は王権の失墜と市民革命は見事に予見していましたが産業革命と印刷術の進化によるマクロ的な音楽需要の流れにのることができませんでした。しかし彼のその焦りのおかげで我々は変ホ長調、ト短調、ハ長調の3つの小宇宙とでもいうべき大傑作を手にしたのです。

「さよならモーツァルト君」のプログラム・ノート

 

(こちらへどうぞ)

モーツァルト都市伝説

 

モーツァルト交響曲第39番変ホ長調 K.543

モーツァルト交響曲第40番ト短調 K.550

モーツァルト交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551

 

クラシック徒然草-誰でもクラシック通になれる簡単な方法-

2014 MAY 8 12:12:15 pm by 東 賢太郎

斉藤さんは大変なクラシック通ですが、36年前に僕と知り合ったときバルトークやストラヴィンスキーは「???」だったとお書きになっています。僕だって始めはそうだったし、ああいう音楽を一度聴いてそうでない人はまずいないのでは。それでもめげずに何度も聴いてチャレンジするかどうか、クラシック通になれるかどうかのちがいはそれだけなんです。才能も特別な訓練もいりません。

それにはまず、それができる素直な自分をつくること、ご自分のことをポジティブにイメージすることです。これがとても大事です。イメージトレーニングしてください。「私はAKBも好きですけどモーツァルトも聴きますよ」というご自分をです。そういう自分になりたいと思うかどうか、それだけです。それさえできればもう80%はクラシック通が完成です。えっ、どうして私がクラシック?と自ら壁を作ってしまってはもったいない。こんな楽しいものを知らずに死んでしまうなんて、そういう人が一人でも減るといいなと心から願っております。

それでも突然おうちでベートーベンの運命が鳴ったらご家族はびっくりするかもしれませんね。であれば「今日から聴くよ!」「いくわよ!」と夕食の時にでも高らかに宣言してしまって下さい。きっと暖かく応援してくれるでしょう。ご一緒にコンサートに行けば家族の絆にもなりますね。いままで縁がなかった方ほど「クラシックを聴く自分のイメージ」というものは、誰でもないご自分にとって新鮮で刺激になるようです。周囲の目も変わりますがやがて自分も人生も変わったことに気づくと思います。老後の楽しみが確実に一つ増えます。お一人暮らしの方でも日々の大きな生き甲斐ができます。明日はあれを聴こうこれを聴こうとわくわくになります。保証します。そのぐらいクラシック音楽のもっているパワーは大きいのです。

よく考えて下さい。日本人に生まれたあなたはご飯、お寿司、ラーメン、カレー、すきやき、鍋物を食べ飽きますか?お茶漬けやサンマの塩焼きやお漬物、味噌汁はもう二度と食べなくていいやと思いますか?週2回でもOKでないですか?こういう「おいしい」だけではなく「永遠に飽きない」もの、「必須になってしまう」もの。まわりを見渡してもそうはないと思いますよ。でも音楽にはあるんです。音楽のうちで百年も二百年も世界中の人がそう思ってきているものをクラシックと呼びます。それをあなたが嫌いになるのは実はとてもむずかしいことなんです。

クラシックは懐メロやオールディーズとはちがいます。200年前のモーツァルトは「懐かしの」でも「オールド」でもない、永遠に新鮮で飽きないものなんです。おなかがすいて注文したラーメンが目の前に出てきて、「この食べ物は古代中国でできた老麺が起源で・・・」なんて考える人がいますか?いつどこでどうできようが、何国人が作ろうが、おいしければいいですよね。そんなものです、クラシックも。洋食と思わないでください。おいしさを一度覚えたら最後、病みつきになる「うまいもの」なんです。

僕は子供のころマグロのトロが大の苦手でした。だからいつも赤身専門で、トロをうまい!と思ったのはずっと後のことです。食べ続けてみると親がいってたことがわかる!と目から鱗でした。斉藤さんは???だったトロを僕を信じて食べ続けて下さったんでしょう。おせっかいで押しつけた?のに感謝をして下さっていますが、がんばってそうしてくださったご信頼に僕の方こそ感謝です。斉藤さんに36年ぶりにお会いして、あの出会いがなければ・・・と言っていただいて、それがうれしくてなりません。そういう人がもっともっと出てくることが僕の人生の願いなんです。

そういう気持ちでいま僕がブログに書いている音楽は、実は毎日聴いているものとはちょっと違います。新世界や未完成はもうたぶんこの10年で数回も聴いてないでしょう。飽きたのではありません。若い頃の思い出写真のような存在になってしまっているからそっと大事にしておきたいという気持ちがあるのです。それでもたくさんの感動をいただいた恩人ならぬ恩曲です。だからこれからの方にはどうしても聴いていただきたくて、そういう強い思いで選んでいます。

僕は入門用の曲なんかないと考えています。ピアノの練習用に作ったバッハやショパンの曲(しかし名曲!)はあっても、観賞用の入門曲はありません。プロコフィエフが「ピーターと狼」、ブリテンが「青少年のための管弦楽入門」という曲を書いていますが、「おかあさんといっしょ」とはちがって子供を意識はしていても立派な曲です。しかし「ピーターと狼が気に入りましたが次は何を聴いたらいいですか?」ときかれるとちょっとつらい。それがメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲なら自然に何曲かご紹介できるのです。

だから僕のブログのカテゴリー(アルヒーフ)にはそこそこの数の曲がたまっていますがほとんど重量級の曲が並んでいます。どうしてかというと、名曲だから。心から敬服しているからです。だから難しいか?そういうことはありません。カレーとラーメンと、どっちが食べやすいかなんてありませんね?お口に合うか合わないか、それだけなんです。初めて日本食を食べるといってお子様ランチから入る必要はありません。カレーがちょっと辛かったからといって去ってしまってはもったいないです。

僕が「ストラヴィン好きー」だったのはたまたまウマが合ったからです。友達の相性と同じですね。そういう「親友」を見つけると、彼がクラシックの世界に引っぱっていってくれます。これが速いのです。彼は僕にバルトークというちょっと気難しいけどいい奴を紹介してくれ、そうやってどんどん輪が広がりました。それが誰から始まっても構いません。同じ人でも合う作品と合わないのがあります。僕も今でもあります。有名曲が合わないことだってたくさん。ぜんぜん構いません。そういうのはどんどん飛ばして、親友のベスト作品にめぐり会ってください

だから僕が取り上げている曲は僕の親友のベスト作品集です。もう50年もやっていると親友だらけですから、それらはクラシック入門曲でもなければ卒業曲でもなくて、世のクラシック通という人たちがほとんど聴いているのはこれ!というベスト曲集にだんだんなっていきます。順番は意味がなく、なるべくその曲に愛情が高まっているときに書こうと思っているだけです。だからどうしても初恋の方からになっていますがそれは重要なことではありません。そこには通の方が読まれてもいいということも書いています。いろいろな方に楽しんでいただきたいからです。だから楽譜が出てきても何のことやら・・・という方も多いでしょう。わからなければそういうことはぜんぶ無視してください。

