日本サポーターのゴミ拾い
2014 JUN 17 10:10:12 am by 東 賢太郎
サッカーのワールドカップ(W杯)初戦で日本はコートジボワールに逆転負けを喫しましたが、スポーツですから試合の勝ち負けは仕方ないでしょう。今回の結果がどうこうではなく本田の「優勝するぞ」という目線はいつも敬意とすがすがしさを覚えます。現実派の選手達から浮いているという報道がありますが、彼が ”畜群思想” に負けないよう、エースを潰さないよう願うばかりです。
非常に興味深いことに、このゲームで日本代表サポーターたちが試合後にスタジアムのごみ拾いを行ったことをブラジル現地メディアは「敗れたにもかかわらず、日本人の行為は人々の心をつかんだ」と称賛している、とのニュースがありました。
これは日本人として至極当たり前ですね。ところがそれが報道されてしまう。それほど世界の人はそういうことをしないのかなと驚きます。負けた場合はゴミはぶちまけ、相手の罵詈雑言を吐き捨てて去るのでしょうか。
これは日本という国が西洋人が作った尺度で測れないということを世界が認めだしている証拠と思います。そしてそれが物珍しいだけでなく、好感度を上げていることを。ああなりたい、立派だと憧れる若者が世界に増えていると感じます。
そのことと、このニュースは無関係でないと思います。
BBCの調査によると、日米中韓など16カ国とEUについて「世界に良い影響を与えているか」を聞いたところ、「良い影響」で日本は第5位とアジアでトップ。中国は9位、韓国は11位だった。反対に「悪い影響を与えているか」との質問には、イランと北朝鮮が1、2位で、中国は6位、韓国は9位、日本は11位だった。
ネガティブキャンペーン、罵詈雑言というのはわかるに人はわかるのであって張った方も傷つくのです。
偽造だなりすましだという浅ましいことはしないで清清とこのサポーターの方たちを見習って生きて行けば日本は自然に世界の憧れの国になるでしょう。
企業についても社会的責任投資といって、従来の財務分析による投資基準だけでなく社会・倫理・環境といった 点で社会的責任を果たしているかどうかを投資基準とする考えが世界の主流になりつつあります。
それを狙ったやらせ、なりすましの善行ではなく、長く続いた社風として自然に「ゴミ拾い」できる日本企業はあります。そういう企業が世界で評価される日が来ると言っても誰も信じないでしょうが、僕は確信しています。それが21世という時代です。
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やだ、うそ、信じられな~い
2014 JUN 14 23:23:44 pm by 東 賢太郎
22年前の話です。夏の暑い日に課で残業してもう9時ぐらいだったでしょう。といってもほぼ日課のことで、その時間までメシ抜きというのもざらでした。国際金融部コーポレートファイナンス課長だった僕は「おい、今日はおしまいだ、みんなでなんか食べに行くぞー」。部下たちに声をかけると、「やったやった、東さん、焼き肉行きましょ」と大はしゃぎ。家族的な課でしたね。みんな机の引き出しに厳重に鍵をかけて大手町アーバンネットビルを出ると、困ったことにぱらぱらと大粒の雨が降りだしていました。「まいったね、天気予報も最近あたんないよなあ・・・」、というのは誰も傘を持っていなかったのです。
急な雨で大手町ビルの反対側路上のタクシー乗り場は満員です。どこもタクシーをつかまえる人であふれて車はなかなか来ません。前には5、6組も待っていて僕らは雨よけからはみ出してしまい、もうけっこうびしょ濡れです。30分以上も待たされてやっと我々の順番が来て車のドアが開いたその時です。横の方からひとりの若いOL風の活発そうな女性が何のためらいもなくさっと前に割りこんできました。そのあまりの自然な感じに驚いていると、挨拶に目を合わせるでもなく、何の説明もすみませんの断りもなく、我々を差し置いて車に乗り込もうとするではないですか。
「ちょっと待って、ちゃんと並んでくださいよ!」まず体で女性をブロックしたのは運動神経抜群ながら普段はおとなしいH君です。「あんた後ろに何人ならんでると思ってるの」、知性派紳士で女性に人気のI君も珍しく語気を荒げます。するとです。その24,5と思われる派手目な化粧の女性は勝気そうに我々4人をひとりひとり睨み付け、驚いたような顔をつくって大声でこういい放ったのです。
「やだー、うそー、信じられな~い」。
うーん、この女、目がどっか狂っとる・・・あっけにとられる東課長をしり目に、ついに堪忍袋の緒が切れた正義感のかたまりのK君、
「信じられないのはこっちの方だ、この**!」
**は余計でしたが誰が見ても正鵠を得ている極めて写実性の高い描写ではあり、4人はなにごともなく焼肉屋に向かったのでした。
こういうのを逆切れと呼ぶのはだいぶ後で知りましたが、この頃がこういう輩の出現のはしりだったでしょうか。何をしてもワタシは平気、悪くない、お母さんがそう言ってたワ、○子ちゃんはすごくかわいいし、男はみんな何でも許すわ、フフフ♡・・・お顔の表情がこういう感じですな。そこまで絶対の自信をこめて大きく勘違いできるのは天賦の才としか理解の仕様がありません。まあ男ぐらいで済んでいればかわいいものだが世間となるとそうもいかないでしょう。
この女性の父親は何をしていたんだろう、何でも許す男のひとりだったんだろうか。父性原理がない世の中というのは日本女性の本来の魅力まで奪ってしまいます。「あのー、すみません。大変勝手なことなのですが、さきほどから少し体調が悪くて・・・」とでもいえばまず正義漢のK君が黙っていたはずはなく、後ろの人にまでそう説明して「お大事に・・」と送り出したでしょう。万万が一にも30分後に医者でなく同じ焼肉屋に彼女の姿を見出したとしても、まあゆるせるかな。
逆切れはいけません。K君さえも放送禁止用語の**ぐらい言ってしまう。得るものはありません。まして同じ焼肉屋で見つかったら・・・人生を棒にふるかもしれません。
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世界三大不正の一つと言われる国辱(追記あり)
2014 JUN 13 22:22:47 pm by 東 賢太郎
僕は3月にこういう投稿をしました コピペという文化。そこに隠喩したSTAP騒動はまだ本格化する前でした。
その醜態はとどまることなく、一昨日も論文データを改ざんしたノバルティス元社員逮捕のおぞましいニュースが出ました。シニアの方々はクレージーキャッツの映画『ニッポン無責任時代』を覚えておられるでしょうか。今や男も女も無責任ぐらいはかわいい方で、むしろ、嘘、ごまかし、なりすましで積極的に他人を騙し、ばれると「悪意はなかった」と平然とその場しのぎを言ったあげくに逆切れするのまでいる時代です。外を見ればそういう国はいくらもありますが、そうではないのが美徳だった日本も立派にグローバル社会の一員になりました。
理研改革委の岸輝雄委員長が述べられたようにSTAP事件が欧州で「世界の三大不正の一つ」と認定されているなら、これは科学史に残る重大事件であってセンター解体ぐらいでは足りないぐらいです。もとより多額の税金によって設立、運営される公共の組織を吹き飛ばしたことだけでも重罪ですから、責任者たちはそれに匹敵する裁きを受けるのは世界の常識であり、税金の返還請求など当たり前です。弁護士が意味不明の情緒的弁解をくり返してきましたが、そんなことはまったくどうでもよく、淡々としかるべき手続に従って裁かれるだけです。
僕は何度も我が国における「父性原理の後退」を指摘してきました。マッカーサーGHQ占領下での日本非武装計画(というより計略)に端を発した諸々の仕組みと洗脳が奏功し、半世紀余を経て父性原理は危険かつ時代錯語とされて国ごと去勢されました。日本はおろか儒教国ではありえないお父さんが犬であるあの不愉快極まりないCMはその土壌でしか効能がないでしょう。その腐った土壌にもうひとつ、米国文化の軽薄な面だけをアメリカンと勘違いするそれこそ軽薄な面々の文化が上塗りされることで冒頭のコピペ文化は形成されたと思います。それは日本人、日本国の大黒柱の腐蝕であります。僕は右翼でも軍国主義者でもありませんが、どこの国でも当たり前の愛国者なら危機感を持つはずです。
