日本の情報戦略は脆弱である
2015 FEB 10 2:02:32 am by 東 賢太郎
先日TV で本田圭佑がサッカースクールの少年たちにノートを渡して「将来何なりたいか書きなさい」といい、「次にそれになるために今の自分は何が足りないか書きなさい」と指導していた。彼自身は「サッカー選手になる、イタリアでプレーする」と書いてその通りになっている。
誰でもそうできるわけではないし、僕も「野球選手・天文学者」だったが今や見る影もない。しかし、それでも思う。目標はあったほうがいい。達成できればそれにこしたことはないが、失敗してもいい。なぜなら「悔しい」という気持ちが残る。いまだにメジャー大会日本人男子最高位である全米オープン2位に輝いたゴルファー青木功がこう言っている。「人は悔しくて成長する」。
いま、閣僚や議員にそのノートを渡して、将来の日本国について同じ質問をしたら何を書くのかなと思って聞いていた。長期目標がないのは致命的だ、なぜなら用意周到な準備ができないからだ。米中とも国家ビジョンを持ってそれをやっている。中国はニカラグアに運河を掘っている。パナマ運河の北だ。米国と戦争になったら大西洋に艦隊を廻せるからだろう。
中国はミクロネシア連邦に対して国会議事堂の建設費を寄付した上で、その真正面に立派な大使館を建てている。かたや日本国大使館は民間の建物の間借りで、大使も常駐せず巡回大使だ。国家予算は約90億円でうち半分ほど米国が補助しているが米国は海軍の前線基地はグアムでありミクロネシアに大枚をつぎ込むインセンティブはもうない。一方、中国はアジア太平洋海域支配を拡大する「用意周到」な準備が着々と進んでいるのである。
日本もご縁が深いミクロネシアには数億円のODAを行って前田道路や三井物産が道路や発電所を作ったりしているが、ベトナムでもきいた話だがで現地の許認可等でODAで感謝されて日本企業への認可が速かったり有利になったという話は聞かない。それを韓国企業から「おかしいですよね」と同情される始末である。昨年、ミクロネシアが日本のカツオ漁船を領海侵犯で拿捕した。驚いたのは罰金が法外な3億8千万円だったことだ。僕は一昨年同国に行って外務大臣まで会っているが、あの雰囲気からは腑に落ちないニュースだ。
かたやこっちはお寒い限りで、民主党政権時代の3人の首相にも議員にも、お世辞にも国家という意識が感じられなかった。反日の国家公安委員長を出すなど、昭和20年に日本は一度滅んでもこんないい生活ができているんだからまた滅んでも大したことじゃないだろうとでもいいたげな印象だった。いずれ米国はミクロネシアはおろか日本からも第七艦隊を引き上げるだろう。イスラム国のようなのが出てくる一方で直近の60年間だけでも180以上の国が地球上から消えているそうだ(「消滅した国々」吉田一郎著)。
僕が危惧するのは軍事よりも情報だ。日本の官庁、銀行のIT、英語リテラシーは低い。起業して投資助言代理業の供託金500万円を振りこもうとしたら「現金を持ってこい」だった。札束勘定機でぱたぱた数える窓口はそれが役所の威厳だとでもいうのか古色蒼然、50年前の郵便局を思い出した。前職(東京)で米国人を20人採用してメガバンクに口座を作ってこいと言ったら、大手町の本店にいるが窓口で英語が通じず説明書も契約書も日本語しかない、中国でもそんなことはなかったぞと苦情の電話が来た。
日本政府はサイバーセキュリティーセンターを作ったそうだが人員は百人ぐらい、自衛隊のサイバー防衛隊も百人ぐらい。中国の情報戦要員は上海だけで数万人、米国は情報機関と軍に全部で百万人だ。これが何を意味してるか?米中は情報を取りに行っているが日本は守りだけなのだ。徳川幕府と変わらず鎖国だけしようという人数である。取りに行く気がないのは攻める気も情報戦略もないからで、それでどうやってサイバー戦争に勝てるというのだろう。
金融の仕事にいると痛感するが、商品がお金である金融ビジネスの競争力は情報力しかない。そこがモノを扱う商社やメーカーと違う。情報力は英語力でもあり、日本の金融機関が世界で勝てないのはその両方が弱いせいなのだ。えっ、MBAも多いしそんなことないでしょと思われるかもしれないが、メガバンクや大手証券の社員で英語で商売できる人は1割もいない。僕のいたところでせいぜい5%であり、それでも日本企業としてはハイレベルでならしている。
だから英語の生情報を取る能力は低く、日本で働いている大手証券の社員で、いまFEDとECBで何が起きているか、つまり世界の金融総本山が何をしそうか推測してみろといわれて、英語世界の情報の8割以上を即座に答えられるのは1000人に数人しかいないだろう。テレビに出ている専門家や政府のアドバイザーもそれには入らないはずだ。なぜならどんなに能力があっても情報収集は一人では無理だ。だから大手証券はシンクタンクでそれを集団でやっている。
しかしシンクタンク、何々総研といっても他人(顧客、投資家)のための情報収集しかしない。はずれても御免ですむ。そんなものに政府が乗るわけにはいかない。だから米国にはinformation(情報)とintelligence(諜報)という別な言葉がある。「CIAのIはinformationのIだよ」といわれれて「嘘でしょ」と見ぬける日本人は、これも1000人に数人しかいないだろう。 情報と諜報の区別を知らない日本人
サイバー防衛隊に「ITの専門家」を百人もおけば事足りると軍である自衛隊が考えているなら太平洋戦争時分と大して変わっていない。まして我が日本国は国家中枢へ行けば行くほど英語がダメでITに弱いときている。つまり、軍事戦略のようなintelligence(諜報)を作りだすベースとなる「ITによる英語情報取得」に多くの専門家を擁しないといけない。それを入れて日本は百人、英語を母国語とする米国の情報戦要員が百万人という数の意味がそれでお分かりいただけるだろうか。だから「中国の数万人」というのは、サイバーのみならず国防上も震撼すべきことなのである。
