Sonar Members Club No.1

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田中の連勝34でストップ

2014 MAY 22 0:00:47 am by 東 賢太郎

ヤンキースの田中が負けました。

ニュースで見る限り雨だったようですね。投手は誰もネコと同じぐらい指先がぬれるのが嫌です。球離れの瞬間に人差し指か中指の先で1ミリすべっても捕手が構えたミットの30センチぐらいは高めにいくイメージがあります。そのぐらい指先の感覚は微妙です。野手の人は時にワシづかみで投げたりも必要なのでちょっと違う感覚を持っているかもしれません。もちろん雨は相手投手も同じだからいいわけにはならないでしょうが。

もうひとつは、ステップして着地した左足が土がぬかるんでズルッといくことです。これがあると思ったところに球は行きません。マウンドは打者方向に傾斜があるのでそうなりやすいです。よくリリーフで出てきた投手がそのあたりの土をスパイクの歯で掘り返したり地ならししたりしていますが、投手がいの一番に気になるのがマウンドのその部分なのです。ここでとくに嫌なのが、相手投手の方が背が高いと左足で掘った穴(回が進むとけっこう深くなる)が自分の穴より打者寄りにできることです。すると自分は相手の穴の手前の傾斜に着地するのでますますズルッといくのです。僕は大きい方ではないのでたいてい相手の穴のカカトぐらいに着地となり、すごく気になりました。これが雨だとますます気になります。

どうしてもマー君の弁護に回ってしまいますが、草野球だって34回先発して全部勝つのは想像を絶します。投手は相手打者と戦いますが、相手投手にもけっこう意識があります。僕は左足の穴は動物なら敵のオスのおしっこのマーキングみたいな気がしました。プロで34人の投手と戦って全勝というのは、プロで無作為抽出した34人の先発投手をぜんぶ見下して投げたということでもあるのです。160億円もらって当然でしょう。これで気が少し楽になってかえって良かったという結果になればと祈ります。

 

 

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世界のうまいもの(その8)-アスパラとラインガウのワイン-

2014 MAY 20 10:10:25 am by 東 賢太郎

斉藤さんがドイツへ行かれるというのでコンサートの日程等をお調べしていたら、無性に懐かしくなりました。

この時期はシュパーゲル(白アスパラ)がありますからたいへんよろしいですね。世界でいろいろおいしいものをいただく機会に恵まれましたが、あれはその中でも確実に上位にきます。スイスでもあるのですがちょっとやせてます。アスパラばっかりはどうしてもドイツでないとダメですね。旬は5~6月しかないですから今行かれるのは非常にラッキーです。僕はもうグリーンアスパラなど食べる気もしません。

代表的な盛りつけ

白アスパラは生ハムやカルトッフェルン(じゃがいも)などが添えられ、ホランデーズ・ソースなるバターソースをかけるのが一般的でしょう。この時期だけは肉類でなく白アスパラが主食の座にあるといって過言ではないようです。旬のものだから大きく太くて、初めての時はこれはどうやって食べるんだろう?と考えました。ナイフで切ると水分が出てしまうのです。周囲を見ると皆さんのどの奥まで届くほど長いのを切らずに丸のみです(女性も)。あつあつなので適度に冷めたのをいかないと火傷します。それをそこいらじゅうではふはふいって食べる。知らん人とも目と目が合ってにっこり。お行儀は今一つですが、これはドイツ人と一体感が持てる瞬間でしたね。非常にジューシーで風味も濃く、これを10本も食べればけっこう満腹感があります。僕はこれと上等の白ワインがあれば幸せで毎日のように食べていました。

ワインはラインガウ(Rheingau)のシュロス・フォルラート(Schloss Vollrad)、クロスター・エバーバッハ(Kloster Eberbach)が有名で、ライン川沿いにリースリンク種のブドウ畑が続いている丘の上にあります。ドイツは赤はおいしくなくて白になりますが、グレードに注意しなくてはなりません。僕は上位のアウスレーゼ(Auslese)しか飲みません。とりわけ、ちょっと高いですが辛口のアウスレーゼ(Trocken Auslese)は絶品でありおすすめです。高いといってもフランスの上等な銘柄に比べればずっと安く、お値打ちです。アイスヴァインというのがあり、あれもおいしいですがとても甘い食後酒です。

