Sonar Members Club No.1

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柳田悠岐のことば

2016 JUL 7 19:19:43 pm by 東 賢太郎

「高校野球」と聞いて思い浮かぶ言葉は「がまん」です

(福岡ソフトバンクホークス・柳田悠岐)

いま気になってるプロ野球選手が何人かいます。この柳田、ヤクルトの山田、広島の鈴木 誠也などです。彼らを見るために球場にいきたい、そのぐらい。山田、鈴木は本領発揮してますが、柳田がのりきれてないですね。彼は性格もきっといい奴と思うんで、応援してます。

柳田は中3で170センチ58キロだったそうで、これは僕とおんなじであり、広商でも2年までスタンド応援だったと知って意外でした。そこから188センチまでのびて3番を打つまでにはなったようですが大学は東京の名門校のセレクションに落ちたそうです。この挫折がいいなあ。いきなりエリートじゃなかったのが野球劣等生でおわった男の琴線にふれます。

広商というと忘れられないのが広商野球部でエースだった先輩に受けてもらって、とにかくリードがすごくて魔術みたいに三振とれて1安打完封したことです。素人相手とはいえああいうことはそれきりでキツネにつままれた感じが残っています。広商ブランドのリードでしたね。そのレベル、柳田でも苦労したんでしょうか、しかし、そんなに苦労しても激戦区広島で彼は甲子園に出られなかったのです。

高校野球はがまん。PL出身の選手はみんな「プロの練習なんか」って言ってますね。昨今は体育会がパワハラの巣窟のイメージになってますが、ノンポリでやってた僕らでさえ一生残る心の支えになってます。子供のころに何でも結構ですがしんどいがまん体験は大きなブラスになると思います。パワハラとかばってしまうか、自分ではねかえして原動力にするかです。僕はあんまりできなかった勉強もがまんが必要でしたが、それができたのは野球で挫折したうっぷん晴らしだったからです。

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なんか変だなと思ったら(情報と諜報)

2016 JUL 6 13:13:24 pm by 東 賢太郎

電車の優先席にこう書いてあるのをお気づきでしょうか?

expecting mother

妙だと感じたことありませんか?絵を見ると明らかに妊婦という意味ですが、

どうして  expecting woman  でないのだろう?

とですね。

expecting-mothers-parking-sign-k-4182

expecting は「妊娠している」(expecting a baby)という意味で、学校的には現在分詞の形容詞的用法。exciting game なんかとおんなじです。だから

妊娠している母

と書いてあるわけです。

なんだ、それ? 子連れの妊婦か?

こういうことがいちいち変だ、気になる、と思うと英語はできるようになります(いや、国語も数学も)。

そこでこうなります。

いやちがう、子連れでないと妊婦を座らせませんというのは趣旨でない

とすると必然的に、

「妊婦」=「母」ということになるのです

そう理解するしかない。妊婦というのは「妊」娠した「婦」人です。これが我々の理解。まだ生まれてないでしょ、だから母は変でしょ、と思う。

そこで調べてみてください。

カトリック教会は胎児は受精後直ちに人間になるであるとの見解(wikipedia)

という事実が見つかります。なるほど、おなかにいるのはもう人間であり、したがって baby であり、ということは宿している女性のほうは mother とする以外にあり得ないではないですか。

ちなみに、この「もう人間だ」という考え方は法律に反映していて、我が国では胎児は刑法上は人ではありませんから人工中絶ができますが、カトリックでは胎児が人間だから人工中絶は殺人罪(堕胎罪)なのです。

電車の expecting mother ひとつでそんなことまで学べてしまいます。こうやって考えて腑に落ちた知識は諜報になります。

しかし、こういうことを我々のほとんどの人は学校で、

「expecting mother の意味は妊婦」(丸暗記)

「カトリックでは人工中絶はできない」(丸暗記)

で終わってます。赤線ひいて丸暗記、丸暗記、何も考えてない。丸暗記した知識は「情報」です。情報量であなたは機械(コンピューター)に勝つことは不可能ですから、丸暗記人間はやがて無価値になります。給料もらえなくなります。知識だけで大学に入れますが、やがてそんな大学ごと無価値になります。

これから皆さんは諜報(インテリジェンス)を持たなくてはいけません。それにはどんなことでも、なんか変だなと思ったら、

WHY ?

