頑張らない人が報われる社会
2015 MAR 6 10:10:40 am by 東 賢太郎
先日TVで元経産省で経済評論家の岸 博幸氏が「いま女性が結婚すべき男の3条件」をあげていた。それによると、
①直感で動く ②先例を無視できる ③ヤンキーでオタク
だそうだ。なかなかいい線と思う。①はどの分野でも必須の能力だし②は彼が官僚経験者だから特に思いがあるのかもしれない。ヤンキーは知らないが「オタク」を入れたことは大賛成だ。悪い意味に使われるが、人間の大多数を占める凡人が異種、異能の人々を揶揄した用語と感じる。トーマス・エジソン、ヘンリー・フォード、豊田佐吉、松下幸之助、井深大、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズみんな少年時代は立派なオタクであり、同時に持ちあわせたスケールの大きさで大輪の花を咲かせた人たちだ。
普通の人が世渡りのうまさで生きられるのは万事が予定調和で満たされる平時の話である。一等国の通貨が一気に40%も暴騰・暴落したり、国が潰れたりするかもしれない時代だ。予定調和はおろか、来年世界経済がどうなっているか誰もわからない状況で、寄らば大樹の陰という選択はない。不倒不滅の大樹に見えるものこそ先に朽ちて倒れる可能性すらあるからだ。
世界貿易に参加した中国がたった10余年で5億人がスマホを持つに至る時代である。2015年には中国のインターネット利用者は6億人となり、ネット利用者数は圧倒的な世界第1位でランキング2~10位の9カ国を合計しても及ばなくなる。何度も強調するが、ゼロサムの世の中で中国が吸い取った富も職場も他国には戻ってこない。10年前の欧米や日本の「大企業」こそ失う張本人で、そこにまだ成長があるとカン違いして人が集まれば10年後は「才能の墓場」と化しているだろう。
と書いてきたが、「頑張らない人が報われる社会」は、そのような世界経済の不確実性、あるいは最近はやりの表現を使うなら資本主義の変質・衰退によって、どの国家がどんな政策を試みようが、経済に内在する原理によって根こそぎ無くなっていくだろう。まして、それを促進しようという政府、政党は弱者救済を謳いながらかえって弱者の生存力をさらに弱くするだろう。
なぜなら、そこでリスクを取らない人、動かない人、決断しない人、寄らば大樹の陰の人は安全だというのはもはや神話になるからだ。自分は動かなくても地面の方が動いていって、気がついたら立っていた場所は危険地帯だったということになりかねない。動かない人は感性、感度も鈍っていて、地面の動きには気がつかない。むしろまっさきに犠牲になる人たちだ。
一方、オタクで動かない人はまずいない。自分の好きなことへ向けて、周囲がどうあろうと勝手に突ききすすむ性質の人間だからだ。これからは彼らの生存率の方が高い。結婚相手にオタクを選びなさいという岸氏は正しいと思う。①直感で動く②先例を無視できる、はオタクにとっては当然のことでもあるので自明の条件だ。
国税庁の企業生存率統計によると、50年生き残る企業は0.7%しかない。これは一理あって、オタクであった創業者がハンズオンで指揮するのは長くて30年程度だ。そこで世代交代がおこり、創業者の個性によってではなく彼が築いた「ぴかぴか光るブランド」に魅かれて入社してくる人が多数派になる。その「ブランド入社組」が管理職を占めるのがおよそ20年後だ。それが創業50年後の経営の姿なのである。
ちなみに、オタクは「ブランド」では就職を決めない。自分のしたいことができるかどうかが最大の決定要素だから、仕方なく入っても辞めてしまう。その結果としてブランド企業は「ブランド入社組」がだんだん優勢となり、「成績優秀な普通の人たち」ばかりの集団になる。オタクにはますます魅力のある職場ではなくなってしまう。
そうして創業者が退くころには普通の人の経営ガバナンスが優勢となり、経営陣のどのひとりも創業者に匹敵する人はいないという状態になる。リーダー不在ゆえに誰もリスクを負わない共同統治体制が好まれ、現場にいるオタクの提案を評定(ひょうじょう)する会議体になり、「やらない理由」「できない理由」を探すのが仕事になる。
1995年からのデフレ経済は小田原評定専門の経営陣には福音のような環境だった。失点しないことが大事というゲーム環境だ。ブレーキを踏むコストカッターとコンプライアンス・オフィサーばかり出世し、創業者の衣鉢を継いだオタクやアクセルを踏む人はむしろ体よく排除され、「Sクラスのベンツに1000ccのエンジン」という車ばかりになってしまった。
日本という国はできない理由を探すのが得意な人が圧倒的に人口比の多い国である。これはたぶん江戸時代に優勢となった遺伝子で、明治維新でやや後退したが、太平洋戦争の敗戦で完全復活した。だから国策として、できる理由を探す人、つまり経済のドライバー、牽引車となる属性の人を大事にして育てないといけない。
私見では、大学教育や大卒という肩書は根底から見直されるべきだ。先生の失業対策で作ったような大学が入試のバーを下げて学生というお客さんを集めるナンセンスな行為は、就職できない大卒を増やして若者を食い物にするだけだ。学問の府としての大学は存在すべきだが、これからの世界経済環境は「高楊枝の武士」は必要としない。
我が国が中国に食われずに食っていくために何をするか?徳育と職業教育しかない。中国人に負けない「手に職」をつけ、これから世界を席巻するだろう「日本人の徳」を備えた人を作れば怖い物はない。職業教育には、エンジンになる経営者を育てる教育も含まれる。明治時代の洋学の延長ではないものを教える学校で、「藩校」のイメージに近い。
僕は1997年のダボス会議に出たが、そこでビル・ゲイツが「これからの時代は、どこの国に生まれたかではなく、何を学んだかで生涯年収が決まる」と予言していた。その通りの21世紀になってきている。大学教育は米国ですら変質を迫られ、スティーブ・ジョブズが大学中退であることがそれを象徴している。欧米の学者をたてまつる翻訳・コピペ文化の日本の大学教育がいまのままでいいはずもない。
理想的なのは、戦争を経験した世代、つまり80才代の経営者が藩校を作り、自らの事業体験を教え、奨学金を与え、人脈を継承させ、すぐれた新規事業プランを無から生む人材を育成することだ。未来の経済成長のエンジンとなる人材が学ぶべき先生はもはや大学教授でもなければサラリーマン経営者でもない、すぐれたオーナー経営者だ。
生きるか死ぬかの時代を勝ち抜いた彼らの体験こそ今の学生が里程標にするべきものだ。なぜなら無から有を生み事業化したプロセスにこそ価値を生み出すすべての英知が凝縮しているからだ。それを真似るということではなく、そのエッセンスから不確実な時代を生きる知恵を抽出し敷衍し実行する。胆力が必要なうえに高度に知的な作業でもある。少なくとも、それができる人が失業するということはない。
