風雲急を告げそうなアメリカ大統領選
2020 NOV 17 0:00:43 am by 東 賢太郎
アメリカはセールスマンの国だ。いらない物をピカピカに見せて売りこめる者が成功する。その作業を「マーケティング」と呼び、ヘンリー・フォードが自動車の売りこみのために考案したとされ、MBAコースで教えている。
理論なのだから売りこむ物が自動車でもトマトケチャップでも何でもいい。もちろん、人間でも。
写真はウォートン・スクールで僕が1983年に使った「マーケティングの諸問題」という教科書だ。51のケースの31番目(下)が「ジム・トンプソン氏のイリノイ州知事選挙」だ。これぞ、人間を商品としたセールスマンの戦いである。選挙キャンペーンはそういう捉え方なのだ。授業で実際に候補者(生徒)をたてて喧々諤々の論戦が面白かった。僕はケチャップ班だったが、5人のチームで製品企画から事業計画案ま
でリアルに作り、残りの全生徒を顧客や株主に見立てて売り込み(プレゼン)をする。ビンの形やラベルのロゴまで決めて大まじめだ。そこまでやるかという、いわばボードメンバーになりきる寸劇だが、顧客側もハインツ、デルモンテと比べて味はどう差別化したんだ、リサーチしたデータは何か、そんな値段設定じゃあ新参者はシェア取れないだろとまじめに突っ込んでくる。寸劇が盛り上がる。
この授業はずっとこの調子で、単位を取って何か「知識」を得るかというと特にない。得るのは質問攻めに立ち往生し、ケチャップはそう簡単に売れそうもないなと冷や汗をかいた苦い経験だ。内容はもう忘れたが我がチームは詰めの甘い所が各所にあり、みんな賢いから嫌なところを突いてくる。抜群に弁の立つインド人の「ああ言えばこう言う」のおかげで何とか切り抜け、こういう奴がCEOになって何百万ドルも稼ぐならもっともだと思った。30余年たってケッチャプ会社経営や選挙参謀に携わることはなかったが、何であれ何とかなるさというくそ度胸はついたから役には立ったということなのだろう。先生がどこをどう採点してるかはついに最後までわからなかったが。
トランプ、バイデンの選挙参謀たちもこれの応用編をやっていたわけだ。
冒頭に「いらない物を売る」と書いた。ここだ、アメリカ的なのは。いる物はセールスしなくても売れる。でも、セールスすればいらない物も売れる。ビジネスは売れてナンボだ。理屈はいい、とにかく売るのだ。
当時モーレツ企業の野村証券にいた僕にとって当然に響く話だったが、非常に新鮮だったのはセールスを理論化したことだ。理論に好き嫌いや思い込みはない。売っているケチャップの味が自分の好みかどうかは問題でない。経済学者ケインズが株で儲けるには自分の好みでなく「大多数の他人」の好みに乗ることだ(美人投票説)と説いたのに通じるし、弁護士が個人としては弁護は御免だという極悪人でも仕事として弁護できるのにも通じる。
但し、セールスにはルールがある。ウソはいかんということだ。ウソをついて損をさせると詐欺罪になるから事実だけを組み合わせて説得する。これはひとつの技術である。たとえばBS、CSテレビのCMにパターンがあることをお気づきだろうか。青汁やらお惣菜やらを「おいしいです!」と何人もユーザーが出てきて繰り返す。画面の隅の方に小さく「個人の感想です」(=ウソかもしれません)とテロップが付く。健康食品だと「効能を保証するものではありません」(=効かないかもしれません)と出る。どちらもウソはついてない。だって、おいしくなくても効かなくても、「でもそれ、ちゃんとお断りしてましたよね」(=合法的です)なのだ。
さらに高等技術として、医師が薬の効能を語って「専門家の意見です」と付く。「個人の感想です」と何が違うかというと専門家がしゃべっている点だ。同じく効かなくても免責になるなら「個人」と変わらないが日本人は「センモンカ」に弱い。はずれると権威は落ちるがお金をくれればリスク取りますという先生を根気よく探せば売れる方法だ。もっと巧妙なのは「筋肉を柔らかくする効果が報告されています」だ。「柔らかくします」ではない「報告されています」だ。報告なんかその辺の道を歩いてるおっさんでもできるから絶対にウソとは言われない。でも、テレビだからそんな詐欺しないよね(笑)で皆さん信用している。
トランプ大統領が「フェークニュースだ」とツィートする。これを放置すると「個人の感想です」(=ウソかもしれません)のCMを流した程度の信用供与をメディアであるツイッター社がトランプにしたことになる。そうしたくないという強い意志があるので「証拠がないこと言うな。フェークはお前だ」と削除してしまう。ツイッター社だけでなく、CNNを代表とする米国メディア産業にみなぎるこの意志(=トランプが嫌いだ)はとても強い。
なぜならその行為自体が中立的なメディアであることを放棄する自殺行為であり、大変なリスクを取ってまでしていることだからそう結論する以外に解釈はない。媒体をやめて主体になるというのは「定款変更」にも等しい重要決議であり、mediaは「medium=ミディアム、真ん中」の複数形(=媒体)だから自社の社員が殺人を犯しても淡々と他人事のように報道する。“だからこそ”、報じたことは常に真実だと信用されるのである。
メディアが主体になってしまうとその信用を全面的に喪失するだろう。なぜなら、何を報じても「ウソかもしれません」のテロップが聞き手の頭に自動的に流れるようになってしまうからである。「私はウソを申しません」は私がウソつきならば「言うことはぜんぶウソです」になる。だから、「お前はウソつきだ合戦」になると両者の言うことぜ~んぶウソかもしれず、「わけわからね~」になる。残念ながらこれが今のアメリカだ。民主主義がどうのなんて高尚な話ではぜんぜんない。第一、民主主義なんて完全なものかどうかすら誰もわかってない。アメリカ合衆国は民主主義で生まれた唯一の国であり、実験国家であり、その国でこういうカオスが生じたということは「アメリカの民主主義」がかくあるべし以前に「民主主義は所詮こんなもの」である可能性があるのだ。
ここからが本題だ。そんな不完全な民主主義に国家が身をゆだねようとするならば、雨が降ろうが槍が降ろうが、天地神明に誓って絶対に曲げてはいけない唯一無比の大原則がある。選挙の公平性、公正性だ。最高権力者を占いや世襲で決めるのでなく民の多数決で決めるのだから、「民の総意」(=獲得票数)を抽出する方法は厳正に管理され、結果に一点の曇り(疑問の余地)も残してはならないのはあまりに当たり前のことである。何故なら、それを信用して敗者は結果を潔く容認し、民主主義という不完全が必ずや生む「敗者に投票した多数の有権者」の不満を抑え、納得を得て、国家安泰に収まるからだ。もしも「曇り」があるために敗者が負けを認めないとするなら、それは民主主義の大原則に反することであり、敗者の非常識や往生際の問題などではぜんぜんない。
ではその「曇り」に実態があるのか、敗者の妄想や謀略なのか。いまだ確証はないが、メディアが妄想、謀略、非常識、往生際最悪をいくら報道してもウソかもしれませんが後ろで流れているのだから、言われた方も負けましたにはなりようがない。そんなに認めさせたいなら民主党が主導して数えなおしをすればグウの音も出ないはずなのだ、やましいところがないならば。
女性弁護士のシドニー・パウエルがこういう発言をしている。この人は前回の大統領選でオバマ、バイデン、ヒラリーがロシアで工作したのがプーチンにばれ、トランプの補佐官だったマイケル・フリンに罪をなすりつけようとしたのを顧問弁護士として救った切れ者だ。
「統計学的、数学的にあり得ない数字がバイデンに入った。証拠は山のようにある。発表したら人々は度肝を抜くだろう。連邦裁判所に提訴する。我が国の国民をターゲットに選挙結果を変えようとした。コンピューターの不具合か、何かは知らないが、何者かが改竄したことは間違いない。」