ただご紹介した曲はぜひ一度、必ず最後までご自分の耳でお聴きにはなってみてくださいそれが大事なのです。誰の演奏か?というのは親友ができてからでいいです。プライオリティーはずっと下です。どの店のラーメンがおいしいか?どうでもいいです。どこでもいいからまずラーメンがおいしいということを知る方が先です。だからCDだって僕が挙げたものでなくても、i-tuneには安いものがいくらもあるし、youtubeならタダで聴けます。お金はいかようにも倹約できます。それでつまらないと思う曲はどんどんスキップして下さい。それでぜんぜん構わないのです。もしも、あっいいな、ちょっとステキだなジーンときたな、という曲にめぐり会ったら、それはラッキー、それがあなたの親友、恋人候補ですから何回も何回も聴いて下さい

登山と一緒です。どの道から頂上をめざしてもOK。ルートはたくさんあります。お好きな曲がそのルートを教えてくれているのです。それさえ見つかればしめたものです。それが1合目なら、2合目は何を聴いたらいいか?5合目は?それは人それぞれだから答えはひとつでありませんが、もしコメント欄にでもご自由にご質問いただければ必ず回答しますしできるかぎりそれをお示しできると思います。それをご自分で手探りで発見するのも楽しいものです。僕は先生がいませんでしたからかなりの出費を重ねて遠回りの無駄骨を折りましたが、いまになるとそれもいい思い出です。

誰でもクラシック通になれる簡単な方法、それは以上のことを1年ぐらい続けていただくことに尽きます。継続は力なり。あとはご自分でどんどん登っていけるでしょうし、登りたい、頂上を見てみたいという気持ちになっているご自分を発見されることでしょう。そうなっていただけるよう少しでもどんなことでもお手伝いができるなら幸いです。きっとそれは僕の生きがいにもなりますので。

クラシック徒然草-音楽のマクドナルド化-

2014 MAY 7 12:12:15 pm by 東 賢太郎

斉藤さんからいただいたコメントをなつかしく拝見しました。ズビン・メータの「春の祭典」が我々が親しくなるきっかけだったというのは面白い。当時はクラシックでもポップスでも「新譜」の発売というものにイヴェント性があったんですね。メータがCBSに移籍して初録音は何になるかファンはやきもきして待っていた時代です。歌謡曲(死語になりましたが)にしてもビートルズやキャンディーズにしても次の新曲はアルバムは?というのでわくわくした経験のあるシニアは多いでしょう。クラシックにもそれがあったのです。

ネット時代になってyoutube等で音楽が電子情報としてばらまかれています。それを従来のオーディオ・フォーマットに落とそうとすればお金はかかりますが、パソコンのスピーカーやスマホのイヤホーンで満足なら全部無料です。タダは無敵です。音質ぐらい目をつぶってもいいやという人が増え、音楽の録音技術やオーディオ再生のマニアックな部分は売れずにどんどん淘汰されます。悪貨が良貨を駆逐して世の中悪貨だらけになる。マックが街のハンバーガー屋を淘汰したのと同じ。音楽のマクドナルド化です。ポップスはいいかもしれないが、クラシックでのそれは由々しき聴衆の劣化を招くと危惧しています。そういうことにこだわらないならクラシックを聴いても面白さ半減だからクラシックは死へ向かうといってもいいでしょう。ビッグマックモーツァルト風、ないんですそんなものは。

クラシックのマック化はライブ録音の増加という形に現れています。コストがかからないからです。たしかに一部の演奏家はライブの方が面白いということもあり、ライブを好む聴衆もいます。しかしそれはスタジオ録音というレファレンスがドンと真ん中にあったからでしょう。それと比べてどうかという楽しみがあったのです。それが昨今はスタジオ録音の新譜というと、オペラやオーケストラのように録音にお金がかかるものはほとんど見なくなりソロや室内楽ばかりで寂しいと感じるのは僕ばかりではないでしょう。

録音は写真のようなものだと思います。スタジオ録音というのは、成人式や結婚式で一生残すために着飾っておすましして撮るあれ。かたやライブ録音とはスナップ写真です。だから昔のアーティストは嫌う人もいました。カラヤンはライブの正規録音はほとんどありません。スタジオで撮影するというのは永遠の記録に残すのだから気合いの入り方も違います。写真がお遊びのプリクラにも芸術にもなり得るように、録音そのものが芸術であるということが稀にですがあります。

それの最たるものが、ピエール・ブーレーズがCBSに録音した春の祭典です。これがライブで収録できる可能性は確実にゼロです。写真芸術であり録音芸術なのです。それによって被写体に興味を持ち、クラシック探訪の道に入りこんだ方は数知れないと思いますし、僕本人がその一人です。そういう出会いがあるから、当時のクラシックリスナーは全神経を集中して音を聴き、新譜を待ち焦がれていたのでしょう。こういうことがプリクラやスナップ写真でおこるというのはちょっと想像しがたいのです。

僕のブログ「アビイロードB面の解題」は、ビートルズの後期のアルバムは写真芸術、録音芸術の領域の産物ではないかという僕なりの仮説であることをご理解いただけるでしょうか。ライブでそれができないからスタジオにこもった、そしてそれは最近書いたグレン・グールドの晩年の方向性とも合致していると思うのです。アーティストにこういう芸術領域が与えられないなら、音楽のマック化現象はやがて音楽芸術を滅ぼします。ライブの方が感動的だ云々の皮相的な話ではないのです。

僕は音楽ブログは演奏の観点ではなく作品の観点から書いております。それは被写体が良くないものをスナップ写真の加減で良く見せるのはそもそも芸術でないと思っているからです。そういうものは消費の対象にはなるかもしれませんが鑑賞するものではない。ポップスは普通は消費する物ですが、アビイロードみたいに鑑賞できるものもある。そういう例としてあれを書きました。だから逆にクラシックにおいて消費する物ばかりが市場にあふれるのはどうかという気がしてなりません。気合いを入れて造ったものを気合いを入れて味わう。その両方があって初めてアートはなりたつんですね。

斉藤さんと、あのころにお会いしてよかった。今だったらメータの春の祭典のライブ録音はどうですかなんてご質問はなかったろうし、僕はそんなものをまじめに聞いてもいなかっただろうからお友達になるきっかけもなかったですね。

 

Abbey Road (アビイ・ロードB面の解題)

ストラヴィンスキー バレエ音楽 「春の祭典」

 

