クラシック徒然草-ラヴェルと雪女 (ボレロ)-
2013 AUG 13 0:00:20 am by 東 賢太郎
ラヴェルを聴きたい。やっとそういう気分になった。その気分がやってくるのは僕の場合年中行事だ。いつもは春だが、今年はどういうわけかおとずれが遅かった。
ラヴェルはどこが好きかといって、よくわからない。どうして好きかというと、これもわからない。とにかくいい。高校時代にピアノ協奏曲やらダフニスやらをよく聴いたから、ほぼひと目ぼれだったろう。ウマが合ったということだろうか。ただ、ラヴェルとのおつきあいは、やっぱりウマが合っているブラームスなんかのとはずいぶん違う。というのは、ブラームスは人肌のぬくもりがあるがラヴェルの音楽はひんやりと冷たい。どんなに恋焦がれてもむこうは熱くならず一向に近寄ってもこない女性みたいな感じがする。ひょっとすると雪女かもしれない。いや、雪女がどんな姿かは知らないけれど、絶世の美女なのに人間の魂が、ハートが、なんともなく希薄という不思議な存在なのだ。
ボレロという曲がある。すごく小人数でしずしずと始まってずっとおんなじリズムとメロディーのくりかえしだ。あまりにおんなじなので、だんだん耳と意識がマヒしてくる。それがそのうち音がだんだん大きくなって、楽器の数も増えてきて、ふと気がつくと舞台は全員参加で音をはりあげている。そうして最後のところでキーがハ長調からホ長調に3つあがるとボルテージは一気にはね上がって、ついに金管の雄叫びがあがって雪崩のような大団円となる。客席はブラヴォーの嵐でものすごい興奮につつまれる。
ところがだ。このときいつも思うのだが、指揮者もオケも汗ぐらいはかいているが、どうもちょっと覚めているように見える。ベートーベンやマーラーを格闘して弾き終えたのと明らかに違う感じだ。ご本人たちがそう感じているかはともかく、スポーツを終えた感じ、中距離を走ってゴールインしたランナーを見ている感じに近いといったら言い過ぎだろうか。そういう雰囲気を察するとこっちも、なにか幻術にでもかかっていたような気がしてきて、そうして、ああ、あれは雪女だったんだということになるのだ。これをご覧いただきたい。
客席と舞台の温度差をお察しいただけるだろうか?リッカルド・ムーティー指揮のフィラデルフィア管弦楽団。僕が現地で2年間聴いていたコンビが85年に来日した時のものだ(youtubeからお借りしました)。このオケがのった時のすごさを見てしまっている僕として、これはずいぶん安全運転のテンポであり、名人たちが余裕しゃくしゃくで楽器のデモでもやっている風情である。ボレロとしてはかなりクールな、申し訳ないが平凡な部類の演奏といえる。非常に珍しいことにトロンボーンがとちっているが、こんなことは2年間でもほとんどなかったから貴重な映像だ(あそこは難所で有名なところ)。しかし、客席は興奮してしまう。雪女おそるべしだ。
ボレロというと、伝説がある。トスカニー二とラヴェルのケンカである。ボレロは1928年、ロシアの舞踏家イダ・ルビンシュテインの依頼で作曲された。トスカニーニはその2年後にニューヨーク・フィルハーモニーの欧州公演でこれをパリ・オペラ座で演奏したが、それを客席できいていたラヴェルは「速すぎる」と文句をつけ、トスカニーニは「あなたは自分の音楽がわかっていない。こうやるしかないんです!」とやり返した。すごいもんだ。トスカニーニは演奏に15分ぐらいかかるこのボレロを何回振っても1秒も狂わなかったそうだ。すごい。我が国では面白い試みとして大晦日の「東急ジルベスターコンサート」のカウントダウン曲として、過去18回中に4回これが使われた。曲の終了と同時に「新年おめでとう!」のはずだったが、4回やって2回は着地失敗している。
僕は浪人中によくお茶の水駅前の音楽喫茶で油を売っていたが、そこで衝撃を受けたのがトスカニーニのボレロだ。細かいことは忘れたが、ソ、ドとひっぱたくティンパニが腹に響いて、当時自分の家の装置からは絶対に出ない迫力に圧倒されたことをまじまじと覚えている。それがこれだ。
ラヴェルが怒るだけあってテンポは速い。だから演奏し慣れていないオケはかなり危ない。まずクラリネット。そしてトロンボーンはよれよれだ。しかし、これは吹きなれたフィラデルフィアの名手でもとちる。NBC交響楽団がヘタなはずはない。1939年録音だから作曲後11年ということもあるが、ラヴェルと口論してキレてしまったトスカニーニが37年までラヴェルを指揮しなかったから仕方ない。そして、これはよく聴いて欲しいが、テンポは非常によく動いている。調節しているとも思えないが、これで毎回同じタイミングになるのは神業だ。
最後に、雪女でも燃えることがあるという希少な演奏をみつけた。僕がカーチス音楽院でお会いする12年前のチェリビダッケだ。テンポはムーティとほぼ同じである。しかし、なんと若々しい!ホ長調になる寸前のすさまじい形相。あれでにらまれたらオーケストラも音で返すしかない。これをアップしてくれた人に感謝したい。
クラシック徒然草-ベートーベン7番 聴きこみ千本ノック-
2013 AUG 12 0:00:09 am by 東 賢太郎
ベートーベンの交響曲第7番イ長調作品92。この曲のファンはたくさんいらっしゃると思います。のだめカンタービレで若い方にも広まり、ひょっとして第九と同じぐらいポピュラーになっているかもしれませんね。この曲の強靭なリズムの波状攻撃は人を興奮させる点でロックに近い何かを秘めています。こういう僕もクラシック聴き始めのころフリッツ・ライナーのLPを聴いて感激していました。そういう皆さんには大変申しわけなく思うのですが僕はこの曲が苦手です。いまや自分から聴こうということはまったくありません。11月にウィーンフィルが来るらしくてチケットをいただいたのですが、曲が7番ということでどうするか考えています。そのぐらい興味がないのです。
どういうことかというと、第1楽章は大変立派な音楽です。しかし第2楽章にはエロイカのそれのような血の出るような切実感というか、本当の悲愴感を僕は感じません。第3楽章はどうにも下品に思えて(すみません)むしろ聞きたくありません。ほかの曲では多少そういう部分はあっても何かの仕掛けでそれが最後は救済、昇華されて終わるのですが、この第4楽章はそんなことにおかまいなしで一人でイッテしまいます。良い指揮者ならともかくカン違い組の指揮者によるへたくそな演奏だと、いくらワーグナーが舞踏の聖化と持ち上げようがなんだろうが、それなら盆踊りのほうがいいなと思うばかりです。
モーツァルトと違ってベートーベンには出来不出来があります。この7番の前に「ウエリントンの勝利」という曲が書かれていますがこれは駄作の部類であって、7番はどうもこれと似た精神状態で書いたのではないかと思ってしまいます。ということで曲には関心がないのですが、第4楽章を演奏するにあたってこの曲を指揮者がどうとらえているか、明確にわかるという意味で非常に興味深い部分があります。ここは弦楽器がしっかり弾かないといけない難しい個所です。下の楽譜の赤枠の部分、それから青枠の部分です。ここのリズムの取り方で指揮者の個性がよくわかるのです。
赤い部分ですが、ベートーベンの指示はごらんのとおり「タアアタタアアタタアアタタ・・・・」です。青い部分は「タタアンタタアンタタアン・・・・」です。1小節に16分音符8個ですね。ところがこれを「タアタタアタタアタタアタ・・・・」、「タタンタタンタタンタタン・・・・」と音符6個にしていい加減にやっている指揮者がかなりいます。i-tuneでこの部分が聴き比べられるので片っぱしから聴いていみると以下のような分類になります。数名だけどっちともとれる人がいますが、近いほうに入れました。
いい加減派
カラヤン、フルトヴェングラー、ザンンデルリンク、ケンぺ、シャイー、ライナー、スイトナー、ムーティー、フリッチャイ、コンヴィチュニー、クレツキ、ノリントン、アーノンクール、バレンボイム、ショルティ(VPOと第2回目録音のCSO)、ドホナーニ、クリップス、ミュンシュ、ワインガルトナー、ボールト、クライバー(父)、ブリュッヘン、ナヌート、アシュケナージ、フェドセーエフ、ティーレマン、デ・ヴィリー、ドゥダメル、モリス
正確派
R・シュトラウス、ワルター、トスカニーニ、クレンペラー、ケンペン、リンデンバーグ、レイボヴィッツ、シューリヒト、ムラヴィンスキー、クナッパーツブッシュ、ストコフスキー、チェリビダッケ、スクロヴァチェフスキー、ベーム、サヴァリッシュ、クライバー(息子)、ショルティ(第1回録音、CSO)、クリュイタンス、フレモー、H・シュタイン、バーンスタイン、アバド、ハイティンク、サンティ、マズア、マリナー、マーク、MTトーマス、ヘレヴェッへ、エッシェンバッハ、ヴァンスカ
いい加減派もいろいろあって赤の入りは正確な8個だったのがだんだんアバウトになって6個になってしまう人も最初から我関せずで6個の人もいます。正確派のほうも、弦がきっちりとしたボウイングで刻もうとするため、赤の部分からテンポを少し落とす人がいます(もともと速い人は減速しないと弾けない)。赤は正確、青はややアバウトという人も。スタッカート気味にしていきなりここから気合が入る人もいます。逆にレガート気味にすいすいと弾き飛ばす人もいます。本当に面白いものです。ご興味ある方はご自分の耳で確かめてみてください。i-tuneで Beethoven7 と打ち込んで第4楽章をクリックすれば以上の演奏の問題個所は全部お聴きになれますよ。これは「聴きこみ千本ノック」です。確実に耳が鍛えられます。
僕の好みとして、いい加減派はだめです。この譜面からどうしてそういう弾き方になるのか?身勝手なのか性格的にアバウトなのか?ともあれ僕にはついていけません。若手のホープと目される人たちがそっちなのはやや気になります。ショルティは1回目の全集は正確、2回目のはいい加減。わからない人です。分類結果を見るとこの曲に限らず僕が好きな指揮者は見事にほぼ正確派に入っています。皆さんのお好きな指揮者はいかがですか?
