ビル・ゲイツの思い出
2015 APR 1 12:12:57 pm by 東 賢太郎
くじら座タウ星という恒星がある。太陽から11.9光年の距離にあり、太陽と似た星である。右の星図の中央下から二番目がそれだ。この恒星にタウ星eという惑星があり、生命の存在する可能性があるとされる。エリダヌス座のイプシロン星という恒星にも同様にその可能性があるとされる。
この2つの比較的太陽系に近い星を対象として、1960年に天文学者フランク・ドレイクがアメリカ国立電波天文台の口径26mの電波望遠鏡で始めた地球外知的生命体探査の試みがオズマ計画(Project Ozma)である。これを契機としてSETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)なる「宇宙人探しプロジェクト」が始まった。電波を受信して発信源を探すだけでなく、アクティブSETIといって地球から電波を発信して未知の生命体との交信を試みることも行われている。
これは政府予算が組まれたが現在は大半を民間の寄付でまかなっていると説明されている。さらに面白いのは、誰でも電波望遠鏡の観測データを自分のPCにダウンロードして分析する無料のプログラムを実行させることでSETI@homeというボランティア・コンピューティングプロジェクトに参加できる試みも行われいることだ。全世界で520万人以上が参加しており、これまでで最大の参加者数の分散コンピューティング・プロジェクトだが、この手法はマイニングといってビット・コインの第三者による保有証明にも応用されておりとても興味深い。
米国人は地球外知性とのコミュニケーションのために人工言語を作ったり、地球上の自然音、言語、音楽、大統領メッセージを録音した金のレコード(左)をボイジャー探査機に積んだり、2008年2月4日にはNASA50周年記念として北極星へ向けてビートルズの「アクロス・ザ・ユニバース」を発信したりしている。
アインシュタインの一般相対性理論を発展させ、ブラックホールの特異点定理を発表した英国の理論物理学者スティーヴン・ウィリアム・ホーキング博士は銀河系に知的文明を持った惑星が200万個は存在するだろうと明言している。1961年にアメリカの天文学者のフランク・ドレイクがドレイクの方程式を示し、地球外文明の数の存在する可能性・確率を具体的に数値で論ずることを可能にし自然科学者らに大きな衝撃を与えた。それを解くと、我々の銀河系に存在する通信可能な地球外文明の数は10個である。
それに対し、wikipediaによると、我が国において独自のSETIのようなプロジェクトはないようで、ちなみに上述のくじら座タウ星を検索してみると、その星が「ミニスカ宇宙海賊」(笹本祐一のライトノベル)、「ズッコケ宇宙大旅行」(那須 正幹の児童文学)に出てくるぐらいのものだということがわかった。JAXA(宇宙航空研究開発機構)が北極星に向けて何か発信するなら坂本九の「上を向いて歩こう」かなと思うが、それは安倍さんついに気がふれたと格好の週刊誌、政局ネタになるだけだろう。
SETIプロジェクトは大方の日本人にとっては絵空事、夢物語、SF小説もどきというイメージではないか。皆さんが「宇宙人はいま~す」と真顔で言ってご覧になれば、99%の人の失笑を買うかこのヒト大丈夫かいなという眼で見られることに気づかれるだろう。それが日本だ。「宇宙人」はやめて「地球外知的生命体」(同じことだが)と言い直すと99%が70%ぐらいには減るだろうが、それは同感してくれたわけではなくもっともらしい言葉に思考停止しただけだ。
そう思っていたので、この記事を読んでさすがに欧米人は違うとうならされた。
地球外知的生命体探査計画に専門家らが警鐘 – AFPBB News
そんな馬鹿なことカネがもったいないからやめとけ、なんてみみっちい話ではない。危ないからやめろといっているのである。相手は獰猛なライオンかもしれないぞ、シマウマが自分で居場所を教えて食われたらどうするんだということだ。送っている電波の先に「誰か」がいることが前提になっている。
こういうことがホーキングのような大物理学者を交えて喧々諤々と議論されてしまうというニュースは、これまた宇宙人ネタとおんなじぐらいなんの波風も立てずに日本人の頭を通り過ぎるだろうが、実にショッキングなことだ。僕はそういうコミュニティの人々と日々世間話をしたいし、それが日本にないなら仕方ないからアメリカに移住したほうが老後は楽しいのかなとまじめに考える。
なぜくじら座タウ星が大事かというと、太陽はあと40-50億年で確実に死を迎えるからだ。地球は膨張した太陽に飲みこまれて跡形もなく消える。これは確実に起こる。だから「ノアの方舟」で人類は他の星に移住しなくては死滅するのである。日本人と欧米人の違いは「科学的かどうか」ではなく、そんな先のことは私は知らない関係ないと思うかどうかだろう。サイエンスというよりも宗教観のように思う。
星々の彼方に彼の御方がおられるはずだ
これは新興宗教の祈祷の文句ではない。ベートーベンの第9交響曲の歌詞の一節だ。これをドイツ人は Über Sternen muß er wohnen. と歌い、日本人は イューベる シュテるネン ムス エる ヴォーネン と歌っている。このmuß(英語のmust)、「はずだ」というのがいい。日本と西洋の精神構造の決定的な違いを見事に教えてくれている一語だ。
50億年後の子孫の存亡をまじめに考え議論できるから、50億年前の太陽系の起源も137億年前の宇宙の創成も真面目に考えられるのだろうし、その逆も真なりだと思う。それは思考の基盤のようなものだ。物をきちんと考えるためには「基盤」がしっかりしてないと難しい。基盤はテニスコートと一緒で、どっちにも傾いていない、真っ平なものが望ましい。そうでなくては自由な発想、自在な着想、自然な論理の展開は妨げられるからだ。
その記事を読んで、ふと、1997年のダボス会議でビル・ゲイツが「21世紀の人間はどこの国に生まれ、どの大学で学んだかではなく、何を学んだかで生涯年収が決まるだろう」と言ったのを思い出した。もちろん、学ぶべきはITだという結論だ。「生きがい」とか「人生」とかアバウトな言葉を使わずにズバリ「生涯年収」というところがいいなと別なところに感心したこともふくめ、彼の淡々とした口調と物静かな物腰と合わせて、強い印象として残っている。
当時僕はそれをマイクロソフト社CEOの我田引水の議論と思って聞いていたように思う。企業経営者はそういうものだと偏見があったからだ。それこそ、僕が本稿で「頭の中のテニスコートが平らでなかった」という表現に置き換えていることだ。しかし、素直に客観的に、ビル・ゲイツがあのときに打ってきたボールをながめると、彼は18年前に今日の社会を正確に予見していたということだったと気づく。
彼の方は平らなテニスコートを頭の中に持っていたのだろう。それを使って彼の立場で見聞きする事物というボールの軌跡をじっと観察し、ああいう発言をした。そういうマインドの人でなければ、つまり単なる金儲けと欲得に目がくらんでいる人だったならば、あれだけの会社は創れていなかっただろう。
おそらく、僕を含めてほとんどのダボス会議参加者はゲイツの真意を見抜けなかったか、見抜いても心から信用はしていなかったように思う。そんな馬鹿なと思われるだろうが、1997年というと携帯電話がまだ珍しく、同じダボス会議の場でインテルの初代CEOアンドリュー・グローブが演壇でそれを取り出してストックホルムの支店長を不意打ちで呼び出して話をして見せ、満場からオーという感嘆の声が上がった時代だ。同年に初めて携帯電話と称したものがNTTから発売されたが、その重量は900gだった。グローブがかけたのも小型の箱のような不細工ででっかい物だった。
未来を予見し、社員にそれを語って納得させるのは経営者の最大の仕事だ。しかし、来年の話をしても鬼が笑うと教育されてしまう日本人は5年以上先の話はまじめに取り合わないし、10年以上になると宇宙人を信じます程度の話にしか聞かない。これは個人にも社会にも大きな損失であるし、政府の大本営発表にだまされやすい国民性をつくる。宇宙人がいるかいないかぐらいはきっと誰もが興味を持てる話だろう。ホーキングの本を読み、それを真に受けるのではなく批判精神を持って自分で考えてみるのはけっこう楽しい。
「宇宙への秘密の鍵」(ルーシー&スティーヴン・ホーキング)が小学生向けで誰でもわかる。
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脳は寝ない
2015 FEB 26 0:00:14 am by 東 賢太郎
NY在住のメンバー是枝理絵さんが来日されていてお会いしました。NYでお元気にご活躍のこと、とてもうれしく思いました。久しぶりにいろんなお話ができて楽しかったです。そこでたまたま受験勉強の話が出ました。
僕はそのころ毎日数学の問題をひとつ解いて寝るのが習慣でした。それも難問集や通信添削の手ごわいやつで、自分に課した制限時間は1時間。たいていは解けずに時間切れで寝ることになります。
