SMCの閲覧数13万超え
2014 APR 18 1:01:59 am by 東 賢太郎
ここ一週間ほどでSMCの閲覧数が急に増え、1日で1万7千を超える日もありました。同じ日だと延べではないので、その日は1万7千人が読んで下さったということです。日本雑誌協会による発行部数の統計によると「新潮45」が22,734、「Voice」が25,867、「中央公論」が30,000ですからSMCは3日でこれらを抜いてます。
スタートからの約1年半の合計閲覧数は13万を超えました。期間が違うので単純比較はできませんが「AERA」が118,900、WEDGE(ウエッジ)が138,664、「サンデー毎日」が106,847というところです。最も多い所で「文芸春秋」が約50万、「週刊文春」が約70万です。
「実名と顔を明かして書く」、「商売抜き(単なる趣味)」というポリシーは継続いたします。他人の目を気にしておためごかしを書くぐらいなら書く意味も必要もありませんから、思うことをストレートに書くスタンスも継続いたします。
ひとつだけお断りしますと、このたび某社様の顧問を正式に拝命することになったため、上場企業でもある同社に関わることは一切触れられなくなります。それ以外は変わらずやって参りますので、引き続きよろしくお願い申し上げます。
小保方会見とサラリーマン能力
2014 APR 12 14:14:01 pm by 東 賢太郎
小保方氏の会見をyoutubeで見た。これまで4つ書いた本件に関するブログの中身を変更する理由はまったくない。
一言でいうと、こういう人がサラリーマンで出世するのだ。その道では大変な能力である。この人が直属の部下だったらけっこう恐ろしい。核心である「故意の有無」の質問のぼかし方、逃げ方など見事な手腕で98点ぐらいあげられる。立派な女優だと言っている人がいるがちょっとちがう。女優はアドリブがないからとっさに危険を察知して不自然でないそぶりでするりと逃げたり、次のセリフをその場で考えてしゃべりながらタイミングよく泣いたりする能力はいらない。サラリーマン道の大家はそれができる上に女優の演技力も持っているからずっと格上なのである。
僕は昔の会社でこういう部下を一人だけ持ったことがある。ただし男だが。あることがあった時に彼は絶妙なタイミングでさめざめと泣き、大いに驚いた。それが軟弱な涙ではなくいい男泣きの感じが出ていた。それが恐らく演技であることを僕は見抜いていたが、皆の目もある手前慰めに回るしかないほど迫真の演技であった。サラリーマンの天才というのはいるのである。しかもそれが女性だったら?男だから僕はこの部下の嘘を見抜いていた。しかし・・・。あまり自信はもてないと彼女の会見を見て思った。
だから嘘とまでいう自信はない。もし嘘なら、ノートは研究の秘密です、200回も成功してますというあの口調からむしろ演技というよりも確信犯という可能性を考えねばならない。人を殺しちゃいました、でも悪いと知りませんでした、だから悪くないんですワタシ、というのがそれだ。嘘(改ざん)とされるよりその方が罪が軽いと考えているかもしれない。あの会見を見て、200回?どうしてそんなにきれいな数字なの、どうしてそれが今できないの、と何か変だと思った人でも悪くないワタシの論理に引きずられて同情票に回った人は多いのではと推察する。
STAP細胞がそのうち見つかる可能性は誰も否定できないだろう。科学の品位を落とす例えかもしれないがUFOもそうだ。「見ました」と堂々と、しかもいかにも見そうな飛行機のパイロットや宇宙飛行士にでも主張されれば、たいていの人間は嘘だろうと思いながらもたじたじするしかない。それを知ってのあの堂々とした物言いだとするなら、それはポーカーや麻雀などで時として有効なギャンブラーのブラフだ。それができるとするとサラリーマンなら達人の域にある。
これ以上彼女に関心はないが、問題なのはサラリーマンの天才は必ずしもビジネスの天才ではないことだ。むしろそうでない場合がほとんである。ところが権力者を籠絡する天才はやがて権力を持って松食い虫みたいになり、やがて松は枯れる。だから権力者は松食い虫の演技を見抜く眼力が必要である。ビジネスの能力は、ほぼ、本質を瞬時に見抜く能力に近いと僕は思っている。人たらしの能力とは別物であり、そんなものはせいぜい営業部長どまりの能力にすぎない。
