もの忘れ
2015 DEC 25 0:00:10 am by 東 賢太郎
先日先輩に「最近物忘れが・・・」といった。そうしたら
「そんなのかわいいもんさ。俺なんかパソコン開くだろ、で、ナニ調べようとしようとしてたか忘れてんだよね」。
それを聞いた別の先輩、
「いや、甘いね。ウチは先日夫婦で延々と探し物してね、ついにそれ見つけてさ、やったやったとお茶一杯飲んだらね、ふたりともナニ見つけたか忘れてんのよ」。
まだ先輩方の域には達していないが自分も危ない。子供の時からそうなので、さらに危ない。それを知る秘書は大事な資料は僕に見せるだけで渡さなかった。ハンコなくしたぞと大騒ぎになって部屋をひっくりかえして1時間も家探ししたあげく、机の下にもぐりこんでいる僕のズボンのポケットからぽろっと落っこちたなんてことがあるからだ。
自室も机も傍目には混乱の極みだ。しかしいいわけをすると、雑然ながら何がどこに埋まっているかは覚えている。だから家内が部屋を片付けてしまうと困る。きれいに整理して並んでる意味はあまり感じず、だいたいあの辺に転がっているという覚え方をしてるからだ。要るときにぱっと手を伸ばすとあるぐらいのところにあれば良いのであって、見た目はぜんぜんかまわない。
着るものはなんら関心がない。家内に出しておいてと言って出てきたものを着る。先週はさすがに飽きたのでデパートで店員の女性がいい、似合うと言ったのを全部買う。店だけは一応決まってるが。わからないものは何も考えないし、考えないから何を買ったかもすぐ忘れてしまう。だから家で出てこないと二度と着なくなってしまう。
こういう人間がぼけてくるといったいどういうことになるんだろう?近眼と遠視みたいにどこかでちょうどよくなるんだろうか。
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箱根のおすすめカフェ(Garden Railway Cafe in Hakone!)
2015 DEC 14 17:17:57 pm by 東 賢太郎
箱根美術館を出て向かったのは、息子おすすめの「ガーデンレイルウェイ・カフェ」でした。その名のとおり、庭園鉄道を走らせるカフェです。場所は仙国原(富士屋ホテルゴルフコースの近く)ですぐわかります。
鉄道研究会の息子にはかなわないが僕も子供のころはOゲージを集めて熱中してましたから遺伝かな。ただ娘は興味なく男女差はあるでしょうね、どっちがいいわるいではなく、やはり違うと思います。逆に僕らはお人形やおままごとにはかけらも興味ないですからね。
だから一般に母親は男の子に手を焼くんじゃないでしょうか。なんでこんなのに一生懸命になるのって。わが母もたぶんそうでしたが、ほぼ毎日家中に線路を敷きつめて足の踏み場もなくなってましたが自由放任でした。ありがたかったです。
小雨だったので休業かとおもいましたがカフェはやってらして、ふたりのオタクの訪問を歓迎していただき、模型の方もご主人のご厚意で走らせていただくことになりました。ゲージはG(人が乗れない模型では最大)でレールは約150mあるので迫力あります。屋外でこの巨大ジオラマはなかなかない、非常に貴重であります。 運転もさせてくれますから子供は喜ぶでしょう。
ご主人は東京で模型店を営まれていたそうですが300坪の土地を手に入れて夢をかなえられた、うらやましいかぎりです。テレビでも放映されていますし、ここまでできるなら移住する価値ありますね。
メンテは非常に大変だそうですがその「土木工事」も楽しみのうちですね、好きな人には。僕ならむしろそれがやりたい。だって実際の地面を走るのがたまらない快感です。くまなく見て回り、線路を細かく検分して、至福の時を過ごさせていただきました。
昼食にいただいたピザ(マルゲリータとイノシシ肉)は美味でした。猪ピザは珍しいがおすすめです。いくらでもいるそうで、そういえば昨日旅館の庭にもでっかいのがいましたっけ。雉(キジ)肉もあるそうです。箱根はキジもたくさんいます(何度も立派なのを見ました)。
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箱根の奥座敷にて
2015 DEC 13 20:20:08 pm by 東 賢太郎
冬の箱根は大好きな所の一つです。