日本には欧米と違ってすぐれた徳をもったオーナー経営者がたくさんおられる。欧米が強欲という気はない、それは資本主義で当然のことだ。そうではなく、日本的な徳というのはその名のとおり日本独特のものであり、松下幸之助や稲盛和夫のようにそれを伝えることを私財で行動に移された方々も多い。彼らから資産税をまきあげて、事業経験のない官僚がその金を使うより彼らが体験を次世代に継承するために使った方が事業をやりたい若者には役立つだろう。
藩校の優秀な卒業生は、オーナーの企業の幹部候補生になるか、オーナーが起業の出資者つまりエンジェル投資家になってくれる。それが卒業証書になる。強烈なインセンティブになって競争原理が働くだろう。就活など無縁な学校になる。そんな学校があったら、まず真っ先に集まりそうなのがオタクだ。オタクを教える元オタクの先生も集まる。その集団こそすでに魅力的な企業の種だ。
くりかえすが、オタクこそが21世紀の経済を牽引し、国の宝物となる人材、結婚相手に選ぶべき人材なのだ。資金のない彼らが資本家に直結する場が与えられ、資本家はエンジェル投資家として長期的にリターンが得られる。卒業生がどこに就職したかではなく、何人が自社を上場させたかが藩校のステータスを決めるようになるだろう。
これは35年実業をやってきた者としての直観である。
こんな藩校が増え、世の中に認知されてくれば、日本経済は21世紀にわたって競争力を維持できる。リスクを取らず「いかがなものか」ばかり言うつまらない人が支配する世の中は変えられ、頑張る人が報われる社会がやってくる。それどころか、21世紀のトーマス・エジソン、ヘンリー・フォード、豊田佐吉、松下幸之助、井深大、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズが日本から出ることだって充分に可能性があるだろう。
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「女性はソクラテスより強いかもしれない」という一考察
2015 FEB 15 18:18:34 pm by 東 賢太郎
二人の女を和合させるより、 むしろ全ヨーロッパを和合させることのほうが容易であろう (ルイ14世)
72年という最長の在位期間を誇り、私の中には太陽が宿っているとまで豪語した飛ぶ鳥落すフランス国王にしてこの言葉である。大変に奥深い。もしこの前段と後段が逆であれば、ブルボン朝はもう少し続いたのかもしれないとは思うが。
ギリシャがドイツに22兆円の戦争賠償請求したが旧友が電話で笑った。
「お前、あれってまるでウチの夫婦喧嘩だぞ。全然関係ない30年前の話が突然出てきてな、『そもそもあの時あなたは!』ってな。台風だからな過ぎ去るのをじっと待つしかないよ、ドイツもね。」
「しかしギリシャのあの政党、愛国は結構だがそれなら独立してまじめに働いて軍備強化というのがフツーの国だろ。外国からたくさんお金を取りますってのが選挙公約か?メジャーリーガーの代理人か離婚訴訟の弁護士みたいだ」。
と返したのは僕だ。あの党いわく、緊縮財政に屈していては国民の誇りが取り戻せないらしいが、ギリシャ人の誇りってそんなものなのか、それとも日本人にはわからない深いプライドの井戸でもあるのか。
僕は歴史で学んだ程度しかギリシャ人を知らないが、その範囲では尊敬しているから複雑な気持ちがする。無知蒙昧であった高校時代には「ソクラテスの弁明」を読んでもわからなかった。命乞いすれば死刑は免れたのにそれをせず、それが傲慢とされ死刑になったのがである。何か変だ。3つある。①命乞いしなかったこと②それが傲慢とされたこと③それで死刑になること。
①裁判員の無知に迎合せず、身なりや演説のうまいへたよりも真実だけを見ろという態度はPhil(愛する)+sophia(知恵)でフィロソフィー(哲学と訳されるが、逐語訳は愛智だ)の規範である。②そして、それをした人は少数派だった。愚衆の怖さが示唆されている。③そして、法が死刑というなら仕方ない、「悪法もまた法なり」。これは罪刑法定主義の元祖だ。
後日それを知り、僕はソクラテスのファンに、そしてこの書の熱心な読者になった。
そういえば6年前のある日のこと、今のギリシャ人はどうなんだろうかと部下のギリシャ人に尋ねたことがある。彼はもちろんソクラテスはみんな知ってますよといいながらしばし考え、その質問には直接答えず、こう弁明した。
「ギリシャ人にとっては世界の全てのことばの語源はギリシャ語です。だって世界中で It’s Greek to me. って言いますからね」
これは僕が人生で出会った最も機知に富んだジョークのひとつである。「それは俺にはギリシャ語に見える」とまともにとっているというおちょくりだ(本当はそれが転じて「わかんねえな、まるでギリシャ語だぜ」という意味)。日本生まれでハートは日本人、頭の中はアメリカ人でインテリの彼はちょっと自嘲気味であったのだ。
彼は哲学について、賢人によるこういう論理的考察を紹介もしてくれた。
「ぜひ結婚しなさい。よい妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のように哲学者になれる」(ソクラテス)
これはすべての哲学者は悪妻もをっているということは意味していないが、後世になっても女の大哲学者は出ていないこと、ハイドンの悪妻も有名で女の大作曲家もいないことから、女房のわからない職業がいけないかもしれないという推論にたどりついた。証券マンはどうなのかという話に道がそれていったが、どうも危ない気もするものの頭から水をかけられた経験はない彼も僕も、もちろん前者であるという点で合致した。
その推論はあながち的外れでないことが後でわかった。『ソクラテスの妻』を書いた作家の佐藤愛子が「ソクラテスのような男と結婚すれば女はみんな悪妻になってしまう」と自説を述べているからだ。この説は「ギリシャ人はなまけものだ」と主張するドイツ人に有効な反対弁論かもしれない。
どういうことか。
国家主権はあるが通貨主権はない。これを前提とする統一通貨ユーロは、そもそも変なのである。本来は、緊縮しないといけないぐらい財政がおかしいギリシャの通貨ドラクマは下がる。すると海外から見ると輸出品やパルテノン神殿への観光費用は安くなって売り上げが増え、税収が増すことで財政が立ち直るのである。ユーロという統一通貨になるとそのメカニズムが働かない。
ところがそのかわりに、ドラクマ建てだったら売れないボロ国債がユーロの信用で売れてしまうという利点がある。下宿人が大家の名刺で借金できるようなものである。借金というものは期日が来たら返さないといけない。それが返せず大家に援助しろと迫って渋られると「30年前の話が突然出てきて、そもそもあの時あなたはって始まるんだよな」となっている。
だって結婚しようって言ったのはあなたじゃない!