ここまではいい。ここからが信じてもらえませんでした。
朝起きて、もう一度考えると、それがすっと解けることがあるんです。えーっ、うそでしょ?いえ、本当なんですよ。ただし、「解けていた」わけではなく、もう一回考えると、解けるんです。それも何回もあります。
それ以来僕は「脳は寝ない」と信じることになります。寝ているというのは意識の部分がオフになって飛んでるだけで、回路は作動しているんだと固く信じてます。いまでも、ビジネスのアイデアは目覚めてから30分以内に考えるようにしてます。そこが勝負タイムです。
5W1Hといいますが、僕は1Wだけの子でした。Why です。それ以外興味なし。その答えが見つからないと寝られない。だから星のことを考えていつも睡眠不足になってました。その癖があったので、寝る前1問は「寝られないかも」という恐怖がはじめはあって、1時間で解かなくちゃという絶好の訓練になったわけです。
ところが、時間切れで寝ても頭が勝手に考えてくれて、結局は解けて同じトレーニング効果がある、こりゃ楽でいいやということに気がついてしまった。寝ながら脳の筋トレです。そこから安心してよく眠れるようになってしまいましたが。
むかし睡眠学習というのが確かありました。寝ている間にテープで流して単語や年号などを記憶する。しかし「記憶」については僕は懐疑的で効果があるのは「回路」を使う作業です。だから英単語を覚えたりではなく、リスニングに耳を慣らして意味を理解するほうには使えるかもしれません。お試しになる価値はあるように思います。眠れないなら寝る前1時間きくというのはどうでしょう。
たとえば、これも昔、下宿でカセットをループで流しっぱなしで寝てしまって、そうしたら何回も無意識にきいた知らなかった交響曲をすぐ覚えたというのもあります。音楽も時間と共に進むので個々の音の記憶でなく回路なんだろうと思います。覚えたい難しい曲を1時間聞いてから寝る。いいと思いますよ。
最近は「寝る前ブログ書き」になっていて、これもなんかしらの解けない問題を残して寝ることになってます。ずっと日記を書いてきたので、それがブログになっただけですが。これがまた、その日に考えたり発見したことを文章にするので頭が整理できます。そこで睡眠となると回路の中でそれが朝には消化吸収されている感じです。
僕は見聞きしたこととか、今日はどうしたとかの事実を書くことはあまりないのは、そういうことにすると毎日書くほどのコンテンツはないからです。だから、考えたこと、つまり「回路」の言っていることをそのまま書き写しています。回路は毎日間断なくしゃべるので、毎日苦もなくブログが書けます。これは長年の習慣からそうなったと思います。
60歳になりましたが、ひょっとして脳はまだまだ進化するかもと思ってます。これは誰でもありえること。そう考えた方が夢があって楽しくありませんか?ただし、好きなことは早く覚えられるように脳は勝手にプライオリティーをつけますから、「脳は眠らない」とか「死ぬまで進化する」とか、本気で信じないと効果は薄いでしょう。信じる者は救われる、そういうことだと思っています。
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僕のSTAP論文事件ブログについて
2014 DEC 21 15:15:59 pm by 東 賢太郎
僕のブログは開始2年3か月たった今現在のべ25万人ほどお読みいただき、ざっくり7割ぐらいが音楽記事の訪問者という感じである。正直のところ、自分がプロの部分よりアマの部分のほうが関心を持たれているのは、どうしても居心地が悪い。ブログ題材は死んでも残る自分の鏡と思っている。正確に写したい。歪んでいるかもしれない専門外の鏡によってではなく。
証券業務経験者のアングルからSTAP論文問題について3月に書いたらそのブログを2万8千人ぐらいが読んで下さった。僕は最大の証券会社でエクイティ業務に従事しファイナンス業務で役員という地位も報酬も得ていた者だ。だから世間的な定義上はプロということになるだろう。その眼で見てあのファイナンスはおかしいので書いた、だからたくさん読まれた。これは自分の鏡として納得がいく。
しかしあの記事は引用はされたが反論も反証もない。それは仕方ない。あの本文部分に反論するのは普通の証券会社員でも無理だ。マスコミも含めて部外者には本質的なところはピンとこないと思う。その特定の業務経験のある限られた人しか通じないニオイであって、プロなら反論より同感でしょという逆にあまりにあたりまえのことだ。
ところが引用といっても、法的、実務的な理解が浅いか根本的にカン違いの脈絡でがほとんどである。僕はSMCで身分も経歴も開示しているが、僕が誰かも正確にわかっていないような人が同じくわかっていない人向けに引用したってネットトレーダーのポジショントーク並みの軽さだ。
一部良心的と思われる方からもっと易しく書いてくれというコメントや質問をいただいたが、易しく書いてもさらにカン違いの引用が増えるだけで何か生産的なことが期待できると思わないという結論に経験的に至った。僕は大衆週刊誌の記者ではないからたくさん読んでもらう意味はない。あれを読んでわかってほしいのは、読んですぐにピンと来て責任ある行動をすべき立場にある人達だけである。
そもそも小保方さんが美人だとか詐欺師だとかいう類の下世話なことに僕は何の興味もない。科学者の良心、子供の教育、そして法の正義、そのいずれもに日本国民として深い衝撃を覚えたから書いただけだ。行為を注視、検証すべきなのであって、行為者が誰かはいささかも問題ではないし、問題にすべきでもない。小保方さんの人格攻撃などもってのほかである。
隣りの国のナッツリターン事件を冷静に見ていると法治国家の法の正義という大きな問題があぶりだされてくる。正義が国や部族によって変わるのは認めても、財閥わがまま姫への国民感情が法律論に及ぶなら法治国家という建前はぎりぎり帳尻を合わせたとしても、国際社会での理解という法律ではない国家の品格のような判断基準では陰ひなたで裁かれてしまうだろう。
STAP論文捏造事件、これは日本の頭脳クラスの自殺者まで出した事件(case)であり科学者の手をもはや離れている。「(科学なのだから)部外者には本質的なところはピンとこないと思う」というフェーズにはもうないし、あってはならない。
理研の幹部は国民に対して真摯に責任を持って事実を調査、報告すればいいのであって、下村文科大臣のいう次のステップに進める能力は彼らには誰も期待していないし彼らの責任領域でもない。税金で運営される機関なのだから、世界の常識として、次の国会で国民の前で議論されるべきである。
ブログに書いた通り、検証実験の不成功は初めから事件の本質にとって何の関係もない。小保方さんもそれで悩む必要はぜんぜんないということだ。
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「はやぶさ2号」打ち上げを猫と見る
2014 DEC 8 17:17:23 pm by 東 賢太郎
12月3日、平内海中温泉をあがって車で観測に絶好の場所と教えてもらった安房の高台にかけつけました。地元の方が2-30人ぐらい集まってきます。すいませんとそこの道路沿いに並ぶお家の庭に入れてもらってブルーの海を一望すると、なるほど種子島は目と鼻の先です。
おばあちゃんがあたりを仕切っていて「どうぞどうぞ、こっちのが良く見えます」と案内してくれました。
「どっから来ました?」「東京です」「ロケットはウチらなんどもこっから見てますよ。でも今日は雲もなくって、こんなの滅多ありゃしません。」
そこの地主はおばあちゃんではなく、若いご主人がいました。鹿児島出身で移住されたそうです。
「打ち上げ、13時22分だからあと5分ぐらいですね」
ご主人と話していると、むこうから猫がとことこやってきて石塀の上に寝そべりました。その顔を見て唖然です。
「ノイ、なんでお前ここにいるの?」
ノイはウチの猫です。これです。
目の前の猫はこれです。
これがノイ。
これが目の前の猫。
参りました。他猫の空似とは。それにしてもどうしてこんな絶妙のタイミングで出てくるんだろう?なにか判じ物を見せられている気分です。
「気をつけて下さい、ひっかきますよ」「いや平気です」
抱き上げるとノイそのものです。
「ひょっとして今年の4月生まれじゃないですか」「はい」
いや、あいつ、ロケット見に現れましたね。
はやぶさ2号の打ち上げはスペクタクルでしたが、僕はそれをノイ似の猫と一緒に眺めたのです。まずこれが打ち上げ直後です。真ん中のとんがった杉の直線上に噴煙が上がってます。
少し上昇したところです。
さらに上昇。ここからが速かった。
こうなってあっという間に消え去りました。
轟音はもの凄いのが2分後にきました。風圧を体ごと受け止めた感じです。帰還予定はたしか6年後でしたっけ、もう他人ごとには思えません。無事を祈っております。
以上、30分ぐらいのあっという間の出来事でしたがキツネにつままれた気分。あれはネコじゃなかったのかな?
