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カテゴリー: 若者に教えたいこと

物事は勝つまでやれば負けない

2022 NOV 28 18:18:26 pm by 東 賢太郎

サッカーの事はよく知らないが、今回のドイツ戦の勝利は考えさせるものがある。いろいろやってみて、ダメならやり方を変えてまたしつこくやる。これを何度もやってればそのうち勝つ。勝つまでやれば絶対に負けない。もちろん今回の勝利がそんな簡単なものでないことはわかっているが、僕はこの考え方をいつも心の中に強く持って生きている。

ドイツ戦で後半に入れた5人の選手は、すごく攻撃的な選手だと聞く。だから前半とは全然違う攻め方に変えたんだろう。それが奏功して逆転勝ちしたんだからきっとそこに何かすごい秘密があったと思う。それが何かは知らないが、感心したのは、あれだけ攻める前向きで気の強い選手たちを前半ベンチに置いておいて腐らせなかったことだ。

堂安選手の俺が決める、俺しかいない。この言葉は当然だ。そう思ってなければあんな場に出られるはずがない。こんな選手がよくおとなしくベンチで試合を見ていたなと思うのだ。僕だったらなんで俺を使わないんだといてもたってもいられなくなって、そのうちにモチベーションが下がってしまうんじゃないかと思う。これは森安監督の説得力、コミュニケーション力の賜物だと言っている解説者の方がいたが、そうではないかと思う。

僕も若い頃、超攻撃的だった野村という会社の中でも超攻撃的な社員だった。守りについては全く考えていないので、後ろから支えてくれる人たちがいたから大きな失敗もなく点をとって活躍できたんじゃないかと思う。明日大仕事がある前の日などは、家で家族に一言も口をきかなかった。だからだろう、家内は私はスポーツ選手と結婚したと思っていると常々言っていた。そこで、あれこれ声をかけられ、家事などをさせられた日には、僕の攻撃力は大きく損なわれ今こうなっていないんじゃないかと思う。つまり、これは家内の監督力の賜物なのだ。

しかし、今はそうも言っていられなくなった。会社においては僕以外に監督はなく、戦略は全部僕が組み立てて、僕が指揮しなくてはいけない。コロナの影響もあり、少し仕事に閉塞感が出てきたと感じるのも事実である。だからここはひとつ思い切ってゲームプランをガラッと変えてみてもいいかなと思っている。サッカーをするのは選手だ。選手のフォーメーション、顔ぶれなどを一新してみることも手だと思う。

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止まっていた時計がなぜか動き出しました

2022 NOV 15 0:00:16 am by 東 賢太郎

今週ひとつうれしい事がありました。5年ほど前に故障して日本橋三越で修理していただいた時計があります。修理は完璧でしばらく動いたんですが、僕のメンテ不足で止まってしまってもう諦めていた時計です。これが置き場所をかえたらなぜか動いていたんです。

こういう時計です。

https://www.rasin.co.jp/blog/jaegerlecoultre/atmos-clock

こいつです

スイスのジャガールクルド製で、電池も振り子もねじ巻きもいらず、一日の温度差をエネルギー源にして200年は動くというふれこみの(ほんとかな?)「アトモス」といいます。

こいつが復活したと同時に、なぜか新しい仲間が増えだしました。コロナになってあまりできていなかったことですが、志を共有できる仲間は何としても増やしたいのです。嬉しいことです。ひとりじゃ何もできませんから。

僕の志は何度もくり返しブログに書いてきましたが、高度成長期にロンドンのシティで「強い日本」を世界にアピールし、グローバルな金融市場でご評価いただいた我が世代の経験、いまとなっては夢物語に聞こえるかもしれませんが、現実にあったその生々しい経験を40代以下の日本のホープの皆様に引き継ぐことです。次世代の50代も歓迎ですが、次々世代が日本の命運を握っていると考えてます。だからそれに余生をかけます。

ストレートに言いますが、技術立国の地位を失い、国富も失った日本に未来はありません。日本人的な物言いでないことは承知してますが、海外で金融の最前線で16年戦った戦士として申し上げます、「知恵とカネ」が両方ない国は滅びます。中国がたった20年で米国を脅かすまでになったのはその2つを得たからです。経済成長なんてアバウトな言葉で語っても何の意味もありません、これを生々しく知ること自体が「知恵」(インテリジェンス)の一部なんです。観光立国も結構ですが、それだけなら低開発国とかわりません。

いま、保守の方々も本音は対中強硬路線でいたいがそれが言いにくくなってる。だから忸怩たるものがある。僕は親中でも親米でもなく親日なので気持ちはよくわかるのですが、そのためにはバランスこそが重要です。軍事のインテリジェンスとそれとは分けて考えるべきです。それには両方から「一目置かれる」ことが必須です。軍事もその一部かもしれませんが、何よりそのための「知恵とカネ」が第一です。別に難しいことじゃないですよ、30年前まで日本にはそのどちらもあって、軍事力はなくとも一目も二目もおかれていたのですから。

米中欧と共存する方法は八方美人じゃないんです。断言しますが、そのスタンスのつもりじゃなくても、それは相手が決めることです。「知恵とカネ」がなければいじめられるか八方美人で生きるしかないです。いい悪いを言っても仕方ない、そこに正義なんてものはなく、万国共通の人間のサガ(獣性)だからです。そして、間違いなく、八方美人は世界中のどの国家元首からも国民からも尊敬されないんです。「いい人」はおだてて使われるだけです。これは外国で人間のサガがもろに現れる「お金を扱う商売」を経験しないと分かりにくいかもしれませんが、日本人の性善説はグローバルに権力、財力を握る人たちからするとあり得ないユートピア思想なんです。

国がポチになるとどうなるか。別に殺されるわけじゃありません。気がつかないうちにこうなります。ごく一部の上級ポチは心地良く外国と共存し、あとの国民は見捨てられます。外国はその国の支配者だけを釣って手なずけ、うまく操ればよく、その他大勢の幸せなど何の関心もありません、これ事実です。すると多くの若者にとって、現実的なチャンスというと中級ポチになるだけです。それで幸せな人は結構です。しかし、我々の子供世代にはもっと上をめざせる人はいくらもおられるはずです。そういう彼ら彼女らのマインドまで委縮させるなどということは国家としてあり得ないんです、それを体を張って阻止する使命を負っているのは我が世代です。

私見ですが、人間の幸せというものは、親からもらったものを100%発揮することにあるのではないでしょうか。どなたも必ずこの世に生まれてきた「意味」があります。そうでない人は一人もいません。各人各様なれど間違いなく皆さん一人一人の個性はオンリーワンですから、自分にしかできない使命が必ずあります。能力とはいわばご先祖様からの預かりもので、「いまの時代はまかせたよ」と一任されたものです。それを完全燃焼させないと親不孝かもしれないし、ご自身にとっても充実した人生にはならないのではないでしょうか。

我々は職業あっせんはできませんし、証券会社ではないので投資を直接にお薦めすることもできません。ただ同志が集まればできるかもしれません。投資家の皆さんに何らかでアクセスできれば、僕の経験からくる諸々の話を聞いていただく機会もあるかもしれませんね。

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どうして証券会社に入ったの?(その10)

2022 OCT 26 0:00:18 am by 東 賢太郎

久しぶりに1987年のアメリカ映画『ウォール街』を見ました。こいつは我々証券マンにとって、心底ガツンとくる名作です。そのころ僕はロンドンのシティで働いていました。やたらと周りにサスペンダーの奴が増えたと思ったらこの影響だったんですね。それほどマイケル・ダグラス演じる投資家のゴードン・ゲッコーはカッコよかった。この有名な “Greed is good” のシーンはその白眉です。

ビジネススクールでMBAになったらこんなプレゼンをしたい。そう思わない人は学校を間違えてます。なんだ、欲望礼賛じゃないか、そんな間違ったことを教えてるのかと思う方はアメリカという国も資本主義すらも間違えてます。場面はテルダー製紙会社の株主総会。ゲッコーはこう言い放っています。「ここにいる33人の副社長はひとり年俸20万ドルも会社からもらってるが、ぜんぶ足して3%しか株を持っていません」「株主の皆さんと同じ利害関係を負わぬ者たちが会社から甘い汁をむさぼり、損失をたれ流しているのです」「アメリカは双子の赤字に蝕まれ二流の国になってしまいましたが、コーポレート・アメリカはまさにこうやって凋落してしまったのです」「皆さん、いまするべきはこの官僚仕事だけの不適格者たちを会社から追い出し、会社再生のための私の買収提案に応じることです」(拍手)。会ったことはないが、ドナルド・トランプもウラジーミル・プーチンもこの手の男だと思いますよ。役人タイプは歯牙にもかけないでしょうし、部下はダメと見れば即 you’re fired(お前は首だ)です。トランプは「アベよりアソーのほうがいい、カネの匂いがする」といったみたいです。自分の鼻で生きてる連中を大統領にしても後ろから操れないですからね、だから民主党のロボットが必要で、トランプはマスコミまで総動員して選挙で消したんです。そういう男をファーストネームで呼んだぐらいで仲良くなったなんて、冗談も休み休みお願いしますよ。オリバー・ストーン監督はこのゲッコーを悪役に、かけだしの証券営業マンであるバド・フォックス(チャーリー・シーン)を善玉にしたハリウッド流の勧善懲悪物語に仕立てていますが、カッコ良すぎのゲッコーに憧れてウォール・ストリートをめざすエリートが増えたのは皮肉でした。僕はまさにこのころである1984年卒のウォートンMBAですからアメリカのど真ん中でこの空気にどっぷりつかっており、野村證券もそう育てるために2年間の社費留学をさせてくれたわけです。だからそれが三つ子の魂となっているのは必然のことで、SDGsの念仏を100万回耳元で唱えられようと、相場に勝つためのネタとして利用はしますが、そんなものに精神をおかされて迎合する気はさらさらありません。いま聞いてもゲッコーの発言はまったく正しいと思いますし、リアルの世界でも、日本の某社の株主総会で僕自身が社長に面と向かって「あなたは退任すべきだ」と論陣を張ってます(そうなった)。下のブログは第2次安倍政権がスタートする2013年に書いたものです。当時この古い映画のことは忘れてましたが、馬鹿みたいな経済政策を野放しにしていた民主党政権によほど辟易していたのでしょう、いま読んでみてゲッコーと同じことを言ってるのに我ながら驚きます。

若者の欲望が日本を救う

書きましたように、弱者救済のセーフティネットが社会に必要なことは当然です。しかし9割が弱者だというならそれはもはや弱者の正しい定義ではなく、体よく社会主義、共産主義を擦りこもうとしているにすぎません。9割は言い過ぎかもしれませんが、日本は平成からそれに近いことになってると感じます。だから、ゲッコーの指摘した理由が絵に描いたように災いして、コーポレート・ジャパンはおかしくなっているのです。それは若者の健全なGreed(欲望)の芽を、大人がポストに居座りたい Greed で摘んでしまった結果、若者に自分が弱者だと勘違いさせてしまい(若さこそ財産、そんなわけないだろう)、それを救うべき財政政策を政府がとるためのマネーを緊縮財政派が供給しなかったからです。罪は重いですね。このブログから9年たって我々が知ったことは、アベノミクスは日本国がデフレの底なし沼に沈むのを食い止めはしたが救ってはいないということです。20年かけてGreed を根絶やしにしておいて、あわててゼロ金利政策をとっても、投機はおきても投資はおきないんです。これだけ円安になればいずれもっとインフレになります。皆さんはそれに備えるべきです。これは運用ではなく資産防衛ですから必須です。国は平気の平左ですよ。保有する外貨準備に為替差益が発生する上に、インフレになれば国債乱発による借金の棒引きができますからね。損させられるのは国民で、為替差損分の「高率の税金」を新たに支払わされるのと同じことです。国債乱発を続けるとブタ積みの日銀当座預金がますます増え、短期金利の操作自由度をさらに失い、それにつけこんだ国債先物ショートがさらに増えます。買いオペを続けるしかなく日銀のBSはさらに悪化。金も原油も裏付けにない日銀券の価値は低いとコンセンサスができれば先物を狙われます。介入原資は無限だと言っても誰も信じないので、英国の二の舞にならない保証はないですね。相手は相場です。日本だけが騒ぐいかがわしげな「投機筋」なんてものは世界のどこにも存在しないのです。

映画に戻りましょう。当時、僕がシンパシーを持ったのは、中堅証券の営業マンであるバド・フォックスの方です。下のビデオで見るディーリングルームはゴールドマンやモルガンスタンレーではない、社員もトップスクール卒でない設定ですね。バドも平民の子ですが少しだけいい大学を出ていてエリート扱いされてる。それでも高額の報酬を得ようと激しい競争を生き残るため電話外交をしまくります。僕が「株式市場はタンザニアのサバンナだ」という意味はおわかりでしょう。バドは「いまに俺だって電話を受ける側になるぜ」とうそぶきます。そしてある日、狙っていた大物投資家ゲッコーの秘書にうまくとりいって、ついにボスの時間を5分もらいます。新米に2,3質問をしたゲッコーは「小金持ちにクズの株を売ってるお前ら証券セールスはカスだ、何の役にも立たねえから早く消えろ」と追い返そうとします。そこで苦しまぎれに語った父の勤める航空会社の情報がヒットして、幸運にもバドは気に入られるのです。