そして、「米軍の諜報機関がフランクフルトにあるドミニオン社(ミシガンなど全米28州の投票集計ソフト会社)のサーバーを押収した」というニュースも入った。バイデンにしか投票できない45万票を特定したらしい。
もうこうなると何が正しいのかさっぱりわからない。これもフェークニュース合戦なんだろうか。ただ、こういう本源的な疑問は残る。仮に数えなおしてやっぱりバイデンの勝ちなら、ごたごたは水に流してシャンシャンなんだろうか?そうはならないだろう、いや、なってはいけない。厳密には1票でも不正が見つかれば、勝敗はともかく、民主主義は成り立っていないからだ。
トランプは負けても4年後に向けて共和党内で影響力を保持すれば良しという拳のおろし方をするのだろう。パウエルは弁護士であり雇われればどちらの側でも有効な弁護をするだろう。ご両人とも、あのマーケティングの達人なんだから。他人の国の話であり、個人的にはニューヨーク株式市場が最高値を更新さえしてくれればどっちがなっても構わないが、これは「正義」の問題だという重要な論点は残る。世界の警察官で正義の味方だったはずのアメリカの本性が曲ってない事だけを祈る。
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世界のうまいもの(その13)《ラーメンと町中華》
2020 NOV 15 19:19:45 pm by 東 賢太郎
野球の帰りに自由が丘あたりにさしかかって、無性にラーメンが食べたくなり車を停めた。東京ドームで焼肉弁当を平らげたばかりだが、半年食べてなくて飢えていた。それと、最近SMCに入られた歯科医の松下さんが好きなものに「ラーメン屋散策」をあげておられて刺激になったのもある。
そこで駅近の「無邪気」に入り味玉ラーメンを注文した。めったに出歩けないというのもあってつい大盛にした。すると麺が山盛りであふれてるのが登場し、おやじは僕をちらっと見てどうせ食えねえだろという顔でカウンター越しに差し出したものだ。うまい。別腹とは恐ろしいもので一気に完食してしまった。
ラーメンは大学時代の日常食だった。西片に下宿して志村坂上の病院長の息子さんの家庭教師をしていた。行くと夕食をごちそうになったが、それ以外の日は農学部の前に「大鵬」、正門の前に「一番」という町中華があって(今も健在)ずいぶんお世話になった。それが僕のラーメンの原点でもある。
だから今もって外で夕食時になると恋しく、たとえば渋谷へ行くと名店である「兆楽」に寄ることになる。香港から帰国した20年前からだから古い。タワーレコードでCDを買うとここでソース焼きそばにギョーザというのがルーティーンになっていた。当時はセンター街の2階にあったが今は道元坂下にある。

兆楽は我が国の食文化にいったん融合されて日本食と化した町中華と路線が違い、中華料理直系の味と食感を残すその廉価版というべきユニークな存在だ。ラーメンという日本食はその融合の過程で生まれたと思っているが、ここへ行くと実感できる。くせになるほどうまい、只者ならぬ店である。
さてその場所だが、酔っぱらいがふらつく井の頭線のガード下あたりである。ここは大学から歩け、麻雀をやらない日は仲間と焼き鳥屋なんかにたむろして夜中まで飲んでいた庭だ。そこでカウンターに一人座り、あの日に帰ってレバニラ炒め定食にビール。周りは誰も知らない。なんてゴージャスな時間だろう。
学生時代の金欠状態は会社に入ってもしばし変わらなかった。3年たってアメリカに留学したらさらにカネがなかった。フィラデルフィアで世話になったのはやっぱり米国版の町中華だ。英国人あるところゴルフ場ありだが、中国人あるところ中華街ありだ。その後も同様に海外でどれだけ救われたかわからない。
香港には2年半いて、ここは島全体が当たり前だが中華街である。町中華は手抜きバージョンで、それにカネをかけるとここまで行くかと感動したがその解釈は間違いだった。同じもののA級、C級ではなく本家、分家なのだ。インド料理とカレーライスの関係ほどに「似て非なるものだ」ということがわかった。
つまり中国にラーメンという食べものはない。米国の町中華にもない。老麺、拉麺だというもっともらしい説もあるがモノをみれば別物とわかる。その証拠に香港での名称は「日式拉麺」で日式は日本式という意味だ。この命名をそのまま裏返すと我々はラーメンを「支那そば」とでも呼んでやるのが正しいのである。
この本家・分家の関係は音楽においても当てはまることを賢明な読者は見抜かれるだろう。中国料理をクラシック音楽とするなら町中華は演歌・歌謡曲であって、町中華の醤油ラーメンが味噌や塩や魚介へと進化した創作ラーメンがJ-ポップなのだ。その3つは血がつながった親類ではあるが、似て非なるものだ。
そのどれが好きかといえばどれもとなるが、あえてひとつなら考える。大学、社会人まで外で世話になっていたのはC級メシなのだ。まともな料理を自腹で好きに口にできるようになったのは30才を超えてであり、A級となるともっとあとに接待で覚えた。僕は庶民の子であり、それは食に投影されている。
家計を助けようと革細工教室をやっていた母は帰りが夕方で、手軽だったんだろう洋食系の夕餉が多かった。だから僕は今でもソース派だ。ソースの出番がない懐石やフレンチを家で食べたいとはぜんぜん思わないし、接待していただくなら豪勢な中華料理よりも野菜炒めにソースOKな町中華がうれしい。
このことは音楽でもそうだ。クラシックが趣味というと金持ちのボンという色眼鏡で見られる。とんでもない。クラシックは僕にとって10万円の維新號や聘珍楼のふかひれコースみたいな「A級メシ」である。そんなリッチなものを食べて育ったわけでもないし、今も家で食べたいわけでもない。
ブログでそういうイメージになってるとするとフェークニュースの部類だ。子孫に残すために書いており、文字にするとなると津軽海峡冬景色やブルーライト・ヨコハマよりどうしてもクラシックになる。人類に永遠に「語られる」音楽だからだ。語られないけれど肌身にしっくりくる曲が大事でないわけがない。
たとえば美川憲一の「柳ケ瀬ブルース」、ロス・インディオスの「コモエスタ赤坂」、内山田洋とクール・ファイブの「長崎は今日も雨だった」、鶴岡雅義と東京ロマンチカの「小樽の人よ」、黒沢明とロス・プリモスの「ラブユー東京」など、永遠に心に残る名曲だ。たぶん語ることはないだろうが。
なぜかというと、あまりにシンプルでプライベートで、語る意味がない。たとえば猫というと僕はペルシャやシャムはだめで和猫専門だ。なぜか?かわいい。それとおんなじで、語っても「好き」のひとことで終わりなのである。町中華とラーメンと歌謡曲は実に和猫の地位にある。理由はないが、僕の中では最強だ。
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藤川球児の「ウソのないストレート」
2020 NOV 14 2:02:57 am by 東 賢太郎
藤川球児の引退試合を見ていたら、阪神OBの掛布が「ウソのないストレートですね」と評していた。いいこというなあと思っていたらスクリーンに清原が出てきて「あの事件は球児は悪くないんです、サインを出したのは矢野監督だから」と笑いを取った。事件とは彼が巨人時代に藤川と真剣勝負の対戦となり、フォークで三振にとられたのを「男らしくない」と批判したらアウトはアウトだろと非難ごうごうとなったものだ。僕はこの非難を強く批判する者である。一流の打者である清原は二流の投手にそんな要求はしない。「ストレートを振っても当たらんかった」と評価した藤川だからこそである。