親父も僕も土地を買ったほどで、大涌谷の警報レベルが下がりほっとしています。今回は息子と二人で強羅の桐谷に一泊でした。ここのにごり湯はよろしいですね。同じ白濁でも芦の湯とはやや趣の異なったものです。心身とも癒されますよ。
強羅で気にいっているのは箱根美術館です。なんといってもMOA美術館の岡田茂吉が造った庭が見事なのです。
ここは紅葉が有名ですが、僕は色がわからないのであまりこだわりがなく、むしろ冬の枯れた風情を好みます。きょうは小雨だったのがまた幸いでした。
この高低差、巨岩、清流、滝、木々、苔むした小山・・・
茶室「真和亭」でいただくお茶は格別、ここのマロンの菓子は非常に上品です。この風景はシベリウスが似合う。行きの車中はずっと2番と5番でした。
美術館の焼き物コレクションは味があります。窓から山水画のような景色が。岡田が世田谷の上野毛(現・五島美術館敷地)に住んだ住居「富士見亭」もあります。僕もそこの景色が好きで住んでおり、またこの箱根も抗いがたい魅力を感じてしまいます。
息子としばし我を忘れてぼーっとしてました。
これを肴に露天風呂など、極楽です。箱根の奥座敷の一日でした。
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ご縁、ご恩に報いたいというモチベーションは強い
2015 NOV 30 22:22:39 pm by 東 賢太郎
30年来お世話になっているSさん(としておきます)ご令息の結婚披露宴が帝国ホテル孔雀の間でありました。日経新聞の「首相官邸」欄に載っていたので隠すことでもないのですが、高円宮妃殿下、女王殿下、安倍首相、森元首相、菅官房長官・・・と公家、政財界約500名がご列席で、畏れ多くも末席をけがさせていただきましたがこれだけの式典は未経験です。
新郎新婦関係者ではないのでご友人という資格はなく、肩書が必要であるゆえに我がソナー・アドバイザーズ株式会社は国を代表する綺羅星のごとき大企業に名を並べていただくことに相成りました。格別なご配慮には頭が下がるばかりでございます。式典も安倍首相スピーチは英国宰相チャーチルの自伝を引いて含蓄がありましたし、森元首相、御手洗経団連会長、柳井ファーストリテイリング社長も若者たちの門出にさすがのものでした。それをいただいた新郎は父親譲りの大物ですが、きっと勤務先の野村證券でロケットスタートになるでしょう。
Sさんと3年の時をご一緒していなければこういうこともなく今の自分もありませんから、当方から大事なご縁であったことは言うまでもありません。しかし、世界基準での大経営者への道を歩まれること確実のSさんが、こうして30年前のささやかなご縁を忘れずにいて下さる重みはそれとはるかに次元が違います。微力ではありますが、それにお応えすることをモチベーションにしたいと心から思いました。どんなものよりも、このような動機は多大のパワーを秘めていると愚考する次第です。
昭和の大横綱、北の湖逝く
2015 NOV 21 1:01:49 am by 東 賢太郎
きのうは東京芸術劇場でオスモ・ヴァンスカが読響を振ったのですが、ラフマニノフの2番の協奏曲を弾き終えたピアニストのリーズ・ドゥ・ラ・サールが再度ピアノに座って、「パリのテロで亡くなった人に捧げます」とアンコールのドビッシーを弾き始めました。
前奏曲第1巻から「夕べの大気に漂う音と香り」がひっそりと、どこか厳粛にもきこえました。そうして、あとで、コンサートの始まる5分前だった18時55分に大相撲の北の湖理事長が亡くなったことを知って、しばし絶句となりました。
本当に強い横綱でした。強すぎてヒールになり、誰が倒すかが楽しみにすらなった。僕は魁傑のファンであり、一度だけ優勝決定戦で北の湖をたおしたときは舞い上がりました。そのぐらい誰も勝てなかった。そして唯一の好敵手輪島との千秋楽全勝同士の大一番。手に汗を握り、相撲を見るのがあんなに楽しかったことはありません。
大学時代に全盛だったので友達と国技館へいって、花道をひきあげる横綱の左肩をたたきました。岩みたいにかちかちだったです。
僕は82年2月に結婚したのですが、留学が決まってたので新婚旅行は国内にしようと北海道に行きました。ちょうど有珠山噴火の時で行けない場所があり、案内してくれたタクシーの運転手さんが「かわりに行ってみますか?」と連れて行ってくれたのが北の湖の実家でした。