このへんのくだり、いま見てもワクワクするんです。僕自身が新人のかけだしだった梅田支店の営業マン時代が “笑ってしまうほど重なって” いて「あるある」の連続。この監督、なんで経験ないのにこんなリアルに図星の台本をものにしたんだろうと感動ものなんですが、あまりにいちいち細部まで僕の実体験と似ていて、盗作されたかもしれない(1980年だから僕の方が先ですー笑)。まさしく、まぎれもなく、大阪で僕はこのビデオのようなことを夢中になって2年半やっていたのです。

セールスたちが隠語で「巨象を狙う」と言ってます。大きな顧客の意味です。ちっとも失礼でありません。そんなので騒ぐ小物はそもそも大物でないんで会う価値がありません。最大の巨象がゲッコーで、「49回電話してきたのはお前か」とあいさつ代わりの第一声をかましてきます。僕は大阪市北区に巨大な白亜の本社を構える某一流上場企業のU社長にやっぱり秘書様のお導きで会えて(同じく5分!)、まさに「64回電話してきたのは君か」といわれました。瀬戸際の一言がうまくいって、初対面のその場で株を買ってもらったのもまったく同じ。いいことだけじゃない、バドは鉄砲屋にも引っかかってますが、僕もやられて極道の親分から2千万円の取り立てをしてます。バドの父親は航空会社の整備士で息子が証券マンになるのに反対しますが、僕の父は銀行員でもっと猛烈に反対しました。当時は証券会社は株屋と言われてましたが、父も株は好きだったし僕も好きだったし、反対したのは僕があまり外交的でなく身の回りのこともだらしないので潰されると思ったんでしょう、銀行に行けよその方が楽だよと言ったきり3日も口をきいてくれませんでした。でも僕は圧倒的に証券マンの方が向いていたんです。入社前はわかりませんでしたが、会社訪問のやりとりで直感的にそう思ったんです。物事、迷ったら、最初にいいと思ったのにすべきですよ。

梅田支店は地獄でしたが次々とラッキーがあって、銀行に入っていたら会えるはずのないU社長がお客さんになって、俺は凄い人間なんじゃないかと本気で真面目に勘違いしてました。ぜんぜんそうではなかったことは数々の失敗でのちに思い知らされて地に落ちるのですが、男はこういう輝かしい瞬間に出あうと一皮も二皮もむけるんです。2年半梅田支店でもまれて、もう完全に一騎当千の証券マンになってました。だからバドがゲッコーに信用され、食い込んでいく姿は何度見てもハートに響いて元気が出ます。これが当たったんでウォール街ものが続々出てきますがほとんどがチープなゾロ品ですね。それほど本作は図抜けてます。バドのように金持ちにしてもらったり彼女をあてがってもらったりは残念ながらなかったですが、仕事に対する最高の征服感はありました。たぶん、僕は金や地位よりもその登っていくプロセスが好きなんです。2年前まで株のかの字も知らなかった小僧がいっぱしに存在感出して全米1位のビジネススクールに留学に行った。もうあそこらへんで顔つきが変わってたでしょう。

ゴードン・ゲッコー役のマイケル・ダグラス

ゲッコーの実在のモデルはアイヴァン・ボウスキーです。ロスチャイルド出身で稀代の乗っ取り屋であり、全米を騒然とさせる謀略をつくした末に証取法違反で逮捕されますが、ウォール街にもシティにもこの手の奴はごろごろいます。ロンドンでは、メディア王の富豪で船上で怪死したロバート・マクスウェルと取引もしましたよ。ゲッコー並みの巨象でしたが商売は大したことなかった。こんなのにビビってたらでかい商売はできません。この映画を見た人はご想像がつくと思いますが、彼らにとって、くっついたり離れたりして相場で人を欺く計略をめぐらすなど息をするようなもの、大金を動かして儲けるマキアヴェリストの連中にそんなものは猫に鰹節より当たり前なんです。ゲッコーは何度も孫氏の兵法を引用してます。そういうインテリジェンスは戦争と同じ。それをいちいち陰謀だ、けしからんなんて、「何だお前?」ってなもん、アホらしくて相手にもされません。彼が言った相場に大事な3つのもの、poor、hungry、no emotion は至言です。poorでなくなっても必要。これがあれば大概は成功できます。でも、くりかえしますが、ゲッコーは言ってます。「アメリカの富の半分である5兆ドルは人口の1%が持ってる。しかもその3分の2は相続だよ。俺は3分の1の方だから毎日あくせく働いてる」。Greed のいらない3分の2が王族や貴族やアラブや中国の富豪とつるむのは必然なことがわかりますね、共通の目的が preservation(資産保全)なんでね。で、富豪でない人が Greed を奪われたら、シープルになるしかないですね。

“Greed is good” (欲望は善である)。いまどきアメリカですらこんなことを公然と言う人は少ないでしょう。80年代のアメリカはレーガノミクス全盛でした。減税、小さな政府、規制緩和、強いアメリカ。それは同時期の英国をリードしたサッチャリズムとも重なりますし、ドナルド・トランプにも共鳴してます。その成功の前提は Greed なんです。それが足りない国で減税しても何も起きず、税収が減るだけです。それで財源不足になると市場がはやして国債もポンドも売りまくられ、史上最短の45日で辞任になったのがトラス首相でした。彼女は気の毒でしたが会計士ですから相場を予見する程度のマーケットのキャリアすらなかった。しかし、あの地位になれば、それも含めて、前任のジョンソンもそうですが、プラクティショナーの小物だったということですね、悪いけど。そこで登場してきた新首相のリシ・スナクは英国初のインド系で、オックスフォード卒、スタンフォードMBA、ゴールドマン・サックスからヘッジ・ファンド経営者に転身した超エリート証券マンです。プラクティショナーかもしれないがマーケットで失敗はしないでしょう。アメリカもFRB議長のジェローム・パウエルはプリンストン卒で学者っぽいですが、大手投資ファンドであるカーライルの共同経営者を8年勤めた、いずれも僕にとっては同じにおいがする世界の人間です。ゲッコーは悪玉にされてSEC証券監視委員会に逮捕されましたが、世界はこうしてじわじわと為政者の方がその色になってきた感じがします。捕まる側が捕まえる側に。こうなると、わかる人にはおわかりでしょうが無限に儲けられる可能性が出てきます、インサイダー取引は株にしかないですからね。どうも、我々が気がつかないうちに泥棒と警官が入れ替わっているというか、何が正義かわからない気持ち悪い世界になってきていると思いませんか?日本国はよく知りませんがこの流れのなかで大丈夫なんですかね。少なくとも読者の皆さんは勉強して、感性を磨いて、騙されないようになさってください。

どうして証券会社に入ったの?(その11)

どうして証券会社に入ったの?(その1)

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株式市場はタンザニアのサバンナである

2022 OCT 9 7:07:50 am by 東 賢太郎

ついでだから前回の続きを書きます。

面白いんですね、そういう人は、それこそ本格的な陰謀にはひとたまりもなく騙されるんです。だから下等な詐欺師はオレオレをしますが、高等な詐欺師はそういう人達を狙ってカモにする傾向がありますね。

についてです。これはプロレベルの、ちょっと深いことを書いてます。詐欺は犯罪なんで上等も下等もないんですが、テクニックとしてみればそれはあります。そして、僕のショバである投資というビジネスにおいて、他人様のお金を増やしてさしあげる努力をする業務(投資運用業、投資助言業)では業者とお客様にはレベルの二層構造があることをご説明します。別に業界の内幕を暴くわけではありませんよ、なにせ、暴くも何もこんなわかりやすい業界はめったにありません、だってド素人でも堂々とプロみたいな顔して参入できるんですから。

一般には顧客によってリテール業務(アマチュア相手)とホールセール業務(プロ相手)に区分されますが、僕から見れば業者もアマチュア程度のがたくさんあり、キャッチボールも満足にできないのが金融庁に届け出さえすればプロ野球選手の看板出せるんです。凄いでしょ? アマがアマから手数料を取るなど言語道断なんで、存在自体が僕の目には詐欺師に見えるという実に不思議な業界なんです。でも、政府は「一億総株主」言い出しちゃってますしね、金融庁は大変だろうなとお察しいたします。そんな業者を跋扈させるのも、国民の投資リテラシーが低開発国の農村なみという悲しい現実があるからなんで、パンツ泥棒や“パパ活”疑惑の男が堂々と衆議院議員に選ばれちゃうのとあんまり変わらんのですね。右翼左翼、学歴に関わらず「一億総株式音痴」というのが実態であるとご認識ください。

僕が証券会社をやめたのは、そういうお客様をたくさん持つと大変だからなんです。こういう言い方がいいかどうか、ハードボイルドなんでご容赦いただきたいのですが、音痴の人に音楽を教えたり、運動音痴の人にゴルフを教えるのは大変です。それはそれで上手なプロがおられるわけですが、僕は生まれつきそういう能力がありません。投資判断というのは100%正しいわけでありません。だから助言はしますが是非は自分でご判断をというのがあるべき姿なんです。ワタシ失敗しないのでなんてふりをしないと信用されない詐欺師みたいな商売などまっぴら御免だし、むしろ、そういうお客様に株式投資をしていただいてはいけないという主義なんです。業者の方が教育レベルもいい加減でそれなりの倫理観を持って潔癖な業務ができる者は少数でしょう。したがって、岸田総理には悪いが、「一億総株主」なんて大多数の国民を不幸にする可能性があります。やるべきは、体系的な投資教育ですが、それを一億人が理解することは音痴の人が歌手デビューするより可能性が低いです。

詐欺師は俗語ですが、その行為である詐欺(Fraud)というのは「詐欺罪」という刑法犯です。国際的にそうです。英国は刑法典がありませんがFraud Act(詐欺法)で刑罰を科します。日本の刑法では罪刑は第246条に「10年以下の懲役に処する」とあります。殺人罪を犯しても「5年以上の懲役」はありなんですから「10年以下の懲役」は法定刑として長期で重いことがおわかりでしょう。

「詐欺罪」を含む次の犯罪は、被害者による告訴がなければ公訴を提起(起訴)することができない「親告罪」になっています。

強制わいせつ罪・強姦罪・名誉毀損罪・侮辱罪
ストーカー規制法違反の罪・窃盗罪・恐喝罪・詐欺罪

つまり、被害者が被害を受けたと思っていなければ犯罪でなく、配偶者や親族は告訴できないなどプライバシーの配慮もあり、間口が狭いのです。性犯罪や窃盗・恐喝といった知能犯でないものと並べると、詐欺罪は僕にはちょっと違和感があります。

未公開株詐欺ってのがありまして、存在もしない会社や、存在はしても上場なんかできっこない会社の株のIPOをうたってお金をだまし取る、絵に書いたような詐欺師がいます。何の運用スキルもないのに偽の実績を語って一任勘定(お金を預かって売買)を行う者は数知れずいます。損させる意図もなく、するとも限らない場合は詐欺罪にはなりませんが、限りなくいかがわしいです。大事なポイントなのでくりかえしますが、金融商品取引法の規定により、金融庁によって内閣総理大臣の登録を受けた業者でありさえすれば一任勘定はできますが、お客さんが納得すればですが、「星占い」や「神のお告げ」で運用しても違法ではありません。「合法的です」が流行りの昨今ですが、それが何の意味もないことはこれでもお判りでしょう。詐欺罪が「知能犯でない親告罪」と似てなくもない側面があるとすると、こういう部分なのですね。だから取引する場合は経営者がどんな経歴の人間か徹底的に調べたほうがいいですし、我々のような会社に照会いただけば信頼度はすぐわかります。

詐欺の巨大なケースというと、CEOが一般投資家を欺いて利益を得る場合でしょう。イーロン・マスク氏とSECの対立がそれでした。空売り筋の攻勢に悩まされたマスク氏は2018年8月、ツイッター上で突如としてテスラ株を非公開化する計画を表明。「資金は確保した」と書き込んでいたが、SECは「可能性のある資金源と交渉さえしていなかった」として同年9月にマスク氏を「証券詐欺」の疑いで提訴したんです。この時はテスラとマスク氏はそれぞれ2000万ドル(約22億円)を支払うことでSECと和解してます。かように詐欺罪は規模が大きくなり得ます。