クラシック徒然草-田園交響曲とサブドミナント-
2013 AUG 4 1:01:12 am by 東 賢太郎
交響曲第6番パストラル(Pastoral)はベートーベン自身が名づけた2つしかない器楽曲の一つです(もう一つは告別ソナタ)。この表題を「田園」と訳すと、田舎の風景に感動した彼がそれを描写した音画のようにきこえますが、Pastoralは古来よりヨーロッパにある文学、詩歌、絵画、音楽の総合様式の名称でありますから、本来は交響曲第6番「パストラル風」とでも訳すべきものではないでしょうか。1785年に発表されたクネヒトという作曲家の「自然の音楽的描写、または大交響曲」が6番とそっくりの表題をもった5楽章の曲であり、ベートーベンがこれを知っていたことはほぼ確実視されています。だからこそ彼は自らあえて「・・・風」と命名し、5楽章を踏襲してそっくりのプログラムまで加えておいて、「これは音楽による風景描写ではない」とわざわざ断ったのではないでしょうか。それはヴィヴァルディ「四季」、JSバッハ「クリスマス・オラトリオ」、ハイドン「四季」などを経て数多存在し、クネヒトのような作品につながった器に「新しい酒」を盛ってみせるという挑戦状だったように思います。
「・・・風」と言った場合、それは「・・・」ではないのです。それを借景としているだけであって。ノッテボームによればスケッチ帳に曲名を何としようか試行錯誤した形跡があるそうです。そのなかに「Sinfonia caracteristica-oder Erinnnerrung an das Landleben」(性格的交響曲-あるいは田園生活の思い出」というのがあります。 caracteristicaが性格的は苦しいですね。「特別な性格の刻印のある交響曲」といったほうが正確でしょう。「田園交響曲、音画にあらず、田園の享受が人々の心に呼び起こすところの感情が表現されている-そこで二三の感情が描写される」ともあります。第2楽章、第4楽章で鳥の声や雷鳴が描写されているのですがそれは劇のト書きにすぎません。彼はそれを聴かせたいのではなく、それらが喚起する心象風景を音で描くというロマン派音楽の萌芽ともいえる革命的なチャレンジをしているのです。
第6交響曲は、緊張度の高い5番の路線に疲れて気晴らしに書きましたというような安楽な作品ではありません。これも5番の向こうを張る大交響曲であり、見れば見るほど、聴けば聴くほど、その堅固な構造と周到な作曲プランの独創性に驚かされます。冒頭にこのようなメイン・ステートメントとなる主題がいきなり提示されフェルマータで引き伸ばされるのは5番と同じです。
この山型の弧を2度えがく主題がこの楽章でいかように音列の素材として、また分解されてリズムの部品として何度も何度も繰り返し使われていくのか。第九を暗示する左手の空虚5度(ドローン)が第3,5楽章でいかに和声に意味深い滋味を加えるのか。こういう側面からの分析は先人がやり尽くしてる観があります。
5番も6番も、冒頭素材が生まれながらに内包している音の指向性に添って全体が組み立てられているのは同じです。ところが5番は内側に凝縮、6番は外側に拡散という正反対の性質の素材であり、その結果前者はエネルギーと推進力、後者はゆらゆらと浮遊するような歌謡性という形質を得ることになったように思えます。さらに見れば、5番は建築的な論理構造をもってソナタ形式と不可分に結合していますが、6番はそれがソナタ形式で書かれていることを構造的にも和声的にも忘れてしまうほどゆるやかな形をしています。ベートーベンはエロイカの終楽章に変奏曲を持ち込みましたが、僕はこの田園交響曲にも変奏曲の要素と精神を強く感じるのです。
「変奏こそ、技法的に提示されたベートーベンの創造の核心なのであり、変奏の精神は彼の全生涯を貫いて作品に現れている」(吉田秀和著・ベートーベンを求めて)。ウィーンに出てきたベートーベンはまず即興演奏の名人として有名になります。自作または他人のテーマを自由に即興的に変奏して感銘を与えることで貴族社会に知られていったのです。「彼の即興演奏は非常に輝かしく感動的なものだった。彼はどんな集まりでも、聴き手のすべての目に涙を浮かばせ、なかには声を立ててすすり泣く人もいるほどだった。」(同書によるランドンの引用)。ところがです。「この即興演奏が終わると、彼は大声で笑い出し、自分が引き起こした感情にひたっている聴衆を冷やかすのが常だった。『君たちはバカだ。こんな甘やかされた子供たちといっしょにいられるものじゃない』と彼は叫ぶのだった」(同)。田園交響曲の引き起こした感情にひたっている我々を彼はこうして冷やかすのでしょうか?