外から見るだけかと思ったら横綱の父上が出てこられて「よければあがりなさい」ということになり、居間で賜杯や写真を見せていただき、コタツでみかんまでいただきました。立派なお父さんでした。
笑わないのは土俵で歯を見せるなと言われたから。負けた力士に手を貸さないのは自分が貸されたら屈辱だから。すじの通った人でした。それがヒールのイメージを倍加しましたが、それでもすじを曲げない。僕もそうありたいです。
62才。ほぼ同じ年でもあり、大ショックです。悲しいです。ご冥福をお祈りします。
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宵越しの金をもたねぇのが江戸っ子ってもんで、、、
2015 NOV 15 0:00:21 am by 東 賢太郎
娘(次女)が観てみたいと言うので歌舞伎座へ連れて行きました。11時の昼の部を一階の東桟敷席で。演目は「実盛物語」、「若き日の信長」、「曽我綉俠御所染」でありました。
この演目は席がたまたま空いていただけで選んだわけではありませんが「実盛物語」は琵琶湖、竹生島が舞台であり、「若き日の信長」は平手政秀の切腹にまつわる話。今年行ってみたり多大な関心を寄せたりの題材であり、なにやら浅からぬ因縁か・・・。実盛は染五郎、信長は海老蔵でした。海老蔵の「人間五十年…」は良かった。彼が声がいい。信長の雰囲気が見事に出てましたね。
余談ですが、信長の傅役(もりやく)であった平手政秀は若殿のうつけを諌めて腹を切ったことになってますが、加藤廣著「信長の血脈」(文春文庫)にある「平手政秀の証」は別の説で書かれています。これが非常に面白い。
父、織田信秀の死は公表されず、長子信行を後継者と仕組む母、土田御前によって葬儀は3年後に信長の不在のすきをぬって行われた。例の「焼香事件」は、怒りに燃えた信長が抹香を父の位牌ではなく母と信行に投げつけたものとするのです。
大うつけは敵はもちろん親族にも殺されかねなかった信長がわざと阿呆を演じたものであり、信秀亡き後のお家の混乱と今川の脅威を食い止められるのは吉法師(信長)しかないと信じる政秀は信秀の遺志は信長にあり「天地神明」に誓うと遺書を残して腹を切ったというものです。僕はこの説を支持したいと思います。
最後の「曽我綉俠御所染」は物語としては地味ですが江戸・吉原の習俗が見てとれ、尾上菊五郎、左団次も歌舞伎の名場面、名せりふが圧巻でございました。お昼の部ははねるのが4時ごろだからたっぷり5時間、弁当を食いながらの桟敷席は値はやや張るがおすすめです。
さて、たいそう面白く満足したし、お土産の吉田茂御用達まんじゅうも買ったし雨でもあるし帰ろうかと思ったのですが、娘が時間があると言うのでじゃあついでに江戸文化のハシゴで寄席でもどうだ、いいねとなりました。歌舞伎も寄席も初めてだからというのはあるのだろうが、このエネルギーと好奇心は大変よろしい。つきあおう。
丸ノ内線で新宿三丁目へ。新宿は伊勢丹裏の「末廣亭」でございました。ちょうど5時の夜の部が始まったところで具合がいい。
9時まで楽しんでしまいました。全部楽しめましたがお仲入り後のは特に傑作で丈二、小ゑん、白鳥は真剣に笑いころげました。こりゃあストレス解消には最高。昼から通しで3千円は安い。おすすめです。
この江戸情緒、好きですねえ、たまんねえでやんす。歌舞伎5時間、寄席4時間、宵越しの金をもたねぇのが江戸っ子っていうもんでございまして、、、、、
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早野さん主演の「心中天網島」を観る
2015 NOV 1 12:12:28 pm by 東 賢太郎
SMCメンバーの早野ゆかりさん主演。大変に感動いたしました。
近松門左衛門といっても教科書で知っているだけで、お誘いいただかなければ一生接することはなかったでしょう。
劇場は「上野ストアハウス」で昼の部を見せていただきましたが、早野さんから丁寧な道順のご説明メールをいただき、先日の中島さんライブのように迷子になる失態はありませんでした。阿曾さん、西室と楽しみました。
薩摩琵琶、三味線、笛・太鼓が生で入り、語りと字幕でストーリーが展開するのですが、言葉は近松のオリジナルであり、役者さんたちのセリフも阿曾さんがコーチされた関西弁(大阪ことば)という凝りようでした。このこだわりの演出は物語のリアル感を高めており大成功だったと思います。近松門左衛門が名を残した理由がよくわかりました。