従軍慰安婦問題で明確な反対情報を世界に発信し遅れるなど中韓に後手後手なのは、戦時ですら精神論にたより情報収集にあまり重きをおいてこなかったツケだ。自分で集めない物は価値もよくわからない。相手は徹底した合理主義による用意周到な情報発信をしている。例えば昨年11月の安倍・習近平会談で中国は尖閣などについて自国に都合のいい内容を英語で約束より早めに発表し、間違った情報が世界に発信されてしまった。
間違ったinformationでも堂々と発信する。間違っているからかえってinformationとして反論しにくいのを計算したintelligenceであって、それをまったく無視するのが日本流のintelligenceなのだが、それがワークした時代は終わった。相手はそれがネット社会では不利に働くことまで見越している。これにヘイトスピーチで立ち向かうのは相手の思うつぼだ。それが今度は「碁盤をひっくり返す蛮行」として世界にネット放映されてしまい、イメージを落す。囲碁には囲碁で、碁盤の上でやりかえすしかない。
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司法はバイトテロをどう裁くのか
2015 FEB 8 0:00:33 am by 東 賢太郎
知らなかったが「バイトテロ」という言葉があるらしい。アルバイト店員がお店で悪ふざけした動画をyoutube等に投稿し、それが仲間のサイトやSNSで世間に拡散してしまう。それも食器洗浄機で体を洗うなど衛生イメージを大きく損なうものであって、飲食店が廃業に追い込まれるなど甚大な経済被害が雇用者側に出ているという。
この背景にはたぶんyoutubeなどの動画サイトが「劇場」化してきて、投稿すれば誰でも世界中の人が見てくれる劇の主役になれることがあろう。コンビニで悪戯する愉快犯から殺人を放映するテロリストまでを生んでしまっている。これを司法という国家権力がどう扱うかは今後の社会正義の形成に関わる非常に重要な問題である。
マクドナルドの歯の問題がそれだったかどうかは知らないが、場合によっては大問題になる故にテロという表現は当たっているだろう。イメージというのは連鎖を呼んでしまう。顧客としてはアレが出たなら当然にアレも入ってるだろうという恐怖感を覚え、その店舗で売り上げが落ちるにとどまらず被害額は算定できないものとなる可能性だってある。
経営への不満ということもあるかもしれない。どんな理由があろうとテロは許されないが、「許されない」という常識が社会に欠如し始めているなら由々しきことだ。「コピペがいけないと知りませんでした」という人が問題になったが、そういう人が博士論文を書き、土足で洗浄機に入る人が調理をしているかもしれないという認識は共有すべきだ。
そういうことはしなかったが、子供のいたずらは僕自身が身に覚えのあることで偉そうなことは言えない。目立ちたいのは結構だし悪戯心ぐらいは全然ないのもどうかと思う。麻疹みたいにそれを経ずに大人になって「発病」するのがよほど怖い。反対の方も多いと思うが僕は子供の、特に男の子のいたずら性善説である。
だが悪戯にはやってもいい限度があるのであって、何があっても他人様に迷惑はかけてはいけないというのは社会の掟(おきて)だ。どんな社会だって掟があるのは万国共通。その掟は教室では教えないから親が教えるしかない。親が教えないと子供はどこかで矩(のり)を超えて警察に捕まってしまう。可哀そうなことになるのは子供なのだ。
見せしめの刑というのは法治国家ではない。しかしネット社会の急展開で、放ったのが爆竹だと思っていたらダイナマイトだったという不測の事態がある世の中になった。そういうことをすると自分こそ危険だという事実は学ばせないといけない。お店は潰れ、バイトの子は場合によっては威力業務妨害罪で前科一般になってしまう。誰も得しない。
法治国家として当たり前の、法の公平かつ厳格な適用ということに国家権力が留意しないといけない。成人で責任能力があるならば、法に触れれば法の裁きが下るという当然のプロセスを執行すべきであり、「いたずら性善説」は道を譲らなくてはいけない。「そんなに悪いこととは知りませんでした」は法治国家の国民として許されない。
法による支配というのは人治国家とは相いれない。やったことが問題なのであって、やった人が誰かは関係がない。韓国の「ナッツ姫事件」は財閥の娘だからけしからん、重罪なのだということはあり得ない。彼女の行為を「法律・判例に照らしてどうか」ということだけ、それが法治国家、罪刑法定主義のイロハのイである。
僕はSTAP事件の刑事告発がどう扱われるかも同様の視点で興味深く見ている。バイトテロが悪戯で片付かないのは故意が明確な場合で、もし犯罪性が疑われるなら構成要件としてその有無がまず重要なのであり、それが有りという蓋然性が少しでもあるなら国家権力が捜査をしない選択肢はないだろう。告発者の動機はそれには関係ない。
世の中が変わったからといって裁判における法の適用の尺度が変わるということもないし、あってもいけない。当然のお裁きの結果が適切に報道され、それが法治国家で税金を払い選挙権を持つ国民の「掟」なのだということを知らしめるのは、やはり家庭であり親の義務だろう。最後はどうしてもそこに帰ってきてしまう。
カラスは、自分の子が一番美しいと思っている (イギリスのことわざ)
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マックから歯が出た?