この2大産地では修道院で食事ができ、特にランチは雰囲気も景色も楽しめて最高です。ワインの利き酒をして買えるので、お客様をお連れするとたいがい気に入ったのをダース単位で注文されていましたね。6月末からはここでラインガウ音楽祭が開催されそこそこいいアーティストが出てきます。僕はここでゲルハルト・オピッツのピアノでベートーベンのソナタをずいぶん聴きましたが、そういう堅めの音楽がここでの食事とワインに不思議と合うというのは風土と文化というものを考えさせられました。ベートーベンがお堅いと考える方がおかしんじゃないかという風にです。それほどここではみなさん普段着のくつろぎであります。

フェーダーヴァイザーという白ワインのどぶろくみたいなのがあって、道端でおばちゃんが売ってたりします。ブドウジュースと思って飲みすぎると一気に酔っ払います。この時期しかないので探して飲んでみてください。アップフェルヴォイ(リンゴ酒)というのがありますが、まずいです。一般ツアーの観光客はだいたいこれが名物ですと飲まされてシュバインハクセという豚のすね肉なんかを食べさせられ、ドイツは飯がまずいと思い込んで帰ってくるんです。とんでもない。

(こちらへどうぞ)

ゴルフとビールと五十肩に教わる

 

 

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新メンバーのご紹介

2014 MAY 19 0:00:36 am by 東 賢太郎

先月にメンバー(GMC)になられた唐澤宏毅さんは、僕がドイツに赴任していた時代にやはり日本企業派遣でご赴任されていた方のご子息であります。わが家の娘2人の真ん中の年で当時はまだ小学校低学年でした。当時のなつかしい写真などを見せてくれて、へえあの子がとびっくりなのですが、今や MARK.Kという名前でエレクトロニック・ダンスミュージック(Electronic Dance Music)というジャンルで欧米で名を知られる作曲家なのです。

彼のアルバムはi-tuneで売っていますから大変なことですね。タイトル数もかなりあります。i-Tunes Storeを開いて MARK.Kで検索できますし、SMCの彼のサイトからもそこへ入れますから是非聴いてみてください。面白いです。日比谷高校ではオーケストラでヴィオラを弾いていたそうで、僕のストラヴィンスキーなどのブログを読んで関心を持ってくれたのがきっかけです。ダンスミュージックも現代音楽の一ジャンルですし、クラシックの素養があってこそだと思います。音楽への熱い思いを語ってくれましたが、それは僕と共通の部分が多く、大いに将来を嘱望しております。

次に、今週からメンバーとしてNY在住の是枝さんが参加されます。7月まで大学で勉強されてから事業を志されるという大変エネルギッシュなビジネス・ウーマンであります。そういう方こそSMCは応援したいわけですが、ご自身が広い人脈をお持ちであり、さらにブログという場を活用してコミュニケーションと信用の輪を大きく広げられれば良いと考えております。

唐澤さんも是枝さんも大志を抱いてビジネスに取り組まれるのは大変結構で、いいトシの発起人自身も大いにやっているわけですが、これからのネット社会における事業で大事なのは宣伝ではなく信用だと思います。ブログは商品やサービスの宣伝の場ではなく、自分を世の中にディスクローズする場という考え方です。自分を隠すようでは信用はされません。信用されないような人が何を売ってもやっても、たいしたことはないのです。自分という人間をアピールするもよし、信念心情を語るもよし、とにかく、自分に興味を持って下さる方を探すことです。書くコンテンツは二の次なのです。興味のない人の朝飯や犬の写真を毎日見てくれるほど閑な人はいません。

僕はもう世の中は急激に変わっていて、個人の信用というのは職歴やタイトルや学歴ではないと思っています。それらはリアル社会での信用なのですが、それがどんなに立派であろうと、政治家だろうが首相だろうが、私のブログは100万人が読んでますよといわれればビビって体が硬直するしかない時代だということです。そこまでいくと歩く朝日新聞か週刊ポストみたいなもんですからね。それを悪用さえしなければ、そういうものが広い意味での信用力となって社会のお役にも立てるようになってくる。その範囲で社会のお役にたつようなビジネスをやればいいのです。

