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独断流品評会 「シューマン ピアノ協奏曲」(その8)

2020 JAN 24 13:13:23 pm by 東 賢太郎

ヤン・パネンカ / カレル・アンチェル / チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

パネンカ(1922 – 1999)はヨゼフ・スークやスメタナ四重奏団との合わせ物のイメージが強いがソリストとしても一家言あるピアニストであり、僕は彼のベートーベンを時おり聴く。大向こうをうならせるヴィルトゥオーゾのタイプではなく、スリムで形式感覚のきっちりした演奏に特色があり、野球ならクリーンアップでなく俊足攻守の1、2番の人だ。このシューマンも不足ない技巧で闊達に弾かれており、同系統の音楽資質のアンチェルと相まって筋肉質、質実剛健の演奏である。Mov2などさすがにポエムの不足を感じてしまうが、現代の演奏解釈は過剰にロマン的かもしれず、このテンポがシューマンの意図に近い可能性はある(評点・3)。

 

スビャトスラフ・リヒテル / ヴィトルド・ロヴィツキ / ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団

リヒテル(1915 – 1997)の技巧の凄さについて僕は証言することができる。ロンドンで聴いた彼のプロコフィエフのソナタ以上の驚くべきピアノ演奏を僕は体験していない。ppで弾かれたプレストの複雑なパッセージは衝撃的で、他の誰からも聴くことはもうないだろうと断言できる。このシューマンはそのリヒテルによって恐らく人類の成し遂げた最もレベルの高いピアノ技巧でこのコンチェルトが弾かれた記録であり、ほかのピアニストの指のもつれた演奏によって難所と知る部分に破綻はおろか苦労の痕跡さえ感じさせないものだ。さらに貴重なのはロヴィツキの指揮するWPOが完全にリヒテルに共感、同化し、個性的音色、彫琢されたフレージングで単なる伴奏以上の自発的感興に満ちた音楽を展開していることだ。そのアプローチで必然的に失っている抒情的な部分での詩情というものはあるが、その欠点を割り引いても一聴に値する(評点・4.5)。

 

ウラディミール・アシュケナージ / ウリ・セガル / ロンドン交響楽団

1977年6月, キングズウェイホール(ロンドン)におけるアシュケナージのこの曲唯一の録音である。リヒテルに対抗できるメカニックがありながら剛速球派の彼とは違い剛柔織り交ぜたといえるが、ぶれない芯の強さがあって決して軟投派ではない。アシュケナージのピアノはブラームス2番、モーツァルト20番を聴いたことがあるが、鋼の剛直さと珠のような美音を併せ持ち、決して尖ったエッジはないが終わってみると美味なフルコースを食した満足感にひたれるという体であった。この40才で成し遂げた演奏においてもセガルの伴奏も含め水準が高く、ゆえに再録音しなかったのだろうと想像する。やや健康優良児に過ぎると思わぬでもないが、曲にまだ馴染みのない方が聞き覚えるには不足のない模範的演奏だと思う(評点・4.5)。

 

アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ / ダニエル・バレンボイム / パリ管弦楽団

ミケランジェリ(1920 – 1995)は一度だけ、ロンドンでドビッシーとショパンを聴いた。独特な透明感と色彩感覚のピアノであった。このシューマン、まず冒頭のピアノの「入り」が強すぎ、何が起きたんだ?とデリカシーのなさにびっくりする。84年のこれだけかと思ったら昔のシェルヘン、チェリビダッケとの演奏もそうだ。その後も聞きなれぬ意味不明のダイナミクスに戸惑う場面があって集中できず、バレンボイムの伴奏も無機的で再現部前の浮遊する和声感(こういう箇所がシューマンの狂った所なのだが)が何やら無用に現代音楽風にすら聞こえたりする。カデンツァのアクセントも妙である。比較的普通でほっとするMov2を経て、Mov3はもっさりした野暮ったいリズムで開始する。ピアノは妙なところでルバートと共に鎮静し、すぐ元気になる。コーダでは速めのパッセージにまでルバートがかかる。スコアにない予断を許さぬ驚きの連続だが、何のためなのか僕にはさっぱり意味不明だ。そして曲はついにバレンボイムのあおるティンパニの下品なロールで豪壮に幕を閉じ、無垢な聴衆の大喝采をもらうのであった。あの奇跡的な「夜のガスパール」のピアニストからは思いもよらぬ異星人のシューマンである(評点・1)。

 

ブルーノ・レオナルド・ゲルバー / ヨゼフ・カイルベルト / ケルン放送交響楽団

これもyoutubeで発見のライブ。Mov1、ゲルバーの主題提示はデリカシー満点。第2主題移行部のテンポの緩急や絶妙のルバートも楽想の呼吸にぴったりだ。ゲルバーはロマン派の感情の起伏を大きめにとるが決して尖ったことをせず聴き手を包み込むように納得させる名手だが、シューマンにうまく活きている。カイルベルトの指揮もその脈動に歩調を合わせてあり、展開部でのフォルテではティンパニを強打し、ロマンティックな木管の陰影の明滅も耳をとらえ、大変に「濃い」。Mov3は表情もリズムも大変に雄弁でピアノと競奏的な興奮をもたらす。両者のテンションの起伏が見事にはまっているので、つりこまれた聴衆が静寂部で息をひそめているのが分かる。Mov3の主題提示が録音商品化するには技術的に物足りないが、それを割り引いてもいい。スーパーテクや妙なとんがりで個性を出そうとする若手の努力が完璧にアホらしく聴こえる真打の名演(評点・5)。

 

独断流品評会 「シューマン ピアノ協奏曲」(その1)

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