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カテゴリー: ______ブラームス

アントン・ナヌートのブラームス4番

2013 FEB 23 22:22:36 pm by 東 賢太郎

最近、コンサートでいいと思うものが少ない。やはり自分の楽曲の記憶を作った大指揮者の演奏、海外各地で16年聴いてきた重みのある演奏の記憶というものと無意識に比べてしまうからだろうか。

今の指揮者たちの演奏というのは傷がない。きれいに整っている。楽器間のバランスもいい。オケの難所はよくトレーニングされている。曲のツボと盛り上げどころを知っているから、その曲なりには感動する。だから、今日はひどいのを聴いた、外れだったというのがない。お義理のブラヴォーぐらいは常に一定量が飛んでもいいぐらいの、ほぼ予定調和的な満足感は保証付きなのだから、もう一度足を運んでもいいかな、まあそのぐらいの感じにはなる。

しかし、どうも、僕にはそこで音楽が産まれ、生成されている感じがしない。海外で何度か目撃した「事件」、たとえば、目の前で尋常ではない精神活動が営まれて、名手たちが電気でも走ったように反応し、一期一会の集中力で誰のせいでもなく150%もの結果を出してしまった、とでも表現するしかない奇跡的な現象は、残念ながら今の日本の演奏会場で起こることはとても期待薄なのではないかと思う。

これはどういう理由でそうなってきているのだろう?ひょっとして  「ブラームス4番、お客が喜ぶ指揮マニュアル」 みたいなものがあって、ここはこう振れ、ここはこう盛り上げろなどと長年の演奏tips(秘訣、ツボ)でも書いてあるんじゃないかと疑うぐらいだ。Tip1・フルトヴェングラー型、Tip2・ワルター型・・・などとstereotype(陳腐な定型)と化しているんじゃないかと。

学生時代にアメリカはグランドキャニオンへ行った。自然の驚異に心底感動した。高所恐怖症なので1000メートル垂直に切り立つ崖はこわかったが、近づいてみるとちゃんとバリアが張ってあって安全だ。落ちようがない。こういう「絶対安全」を保障された状態で感じる「自然の驚異」というのは、僕はその時そう感じたのだが、実はまがい物だ。あれを発見した探検家に、そんな保証はなかった。彼の感じた驚異は本物だ。

どうも最近の指揮者の演奏は、「絶対安全」「落ちようがない」場所から眺めるキャニオンに似て、昔日に僕が感じたまがい物の感じを覚えるのだ。聴衆はブラームス峡谷という景色を見に来た観光客であり、怪我されては困るし、崖までの距離から角度から全部が主催者に計算されたものを見せるだけも充分に「自然の驚異」を感じて帰ってくれるだろう。そうだろうか?いや、そうならば家でCDでも聴いていればいいんじゃないか?

ストラヴィンスキーから春の祭典のスコアを受け取った初演指揮者ピエール・モントゥーがそこに見たものは、バリアのはってないグランド・キャニオンそのものだ。落ちたら即死だ。でもそれから1世紀がたって、今はtipsが確立している。バリアが張られ、学生オケでも安全に弾けてしまう。聴く方のハラハラもない。そこで演奏されている春の祭典は、はたしてモントゥーやアンセルメの時代と同じ春の祭典と言ってしまっていいのだろうか?

前置きが長くなったが、アントン・ナヌートが紀尾井シンフォニエッタを振ったブラームス4番は久々にそんなことを考えさせる演奏だった。僕はこの曲をよく知っている。何百回も聴いている。ピアノでも弾いている。だから少々のものをいまさら聴いても、自分の中で何かの生体反応が起きることはほとんど期待もできない。しかも悪いことに当日は仕事疲れでだるく、気分的にもすぐれず、前半プロはジークフリート牧歌の一部を除き、大変失礼ながら夢うつつでほぼ失念した。

しかし結果として、そんな最悪の状態でこの4番を聴いて、第1楽章が終わると胸が熱く、不覚にも涙があふれ出た。以後は音楽に集中でき、毎度ある自分の席で聴くバイオリンのトゥッティへの不満はここでもあったが、それを払拭してくれるほどの大きな満足感を与えていただいた。81歳のナヌートはこの音楽をお客さん向け安全志向とは程遠い位置から眺めている。ベートーベンの角度に位置する視点から古典派交響曲の精華として。

後期ロマン派寄りに解釈されがちな第2楽章も無用にそちらによることはない厳しいものだ。そう聴こえない第1楽章だって、僕はピアノで弾いて気がついたのだが、ドからシにいたる12音すべての長、短調和音が出てくるという意味で非常に後期ロマン派音楽の相貌を内に秘めている音楽なのである。しかしナヌートはそっちへ接近することを自ら断っている感じがした。一つの見識であり、それはおそらく、彼がバリアの張ってないキャニオンに立って感じ取った「自然の驚異」だと思う。

オケはホルン、ティンパニ、クラリネット、フルートが良く、第1楽章でナヌートの速めのテンポに弦がやや先走ったのを除けばいい演奏であった。第3楽章はトゥッティが良く鳴り、合奏のリズムも明晰であった。第4楽章は寒風吹きすさぶ風情の厳しい表現だった。ヴィースバーデンで若い女に恋した第3番ヘ長調のブラームスはもういない。バッハのパッサカリアという厳格な古典作曲様式に回帰して自らの全交響曲を閉じると決断したブラームス52歳のメッセージはそういうものだ。コーダはピウ・アレグロになって疾走してあっけなく終わる。まさしくこれが4番である。

しばらく涙は止まらず、悲しいわけでもないのに、これは一体なんなのだろうとしばし考えた。わからない。具体的な理由は何も思いつかない。強いていえば、何かアブストラクトな高貴なものに触れた心の衝動だ。それはブラームスが産んだものであり、ナヌートが目の前で再現したものだ。久しぶりにそこで音楽が産みだされ、生成されているのを感じることができた。こういう音楽を、僕たちの時代人はいつまで聴くことができるのだろう。

 

(こちらへどうぞ)

ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(原題・ブラームスはマザコンか)

 

 

クラシック徒然草-オーケストラMIDI録音は人生の悦楽です-

2013 JAN 26 15:15:08 pm by 東 賢太郎

僕は1991年にマックのパソコン(右)を買いました。米国Proteus製のシンセサイザーとYamahaのDOM30という2種類のオーケストラ音源を電子ピアノで演奏し、MIDIソフトで多重録音して好きな音楽を自分で鳴らしてみるためです。PCに触れたこともなかったからセットアップは大変でした。好きこそものの・・・とはこのことですね。

現代オーケストラから発する可能性のあるほぼすべての音(約130種類)を約50トラックは多重録音できますから、歌以外の管弦楽作品はまず何でも録音可能です。まず音色設定をフルート、オーボエ、クラリネット・・・と切り替えて個別にスコアのパート譜を電子ピアノで弾いて個別にMIDI録音します(高速のパッセージなどは録音時の速度は遅くできます)。相当大変なのですが、全楽器入れ終わったらセーノで鳴らすと立派なオーケストラになっているということです。

弦楽器の音色が今一歩ではありますが、イコライザーなどの音色合成の仕方でかなり「いい線」まではいきます。買ってから21年間に僕が「弾き終わった」曲は以下のものです(順不同)。

モーツァルト交響曲第41番「ジュピター」(全曲)、同クラリネット協奏曲(第1楽章)、同弦楽四重奏曲K.465「不協和音」(第1楽章)、同「魔笛」序曲、同「フィガロの結婚」序曲」、ハイドン交響曲第104番「ロンドン」(全曲)、チャイコフスキー交響曲第4番(全曲)、同第6番「悲愴」(全曲)、同「くるみ割り人形」(組曲)、同「白鳥の湖」(情景)、ドヴォルザーク交響曲8番(全曲)、同第9番「新世界」(第1,4楽章)、同チェロ協奏曲ロ短調(第1,3楽章)、ブラームス交響曲第1番(第1楽章)、同第4番(第1楽章)、ベートーベン交響曲第3番「英雄」(第1楽章)、同第5番「運命」(第1楽章)、シューマン交響曲第3番「ライン」(第1楽章)、ラヴェル「ボレロ」、同「ダフニスとクロエ第2組曲」、同「クープランの墓」(オケ版、プレリュード、メヌエット)、同「マ・メール・ロワ」(オケ版、終曲)、ドビッシー交響詩「海」(第1楽章)、同「牧神の午後への前奏曲」、シベリウス「カレリア組曲」(全曲)、リムスキー・コルサコフ交響組曲「シェラザード」(全曲)、バルトーク「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」(第1、2楽章)、同「管弦楽のための協奏曲」(第5楽章)、ストラヴィンスキー「火の鳥」(ホロヴォード、子守唄以降)、同「春の祭典」(第1部)、ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」第1幕前奏曲、同「ジークフリートのラインへの旅立ち」、J.S.バッハ「フーガの技法」、同「イタリア協奏曲」(第3楽章)、ヘンデル「水上の音楽」(組曲)、ヤナーチェク「シンフォニエッタ」(第1楽章)、コダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」(歌、間奏曲)、ハチャトリアン「剣の舞」、プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」(第1楽章)、ベルリオーズ幻想交響曲(第4楽章)、ビゼー「カルメン」(前奏曲)