変化球はべつに「ウソ」ではない。誰だってなしにはマウンドで生きていけない。ただ昨今の風潮として野球は非格闘技の方向に向かっていて、コリジョンルールができて肉体の激突は消えたし乱闘もあまりない。投手は分業になって先発が6回を3点で抑えれば「いい仕事しましたね」なんてほめられる。これが気にくわない。仕事?なんだよそれ?「投手は完投」世代であり14回を完投したことある僕はアホかいなと思うのだ。「アウトはアウトだろ」は非格闘技時代の産物であるうえに、無駄なことはしないという合理主義のにおいがする。
村山対長嶋、江夏対王、清原対野茂、清原対伊良部、江川対山本浩、イチロー対松坂など思い出の名勝負はたくさんあるが、どれも格闘技だった。ピッチャーの本能としてはゴロやフライのアウトなど、そんなものは「邪道」であって、みな、ほんとうは三振に切って取って完膚なきまでに勝ちたい。なぜなら、野球少年はみんな速い球を投げたい。速いのでマウンドに立たせてもらった子はなおさらそう思い、でもできないのだ。
ところが、問題はここからなのである。
三振ならいいってもんじゃない。フォークやスライダーでも三振は気持ちいいが、そこで満足するかどうか2つに分かれる。変化球で取った三振はまだ「邪道」のうちで、ストレートで三振を取らないと王道でないと考えるかどうかだ。そこに何の合理性もないが、そもそも三振アウトを狙うことに合理性がないのだから、逆にそこで満足することに僕はもっと合理性を見出さない。王道でない三振を何個取ろうが、そういうピッチャーは中途半端なプライドで生きてるのであって全然評価しない。ケンカに勝ちたい男のプライドに合理性なんてものは微塵も存在しないのである。
藤川はトップのトップしか狙わないピッチャーだった。トップじゃないのである。えらい。偉大である。これがわからない人は「なんで2位じゃだめなんですか?」の蓮舫を批判するな。これを知ってるから清原はフォークに怒ったのである。残念な問題を起こしたが、いい男ぶりだ。こういう男が日本国から減った。野球だけでなく、世の中的に。
引退試合の1イニングは感無量だった。巨人の坂本勇人は最高の技術で軌道すれすれの下を強振して技ありの三振をした。条件反射で当てる本能を抑えてあれができるから2千本安打なのだ。四球になりそうだった中島裕之は顔の高さの球があたかも浮き上がって驚いたかのようなとっさの対応で豪快に空振り三振した。野球をやった者しかわからないかもしれないが、間違いなくそうだ。ちょっと安心した。まだ野球界にはこういう男はいたんだ。
彼らのスイングには「ウソのないストレート」で生きた藤川への「ウソのない敬意」がぎっしりと詰まっており、「いい奴らだなあ」と涙が出た。藤川投手、ピッチャーの中のピッチャーだ。たくさんのすばらしい三振をありがとう。
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ドリーブ 「コッペリア」よりマズルカ
2020 NOV 12 23:23:56 pm by 東 賢太郎
バレエ音楽は好きなくせに舞台の方は女の子の芸事というイメージがあって長いこと無視でした。ニューヨークで春の祭典やダフニスを観ましたがどうということなく、ますます興味を失っていたのです。ところが10年前にロンドンでボリショイ・バレエ団の白鳥の湖を見て衝撃を受けました。かなり前の方のかぶりつきに近い席だったせいか舞台に見とれてしまい、息もつけぬゴージャスで美しいものを目撃してしまったわけです。もちろんチャイコフスキーの曲あってのことなのですが、耳だけでなく目の愉悦というものがあることを発見しました。
レオ・ドリーブ(1836 – 1891)のコッペリアは音楽の出来が良く、フランス趣味でありながらワーグナー流のリッチなオーケストレーションが豪華であります。ぜひ舞台を観たいものです。有名な箇所がいくつかありますが、僕は「マズルカ」が大好きで、このメロディーはどういうわけか物心ついたら知っており、譜面なしでも弾けるぐらいなのにどこで覚えたのかわかりません。家にレコードもないので。
僕においては和声が非常に粘着性があって耳にこびりつき、だから残っているのでしょう。ともあれ浮き浮きする見事な音楽で元気が出ます。どなたも一度聴いたらとりこになると思います。このビデオの6分05秒からがマズルカです。
コッペリアは E. T. A. ホフマンの砂男に基づいたストーリーで、1870年にパリで初演されました。このビデオ(パリオペラ座)のコレオグラフィーがオリジナルなのかどうか踊りについてはまったく素人でご容赦願いますが、とても優美なものですね。
さてこのパリのマズルカですが、記憶に焼きついているのと比べてテンポがやや速い。では焼きついてるのは誰の演奏だったんだろう?幼時のことだから60年代当たりの古い録音であるはず。
こういう時ネットは便利です。まずカラヤン / ベルリン・フィルハーモニー。
とてもシンフォニックで立派な演奏ですが遅すぎる。これじゃない。
フランス系で遅い代表はこれでしょう。ピエール・デルヴォー / コンセール・コロンヌ管です。これも違います。
モントゥー / ボストン響はバレエの雰囲気がある素敵なものですが、微妙に速いですね。これもバツ。
エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管です。かなり近いですがシンバルの鳴り方が記憶と違います。
アンセルメならこちら、ロンドンのロイヤルオペラハウス管との録音。これはフィットしますね、これだった可能性はかなりあります。
次はフランスのロジャー・デゾミエール。うん、これはいい。パリ音楽院管弦楽団のローカル色溢れる音がたまりません。これの可能性もあります。
アンタール・ドラティ / ミネアポリス管です。明らかに違う。彼の演奏はどれもメリハリがくっきりつきますね。しかしこれはひっくり返るぐらい速い。こりゃ踊れませんね。
と思ったら甘かった。我が憧れのボリショイ・バレエのビデオをご覧ください。すごい。ポルシェ並みの速さだ。これじゃあ記憶とあまりにかけ離れていて平静には聴けないのです。これとカラヤンのと、同じ音楽と思えますか?
しかし踊れてますね。しかも、とてつもなく美しいではないか!こうなってくると楽譜の指示なんかそれがなんだという気がしてスコアを見る気も致しません。バレエ恐るべし。
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アメリカの民主主義がこれでいいのか?
2020 NOV 7 16:16:41 pm by 東 賢太郎
最後の最後に大統領はハワイ州の勝敗で決まるとしよう。ハワイは民主党だがトランプが急遽ホノルルへ飛んで見事なフラダンスを披露して逆転してしまう。
大統領はダンスで決まることになる。
問い
いかにも全国民で決めたように見えるが、最後の1票で決まる可能性は常にあり、それがサンダース支持の社会主義者であってもQアノンのならず者のお兄ちゃんであっても、それがアメリカの良識であり正義であることになる。これ、おかしくないか。
答え
いや、「である」とは言わんが「だったことにしとこうよ」というものではある。民主主義は不完全だが他のどれよりベターなのだ。
問い
じゃあ「フラダンスがアメリカの良識であり正義だったことにしとこうよ」でもいいんだな。
答え
きみ、最後の票を問題にするのは論点すり替えだぞ、その1秒前の票でも最初の1票でも重さは同じだろう。だからこその多数決なのだよ。
問い
ほー、いつの時点の多数だ。人間は明日になれば気が変わるかもしれないし死んでいる人もいるよ。
答え
だから投票期日がある。その時点での数だ、これは問答無用の決めごとだ。
問い
最後の1票が社会主義かならず者かフラダンスかは問わない代わりに、「何時何分何秒でおしまい」は民主主義のための絶対の決めごとなのだね。
答え
そうだ。それなくして数える意味があるかね?
問い
なるほど、延長戦も後出しじゃんけんもなしなんだね?