クラシック徒然草-グレン・グールドのモーツァルト-

2014 MAY 5 17:17:54 pm by 東 賢太郎

ゴールドベルグ変奏曲の稿で「人類の箱舟に載せられる録音の最右翼に列せられるもののひとつではないでしょうか」と書いたピアニスト、グレン・グールドの今度はモーツァルトである。

はじめに、僕が精神分裂をおこしていると勘違いされないためにも、僕の人間観を記しておく必要がある。孔子の言葉、「古之聴訟者、悪其意、不悪其人(昔の裁判所では罪人の心情は憎んだが人そのものは憎まなかったの意味)」(「孔叢子」刑論)、あるいは、聖書(ヨハネ福音書8章)の「罪を憎んでも人を憎まず」というものこそがそれである。誰かのdeed(やったこと)の考察と、それをやった人間のpersonality(人格)の考察は別なものだという考え方である。

例えば、「悪事を働いたから罪を負わせる」という現代社会において誰もが当然と思い込んでいる社会正義というものも、それ自体は万能の正義ではないかもしれない。正義が裁くべき「悪事」とは何かという定義の問題はここでは論点ではない。何が正義であれ、それは法治国家という近代的統治が成立していて、しかも量刑法定主義が保障されている限りにおいての限られた人工的な正義なのだということが論点だ。法律がそう定めていないなら、人を殺めたからという理由だけで死刑になるという理は、リンゴが木から落ちるというような自然界の定理ではないというのが上記の含意でもある。

余談になるが、そういう立場でものを見る僕として、マスコミによる小保方氏の人格否定的報道や番組は実に見苦しい。僕が彼女のdeedに社会的危機感を覚えることに何ら変わりはないが、それと彼女という人への攻撃や否定とは話が違う。それは正義に反しているとなればその人のしたdeedは何でもかんでも盲目的に「非」とするという、中世の邪教並みの野蛮な精神がすることだ。それが魔女狩りをしたのであり、今もいじめの芽はこういう所に潜む。メディアにそのdeedを放任しながら「いじめ問題」をなくすことは難しい。一方で、逆に、似た改ざんを他の科学者がやっていたとして、それで彼女のしたdeedの危機性がいささかも減じることはない。みんなやってるじゃないかと言ってスピード違反を減刑しようという作戦をとるなら、あの弁護士も中世の邪教徒程度だ。書いてきたように、彼女にそれをさせた教育の質やAO入試制度や組織のガバナンスこそが社会的問題と考える。

ややこしいことを述べて申し訳ないが、他人様の丹精込めた演奏に対してまがりなりにもああだこうだと意見を公にするにおいて、自分の立ち位置を明確に公開しておかないのはアンフェアだろうと思うので書いている。僕は広島カープが100連敗しても、その結果(deed)に怒ることはあっても、カープファンを辞めることはないだろう。熱情ソナタの下手くそな演奏を100回聞かされても、熱情ソナタに辟易することは同じくない。同様に99回下手くそな演奏をしたピアニストが100回目に名演を成し遂げれば、僕はなんのためらいもなくブラヴォーを送る人間である。大事なのは目の前にあるdeedであり、誰がそれをしたかということはクリアーに別問題だという処理を常にするというのが僕の哲学である。

こう書けば、僕がバッハの鍵盤作品を聴くときにまず頭に浮かべるほどレファレンスになっているグレン・グールドというピアニストのモーツァルト演奏を、僕がどれほど毛嫌いしているかをご理解いただける可能性も出てくるだろうか。はっきり書こう。クラシック音楽でこれほどひどい、disgustingなものを僕は聴いた記憶がない。誰もが知っているトルコ行進曲がこうなる。

これを最後まで我慢して聴く忍耐力を僕は持ち合わせない。コンサートでこれに出会えば、他人様に迷惑にならないように万全を期しつつ、僕はそっと後ろのドアから退場することになるだろう。BBCのインタビュー番組でこのソナタの第1楽章を彼は普通のテンポで弾いて「これじゃ僕はつまんないんだよ。異常なくらいスローにして、ブーイングというか反応を仰いで、そうやって信じられないほど聴衆をじらして・・・モーツァルトには悪いがアダージョの指定をアレグレットにして・・・」と語っている。

何のことはない、僕の嫌悪は彼の術中であるわけだが、それが曲の最後に至って何か芸術的な感興を万人にもたらすわけではないということだ。つまんないなら弾かなければいいし、そうなんだけど何かの手管を弄して楽しませてみようという考え方はスマホゲームのプログラマーと変わらない。それで感動する人がたくさんいるのなら耳の肥えた人の多いクラシック界では希少な現象であり、彼のアプリには盲目的信者、つまり彼という人が好きで彼がやったdeedなら何でも是とする信者がたくさんいるということだ。申しわけないが僕にはAKB48で当てた秋元という人のHKT48も売れてしまう現象とダブルフォーカスになる。

グールドにとってモーツァルトのソナタは技術的なフェーズに限っていえば「牛刀をもって鶏を割く」がごときであり、普通に弾いて他人と違いを発揮できる題材でもなければ自分の耳をエンターテインできる素材でもなかったのだろう。それはホロヴィッツやルービンシュタインのような人があまりモーツァルト録音に熱心でなかったことにも重なる。そう、ヴィルトゥオーゾは彼のソナタなどに熱心ではないのだ。ところがグールドはそれを結構熱心にたくさん録音している。どういう風の吹き回しなのだろう。そして、イ短調ソナタK.310のように、彼の耳の要求に合う要素を一部分として含んでいる(その要素が核心を成すものではないのだが)と思われる音楽になるとこういうことになる。

これは彼のゴールドベルクの世界にモーツァルトを招待したものだ。モーツァルトがその招待を楽しんだか?そうかもしれないし、そうでないと言い切る術はない。これを快適な演奏だと感じる人もいるのだろう。そういう方には、この演奏がテキサス州の竜巻のように軽々と吹き飛ばしてしまっているもの、展開部で心の深奥に広がる暗闇の不安や、提示部でそっと琴線に触れてくるやさしい和声といった重大なものが譜面にはひそんでいることをぜひ知っていただきたいと思ってこのビデオをお示ししている。

BBCのインタビューは、彼がコンサート会場の聴衆を意識して演奏解釈をしていたことを明らかにしている。その流儀は落語家が高座へ出てきて、出し物に入る前にまず軽い笑いをとってその日の客の質をつかむのに似る。客質が噺の輪郭を左右するのなら、客なしでマイクロフォンに向かった時、彼がどんなタッチで噺をするのか興味があるところだ。録音したものが唯一絶対のものでないのだから、いったい彼のその古典の解釈はどういうものなのか、録音は語ってくれないということになる。