ですね、自分の頭で考えるくせをつけることです。

 

僕の教育法

 

 

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二期会のドン・ジョバンニを聴く

2016 JUL 5 1:01:05 am by 東 賢太郎

昨日はサントリーホールにて、ドンジョバンニを。小ホールで聞くのもピアノ伴奏というのも(そこまでオペラに通じているわけではないので)初めてでした。

たまたまご縁あっての鑑賞でしたが、ホールの声の通りがよくオケの音量に消されることもなく、とてもよかったです。唯一、地獄落ちの場面だけはオケがほしいなと感じましたが。

歌手の皆さん、意気込みが感じられて楽しみました。個人的なモーツァルトの歌劇ランキングでは①魔笛②ドン・ジョバンニ③フィガロ④コシ・・・という具合。②は思い入れがありますが指揮と歌手のマッチングが難しいオペラで演奏にもより、②③④は僅差です。

ドン・ジョバンニは2065人の女性を手にかけた放蕩者ですが下衆のスケベ野郎ではない。貴族です。このオペラが発表されたのは1787年、まさしくフランス革命前夜なのです。つまり②も③と同じく貴族糾弾・反体制オペラというのが私見です。

お上の悪事を暴く。それも効果的に嫉妬をあおれるセックススキャンダルです。しかも「悪代官が村娘に手を出す」、これはわが時代劇でも定番なほど万国共通、実にわかりやすい勧善懲悪の構図じゃないですか。週刊文春にはなれないのでダ・ポンテとつるんで「ほのめかし」作戦で行ったものと解釈しております。

一発目の③はウィーンでは貴族に警戒されたが辺境都市のプラハでは大喝采となりました。二発目の②はその2匹目のドジョウとしてプラハの劇場に依頼された作品なのだから同じ路線と解釈するのは自然でしょう。③で懲悪するのは奥方でしたが、それでも危なかった。そこで②では石像です。神仏だから仕方ないでしょ?天罰ですよとほのめかして逃げたのでは。

モーツァルトは同作をドラマ・ジョコーソと呼んでおります。まじめなドラマ(悲劇)+喜劇(ジョコーソ)です。復讐に燃えるドンナ・アンナ、騎士長がメインラインで悲劇を構成するわけですが、まじめ一点張りでは「ほのめかし」作戦にはなりません。

だからこの曲のキャスティングは喜劇、遊びの側面、つまり人間くささという面で「思いっきりワルっぽい」が「女が靡くのは仕方ない納得の男ぶり」のジョバンニ、捨てられたのに一途に純真で改悛までせまるドンナ・エルヴィーラ、自分の結婚式の最中にドン・ジョヴァンニに口説かれてその気になるお色気村娘ツェルリーナが緩衝材となっていなす。ここははずせないと考えてます。

そのなかでも難しいのはジョヴァンニの従者レポレッロで、親方の放蕩に愛想がつきているのにカネと女のおこぼれをエサにずるずる使われてしまい、狂言回しかと思えば身代わり役にもなってはらはらさせて笑わせる。すごく人間くさいのです。だから性格俳優的な役かというと、大事なアリアが3つもあります。

まずジョバンニの宮本益光さん、お見事、良かったです。そしてレポレッロの池田直樹さん、声も演技も存在感抜群。要の役を堪能させていただきました。それからモーツァルトのオペラというのはアンサンブルが命で皆さん良かったです(ドンナ・アンナの針生美智子さんの高音は声質、ピッチが記憶に残りました)。

とくに第一幕の終結のアンサンブルは感動!完全にモーツァルト界に引きこまれ打ちのめされました。ピアノもよろしかったです(お疲れさま)。皆さん、ありがとうございました。

 
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椅子取りゲームはおしまい

2016 JUL 4 18:18:54 pm by 東 賢太郎

いまは運勢停滞期らしいので船は漕がず舵も切らないでいますが、面白いもので、そうしていると気がつくことも出てきます。

こういうのを書きました。ここに僕の考える根本原理は集約しています。

シンプルな結論です。世界デフレの「大きな波動」にさからわないように生きる。僕に限らず、当面の運勢にも限らず、それがこれからの道のように思います。それで幸せになるかどうかはわかりませんが、みなさん平穏無事に生きていかなくてはいけません。

たとえば有権者や株主というのは「群衆」です。どんどんそうなります。群衆は頭で考えません。胃袋で考えます。ドングリが減るとクマが人と出会うようになる、それと一緒です。だからといってクマを批判してもあたりません。

飢えた群衆様のご機嫌を取りながら「漕ぐこと」を職業とするのは大変な時代になるでしょう。漕ぐ人の数だけオオカミ少年が増えていくように思います。

長いものに巻かれよということではありません。逆です。長いものこそ危ないかもしれない。国や大企業だって潰れますから、察したら逃げるが勝ちです。そのときは全力で漕がなくてはなりません。