これはネット時代しかあり得ない、つまり、人類が歴史上経験したことのない新しい時代が幕を開けているのだという確信が日々高まる毎日であります。

 

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ヘスス・ロペス・コボス/N響の三角帽子を聴く

2014 MAY 18 2:02:44 am by 東 賢太郎

N響定期Cプロを聴きました。前半はクリストバル・アルフテルの「第1旋法によるティエントと皇帝の戦い」とラロの「チェロ協奏曲 ニ短調」。アルフテルはオルガンのような音で始まり、後半は戦闘を模した派手な音楽に。ラロはヨハネス・モーザーのチェロ。楽器はグァルネリで中高音が明るいのびやかな音で好感が持てました。

音楽というのは一定の時間の集中を要しますから、心に余裕と隙間がないとだめですね。今日は仕事のことで頭が一杯で特にそれがなく、ラロは残念ながらうつろに響くのみでした。そもそもオケ・パートが平板で、音楽になんというか上質感がありません。ラロの曲は有名なスペイン交響曲にしても進んで聞きたいと思ったことは一度もなく、彼の音楽に何かものを申す資格もありませんが。聞きながら退屈で、ひょっとしてモーザーのバッハ無伴奏なんていいかもしれないなと想像していたら、なんとアンコールに1番のサラバンドを弾いてくれたではないですか。これはなかなか良かった。

さて、後半はファリャ「三角帽子」でした。この曲はブログをしたためましたとおり、けっこう好きであり、非常にたくさん聴いております。ヘスス・ロペス・コボスさんの指揮ですが、特徴的なのは、棒を振り下ろして打点から上がりきったところで音が出るように見えます。それがかっちり整然とした美しい指揮姿であり、出てくる音はラテン的な透明感のある、本当にいい音なのです。それがものすごく印象に刻み込まれた演奏会があって、ドイツ時代の95年2月4日、僕の40歳の誕生日にフランクフルトのアルテオーパーでやったベートーベン英雄交響曲(シンシナティ交響楽団)でした。このエロイカは僕がかつて聴いたベスト3に入る名演でしたが、スペイン人の彼にこういうレパートリーは録音の機会がないんでしょう。本当に惜しい。ぜひもう一度聴いてみたいものです。

三角帽子は彼の十八番であり、秀演でしたが、少々思う所もあったことを記しておこうと思います。この曲の名演をたくさん聴いてしまった僕の耳にはこれは綺麗すぎます。ヘスス・ロペス・コボスさんの明快な指揮にN響がまじめに反応するとこういうことになってしまう。音に「えぐみ」、「えげつなさ」がまるでないのです。この音楽の筋書きには権力、エゴ、性欲、復讐、嘲笑といった人間の本性丸出しのどろどろした汚さが隠れています。それをワーグナーのようにどろどろのまま提示するのではなく粉屋の女房の仕返しというカラッとした風刺劇に仕立てていて、音楽もその路線に沿ってさっぱり目に書かれているわけですが、ピカソのゲルニカがあえてモノクロで描かれていて血の色がないゆえにかえって血なまぐさい効果があるように、この曲はやはり血の匂いがしないともの足りない、これを聴いた気がしないのです。

まずメッツォの林美智子が今日の演奏を象徴しているのですが、全然毒気のない声で、田園調布の若奥さんがカクテルパーティーの余興に出てきたという風情。「悪魔がいるわよ!」と歌っているんですが、譜面をきれいに歌うというだけ。N響の管楽器団員がなんとなく恥ずかしげに掛け声をかけているのと似た者同士でした。カラオケのモノマネと一緒で、やるんだったら根っからスペイン人になりきらないと白けるだけなんですね。だいたい日本人のカルメンのタイトルロールもこういうことになります。アバズレのアグネス・バルツァみたいなワルが出てくることはてんで想定しがたい。三角帽子はエンリケ・ホルダ盤の野性味あふれるバーバラ・ホーウィットを聴いてみてください。クラシックは高級舶来品、皇室御用達。お下品はだめざます。鹿鳴館のにおいがぷんぷんする化石のような業界ですね。