グールドの初見力は超人的だったそうで、モーツァルトなど鍵盤なしに目で覚えてどんな流儀でも、オーソドックスなウィーン風にでもビデオにあるようにハリウッド風にでも弾けたろう。彼の演奏行為は、そのどれが今日の会場に来ている聴衆を喜ばすかを模索するところから入ったのだろうが、それでは飽き足らず、どうしたら客をじらし、最後は屈服させられるかに賭けるようになってしまったようにも思えてくる。そして、だんだんと、そのどっちにせよ、会場を埋めている聴衆という名の大衆のレベルが、自分にそうやって影響を与え従属を強いるに足る、そして自分の鋭敏な知性とプライドがそれを認容する、というような性質のものとは程遠いことがわかってくる。それに耐えられなくなって、彼はコンサートという場を忌避するようになったのではないか。

こういうモーツァルトを世に残して彼は満足だったのだろうか?僕にとって、彼のベートーベンが(それも一風変わったものだ)ここまで神経を逆なですることはないのも面白いが、それがあの素晴らしいバッハを弾いた同じ人間の演奏であるということの方はもっと不思議である。ひょっとして、あのゴールドベルクだって本当はこのぐらい奇っ怪なものなのかもしれない?などと想像がふくらむ。バッハの譜面は速度指定どころか「フーガの技法」みたいに楽器指定すらないものがあるからだ。

どんなピアノニストだって自身の個性による、解釈という作曲要素が演奏には入っている。グールドの場合それが尋常でないほど大きかったということだろう。彼自身作曲家になりたかったと言ったそうだが、解釈が作曲家の領分にまで達していて、作曲は密室でやるのものだから公衆の面前から姿を消した。あの、二度と耳にしたくないモーツァルトを聞かされたといって、もちろん、僕のグレン・グールドという天才への評価がどう変わるわけでもない。バッハ「平均律クラヴィーア曲集第2巻」をお聴きいただきたい。大バッハとの共同作品かと舌を巻くしかないこんなdeedの前には、どんな理屈も例外も色褪せて見えるしかないだろう。

(こちらへどうぞ)

J.S.バッハ 「ゴールドベルク変奏曲」

クラシック徒然草ーグレン・グールド私論ー

 

クラシック徒然草-庄司紗矢香のヴァイオリン-

2014 FEB 18 19:19:32 pm by 東 賢太郎

 

ユリア・フィッシャー(Julia Fischer)の二刀流 | Sonar Members Club No 

このブログにコメントをいくつか頂戴したのでどうしてかなと思って調べてみると、SMC経由ではなく直接インターネットからこのブログを検索された方だけで1750人おられました。「ユリア・フィッシャー」でググるとwikipediaの次、なんと2番目にそれが出てきて、原語の「Julia Fischer」で検索しても2番目です。こうなるとフィッシャーさん自身の目にもとまるかもしれないし、応援団長みたいな気分です。

彼女のヴァイオリンは大好きなのですが、ただし、あのブログはもともとそういう意図で書いたわけではなくyoutubeを聴いた感想を自分が忘れないようにという程度のものでした。まだ実演を聴いたわけでもないし・・・。そうしたら偶然にグリーグを見つけてしまい、がぜん彼女がもっと好きになってもう一度ヴァイオリンを聴いてしまい・・・という風に出来上がったことを覚えています。面白いことが起こる時代になったものです。

ところで、そこに「ミ」の音の話を書きました。僕のミとシのこだわりはアメリカで1年間チェロを習った時にできました。初めはどうにもうまく取れません。先生のは抜群にきれいなのにどうしてだろうと・・・。それはたぶん自分の楽器がピアノとギターという平均律で転調がお手軽にできる分だけ自然音階の本当の美しさを犠牲にしている楽器だったからだったと解釈しています。平均律は自由な転調を可能にするための人工的音階であり、ドラえもんなら「ラクラク転調マシーン!」なんて名前をつけそうです。本当はチカチカ点滅している蛍光灯が残像現象で目をごまかして「ずっと光っている」ように錯覚させているのと似ています。自然光の方が、当たり前ですが自然であり目に優しいのです。

音楽を「歌う」という表現がよくされますが、僕はピアノで「よく歌っている」という評論家のコメントがどうもピンと来ませんでした。ところがチェロを弾いてみて分かったのです。歌というのはヴィヴラートがかけられるかどうかというよりも、ミとシのようにそのメロディーの背景となっている和声の流れに沿って自在に自然に音のピッチ(高低)を変えられることで生まれるのではないかということを。

もう少し説明が必要でしょう。整数比から求めた自然な音程を純正音程と呼びますが、平均律のミとシは純正音程より高いのです。ところが、例えばですが和音がドミナント⇒トニックと行く場合のシ⇒ドというメロディのシはチェロならある場面では平均律より高めにとってその和音の流れをより強調したり感情をこめたり聴き手に予感させたりという高度な技が発揮できるのです。そうやって「旋律に感情を乗せる」、つまり歌うことができるのです。ここで書いている「歌う」とは、僕の感覚でいえば「和声に深く共感する」もっと露骨にいえば「それにエクスタシーを感じる」ぐらいに書いてしまっていいでしょう。

つまり、この2音を高くとったり低くとったりで、平均律楽器には真似のできない微妙な感情表現、こころの移ろい、切々と訴える人間らしさや恋心のようなものを表現できる。これが「歌」と言われているものの大きな要素となっている感じがするのです。それができるから弦楽器は熱く歌えます。そしてピアノはこの表現手段を決定的に欠いています。だから弦楽器ができる歌というものを単音楽器のピアノができるということはないのです。「良く歌っているピアノ」というのはあたかも奏者がそうしたいという気持ちが明白でそれが聴衆に伝播している状態を第3者が描写したということにすぎず、物理的にはそれがレガートであれ音の連鎖の漸強漸弱であれ、音高(ピッチ)のズレというものには到底かなわないものだと言うしかありません。そのためにピアノ音楽は「ピアニスティック」と後世に呼ばれることになる表現方法を獲得して進化しました。人工音階は人工なりに独自の美があるのであり、それに初めて気がついてそのエッセンス、結晶を抽出した人がショパンだったといっても大きくは間違っていないと思います。

もうひとつ加えますと、モーツァルトは自身がヴァイオリン、ヴィオラの名手でもあり、常に歌手の声を念頭に作曲していたと思われます。ピアニストでもあった彼はもちろん僕が気づいたようなピアノで書く平均律メロディの限界、調性や和声変化に則してメロディの構成音をズラすことができない限界を知っていたはずです。早くにピアノ協奏曲の筆を折ってオペラに集中した理由はここにある気がいたします。これは終生ピアノで思考していたベートーベンとは対照的であり、彼には管弦楽スコアですらピアノ的に発想して書いたような部分があります。ベートーベンがモーツァルトと違って旋律の美しさではなく音楽の構築性を主眼に作曲し、声楽には目立った成果がない理由はそこにあるかもしれません。彼の交響曲のピアノ版はそのままピアノソナタとして聴けますが、モーツァルトのそれは異質なものとして響くのです。