有罪・死刑投票をしたアテナイ人諸君は、ソクラテスを死刑に処したという汚名と罪科を負わされるだろう。
ここだけ読むと身勝手な逆切れおやじだが、全部読めば僕はソクラテスの味方なのだ。ギリシャの言い分にはこんな深い井戸があるんだろうか?
しかし人間の理性というものにも限度がある。男が全部理性的であるということはまったくないが、泣き叫ぶ赤ん坊のようにどうしていいかわからない相手に対して女性ほどの忍耐力は持ちあわせてもいない。大家でありアテナイ人諸君でもあるドイツが、だんだんこういう気持ちになるんじゃないか心配になってくる。
私には女が象と同じように思える。 眺めるのは好きだが、家に欲しいとは思わない。(米国の伝説的コメディアン、W・C・フィールズ)
そんなことになると世界経済に暗雲がたちこめてしまう。考えたくないがひょっとして、一途で生一本なソクラテスよりも、人生酸いも甘いも知ったルイ14世のほうが正しかったんじゃないか?
このチキンゲーム、先は全く読めないが、とりあえずのところ世界はドイツ国民の賢明な判断に拍手を送っておかねばならないだろう。それは首相に女性を選んでおいてくれたことだ。
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日本の情報戦略は脆弱である
2015 FEB 10 2:02:32 am by 東 賢太郎
先日TV で本田圭佑がサッカースクールの少年たちにノートを渡して「将来何なりたいか書きなさい」といい、「次にそれになるために今の自分は何が足りないか書きなさい」と指導していた。彼自身は「サッカー選手になる、イタリアでプレーする」と書いてその通りになっている。
誰でもそうできるわけではないし、僕も「野球選手・天文学者」だったが今や見る影もない。しかし、それでも思う。目標はあったほうがいい。達成できればそれにこしたことはないが、失敗してもいい。なぜなら「悔しい」という気持ちが残る。いまだにメジャー大会日本人男子最高位である全米オープン2位に輝いたゴルファー青木功がこう言っている。「人は悔しくて成長する」。
いま、閣僚や議員にそのノートを渡して、将来の日本国について同じ質問をしたら何を書くのかなと思って聞いていた。長期目標がないのは致命的だ、なぜなら用意周到な準備ができないからだ。米中とも国家ビジョンを持ってそれをやっている。中国はニカラグアに運河を掘っている。パナマ運河の北だ。米国と戦争になったら大西洋に艦隊を廻せるからだろう。
中国はミクロネシア連邦に対して国会議事堂の建設費を寄付した上で、その真正面に立派な大使館を建てている。かたや日本国大使館は民間の建物の間借りで、大使も常駐せず巡回大使だ。国家予算は約90億円でうち半分ほど米国が補助しているが米国は海軍の前線基地はグアムでありミクロネシアに大枚をつぎ込むインセンティブはもうない。一方、中国はアジア太平洋海域支配を拡大する「用意周到」な準備が着々と進んでいるのである。
日本もご縁が深いミクロネシアには数億円のODAを行って前田道路や三井物産が道路や発電所を作ったりしているが、ベトナムでもきいた話だがで現地の許認可等でODAで感謝されて日本企業への認可が速かったり有利になったという話は聞かない。それを韓国企業から「おかしいですよね」と同情される始末である。昨年、ミクロネシアが日本のカツオ漁船を領海侵犯で拿捕した。驚いたのは罰金が法外な3億8千万円だったことだ。僕は一昨年同国に行って外務大臣まで会っているが、あの雰囲気からは腑に落ちないニュースだ。
かたやこっちはお寒い限りで、民主党政権時代の3人の首相にも議員にも、お世辞にも国家という意識が感じられなかった。反日の国家公安委員長を出すなど、昭和20年に日本は一度滅んでもこんないい生活ができているんだからまた滅んでも大したことじゃないだろうとでもいいたげな印象だった。いずれ米国はミクロネシアはおろか日本からも第七艦隊を引き上げるだろう。イスラム国のようなのが出てくる一方で直近の60年間だけでも180以上の国が地球上から消えているそうだ(「消滅した国々」吉田一郎著)。
僕が危惧するのは軍事よりも情報だ。日本の官庁、銀行のIT、英語リテラシーは低い。起業して投資助言代理業の供託金500万円を振りこもうとしたら「現金を持ってこい」だった。札束勘定機でぱたぱた数える窓口はそれが役所の威厳だとでもいうのか古色蒼然、50年前の郵便局を思い出した。前職(東京)で米国人を20人採用してメガバンクに口座を作ってこいと言ったら、大手町の本店にいるが窓口で英語が通じず説明書も契約書も日本語しかない、中国でもそんなことはなかったぞと苦情の電話が来た。
日本政府はサイバーセキュリティーセンターを作ったそうだが人員は百人ぐらい、自衛隊のサイバー防衛隊も百人ぐらい。中国の情報戦要員は上海だけで数万人、米国は情報機関と軍に全部で百万人だ。これが何を意味してるか?米中は情報を取りに行っているが日本は守りだけなのだ。徳川幕府と変わらず鎖国だけしようという人数である。取りに行く気がないのは攻める気も情報戦略もないからで、それでどうやってサイバー戦争に勝てるというのだろう。
金融の仕事にいると痛感するが、商品がお金である金融ビジネスの競争力は情報力しかない。そこがモノを扱う商社やメーカーと違う。情報力は英語力でもあり、日本の金融機関が世界で勝てないのはその両方が弱いせいなのだ。えっ、MBAも多いしそんなことないでしょと思われるかもしれないが、メガバンクや大手証券の社員で英語で商売できる人は1割もいない。僕のいたところでせいぜい5%であり、それでも日本企業としてはハイレベルでならしている。
だから英語の生情報を取る能力は低く、日本で働いている大手証券の社員で、いまFEDとECBで何が起きているか、つまり世界の金融総本山が何をしそうか推測してみろといわれて、英語世界の情報の8割以上を即座に答えられるのは1000人に数人しかいないだろう。テレビに出ている専門家や政府のアドバイザーもそれには入らないはずだ。なぜならどんなに能力があっても情報収集は一人では無理だ。だから大手証券はシンクタンクでそれを集団でやっている。