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クラシック徒然草-僕がクラシックが好きなわけ-
2014 NOV 2 16:16:27 pm by 東 賢太郎
私は物理学者になっていなかったら、音楽家になっていたことでしょう。私はよく音楽のように物事を考え、音楽のように白昼夢を見、音楽用語で人生を理解します。私は人生のほとんどの喜びを音楽から得ています。
アルベルト・アインシュタイン
先日の皆既月食の時、アマチュア天文好きはほとんどが「観測派」なので友達がおらず子供のころ寂しい思いをしたことを思い出しました。
僕は恒星にしか興味がありません。日食や月食はかくれんぼみたいなもので物理現象でないし、何がおきるか完全にわかっているのだからただのショーです。皆既日食の時はカラスが何をするかの方が気になっていましたし、どうしても赤色超巨星の変光や130億光年先の未知の星雲での出来事のデータの方が気になります。
こういう趣味は幼児のころからはっきりしていて、僕は2歳から無類の電車好きでしたが車輪と線路以外は一切興味がありませんでした。非常に変な子だったと思われます。もしも鉄道会社に入るなら社長でも運転手でもなく線路の補修工をやりたい。今でも彼らを見るとうらやましい気持ちがわきおこります。
恒星の物理現象の何が楽しいの?と聞かれても猫好きとおんなじで、好きだという事実が先に厳存するのであって考えても意味のないことです。実際にそれを見た者はないわけですから頭の中だけの世界ですがそれでもそこに浮かぶイメージは時としてどんな名画より美しいと思います。
音楽も同じことです。どうしてクラシックが好きかというのは、どうして恒星がどうして線路が好きかということと同質です。なぜこの曲はこんなにいいんだろう?これを解明することとシリウスの伴星の質量への関心とは同じであり、シリウスを夜空に見上げるのはその曲を聴くことと同じことです。
音楽は人為的な物理現象です。それを耳にして頭の中に何が浮かぼうと、快感、感情、風景、ポエム・・・なんであろうと勝手です。ただその段階ではもうそれは音ではなく、脳内の現象になっています。それを心象と呼べば、それは聴く人の脳の数だけあります。ある曲を聴いて万人が同じ心象を抱くとは限らないのです。
ラヴェルのボレロを聴くと僕は極めてメカニックなゼンマイ仕掛けの時計を思い浮かべます。ところがさる女性の方があれはセクシーよねとおっしゃって頭が凍りつきました。セクシー? 同じものを見聞きしてかように天と地の差が出る、これは音楽が多面体であって、見事にカットされたダイヤモンドのように見る角度でいろんな魅力があるということなのです。
10年ぐらい前に僕はボレロをシンセでMIDI録音しました。なんとなく時計のゼンマイをばらばらに分解してみたくなったのです。すると、そこには和声や対位法の秘技はちっともなくて、ひたすら単調な2つの旋律とリズムの繰り返し、それに楽器法の多様なスパイスがふりかかっていくだけという造りなことが現実として見えてきました。
つまり、部品にバラしてみるとどのひとつも珍しくもなく、楽器の面白い組合せの効果だってシンセで忠実に再現できてしまう。まるで精巧なプラモデルみたい。作りかけで内部が中空の戦艦大和を上から下から眺めてぞくぞくする、ああいう感じを味わいながら全曲を完成してみて、ああやっぱりこれはゼンマイ時計だったんだよかったと得心したのです。
ちなみにご存知の方も多いでしょう、ロンドンにドーヴァー・ソウル(シタビラメ)で有名なWheelersというレストランがあります。素材は同じヒラメのムニエルですがソースの違いでたしか10何種類ものメニューがあり、どれもうまい(お薦めです)。ボレロはあの舌平目を片っ端から10種類食べるのとおんなじだったんだということです。1種類のソースで10枚はとてもとても。ボレロはピアノリダクションしてもちっとも面白くない曲です。
しかし、そういうことをぶっ飛ばしてセクシーだとかいう人が現れる。「おおジュリエット!そなたの瞳は・・・・」みたいな宝塚風世界が見えてきて、そういうのは僕とは縁遠い世界なもんでもうアウトです。こっちはボレロとくればホルンとチェレスタにピッコロがト長調とホ長調でのっかる複調の部分が気になっている。しかし何千人に1人ぐらいしかそんなことに関心もなければ気がついてもいない。ここで、日食や月食が好きな子と遊べなくて寂しい思いをした子供時代に戻るのです。
たしかにラヴェルはゼンマイ時計を造ったのですが、もし彼がセクシーという評価を知ったらひょっとして喜んだんじゃないか、それこそ彼の思うつぼだったかもしれない。伝記を読んでいてそう思ったのも事実です。素晴らしい時計ですね、そんな評価は欲しくなかったかもしれない。そう感じてなにかまた寂しい気持ちになったりします。こういう人間は孤独なのです。
そこで後日、ブラームスの4番の交響曲の第1楽章、これも僕にとってはバラバラに分解したくなる対象なのですが、それをMIDI録音してみました。するとこっちはソースではなく食材そのものに多種多様なアミノ酸、タンパク質が含まれたものであることがわかってきました。彼の3度、6度音程がそれの重要要素で、12音の全部を基音とする長短調主和音が含有されていることも。
でもそれはらっきょうをむいたようなもので、何も出てこない。どうして僕が惹きつけられるのか、その効果をもたらす核心、根源は悔しいことに分解した部品は教えてくれないのです。原子論が脳を解明できないのはこういうものでしょうか。音楽としては全然似てませんが、結局これもボレロのセクシーと同様によくわかりませんでした。
そういう、いわば「形而上の何ものか」を名曲といわれるものは含んでいるようです。すると僕はそれを形而下におろして分解したくなる。いろんな人の演奏をいわば「聴感実験」としてきいてみたくなる。そうやってその曲を覚えこんでしまう。その積み重ねで僕は50年もクラシックにのめりこんできたようなのです。分解癖がうずかない曲はぜんぜん関心がない、どうもそういう事のようです。
ブログで譜面をお示ししたくなる部分、そここそ分解したい箇所であって、それこそが僕のブログの主題だからそうしないといけません。今はそういうものの合成効果を僕は好きで、それが感動をくれていると考えています。それは自分だけの心象かもしれないので普遍性があるかどうかは知りません。たぶんないでしょう。日食・月食派の方にはどうでもいいことでしょうが、物理現象派の方にはわかっていただける 一縷の望みをかけております。
僕はリストやマーラーやヴェルディやほとんどのショパンに興味がないことを明かしているので、いくらボロカスに書いても無視してください。所詮好き好きです。なぜといって分解したいところがないのです、一ヵ所も。だから楽譜を見たいとも思わない。おおジュリエット!も僕の音楽観にはいっさい出てきません。
音楽の教科書に載っていた曲はみな名曲だ、聴いてわかなければいけない、わからければあなたがおかしいのだなんていう呪縛はクソくらえなのです。僕は中学まで音楽の成績2の劣等生ですが、ピアノが弾けて笛がうまくて5だった人たちが今の僕よりストラヴィンスキーの音楽について理解していることはたぶんないでしょう。そういうことは育ちや教育や技術ではなく、すぐれて遺伝子のなせるわざと思います。
レコードの批評はくだらないので読みません。つまらない曲の演奏などどうあろうとつまらないわけで、そんな曲を批評できるほど真面目に聴いていること自体趣味が悪い。そういう人のおすすめに従ってみたいとは思わないです。良い曲はプロがちゃんと演奏すればよほどひどい解釈でないかぎり良いはずです。だからCD屋へ行って棚に並んでいる有名演奏家のものを買っておけば間違いはありません。
