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カテゴリー: ______日々のこと

ビートたけしのレジオン・ドヌール勲章

2016 OCT 28 0:00:41 am by 東 賢太郎

ボブ・ディランのノーベル文学賞といっても、西室の解説を読んだってボブ・ディランを知らないのだからどうしようもない。そうしたらこんどは北野武氏のレジオン・ドヌール勲章受賞というのが目に入った。ビートたけしとしてなら多少は知ってるし、彼の乾いたユーモア感覚は好いてもいる。

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レジオン・ドヌール勲章というと、ある名士の方がもらって銀座のクラブで見せてもらったので少しは知ってる。ナポレオン1世が創設したものでこういう絵がある。胸にかけているのがそれだ。

 

 

 

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こんなものだ。手に持ったらずっしりと重たかった。

 

 

 

 

すると、これがテーブルで順番に回ってきて、手にした隣の女の子がこうのたまわった。「あれっ、なんかこれ、サリーちゃんみたいですね」

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なるほど、これのことだったんだ。北野武氏ならネタにできるな。

 

 

 

 

話は変わるが、畏友中村も僕も各々の会社で「海外派」だった。彼はそれを「海軍」と称しており、「こっちの方が賢いしスマートなんだけど、陸軍の方が強いんだよなあ」と嘆いていた。陸軍とは、国内派のことだ。

しかし我々が入社したころ日本企業の合言葉は「これからはグローバルの時代だ!」だったし、「入社したらインターナショナル・フィナンシャーだ」なんていわれた。それが何かは知らなかったが、カッコ良さげではあった。だから海外派になってこれからは俺たちの時代だなんて甘いことを思っていたものだ。

ほんとうにそうだったんだろうか?結論としての僕の思いは、「グローバルの時代」は確かに来たが、それはインターナショナル・フィナンシャーや「海軍」が牽引しようがしまいが、黒船の来襲みたいに日本企業を否応なく飲みこむ形でやって来た。

自分の実力不足を棚に上げてはいけないが、そこでグローバリズムの波に乗って海外進出して現地でガバナンスを取って成功した日本企業なんていくつあるだろう、あったとしても海外派がトップで引っ張ったのはいくつあるだろうと思う。

時代は動いている。人工知能の格段の進化によってあと何年かでスマホは主要言語を実用的なレベルで訳せる自動翻訳機能付のSiriを搭載するだろう。10年か20年で、もう学校で英語の勉強はいらないよという時代が来るかもしれない。時代はそっちへ流れている気がする。そうなると英語力と外国経験が売り物の海外派はレゾン・デトルがなくなるだろう。

なぜなら米国のビジネスは翻訳機を与えて米国人にやってもらえばいい。生半可に英語ができますという日本人はいらなくなるのだ。日本人の方が忠誠心が高いと一概にいえない時代になりつつもあって、忠誠だけは血判状をもって誓うが英語はできない一群の「陸軍」と優秀な外国人とSiriでグローバルビジネスはできてしまうのではないか。

要するに、「外国を知ってます」はもう無価値になりつつあるのだ。庶民が憧れの外国をのぞき見る「窓」だったデパート業界の凋落がそれを象徴している。外国でMBAなどの学位を取ったといって、そのことだけでハクがつくこともない。英語の価値が剥げ落ちると、「それって日本で日本語で勉強できますよ」でおしまいだろう。

だから僕はビートたけしのレジオン・ドヌール勲章受賞は、これこそ今流の本当のグローバル進出だと思う。彼はMBAを取ったわけでもなければペラペラ英語をしゃべるわけでもないだろうし、そうやって西洋に同化して誉められたわけでもない。日本人として我が道を行って叙勲したわけで、才能のなせる業であることは疑いもないがやはり時代がそっちへ流れているのだと感じる。我々は日本人らしい強さを磨いて世界に打って出ればいいのだ。

内向きの時代が良い悪いではない。今やグローバリズムの総本山であった米国すらそうなりつつあるのだから、内向きこそグローバル現象だという皮肉な世の中である。日本人は日本人らしく立派な人になるよう子供を教育していけばいいということで、小学生から英語を習わせて歌はカッコよく歌えるようになりました、日本語は満足に書けませんが、なんて子が増えて虻蜂取らずになるのは最もよろしくない。