今回の理研改革委の解体提言は父性原理による必然の鉄槌であり、母性的な情緒が影響して終息しかねない国情の中でそれが下されたというのは識者の立派なご見識の発露であり、至極健全と思われます。元来そういう性向を有すると思われる行為者はどこまで責任能力があるのかすら不明に思われる程度であり、そのような者をずさんでいい加減な入試とプロセスで選別、合格させ、しかも放置した管理者たちの責任こそ決定的に甚大であります。
ここで我々国民が注視しなくてはならないことがあります。研究不正は「研究倫理」の問題であり、「研究内容だけ」に関わる問題です。だから個人の問題であり、その個人を罰して例えば懲戒免職にして終わるという解決は可能です。ところが今回は組織の管理体制ごと救済しがたい無能力と判断したわけです。だから組織ごと懲戒免職にする、つまりお家お取り潰しとなった。老中、家老は切腹。これもわかります。
ところが週刊文春が指摘した使徒不明の経費、出張費という別の問題が発覚しました。これは「研究内容」の話ではないので三大不正とはまったく別次元の問題です。2人で1回9万円の出張が週1以上のペースで11か月も続くというのは尋常ではなく、多忙な実験の間をぬって国費で行ったのですからよほど重大な案件があったのでしょう。それは何だったのか???これが国民的関心事になった以上、お家お取り潰しで記録がなくなりましたでは済みません。消費税をさらに10%にすると言っている矢先です。その税金が2人の使途不明金に消えていましたでは納税者は誰も納得しない。理研の監督官庁の問題でもあり得るでしょう。
この騒動が世界にも納得のゆく形で解決し、誠実かつ優秀な科学者、研究者の皆さんが正しいモチベーションをもって研究に邁進され、世界三大級の成果をあげられることを切に願います。
(追記、6月18日)
安倍内閣第3の矢と予算。先端科学と女性登用。下村大臣と文科省。先進医療と医工連携。早稲田と東京女子医大。ハーバードと Brigham and Women’s Hospital。特許50-50。 理研と独立行政法人。GPIFと独立行政法人中小企業基盤整備機構。ゴッドハンドと入試なし。
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「ネット人格」性悪説は必ず増える
2014 MAY 28 0:00:32 am by 東 賢太郎
裁判中に迷彩メールを仕組んで勝てそうな裁判を棒にふった男がいました。だまされた弁護士さんが同情されるほどの真っ赤な嘘でありました。「嘘でした」と悪びれる様子もない被告に、なにか気味が悪い違和感を覚えるシニアの方は多かったのではないでしょうか。
SMCは記名式、顔写真つきのブログが大原則ですから匿名会員はお断りです。それでも僕自身、ブログを書いていると、ときどき「ここまで書いて大丈夫だろうか」と迷うことがあります。匿名ならもっと楽に書けるのにと思うこともあります。ですから、匿名で誰もが気軽に意見を発信できる世の中になったのは、それが苦手な日本人にとっては基本的に良いことであります。
ただSMCをそれをしません。それには理由があります。自分は安全な場所に身を置いて好きなことを言うのは、野球場の外野席でヤジを飛ばすのと同じです。ヤジに責任は問われない代わりに選手がまじめに聞くわけでもなく、それで試合がどうなるわけでもありません。ところが記名式ブログは、ささやかながらも自分の信用をかけています。ネットに的外れなことを書けばそれが世界中に中継されるのですから考えようによっては恐ろしいことで、社会に相手にされなくなるリスクもあります。
ところが、ここがブログを1年8か月書いてみて驚いたことなのですが、リスクを負って書いているということを評価して下さる方も世間にはたくさんおられると感じます。どうしてかというと、自分が明明白白に自らをさらけ出して、ご批判を受けるかもしれないほど旗幟鮮明に書いた投稿がいつもアクセス数が多い傾向があるからです。その評価にお応えするのは人としての礼儀ですから、野球でいえばヤジではなくグラウンドでサインを出しているぐらいの気持ちになってきます。この気持ちが自分を鼓舞してくれますし、書く内容もだんだん高めてくれる、つまり自分が常に勉強して進歩し続けることができるという気がいたします。
自分の顔を隠してものを言う人だったあの事件の被告は、たぶん初めて実名でメールが社会に公表された経験をしたのだと思います。しかし逮捕前のTVインタビューでもはっきりと実名で自分の意見を言っており、嘘がばれてからも取り乱した様子もなく、そんなに度胸があるのならなぜわざわざ匿名でそんなことをする必要があったのか?という点がわかりません。ここにネット社会が産んだ、単に愉快犯とだけ呼ぶことのできない特有の深い病巣があるかもしれません。ネットという道具が頻繁に人間と接触することによって、人間の方が何らかの影響から精神的に変質してしまうということです。
例えば「ネット人格」という言葉があります。リアル社会では正直者なのに、ネット上では平気で嘘をつけたりするような分裂人格のことです。顔を出して「明明白白の立ち位置」になればそれはできません。匿名がそれを産みます。米国ではこの匿名発言者による意見や宣伝は価値を失っているという指摘があるそうです。ネットを利用して世の中に思い通りの影響を与えようというネット人格の出現で、ネット人格そのものが「性悪説」で見られる傾向が出ているということです。匿名で人をほめたりけなしたり、何かをおとしめたり宣伝したりという行為はのっけから「眉唾もの」とレッテルを貼られて何の社会的影響も与えられなくなっていくということです。ある意味当然のことで、ネット社会が成熟期に向かえばますますその傾向が顕著になると思われます。
ということは、ネットという強力でグローバルな媒体は宣伝に使うのではなく、まず信用を築くことに使うべきだというのが僕の持論です。おかげさまでSMCは徐々にですがその方向に向かっていると思われますし、個人だけでなく企業のSNSというものも、自社製品宣伝の場であるよりは自社の社会的信用を作る場であっていいということです。短期的な利益を求める会社ではそのようなSNSは株主総会で真っ先にコストカットの血祭りにあがるでしょう。ですから、今やほとんどの日本企業がお手本とする米国型企業統治の会社ではなく、伝統的な日本型経営ができる土壌の会社には大きなチャンスが到来していると考えております。
(こちらへどうぞ)
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「小保方氏に見るリケジョとAO入試」再論
2014 APR 20 20:20:09 pm by 東 賢太郎
にたくさんのアクセスをいただき驚いています。ここで論じたのは学生の選別法でした。サラリーマンを30年もやると、どういう学生が入社後に伸びたのか、それは資質なのか教育なのかなど外的知見は増えるし、自分自身そして同級生のその後など個人的知見もある程度整います。その知見が今後役立つか否かは世相の変化にもよりますから確証はありませんが書いておこうと思いました。
拙文で「読み書き算盤がベース」とし、だから「算盤(数学)を省くのは愚策」としたのは一つの結論です。そこでもう一歩議論を進めてみます。では国立大方式が万能なのか?という問いです。
世には「東大・京大生が読む・・・」「東大式・・・」が溢れています。「アメリカでは今・・・」「・・・が全米で大ヒット」に似たキャッチコピーです。では東大式はないのか?あります。試験というものがきわめて苦手だった僕が浪人して発見したことがあります。東大入試の国語や社会科の論述問題には試験官が期待しているあるパターンが存在するということです。それが何かはそこに鍵があり、それを見つけてそれに添っていわば「いい子ちゃん」になって回答すればいいのです。よく東大入試は知識ではなく事務処理能力だといわれますが、それはちょっと本質を外しています。