答え
ない。「何時何分何秒でおしまい」でなくてもいいが、野球は9回で終わりが決めごとだ、27アウトの時点で点が多い方が勝ちだ。
問い
でも、仮にだが、9回裏にえらい時間がかかって逆転満塁サヨナラホームランがあちこちの球場で同時多発して、負けたほうの監督が「9回から飛ぶボールが使われた」と騒いだらどうするんだ。
答え
きみ、そんなことは千年に一度もないだろう?良識あるワタクシがなんでそんなくだらない質問に答えなきゃいかんのかね。まあいい。それはあり得ないのだ。ボールは審判が厳正に管理しているからだよ。
問い
でも「それを俺は信じないぞ。審判もグルかもしれないじゃないか。だからボールを見せろ、この試合は盗まれているぞ」と監督が夜を徹して食い下がったらどうするんだ。
答え
きみはよっぽどヒマ人とみえるな。それは1万年に一度もない話だ。まあ答えよう。ボールはホームチームが用意するから球場次第だ。プロ野球規則にそう書いてあるのだよ、何が問題なんだ。
問い
でも、どうもおかしいんだ、10万年に一度のことがおきてるんだ。いいかい、ワールドシリーズの最終戦だよ。国民がこれをどう説明するんだと騒ぎだしたらどうするんだ。
答え
おかしいのはきみだろう。おい、CNNを呼んでくれ、「往生際の悪い無法者が騒いでる」と全国に放映させるんだ。
まあ日本シリーズじゃあないしどっちでも結構だが事実を知りたい虫は騒ぐ。


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今年のプロ野球、選手にも球団にもNPBにも深謝
2020 NOV 7 12:12:43 pm by 東 賢太郎
今年は開催すらどうなるかと思ったプロ野球。いよいよ大詰めですが、客も満足に入らないのによくぞここまでやってくれました。選手にも球団にもNPBにも深謝です。贔屓の勝ち負けもありますが、僕にとってはプロの野球を観られる喜びだけでも代えがたく、たくさん力をもらいました。
昨日は西武と楽天の試合です。まず岸投手のストレート。あれは誰だったかな、顔の高さを空振りさせたあの直球、一見美しいけれど、完全に崩れて無残に振らされた打者の姿ですさまじい威力があったとわかるあれを投げられる人がこの世に何人いるか。変な話ですが、150キロも出てないからこそいいんです。出てたらつまらない、僕は全然興味ない。これは美学の問題です。ぞくぞくします。その直球で押しまくって5回で9奪三振、CSがかかって気合十分の西武打線をねじ伏せてしまう(同じ立場にあるロッテも手も足も出なかった)。いなせで格好いいですねえ。
これはなかなか伝えにくいのですが、まあ眠狂四郎の円月殺法というところでしょう。チャンバラは勝てばいいじゃ面白くない。同じ1対1の勝負でも西部劇ならズドンでおしまいでしょ、あれアメリカですね、わかりやすいですね、でも日本人は円月なんてどうでもいいお作法を求めて感動する。美しく勝たないとだめなんでね。野球で円月殺法的に完全に自分のペースで「美しく」の余地があるのはピッチャーだけです。他はぜんぶ受動の瞬間芸で無理なんで、あえて野手がやったのは長嶋茂雄の送球の腕の見せ方だけですね、美しいというより珍しいから彼のトレードマークになりましたが。
美しく勝たないとなんてのはメジャーにない。岸みたいな投手はいないんです。なぜならいても馬鹿力で打たれるから不経済です。よってみんな100マイル出すか球を動かしたほうがいいとなる。従って、岸のような投手は打者との力関係であれが通用するぎりぎりの狭いゾーンにだけ生存します、つまり、あれで飯が食える「ハビタブルゾーン」はNPBにだけ存在します。これが僕の結論。だから、メジャーの方がレベルが高いのはわかってますが、そういう投手がいないのだからNPBしか見ないのです。ところが昨今はNPBでも賞味の対象が米国化していて、アマでも150キロ出たのフォークがお化けだと技とスペックを競う世界に変容。まるで体操かフィギュアスケートだ。僕はストレートが美しくないとピッチャーじゃないと思ってるんで難しい時代になってきました。
次に、引退試合となった楽天の渡辺直人。この人、どのプレーというのはないですが名前が強烈に焼きついてます。なぜかって、いい所で打つわ守備はうまいわ足は速いわクレバーだわで嫌だなあということで。野球がうまい人ってのはいるんです。プロだからもちろんうまいわけですが、彼は三拍子そろって全面的に格別にうまい。そういうものは記録には現れないし見た目にも地味なんですが、性格的なものも含めてショートにいるだけで安心だろうなという感じ。見送るナインの表情に現れてました。尊敬の念しかございません。CSがかかってる西武は手加減なしでそれで4打数2安打。今季初安打だったレフト線2塁打、あの見事な振りはなんだ!カープに来てやってくれとお願いしたい。
そして中日の吉見投手も引退試合。そうか・・とにかくカープは彼にやられましたね、谷繁とつるんで。とにかく嫌なところを絶妙に突かれてタナキクマルが手玉に取られてましたっけ。横で見ていてそう速さはないが打席で何もさせてもらえない投手。吉見はそれの全国最高峰、偏差値80の人という感じでしょうか。プロのように同じ人と何度も対戦という世界は想像がつきませんが、こういう投手にひねられて味をしめられると何度やってもヘビとカエルでやられる気がします。それを打って飯を食うって、投げる方も打つ方も実に凄い事であります。生まれつきの才能としか見えないコントロールとクレバーさで頂上レベルというと、僕の中では桑田と吉見ですね。
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メンデルスゾーン 「歌の翼に」作品34-2
2020 NOV 2 1:01:18 am by 東 賢太郎
なにかについて言葉にしてみることが批評のはじまりだ。初めてフィレンツェのウフィツィ美術館でサンドロ・ボッティチェッリの “ヴィーナスの誕生” を眼前にしたとき、なにやら言葉を吐いたのだろうか。
いまその記憶にセリフをつけるならば、きっと「!」だったと思う。想像よりずいぶんと大きく感じたこの絵にいまだって言葉はない。それでも15世紀以来数えきれない多くの人がこれの前に立ちすくみ、感きわまってああでもないこうでもないと膨大な量の言葉を吐き、書き連ねてきただろうとは思う。批評とはそのすべてのことであり、その総量が充分に多いことが芸術と呼ばれるもののおおよその定義ではないか。
「美しい」(beautiful、schön、bell、beau、美丽)は人々が批評として発する言葉の内でも、最もポピュラーで原初的なものだ。「美しいに基準はない」、「人の感じ方に絶対はない。”モナ・リザ” だろうがムンクの “叫び” だろうが美しいと思うなら美しいのだ」という新自由主義的精神にあふれる批評に誰も反論する権利はないが、そのことは子供が画いた犬の絵を「かわいい」とほめてあげるのと同次元で「美しい」が使われることを教えるのである。
音楽においても「美しい旋律」という表現は往々にして名曲を十把ひとからげに包み込む2円のコンビニ袋みたいなものとなる。即物的な音の並びである旋律が美しいかどうかは、満月は美しいが月の表面はあばただらけであるように、ひとえに人の心の作用である。そして音は演奏者が発してはじめて心に作用するのだ。子供が発表会でたどたどしく弾けると「おじょうずね」となり、上級になってはじめて「美しい」が出る。同じ楽譜なのにそういう事が起こるなら美しいのは楽譜(旋律)ではなく発した音という事になる。
このことを僕はカーチス音楽院の講義でチェリビダッケに教わった。美しい楽音と美しい旋律はちがう。記譜された音列は美の種ではあるが、正しく演奏されないと発芽しない。種がなければ発芽もない。彼はまず哲学者であり、次に音づくりのマニアックな実務家であり、本質は音と旋律の狭間にスピリチャルなものを感知できる宗教家であり、その立場はニュートンを批判したゲーテの「色彩論」に近い。日本では2番目の側面が多く語られるが、哲学者、宗教家の方が重く、音楽に対峙するその思想、姿勢は実に正鵠を得ていたと感じる。僕自身も無意識にそう感じていたが彼がピアノを弾きながら具体的に示してくれてより強くそう考えるようになった。
僕の中では美しい旋律を書いた横綱は2人しかいない。東がシューベルト、西がメンデルスゾーンだ。美しい旋律を作る才能は有る者にしか無い。JSバッハ、ハイドン、ベートーベン、ブラームスの作曲上の形式論理と主題労作は努力で学習でき継承もされるが、旋律美だけはそのどちらもままならない。馬鹿馬鹿しいほど陳腐な主題をエンジニアのように精巧に加工、展開させ、複雑な対位法やフーガであたかも弁証法の如き展開をする。その効果は美旋律だけでは到達不能な高みに至ったことは百も承知だが、それでも、美旋律が書けないからそっちに走ったという観が去ることはない。
どんなジャンルであろうとおよそ作曲家にとって、人を酔わせる美しい旋律を書くのは願望ではないか。近現代にその試みが放棄されるのは井戸が枯れたから、つまり音列の順列組合せの可能性が枯渇したからでシェーンベルクもヨハン・シュトラウスのワルツが好きだった。旋律というのはつまるところ歌であり、歌曲の王シューベルトは順当な所だが、メンデルスゾーンも歌曲を書かなかった月はないほど歌の人だったことはあまり知られていないように思う。
本稿は僕がいつ耳にしても虜になり、心が根っこから揺さぶられ、何度もくりかえし聴きたくなり、そうするうちにどんなにつらい事も悩みもやんわりと溶解して消えていくというたった3分の美旋律がテーマだ。メンデルスゾーンの「歌の翼に」(Das Flügeln des Gesanges)である。「6つのリート 」作品34の第2曲で、おそらくどなたも音楽の授業でおなじみだろう。
1.おことわり
エリー・アメリンクの美声で気持ちよくなったところで白けることをおことわりしなければならないが、この歌は男性が歌わないといけない。それはハインリヒ・ハイネ(1797 – 1856)による歌詞を見れば一目瞭然である。
歌の翼で
愛しい人よ、私はきみを運ぶ。
ガンジス川の流れのかなたへ
そこは美しいところと私は知っている。
そこに赤い花咲く園があり、
静かな月の光のもとで、
スイレンの花が待つ、
きみを愛する妹として。
スミレは微笑んで、仲良くし、
星を見上げている。
バラはお互いに匂い、
密かに妖精の話をする。
無邪気で利口な小鹿は、
寄ってきて、聞こうとする。
遠いところでは、聞こえている、
聖なる流れの波の音が。
そこに座ろうよ、
しゅろの木の下に。
そして愛と安らぎにひたって、
楽しい夢を見るよ。
(ドイツ語)
Auf Flügeln des Gesanges,
Herzliebchen, trag’ ich dich fort,
Fort nach den Fluren des Ganges,
Dort weiß ich den schönsten Ort.