しかしシンクタンク、何々総研といっても他人(顧客、投資家)のための情報収集しかしない。はずれても御免ですむ。そんなものに政府が乗るわけにはいかない。だから米国にはinformation(情報)とintelligence(諜報)という別な言葉がある。「CIAのIはinformationのIだよ」といわれれて「嘘でしょ」と見ぬける日本人は、これも1000人に数人しかいないだろう。 情報と諜報の区別を知らない日本人
サイバー防衛隊に「ITの専門家」を百人もおけば事足りると軍である自衛隊が考えているなら太平洋戦争時分と大して変わっていない。まして我が日本国は国家中枢へ行けば行くほど英語がダメでITに弱いときている。つまり、軍事戦略のようなintelligence(諜報)を作りだすベースとなる「ITによる英語情報取得」に多くの専門家を擁しないといけない。それを入れて日本は百人、英語を母国語とする米国の情報戦要員が百万人という数の意味がそれでお分かりいただけるだろうか。だから「中国の数万人」というのは、サイバーのみならず国防上も震撼すべきことなのである。
従軍慰安婦問題で明確な反対情報を世界に発信し遅れるなど中韓に後手後手なのは、戦時ですら精神論にたより情報収集にあまり重きをおいてこなかったツケだ。自分で集めない物は価値もよくわからない。相手は徹底した合理主義による用意周到な情報発信をしている。例えば昨年11月の安倍・習近平会談で中国は尖閣などについて自国に都合のいい内容を英語で約束より早めに発表し、間違った情報が世界に発信されてしまった。
間違ったinformationでも堂々と発信する。間違っているからかえってinformationとして反論しにくいのを計算したintelligenceであって、それをまったく無視するのが日本流のintelligenceなのだが、それがワークした時代は終わった。相手はそれがネット社会では不利に働くことまで見越している。これにヘイトスピーチで立ち向かうのは相手の思うつぼだ。それが今度は「碁盤をひっくり返す蛮行」として世界にネット放映されてしまい、イメージを落す。囲碁には囲碁で、碁盤の上でやりかえすしかない。
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司法はバイトテロをどう裁くのか
2015 FEB 8 0:00:33 am by 東 賢太郎
知らなかったが「バイトテロ」という言葉があるらしい。アルバイト店員がお店で悪ふざけした動画をyoutube等に投稿し、それが仲間のサイトやSNSで世間に拡散してしまう。それも食器洗浄機で体を洗うなど衛生イメージを大きく損なうものであって、飲食店が廃業に追い込まれるなど甚大な経済被害が雇用者側に出ているという。
この背景にはたぶんyoutubeなどの動画サイトが「劇場」化してきて、投稿すれば誰でも世界中の人が見てくれる劇の主役になれることがあろう。コンビニで悪戯する愉快犯から殺人を放映するテロリストまでを生んでしまっている。これを司法という国家権力がどう扱うかは今後の社会正義の形成に関わる非常に重要な問題である。
マクドナルドの歯の問題がそれだったかどうかは知らないが、場合によっては大問題になる故にテロという表現は当たっているだろう。イメージというのは連鎖を呼んでしまう。顧客としてはアレが出たなら当然にアレも入ってるだろうという恐怖感を覚え、その店舗で売り上げが落ちるにとどまらず被害額は算定できないものとなる可能性だってある。
経営への不満ということもあるかもしれない。どんな理由があろうとテロは許されないが、「許されない」という常識が社会に欠如し始めているなら由々しきことだ。「コピペがいけないと知りませんでした」という人が問題になったが、そういう人が博士論文を書き、土足で洗浄機に入る人が調理をしているかもしれないという認識は共有すべきだ。
そういうことはしなかったが、子供のいたずらは僕自身が身に覚えのあることで偉そうなことは言えない。目立ちたいのは結構だし悪戯心ぐらいは全然ないのもどうかと思う。麻疹みたいにそれを経ずに大人になって「発病」するのがよほど怖い。反対の方も多いと思うが僕は子供の、特に男の子のいたずら性善説である。
だが悪戯にはやってもいい限度があるのであって、何があっても他人様に迷惑はかけてはいけないというのは社会の掟(おきて)だ。どんな社会だって掟があるのは万国共通。その掟は教室では教えないから親が教えるしかない。親が教えないと子供はどこかで矩(のり)を超えて警察に捕まってしまう。可哀そうなことになるのは子供なのだ。
見せしめの刑というのは法治国家ではない。しかしネット社会の急展開で、放ったのが爆竹だと思っていたらダイナマイトだったという不測の事態がある世の中になった。そういうことをすると自分こそ危険だという事実は学ばせないといけない。お店は潰れ、バイトの子は場合によっては威力業務妨害罪で前科一般になってしまう。誰も得しない。
法治国家として当たり前の、法の公平かつ厳格な適用ということに国家権力が留意しないといけない。成人で責任能力があるならば、法に触れれば法の裁きが下るという当然のプロセスを執行すべきであり、「いたずら性善説」は道を譲らなくてはいけない。「そんなに悪いこととは知りませんでした」は法治国家の国民として許されない。
法による支配というのは人治国家とは相いれない。やったことが問題なのであって、やった人が誰かは関係がない。韓国の「ナッツ姫事件」は財閥の娘だからけしからん、重罪なのだということはあり得ない。彼女の行為を「法律・判例に照らしてどうか」ということだけ、それが法治国家、罪刑法定主義のイロハのイである。
僕はSTAP事件の刑事告発がどう扱われるかも同様の視点で興味深く見ている。バイトテロが悪戯で片付かないのは故意が明確な場合で、もし犯罪性が疑われるなら構成要件としてその有無がまず重要なのであり、それが有りという蓋然性が少しでもあるなら国家権力が捜査をしない選択肢はないだろう。告発者の動機はそれには関係ない。
世の中が変わったからといって裁判における法の適用の尺度が変わるということもないし、あってもいけない。当然のお裁きの結果が適切に報道され、それが法治国家で税金を払い選挙権を持つ国民の「掟」なのだということを知らしめるのは、やはり家庭であり親の義務だろう。最後はどうしてもそこに帰ってきてしまう。
カラスは、自分の子が一番美しいと思っている (イギリスのことわざ)
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マックから歯が出た?