外人御用音楽士のご指導でお上手にベートーベンをやる明治時代のスタイルをいまだに踏襲しているのがN響です。外人じゃない小澤征爾は嫉妬で排斥してしまう。御殿女中の世界でしょうか。自国人のチョン・ミュンフンを立ててドイツ・グラモフォンにマーラー、ブラームスといったメジャーな曲を堂々と録音して欧州で評価されているソウル・フィルハーモニー。サムソンと日本の家電の差の見本であります。韓国のかたを持つ気などさらさらありませんが、N響の団員がよくサヴァリッシュ先生は・・・スヴェトラーノフ先生のリハーサルは・・・などと一介のファンか白人狂いの女みたいなことを書いているのを見かけると、我が国のクラシック界の精神的独立のためにもそろそろそういう時代は卒業した方がいいんじゃないかと思うのです。

そのN響の音は今でもやはり肉食系とは遠く、印象派の綺麗な音楽を聴いたという感じでした。和の食材で作ったスペイン料理ですね。食材がそうなんだからシェフのロペス・コボスもそれでいくしかないでしょう。それなりに美味で食べていると舌鼓を打つのですが、終わってみるとあれっこういうもんだったっけ?という感じになる。初演者アンセルメとスイス・ロマンドOの原色的な音を聴いて下さい。名演中の名演という誉れ高い演奏ですが決してきれいだけじゃない。指揮というよりもオケの方がああいう鮮やか系のきらきらぎらぎらした音で強いメリハリをつけて弾くから、肉食系だから、対照的な「近所の人たち」のたおやかな弦のメロディーが出てくるとはっとして耳が引きつけられるのです。

映画、アニメ、ゲームなどの世界ではもう「ジャパンスタンダード」ができていて、西洋コンプレックスはとうの昔に吹き飛ばした観があります。この精神的独立はまじめとお上品を旨とする官業とは最も遠い部分から始まったのです。官業(東大)と官製御用西洋音楽(芸大)。西洋コンプレックスから最も抜けていない時代遅れの権化かもしれませんが、その対極である西洋かぶれはもっとたくさんおり、巨人ファンとアンチ巨人みたいなもので同じ穴のむじな、自立できていない者同士です。どっちも都が東京に移った明治時代(それを「東京時代」と呼ぶ人もいますが)からの精神的産物が敗戦でさらに歪んだもので、そういう借り物のアイデンティティからは何のジャンルであれ、作曲であれ演奏であれ、永遠にホンモノは生まれないと思います。

クラシック音楽が西洋的精神に深く根差したものだということは理由にならないでしょう。難しく考える必要もなく、ありもしないスパゲッティ・ナポリタンを生んでしまうたくましい精神、あれでいいんじゃないでしょうか。もしも佐村河内があの交響曲ヒロシマをほんとうに作曲していたなら、あれは過去に日本人が作曲したどの交響曲よりも世界で有名になって残った可能性があると僕は思っています。しかし新垣氏は実名ではあれは書けなかった。調性音楽など書いたら業界からつまはじきになってしまうからです。これが「東京時代」のくびきなのです。偽名だから遊び精神で自由になってああいうものが書けたのじゃないかと考えます。それならみんなでくびきは忘れてしまおう、そうなればいいと思うのです。

クラシック音楽を深く愛する者として、日本人による日本のアイデンティティに満ちたジャパンスタンダードを生む天才が現れて欲しいと切望しますし、もし現れれば是非支援したいものだと思っています。

 

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ねこ登場-いっきに我が家の主役に-

2014 MAY 17 13:13:35 pm by 東 賢太郎

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娘が捨て猫をもらってきました。

 

 

 

 

頭からおしりまで20cmぐらい。体重500gぐらい。4月4日うまれ(推定)。性別、くれたかたによるとオス。名前はまだない。

 

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3びき生まれて、のこった1匹。

 

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よくきてくれました。

 

 

 

 

 

 