グローバル化という潮はひいていきます。僕自身が留学したり国際派だったりの人生を歩んで来ましたがこれは自己否定です。もうアドバンテージはありません。あるとすれば日本国を脱出しても生きていけるぐらいです。

世界人口は減ります。人類史上初。なぜなら経済成長がありません。だから仕事は増えません。子供をつくるどころか自分たちも食えません。かつての成長を永遠に続く巡航速度と見込み違いした飢餓が出ます。もう出てます。

それらは経済問題、政治問題、宗教問題として報道され、誤認されてます。そうではなく根っこは飢餓です。そういう国や地域では(報道されませんが)、半端でない餓死(病死、衰弱死)があると思います。

9-11、アフガン、チェチェン、クリミア、サブプライム、リーマン、日本化デフレ、マイナス金利、ギリシャ、テポドン、トランプ、爆買い、Brexit、ISテロ、順不同ですが思いつくものぜんぶ飢餓(ディバイド)で説明できます。根っこはひとつなのです。

庶民が富豪に成り上がるチャンスは減ります。それはそもそも起業、株、不動産しか手はありませんが、そのどの椅子とりゲームもおしまい。一攫千金はもうなし。狙っても怪我します。

職種、業種を問わずキャッシュフローをえられる職業が上という「階層」ができ、それが固定化します。これは資本家ではありません。資本家は工業製品の大量生産時代の古い概念です。ピケティは間違ってます。これは「封建領主家」とでも呼ぶべきで、公務員も含みます。ピケティ自身もご領主様なのです。

旧来の教育は雇用を保証しなくなります。キャッシュフローを生むための「手に職」がある人が雇用されるので理系卒や専門学校卒が文系卒より優位になります。手に職のない先生の就職先でしかない大学は淘汰されます。

世界で現状に不満を持つ若者が増え、治安は悪化します。テロが増えます。「チェンジ!」 だけが公約で政策がない政治家がアジテーターとして登場します。そういう国は国家ごと淘汰されます。

経済政策無能の国はますます税収の総額が減り、軍事力が劣後して国際的発言力がなくなり、世界の飢餓の波に埋没します。ということは飢餓の危機がもろに押し寄せます。憲法だけは国民が死んでも残るでしょうが。

大企業の内部留保が多すぎる、吐き出せというがそれは株主利益と対立するかもしれませんから、そうする経営者を株主は解任できます日本の大企業の株主の3割は外国人です。

それを否定して国家が命令して給与を支払わせようとするなら商法改正になります。株式会社制度の否定、資本主義の否定です。すると企業は海外に逃避します。そうしない経営者は解任されるので確実にそうなります。

株主に不利な商法の国からは投資家は逃げます。だから株は大暴落します。すると年金は破たんし国民はもっと飢餓になります。株が下がって損するのは富裕層だけではありません。トヨタも日立も日本人を大量解雇しますから従業員が被害者になります。目先の移民が嫌で離脱に投票し後で後悔する英国労働者の二の舞です。

チェンジ!であれば日本は共産主義国になるしかないかもしれません。国民がそうなりたいならばですが。世界に類例のない国として珍しがられるでしょうが、僕は家族と共に海外に逃げます。

 
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ヘンデル 「水上の音楽」(HWV348-350)

2016 JUL 3 10:10:59 am by 東 賢太郎

もうひとつ、とびきり元気が出る音楽がヘンデルの「水上の音楽」です。特に好きなのはこの第2組曲第2曲「アラ・ホーンパイプ」です。

220px-George_Frideric_Handel_by_Balthasar_Denner「水上の音楽」の来歴は愉快です。ヘンデルは1710年にドイツのハノーファー選帝侯の宮廷楽長になりました。これ、大出世であったのですがロンドンに外遊した折に宮廷から厚遇をうけて帰国命令を無視、あるまじきことにそのまま定住してしまいます。外資系に出向した日本企業の社員が、給料も待遇もいいのでそのまま移籍してしまったようなものでしょう。

ところがです、なんということか、そのハノーファー選帝侯が1714年にジョージ1世として英国に迎えられてしまったのです。不義理をした上司が移籍先の社長で来たようなもの。これは焦ったでしょう、サラリーマンの大ピンチです。

