ドルが急騰!(日銀が指し値オペ予告)
2022 MAR 28 23:23:24 pm by 東 賢太郎
今朝のことだ。僕はディーリングルームの真ん中に座って業務の指揮をしている。国債の入札に異変がありディーラーたちがてんやわんやの大騒ぎなのだ。あちこちで怒号が飛び交い、僕も怒鳴っている。
「みんな落ち着け!」「指値を下げていいですか?」「構わん、下げろ」「どこまで行きますか?」「わからん。マルク債はだめだ、売っとけ」「了解です」「板を見せろ」・・・(そんなに厚くない、まずいな、へたすると暴落だな)
窓の外はビル街でどんよりと曇った空がうっとおしい。ここはドイツなんだ。しかしなぜ?なぜDM売りなんだ・・・?
ここで目が覚めた。額にうっすら冷や汗が浮かんでる。そりゃあ円買いしかないだろう、日銀が金利上げ容認?そんな馬鹿な、株が暴落だぞ・・・
飛びおきて円・ドルレートをチェックする。7時半過ぎだ、レートは122円20銭である。なんだ、何も起きてないじゃないか・・・
その時はそうだった・・・
ところが2時間半たって10時10分すぎ、日銀が指し値オペの実施を予告したと知る。当然、円・ドルレートに異変が起きるはずだ。そこからドルは17時ごろアスクで125円10銭まで急騰。現在も123円80銭あたりである。
なんということか、僕がうなされていたちょうどその頃、日銀では異次元緩和の継続を意味するこの重大決定の発表に向け「てんやわんや」だったにちがいない。
お断りするが僕はこの発表は寝耳に水であり、なんらの関連情報すら知り得る立場にはない。マルクはもうないし、昔日、指揮官だった日々の夢はちょくちょく見ているからたまたまそれが出てきたんだろう。
それにしても、あまりのタイミングだ。
ドイツのころ、ブンデスバンクのアナリストに「日銀は公定歩合1%以下にすべきだ」と言われ、妙に耳に残った。まさかゼロになろうとは夢にも思わなかったが、それが今も頭にあって夢の舞台がドイツだったかも知れない。
お袋は霊感が強くて何度もお化けを見ている。お化けは見たことないが、僕は相場については何度かこういうことがある。去年、ドルが108円のころにほぼ全部の資産を「ドル建て」にしてしまう大博打を打ったわけだが、たまたま商品があっただけで理屈はない。あったのは、ドルは上がるはずという “不思議な確信” だけだ。
今年の2月2日に下のブログを書いた頃、まだロシアのウクライナ侵攻はおきてない。ただ、誰でもわかるようにやさしく書いたつもりだが、データを分析することで、そこそこのきれいな理屈はすでに立っていた。その通りのことが2か月後におきた、それだけのことだ。信じてくれた “ミセス・ワタナベ” は大儲けしたはずだ。いまディーリングルームの指揮官なら、「どこまで行きますか?」「わからん。円はだめだ、売っとけ」と答えるんだろう。
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BIGBOSSはビジネススクールのケースになる
2022 MAR 27 12:12:58 pm by 東 賢太郎
プロ野球が始まると無性にワクワクします。もちろん僕はいつでも広島カープ中心なんですが、どのカードを見ても最高に楽しい。そこに今年は西室オーナーの日本ハムファイターズが球界の話題をかっさらってる、これ大歓迎です。パリーグの応援はロッテになるけど、個人的におおいにワクワクがあるのです。それを書きます。
西川、中田、太田、秋吉の大駒4枚流出を2軍で補うなんてのは飛車角落ちの将棋みたいなもんです。オーナーには悪いが、楽天球団ができた年にボロ負けしたあそこまでの戦力差とはいわないけれど、まあ甲子園でいえば大阪桐蔭と21世紀枠の高校ぐらいにはなっちゃったね。そこでド派手なパフォーマーで客寄せにはなる新庄監督をもってこよう、新球場のカネもかかるしってのはわかる。でもどうせパンダだろうとバカにしてたわけですね、僕も世間も。
ところが色々ニュースが出るにつけ、BIGBOSS、見かけ倒しでもないぞ、策も情熱もあって結構いいんじゃないの?となってきた。個人的には、野球に限らずですよ、今の沈滞した日本にはこういう型破りな男が必要じゃないかと思ってたところです。それも左翼の壊し屋じゃなくてね、伝統と礼儀はしっかり心得た上でですね、爺さんに気兼ねしなくていい立場で若者のリーダーになってという場を設定したのはとてもえらい。しかも、そのBIGBOSS、よく見るとしっかり合理的な野球をやってる。
えっ、合理的、ハチャメチャだろ?といわれてますが、そこは僕は野球経験者として感じるところがあるのです。彼はたぶん2年やる気でしょう。今年は自分が「うつけ者」を演じて風よけになって若手に思い切りやらせ、来年優勝と思ってるんじゃないか。オープン戦とはいえ、選手に監督やれなんてのはあり得ないですよ。それで勝てばお前いらんになるしね、実は勝つはずないと思ってる。だから打順もガラポンなんておどける。でも野村監督の下にいて彼自身が俺が監督ならってのはあったんだろう、そうやって選手たちにも当事者意識もたせようってことではないでしょうか。
ドラ8新人の開幕投手。これ、凄いことです。2年計画ならスター即製栽培しかないでしょう。期待に応えて2回ゼロに抑えた北山投手の度胸にも感服しましたが、彼は彼でチャンスをくれたビッグボスを一生尊敬するでしょう。そしてその気持、若手投手に伝染しますね、すると、それが成長促進剤になる。私事で恐縮ですがそう感じるんです、というのは僕の初先発は15才、高1の秋季大会で相手はいま甲子園でベスト8の国学院久我山でした。9-0で負けたけど4回までゼロで抑え、これ、野球に限らず人生でどれほど自信になったかわからんです。起用してくださった監督はいまでも神です。