その曲の本質をより突いた演奏というのはたしかにあります。それは語られるべきですが、それもこれも、曲が良いという大前提があってこそです。必要なことは「良い曲」を探して、それを良く知ることなのです。そしてそれぞれの人によって持つ心象が違うのですから何が良い曲かもかわってきます。他人の評価やおすすめはそれはそれとして、とにかく自分の耳で聴いてみること。それしかございません。
僕はいい曲かどうかを分解したいかどうかで選んでおり、ある人はおおジュリエット!で選んでいる。どっちでもよい。そういう事だということを知ったうえで自分の「良い曲」のレパートリーを増やしていくこと、それを探し求めることこそクラシック音楽の森に足をふみ入れることです。その道を歩いてさえいれば、どんなにレパートリーがまだ少なくとも、「自分の趣味はクラシック音楽です」と堂々と語ることができる、僕はそう思います。
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脱法ハーブと証券犯罪
2014 JUL 5 20:20:13 pm by 東 賢太郎
脱法ハーブが問題になっている。英語ではsynthetic cannabis(合成大麻)であり、大麻の薬理成分であるテトラヒドロカンナビノール (THC) の効果を模倣する合成カンナビノイドを含むハーブ製品である(Wikipediaなど複数のソースによる)。
渋谷でこれを禁止するデモが起きているのを知って不思議に思ったのは、「脱法」であるなら「違法」とすべく法改正すればいいではないかと疑問を持ったからだ。しかし、調べてみると、それができないから問題なのだということがわかった。
自然科学が関わる領域での法律制定というものには限界がありそうだ。素人考えではあるが、例えばグルタミン酸は「コンブ、チーズ、緑茶などに大量に含まれるほか、シイタケ、トマト、魚介類などにも比較的多く含まれていることが知られている。」が「致死量はLD50=20g/kgである。」(以上、出典Wikipedia)。これはうまみ成分なのか毒なのかはともかく、それを知ったとてコンブやお茶を販売禁止にできるわけでもないだろう。
また法律というのは禁止する対象をしっかり定義しないといけない。さもないと冤罪や医療目的利用の阻害など問題を呼ぶ。大麻取締法、覚せい剤取締法にある定義がそれだから、大麻の薬理成分に模擬した新薬は取り締まれない。だから脱法となる。厚生労働省は「合成カンナビノイド類」を指定薬物として包括指定(772物質)する省令を公布し、3月22日から施行されたが化学式に改変を加えた合法な新物質を作る(出典Wikipedia)という「いたちごっこ」になっているようだ。
「いたちごっこ」は証券犯罪の領域でも長年にわたって存在する。特にその代表的なものであるインサイダー取引規制がそうだ。インサイダー取引とは金融商品取引法(法166②)に列挙される「重要事実」なるものを公表前に知ってその株式を売買することである。だから「重要事実」にないものでその株式が上がる(下がる)という情報を知って売買してもそれには当たらない。では「重要事実」とは?ここで上記の脱法ハーブと同じ問題が発生するのである。
もうひとつに「風説の流布」というものがある。相場の変動を図る目的をもつて風説(虚偽の情報)を流すことである。明白に虚偽とは言えなくとも、合理的な根拠のない情報であれば罰せられるおそれが ある。包括規定であるため抵触する行為の範囲は広い。そのため必ずしも個々の案件で検察が捜査を行うとは限らないが、東京地検は企業買収に絡む株取り引きで風説の流布の疑いでインターネット関連企業ライブドアの堀江貴文前社長らを逮捕(ライブドア事件)した(出典Wikipedia)。
これからも「重要事実」「風説認定」の外し方で続々と新手が開発されるだろう。元ネタが海外で作られると日本の当局には手が出しにくいという盲点をついたものが増えるのではないかというのが私見だ。アメリカから入ってくるのは脱法ハーブと同じだ。
お知らせ
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世界三大不正の一つと言われる国辱(追記あり)
2014 JUN 13 22:22:47 pm by 東 賢太郎
僕は3月にこういう投稿をしました コピペという文化。そこに隠喩したSTAP騒動はまだ本格化する前でした。
その醜態はとどまることなく、一昨日も論文データを改ざんしたノバルティス元社員逮捕のおぞましいニュースが出ました。シニアの方々はクレージーキャッツの映画『ニッポン無責任時代』を覚えておられるでしょうか。今や男も女も無責任ぐらいはかわいい方で、むしろ、嘘、ごまかし、なりすましで積極的に他人を騙し、ばれると「悪意はなかった」と平然とその場しのぎを言ったあげくに逆切れするのまでいる時代です。外を見ればそういう国はいくらもありますが、そうではないのが美徳だった日本も立派にグローバル社会の一員になりました。
理研改革委の岸輝雄委員長が述べられたようにSTAP事件が欧州で「世界の三大不正の一つ」と認定されているなら、これは科学史に残る重大事件であってセンター解体ぐらいでは足りないぐらいです。もとより多額の税金によって設立、運営される公共の組織を吹き飛ばしたことだけでも重罪ですから、責任者たちはそれに匹敵する裁きを受けるのは世界の常識であり、税金の返還請求など当たり前です。弁護士が意味不明の情緒的弁解をくり返してきましたが、そんなことはまったくどうでもよく、淡々としかるべき手続に従って裁かれるだけです。
僕は何度も我が国における「父性原理の後退」を指摘してきました。マッカーサーGHQ占領下での日本非武装計画(というより計略)に端を発した諸々の仕組みと洗脳が奏功し、半世紀余を経て父性原理は危険かつ時代錯語とされて国ごと去勢されました。日本はおろか儒教国ではありえないお父さんが犬であるあの不愉快極まりないCMはその土壌でしか効能がないでしょう。その腐った土壌にもうひとつ、米国文化の軽薄な面だけをアメリカンと勘違いするそれこそ軽薄な面々の文化が上塗りされることで冒頭のコピペ文化は形成されたと思います。それは日本人、日本国の大黒柱の腐蝕であります。僕は右翼でも軍国主義者でもありませんが、どこの国でも当たり前の愛国者なら危機感を持つはずです。
今回の理研改革委の解体提言は父性原理による必然の鉄槌であり、母性的な情緒が影響して終息しかねない国情の中でそれが下されたというのは識者の立派なご見識の発露であり、至極健全と思われます。元来そういう性向を有すると思われる行為者はどこまで責任能力があるのかすら不明に思われる程度であり、そのような者をずさんでいい加減な入試とプロセスで選別、合格させ、しかも放置した管理者たちの責任こそ決定的に甚大であります。
ここで我々国民が注視しなくてはならないことがあります。研究不正は「研究倫理」の問題であり、「研究内容だけ」に関わる問題です。だから個人の問題であり、その個人を罰して例えば懲戒免職にして終わるという解決は可能です。ところが今回は組織の管理体制ごと救済しがたい無能力と判断したわけです。だから組織ごと懲戒免職にする、つまりお家お取り潰しとなった。老中、家老は切腹。これもわかります。
ところが週刊文春が指摘した使徒不明の経費、出張費という別の問題が発覚しました。これは「研究内容」の話ではないので三大不正とはまったく別次元の問題です。2人で1回9万円の出張が週1以上のペースで11か月も続くというのは尋常ではなく、多忙な実験の間をぬって国費で行ったのですからよほど重大な案件があったのでしょう。それは何だったのか???これが国民的関心事になった以上、お家お取り潰しで記録がなくなりましたでは済みません。消費税をさらに10%にすると言っている矢先です。その税金が2人の使途不明金に消えていましたでは納税者は誰も納得しない。理研の監督官庁の問題でもあり得るでしょう。