田園交響曲が引き起こすある特定の感情。これがどうやってどこからやってくるのか?少なくとも僕は誰かがそれを指摘したのを読んだことがないのですが、その解答のひとつと僕が信じているこのシンフォニーのある重要な特徴について書きたいと思います。それはこの交響曲全編にわたって「トニック(ド)→サブドミナント(ファ)」という進行が支配的であり、「ドミナント(ソ)→トニック(ド)」が決定的に支配している5番と好対照であることです。6番においてはもうすべての音がサブドミナントの方へ特別な引力で引っ張られているといって過言でないほど。こんな音楽は珍しいのです。なぜならソ→ドの解決こそ西洋音楽の文法のイロハのイだからです。音の万有引力の法則と呼んでもいい。あー曲が終わった、という感じがしますからクラシックはこの進行で終わるケースが多いのです。ところが6番の最後はミ→ドで締め。そうではありません。これは第2楽章で鳴いていたカッコーのエコーです。なんておしゃれな終わり方でしょう。反対に5番はソ→ドの嵐です。これでもかといわんばかりに。おれたちは万有引力から逃れることはできないんだ、これが宇宙の原理なんだ運命なんだと説きふせられて終わるのです。
ちょっとわかりにくいですね。おなじみの例で示しましょう。学校の始業式なんかで校長先生が出てきて「起立」と号令がかかって、ピアノが弾くあのC-G-Cの3つの和音があります。Gで「礼」をしますね。では校長のご講話をという落ち着いたムードになります。ではここでC-F-Cと弾いたらどうでしょう。ぜひお家のピアノで試してください。まず、Fで頭を下げるのはちょっと変ではないでしょうか。僕はむしろ上を見上げたくなります。それから、これが重要ですが、Fで落ち着かない感じがしませんか。次にCに戻ってもいいのですが、必ずCに戻るという感じが希薄になります。これがGだと、「次はなに?Cしかないでしょ!」というとても頼りになるお導きを感じますね。これが「音の万有引力の法則」と僕が勝手に名づけたものです。ドミナント(ソ)はトニック(ド)の引力に強力に引きつけれらるのです。C→Fだとご講話どころか「さあ遠足だ」の気分です、もう今日は学校には戻らねえです僕などは。そういう悪がきをご講話にしっかり戻すにはFの後にGをもってきて、その引力でCに戻さないといけないほどFは外交的でふらふらして、しかしその反面 「明るくて希望を感じさせる」 効果があります。
もっとはっきりした例をお見せしましょう。坂本九さんの「上を向いて歩こう」を歌ってみて下さい。サビのところです。「幸せはー雲のー上にー」。この「幸せはー」がF(サブドミナント)なんです。パッと明るく希望の光がさします。これぞC→Fの希望効果です。ところがその次。「幸せはー空のー上にー」今度は「はー」が半音下がってFmになって、すぐに幸せに陰りが出ます。「希望」と「不安定」、お感じになれますか?もうひとつ。ビートルズのA Hard Day’s Nightです。
It’s been a hard day’s night, and I’d been working like a dog
It’s been a hard day’s night, I should be sleeping like a log
But when I get home to you I find the things that you do
Will make me feel alright
青字のところはFです。 声はソを歌っているのに!(Fはファ・ラ・ドです。ソは入ってません)。「いやー今日は疲れたぜ。犬みたいに働いてもう丸太みたいに寝るだけだ。」そう歌っています。そうでしょうか?そうではない。だから But とくるのです。家に帰ると君がいて元気にしてくれるから・・・。 day’sにF(=希望)が鳴るからです。嘘だと思ったらFの代わりにGで弾いてみてください。ホントに疲れて、あーもう今日は寝るだけだー、Good night。君の顔を見る前に丸太になっています、僕は。このワンコーラスでGはたったの一回しか出てきません(イタリック部分)。万有引力をぶっちぎって校長先生ではなく遠足気分なんです、この男は。
だいぶ脱線しました。万有引力で田園交響曲にもどりましょう。もういちど、上の譜面を見てください。このメロディーを歌ってみましょう(移動ドで)。
ミーファーラーソーファミレーソードーレーミーファミレー
この節ですが何かに似ていませんか?これです。
ミーファソソファミレドドレミミーレレー
なんだ。第九じゃないか。どこが似ているんだ?嘘だと思われてしまいそうですね。そういう方は、最初に出てくるソをラに替えて歌ってみてください。ミーファラソファミレ・・・・。どうです、似ているでしょう?2番目と3番目の音、ファとラは左手のドと一緒になってFを構成します。ところが第九のこの有名なメロディーはほとんどCとGの和音だけです。Fというとはるか先にサビに一回出るまではまったく出てこないのです。だからこのソをラに替えると急にFの色が現れます。魔法のように。そしてそれが田園交響曲を連想するメロディーに聴こえてしまう。いかに6番がFの色が濃い音楽か、そしてそれが無意識に皆さんの記憶にしっかりと刻まれているか、ご理解いただけるでしょうか。
Fの希望効果。都会から出てきてハイリゲンシュタットの田園風景にふれたベートーベンの心の喜び。同じ場所で数年前に遺書まで書いた男が新たに生きる希望をもって、自分はこんなに元気になったと世に問う自らのポートレイト。それが6番ではないでしょうか。第3楽章スケルツォの農民の踊り。第165小節から
始まるトリオはびっくりです。4分の2拍子の素朴かつ力強いスフォルツァンドで16小節にわたってC→F→C7→Fというコード進行です。Gは出てきません。Cがセブンスになるので一瞬あたかもサブドミナント(F)に転調したかのような宙ぶらりんの感覚になります。希望のFにいつまでもい続けたい!この曲のサブドミナント指向の象徴的な場面です。この部分の伴奏のクラリネットをよくお聴きください。非常にビートルズ的です。レノン-マッカートニーのハモリに聴こえるぐらい。この楽章ですが最後になって急にプレストになります。嵐が近づいて雨がぱらついてきたな!すぐわかります。ここはこの交響曲で最も描写的だと僕が思っている部分で、踊っていた農民はクモの子を散らすように退散するのです。
第4楽章は増4度の和音が鳴り響きます。嵐です。ソ・ド・ファの4度、5度の調和が破れ、ティンパニとピッコロが雷鳴を暗示します。ここのスコアはベルリオーズの幻想交響曲の終楽章そっくりです。音の効果でいえばロッシーニのウイリアムテル序曲、メンデルスゾーンのスコットランド交響曲、リムスキー・コルサコフのシェラザードなど遺伝子の伝播は数えたらきりがないほど。そして農民が退散→雷鳴→牧歌という起承転結は鮮やかで、このコントラストが第5楽章の神への感謝の気持ちを高めています。まずクラリネットが第1楽章冒頭と同じくドとソの空虚5度のヴィオラのドローンにのってハ長調の牧歌を奏でます。次にそれがホルンに受け継がれるとチェロがppでそっと低いファを入れます。増4度の支配する不均衡はファ+ド+ソの5度+5度という神の調和に完璧に収斂していくのです。雨上がりの森や丘に金色の陽光がさしこんだような神聖で荘厳な効果は息をのむばかりです!なんてすばらしいんだろう。蛇足ですが、農民が退散→雷鳴→牧歌からこの部分への効果と心象風景が見事に遺伝しているのがストラヴィンスキーの火の鳥のフィナーレなのです。
第5楽章が希望のFに満ちあふれていることはいうまでもありません。喜びに満ちて歌われるこの牧歌主題はモーツァルトのピアノ協奏曲第27番のロンド主題、あの歌曲K.596「春への憧れ」に転用された主題のリズムを想わせます。そしてこの主題についている和音はC-F-G-C-Am-F-Gですが、C-Am-F-Gはモーツァルトが偏愛した和声連結でもあります。結構長くなりました。まだまだこの曲について書き残したいことは山ほどあります。この交響曲は僕が最も愛するものの一つです。これを聴いて頭に体に感じる満足感というのはまた5番のそれとはちがったもので、ベートーベン以外を見渡してもほとんど類のないものです。ベートーベンには冷ややかに「君はバカだ」といわれそうですが、同じバカなら聴かなきゃ損、損です。
そしてこれが残した最も優れた直系の子孫こそ、やはり僕が愛するシューマンの交響曲第3番なのです。それについてはこのブログに書きましたので是非お読みください。
シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第3楽章)
(追補) 冒頭主題(下)において、第4小節で一度和音はドミナントに移行してフェルマータで長く伸ばされる。小さいがとても深い沈静感と充足感が交響曲の頭でいきなり訪れるという開始はめずらしい。次に第5小節で和声はF→B♭(つまりC→F)となり、第6小節でヴィオラがe(ミ)、つまりドミナントへ行くが、バスであるチェロはそれを無視してf(ファ)、つまりトニックのまま居座ってしまうため「長7度」という不協和音が鳴る(楽譜の赤丸部分)。
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ここをピアノで弾いてみればわかる。これが不協和音に聴こえないのだ。僕の耳には、「安寧のドミナントへ行くのはまだはやい。これから楽しいことがあるんだ。」と聴こえる。バスのファ(トニック)がそうやってムードを押し戻して主張している。
これと同じことが第5楽章の始めで起こる。まず第1-4小節でクラリネットがハ長調の分散和音のテーマを出す。バスはヴィオラのドとソである。このテーマを第5小節からホルンが受け継ぐと、バスにチェロのファがそっと加わる(赤い部分)。
テーマはミの音を避けるので長7度は鳴らないが、ハ長調(つまりドミナント)の根っこに和声外音のファ(トニック)が神様の陰のように現れる効果は筆舌に尽くしがたい。「安寧のドミナントへ行くのはまだはやい。これから楽しいことがあるんだ。」という天の声が僕には聞こえてくる。僕は仏教徒で聖書もまともに読んでいないが、ここはキリスト教的な雰囲気を感じる。信者にとってこの部分はどう聞こえるのだろう?