日ハムの現有戦力でどう勝つか?これ、毎日考えてる僕のビジネス戦略にそっくりなんです。そのまんまビジネススクールのケーススタディにしたいぐらいにいいテーマですねえ、将来に起業したい若者はそういう目線で日ハムのゲームを目を凝らして観たらいいね。義経のひよどり越え、信長の桶狭間、これは終わったことだけど、こっちでそれぐらいのことがあるんじゃないかと思えばワクワクするでしょ、そういうココロと想像力がないとね、勉強や知識だけじゃ起業なんかできませんよ。
新庄さんはもし優勝したらぜひ国会議員になって、次は日本国をガラポンで強くしてほしいですね。特権、利権にしがみつくだけの爺いや婆あには到底無理、もはや百害あって一利なしです。僕は人生かけて世界の金融の一線で戦ってきた戦士です。断言しますが、もう確実に世界はそういう時代になってます。時の流れに逆らっていれば国ごとだめになって不幸になるのは今の若者の皆さんです。
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人間の相性は量子力学によって決まっている
2022 MAR 15 9:09:46 am by 東 賢太郎
人の相性というと一般にその人と「気が合う、合わない」ということである。合うというのは、2つの脳の相互作用に何らかの「同期」が測定されるということだと僕は経験的に考えている。その測定を僕らは言葉(音)、表情・行動(光)、匂い(分子)等の五感で行うが、判定するのは脳であり、脳内に形成されているシナプスの結合(回路)がプロセス(計算)した結果と思われる。
では僕の場合は実際にどうだったかというと、本当に(”かなり”)「気が合う」と思った人は67年生きてこの世に一人しかいない。これは、ある意味、非常に驚くべき計測結果である。彼は親族ではない。「彼も合うと思ったであろう」という予測に対して僕は高い確率を付与することができるが、確率でしかないのはもう会わなくなってしまったからで、ここで定義する「気が合う」が社会的に「仲良し」を必ずしも意味しないことを示していよう。
回路の形成は先天的、後天的の両方あるが、ある現象(”問題”)を入力した場合にどんな波長を発したかで僕は即物的に合う、合わないを判定しているだけで、遺伝(ア・プリオリなもの)は少なくとも関係はあっても決定的ではないと結論するしかない。もちろん性別、人種、年齢等それ以外のものは一切関係ない。
では合う、合わないを判定する回路はどう作動しているのだろう。観測はできないが、自分の脳は以下のように感じている。入力に対して起こると予測される自分の脳の反応と同じ反応が相手の脳にも起きる確率(同期率)が有意に高いだろうという予測が成り立つと、「合う」と判定されるのだ。反応の予測が立つということは、それを引き出すための説明がお互いに相当程度省けるということで、ツーと言えばカーという関係になり複雑な情報が正確にすぐ伝わる大きな利点があった。
ということは、たったひとりを除いて、67年間に知った全員が予測を有意な確率で裏切ったということを意味している。複雑な情報伝達の正確性は犠牲にならざるを得ない。お断りするが、そのことと社会的結びつき、おつきあいにおける選択とは関係がない(別次元)。両親もそうだし、妻もその意味でぜんぜん別な人だが結婚相手に選ばせていただいている。
以上、それが「非常に驚くべき計測結果」であるのは、計測方法(ロジック)が誤っているか、回路の同期率は一般に67年にひとり程度なのか、僕の回路固有の同期率の低さなのかであるが、以上のように「言葉」で表記できるということはそれは「実験で証明できる」ということではないだろうか。
というのは、例えば、「数学の問題を解く」という行為はその問題を等位に変換することで作題者が求める結論(”解答”と呼ぶ)に至るプロセスを言葉を補完して一切の論理矛盾なく表現することに他ならない。以上の6パラグラフで僕はそれをしたとするならば、それは「解ける」のではないかという問題提起だ。
いま僕は量子力学に興味がある。それを理解するレベルの数学の回路を脳に作っていないため、誰かが「言葉」で近似的に等位変換してくれたものを楽しんでいるに過ぎないが、例えばこれだ。
この「量子もつれ」を計測することにより、ブラックホール内部の現象(三次元)がその表面に(二次元で)記述されていることを示すホーキング博士の計算結果は、まさしく衝撃的だ。その式はこのビデオで示されている。
僕らが見ている(と思っている)三次元宇宙は実は二次元で書かれたもののスクリーンショットにすぎない。そんな馬鹿なとアインシュタインは言ったがそれが正しい(アインシュタインが間違っている)ことが数学的に証明されている、と説明されている。
ひとつわからないのは、二重スリット実験が光子で行われる必然性だ。光子でその現象が存在することは確実なのだろうが、光(映像)は観測者である人間の目がその知覚をもって「観測」としているからで、人間だって冒頭に書いたように五感すべてで知覚しているし、さらには、人間の五感のどれとも別な器官で観測する別な惑星の生物だったら「観測前は別な状態」という現象はどういう意味を成すのか。三次元トリック(?)にその生物はひっかからないのではないか。もしそうであれば、それは人間(あるいは光で観測する他生物)を想定して設計されたのではないか。とすると、その意志を持った何者か(造物主)の存在を想定する必要がどうしてもあり、その者は人間を少なくとも包含はしている生物を対象に造物したのではないかという疑問が僕の回路からは出てくるのだ。