話が飛びましたが、その平均律でミとシを覚えていた僕がサンサーンスの「白鳥」を弾くと、このメロディーがト長調でドーシーミーラーソードー・・・でいきなりシとミがあって、それをちょっと高めにとってしまう感じ。ピアノとはそれで合うんですが、どうもチェロとしては違うんじゃないのという気がだんだんしてきて、これが何度弾いても気にいらないのです。美しくない。ユリア・フィッシャーの「音程の良さ」を上記のブログに書きましたが、彼女の耳の良さはあれだけピアノで平均律の音楽をしていながら、ヴァイオリンを持つと弦楽器世界の音階、音程で鳴らすことができる、そういうことへの賛辞のつもりでした。

そのブログを読み返していて思い出した演奏家がもう一人います。庄司紗矢香さんです。この人のヴァイオリンは非常に不思議で、音があるべき高さでピタッと収まるという意味では音程はあまり良くありません。ところが音楽には説得力があるのです。こういうミとシの取り方が僕はしたかったのかもしれないと思います。ヴァイオリンという楽器の世界の内部で音程、音階が自己完結していて、オーケストラの独奏部として溶け込むというよりも「別個の小宇宙」を作っている感じとでもいいますか、次の和音へ向けて音を取っているので鳴っている時点で合っていないというか・・・感覚の問題でうまい言葉が見つかりませんが。

論より証拠、youtubeで聴いてください。まずチャイコフスキーから。いかがでしょう?素晴らしい演奏です。

ユリアとは全く別の美点が彼女のこの演奏にはあるのです。それはソロ楽器としてのヴァイオリンという楽器がもっている他のどの楽器にもない特質、つまり聴き手の感情をばらばらにかき乱して熱く訴えかける力を強く感じさせる点です。それは例えばG線の激してねばりのある鳴らし方や高音部の陶酔感のある歌、そして汚い音になることに頓着もないボウイングは時に激してごしごしした感じなのですが、それらがぐいぐい心に入ってくる。テミルカーノフも彼女の「濃い演奏」にのせられています。

ユリアは器楽的であり彼女の弾き方で立派なカルテットや合奏団ができますが、庄司はプリマドンナの集まりが合唱団にはならないように、そういうイメージがもてません。この楽器のソロだけが発揮できて合奏にすると消えてしまうもの。そういう魔性があるのです。彼女が優勝したのがパガニーニ・コンクールというのもうなずけます。第2楽章のヴィヴラートのきいた中音部の歌など、けっして僕の好きなタイプではないのですが、ここまで思い切り歌われると魅力に押し切られますね。お茶漬け風味の多い日本人には非常に珍しい、こってり系の強い個性を持った人です。

今度はブラームスです。これもyoutubeにあります。こんなに歌いまくって熱くて骨太のブラームスも珍しい。ここでも音程をはじめとする細部のアーティスティック・インプレッションはユリアより落ちます。しかし彼女は軽率に弾き飛ばして音をはずしている凡庸の奏者と違い、強い共感とパッションが先に立って一音一音に魂がこもっているのが表情から見てとれます。第1楽章カデンツァから終結までの魂が天に上るような恍惚のドラマ!涙が出ました。重音でも歌って歌って粘り気のある音で押しまくります。こぎれいでピッチの合った音を出そうなどという策は一切なく体当たりの真剣勝負。実に見事です。アラン・ギルバートという指揮者もいいですね。北ドイツの頑固者の集まりみたいなオケが心服していい音楽をつけていることも注目です。日本の女の子が彼らを向こうに回して堂々の立ち回り。あっぱれです。何人が弾こうとこれは天下に誇れる最高のブラームスですね。

(こちらもどうぞ)

ブラームス ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品77

 

 

 

 

 

クラシック徒然草-ブルックナーを振れる指揮者は?-

2014 FEB 14 11:11:37 am by 東 賢太郎

前回ブルックナーについて書かせていただきました。後期ロマン派としてなぜかブルックナーとマーラーは対比されるのが常ですが、この2人に何か精神的な基盤となる共通項を見出すことは大変に困難です。僕にとってブルックナーは人生に不可欠ですが、マーラーはもう一生聞かせないと神様に取り上げられてもあまり悔いはございません。食わず嫌いではなく全曲を真剣に聴いてきた結果そういう結論に至っているのでご容赦いただくしかありません。マーラーファンの方は、きっとお怒りを感じると思われますので、以下はなにとぞお読みならないようお願いいたします。

また本稿が何らかの宗教的な意味合いやアンティ・セミティズムのようなものから発しているわけではなく、また他人様の趣味に意見しようというものでも毛頭ないことを最初にお断りしておきます。僕が「マーラーは嫌いです、まったく聞きません」というとたいがい「ではブルックナーも?」とくる、たぶん日本人だけが持っている大きな勘違い。それがテーマです。前稿に書きました「ちゃんとしたブルックナー」とは何か?「どの指揮者がそれを振れるのか」?という僕なりの見解を述べることです。

ですから、大変申し訳ないのですが、マーラーもブルックナーも同じだけ好きだという方が、マーラーはともかくブルックナーの方をどう聴いておられるのか僕にはちょっと想像がつきません。僕のイメージでは、ブルックナーは宗教画、風景画、静物画であるのに対し、マーラーは人物画、さらに言えば自画像、時にカリカチュアですらあります。同じ美術館の同じ時代の一画にはあっても、同じ部屋に並べられると違和感がぬぐえません。

鑑賞する方はさておきましょう。さらに申し訳ないのですが、本質的にマーラー指揮者である音楽家がブルックナーを振っていると、まがい物かレコード会社のイエスマンではないかという風に僕は見えてしまうのです。マーラーに徹していればよかったのに何の因縁か振ってしまったバーンスタイン、ショルティ。悪くないのもあるがワルター、マゼール、インバル、クーベリック、アバド、シノーポリ、ノイマン、テンシュテットもやめておいた方が評判を損ねなかったでしょう。ブーレーズにいたっては何を勘違いしたのか意味不明です。聴けるのはジュリーニ、クレンペラー、べイヌム、ハイティンク、シャイーですが後者3人はやはり ACOというオケの美質に多くを負っています。

ブルックナーの音楽は自然のアブストラクトな表現という最も核心となる一点においてマーラーとは遠くシベリウスによほど近いのであって、ブルックナーにあってシベリウスにないのは神という視点のみです。しかし、自然は神が造った万物であるというのがキリスト教ですから、そこに三位一体の中間に立つ人間という存在が介入しないのは同じことなのです。ところがマーラーというのは真逆であって、神と自然が欠落して人間のみが出てくる。しかも勘弁してほしいことにその人間は彼自身であるのです。ご異論があれば、上記の勘違い組の中でシベリウスをまともに振れる人を挙げられますか?バーンスタインはそこでも異質。唯一、若いころのマゼールが例外なだけです。