つまり東大式というのは一見複雑なものを記号化、整理体系化して相手の期待するパターンに合わせて短時間にコンパクトに提示することです。事務処理能力は必要条件にすぎず、いい子ちゃん能力のほうが必要十分条件に近い。これに気がつくといい点が取れます。「いまでしょ先生」の林修さんの著書を読むと彼も数学で文Ⅰに入り予備校でもはじめは数学教師だったのが現国に転向したそうですが、おそらく彼も僕がいう所のいい子ちゃんの法則を発見されたのではないでしょうか。
いきなり脱線しましたが、その能力が最も発揮できる場所こそ役所でしょう。何にでもいい子ちゃんになるためには自分の考えは不要です。コロコロ入れ替わる大臣の国会答弁などそうでもなければ書けるものではありません。わざと難解にした役所言葉で敵方を煙に巻くのは逆に悪い子ちゃんになればいいのだから全く同じ能力の裏返しです。一言でいえば、右か左かはともかく体制順応力、体制翼賛力が非常に高いのが東大力の特色です。
こういう能力にばかり長けた人がSTAP細胞はおろか相対性理論を発見するなど程遠い話でしょう。体制翼賛的でない京大の方がノーベル賞が多いのはわかる気がします。こういう入試をしている限り、所詮3000人も入れる大学である東大がエリートはおろかエリートの母集団であるかどうかすらわからず、時代の潮流によってはむしろ疑わしくすらなると思うのです。
朝日新聞社の新卒に東大がゼロだったそうです。朝日がネット時代の潮流から外れたのか?ネット発信という経験を1年半ほどしてみるとそれはあるかもしれないとは思います。しかしエリート予備軍であるならばそういう時代こそ骨のある新聞記事を書いて指針を示そうという者がいてもいいのではないかとも思う。どうもDeNA、グリー、サイバーエージェントの人気というのは、ネット時代にそれをするならそこだという志の高い現象ではないような気がするのです。
安定志向で役所と銀行そしてネット系というあまりに目先的な選択に抜け目がないことに「自分の考えがない」という東大生(特に文系)の特質を感じます。欧米に追いつき追い越せの時代のエリートはそれでいいですが、追いつく対象がない時代にそれでは国家はやがて進路を見失うでしょう。国立大方式が万能なのか?そうではないからこういう現象が起きると思います。より正確には、それが消去法的にはベストですが大学教育で補完しないとエリートは生まれないということです。
フランスのグランゼコールはフランス革命後に新統治機構を担う人材を速成するために、つまり明治政府が国立大学を作ったのと似た背景でできましたが、大学ではなく少数精鋭の国家統治専門家養成機関として進化しました。日本のいかなる大学のいかなる学部もそのように機能しているものはなく、もはや国家にエリートが必要という常識すら存在しません。それが「坂の上の雲」の明治時代との差なのです。第2次大戦後の国際関係においてはエリートの存在は核保有の有無と同じほど国家の命運を左右します。集団的自衛権もいいのですがそれを正面から論じないこと自体、与党にエリートがいないということなのです。
自分のことを引き合いに出すのはあまりにまじめに勉強しなかった大学時代の懺悔でもあるのですが、僕が本当に財産に思うのは浪人時代の受験勉強だけです。その貯金で食ってきたといってよく、大学で習ったことや学歴で今があるという実感はほとんどありません。ひょっとして入学を辞退するか中退するかして何かビジネスをしたらもっと大きなことができたかもしれないとすら思います。
何がいいたいかというと、学校が100%人をつくる訳ではないということです。田中角栄のような人もいます。彼の総理秘書官をした元外務省の大物官僚で白州次郎と親交があったK氏に「どんな人でしたか?」と質問すると、こう教えてくれました。済州島の先に油田が見つかって日中韓の権益争いになり、それの確保のために予算をつける重要性を外務省の役人と帝国石油が何人も官邸に行って角栄さんに分厚い資料で説明したそうです。何時間か説明をじっくりと聞き、そして彼が発した言葉は「いくらいるのか?」ではなくて「ほんとうに(石油が)出るの?」だったそうです。「なんと掘ったらやっぱり出なかったんです(笑)。そういう人でした。本質を見抜く目がすごかったですよ。」 こういう人に学校はいりません。
本質を見抜ける人こそ、大学を首席で出た人よりもエリートにふさわしいのです。国として的を得た判断を下せるからです。そういう人が大将にふさわしい。そんな人を教育でつくれるかどうか?難しいかもしれません。松下政経塾から幸之助のような人が出てこないように。しかし王将は無理でも飛車、角、金、銀ぐらいはできるでしょう。グランゼコールであるフランス国立行政学院(ENA、エナ)は官僚も出しますがシラク、ジスカール・デスタン、オランドなど大統領、首相も輩出しています。二世議員が一概にいかんとは思いませんがエリートというのは熾烈な競争を勝ち抜いてなんぼというものではないでしょうか。国益のために競争させるべきです。そのために東大、京大、早慶あたりに日本版グランゼコールを創るべしと思います。
理研の使用者責任
2014 APR 3 20:20:50 pm by 東 賢太郎
小保方氏は改ざんではなく単純ミスで悪意はなかったと抗弁しているらしい。入学試験で計算間違いをして不合格になっておいて、単純ミスだったのだからそれは不当だと平気で言える世界で生きてきた人なのだろう。画像をわかりやすくしたのだとも。わかりやすくしないとわからない程度の読者に向けて書いた論文だったということを自分で言っている。どこの国がそんなものをそもそも論文と呼ぶんだろうか。悪いことをしておいて悪意はなかったという抗弁は法律にはない。故意があったかどうかである。今回の調査結果を信用する限り、故意がなければ絶対に起きない画像処理が存在しておりそれを自分で認めている。その証拠がわかりやすくしたとの主張であり、論文としての適格性を自ら否定して自分の首を絞める結果に至っている。
実験ノート2冊で生物学の歴史を覆せるなら世紀の大天才だ。そんな人が一度できたと主張しているのだからもう一度作らせればいいではないか。理研はそれを1年かけて試みると言っているが、1年もあるのなら理研がゼロからやるより経験値があるはずの小保方氏の方がどう考えても速いだろう。仮に理研が彼女に「一抹の信用」でも置いているならそうするのがどう考えても合理的だろう。それとも理研はできないのは計算済みであり、その頃にはもう特定法人に指定済みだから小保方劇場の目的は達成され、事件のほうはすでに風化しているという読みなのだろうか。
「悪いのは彼女ひとりです」で済むなら理研は普通の組織ではないというレッテルを貼られ、利権と書かれるようになってしまうだろう。国家を代表する研究機関にそんな傷をつけることなど許されるべきではない。民間企業であればこれだけ世を騒がせて組織に不利益を与えたプロジェクトの統括責任者は確実にクビ、共同執筆者は関与の程度によるがいずれにしろ全員が無罪ということはあり得ない。まして理研は民間ではなく税金で運営される組織である。こんな無様な茶番劇に入場料を払わされた国民はどうなるのか。民間企業の常識以上の断罪があって当たり前である。未熟者を採って使って不始末な結果を出したなら、採って使った方も未熟者なのであり、使用者責任をとらせるのが組織防衛というものである。
小保方氏に見るリケジョとAO入試
2014 MAR 30 18:18:22 pm by 東 賢太郎
AO入試で入った小保方氏の論文が問題になっている。それがその入試制度の問題であると主張する論拠はない。それは40%は本を読まないらしい大学生一般の問題かもしれないのでという意味である。学力試験なしで入れておいてそういうことは起きないと信じることにも論拠はないだろう。