Dort liegt ein rotblühender Garten
Im stillen Mondenschein;
Die Lotosblumen erwarten
Ihr trautes Schwesterlein.Die Veilchen kichern und kosen,
Und schaun nach den Sternen empor;
Heimlich erzählen die Rosen
Sich duftende Märchen ins Ohr.
Es hüpfen herbei und lauschen
Die frommen, klugen Gazell’n;
Und in der Ferne rauschen
Des heiligen Stromes Well’n.
Dort wollen wir niedersinken
Unter dem Palmenbaum,
Und Liebe und Ruhe trinken,
Und träumen seligen Traum.
これは男がカノジョを桃源郷への逃避行に誘う歌なのだ。この詩を吟味して聴くようになると、主人公が女性では筋違いとなってしまう。
それがどうした。アメリンク、いいじゃないか、かたいこと言うなよ、お前は差別主義者かとおっしゃる方はここで本稿は閉じていただきたい。僕のスタンスは、クラシック音楽はあくまで古典芸能だという事に尽きる。未来のアメリカ合衆国で黒人大統領が魔笛の上演を禁止しても仕方ないし、「いとしのエリー」を八代亜紀が歌ってもいいじゃないかという風に流れない所にポップスとの違いがあって、その頑固さで古典という文化が守られ継承されて行く、そのことが人類の未来にとって非常に重要だと考えていることをおことわりしたい。
2.ハイネの詩の真意
恋人と夢の中で遠くへ飛び、赤い花の咲くガンジスの楽園に遊ぶ。飛行機で自由に世界を飛んでいる我々には何やら楽しげなバカンスにしか聞こえないが、これが書かれたのは馬車の時代だ。ガンジス川などどこにあるか空想すら及ばぬおとぎの国、異郷である。なぜハイネの心はそんな所まで飛んで行ったのだろう?
「歌の翼に」はハイネが1827年に発表した『歌の本』(Buch der Lieder)にある。メンデルスゾーンはその2年後の1829年に英国旅行をしてスコットランド交響曲を着想したが、それには彼のファミリーのプロテスタントへの改宗と自身の内に秘めた信仰との相克が深く関わっている(メンデルスゾーン 交響曲第3番イ短調作品56「スコットランド」)。
それは同じドイツ系ユダヤ人のハイネの問題でもあったのだ。wikipediaのこの記述でわかる。
1825年6月、ユダヤ教からプロテスタントに改宗、ゲッティンゲン近郊ハイリゲンシュタットで洗礼を受け、クリスティアン・ヨハン・ハインリヒ・ハイネとなる。この改宗は家族に伝えないまま行なわれており、両親が改宗を知ったのはずっと後になってのことだった。
ハイネは織物商の父、宮廷付き銀行家一門の母をもつ富裕層の子だ。この点でやはり富裕な銀行家の子であるメンデルスゾーンとまったく同じ境遇だ。そして、少年時代のハイネは「ハリー」というイギリス風の名前やユダヤ人の出自のために周囲のからかいの対象となり、メンデルスゾーン家はファミリーでキリスト教への改宗をしたにもかかわらず謂れなき迫害を受け続けた。つまり、ずばり書けば、二人は差別され、いじめられて育ったのだ。ハイネが夢想し、メンデルスゾーンが音楽で共鳴を宣言したのは、日本語の余計なニュアンスが混在する愚をあえて犯すが「いじめられる現実からの逃避」だったと僕は考えている。
ハイネが法学士として卒業したゲッティンゲン大学は第2次世界大戦で英独がケンブリッジとゲッティンゲンをお互いに爆撃しない紳士協定を結んでいたドイツの名門だ。そんなトップクラスのインテリの称号を得ても、彼はユダヤ教からプロテスタントへ改宗という人生を変える決断をした。しかも親には内緒で。この事実を知っても、平和ボケで宗教オンチの我々日本人にはまだぴんと来ない。僕もドイツに住んで初めてこの問題の根深さを知ったが、こういう温床がハイネの時代に厳然と存在したから百年後にナチス党が出現してしまったことをお伝えすれば賢明な皆様にはおわかりいただけるだろう。
すなわち、「歌の翼で」は恋する青年の精神の逃避行なのだ。ハイネは桃源郷に飛んでいこうよと想像の歌で恋人を誘うが歌は書かなかった。それを音楽で実現したのが12歳年下のメンデルスゾーンだった。二人の心は信仰との相克という深みで共振していたが、恋人に行動を促すいかにも楽しげな “「行こう」(第1節)、「座ろう」(第5節)” にはさまる “楽園の情景描写(第2~4節)” は言葉としてはちっとも悲しげでない。ところがメンデルスゾーンはその描写部分に “そうなった境遇の悲しさ” を切々と吐露して見せるのだ。だから第1,3,5節が長調、第2,4節が短調になる。この曲が胸をしめつける悲しさを秘めているのは短調の部分だというのはほとんどの方が共感されようが、そこの歌詞とのギャップは少々奇異ではないだろうか。
3.身分が低かった音楽家
同志なのになぜだろう?ハイネの悲しみは徹頭徹尾、隠喩的である。それを明示しない詩という形式で表現する。大哲学者ヘーゲルの教えまで受けた当代最高峰のインテリの節度かもしれないし、そうした密やかな表現の方が世間に浸透して結局は強く訴求すると考えたかもしれない。しかし、ギャップを顧みず短調部分をあえて挿入したメンデルスゾーンはそう考えず、むしろ音楽という情感にダイレクトにアプローチできるメディアでそれを大衆にもわかる形で主張しようとしたということだ。二人の間には法学士と音楽家の身分の違いがあった。シューマン、チャイコフスキー 、ストラヴィンスキーの親が息子を音楽家でなく法学士にしたがったことでもそれは伺える。モーツァルトは料理人と同じテーブルで食事させられたと父に憤慨したが、百年たっても社会通念として音楽家の地位は一貫して低かったのだからメンデルスゾーンの時代は推して知るべしだ。ユダヤ問題とはまた別個の話である。
ゲーテの親もそのくちで息子をライプツィヒ大学の法学部に入れ、息子は弁護士になった。しかし大成したのは文学の道であり、出世作の「若きウェルテルの悩み」でヨーロッパ中に名が轟き、愛読者だったナポレオン1世に謁見して感動させている。エロイカの表紙を破ったベートーベンと何たる差であろう。それどころか君主カール・アウグスト公に気に入られヴァイマル公国の宰相にまでなってしまうゲーテの出世ぶりを見るにつけ、才能で劣ることはなかったウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの扱われ方は何だったのかと思うのだ。しかしそれが音楽家だった。現代までその痕跡は残り、英米系のケンブリッジ、ハーバードで音楽専攻はできるが、ドイツの影響下で明治政府が作った東京大学は文学部は作ったが音楽教育は専門大学に委ねた。
メンデルスゾーンがハイネの隠喩に飽き足らず短調楽節を挿入したのはユダヤ問題に加えて音楽家の社会的地位でも底辺にあることへの不満があったと見ていいのではないか。最終的に彼はライプツィヒ音楽院を創設したが、その才能の大きさに比して微々たる名誉だったと思わざるを得ない。「歌の翼に」はハイネの隠喩的アプローチに、まさに音楽という翼をつけた楽曲だ。しかしメンデルスゾーンの思いは強かったが、彼自身もあざとく尖った表現や先進的な技法を弄する趣味の人ではなく、中庸を保ったバランスを崩さない保守的な部類に属する作曲家だった。シューベルトが歌曲を芸術の域に高めた(前述の”批評の総量”において)のに対し、彼が音楽史の進展にこの分野で加えたものは多くないといってもアンフェアではないと思われる。しかし、そうであっても、彼は美しい旋律を書いたのだ。それ以上に何が必要だろう?