しかしマスク氏は世界一の資産家ではあってもいちクルマ屋の経営者にすぎません。前稿に書いた「多国籍資本家同盟」から見れば末端の足軽みたいなもんです。彼の滑った転んだに一喜一憂して株を売ったり買ったりしても、それで詐欺にひっかかるリスクはマスク氏の証券詐欺以外は一切ありませんが、個人投資家がアクセスできる情報レベルからしてまず儲からないし証券会社が儲かるだけなのでやめたほうがいいでしょう。では同盟はどうか。彼らがダボス会議で「グレートリセットが来るぞ」と予測して大勢の投資家が関連した株を買ったとしましょう。3年たっても何も来ませんでした損しましたとなってもこれを間口が狭い詐欺罪で裁くのは限りなく無理です。まったくの仮定の話ですが、彼らが保有する株を高値で売る意図で議題を選んで実行したとしても、表向きは世界経済の方向性予測ですから人を欺く意図があった証拠が出る可能性はまずなく、世界最高レベルの知性がやってますから馬脚を露す馬鹿が内部にいるはずもなく、立件できる期待値は限りなくゼロに近いです。するとすれば被害者の出た国の検察ですが、その国の大きな力を巻き込んで簡単に潰されるだろうし、そもそも被疑者がどこの誰かもわからないし外国人である可能性が高いので受理のしようもないでしょう。嘘は大きい方がばれないといいますがこういうことかもしれませんね。

ダボス会議の投資インプリケーションを個人投資家(リテール)が咀嚼して、自己の判断で投資行動を起こすのは難しいでしょう。それは調査部門を持ってる証券会社や機関投資家(ホールセール)の仕事なんですね。だから情報は二重構造になるんです。かような世界を渡って40年もしますと、これって、目をつぶるとだんだんタンザニアのサバンナに見えてくるんです。日照り続きで草が減ると草食獣が減り、次いで肉食獣が減り、その頂点のライオンが困るんですね。だからグレートリセットみたいなことを時宜に応じて言うんです。僕は草の生え方を長年見て研究してますんで、そこから少し時間がたって生じる生態系連鎖の具合がそこそこ想像つきます(草は増えても減ってもいいんです)。で、大事なのは、ライオンの動きなんですね。ライオンはこっちへ移動するだろう、シマウマやめてヌー狙うだろうってなことです。

相場を読むのにいちばん確率がいい方法は、断言しますがそれなんです。僕はそれで107円ぐらいの時にドル高・円安に思いっきり張ったわけです。ただ、この方法はマクロにしか効果が及ばないので、草食獣の数や生態の変化みたいなミクロが見えません。これはリスクであり機会損失でもあるので当社はそれをプロにまかせてます。12年やってますがお客様の資産は失敗確率の低い方法で5倍ほどになってるのでご満足いただいてます。テレビや本でもっともらしいこと言っても自分で相場を張る能力はない評論家の方々は僕が書いていることはわからないです。自分でやらないと何事もわかりませんが、投資はスポーツに似てまして、我々と彼らは、毎日一軍でグラウンドにいる選手と外野席のお客さんぐらい違います。我々の世界、儲ける方法を他人に教える気のよい者はいません。評論や著作で教えて小銭をもらうのは、彼のお薦めの方法を実行しても儲からないからなんです。

前稿をしっかり読んでいただいた方は、ライオンとは「多国籍資本家同盟」であることはお分かりですね。この人たちは資金力で世界最大のインパクトがあり、グローバルな発信力は世界トップであり、大国へのロビーイングで自分に都合のよい法律や制度を作る力があり、結果責任は取ってはくれませんが自分たちも自己ポジションで投資しているわけですから、彼らが投資で負ける可能性は非常に低いのです。僕がそれに気づいたのは2003年、野村證券の投資調査部長だった時に中国のWTO加盟に群がる「多国籍資本家同盟」の動きを初めて知って、中国株や中国関連日本株に買いを集中して大成功したからです。セミナーを開いたら錚々たる企業が1000社も来て、先日亡くなられた稲盛和夫さんも基調講演者として来て下さって、かなり注目されましたからご記憶の方も多いと存じます。これを企画したのは僕なんです。ただそれができたのはその直前に自分が香港の社長を2年半した経験によるひらめきと野村総研という日本最高のシンクタンクの調査力が自由に使えたからでした。その手法が今でも応用できるのです。僕はべつにライオンのお友達ではありませんから、誰かに情報をもらってることは一切ありませんし、仮にもらっても信じません。テレビは見ないし、日経新聞は購読を打ち切りましたし、経済誌や本も一切読みません。ぜんぶ、何の役にも立たないからです。

猫好きなのでライオンの習性はよく知ってるってだけですね。簡単ではないですが彼らの判断を推理して予見さえできれば、「お金を増やす」を合言葉とした同盟の先回りをするのですから勝つ可能性が高いのは当たり前ですよね。僕の目的も同じですから、要は「ライオンの気持ち」になることなんです。それを誰が「陰謀論」と呼ぼうが何だろうが、そんな議論は実はどうでもよくて読んで下さっている皆さんがインテリジェンスをつけて詐欺師に騙されないようになっていただければそれでいいのですが、それがないのだけは困るんですね。幸いあるから食えてるっていうことなんです。

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ハードボイルドで説く「陰謀論」の是非

2022 OCT 7 0:00:27 am by 東 賢太郎

「コロナを気にしなくなったね」「欧米といっしょになってきたね」「でも11月あたりにまた来るよ、もう第何波か忘れたけど」「去年も来たから来るね」「うん、また変異したのが」「そうか、次のワクチン、何回目だっけ?」・・・

先日、会食でこんな会話がありました。これ、冷静に見ると、『アフター・コロナ期はこうなる!』なんてみんなが半年ぐらい前まで喧々諤々やってたけど、今やその話題も旬を過ぎてしまって語ってたことも忘れてる。ひょっとして、そのアフターにもう入ってるんじゃないだろうかとさえ思いますね。

「今度のワクチン、もう打たれましたか?」「いえ、ちょっと言いにくいんですけど、ウチ、実はやめたんです、19回目で」「そうですか、ウチは37回です、きのう保健所から皆勤賞もらいましてね」「ほう、ずいぶん頑張りましたね」「ええ、効くっていうもんですから、おかげで娘は7回かかったけど元気だし」

世の中の変化ってのはデジタル的には起きません。ジュラ紀に地球を支配した恐竜が「明日から白亜紀か、気をつけよう」なんて思うことはないわけです。そういう意味で、昨今よく議論されてるのが「グレートリセット」ですね。ダボス会議(世界経済フォーラム)の議題になったせいでしょうか、流行ってますね。

https://ideasforgood.jp/glossary/the-great-reset/

しかしこのリセットも何月何日におきるわけではありません。おきるかどうかもわかりませんが、おきたとしても、日々、グラデーションのように変わっていくものでしょう。ユカタン半島に隕石がおちて、気がついたら気候変動で大変なことになっていて、恐竜はあえなく絶滅しました。人間だって気象兵器が使われていつそうなるかわからないってことならば理解します。

こういう話をするとすぐ「陰謀論だ」という人がいます。このところ、なんだかとみに増えてますね。世界最高の権力者がどこかにいて、その陰謀で弱者は気づかないように支配、搾取されているというものの見方です。権力は法で行使するのが現代のルールですから、米中を凌ぐ超大国が現れて世界制覇でもするか、みんなで合議する国連みたいな超国家的機関が最大の軍事力を持って世界法でも作らないとそんなことはできないのです、でもその言葉が好きな人たちはそういうことは考えないんですね。

しかし、「お金」を求めるのが人間のサガだよねと認めあってしまう世の中では、「こうすればお金が増えるよ」という道がもし目の前にあれば、法律にそれはだめだと書いてなければ皆がそっちに行ってしまいます。だから、その道を敷いた者があたかも支配者であるかのようにふるまえる場面はいくらでもあり得るし、現にそれはおきています。お金は軍事力がなくたって世界法の代わりになるんです。政治家はそれを禁じる贈収賄罪があってできないことになってますが、昨今話題の「裏金」ってものがありましてね、日本はそのために顔認証が導入されないんですが、情報だってお金に変わるんでハニートラップなんて手もありましてね、実はお金のサガは人間のサガにあらがい難く裏打ちされているのです。僕は三国志ファンなんでそれは人類普遍の絶対原理であって、時代も人種も宗教も、どんなパラダイムであっても人間のサガを縛りつけることは不可能で、一時はうまくいっても、必ずお金の絡む局面であぶり出しの文字みたいに露呈してしまう、そう信じています。

清濁併せ飲んでそういう世の中を認めようというのが「現実的な資本主義」と言ってもいいと思います。共産主義政権だって舞台裏では人間のサガ全開だったのが歴史ですからね。だから「お金の塊り」をマルクスが「資本(Das Kapital)」と呼んで、人間に関係なくそいつには「サガ」があって増殖し、それを野放しにすれば労働者は不幸になるが、アホな人間がどうあがこうと究極は革命によってユートピアになる。これはヘーゲル哲学でもあって、唯物論的な思想に共感がある僕にはなかなか美しい説なんです。

そのKapitalが名前になった資本主義は、マルクス主義の出来損ないのデリバティブという位置づけで手厳しい。「お金のサガは人間のサガに裏打ちされている」と言ってしまうともう根底から資本論のアンチであって、「濁」はおおいに美しくないんですが、僕は経験主義論者でもあるんで40年も世界の金融ビジネスですったもんだやって世の中の汚い現実の裏も表も見ましてね、「現実的な」の形容詞をつければ資本主義しか人類が共存して生きていく道はないと考えるに至ってます。それが正しいとか正義だとか思想というものではなく、民主主義もそうなんですが、いちばん最後に残った better という意味です。

お金を増やす道を作れるのが資本家です。資本がなくても株式ファイナンスで作れるから誰でもそれになれますよ。本稿のコンテンツはぜんぶ僕自身がサラリーマンを辞めて資本家になって、”プレーヤー” として体験して感じたことで、他人の受け売りや理論や理屈では一切ありません。だからいつの日か起業したい若者には参考になるんじゃないかと思って書いてます。ちなみにhard-boiledってのはどうでもいいんですが僕のミステリーにおけるタッチの趣味なんで、エモーションとか気遣いとか人間的温かみとか修辞とか、論旨を進めるのに関係ない物は添加しないということなんです。だからtoo straightかもしれませんがご容赦お願いします。

資本の支配力は1+1が2以上になるので、資本家と資本家は敵対するか同盟するかを選びます。ケンカに勝てば1が2になるが、負けると0です。同盟すれば3になって両者が1.5になる。ケンカはコストも時間もかかる上に期待値1なので、よほど腕力でも強くない限り明らかに後者が得です。こうやって資本家は同盟して支配力を増していき、やがて消費者に不利益を及ぼします。これがカルテルやトラストというものです。だからそれを阻止する独占禁止法ができたのです。資本論からすればこんな策はバンドエイドですが、全部くっついて世界最大資本一つの地球になるとジョージ・オーウェルの『1984年』、いわゆるディストピア到来ですね。これは共産革命と逆の意味でヤバいです。

資本家が多国籍になると、同盟の仕方も複雑、巧妙になります。これを包括的にこうだと示すことは僕も知識がないのでできませんが、現実として、どの国の独禁法もかいくぐって、どの国にも税金をあまり払わないなんてことがあり得ています。そう正面切ってではありませんが、米国のビジネススクールではタックス・マネジメントといって国際税務の効率的な対処法のメインロードを講義してるし、国際的な会計事務所はその合法的ストラクチャリングのコンサル(TMC)は重要な業務です。もちろん、表街道は教えるから裏道は自分でねってことですが、それをクリアできるレベルの知性を持った資本家同盟は、効率的で強大な支配力を築きます。

「お金を増やす」が幸せの合言葉だから国籍も宗教も問わない連合が可能で、特に法律がそれに適した設計になっているケイマン諸島のような国で「ファンド」という透明な形にしてしまえば、資本家のひとりが国家である(SWF)なんてことまで起こります。国家、事業会社、貴族、財閥、金融機関、宗教団体、学校、年金、労働組合がみんな同盟してますなんてこともあり得ます。ファンドは開示義務がないので構成は表からは見えません。でも、裏では、「お金を増やす」を合言葉に共同作業が行われているわけです。これを取り締まる法律も組織もありませんし、脱税やマネロンをしない限り合法的です。ファンドでコールと言いますが「指示があったら振り込め」という契約だけで繋がっているので資産規模は外部からは合算して把握できません。おそらく兆円単位で、小国の国家予算より大きかったりします。「権力者」になることが第一の目的ではありませんが、お金にひれ伏す人はいくらでもいますから、この同盟が世界に隠然たる影響力を持つことは難なく可能でしょう。

それを許してしまう資本主義がいいのかどうか見直そう、資本家だけでなくステークホールダーの利益を考え、売り手よし、買い手よし、世間よし(三方よし)に修正していくべきではないかというのが「グレートリセット」の表向きの議論なんですね。それの契機になったのが、不測の厄災だったコロナへの国際的な協調対応で、同時に気候変動への対応、格差・不平等を是正する雇用への目配りもしないと資本主義はサステナブルな発展が難しい、だから皆さんリセットを賢明にしてアフター・コロナをうまく築き上げ、世界の恒久的な平和と発展に貢献しましょうという趣旨になったと思われます。