こういうところです。これ以外に、やりかけて途中で放り出したままのも多く あります。成功作はチャイコフスキー4番、バルトーク「オケコン」、シベリウス「カレリア」、ブラームス4番、ドヴォルザークチェロ協、ドビッシー「海」、マイスタージンガーでしょうか。録音はオケ全員の仕事を一人でやるので長時間集中力のいる作業です。生半可な覚悟では取り組めません。ですから以上は僕の本当に好きな曲が正直に出てしまっているリストなのだと思います。弦の音色の限界で、好きなのですがやる気の起きない曲(特にドイツ系の)も多いのですが、総じてやっていない作曲家、マーラー、ショパン、リスト、Rシュトラウスなどは興味がない、僕にはなくても困らない作曲家だと言えます。

もう少し時間ができたらシベリウス交響曲第5番、バルトーク弦楽四重奏曲第4番、ラヴェル「夜のガスパール」にチャレンジしたいです。この悦楽には抗い難く、この気持ち、子供のころプラモデルで「次は戦艦武蔵を作るぞ!」というときと全く同じ感じで、これをやっていればボケないかなあという気も致します。骨董品のアップルに感謝です。

 

(追記)

これらは全部フロッピーディスクに記録していますがハードディスクに移しかえたいと思います。やりかたがわからないので、どなたかご教示いただけるとすごく助かります。

 

 

 

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クラシック徒然草-名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニについて-

2013 JAN 22 1:01:52 am by 東 賢太郎

マリア続きですいません。このエピソードは僕でなく友人の話なのですが。

彼がアムステルダム・コンセルトヘボウでジュリーニを聴き、終演後に近くのホテルの薄暗いバーで一人飲んでいると、そのジュリーニがふらっと入ってきたそうです。客はその二人しかいなかったそうで、おそるおそる自己紹介し、サインをもらおうと自分の名刺を出しました。ジュリーニは彼の名刺の日本語と英語の両面を何度も裏返しながら、しばらく何かじっと考えていたそうです。いったいどうしたのかと思っていると、ポツリとひとこと、

Which side do you want ?

と英語で静かに尋ねられたそうです。僕はいかにもジュリーニらしいこのエピソードが大好きです。

僕自身、ロンドンで彼のバッハ(ロ短調ミサ)やベートーベン、ロッシーニを、アムステルダムでフランク、ラヴェルなどを聴きました。もっとも「貴族的」な雰囲気を持った指揮者は?と言われれば僕はジュリーニを挙げます。むかしノムラロンドンの特別顧問にサー・ダグラス・ワスという方がおられました。元大蔵次官で、英国の貴族を絵にかいたような気品と教養とアクセントのある方で、いろんなことを教えてもらいました。第2次大戦では暗号解読部隊にいらした話まで。

ジュリーニのイメージはサー・ダグラスにダブります。クラシック音楽はもともと貴族の楽しみでした。それをそういう風に演奏するということがいかに難しいかということは、昨今そういう演奏についぞ触れることがなくなってしまったことでわかります。もちろん聴衆が多様化するのはいいことなのですが、ビジネス原理が入り過ぎて真に高貴な要素まで永遠に失ってしまうとすれば大変に残念です。

                                                                                 昨日たまたまですが、久しぶりに彼のブラームス4番を聴いてつくづくそう思いました。テンポは遅めで、興奮したりロマンに耽溺したりすることはありません。第1楽章コーダで何かが乗り移ったかのように激するフルトヴェングラーとは対極的に、音楽の骨格を崩すことは一切ありません。その遅さでこそ見える、ブラームスが書き込んだ熟達の抑制の美こそ彼が描きたいものだからです。ウイーンフィルの弦が内声部まで鳴りきり、歌いきっていて、全曲が終わって残るのは、ただ  「いい音楽を聴いた」  というずっしりした手ごたえだけです。クラシック音楽でしか味わえない最高の喜びがここにあります。1点集中型で熱い興奮を誘うアプローチのフルトヴェングラーはこの曲と1番では大成功しており、それはそれで感動的なのですが、僕はそれはポピュリズムたり得る要素ではあっても真に高貴なものとは感じません。例えば彼は3番では終楽章の主部で全開したエネルギーが空転して行き場がないまま終わってしまいますが、ジュリーニは3番も、4番と全く同じアプローチで感動的な演奏になっています。ブラームスの交響曲には、あざとくは目だたないけれども真に高貴な精神の高揚がほのかなロマン性に包まれてひっそりと提示されるようなものが内在しており、ジュリーニのアプローチが自然にそれを拾い出して次々と味あわせてくれる醍醐味は汲めども尽きぬものです。

このシューマンの第3交響曲、通称「ライン交響曲」も大河のごとき悠然としたテンポで開始します。彼がこの3番しか振らなかったどうかわかりませんが、僕はこれ以外知りません。3番は大変な傑作なのですが、演奏効果の面からか実演であまりお目にかからず、大指揮者も振ってない人が多いのです。振ってもうまくまとめるのは至難と思われ、トスカニーニやバーンスタインでさえ駄演に終わっています。ジュリーニが、なぜ彼がやらないのかむしろ不思議な1,4番ではなく、そういう難曲の3番だけをあえて取り上げたのかとても興味深いところです。本来こういう曲かと問われればやや違うアプローチなのですが、その風格、品格と音楽性で誰もを深く納得させる演奏に仕上がっています。ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団というアメリカンなイメージの強いオケから何とヨーロッパ調の音を引き出していることか。ブラームス同様、やはりこのテンポでしか見えない細部や内声部の味わいがゆるぎない堂々たる骨格の中でつぶさに吟味されている様は、クラシックがどんなに大衆化しても忘れてはならない里程標を後世の我々に残してくれているとさえ思える名演奏です。

ジュリーニの残した名盤はまだまだありますが、彼はブラームスを例外として、「全集」を作る人ではありませんでした。自分の気に入った曲しか振らない贅沢が許された、その意味でも貴族的な指揮者でした。

ロス・フィル時代にアシスタントを務め、ジュリーニを師と仰いで敬愛する韓国の巨匠チョン・ミュンフンはこう言っています、

音楽家としてマエストロは、音楽に奉仕するため、そして音楽を通して人類に奉仕するための「聖職者」のイメージに限りなく近い人物であると私はいつも思っていた。

僕は音楽をエゴの道具とする演奏家は聴きません。こちらも時間を費やし、人生をかけて聴く意味を何ら感じないからです。そういう演奏家はおそらく亡くなると忘れられます。しかしこの「聖職者」たる演奏家は、その世代の演奏家しか知りえない、その作品の演奏のエッセンスにかかわる秘技を後世に残します。だから永遠に聴き続けられます。そういうスクールに属する、今や絶滅危惧種とも思われる貴重な演奏家の一人として、このチョン・ミュンフンを僕は非常に注目しています。彼が2008年に振ったN響Aプロのブルックナー7番は忘れがたい名演で、NHKホールでこのオケの弦があれ以上美しく聞こえたことはありません。いま、曲目を問わず聴いてみたい指揮者5人に入ります。こういう素晴らしい後継者を残すのも、やはり 「聖職者」 なのだと思います。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

クラシック徒然草-ブラームス4番の最後の音-

2012 DEC 14 0:00:22 am by 東 賢太郎

中村勘三郎さんは歌舞伎の所作について、「先人がやってきた積み重ねだから何か意味がある。だから先人のやったとおりにやる。」と語っていた。彼の姿勢は僕が書いた「蕎麦型」の典型であり、英語のtraditionalismという言葉が近い。

  人間のタイプ(そば型vsラーメン型)