そして第5楽章のコーダに至る。
すべては静まって、いよいよ終わりの時を迎える。和声はF→C→F→B♭→C→Fとなり、一度だけサブドミナント(B♭)で上を見るが、すぐにドミナント(C)に打ち消されて鎮められてしまう。安寧のドミナントの時がやってきたのである。思い出していただきたい。F→C→F。これは「校長先生へのお辞儀」の和音だ。遠足は終わったのである。
(こちらへどうぞ)
クラシック徒然草-エミール・ギレリスの天上の音楽-
2013 AUG 1 18:18:13 pm by 東 賢太郎
僕の拍手が作曲家90、演奏家10という意味はもうすこし説明が要るでしょう。これは演奏家の価値について云々しているわけでもなければ、感動的な演奏会を聴かせてくれたパフォーマーの才能や努力にあえて少ない敬意しか払わないということを言っているのでもありません。作品が演奏家なしに聴かれることはないように、演奏家も作品の力なしに感動を与えることはできません。それはいかにも当たり前のことですが、作品のクオリティと演奏家の演奏能力がここで問題にするようなレベルに達しているものという前提において、いよいよ最後に、その両者の関わり具合というものが聴衆に与える感動の大小というものを決定づけているのだという僕の経験を述べさせていただく必要があります。
神童といわれる子がリストを弾くリサイタルがあったとして、それを大家の弾くシューマンのそれと同じ興味を持って僕が会場に赴くことは100%ありません。まず、僕にとっては、リストは誰がどれを弾こうと食指の動く相手ではありません。それがリヒテルだろうと。だから感動の総量はおのずと知れていて、「90部分が満点」であっても僕は満足して帰りの電車に乗らないだろうことを自分で知っています。次にそれを小学生の子が完璧に再現したからといってリヒテルに勝るはずもないでしょう。あるとすればこんな子がという意外性だけです。でもそれは、僕の中においてはサーカスで犬が数字を当てましたというのと何もかわらない。では、子供がシューマンを弾くというなら? 聴いてみるかもしれませんが、そしてそれがリヒテル並のものなら、それは評価しないはずがありません。ですがそれは「90が満点だ」ということです。鐘が十全に鳴ったということ。突き手の年齢に反比例して鳴りが良くなる、という風に聞こえるようにはあいにく僕の耳はできていないのです。眼が不自由な辻井 伸行さんのピアノ。実演に接したのは1度だけですが、それは純度の高いクリスタルのようなタッチと明敏なリズム感で非常に印象に残っている見事なラフマニノフの協奏曲2番でした。彼が身体的ハンディキャップを圧(お)して完璧なテクニックを披歴しているという観点から幾分でもその演奏を高く評価するなら、それは真の芸術家に対して大変に失礼なことです。そういう彼の音楽創造プロセスの因果関係などとは一切かかわらず、彼の生み出した音は非常に美しいと僕は思いました。
演奏会でXの感動をいただいたとして、そこに演奏家のプレゼンスがX/10ぐらいしか感じられないケースというのが、実はあまりありません。弾き手の存在が神のようにほぼ消えていて、鳴っているのはベートーベンやモーツァルトそのもの、その純粋無垢な音楽美のエッセンスだけを感じさせてくれるというケースです。僕はこれが音楽演奏というだけではなく、それを必然的に内包している音楽創造というものの理想ではないかと信じています。井上直幸さんのモーツァルトは、おそらくそういう風に聴き手に届けることを目的として弾かれています。僕にはそう聞こえるのです。彼がリストの「超絶技巧」やラフマニノフの3番を弾いたかどうかは知りません。きっと弾けたのだろうけれど、だからといってそういう曲を彼がモーツァルトと同じ姿勢で弾いたということは到底考えもできないことです。彼は、僕の想像する限り、X/10を良しとする演奏家です。だからモーツァルトのような音楽を演奏してXを最大化することができるのです。逆に見れば、彼はモーツァルトの天才の深奥まであまねく見抜いているという知性と感性のおかげで、10の力で100の感動をそこから引き出しているともいえるのです。これが名人の技でなくて何でしょう。一方で、そういう性質の音楽というのは、「彼の存在」がX/8になりX/6と大きくなるにつれて、Xは反対にどんどん値を低くする関係にあると僕は感じています。派手なアクションで汗だくになって飛び跳ねる指揮者の運命交響曲が別にだから素晴らしいわけでも何でもないように。マルタ・アルゲリッチがモーツァルトを弾くのはこわいと言ったのは、何らの技術的な問題をはらんだことであろうはずもなく、彼女の演奏家としての信条や持ち前のスタイルがひょっとするとXを逓減させてしまうのではないかということを、僕とは全く異なった角度や論理や本能から彼女が感知したからではないかと思っています。
僕がリストやパガニーニの類の音楽に関心を抱いた経験がないのは、仮に井上さんのような真の芸術家が弾いたとしても「彼」がX/10でとどまっていることがどうしたってできない、要するに、曲の方がそういう風に書かれていないからです。リスト自身が公衆の前で目立つことを目的として書かれた曲だからX/2ぐらいがいいところ(最適解)であって、がんばってX/10でやってみたらXを減らすだけ、つまり聴衆を退屈させるだけの曲なのです。そして、なんとか最適解を得たところで、僕には何の感興も引き起こしません。自分はそうではないという方がたくさんおられるはずですし、そういう方はここでこのブログを閉じていただきたいのですが、僕にとっては大半のイタリアオペラのアリアも同類であります。X/1.2ぐらいに書かれているのもあるように思う。へたすると初演した歌手でないともうだめなんじゃないかというぐらいの数値をもった曲、例えばユーミンやらカレン・カーペンターの曲がきっとそんなものだろうと推察できるレベルまで特定の演奏家の声が作曲の前提だったんじゃないかと見えるようなのもあります。実はモーツァルトもまったくもってそうやって、服を仕立てるように特定の歌手に合わせたアリアを書いたのですが、彼の声楽書法の非常に器楽的な側面が救ったのと、何よりいかように何をどう仕立てたとして結果が紋切型に終わらなかったという、彼の天才を説明するに欠くことのできない顕著な特性があいまって、時代を超えてユニバーサルな音楽となっています。今日の魔笛は良かったね、ところであのパミーナは何という歌手だったっけ?ということがありうる。X/10が成り立つのです。ヴェルディやドニゼッティのプリマでそういうことはあまり想定できないように思います。
では、その日の演奏会の感動のほぼすべてを演奏家が占めてしまう、つまりX/1に限りなく近いようなことは起こりえないのでしょうか?僕はそういう経験は2度だけしかしていませんが、あり得ます。ただしきわめて稀なことであり、いくら熱心なコンサートゴーアーであってももし人生で一度でもめぐり会えば幸運とするような、ゴルフならホールインワンぐらいの頻度のことかもしれません。ひとつは ヴラド・ペルルミュテールがウィグモア・ホールで開いたリサイタル。これはいずれどこかでご紹介します。ここで書くのはもうひとつの方、ロイヤル・フェスティバルホールでエミール・ギレリスがチャイコフスキーの協奏曲第1番を弾いたときのことです。このとき、僕は自分がいったい誰のためにapplause(拍手)を送っているのかという馬鹿馬鹿しいぐらい酔狂なことを初めて真剣に自覚したという意味でも、忘れられない重要な経験になっているのです。
1984年10月14日。それはチャイコフスキーの第1楽章が開始して間もなくの速いパッセージにさしかかって、かつて鋼鉄と評されたギレリスの指がもうほとんど回らなくなっているという悲しい現実にロンドンの聴衆が息をのんだ日でした。音楽が進むにつれ、誰よりも、巨匠自身が深く傷ついているであろうことを聴衆がとても恐れている、そういう空気がだんだんと会場そこかしこで醸成されてきているように感じられました。終楽章の最後の一音がすべてをかき消さんとばかりに堂々と鳴り終わるや万雷の拍手とブラヴォーがロイヤル・フェスティバル・ホールを包みこんだのです。老ピアニストの健闘をいたわり、目の前の演奏の是非ではなく、彼のこれまでの輝かしい栄光を満場の一致によるapplauseで一心不乱に称えたのです。その時です。立ち上がって会場に一礼したギレリスは両手で拍手を制し、もう一度ゆっくりとピアノに向かって、静かに、何かに祈るように独奏を始めました。信じられないぐらいとても静かに。そして、その時に彼が弾いた曲を、僕はどういうわけか覚えていないのです。そのときのあまりに静謐な情景、指揮者ベルグルンドもオーケストラも聴衆もすべてが凍りついた人形みたいに微動だにせず、耳をそばだてて息をひそめている中で、どこからともなく天上の調べが降りそそいでくるかのような神々しい情景に我々は飲みこまれていたのです。