科学者の世界は知らないが、権力が発生するところ必ずサラリーマンは出現する。サラリーマンに権力を与えてうまくいくのは役所だけである。
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はんなり、まったり京都2014(その2)
2014 APR 12 12:12:40 pm by 東 賢太郎
皆さん京都へ行ってなにを京都らしいと感じるかはさまざまだろう。僕の場合、霊気である。オカルト的な意味ではない。ここには千年にまたがる人間の「気」が蓄積している感じがある。「つわものどもが夢のあと」と歌うなら、つわものの数は何百万人だろうか。霊気というのは京都以外の寺でも感じるが、ここは寺社だけではない。木屋町通りのどこか1㎡でも掘り下げれれば源義経と坂本龍馬の足跡の化石ぐらい出てくるだろうと、そんな感覚をそこかしこで持つことができるという意味での霊気というものだ。
例えば、この写真は鴨川にかかる松原橋から我々の宿(左から3番目の町屋)をのぞむものだが、この橋は秀吉がそう命名するまでの名は五条橋であり、弁慶と牛若丸が戦ったあの橋である。
それを渡るとすぐ宮川町であり、お茶屋さん街となる。去年もお世話になった「しげ森」さんはそこにある。この風情からしてもう別世界だ。
玄関には舞妓、芸妓さんたちの名が。彼女たちは15歳からここに住み込んで1年たったらまず舞妓になる。無給だが着物も稽古もすべてお茶屋のお母さん持ちだ。20歳をこえると芸妓になり自分で客を取れるようになる、つまり独立自営業者になれる。
ここで懐石をいただいて遊ぶ。最近は女性客が増えているそうで、席にあがる前にビデオルームで基礎知識を教えるVTRを見せてくれるから初めてでも大丈夫だ。写真は伝統お座敷遊び「トラトラ」のお手本を見る皆さん。
ここで独占していたお二人、小ふくさん(右)とふく苗さん(左)が翌日の京おどりの舞台に立つ。これが正調の楽しみ方である。もちろん踊りだけ見てもいいし充分見応えはあるのだが、舞台にいる2、30人の別嬪さんのうちに知っている人が混じっているというのは味なものだ。
はんなり、まったり京都-泉涌寺編-
2014 APR 10 18:18:23 pm by 東 賢太郎
泉涌寺(せんにゅうじ)をご存知の方はあまり多くないのではないでしょうか。僕は天皇家の氏寺が京都にあるときいたことはありましたが、名前は覚えていませんでした。
この寺を知ったのは「逆説の日本史2」(井沢元彦、小学館文庫)です。「扶桑略記」に記載された「天智天皇暗殺」説は興味深く、天皇家の菩提寺に、天武~称徳の位牌がないことをこの本で知りました。井沢氏によると唐が白村江戦勝後に朝鮮半島支配を図り(つまり新羅討伐の戦略を展開し)、それに呼応して新羅に半島を追い出された百済王族である中大兄皇子(天智天皇)が唐と連合軍を作ることを画策。それを阻止するべく親新羅の大海人皇子(天武天皇)が山科で天智を暗殺したとしています。教科書の日本史とはかけ離れた説ですが、僕は通説よりも説明力を覚えます。
4月5日(土)の朝、始発で京都へ向かった江崎が8:11に到着。いっぽう平等院まで同行した三田が結婚式仲人のためソウルへ戻り、我々は東山の泉涌寺に向かいました。そこで今度は中村が合流。笑顔でお迎えいただいた和尚様にご挨拶して境内へ入るとまず楊貴妃観音堂へ案内されました。なぜ楊貴妃が?鎌倉時代にこの寺の僧が中国の宋にわたり仏舎利(仏の骨)を所望したそうです。何度も断られましたがやっともらえることになり、その際に航海の安全守護のために楊貴妃観音像もついてきたそうです。仏舎利は公開されていません。和尚は見たそうですが歯の部分のようでかなり大きかったそうです。

そこから参道の坂を下ると、盆地の底のような位置に仏殿があります。登るのは多いですが下るのは珍しいですね。ここには運慶作とつたわる阿弥陀、釈迦、弥勒の尊像がありそれぞれ過去、現在、未来にわたって人類の平安を祈るという構図になっています。