このピシッと通った背筋あってこそ彼は型を破ることができたと思う。これは同じく古典芸能であるクラシック音楽にも通じるものがあるのではないか。

コンサートが終わると聴衆は拍手をする。僕は拍手の90%は常に作曲家への感謝としてしている。それがカラヤンだろうとリヒテルだろうと。カラヤンは実演を聴いて圧倒されたが、その感動のやっぱり90%ぐらいはブラームスの音楽に起因するのであり、10%はカラヤンの解釈行為というものによって音楽の秘めている魅力がより顕在化したという風に感じた。

カラヤンの才能は10年に1人ぐらいだろうがブラームスは1000年たっても出ないかもしれない。1:100なのだから10:90はフェアなんじゃないか、そう思う。そのぐらい名曲と言われるものを残した作曲家の才能は桁外れなのであり、クラシック音楽をちゃんと聴くという行為は、それを体感していくための地道なプロセスであると言いかえてもいい。

何年か前のこと、ロシアのゲンナディ・ロジェストヴェンスキーという指揮者が読売日本交響楽団を振ってストラヴィンスキーの火の鳥全曲をやった。これが名演奏で、耳の肥えた聴衆の拍手が鳴りやまず何度もカーテンコールされた。5、6回目に彼は指揮台のスコアを手にして 「私じゃないんです。このスコアを称えて下さい。」と言わんばかりにそれを高く掲げた。拍手は最高潮になった。指揮者が自分の「持ち点」である10%をひとえにスコアへの献身のために捧げたから名演奏が生まれたのだ。

ホロヴィッツのスカルラッティやラフマニノフに僕は敬意を表する。自身ヴィルチュオーゾだったラフマニノフが自分のピアノ協奏曲第3番の演奏を「あいつの方がうまい」と言って譲ったほどだ。しかし僕は彼のベートーベンやモーツァルトは聴かない。なぜなら聞こえるのはホロヴィッツであってベートーベンでもモーツァルトでもない。作品に資することのない技術や解釈を駆使した演奏というのは、安手のショーに過ぎないのである。

名前は伏せるが、ある非常に有名なマエストロにCDをいただいて後日感想を聞かせてほしいと頼まれた。次回お会いした時に「ブラームスの4番ですが、どうして最後の音を2倍に伸ばしているのですか」と質問し、お困りになったように「終結感のためですよ」と言われた(ある比喩を使われたがあまり適切な表現ではないので書かない)。

この第4楽章は4分の3拍子で、最後の音は「4分音符3つ」+「同1つ」と書いてあり、ティンパニ以外の楽器はこの「3つ」と「1つ」がタイで結ばれ、ティンパニだけは「3つ」がトレモロ、「1つ」は一発打ちである。ブラームスが曲をそれで終結させる意図だったことは、その「1つ」の後に四分休符がご丁寧に2つ書いてあることからして確実である。だからこの「3つ」を「6つ」に振るマエストロの解釈など100%あり得ないのである。

スコアを改変するので悪名高かったストコフスキーの最後のライブ録音はブラームスの4番だが、彼はエンディングをスコア通りに終わっている。ブラームスの4つの交響曲の調性、Cm-D-F-Emがモーツァルトのジュピター音型なのは有名だ。これほどの作曲家が自分の全交響曲を締めくくる大事な音をいい加減に済ますはずはないのであって、それを読み取れないような指揮者ではないということだ。彼がコンサートホールで最後に鳴らした音は彼の名誉を保全している。

せっかくサインまでしていただいたCDだったが、ショーに過ぎないマエストロのブラームスを僕が聴くことは2度とない。

 

 

 

ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調 「新世界より」 作品95 (その2)

2012 NOV 26 20:20:44 pm by 東 賢太郎

この曲、ドヴォルザークの書いたもっとも有名な曲であることは間違いない。しかし最も優れた曲かというとちょっと疑問がある。

これが天下の名曲とされるのもやや不可解である。いい曲だし、一時「はしか」のように取りつかれた経験のあるクラシック好きは僕を含めて少なくないだろう。

 

これは僕が中学時代に初めてスコアを買った曲だ。分解好きの少年にはいろいろ調べてみたくなる刺激的な音が満載だった。だからこれが教科書になった。しかし今になってみて、いい教科書であったかというと、そうでもない。かなり異形の曲だ。

 

ワルター、クレンペラー、ベーム、カイルベルト、カラヤンなどドイツの保守本流指揮者が振っている。トスカニーニも名演がある。しかしフルトヴェングラー、クナッパーツブッシュはない。「売れる曲」だから音楽産業の影響があったかもしれない。

これがドイツ人に好んで演奏され、日本で名曲と崇め奉られるまでに至ったのは文化史的な背景があると思っている。今回はそれを俯瞰するため、「交響曲」なるものの存在につき理解を深めるべくこの曲を題材にしてみたい。

シンフォニアというのはイタリアオペラの序曲に端を発する。しかし、それを「交響曲」(シンフォニー)という異なるものに発展させたのは「交響曲の父」といわれるハイドン(右)などドイツ語圏の人たちである。ヘーゲルの弁証法(正反合)を思わせる「ソナタ」という形式論理を基本にできている非常に理屈っぽい音楽である。以下、19-20世紀に西欧各国で交響曲がどう作曲されてきたかを見る。

まず、音楽の老舗かつ先進国であったイタリアでは、田舎者のドイツ人が考えたソナタや交響曲などは一貫してほぼ無視だ。「そなたは美しい」のほうばかりに気がいったのかどうかは知らないが、音楽史を通じて常に主流は歌、オペラであった。ドイツ語圏の歌というと讃美歌、民謡、軍歌、ヨロレイヒー、ホイサッサみたいなイメージでおよそ女性が口説けそうな風情のものは浮かんでこない。

美しい歌(メロディー)は音楽の基本だ。それで負けるなら「形から入る」で対抗するしかない。だからドイツは徹底的にそれをやった。ヘーゲルの弁証法の確立とほぼ期を一にして。カソリック(坊主なんでもありで腐敗)、プロテスタント(原典に返れで禁欲的)という世界史で習った図式を思い起こしてほしい。この精神もバックボーンになったに違いない。そしてドイツは、音楽における宗教改革にも成功したのである。

交響曲、ソナタというものはその精華にほかならない。

あのフランスでさえも、オペラ作りは実に後進国であり、一方の交響曲でもめぼしいものは少ない。フランス=文化の中心という世界観は、作曲においてはまったく当てはまらないのである。そしてイギリスはオペラか交響曲かなど論外で、そもそも作曲家が数えるほどしかいない(ビートルズは例外としよう)。アメリカは作曲という仕事のハビタブルゾーンぎりぎりにある未開の辺境地であった。

おもしろいことに、クラシック音楽の消費地としては今の順番がほぼ逆になる。まず音楽後進国が産業革命をおこした。音楽にうつつをぬかしていてはカネ儲けはできないのである。そして成金は文化にあこがれる。極東の日本でも「文明開化」などといって、文明人の証(あかし)としての音楽が輸入された。今でも「エビ・オペラ現象」といって、国民所得が増えた国では海老の輸入と海外オペラ引越し公演数が増えるという統計もあるようだ。

余談だが日本人は洋食のときにご飯をフォークの背にのせて食べる。僕もそれが西洋のエチケットと親に習った。しかし西洋に住んでみるとそんな習慣はない。そもそもああいうご飯など出てこないから習慣が発生する理由もないのだ。あれは明治時代に誰かが何となく思い込んだか刷り込まれたのが定着したのだろう。「カステラ」や「メリケン粉」という発音みたいに。

音楽はドイツ系の人が明治人に教えこんだに違いない。だから「交響曲の父」とか「楽聖」とか、クラシックはドイツ人が作ったかのように音楽の教科書に書かれている。「フォークの背」現象だ。オペラ、特にイタオペはなんとなく宝塚っぽい「色物」、セクシーで低次元の音楽という誤ったイメージがある。僕も頭では理解していても完全に脱し切れていない根深い偏見である。実はワーグナーのほうがよほどスケベで色物なところがあるのだが、そんなことをまじめに言おうものなら数多いる「ワグネリアン」にたたきのめされてしまうだろう。

「フランス料理、そんなものはない。あれはイタリアの田舎料理じゃ。ドイツ料理、そんなものはない。あれは家畜のえさじゃ。」 とあるイタリア人は得意げに笑った。しかし音楽の状況を見るとあながちジョークでもない気がする。イタリア人のロッシーニ(右)は40曲近いオペラの作曲でひと財産つくると37歳でさっさとリタイアして余生は趣味の料理に専念してしまった。音楽と料理はなにか人間の深いところでつながっているかもしれない。