2015 JAN 7 12:12:10 pm by 東 賢太郎
昔、友人の悪がきが200kmだせば高速道路のネズミ取りの写真に写らんからつかまらねえぞと豪語していた。過ぎたるは及ばざるがごとしというが、そこまで過ぎてしまうと手も足も出ないことが世の中にはあるみたいだ。
マックのポテトから人間の歯が出たというニュースには仰天した。次は何が出るんだろう?スペイン人の社長さん教えて下さい。いやもう何が出てもおかしくない物体だ、人体の一部というのは。
どこで入ったかわからないらしい。しかし、どこで入ろうと、そもそも何をしたら歯が入るんだろう?その情景が常識では思い浮かばない。きっと常識を超えたことがあったんだろう。奇っ怪、面妖というしかない。
食品安全基本法は人の健康に悪影響を及ぼすおそれがあるものを取り締まるが歯はそのおそれには該当しないなんて芸が専門のあの弁護士でも雇うのか。法律が想定もできないものを出すのはそう容易ではなく、その点はあっぱれの領域である。
この数年、僕は安い居酒屋に行く気もおこらない。あの値段で利益が出るなら原価は安い。ものすごく。企業努力だの給料を削ってブラック企業だので済む値段じゃない。経済原理的に。ということは、何を食わされてるかわかったもんじゃない。
デフレが騒がれるようになって安売り競争の世になってしまった。100円で売れる商品に夢も希望もあったもんじゃないが、安全まで消し飛んでしまうリスクがそこかしこに蔓延している。何かが狂っている。
食の安全?歯を食べても死なないでしょ?そういう問題じゃなく、食の倫理の問題だ。コピペや捏造に不感症の腐臭漂う精神の産物である。こんな業者を放置したらマックが無罪なんだからとさらにすごいものを出す業者が現れそうな気すらする。
学生のころ「人が素手で触ったものは嫌だ」と寿司を食べなかったアメリカ人がいた。なるほどと思った。あれは寿司屋という特殊空間でだけ食べられる食品かもしれない。板さんがジーパンやスーツ姿だったらオレも食えないよと同情した。
思えばそれはどこの岩清水や清流で造った清酒がうまいかというような話であって大腸菌が1立方センチ何個以下だったから大丈夫というような世界では成り立たない。お清め、不浄忌避という和の精神の担保あってこその食文化だ。
マックという米国企業がそれをぶち壊したように見えるが、日本に原因があるなら日本人の問題だ。デフレは本当に怖い。人間の精神まで腐敗させてしまう。
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今年の箱根駅伝に思う(5区の神学論争)
2015 JAN 4 15:15:46 pm by 東 賢太郎
今年の箱根駅伝は本命駒大をぶっちぎって青山学院の圧勝でした。5区で柏原の記録が(参考とはいえ)塗り変えられるのは想像もしておらず、確かにあそこで決まった観はあります。
ただ総合タイムも史上最高ですからね、往路も復路も全員が強かったということであり、文句なしの優勝だったと思います。
5区の山登りですが2006年に距離が長くなってからあそこがレース全体の勝敗を決するケースが多く、5区を短縮する議論が監督会議で出ているそうです。
「現時点で今井と柏原は実業団で大活躍しているとは言い難いのが現実。標高差が864メートルもあるマラソンコースも、世界の主要大会に存在しない」
という理由らしい。どちらも事実なんでしょう。でもなんでそんなことがここで話題になるのか。
今井も柏原も平地では普通の選手だったから山登りに人一倍の努力をしたときいたように思います。山で有名になったら実業団で大活躍しないとおかしい理由はあるんでしょうか。
標高差ありすぎ?これは笑えますね。そんなの大正時代からそうでしょう?
それを言うならゴール地点を低い所に変更するしかない。すなわち箱根の看板を外して歴史も捨て去って御一新するしかない。そんな勇気ありますか?
誰もあの山登りはマラソンと思って観てないし、それでも人気があるから風物詩とまで言われて100年近くも続いているのでしょう。
「今の5区は特殊区間で全体の4、5割のウエートを占めている」
そうですか。でもひょっとしてTV視聴率の4、5割のウエートも占めているかもしれませんよ。なんといっても面白いですから。箱根駅伝そのものが特殊な競技大会じゃないでしょうか。
世界にない山登り競技にうつつをぬかしては日本のマラソンに未来はないというならば文科省が打ち切りにすべきですが風物詩なんだからそんなことはしません。だからやっぱり御一新は無理でしょう。
つまりマラソンの未来を憂う大学は「箱根駅伝には出ない」という結論にいたるしかないのではないでしょうか。女子に箱根は無くても五輪メダリストは出てるわけだし、その理由で監督会議で5区を短縮すべきという議論はないと思う。
だからこの主張はいったい何をしたいのか意図が全然わからないのです。我々素人ですが、素人にわからないことは意味のないことが多いです。神学論争ですね。
何かこの議論は「山の神否定論」に聞こえるのですが、神野君が3年である以上、青学以外の全ての監督は5区短縮賛成だろうし、来年の視聴率を考えると日テレ、読売もそっちかもしれません。
努力した者が大成功するとあれこれ言われるならそういう議論は徹底排除すべきです。スポーツはフェアであることが何より大事であって神学が出る余地はない。マラソンかどうか以前にまず箱根駅伝はスポーツかどうかを問われるでしょう。
今回、神野君のタイムはどうみても区間新記録ですが、函嶺洞門をバイパスして距離が違うので区間賞にしかなりませんでした。これはやむなきことでしたがそれでもスポーツとしては違和感を覚えます。
スキージャンプやバレーボールで日本人が勝つと欧米がルール改正してどっちらけになる、ああいう方向に行ってほしくないし、そうなればマラソンの未来だけでなく競技全体の未来も心配することになるでしょう。
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黒田のカープ復帰は歴史をぬり変える
2014 DEC 27 14:14:40 pm by 東 賢太郎
今年の最後の最後に凄いニュースが飛び込んできました。パドレスが21億円を提示した黒田争奪戦、なんと4億円の広島カープが勝ったようです。
これはハナからお金の話ではなく、黒田という男の人生観の話と思います。僕はそう考えたい。
アスリートが上のステージでプレーしたいのは当然でしょう。そのために彼は広島を去った。そしてヤンキースでエース格になった。だから金と名誉もついてきた。