そこでヘンデルが関係修復をと作曲したのがこの曲とされ、王様が夏にテムズ川で舟遊びをするタイミングに50人の楽師を乗せた船を出して盛大に演奏したとされます。ハプニングでご機嫌を取ろうとしたのですね。1715年とされていましたがそれは確認されておらず、少なくとも17年7月17日(水)にそれがあったというのは史実です(当時の新聞Daily Courantの記事になっている)。

ロンドンに6年住みましたんでこの事件がどこで起きたかは気になります。地図をご覧ください。

water記事によると、ウォータールーブリッジのやや上流であるホワイトホール(Whitehall、上の地図の矢印)で午後8時に乗船したジョージ1世は、上げ潮にのってチェルシー(Chelsea、地図でMillbankとあるあたり)に上陸します(距離にして約2キロ)。そして午後11時に再度チェルシーで乗船し帰路につきましたが、ハプニングに喜んだ王はその往復4キロの間に少なくとも3回はこの音楽の演奏を所望しています。気に入ったんでしょう。これがその様子を想像した絵です。

watermusic1

 

 

 

 

 

 

 

 

これでサラリーマンの危機は回避できたんでしょうか。ちなみにメサイアのハレルヤ・コーラスで起立する慣例を作ったとされるジョージ2世はこの王様の息子ですが、父子の仲は悪かったから何とも言えませんね。

原曲は船上の演奏なので弦楽器はなく、ヘンデルが後から演奏会用に加えました。テームズの舟遊びは後年も行われて曲が追加され、第1組曲(ヘ長調)、第2組曲(ニ長調)、3組曲(ト長調)として分類されています。そのトータルを「全曲版」と称しますが資料は散逸して決定稿があるわけではなく、全曲に対し組曲があるというより「水上の音楽」そのものが組曲として存在しているのだという理解でよろしいように思います。

では「全曲」をジョン・エリオット・ガーディナー / イングリッシュ・バロック・ソロイスツの名演で。

 

以下、愛聴盤をご紹介します。

 

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー / ミネソタ交響楽団

51yRTmL1XNL._SS500_SS280この曲はいろんな演奏スタイルがあり、純音楽派、ロマンチック派、古楽器派、アカデミズム派、初演模倣派など百花繚乱ですが僕は純音楽派が好みです。なかでもこれは弦主体の音楽の質の高さ、品格、技量において最高峰、録音もヨーロッパ調で大変よろしいのです。初演模倣派とは対極ですが(船上で弦はなかった)、そんなアニメ的趣向を凝らさなくたって音楽が立派なんだから十分なのです。

 

ジョージ・セル / ロンドン交響楽団

51sD8rbR8xL昔から名盤として名高く何をいまさらですが、これはハーティ版で4曲しかありません。フルコースをいいとこどりでランチ定食にしたようなものですが、弦を中心に厚みあるオーケストレーションでディナーを食べた気にさせてくれます。第2曲「エア」はppを活かしてデリケートの極み。これがテムズ川で聞こえるはずはありません。ロマンチック寄りの純音楽派ですが、こちらも上記盤と同じく音楽の立派さを味わうに最適。入門用におすすめです。

ホルディ・サヴァル / ル・コンセール・デ・ナシオン

996古楽器派ならこれをよく聴きます。楽器のアーティキュレーションにずいぶんこだわりがある感じでアカデミズム派ともいえますが、学究肌の冷たさがなく、速めのテンポと強い表現意欲でメリハリある立体的な音楽を作っているのを評価。とにかく生命力があって元気をもらえます。しかも管楽器は腕達者で音程がいいですね。これならジョージ1世も3回ききたくなったろうなと、聴いていて心地よいこと請け合いの名演です。

 

 

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ハイドン 交響曲第100番ト長調「軍隊」Hob. Ⅰ:100

2016 JUL 2 8:08:37 am by 東 賢太郎

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僕がへこんだ時に頼る作曲家の最右翼はヨゼフ・ハイドンです。なんたって明るいじゃないですか。音楽が満面の笑みをたたえてます。こっちもついついのせられて笑顔になる。みなさんの周囲にもこういう人がいるのでは?