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カープは別なチームになっている

2014 MAY 15 23:23:07 pm by 東 賢太郎

今日、大竹が打たれたからというわけではないが、ヤクルト畠山との勝負で思い出すことがある。一昨年の

カープには甲子園優勝投手が3人もいる

に書いた勝負だ。大竹のマウンド姿はいい。投手らしい肢体のバランスの良さという点でヤクルトの村中と双璧だ。投げるボールも重そうで、調子がいい時は外野に飛ばない感じの球質である。タマの回転(伸び)で勝負する人はそういうことはない。調子にかかわらず当たればホームランで、軽いと表現される。

あの時からかどうかは知らないが、大竹と畠山は因縁の対決という気配が濃厚である。今日の激突はホームランと2塁打で、大竹はボコボコにやられた。基本的には球威でいくタイプだからこういうダメージは大きい。年齢は30だからもう今以上速くなることはない。そういうところでメンタルに問題があって去年は10勝したが10敗もしている投手が、これから体力も下り坂だ。いい所で売り逃げたなあと思う。

大竹の出と大瀬良の入りでカープはトントンかややプラスだ。しかも若いだけもっとプラスである。それに一岡が入った。カープにとって一岡のプラスが1なら、抑えの方程式が崩壊したのに一岡を出した巨人のマイナスは2だ。差っ引き3である。原監督は仕方なく二軍で無失点だったなんとかというコントロールの甘い投手を昨日今日と投げさせ、二日ともヤクルト打線に粉砕された。

九里というドラ2はまだ見たことがないので何ともいえない。しかしそこそこ調子のいい阪神打線を米子で7回4安打1失点というのは普通の新人ではないだろう。野村の1年目ぐらいやっても不思議ではない。ゴロで打ち取るスタイルは皆がバテる夏場は期待できるかもしれない。中田は球威がありコントロール面での成長が大きい。

トータルに見て、一昨年少しだけ良かった福井と今村がぜんぜんダメなのを感じさせない。篠田は左が貴重というだけにとどまっている。球が軽く雨に弱く、なんのことない棒ダマを投げての快心の本塁打被弾が印象的な投手だ。この3人は人生何も考えて生きてないのかと思う人たちだ。いい球を持ってるのにもう少し頭を使うという反省が欲しい。

打線では栗原、東出はもう忘れられた。エルドレッド、キラ、菊池、田中、丸が主軸で堂林が主軸半ということで、梵、広瀬、石原以外は2年前とは面子が入れ替わって全然違うチームになっている。いつまでも打てない石原をしのぐ捕手が出てくれば、これは相当強いチームである。

 

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金(ゴールド)の価値について 

2014 MAY 15 19:19:48 pm by 東 賢太郎

現在、地上にある金の総量は165,600トンである。50メートルのオリンピックプールにして約3.5杯分に相当する量であり、これを全部買うとすると1gあたり4600円として762兆円が必要になる。馬鹿なことを考えるなと言われそうだが、その62.5%は宝飾品、工芸品だから476兆円は現に誰かに「愛でるために買われている」のである。政府保有は17.5%、民間投資用は17.9%しかない。いかに「民間の実需」が大きいかがわかる。

日本国の今年3月末の国債残高は854兆円である。金は765トンしか持っていない。たったの3.5兆円、国債残高の0.4%でしかない。金価格は2000年から約5倍になっている。金という資産はおカネ(紙幣)が危ない時、つまりインフレや通貨危機の時の古典的な駆け込み寺である。だから個人は当然持っていたほうがいいが、おカネが危ない時は国家財政も危ないのだから、国家だって金を保有する理が通るのだ。ところが日本国は危機意識がないのか金融音痴なのか、やっていない。ドイツは日本の4.5倍、破たんの瀬戸際だったイタリアだって3.2倍もっているのである。

前回の「ビットコインの未来は?」において、

制度や仕組みというものが社会に定着するかどうか?それを判定する3つの尺度は ①有用性(utility)②耐久性(durability)③永続性(sustainability)

と書いた。この法則は、モノの価値にも当てはまる。

①有用性

金は美しい。まず色がきれいだ。太陽光のイメージがある壮麗なきらめきは王の権威の象徴にぴったりだ。女性には高貴さと輝きを与えるだろう。だから王族は金の装飾品を身にまとい黄金の宮殿に住まい、あらゆる信仰の対象に金箔をほどこそうとする。だから太古の昔より世界中で絶大なディマンド(需要)がある。