この騒動が世界にも納得のゆく形で解決し、誠実かつ優秀な科学者、研究者の皆さんが正しいモチベーションをもって研究に邁進され、世界三大級の成果をあげられることを切に願います。
(追記、6月18日)
安倍内閣第3の矢と予算。先端科学と女性登用。下村大臣と文科省。先進医療と医工連携。早稲田と東京女子医大。ハーバードと Brigham and Women’s Hospital。特許50-50。 理研と独立行政法人。GPIFと独立行政法人中小企業基盤整備機構。ゴッドハンドと入試なし。
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天文学は清涼剤
2014 MAR 29 1:01:46 am by 東 賢太郎
今週は仕事にいらいらで疲れ切ってしまい、帰ってプロ野球開幕戦を見れば阪神が巨人にボロ負け。カープは勝ってくれて嬉しいがそれでも気が晴れず、音楽を聴く気もせず本を読むには目が霞んでて最悪の状況です。
そこでなんとなく見たのが「MIT白熱教室」のウォルター・ルーウィン教授の講義です。恒星の一生の話でした。僕は彗星や月食やらの観測や星座のおとぎ話には関心のかけらもありません。恒星に関する物理だけが関心事です。
星の物質が中心に向かって落ち、核融合反応で膨れることで半径が決まって調和する。水素が燃え尽きるとヘリウム、炭素、ケイ素といって最後は鉄になって核融合が止まる。高密度の白色矮星になり、それがさらに進んで中性子星になり、それが高速回転してパルサーになる。シリウスの伴星が白色矮星であることは美しい方程式から理論的に発見され、確認された。かに星雲の星の残骸がパルサーであることの発見。さらに半径が減って点になるとブラックホールに。そこを周回する恒星(ドナー星)の質量とスペクトルの赤方偏移、青方偏移(ドップラー効果)からわかる回転半径と周期からブラックホールの質量が計算できるのです。それが見えないけれど「在る」という白鳥座X-1の写真!
人間界のささいな事々を忘れるロマンです。宇宙物理のロジックの美しさ!!特異な天体の写真を見て実体を想像するのが僕の子供のころの最大の趣味でした。ぎょしゃ座エプシロンの伴星、くじら座オミクロン星ミラ、うしかい座アルクトゥルス、こと座ヴェガ、ケンタウルス座アルファ星等々夜空や写真を夢中になって見ていたなつかしい名前です。もう一回生まれたらやっぱり天文学者になりたい、MITで研究したいです。なんで俺はここでこんなことをやってるんだろうとつくづく思ってしまいましたが、もやもやは宇宙空間のかなたに雲散霧消です。
ヴェガ(右)には太陽系に類似したものである可能性のある惑星系が形成されているそうです。ヴェガは0.19日の周期で僅かに変光するたて座デルタ型変光星であり12.5時間という高速で自転しており、その速さは遠心力でベガが自壊する速度の94%に達していることが判明しました。このため、極付近と赤道付近では大きな温度差が生じているそうです(Wikiより)。こんな太陽の惑星に住んでいたら・・・想像するだけでも心の中が無菌状態になります。
(こちらへどうぞ)
小保方発表で暴騰したセルシード株(7月25日、追記あり)
2014 MAR 18 3:03:52 am by 東 賢太郎
「いやしくも彼女もその科学者である。コピペ、使いまわしがレッドカードなことも探知するソフトが出回っていることも知ってるはずだ。研究に対する一定の良識もあるだろうし僕はそう信じたい」
にそう書いたら、「コピペがいけないとは知りませんでした」とあっぱれなご発言があり、もう彼女を擁護できなくなってしまった。科学者はおろか理系であること自体ナンセンスな人である。その発言内容自体も凄いが、そう言えばそう結論されることを感知せずにあっけらかんと言ってしまう判断力も恐るべしだ。なにをもって早稲田と理研が彼女を評価したのか摩訶不思議である。
彼女は実験の執行者としては重宝であり、見つければ勝ちという領域では価値があったかもしれない。そして、女性が何かやると「美人**」に格上げになる世界唯一の国である我が国のマスコミがその得意技を駆使して存分にもちあげてしまった。ピンクの壁紙も割烹着も見せるための「やらせ」であったという噂だ。こうなると佐村河内と寸分たがわぬ詐欺事件であったと世間に見なされても仕方ない。週刊誌ネタに乗る気はないが、報道されているように目をつけた実力者をお得意の「女子力」で籠絡していたのだとしたら、その上司が理性を超えたことをしでかしていても不思議ではない。
証券市場ではあらぬ噂が回っている。もし本当だったら大事になる可能性がある。「セルシード」という会社が昨年8月に新株予約権を発行してUBSが何故かロンドンで第三者割当を受けているそうで、調べてみたらその会社は連結純資産がなんと1億円しかなかった。そんな会社に銀行は100%融資せず、証券会社が株や債券の公募発行を引受けることも99.99%ないのである。あるとすれば投機的利ザヤ狙いの外資かファンドしかないが、常識的にはそれすら説得しなくては無理という状況だったと思われる。経営者は追い詰められていたはずだ。その結果だろう、8月13日に、
第三者割当による第10回新株予約権及び第11回新株予約権(行使価額修正条項付)の発行並びに第三者割当て契約締結に関するお知らせ
が公表されている。これを昨日読んだがどうも僕の経験上不自然で腑に落ちない。これは発行会社名になっているが実態は割当を受ける証券会社が書くもので、UBSがこう書かせたはずだ。専門的になるので詳細は書かないが、しかし、僕が担当者ならこの案件は99%蹴っている。その時点の情報では、同社株の株価が近未来的に上がり、予約権を行使して買った新株を利益を出して売却できる(そうでなければ損をする)と信ずるに足る根拠は特に見当たらないからだ。
つまり「何かうまい話」がセルシードの経営者から伝えられなければ「継続性に疑義の生じた会社」(会計監査でつぶれる可能性を指摘された会社)のファイナンスに応じることは通常はない。それも半端でない総発行株数の30%近い大量の株式が新たに発行されるわけだから、「何か」がなければ株価は大幅に下がるのである。
ところが同社株は1月30日に小保方発表で40%も暴騰し、UBSは新株予約権を1月30日と31日の2日間で全部行使して市場で即座に売却し、数億円のサヤぬきに見事に成功している。以上記述したことは全部公表事実で誰でもネットで確認できる。もちろん偶然という可能性は否定できないが、自分の本業務の経験から憶測するとUBSの引受担当者かトレーダーに千里眼の持ち主が存在していたか、さもなくば、クビを覚悟の肝だめしでもやっていたかしか言葉が見当たらない。
危ない噂のほうは社名から検索すれば無数の書き込みをご覧になれる。小保方氏と同社経営者がそういう関係があったかどうかは僕は知らないし知る方法もない。僕がわかるのは、事の核心であるこのファイナンスの意思決定プロセスが、書面を読む限り、例えば野村やみずほがやったなら、ほぼ確実に証券取引等監視委員会など当局の関心をそそるレベルのものだろうということだけだ。これから何が起きるか注視したい。
(追記)
ハーバード大学のバカンティという指導教官だった教授は、彼が審査したことになっていた彼女の早稲田の博士論文を読んでないし読めと早稲田に依頼されてもいないと主張しているという信じがたい報道があった。この教授は問題のネイチャー論文の共著者で、最後まで撤回の必要なしと頑張っていた人だ。申しわけないがこれが本当ならもう彼女の学歴はメチャクチャである。しかも「ハーバードへ留学」と言っているがもともと4か月ステイだったのが伸びただけだそうで、そういうのは留学とはいわない。学歴詐称に近い。