最後に、ノーベル賞だが、日本人がサイエンス分野で取り続けているのは実に頼もしい。これぞ国力、国益の源泉であり、当面は歯が立っていない中国・韓国との差は歴然である。数学オリンピックでそこまでの差はない中韓に対してどんな優位性があるのか文系の僕は知らないが、科学の分野で選考の恣意性は限られようし、そこには日本人の本源的な優位性の根っこがあるはずだ。

我々はそれをお持ちであり体現されている研究者たちをリオ五輪の体操や水泳の金メダリストをたたえるぐらいの情熱をもって応援すべきなのだ。それを2位でいいでしょと軽く言えてしまう人の精神、心理の奥底には、日本人の本源的な優位性を賛美はしない、いわば別品種の根っこがのぞいている。その根っこからは、どんなに時間をかけて好ましい肥料をやろうとも、別種の植物しか生えてこないだろう。

サイエンス以外の分野については、ノーベル財団さんの私財なのだから何に差し上げようと勝手だ。僕ならノーベル美猫賞(癒しパワーで世界をほのぼのさせたネコに与える)、ノーベル男気賞(ミスコンに対抗するものだがイケメンではなく、男の中の男と世界が認める立派なオトコに与える)を創設したい。初代男気賞はいうまでもなく日本国は広島カープ球団の黒田氏だが辞退されそうだ。

 
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六十にして耳したがわない

2016 OCT 26 18:18:25 pm by 東 賢太郎

SMCのトップページにメンバー・リストがあって同胞の皆さんの写真がのっている。不思議なもので、毎日見たり書いたりしてるのでそこに居る人たちは同居人みたいな感覚になっているのであって、今回のように訃報があっても心は動じるもののいまひとつ現実感がない。

なんといっても今日お別れをしてきたのに、会社のドアからひょっこり現れても、スマホに野球行かないかとかかってきても、ブログが知らず知らずにアップされていてもおかしくない。こんな感覚がずっとあるなら、彼は実はあちらへ行ってないということなんじゃないかとさえ思う。

昔、固定電話のころは、かけても相手がそこに居るとは限らない。しかしユビキタスのスマホ時代になって、かけるとすぐ出るわけだから相手が「そこに居る感」は半端でない。電話帳から彼を消す気は毛頭ないので、「こんな感覚がずっとあるなら」は現実になりそうなのだ。

61才になって、人生に満足感、飽和感を少しだが覚えるようになった。欲がなくなってきた。だって有形のアセットは持って持ち腐れてもしようがない。無形資産である経験はいろんなことを本当に、とくに外国のことだって、もういいやと思うぐらいたんまりとしてきた。だから一番欲しいのは退屈だったりする。

何もいらないけど、失っていくものはふえる。それをどう感じるかは60代でにじみ出る人間性と思う。証券業という虚実渦巻く世界にこの年まで漬かっていると人間も感化されがちだが、故人はそれを免れていたように思う。育ちが良かったのか頑強な徳育を受けたのか、強固な自分の価値基準を持っていて、いつも賛成ではないものの納得させるものが常にあった。

西室が孔子の「六十にして耳したがう」は還暦を過ぎたら人の意見に素直に耳を傾けられるようになったんじゃなく頑固なゴリゴリ親父だったのだろうと書いている。孔子さまと比べちゃいけないが、人の意見に素直に耳を傾けてこなかった僕は齢六十にして益々そうなっている気もする。

そんなゴリゴリ親父が結構なるほどと感化される場面があって、いうことを聞いてみようと思ったことがあるのが故人だった。そういう人間と行った旅行は啓発に富むものだったし忘れられるものではない。そしてそんな彼の書き残してくれた文章は秀逸だ。内容の密度もそうだし、ことに文の硬度が高くて強靭であるのは精神の骨太を反映している。若い人は是非味読してほしい。

 