でもそれで彼は「あがり」じゃなかった。育ててくれた広島カープへの恩返しという、もっと重たいものが先にあった。そこがずっしりと重いですね。日本人として、人間として。
田中やダルビッシュもいい投手と思います。いずれ彼らも40歳になる。そこでこういうことができるかな。松井秀喜は日本なら軽く30本塁打できたと思いますが、復帰せず引退した。彼の人生観ですね。それと比べて評価すべき話と思うのです。
だから、メジャーへ行って全然だめでしたとかマイナーに落ちましたとかいうような人たちが仕方なく日本球界に帰ってきて、それでも何億円もらえましたなんていう品格のかけらも感じない金満話と一緒にして欲しくないですね、絶対に。
そもそも黒田は日本球界に帰ったのではない、カープという球団に自分の意志で移籍したのです。他の者とは月とスッポンの差である。日本の組織というのはわがまま言って出ていった者が帰ってきにくいものです。会社だって一度辞めた者が舞い戻るなんてことはまずありません。
だからほとんどの選手が違う球団に戻っています。それを引き戻した広島カープという球団を僕は見直しました。懐が深い。こういう球団だから黒田は戻ったんでしょう。思えば阪神に出ていった新井もそうです。カープのスタンスにとても日本的なものを感じます。お金だけのアメリカンでないものを。
お金といえばパドレスの提示した単年契約で21億7千万円はメジャー全球団でエース級の報酬です。40歳ですがまだメジャーリーガーの頂点にあるという評価であり、日本球界に帰る必要なんかさらさらない。
もうひとつ僕が感心したのは来期はあと1勝で全30球団から勝利という名誉がかかる年だったこと。そしてパドレスのオファー金額は40歳の選手としてメジャー最高記録だったということです。だからそれを受ければ歴史に名を刻む名誉でもあった。
アメリカというのは報酬金額=能力の証明、であっけらかんと皆が納得するわかりやすい国です。金持ちはきっと裏で何かやってるんだろうと疑う日本とはわけが違う。だからそれは堂々たる名誉だったのです。
黒田はもうカネはたんまりあるんでしょと穿って考える人もいると思うので書きますが、そういう人こそ次に欲しくなるのが名誉です。勲章をもらうのが生きがいの人、いくらでもいます。それも彼は蹴ったわけです。これも重い。
「恩がえし」という英単語を僕は知りません。復讐(リベンジ)はありますが・・・。辞書を見たらrequitalとありますが、これは返礼という意味でちょっとニュアンスがずれる。それにやっぱり復讐という意味もあるんです(笑)。
単語がない、ということは欧米人はそういうことはしないということです。存在しないものに名前はつけないのです。
希望的観測をこめて、これは以下の3つの大変化を生むと思っています。
①黒田は男の言葉の重みを変える
これは腐りきったニュースの続いた日本に強烈なインパクトになるでしょう。
黒田が言っていたといわれる「カープに恩義があるから活躍できるうちに帰る」という言葉は17億円より重かった。うわべだけのリップサービスじゃなかった。これに僕は涙が出るほどいま感動しているのです。
コピペ、STAP論文捏造、偽ベートーベン、おれおれ詐欺、食品偽装、やらせ、なりすまし・・・・こういう国辱ものの大嘘つきどもが吐いたり書いたり貼ったりした軽~い言葉、それを報じるマスコミや評論家やネット民の軽~い言葉。私利私欲や小遣いかせぎで議員になったような唾棄すべき連中の軽~い選挙演説や泣きわめき。
比べてみてください。けっして男だ女だいうつもりはない。でもね、「武士に二言なし」なんです、我が国は昔から。サムライは男です。なにより男の言葉が軽くなっちゃあいけません。
野球選手の話ですが野球の話じゃないです。高倉健亡き後、最高の日本男児が現れました。今年一年、はらわたが煮えくり返り、何度も何度も僕はブログにしてきましたが、黒田が百万倍の力でそれをぶっ飛ばしてくれました。
②黒田は世界の日本人評価を変える
これを聞いて、誰より仰天しているのはアメリカ国民です。確実に。
オー、ノー、ホワット イズ ヒロシマカープ?
なんだそれは?メジャーリーガーの誇りよりも、17億円よりもヴァリューがあるものなのか?日本ってなんなんだ?
でもね、これは僕の予測ですが、アメリカ人はきっと黒田をたたえると思いますよ。こいつはリアル マン(男の中の男)だ、サムライだって。
そりゃあ世界のどこへ行ったってこれはすごい、男として格好いい。17万円でいいから俺も言ってみたい。彼はスーパーマンになったのです。中国人、韓国人にできますか?
日本人って、カッコいい!
③黒田は近代経済学の歴史を変える
僕はまじめに言ってます。ウォートン・スクールで僕はノーベル経済学賞のクライン博士がこう言ったのをはっきり覚えているからです。
「人間は経済人である。経済的に必ず合理的な行動をとるのです」。
博士はまじめにそう言っている。だから僕もまじめに言ってます。
これから「ただし、目の前に落ちている17億円を拾わないサムライはその限りではない」というリマークが入ることになるだろう。
黒田君、ほんとうに凄い決断です。ありがとう。50年もカープを応援してきたことをささやかながら誇りに思います。
いかん、それで思い出しました。あまりに凄すぎて4つ目を忘れてました。
④黒田はカープの歴史を変える
これで来年は黒田、マエケン、大瀬良と三枚看板がそろい、優勝は完全に射程圏に入りました。
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僕のSTAP論文事件ブログについて
2014 DEC 21 15:15:59 pm by 東 賢太郎
僕のブログは開始2年3か月たった今現在のべ25万人ほどお読みいただき、ざっくり7割ぐらいが音楽記事の訪問者という感じである。正直のところ、自分がプロの部分よりアマの部分のほうが関心を持たれているのは、どうしても居心地が悪い。ブログ題材は死んでも残る自分の鏡と思っている。正確に写したい。歪んでいるかもしれない専門外の鏡によってではなく。
証券業務経験者のアングルからSTAP論文問題について3月に書いたらそのブログを2万8千人ぐらいが読んで下さった。僕は最大の証券会社でエクイティ業務に従事しファイナンス業務で役員という地位も報酬も得ていた者だ。だから世間的な定義上はプロということになるだろう。その眼で見てあのファイナンスはおかしいので書いた、だからたくさん読まれた。これは自分の鏡として納得がいく。