2015 JAN 7 12:12:10 pm by 東 賢太郎
昔、友人の悪がきが200kmだせば高速道路のネズミ取りの写真に写らんからつかまらねえぞと豪語していた。過ぎたるは及ばざるがごとしというが、そこまで過ぎてしまうと手も足も出ないことが世の中にはあるみたいだ。
マックのポテトから人間の歯が出たというニュースには仰天した。次は何が出るんだろう?スペイン人の社長さん教えて下さい。いやもう何が出てもおかしくない物体だ、人体の一部というのは。
どこで入ったかわからないらしい。しかし、どこで入ろうと、そもそも何をしたら歯が入るんだろう?その情景が常識では思い浮かばない。きっと常識を超えたことがあったんだろう。奇っ怪、面妖というしかない。
食品安全基本法は人の健康に悪影響を及ぼすおそれがあるものを取り締まるが歯はそのおそれには該当しないなんて芸が専門のあの弁護士でも雇うのか。法律が想定もできないものを出すのはそう容易ではなく、その点はあっぱれの領域である。
この数年、僕は安い居酒屋に行く気もおこらない。あの値段で利益が出るなら原価は安い。ものすごく。企業努力だの給料を削ってブラック企業だので済む値段じゃない。経済原理的に。ということは、何を食わされてるかわかったもんじゃない。
デフレが騒がれるようになって安売り競争の世になってしまった。100円で売れる商品に夢も希望もあったもんじゃないが、安全まで消し飛んでしまうリスクがそこかしこに蔓延している。何かが狂っている。
食の安全?歯を食べても死なないでしょ?そういう問題じゃなく、食の倫理の問題だ。コピペや捏造に不感症の腐臭漂う精神の産物である。こんな業者を放置したらマックが無罪なんだからとさらにすごいものを出す業者が現れそうな気すらする。
学生のころ「人が素手で触ったものは嫌だ」と寿司を食べなかったアメリカ人がいた。なるほどと思った。あれは寿司屋という特殊空間でだけ食べられる食品かもしれない。板さんがジーパンやスーツ姿だったらオレも食えないよと同情した。
思えばそれはどこの岩清水や清流で造った清酒がうまいかというような話であって大腸菌が1立方センチ何個以下だったから大丈夫というような世界では成り立たない。お清め、不浄忌避という和の精神の担保あってこその食文化だ。
マックという米国企業がそれをぶち壊したように見えるが、日本に原因があるなら日本人の問題だ。デフレは本当に怖い。人間の精神まで腐敗させてしまう。
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今年の箱根駅伝に思う(5区の神学論争)
2015 JAN 4 15:15:46 pm by 東 賢太郎
今年の箱根駅伝は本命駒大をぶっちぎって青山学院の圧勝でした。5区で柏原の記録が(参考とはいえ)塗り変えられるのは想像もしておらず、確かにあそこで決まった観はあります。
ただ総合タイムも史上最高ですからね、往路も復路も全員が強かったということであり、文句なしの優勝だったと思います。
5区の山登りですが2006年に距離が長くなってからあそこがレース全体の勝敗を決するケースが多く、5区を短縮する議論が監督会議で出ているそうです。
「現時点で今井と柏原は実業団で大活躍しているとは言い難いのが現実。標高差が864メートルもあるマラソンコースも、世界の主要大会に存在しない」
という理由らしい。どちらも事実なんでしょう。でもなんでそんなことがここで話題になるのか。
今井も柏原も平地では普通の選手だったから山登りに人一倍の努力をしたときいたように思います。山で有名になったら実業団で大活躍しないとおかしい理由はあるんでしょうか。
標高差ありすぎ?これは笑えますね。そんなの大正時代からそうでしょう?
それを言うならゴール地点を低い所に変更するしかない。すなわち箱根の看板を外して歴史も捨て去って御一新するしかない。そんな勇気ありますか?
誰もあの山登りはマラソンと思って観てないし、それでも人気があるから風物詩とまで言われて100年近くも続いているのでしょう。
「今の5区は特殊区間で全体の4、5割のウエートを占めている」
そうですか。でもひょっとしてTV視聴率の4、5割のウエートも占めているかもしれませんよ。なんといっても面白いですから。箱根駅伝そのものが特殊な競技大会じゃないでしょうか。
世界にない山登り競技にうつつをぬかしては日本のマラソンに未来はないというならば文科省が打ち切りにすべきですが風物詩なんだからそんなことはしません。だからやっぱり御一新は無理でしょう。
つまりマラソンの未来を憂う大学は「箱根駅伝には出ない」という結論にいたるしかないのではないでしょうか。女子に箱根は無くても五輪メダリストは出てるわけだし、その理由で監督会議で5区を短縮すべきという議論はないと思う。
だからこの主張はいったい何をしたいのか意図が全然わからないのです。我々素人ですが、素人にわからないことは意味のないことが多いです。神学論争ですね。
何かこの議論は「山の神否定論」に聞こえるのですが、神野君が3年である以上、青学以外の全ての監督は5区短縮賛成だろうし、来年の視聴率を考えると日テレ、読売もそっちかもしれません。
努力した者が大成功するとあれこれ言われるならそういう議論は徹底排除すべきです。スポーツはフェアであることが何より大事であって神学が出る余地はない。マラソンかどうか以前にまず箱根駅伝はスポーツかどうかを問われるでしょう。
今回、神野君のタイムはどうみても区間新記録ですが、函嶺洞門をバイパスして距離が違うので区間賞にしかなりませんでした。これはやむなきことでしたがそれでもスポーツとしては違和感を覚えます。
スキージャンプやバレーボールで日本人が勝つと欧米がルール改正してどっちらけになる、ああいう方向に行ってほしくないし、そうなればマラソンの未来だけでなく競技全体の未来も心配することになるでしょう。
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黒田のカープ復帰は歴史をぬり変える
2014 DEC 27 14:14:40 pm by 東 賢太郎
今年の最後の最後に凄いニュースが飛び込んできました。パドレスが21億円を提示した黒田争奪戦、なんと4億円の広島カープが勝ったようです。
これはハナからお金の話ではなく、黒田という男の人生観の話と思います。僕はそう考えたい。
アスリートが上のステージでプレーしたいのは当然でしょう。そのために彼は広島を去った。そしてヤンキースでエース格になった。だから金と名誉もついてきた。
でもそれで彼は「あがり」じゃなかった。育ててくれた広島カープへの恩返しという、もっと重たいものが先にあった。そこがずっしりと重いですね。日本人として、人間として。
田中やダルビッシュもいい投手と思います。いずれ彼らも40歳になる。そこでこういうことができるかな。松井秀喜は日本なら軽く30本塁打できたと思いますが、復帰せず引退した。彼の人生観ですね。それと比べて評価すべき話と思うのです。