人様の大学に意見するのは控えるが東大の推薦入試も同じリスクを内包すると危惧している。平成28年度推薦入試について(予告)によると、
求める学生像(法学部)
現代社会、とりわけグローバルな場でリーダーシップを発揮する
素質を持つ学生。すなわち、優れた基礎的学力を備えるとともに、
現代社会のかかえる諸問題に強い関心を持ち、実社会の様々な事象
から解決すべき課題を設定する能力、さらには他者との対話を通じ
て、その課題の解決に主体的に貢献する能力を有する学生。
とある。グローバルな場でリーダーシップを発揮する人が少ないのは認めるが、それは素質の問題ではないだろう。自分のクラスにもその素質がある人はいた。優秀な学生を入学させてだめにして出す大学側の問題ではないか。グローバルな場でリーダーシップを発揮したことのない高校の校長先生が推薦した学生が従来の入試制度で選んだ文Ⅰの学生よりも上だとする合理的な根拠がどこにあるのだろうか。
自分の経験からはっきり書くが、英語力もグローバルなリーダーシップも「読み書き算盤」の能力で足りる。それがある人にとってはやるかやらないかだけのことであって、やらないかやる場に就職しないで終わっているのが多くの東大法卒の現状である。国内既得権益で塗り固まった先に就職して学歴で食えると思っているのが大間違いなのであって、そういう就職先こそまっさきにグローバル競争で落伍するから自分もそうなれないのだという当たり前のことを教えてあげるのが国を代表する大学の仕事だろう。
証券業界で育った僕が銀行系証券に移籍してあ然としたことがある。詳しくは書けないが、株式というものをよく知らない、しかし天下の学校秀才であった人たちに「株をやれ」という上意が降りてくると僕の常識をこえた様々の驚くべき決定に至るのである。それをやってくれということで僕は野村證券から移籍させていただいたのだが、それはそうではないのだというご理解を得るまでに大変な時間を要したのは記憶に新しい。この東大の推薦入試は、外見的ではあるがそれと非常に似た感じがするのである。
逆に、読み書き算盤の能力がない人がそれ以外の一芸でグローバルリーダーになれる可能性は極めて低いだろう。というよりも、簡単にいえば、他国人のリーダーは読み書き算盤が非常によくできるのだから、下に見られて相手にされないだけという子供でもわかることだ。それが英語力の問題でもないことは以前のブログに書いたので繰り返さない。東大に関するかぎり選別という論点だけでいうならその能力を競う従来入試で必要十分であり、推薦入学制度は不要であるばかりかいずれ問題を孕むであろう。
私大のAO入試という制度はどういう理念なのかは知らない。一芸社員みたいなものなのだろうか。それとも、アインシュタインは読み書きが弱かったそうだが、そういう人を探そうということか。しかし、あえて読み書きが強くない人の中からアインシュタインを見つけ出そうというのはあまり効率の良い方法とも思えない。アインシュタインは物理の実験も赤点だからそこに理論物理学者の芽を見出そうというなら幾分かのロジックを見出すが、実験赤点生徒集合の中から彼が出るのは何千年に一度ぐらいではないか。やはり読み書き算盤ぐらいは全部できる生徒を選んだ方が早いんじゃないだろうか。
日本人のほとんどがベートーベンは聞こえなかったから偉大なんだと思っていることが先般の事件で発覚した。僕はこれを欠点フェチ(defect fetishism)と命名することにする。日本人は完璧な人は嫌いなのだ。聞こえないのに交響曲を書いた、赤点があったのに天才だ、いいじゃないかとなる。なにがいいか?欠点があるからだ。XなのにYだ、という図式である。X(欠点),Y(業績や属性)のミスマッチが大きい方がいい。小兵なのに強い(判官びいき)という古典パターンも内包し、人が(なのに)犬を噛むとニュースにするマスコミの習性も内包するから日本人の共感を得るには有力な手段である。
女なのに理系だ、これがリケジョであるらしい。ちなみにオックスフォードで化学専攻のサッチャー元首相やライプツィッヒ大学で物理学専攻のメルケル首相がアイアン(鉄)ではなくサイエンス・レディと呼ばれたという話は聞いたことがない。だから僕はリケジョは日本特有の語彙であり、欠点フェチの一部と解している。ということは女であることは欠点=Xに相当しているということになる。しかし、どうして女性であることが欠点ということになるのだろう。これを不思議と思われないだろうか?
まず理系とは何かを考えてみよう。文系、理系という区別は高等学校令(1894)による大学予科が第一部(法・文)、第二部(工・理・農)、第三部(医)に分かれていたように、日本の旧制高校の制度である。明治政府による富国強兵、官僚制の即戦力確保のためには合理的な区分だったと思われる。そういう必要のない欧米において文系、理系といったア・プリオリな大分類は存在しない。仮にそれらを直訳してarts course、sciense course とファジーに分けても別に誰も反対はしないだろうが、economics、 physics などと専攻をストレートにいえば済むのだから何の意味があるとも思えない。
この文・理という現代となっては学問的にも教育上もあまり意味のない大分類は現在も東大において旧制高校に相当する1、2年次の教養学部(駒場)で文Ⅰ(法)、理Ⅲ(医)などと進むべき専門学部で分類され、そのそれぞれが履修第2外国語によってクラス分けされる仕組みとして残っている。無意味なので英数国理社ぜんぶの入試を両方に課すことで選別の歪みを補完していると理解することができる。日本はこれまた特別で高校内申書を見ない。枕草子を知らない医者や万有引力の法則を知らない裁判官が出てくるリスクがあるのでブロックがかかっていると理解することもできる。
ところが、私大は文理区分に選別基準の差を設けてしまった。数学である。文系は読み書きだけで算盤がはずれた。だから文系、理系の差は、おおむね、数学をやる必要があるかないかということになってしまった。入試になく内申書も不問だから、極論だが四則計算が満足にできなくても大卒になれてしまう。しかも数学イコール計算ではない。論理だてて物事を理解したり説明したりする社会的能力の基礎の基礎であり、受験はその千本ノックみたいなものだ。その洗礼程度も受けずに大卒と言われても、それははっきり書くが、グローバルリーダーどころの騒ぎではないのである。
こういう教育環境の中にこそリケジョは生息する。女なのに数学ができる?X=女、どうして女が欠点なんだろうと書いた。違う!賢すぎて可愛いくないがいいじゃないかということだ。つまりXとYは逆なのである。数学ができるのに女だ、が正しいのだ。良く考えよう。女医、女社長、女子アナ、女流作家、女子サッカーと、美女、天女、才女、悪女は違う。理系女は語順が後者系列である。社長やサッカー選手ががたまたま女性だ珍しいねじゃない、悪い女だねと同じく「女」のほうが主役なのである。ふつうは可愛くないイメージだが可愛いのが出てきた、だから小保方効果でこの語が流行ったのである。
女同志はそんなことを誉めないだろうから言っているのは主に男と思われる。どうして数学ができることが普通は可愛くないか欠点なのか、それは自分より頭がいい女を男は一般に敬遠するからだ。しかも流行語になるということはマスコミが商売になるほどたくさん存在するということである。以上のことからロジカルに導かれる結論として、我が国は数学ができないがそれに疑問も抱いていない男性に満ちあふれているということ以外には考え難い。
文部科学省の平成16年度学校基本調査によると大学生(学部生)は2,505,923人おり、そのうち理科系(理・工・農・医・薬)生は28%である。その他は文科系であり日本の大学生の72%が相当する。大学院も含んだデータで国公立大生は全体の26.6%である。その文系理系比率はデータがないが72%を概数として用いれば約52.8%となり、日本の大学生の約半分は数学を入学要件としない私立文系生と考えられる。その男女比のデータは見つからなかったが上記私見を妨げる数字ではないと考える。