ビデオで語られる、量子コンピューターが理論からでき能力が進化しつつある(マシーンが理論を追っている)という現実。大栗博士の研究の部分でビデオは「我々の時空で起きているすべての現象がそれを包む空間の表面に量子もつれで書かれている」「それに量子コンピューターの理論と共通する部分がある」「宇宙は数学的に閉じている可能性がある」と語っており、そして何よりも「物理学の最先端の研究をするためには新しい数学を作っていかなきゃいけない」という博士の言葉は数学が科学において何たるものかを如実に理解させてくれる。言葉なくして科学はなく、数学は言葉の一部なのだ。
「気が合う、合わない」を量子で読み解くことはできるだろうか?2020年のノーベル物理学賞受賞者ロジャー・ペンローズ博士の研究が参考になる。次のビデオでシナプス(回路)が説明されているが、ニューロンを作るマイクロチューブルの伸縮が観測前後で量子もつれ状態にあるというのが博士の仮説だ。
ご覧の通り、その脳を持つ人の行動は投資判断に至るまでシナプス(回路)次第という実験結果が示されており、それを継続的に観測することで我々はその人と「合う、合わない」という結論に至るのだが、そのプロセスには量子力学が関与している。つまり、主観的、感情的、本能的と考えられていた「人間の相性」というものは即物的に決まっているという命題が提示されており、そのことの「科学的正しさ」は暗号通貨の真偽がハッシュ関数という数学で証明されたブロックチェーンで担保されるのと同等と僕は理解した。
ということは、後天的にしか獲得できない「学習による回路の有無」は大きな要素になることが証明されたと結論して良い。だから、遺伝的に「合う」はずの両親や親戚一同がそのリストに入ってこないのだ。僕は数学が好きなのでその回路が一般人の平均よりはdevelopしているはずだが、同時に現実世界でのその使い方(アプリケーション)は個性があることを自覚しており、唯一気が合った彼も文系だが数学が非常に強くてその回路の運用方法に共通点があった。それをベースにした世界観が一致したということだったようだ。逆を解くと、そうでない人の脳とは合わないし、合わそうとしても壊滅的にどうしようもないというまったくシンプルなことだったのだ。しかし世の中はよくできたもので、夫婦も会社も、自分とは違う人と組んだ方がトータルではうまくいくのだ。量子力学もそこまでは及ばないのか、それも量子力学が決めたことなのかはよく知らないが。
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プーさんとシューちゃんの密談
2022 FEB 24 23:23:53 pm by 東 賢太郎
S「プーさん、おめでとう、うまくやったな」
P「おう、シューちゃん、ありがとよ」
S「オリンピック中は待ってくれて恩にきるぜ」
P「いやいや、オミクロン出たぞばかやろーの芝居で1日で帰れて助かったよ」
S「わかってるさ、キモいときだったもんな」
P「おう、そんで、見たか、売田のじじいのザマ」
P「そうよ、ありゃ尾浜のアホが決めたんだ、売田はただの引継ぎよ」
S「だよな、亜府岸からケツまくって逃げたしな」
P「だろ。隣人のルカちゃんは俺の子分さ。あそこに核ならべさせてじじいの家にぶちこんでもいいんだぜ」
S「やるねえ。でも納豆軍はだいじょうぶか?」
P「平気だ。LNGで脅してるからよ。駄犬が吼えるだけで何もしてこねえさ」
S「でもアジアや中東で調達できねえか」
P「ふん、やってみ。油が暴騰して大インフレだ。返り血は半端じゃねえ」
S「そうか、株が大暴落だ。でも経済制裁はどうだ?」
P「構わねえ。俺は軍と右翼握っとるさ、腹くくってんだぜ」
S「でも須井布戸ヤバいだろ、送金できねえから海外資産パーじゃね?」
P「シューちゃん、コトバ気いつけろや、俺は東スラブ王国つくるんだぜ」
S「これは失敬」
P「俺のパシリで儲けてるチョーチン持ち野郎なんか大損させたるわ」
S「プーさん、かくいう俺も大中華帝国の皇帝だぜ」
P「わかっとるさ、ハイテク止められるから回してくれよな、半導体とか」
S「おやすい御用だ。こっちで事おこして売田引きつけてやっからさ」
P「ありがてえ。納豆とリャンメンはできねえからな」
S「知ってるか、虎さんがプーちゃんよくやったって拍手してんの」
P「そうかい。おっさん汚ねえ手で選挙やられたからな」
S「売田はあと半年だ。虎は狙ってるよ。プーさんに感謝だね」
P「そうさね。国際社会の協調?笑っちゃうよな」
S「プーさん、ドラえもんって知ってるかい?」
P「おう。孫が大好きさ」
S「あいつら、地球にはのび太としずかちゃんしかいないと思ってんの」
P「ハハハ、だよな、俺達ジャイアンがいるのにな、馬鹿じゃねえの」
S「のび太もスネ夫もよ、俺たちに逆らえば一発なぐっておしまいさ」
P「いいこと言うな、シューちゃん。そこで馬鹿がパワハラって騒ぐんさ」
S「サイバー攻撃の停電でしずかちゃんビビッて泣きついてくるな」
P「だな。ドラえもんはミサイルでぶち壊したし、飛行機も飛べねえし」
S「でもうまかったね、世界だますの」
P「ありがとよ、撤退のフリしたのなんか名演技だろ」
S「ロシア株買いだなんて騒いでた阿保がいたぜ、あんとき」
P「ハハハ笑うわな、今日一日で4割の大暴落よ。首くくってるぜそいつら」
S「ところでキッシーはどうしたんだ」
P「駐日大使に『絶対いたしません』って嘘こかしたら信じてたみたいだぜ」