聴く人をよろこばせびっくりさせ幸せにするサービス満載なのですね。たとえばこの100番は軍隊交響曲とあだ名がありますが、第2楽章のおしまいの方にトランペットがパパパパーンと軍楽ラッパを吹き(楽譜、ハ音記号)、トライアングル、シンバル、バスドラムのはいったトルコ軍楽もどきが始まります。

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この交響曲は1793-4年にロンドンで作られ初演されたのですが、ロンドン市民にとってトルコ軍の脅威など遠国の話で、これは異国情緒のサービスだったでしょう。そういえば先般のEU問題選挙で、離脱派が「EUに加盟したらトルコ移民が押し寄せるぞ!」と脅かして、これがけっこうきいたそうな。

(余談1)

このトランペット、何かを思い出しませんか?結婚行進曲の開始のトランペットですね。メンデルスゾーンは結婚行進曲の冒頭をまったくおなじ調、同じ楽器(ハ調のトランペット)同じリズムで書いてますが偶然とは思えません。

 

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さらにはベートーベンの運命動機、マ-ラーの5番。全部ハイドンがご先祖様である可能性はあると思います。

(余談2)

100番の第2楽章は自作のこの曲の第2楽章をほぼそのまま管弦楽に編曲したものです。「2つのリラのための協奏曲ト長調」Hob. VIIh-3です。しかし原曲には軍楽隊部分がありません。比べてください。

閑話休題。

この交響曲の白眉は第3楽章メヌエットだと思います。流れるような心地よいメロディーに信じがたいほど素晴らしい内声が絡むのが何度聴いてもすばらしい。いつも笑って明るくしてくれるが、けっして下品にならない人という感じでしょうか。そして終楽章。この明るさはハイドンでも飛び切りの上機嫌だ。タカタタカタ・・・の8分の6拍子、これは上記のパパパパーンに由来しているのではないでしょうか。

 

オイゲン・ヨッフム / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

UCCG-3985_FAo_large.jpgフィラデルフィア、アムステルダム、ロンドンでヨッフムをじっくり聴ききました。弦(特に第1ヴァイオリン)のアーティキュレーションへのこだわりが徹底しており、ベートーベン7番mov4の主題で各プルトをスラー組とスタッカート組に分けて弾かせたのはびっくりしました。それが音響としてまた効果的なのです。同曲を2回別なオケで聞いてどちらもその処理だったのでCDの録音でもそうしているのではないか。それはこの100番のmov4にも感じるのです。そうして歯切れよく浮き立たせたメロディーラインに晴れやかなフルートを重ねる。これでアレグロやプレストをやるとリズムの立った敏捷性の中にも古雅な音がして大好きなのですが、それは彼がよく振ったドレスデン・シュターツカペレ、アムステルダム・コンセルㇳへボウ管、バンベルグ響の伝統の得意技なんですね。これはロンドンのオケですが、彼のマジックで見事にそうしたドイツ圏の音になってる。有無を言わさぬ名店の親方ですな。終楽章はホンモノの名演です。マーラーをアクションたっぷりにド派手に鳴らすのもいいが、こういうことがきちっとできるのが名指揮者なんです。第4楽章です。

 

モーゲンス・ウェルディケ / ウィーン国立劇場管弦楽団

47537金欠の大学時代にありがたかった千円盤。これで曲を知りました。指揮者ウェルディケ(1897-1988)はニールセンの弟子で古典、バロックに定評がありましたが、とはいえなぜデンマーク人を起用したのか?想像ですがウィーン・フィル音源を欲した米国の新興レーベルVangardが契約上やむなくということだったかもしれませんね。それがどうあれ、そうしてできた99-104番の録音はいずれも僕の大好きな演奏であり、なによりこれをおすすめする大きな要因でもあるのですが、音質も最高なのです。今きいてもオケ(実質はウィーン・フィル)の美質が満開で弦も管も実にチャーミング。世が古楽器演奏に染まる以前の遅めのテンポで、ティンパニを効かせた腰の重いグランドマナーのシンフォニーが聴けます。現代流の精緻なアンサンブルでは出ないおっとりした味は今となっては希少で僕は駄菓子屋の味を思い出す。しかし誤解のないように書くと第1楽章のコーダの堂々たる風格は見事でVPOがライブのようにのっており、第3楽章のストレスフリーで自然な気品が練り合わさった弦楽合奏からたちのぼるさまは最高。ウェルディケが只者でなかったことをうかがわせます。

至芸をお聴きください。

 

クラシック徒然草-ハイドンの交響曲の魅力-

 

 

 

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へこむと見えるもの

2016 JUL 1 8:08:28 am by 東 賢太郎

昨日はディナーでやはり疲れてますなといわれます。そりゃ3か月大凶だから頭も徹マン明けみたいに鈍いんです、大事なメールをまちがって原稿の方を送ったり。これかなりまずかったんですが、あんまりそうも思わなくなってる。

飲んで騒いではあんまり好きじゃない、といってひとりでいるのも落ち込むのでいろいろ人と会うわけですが、こっちから積極的にああだこうだというパワーはあんまりなくて受け身です。