だから、メジャーへ行って全然だめでしたとかマイナーに落ちましたとかいうような人たちが仕方なく日本球界に帰ってきて、それでも何億円もらえましたなんていう品格のかけらも感じない金満話と一緒にして欲しくないですね、絶対に。
そもそも黒田は日本球界に帰ったのではない、カープという球団に自分の意志で移籍したのです。他の者とは月とスッポンの差である。日本の組織というのはわがまま言って出ていった者が帰ってきにくいものです。会社だって一度辞めた者が舞い戻るなんてことはまずありません。
だからほとんどの選手が違う球団に戻っています。それを引き戻した広島カープという球団を僕は見直しました。懐が深い。こういう球団だから黒田は戻ったんでしょう。思えば阪神に出ていった新井もそうです。カープのスタンスにとても日本的なものを感じます。お金だけのアメリカンでないものを。
お金といえばパドレスの提示した単年契約で21億7千万円はメジャー全球団でエース級の報酬です。40歳ですがまだメジャーリーガーの頂点にあるという評価であり、日本球界に帰る必要なんかさらさらない。
もうひとつ僕が感心したのは来期はあと1勝で全30球団から勝利という名誉がかかる年だったこと。そしてパドレスのオファー金額は40歳の選手としてメジャー最高記録だったということです。だからそれを受ければ歴史に名を刻む名誉でもあった。
アメリカというのは報酬金額=能力の証明、であっけらかんと皆が納得するわかりやすい国です。金持ちはきっと裏で何かやってるんだろうと疑う日本とはわけが違う。だからそれは堂々たる名誉だったのです。
黒田はもうカネはたんまりあるんでしょと穿って考える人もいると思うので書きますが、そういう人こそ次に欲しくなるのが名誉です。勲章をもらうのが生きがいの人、いくらでもいます。それも彼は蹴ったわけです。これも重い。
「恩がえし」という英単語を僕は知りません。復讐(リベンジ)はありますが・・・。辞書を見たらrequitalとありますが、これは返礼という意味でちょっとニュアンスがずれる。それにやっぱり復讐という意味もあるんです(笑)。
単語がない、ということは欧米人はそういうことはしないということです。存在しないものに名前はつけないのです。
希望的観測をこめて、これは以下の3つの大変化を生むと思っています。
①黒田は男の言葉の重みを変える
これは腐りきったニュースの続いた日本に強烈なインパクトになるでしょう。
黒田が言っていたといわれる「カープに恩義があるから活躍できるうちに帰る」という言葉は17億円より重かった。うわべだけのリップサービスじゃなかった。これに僕は涙が出るほどいま感動しているのです。
コピペ、STAP論文捏造、偽ベートーベン、おれおれ詐欺、食品偽装、やらせ、なりすまし・・・・こういう国辱ものの大嘘つきどもが吐いたり書いたり貼ったりした軽~い言葉、それを報じるマスコミや評論家やネット民の軽~い言葉。私利私欲や小遣いかせぎで議員になったような唾棄すべき連中の軽~い選挙演説や泣きわめき。
比べてみてください。けっして男だ女だいうつもりはない。でもね、「武士に二言なし」なんです、我が国は昔から。サムライは男です。なにより男の言葉が軽くなっちゃあいけません。
野球選手の話ですが野球の話じゃないです。高倉健亡き後、最高の日本男児が現れました。今年一年、はらわたが煮えくり返り、何度も何度も僕はブログにしてきましたが、黒田が百万倍の力でそれをぶっ飛ばしてくれました。
②黒田は世界の日本人評価を変える
これを聞いて、誰より仰天しているのはアメリカ国民です。確実に。
オー、ノー、ホワット イズ ヒロシマカープ?
なんだそれは?メジャーリーガーの誇りよりも、17億円よりもヴァリューがあるものなのか?日本ってなんなんだ?
でもね、これは僕の予測ですが、アメリカ人はきっと黒田をたたえると思いますよ。こいつはリアル マン(男の中の男)だ、サムライだって。
そりゃあ世界のどこへ行ったってこれはすごい、男として格好いい。17万円でいいから俺も言ってみたい。彼はスーパーマンになったのです。中国人、韓国人にできますか?
日本人って、カッコいい!
③黒田は近代経済学の歴史を変える
僕はまじめに言ってます。ウォートン・スクールで僕はノーベル経済学賞のクライン博士がこう言ったのをはっきり覚えているからです。
「人間は経済人である。経済的に必ず合理的な行動をとるのです」。
博士はまじめにそう言っている。だから僕もまじめに言ってます。
これから「ただし、目の前に落ちている17億円を拾わないサムライはその限りではない」というリマークが入ることになるだろう。
黒田君、ほんとうに凄い決断です。ありがとう。50年もカープを応援してきたことをささやかながら誇りに思います。
いかん、それで思い出しました。あまりに凄すぎて4つ目を忘れてました。
④黒田はカープの歴史を変える
これで来年は黒田、マエケン、大瀬良と三枚看板がそろい、優勝は完全に射程圏に入りました。
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僕のSTAP論文事件ブログについて
2014 DEC 21 15:15:59 pm by 東 賢太郎
僕のブログは開始2年3か月たった今現在のべ25万人ほどお読みいただき、ざっくり7割ぐらいが音楽記事の訪問者という感じである。正直のところ、自分がプロの部分よりアマの部分のほうが関心を持たれているのは、どうしても居心地が悪い。ブログ題材は死んでも残る自分の鏡と思っている。正確に写したい。歪んでいるかもしれない専門外の鏡によってではなく。
証券業務経験者のアングルからSTAP論文問題について3月に書いたらそのブログを2万8千人ぐらいが読んで下さった。僕は最大の証券会社でエクイティ業務に従事しファイナンス業務で役員という地位も報酬も得ていた者だ。だから世間的な定義上はプロということになるだろう。その眼で見てあのファイナンスはおかしいので書いた、だからたくさん読まれた。これは自分の鏡として納得がいく。
しかしあの記事は引用はされたが反論も反証もない。それは仕方ない。あの本文部分に反論するのは普通の証券会社員でも無理だ。マスコミも含めて部外者には本質的なところはピンとこないと思う。その特定の業務経験のある限られた人しか通じないニオイであって、プロなら反論より同感でしょという逆にあまりにあたりまえのことだ。
ところが引用といっても、法的、実務的な理解が浅いか根本的にカン違いの脈絡でがほとんどである。僕はSMCで身分も経歴も開示しているが、僕が誰かも正確にわかっていないような人が同じくわかっていない人向けに引用したってネットトレーダーのポジショントーク並みの軽さだ。