誰かがこの女性に箔をつけようとハーバードのブランドを利用したとしか思えない。ここまでくると小保方氏一人でできるはずもない大がかりな嘘だ。ということは彼女は単なるパペット(操り人形)であって、彼女が不思議ちゃんであったかどうかなどどうでもいい話だったという、まったく性質の異なる展開になってくる。佐村河内は芝居の主役であり脚本家でもあったが、彼女はそうでは「ありえない」のである。
(追記、4月13日)
このブログの本文は3月18日に上梓した。それから約1か月の時間と小保方会見というイベントを経たが、一言たりとも訂正する文言が見当たらない。
(追記、4月28日)
セルシード株は小保方発表時(1月31日)高値2400円から今日までで約58%下落した。1000円で買い支えが行われているように見えるが、割ると底が抜ける感じすらある。ネイチャー論文の内容が仮に100%事実だったとしても、それが将来この会社の利益にどう落とし込まれるのか、漠たる夢とストーリーはわかるが、さっぱりロジックが理解できない。それでも株を買う人がいる。不思議なことだ。株式市場をカジノと勘違いしている人が大勢いて、そういう人を食い物にするファイナンスが行われる。そういう人たちも市場の一部を形成しているのは事実であり、だから、そういう行為は証券市場を食い物にしているのと同義である。長く証券市場に関わってきた人間として、そのような行為は看過できない。本稿の趣旨はそこにある。
(追記、6月12日)
ネイチャーにこういうeditorial(社説)を見つけた。Agency for change
これが載った契機はSTAP論文であることは文脈から明白だが、ネイチャーは4月30日掲載時点ではまだそれをscientific misconduct(科学における不正行為)と認識しており、一応はthe more bizarre cases of scientific fraud (もっとたちの悪い科学詐欺)の脈絡に位置づけてはいるように見えるが、「もっと」だから詐欺ではないというスタンスである。巧妙に逃げている。そして日本に米国型の研究監視機関がないことが問題だと主張しているがハーバード大学が共著者である本件にその指摘は的外れであろう。また、安倍首相の「日本の科学の研究基盤が浸食される恐れがある」というコメントを引用しつつ、「昨今の研究者はかつてないほど多くのデータを取り扱う必要があって、(そういう世の中になると)不正行為の評価というものもプレゼンデータのごまかしからくるぞんざいさを詮索したりするきらいが出てくる。よって、日本の研究機関は研究者のデータ管理教育のための予算をもらうべきである」というさらに的外れな結論で堂々と結んでいる。「最近の研究者は大変なんです。データの見ばえを良くした程度の些末な事でお行儀が悪いのどうのと騒ぐんじゃないのよ。お作法の教育ぐらいは自分でちゃんとなさい!」という一見もっともらしい議論に論点をすり替えているが、本件はお行儀の問題どころでは済まないのは6月12日時点ではほぼ明確になっている(4月30日掲載だからそこは大目に見よう)。しかしここまでならば、研究詐欺(かもしれない)論文を掲載したのは日本政府の管理が甘いせいだというよくある責任回避だ。ところがここからが凄い。挙句の果てにもっと理研にカネを出せと言っているのである。この主張を導く接続句の”よって(For this reason)”の唐突さと説得力のなさは芸術的と評するしか言葉がない。日本人は監督者も研究者も未熟者なんだからカネで解決するしかないでしょということだ。やはり未熟者であって糾弾されるべき立場にあるネイチャーは家庭教師でもしてあげますよモードである。この社説のロジックのsloppy(ぞんざい)さも問題の論文のsloppiness(ぞんざいさ)といい勝負だろう。こういう詭弁にトップが騙され加担するからえせ研究者を跋扈させ、日本の誇るべきまじめな研究者たちが埋もれてしまい、「日本の科学の研究基盤が浸食される恐れがある」と首相が心配することになるのである。この社説からは米国、日本政府、理研、予算(カネ)なる大きな構図があって、ネイチャーはそれを守ることに利益があるらしいというニュアンスが漏れ出ている。お行儀が悪い子ちゃんも守る(米国の教授と同じく)ほうが都合が良かったらしいというニュアンスも感じる。社説のいうthe high level of attention は日本政府にだけではなく、世界の目となってこれからネイチャーがSTAP論文を自らどう処理するかにも大いに注がれているということだ。
(追記、6月18日)
安倍内閣第3の矢と予算。先端科学と女性登用。下村大臣と文科省。先進医療と医工連携。早稲田と東京女子医大。ハーバードと Brigham and Women’s Hospital。特許50-50。 理研と独立行政法人。GPIFと独立行政法人中小企業基盤整備機構。ゴッドハンドと入試なし。YとS。プロが書いた(佐村河内事件と同じ)。ハーバードの人がこんなにいい加減と思わなかった。切りたいが切れない。解体したいが解体できない。
(追記、6月26日)
「小保方氏実験なら厳格監視」(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター竹市雅俊センター長)
「週刊回春」 特別インタビュー
「なぜ監視しないといけないのですか?」「はい、論文を捏造した前科が確定した人なので危険だからです。」「その人はなぜ捏造する必要があったんでしょうか?」 「はい、細胞ができていなかったからでしょう。」「今回はできるのでしょうか?」「はい、200回成功したというのは全盛期のイチローの年間ヒット数です。できない確率はイチローが1年間ノーヒットなのと同じぐらいでほぼゼロです。できなければ嘘だったと判断するに足る確率と思います。嘘として本人を葬れればそれで私どもはいいんです。」「なぜそこまでして確実にばれる捏造論文を世界に発表する必要があったんでしょうか?」「はい、そこに根本的な深い謎があるわけなのですが誰もまだお気づきでないですね。株も高いし。私どもの間では世間の目がワールドカップに向く期待がありました。あっけない敗退で盛り上がらず困っています。そこで実験に持ち込んで1年先延ばしすればその頃には謎は忘れられているだろうという期待がにわかに高まっているのです。」「なるほど。そうすればセンター解体も忘れられます。」「だから私どもも大臣も実験ショーがしたいのです。そしてそれにはSTAP細胞かくにーん♡ という主演女優が必要なのです。」「なるほど、女優というよりマジシャンですね。」「おぬしもワルよのう。まっ、今度はネタバレがないよう厳重に監視する所存であります。」
閑話休題
その実験よりSTAP論文不正犯人捜査と使途不明経費解明捜査が先に必要である。前者は小保方研究室の細胞の徹底的な第三者立入調査が絶対に必要である。若山発表以来これが未だなされていないのは非常に不可解である。「論文不正問題とSTAP細胞有無解明とは全く別の問題だという事の本質を曲げることはありえない。STAP細胞はES細胞(胚性幹細胞)ではないかという指摘が客観的事実に基づいてなされている、つまり公金を使った不正という重大な疑義が公に指摘されているにもかかわらず、なぜ事件発生現場の長が調査を行わないのか。調査権がないのか。ないなら不正抑止力なしで解体は必然である。そうではない、調査委員会の解体勧告は行き過ぎなのだと主張して組織を守りたいなら、犯人を特定しないでどうやって正しい人たちを守るのか。組織の長の言行に論理的一貫性がない。だから調査委員会に解体せよと言われるのである。
(追記、6月30日)
以下、私見である。
ネイチャーがSTAP論文撤回を決めたという報道があった。ネイチャーの査読もいい加減であったという不名誉を認めたということである。撤回理由は未だ明らかでない。