 
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10月20日のこと

2016 OCT 23 1:01:41 am by 東 賢太郎

先週末15日にユリア・フィッシャーの演奏会でブラームスの第3ソナタをきいて、ブログに「(このソナタはブラームスが)亡くなっていく友人に人生の黄昏を見た曲であり」と書きこんだばかりだった。まさか翌週に自分がその黄昏を見ることになろうとは夢にも思わなかった。

演奏会の次の日の日曜日、16日のことだった。家の階段を登っていて、どういうわけか足がふらついてつまずき、ドスンと転んでざらざらの壁で二の腕を盛大にこすって血だらけになった。多少ビールが入っていたとはいえマグロみたいに無様に倒れ込んだのであり、何がおきたか自分でもわからない。下りでなくてよかったねと娘が手当てしながら言ったがほんとうだ。ぞっとする。

19日の水曜日に部下のご家族の訃報があったと思ったら木曜20日の午前10時過ぎに西室から中村順一の知らせがあった。11時に上野で会議があり、努めて冷静に済ます。しかし頭は混乱しており、kyuukan社員におつき合いいただいて模様替えした赤プリの旧館(右)でランチした。半分ヤケでギネスを飲んで、何を話してもとりとめないが聞いていただいて少し気が楽になった。

旧館は旧李王家邸である。すぐ目の前、プリンス通りの反対側は麹町中学校の正門だ。奇しくも中村、西室の母校であり、神保町にある我が一橋中学校のライバルだが、番町ー麹町ー日比谷―東大が定番といわれたのだから少々負けてる感はあった。我がオフィスはここから徒歩1分で気に入ってる。住みついてもう6年にもなるのか、早いもんだ。

午後は3時から品川で外国のお客様と会議。こっちもなぜかプリンスホテルだったが来年にかけての有望案件で中村にやってもらいたかったものだ。次は5時半に笹塚でオンラインTVの経営会議に。こういう時にこういうもんで、全員で悩んで決まらなかったTV局の名称がスパッと決まった。その日、10月20日は奇しくもソナーの設立記念日だった。

 
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N響定期 「春の祭典」と「花火」に驚嘆

2016 OCT 16 1:01:10 am by 東 賢太郎

なぜ驚嘆したのか?は少々のストーリーがございます。

昨日、SMCメンバーである作曲家の唐澤宏毅氏が拙宅に来てくれました。氏は高校からオケ部(ヴィオラ)であり、音楽への情熱がそのままプロの道に続いて大活躍されているのはうらやましい限りです。演奏会でストラヴィンスキーの交響曲第1番をやったら面白かったそうで、我が家で「春の祭典」をぜひききたいというリクエストがあったのです。おたがい時間が合わず、たまたまこの日になりました。

氏は僕を「おじさん」と呼んでいて、僕のほうはひろきクンであります。というのは氏はウチの子供たちと同年代ですが、親のフランクフルト駐在が重なっていて、小学校もいっしょで両家を行き来して遊んでいた坊やだったのです。みんなまだ幼稚園か1年生ぐらいだったかな。そこで生まれた長男は1,2才の赤ん坊だったから、遅れてイタリア料理屋に現れるとびっくりでした。

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みんなでわいわい食事を終えて(僕は酔っぱらって)家に戻り、さっそくピアノを弾き音楽の話に没入です。このところ滅茶苦茶いそがしく神経がすり減っていて音楽という気分でもなくなっていたのであり難かったですね。これが始まるともう仕事は忘れてます。

10時を回ってましたが地下というのはありがたく、まずはビル・エヴァンスのサンデイ・アット・ザ・ヴィレッジバンガードから(これがいいんです)。そしていよいよ大音量で春の祭典(こういう場合、MTトーマス/BSOが定番)。最初は「生贄の踊り」だけ。どう、いいだろ、はじめからいく?となって当然のごとくやっぱり全曲で。あとはアンセルメのダッタン人、ツィマーマンのショパン(バラード1番)、カーペンターズのSACD(ここにいたると当方もピアノでセッション参加)。