 

その田舎者が作った交響曲を懸命に真似して作ったのがもっと田舎だったロシア、東欧、北欧だ。チャイコフスキー(右)は感性が欧風趣味で晩年には素敵なバレエも作ったが、ロシア民謡を主題にした若いころの交響曲第2番や3番などはローカル色丸出しのフレーズや恥ずかしいドラの一打ちなんかが出てきて、聴いてるこっちが赤面する場面もある。交響曲は6つ書いた。

 

繊細で内向的なシベリウス(右)はさすがにドラは打たない。しかし愛国心が嵩じると、交響曲第2番のおしまいの部分のように延々と森進一ばりの苦悩の表情をたたえた「演歌」のノリになってしまう。あれはロシアのいじめに耐えぬいたフィンランドの魂の声なのだが、そういうものが弁証法である交響曲から聴こえてくるというのはとても異質なことだ。交響曲は7つ書いた。

 

そしてドヴォルザーク(右)のメロディーはそのものがボヘミアの演歌だ。「新世界」はそれに黒人霊歌風の泥臭さが加味され、一部のメロディーは田舎を超えてしばしば「土俗的」と表現される。第3楽章の中間部、ミソソーラソレド―レミソソー・・・などベートーベンやブラームスには絶対に出てこない性質の土臭いフシである。

彼は交響曲を9つ書いた。その最後、ニューヨークの国民音楽学校の校長時代に異郷アメリカで書いたのが「新世界より」だ。ロンドンに呼ばれたハイドンには英国が新世界だったろうが、ちょうど100年たってアメリカがそれになったのだ。ハイドンも英国の聴衆の好みを反映して曲を書いたが、ドヴォルザークはどうだったのだろう。「ボヘミアに宛てた絵葉書」みたいな側面もあるが、米国人むけの側面があるとすれば彼としては結構ド派手な管弦楽法ではないかと思う。

交響曲は楽章が4つ、第1・4楽章がソナタ形式であり、ソナタ形式とは序奏(あってもなくてもいいが)、提示部(主題が二つ現われる、第一主題は男性的、第二は女性的)、展開部(二つの主題がくんずほぐれつする、意味深だ)、再現部(もう一度提示部)、結尾(コーダ、大団円)というのが定番である。古典派ではほぼこのルール通りだがベートーベンの3番(エロイカ)あたりから異形が始まり、6番(田園)は5楽章になり、9番(いわゆる第九)で第4楽章が完全なルール違反になる。

だからロマン派も後期に作曲された「新世界」で何が起きてもまったく不思議ではないのだが、彼はベートーベンのような型破りの性格ではない。むしろ、やはり後期ロマン派なのに古典派を模範としてソナタ形式にこだわったブラームスを敬愛したほどの保守派だった。つまりフレームワークを守って9曲も交響曲を書いてしまうという生真面目な姿勢があっただけに、妙なことが気になるのだ。

まず第1楽章は提示部に主題が3つ出てくる。ホルンが吹く1つ目はいいとして次の2つは何なのだろう?展開部で1つ目と絡み合うのは3つ目なのでたぶんそれが第2主題だ。じゃあ2つ目はなんだ?ト短調で悲しげ。女性が2人だがこっちはくんずほぐれつには一切参加しない。謎である。

この楽章、アダージョの序奏が提示部アレグロ・モルトに入ると最後まで一度も速度記号が現れない(ギアチェンジなし)。3つ目は(たぶん第2主題なのでだろう)ほとんどの指揮者が減速する。でもそうは書いてない。でも減速したほうが、明らかにいい。だから作曲家は「当然自然体でそうなるよね」ということだったんだろう。ここの阿吽の呼吸など、テンポの取り方はこの楽章の演奏で大変に重要なポイントである。

このフルート吹きにはおいしい主題は何故か第2フルートが吹く(普通は第1だ)。謎である。第1に借金でもふみたおされたのだろうか。まあ音域的に低いので機械的にそうしたと考えてもいいかもしれない。しかしドードラソードーミソッソッソー、実に田舎臭い。アメリカというあだ名の、新世界同様にアメリカで書いた弦楽四重奏曲があるが、あのドラエモンの「おーれーはジャイアーン」に聴こえる主題と甲乙つけがたいダサさである。

しかしこっちはト長調(G)のあとドーミソッソッソーにEm→Bmという実にいい和音(それがコントラバスの絶妙なピッチカートで瞬時に認識される)がついていて悲しげになるためダサく聴こえない。前回書いた第2楽章と同様、和声感覚が非常に洗練されているので土俗性が中和され、むしろちょうどいい親しみやすさに変身するのだ。

第1楽章をお聴きいただきたい。郡山市立郡山第二中学校のオーケストラ。これはお見事というしかない。グスターヴォ・ドゥダメルを生んだベネズエラの児童オーケストラが有名だが、これは日本が誇れる。せっかくの腕前なんだからスコア通りやったらもっと感動できたが。

 

(続きはこちら)

ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調 「新世界より」 作品95 (その3)

 

 

 

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カルロス・クライバー指揮ベルリンフィルの思い出

2012 NOV 24 12:12:13 pm by 東 賢太郎

1994年6月28日にカルロス・クライバーがベルリン・フィルハーモニーを振るらしいと聞いたのはその半年ほど前だった。そんなものが買えるはずがないと思い、チケットを4枚申し込んだらなんと4枚当たった。強運だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

クライバーは当時から生きる伝説だった。何年に1度指揮台に立つかどうか。それを世界中が常に注視していた。あの帝王カラヤンが「あいつは冷蔵庫が空になった時だけ出てくる」とやっかんだ。ギャラと練習時間は御意のままという帝王の上を行くローマ皇帝状態だったのだ。親父はこれも大指揮者のエーリヒ・クライバー。ということになっているが、容貌があまり(あまりに)似てない。そう思っていたところ、ドイツの業界の人から「実は・・・・」という衝撃的な話を聞いてしまった。これは書かない。まあ親父が偉いからといって息子がそれだけで楽な人生を送れるというのは日本の政治家をのぞくとあまり聞かない。皇帝の地位は彼のたぐいまれな能力のたまものだったことは疑いがないということを僕はこの演奏会で確信した。

「クライバーがどこかのオーケストラを指揮するというだけで大ニュースになり、首尾良く演奏会のチケットを入手しても当日、本当に彼が指揮台に立つまでは確かに聴くことができるか保証の限りではなかったが、多くのファンが彼の演奏会を待ち望んでいた」(ウイキペディアより)。ことにベルリンフィルを振ったことは1回しかなく、これが2回目、そして結局は永遠に2回ということになってしまった。この演奏会は「ボスニア救済のため連邦大統領の主催による特別演奏会」兼「リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー連邦大統領告別演奏会」というものものしい政治的なオケージョンでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の午後、フランクフルト空港からベルリンへ飛んだのは僕とお二人。そのお一人が実はSMC運営管理委員長であられるドイツ明治生命社長(当時)甘田豊隆さんだった。そして残りの1枚のチケットだが、予定していた友人が急な用事で来られなくなったためそれを当日に会場で売ることになった。カラヤンサーカスとあだ名されたフィルハーモニーザールに到着すると、入り口は「Ich suche Karte!(チケット売ってくれ!)」のプラカードを掲げた群衆で、まるでディズニーランドの入り口みたいにごったがえしていた。聞くところチケットはダフ屋で凄い値段になっていて、こっちが誰に売ってあげようか迷って立ち往生してしまった。

そこに響いた「どうせなら日本人の女性に」という甘田大兄の愛国心あふれる鶴の一声。そりゃあこのチケットは隣の席だからむさ苦しいおっさんはかなわんなと僕も思っていた。そこで近くにいた日本人と思しきうら若き女性に声をかけた。「本当によろしいんですか!?」 お譲りした時(もちろん定価で)の彼女の驚きに、なにかすごく特別なことをしたようでかえってこっちが恐縮した。下の写真が当日のプログラム。ベートーベンのコリオラン序曲、モーツァルトの交響曲第33番K.319、そしてブラームスの交響曲第4番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前半が終わって、隣の席の彼女に「ベルリンにお住まいですか?」ときくと、「ベルリン芸術大学にピアノ留学中です」とのこと。ああ、音大の学生さんかと納得。ところがいろいろ話してみると、来週はプロコフィエフの3番を弾くだのCDを何枚も録音しているだので、どうもただ者でない。ピアニストの田部京子さんということがわかった。