僕はギレリスのチャイコフスキーの協奏曲1番のレコードを愛聴して生きてきた人間のひとりです。それは彼の十八番でもあり、最も輝かしくドラマティックな演奏として僕のレコード棚に今もひっそりとあります。ベートーベンのハンマークラヴィールソナタ、ブラームスの協奏曲やお嬢さんと弾いたあの優しいモーツァルトだって。アルトゥール・ルービンシュタインに「彼がアメリカに来るなら、私は荷物をまとめて逃げ出す」と言わしめた鋼鉄のタッチ。あの日に涙をこらえながら力の限り送った僕の拍手というものは、長年かけて彼からいただいてきたすべての音楽の喜びに対してのまぎれもない僕の精一杯の感謝、返礼でした。それを届ける機会が得られたなんて、何と幸せなことだったろう。そして、おそらく、あの最後にどこからとなくひそかにおごそかに響いてきた音楽には、もはやそれを奏でている大ピアニストの己の投影は微塵もなくて、彼自身の人生をかけた音楽への愛情と感謝が音となって流れ出ていたものにちがいないと信じているのです。あれはシューベルトやシューマンの音楽だったのだろうか?いや、そうではなく、誰の作品でもなくて、天上の音楽だったのに相違ないと。
クラシック徒然草-音楽は鐘である-
2013 JUL 30 19:19:28 pm by 東 賢太郎
ベートーベンの9つの交響曲について花崎さんと僕で良いと思う演奏を順次ご紹介していますが、趣味によってずいぶんとセレクションに違いが出てくるのにお気づきの方も多いと思います。趣味ですからもとより正解はありません。ところがわが国の教育は基本的に正解がある問題を解かせる主義ですからこういう問題は学校ではあまり出くわさず、どんな秀才であっても苦手な人は大変多いように思います。AKBで誰が好きかの類は秀才ほどだめなのかもしれません。きっと秀才であられた花崎さんがこの企画を立てられ、ご自分の発見や趣味をストレートで明快な文章で綴っておられるのは実にすがすがしく思います。テーストの一貫性を感じますからきっとそのご趣味もお人柄や人生観のようなものが投影されているものだろうと拝察しています。それがすがすがしいのです。
自己主張というのは日本では我儘(わがまま)や自慢、傲慢の代名詞といったニュアンスですが、とんでもないことです。それはテーストや考え方を世に示して自分の居場所を鮮明にする行為のことです。市民(citizen)とはそういう存在です。居場所不明の人が主体的に主権者として市民生活を送るというのは、少なくとも民主主義、自由主義の国家においては非常に不可解なことです。主権在民といいつつ肝心の民がどこにいるのかわからないような国家はこと政治に限らず国際的にきわめて特異な存在であり、良くも悪くもガラパゴス化するのは必然と思われます。百歩譲って国は措くとして、若い方はご自身がガラパゴスではいけません。海外ではおろか、グローバル化が進展する国内ですら大きな活躍の場はなくなるとご自戒いただいたほうがよろしいでしょう。
ここで言う自己主張というのは歌を歌ったりダンスをしてみせることではありません。文章を書いたり読み上げたり、根拠を挙げて何か判断を示すことで自分の主義、信条、立ち位置などを他人に理解してもらうことです。そういうものをステートメントと呼ぶことにすれば、ステートメントはシンプル、明快であるべきです。分かってもらわなければ意味がないからです(ちなみに「プレゼンテーション」と呼ばれているものはステートメントのビジネス用バージョンのことです)。ものを難しく言う人は世の中にいくらもいます。簡単なことを難しく言う人、難しいことを難しくしか言えない人、両方ありますが、おそらくその半分はその事柄が良くわかっていないというケースが多かろうと、単なる経験的な観察ですが、そう見ております。簡単に表現できないことは世の中にそう多くはなく、もしあったなら理解していないことをまず疑うべきと考えます。
矛盾するようですが自分自身そういうことがあります。例えば昨日読み終えた夏目漱石の「こころ」の感想文を今すぐ文章にしろと命じられれば、きっと難しい文章になってしまうのかなという危惧を今もいだいております。漱石の文章や心理描写はほんとうにシンプルで簡素で明快で、それぐらいは僕でもわかるのですが、それが好きではあっても何か評価の真似事でもしてごらんと言われれば僕は退散するしかありません。ほとんどないはずの簡単に表現できないことの一例です。けっして「こころ」が難しい小説なのではなく、達人が積み上げた「言葉」による建築物をシンプルに簡素に明快に表わす、誰でもすぐに理解できるような便利な言葉を僕は持たないということです。
それと同じぐらい、僕はベートーベンの音楽を言葉にしてみる試みへの自分の無力さをいやというほど感じています。もちろんそれをして成功した人はあまり思い浮かびませんし、そういうことができないからこそベートーベンも音楽を書いたのだと思います。彼が書き残した音楽は彼のステートメントであり居場所証明です。少なくとも交響曲は非常に簡素、明快であり、五番や七番を初めて聴いたとしても作曲者の言いたかったことを言葉におきかえることは割合容易にも思えます。「俺は負けないぞ!」「明日があるさ」「みんな楽しもう」・・・まあそんな感じで。しかし歌ったり踊ったりがステートメントでないのと同様、そういう感嘆符が安易についてしまうような類の言葉がベートーベンの音楽の片鱗ですら表現してくれることはついぞ期待できません。
だから演奏家という創造者とは別個の才能をもった人が介在し、ベートーベンのステートメントを自分のそれに換えて言葉の何倍にも増幅された感動を伝えてくれる、演奏芸術とはそういう二重構造を持っているわけです。同じ五番でも「俺は負けないぞ!」なのか「みんな楽しもう」なのか、たぶん出てくる音楽は違うでしょう。これが「演奏解釈」と呼ばれるものです。僕が挙げたCDで例えますと、非常に比喩的に申し上げればですが、フルトヴェングラーが前者、クライバーが後者というイメージで「演奏者のステートメント」を僕は受け取っています。どっちが「作曲家のステートメント」かは誰もわかりません。ただ、どちらの演奏もその主張すべき領域において非常にシンプル、簡素、明快でわかりやすい。漱石を文章で表せない程度の僕に比ぶればはるか天空の高みにある天才の力を感知するしかない仕事なのです。こういう演奏こそ僕が価値を感じるものであり、共通しているのはどちらも作曲家のステートメントに非常な感動と敬意をもった結果生じたものだろうという、揺るぎのない確信にもとづいて行なわれたという響きをもっていることです。
少し教科書的な表現を用いれば、音楽と演劇はテキストと演者があって成り立つ点が絵画や文学と違い、演者は芸術そのものが不可分に内包している要素です。このことを作曲家の立場からくぎを刺そうとしたのでしょうか音楽作品は「鐘」であり、演奏家は「鐘突き」である、「いい鐘はちゃんと鳴るように出来ているから演奏家は余計なことをせずにただ突けばいい」と言ったのがストラヴィンスキーです。そう言う彼が自作曲の鐘突きとして必ずしも達人ではなかったのは面白いことです。花崎分類1「向いている」というのは非常に深い含意があるわけです。ルーブル美術館がモナリザの服の色を今日は塗り替えてみようということは絶対にないわけですが、ではシェークスピア劇やベートーベンの音楽でどこまで演者が立ち回れるかということにもなります。ストラヴィンスキーが自分で思った以上に素晴らしい音を彼の創った鐘から発することのできる演者が現に何人もいるのです。またシェークスピアを原語の発音で演じて今の英国でどこまで理解されるのかは知りませんが、少なくとも異国語でやっても価値は通用するわけです。