つまりブルックナー、マーラーとは完全に補集合的存在であって、たまたま近い年代のウィーンで時を過ごしただけのこの両者が「同一の精神領域」に存在すると感じること、つまり両方を演奏したり共感を持って聴いたりすることは僕にはまったく考えられません。マーラーの2、6、7など私小説かつ自画像の陳列であって、彼という人間になんの共感も持てない僕には聴くのが苦痛でしかありません。その自画像がR・シュトラウスの英雄の生涯などという見るからにチープなフレームではなく一見立派な金縁の「交響曲」というフレームに収まっている、いや確信犯的にそこに収めている手管がまた嫌なのです。チャイコフスキーも悲愴という私小説を書きましたが、それは交響曲である前に強烈な自殺メッセージであり、彼の自慢の髭面を四六時中眺めさせられる拷問ではありません。個人の好き嫌いを書いて大変申し訳ありませんが。

上記のリストに挙げなかったのがカラヤンです。誰の何のウンチクだか知りませんが、unnamed (51)カラヤンをけなすのが通だと勘違いしている人が際立って多いのがわが国音楽界の顕著な特徴です。僕は彼の57年録音(EMI)のブルックナー8番(右が買ったLP)を高く評価しています。これはおそらく彼のBPOデビュー近辺の録音で、そんな大事な1枚に当時は欧米でも通しか聴かなかった売れそうもない8番を持ってくる指揮者がどこにいたでしょう。カラヤンけなし派の方々は彼のシベリウスの4、6番という大変な名演をどう評価しているのでしょうか。2番はフィルハーモニアOへのお義理で録音だけして実演ではやらなかった彼が4、6番をじっくり研究した、そういう趣味と耳と読譜力とオケを率いる技量を持った指揮者をけなすのが通という人たちが一体何の通なのかさっぱり理解できません。そして、述べたようにシベリウスとブルックナーは遠くないのです。

カラヤンはマーラーを4、5、6、9、大地と振っていますが4、9、大地の3つは音響プロデューサーではなく芸術家としての彼の資質をよく表わした選曲と思います。ブルックナーは全曲録音した彼が1~3、7、8をやらなかったのはそもそも作曲家に共感がなかったからでしょう。DGに進出して自分の縄張りであるベートーベン、ブラームスに侵食してきたバーンスタインを彼は意識していたそうで、その逆襲ぐらいのものだったのではないでしょうか。バーンスタインの手垢がついたショスタコーヴィチ5番を振らなかったのも意識があったのだと思います。

unnamed (52)僕のブルックナーのレコードはそのカラヤンの8番をはじめ、コンヴィチュニーの7番、クナッパーツブッシュの5番(右)、ワルターの4番、マタチッチの9番、ヨッフムの6番が大学時代に買ったものです。このクナの5番はシャルク版というひどいカットがあるものなのでもう聴いていませんが、演奏は非常に良くていい入門になりました。

5番は最も好きで、前回書いたヨッフム盤に加えて、カール・シューリヒトが1963年2月24日にウィーン・フィルを振った楽友協会ライブ、ルドルフ・ケンぺがミュンヘン・フィルハーモニーを振ったもの、ギュンター・ヴァントがケルン放送交響楽団を振っunnamed (53)たもの、エドゥアルド・ファン・べイヌムがコンセルトヘボウを振ったものが好きでよく取り出して聴いています。LPで非常に感心したのがハンス・ロスバウドが南西ドイツ放送交響楽団を振った7番(右)です。この物々しくなさ、軽さ、速さはユニークでこんなにどろどろしない7番も珍しい。しかし見事にツボをおさえていてちゃんとこの曲を聴いた満足感を与えてくれる、これぞ通好みの演奏でしょう。

これまた日本の「通」がほぼ無視しているのがバレンボイムです。彼はシカゴとベルリンで2度も全集を入れていますが僕は評価しています。フィラデルフィアで彼が僕の嫌いなリストのソナタを弾くのを聴いたことがあって、これが一生の記憶に残る名演でした。テクニックのひけらかしは皆無でテンポの遅い部分が語りかける。曲のイメージが一新しました。バッハの平均律(CD)も表面の美観ではなくあの時のリストに似た深い沈静感が彼の美質なのだとわかります。それはブルックナーに適合した美質でもあります。彼はユダヤ人ですが、ユダヤ人が振るマーラーをステレオタイプ思考で誉める傾向にあるお国もの好きの日本の評論家からすると、その彼が振るブルックナーというのは収まりどころがないのかなと見えます。そういう御仁たちのつまらないウンチクなどお忘れになった方がいい。ちなみにバレンボイムは日本人にはブルックナーはわからないという意味の発言をしたそうですが、これはメニューインの田園交響曲発言と同じで、そうかもしれないと思ってしまいます。

こうして書き出すときりがありません。日本で神格化され「ブルックナー大権現」と化しているクナやシューリヒトや朝比奈を今さら論じるのも時間の無駄ですから、ここでは評価していない指揮者、評価されてもいい指揮者だけにしました。僕が「ちゃんとしたブルックナー」として聴いているものがどういうものか片鱗だけでもご理解いただければ幸いです。各曲ごとの「各論」はいずれ書いて行こうと思います。

最後にブルックナーの版の問題について一言。これは曲によりますが非常に差が大きく、原典版の場合別の曲というほど違うこともざらにあります。しかし僕は前回書きましたが、作曲者自身がそれに寛容だった背景と思想から、ベートーベンのベーレンライター版の是非論とは全く反対にあまり版にはこだわらず聴くことをお薦めします。せっかく良い雰囲気を体感させてくれている指揮者に対して、シンバルの一打ちがあったかなかったかのような些末なことで評価を変えてしまうようなことはブルックナー鑑賞の本筋を大きくはずれています。別に「正しい版」があるわけではないのです。そういうウンチク好きのマニア向けマーケットはクラシックでは大事ですが、古楽器演奏がはやったのと同じ商業的動機を強く感じてしまいます。どの版を選んだかとか、誰も演奏したことのない版を探してきてやってみせるみたいなことよりも、「ちゃんとした演奏をできるかどうか」の一点の方がよほど大事で、ブルックナー演奏の本質探究はそこだけでよろしいかと僕は思います。

 

(追記、2月3日)

その問題はオリジナル楽器で春の祭典をやりましたのようなものにまで波及していて、いくつかそういう「祭典」を買って聴きましたが実に本質を外れたつまらない演奏であって、原節子や吉永小百合の「そっくりさん」が往時の彼女らの映画の役を演じたリメイク画像のようなもん。アホらしくてすぐ捨ててしまった。音楽の王道ど真ん中のブーレーズ盤に正面から対抗できないことを自ら告白するようなものだ。アーチストとして二流ですね。

(追記、2月24日)