大変ごもっともなんですが、ダボス会議に来ている人はみな前述したような同盟をしてお金を増やそうという側の人間なんですね。クロスボーダーの協調のほうが一国でやるよりいろいろ便利なので、彼らはいわゆるグローバリストであり、世界政府志向であり、非民族主義的であり、もちろん資本主義の最たる受益者です。どこの国の王族、貴族でもなく、攻撃される危険をはらむことになる階級を作る意識もありませんが、資本主義はもともとは18世紀の先進国だった欧州が植民地や辺境を支配・搾取して利益を分配する仕組みを是とする思想ですからね、それがダボスでは社会主義寄りの主張をし、その方向に「リセット」しようと言ってるわけです。おかしなことですね。

しかし、アジェンダをよく読めばわかります。百姓は生かさず殺さずです。いなくなってしまえば年貢が減るので自分たちも死ぬ。サステナビリティってのは地球のため社会のためと表ではいってますが、本当は自分が安泰に生き残るための基礎条件という意味なんです。だからそこに世界が設備投資して欲しいし、リターンがないとそうならないから、それに賛成しない企業の株式には投資しない、インデックスからはずすなんてポリコレ操作をします。すると投資資金は否応なく集まって株価パフォーマンスはプラスになるので、設備に関わる企業は資金を安くファイナンスできるようになるんです。「合法的ぼったくりシステム」だった資本主義を修正してマイルドにしよう、競合する資本家の全員がそれに同意すれば、期待値1の不毛なケンカは避けられるから誰も損はしないだろということです。で、その修正の中にちゃんと再生可能エネルギーへの移行やら、自分たちに都合のよい税制や規制、財政政策の改善を各国政府に働きかける方針などを埋め込んでます。ゴールポストを自分に都合よい位置に動かせば、損する確率は減りますね。

この会議に出ている人全員がそうだというわけではありませんが、世界経済フォーラムですから世界の経済を動かしている人、すなわち大金持ち(資本家)とその代理人であって、会場で知り合いになって意気投合して組もうということもざらにあります。参加費は高額だからその目的で来ている人も多い。国家、事業会社、財閥、貴族、金融機関、宗教団体、学校、年金、労働組合が同盟して投資するようなテーマは何なのか知る意味もあります。巨額の投資だから相場の方向性に影響があります。国家元首やオーナーが必ずしも参加はしなくても、この場を見れば、誰と誰が共同ファンドを組成しても不思議でない実態はわかります。世界はこうやって「お金を増やす」を合言葉とした同盟が動かしてるんだなあということをです。

彼らが「百姓は生かさず殺さず」路線に舵を切った、そうせざるを得ない世界情勢になった、ということは表面的には「社会主義化」と見えてくるようになります。例えば米国では民主党左派のサンダースなんかが言ってることは社会主義そのものですよね。欧州もドイツ、フランス、英国は一時は左傾化しましたね。でも社会主義イコール共産主義ではありません。社会主義独裁政権がありえるし、それに近いものをグローバリストが目指しており、「1984年」型でAI・ビッグデータ管理と結びついた超監視社会かもしれません。それに対する巨大なアンチ・テーゼとなったのがトランプ大統領の出現でした。それに呼応したのが英国のBrexitだし、プーチンの言い分も米国民主党の傀儡であるNATOとの戦争です。広義の民族主義ですね。ナチスのようなその皮をかぶった独裁制の復活ではなく、少なくとも米国は民主主義を堅持してそれを成し遂げようとしたんです。それがバイデン陣営のなりふり構わぬ不正投票とメディアの抱き込みなどの非民主的な方法でねじ曲げられたから世界は危惧しました。いや、違いました、メディアは抱き込まれたのではなく、世界連合共同ファンドのサブ・メンバーぐらいのものです。ちなみに日本の既存メディアはぜんぶその下請けです。

もとより各国中央銀行は低金利政策をとっていましたから市中にお金はじゃぶじゃぶあふれてます。持った人は「運用」をしないと、限られた実物経済への投資機会だけでは期待するほど増やすことができません。だから、例えば、本来は実物経済のプレーヤーだった総合商社は部門ごとの専門分野に投資するファンド事業が本業のようになっているのです。そこに襲いかかったコロナは各国の国家債務を膨大に増やしました。だから市中にマネーが供給されてコロナ不況なのに株高になっているのです。そこに資源、食料、物流コストの高騰が加わって供給サイドから想定外のインフレが進みます。それを抑えるために米国政策金利は異例の速度で上昇し、海外からドル投資が増え、外貨投資に逃げていたドル資金が還流し、為替市場では米ドルの独歩高という異常現象が起きていることは前回書きましたね。

異常なことは必ず予定調和的な解決を見ます。それがいつ、どこになるか。それを知るには、「調和」とは何であるか、そこにどんな利害関係者がいて、どのぐらいの資金量があって、彼らが究極は何を望んでいるかということを見抜く必要があるんです。彼らとは誰か。まずは国家です。もちろん米国、そして中国。これはもろに政治的意図がからみます。左傾化した米国民主党と中国共産党は同床同夢になれますね。ウォール・ストリートもメディアも利害は一致しますね。そしてそれに資金力で加担する財閥、財団、金融機関、産油国、GAFAなどIT企業etc.。これらがケース・バイ・ケースで自由かつ任意の組み合わせで同盟(アライアンス)を組成して国家にロビーイングを行い、資本投下をし、人的介入までもするのです。みなさんこの現実を陰謀と揶揄して済ますことができますか?

そういうミクロの動きを日本から望遠鏡でのぞけば、異星の出来事のように、あたかもその同盟が最高権力者としてふるまっているように見え、「すわっ、陰謀だ」となっていくわけですね。海外事情に疎ければ初めはそれでも仕方ありませんが、お金事情なら誰でも想像ぐらいはつくはずなんですね、そういう事情を持ってる主体があらゆる国籍・人種・思想・宗教の資本家で、動機は個人の欲望に裏打ちされた資本のサガであり、そこに国家まで加わってはいるがどの国家もメジャープレーヤーではない、ということを学んで冷静に日々のニュースを観察すれば、陰謀論という言葉でそういうものをひとくくりに片づけて思考停止してしまうと、その末に何のインテリジェンスも構築されないということに気づかれるでしょう。当然です。その思考は正しくないからです。

陰謀論という言葉を振り回す人は高学歴者、インテリにもいます。大体が左翼で、当たっているので都合の悪い思考を一撃で沈没させたい、その為の攻撃タグとして意図的に巧妙に使うのですね。しかし大体からして、当たっているという判断自体が怪しく、多くは間違っていて、なぜなら左の人は「資本のサガ」というものを資本論を読んで悪と思いこんでいるだけで、その裏にある「人間のサガ」までは生々しい実態をご存じないからです。理屈を知っていてもわかりません。人間のサガが蠢く現場に日本人が関与できるかというと、チャンスがあったのは1990年前後だけです、あとにも先にも。彼らにとって日本はコールかけて金をふんだくるだけの存在で、完璧なミツグ君ですね、貢献できるインテリジェンスも英語力もないですからね、入れても邪魔なだけで何の意味もないから今後もまず無理です。僕はたまたま昭和のバブル絶頂期に五千億円の収益をあげていた野村證券の英国の株式部門ヘッドだったので、彼らを顧客として関与、観察できたのです。

見ていると左翼の方々は無知な人の前でしか「陰謀論だ」という攻撃は使わないですね。陰謀論という言葉が好きな人たちが言っている「陰謀」が現実にあるわけではないことぐらいは悟っておられて、つまり「幽霊の正体見たり枯れ尾花」なんでね、それをいうと、実は私も初めは幽霊と思ってたんですってニュアンスになってかえってみっともないことをわかってるからでしょう。だから、もし彼らにそれをいわれたら、あなたは馬鹿だと思われているんですね。マルクスの言う通りにはならず、どこも共産主義は失敗でいつまでも資本主義が地球から消えてなくならないのは、彼とて「資本のサガ」を捉え切れていなかったからです。労働価値説で商品の価値が供給サイドのみで決まっているとすることは、理論構築の前提条件としては結構ですが、現実はあきらかにそうでないですね。これは経済学の理論的研究上「経済人」が必要なのとおんなじです、そんな人間はいないんで、理論はきれいだけど予測は当たらないねということになるんです。

当たらない理論を研究する人が学者と呼ばれて尊敬される先進国は日本しかありません。そういう意味不明の尊敬というのは高学歴の人はふつう持たないんですがどうもそうでもない、驚くべきことです。これはなぜかというと、日本の高学歴というのはそもそもがそんなもんなのです。例えばくだらない本が東大ナントカというタイトルだと売れてしまう。つまり東大というのは**教総本山みたいな宗教的権威なんですね。東大にも馬鹿はたくさんいますが、ありがたい神主さんだから権威を感じる、何を研究していてもです。中身は見ないんです神事だから。特異なのは高学歴の人でも半分ぐらいはそうであるという点です。それが日本の高学歴の正体なんですね。だから世間において、なにせ神事ですから、そういう連中が密室や秘密クラブでこっそり何かやってるという妄想が働きやすいんです。陰謀論が流行るのは、無理もないんです。

本当の高学歴の皆さんは、物事の本質をザッハリヒ(sachlich)に見る訓練をしなくてはいけません。だから僕は唯物論的なものの見方に行き着いたんです。で、その僕が唯物論的分析で、「唯物論で株価が決まるわけはない」と言ってるわけです。商品とおカネの交換価値(要は値段ですね)は、人間の欲望というサガ、すなわち需要サイドで決まる要素が多いのです。需要は唯物論でなく人間が決めるんです。それを左右できる人たちの考えることが「陰謀」に見えようが「お化け」に見えようが、合法的多国籍資本家同盟は、案件ごとにカルテル化して世界の世論を誘導し、政策に圧をかけ、戦争でも何でもして売りたい商品を売り、売りたくない商品は潰すんです。開示されないので証拠をあげることは誰もできませんが、そういう同盟が日々くっついたり離れたりしながら活動していることは、自信をもって、「事実である」と申し上げます。

そうではなくて、資本論も読んでなくて「陰謀があるなんて嘘だ」と頭から信じこんでいて、それを幽霊だと信じてるお前は馬鹿だというニュアンスの局面でそれが言いたいだけでその言葉を使う人達は、社会をご覧になれば実にたくさんいますが、間違いなく全員が本当の馬鹿です。瞬時にそう判断されて結構ですし、逆に、我々のような人間にそう判断されるわけですから、なるべくならお使いにならない方が賢明でしょう。面白いんですね、そういう人は、それこそ本格的な陰謀にはひとたまりもなく騙されるんです。だから下等な詐欺師はオレオレをしますが、高等な詐欺師はそういう人達を狙ってカモにする傾向がありますね。

英語でやってる国際金融の世界はそういう連中の巣窟なんで、そこで40年生きてきた僕もその術は居眠りしてても使えます。そうでないとディールで騙されて大損しますんでね、相手がプロならこっちが仕掛けることだって当然のようにあります、もちろん詐欺はしませんが(笑)。そう書いた以上は念のため申し上げておきますが、金融以外は知りませんが、プロ同士に詐欺って概念はないんです。麻雀で捨て牌に迷彩を施して、ひっかかって振りこんだら騙された方が馬鹿ですね、野球のピッチャーがフォークの握りをちらっと見せて速球で三振取ったら、それはむしろ称賛されるんですね、詐欺でなく。そういうことです。

契約社会だから大丈夫だろうってのが危ないんでね、契約書が読める程度のセミプロは素人より危ないんです。ディールは契約前のディベートで8割ぐらいがざっくり決まるんですね、そこは法律は関係なくて商品価値の説得や力関係や貸し借りなんかの世界で、そこで嫌なら反故にします。そこからタームシートを作って細部を詰めていって、最後の1割ほどを双方の弁護士が依頼人が有利なように盛るんですがもうテクニカルな部分です。契約書に調印して銀行の窓口でセトルする寸前になって、やっぱり手数料まけてくれなんてすごい人もいますんでね、そもそも、契約書ってのは相手が詐欺師か嘘つきだろうという前提で書くものなんです。結婚前に離婚のことを考えて婚前契約書を作るのが普通であるアメリカ人って、なかなかですよね。

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BAND-MAIDは世界に通用する!