AO入試とはこの問題を加速する可能性のある制度ではないのだろうか???早稲田大学院と理研には非礼を承知で申し上げるが、小保方さんの行為は倫理観以前に「数学千本ノック」をしっかりと受けた人の思考回路が許容するものとはどうしても考えられないのである。科学に限らず今後の我が国の国際競争力や尊厳を憂慮せざるを得ない。AO入試や東大の推薦制度はやるならば慎重な制度設計を要すると申し上げたいが、それ以前に、やはりグローバルに活躍すべきリーダー予備軍である私大文系生も「疑問」を抱いてもらうべく入試に数学を課すべきと考える次第である。
小保方発表で暴騰したセルシード株(7月25日、追記あり)
2014 MAR 18 3:03:52 am by 東 賢太郎
「いやしくも彼女もその科学者である。コピペ、使いまわしがレッドカードなことも探知するソフトが出回っていることも知ってるはずだ。研究に対する一定の良識もあるだろうし僕はそう信じたい」
にそう書いたら、「コピペがいけないとは知りませんでした」とあっぱれなご発言があり、もう彼女を擁護できなくなってしまった。科学者はおろか理系であること自体ナンセンスな人である。その発言内容自体も凄いが、そう言えばそう結論されることを感知せずにあっけらかんと言ってしまう判断力も恐るべしだ。なにをもって早稲田と理研が彼女を評価したのか摩訶不思議である。
彼女は実験の執行者としては重宝であり、見つければ勝ちという領域では価値があったかもしれない。そして、女性が何かやると「美人**」に格上げになる世界唯一の国である我が国のマスコミがその得意技を駆使して存分にもちあげてしまった。ピンクの壁紙も割烹着も見せるための「やらせ」であったという噂だ。こうなると佐村河内と寸分たがわぬ詐欺事件であったと世間に見なされても仕方ない。週刊誌ネタに乗る気はないが、報道されているように目をつけた実力者をお得意の「女子力」で籠絡していたのだとしたら、その上司が理性を超えたことをしでかしていても不思議ではない。
証券市場ではあらぬ噂が回っている。もし本当だったら大事になる可能性がある。「セルシード」という会社が昨年8月に新株予約権を発行してUBSが何故かロンドンで第三者割当を受けているそうで、調べてみたらその会社は連結純資産がなんと1億円しかなかった。そんな会社に銀行は100%融資せず、証券会社が株や債券の公募発行を引受けることも99.99%ないのである。あるとすれば投機的利ザヤ狙いの外資かファンドしかないが、常識的にはそれすら説得しなくては無理という状況だったと思われる。経営者は追い詰められていたはずだ。その結果だろう、8月13日に、
第三者割当による第10回新株予約権及び第11回新株予約権(行使価額修正条項付)の発行並びに第三者割当て契約締結に関するお知らせ
が公表されている。これを昨日読んだがどうも僕の経験上不自然で腑に落ちない。これは発行会社名になっているが実態は割当を受ける証券会社が書くもので、UBSがこう書かせたはずだ。専門的になるので詳細は書かないが、しかし、僕が担当者ならこの案件は99%蹴っている。その時点の情報では、同社株の株価が近未来的に上がり、予約権を行使して買った新株を利益を出して売却できる(そうでなければ損をする)と信ずるに足る根拠は特に見当たらないからだ。
つまり「何かうまい話」がセルシードの経営者から伝えられなければ「継続性に疑義の生じた会社」(会計監査でつぶれる可能性を指摘された会社)のファイナンスに応じることは通常はない。それも半端でない総発行株数の30%近い大量の株式が新たに発行されるわけだから、「何か」がなければ株価は大幅に下がるのである。
ところが同社株は1月30日に小保方発表で40%も暴騰し、UBSは新株予約権を1月30日と31日の2日間で全部行使して市場で即座に売却し、数億円のサヤぬきに見事に成功している。以上記述したことは全部公表事実で誰でもネットで確認できる。もちろん偶然という可能性は否定できないが、自分の本業務の経験から憶測するとUBSの引受担当者かトレーダーに千里眼の持ち主が存在していたか、さもなくば、クビを覚悟の肝だめしでもやっていたかしか言葉が見当たらない。
危ない噂のほうは社名から検索すれば無数の書き込みをご覧になれる。小保方氏と同社経営者がそういう関係があったかどうかは僕は知らないし知る方法もない。僕がわかるのは、事の核心であるこのファイナンスの意思決定プロセスが、書面を読む限り、例えば野村やみずほがやったなら、ほぼ確実に証券取引等監視委員会など当局の関心をそそるレベルのものだろうということだけだ。これから何が起きるか注視したい。
(追記)
ハーバード大学のバカンティという指導教官だった教授は、彼が審査したことになっていた彼女の早稲田の博士論文を読んでないし読めと早稲田に依頼されてもいないと主張しているという信じがたい報道があった。この教授は問題のネイチャー論文の共著者で、最後まで撤回の必要なしと頑張っていた人だ。申しわけないがこれが本当ならもう彼女の学歴はメチャクチャである。しかも「ハーバードへ留学」と言っているがもともと4か月ステイだったのが伸びただけだそうで、そういうのは留学とはいわない。学歴詐称に近い。
誰かがこの女性に箔をつけようとハーバードのブランドを利用したとしか思えない。ここまでくると小保方氏一人でできるはずもない大がかりな嘘だ。ということは彼女は単なるパペット(操り人形)であって、彼女が不思議ちゃんであったかどうかなどどうでもいい話だったという、まったく性質の異なる展開になってくる。佐村河内は芝居の主役であり脚本家でもあったが、彼女はそうでは「ありえない」のである。
(追記、4月13日)
このブログの本文は3月18日に上梓した。それから約1か月の時間と小保方会見というイベントを経たが、一言たりとも訂正する文言が見当たらない。
(追記、4月28日)
セルシード株は小保方発表時(1月31日)高値2400円から今日までで約58%下落した。1000円で買い支えが行われているように見えるが、割ると底が抜ける感じすらある。ネイチャー論文の内容が仮に100%事実だったとしても、それが将来この会社の利益にどう落とし込まれるのか、漠たる夢とストーリーはわかるが、さっぱりロジックが理解できない。それでも株を買う人がいる。不思議なことだ。株式市場をカジノと勘違いしている人が大勢いて、そういう人を食い物にするファイナンスが行われる。そういう人たちも市場の一部を形成しているのは事実であり、だから、そういう行為は証券市場を食い物にしているのと同義である。長く証券市場に関わってきた人間として、そのような行為は看過できない。本稿の趣旨はそこにある。
(追記、6月12日)
ネイチャーにこういうeditorial(社説)を見つけた。Agency for change