②耐久性

化学変化せず安定 展延性、耐酸性、伝導性に優れ、錆びない。だから物質として朽ち果てることはなく美しさも永遠に色あせない。

③永続性

人間の手では作れない。採掘は毎年ほぼ2500トン程度で総量の1.5%しかない。だから①のディマンドが減らない限り価値が大幅に希薄化することがなく、②の性質ゆえに財産の保存という別なディマンドも発生し、それも永続する可能性がある。

つまり、金は社会に定着して価値があり続けるための「3種の神器」を所有している地球上ではきわめて稀な物質である。①が大きいことは総額の762兆円の62.5%が民間の実需であることでほぼ保障されていると考えてもよく、その大きさと永続性を考慮すればウルトラレアメタルに相違ない。地球上の金融資産総額はデリバティブを入れると兆を超えて京の単位になっている。そんなものはただの紙になるかもしれないし、その紙のお値段というものは、これも紙になるかもしれない米ドルや円でついているのである。

そのような砂上の楼閣の類で自分の金融資産を保全しようと真面目に考えている資産家は世界のどこにもいない。紙幣も紙なら同じく国家の借金証文である国債も紙である。そういう感覚がないのはガラパゴス日本の資産家、投資家だけである。そうでなければ854兆円の90%以上もが国内だけで売れる国などあるはずがない。いや自分は銀行預金してるから大丈夫?とんでもない。銀行は預金で集めたお金の70-80%は国債を買っているのだ。国債が売れなくなって外人に空売りでもされれば破たんする銀行が確実に出る。そうなれば預金はよくても1千万円しか返ってこないだろう。いや、その時はその1千万円だって牛丼が何杯食べられるか程度の価値になっているかもしれないが。

2000年から金価格が5倍というのは、金の価値(①のディマンド)はほとんど変わっていないのだから、おカネのほうが5分の1になった、つまり紙きれに近づいたということを確実に意味しているのである。世の中は金投資と呼ぶ。アジアで最も早く資本主義を実践したにもかかわらず、日本人は大学教授クラスのインテリに至るまで投資と投機がほぼ同義と思っている人が非常に多い点で、それがずっと遅れた中国の一般大衆となんら変わらない。しかし中国人はその違いはまだ知らないが、それと保全の違いは知っているから日本人より進んでいる。政府を信用していないからである。4600円で買ったのが上がるか下がるか。そういう考えで金を見るのはまったくお門違いである。日本人および日本国、日本の地公体は金保有を真剣に検討すべきである。

 

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ビットコインの未来は?

2014 MAY 14 15:15:53 pm by 東 賢太郎

私見 次世代の勝ち組産業

に次回書きますと予告した答え、それは「ネット上の仮想通貨」です。数ある中で最も有名なのがビットコイン(BC)でしょう。通貨は貨幣と違って政府が受け取りを強制したものをいいます。だからBCは正確には仮想貨幣というべきですが、強制されなくても使われるのは理由があります。

制度や仕組みというものが社会に定着するかどうか?それを判定する3つの尺度があります。①有用性(utility)②耐久性(durability)③永続性(sustainability)です。Mt.Gox社が破たんしてどうもいかがわしいというのが一般の理解と思いますが、そうではないと思われます。①は二重丸、②も一重丸はつけられるからです。

①の有用性、つまり「役に立つ」ということですが、これは大きなものです。なぜか?海外送金に銀行が不要になるからです。実際やったことがある方はわかるでしょう。僕も持っていた土地を外人に売ったことがあって、送金してもらう手間、コスト、所要時間、情報のなさに参った経験があります。遅い、高い、不透明なのです。BCはこれが10分でできて為替手数料もゼロです。電話の世界でむかし1分5千円もした海外通話がスカイプ等にシェアを食われたのと同じことがこれから起こります。

マイクロ・ペイメントという有用性もあります。ネットのコンテンツ課金は100円の振込手数料以下の金額では意味がありません。だからコンテンツ無料で広告料課金というワンパターンのビジネスモデルしか成り立たないのが現状です。i-tuneも1曲150-250円取らないとペイしません。しかし銀行を通さなければワンクリック1円の課金でもできますからネットビジネスのすそ野を広げるだけでなく、コンテンツの質を向上させるという効果も現れるでしょう。