S「ウワッハハハ、『いかがなものか!』って難しい顔するだけだろ、あいつ」
P「お花畑の国なんかど~でもいいわ」
S「俺は『我が国は今回の行動に理解を示す』って世界に報道しておいたぜ」
P「そりゃうまいな、同じ手で襲えるもんな」
S「ふっふっふ、まあ楽しみにしといてくれ」
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ドーピングは問答無用で退場のイカサマ
2022 FEB 18 9:09:03 am by 東 賢太郎
ロシア国家の組織的なドーピングの制裁で、同国の選手たちは「ロシア」でなく「ROC」所属として出場している。そのROCでまたドーピングがあったとすると、次の五輪は何という団体名になるんだろう?そこでまた出たら次はなに?五輪の醍醐味がひとつ増えそうだ。開けても開けても同じ顔が出てくるあれ。いわゆるひとつの文化というべきなのか、お家芸であるか、はたまた病気か、いったいどれなんだろう。
今回のスケートのあの子は15才ぐらいだろうか、動揺があったのだろうフリーの演技は気の毒で、いかにも後味の悪い結果になってしまった(坂本さんがメダルを取れたのは良かったが)。16歳未満が「要保護者」なのは賛成だが、保護が必要な子供が自分でクスリを飲むだろうか?お爺ちゃんのコップを使ったぐらいでサンプル汚染と判明した他の選手の200倍も汚染されるだろうか?周囲の大人が下駄をはかせて勝とうと、ズル工作しなければこれはないだろう。その大人が人間のクズですねで済む話ではない。以下に書くが、そのことを裁く側の対応がこれまた問題で、世の中がそんなことで動くなら未来は誠に暗い。この事件には何ともやりきれない気持ちでいっぱいだ。
厳正な競争はフェアなルールがあってのみ成立する。したがって、特例を認めてそれを曲げるのは競争の管理者としてあるまじき自損行為であって、管理者の地位から放逐すべきだ。そして、ドーピングの実行者は試験のカンニングと同様、ひっかかった時点で問答無用で退場である。CAS(スポーツ仲裁裁判所)の「要保護者」の子供が傷つくから演技させましょうなどという甘ったれたお為ごかしはルールにはなり得ない。故意があろうとなかろうと即座に退場がルールで、子供であれば少年法の考えでそれ以上の罰は与えず、そんな事態に追い込んでしまった指導者や周囲の大人を所定の手続きで断罪すべきなのだ。さもなくばフィギュアは競技ではなく単なる娯楽のスケート・ショーになり下がる。すると血のにじむ努力を重ねた他の選手たち全員をも傷つけてしまう。つまりあるひとりのお行儀が良い悪いの問題ではなく、競技そのものを堕落させ、信用を失墜させる社会的重罪なのである。
東京大会の時点で書いたがIOCという組織はいったい何なのだろう?2036年の夏季五輪開催に手を挙げてくれるロシアは上客のようだ。フィギュアのあの子は素人目にもレベルが高く世界的な人気者であり、それを演技させないとテレビの視聴率が下がって大事なスポンサー様は逃げるし、ROCに格下げされたプーチンの機嫌をさらに損ねるという事情はあったのだろう。しかしながら、そこで「特例」をもうけて演技はさせる。厳正を装うための逃げ口上で「順位は暫定とします」ってのは完全なミスジャッジだ。ロシア様の「大きな力」の前では「イカサマ」オッケー。その犠牲になって、正々堂々と戦って勝った他の国の子が表彰台に登れなかったらなんてことは無視している。IOCは田舎紳士にすぎない移動サーカスの座長のレベルであり、世界の超一流である選手たちのほうは単なる客寄せパンダって、誰がどう考えても変じゃないのという怒りを覚える。
こうしたバッハ主義は、しかし、バッハ氏の責任だけとは言いづらい。世界にまん延している風潮である「なんでもカネでオッケー主義」を映す一個の鏡にすぎないという見方もできるからだ。カネで買えないものを換金することを「マネタイズ」という。いまや大統領選挙の票でも受賞論文でも奨学金でも愛でも買える世の中になってしまったのだから、IOCが五輪をマネタイズする団体であって何の罪があろう。「その精神でがっぽり儲けさせてもらいますよ、でもそのおかげで皆さんも4年に1度の五輪を楽しめるでしょ?」「だよね」「だよね」になってしまうと何が起きるだろう?フェアネス(公平性)というものは本来はマネタイズという腐敗から競技を守ってくれる防壁なのだが、「それをいじるといい商品になるよ?」という悪魔のささやきが聞こえてくるのだ。ゲーテのファウストのようにその誘惑に乗って禁断の木の実を食べた瞬間、あらゆる競争はショーに堕落する。それを決められるトップは自分の在任中ぐらいはまだバレないだろう、やらなければ後任者がやるだけだ、やらねば損となる。これは投資銀行の収益部門ヘッドの椅子に座った大概の人が陥る餓鬼道と似たところがある(リーマンショックはそれで起きた人災だ)。バッハ氏をいくら批判しても仕方ない所にIOCは居場所を作っているように僕には思える。