しかしあの記事は引用はされたが反論も反証もない。それは仕方ない。あの本文部分に反論するのは普通の証券会社員でも無理だ。マスコミも含めて部外者には本質的なところはピンとこないと思う。その特定の業務経験のある限られた人しか通じないニオイであって、プロなら反論より同感でしょという逆にあまりにあたりまえのことだ。
ところが引用といっても、法的、実務的な理解が浅いか根本的にカン違いの脈絡でがほとんどである。僕はSMCで身分も経歴も開示しているが、僕が誰かも正確にわかっていないような人が同じくわかっていない人向けに引用したってネットトレーダーのポジショントーク並みの軽さだ。
一部良心的と思われる方からもっと易しく書いてくれというコメントや質問をいただいたが、易しく書いてもさらにカン違いの引用が増えるだけで何か生産的なことが期待できると思わないという結論に経験的に至った。僕は大衆週刊誌の記者ではないからたくさん読んでもらう意味はない。あれを読んでわかってほしいのは、読んですぐにピンと来て責任ある行動をすべき立場にある人達だけである。
そもそも小保方さんが美人だとか詐欺師だとかいう類の下世話なことに僕は何の興味もない。科学者の良心、子供の教育、そして法の正義、そのいずれもに日本国民として深い衝撃を覚えたから書いただけだ。行為を注視、検証すべきなのであって、行為者が誰かはいささかも問題ではないし、問題にすべきでもない。小保方さんの人格攻撃などもってのほかである。
隣りの国のナッツリターン事件を冷静に見ていると法治国家の法の正義という大きな問題があぶりだされてくる。正義が国や部族によって変わるのは認めても、財閥わがまま姫への国民感情が法律論に及ぶなら法治国家という建前はぎりぎり帳尻を合わせたとしても、国際社会での理解という法律ではない国家の品格のような判断基準では陰ひなたで裁かれてしまうだろう。
STAP論文捏造事件、これは日本の頭脳クラスの自殺者まで出した事件(case)であり科学者の手をもはや離れている。「(科学なのだから)部外者には本質的なところはピンとこないと思う」というフェーズにはもうないし、あってはならない。
理研の幹部は国民に対して真摯に責任を持って事実を調査、報告すればいいのであって、下村文科大臣のいう次のステップに進める能力は彼らには誰も期待していないし彼らの責任領域でもない。税金で運営される機関なのだから、世界の常識として、次の国会で国民の前で議論されるべきである。
ブログに書いた通り、検証実験の不成功は初めから事件の本質にとって何の関係もない。小保方さんもそれで悩む必要はぜんぜんないということだ。
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高倉健さんの遺作「あなたへ」
2014 NOV 24 1:01:39 am by 東 賢太郎
昨日は二子の好日山荘へ出向いて山歩き用品を一式購入しました。そういうものに縁のない身でしたから、ちょっとばかし新鮮な気持ちがわいています。
59歳もあと2か月ほどになって、いよいよ大台替わりですから、なにか最後にしておきたいなと思っているところでの気まぐれです。
仕事は忙しい中なのですが、いざ還暦というものを前にしてみると、いちど心をまっしろにして、真新しい自分になってみたいという気持ちが出てくるのは抑えられません。
さっき、先日亡くなった高倉健さんの遺作「あなたへ」を見ていて、任侠役の「死んでもらいます」しか観ていなかった不明を後悔しました。涙で拍手です。不器用で気配りで腰が低かったのは、本当の大物の証しだったんですね。
任侠役について彼は「そういう血が自分にあるからそういう役が来たのだろう」と語っていましたが、それは彼自身が掟を守り、二言のない、腹のすわった男ということであり、女は守る男ということでしょう。とても共鳴します。
演技ではあっても、ひとつひとつ言葉が重いですね。セリフを彼の人間力が飲みこんでしまっているように思います。約束は絶対破らないし、裏切り者は本気で「死んでもらいます」だったんだろうと思います。
彼の名言集も心にささります。
「拍手されるより、拍手する方がずっと心が豊かになる。」
これはある経験を思い出します。某有名大企業の社長の初対面のアポなのに、行き場所を間違えて20分お待たせしてしまいました。顔面蒼白の僕に「待つ方より待たせている方が大変なんですよ」とさらっとおっしゃり、心服したことです。この方も凄い男です。
「すべてが出会いから起きていますよね」
はい。まったくそのとおりと思います。馬齢を重ねた僕ですら、人生はあの出会いがなければこれはなかったねということの集大成でございます。
いままでの人生でお会いした多くの方々の「いいところ」「いい話」ばかりがどんどん記憶によみがえってくるので少々驚いています。高倉健効果でしょうか。
「いい風に吹かれたいですよ。 きつい風ばかりに吹かれていると、 人に優しくなれないんです。 待っていてもいい風は吹いてきません。 旅をしないと…。」
そうですね、旅をしようと思います。
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「知らないおじさんについていっちゃダメよ」は間違った教育である
2014 OCT 13 21:21:39 pm by 東 賢太郎
僕は教育論を勉強したわけでもないし文科省の官僚でも教育者でもありません。しかし、昨今の世相を見て標題のように強く思っている者です。海外で16年過ごしたことと以下のような経験をしてきたことからそう考えるに至っております。人様や社会をじっくりと客観的に観察し、自分の責任ある判断でおつきあいできるような大人にすることが大事な教育です。私見ではそれには性善説は百害あって一利ありません。「みんな仲良し」なんて現実社会に存在しない前提で子供を導くなどとんでもないことなのです。
僕の社会人スタートは証券会社でした。まずは支店の営業社員になった僕にとって、お会いした方がお客さんになってくれる人かどうかこそが死活問題でした。そこで、「株を買う人」か「買わない人」かという予測で初対面の方を自分なりに分類してみようということになりました。半年たって買った人、買わなかった人はどういう共通項があったのか、どうしたらそれが初対面で見抜けるかという観察です。人が悪い?そうかもしれませんね、でも会社で生きていくためにはそういう眼がどうしても必要でした。