すると、普通こっちが押しまくってしまうところなんですがけっこう押していただける。これは新鮮だなということに気づきました。そういう人間に生まれついてたら人生もっと楽だったのかなと。

50ぐらいで初めてクラス会に出てあずまくんとよばれますが、もう何十年このかたクンづけでよんでくれる女性などいないですからえらく新鮮だった、ああいう感じがあるんです。

男女問わず不思議なタッチの人というのはいて、30年たってもなんとなくいて心地よい。年齢はまったく関係なし。その後もそういう方たちはいて、いまどうしてるんだろうと、こうやってこっちが弱ると気になります。

僕みたいなあつかいにくい人間はそういう方はほぼいないんで大事にしないといけないのです、最近とくにそう思います。

 
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経営における正念場とは

2016 JUN 28 22:22:49 pm by 東 賢太郎

会社を経営するにはいろいろな判断をしなくてはなりません。毎日というわけではないですが、社員や家族の生活を背負って何かの決断をする覚悟はつねに必要です。

我々はささやかな会社ではありますが、大きな判断という局面もございます。そこで迷いをなくすために今の運勢は気になります。そこである方に四柱推命を見ていただいたところ、1,2月は好調、4月から落ちてきて5,6,7月は大凶といわれました。

大凶とは判断をするなということだそうです。自分からは動かず、周囲を慎重に見ながら大過なくすごすことのようです。

昔を思い出すのですが、野球の試合中、打たれたときに野手がマウンドに集まることがありました。そこでいろんな声をかけられますが、実はそれが嫌なんです。野手はたぶん良かれと思ってるのですが、自分はありがたくない。そういうことがありました。

それは、自分なりに全力で打者と戦ってますんで黙って見守ってほしいという気持ちだったかもしれません。すごく覚えているのは、6回か7回に味方の攻撃が終わってマウンドに登ると、プレートの穴にボールが置いてある。それを拾い上げるのが重荷だなという気持ちのことがありました。

試合がその辺になると、大体相手は3巡目なので手の内はさらしてます。こっちはというと握力が落ちていてここが正念場だ頑張るぞという感じになってます。だから自分との戦いになってます。そこには誰も入ってきてほしくない、僕の場合はそういう気持ちでいました。

今はビジネスでそういう状況にありそうです。

 
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英国人がドイツのオーケストラを振ると?

2016 JUN 27 2:02:12 am by 東 賢太郎

きのう父から電話があって、「癌が治った」らしい。去年の末に前立腺に見つかってこれはまずいということでホルモン剤の注射を3回うったのですが病院も「癌もトシよりですから」ということで様子見だったのです。

そういえば自分の健康のほうは忘れていて、体重はみごとにボトムを打って反転。腹囲もまずい。思えば今年は2回しか走っておらず、気がついたらもう半分過ぎてました。ということで天気もいいし二子玉川10キロコースへ。

途中、橋のところで猫をさがして寄り道。猫は好きな人がわかるので寄ってきて、腹を上にしてコロンとなる。しばし撫でて遊ぶ、これが効果絶大なヒーリングになるんですね。

そして、意外に問題なく完走。体は若いなとにわかに自信が出てきて、最近の相場の変調でへたってたのですが疲労が一気に吹っ飛びました。ふつう疲れるもんですが、体と心は別なんでしょうか。

途中で気のせいかもしれませんが、どこかのお家からシューベルトの即興曲・作品90-3変ト長調のメロディー?らしきシ♭ がきこえて、帰ってすぐ弾いてみるとやっぱりそのシ♭ みたいで、このところシューベルトづいてるもので不思議でした。この曲の美しさは尋常じゃない、練習しなきゃ。

モーツァルトより5才も若い31才で死んでしまってまだ世に多くを「発見」されていなかったシューベルトを見出したのはシューマンです。さすがの眼力ですね、このことはどんなに強調されても足りないでしょう。

面白いのは彼らドイツ(語圏)の音楽家がハイドン、モーツァルト、ベートーベンのソナタ形式、交響曲の血脈の真ん中にいた、それがEUがドイツ主導になってしまうのとどこかダブルフォーカスすることです。

彼らの根っこには大バッハがデンと鎮座していた。フーガを書く技法で彼はナンバーワン、オンリーワンの人です。それが後輩たちの精緻な主題労作や対位法になる。そして、ハイドンが現れてソナタ形式を完成する。

これはたとえば短歌の57577みたいなもので、ルールという縛りができると遊びは進化するのです。手を使えないサッカーとかですね。その2つが融合した集大成が交響曲だから後輩たちは強かったんでしょう。