僕は東大がAO入試を始めた時点で同じことを感じた。東大教授でも東大卒でない人もいる。いつか悪魔のささやきに乗らない保証はない。ポリシーが堕落すればAO=アホでもオッケーの風穴があき、蟻の一穴から全部の公平性が瓦解すると危惧するのは僕だけではないだろう。子供のほうも、それで合格しても学内外でそういう冷ややかな目で見られるだけだ。すると、それでは気の毒だ、人生の大切な時期に人格形成でひずみが出るのでむしろ現行の入試は廃止すべきだろう、そして全員をAOで選別すればフェアではないかという一応は理にかなったあらぬ結論が見えてくるのだ。ケン玉が天才的だったり物まねの達人だったりという生徒も一芸に秀でてその道では日本一なのだから東大生でいいじゃないか。何も勉強だけが人生ではないだろう。学問の府も多様化の時代だ。時代に即して変わるべきなのだ。他校もそうすれば、大学のレベルは全国的に平準化して、学問の自由、学ぶ機会の公平という国民の基本的人権の観点から平等な素晴らしい社会が実現するだろう。岸田政権の標榜する新社会主義にもフィットした教育政策ではないだろうか。そうやって日本は国ごとゆっくりと偏差値50に収れんし、気がつくとアメリカに捨てられ、中国の最東端に位置する省になっているだろう。いいじゃないかタダで守ってもらえるなら。だよね。
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フリーランスという素敵な生き方
2022 FEB 13 11:11:41 am by 東 賢太郎
「ワタシ失敗しないので」の外科医・大門未知子のように組織から飛び出して独立して仕事するのがフリーランスだ。作曲家のはしりはモーツァルトとされるが、彼は就職したかったができずにそうなってしまったから、自分の意志でそれになったという意味で大門未知子に近いのはハイドンだ。彼は33年間も宮仕えをし、雇用主が死んだのでしがらみを切ってフリーランスになった。58才のことだ。
そういえば大門を演じた米倉涼子
も27年間所属したオスカープロモーションを辞めて独立し、本当にフリーランスになった。45才の立派な挑戦だ(女性の年齢を書くのは失礼だが公表されてるので)。そして不肖わたくしも25年はサラリーマン、49才でフリーランスになって今に至る。お二人より給金生活が短いというのもちょっと意外だがそうなのだ。ハイドンは宮仕えの総額の10倍以上をフリーランスになってから稼いだが、僕はもっとはるかにそうだ。
米倉
さんも事務所に中抜きされないぶんそうなるだろう。プロ野球選手も球団に支配権があるから自由の身ではなく、FAかポスティングが認められるとフリーランスになる。我が広島カープでいうと丸選手はそれまでの10倍以上を巨人からもらってあっぱれだが、大谷翔平は100倍できかないことになりそうだ。以上のみなさんに共通するのは高い技術で何百万人の人を喜ばせる超一流のエンターテイナーだということである。
僕はというと、エンターテインどころかそもそもサービス業に向いてない。猫がお手をしないぐらい何もできない。投資機会を見つけてきて買いたい人はこの指とまれというだけだ。信用してくれる人が10人ぐらいいることがすべてで宣伝もしないし業務拡大もしない。「信用」。これは何かというと「東ならなんとかしてくれるだろう」ということに他ならない。いってみれば「期待」だ。僕は頂いた期待に背くことが本能的に嫌いである(プライド)。だから保証はしない代わりにそれを裏切らないことが仕事であって何ら苦痛でない。そんなに難しいことではない。例えば、現金1万円を預かって適当な食材を買って何かおいしい料理を作ってさしあげて期待を裏切らないことなら多くの人ができるだろう。同じことだ。問題はそれをしていくらもらえるかである。10人にそのサービスをして僕の収入を得るなら、その10人はどんな人だろうかということだ。富裕層ビジネスの本質はそれである。僕がフリーランスで稼げているということは、そういう需要が存在し、そうそうたる看板の大手金融機関がそれを満たせていないという証拠なのだ。そんな会社で何十年の歳月を送っても僕のしていることはできるようにならない。
お客様は15人が限度だ。それ以上は手が回らないからサービスが落ちる。すると肝心の信用も落ちるのでお断りする。従業員を増やすのも難しい(できる人はほぼいない。だから大手がダメなのだ)。知識も英語も必要だが東大を出ればいいというものではぜんぜんない。現状は慶応が多数派だがべつに学歴を見ているわけではない。結果論だ。それほど人がいないということは、参入も難しいのだ。なぜだろうか?簡単だ。この仕事で僕をひっくり返せる人はまずいない。これを断言でも公言でもできるからだ。そうやって生きてきた実績と古傷があるからそれを信用されている。論理的でしょ?ビジネスの修羅場の経験もないMBA、PhDを集めてきれいごと並べて自己リスクは取らないコンサル会社は何年たってもできないね。つまりオンリーワンなので収入も高い。これアンドロメダ星雲でも成り立つ宇宙の鉄則だよ。昨今の東大生の就職人気先はコンサルとファンドらしいが、ひょっとすると僕のスタイルでやる人が出るだろうか。出たら面白いから応援するよ。まあやるならフリーランスが絶対のおすすめだね。資本家に中抜きされて馬鹿らしいし、万事が自由である。コロナに強いのも利点かな。やりたい仕事だけやればいいなんて人生最高の贅沢じゃないか。僕はそれで退屈を満たしている。
もう8年も前のようだがこう宣言したのを覚えている。
自画自賛だが2013-14年あたりのブログが一番質が高いように思える。本当だった。まったくもってその通りに生きてきただけだ。
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メタバースとウサギ狩り(猫と人の場合)
2022 FEB 9 18:18:54 pm by 東 賢太郎
2年も家にいたもので、身体じゅうがばきばきだ。凝ってるなんてもんじゃない、固まってる。毎週マッサージに通うことにした。かかりつけのHさん(女性)が「思うんですけど、東さんお肌きれいですよね」ともちあげてくれた。「そう?オレ67だよ」「えー?」なんてお決まりの会話があってふと考える。これって「50」だったんだよなぁ。