理研調査委員会による「アーティクルの二つの画像に捏造(ねつぞう)や改ざんの不正があった」という発表にネイチャーは「もっと教育しろ」と反論することはできた(追記、6月12日参照)が、第三者機関による分析結果を示した「レター」に関わる若山氏の論証に反論することはもっと不名誉な結果をもたらすと判断したと思われる。
このネイチャー誌の判断は本件関係者がクロである可能性を高めたというわけではない。それを証明する証拠がどこにあるかを示唆したという点に意義がある。
「捏造(ねつぞう)や改ざん」は故意によってのみ成立する行為である。問題は「アーティクル」(STAP細胞の作製方法などを示した主論文)の捏造と同じ故意が、「レター」(STAP細胞から作った幹細胞の性質を分析した論文)にあるか否かであり、それをネイチャーが認めたかも知れないという点こそ重要なのである。
「理研改革委員会はレターの徹底調査を求める提言をまとめているが、理研側は調査する意向は示していない」(毎日新聞)。
そこに真相を解くカギがあるからではないか。chemistoryと綴る程度の学力である小保方氏が捏造イラストレーターだったとはいえ、真の執筆者が「いや、こんなにいい加減とは・・・」で逃げ切れない何か(それは科学知識のない筆者にはわからない)がレターにあると思う。小保方氏の故意を共有せずに書けたはずがないという何かが。若山氏はその部分に関与がなかったか、あるいはあったものの自白による減刑を図ったかもしれない(後者であれば本件は「囚人のジレンマ」の実証研究の素材としても第一級の資料であろう)。
故意の立証がなぜ重要かというと、公金の詐取(使途不明経費の不正との認定)という別の事実がもしあったと仮定すればそれが詐欺罪の構成要件だからである。犯罪捜査であれば理研の調査意向は関係がない。専門家による第三者機関を伴った小保方研究室の捜査が急務である。部屋の鍵は誰が管理しているのだろう?理研を早く正常に機能する状態に戻すことは、世界の科学の発展と我が国の信用の担保という点においてもはや避けることはできない。汚点となっている本件のクロシロの決着は、理研を存続させるために不可欠と思う。
(追記、7月4日)
を読んでいたらこのコメントを見つけた(3月31日付、内容の真偽は不明である)。
Obokata and Vacanti are likely funded by GLG indirectly, and thus the show must go on. Obokata and Vacanti will not allow a retraction to happen (their employers/investors will not allow it).
GLGとはこういう存在である。
Gerson Lehrman Group – Wikipedia, the free encyclopedia
以下私見である。この短いが意味深いコメントをもって、筆者は論文捏造事件と証券市場との接点を整合的に説明するある仮説にたどりついた。GLGのコンサルタントに証券会社のアナリストが入っていることの意味など、証券業界に精通した者でなくては理解できないかもしれない。本件をある者が創作したオペラとするなら、その中でさらに別の劇が展開する「入れ子構造」になっているためオペラ自体のプロットが見えにくい。日本においては、誰が嘘つきなのか?誰を守ろうとしているのか?小保方氏は真犯人なのか?という悪徳代官ものの時代劇捕り物帳が進行しているが、それらは劇中劇の中の犯人捜しにすぎない。STAP細胞はほんとうにあるの?それは劇中劇のタイトルにすぎない。よって、それらはオペラの犯人捜しとは何の関係もない。
現在の所、筆者がひとつだけ確信があるのは、小保方氏にオペラが書けたはずがないということである。小保方氏はオペラ作家によって巧妙に設定された日本人向け劇中劇におけるリケジョ役ヒロインの初演女優である。台本作家たちの読み違えは、女優に論文論旨をでっちあげる重要な剽窃画像を作成させたが、彼女の剽窃は想定外に杜撰で、誤りが発覚してもケアレスミスと主張するには未熟な水準にあったことだ。そのため故意を見抜かれる結果となり「再現性に乏しい論文としてやがてフェードアウト」というオペラ台本が台無しになってしまった。4月の小保方記者会見での謝罪「「私の不勉強、不注意、未熟さ ゆえに論文に多くの疑念を生み・・・」は国民ではなく台本作家、主剽窃者への謝意ととるとわかりやすい。論文剽窃故意の共有発覚によるオペラ台本関与発覚を恐れた若山氏の内部告発がさらに剽窃蓋然性の推定値を高める結果となり、全員が(ネイチャーを含め)降りた。これがネイチャー論文撤回決定の背景と思われる。
仮に筆者の仮説が正しいとすると、米国SECと共同捜査が必要であるという意味で、また、日本の科学界の弱点、証券取引等監視委員会の弱点を知り尽くしたという意味で、また、どの「パーツ」だけ単独捜査しても全貌は把握し難いという意味で、最高度に洗練された複数の専門的知性による非常にインテリジェントな国際的詐欺、インサイダー取引事件である可能性がある
(注: 一般にわかりやすいという意味でインサイダー事件と書いたが、法律を眺めると本件をインサイダーで立件するのは難しいと思う。犯意自体は内部者取引と寸分違わないが、法の盲点をついている。米SEC、FBIが外国証券市場で起きた不正を取り締まるかどうかも不明であるが、GLGに誰が誰にどうアドヴァイスしたか記録はあるはずである。米国は知財剽窃証券詐欺には目をつけていて、すでに何人も逮捕している事実がある。)
(追記、7月5日)
V氏は素晴らしい。「絶対に存在し」「生物学の常識を覆し」「ノーベル賞に値する」ほどの画期的な仮説を異国の弟子に懇切丁寧に教え導き、「賞も特許もどうぞ」「自分は末席で結構ですよ」というマザー・テレサのようなお方だ。かような慈善行動はまさに生物学界の常識を覆すものであり、ノーベル生理学・医学賞よりも平和賞こそふさわしいと評する声も出始めているようだ。
H子、できると信じなさい。「ある」んです。失敗はいいんだよ。だって誰も「ない」って証明できないだろ?だからなんでもOKだ。早くやるんだ。もし何か言われたら寝ても覚めても「ある」と言い張りなさい。心配ない、私もあると言い張ってVサイン送るからね。片手じゃない、両手で送ってあげよう。もちろんお金もだよ、Have a nice stay in Kobe!
なんて勘ぐる下衆がいると聞いているがとんでもない不届き者だ。下村文科大臣は小中学校教育に「修身」を復活させ、V氏の我が国への献身的な貢献をたたえるべく、太宰の「走れメロス」と並ぶ「サインはV・V」を徳育教材として教科書に採用すべきではないだろうか。ネイチャーの編集者のご関心を買って採用させるよりは簡単ではないかと思われる。
(追記、7月9日)
我々はプレスの公表事実から推論するしかないが以下のものが注目される。
^“「小保方さんに協力した人がいるのでは?」 STAP細胞論文不正問題で理学博士・竹内薫氏が新たな食い違いを指摘”.
論文で「STAP細胞」と呼ばれている細胞は,どれも同じ細胞ではない。少なくとも3種類あり,実験ごとに異なる細胞が使われている。論文に掲載された「STAP幹細胞」10株は,すべて途中ですり替わっている(上掲)。そうとすれば、
①ネイチャー論文偽造が「過失」ではなく「故意」によることが確実であり②小保方氏にES細胞とTS細胞を混ぜ合わせる経験はなく③誰かがそれを渡したか、あるいは両者を混ぜた④その人物も故意を共有していた
が論点と思われる。故意の認定により両人の行為は韓国の黄禹錫教授事件と同じ法的構成要件を満たしてくる。筆者が再度指摘した理研のLetter論文調査と小保方研究室にある細胞の調査への回避姿勢は、それ(詐欺罪立件)から逃げるためとすれば整合的である。②③④については若山解析こそが決定的証拠となりえる。
“撤回理由書、共著者の合意なく書き換え 細胞の由来説明を大幅変更、水掛け論に”.