そういう緻密さはラテン系、スラヴ系にはなさそうです。形式論理性というか。そして、その才能とまじめさが車や機械や重化学プラントを作ったりに発揮され軍事力につながった。

EUはもともと欧州石炭鉄鋼共同体でドイツを抑える意味あいがあったわけですが、それが反転してしまったのはお前らが怠け者なだけだというドイツ人の言い分は、そこに住んでいただけにその通りと言いたくなる気持ちもありますね。

英国に6年、ドイツに3年、こういう勤務経験のある日本人は多くないでしょうが、Brexitには少々複雑な気持ちを抱いてます。

596

 

たまたまなんですが、シューマンの第3交響曲を英国人ネヴィル・マリナーがシュトゥットガルト放送交響楽団を振った演奏を聴いて、う~んとうならされました。これがすごくいいんです。最高かもしれない。いま一番聴きたい指揮者はといえば、僕は迷うことなくマリナーです。しかも彼のドイツ物がききたい。

 

2010年だったかN響を振ったライン交響曲があって、これにいたく感動したのです。僕にとってこの曲は人生のひとこまであって重たい。良いと思うことなどめったにないのですがあれは本当に名演だった。

このCDは宝物です。シュトゥットガルトは気候はラインガウとは異なりますがアウトバーンを飛ばせばそう遠くはなく、このオケの楽員であそこに行ってライン川を高台で眺めながら葡萄畑の中の修道院クロスター・エバーバッハなんかでワインを飲んだことのない人はまずいないだろう。

その彼らが明らかに喜びを感じてmusizieren、音楽している、これってすごいことなんです。第5楽章の内側からわきおこる喜び!これに勝る演奏は知りません。どうやって楽員をここまでのせたんだろう?マネジメントの仕事を長いことしているとそういうことにまで関心がいきます、それほどのものです。

それを英国人がしている、そこがまた渋いですね。もと敵国だからね。しかも音楽は英国が後進国だ。マリナーさんという人はきっとひとかどの人物なんでしょう。そして、ところで、彼は大正13年(1924年)生まれ、うちの親父と同い年の92才だ。

いつまでもお元気で、もう一度、ドイツ物をきけたらいいなあ。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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シューベルト ピアノ・ソナタ第18番ト長調 「幻想ソナタ」D.894

2016 JUN 26 1:01:32 am by 東 賢太郎

このソナタを僕は偏愛している。浮世離れした音楽というのはいくつがあるが、僕の思い浮かべる限りこれにまさるものはなく、体も心もぽっかり無重力になる。第1楽章は涅槃できこえる調べのようで、この世のものでないかもしれない。

シューベルトは13のピアノソナタを完成したが生前に出版されたのは3つしかなく、これはその最後の曲である。死の前々年1826年の10月に作曲、1827年に出版された。出版したウィーンのハスリンガー社の考えで「ファンタジー、アンダンテ、メヌエット、アレグレット」作品78として世に出た。おそらく売りやすいと思ったのだろう、ひとつの大曲(ソナタ)ではなく、4つのばらばらな曲をくくったものとされたわけだ。

このとき第1楽章だけが「モルト・モデラート・エ・カンタービレ」ではなく「Fantasie」に化けた(そんな表示は楽譜のどこにもない)。現代でもこのソナタが「幻想ソナタ」と呼ばれるのはその名残りである。

浮世離れというと、ホルストの「惑星」のおしまいの曲「海王星」やシベリウスの「タピオラ」やヴォーン・ウイリアムズの「南極交響曲」なんかが僕の場合その範疇に入るが、これらは設定が非日常であって、その光景や心象風景の描写がそうだというものだ。

ところがこのソナタはちがう。

暗い小さな部屋で男がひとり、ひっそりと訥々とフォルテピアノを鳴らしている。彼は病におかされ、何をやっても根治しない。命の灯があるうちは死の恐怖を忘れるものに没頭しなくては持たない。それがピアノを弾くという作業だった。その間だけは死神を見なくてすむのだ。

このソナタのどこに行き着くともしれない第1楽章には、いつまでも弾き終わりたくない、逃げ場のない彼の心のあがきとおののきが見える。そうして奏でる音楽は、とびきり美しいが残酷だ。展開部の入り口で一度だけ堪えきれずに激して、彼のピアノ曲では唯一の fff が現れ、やがて消える・・・。