良い鐘というのは造られた日から作り手の物ではなくなって多様な音を発する可能性があるものと思われます。逆にそういう可能性がある鐘こそが名鐘として何百年でも残るものだと。グレン・グールドのバッハが今でも人気を集めていますが、それは彼のバッハが天才の産物だの代表盤だのという刹那的な評価などより、ああいう想定だにしない弾き方でも受け入れてしまうバッハの音楽こそ名鐘であるという当然すぎる事実に改めて僕は感銘を受けます。ベートーベンやストラヴィンスキーの音楽を人類が100年後に聴かなくなっていることに賭けるのは、同じ期間にナイアガラの滝が全凍結するのに賭けるのと同じぐらい危険なことでしょう。どうしてもどっちかに賭けろと強いられるならば、フルトヴェングラーやクライバーのCDが手に入らなくなるほうに僕はします。それをおそらく危惧していたフルトヴェングラーは指揮者ではなく作曲家として世に評価されることを望んでいたそうです。演奏会で僕のする拍手は90%が作曲家、10%が演奏家に向けてというのは、まことに恣意的ながら、さような小理屈から僕の導いたステートメントであります。
クラシック徒然草-日本の演奏家は優れている-
2013 JUL 19 18:18:46 pm by 東 賢太郎
日本のホール事情について僕はどうしても否定的なのですが、演奏家はどうかということを一言申し上げておきます。
あるチェコの演奏家が「日本に行くといつも新世界ばっかりやらされる」と嘆いたそうです。招聘元からすればまずチケットを売るのが大事ですから仕方がないのでしょう。音楽に限らず芸術は金に糸目をつけぬ資本家かさもなくばコミュニスト国家を求めているのかもしれませんが、やはり聴衆の方がチェコ・フィル=新世界、パリ管=幻想、とステレオタイプになってしまうのが問題の根源にあります。チェコ・フィルのドビッシーやパリ管のブラームスだって時には聴いてみたいと思うのですが、日本ではなかなか稀なことです。
僕がN響の定期会員なのは、シェフが変わるごとに彼の国籍に合わせてドイツもの、フランスもの、ロシアもの、イタリアものなんでも聴けるというのが理由のひとつです。シェフが固定だと彼の国籍、趣味で偏る可能性があるからです。だからN響は指揮者の要求に敏感に対応する優れた能力があると思います。カメラのCMで美人は美人なりに、そうでない人はそうでない人なりに・・・というのがありましたが、いいシェフもそうでないシェフも「それなりに」映し出してしまうのでとても面白い。しかしこのオーケストラの十八番は何だと聞かれると、ちょっと返答に困ります。誰々が振った時の何々、と枕詞がついてしまう。いやそれでも出てくる音は世界に恥じないレベルなのでいいじゃないかといえば確かにそうなのですが・・・。
韓国はチョン・ミュンフンという国際的スター指揮者がソウル・フィルハーモニーと天下のドイツ・グラモフォンの契約をまとめあげ、一躍、「国際水準のオーケストラを持った国」になりました。マーラーやブラームスのCDは欧米でも売れているそうです。なぜ日本にこれができないんだろう?もっと国際的な小澤征爾さんがいるのに。N響の方がずっとうまいのに。どうもサムスンと日本の電子機器メーカーの戦いを見るようでなりません。天下のNECが、小惑星イトカワの微粒子を地球に持ち帰るという世界を驚かせた宇宙最先端技術を有するNECが、スマホでサムソンにコロリと負けてしまう。これはいったい何なんだろうか??
東京都交響楽団(都響)というオケは音楽を解しない都に予算を削られて大変苦労したと思います。僕はたしか2005~6年頃にこのオケがサントリーホールでバルトークの「管弦楽のための協奏曲」をやるのを聴きました。これが驚異的な名演で、強く印象に残っているのです。この難曲はうまいオケはうまいオケなりに・・・ですから都響の水準は国際的にも非常に高いといってよろしいかと思います。都響は強力なセールスマンが必要なのです。そうすれば欧米で必ず評価されると信じます。
チョン・ミュンフンは韓国大統領と同じで「トップ外交」に熱心なわけです。どうして日本の指揮者にそれができないんでしょう。日本の音楽家はみな大なり小なり西洋人の壁と戦っていると思います。いみじくもチョン・ミュンフン自身が同じことを「東洋人の音楽家」におきかえて言っています。韓国の聴衆のレベルも日本と五十歩百歩ですから、オケのため音楽家のためにも外へ出ていく、それも本丸へ乗り込んでいくしかないでしょう。人口5千万人だとそう思う、でも1億2千万人もいればまあここで食えるからいいんじゃないと思う。そういうことなんでしょうか?
クラシック徒然草-世界のコンサートホール 勝手ベスト5-
2013 JUL 17 23:23:20 pm by 東 賢太郎
中村順一氏の私の好きな欧州の街、(1) 観光にお勧めの街、その2、ウィーンに刺激を受けました。ヒットラー、クリムト、マーラーから時代をさかのぼります。
ベートーベン存命当時のウィーンの劇場がどう響いたか、です。ムジーク・フェラインはまだありませんでしたしブルグ劇場はもうありません。改装されているアン・デア・ウィーン劇場ではメリーウイドウなどを聴きました。オペラを想定している劇場の常として言葉を聞き取りやすくする意味で残響は少な目ではありますが、見た目以上にはありました。交響曲3,5,6番が初演された時の音響もああいうものだったのかどうか非常に関心があります。運命を作曲したピアノの仮説を敷衍しますと、ベートーベンはホールの残響を重要なエレメントと考えていたということです。皆さんが彼の曲を聴く時に、どの指揮者がどのオケがだけではなく、どこのホールで録音されたかもこだわっていただければ鑑賞の楽しみが倍加するのではと思います。
僕がかつて実際に聴いたことのあるコンサートホール(オペラハウスは除く)で、残響という要因も含めてベスト5と信じるものをあげましょう。これこそすなわち、僕がベートーベンを聴いてみたいと思うホールということになります(あくまで実際に行って聴いたことのある範囲でのセレクションであり、僕の独断と偏見にすぎませんので悪しからず)。
ベスト5
- アムステルダム・コンセルトヘボウ
- ムジーク・フェライン(ウィーン楽友協会大ホール)
- カーネギー・ホール(改装前、ニューヨーク)
- ボストン・シンフォニー・ホール
- ルドルフィヌム(プラハ)
次点
- ウイグモア・ホール(ロンドン)
- ウィーン・コンツェルトハウス
- ヴィースバーデン・クアハウス
- ベルリン・フィルハーモニー
番外の上(かなり落ちる)
- ヴィクトリア・ホール(ジュネーヴ)
- チューリヒ・トーンハレ
- ヘラクレスザール(ミュンヘン)
- J・Fケネディ・センター(ワシントンDC)
- サレ・プレイエル(パリ)
- クイーン・エリザベス・ホール(ロンドン)
- 東京芸術劇場
- 香港文化中心
番外の下(さらに落ちる)
- アルテ・オーパー(フランクフルト)
- ロイヤル・フェスティバル・ホール(ロンドン)
- バービカン・センター(ロンドン)
- ロイヤル・アルバート・ホール(ロンドン)
- ザルツブルク祝祭大劇場
- シャンゼリゼ劇場(パリ)
- 東京文化会館大ホール
- サントリー・ホール(東京)
- NHKホール(東京)
- オペラ・シティ大ホール(東京)
- オーチャード・ホール(東京)
論外
- エイブリー・フィッシャー・ホール(ニューヨーク)
- アカデミー・オブ・ミュージック(フィラデルフィア)
- ヤーレ・フンダート・ハレ(フランクフルト)
クラシック徒然草-運命を作曲したピアノ-
2013 JUL 16 18:18:58 pm by 東 賢太郎
花崎プロジェクトでベートーベンを聴きかえしています。交響曲のCDは各曲50~60枚あり、その他の各種音源もありますからざっと600枚。聴いた実演はトータルで100は下らないので少なくとも700種類ぐらいの異演を聴いてきたのだと思われます。CDは耳に焼きつくまで聴きこんだのもあり、1度きりのも多々あり。今回とても時間がないので「親しくお付き合いしているもの」だけを再聴しています。