それは「株が好きかどうか」ということではなく、「資金があって本当に買いたいかどうか」でもありません。すすめられて買う人かどうか、性格としてそうすることもある人かどうかです。その可能性がある方になら僕がアドヴァイスして喜んでいただける余地があります。そうでない方には単なる押し売りになってしまいます。すすめられるといっても詐欺師みたいないかがわしい輩(やから)にではありません。信頼している人に十分な情報で合理的な説明をしてもらい、理解できたうえでどう行動されるかということです。この見立てはなかなか奥深いものを含んでいます。
僕はもうそれを30年もやって、それを5分で見ぬく実戦訓練ができてます。どんな方でも、初めてお会いして言葉さえ通じれば性別、国籍、年齢、職業も関係なしです。もちろんお会いした方をそんな下世話な眼でじろじろ眺めるわけではありません。自分の両親すら父は買わない人、母は買う人と分類してます。職業病です。証券会社なんだから当たり前だろという声が聞こえてきそうですね。ちがいます。証券会社に働く社員のたぶん80%は自分が買わない人ですし、95%は他人のそれを見分けられない人です。
プライベートなお付きあいにそれがどうだこうだということは何らございませんが、ひとつだけそれが役に立つ場面があります。定価のないものを買ったりパワーで結論が決まる交渉をする時です。交渉している相手がどういう人間かがわかると、勝てるとまではいいませんが、まず騙されるということがないのです。ビジネスには必ずブラフ(脅し)の要素がありますが、それは相手の人間性から見抜けることが多いからです。正解はないのですから相手のペースにはまるととんでもない値段で買わされたりします。そういうことは僕には通用しないというぐらいはいえます。
ほんまかいな?と思われるでしょう。
車のセールスは車を買おう、買い換えようと思っている人がお客さんです。すすめる前からそう思っておられる。ところが株や国債というのはどうしても買わなくてはいけないものではありません。家訓で買ったらアカンなんて人もいる。船場の繊維問屋さんに飛び込み営業したら社長に「縁起が悪い、出ていけ!」と怒鳴られて塩をまかれたこともあります。だからそういう困った事態になる前に直感しなくてはならない。「それを話していい人かどうか」という大事なことをです。
それは30年前のモーレツ時代の野村證券で、その中でもとりわけモーレツだった大阪の支店で毎日飛び込み外交で名刺百枚集めという、今となっては伝説以上に信じ難い営業を2年半もやらされて見える類のものです。だから、ほんまかいな?で当然です。こればっかりはやってみないとわからないし説明することも教えることもできません。現在二人の娘は日本と米国の大きな会社に就職して営業に関わる仕事をさせていただいておりますが、大変結構と思います。そうやって自分で苦労させるしかないのです。
自分の体験というのは、失敗であっても腑に落ちます。僕は学生のころ渋谷でポン引きに引っかかって大枚をまきあげられたことがあります。いま思うと騙されるほうが馬鹿なのですが、彼のセールストークは脇が甘い貧乏学生の琴線に触れる職人芸的な水準にあったわけです。お巡りさんの目の前で堂々とやっているのだからその時点では詐欺でも違法でもない。そうかそれも手なのか、あとで交番にいくとこうなるのか、なるほどこうやって泣き寝入りになるのか・・・・。大学の授業より勉強になりました。
ポン引きを承認するわけではありません。しかしモノを売るという商売は商品がちがうというだけで非常に深い根底の部分で共通するものがあるのです。人間は変わることはないですからたぶん太古の昔から、フェニキア人やベニスの商人だってそうしていたはずです。驚かれると思いますが、テレビを見ていて、あれっ、このCMあのポン引きと同じ手口だなんてことがあるのです。交渉術なんて立派なものは知りませんが、そんな勉強はしなくてもやるべき所でやるべき人はやっています。
僕自身は「買う人」の最たる部類です。自分がそうやって株を買っていただいてましたから苦労してすすめられると弱い。証券セールスから見れば一番いいお客さんになるタイプなのです。しかし、ここが難しいのですが、苦労というのは相手の琴線に触れて初めて苦労と見てもらえるのです。それ以外は徒労と呼びます。「お客様の立場になれ」だの「自分を売れ」だのともっともらしいノウハウが語られますが、仮に僕に対してそれをしても徒労に終わるだけです。琴線に触れるには観察力のほうが大事です。
僕は外国人の部下の採用や給与査定は、得意とする「株を買う人かどうか二分法」でやってました。海外の証券業務(ホールセールとかインベストメント・バンキング業務という)では稼げる人材というのは欧米証券大手各社と取り合いになります。スポーツ選手とまったく同じことです。さんざん腹の探り合いをして提示する僕の条件は彼らの期待値から大きく外れたことは一度もありません。そこを読み違えたらぼられるか逃げられるかです。相手はもちろん2倍以上もふっかけてきますが、最後は相手の本音を見抜いている僕が勝つのです。
それができない会社はヘッドハンターというものを使います。彼らは契約金を上げた方が儲かりますから、採用する側から見ると値段を吊り上げるという不純な動機があります。しかも、彼らが紹介するのは自分より年収が多い人であることが多い。僕はそれなら紹介される職に自分がついた方がいいと考えますが、基本的にそうは考えない人がなるのです。従って僕からすれば高収入の得られる真剣勝負をしたことがないか、しても勝ったことのない人だという結論になってしまうのです。そういう人に僕が採用についてのコンサルを頼む意味は皆無です。
株を買うかどうかというのはその人がお金にどのぐらい興味があるかというバロメーターを通じて人となりを観察、洞察することです。たとえば名誉欲がない人はたくさんいるでしょう。しかし出家した行者でもないのに食欲、性欲、物欲、金銭欲がないというなら絶対に嘘です。よほどの資産家はともかくそれでは人間食ってもいけないし子孫も残せません。先祖がそうなら彼は世にいなかったはずで、だから、そうじゃないDNAが遺伝しているはずなのです。こういう「腑に落ちる道理」で物事を判断するというのは、それでも間違うことはありますが、生きる知恵としては非常に大事だと思います。