一部良心的と思われる方からもっと易しく書いてくれというコメントや質問をいただいたが、易しく書いてもさらにカン違いの引用が増えるだけで何か生産的なことが期待できると思わないという結論に経験的に至った。僕は大衆週刊誌の記者ではないからたくさん読んでもらう意味はない。あれを読んでわかってほしいのは、読んですぐにピンと来て責任ある行動をすべき立場にある人達だけである。
そもそも小保方さんが美人だとか詐欺師だとかいう類の下世話なことに僕は何の興味もない。科学者の良心、子供の教育、そして法の正義、そのいずれもに日本国民として深い衝撃を覚えたから書いただけだ。行為を注視、検証すべきなのであって、行為者が誰かはいささかも問題ではないし、問題にすべきでもない。小保方さんの人格攻撃などもってのほかである。
隣りの国のナッツリターン事件を冷静に見ていると法治国家の法の正義という大きな問題があぶりだされてくる。正義が国や部族によって変わるのは認めても、財閥わがまま姫への国民感情が法律論に及ぶなら法治国家という建前はぎりぎり帳尻を合わせたとしても、国際社会での理解という法律ではない国家の品格のような判断基準では陰ひなたで裁かれてしまうだろう。
STAP論文捏造事件、これは日本の頭脳クラスの自殺者まで出した事件(case)であり科学者の手をもはや離れている。「(科学なのだから)部外者には本質的なところはピンとこないと思う」というフェーズにはもうないし、あってはならない。
理研の幹部は国民に対して真摯に責任を持って事実を調査、報告すればいいのであって、下村文科大臣のいう次のステップに進める能力は彼らには誰も期待していないし彼らの責任領域でもない。税金で運営される機関なのだから、世界の常識として、次の国会で国民の前で議論されるべきである。
ブログに書いた通り、検証実験の不成功は初めから事件の本質にとって何の関係もない。小保方さんもそれで悩む必要はぜんぜんないということだ。
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高倉健さんの遺作「あなたへ」
2014 NOV 24 1:01:39 am by 東 賢太郎
昨日は二子の好日山荘へ出向いて山歩き用品を一式購入しました。そういうものに縁のない身でしたから、ちょっとばかし新鮮な気持ちがわいています。
59歳もあと2か月ほどになって、いよいよ大台替わりですから、なにか最後にしておきたいなと思っているところでの気まぐれです。
仕事は忙しい中なのですが、いざ還暦というものを前にしてみると、いちど心をまっしろにして、真新しい自分になってみたいという気持ちが出てくるのは抑えられません。
さっき、先日亡くなった高倉健さんの遺作「あなたへ」を見ていて、任侠役の「死んでもらいます」しか観ていなかった不明を後悔しました。涙で拍手です。不器用で気配りで腰が低かったのは、本当の大物の証しだったんですね。
任侠役について彼は「そういう血が自分にあるからそういう役が来たのだろう」と語っていましたが、それは彼自身が掟を守り、二言のない、腹のすわった男ということであり、女は守る男ということでしょう。とても共鳴します。
演技ではあっても、ひとつひとつ言葉が重いですね。セリフを彼の人間力が飲みこんでしまっているように思います。約束は絶対破らないし、裏切り者は本気で「死んでもらいます」だったんだろうと思います。
彼の名言集も心にささります。
「拍手されるより、拍手する方がずっと心が豊かになる。」
これはある経験を思い出します。某有名大企業の社長の初対面のアポなのに、行き場所を間違えて20分お待たせしてしまいました。顔面蒼白の僕に「待つ方より待たせている方が大変なんですよ」とさらっとおっしゃり、心服したことです。この方も凄い男です。
「すべてが出会いから起きていますよね」
はい。まったくそのとおりと思います。馬齢を重ねた僕ですら、人生はあの出会いがなければこれはなかったねということの集大成でございます。
いままでの人生でお会いした多くの方々の「いいところ」「いい話」ばかりがどんどん記憶によみがえってくるので少々驚いています。高倉健効果でしょうか。
「いい風に吹かれたいですよ。 きつい風ばかりに吹かれていると、 人に優しくなれないんです。 待っていてもいい風は吹いてきません。 旅をしないと…。」
そうですね、旅をしようと思います。
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「知らないおじさんについていっちゃダメよ」は間違った教育である
2014 OCT 13 21:21:39 pm by 東 賢太郎
僕は教育論を勉強したわけでもないし文科省の官僚でも教育者でもありません。しかし、昨今の世相を見て標題のように強く思っている者です。海外で16年過ごしたことと以下のような経験をしてきたことからそう考えるに至っております。人様や社会をじっくりと客観的に観察し、自分の責任ある判断でおつきあいできるような大人にすることが大事な教育です。私見ではそれには性善説は百害あって一利ありません。「みんな仲良し」なんて現実社会に存在しない前提で子供を導くなどとんでもないことなのです。
僕の社会人スタートは証券会社でした。まずは支店の営業社員になった僕にとって、お会いした方がお客さんになってくれる人かどうかこそが死活問題でした。そこで、「株を買う人」か「買わない人」かという予測で初対面の方を自分なりに分類してみようということになりました。半年たって買った人、買わなかった人はどういう共通項があったのか、どうしたらそれが初対面で見抜けるかという観察です。人が悪い?そうかもしれませんね、でも会社で生きていくためにはそういう眼がどうしても必要でした。
それは「株が好きかどうか」ということではなく、「資金があって本当に買いたいかどうか」でもありません。すすめられて買う人かどうか、性格としてそうすることもある人かどうかです。その可能性がある方になら僕がアドヴァイスして喜んでいただける余地があります。そうでない方には単なる押し売りになってしまいます。すすめられるといっても詐欺師みたいないかがわしい輩(やから)にではありません。信頼している人に十分な情報で合理的な説明をしてもらい、理解できたうえでどう行動されるかということです。この見立てはなかなか奥深いものを含んでいます。
僕はもうそれを30年もやって、それを5分で見ぬく実戦訓練ができてます。どんな方でも、初めてお会いして言葉さえ通じれば性別、国籍、年齢、職業も関係なしです。もちろんお会いした方をそんな下世話な眼でじろじろ眺めるわけではありません。自分の両親すら父は買わない人、母は買う人と分類してます。職業病です。証券会社なんだから当たり前だろという声が聞こえてきそうですね。ちがいます。証券会社に働く社員のたぶん80%は自分が買わない人ですし、95%は他人のそれを見分けられない人です。