これが載った契機はSTAP論文であることは文脈から明白だが、ネイチャーは4月30日掲載時点ではまだそれをscientific misconduct(科学における不正行為)と認識しており、一応はthe more bizarre cases of scientific fraud (もっとたちの悪い科学詐欺)の脈絡に位置づけてはいるように見えるが、「もっと」だから詐欺ではないというスタンスである。巧妙に逃げている。そして日本に米国型の研究監視機関がないことが問題だと主張しているがハーバード大学が共著者である本件にその指摘は的外れであろう。また、安倍首相の「日本の科学の研究基盤が浸食される恐れがある」というコメントを引用しつつ、「昨今の研究者はかつてないほど多くのデータを取り扱う必要があって、(そういう世の中になると)不正行為の評価というものもプレゼンデータのごまかしからくるぞんざいさを詮索したりするきらいが出てくる。よって、日本の研究機関は研究者のデータ管理教育のための予算をもらうべきである」というさらに的外れな結論で堂々と結んでいる。「最近の研究者は大変なんです。データの見ばえを良くした程度の些末な事でお行儀が悪いのどうのと騒ぐんじゃないのよ。お作法の教育ぐらいは自分でちゃんとなさい!」という一見もっともらしい議論に論点をすり替えているが、本件はお行儀の問題どころでは済まないのは6月12日時点ではほぼ明確になっている(4月30日掲載だからそこは大目に見よう)。しかしここまでならば、研究詐欺(かもしれない)論文を掲載したのは日本政府の管理が甘いせいだというよくある責任回避だ。ところがここからが凄い。挙句の果てにもっと理研にカネを出せと言っているのである。この主張を導く接続句の”よって(For this reason)”の唐突さと説得力のなさは芸術的と評するしか言葉がない。日本人は監督者も研究者も未熟者なんだからカネで解決するしかないでしょということだ。やはり未熟者であって糾弾されるべき立場にあるネイチャーは家庭教師でもしてあげますよモードである。この社説のロジックのsloppy(ぞんざい)さも問題の論文のsloppiness(ぞんざいさ)といい勝負だろう。こういう詭弁にトップが騙され加担するからえせ研究者を跋扈させ、日本の誇るべきまじめな研究者たちが埋もれてしまい、「日本の科学の研究基盤が浸食される恐れがある」と首相が心配することになるのである。この社説からは米国、日本政府、理研、予算(カネ)なる大きな構図があって、ネイチャーはそれを守ることに利益があるらしいというニュアンスが漏れ出ている。お行儀が悪い子ちゃんも守る(米国の教授と同じく)ほうが都合が良かったらしいというニュアンスも感じる。社説のいうthe high level of attention は日本政府にだけではなく、世界の目となってこれからネイチャーがSTAP論文を自らどう処理するかにも大いに注がれているということだ。
(追記、6月18日)
安倍内閣第3の矢と予算。先端科学と女性登用。下村大臣と文科省。先進医療と医工連携。早稲田と東京女子医大。ハーバードと Brigham and Women’s Hospital。特許50-50。 理研と独立行政法人。GPIFと独立行政法人中小企業基盤整備機構。ゴッドハンドと入試なし。YとS。プロが書いた(佐村河内事件と同じ)。ハーバードの人がこんなにいい加減と思わなかった。切りたいが切れない。解体したいが解体できない。
(追記、6月26日)
「小保方氏実験なら厳格監視」(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター竹市雅俊センター長)
「週刊回春」 特別インタビュー
「なぜ監視しないといけないのですか?」「はい、論文を捏造した前科が確定した人なので危険だからです。」「その人はなぜ捏造する必要があったんでしょうか?」 「はい、細胞ができていなかったからでしょう。」「今回はできるのでしょうか?」「はい、200回成功したというのは全盛期のイチローの年間ヒット数です。できない確率はイチローが1年間ノーヒットなのと同じぐらいでほぼゼロです。できなければ嘘だったと判断するに足る確率と思います。嘘として本人を葬れればそれで私どもはいいんです。」「なぜそこまでして確実にばれる捏造論文を世界に発表する必要があったんでしょうか?」「はい、そこに根本的な深い謎があるわけなのですが誰もまだお気づきでないですね。株も高いし。私どもの間では世間の目がワールドカップに向く期待がありました。あっけない敗退で盛り上がらず困っています。そこで実験に持ち込んで1年先延ばしすればその頃には謎は忘れられているだろうという期待がにわかに高まっているのです。」「なるほど。そうすればセンター解体も忘れられます。」「だから私どもも大臣も実験ショーがしたいのです。そしてそれにはSTAP細胞かくにーん♡ という主演女優が必要なのです。」「なるほど、女優というよりマジシャンですね。」「おぬしもワルよのう。まっ、今度はネタバレがないよう厳重に監視する所存であります。」
閑話休題
その実験よりSTAP論文不正犯人捜査と使途不明経費解明捜査が先に必要である。前者は小保方研究室の細胞の徹底的な第三者立入調査が絶対に必要である。若山発表以来これが未だなされていないのは非常に不可解である。「論文不正問題とSTAP細胞有無解明とは全く別の問題だという事の本質を曲げることはありえない。STAP細胞はES細胞(胚性幹細胞)ではないかという指摘が客観的事実に基づいてなされている、つまり公金を使った不正という重大な疑義が公に指摘されているにもかかわらず、なぜ事件発生現場の長が調査を行わないのか。調査権がないのか。ないなら不正抑止力なしで解体は必然である。そうではない、調査委員会の解体勧告は行き過ぎなのだと主張して組織を守りたいなら、犯人を特定しないでどうやって正しい人たちを守るのか。組織の長の言行に論理的一貫性がない。だから調査委員会に解体せよと言われるのである。
(追記、6月30日)
以下、私見である。
ネイチャーがSTAP論文撤回を決めたという報道があった。ネイチャーの査読もいい加減であったという不名誉を認めたということである。撤回理由は未だ明らかでない。
理研調査委員会による「アーティクルの二つの画像に捏造(ねつぞう)や改ざんの不正があった」という発表にネイチャーは「もっと教育しろ」と反論することはできた(追記、6月12日参照)が、第三者機関による分析結果を示した「レター」に関わる若山氏の論証に反論することはもっと不名誉な結果をもたらすと判断したと思われる。
このネイチャー誌の判断は本件関係者がクロである可能性を高めたというわけではない。それを証明する証拠がどこにあるかを示唆したという点に意義がある。
「捏造(ねつぞう)や改ざん」は故意によってのみ成立する行為である。問題は「アーティクル」(STAP細胞の作製方法などを示した主論文)の捏造と同じ故意が、「レター」(STAP細胞から作った幹細胞の性質を分析した論文)にあるか否かであり、それをネイチャーが認めたかも知れないという点こそ重要なのである。
「理研改革委員会はレターの徹底調査を求める提言をまとめているが、理研側は調査する意向は示していない」(毎日新聞)。
そこに真相を解くカギがあるからではないか。chemistoryと綴る程度の学力である小保方氏が捏造イラストレーターだったとはいえ、真の執筆者が「いや、こんなにいい加減とは・・・」で逃げ切れない何か(それは科学知識のない筆者にはわからない)がレターにあると思う。小保方氏の故意を共有せずに書けたはずがないという何かが。若山氏はその部分に関与がなかったか、あるいはあったものの自白による減刑を図ったかもしれない(後者であれば本件は「囚人のジレンマ」の実証研究の素材としても第一級の資料であろう)。
故意の立証がなぜ重要かというと、公金の詐取(使途不明経費の不正との認定)という別の事実がもしあったと仮定すればそれが詐欺罪の構成要件だからである。犯罪捜査であれば理研の調査意向は関係がない。専門家による第三者機関を伴った小保方研究室の捜査が急務である。部屋の鍵は誰が管理しているのだろう?理研を早く正常に機能する状態に戻すことは、世界の科学の発展と我が国の信用の担保という点においてもはや避けることはできない。汚点となっている本件のクロシロの決着は、理研を存続させるために不可欠と思う。
(追記、7月4日)
を読んでいたらこのコメントを見つけた(3月31日付、内容の真偽は不明である)。
Obokata and Vacanti are likely funded by GLG indirectly, and thus the show must go on. Obokata and Vacanti will not allow a retraction to happen (their employers/investors will not allow it).