ベートーベンが1826年に作曲した弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調をきいて「この後でわれわれに何が書けるというのだ?」と述懐したシューベルトは、このソナタをその年の10月に完成した。「なにが書けるか?」・・・そして書いたのがこのソナタだった。

その年の12月にベートーベンは肺炎を患って病床に付した。そして4か月後、翌27年の3月26日に亡くなる。シューベルトは自ら望んで墓の隣に葬られたほど彼に敬意を抱いていたが、ソナタの第1楽章を書きながら先人の死期を悟っていたのかもしれない。僕はこの曲はベートーベンへのオマージュであると思っている。

シューベルトはト長調という平明な調性ををソナタ形式の大曲ではこのソナタと弦楽四重奏曲第15番の2曲にしか使っていない。どうしてこのソナタがト長調になったのか?それは、第1楽章の冒頭がベートーベンの第4ピアノ協奏曲の静謐なオープニングそのものであり、4番から何かを借りている。だからト長調でなくてはならなかったのだと思っている。

第2楽章には直截的な刻印がある。ベートーベンのピアノソナタ第18番冒頭のあの幸福の和音がきこえるのだ。

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http://ベートーベン ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調 作品31-3

 

そして第3楽章の主題は自身のピアノ三重奏曲第2番第1楽章の第2主題を想起させる。そしてやがて、悲愴ソナタ第3楽章冒頭が、はっきりときこえてくるのはどなたにも明白だろう。

第4楽章は左手の4連打リズムに支えられた舞曲風の主題によるロンドで、一見快活だが周到な動機と和声の設計がある精緻な音楽であり、ベートーベン風の威容を保ちながら最後は静けさの中に消える。

 

このソナタに何かを見た人のひとりにロベルト・シューマンがいる。彼は新発見された交響曲ハ長調「ザ・グレート」にインスパイアされて第2交響曲ハ長調を書いたが、当時シューベルトは「知られつつある作曲家」で今のような評価があったわけではない。

シューマンはこのソナタを「創案と形式美において完璧だ」と高く評価した。同様にアルフレート・ブレンデルも語っているが、この第1楽章は詩的ではあるが小品としての「ファンタジー」ではなく、見事なソナタ形式の音楽である。しかし、それに加えて想像するに、第1楽章のこんなパッセージは彼の琴線に触れたのではないだろうか?これぞ「シューマネスク」なものになって子供の情景や幻想曲に結びつけられる ”Fantasic” なものに聞こえないだろうか。

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それから、とても大事な部分なのだが、僕が第1楽章で畏敬し立ちすくむのは以下のパッセージだ。澄みわたったブルーのような色あいで、魂が天空に吸いとられていくような音楽。ここは何だったのだろう?

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ベートーベンは1822年に32番を書いて、ピアノソナタの筆を折った。それを引き継ぐかのようにシューベルトは19年以後書いていなかったそれを23年から書き始め、亡くなるまでに14-21番の8曲を作った。

ベートーベンが弦楽四重奏曲の筆を置いたのが26年であり、「この後でわれわれに何が書けるというのだ?」という言葉はその年のものだ。彼がその年から世を去るまでに書いた最後の4曲のピアノソナタ、この18番から最後の21番までにはベートーベンの最晩年の深い精神の投影があると感じている。

 

スビャトスラフ・リヒテル (1978年5月3日、モスクワでのライブ)

richterこの曲の最も詩的でスピリチュアルな演奏はこれである。この第1楽章の遅さは尋常ではなくあちらの世界を彷徨っており、体も心もぽっかり無重力になるとはこのことだ。東京、ロンドンで聴いたリヒテルのリサイタルは、暗闇の中、ピアノの傍らにロウソクの灯だけで一種の儀式を思わせた。聴衆も一体となった研ぎ澄まされた集中力の中で響く澄んだ音が天から降り注ぐようにきこえたものだ。この演奏、「暗い小さな部屋で男がひとり、ひっそりと訥々とフォルテピアノを鳴らしている」のはやはり鬼籍に入ってしまったリヒテルだったんじゃないかと感じてしまう。上掲楽譜の「魂が天空に吸いとられていくような音楽」をこんなに感じきって弾いた人はいない。第2楽章は生きる至福の喜びを伝えて余すところなし。第4楽章の左手のスタッカートの切れ味、これは技の領域だが、演奏の芸格がこのぐらいピアノがうまくないと表現しようのない高みに至っている。これを知ってしまうとどっぷり浸かってしまう、実に危ない演奏だ。

(こちらへどうぞ)

シューベルト 「アルペジオーネ・ソナタ」イ短調 D.821

 

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

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