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ファリャ「恋は魔術師(El amor brujo)」

2018 SEP 11 6:06:57 am by 東 賢太郎

今年の未曽有の猛暑は、昔だったら「太陽が熱くなった」と言ったことでしょう。ロンドンに住んでいた時にほんとうにそうかと思ったことがあります。夏休みにスペイン旅行をした時です。アンダルシア地方でした。北緯51度のロンドン(樺太)に住んでいて38度のセビリア(新潟県ぐらい)に南下するというのは我々にはなかなか経験がないもので、太陽がぎらついて大きくなった、熱くなったという錯覚を覚えます。それがレコンキスタ前のイスラムが色濃く残っているエキゾティックな文物の印象と相まって、ここはヨーロッパでも異質な土地だということを肌で感じます。

赤がアンダルシア地方

グラナダから南下して海沿いのマラガ、マルベージャ、カディスに至るとさらに太陽ギラギラの別世界です。だからここはコスタ・デル・ソル(Costa del Sol、太陽海岸)であってあえて地中海と呼ばない。土地の誇りを感じますね。ネルハは鄙びたいい街で有名な鍾乳洞がありますが、これとベトナムのハロン湾のそれは僕が見た双璧です。この辺りをアンダルシアと呼びますが、ローマを略奪したヴァンダル族から来た名称です(英語の野蛮な行為 = vandalism もです)。この連中が移動したチュニジア、サルジニア、シチリアは全部行きましたが、アンダルシアも含めてどこも好きな処ばかりです。

スペインというと誰もが思い浮かべるフラメンコはアンダルシアの芸能です。スペインと言ってもラテン系ではなくジプシーとムーア人(イスラム教徒)が醸成したものだから民族芸能という感じです。まあ難しいことはともかく綺麗なお姉さんが躍って見栄えがしますが、本場ならではでしょうか、彼女らの声が低くて野太かったのには仰天しました。あれはどこだったか、美しい白鳥に見とれていたらガチョウみたいにガー!と一声鳴かれて驚いたのに匹敵しますね。恐ろしいことです。ご当地フラメンコのお姉さんのインパクトが強烈で、以来カルメンはこういうタイプでないと満足できなくなりました。ジプシーの設定だからあながち外れてないでしょう、かわいい系はぜんぜんダメで、メットで観たギリシャ女のアグネス・バルツァですね、あれに圧倒されて、彼女はもう歌いませんからそして誰もいなくなった。困ったものです。

フラメンコは西部のカディス周辺が発祥地といわれます。そこで生まれたマヌエル・デ・ファリャが故郷の芸能に心を寄せたのは自然なことでした。1914年から1915年にかけて作曲された「恋は魔術師(El amor brujo)」はフラメンコがクラシックに溶け込んだ作品としては出色の名作で、「火祭りの踊り」ばかりが有名でもはやポップス化してますが全曲を味わう価値があります。筋書きは

『ジプシー娘のカンデーラの物語で、その恋人のカルメロは彼女の以前の恋人であった浮気者男の亡霊に悩まされている。そこで彼女は友人の美しいジプシー娘に亡霊を誘惑してもらい、その隙にカンデーラはカルメロと結ばれる』(wiki)

といういとも他愛ないものですね。この曲の演奏というと、僕は高性能オケの都会的センスは全く受け付けず、カルメンに求めるように絶対に欲しいエグいものがあるのです。まず、言葉はわからないけど何とはなしのフラメンコ風味コテコテ(メゾソプラノの歌)、次にアラブの蛇使いの笛みたいなコブシころころの土臭いオーボエ、場末の野暮で田舎っぽいホルン、縦にびしっと揃わないええ加減なアンサンブル、なんかが是非欲しい。それをベルリン・フィルやシカゴ響にわざとやれというのは二枚目俳優がフーテンの寅さんやるみたいなもの。どうしてもローカル演奏陣に頼らざるを得ません。

ところがそんなのは今どき録音しても売れないから出てこない。だから探していたのですが、ついに中古LP屋で見つけたのです。ヘスース・アランバリ(Jesús Arámbarri Gárate,1902 – 1960, 写真)指揮マドリッド・コンサート管弦楽団のスペインVOX盤(1959年録音)です。アランバリはバスク地方のビルバオ出身の作曲家で『マヌエル・デ・ファリャに捧ぐ』(1946)という作品もあり、この演奏は欲しいものがほぼあります。ピアノが若き日のアリシア・デ・ラローチャというのもいいですね。メゾのイニャス・リヴァデネイラはカルメンでもいいかなと思わせる野太い声でローカル色むんむんだ(右)。薄っぺらいオーケストラもいいですねえ。と言ってファリャの音楽が安物かということはぜんぜんなく、透明な管弦楽法、エキゾティックで土俗的な和声、イスラム風味の旋法、セクシーなオスティナートのリズム、ペトルーシュカ風のアラベスク等々、見どころ聴きどころ満載で、何ら前衛的なものがないのは作曲の時代にそぐわないですが、ジプシー舞踊家のパストーラ・インペリオの依嘱だったというからラヴェルのボレロに類するという理解でよろしいのではないでしょうか。演奏は以下の内容になります。

改訂稿(1925年版、『恋は魔術師』)

 

序奏と情景
洞窟の中で(夜)
悩ましい愛の歌
亡霊
恐怖の踊り
魔法の輪(漁夫の物語)
真夜中(魔法)
火祭りの踊り
情景
きつね火の踊り
パントマイム
愛の戯れの踊り
終曲〜暁の鐘

 

 

これがそのLPです。

スペイン音楽に僕が求める感性は以上書いた通りで昔から変わっていませんが、2014年のこれを読むと4年前はずいぶん先鋭に聴いてたんだなあと思います。

ヘスス・ロペス・コボス/N響の三角帽子を聴く

 

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Categories:______ファリャ, ______地中海めぐり編

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