そうしてついでに僕がシンセ演奏したバルトークの管弦楽のための協奏曲の第5楽章も。「いい出来でしょ?」と自画自賛には「すごいオタクですね」とのご評価?をいただきます。彼のプロ仕様のPCは容量も何百倍だしシンセの楽器音源の種類もすごく音色も完全にテーラーメード、僕の石器時代のMIDIプログラムを最新鋭のモデルにアップロードできるか?死活問題なので「やってみましょう」とのご返答は何より心強い。

しかしいろんな人がここで音をきいて遊びましたが彼ほど(今日はもう眠れませんと)感動した人はひとりもいませんね。あのまま夜明けまで行けましたね。やっぱり作曲家だ。こんなに喜んでいただければこっちも本望というもの、よかったです。近くに引っ越してくるそうで、この地下室はスタジオ代わりに使っていいよということに。

無名だったストラヴィンスキーがディアギレフに見いだされたのは「花火」という4分で終わる曲だったんだ、それで火の鳥を頼まれて、ほぼ同時にペトルーシュカと春の祭典もできたんだよ。彼は27才だったんだ。「そうですか、おれ27ですよ、いま。やばいすね」「そうさ、やれやれ、おもいっきり」こんな会話があって、こっちもエネルギーをもらい、ガスが満タンになって夜中におひらきとなったのです。

そして翌日のきょう、N響定期に出かけて行って曲は何かな(毎度のごとく、事前には知らない)とプログラムを開くと、これがなんと「春の祭典」と「花火」だ!もう運命の冗談としか思えない。

いや、ときどき僕はこういう不思議なことがあるんです。新世界や未完成じゃないんです、花火なんて超マイナーで何年に一度もやらん曲で、僕といえども実演は50年聴いてきて初めてです。びっくりでした。ひろきクンは大物になれるぞ。動画のほうもぜひいっしょにやろう。

 

 

 

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長く残ったほうが勝ち

2016 SEP 6 2:02:17 am by 東 賢太郎

「元気ですね」とは会う人ごとに言われる。たしかに元気だ。炎天下でジョギングすると娘が熱射病だ何だと心配してくれるが、お父さんはもと高校球児だよ、知ってる?でおわり。倒れてポックリでも同情されそうにない。あのころ毎日皇居一周7キロ走破してたからお尻のでっかさは人並みでなく、脚力はアスリートなみに鍛えてある。まあ空元気でもそう思ってないとただのジイさんになりそうだからいいさ。

「ブログをよくあんなに書けますね」とも言われる。そう大変でもなくてこれも脚力みたいなもんだ。文を書くのは昔から速い。加えてビジネススクールで毎日英文を何百ページも読まされ、それをネタ元になんでもいいからクラスで意見をバシッとかまさないと落第だ。だからネタ探しの皇居一周で2年間鍛えられた。あれやったら誰でもできる。

僕の本旨はこれを千年後の子孫に読ませることだ。僕だってもしも平安時代の先祖のブログ集があったら全部真剣に読み漁るだろう。こんなとこ俺そっくりじゃんみたいな感じで。ちなみに孔子の子孫は世界中に4百万人いるそうで、まあ著名人ファミリーということは忘れるとして2500年後には僕の子孫もそのぐらいておかしくないだろう(まだ孫もいないが)。

それが全部僕を起点にしてつながってくれたら凄いことだ。きっと各国の子孫がこれを世界中の言語に翻訳してくれているだろう。配偶者を入れて8百万人か、こりゃSNSなんてもんじゃない、血族だし、これが僕のイズムを継承なんてしてくれたら面白い。政党になる?いいえ、スイスぐらいの国でしょ。いやいや、もう地球は危ないぞ、まとめて火星に移住でもして生き延びてほしいもんだ。

なんていう壮大、無謀な計画だが、たぶんこんなバカなことを真剣に目指して日々やってる人間は世界にもまれだろう。ネットさまさまだ、なんたってもし30年も前にこれをやろうと思ったら何億円もかかったのがほぼタダでできるんだから、やらなきゃ損というだけでモチベーションにすらなる。