帰りに腹がへった。13時半だ。ふらっとラーメン屋に入ると、いつも混んでるのに客がひとりもいない。カウンターに座ってそうかと思い、一番高いのを注文した。親父はいつもながら愛想がない。もう今日はあきらめて閉めるんだろう、無言で暖簾をおろしに外に出て、戻りがてら「どうぞ」と水をくれた。スープの塩梅がいい職人だ。「ごちそうさま」を言って出た。
家でこれを読む。面白い。國分功一郎氏はここで「退屈」を哲学している。「ウサギ狩りに出かける人を不幸にさせる方法がある。ウサギをあげることだ」。彼はウサギが欲しいのではない、狩りに夢中になって退屈から逃れたいのだ。ショーペンハウエルいわく退屈は人間の敵で、その恐怖から人は社交にいそしむ。社交はもともとしない僕は、だから、退屈してないか、しても怖くないかだと思っていた。ところがこの本によると持って生まれた能力を使わずにいくら衣食住が足りても退屈は退治できない。とすると、もう能力全開で生きてない僕は退屈男であって、ゆでガエル状態で慣れちまってるだけかもしれない。おかげで、じゃあ何かやってみるかという気になってきた。身体は落ちてるから運動はやめとこう。でも頭は大丈夫だ。落ちてないからでない、十分に落ちてるのでたぶんそれに気がつかないからだ。
いっときパニック障害になった。大変だった。それを考えないようにしないとまたなってしまう。恐ろしいから意識をそらそうと闇雲に走ってみたり、鏡を見たり、どうでもいい電話をしたりする。でも、一番いいのは仕事をすることだったのだ。それも一番、めんどうくさくて嫌なやつを。そっちに意識をやって懸命に何事もないように時間をやりすごす。なんだ、俺は人生の時計を早回しする為に生きてるのかなんてことになった。
猫はどうなんだろう。テレビ番組で「猫って鼻がいいんですね」なんて驚いてる。人の1万倍らしい。その嗅覚で獲物をみつけて追っかける。逃げ方を予測して最適な方向に最適な速さで加速する。カーンと打球音でぱっと足が出る外野手みたいだが人間は何千回も練習しないとできない。猫はすぐできる。こんなことができるAIはまだないらしい。そんな猫なのに、つかまえても食えないと知っている玩具にじゃれる。親からもらった能力を全開にする喜びに浸りたいからだろう。家猫はエサが出て楽だなんて言ってはいけない。ウサギ狩りの猫にウサギが出ているだけ。退屈なのだ。
いまメタバース空間について考えている。もちろん事業としてだ。事業は哲学だとつくづく思う。考える葦しか成功しないからだ。GAFAのオーナーもイーロン・マスクも成功要因は創造だ。そのことがいかに重大かって、マスク氏の個人資産はトヨタの時価総額より大きい。創造はオンリーワンである。だから成功する。それを聴覚なしでしたベートーベンは記憶から音を選んだ。選んだのは心の耳だ。耳は変わらないから記憶が多い年寄りの方がいい種目もあるだろう。そう考えることにした。2年は大きい。コロナは体は固くしたが頭の中の時空は柔らかくした。仮想三次元空間。インターネットの収束先は間違いなくそこだ。これは割と性に合う世界だがまだ頭に回路がない。ちんけな創造に終わるなら時間の無駄だ。でもそれが僕の全速力なら退屈はしのげるご利益はある。無駄なのに。なんだ、ウサギ狩りに出るんだ。
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石原慎太郎氏に思う
2022 FEB 7 10:10:35 am by 東 賢太郎
石原慎太郎氏のご冥福をお祈りし、心よりお悔やみを申し上げたい。同時に、とてもインパクトのある方だったから思うこともたくさんあった、それを書きたい。まず、氏は加山雄三と共に僕らの世代の「カッコよさ」を体現する湘南ボーイのはしりであり、弟と共にスターでありアイドルだった。僕は団地族の平民で中流のまた真ん中ぐらいの家の子なのでああいう金持ちのボン風情には猛烈な反感を覚え、芸能人の弟は興味なかったがインテリであるところの兄貴はというと、あの手には絶対負けねえぞというモチベーションの対象だった。つまり、ある意味でお世話になったのである。
右左はともかくあれだけの物言いで物議は醸しても某元総理と違って失言とされない人はなかった。さすが芥川賞作家だ。何も言えないつまらない世になってしまったからもはや最後の人なのだろう。94年ごろだったか「いま、我が国の政治家は私利私欲目あての輩ばかりになり下がった」というような趣旨のことを国会で言い放った。ドイツで新聞か何かで知ってこれは痛快と思い、おお、頭領になって二・二六事件でもおっぱじめるのかと期待したら議員を辞める口上だった。はあっ?リアリストである僕には意味不明。国際社会でもそうだ。おっさん、ナルシストで外人嫌いの純ドメ右翼なんだなあ、このノリで日本は国際連盟を脱退しちゃって大変なことになったんだけどなあと人間の勉強にはなった。
政治は政策以前に思想、信念の戦いの場でしょ、本来は。まあ階級と言ってもいい。イギリスが長いのでそう思うわけだ。昨今、なにやらヒトラー発言でもめていてそんな危険人物が現れたかと思ったら、イメージ悪いからヒトラーはやめろという下衆の争いだった。テレビ映え第一のおばはんとかわらない。思想、信念は何ですか?そもそも、あるの?というのばっかりだ。だから、やめとけばいいのに「国家観はありません」と堂々と公言しちゃって、それで米中に互角に相手してもらえると思ってるような、要は総理の椅子に座るだけが目的の人が出てくる。それを聞いても馬耳東風で取材源としか思ってない、頭が空のマスコミが支えるというチャラい構図ができている。石原発言から四半世紀たって、もう熟成の域である。医学は関心ないが成績が良いので医学部を受験しました、収入もいいですしなんて医者に誰が命を預けたいかと考えてみればいい。