たとえば選挙の時にどの政治家を選ぶかです。僕の道理では、議員になるような手合いの人間で「私は株はやってません、清廉です」などと自慢するのは100%大嘘つきと断じて構いません。株を買わないことが清廉だなどということ自体馬鹿ですが、大嘘を堂々と公言しているという事実が判断材料です。1つ人前で嘘をつく人間は10も20もついているというのは人類の法則でもありゴキブリの法則でもある。従ってこういう人には絶対に投票してはいけません。お金にきれいな人は、当たり前のことなのでいちいちそれを宣伝などしません。そういう人は、だいたいにおいてではありますが、大丈夫というのが僕の判断です。
あなたは人が悪い?そうかもしれません。でも「みんなよい子」「みんな仲良くおんなじ」なんてとんでもない、そんな教育をしているのは日本だけでありやめるべきだと言っているのは僕だけではない。先だってTVで小説家の曽野綾子さんも言われてました。まったくその通りです。子供には現実を、そして「腑に落ちる道理」を教えてあげるべきです。世界はすべて「他人を見たら泥棒と思え」が常識です。それが良いか悪いか、好きか嫌いか、日本人としてはいかがなものかなんて独りよがりを言ってはこれからの子供は世界で生きていけません。
「知らないおじさんについていっちゃダメよ」じゃないんです。知ってるおじさんでもおばさんでもダメ、他人はみんなオオカミなんです。有名な童話の「赤ずきん」はもともと1697年にフランスで出版されたペロー童話集にあり、おばあさんも赤ずきんちゃんも狼に食べられて終わりです。親が言いにくいことはちゃんと童話が教えてくれています。ところがそれはなんでも口あたりが悪いということでしょうかグリム童話ではストーリーを換えて漁師がオオカミを打ち殺しておなかから二人を救い出したことにしました。現実社会には漁師はいないよ、ハッピーエンドとは限らないよということも教えてあげるべきではないでしょうか。
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スコットランド独立住民投票
2014 SEP 18 22:22:16 pm by 東 賢太郎
このブログに書きました逸話で、いかにスコットランド人がイングランドを嫌いか、いやいやそれは言い過ぎだ、好きではないかがおわかりいただけるでしょうか。
ロンドン時代の最大手顧客といいますか、当時最大の日本株投資家であった某機関投資家のファンドマネージャーS氏がスコットランド人なのは有名でした。このアカウントを担当するのは当時の野村ロンドンでは代々エースの方ばかりで、いよいよ自分がその番になった時は武者震いがしたものです。
S氏に「担当になりました」とご挨拶に行くと、何か質問されましたが、ききとれません。ショックでした。ここからの売買注文は1回100億円単位にもなります。それを電話だけでやるわけですから聞き間違えたらえらいことです。スコットランド語は外国語の外国語で、Sさんとの商売は実に緊張しました。
ところが、今日たまたまあることでロンドンに電話したところ、オペレーターにつながりました。これが何を言っているかわからないのです。ゆっくりくり返してもらってもまだわからない。仕方ないのでスペルを言ってもらうのですが、例えばa for apple(アップルのa)と念押しの単語を言ってくれるのですが、その単語の方が聞き取れないという、僕にとっては衝撃的なことになったのです。
そこで詳しい友人に聞いてみると「ああ、最近はコールセンターはグラスゴーかインドですよ。それはグラスゴーにいっちゃいましたね」でした。Sさんのスコティッシュよりもっとすごい人に当たったわけでした。
スコットランド独立の是非を問う住民投票の結果ですが、明日にはいよいよわかりますね。ブックメーカーのオッズは今の所、賛成は4.33倍、反対1.22倍だそうで反対がかなり優勢のようです。スペインのカタルーニャと並んで2大イヴェントになりそうで、どちらの地も仕事やゴルフで何度も行ってますからおなじみ。とても他人事と思えません。
もし日本でもこういうことが起きたら?やるならどこだろう?考えてみるのも楽しいですね。賭け屋が出たら不謹慎と潰されそうですが。
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国家とは(朝日新聞とSTAP事件など)
2014 SEP 15 14:14:29 pm by 東 賢太郎
ペンシルヴァニア大学ウォートン・スクールで、何の授業かはもう忘れてしまいましたが、先生が「国と企業とは敵対的な関係にある」と指摘したのが新鮮でした。彼が使った hostile (敵対的な) という形容詞のニュアンスは非常に強いものです。
米国の政治家や兵士はGod(神)の御名で誓いを立てて合衆国のために職務遂行をします。僕もミクロネシアに会社を作るとき、当地は米国法ですから米国式のoath(宣誓)を致しました。だから、神の代理人としてやっている国と敵対するという表現は実に重いものなのです。米国民と連邦政府とが決裂した、民が神に決定的に逆らった初めての事例が、ベトナムの反戦運動ではなかったでしょうか。
前回、「孤独権」というものについて書きましたが、実は企業ほどそれを求める者はありません。企業が僕個人の様に哲学したり音楽を聞いたりするわけでないのでそれは経済的な面に限定した話ですが、国家が神であろうと人であろうと対立をいとわず、自分で自分の時間を支配し、干渉を避け、自己責任で最良の人生(企業の継続性)を希求する。少なくとも米国では企業とは本質的に、純粋に、そういう存在であり、特に株式会社制度というのは会社法によって当の国家がそれを法的に認めたものです。
企業とは利益にならないことに時間を使うことはありませんよという暗黙の了解のもとに資本家からお金を集めて成り立っている存在です。無益なセールスマンの売り込みをきいたり、利益の出ない研究などに1秒たりとも時間をさくことは許されないのと同じで、国に過剰な分量の報告書を書かされたり箸の上げ下げまで指導されるようなことがあれば利益が犠牲になり、資本家の認容を得られません。つまり「孤独権」が保障された国の住民であることは大前提で、それがないなら僕と一緒の理由で海外移住を考える存在なのです。
会社の存続は収益のみに依存します。収益は孤独のままでは得られません。それを好むと好まざるとに関わらず、孤独を捨てて他者との関連をもって初めて生じます。商機を得るためには他人の都合や時間に支配されたり、好まざる譲歩を迫られたり、理不尽なマージンを飲むことを覚悟することもあるでしょう。つまり利益とは孤独権の犠牲で生まれます。犠牲という代価を払って得た利益の一部を搾取されるなら、それは孤独権を一部拠出したということになるのです。それが、支払う側から見た場合の税金という物の本質です。