好きなものに関しては僕は徹底したメモ魔です。クラシック音楽はその一つで、6000枚ぐらい所有している全音源を曲別にカードに記録してファイルしてあるのは図書館と同様であり、そこに音源ごとに初聴時の印象を無印~3つ星の4段階評価で記しています。今回のプロジェクトでは2つ星以上の音源を聴きなおした印象で選んでいます。不思議なもので大学時代に聴いて以後一度も聴いていない演奏を今の経験を積んだ耳で聴きなおしても、当時の評価はほぼ納得というケースが多いためです。
いままでSMCのブログに書いてきたLPやCD、たとえば血肉となっているブーレーズの春の祭典ですが、調べてみると自分でも意外なことに高校時代以来20回も聴いていませんでした。というより、聴いた日付までメモってますから正確にわかるのですが、5回も聴かないうち(たぶん3回目)に今と同じ記憶と評価はほぼ確定しています。今や何かで居間に来て、家族と立ち話をすると5分後には何をしに居間に来たのか忘れているという嘆かわしい状況なのですが・・・。
ところが当時わからなかった事を古びた脳ミソが見つけだすということもあります。今回の聴きなおしで改めて気づいたのは、ベートーベン演奏とアコースティックの関係です。特に演奏会場の残響です。たとえばエロイカの出だしの2つの和音はスタッカートがついています。短く切れという指示です。彼はここで残響を意識したのではないかということが頭をよぎり、気になっています。4番のフィナーレ冒頭主題は弦の細かい動きを3発の全奏がやはり短いフォルテで受け止めます。その残響がホールに心地よく響くのですが、作曲に当たってそういうホールで演奏することを想定していたのではないかという疑問です。
ハイドン、モーツァルトの曲にそんな印象を抱いたことはありません。オーケストラのトゥッティ(全奏)や裸のティンパニを何度もフォルテでたたきつけるのが文法の重要要素であるという語法はベートーベン特有のものだからでしょうか?それだけではないかもしれません。西洋音楽のルーツは教会にあります。教会の残響は3秒以上もあり、単音が自身の残響と混合して和声やポリフォニーが生まれました。それが教会を離れて貴族のお茶の間での娯楽になっていくわけですが、それと並行して残響への嗜好や作曲家の配慮も後退したかもしれません。楽器の方もハープシコード、チェンバロという撥弦楽器のか弱い音が好まれましたがあれはどこで弾かれようがあまり残響を発しないでしょう。
ウィーンでベートーベンが1804年から住んだ家(Pasquaratihaus)に行きますと彼のピアノが置いてあります。これです。
彼はこのピアノで交響曲第4、5、7番やフィデリオ、ヴァイオリン協奏曲などを作曲したのです。ご覧の通りペダルが5つもあり、膝で押し上げるメカニズムだったモーツァルトのそれより音域も音量も音色も格段にバラエティに富んだ楽器となっていたことが分かります。彼の作曲上の文法がこれと無縁であったとは想定しにくいのではないでしょうか。聴力の衰えた彼がこのパワフルな楽器の音に心を寄せたもの、それが残響を豊かに伴ったオーケストラのトゥッティ(全奏)や裸のティンパニであっておかしいでしょうか?
ベートーベンはフランス革命後の共和政に期待をし、それによって音楽というものを貴族のお茶の間から市民、公衆の前に持っていこうとした人です。コンサートホールは教会に代わる市民の集いの場であり、彼は第九でシラーのこういう歌詞に音楽をつけているのです。
alle menschen werden Bruder, wo dein sanfter Flugel weilt (あなたの柔らかい翼が留まる所で、全ての人は兄弟となる)
Bruder! uber’m Sternenzelt muss ein lieber Vater wohnen (兄弟よ!星たちの彼方に愛する父(神)が住んでいるに違いない)
神の前に出てみろ、君主も市民も同じだ、兄弟だろうということです。フィガロの結婚で初夜権などという婉曲な非合理をモチーフに貴族社会を揶揄した変化球のモーツァルトから見れば、これはど真ん中の剛速球でなくて何でしょう。
貴族(お茶の間)から市民(教会)へ。モーツァルトはこれをオペラでストレートに試み、ベートーベンは交響曲という音響実験で包括的に試みたと考えるのはあまりに実験的でしょうか。
クラシック徒然草-ベートーベン交響曲第3番への一考察-
2013 JUL 14 19:19:10 pm by 東 賢太郎
昨日は久々にエロイカを各種聴いてみた。面白かった。この曲は特別の精神作用を及ぼすと思うのだが、それは個人的な感性のことがらかもしれないし、そういうデリケートなことをあまり独断的に書いてしまうのは良くない。しかし僕個人が少し変わった音楽趣味を持っているかもしれないとしても、他の音楽、それが同じベートーベンのものであっても、どこからも得られない作用なのだから、まずその事実を忠実にお伝えし、それからどうしてそういう作用が及ぶのかという僕なりに考えた解答をお示しするのは多少の意味があるかもしれない。
エロイカは音楽史の中でただならぬ革命を起こしたという意味で並ぶもののない音楽である。これが書かれていなかったらという仮定は西洋近代史においてフランス革命なかりせばという命題に匹敵するだろう。実際、書かれたのはその革命のわずか15年後であり、ヨーロッパのヘゲモニーが根底から瓦解、再編される血の匂い、壮烈な軋みや熱狂や希望と無縁であったはずはない。モーツァルトはそれを見ずに死んでしまったが、死まで考えただろうベートーベンはそれによって日々悪化する耳疾という心的病苦を逃れ、そうでなくてはあり得ぬほどの正のエネルギーに転嫁した。それが産んだ異形の子供、エロイカの楽譜を見ながら今、この音楽、特に第1楽章の奇跡的な様相に鳥肌が立つ思いを抱いている。
この曲が1才年上のナポレオンに捧げるために書かれ、交響曲第3番「ボナパルト」になるはずだったらしいことは有名だ。結局、 「Sinfonia eroica, composta per festeggiare il sovvenire d’un grand’uomo 英雄交響曲、ある偉大なる人の思い出に捧ぐ」 となった。ナポレオンが皇帝になったことに失望し表紙を破り捨てた(フルディナント・リース)ということになっているが、その表紙は無傷のままウィーン楽友協会アルヒーフにある。
ベートーベンはパート譜をパリに送ったらしい。ナポレオンを崇拝していたのは事実のようで「ある偉大なる人」がそうかもしれないが、それだけで34才の男が心血を注いでこんな楽譜を書いたというのはあまりに書生論ではないか。「コックの隣で食事させられのです」(モーツァルト)というドイツ語圏音楽家の処遇が、フランス革命の灯が及ばず君主制が打破されないウィーンでそう劇的に改善していたとも思えない。ベートーベンはフランスで有名になる野心があったのではないか。パリへの売り込みが空振りであり、それを弟子のリースが美化したという方が現実味があると思うが・・・。
歴史は書かなければ残らない。だから歴史を創るのは事実ではなく、書いた者だ。音楽史は思うに美化のオンパレードであり、美化史と呼んだ方がいいかもしれない。天才は穢れてはいけない。従妹に残した淫乱な手紙は戯言だし、名曲は金や売名のためではなくいつも高貴な精神の産物である。相手を過度に美化するのが恋愛の特性なら、音楽史は天才たちへの満たされない愛を吐露する壮大な片思いの物語だ。どんなにモーツァルトがセックスにだらしがなくベートーベンが金に汚くても彼らが残した楽譜の一音符たりとも変更を迫られるわけではない。
交響曲第5番(運命)は少なくとも1804年、つまりこのエロイカを作曲したころにはスケッチが始められていた。ハ短調、変ホ長調とも♭3つ。エロイカにもタタタターンの運命動機がちりばめられている。たとえば第1楽章の第1主題、ドーミドーソドミソドーシ・・・の下線部にDNAの遺伝情報(塩基配列)のごとく埋め込まれている。スコアをご覧いただきたい。