4.だから重要な短調部分の解釈
「歌の翼に」は旋律があまりに美しいために女声や種々の楽器でも奏されることになった。良い演奏なら何の問題もないが、そうでもないのが99%だ。そうやって人工甘味料だけのスイーツというかトロフィーワイフ的な女性(昔は**美人といった)というか、そういうものが人気を博する軽薄な時代がやってくるのはいささかも歓迎しない。わかりやすい編曲でクラシックが好きになってくれればというが、わかりやすいクラシックで入門した人が気に入ったのは曲ではなくわかりやすかったことである。わかりやすさを目的として作曲された曲がクラシックと呼ばれることは永遠にない。
「歌の翼に」はオーソドックスに演奏してもわかりやすさは損なわない天下の名曲だ。ト長調の明るい曲想が第2楽節(そこに赤い花咲く園があり・・)で不意に短調になるところの気分の翳りは一度聴いたら忘れない。旅行に行くよとついさっきまで浮き浮き喜んでいた人が急にわけもなく落ち込んでしまったような感じで、ここの不思議感、予想もしなかった哀愁こそが魅力の源泉だ。この感情の段差は偶然ではない、メンデルスゾーンは意図的にそうしている。なぜなら、短調になる第2楽節は平行調の(ある意味、当たり前の)ホ短調ではなく、ト長調がニ長調に落ち着いたところでいきなり同名短調(ニ短調)に飛ぶからである。この転調は印象的というか、オレンジ色の景色がグレーに変わるほど僕にはショッキングだ。まるで黄泉の国でもあるかのような未知のガンジスへ二人は逃げる。なぜ?悲しく苦しい現実をメルヘンに投影した瞬間だ。
4.ほとんどの演奏の欠陥
楽譜を見ると、第2、4楽節冒頭に p と書いてあり(①)、伴奏のバスのレがオクターブ低くなっている。自筆譜ではないので後世の補筆かもしれないことは鑑みるとしても、少なくともメンデルスゾーンが意図した音色のイメージが浮かんでこないだろうか?さらに音楽はg-f#-e-d#-f#-e-d-cのバスラインに乗ってさらに憂愁を深めたホ短調へと旅をし、ここをクレッシェンドしろ(②)と指示している。強調して聞き手の印象に刻むべき部分なのだ。ここに情感をこめられると恋人は不安になって一緒に行ってくれないだろう。そこで何事もなかったかのように自然にト長調に戻すと、すぐに「第2節の歌詞の後半」をそのままくり返して、「でも ”そこ” はいい所なんだよ」と明るい印象を重ねて見せる。このわずか数十秒の展開に「劇」がこめられていながら、天衣無縫で何らの作為も感知できない天才的な部分なのだ。
ところが、みなさんyoutubeで聞いてみていただきたいが、ほとんどの演奏は①、②を無視している。リストのピアノ編曲も落としている。そうなれば全曲がのっぺりと平板になり、逃避行の悲しみは雲散霧消してしまう。それでも旋律美だけで聞けてしまうから横行したのだろう。その短調部分こそがこの曲の白眉であり、核心であり、メンデルスゾーンの訴求したいメッセージがこめられているのであり、同時に、音楽的にも驚くべき場面転換が何らの不自然さも聞き手に感知させぬまま白昼堂々と行われてしまうという、音楽にセンシティブな者には黙って聞き過ごすことなどあり得ない箇所なのだ。僕にとってボッティチェッリの “ヴィーナスの誕生” を見たに等しいその瞬間を、すいすいと何も考えずにやりすごしてしまう演奏家の不感症ぶりは信じ難い。美しいはおろか「おじょうずね」の域である。
5.いくつかの演奏について
要するに、この曲はポップス化してお口当たりだけいいように甘味料を施して、あるいは歌手の音域や声質や肺活量の都合で歌いやすいように加工されているのだ。アメリンクの歌をご紹介したのは、彼女のきれいな声のためではなく、楽譜の指示を守ったとまではいえないがささやかながら意識はしてくれているからである。テンポとイントネーションも含め、女声版として選ぶなら僕はこれがベストである。
指示をほぼ完璧に遵守し、詩の意味まで明確なドイツ語のディクションで伝えてくるのがフィッシャー・ディースカウ盤である。短調部分が何たるかを理解していると確信できる唯一の演奏だ。伴奏ピアノは大指揮者ウォルフガング・サヴァリッシュで、短調部分の色調をほのかに変えてバスラインはクリアに出しているのはさすがだ。
という事でこれをお薦めしたいのだが、まったく個人的な趣味で申し訳ないがどうも僕はフィッシャー・ディースカウが苦手だ。細部に至るまで楽譜の読みが深く文句のつけようもない立派な歌であるが、そこまで説明してもらわなくてもいいよというくどさを感じてしまう。それを演じるにはこの遅いテンポが選択されのだろうし、詩をロマンティックに解釈すればそうなろうが、僕は時代として古典派に接近したテンポ感が欲しい。ピアノフォルテでこれだと遅すぎるように思うという理由もある。サヴァリッシュがどう思ったかは関心があるが、あくまで主役に合わせたということかもしれない。
昭和の日本でドイツリートに評価の高かったエリザベート・シュヴァルツコップ。この人も理解しようと頑張ったが、同じく趣味の問題でだめだった。楽譜の指示は無視で全体に平板になってしまう。その分、全曲にわたる細かな表情やレガートで聴かせるが僕の感覚では振付が過ぎてオペラアリアに聞こえる。短調部分、フィッシャー・ディースカウはブレス2回で歌っている。4回なのは女性だと仕方ないのかもしれないが、2回が正しいと考える(ちなみにアメリンクは2回、正確には2度目後半は息がもたず3回)。流れるように一筆書きで歌わせたいから作曲家はあえて強弱の方に細心の指示をつけていると解釈するからだ。短調部分挿入による気分の暗転はメンデルスゾーンの詩の流れへの加工だが、それは転調と強弱で充分に伝わる自負があり、詩の一言一句を明示的に叙述して欲しくなかったのではと思う。
昨年亡くなったペーター・シュライヤーは好きなテナーだがこの歌は短調部分に何も特別には感じておらず(指示も無視)、遅めのテンポで「楽曲全体としてトラウム(夢)」というまとめ方だ。既述のようにそうではない(ハイネとメンデルスゾーンの共作ではない)のであって大家の解釈として残念である。曲頭にはAndante tranquillo.と標示され夢見るように pp で閉じてゆくが、短調部分の音楽上のドラマはメンデルスゾーンのアイデアであって、そうであるがゆえに、ドラマを無用に騒がしくせず p でひっそりと始め、それでも主張は伝えるためクレッシェンドし、楽曲の最後のTraumにミの音をあてて完全な終止感は浮揚させたまま鎮静する(tranquillo)ように消えている。
解釈という概念のないポップス系はみんな全曲ひとまとめの「美しい夢でした」「気持ちよかったでしょ?」だし僕にとってはどうでもいいが、耳にこびりついたこの人の美声だとタミーノがパミーナの絵姿に恋い焦がれて歌うあの歌に聞こえてしまうこともあり、リートは難しいとため息をつくしかない。ただ美しければいいという方には好かれるだろう。
マックス・リヒテック(1910-92)はスイスのテナー。指示は①は無視でブレスの切り方も変則であり、僕の批評精神と矛盾するばかりだがこれを挙げたのはまず何よりテンポがいいからだ。この曲がロマン派風にこねくり回されポップスに転化する予感すらない時代の歌い方を髣髴させ、声質が明るく軽いのも好みだ。着流しのいなせな若衆という風情で、これでこそ短調の意味がくっきりと浮かび出る。これを書いたメンデルスゾーンは25才だったのだ。彼のピアノで演奏されたのはこんな感じだったかと想像してしまう。小林秀雄が「走る悲しみ」と評したのがモーツァルトなら僕は賛同しないが、この曲なら合点である。
チェロ版。この演奏が指示(①,②)を理想的に聞かせてくれる。あくまで器楽としての感興しかないが、そうであるがゆえかこうあらねばならないという解釈に至っている。しかし歌手でこう歌っている人はいない。謎だ。
できればテナーかバスの方と僕のピアノ伴奏でやってみたい。それほど好きな曲だ。
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かわいい子は谷に落とせ
2020 OCT 24 18:18:18 pm by 東 賢太郎
先日のソナー10周年昼食会は赤坂のLyla(ライラ)さんのお世話になった。和の素材と伝統の創意あふれるアンサンブルのフレンチは皆が絶賛であり、コロナ対応も万全だった。いい店だ。忘れられない昼食会になり感謝したい。
家では家族が祝ってくれた。10年無事に来られたのも家庭の支えあってこそである。家事はしないし愛想もないしでおよそ良い亭主、父親とはいえないから家族の眼にどんな風に映っているかは知らない。
それがこういうことだった。この日のために10年の歩みをまとめて作ってくれたアルバムの表紙だ。
こいつみたいに強いと持ちあげてくれたが、ほんとうは、テレビでライオンの番組ばかり見ているせいだろう。
ところで、
獅子は我が子を千尋の谷に落とす
というがほんとうだろうか。這い上がってきたのだけ育てるというが、獅子とは中国の空想上の動物らしく、アフリカのライオンは実は子煩悩のようだ。本当に谷に落ちた我が子を母ライオンが助けてる写真がネットにある。
この故事は父に教わった気がする。這いあがるかどうかテスト中の子に明かすのも変だしそういうポリシーだったかどうかは疑わしくもあるが、たしかに子どものころ父には勉強を教わったことはおろか、ほとんどほめられた記憶がない。それどころか教えを乞うてもいつも「自分の頭で考えろ」であり「おまえの頭は何のためについているんだ」と説教まで食らうありさまだった。