2022 OCT 2 13:13:26 pm by 東 賢太郎

僕はロックンロールの元祖というと、どうしてもドイツの港町ハンブルグを思い浮かべます。プレスリーじゃないんです。ハンブルグといえばブラームスではないのか?もちろん、まずそれが第一です。でも、この街に行ってブラームス博物館だけ見て帰るわけにはいきません。レーパーバーン(写真)があるからです。彼の生家はここからそう遠くはないんです。もう建物は残ってませんが、それに目をつぶりたくなる音楽ファンもおられるような地域だったそうです。ただ、ドイツの人は一般にそういうことに対しては日本人ほどピューリタンでないということは申し上げてもいいと思います。ここは東京なら新宿歌舞伎町で、だからどうということもなし。若い頃に飲み歩いてうろうろしたので僕は違和感すらなしですが、ハンブルグは港町ということもあってもっとストレートで強烈な歓楽街です。

レーパーバーンのクラブでロング・ジョンという男がポール・ラモーン、カール・ハリスンとバンドを組んで、荒くれ者の船員や売春婦の前で覚醒剤やりながら10時間のステージをやってました。3人とも流れ者のハタチぐらいの兄ちゃんです。ロングはというと、船員の親父は行方不明になるし貧しい母親は彼の目と鼻の先で車に轢き殺されるし、めちゃくちゃ不幸な家庭の子。グレて札付きのワルでした。世の中にどす黒い反抗心があったのでしょう、やがて麻薬LSDに走って誰も理解できない世界の人となって凶弾に倒れますが、彼のバンドの演奏はきれいごとでない高みまで登って行ってしまいます。そして The Beatles というものになる。僕にとってはそれがロックであり、ロックはそういうものなんで、原点はどうしてもあの劣情がたぎりまくっていて卑猥で低劣なレーパーバーンにあると感じてしまう。彼ら、生まれはリバプールでそっちでは偉人であって美化されてますが、そのせいかどうか、英国ではロックは美しいものなんてなってきて、その過程でロンドンにいたもんですから、そうでないものをロックと言われてもねってところがあって、後につまらなくなって離れてしまった気がします。

いっぽうでは、僕は交響楽団の奏者に女性がいない時代に育ちました。ベルリン・フィルもチェコ・フィルも、舞台を子細に見渡しましたが、本当にそうだったんです。教会で女性は声を出せないためカストラートがいた(ベートーベンもそれにされかかった)という根強い宗教的伝統から来たようですが、それがいまや指揮者まで女性という時代になりつつあって、違和感がなかったというと嘘になります。長らくのあいだ、ウィーン・フィルはハーピストだけか、なら許せるかなぐらいだったんで、僕の趣味も旧世代のものだといわれれば反論はできません。ところが、ことロックバンドとなると、今でも事情が違っていて、これだけは最後の最後まで男がやるもんでしょと思ってます。保守的だからではなく、レーパーバーンが原点だと思ってるからなんです。あそこの奥のほうは、いまどうか知りませんが、塀があって女性と18才未満の男は立ち入り禁止だったんです。宗教や時代がどうのって問題じゃない、ココばっかりは男の牙城であり、ジョン・レノンがなんでロング・ジョンだったか(隠語を知ってる方ならわかりますね)ジェンダー論ではどうもならんのです。

こういう事情なので、きのうコメントをいただいて初めて知ったガールズロックバンド、BAND-MAIDをyoutubeで見て、はっきりいって衝撃でした。ご紹介いただいた方に感謝申し上げます。これはカテゴリーキラーであり、コンセプトの革命です。でも違和感あったのは始めの2,3分だけです。ベース、ドラムスが問答無用でうまいしギターの速弾きもなるほどっていうレベルです。名前もバンド・エイドのシャレでしょう、センスを感じる。技術なしに奇をてらうのは何やってもだめ、日本の女子力である「カワイイ」は世界の公用語になりつつあって無敵ですが、AKBがニューヨークで旋風を起こすかっていうと絶対にありません。音楽の世界でそれだけじゃあワールドクラスはあり得ません。まずインストゥルメンタルのこれ、だめじゃない、イケると思いますね、だから運さえあれば旋風を起こす可能性はありますね。

女の子だけでやってると思えないヘヴィなサウンド。でも男になろうとしてるとも思えないんで宝塚の男役みたいな作り物感もない。単純に、好きなんだっていう磁力だけがビリビリ伝わります。音楽はこれがないといけません、その一点において、ロックもジャズもクラシックもないんです。ビートルズはそうやってできて、それがなくなって解散したんです。それをリアルタイムで経験してる旧世代にすれば、あらを探せばいくらもある。ヘヴィっぽいけどヘルター・スケルターの黒さはなし、アイ・アム・ア・ウォルラスの狂気も、やがてそういう方へ行くかもしれない兆しも、youtubeにあるものを聴く限りはですが、ないです。サウンドとは裏腹にいまどきの中性的なエンタメであって、初音ミクのリアル版といいますか、ある意味で「究極の作り物」なんで新奇で面白い。しかし、それが僕の知らない “いまどきの” かもしれないし、もちろん積極的に良いこともあって、「だから疲れない」ということですね。おかげでぜんぶ聴いちゃいました。

「秋葉原のメイド喫茶でアルバイトをしていた小鳩ミクがバンドをやりたいと思い、メンバーを集めて結成した」そうです。「やりたい!」という強烈な求心力のある人にはそういうタイプの才能ある人たちが寄って来るんですよ、僕はそこでレーパーバーンを連想したし、そういう集団を何より評価します。ビジネスの世界もまったく一緒です。そういう人が新しいものを作ります。そうでない人が何万人集まってもね、デモ隊にしかならない。デモは政治にはなるが、ビジネスにはなりません。バンドもオーケストラも似てますね。

彼女たち、メイド服姿の「カワイイ」と「ハードロック」とのギャップを狙ったと語ってますが、いいマーケティングと思いますよ。でもその位の手管は誰でも思いつきますんで、現に舞妓さん姿のロックバンドもyoutubeにあるんでね、普通のお姉ちゃんの受け狙いじゃない、自発性に富んだ、音楽的プロフェッショナルな部分を評価します。ギャップは売っても女で売ってませんから、とりあえずはね、AKBみたいな路線の作られた純エンタメと比べたら失礼なレベルです。日本でこれだけ本格派の土俵で堂々と勝負できる才能の人はあまりいない。これがすべてです。でもいずれバラードやれば、そこはまぎれもない女性なんで、作曲のクオリティとかね、高い次元のものが求められてきますね。ギャップは通用しません。ビートルズがそこまで行ったのは、男か女かではなく、そのハードルをクリアした唯一のバンドだからです。

日本人は、基本的に何事もそうですが、みんなちょっと売れると日本のスターの小さい幸せで満足して終わっていくんですね。バロメーターとしての収入でいうなら10億円ぐらいでね。日本でそれなら凄いじゃないかって、ちやほやされていい生活して浮き名でも流してね。この「日本でそれなら」ってぬくぬくした甘ちゃん精神が海外で長いことやった僕には気に食わないんです。怒りすら覚えます。そういうこと言ってるから国ごと「日本でそれなら」になって何のこっちゃとなり、ただでさえ国家経済がどんどんシュリンクして「ちんまりした国」に向かってるのに誰もそのマトリョーシカの矛盾に気づきもせず、沈んでいくタイタニック号の中でいい席の取り合いに精を出す。ところでその「日本」って何なの、誰が決めたのってところに目が向かなくなって、船体が10度ぐらい傾くと初めて大騒ぎになるはずです。でもそれって「誰がこんな船にした!」の大合唱でしょうね。それをいうキミも犯人の一人でしょってのは誰も言いませんよ。

彼女たちは100億円、野球なら大谷になるかもしれない原石でしょう。間違っても巨人の4番で終わって欲しくない。僕は韓国のBTSを見ていて、音楽も歌もダンスも確かにメジャーリーガーで凄いしアメリカ人の好みをうまくつかんでるマーケティング・インテリジェンスに感心もするんですが、遺伝子的に能力も容姿もかわらないのにどうしてあれが日本から出てこないんだというフラストレーションがあります。BAND-MAIDをビートルズに比べる僕の駄文を読んで、そりゃあんまりだ、買いかぶり過ぎだと思った方はもう立派にタイタニック号のお客様ですね。そういう方々からは、同じ東洋人のBTSがビートルズ並みに売り上げてホワイトハウスにまで呼ばれちゃうのに日本では彼らの追っかけが増えるだけで、どうして?っていう声は出てこないんですね。もう国ごと茹でガエルで、元々長い物に巻かれる国民性だから、こんなに奴隷化して支配しやすい国はないと見えてる可能性大ですね。

おそらくBTSにも事務所にも「韓国でそれなら」ってのは元からないんです。自国は小さい市場だから外国に売り出していくなど当たり前で、そうなると当然に大きい所を狙うので、隣でお手軽な日本なんてのは眼中にもなくて、一気に頂点のアメリカに出る。映画もゴルフもそうです。我々はそれを「ハングリー」で片づけてプライドを保ってましたが、一人当たりGDPでもう韓国に抜かれてますからね、要するに韓国より貧乏な国民なんでね、ハングリーじゃなきゃいかんのはお前だろって事態になってるんです。でも、これ、耳障りが悪いんでマスコミは報道しないし、自民党は責任を問われて支持率さがるから口にしないんです。国民に知らしめず、自分が生き残れればいい。繰りかえしますが、これが「沈んでいくタイタニック号の中でいい席の取り合いに精を出す」ってことです。国を背負う者が率先してそれをしてる、そういうキャプテンが操舵する船に我々は乗っています。ところが、一般の客である国民も、隣国より下ってのは棺桶に入るまで認めたくないんですね、偉かった先人たちが命を捨ててまで築いてくれた富と名誉にかまけて、ぬくぬくした甘ちゃん精神で、砂漠で敵に囲まれると砂に顔を埋めて見たくないものは見ないダチョウみたいになって、やがて食われるんです。そっちに船を近づけようと画策する左翼なんてのはもってのほかなんです。

僕は日本を席巻したアイドルグループ「嵐」が世界に出ないのにがっかりしました。まあ事務所の方針もあるでしょうし彼らの責任ではないかもしれません。しかし、やる気になればできたかもしれないし、失敗しても構わないのに挑戦もしないってのは若者のリーダー格としていかにも寂しい。いまの日本でジェンダーを論ずるなら、野球選手もゴルファーも俳優も歌手も、お山の大将でちやほやされて遊んじまって潰れてるのはほとんどが男だってことを問題にすべきです。破廉恥事件はもちろん、金に絡む悪事もだいたい首謀者は男なんで、べつに女だからクリーンとも思いませんが、日本男児って言葉はいつから死語になったんだろうと思うのです。

企業社会もアメリカさんのポリコレ戦略にまんまとひっかかって、大事なのはコンプラとコストカットとリスク管理ばっかりになってですね、カルロス・ゴーンを連れてきてこいつに100億円もやってね、日本人役員たちが自分も100億もらうぐらい仕事できる玉ならいいんですよ、でもそうじゃなくって、そうでもなければ絶対に出世なんかできなかった奴らが自分も1億円ぐらいの高額賞与の微々たるおこぼれにありつこうっていう悲しいセコさなんですね。そういうブレーキを踏む性質の人間が権力を持つとアクセルを踏む資質の人間は邪魔なのでパージしちまって、ついに「エンジンのないクルマ」の死屍累々たる廃車の山ができた。それが今の日本。するとそれを狙ってたアメリカ企業が、スクラップバリューでね、つまり激安のバーゲンセール価格でクルマの含み資産と技術を買っていくわけです。もちろんC国も虎視眈々とそれを狙ってます。こういう国賊経営者の犠牲になったのが「非正規雇用」という契約を「フレックスだから自由時間ができて良いことだ」というセールストークにして雇われた若者たちなんです。いいですか、男性諸君はド迫力のBAND-MAIDのロックきいて奮い立って、革命でも起こしなさいよ。このままだと国ごとどっかの奴隷になるよ。

社会に出ると男というものは、男性ならではのいろんなしがらみが出てくる、それは事実でしょう。僕もそうだったし、耐えられないぐらい重たいものだったこともあるし、でもそれに負けずにファイトバックして生きてきたから、家でも社会でも一応の男の尊厳、誇りは持たせてもらっているわけです。でも、それを甘受しているということは、それを女性ができるなら同じだけの尊厳を持っていただいて当然ということになるし、もし負けたらそれを認めないとおかしいです。僕が心からそう思うようになったのは駿台予備校でどうしても勝てない女性がひとりだけいましてね、いつも総合点で名前がトップあたりで、なんで本番落ちたのってみんな不思議がった方で、ついに1回しか勝てなかった。それでこうなったんですが、実力だけをリスペクトするっていう精神は真剣勝負を逃げて育ったぬくぬくした甘ちゃん精神からは絶対に出てきません。そういう人はダチョウになるから負けは認めないんで、ということは進歩もしないんですね。

誤解のないように書きますが、僕の言ってることはフェミニスト精神とは別物です。女性だから大目にというのはありません。娘がMBA取りたいと言えば女だてらになんてことは言いません、取るなら取っただけのことはしろよとだけ言います。そうでないフェミニズムは女性を元禄のお犬様に祭り上げるだけで、今度は男に不平等であり、その結果、できる女性はかえって不利になります。私大の医学部の入試はいい例です。まず、これからして困ったもんだが、勉強は女性の方ができる。だから正直に採点すると合格者は女性の方が多くなって病院の医局の現場が回らない。女性がやりたがらない仕事があるからです。それを大目に見ざるを得ないから、入試で男に下駄をはかせて調整せざるを得ないというあってはならない事態が発生したわけです。これはいかんと思います。ところが、そういう僕だって自分が患者になって死ぬかもしれないことになれば、熱意があって医師免許さえある人ならば入試の1,2点の差なんかどうでもいいんでそれも仕方ないかなと思わないでもない。根が深い問題ですね。

ですから、生き生き、のびのびと、屈託なくロックしてるBAND-MAIDの女性たちを見ていると、そういうもやもやのすべてが気持ちよく吹っ飛んですっきりしたのです。フェミニズムで高評価する気は毛頭ありませんが、男声でしか出ない黒さや狂気がないなんて評価もしません。そうやって聴いているうちに、もはや男女平等どころか、女子の方が上の時代になりつつあるかということに気がついたのです。男の妙なしがらみからフリーである。モテたい、ちやほやされたいじゃなく、「世界制覇したい」とケロッと言えてしまう。彼女たちの本音の狙いがモテたいだろうがお金欲しいだろうが、どんな私利私欲だってぜんぜん構わないんですよ、それでも、一世を風靡した「嵐」でも、男は怖くて世界制覇は言えんという事実があるからです。

コロナでトシだけ取って気の毒だったと思いますが、いよいよ来月からアメリカツアーでニューヨークに乗りこむそうです。地のまんまでビビらずやれば成功するし一気に取り返せますね。彼女たち、ロックかくあるべしなんてのはなさそうですし、なんたってカテゴリーキラーなんだから、そんなものはないほうがいいんです。あんたらアキバ行ったことある?ええ?メイド喫茶知らないの?田舎もんだねえ、恵まれない男ねぐらいのノリでね、満場を席巻して押し倒しちまってほしい。いけますよ。ニューヨークでそれすれば世界の話題になるからね、後はチョロいもんです。日本の宝になります。ファンになったんで応援します。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

円レートは年末に上がるのか下がるのか?