我々4人の席はクライバーを左側上方から見おろす席(写真の左上方)だったが、このホールは舞台を360度ぐるりと聴衆が囲むため音の志向性が全方位型で、どこで聴いても特に良くもないが外れの角度もないようだ。見た目は似ているが死角が多いサントリーホールとは全く違うのである。ここではポリーニのベートーベンのソナタ(ハンマークラヴィール他)、ブーレーズ指揮でダフニスとクロエ他も聴いたが、巷で言われるほど音響にネガティブな印象はない。むしろ割と好きな部類である。

開演時間を待つ周囲のガヤガヤは当たり前だが全部ドイツ語だ。これから鳴るのもドイツ音楽の濃縮スープみたいなプログラム。それをザ・ドイツであるベルリンフィルが弾き皇帝クライバーが振る。ドイツに駐在していた幸運を音楽の神様に感謝した(会社にもか)。大統領の演説(これは早く終わらんかというもの)があり、オケがチューニング。ホールが指揮者登場を今か今かと待ちわびる静寂に包まれた。

お断りしなくてはいけないが、なにせ18年前のことだからクライバーの指揮のディテールまで全部覚えているわけではない。しかしもはや伝説であり歴史上の出来事と化してしまっているこの「ベルリンコンサート」の証人として、記憶しているだけのことはここに書き残しておきたいと思う。

まずコリオラン序曲の出だしから尋常でない熱気をはらんだ音圧。こんなことは普通の演奏会ではまずない。ベルリンフィルがいきなり本気になっているのがばしっと伝わってきた。腰は重いドイツ流だがゴツゴツせず、流れがいい印象だった。指揮姿はダンスを踊るよう。彼は手だけでなく目や表情で指揮をする人だ。このベートーベンは彼が何をやりたいか、なぜこの曲なのかがオケに良く伝わっていると感じた。

なぜこの曲なのか、オケはともかくこちらはよくわからなかったのがモーツァルトだ。この曲は僕も好きだ。でもなぜ33番なのか。ドレファミのジュピター音型かななどと考えながら聴いていた。だから集中できなかった。因果なことだ。弦のレガートが強弱緩急で流動的、自由自在でスマートかつエレガントだったぐらい。今でも不思議なのだがなぜ彼はモーツァルトは33番と36番しか振らなかったのだろう?

さて休憩後はいよいよブラームスの4番。僕の音源コレクション数で第1位、つまり結果的に一番好きだったという曲だ。まず肝心の出だし。無用に「泣き」がない。テンポももたれがなくサラサラと流れる。しかし展開部あたりからコクのあるドイツ保守本流の重心の低い音が奔流のようにうねりだし、こちらの心拍数も上昇してきた。ティンパニの打ち込みの効いていること!オケに信じ難いほどの生命力とパッションが吹き込まれ、コーダは(あの猛烈なアッチェレランドこそないが)同じオケを振ったフルトヴェングラー48年盤のすさまじい追い込みと甲乙つけがたい高揚感に達した。フルトヴェングラーのは練習したものではなくライブの一発勝負だったと思うが、ここで目撃したのもそれだろう。あれを会場で聴いた人がうらやましいとずっと嫉妬していたが、自分もこんなものをライブで聴いてしまうなんて!

第2楽章。耳のほうは艶やかなクラリネット、音を割るホルンぐらいしか覚えていないが、視覚のほうではクライバーが(おそらく)顔で細かい表情づけを指示していたのだろうということを記憶している。ただ座席の距離がやや遠く、オケ(特に弦)がそれにどう反応したのかはよく聴き取れなかった。そして第3楽章。CDを含めてどの演奏よりインパクトがある空前の、まさしく壮絶な演奏であった。ここの速いトゥッティの縦線の合い方、音響のブレンド具合でオケの合奏力が如実に出てしまうが、世界に冠たるベルリンフィルの底力を知ってしまったのはこの時だ。本気の天才指揮者に本気の名人オーケストラ!一期一会の火花散る真剣勝負とはこのことだった。

第4楽章。オケのメンバーから前楽章のテンションと熱が消えていないのがわかる。出だしから異様な緊張感がホールを支配。地獄の鉄槌でもこんなに激しくないだろうと思うほどの強烈、苛烈なff、怒涛のようなトゥッティの嵐!テンポは自在に伸縮し、金管、ティンパニの最強奏の凄まじさはオケからこんな音がするのも知らなかったしこの曲にこんな演奏があり得たのも知らなかった。雪崩が滑り落ちるような速いテンポに引きずり回され、打ちのめされ、あっという間にあの光明も救いもない峻厳なコーダの崖っぷちに立ってしまっていた。もう言葉などなし。あれ以上のブラームス4番を聴くことはもう僕の人生でないだろう。

クライバーは舞台のマイクを全部はずさせたのでこの演奏会の良い録音は存在しない。だからこの演奏の海賊版CD(誰かのかくし録り、下の写真)を秋葉原の石丸電気で見つけた時にはまさに狂喜した。今久しぶりに聴いてみたが、残念ながらあのオケの熱いうねりと高揚感は聴き取れない。しかしそれでもこのブラームスがいかに空前の名演であったかはわかってもらえるだろう。現在、世界が宝物にしているフルトヴェングラーの録音がどういうものなのか、僕はこの経験で肌でよく理解した。会心の出来だったのだろう、クライバー自身もこのCDを自宅でよく聴いていたらしい。

 

終演後、田部京子さんは「クライバーを聴けるなんて思ってもみませんでした。まるで夢みたいです。」とおっしゃり、後にお礼ですという手紙を添えてご自身のCDをフランクフルトの僕の自宅に送ってくださった。あれから18年、日本を代表するピアニストに成長された田部さんが最近ブラームス(右)を出されたので聴いてみた。後期のピアノ作品集だ。とてもいい。すこしうれしい気がした。

これが当日の録音。

 

カルロス・クライバー/ベルリン・フィルのブラームス4番

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ブラームス ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品83

2012 NOV 7 11:11:18 am by 東 賢太郎

ブラームスはお好き?

(そんな題名の映画か何かがありましたっけ、すみません、よく知りませんが)。もしそうきかれれば 「人生で一番大事な作曲家のひとり」 と答えます。僕のオーディオルームと装置はブラームスをいい音で聴くために選ばれています。

ブラームスの交響曲で好きなのは何番ですか?

そうきかれて 「ピアノ協奏曲第2番です」 と言ったのは名指揮者ジョージ・セルです。名言です。僕も、日々迷いますが、今日のところはそれでもいいかなあと。先日、ペーター・レーゼルのいいライブを聴いたのがちょっとバイアスになっているかな?

きのう、いよいよ寒くなってきたな、そろそろブラームスだなということで、彼のLP、CD、テープを何枚(種類)持っているか調べたら交響曲だけで1番が103枚、2番が96枚、3番が87枚、4番が111枚と、合計397枚ありました。たぶん世界のどのCD屋より多いのでは。この4曲は完全に僕の人生の一部分です。

それでもです。 「ピアノ協奏曲第2番です」 でいいかなあ、と・・・・。そのぐらい僕の血となり肉となってしまっているのがこのコンチェルトです。どんなに疲れてもメンタルにまいっていてもこれで元気になります。神山先生の漢方薬に対抗できる曲といえましょう。

この曲、ピアニストにとってラフマニノフの3番と並んで最も難しいそうです。それなのに交響曲と言われてしまうほどオケに埋もれてしまう。だからいい演奏はめったに出ません。余談ですがアメリカのライス国務長官、ピアノはプロ級で「好きな曲」の第5位にこのコンチェルトを挙げています(1位はモーツァルトの20番)。IQ200と噂のある彼女の場合、好きなだけでなく、弾けてしまう(たぶん)のではないかとこわくなりますが・・・。