こういう連中と比べては誠に失礼だが、石原氏の思想、信念は明確だった。日本は短期間に大国となった有色人種による奇跡の国だ、これを忘れたらいかん、米中のポチなどあり得んということだったと思料する。有色の所に本気度がちらついて良かった。まったく同感だ。しかし、言うだけでやらない奴より千倍もましだが、米国にNOを言ったり尖閣を買ったりすれば小説なら面白いが現実はそうなれるわけでもない。国家観もない総理がNOを言ってもハンバーガーしか出ないし、尖閣を攻撃する艦長の前に立ちはだかって登記簿を見せても撃ち殺されるだけだろう。勇ましい声を挙げられたのは企業が獅子奮迅の努力をして日本が世界一、二の経済成長を誇る大国だったからなのだ。しかし、もう「だった」なのである。
これを昭和の成功者ほど認めない。石原氏は国民の平和ボケと言ったが、それはエリートの言葉ではないと僕は思う。中国に抜かれたのは人口だけのせいではない、国家的戦略ミスと超凡庸でリスクを取らない企業経営者の責任であり、申しわけないがこれを言わなかったら彼もその一員だったと思われて仕方ない。早く爺さん達を引退させ、40代あたりのエリートが「軍も経済力もない国は恐るるに足らぬ」という “ファクト” から国家再建計画を練り直して民意を問わなくては益々国は後退する。そのために俺もやめるからお前らもやめろなら最後までアイドルでカッコよかった。いい人の評判が高い岸田総理には無理っぽいが、社会主義国の役人みたいなウルトラ凡庸な経済政策で国民の顔色など伺ってる場合ではない。経済がこのまま失速すれば何主義だろうが国民全員が不幸への道に嵌る。
石原氏はブルジョアだから少なくともそういう倹(つま)しいことは考えなかったのではという気がする。いま総理をやってもらえたらよかったかもしれない。
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米国外交の急展開
2022 JAN 26 22:22:53 pm by 東 賢太郎
アメリカが北京五輪をボイコットし大使館も撤収する決定にバイデンがサインしたらしい。ウクライナ出兵で景色が変わった。超タカ派のエマニュエル氏が駐日大使だ。岸田総理、林外相の正念場である。
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日本人の9割は反知性主義である
2022 JAN 24 14:14:24 pm by 東 賢太郎
2022年1月11日の
にいただいたコメントへのコメントをそのまま載せておく。
はじめまして。示唆に富んだコメントをありがとうございます。楽しく拝読いたしました。異論は大歓迎です。それでアウフヘーベンできますし、お互いに高められるのがいいですね。以下本稿の趣旨をご指摘の点へのコメントも含めてまとめておきます。
まず、日本語が繊細な人間の情感や行間からたちのぼる奥深い文学的表現において優位にある言語である点はまったく異論がございません。そうした語彙が豊かですし、余白の美なる概念は文学にもあって和歌や俳句では切り詰めた字数でこそ表せる広大な宇宙があることも感じてきております。それを情報密度の尺度で計って希薄と断じても無意味であり、見えない価値でもあり、日本語を母国語とする我々だけが手にする大きな果実ですね。
一方、本稿での関心事は美学ではなく、インテリジェンスです(定義は「他者の行動を喚起する情報」)。投票してもらう、商品を買ってもらうにはそれが必要で、その手段としてスピーチがあります。本稿での「スピーチ」(プレゼンでも結構)はそのようなものと定義し、したがって、インテリジェンスの無いスピーチは用を成しません。そこでリヨン大学による「スピーチの情報密度」というデータを引用し、スピーチの構成要素である情報、構成、速度、好感度などがどうインテリジェンス形成に関与しているかを分析します。「情報」を要素A、「その他」(補集合)を要素Bとします。説得に成功したスピーチのA、Bの比率は国民性、TPOに依存します(ここは東仮説です)。その分析のツールとしてINSEADのデータを引用しています。
まずTPOを以下のケースが代表する3つのパターンに分類します(スピーチは文書による情報伝達を含む)。
①【戦場からの報告】
A : B = 100 : 0です。カエサルは「来た、見た、勝った」と書き、秋山は(要約すれば)「聞いた」「行く」「試みる」「有利」と書いた。どちらもインテリジェンスとしてワークした(史実)ので成功。
②【X候補の政見放送】
内容空疎だがイケメンで好感度抜群。Xの当選確率はINSEADデータから国によって分散すると考えられ、 個々の国においてもインテリジェンスを生む最適なAB比は不明。
③【長嶋茂雄の引退スピーチ】
引退発表後に行われたので情報価値はなく、A : B = 0 : 100。 好感度がインテリジェンスとしてワークして「巨人軍は不滅」を売り込み、読売新聞、巨人軍の収入を増やしたので成功(②の特殊ケースであることに留意)。