いわゆるひとつの「ブログ」なるものを書いてる意識は僕にはない。恐竜のようにでかくて強いと勝ちではない。哺乳類じゃないが、何であれ、「長く生き残ったらそれ自体が価値だ」という単純なイズムの実践であって、紙の本より電子的メモリーのほうがメンテさえすれば千年は消えないだろうというにすぎない。論語だって、孔子の弟子たちは今だったらずっと便利で保存性のあるブログ集にしたかもしれないと思う。

では僕はタイムカプセル作りをしていて顔の見えない未来人に向けて書いているかというと、そうではない。誰に向けていることもないが、いま読んでくださる方々を確実に想像している。老若男女おられるだろうし年齢性別のイメージもない。過去のタイトルから子細に読んでくださる方々もおられ、本人が忘れている文章までご指摘があったりするのは頭が下がる。そういうすべての方々だ。

おすすめのCD買いましたというメールもいただき、これはますますいい加減なことは書けんぞという気持ちになる。コメントをくださったら、その方の文章もごいっしょに千年残る。だからちゃんとお返事する。こういう日々の積み重ねが21世紀初頭のひとこまであり、やがて「長く残ったら価値だ」ということの礎になり、生存競争の勝ちにつながっていくと信じている。

先日のことだが写真家のS先生と淡島の焼き肉店「韓てら」に行った。前の自宅が近かったので家族でよく来ていたのが懐かしい(余談だがここのお味は東京でベストクラス。おすすめである)。彼は会社勤めを5年だけした。僕は31年だが、やめてどう思ったか?やっぱり寂しかったねで一致した。世間と切れてしまうわけではない、「そうだよな、誰も頼ってくれないもんな」ということにだ。

この頼られるというのは替え難い。こちらの価値を認めない人に頼られることはない。だからそれに応えられて、良かったですねとなる、人生これほど報われるよろこびなんてないだろう。そこに報酬がいっさいからまない、ビジネスではない、これがまたいい。僕は本業で、アドバイザーとしてお金をいただいてそれをしている。だからカネと無縁な世界でそれがしたい。SMCはそのためにある。

ビジネスでも僕は無報酬で引き受けることがある。よろこびがあればそれでいい。お金は一緒に頑張った人たちがたくさんもらえばいい。頼ってくれる人は宝物だ。そういう仲で、苦境にあれば心配し、心配される。こういう仲間がいる人でありたいと思う。そのためにも元気であり、長く残ることが絶対に大事なのだと信じている。

 

 
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もう来たか夏の終章

2016 AUG 23 0:00:46 am by 東 賢太郎

8月20日、土曜日。ことしも花火大会。1年が速すぎないか。去年から怠慢で、焼きそば片手にテラスで観る。

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花火と甲子園が同時に終わるのもなんだが、五輪までシンクロはないだろう?

今日22日は台風一過の夕焼けが出た。これはごちそう。午後6時22分。

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まばゆい。空気が澄んで風まで透明。こんな景色は何度もない。

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この色のカーテンが欲しいなと思いながら、こういう気分のときは酒でもワインでもない、貴州茅台酒をとりだす。 香港に2年、そこでついた習慣。niwa5

雲の様子が変わった。富士のあたまが見える。18:27。

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う~む、なんともいえない。

いえないのは早や酔ってるからだ。終章。18:53。

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スポーツとケンカ

2016 JUL 29 12:12:34 pm by 東 賢太郎

プロスポーツのメンタルがどういうものかは想像がつきませんが、同じ人間がやることだからという目で見ています。

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ソフトバンクの内川がファウルフライを妨害されて捕れなかったとカメラマンを罵倒したり、中日の平田がヤジに応戦してスタンドにのぼりかける(右)などいろいろおこります。

 

内川はそういう男に見えないし平田は自分ではなく同僚ビシエドへのヤジに男気応戦だったようで、チームが勝てないことのストレスの反映なんでしょうか。こういう心理状態になると打席にも影響があるだろうなあと思います。

勝てなくなると連敗する。実力は伯仲なのにどうしてあのチームだけ一方的にやられるのかと不思議になりますが、チーム内でこういうストレスがそこかしこに蔓延すれば全員の打席やピッチングにひずみが出るのは避けられないでしょう。