仏舎利は舎利殿の舎利塔にあります。入れていただきましたがここの名物は「鳴龍(なきりゅう)」でしょう。 天井に狩野山雪筆の龍の絵が描かれているのですが、その下で手
を打つとびりびりという音が聞こえるのです。ここから御座所へ移ります。ここは両陛下はじめ皇族方の御陵御参拝の際のご休憩所であり、現在も使われています。ここも中を全部見ました。右の写真はその庭園で、桜も紅葉も早いそうです。たしかに京中ではほぼ満開なのにここでは桜はもう見えませんでした。塀の向こう側の山に歴代天皇の御陵があります。
さて奥の奥に移ります。写真はありませんが霊明殿です。戦前ここは立入禁止であり現在も関係者しか入れませんが入れてもらいました(梶浦のおかげです)。ここに歴代天皇の御位牌が並んでいますが、確かに天武系の天皇はぽっかりと抜け落ちています。下の系図をご覧ください。霊明殿にお名前があるのは聖徳太子尊像-天智-光仁-桓武であり、太子以前もなければ第40代天武-第48代称徳も欠落しています。天皇家の氏寺なのに何故と思われるでしょうが、ここは天皇の氏寺ではなく「天皇であるファミリー」の氏寺です。だからファミリーが血縁でないとする場合は入っていない。和尚に聞くと、「それは私共は何とも申し上げられません。ご指示に従っているだけです」とのことでした。そうであるならばこれが天皇家の見解なわけです。非常に興味深い。
まず斉明(皇極)天皇は天智の母ではないということです。では天智(中大兄皇子)とは何者なのか?斉明の目の前で蘇我入鹿の首をはねた乙巳の変とはなんだったのか?なぜ天皇でもない聖徳太子が(だけが)天智の上にいるのか?
これを知っただけでも日本書紀は天武、持統によって歴史をねつ造した書であるという説は支持できます。以下自分の考えですが、蘇我氏は本来の天皇(日本国王)であり聖徳太子は蘇我氏の業績を象徴する架空の人物であった。蘇我氏の名前、蝦夷、馬子、入鹿は動物名の蔑称にされており、皆殺しにした人物の書いた書記のねつ造と思います。その皆殺しは扶余から亡命して来た百済人の天智による入鹿殺害(大化の改新=クーデター1)によって実現しました。そしてその天智を天武が殺しました(クーデター2)。
泉涌寺の位牌の有無によれば、現在の天皇家はおそらく百済人であった天智の末裔であると認めています。彼はクーデターで王位を奪った者です。だから彼が始祖になっており神武も応仁も位牌はありません。先祖と思っていないのです。天智のひ孫である桓武の母、高野新笠も百済の武寧王の子孫であることは今上天皇が「続日本紀にその記述がある」と述べられています。そして、平家は「桓武平氏」と呼ばれますから百済系です。一方、源氏の武将に「新羅三郎義光」という人がいます。平氏が百済、源氏が新羅であり、日本で代理戦争となったのが源平の合戦であると僕は思っています。
それから明治天皇の墓所はここにありません。伏見桃山陵にずっと大きな墓があります。強硬な攘夷論者だった孝明天皇を伊藤博文らが暗殺し(クーデター3)替え玉に立てた大室寅之助という南朝系の長州人が明治天皇という説があります。そう思います。言うことをきく傀儡天皇をたてて薩長が好き放題やるのが新政府の青写真であり、その結果日清日露戦争で好き放題が嵩じて第2次大戦に至ったとみることもできましょう。「坂の上の雲」は好きな小説ですが、クーデター3が日本国の末路を大きく変転させたかもしれず司馬遼太郎の史観だけで近代史は語れないと思います。
国家の首長を殺して政権を奪うクーデターは世界ではいくつもありますが、万世一系とされるわが国でも最低3度は起きている可能性があります。天智以前はもっとあったかもしれません。泉涌寺ではそうした様々なことが頭をよぎり、特に御位牌が所狭しと安置された霊明殿には圧倒され、その感じはその後も一日中残ったほどです。日本最大のパワースポットといって過言ではなく、一度は訪問する価値ありと思います。一般には奥まで入れないようですが、ご興味がある方はSMCを通してお願いすることができるでしょう。
(こちらへどうぞ)
京都の不思議
2014 APR 8 1:01:36 am by 東 賢太郎