あれはライオン式だったんだろうと思っていたが実はそうでもなく、高校になって野球や受験がうまくいくと父はほめてくれた。つまり、中学まではほめたくてもほめようがないほど僕が情けない息子だったのだ。小学校では虚弱でずっとクラスで背が前から2番目のチビであり、喧嘩はもちろん腕相撲は女の子より弱く、普通そういう子は勉強ぐらいはできて居場所があるのだがそれもなかった。要するに何をしても偏差値30代の最下層民であったから、どう見てもほめてやるものがなかったにちがいない。体格は仕方ないので勉強しか打つ手はなく、だから「おまえの頭は・・」になったのだ。それをしても中学受験に失敗した息子は谷底から這い上がって来ない子ライオンだった。
そこで傷をなめて救いの手を出さなかった父のお陰で今の僕はある。勉強にも生活態度にも徹底してうるさく、一切の愚痴も手加減も認めてくれなかったが、おまえはやればできるという一点にだけは揺るぎのない信用を感じていた。それを裏切ったらいかんと、最後は気迫でやるっきゃないと思わせる強いものがあった。あれは教育方針という紋切り型の理念のようなものではなく、子煩悩の本能的愛情でもなく、無産階級の子はそうしてやらないと幸せにならないという実戦訓から来たに相違ない。なぜなら17才で戦争となり大学に進めず、成績優秀で銀行には入ったが学歴の厚い壁があった。だから息子にはと、ああなるのは必然の親心だった。あとになって思うことだが、当時の父を誰かに喩えるなら、この人しかいない。まさしく書簡集に見るモーツァルトの父そっくりだ。
先日のこと、焼肉屋で他愛のない話をしていると、娘たちがあることを知らないのに気がついた。帰国子女だからときにそういう事もあると大目に見てきたが、今回はそういうレベルのもんじゃない。「いいか、おまえたち、それね、”くろ” は知らなくても “のい” は微妙だよ。”しろ” なら知ってるよあいつは確実に、そのぐらいのことだぞ」。
散々あれでもないこれでもないとやって、ヒントを2つ3つ出してやっと正解が出た。な~んだ、それなら知ってたよとなる。知ってたじゃないんだ。出てこなきゃ知らないんだ。
「これから呼び捨てはいかん。しろ先生と呼びなさい」
こうして僕は谷に落とす。
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モーツァルト Ob、Cl、Hr、Fgと管弦楽のための協奏交響曲 変ホ長調、K.297b
2020 OCT 23 21:21:41 pm by 東 賢太郎
この曲は昔から苦手だ。それなのにどうして取り上げるかというと、第1楽章がどうにも好きで仕方ないからだ。いちどなじんでしまうと麻薬みたいな常習性がある。ならばいいではないかと自分でも思うのだが、そうは問屋がおろさない。聴いていると、どこからかこんな声が聞こえてくるからだ。
だまされるなよ、これはモーツァルトの曲ではない
(1)演目すり替え事件がきっかけ
父への手紙によると、1778年、母と連れ立って3月23日にパリに到着して間もないモーツァルトはコンセール・スピリチュエルなる演奏会用にフルート(Fl)、オーボエ(Ob)、ホルン(Hr)、ファゴット(Fg)を独奏とする「協奏交響曲」(Symphonie concertante) を依頼された。大急ぎで書き、音楽監督ル・グロに自筆譜を渡した。ところが、モーツァルトにことわりなく演奏会当日になって別な曲に置き換えられていたという事件がおきている。
演奏されたのはジュゼッペ・カンビー二作曲の、”似た編成の曲” だった。「オーボエとファゴットのソリストが真赤になってやって来て、なぜやらないのか? ときいた」と父への手紙にある。つまりモーツァルトもソリストも(少なくともObとFgは)知らなかったのだ。演奏した連中はすり替えを事前に知らなければ演奏できたはずがないし、それを作曲者の許可なくやるとは考え難いからカンビー二が首謀者と疑うのが当然と思うが、なぜか現代の学者の間では彼はシロだということになっている。
(2)否定されるカンビー二主犯説
当時のパリでは複数のソロをもつ協奏交響曲が流行だった。その作曲をオハコとしたのがカンビー二であり、生涯で82曲も書いたのは彼だけだ。パリに乗りこんだモーツァルトがその人気ジャンルで「俺の方がうまく書ける」と売り込みを狙ったのは彼の性格からしてあり得ることで、しかもマンハイムで友達になった名人ソリスト4人組(Fl,Ob,Fg,Hr)という強力な味方が同行していた。全員が見せ場だぞと息巻いていたろう。だからOb,Fgが「真っ赤になって(怒って)」クレームしてきたのだ。飯の種を奪われかねないカンビー二が警戒しない方が不思議ではないか。
彼らはさらに追い打ちをかけている。その事件より前、カンビー二はル・グロの家でモーツァルトが自分の四重奏曲を良い曲だとほめ、始めの方を弾くのをきいた。「彼(カンビー二)はすっかり度を失ってしまった」「何も知らずにしたとはいえ、ひどい目にあわせた」と手紙に書いたのはモーツァルトだ。「何も知らずに」は彼一流のウソだろう。カンビー二が「こいつはすごい頭脳だ!」と降参するまで才能を見せつけて叩きのめし、「いい気持ちはしなかったと思います」と父に独白している。腕の誇示、勝ち誇り、そして父を安心させる。いつもながらのモーツァルトだ。
(3)大失敗だったパリ行き
父は身勝手な息子のせいでザルツブルグのコロレド大司教から解雇され、家計は困窮していた。つてを頼ってマンハイムに行った息子は職を求め、同行した母は一人でザルツブルグに帰る予定だった。ところが就職は当てが外れて失敗してしまう。窮地に陥ったモーツァルトに「パリへ一緒に行こう」と持ちかけたのは4人組のひとり、フルーティストのヴェントリンクであった。彼はモーツァルト家とは旧知の仲で信頼があり、パリには何度も行っていて顔が利いた。父はヴェントリンクを信用していなかったが、目先のアイデアに飛びついて騙されやすい息子をコントロールするのに手を焼いており、一案としては考慮した。案の定、何を血迷ったかこの期に及んでアロイジア・ウェーバーとミュンヘンに行くと言いだした息子に激怒する。このあたり、1777年の後半の父子の激しい書簡のやり取りは命懸けで、何度読み返しても手に汗を握る。
父はついに「パリへ行け」と命じる。この決断は「フルートの愛好家ド・ジャンに協奏曲と四重奏曲を書けば200フローリンくれる」とのヴェントリンクの言葉が背中を押したものだ。息子の才能に賭けた。そこで妻に「ヴォルフガングと一緒にパリに行くのです」とも命じた。これはあまりに重い決断になった。というのは、パリへ行って協奏曲と四重奏曲を渡したモーツァルトは「報酬は約束の半分以下しか受け取れなかった」という結末を迎え、妻には病気で客死してしまう運命が待っていたからだ。モーツァルトはド・ジャンをケチだと批判しているが、仲介者のヴェントリンクを責めていない。彼は人間洞察がまことに甘く、手練れの輩には悪意はなくともいいカモに見える。誰も指摘しないが、不足分は仲介者が抜いた可能性も否定できないと考えるのがビジネスの視点だ。
(4)真相(私見)
ヴェントリンクはモーツァルトより先にパリに入ったが、そこでド・ジャンの二匹目のドジョウとしてル・グロに「協奏交響曲」を発注させ、バックマージンを狙ったのではないか。もちろん自分がFlソロを吹いてヒットすれば彼は演奏家としてチャンスも得るわけだから動機として申し分ない。ところが予期せぬ事が起きる。前述のことでカンビー二がモーツァルトの才能にビビってしまったのである。 ル・グロの親分はパリのオペラ界をピッチン二と二分する大御所のグルックだ。カンビーニ(イタリア人)もグルック(ドイツ人)もパリに出てきて成功した流れ者であり、実力者のモーツァルトが流れてくるのはみんなが一致団結して嫌だったのである。演目すり替え事件はグルックの指示かル・グロの忖度かはともかく、こうしておこった。
モーツァルトはこの一件を「カンビー二の陰謀による妨害」と疑った。ところが後世の学者は「カンビーニはモーツァルトを高く評価しており、彼の作品を筆写していることや、本人が明確に否定していることなどからも、妨害の犯人が彼である可能性は高くない」としている(wikipedia)。驚くべき稚拙な論拠だ。証拠がないから推定無罪、それは結構。しかし自分で犯行を否定すれば無罪になるなら警察も裁判所もいらない。こういう浮世離れした説がまかり通って誰も変に思わない音楽界というのは不思議な世界だ。無罪の理由は、パリの作曲家仲間(とりわけ著名なグルック)が「あいつはそんな奴じゃない」と庇護した “事実” があるからだとした方が誰がみても説得力があるだろう。同じくモーツァルトをいじめたウィーンが彼を観光資源として食ってる恥ずかしさに比べればパリは知れたものだ。
(5)奇々怪々な楽譜の出現
失意の中でモーツァルトがパリを去るにあたって、父に「協奏交響曲はル・グロが買い取りました」、「彼は独占したつもりですが、いまだに僕の頭にあるのでもう一度書きあげましょう」と書いた。ところが不思議なことに、独占したはずのル・グロが演奏した形跡がなく、自筆譜はこの世から消失してしまった。なぜだろう?なぜル・グロはこの曲を「飼い殺し」にしたのだろう?そして、1869年になって、さらに奇怪なことがおきる。モーツァルトの最初の伝記を書いたドイツの音楽学者オットー・ヤーン(1813-1869)の遺品の中から、「それではないか?」という楽譜がひょっこり出てきたのである。90年もたって!