①③が両極端で、その中間でほとんどのケースが属するのが②です。よって、長嶋になる自信のある人を除けば、②であって「Aが成否を決する」と考えるのが合理的ということになります。カエサルのケースではA を表記するのが何語であれ、語数3(Veni、vidi、vici)を最小値とした「言語」でしか伝達できません。また発信者、受信者ともに言語は脳内で処理されてAを形成し、そのプロセスを執り行うプラットホーム自体が言語によって作動します(「思考回路」と呼ぶ)。
脳内処理はcoding(符号化)で速度、正確度が増します(例・「この値をkと置く」など数学のロジック展開そのもの)。原理・理屈を忌避し(「反知性主義」と呼ぶ)、階層、合意、人間関係を重視する人が多い日本(INSEAD参照)では抽象概念は福沢諭吉らによる造語として初めてお目見えし、定着しました(経済、国家、民主主義等)。しかし、元々の概念がないわけですからcodeとしての機能は高くなく、「民主主義」と聞いた時の日本人の脳の反応速度と「デモクラシー」と聞いた時のフランス人のそれは国民平均値をとれば同じではないでしょう。また数学、物理、哲学の概念定義や論理展開は英独仏語で多少の差異はあっても(ご指摘の堅牢性など)、概念が明治時代まで存在しなかった日本語より優位にある(ノーベル賞学者ではなく一般の学生がそれを学びやすい言語である)ことは否定できないでしょう。したがって、一定時間内のスピーチの情報密度が日本語において低い理由はリヨン大学がサンプルにしたスピーチが抽象概念を多く扱うためであるかもしれず、秋山の戦場報告が(実際は暗号とチャンポンの電文ですが)簡素ながら効率的であるとの内藤様のご指摘は正鵠を得ております(対象が具象のみの場合の差は縮小する可能性はそこでは検証されていません)。但し、政治、ビジネスに限れば具象の比率は低減します。
したがって日本では選挙においてAばかり訴えても有権者の心には響かず、当選確率は上がらず(だからBで勝負する③型のタレント、キャスター候補を出す)、商品の機能的情報(スペック)が優秀でもそれだけでは物は売れません。反知性主義という思考回路の人たちのエンパイアにおいてはロジックを解いて答えが有意に導かれてもその価値をアプリシエートもシェアもされないからです。それよりCMでイケメンに売りたい商品名を3回連呼させた方がいいのです。そこで、それを奇貨として、声の大きい人、大きな力が後ろにある人が説明もせずに合理的な解を捻じ曲げることができ、そもそも議論しない反知性主義者はそれに反論もしません(「空気」の醸成)。彼らは空気で動きますが、知性がない人ばかりではありません。超高学歴で博識であっても、それを応用して物事の判断に活かせない人を僕はたくさん知っています。言語はその民族の脳が千年以上もかけて造ったものですから文化と一体です。Aを多くの抽象語彙(借り物で定義も理解もアバウト。例・シュミレーション)で構築することも、それを聞いて心から納得して行動に移すことも、ともに不如意である人が日本人には識字率の高さに比して非常に多く、自身に全く自覚はなくても理屈や議論を避けるという反知性主義的な行動をしている場合が多いのです。
知性ある人でもそう行動してしまう土壌は、Bが大きくものをいう場面があることで潜在意識の内に培養されています。長嶋茂雄の「永遠です」やキャンディーズの「普通の女の子」はたった一個の情報なのですが、それで読売新聞やレコードが売れたので立派なインテリジェンスだったことになります。これが日本の特異性です。伝達効率が低いのは言葉でくどくど伝達する必要性が欧米、中国より低い(むしろ嫌う)文化だったからであり、いらないものには名前をつけないので抽象語彙は少なく、必然的にそれを駆使する思考回路もできません。その代わり一個のイメージでおおまかではあるが情報は広く流布して国民的に容易に共感される利点があります。語数は節約してコンテンツが伝わることもあります。しかしこれは諸刃の剣で、議論はされずに空気でモノが決まってしまう。反知性主義は議論も反論も嫌いますから目の粗い思考回路から出てきた情報は画素数の少ない写真と同じで情報の密度が低く、ライオンを猫と見まがうようなとんでもない結論に飛んでしまうリスクがあります(これが先の戦争です)。ですからこの節約を「効率」というのは間違いです。
非常に需要な事ですが、我々はその母国語で思考しますから、ない要素は意識にものぼらない(紫外線、赤外線のように網膜に映らない)ということです。だから聴衆が日本人か欧米人かで僕はプレゼンの仕方を変えています。表面的には日本語か英語かなのですが、それだけではなく、ロックか演歌かの違いです。伝わらないと売れませんから当然のことです。海外から16年日本を観察しましたが、日本人の9割は反知性主義です(知性主義の補集合として)。これは明治時代からそうであり、教育の方法論を根底から変えない限り百年たっても変わらないでしょう(その一例が大学の文系入試は数学不要という意味不明の伝統で、反知性主義の代表例である毛沢東の文化大革命と変わりません)。9割の国民が選ぶ政治家も9割は「長嶋茂雄よりはるかに劣る③型」になり、秋山真之中佐のような①型議員はいても1割だからバカの大群に押し切られてしまいます。大本営のエリートも、いい大学や士官学校へ行って勉強はできたが思考回路は演歌型だったと僕は考えています。それで本稿のタイトルになりました。内藤様には釈迦に説法と存じますが、人間は教育が何より大事です。一説では回路は18才までに完成し、そこから変えるのは一から学ぶより困難だそうです。そう長くない先に暇になりますから、18才未満の子に自分の経験を伝える場があれば素敵だなあと思います。
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