ブルックナー交響曲第8番について

8番を書かずに終わってしまったのでやや悔いがあり、演奏のことだけでも書いておきたい。8番はフィラデルフィア管弦楽団定期演奏会でスクロヴァチェフスキー指揮の強烈な洗礼を受け(1983年10月28日だった)、まったく特別な曲となった。ずっとのちに東京でMr.S指揮/読響(02年)も聴いたがあれと比べてしまうので感銘は大したことはなく、これより尾高忠明/N響(07年)が良かった。フランクフルトのアルテオーパーで聴いたギュンター・ヴァント/NDR響も印象に残っている。曲を知ったのは大学時代に買った上記カラヤン盤。CDで感銘を受けた筆頭はシューリヒト/VPO盤だが、この語り尽くされた名演に僕が加えることは何もないだろう。90年にニューヨークで買ったクナッパーツブッシュ盤はよくきいたが録音に深みがなくもったいない。

ウィルヘルム・フルトヴェングラー /  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(49年3月15日、ベルリン、ティタニア・パラストでのライブ)

51Mo460HXgL__SL160_僕はフルトヴェングラーのブルックナーは好きでない。この演奏もコーダのアッチェレランド、ティンパニの不可解な爆発、ハース版とあるが一概にいいきれないなど認容しがたいもの続出なのだが、それでも彼が聴衆の心をわしづかみにしたのはこういうことだと示す好例がこのライブなのだ。この前日(14日)に放送用録音がありEMIから出ているが、圧倒的にこれだ。僕は彼がピアニストだったらといつも思う。ハンマークラヴィールソナタやさすらい人幻想曲や交響的練習曲などぜひ聴いてみたいし、そう思わせる指揮者は他に浮かばない。彼の視座は常にマクロにあって帰納的で、ミクロから演繹する人と対極にあるのが最大の特徴であり、それが彼を今に至るまでオンリーワンにしている。凄いことだ。大発明は帰納法的に発想され演繹的に証明されるのだ。この終楽章の加速は何だ?といぶかるのはミクロの次元の話で、8番の鳥瞰図ではそれでピタリとはまるのかもしれないと思わされてしまう。スコアを広げてそれを眼から俯瞰できるのは天賦の才であって凡人は知ってから気づく。現にこれを知ってしまった凡人の僕にはスコアの方が違うとみえてしまう(そんな筈ないだろ・・・)。ブラームス1番と並んでそうなってしまった罪作りな演奏であり、嫌いだと言っているそばから自分も信者なのではと不安になってくる。写真のSACDも買ってみたが、もともとフルトヴェングラーのライブではトップクラスの良い録音であり僕の装置ではそうご利益も感じない、好き好きだろう。

カルロ・マリア・ジュリーニ /  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ジュリーニの残した数々の名盤の中でも1,2を争うものと思う。ノヴァーク版はあまり好きでないし、第1楽章の金管は音程がずれたりVPOならではのアバウトさがあるが、この極上・究極の管弦のブレンドとジュリーニの打ち立てる盤石のフォルムの前にはどうでもよくなってしまう。押しても引いてもびくともしないとはこのことだ。ホルンとチェロの合奏の綾など音楽演奏の媚薬とすら感じる。ワインでいうならペトリュスの82年がこうだった。美味だけでない、美に梃子でも動かぬフォルムがあるのだ。ムジークフェラインで正月に聴いた実物のVPOもここまででなかったのだから録音の美なのか?それを用いて一切あわてず騒がずのテンポとバランスで建築していくのだが、こんなに綺麗でいいのということにならないのがジュリーニなのだ。何度も書く「フォルム」、構造でもカタチでも形式でもない、うまい日本語がないこの言葉、彼の指揮芸術の根幹をなすそれをお感じになって欲しい。こんな指揮者もいなくなってしまった。

(補遺、3月14日)

エドゥアルド・ファン・べイヌム / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

622こういう8番を好まない人は多いかもしれない。長大な8番というとやたらと意味深げに構えて、偉大なるスピリチュアル・イベントでございといった雰囲気の演奏が横行するが、そういう皮相な解釈をあざ笑うかのようにこれはスコア(ハース版と思われる)を直截的に音楽的に鳴らすだけの直球勝負だ。実に小気味よい。スケルツォはきっぷの良い江戸っ子の啖呵のようで豪快、全体にさっぱり系でメリハリあるリズムと推進力に圧倒され、アダージョは辛気臭さが皆無で純音楽美をひたすら追求。僕の最も好きな演奏の一つ。

 ヨゼフ/カイルベルト / ケルン放送交響楽団

400 1966年11月4日、カイルベルトが最後に振った8番の記録。彼ほど音楽を巨視的視点からとらえ、聴き手を納得させられた人は少ない。それはブラームス2番の稿に書いたことだ。20世紀初頭のオーケストラはこう響いていたのかという音。フルトヴェングラーのように異形を演じることなく自然な造りでそれを成し遂げるのは伝統という言葉の真の意味を開陳する。8番としてはずいぶんあっさり聞こえるが、要所を知り尽くし、十分なクラリティのステレオ録音で内声まで浮き彫りにするそれは、ドイツ人のブルックナーの良識と感じる。

ブルックナー 交響曲第8番ハ短調

クレンペラーのブルックナー8番について

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

ブルックナー交響曲第7番ホ長調

 

(こちらもどうぞ)

ブルックナーとオランダとの不思議な縁

 ブルックナー交響曲第9番ニ短調

 

 

 

クラシック徒然草-小澤征爾さんの思い出-

2014 JAN 20 17:17:36 pm by 東 賢太郎

大学4年だった僕は半分遊び、半分英語の勉強でアメリカは東部のカナダに近くにあるバッファロー大学の夏季講習に参加した。別に何のためということもなく、最後の夏休みだしまったくの好奇心だった。ちょうどそのころ50をこえて外国銀行へ出た親父に英語だけはやっておけと口酸っぱく言われたのも影響したと思う。1か月ぐらいいたアメリカは楽しかった。渡米は2回目だったが最初は西海岸を車で1700km突っ走る無鉄砲旅行だけであり、東海岸、特にニューヨークへ行ってアメリカの大学を見てみたかった。その後にペンシルバニア大学で修士号を取ることになるなど夢にも思っていなかったが、この時にすでにそういう思いがあったから野村證券が企業派遣留学生に選んでくれたと思う。この時何も聞かずにポンと金を出してくれた親父のおかげだ。思えば他愛のない英語の授業をうけていたわけだが、まがりなりにも学生証をもらって米国の大学にいるというだけで気分がうきうきした。時間が無限のようにあったのだ、あの頃は。