京都というのは不思議な場所です。去年と同じ木屋町の宿に足をふみ入れてみて記憶が不意に蘇ったのですが、そういうえばまさにここに着いたその日は昨年一年間で最も重要な仕事となった案件のクロージング(締め)の真っ最中だったのです。やきもきしているとスマホのメールで良い知らせが来て狂喜したことをまじまじと思い出しました。そして今年も、ある新しい仕事の構想を、それもひょっとすると自分の人生で最も大仕事になるかもしれないものの決断を目前に控えて、やはり木屋町の宿で深く思いをめぐらせておったのです。
不思議というのは奇しくもそんなことが二度目だということばかりではありません。京都という土地柄が、そういうことになんともふさわしいものだということです。そこに身を置くと、そういうことを考えていること自体がいとも自然であり、梶浦がセットしてくれた会食もお茶屋さんもそういう心境に置かれた男に自分自身がなってみて、昔からこういうものだったのだろうということを味わえたかもしれないと思っています。去年と同じく京おどりも観せてもらいましたが、そうしてやっぱり、あまりに美しい芸妓さん舞妓さんたちの舞いに感動し見とれたのですが、満開の桜とおんなじで、こういう心持ちだから求めるいとおしい美というものがそこにはひっそりと忍んでいるような気がします。
浅学の身があれこれ歴史を書きたてるまでもないことですが、京都には千年にわたってそういう男たちがひしめいていたわけです。権力の頂点が在る故に権謀術数が渦巻き、成功して有頂天になった者もおれば戦死者、刑死者も数知れず出ました。勝った者が建てた寺社は国家や家の鎮護と同時に死者の怨霊封じの場でもありました。ですからあの都はそういう「気」に満ちているに違いなく、そのようなものが溶け合ってあの文化ができていると思われます。去年はまだ若くてそれには気づかず表面の美だけに感じ入って帰ってきたのですが、今年にいたるまでに色々のことをさらに経験したせいでしょうか、ただ綺麗なだけの美ではない、いわば負の側面も背負った凄味のある美だという風に感じられてきました。
平等院の藤原氏、六波羅蜜寺の平氏、金戒光明寺の会津藩などがそういう男たちだったでしょうし、武家に治政を執られていた時代の天皇家もまたそうだったのでしょうか皇室の菩提寺である泉涌寺では歴代天皇の位牌のあるお堂で自分としてはかつて経験がないほどの強い気を感じました。これは悪い感じのものではありませんが後の寺社が軽く思えるほど腹に重たいものであり、その日はお茶屋に遊んでもどこかそれが残っていて何かを頂いて帰ってきたのかなという気分も致します。
中村がここはお前の専門分野だろうと言うので、泉涌寺については稿を改めて書くことにします。
はんなり、まったり京都2014
2014 APR 6 22:22:38 pm by 東 賢太郎
今日京都より帰って参りました。前回と同じく、大学のクラスメートである畏友梶浦の会社「庵(いおり)」が経営する町屋のうち最大で一番人気の「美濃屋町」に2泊させてもらいました。お客の6割がフランス、アメリカ、イギリス人で、京都好きのリピーター家族などで1週間単位の一棟お借上げが多いそうです。SMCはそうはいかず週末だけなので旬のいいとこ取りの土、日だけ頂いてしまって申し訳なく、感謝あるのみです。
今回つくづく思いましたがこういう宿は通常の旅館、ホテルではありえない「我が家感」が大変気楽です。窓を開けると目の前にどかんと鴨川が広がり、花見客でごった返す京都にぽっかりと静かな自分の空間が、それもかなり贅沢に広い空間があるということ。川を眺めながら風呂に入れ、食事も頼めば立派なものを持ってきてもらえるので完全に内輪だけのリラックスした雰囲気でくつろげるという大きなバリューを感じます。地の利も京都の真ん中付近ですから抜群であり今回も清水寺からは歩いて帰りました。お世辞抜きで読者の皆さんに強力にお薦めいたします。
それから何がいいかというと、今回は宇治の平等院鳳凰堂(写真下、10円玉でおなじみですね)、泉涌寺、清水寺、黄檗禅宗閑臥庵で京都でビジネスをし