紙屋治兵衛と小春が自害してしまう救いようのない悲劇シーンで終わるのですが、インパクトを感じました。しばらく言葉も出ないほど。死に至らざるを得なくなる男女の心理描写、家族との葛藤、劇の間に間に動きを止めて背景に映し出される近松の原文のオーセンティックな格調が見事に緊迫感を高めた結果です。
内容については早野さんのこちらのブログを是非お読みください。『心中天網島』|早野ゆかりのブログ – アメーバブログ 早野さんの小春はお世辞ぬきに迫真の名演技でした。さすがですね。ほかの役者さんも熱演であり、なかなか接する機会のない日本の古典を楽しめ、素晴らしい満足感をいただけますよ。11月3日まで上演ですので、近郊の方はぜひ足を運ばれてはいかがでしょうか。
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癒しの声、アニタ・ベーカー
2015 OCT 31 0:00:20 am by 東 賢太郎
ペットロスというのがありますが、これからしばらく野球ロスの日々となります。感情移入して観てると疲れるし贔屓が負けるとストレスにもなるんですが、取りあげられてしまうと今度は虚無感におそわれます。
そうしたら、昔よく接待に使ってた赤坂のクラブから「閉店のごあいさつ」なんてのが来てたりして、さらにロス感がつのります。どうもこの季節は苦手です。
毎年この空白は音楽が埋めてくれるのですが、今週は仕事の心労もあってどうもクラシックは重たい。こういうときはだいたいスコッチで酔っぱらって歌を聴きます。きまって女性シンガーですね。男の声というのはどうも和まないのです。
ところが酒棚にスコッチがない。うまくいかんもんです。そうしたら奥の方からどこで買ったんだか紅星二鍋頭酒なる中国の安酒が出てきて、56度ある白酒(パイチュウ)ですね、香港時代によく飲んだんでこれを一杯やったらぐっときました。こりゃあ疲れが飛びますわ。
こういうときの女性シンガーといって、僕はどちらかというと黒人の低めのアルトが好みで、今日はこれがしっくりです。なんでコーリャンの酒とアニタ・ベーカーなんだ?さっぱりわけがわかりませんが、もう完全に酔ってますんで・・・。
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坂東玉三郎、片岡仁左衛門を堪能
2015 OCT 23 21:21:30 pm by 東 賢太郎
僕は新しいものをマスターしようという時はいつも最上級からトライする主義です。ワインも安物を千本飲むよりロマネコンティやペトリュスを一本飲んだ方が、世界の通が良いとする定義が一発でわかって実は安くつきます。
歌舞伎の至宝といわれる五代目坂東玉三郎は名前ぐらいは知ってましたが、女方の大御所だ程度のことでありました。
しげ森のおかあさんがこれのために上京され、見とくようにということで芸術祭十月大歌舞伎(歌舞伎座)に参ったのでした。お席は中村時蔵さんからということで中央三列目。おかあさんには奥方からごあいさつもあり、これはお茶屋さんの力です。いろいろ教わりました。こういうものに入門しようと思ったら詳しい人に教わるのが一番です。まあ猫に小判の感もありましたが。
またこの道に精通されておられる阿曽さんからは
『すでに「人間国宝」の坂東玉三郎、そして、「孝玉コンビ」と謳われた、片岡孝夫である片岡仁左衛門、このお二人を充分堪能されてください』
とわかり易いメールをいただき、なるほどロマネコンティ、ペトリュスなんだと事前に知りました。おかげで充分堪能いたしました。御礼申し上げます。
壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)「阿古屋」の遊君阿古屋が玉三郎、梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)「髪結新三」の加賀屋藤兵衛が片岡仁左衛門。芸につきあれこれ書くのはお恥ずかしいので控えますが、素人目にも圧巻でございました。
単純に驚いたのは阿古屋は琴、三味線、胡弓を弾くのですが、玉三郎がどれも見事に演奏したこと。ストーリー上は裁判官である秩父庄司重忠が阿古屋に楽器を奏でさせてその音色で真実か嘘か判断するということ。だから音は地方さんが出して阿古屋は弾くふりするだけと思っていたのですが独奏、合奏とも難なくこなされてました。これが難役で玉三郎しかできないのはそのためのようです。