2022 SEP 28 23:23:02 pm by 東 賢太郎

円ドル相場にご関心ある方は多いと思うので、僕の視点をもう少し書いておきましょう。なぜ米国FRBは動いたのか、なぜ日銀だけ動かないのか。これを知らないとこの円安の行方は理解できません。

FRBは9月のFOMCで3会合連続でFFレートを0.75ポイント引き上げ、誘導目標3-3.25%としました。異常値(通常の3倍)を3回、即ち、読み違いを認めてます。何を?コア・インフレ率(今回会合で4.5%と、前回の4.3%から修正)です。ここは注意が必要です。なぜなら実質GDPは下方修正している。それでも金利は上方修正するのです。つまり、前稿で僕が「わからない」と書いた供給サイドの「コロナ・ウクライナ・ファクター」(以下、CUF)が問題と思われます。コア・インフレ率は食品・エネルギーを除外しているのでCUFの影響度はデータ集積が足りない。結果論ですがFRBはそれを軽度な方に見積もっていたと想像します。これは仕方ないです。

それを修正すべく3回目の急ブレーキを踏んでタカ派姿勢を見せたのが今回と解釈しています。FOMCはメンバー18人の意見(ドット)を公開してます(下図)が、来年FFレートを5%近くまで上げておかしくない趨勢です。

一方で日銀の事情は前稿で書きました。ということは金利差は開くと思われるのでさらに円安になって不思議でないですね。FFレート5%でいくらまで行くかということです。介入は財務省の判断ですが、米国の承諾が必要で刺激したくはなく、トレジャリーを売らないと効果を得るほどの原資もないでしょう。

だから円、日本国債ショートを目論むヘッジファンドと日銀の闘いになってきます。タカ派に転じれば巻き戻しで円は恐らく急騰して連中は大損しますがそれをする利もあまりないでしょう。政府は4つの柱を掲げますが本音は円安特需期待でしょう。空港規制を解いて外人を入れ爆買いしてもらう。外国に出た工場を国内に戻しなさいとサプライチェーンの安全保障も説くでしょう。目玉は半導体です。なぜTSMC熊本誘致コストの半分(4千億円)も出すかということ(米国も死活問題だ)。円安は結構な面もあるからです。

しかし、事の根源は米国(FOMC)である。これを忘れると危険です。パウエル議長は景気を犠牲にしてもインフレ率を抑え、失業率を4.4%以下(事実上の完全雇用)で抑えるまでFFレートを上げると発言してますが、景気が想定以上に失速すればインフレを抑えても失業は増えます。彼が今回示した「新型コロナウイルス禍による混乱を受けてニューノーマル(新常態)に入りつつある可能性がある」との見解は、FRBが想定するフィリップス曲線の形状が変わったという意味なのかどうか、これは重要な観察事項です。

というのは、見かけ上のインフレ率(=コア・インフレ率+CUF)が低所得者の名目賃金上昇率を上回っているため、中間選挙で劣勢を伝えられるバイデン政権へのリップサービスがないとは言い切れないからです。コロナ前まで「フラット化」を議論されたフィリップス曲線ですが、イールド曲線がフラット化、需給ギャップがマイナスかというデフレを示唆する異例の環境でコロナが発生し、量的緩和というこれまた異例の手を打った。そしてウクライナ戦争が追い打ちをかけたのです。食、住、移動という生活の基本に関わる部分でCUFの増分の影響を甘く見てたFRBが、どうフィリップス曲線の形状の前提を変えるかという数学的な問題です。これは現状のデータからは解けません(FOMCメンバーも恐らくそれがコンセンサス)。あと2回(11、12月)の会合の決定を見てわかるというのがぎりぎりの感じでしょう。

一方で、日本のフィリップス曲線です(数字は暦年)。この論文からお借りしたものです。本文をダウンロード [PDF:1.0MB] (英語)

色は赤が1980年代、緑が1990年代、青が2000年代、黄が2010年代で、2000年以降は「フラット化」しています。これは非正規雇用の割合が増え始めた時期と重なります。

論文は以下の4つをフラット化の原因としています。

  1. 非正規労働者の正規労働者に対する相対的な生産性の向上
  2. 労働組合の弱体化
  3. 非正規労働者の供給の増加
  4. 非正規労働者の供給の賃金弾性率の増加

 

フラット化は「失業率が減っても賃金を上げなくて良い」という意味で、しかも非正規の方が生産性は高く雇用側に都合がよいわけです。その結果、「ロスジェネ世代未満の得べかりし収入」が「企業の内部留保」に転嫁しました。現在40~52才で国を牽引するその世代が夢と活力を若くして削がれたわけです。そしてその上である53才以上の世代が「働かないおじさん」化して大企業の競争力を劣化させ、さらにその上の「昭和爺い世代」が組織の影響力あるポストに恋々と居座って忖度させている。これが日本国を亡ぼすというのが僕が10年かけて書いてきたブログを貫く主張です。

冒頭に帰りましょう。

なぜ米国FRBは動いたのか、なぜ日銀だけ動かないのか?

CUFは米国では金融政策に劇薬のように効いたが、日本では「糠(ぬか)に釘」であり「暖簾(のれん)に腕押し」なんです。ゼロ金利でも大企業が借金しない、設備投資しない。日銀はFRBのようにインフレファイティングするわけにいかず、量的緩和を続ける。それしか手がないからです。なぜ?国を牽引する世代が夢と活力を削がれたからなのです。90年代にデフレの病に侵されなかった米国経済も、瀬戸際まで追い込まれていましたが、まだ劇薬が効くだけの健康体を保っている。日本経済は、80年代まであれほど強かったのに、90年代の失政が末代まで祟ってデフレが慢性化してしまったのです。この病は一度かかると癌のように勝手に進行します。それがアベノミクスという制癌剤を打ってもまだ治っていない、キッシーの「新しい資本主義」ではお話にもならないという恐るべきことを本稿は示しています。

ロスジェネ世代が就活した1992~2004年(グラフの緑色)は氷河期と言われましたが、まだフィリップス曲線は右肩下がりで企業側に打つ手はあった。しかし、経営者も政治家もそれを怠り、米国の日本金融機関潰しに屈し、米国の撒いたエサである「イノベーションより合理化」路線に走り、馬鹿正直に固定費を下げて労働生産性を保ち若者を犠牲にする愚策に邁進しました。カルロス・ゴーンはこの流れでやってきたのです。価値創造は能力を要するがコストカット、リスク回避は馬鹿でも出来ます。大企業幹部はその系統の人種が優勢になり、創造派は概ねパージされました。そしてそのリスクを取らない人種が、撒き散らす痛みへの「鎮痛薬」として提示された「非正規雇用の増員」という安易な道に逃げてしまった。これが実は麻薬だったんですね。夢と活力を削がれたらいくら若者でもリスクをとりません。借金も投資もしませんし、そっちについた方が出世できるのだからこぞって安易な道を選ぶようになります。そして彼らが主役の年齢になって、日本は国ごとそうなったのです。

しかし、これがロスジェネ世代の責任だと思ったらとんでもない。誤った方向に進む道をセットした「働かないおじさん世代」「昭和の爺い世代」は責任を取って早く第一線から身を引き、やがてその結実をよかれあしかれ背負っていかなくてはならない彼らに全権を委ねるのが筋であり、親の道というものでしょう。昭和の爺いである僕自身、彼らには頼らず迷惑もかけず、自分のやりたいことは自分で投資して稼いでやっていくつもりです。彼らにしてあげられるのは出資してあげることとアドヴァイスだけです(その為にソナーもSMCも作ったのです)。ところが世に目を向けると、爺いどもが跋扈して、辞めるどころか税金タカリ屋になって中ヌキに精を出し、裏技を磨いて私腹を肥やしているわけです。醜怪というしかない。正義の味方である検察は、秋霜烈日の誇りをもって徹底的に世の中の浄化を決行していただきたい。

結論です。以上がFRBと日銀の置かれた立場の違いなのです。米国が理想的な国家とは決して思いませんが、若者の夢と活力を食い物にジジイが生き残ろうというみっともないことだけはしない。現下の円安は、90年代の経営者と政治家の失敗のツケが20余年たって回ってきているのであり、「腰の入った日本売り」なのであり、まさしく国難なのです。この事態を引き起こした責任政党でありながら、分析して腰の入った手を打とうという議員がひとりとして出ないばかりか、統一教会関係ありませんとケツをまくって逃げることに懸命な自民党という政党は何なんだということです。これですから日本側は禁治産者状態で、見ても意味ありません。その大政翼賛会的なかわら版にすぎない新聞やテレビを見ても真実は報道されず、そんな情報で株や為替に手を出せば大損するだけです。米国側は書いたように、あと2回のFOMCではっきりスタンスが見えると思います。

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Invest in Kishida(岸田に投資を)で円安に

2022 SEP 27 9:09:11 am by 東 賢太郎

ぜんぶをドルにしたので、資産は円ベースで35%ぐらい増えてます。これは半分が読み通り、半分が偶然というところでしょうか。相場っていうのはスポーツと同じで勝てば官軍なんですね、だから儲かった奴は何でも言える、そこで「読み通りなんて嘘つけ、どうせ後講釈だろう」なんて言われるんです。でも、その程度のことでさすがに全資産は行きませんよ、いくら僕でもね。べつに構わないんですが、読みってのは練習しないと当たらないんです。これもスポーツとおんなじなんですね。

円ドル相場は「米国の長期債利回りに対して政策金利(FFレート)をFRBがいつ、どこまで上げる?」で決まる。それは事実です。だから全員がそれを凝視して、日々一喜一憂しているわけですね。ご苦労様なことです。

僕はたくさん練習してるんで、「全員の一員になっても儲からない」「儲かっても100%偶然だ」ということを知ってます。つまりわからないわけで、わからないことに賭けるのはアホである。これがインテリジェンスなんですね。

では、どうするか?この問いを解くカギは「パウエルFRB議長も全員のひとりだ」ということです。これが大事。彼もわからないんです。彼を含め、全員がアホなことをやっている。だから、そこに勝機がある、こう考えるわけです。

ちなみに、株式投資は違うんですよ。買うのは生きている会社ですからね、株価は業績と金利で決まるんで、データを取ってきて、ラボラトリーで「分析」できるんです。その方法を知っている人がもし1%なら、勝率は高いですよね。

FFが3%で金利差から円ドル135円、ここまでは自信あり。だから読み通りが半分です。コロナとウクライナは未知の変数です。だから145円となると変数が効いたはずです。でもそれは説明できない。だから偶然が半分なんです。

変数が動いた理由。もしあるとすると、政治なんですね。円ドルだけ見てもわからないです。これ、ドルの独歩高だから。誰でも考える中間選挙。はい、それは間違いないでしょう。でも、それだけで10円は変動が大きすぎて気持ち悪い。

FFレートを上げればドル高で輸出停滞、よって景気後退、よってFF下げ、よって株高。これは国益に特にプラスでもマイナスでもない。資源も食料もある国だからです。ウクライナが長引けば武器輸出でマイナスは減殺されますしね。

ではチャイナはどうか。資源も食料も輸入だのみ。公共投資の失敗で地方財政はボロボロで内需は低下。ゼロコロナで人心は荒廃。米国債を売るか人民元建て決済するしかない。元安は輸出には結構だが世界経済減速予想で相殺される。