それが本稿の表題、K.297bである。モーツァルトの筆跡ではない。何者かの手による写譜である。モーツァルトが記憶で書き起こした記録はないから、もし贋作でないならばル・グロの所有した自筆譜の写しという事になる。モーツァルトが記述しているオリジナルの独奏楽器編成が変えられ(FlがなくなってClが入っている)、パートはFl→Clではなく、Fl→Ob、Ob→Clとしている。この時点で当然のこととして全面的贋作説が出たが通説にはならず、改作説が主流となってどこをどのぐらい変えたかのバリエーションが種々の説として乱立しているのが現状だ。学問領域なのでそれには触れないが、確定的に贋作説を破棄する理由はない(そもそも比較対象物がないのだから)。私見はそれを破棄しない。それが冒頭の “声” である。しかし、僕の耳は、やっぱりモーツァルトでしょというものを聴いてしまうのだ。
(6)仮説(私見)
「協奏交響曲はル・グロが買い取りました」はウソだろう。父に「代金はもらったのか、本当に演奏されなかったのか?」と問い詰められ、そう答えたが、演目すり替え時点で楽譜はル・グロに渡っており写譜はされなかった。売ることでなく演奏してもらうことで評判を得るのが目的のモーツァルトは「返せ」といえる立場にない。パリ楽壇にとって危険物であるそれは体よく没収され、そのまま楽譜の山に紛れて放置され、代わりにパリ交響曲を発注して演奏してやる約束で帳尻が合わされた。このジャンルは序曲の部類で重みはなかった。彼は好評だったと有頂天になって見せるが、手玉に取られていたことを悟り「記憶で書いてやる」と負け惜しみを父にぶつけ、結局やらなかった。現代の芸能プロダクションを見ればわかる。若いタレントの分配は1、2割だ。仮にヴェントリンクとル・グロがつるめば世の必然としてそういうことになる。世渡りに今昔などない。父が渾身の力でわからせようとしていたのはそれであり、息子はうるさがった。いま僕は父親の立場であり、息子を思うレオポルドの偉さに涙が出てくる。
ル・グロが飼い殺しにした理由は単純だ。買っていなかったから演奏できなかったのである。ではどうしたか。強い関心を持っている人物の手に渡ったのではないか。「カンビーニがモーツァルト作品を評価し筆写している」という指摘が当時からあるが、これは注目に値する。このジャンルに音楽家生命をかけていたカンビー二がその人である可能性は高い。モーツァルトから実質的に詐取した自筆譜は絶対に存在を知られてはいけない。事件が発覚すればパリ楽界の、ひいてはボスのグルックの汚名になるからだ。それを守る動機がパリの音楽界にあり、脈々と現代まで引き継がれてカンビー二は無罪放免になっていると考える。彼かまたは秘密を共有する何者かが、「あえて改作」することで私的に演奏することを可能にしたのである。Flをはずしたのは、現代なら詐欺罪を構成するヴェントリンクの関与を隠蔽し、演奏に参加する道を断つためではないか。90年の間に写譜がなされ、秘密を守るシンジケートが形成され、最後にオットー・ヤーンの手に落ちた。ヤーンはなぜ黙っていたか。秘匿の誓約と交換で入手したからだ。
以上が東説である。
(7)録音
ホンモノ性に疑義を持っているから楽譜の分析もしないし、こだわるべき実像がないからyoutubeにいくつもあるものからお好みのを聴けばいい。あえて好みを述べると、ヴァーツラフ・スメタチェックがチェコ・フィルハーモニーを振ったこれが木管ソロのクオリティで群を抜いており、第1楽章は最高評価、第2楽章も真作と思わせる見事な解釈と思う。残念なのは終楽章で、この速さで木管がうますぎると改作?の安っぽさが丸見えになってだまされるなよ、これはモーツァルトの曲ではないの声が大音量になってしまう。よって第2楽章でカットということになる困ったちゃんなのが強くお勧めできない理由だ。
こちらは学者でピアニストのロバート・レヴィンがモーツァルトの音楽語法をインプットしたITプログラムでオリジナルの再現を試みたバージョンである。もちろんソロはClではなくFlで、管弦楽部分も違う。現行版(K.297b)が頭に入っている人には面白いが、オーセンティックである保証はない。あくまでレヴィン版にすぎない。
(ご参考)
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
奇々怪々な脳ドックのMRI画像
2020 OCT 21 22:22:18 pm by 東 賢太郎
脳ドックでMRI、これがいけません。トンネルに入れられる方式は耐えられない閉所恐怖症なのです。そういう人は結構いるそうで、オープン型マシーンを置いている所が人気です。それをトライしましたが、床屋もだめなレベルですからそれでも危機的でした。
画像を見せられました。自分の写真でこれほど妙なものはありません。下の方にチューブみたいのがぐるぐるあったりして、こんな奇怪な物体が俺なのか?と思うわけです。画像をいくら調べたって、僕という意識がどこにいてネコ派だなんてことはわかるはずない。何兆個あるか知りませんが全部の細胞をバラバラにして分子レベルまで調べたってわからない。
どの部位を破損すると何ができなくなるかはわかるそうですが、その理由はわからないそうです。そして、その脳を使ってる僕自身にもわからんのです。よく人生訓で「己を知れ」といいますが、己はたぶん脳なんで、じゃあわからないです。わかる方法は、いろいろ仕事させてその結果を見るしかありません。
8月に浸水した地下の荷物をひっくり返していたら、浪人時代の予備校の成績表が出てきました。いちばんハードな仕事をさせた結果で貴重なデータですが受かってしまうと用済みで中身は覚えてません。まず、思い起こせば僕は不得意な国語の勉強時間を削り、暗記で伸びそうな英・社に回したのです。それは失敗だったことがわかりました。なぜならその2つは偏差値がさっぱり伸びず、ずっと65前後というデータがいま目の前にあるからです。
逆に、伸びたのは理科の84、数学の81、三番目がその国語の75で、この3つは天井も高いが不発だと50代もあり、順位だと全国1番から2千番までと天国と地獄でした。つまり英社は「平凡安定型」(失敗しないので型)、理数国は「巨大バラつき型」(大バクチ型)で、これが自分の脳ミソの個性だったわけです。
そこで国語です。見ると70代が2回出て全国14番までなってますがまったく記憶がありません。英・社は何千回試験受けても絶対にそんなことはおきない自信がありますが、国語もそうだと思ってました。実は「巨大バラつき型」だった。イメージが大きく変わりました。社会に出てお世話になったのは国語力だったかもしれないと思うようになりました。
ここまで人生大きな悔いはありませんが、ひとつあるとすると「巨大バラつき型」が活かせてないことです。ホームランしか狙わず、バントとか進塁打には何の情熱も湧かない脳なので、持って生まれたものに逆らわずこれから狙います。
こういうデータは脳ドックでは出てきません。出てきたのは「問題ありません」の1データだけでした。
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