この曲は48枚あります。少ない?いえ、もうこれがあればという演奏に巡り合えばそれ以上いりません。

ウイルヘルム・バックハウス / カール・ベーム / ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団

神童時代にバックハウスはブラームスと会っています。坊や頑張れよと言われたどうか知りませんがロリポップ(ぺろぺろキャンディー)をもらったそうです。晩年になって「何か弾いて聴いてもらったんですか?」 と質問され 「いいえ。彼は損しましたな。」 と言ったそうです。後に先生になるリストの高弟ダルベールのピアノ、ブラームス自身の指揮でこの曲を聴いた彼はこの録音時点で83歳。それをほとんど感じさせません。ベーゼンドルファーの音色がいい味出しています。ベームとウィーンフィルも最高。コクのあるホルン、ウィーンしかない木管の音色美。そして第3楽章のチェロのソロ!最後のページ、ベートーベンのピアノ協奏曲第4番を思わせるピアノのトリルに独奏チェロがからむ夕焼けの慕情は陶然とするしかない美しさです。ピアノについては、僕はクラウディオ・アラウを採りますが、なんたってぺろぺろキャンディーのオーセンティシティの前には泣く子も黙るしかありません。

ルドルフ・ゼルキン /  ジョージ・セル  / クリーブランド管弦楽団

上記の名言を残したジョージ・セルが ゼルキンと残した名演。僕は浪人時代にこれでこの曲を知りました。オケもピアノも筋肉質で付点♩音符リズムのエッジもたっており、弦があまりにうまいのでピアノの名手でもあったセルとゼルキンが連弾している気さえしてきます。第1楽章第1主題に埋め込まれているベートーベンの「運命動機」が意味を持って聴こえる唯一の演奏。セルのブラームスは交響曲も同様にすばらしくぜひ聴いていただきたいです。ゼルキンの硬質なフォルテは強力なオケに見事に拮抗、第3楽章の叙情性もまったく不足がない。彼の神髄は併録の作品119の4つの小品を聴いていただければわかると思います。インテルメッツォ1番は神品といってよく、これ以上の演奏を僕は聴いたことがありませんし、今後もおそらくないでしょう。

 

ヴラディミール・ホロヴィッツ / アルトゥーロ・トスカニーニ / NBC交響楽団

数年前、息子を連れてイタリア旅行した時、ミラノでガイドがどこへ行きたいかと聞くので 「トスカニーニのお墓」 と言ったらちゃんと連れて行ってくれました。それほど尊敬する指揮者です。プッチーニのトゥーランドットを初演したのはこのトスカニーニです。ここでピアノを弾くホロヴィッツは義理の息子で、わが国を代表するピアニスト中村紘子さんによると 「ピアニストでホロヴィッツになりたくない人はいないがなれる人もいない。」  この難曲をまるでショパンのように軽々と弾いているのは驚くばかり。指揮もピアノも本来こういう曲ではありませんが一聴の価値ありです。このCDしか見当たらない(NAXOS盤はi-tuneでの聴感では音が今一つ)のですが、以前RCAから比較的しっかりした復刻のCDが出ていました。中古は探せばあるかもしれません。

 

ハンス・リヒター・ハーザー / ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

このピアノの剛毅なパンチ力は非常に魅力があります。ギレリス/ヨッフムという強力対抗馬もありますが、これのほうがよりストレートに曲のそういう側面を表現しています。オケの深々とした弦に埋もれることなく打ち込まれる低音。ブラームスはこうでなくっちゃ、という音の要件をほぼ満たしている稀有な、しかし実にドイツ的な見事なピアノです。コンチェルトは帝王カラヤンのペースで進むのが普通なのにリヒター・ハーザーはライブのように拮抗しており、カラヤンのほうが対抗しているように聴こえる部分もあります。ベルリンフィルはウィーンフィルのような音色面の特色はありませんが、その馬力と推進力、重厚感では金メダル級。このピアノでないと完敗だったでしょう。持っていて決して損のない名演です。

 

クラウディオ・アラウ /  ベルナルト・ハイティンク /  アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

僕が最も好きな演奏です。アラウはこの曲を何度か録音しておりジュリーニ指揮のEMI盤もありますがオケの魅力は格段に落ちます。アラウのピアノは独特の節回しがあり、千両役者の大見栄という感じ。それがまったくわざとらしくなく、ブラームスの望んだルバートはこの呼吸だと思わせる説得力があるのです。大人の風格。ブラームスらしい重厚感、リリシズム、起伏にもまったく遜色がありません。この曲のピアノは低音部から音を積み重ねる「重たい和音」が続出しますが、アラウの紡ぎだす和音は常にその和音がそこに置かれた必然性に照らして各構成音に「最適な力のバランス」を加味した名人芸で鳴らされるので、濁るということがありません。この特徴は彼のベートーベンにもショパンにも常に感じられるもので、高い音楽的教養、知性、高度なテクニックが混然となった、他に替え難いいぶし銀のような魅力を発散しています。わかる人にはわかる高級な服の裏地というイメージでしょうか。オケはコンセルトヘボウという世界有数の名ホールの空気感を伴って馥郁たる音色で鳴っており、指揮者は何も特別なことはしていませんがアラウの名演を堂々と包み込んでいます。僕はこのホールで3回聴きましたが、世界で最も好きな音色です。右上のCDが廃盤になっているようで手に入らないかもしれません。

HMVから右の全集が出るようです。ハイティンクのコンセルへボウとの交響曲全集ですが、ここにアラウの1,2番が入っているようです。交響曲も第2番は非常な名演ですし、1,3,4番も水準以上です。なによりこのオケとホールですから失望するということはあり得ません。値段も安く、ブラームス入門のかたには絶好のアルバムであります。

こちらはライブで一段とすばらしい。大学時代にFMからエアチェックしたテープをアップロードしたもので、僕はこれを聴きこんで曲を覚えました。

 

マウリツィオ・ポリーニ / クラウディオ・アバド / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

この演奏はLPで大学時代に買い大変に感動して聴いていたものです。これがビデオであるとは思っていませんでしたし、それも無料でですからいい時代になったものです。画像ですとポリーニの技術の尋常でない水準が良くわかります。これほど磨きぬいた大理石のようなブラームスはなかなか聴けるものではありません。

 

マイラ・ヘス / ブルーノ・ワルター / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団(1951年2月11日ライブ)

このピアノをきいて、弾き手が男だ女だと議論することはおよそナンセンスでしょう。マイラ・ヘス(Myra Hess、1890-1965)はユダヤ系英国人ですがドイツものを十八番としていました。バッハの「主よ人の望みの喜びよ」のピアノ編曲楽譜ばかりが有名ですが録音はベートーベンもブラームスも極めて立派であり、シューマンのコンチェルトは同曲のブログで推奨させていただきました(シューマン ピアノ協奏曲イ短調 作品54)。

このブラームス、ワルターによる同曲のおそらく唯一の録音で実に味わい深い2番のオケパートであり、テンポ、ため、歌の呼吸、ロマン性、高揚感、重量感とも最高級の2番であります。そこにヘスの強靭なピアノが拮抗していく様にはどんな男もたじろぐばかりのハマり感があり、シューマンの協奏曲でも感じた演奏流儀の本家本元感(オーセンティシティ)も半端でありません。これはきっとブラームスも誉めたに違いないという手ごたえがあり、終ってしばらくして「ああ良い2番を聴いた」と心からの満足をいただける最右翼の一つであります。

ライブでミスタッチも多いですが、そんなことがどうしたというんでしょう?第1楽章の深いコクと激情、第3楽章でクラリネットと絡むあたりの集中力漲るピアニッシモの清澄な響き!第2楽章のパッションを刻む重いタッチ、終楽章でのイタリアの風土に接した軽やかな喜び!これだけの表情の振幅がストイックな音楽作りの中で何の不自然もなく語り尽くされ、聴き手を十全に説得してしまうのは名人の業であります。ワルターもヘスも2番で語りたいことがたくさんあり、これはこういう音楽であるという思いのたけをぶつけているのですね。それが気骨というものです。

2番のピアノをこれだけ強く重い音で弾けるというのはメカニックにおいても特筆ものなのですが、ヘスの素晴らしいのはそれを誇示せずに語りたいことを語るための僕(しもべ)としていることです。下衆なピアノ好きの聴衆への安易な媚(こび)がまったくないんですね。こういう高貴な精神があってこんなにピアノの上手い人がいま世界にどれだけいるでしょう。そりゃあそういうポリシーではコンクールで優勝できませんからね、いないわけです。

少年時代はピアノを弾くことはまるでタイプライターをたたいてるみたいだった。しかし、ヘス先生に出会って変わった。

スティーブン・ビショップ・コヴァセヴィッチ

 

(補遺・3月6日)

ゲザ・アンダ/ オットー・クレンペラー / ケルン放送交響楽団 (54年4月5日ライブ)