元ドルは介入限界点の7.2に接近中。10にでもなればパニックでしょう。元の基軸通貨化を阻止でき国益にもかなう。台湾有事は米も歓迎しないのでチャイナが弱って戦意が高揚しないことは万事において有難いのです。

とはいえコロナ・ウクライナ・ファクターは未知の変数であることに変わりはありません。まったくわかりません。150円ぐらいはあるかもしれない。落ち着きが良いのは僕のモデルでは135円、というのは変わってないのですが。

では日銀はどうか。今年3月末に526兆円の国債を保有する日銀の当座預金残高はほぼ同額(563兆円)です。それを減らすべく国債を売れば国の財政を圧迫、政策金利を上げれば当座預金の金利負担が増えて日銀の収支が悪化します。

つまり前者は国債の格付けを下げ、後者は日銀の格付けを下げ、両者とも国債価格を下げます。これはショートポジションを積んでいるヘッジファンドをもうけさせ、さらに日銀に敵対的なポジションが膨れ、このプロセスが増幅します。

日銀のB/S、P/Lがおかしくなって信用を失えば国債はおろか円が売られます。1992年に英国がショージ・ソロスに空売りを仕掛けられた「ポンド危機」みたいなことがあり得ます。あれは危機どころか元基軸通貨国・英国の国辱でした。

ソロスは英国がERM脱退(変動相場制への移行)した間隙を縫って攻撃したのです。日本にそんな隙はない。そう思われる人が大半でしょう。そんなことない。台湾有事があれば、あり得ますね。狙う奴は世界にいくらでもいます。

黒田日銀総裁がこのリスクをとることは、賭けてもいい、ありません。黒田はアベノミクスまだやってる、世界の中銀が利上げに転換した趨勢に逆行してる、円安放置の国賊だと批判するアホがたくさんいますが、こいつらわかってない。

国債の格付けは徴税力が担保で、税法、税率が変わらなければ景気の関数です。景気浮揚は日銀の仕事ではないんです。国益を守るために国債と円の価値を毀損させない。だから異次元緩和政策は当面は続ける。これは完璧な正論です。

景気浮揚こそは岸田総理の仕事、責任なんです。それが「新しい資本主義」として①人への投資②科学技術・イノベーションへの投資③スタートアップ投資④グリーン、デジタルへの投資、の4本柱と説明されました。たいへん結構ですね。

みんな投資なんだけど、誰がするんですかね。国かな?結構です。すると原資は?100兆円も国債出してるんですよ、増やせば国債価格はもっとヤバいですよね。えっ増税?一時はいいが経済停滞で税収は減ってカニバリになりますね。

そうか、投資は民間がするんだったっけ。なるほど、で、対象は?人、科学技術、グリーン、デジタル?で、予想投資収益率は?えっ、それはスタートアップする人が考える?イノベーションがあるから高い?ぜんぜんわかりませんね。

投資収益率が高いなら国が出てこなくても事業家が勝手にやります。それが出てこないから銀行の日銀当座預金に500兆もカネがブタ積みになってるんです。なぜか?儲かるアイデアがないからか、あっても成功しそうにないからです。

それでも国がやるぞっていうなら、このプランは堂々たる社会主義です。共産党がやってもいい。権力中枢にいる全能のエリートが国家計画経済を推進するわけですね。いいですね、でもそれで出てきたのがアベノマスクでしょ。

人、イノベーション、起業、GX、DXに投資ってね、ぜんぶ日本が世界に10周回遅れてるだけでしょ。なんとか人並みにするぞって、出来の悪い子の補習授業みたいなもんで、そんなの世界のどこでも投資っていわないんです。

投資ってのはリスクがあるんです。国家が税金を投じてやったから必ず成功できるなんてことはないんです。必ずできるのはタカリ屋の中抜きだけです。「資産所得倍増プラン」って、素人が株買って資産半減プランになったらどうするの?

総理、そんなんで「Invest in Kishida(岸田に投資を!)」言われてもですね、僕は1円も投資しませんわ。「Buy my Abenomics」はね、安倍総理だから株買ったし、もうかりましたよ。外人投資家もです、日本の評価を上げましたね。

皆さん、覚えてますか?経済音痴の民主党が政権取ったら日経平均は歴史的安値の7千円!ですよ。あのまんまの株価だったら、経済安全保障はおろか経団連企業も外資やハゲタカに買収されまくって国民生活が脅かされていたでしょう。

株が上がるというのは日本の値段が上がるということです。つまり国力増強したってことです。資源ない、食料ない、軍隊ない、覇気ない、自信ない、円も安くて金もない。近隣諸国からなめられまくります。侵略できそうってなりますね。

Abenomicsはインチキだ、失敗だって叩くけど、インチキで上がるほど株式市場は馬鹿じゃないんですよ。インチキだと思ってるビジネスのビの字も知らない左翼の学者が買ってもね、それだから儲からないって意味でとても賢いんです。

「Invest in Kishida!」は「I ♡ New York」のTシャツなみのセンスですね。広島カープの「ガツガツGUTS!」のがマシですね。べつに英語の必要ないでしょ、ソフトバンクホークスの「今年はやらんといかんばい」なんかどうですかね。

役人の言うがままの総理なんてのはそんなもんです。言ったことでいいねってのはカープファンだってだけでね、できもしない御託を4つも並べれば、ホントにこの人、中身は何もないんだなって思われるだけです。外人も見抜きます。

ご存じないようだが、市場ってのはゴルゴ13みたいに非情で冷酷なんですよ。スナイパーが一発です。言うだけ唇寒しで、InvestじゃなくSell Kishida!になるんで気をつけてください、第3の読めない円安要因になるんでね。

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騙されてはいけない「パンとサーカスと嘘」

2022 SEP 25 10:10:42 am by 東 賢太郎

《「徒然草」 第七十三段》

世に語り伝ふる事、まことはあいなきにや、多くは皆虚言(そらごと)なり。

(現代語訳)

世間で語り伝えていることは、真実はそんなにつまらないのであろうか、多くはみんな嘘である。

(評)

兼好法師の時代、嘘は娯楽であったようだ。現代においては、嘘は真実がつまらないからたれ流されるのではない。世界のメディアはグルであり、積極的な嘘(だまし)と消極的な嘘(隠蔽)を織り交ぜて、世界最高権力者に都合の良い世論形成(洗脳)を目論むからである。

 

〈新編「吾妻鏡」〉

かつあらはるるをもかへりみず、口にまかせて言ひ散らす。もれぬるものならばそらしらずしてまぎらはす。ものども、前(さき)の世の報いか、いと卑し。

(現代語訳)

すぐにばれる嘘をつきまくっておいて、ばれると素知らぬ顔で言い訳して紛らわす。こういう連中は、先祖の報いでもあるのか、まことに卑しい者どもである。

(評)

人の世は変わらぬものだ。現代においては、嘘の紛らわし方には「秘書にまかせていた」「事務所の引っ越しで資料を捨ててしまった」「卑しい心で50年経営していない」「それって犯罪ですよ、一緒にしないで」など各人各様の趣向が凝らされるのが一興ではある。なぜ「つきまくる」かというと、「嘘も百回言えば真実となる」からであろう。

 

《ユウェナリス「風刺詩集」 第10篇》

…iam pridem, ex quo suffragia nulli uendimus, effudit curas; nam qui dabat olim imperium, fasces, legiones, omnia, nunc se continet atque duas tantum res anxius optat,

(日本語訳)

…民衆は、(投票権を失って)票の売買ができなくなって以来、 国政に対する関心を失って久しい。 指揮権、懲罰権、ローマ軍団、 かつては全てを与えていたが、今や自らそれを止め、 ただ二つのものを不安げに求めているー すなわちパンとサーカスを…

(評)

パン(食料)とサーカス(見世物)は古来より国政に関心のない愚衆をつくり、喜ばせて反乱を起こさせない目的があったが、やがて世界に広がって五輪と呼ばれるようになる。21世紀の東京は折からの大規模な流行り病で、おののいた民衆が喜ばない五輪が開催された。すると、その無理が祟ったのであろうか、喜びと熱狂に紛れて隠蔽できるはずだった本来の目的が露見してしまい、贈収賄で逮捕者が続出する結果となった。これを令和の五輪疑獄と呼ぶ。

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僕が一夜漬けに強いわけ

2022 AUG 28 19:19:28 pm by 東 賢太郎

僕が一夜漬けに強いのは3つのわけがある。まず、大学受験浪人と米国経営学修士(MBA)取得で試験というものを普通の大卒より4年分多く受けている。次に、たくさん失敗して落ちている。そして、絶対絶命のピンチではぜんぶ成功しているからだ。

これを伝授してみようとするのが本稿の試みだが少々説明がいる。巷のノウハウ本みたいな形では無理であり、僕がどういう事情と経緯でそれを修得したか(せざるを得なかったか)という形をとった方が結論をすんなり受け入れてもらえると思うからだ(それが本稿最後の2つのパラグラフになる)。「一夜漬け」という日本語は響きが良くないが「クイック・ラーニング」といえばもっともらしいから我々の西洋コンプレックスは根深いと思うが、要するにまったく同じことだから響きにごまかされない日本人になることは非常に大事だ。ただし本稿で述べるのはそれが推奨している速読法や解法裏技テクニックみたいなチャラいものではない。そんなものは必死になれば勝手に身につくし、丸暗記して時間を節約してもなんのインテリジェンスにもならない。時間は万人に平等に与えられた有限の資源である。僕がお伝えするのはそれを活かすインテリジェンスである。それによって時間をセーブする方法は生きていくためのあらゆるTPOで使えて役に立つし、一夜で成らない学問探求ですら千夜、万夜かかる日数が減るとすれば知っていて損はなく、とりわけビジネスで勝ち抜くには必須といって過言でない。そして、こう公言するのもなんだが、言葉の真の意味においても、世の中には「単に受かればいい試験」が吐いて捨てるほどある。それに無用な時間を費やすよりも、恋人とデートしたり趣味を楽しんだ方がいいというのが僕の人生哲学なのである。

小学校であまりに勉強しないのに父が激怒して中学受験させられ、予定通り全部落ちた。それ見ろということで、あらかじめ手配してあった千代田区のスパルタ教育で有名な区立中学に越境入学とあいなる。ここが物語の始まりだ。小田急線鶴川駅から新宿経由で総武線水道橋駅まで片道1時間半も満員電車に乗るはめになったわけだが、これには参った。始発駅でないので座れないどころか、来た電車はすでに殺人的にぎゅー詰めであり、ドアが閉まらず尻を押す駅員さんがいた。カーブで車体が揺れると立っている1列目の人達が座席の人に覆いかぶさって将棋倒しになり、時に悲鳴が上がり、誰かが窓に手をついたのだろうガラスが割れて車内が騒然となったこともある。もちろん本など読めるはずもなく、今ならスマホでイヤホンという手があるがそういう便利なものはない。そこで身につけたのは往復の3時間、周りに寄りかかって立ったまま寝る技だった。思えばこういうことまで父は思い知らせ、世の中お前が思ってるほど甘くないぞと教育したかったのだと思う。

懐かしい。こんな感じだった。

やっとこさで水道橋駅につくと、徒歩10分で千代田区立一橋中学の正門に到着する。ブレザーに紺の半ズボンと顎ひも付きキャップの “成城お坊ちゃまスタイル” で育てられた僕にとって真っ黒な詰め襟の制服は窮屈で動きにくい軍服みたいであり、正門はぽっかりとあく監獄の入り口に見えていた。第一印象はまずガラが悪い(失敬)。進学校だし秀才もいたし後で思えばいたって普通だったのだが、世間知らずの温室育ちにはそう見えた。生活指導の規律は刑務所でもここまではないだろうというもので、入学と同時に叩き込まれる。まず当然の不文律として体罰ありだ。すぐ殴られる。制服は清潔を求められ、襟のホックを外すなど論外、バッジが逆さになっていても鉄拳。肩掛けカバンは行きが右で帰りが左、買い食い・寄り道はもちろん指定通学路以外は通行すら厳禁、朝は1秒遅れても正門で拿捕される。違反者は生徒手帳を没収されて教員に通告され、罪状に応じて職員室で正座1時間などの処罰を受けるのである。いま思えば、ここで鉄の熱いうちの3年間を徹底的に鍛えられたから僕のような人間が軌道を外れずにすんだことは確実で、父と先生方には感謝の言葉しかない。

かたや成城学園初等科(小学校のこと)はというと、子供を管理はせず、授業時間以外はいたって自由だった。桂組、桜組、橘組の3クラスで、親は金持ちばかりで難しい家庭の子はおらず、半分は女子で面倒なことはあまりおきなかった。算数の授業で記憶に残ってるのは九九を覚えたことだけであり、ソロバン、鶴亀算は知らないで大人になった。演劇や写真や映画作りや舞踊や彫塑の授業の方が力が入っていてよく覚えている。いったいそういうものにうつつをぬかすというのは真に心まで富裕な層なのであり、いわば古典的ブルジョアジーの世界である。母はそれが当たり前で家でもそうだったこともあり、成城の空気は僕の中に色濃く残っている。アート系の自由人が世の中で一番偉いと今も問答無用で思っており、東大を出て官僚や政治家などという道は下なのである。エスカレーターだから成績なんてものを考えたことも気にしたこともない。気にするのは新興の成金の親で古参の金持ち界では気にしてないからクラスで成績が何番なんてのも聞いたためしがない。毎日家で予習復習という気ぜわしいカルチャーは存在せず、学習塾ってのは公立の子が行く所らしいよ大変だねっていう程度のものだった。突如、転校させられたのは青天の霹靂だったが、ブルジョアでない親父が心配になった気持ちは今になるとよくわかる。