提示部の繰り返し記号が主題を分断しており2度目はドミソドー(タタタタ―)から開始するのがわかる。曲の出だしをご覧いただきたい。主和音をバン、バンとパンチのように2発。5番の曲頭はタタタタ―、タタタタ―とやはりパンチ2発だ。エロイカ提示部のしめくくり、展開部、そしてコーダに至る最後の数ページはタタタタ―の嵐と言っていい。第2楽章、葬送行進曲の伴奏も、これでもかとそのくりかえしだ。ぜひご自分の眼でスコアを見て確認していただきたい。僕はエロイカ第1楽章と5番は兄弟という以上に、双生児に近い濃い血縁を感じている。
この第1主題だが、ドミソドーのあとトニックの根音(E♭)が半音ずつ下がってA#上の減7となってしまい、高音部には落ち着かないシンコペーションのリズムが走る(スコアの第7小節)。英雄の堂々たる行軍かと思いきや早くも晴れ間から雲がかかって不安の陰りが出たかのようだ。そもそもかつて交響曲の第1楽章冒頭でこんな妙な事件が起きたことはない。しかし、これはこの楽章が和声連鎖の絶妙かつ劇的なドラマにおいて第2番を(そしてあらゆる古典派を)すでに凌駕している一つの予兆であって、メルクマールでもあることがやがてわかる。彼がここで試行している和声語法はロマン派にエコーしていく。それだけでも凄いことなのだが、さらに特筆しなくてはいけないことは、この楽章のリズム構造の革命的新奇さに至ってはロマン派を一気に飛び超え、はるかストラヴィンスキーやジャズにまでエコーしていることだ。このことを僕はいくら強調しても足りない気分でいる。
このことが注目されないのは現代の指揮者のほとんどがスコアのAllegro con brio (付点2分音符=60)で演奏しないからだ。99%が遅すぎる。速いといわれるトスカニーニでも遅い。古楽器のヘレベッヘやガーディーナーですら(楽器だけ古くて何の意味があるんだ?)。第5はAllegro con brio(2分音符=108)だ。タタタターンをこれと等価に鳴らすにはエロイカは付点2分音符=72だ。これに近づくほど5番との相似に気づく。60というのはベートーベンの意図を浮き彫りにする熟考された重要なテンポだ。世の指揮者が誰のどういう了解のもとにこのテンポをいとも簡単に無視しているのか、全く理解に苦しむばかりだ。
内部構造の次に、全体から見たコンセプトという観点からしても、5番は暗→明と直線的、3番は明→暗→明とU字型だが暗闇から光明へというパターンは同じだ。第2楽章が誰の葬送かなどというどうでもいい文学的な解釈論よりも光明へ突き進む正のエネルギーの根源が何かと考える方が、これも現実的だと思う。第2番で述べたように僕はそれが負のエネルギーを逆転したハイリゲンシュタットの遺書を起点とする一貫した流れで、結局それは第九まで到達すると思っている。奇数番号曲といわれるものがそれであり、5と9が直線型、3と7がU字型だ。
第1楽章だけでも書きたいことはいくらもある。今回はこのぐらいにして最後に一言。エロイカの自筆譜は失われた。現行スコアはパート譜から作られた。だからというわけではないが1か所だけ昔から気になっている箇所が第1楽章にある。第65小節の第1ヴァイオリンの下降パッセージに第2ヴァイオリンが6度でからむが、再現部ではその「からみ」が消えていることだ。どうもすきま風が吹いている感じがしてならない。ベートーベンが書き忘れるはずはない。生前に彼が指揮もしている。そうであれば意図的にオミットしたということになる。でもなぜ?わからない。現行スコアが歴史的にどこのパート譜からどう成り立ったかについて知識はない。僕はどこかで写譜のミスがあったかもしれないと思っている。
(補遺、16年2月8日)
エロイカ第1楽章のテンポについて
チャイコフスキーは悲愴交響曲の終楽章コーダに Andante giusto と書き込み四分音符=76としているが、これはTempo giusto(1分間に四分音符=80=「心拍数」のテンポでやれという意味)のことである。コントラバスが心音を表し、最後にピッチカートで心臓は止まる(私は死ぬ)のだという明確な含意があったという私見はこの giusto という標語が証明していると僕は考えている。
エロイカ第1楽章Allegro con brio は付点2分音符=60で、1小節が心拍よりやや遅いぐらいになるので心臓に手を当ててイメージしてみていただきたい。これに近いテンポというと比較的速いシューリヒトが56、もっと速いムラヴィンスキーが56-58ぐらいであり、それでもまだ遅い。僕の知る限りAllegro con brio はノリントンの60-63だけだ。ほとんどの人が速すぎに感じると想像するがそれをお聴きいただきたい。
私見ではこれがエロイカだ。西洋音楽特有の3拍子は乗馬のひずめ音であり、パカパ・パカパ・パカパ・・・である。英雄は馬に乗っているのだ。僕はノリントンがそれにぴったりと感じる。パカパが心音にシンクロするので快感だ。これが速いと思うのは、ロマン派を振る20世紀前半の指揮者たちが慣習化した50以下の間違ったテンポに耳が慣らされてしまったからにすぎない。
(比較)
ハンス・クナッパーツブッシュ / ブレーメン・フィルハーモニー管弦楽団
ノリントンと対極の遅さというとこれだろう。冒頭Es和音の物々しさからして何がおきたかとびっくりするが、主題の速度は馬とは程遠く重装歩兵の行軍だ。短調部分の翳りが重く、僕の印象だがあんまり戦さに勝つぞという気はしない。だから葬送されてしまうのか、そういうストーリーなのかなあ?こういうエロイカがお好きな方もおられようし何ら否定する気もないが、万事自分の眼で見た譜面のイメージから曲を聴くのでどうも違うという思いが強い。その調子で全曲とてつもなく遅いのだから、何を聴いてるんだかわからなくなりとてもついていけない。こういうのはワーグナーが愛でたベートーベン像が19世紀のスタンダード化して産み落とした末裔なのではないかと想像する。
(追記、3月8日)
エロイカのスコアで震撼する箇所は複数あるがまずはこれだ(第2楽章、上掲ノリントンの22分25秒から)。
ノリントンだとあっけないが、チューリッヒで聴いたショルティが凄かった。あれは一生忘れない。ピアノ譜の3小節目から、左手の上声を第2ヴァイオリンが、下声をヴィオラとチェロが受け持つが、トーンハレ管弦楽団の弦が渾身の ff で鳴りきって、チェロのa 弦のa~eの強靭な輝きには度肝を抜かれるばかり。フルートとファゴットに現れる d と e♭の短2度の鋭い軋み!なんという凄まじい音楽だろうと唖然とした。そして一陣の嵐が去った後やってくる第1ヴァイオリンのa♭(青枠)だ。そのとき、僕はシューベルトの未完成、あの第2楽章の虚空に飛翔するようなコーダの、これも第1ヴァイオリンによる長く伸ばした単音を思い出したのだ。シューベルトはこれを聴いてあの浮世離れした天国への音を書いたのだと勝手に思っている。未完成の第1楽章だって、エロイカの第2楽章の色に覆われているではないか。そしてこの楽譜のあとに突如狂ったように雄渾にやってくる変イ長調・・・この部分はへたすると夢に出てうなされかねない狂気を孕んだ天才の音楽である。
(こちらへどうぞ)
クラシック徒然草-リチャード・ロジャース『魅惑の宵』-
2013 JUN 28 1:01:18 am by 東 賢太郎
南太平洋という、作曲はリチャード・ロジャース、脚本・作詞はオスカー・ハマースタイン2世による素敵なミュージカルがありました。
http://youtu.be/mTpD7OC_S8c
Some Enchanted Evening (魅惑の宵)、いいですね。なぜこれが好きかというと、高校時代に音楽教師であられた声楽家の坂本先生がこのすばらしい歌を授業で使われたからです。ド音痴の僕は歌えませんでしたが、先生の美声にききほれてしまったのです。なんていい曲だろう!これを書いたサウンド・オブ・ミュージックの作曲家リチャード・ロジャースは天才だと思います。
南太平洋は戦場にもなればロマンスの舞台にもなるということですね。ミクロネシアから帰って一週間にもなりますと、もうなにか遠い昔のような気がいたします。当地では時計を見ると思っていたより2時間ぐらいまだ早い、ということが何度かありました。午後6時頃かなと思ったらまだ4時だったというように。それが東京に帰ってくると、その逆が多いですね。時の進みが速いのでしょうか。
ロマンスでは時計が速いですね。南太平洋だとちょうどいいのでしょうか。