この昨日の報道は、この書き換えの行為者のせっかくの努力にもかかわらず、かえって「②③④について若山解析が決定的証拠となる」ことを示している。それを否定しないとまずいという意図が見えてしまった。この撤回理由書書き換えの行為者こそが真犯人であるか、または、真犯人をかくまう共犯者であるとするとこの行為は整合的である。ただちにそれを捜査すべきである。
(追記、7月25日)
研究自体が虚構であったのではないかという疑念を禁じ得ない段階に達しています(日本学術会議幹事会声明「STAP 細胞事案に関する理化学研究所への要望と日本学術会議の見解について」、2014 年7 月25 日)。
何度も書いたことだが、非常に高い確率で、赤字部分の通りという推論を覆すのは困難である。僕の推論はあくまでネットで得た情報に基づく推論であるが、帰納法でも演繹法でもなく、数学的帰納法的推論である(ドミノの大きさが違う)。
すなわち、「7月9日までに得た情報が正しい」(=①)とは言っていない(言う必要もない)。「研究自体が虚構である」(=②)とも言っていない(言う必要もない)。①と仮定すれば②であると言っているのである。
②でないと主張するなら方法は2つしかない。数学は数学的に否定していただきたい。
(1)①が誤りと証明する。
それは小保方研究室の冷蔵庫の細胞を第三者機関が調査し、「STAP細胞を得たマウス」=「若山氏が小保方氏に渡したマウス」(「若山研にいたことのある種類のマウス」ではだめである)を証明すれば済む(完全ではないが)。だから理研センター長様は理研のために早く調査すべしと強く主張してきた(追記、6月26日、同6月30日参照)。
(2)僕の「ドミノ倒し」のロジック(連鎖)を否定する
是非おやりいただきたい。
「ねこだまし」が何万回行われようと、以上がなされないなら、株式市場にも関与する一大疑獄事件という疑念が払拭されることはなく、米国当局を交えて何年かけても調査が行われるべき案件と思料する。
(PS 学位取り消し問題はロジックに含まれない。早稲田大学の名誉の問題であって本件の結論に何の関係もない。STAP検証実験の有無も結果も何の関係もない。まして監視の有無など完璧に関係がない。どんな魔術を使おうが他の研究者が再現できないものは「無」である。従って、実験そのものが「ねこだまし」であるが、「監視」は実験実行を正当化する「ねこだまし」の「ねこだまし」である。実行させている者にとって実験結果などどうでもいい、しかし、「どうしてもやる必要がある」という強い動機を示唆する。その動機にこそ本件の背後にある真実があると思料する)
研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて 研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書
第2部 競争的資金に係る研究活動における不正行為対応ガイドライン
6 不正行為と認定された者に対する資金配分機関の措置
(3)不正行為に係る競争的資金の返還
研究費全額の返還
研究の当初から不正行為を行うことを意図していた場合など極めて悪質な場合は、3の1及び2に掲げる者に対し、これらの者に係る当該研究に対して配分された研究費の全額の返還を求める。なお、不正行為があったと認定された研究が研究計画の一部である場合、当該研究計画に対して配分された研究費の全額の返還を求めるか否かは、事案ごとに委員会が判断するものとする。
調査委の結論(1)
いずれも2本ある論文のうち主論文に記載されている。一つは細胞増殖率に関するグラフで実験を手がけた記録がなく、小保方氏が細胞の数を計測していなかった。もう一つはSTAP細胞の遺伝子データを示した図で、実験データとされる結果と一致せず作図したと判断した。
← どうして作図したのですか?(作図=故意である) ←(未だ不明)
②について
「ES細胞のコンタミ(混入)ということが起こりえない状況を確保しておりました」(小保方氏、2014年4月9日の会見)
← この発言は嘘だったのですか?
嘘でない
「知らない所で混入が起きていた」「渡したのはstap細胞だと信じていた」ということになる
← それならどうして作図したのですか? ←(未だ不明)
それとも
嘘だった
← どうして嘘をついたのですか?←(未だ不明)
調査委の結論(2)
過失か故意なのかは決定的な判断をすることは困難
(←何をもってそう結論するのか未だ不明)
税金の使途につきこれだけの不明点を残している。この調査委員会の判断で返還額が算定されるのだろうか。
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「恐怖の記憶」が遺伝する
2014 FEB 8 12:12:11 pm by 東 賢太郎
「身の危険を感じると、その「記憶」は精子を介して子孫に伝えられる――。マウスを使った実験で、個体の経験が遺伝的に後の世代に引き継がれる現象が明らかになった。米国の研究チームが科学誌ネイチャー・ニューロサイエンス電子版に発表した。」
これは驚きました。その結果もそうですが、それが証明されていなかったということにもです。実用性がなく研究されなかったのでしょうか。
「本能」と我々が呼んでいるものは遺伝しています。いや、逆ですね。遺伝する(先天的に備わった)能力や個性的行動を我々は「本能」と大雑把に呼んでしまっているのです。例えば馬の子は生れ落ちるとすぐ立ち上がって歩こうとします。猫の子は鼠を捕る練習行動をすぐ始めます。どちらも、母親が教えている光景を見た者はいないでしょう。
記憶と言うのは、その個体だけの固有のものと我々は教わってきました。しかし、「恐怖の記憶遺伝説」が出てくるとこう考えられるかもしれません。例えば猫は足が濡れるのを嫌います。それはこういう経緯で「本能化」したのではないでしょうか。
1.太古の昔に猫の先祖は水辺にいた
2.多くが水難で死んだ
3.「足が濡れた」という恐怖の記憶が生存者の精子に書かれた
4.それが遺伝した子孫は水を恐れて内陸へ移動した
5.内陸が生存に適していたのでその子孫が増えた
6.その結果、そのまた子孫たちが猫という種を形成した
7.その記憶に基づく行動が水に濡れるのを嫌う「猫の本能」になった
そうであれば次に、
精子を介して子孫に伝わるのは恐怖の記憶だけなんだろうか?
という疑問が生じます。「鼠捕りの練習」はどうでしょう?これは恐怖の記憶ではありません。むしろ「快楽の記憶」です。それが上達すれば食糧確保が楽にできるのだから生存に有利でした。1~7と同じ経過で、太古の昔にある猫がその動作練習で「鼠捕りの名人」になり、彼だけの記憶にすぎなかったものが精子を通して子孫に伝わってその子孫が繁栄したと考えていけない点があるのかどうか?
そうであるなら「恐怖の記憶遺伝」も「快楽の記憶遺伝」も精子内ではDNAの書き換えという同じ現象であり、前者は「本能」そして後者は「嗜好」と呼ばれているものの正体なのではないか、というのが僕の仮説です。つまり、
楽しみや喜びの記憶も「嗜好」となって精子を経由して遺伝するのではないか?
ということです。この真偽をどなたか科学的に証明していただけないか楽しみに待ちたいと思います。それが難しいことは直観的に理解しています。冒頭に
それが証明されていなかったということ
に驚いたと述べました。遺伝子への書き込みがあったと結論するに足る統計的に有意な結果を導くには「恐怖」という大きなショックが必要だったのでしょうから、「楽しみ」「喜び」という「小さいショック」でそれを科学的に結論付けるのはさらに困難だと推察します。しかし、人間という微細な知性が証明という方法でそれを知ろうが知るまいが、神の書いたプログラムはそうなっているに違いない。僕は固くそう信じています。
遺伝子の記憶 Ⅲ