GLGとはこういう存在である。
Gerson Lehrman Group – Wikipedia, the free encyclopedia
以下私見である。この短いが意味深いコメントをもって、筆者は論文捏造事件と証券市場との接点を整合的に説明するある仮説にたどりついた。GLGのコンサルタントに証券会社のアナリストが入っていることの意味など、証券業界に精通した者でなくては理解できないかもしれない。本件をある者が創作したオペラとするなら、その中でさらに別の劇が展開する「入れ子構造」になっているためオペラ自体のプロットが見えにくい。日本においては、誰が嘘つきなのか?誰を守ろうとしているのか?小保方氏は真犯人なのか?という悪徳代官ものの時代劇捕り物帳が進行しているが、それらは劇中劇の中の犯人捜しにすぎない。STAP細胞はほんとうにあるの?それは劇中劇のタイトルにすぎない。よって、それらはオペラの犯人捜しとは何の関係もない。
現在の所、筆者がひとつだけ確信があるのは、小保方氏にオペラが書けたはずがないということである。小保方氏はオペラ作家によって巧妙に設定された日本人向け劇中劇におけるリケジョ役ヒロインの初演女優である。台本作家たちの読み違えは、女優に論文論旨をでっちあげる重要な剽窃画像を作成させたが、彼女の剽窃は想定外に杜撰で、誤りが発覚してもケアレスミスと主張するには未熟な水準にあったことだ。そのため故意を見抜かれる結果となり「再現性に乏しい論文としてやがてフェードアウト」というオペラ台本が台無しになってしまった。4月の小保方記者会見での謝罪「「私の不勉強、不注意、未熟さ ゆえに論文に多くの疑念を生み・・・」は国民ではなく台本作家、主剽窃者への謝意ととるとわかりやすい。論文剽窃故意の共有発覚によるオペラ台本関与発覚を恐れた若山氏の内部告発がさらに剽窃蓋然性の推定値を高める結果となり、全員が(ネイチャーを含め)降りた。これがネイチャー論文撤回決定の背景と思われる。
仮に筆者の仮説が正しいとすると、米国SECと共同捜査が必要であるという意味で、また、日本の科学界の弱点、証券取引等監視委員会の弱点を知り尽くしたという意味で、また、どの「パーツ」だけ単独捜査しても全貌は把握し難いという意味で、最高度に洗練された複数の専門的知性による非常にインテリジェントな国際的詐欺、インサイダー取引事件である可能性がある
(注: 一般にわかりやすいという意味でインサイダー事件と書いたが、法律を眺めると本件をインサイダーで立件するのは難しいと思う。犯意自体は内部者取引と寸分違わないが、法の盲点をついている。米SEC、FBIが外国証券市場で起きた不正を取り締まるかどうかも不明であるが、GLGに誰が誰にどうアドヴァイスしたか記録はあるはずである。米国は知財剽窃証券詐欺には目をつけていて、すでに何人も逮捕している事実がある。)
(追記、7月5日)
V氏は素晴らしい。「絶対に存在し」「生物学の常識を覆し」「ノーベル賞に値する」ほどの画期的な仮説を異国の弟子に懇切丁寧に教え導き、「賞も特許もどうぞ」「自分は末席で結構ですよ」というマザー・テレサのようなお方だ。かような慈善行動はまさに生物学界の常識を覆すものであり、ノーベル生理学・医学賞よりも平和賞こそふさわしいと評する声も出始めているようだ。
H子、できると信じなさい。「ある」んです。失敗はいいんだよ。だって誰も「ない」って証明できないだろ?だからなんでもOKだ。早くやるんだ。もし何か言われたら寝ても覚めても「ある」と言い張りなさい。心配ない、私もあると言い張ってVサイン送るからね。片手じゃない、両手で送ってあげよう。もちろんお金もだよ、Have a nice stay in Kobe!
なんて勘ぐる下衆がいると聞いているがとんでもない不届き者だ。下村文科大臣は小中学校教育に「修身」を復活させ、V氏の我が国への献身的な貢献をたたえるべく、太宰の「走れメロス」と並ぶ「サインはV・V」を徳育教材として教科書に採用すべきではないだろうか。ネイチャーの編集者のご関心を買って採用させるよりは簡単ではないかと思われる。
(追記、7月9日)
我々はプレスの公表事実から推論するしかないが以下のものが注目される。
^“「小保方さんに協力した人がいるのでは?」 STAP細胞論文不正問題で理学博士・竹内薫氏が新たな食い違いを指摘”.
論文で「STAP細胞」と呼ばれている細胞は,どれも同じ細胞ではない。少なくとも3種類あり,実験ごとに異なる細胞が使われている。論文に掲載された「STAP幹細胞」10株は,すべて途中ですり替わっている(上掲)。そうとすれば、
①ネイチャー論文偽造が「過失」ではなく「故意」によることが確実であり②小保方氏にES細胞とTS細胞を混ぜ合わせる経験はなく③誰かがそれを渡したか、あるいは両者を混ぜた④その人物も故意を共有していた
が論点と思われる。故意の認定により両人の行為は韓国の黄禹錫教授事件と同じ法的構成要件を満たしてくる。筆者が再度指摘した理研のLetter論文調査と小保方研究室にある細胞の調査への回避姿勢は、それ(詐欺罪立件)から逃げるためとすれば整合的である。②③④については若山解析こそが決定的証拠となりえる。
“撤回理由書、共著者の合意なく書き換え 細胞の由来説明を大幅変更、水掛け論に”.
この昨日の報道は、この書き換えの行為者のせっかくの努力にもかかわらず、かえって「②③④について若山解析が決定的証拠となる」ことを示している。それを否定しないとまずいという意図が見えてしまった。この撤回理由書書き換えの行為者こそが真犯人であるか、または、真犯人をかくまう共犯者であるとするとこの行為は整合的である。ただちにそれを捜査すべきである。
(追記、7月25日)
研究自体が虚構であったのではないかという疑念を禁じ得ない段階に達しています(日本学術会議幹事会声明「STAP 細胞事案に関する理化学研究所への要望と日本学術会議の見解について」、2014 年7 月25 日)。
何度も書いたことだが、非常に高い確率で、赤字部分の通りという推論を覆すのは困難である。僕の推論はあくまでネットで得た情報に基づく推論であるが、帰納法でも演繹法でもなく、数学的帰納法的推論である(ドミノの大きさが違う)。
すなわち、「7月9日までに得た情報が正しい」(=①)とは言っていない(言う必要もない)。「研究自体が虚構である」(=②)とも言っていない(言う必要もない)。①と仮定すれば②であると言っているのである。
②でないと主張するなら方法は2つしかない。数学は数学的に否定していただきたい。
(1)①が誤りと証明する。
それは小保方研究室の冷蔵庫の細胞を第三者機関が調査し、「STAP細胞を得たマウス」=「若山氏が小保方氏に渡したマウス」(「若山研にいたことのある種類のマウス」ではだめである)を証明すれば済む(完全ではないが)。だから理研センター長様は理研のために早く調査すべしと強く主張してきた(追記、6月26日、同6月30日参照)。
(2)僕の「ドミノ倒し」のロジック(連鎖)を否定する
是非おやりいただきたい。
「ねこだまし」が何万回行われようと、以上がなされないなら、株式市場にも関与する一大疑獄事件という疑念が払拭されることはなく、米国当局を交えて何年かけても調査が行われるべき案件と思料する。
(PS 学位取り消し問題はロジックに含まれない。早稲田大学の名誉の問題であって本件の結論に何の関係もない。STAP検証実験の有無も結果も何の関係もない。まして監視の有無など完璧に関係がない。どんな魔術を使おうが他の研究者が再現できないものは「無」である。従って、実験そのものが「ねこだまし」であるが、「監視」は実験実行を正当化する「ねこだまし」の「ねこだまし」である。実行させている者にとって実験結果などどうでもいい、しかし、「どうしてもやる必要がある」という強い動機を示唆する。その動機にこそ本件の背後にある真実があると思料する)
研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて 研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書
第2部 競争的資金に係る研究活動における不正行為対応ガイドライン
6 不正行為と認定された者に対する資金配分機関の措置
(3)不正行為に係る競争的資金の返還
研究費全額の返還
研究の当初から不正行為を行うことを意図していた場合など極めて悪質な場合は、3の1及び2に掲げる者に対し、これらの者に係る当該研究に対して配分された研究費の全額の返還を求める。なお、不正行為があったと認定された研究が研究計画の一部である場合、当該研究計画に対して配分された研究費の全額の返還を求めるか否かは、事案ごとに委員会が判断するものとする。
調査委の結論(1)
いずれも2本ある論文のうち主論文に記載されている。一つは細胞増殖率に関するグラフで実験を手がけた記録がなく、小保方氏が細胞の数を計測していなかった。もう一つはSTAP細胞の遺伝子データを示した図で、実験データとされる結果と一致せず作図したと判断した。
← どうして作図したのですか?(作図=故意である) ←(未だ不明)
②について
「ES細胞のコンタミ(混入)ということが起こりえない状況を確保しておりました」(小保方氏、2014年4月9日の会見)
← この発言は嘘だったのですか?