「髪結新三」の元ねたは江戸時代の日本橋界隈での実話であり、大岡越前が裁いた。それが人形浄瑠璃になり歌舞伎になったそうですが、大変面白かったです。また観たい。お席が良かったものだから見事な舞台装置と役者たちに完全に引きこまれ、その時代の永代橋、閻魔橋にワープしたかのよう。僕のような歴史好きで擬似江戸体験したい人に歌舞伎はたまらないものだという発見もございました。
髪結いや蕎麦屋や長屋の様子が生き生きと実感できたのもしかり。マイクロフォンの説明だと江戸時代をとおして蕎麦はほぼ16文だったそうでそれを現代のラーメン代として換算すると一両が10万円だそうです。だから娘を誘拐した髪結新三が要求した身代金一本(百両)は1千万円で、それを大家の長兵衛に15両(150万円)に値切られてしまった、という話なんですね。
こういう人情話に、これじゃあっしの立つ瀬がねえ、どうか見逃してやっておくんなせえ、あんまりじゃござんせんか、のような江戸言葉が出てきますが、人情というものが社会を律するルールだったことがよく理解できます。当時世界最大の人口の都市だった江戸ですが、火事と喧嘩はあってもそれなりにうまく回っていたのはそこに秘密があったんでしょうか。こういうのは教科書や本じゃわかりません。
それは薄まったとはいえ現代の我々にも引き継がれていますが、明治時代以来の西洋式である法の支配とはズレがあります。感情的にはおかしいが法律ではこうなる、という部分にそれが出てきますね。新三の誘拐もそうだし大親分の弥太五郎源七はメンツをつぶしたというかどで新三を殺してしまう。それが犯罪だということでもなく平然と歌舞伎になって皆が納得しているのだから人情や面子のほうが法に勝っていたのでしょう。
雑多な感想になりますが、あまりに新しいことずくめで圧倒されて終わったというのが正直な所。クラシック音楽の世界でいうならカラヤンが指揮してホロヴィッツが弾いたというクラスの物だったのでしょう、おそらく・・・。しげ森さんには御手引きいただきまして感謝いたします。
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「舞妓はレディ」を観る
2015 OCT 21 23:23:34 pm by 東 賢太郎
某企業にのりこみ、親友の I にいま京都である案件を考えているから協力せいと腹案を話した。奴はふむふむと静かにきき、「なんやお前も京都まで出没して遊びよってに」だ。まじめに聞こえない話らしいがこっちは大まじめだ。
祇園の花見小路に一力亭という有名なお茶屋があって奴はそこに出入りしている。近藤勇、大久保利通、西郷隆盛が通ったところで、大石内蔵助はここで討ち入り前に豪遊してカムフラージュしたという。
お茶屋遊びが京文化であるのはもっともだが、受け手である客人のほうも文化をかついでいるんだぜ、と勝手に主張している。そうやって、奴のようにお前はしょうもないと言う者に何をぬかすといいかえしつつ命の洗濯もする。
客が外人ばかりになってみい、京舞は和風バレエだろ、都をどりだってパリのリドみたいなもんだ。それじゃあする側もだんだん手が抜けるさ。俺たち客が品質を保つんだ。まあそういうことにしておく。
お茶屋は酒宴の場ではない。仕出しの料理を楽しむが料理屋でもない。芸を観る側でカラオケでもなく、トラトラなどお遊びはできるがキャバクラでもない。銀座のクラブが多少近いが芸妓はともかく舞妓に気の利いた会話は似あわない。
東京人にはそういうわけのわからない場であるうえ、色の白いは七難隠すというが白粉で固めた女性は上も下も年齢がわからない。舞妓はティーンエイジャーであるが、すっぴんでそんなのにお酌をされても困る。話題がないのである。
ところが彼女ら諸事不詳なうえ発する京ことばのほわんとした響きは異空間を形成する。我々は相手との相対感で言葉づかいを無意識に選択する習慣がついているが、不祥な相手ゆえ思考回路が停止してしゃべる中味はどうでもよくなってしまう。
畏友、写真家Sのスタジオで東宝映画「舞妓はレディ」を上映してもらった。監督は「Shall we ダンス?」の周防正行。これは実に面白い。
さて、なにがどうなるか。
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