一方でヤクルトのオンドルセクが監督に暴言を吐いてクビになってしまいました。こうやって外部にでなく身内にあたるケースも出てくると重症です。ともあれ、みんな負け=ストレスなのはよくわかります。

しかし、ストレスは昔からあったことで、そのはけ口はもっとシンプルに「敵」に向かってたような気がするのは僕だけでしょうか。ちょっとしたプレーで殴り合いになりベンチ総出の乱闘事件になるなどですね、これは顕著に減っているように思います。

プロ選手はリトル、高校と旧知の仲で、チームは違っても挨拶したりベース上でランナーと野手が会話したり、最近は合同キャンプまでしている。人間としてはいいことですが、どうも男と男の一騎打ち、ケンカという側面が失われてきている感じがするのです。

僕自身そうですが、男は本来きっと野蛮であり社会ではその蛮性を理性で包み隠して生きているように思います。大昔のガキの頃ですが、職場で上司に怒り道具箱を蹴倒して抑え込まれたことがあります。オンドルセクどころでない事件で、それでも会社で生きてこられたのは幸運だったのですが、ストレスはそれ自身が凶暴なものです。

負けをすんなり認めて尻尾を巻いてしまう男の心理は知りませんが、負けという悔しい状態のままストレスをため込むよりは発散する、それも身内やファンに対してではなく、負けた相手、敵にストレートにぶつけるという意味では、男にとって乱闘は筋が通っておりわかりやすい。

実社会でそれは絶対に許されないがグラウンドなら、という見る側の心理はあるように思うのです。実社会でできないからむしろやってくれ、戦争でやられたアメちゃんをたたきのめしてくれというのが力道山を応援した終戦直後のプロレスだったように思います。

僕の野球好きは王貞治vs大羽進に始まったことは書きました。外木場vs王、村山vs長嶋、清原vs野茂、清原vs伊良部、江川vs山本浩二・・・数々の名勝負。これは武蔵vs小次郎や伊賀の影丸の現代版で、これに魅入られてピッチャーをやりたいとなった。

これ、わかりやすくいえば、ぜんぶ男のケンカなんですね。合理主義、人道主義、友愛、フェミニズムなんかがはいりこんだスポーツはつまらないです。アルコールフリービールだけの飲み会みたいなもんだ。そんなのを金払って見る気はしません。見る方もストレス解消したいですから。

 

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へこむと見えるもの

2016 JUL 1 8:08:28 am by 東 賢太郎

昨日はディナーでやはり疲れてますなといわれます。そりゃ3か月大凶だから頭も徹マン明けみたいに鈍いんです、大事なメールをまちがって原稿の方を送ったり。これかなりまずかったんですが、あんまりそうも思わなくなってる。

飲んで騒いではあんまり好きじゃない、といってひとりでいるのも落ち込むのでいろいろ人と会うわけですが、こっちから積極的にああだこうだというパワーはあんまりなくて受け身です。

すると、普通こっちが押しまくってしまうところなんですがけっこう押していただける。これは新鮮だなということに気づきました。そういう人間に生まれついてたら人生もっと楽だったのかなと。

50ぐらいで初めてクラス会に出てあずまくんとよばれますが、もう何十年このかたクンづけでよんでくれる女性などいないですからえらく新鮮だった、ああいう感じがあるんです。

男女問わず不思議なタッチの人というのはいて、30年たってもなんとなくいて心地よい。年齢はまったく関係なし。その後もそういう方たちはいて、いまどうしてるんだろうと、こうやってこっちが弱ると気になります。

僕みたいなあつかいにくい人間はそういう方はほぼいないんで大事にしないといけないのです、最近とくにそう思います。

 
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今年の振り返り(プライベート編)

2015 DEC 29 22:22:56 pm by 東 賢太郎

今年のプライベートの3大事件です。

1位 カープファンを辞めた

カープは今やカネも人気もあり、判官贔屓の僕に似合わない球団に変貌した。その上で20余年も優勝しないストレスは過大であり、今年はそのストレスが前代未聞のピークに達して健康の敵であると実感した。よって50余年の恋人に別れを告げる決断に追い込まれた。ドラフトも黒田残留のニュースも何ら関心がおきず、もう「不可逆的」であることを知る。終わってしまった。今年というより、人生の大事件の一つである。