嘘でない
「知らない所で混入が起きていた」「渡したのはstap細胞だと信じていた」ということになる
← それならどうして作図したのですか? ←(未だ不明)
それとも
嘘だった
← どうして嘘をついたのですか?←(未だ不明)
調査委の結論(2)
過失か故意なのかは決定的な判断をすることは困難
(←何をもってそう結論するのか未だ不明)
税金の使途につきこれだけの不明点を残している。この調査委員会の判断で返還額が算定されるのだろうか。
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STAP細胞はできたの?
2014 MAR 15 3:03:10 am by 東 賢太郎
事の本質はそれだけでしょ?子供でもわかる。答えはYESかNOしかない。
STAP細胞はできたの?できたならどこにあるの?捨てたの?
YESならTVに出て割烹着脱いで 「うるせー!」 っていえばいいじゃない。コピペ?使いまわし?それがどーしたのよ!ワセダもリケンもネイチャーもザルって知ってたのよ。だからやったのよ。ノーベル賞ほしくて急いでたのよ。そんな些末なこと人類の進歩に何の関係があるの!って。それなら徹底して応援します。
ところがすいませんって謝まられちゃうとそこがだんだん心配になる。できてないのにやっちゃったなら、非常に問題に見えてしまう。雪男じゃないんです、ウチのサルのジローでしたあの写真っていう風に聞こえてきてしまう。国を挙げて祝福した我々は何だったんだ。シロートには実態不明だ。世界に誇る我が国の科学界でそんな国辱的なことが起きるはずがないと信じたい。
問題は、理研はなん百億円も我々の税金を使ってることだ。我々は知る権利があるし、シロートでも腑に落ちる説明が必要である。これじゃあレンホーの思うつぼじゃないか。
まずなんでそんな状態で発表しなくてはならなかったのか?これが極めて不可解である。功を焦った?焦る前に功がなければ怖いだけだろう?ふつう。バレた場合のリスクを考えるだろう?ふつう。それでもやったというのは「功」がリスクより相当でっかいか、彼女がふつうの神経じゃないか、どっちかしかない。
彼女が不思議ちゃんらしいことは下界の噂があって、「私カレとつきあってるの」、なんて平気で言っちゃう性癖がリークされ始めている。もちろん嘘かもしれない。しかしどうも後者の方向で収拾が図られていそうに見える。とすると、共同執筆者や雇用者のお歴々は何なんだ?雪男を信じました。でも不思議ちゃんだったんですね彼女、だったら信じるのやめます。そんなのが科学者の態度なんだろうか。そんな程度のものに100億円も税金が投入されるのだろうか。
いやしくも彼女もその科学者である。コピペ、使いまわしがレッドカードなことも探知するソフトが出回っていることも知ってるはずだ。研究に対する一定の良識もあるだろうし僕はそう信じたい。とすればやはり「功」が非常にでっかかったと考えるしかないのではないか。そしてそれは何だろう?ノーベル賞?細胞ができてもいないのに?ソバ屋の出前を目論んだのだろうか?
山中先生のIPS細胞が視野にあることはシロウトでも空想ぐらいできる。しかし相手はノーベル賞を受賞した研究成果だ。単なる私企業であるネイチャー掲載とはわけがちがう。そこに載ったからノーベル賞に近づいた?そう騒ぐのは佐村河内がベートーベンだと言った我が国のマスコミぐらいのものだ。ネイチャーはユリ・ゲラーまで載せた実績のある雑誌である。それが「ソバ屋の出前」になるほど甘い世界とは思えない。
つまり、「ネイチャーに論文が載ること」=「功」だった、としか考えられないように思える。どうも理屈ではそういうことになってしまう。それだけが目的だった。どんな杜撰な手でも後でコピペがバレてもユリ・ゲラー並みといわれても許す。載りさえすれば拍手!そういうことが行われていたと仮定するなら、すべては納得できるのだ。しかしそんな不思議ちゃん、いるんだろうか?
そこでもうひとり立派な不思議ちゃんなのがネイチャーだ。生命科学の冒涜とまで言いきって2回も却下したのになぜ載せたのか?そんな簡単に冒涜が美徳に変るなら名誉棄損罪は廃止した方が社会の安全だろう。3回目は何が違っていたのか?ネイチャーは自社の名誉のために発表すべきだ。それがないなら名誉はいらないのか、それとも発表できないことがあると勘ぐられても仕方ない。載ることが目的だったなら、このことは事件の核心である。国会で調査すべきだろう。
ハーバードの共著のセンセイは何を根拠に撤回の必要なしといっているのだろう。それが報道されていない。とにかく私は彼女の雪男を信じます。それだけ?彼を含めて彼女の共著者、後援者、後見人の方々は本件とどういう利害関係があるのだろう?単なる応援団かタニマチなのか?ネイチャーに載ったぐらいで応援し甲斐があったのだろうか?誰がどう得したのか?調査すべきである。
下衆の勘ぐりで申しわけないが、ミステリーマニアの琴線にびんびん触れてしまう。単なる直感だが、偽ベートーベン事件とは違って、これは単なる不思議ちゃん事件ではないのでは。何かもっと深いものが出てくるかもしれない。
(追記、16年1月21日)
本稿執筆時点ではSTAP問題は何もわかっておらず、直感のみでこれを書いた。そうしたら「何かもっと深いもの」どころでないものが続々と出てきた。ブログはこうして日記として機能してくれる。直感とは何をするにも成功の女王であることを学ぶ。
(こちらへどうぞ)
コピペという文化
2014 MAR 13 0:00:01 am by 東 賢太郎
なりすましの恒等式
それっぽく見えればいい=なりすまし
「それ=そこの色」 ⇒ カメレオン
「それ=女性」 ⇒ ニューハーフ
「それ=二重(ふたえ)」 ⇒ プチ整形
「それ=息子」 ⇒ 振り込め詐欺
「それ=伊勢えび」 ⇒ 食品偽装
「それ=ベートーベン」 ⇒ 佐村河内
「それ=自分の文」 ⇒ コピペ
・・・・
コピペは文化。どうせこの世はダマせば勝ちさ。盗みをはたらくわけじゃなし。だってWikiはみんなのものだ。切って貼るだけ子供もできる。誰でもやっててやらなきゃそんそん。見てくれなんか作ればいいさ。検事もやったし化粧もいっしょ。
みんなでやればコピペは文化。
(補遺、3月21日)
「それ=ハーバードMBA」 ⇒ ショーン・K・川上氏
という新種が登場した。氏の肉体改造術は秀逸であり、敵が来ると瞬時にウツボやウミヘビに擬態する蛸(たこ)を思いだす。しかし、蛸だとバレてしまったのに顔は死ぬまでウツボのまんまというのも気の毒なものがある。
彼のマーケティング・ストラテジーの失敗は、化けたものがなんぼなんでも強すぎたことだ。ダイオウイカぐらいにしておけば、まあ足の数は似たもんだし、面白くないから世間もこんなに騒がなかったろう。
MBAって一般の方はわからないだろうから野球に例えよう。これは草野球のオッチャンが「ワシ、若いころニューヨーク・ヤンキースにおったんやで」ってホラ吹いて子供野球教室やってたようなもんだ。MBAがその程度のもんだって思っちゃってる川上氏、野球の例えでいえばきっとグローブも持ってないレベルだろう。
そしてそれに野球教室やらせてたテレビ業界。これは佐村河内事件で実証済だが、結局、これを見ぬいた文芸春秋社が業界で最高学歴だったということだろう。
(こちらへどうぞ)
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