懸命に一橋中学に適応しようとはしたが、幼稚園からどっぷりつかったその気質だけはどうしても抜けなかった。技術家庭科の教室へ行くと何やら油くさく、何をさせられるかと思うと、万力ではさんで木を削って本箱かなんかを作る。そんなものは買えばいいじゃないかと思っており、なんでこんなことやらされて点数までつけられなければいかんのかとなってしまってもちろん内申書は2である。字は非常に下手でうまくなりたいとは思ったが、習字の課題作品はD(最低)がついて戻ってきて即刻やる気をなくしてこれも2だ。どうも肌に合わない。それもあって予習復習しない習慣はまったく治らなかった。しないということは日々学習が学校に遅れていき、定期的にやって来る試験の直前に一気に取り戻す羽目になる。これがいわゆるひとつの「一夜漬け」であるが、小学校ではなんとかなったが中学ではそうはいかなかった。そうして成績はぱっとせずだんだんと勉強に興味が失せ、同級生の親父さんがやってる西川口の草野球チームに入れてもらって大人から君がエースだとちやほやされて熱中してしまう(校庭がなく野球部がなかった)。試験のたびに順位は絶望的水域まで下がっていって受験はまたしても全滅。自業自得であった。都立11群(日比谷、九段、三田)だけなんとか引っかかって、くじ引きで九段高校への入学が決まった。

思い出の地(九段高校硬式野球部の野球場)

初めて見たその高校は当時はやりの全学連か何かで荒れており、正門に椅子が積みあがってバリケードが張られていた。そういうことに関心は皆無だったが、校則がゆるいのは嬉しかった。制服も強制でない。一橋中とくらべるとムショから娑婆に出た気分だ。しかし入学同時に硬式野球部に入部してこれまた強烈な上下関係の世界に飛び込んだから、やっぱりあまり自由はなかった。真剣に勝負に打ち込み、朝から晩まで考えていたのは部活のことだ。中学では土日だけだった野球が毎日できるのが夢のようだった。しかし通学はさらに参った。駅が水道橋から飯田橋になっただけで往復3時間は変わらず、それに放課後の校庭での練習が加わったからだ。皇居一周してなんだかんだで暗くなるまでしごかれる。帰宅すると7~8時で風呂、夕食、テレビは10時まで。朝は5時半起きで、朝練の水曜日は始発に乗るので4時半起きだ。こうなると予習復習は完全に無視であり、したがって授業も無視であり試験は全教科が一夜漬けだ。事態は一橋の時以上にひどくてのっけから成績は下の方だったと思う。3年になって野球が終わり、東大を受けようと勉強に一念奮起したのは気でもふれたかと周囲を驚かせたろう。勇んで受けた駿台公開模試で偏差値は42だった。ここまで遅れてしまったかと実感したが、全国区はそう甘くないということは野球で味わっていたからじたばたはしなかった。そこから1年ちょっとで同じ模試で全国7位になったがこの変化率はおそらく記録ではないか。シンプルに数学が満点で1位だったからだが、これはすでにけっこう鍛えられていた「一夜漬け力」の証しだった。

先日、納骨式のあと温泉宿で従妹に「ネクタイしめてもらってたよね」といわれ、そうだったかなと思った。母にだ。別に恥ずかしいことと思ってなかった。そういうことはやらないように育てられてるからで、だから旋盤とか万力もやろうと思ってもどうしても無理なのだ。思えばこの流れで自然に予習・復習はなしとなっていた。とにかく家で母が叱ったのはケンカに負けることと買い食いだけで、鉄道模型を部屋中にくまなく展開しようが、頭の毛まで泥だらけで坂すべりしようが、自転車で多摩川を遠くまで昆虫採集の大遠征をしようがOK。好奇心の塊りだった小学生時代にそれを一切否定せず好きなだけ時間を使わせてくれたことは母の偉業である。幼年期・少年期しか現れず、やがて日々のドタバタに紛れて消えてしまう好奇心というものを67才の現在でも変わらず持っている奇特な自分は小学校時代のおかげで作られた。感謝するしかない。そういうことを知って成城の外に出した父は、社会人になっても僕は母の浮世離れした教育で性根が固まっていると心配だったのだろう、大阪の独身寮に電話してきて開口一番が「ちゃんとネクタイはして行ってるか?」だった。

こういう経緯を経て東大に入って父親の修正路線は一応の成功をみたが、長期的スパンで見るならこれも母親路線の「一夜漬け」に他ならず、高校までのツケを間際で一気に回収しただけだ。学業に厳しい親御さんの元で小学校から塾通いして予習・復習を欠かさず、中学高校と順風満帆な秀才人生を歩んできたほとんどの東大生と僕とは水と油ぐらい人間がちがう。彼らはそういうわき目もふらぬ人生をこつこつ歩む忍耐力がある。わき目だらけの僕はそれがない。なるほど役所で出世するならそれだ。でもそういうものは僕には旋盤・万力の世界にしか思えないのである。正直言うが東大は法学・法律に興味があって文Ⅰにしたのではない。学問的興味がわいたのは天文と医学だけで、やってみたら数学、理科は全国区で偏差値80代であり、その2学部は理系の最高峰でもあるからプライド的にも進みたかった。しかし高3の進路指導で色覚異常だからどっちもやめなさいという審判が下る。ならば文系の最高峰を攻略してやろうというアルピニストの選択をしたまでだ。だから文Ⅰ。何が言いたいかというと、合格してしまうと専門学科に学問的興味はないからすることがなく、あとは卒業するだけがゴールとなった。つまり試験は一夜漬けオッケーの体制ということである。それ以外で何が向いてるか当時は知らなかったが、今に至るこの仕事はビジネスとしては一つの回答ではあった。ここからの余生はそれを徐々に本来あるべきアート系自由人に軌道修正していくことになるだろう。

ということで、お世話になった学校はどこも素晴らしいハイレベルな学び舎だったし、なにより一緒に遊んだ友達やチームメートには忘れられない思い出をたくさんもらったのだが、こと学業に課する限りは僕個人のキャパシティの限界に由来する頑ななスタンスのせいで、実は高校卒業まで普通一般の意味における “学校教育” をあんまり受けてないと思われる。だからだろう、僕はアインシュタインが「正規の教育を受けて好奇心を失わない子供がいたら、それは奇跡だ」といってくれて救われた気がしているひとりだ。もうひとつ「教育とは、学校で学んだことを一切忘れてもなお、身についているものだ」、これもアインシュタインだが学校であんまり学んでいない僕に忘れるものはなく、ぜんぶが後付けの独学だから好奇心のわくものだけ本気でやった記憶がある(数学がそれだった)。その先にあった野球と音楽と天文は残念ながらどれも素人で終わったが、格別の愛情だけはちゃんと残って僕の人生の屋台骨になるほど身についているから僕は彼の言うことの生き証人といえないこともない気がする。

よく我が母校という。卒業生がスクラムで校歌を高吟したりする。僕はあれが苦手だ。どの学校もその感じがない。いたのは事実だけれどもいただけであり、僕はいかなる一瞬も僕自身だった。なにか目立つこともしてないから母というほどウェットなものがない。僕に何もかも捨てて真剣勝負で勉強をさせてくれたという意味でなにがしかの “母性” を感じる学校は駿台予備校のみであり、駿台の校歌ならば歌ってもいいかなと思う(知らないが)。東大もウォートンも、在学中は全然関係ないことに精を出していたから高校までと同様なにも学んでいない。前者は国庫から、後者は野村證券から学費を出してもらったから必死に働いて十分にお返しはできたと思う。学業でしたことといえば卒業のためのぎりぎり最低限の努力だ。しようと思ってそうしたのではない、成城初等科の習慣そのままであり、長年やって何度も失敗しているのでこれ以下だと落第だろうという限界を嗅ぎ取る能力が磨かれていて、世界最高にハードルの高い両校でその鼻の正しさが証明された。つまり、アインシュタインの定義に則っていうと、両校で身についたのは一夜漬けの技法なのである。

これは冒頭に述べた満員電車3時間通学を6年して他人より使える時間が少ないことから自然と身についてはいた。クイック・ラーニングしなければ落第だからで、いわば「職場の早飯」だ。しかし、満員電車はなくなったものの大学、大学院でそれをするのは甘く、そこでまた6年間もがくうちに自然とさらなる上達をみたのである。こう言おう。「学校が教えるもので最も役に立つのは、その学校の試験をいかに軽度の努力で切り抜けるかという技法である」。「学問に」でないのにご留意いただきたい。だがビジネスならこれで必要十分であり、空けた時間は人生をカラフルに彩ることに使える。だからクイック・ラーニングは金を取って教えているし、MBAコースとはそれを圧倒的物量のアサインメントをこなさせて体験学習させる学校だと言っていい。楽することを考えるなど悪いことだ、命懸けで仕事に専念しろという人のことは知らない。ビジネスは学問でない。それ自体、お金以外は何も生まない。切り抜ければ終わりであり、芸術のように人を感動させることもなく立派にやって銅像が立つわけでもない。そうした無機的なものをうまくやるには情熱も気合も無用であって、その習得に時間をかけるのは無意味だ。「機械的な戦略策定と一夜漬けの訓練を積めばいい」というのが正解なのである。ではどうすればいいのだろう。

ノーベル賞やフィールズ賞を狙わない人にとって試験というのは蓮舫の言うとおり1番でなくてもいい。これが前提であり僕は1番を狙ったことはないしその能力もない。一夜漬けは「落ちなければいい」までバーを下げる。これが意識改革の第一歩だ。ゴルフで言うなら、1番になる戦略を練る人(=プロ級のゴルファー)とは根本的に別物の戦略であるから天才には無用だが、一般的な才能の人には大いに意味がある(それを一言で片づけられる唯一のケーススタディがゴルフであるのはご容赦願いたい)。『シングルでないゴルファーがロングホール(Par5)でパーをとる戦略とまったく同じ』というのがそれであり、これ以上に的確な比喩を僕は思いつかない。即ち何をすべきかというと「パーオン率8割以上のクラブで打てる距離を3打目で残すようにセカンドを刻む」ことを鉄則とし(=毎度スプーンを取り出すのは馬鹿)、練習場ではそのクラブ(たいがいPWかSW)でその距離(たいがい100ヤード内外)にあるグリーンに100回打って80回乗る練習だけ機械的にすればいい(これはハンディ20でもできる)。この戦略は「本来がバーディー狙い」なので、パーは「バーディーパットをはずしてもいい」という遊びが出る。ここが味噌だ。人間は遊びがあった方が緊張がとけて失敗確率は減ることが科学的に知られている。さらに、そのことを別にしても、世の中は何も考えずにスプーンを取り出す人の方が圧倒的に多いから高い確率で勝てる。即ち試験なら落第しないのだ。丸暗記でいい科目はやるしかないからやればいい。そうでない、理数系の思考力を要する科目は「80回乗る機械的練習」が何に相当するかを明らかにすることこそがポイントだ。ここで具体的には教えられないが慣れればわかる。考えること。それを見抜けば万事が楽になる。

ゴルフをする人は僕が何を言っているか正確に理解するだろう。わからない人はやって下さい。何事も経験豊かな方が万事において得であり、こうやって別な事例から類推してあたかもそれを経験したかのような理解を得ることがビジネススクールにおけるケーススタディという方法論だ。これを理解すれば、さらに次のことまで経験なしに類推して結論を導けるだろう。つまりこの技法はセカンド(第2打)でそれができる所までドライバーが飛ぶことが前提ということだ。そこまで飛ばない人はパーを取るにもラッキーがないと難しいが、ラッキーという言葉は失敗が許されない一夜漬け戦略において禁句なのである。その場合はあなたのドライバーの飛距離にあわせてゴルフコースを選択すれば負けないというセカンド・ベストの選択をすべきである。受験に置き換えるなら「ドライバー」は得点の安定した得意科目である(それが何でもいいが、ないとこの戦略で難関校に入るのは難しい)。総合点のうちそれで読める点を引き算した残りが「セカンドの基準」となる。例えば僕がしたのは東大文Ⅰの定員630人の “なるべく上位” を曖昧に狙うのではなく、631番以下になる確率を合理的に減らすことだ。この戦略は誰でも思いつくが、「点数の読める数学をドライバーにする」「英・国・社の点数をセカンド、サードに当てはめる」よって「予定調和的に8割以上の勝率になる」と想定したから現実性があると判断した。

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