プライベートなお付きあいにそれがどうだこうだということは何らございませんが、ひとつだけそれが役に立つ場面があります。定価のないものを買ったりパワーで結論が決まる交渉をする時です。交渉している相手がどういう人間かがわかると、勝てるとまではいいませんが、まず騙されるということがないのです。ビジネスには必ずブラフ(脅し)の要素がありますが、それは相手の人間性から見抜けることが多いからです。正解はないのですから相手のペースにはまるととんでもない値段で買わされたりします。そういうことは僕には通用しないというぐらいはいえます。
ほんまかいな?と思われるでしょう。
車のセールスは車を買おう、買い換えようと思っている人がお客さんです。すすめる前からそう思っておられる。ところが株や国債というのはどうしても買わなくてはいけないものではありません。家訓で買ったらアカンなんて人もいる。船場の繊維問屋さんに飛び込み営業したら社長に「縁起が悪い、出ていけ!」と怒鳴られて塩をまかれたこともあります。だからそういう困った事態になる前に直感しなくてはならない。「それを話していい人かどうか」という大事なことをです。
それは30年前のモーレツ時代の野村證券で、その中でもとりわけモーレツだった大阪の支店で毎日飛び込み外交で名刺百枚集めという、今となっては伝説以上に信じ難い営業を2年半もやらされて見える類のものです。だから、ほんまかいな?で当然です。こればっかりはやってみないとわからないし説明することも教えることもできません。現在二人の娘は日本と米国の大きな会社に就職して営業に関わる仕事をさせていただいておりますが、大変結構と思います。そうやって自分で苦労させるしかないのです。
自分の体験というのは、失敗であっても腑に落ちます。僕は学生のころ渋谷でポン引きに引っかかって大枚をまきあげられたことがあります。いま思うと騙されるほうが馬鹿なのですが、彼のセールストークは脇が甘い貧乏学生の琴線に触れる職人芸的な水準にあったわけです。お巡りさんの目の前で堂々とやっているのだからその時点では詐欺でも違法でもない。そうかそれも手なのか、あとで交番にいくとこうなるのか、なるほどこうやって泣き寝入りになるのか・・・・。大学の授業より勉強になりました。
ポン引きを承認するわけではありません。しかしモノを売るという商売は商品がちがうというだけで非常に深い根底の部分で共通するものがあるのです。人間は変わることはないですからたぶん太古の昔から、フェニキア人やベニスの商人だってそうしていたはずです。驚かれると思いますが、テレビを見ていて、あれっ、このCMあのポン引きと同じ手口だなんてことがあるのです。交渉術なんて立派なものは知りませんが、そんな勉強はしなくてもやるべき所でやるべき人はやっています。
僕自身は「買う人」の最たる部類です。自分がそうやって株を買っていただいてましたから苦労してすすめられると弱い。証券セールスから見れば一番いいお客さんになるタイプなのです。しかし、ここが難しいのですが、苦労というのは相手の琴線に触れて初めて苦労と見てもらえるのです。それ以外は徒労と呼びます。「お客様の立場になれ」だの「自分を売れ」だのともっともらしいノウハウが語られますが、仮に僕に対してそれをしても徒労に終わるだけです。琴線に触れるには観察力のほうが大事です。
僕は外国人の部下の採用や給与査定は、得意とする「株を買う人かどうか二分法」でやってました。海外の証券業務(ホールセールとかインベストメント・バンキング業務という)では稼げる人材というのは欧米証券大手各社と取り合いになります。スポーツ選手とまったく同じことです。さんざん腹の探り合いをして提示する僕の条件は彼らの期待値から大きく外れたことは一度もありません。そこを読み違えたらぼられるか逃げられるかです。相手はもちろん2倍以上もふっかけてきますが、最後は相手の本音を見抜いている僕が勝つのです。
それができない会社はヘッドハンターというものを使います。彼らは契約金を上げた方が儲かりますから、採用する側から見ると値段を吊り上げるという不純な動機があります。しかも、彼らが紹介するのは自分より年収が多い人であることが多い。僕はそれなら紹介される職に自分がついた方がいいと考えますが、基本的にそうは考えない人がなるのです。従って僕からすれば高収入の得られる真剣勝負をしたことがないか、しても勝ったことのない人だという結論になってしまうのです。そういう人に僕が採用についてのコンサルを頼む意味は皆無です。
株を買うかどうかというのはその人がお金にどのぐらい興味があるかというバロメーターを通じて人となりを観察、洞察することです。たとえば名誉欲がない人はたくさんいるでしょう。しかし出家した行者でもないのに食欲、性欲、物欲、金銭欲がないというなら絶対に嘘です。よほどの資産家はともかくそれでは人間食ってもいけないし子孫も残せません。先祖がそうなら彼は世にいなかったはずで、だから、そうじゃないDNAが遺伝しているはずなのです。こういう「腑に落ちる道理」で物事を判断するというのは、それでも間違うことはありますが、生きる知恵としては非常に大事だと思います。
たとえば選挙の時にどの政治家を選ぶかです。僕の道理では、議員になるような手合いの人間で「私は株はやってません、清廉です」などと自慢するのは100%大嘘つきと断じて構いません。株を買わないことが清廉だなどということ自体馬鹿ですが、大嘘を堂々と公言しているという事実が判断材料です。1つ人前で嘘をつく人間は10も20もついているというのは人類の法則でもありゴキブリの法則でもある。従ってこういう人には絶対に投票してはいけません。お金にきれいな人は、当たり前のことなのでいちいちそれを宣伝などしません。そういう人は、だいたいにおいてではありますが、大丈夫というのが僕の判断です。
あなたは人が悪い?そうかもしれません。でも「みんなよい子」「みんな仲良くおんなじ」なんてとんでもない、そんな教育をしているのは日本だけでありやめるべきだと言っているのは僕だけではない。先だってTVで小説家の曽野綾子さんも言われてました。まったくその通りです。子供には現実を、そして「腑に落ちる道理」を教えてあげるべきです。世界はすべて「他人を見たら泥棒と思え」が常識です。それが良いか悪いか、好きか嫌いか、日本人としてはいかがなものかなんて独りよがりを言ってはこれからの子供は世界で生きていけません。
「知らないおじさんについていっちゃダメよ」じゃないんです。知ってるおじさんでもおばさんでもダメ、他人はみんなオオカミなんです。有名な童話の「赤ずきん」はもともと1697年にフランスで出版されたペロー童話集にあり、おばあさんも赤ずきんちゃんも狼に食べられて終わりです。親が言いにくいことはちゃんと童話が教えてくれています。ところがそれはなんでも口あたりが悪いということでしょうかグリム童話ではストーリーを換えて漁師がオオカミを打ち殺しておなかから二人を救い出したことにしました。現実社会には漁師はいないよ、ハッピーエンドとは限らないよということも教えてあげるべきではないでしょうか。
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