074クレンペラーの伴奏がライブならではの推進力と力感を与えた名演。クレンペラーのケルンでのブラームスは55年の交響曲第1番が看過できぬ素晴らしさで、これも指揮がリードした聴きごたえ満点の演奏。軽さと重さを併せ持ったアンダのピアノがそれによくつけており、第1楽章は速めのテンポで巨匠風を気取らず、第2楽章も速い部分は速く歌う部分は遅く、即興性がある。第3楽章はアルペジオ風フレーズのタッチが軽くて粗く深みに欠けるが、そのセンスのまま入る終楽章はカプリッチオな面白みがある。

次はHJ リムのライブ演奏。お義理、オシゴトで弾ける曲ではない。これだけ没入して楽しみながら2番を弾けるのは見事としか言いようがない。第1楽章冒頭のピアノのひそやかなタッチからして、ああこの人はこの曲を好きなんだという感じがする。こちらも負けずに好きなのだから通じるものがある。そしてその愛情を音にする技術だ。youtubeにバッハの平均律第1集があるが、ある意味身勝手な表現でこんなのはバッハでないと思う人がいるだろうことを承知で、しかし大変うまい。小手先の芸でない。このブラームスもそういうもので、この豪放さと勢いは異質と感じる領域にまで至っているが許せてしまう。日本人でここまでやる人はいないし出てもこないだろう。欧米の先生のお手本の中で先生っぽく弾くのを競うのが日本人、それをぶち壊して自分っぽく弾くのが韓国人だ。残念ながら、音楽はこういうものだと僕は思う。

 

クリフォード・カーゾン / ハンス・クナッパーツブッシュ / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 (1957年Decca 録音)

XATW-0010770807年にLiving Stageというレーベルで出て、安かったのでだまされたと思って買ったが、これが音もよく仰天ものの名演で拾いものをした。カーゾンはモーツァルトが神品でありデリカシーのピアニストと思っていただけに、第1楽章の豪快なタッチのffは意外であり、それも根っからのヴィルチュオーゾであるかのごとくピシッと決まっている。クナッパーツブッシュの伴奏もなんら奇矯なことはなくVPOを生かしきった堂々たるブラームスだ。これは上掲のどれと比べてもひけをとらない。このレーベルはもう見ないがDeccaのご本家盤がi-tunesにある。57年録音であり、55年ザルツブルグライブではないのでご注意を。

(補遺、17年7月17日)

カール・フリードベルク/ ウォルフガング・シュトレーゼマン/ トレド交響楽団

これをyoutebeで見つけて狂喜、感謝。ブラームス自身のピアノを聴いている気分に浸っている。カール・フリードベルク(1872-1955)はクララ・シューマンの弟子でシューマン宅でブラームスに彼の作品を弾いて聴かせた。1893年には全曲ブラームス作品によるリサイタルを本人立ち会いのもとに行い、作曲者から称賛を得たことで、ブラームスのピアノ曲のほとんどについて作曲者本人の個人指導により特訓を受けている。彼は録音を82才で亡くなる直前の2年しか残しておらず、この80才でのトレド(オハイオ州)でのプライベート録音は福音としか言いようがない(第1楽章の冒頭部で楽譜が違う?がこれは不明)。

「女にブラームスは弾けない」伝説は実は Friedberg once told me that Brahms disliked most women pianists’ performances (excluding Clara Schumann’s, of course) because “they banged too much.”(Bert van der Waal van Dijk 、Gustav-Mahler.euより引用)から来ていると思われる。火元はブラームス自身だから無視はできないが彼はマイラ・ヘスを聴くには年を取り過ぎていた(フリードベルクはヘスのピアノを崇拝していた)。

 

ディーター・ゴールドマン / ハンス・ペーター・グミュア / ミュンヘン交響楽団

実はこの演奏(右のCD)は指揮者がアルフレッド・ショルツなる人物だ。この人は)東西ドイツ統合後にPILZというレーベルを設立したドイツ人で、オーストリア放送協会の放送用録音を大量に買い取り、自身が指揮したもの、あるいは架空の演奏家のものとして大量に売りさばいた企業家だ。実は僕は野村證券国際金融部コーポレート・ファイナンス課長時代、1991年に東京本社でこの人に会った。PILZのエクイティ・ファイナンスを野村で引受けてくれという株の売込み訪問だった。「著名演奏家かどうかは鑑賞には関係ない」というふれこみだったが、「どうせ日本人にはわからないだろうから売れるよ」という含みがあって、それが気に食わなかったので、「申し訳ないがそうは思わない」と言って断った。このCDはずっと後に買ったものだが、PC2番に彼の名があった。聴いてみる。ところがどうしてどうして、これが廉価版にしてはあまりに良い本格派ブラームスではないか。本当に彼の指揮かどうか不明だったが、調べるとハンス・ペーター・グミュアという実在の指揮者がゴールドマンと同曲を録音していることがわかり、ショルツは幽霊だろうという推測に落ち着いた。しまった、あれOKすべきだったかと思ったが、PILZはその後倒産したことが分かった。僕がむかっとしたことで野村を救ったことにはなったが、翌年僕はドイツに赴任することになるわけだから売ってあげれば資金は回って潰れずにすんだかもしれないし、やらないにしても少なくとも仲良くしとけばよかった。当時こっちは36才、まだ大人の分別はなかった。妙な因縁だが、この演奏はたしかに「著名演奏家かどうかは鑑賞には関係ない」というショルツ氏の主張を裏付ける。真っ向から否定してすいませんと懺悔しつつ、時々取り出して楽しませていただいている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ペーター・レーゼルのブラームスを聴く

2012 NOV 3 15:15:48 pm by 東 賢太郎

昨日、紀尾井ホールにて。前回、9月のピノックのモーツァルトが好きでなかったので、ぜんぜん期待せずに行った。あの弦でブラームス? 冗談だろう、という感じで。

(指揮) クリスティアン・エーヴァルト、(ピアノ) ペーター・レーゼル

ハイドン     交響曲第101番ニ長調 HobⅠ-101「時計」               ブラームス    ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.83

実にいいプログラム。まわりの聴衆もわかっている方々という雰囲気で安心する。

ハイドンの弦は8-6-6-4-2で前回と同じ。ところが今回は音が違う。弦に適当な潤いがある。第3楽章のオルガン的な厚みのあるTuttiなど前回のやせた音とは別物だった。木管の音程も弦のアーティキュレーションもすばらしい。ハイドンの交響曲は知的で創意工夫に富んでいるばかりかユーモアにあふれ、何よりゴシック建築のように形が美しい。こういういいハイドンを聴かせてもらうと一日の憂さが吹っ飛んで心が晴れる。エーヴァルトという人は知らないが、実力は高いということが分かった。

するとブラームスも期待が出てくる。結果は裏切られず。レーゼルが曲を完全に自分のものにしており盤石の安定感。素晴らしい調律がされていて暖かみのある音のピアノ。エーヴァルトとの息もあっている。弦は10-8-6-4-3とやや増強されただけだが低域の不足をほとんど感じなかった。今更ながらだが、なんていい曲だろう。明けても暮れてもブラームス漬けだったロンドン時代を思い出す。それ以後も毎年この季節になると決まってブラームスだったが、今年はなぜかまだそのモードに入っておらずこの名演も100% 没入できていない自分を逆に発見。もったいなかった。

アンコールはブラームスのインテルメッツォOp.117の第1番変ホ長調が美しく静かに弾かれ、こころより満足。

クラシック徒然草-カラヤンとプレヴィン-

2012 SEP 16 19:19:49 pm by 東 賢太郎

きのうN響のAプロでアンドレ・プレヴィンさんのマーラー9番を聴きました。マーラーは僕の守備範囲ではないので演奏コメントは控えます。

1984-1990年のロンドンでいろいろな演奏家を聴きました。大陸から空路入ってすぐロイヤル・フェスティバル・ホールで演奏会というケースがままあり、交通事情で開演が遅れることがあります。カラヤンとプレヴィンがそうでした。

カラヤンは1時間ぐらい。じっと待たされました。プログラムはシェーンベルグの浄夜とブラームスの交響曲第1番。これはCDとなって市販されていて、そのジャケットには若き日の僕と家内がカラヤンの後ろの客席に写っています。

一言のお詫びも挨拶もなくそれは始まり、圧倒的な迫力で終わりました。

さてプレヴィンです。オケはウイーンフィルで曲はハイドンの交響曲など。30分ぐらい遅れて団員が出てくると、なんと、みんな私服ではないですか。ジーパンのバイオリニストもいます。もちろん指揮者のプレヴィンも。