2位 絶食とランニングで体重キロ減る

5日の絶食をしながら10kmのランニングという苦行をこなしたところ、体質が変化したのか体重は73kg台に定着。目標の60kg代は未達も、5月に79kgあったのが検診で瞬間風速71.9kgを計測。単なる数字のことよりも、体を緊縮することは精神の緊縮にもつながる気になったことが新しい。

3位 仕事は大きな浮力を得る

1,2月は何もなし。3月に芽が出るも4月は後退。5月に絶食と先祖の墓参り。6月に急に動意づき、案件が5つもできる。7,8月は揺籃期で9月にさらに動意づく。10月は目が回り、11月に別の重要案件が入る。潰した案件も多いが、それらの存在が元気をくれた。いま振り返ると、お墓参りが分岐点だった。

ということで、還暦になったこの年はメンタルにも健康でも仕事でも大きな節目になったと思います。今年は本厄だったのですが個人的にはここ5年で一番良い年でした。

追記です

4位   歌舞伎を観る

何をいまさらですが、還暦にして初体験にしてこんな大物が残っていたことに感謝します。

5位     安土城に登る

何かをいただいた気がします。

 

(追記)

今になって思えば、カープとのお別れは剪定の一つでした。好きだと観てしまう。気になる。そして無様な負けに怒りがわく。そういう感情の乱れは仕事の邪魔なのです。だからハサミでプチンと切った。そういうことでした。これを促したのは5月に食を断った体験でした。断捨離、剪定、いらんものは捨てる。食べ物、カープ、いちばん大事なものでできたのできっかけにできそうです。人生変わりますよ。

 

(こちらをどうぞ)

カープ親父の会話-赤ヘルじゃなかったころ-

初めて歌舞伎を観る

3日断食にトライ

 
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チョン・ミュンフンの第九と濃かった師走の一日

2015 DEC 26 23:23:34 pm by 東 賢太郎

長女と一緒に外苑前駅から午前10時前に神宮球場へ向かうとかつて見たことのない延々長蛇の行列でびっくりしました。秩父宮ラグビー場でジャパンラグビー トップリーグ 2015-2016 が11:40からあったのです。五郎丸選手のヤマハ発動機がキヤノン とやるのがお目当てなんでしょう、彼はラグビー人気に火をつけましたね。南アフリカ戦の歴史的金星は今年日本人を最も勇気づけた大事件でした。

その五郎丸さんに関係するお話を頂き、某会社さんと10時半からお会いしました。ラグビーは素人どころかルールも知らず、いろいろ教えていただきました。五郎丸はカレンダーはもちろん切手まで出てしまうのだからもはや国民的英雄です。その両方の写真を撮ったCさんが間に入ってこの出会いがあったのです。彼女は日ハムの大谷投手の写真集も撮っており、今年最も熱い二人の男を独占。いいですねえ、持ってますねえ。

終了後青山3丁目サバティーニでランチして今度は渋谷のオーチャードホールへ。チョン・ミュンフン指揮の第九をききました。オケは日韓国交正常化50周年記念でソウル・フィルハーモニー管弦楽団と東京フィルハーモニー交響楽団の合同オーケストラ。福田元首相、駐日全権大使はじめ日韓財界トップご臨席の華やかな演奏会でした。

終演後のレセプションでは東フィルの副理事長である黒柳徹子さんがスピーチされましたが、N響のコンマスだったお父上は第九の公演で合唱団にいた母上を見初めて結婚したので自分がいるのは第九のご縁で、お母さんの子守唄も第九でしたという話を披露されました。チョン・ミュンフンの指揮は熱が入り、両オーケストラの息もあった素晴らしいベートーベンとなりました。

そこからKさんと某航空関連会社社長Hさんと銀座「田舎屋」さんへ。お店は5時前で準備中だったがオーナーが一緒ということで開けてくれました。炉端焼きとはいえ外国著名人が訪れる名店でキンキなどお味は最高。おすすめです。今日は娘にはいい勉強になりました。

 
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