今は知らないが当時の東大法学部生でそんなのに一人で参加する奴はまずいなかった。だからアメリカに興味を持ったあたりから僕はあそこの卒業生としては異色の道に進む定めになったと思う。学外の人と接することもあまりなかったので20人ぐらいいた他校生からは珍重はされるが敬遠もされるものだということを初めて知り、こちらから進んで飲みニュケーションに徹して仲良くしてもらった。こんなことでも証券業界に入るとやっておいてよかったと思えるようになる。みんなでナイヤガラの滝からトロントへ行ったり、ボストン、ニューヨークへも旅行した。もうすっかり溶け込んでいた。エンパイアステートビルやロックフェラーセンタービルに上ったのはそれが初めてだ。すべてがカルチャーショックだ。こんなのと戦争しちゃあいかん、凄いなあと思った。

ボストン郊外のタングルウッドでは小澤征爾さんとボストン交響楽団を聴いた。いま日経新聞で私の履歴書を連載されている。好きなことにものおじせず挑戦して勝ち抜かれた姿は実にすがすがしい。スクーターでやってきた何の実績もない日本人の若僧がブザンソン・コンクールで優勝してしまうのもすごいが、それをちゃんと認める欧米人もいいなと思う。それが誰か?ではなく能力だけを別個に評価する。実力はどうか?よりもそれが誰かを先に見てしまう日本とは大違いだ。日本が一番ダメなのはそれである。まじめに努力してどうしてもやりたいやらせろと言う若者に対して、日本はともかく、世界の門戸は開かれているのだということを教えてくれる。彼は英語もできずpieをパイとも読めずに外国へ飛び出していったのだ。もういいトシの僕ですらいま勇気をいただいているところだ。若い人は是が非でも小澤さんの私の履歴書を読むべきである。

さて、タングルウッドだ。ここは野外音楽堂でボストンSOがサマーコンサートをやっている。ボストン・ポップスという名でやっている。ちなみに「そりすべり」のルロイ・アンダーソンもそれを振っていた。その後継者が僕がクラシック入門したレコードの指揮者アーサー・フィードラーだ。だから一度は行ってみたい憧れの場所だったのだが何せ野外だから音響は良いはずもなく、こういうところでクラシック音楽をやってしまうのがいかにもアメリカだと思った。でもみんな寝っころがったりそれぞれの格好で楽しんでいる。何はともあれ音楽が好きな人たちが集まっているのはよくわかり、やがて気持ちよくその一員になった。曲目は後半が何だったか忘れたが、前半にチェコの名ピアニスト、ルドルフ・フィルクシュニーが出てきてモーツァルトの協奏曲24番をやった。フィルクシュニーは亡くなったが今でもCDを見つければ全部買うぐらい大好きなピアニストである。24番も当時から好きな曲であり嬉しかったが、どういうわけかピアノのキーがひとつおかしな音を出して、残念ながらそれが気になってしまうともう楽しめなかった。

小澤征爾さんを見かけたのは、その1か月が終わってボストンから日本へ帰る飛行機の中だった。トイレに立ったら通路側の座席によく似た人がいて、本を開いたまま眠っていた。エコノミークラスだしラフな格好だったのでまさかと思ったが、Tシャツに大きくBoston Symphony Orchestraと書いてあった。それで目を覚まされたときにおそるおそる話しかけてみたら、小澤さんだった。何を話したかよく覚えていないが、自己紹介したところこっちに来てみてどんなだったと逆にいろいろ聞かれた。音楽のことはあまり話さず先日のコンサートのこと、東京ではドヴォルジャック(そう発音された)のスターバト・マーテルをやる予定であれは有名でないがいい曲ですよなどだ。英語の辞書にサインをいただいた。それだけのことだが、23歳だった僕にとっては人生で初めてお話をさせていただいたビッグネームであり、偉いかたは謙虚なんだと心に焼きついた。結局その1か月何を特別にしたわけでもないが、若いときの外国の経験というのは学校の勉強より後々に残ると今になって思う。勉強はほったらかしだった劣等生のいいわけだが。

 

 

クラシック徒然草 -日曜日の朝の音楽-

2014 JAN 19 11:11:47 am by 東 賢太郎

カーテンの隙間から柔らかい朝日がさしこむ冬の日曜日の朝。何をするでもなくくつろいでコーヒーを飲みながら・・・・

そんな朝に居間で小さめの音で流そうというクラシックはなんですか?

まずはお決まりのこれでしょう。グリーグのペールギュント組曲から「朝の気分」。まさにぴったりですね。

僕の定番はこれです。モーツァルトのフルート四重奏曲第1番ニ長調K.285より第1楽章アレグロです。

デボストこのYoutubeはフランスの名フルーティスト、ミシェル・デボストとフランス弦楽三重奏団の名演です。華があり高雅でさわやか!当曲最高の名演のひとつです。モーツァルトでのお目覚め、いかがですか。第2楽章の悲しげな旋律が止まって不意に第3楽章に 入った瞬間、ぱっと世界が眩い光に輝いて見える魔法のような音楽をじっくり味わって下さい。こんな芸当、ほかの誰ができるでしょう。CDは右のものです。

 

これも朝にいいですよ。ドビッシーの映像第1集から「水に映る影」です。実はこれ、なんということか鳥取の一泊6千円のなんてことないビジネスホテルで朝飯の時に流れていて、何というハイセンス!!と驚嘆したわけです。朝用のCDにたまたま入っていたんでしょうが・・・。Youtubeで見つけたこのユージン・イストミンの演奏、いやあ、いいですねえ。CDなさそうですが、これ欲しいです。

最後にこれです。フランスはプロヴァンス生まれのダリウス・ミヨーの交響曲第1番の第1楽章パストラルです。フランス6人組のひとりミヨーに作曲を習ったのが「雨にぬれても」や「アルフィー」の作曲で有名なバート・バカラックですね。

僕の場合 この曲で起こしていただけると嬉しいです。

 

クラシック徒然草-「つぐない」はモーツァルトでもあった-

2014 JAN 17 15:15:50 pm by 東 賢太郎

ピアノ協奏曲20番のことを書こうと、第1楽章をおさらいした。

さていよいよピアノ様のご登場。

これだ。

20番

 

 

 

 

あれ! 手が止まった

まど~ににし~びが~

ではないか・・・しかもニ短調(Dm)だし・・・

こう書いちゃったが・・・

テレサ・テン「つぐない」はブラームス交響曲4番である

おそれいりました

もういちど「つぐない」をプレイバックしてみる

すると、な、なんということだ・・・・またあったぞ

カデンツァべーとーべん

 

昨日のブログに書いた箇所だ。

最後の方に2度繰り返される、バスが「悪魔の音程」増4度の降下をするE♭、A、Dmの和声連結などは・・・・

これはベートーベンさんのカデンツァだと思ってたら

あすはた~にんどうしに~

の和音じゃないの

コナン

 

(推理)・・・・

オーグメントを導くcis(C#)が犯人でした

「つぐない」 おそるべしです。

 

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