て10余年になる梶浦社長の顔ききで信じがたい特別待遇の見学をさせていただきました。「今日は裏口入学のオンパレードだね」と皆が冗談を言うほどスイスイ見られて長蛇の列の一般のかたに申しわけなかったのですが、しかも普通は入れない奥の奥ま
で入れていただき非常にわかりやすい、しかも興味深い解説をきかせていただきました。例えば平等院では梶浦のご友人である代表役員兼住職、要は当院の総責任者、CEOであられる宮城俊作氏(写真右、氏と紫式部像の前で)が代々住職というお家柄から興味深い裏話をまじえて鳳凰堂と博物館に同行して解説をして下さりランチもご一緒いただきました。心より感謝いたします。氏はちょうど僕と同じ頃に米国に留学してハーバード大学で建築を学び、住職をされながら奈良女子大学の教授をつとめ、設計会社「PLACEMEDIA」を経営もされるというスーパーマンです。梶浦を通じて素晴らしい人とお知り合いになれました。
ここからの詳しいレポートは土曜から我々に合流したメンバー、江崎、中村、阿曾各氏のブログにおまかせ致します。
京都にて
2014 APR 5 7:07:10 am by 東 賢太郎
昨年に引き続いてSMC京都トリップに来ておりましす。メンバーのよしみで梶浦社長に無理をお願いし、今年も通常ではないアレンジになったようです。桜はややピークを越しましたが十分間に合いました。六波羅蜜寺から平清盛にまつわる寺社などをまわり名所で花見をしてから梶浦おすすめのフレンチへ。京都は居るだけで気分が変わり、気宇壮大な気持ちになります。詳報は追っていたします。
ソナーとは黄金であった
2014 MAR 27 12:12:28 pm by 東 賢太郎
先週、ちょっと不思議なことがありました。インド市場について勉強しようと著名なインド経済関係著書のある専門家Sさんにご来社いただいたおり、当社のロゴを見たSさんが
「東さん、どうして社名をソナーにしたんですか?」
と尋ねられました。よくきかれることなので「投資家のために世界の宝物をみつける探知機という意味です」といつもどおりにお答えすると、意外な答えが返ってきたのです。
「そうですか。インドの公用語のヒンディー語でソナーはゴールド、黄金です。それでかと思いましたが。」
それは知りませんでした。これだけならああそうですかで済むのですが、どきりとしたのは当社は目下、ゴールドに深く関わるプロジェクトを企画中であるからです。もちろん彼はそれを知りません。
僕が信心深くも迷信深くもないことは過去のブログからご推察いただけると思いますが、こういうことになってくるとその僕ですら何か逆らえぬ力が働いているという感じがしてしまいます。
話はそれますが、そういえばヨーロッパ時代にゴルフに凝っていた頃、「黄金バット」と自分で命名した、おそらく恥ずかしくて誰も買わないであろうほどにヘッドが黄金色にピカピカと光り輝く本間のウッド3本で半端でなく荒稼ぎして、仲間からあれはもう見たくないと言われました。それから香港に赴任して会社が僕の風水を見ると、僕のラッキーカラーは金だったのです。またまたそういえば幼稚園の時、クレヨンが金ばかり減ってしまいちゃんと塗ろうねと先生におこられた記憶まであり、偏愛していたようです。要は僕の色覚だと皆さんのように特別にピカピカでもなく、渋くていい色だと思いますが。
ついでに、ヒンドゥー語のソナーは美しい女性の意味もあるそうです。
嬉しいことが2つ
2014 MAR 25 0:00:44 am by 東 賢太郎
昨日はいい日だったようで嬉しいことが2つ。
まず、僕のブログを読んで会いたいと言って会社に来てくれた24歳のK君のSMC入会が決まったこと。西室と三人で食事をして文句なくそうなりました。これが2回目でしたが、まずは迷わず行動してみようという度胸、そうしてそれが闇雲ではなくやりたいことがはっきりしているのがいいと二人とも無言で思った次第です。プロフィールはメンバーリストに載った時点でご紹介します。SMCが若者に興味を持っていただけたことはありがたく思いますし、K君がここを舞台に飛躍できるように支援します。