Ladies and gentlemen!後ろを向いた指揮者の声に、会場がしーんとします。

「お待たせしました。飛行機が欠航になり、船で急いで来ました。しかしあいにくスペースがなくて一部の荷物は次の船になってしまいました。そっちの船に燕尾服を乗せるか楽器を乗せるかで我々は喧々諤々の議論をし、皆様には不幸なことに、燕尾服を乗せるという結論になってしまいました。」

会場、爆笑と大拍手。いいハイドンでした。

 

 

 

クラシック徒然草-僕の音楽史-

2012 SEP 14 14:14:33 pm by 東 賢太郎

僕の一番古い記憶は、親父のSPレコードを庭石に落として割ってしまったことです。2歳だったようです。中から新聞紙 ? が出てきたのを覚えています。ぐるぐる回るレコードが大好きでした。溝の中に小さな人がはいっていて音を出していると思っていました。

これが昂じたのか、僕はクラシック音楽にハマった人生を歩むこととなりました。作曲や演奏の才がないことは後で悟りましたから聴くだけです。就職した証券会社では、大阪の社員寮に送ったはずの1000枚以上のLPレコードが誤って支店に配送されてしまい、入社早々大騒ぎになったこともありました。

転勤族だったので国内外で24回も引っ越しをしました。そのたびにLP、テープと5000枚以上あるCD、オーディオ、ピアノ、チェロ、楽譜がいつも我が家の荷物の半分以上でした。この分量はクラシックが僕の57年の人生に占めてきた重みの分量も示しているようです。

僕がお世話になった証券業界では僕は変り種でしょう。この業界は オペラのスポンサーはしても社員オーケストラをもつような風土とはもっとも遠い世界の一つです。それでも僕が楽しくやってこれたのはひとえに海外族だったからです。アメリカ、イギリス、ドイツ、スイスに駐在した13年半に、僕はもう2度と考えられないほどの濃くて深い音楽体験をさせてもらいました。

そういうとやれ「カラヤンを聴いた」「バイロイトへ行った」という手の話に思われそうですが、そうではありません。僕はそういうことにあまり関心がなく、書かれた音符のほうに関心がある人間です。たとえば、同じ夜空の月を見て「美しい」とめでるタイプの人と「あれは物体だ」と見るタイプの人がいます。僕は完全に後者のほうです。文学でなく数学のほうが好き。文系なのに古文漢文チンプンカンプンというタイプでした。

高校時代はストラビンスキーの春の祭典、バルトークの弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽(通称、弦チェレ)みたいなものにはまっていました。特に春の祭典は高2のころ1万円の大枚をはたいてスコア(オーケストラ総譜)を買い、穴のあくほど眺めました。この曲は実に不思議な呪術的な音響に満ちていて、それがどういう和音なのか楽器の重ね方なのかリズムなのか、全部を自分で解析しないと気がすまなかったのです。

弦チェレの方は、第3楽章です。ちょっとお化けでも出そうなムードですね。フリッツ・ライナーの指揮するレコードで、チェレスタが入ってくる部分。この世のものとは思えない玄妙かつ宇宙的な音響。なぜかこの演奏だけなんですが。敬愛するピエール・ブーレーズも含めてほかのは全部だめです。これもスコアの解析対象となります。

時が流れて、僕はフランクフルトに住みました。その家はメンデルスゾーンのお姉さん(ファニー)の家の隣り村にありました。そう知っていたわけではなく、たまたま住んだらそうだったのですが。彼はそこでホ短調のバイオリン協奏曲を書きました。あの丘陵地の空気、特に彼がそれを書いた夏の空気をすって生きていると、どうしてああいう第2楽章ができたのかわかる感じがします。あそこを避暑地に選んだ彼と、その場所が何となく気に入った僕の魂が深いところで交感して体にジーンと沁みてくるような感覚。うまく言えませんが、かつてそんなことを味わったことはなかったのです。

こういう感覚は、大好きで毎週末行っていたヴイ―スバーデンという町でもありました。ブラームスの交響曲第3番です。もういいおっさんだった彼はここに住んでいた若い女性歌手に恋してしまい、ここでこの曲を書きました。彼としては異例に甘めの第3楽章はその賜物でしょうが、むしろそれ以外の部分でもこの町の雰囲気と曲調が不思議と同じ霊感を感じさせるのです。この交響曲はこのヴイ―スバーデンとマインツの間を流れるライン川にも深く関係しています。

シューマンの交響曲第3番とワーグナーのニュルンベルグの名歌手第1幕への前奏曲。この2曲はそのライン川そのものです。すみません。どういう意味かというのは行って見て感じてもらうしかありません。このシューマンの名作は後世にライン交響曲と呼ばれるようになりました。シンフォニーのあだ名ピッタリ賞コンテストがあったらダントツ1位がこれです。

名歌手は全部ライン川で書かれたわけではありません。でもあのハ長調の輝かしい前奏曲はヴイ―スバーデン・ビープリヒというライン川べりで書かれたのです。ワーグナーの家は水面にちかく、滔々と悠々と流れるラインが自分の庭になったような錯覚すらあります。太陽がまぶしい秋の朝、目覚めて窓を開けると眼前に滔々と流れるライン川、そこにバスの効いたあの曲が流れる。僕の理想の光景です。

こういう経験をして、僕はだんだんとお月様を見て「美しい」と思う感性も身についてきました。物体だ、という感性が消えたわけではなく、少しはバランスのとれた大人のリスナーに成長できたということでしょうか。基本的にはロマンチストなので、ボエームやカルメンを涙なしに聴き終えたことはないし、ラフマニノフの第2交響曲を甘ったるい駄作だなどとは全く思いません。

しかしメンデルスゾーンのジーンとした感じは、涙が出るとか甘いとかそういう次元の話ではありません。泣くというのは作曲家が仕掛けた作戦にまんまとはまっているということです。そうではなく、作曲家がそういう作戦を練る前の舞台裏で、一緒に昼飯を食ったというイメージなのです。どうも話が霊媒師みたいになってきました。

ところで今、心を奪われているのがラヴェルです。音楽を書く手管、仕掛けのうまさという意味でこの人は最右翼です。もちろん、どの作曲家も聴き手を感動させようと苦労し、手練手管を尽くしています。そうでないように思われているモーツァルトの手管はパリ交響曲について書いた彼の手紙に残っています。しかしラヴェルはその中でも別格。うまいというより、彼は手管だけでできたみたいなボレロという曲も書いています。もうマジシャンですね。ドビッシーと比べて、そういう側面を低く見る人もいます。

僕も、そうかもしれないと思いながら、聴くたびに手管にはまっているわけです。ダフニスとクロエ。このバレエ音楽の一番有名な「夜明け」を聴いて下さい。僕は2度ほどギリシャを旅行してます。あのコバルトブルーの海に日が昇るような情景をこれほど見事に喚起する例はありません。音楽による情景描写というのはよくあります。しかしこれを聴いてしまうと他の作品は風呂屋のペンキ絵みたいに思えてしまいます。そのぐらいすごい。手管だろうがペテンだろうが、この域に達すると文句のつけようもないのです。

僕のラヴェル好きは高校時代にはじまります。春の祭典と同じ感覚で。両手の方のコンチェルトの第2楽章、ピアノのモノローグを弾くのは今でも人生の最大の喜びの一つです。もう和音が最高。ダフニスと同じコード連結が出てくる夜のガスパール第1曲も(これは弾けません)。バルビゾンの小路に似合う弦楽四重奏の第1楽章。僕にとって、ヨーロッパの最高度の洗練とはラヴェルの音楽なのです。

あれもいいこれもいい。 50年も聴いてくるとこうなってしまうのです。しかし50年たっても良さがわからない有名曲もたくさんあります。最後は好みです。もう今さらですから、ご縁がなかったとあきらめることにします。好きな曲は何曲あるか知りませんが100はないと思います。50-60ぐらいでしょうか。

これから、時間はかかりますが、1曲1曲、愛情をこめて、なぜ好きか、どこが好きかを書いていきます。これは僕という人間のIDであり、作曲家たちへの心からの尊敬と感謝のしるしです。読んで聴いて、その曲を好きになる方が1人でもいれば、僕は宣教師の役目を果たしたことになります。聴かずして死んだらもったいないよという曲ばかりです。必ずみなさんの人生豊かにしてみせます。ぜひお読みください!

 

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