税率というのは、孤独権の少しの拠出で、その大きな侵害を防げるなら良しとするぎりぎりの所に設定されなくてはなりません。不測の侵害から守ってくれるのはありがたいのですが、いつ何時邪悪な心を発して権利を過剰に侵害するかもしれないのが権力だというのが西欧の考え方です。その権力を握る者の邪心を縛るためにあるのが憲法であり、それがやりにくいので改正手続きのバーを低くしましょうと国家が言いだすというのは本末転倒でありましょう。
国家は警察官としてはありがたいが、ちょっと間違うと強盗にもなる、だから性善説、性悪説でいうならば当然に性悪説でしょ、というのがウォートンの先生の言葉であって、そういう相手(国)とはhostile(敵対的)な関係であるのは当然と理解されるのです。ここが、税金を年貢とカン違いしている日本人と決定的にちがいます。日本人にとって国とはクニであり、言うことを忠実にきいていれば守ってくれ、泣きつけばお金をくれる慈母のような心のふるさとであって、いつも変わらぬ「性善説」なのです。
外交、軍事はともかく内政において政府性悪説寄りに立っている有権者が多いアメリカでは政府の税金の使い方に厳しいのは当たり前で、国民の権利保全をする役目の国家に権利侵害されても仕方ないかどうか、という観点から国家を見張っているわけです。これが市民革命で自由を勝ち取った国民の常識です。しかし我が国は明治政府がそれの形骸を輸入しただけで、国と国民の関係は江戸時代までの藩主と農民の関係とちっともかわりません。少なくとも潜在意識のうえでは。
例えば、きのうTVで安倍政権の女性登用をやっていて、「女性に優しい社会を」とアナウンサーが言ったところ、「それはいいことですが、機会均等をいうなら優しいかどうかより公平性が大事でしょう」と言う人がいる。そうしたらこの女性アナウンサーが、「安倍さんは家事で奥様を手伝うそうですよ、だからぜひ皆さまも」とくる。将軍さまを見習いなさいです。社会に出ている当の女性がこういう江戸時代か北朝鮮なみの精神構造のままだから女性が社会進出できないんだという説得力には富んだ番組でした。ちなみに公平が大事と言ったのは英国人の大学教授でした。
もっといえば、この家事を手伝うというのが小保方さんに割烹着を着せたのと同工異曲の臭いパフォーマンスで、こういうのに騙されやすい国民の民度の反映であるのです。アメリカは家庭の半分以上がCATV(ケーブルテレビ)契約をしていますから、番組を流す方も視聴者のレベルを選別できます。しかし国民の大多数が地上波の公共放送番組を見る日本では、視聴者のアベレージに合せるしかないでしょう。
それが小学校高学年レベルになってしまうというのはおそらく米国でも大差ないか、むしろもっと下でしょうが、知識人も小学生につき合わされているというのが我が国固有の問題であります。知識人ではあっても、TVの潜在意識下でのイメージ操作には引っかかります。それに新聞が加われば、我が国は非常に政治的な意図による大衆のオピニオン操作がやりやすい国ではないかと危惧します。
朝日新聞の従軍慰安婦誤報は各種興味深い展開を見せています。あんな報道を米国のプレスがすれば即刻抹殺です。まして嘘でしたなどとなれば責任者は国によって暗殺されるかもしれません。報道できたのも不思議だが今度は間違いでしたと国民に謝罪する。しかしこの事件は社長の言う「朝日新聞に対する読者の信頼を大きく傷つけた」というレベルではないでしょう。嘘を書いたなら信頼はもう残っていないだろうと思うのです。
ところがそれに対する批判を見ると、謝罪が遅いだの、掲載を断られただの、黒塗りになっただの、社長はいつ辞めるんだなどの騒ぎになる。そうではなく、朝日のやるべき唯一のこと、信用回復する唯一の道は、英文で、世界に向けて、真実はこうですと、社長名で発信することではないでしょうか。国民に謝罪するのは不買運動が怖いだけと思われてしまいます。いま大多数の国民にとっては、朝日の経営や信頼よりも、朝日を敵視する勢力のプロパガンダよりも、慰安婦の銅像まで建ってしまった外国での日本国、日本人の信頼回復の方がどう考えても大事ではないでしょうか。
こういうマスコミに洗脳されてきた国で、徴収された年貢の使い道を見張ろうなどという発想は期待できませんから、あの公衆の面前で泣きわめいた市議が税金泥棒問題を喚起してくれたのは実に健全です。彼自身は西宮市の不利益でしたが、彼の行為は国益になりました。僕がSTAP論文捏造事件は徹底究明すべき国家的問題であると思うのは、捏造とわかっていた行為に多額の税金が投入された形跡があるからです。私事であった偽ベートーベン事件とは次元がまるで違うのです。
大衆の洗脳、扇動という米国の手段、手法はそれ自体が非常に体系的、科学的であり、ほとんどの日本人には何のことか見抜けていない魔法のような「マーケティング」という学問にすらなっています。ウォートンで僕はそれを「仮想のケチャップ製造会社のCEO役」という想定でグループスタディとして学びました。そこで我が社のケチャップのプラスイメージを増幅する装置としてのCM、プレス報道の米国的な意味を知りました。ケチャップを候補者に置き換えれば、その手法はそのまま選挙活動です。
昭和20年に米国は日本を領土化しませんでしたが、異教徒を直接支配するという無用のリスクを冒さずに為政者を傀儡(かいらい)として間接支配する道をとったと思われます。防衛権と外交権がないことが国家と地方政府の違いの定義です。軍隊のない国に外交などありませんから、安保条約を結んだ瞬間に、明確に論理的に、日本は米国の州となったのです。
この間接統治とは英国がインドを支配した手法です。英国は我が国に対し「日英同盟を破棄しましょう」とは一度も言っていない。「日英二国間条約を解消して、米国を含む多国間条約にしましょう」と言っただけです。日米二国間関税協定では日本は納得しないからTPPにすり替えて押そうというのと同じ「ネコだまし」です。その時点では英米の国益は一体になっており、日本統治の手法も合体、統一されたと思います。
米国と殺し合いをして300万の尊い命を失った代償としては軽すぎますが、少なくともその犠牲に報い、平和に生きていけることへの感謝のためにも、日本人はもっと知り、学び、決断しなくてはいけないことがたくさんあるものと思料いたします。
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