もうひとつはソナー・アドバイザーズの方ですが、昨年以来アドバイスさせていただいているお客様(大阪の上場企業)が海外で初受注に成功したとの喜びの一報が夜にメールで届いたことです。先方様にとっては将来に向けて非常に意味のある受注であり、ここに来るまでの現地の担当の方のご苦労もよく承知しているので我が事のようにうれしいです。起業してよかったと思えること、それはこうしてお客様が成功して喜んでくださることに尽きます。
ブログ総閲覧数10万到達への御礼
2014 MAR 18 0:00:05 am by 東 賢太郎
昨日10万に達しました。1年半での成果としては大変満足であり、皆様のご愛顧に深く感謝申し上げます。
記事別の訪問者数トップ20は以下のとおりです。
1348
- – クラシック音楽 (カテゴリー) – 1178
- Penny Lane 1158
- マリア Maria, I’m still working on it! 1134
- ルロイ・アンダーソン 「そりすべり」 (Sleigh Ride) 1025
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- ベートーベン交響曲第6番の名演 927
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- カープには甲子園優勝投手が3人もいる 748
- 野球人類学 735
- バーンスタイン”ウエストサイドストーリー(West Side Story)” (2) 705
- モーツァルトの父親であるということ 538
- 神山道元先生セミナーのご案内 532
- 勝手流ウィーン・フィル考(2) 522
- 世にはゴルフという魔物が棲む(3) 491
- 世界のうまいもの(7) ― ドイツのビットブルガー ― 481
- ペーター・レーゼルのブラームスを聴く 477
- チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調 「悲愴」 465
20タイトルのうち15、つまり75%が音楽関係というのは意外なことであり光栄なことでもあるのですが、音楽に関して素人にすぎない人間としてはやや複雑な気持でもあります。自分がたいして強くないところで力を計られているというのはどこか落ち着きの良くないことなのです。自分はペンシルバニア大学の経営学修士であり、専門はファイナンス(金融)であり、野村證券という業界トップ企業で長年の実戦経験を積んだということろに僕のプロフェッショナルとしての矜持はあります。ですから経済、金融、株式市場のようなタイトルをまず読んでいただきたいのが本音です。
音楽はあくまで趣味にすぎないのであって、自分の能力のなさは知っていますから音楽に関わる職業につかなかったことは幸運だったと思います。タイトルについては、読者が多いのでたくさん書く、するとますます読んでいただくという連鎖で増えてしまったようです。もちろん今後も書く意欲はありますし、僕の好きなクラシック音楽はおそらく200タイトルぐらいはありますからそれを書ききるか僕がボケるまでは少なくとも頑張って続けようと思います。そこから本格派のクラシック・リスナーが少しでも多く出てくれれば微力ながらも作曲家と世の中への恩返しになるのではないかという気持ちがドライバーとなっています。
SMCには僕の書けない領域で面白くてためになるブログを書けるメンバー達がいます。僕は発起人ではありますが、今は単なるいちブロガーにすぎません。雑誌は発行部数が10万もあれば売れている方だそうですが、SMCの総閲覧数が累積で100万もいけばそこそこの発行部数の雑誌なみのメディアになるのではと思います。そうなってなお「平成の万葉集」として世相の鏡となり続け、「日本の良識の府」としての立ち位置を堅持できるかどうかは今後の経営陣に課せられた大きな命題です。それに資すると判断したライターには老若男女に関わらずどんどんメンバーになっていただいて、その方向へより加速して歩を進めることができるよう努力して参りたいと考えております。
今後とも何卒SMCをご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。