アングラマネーを呼び込むという負の側面ばかり報道されますが、以上の2点という正の側面からの潜在需要は概算ですが5-10兆円存在する可能性があります。経済の効率化による副次効果がそれに上乗せされます。政府、中央銀行がBCを禁止したり規制するのはインターネットを禁じない限り技術的に困難と言われており、そうしようと試みるような国家からは資金が逃避するでしょうが皮肉なことにその逃避(キャピタル・フライト)にこそBCがうってつけなのです。

預金封鎖する前にBCを取り締まることが可能かどうかというゲームに負けるとその国家は資本が流出して通貨は売られて危機的状況になるリスクを負います。現にキプロスでそれがおきました。だから世界中の国でBCを潰すのではなくディファクトを創ろうという方向にかじを切る可能性が高く、現在我が国(自民党)もその方向と聞いています。10兆円の需要をBCだけで吸収すればコインの価格は上がってしまいますから、そこには新規参入者が増える余地があります。①は疑いなく巨大なのです。

②が一重丸というのはMt.Gox社破たんのように耐久性にやや疑問あり(脆弱性があるといいます)ということです。しかしこの事件は両替所が潰れたというだけで制度そのものの根幹を棄損したわけではありません。むしろ問題は③にあり、BCは永続性がないかもしれないという点こそ重要です。BCとは「コイン」ではなくネット上のデータです。データの授受(=送金、決済)がブロックチェーン(公開帳簿)に開示され、データが改ざんされていないことを第3者が競って証明(承認)することで取引が正しく成立します。

この証明とは多くの人が「ハッシュ関数」という数学パズルを解き、一番早かった人に報酬が与えられるという仕組みで、それによってセキュリティが守られています。これを「採掘」(マイニング)と呼びます。しかしBCの発行量は2100万で打ち止めであり、採掘は多くの高性能コンピューターと電気代を要し、一部のプロやファンドが独占しつつあります。採掘コストは上がり、当たり率は低下するので採掘者のインセンティブが次第に落ち、攻撃者が結託すればセキュリティを脅かす可能性もあります。だから③「永続性」はクエスチョンマークがつくのです。

BCは証明に10分かかるというのも有用性のネックですね。スーパーのレジで次の人を10分待たせるのは無理でしょう。だから僕はハッシュ関数方式のBCはスタンダードにならないという考えを現在は持っています。しかしネット仮想通貨はBCだけではありません。もっと有望なのがいくつかあります。現在調査中ですが、そのどれかが貿易に限らず世界の決済システムを根底から変える可能性は非常に高いでしょう。

日本は取り組みが遅れ気味です。2008年ごろサイバーキャッシュという概念による決済代行サービスが現れましたが失敗しました。クレジットカード決済が進んでいない中小eーコマース向けの付け焼刃のビジネスだったからです。ところがブロードバンド化が進んで決済の電子化がやりやすくなり、スマホの登場でインターネット・ユビキタスの状態が日常化しつつあります。

クレジットカードというのはインターネット出現以前の仕組みです。だから昭和のにおいのする決済端末が出てくるのです。Edyやsuicaのようなプリペイド型電子マネーにクレジット機能があれば足りるしそのマネーが仮想通貨であってもいいわけです。ここは今後5年で急速に進化するビジネス領域でしょう。個人的に大変興味があり目下研究中であります。

 

コープランド バレエ音楽「アパラチアの春」

2014 MAY 14 0:00:09 am by 東 賢太郎

斉藤さん、「音楽のマクドナルド化」への貴重なコメント有難うございます。36年前、僕の愛読書であった「大学への数学」別冊をさしあげたのも忘れてましたが、この曲をお薦めしたのも忘却のかなたでした。ごめんなさい。

そうでしたね。たしかに僕は大学時代この曲にはまっていて、「パリのアメリカ人」と同じほどアメリカへ行っても聴いてました。青春の思い出の曲といってもいいです。今でも最高のアメリカ音楽といえばこれを筆頭にあげるかもしれません。これだけ旋律が覚えやすくて、素晴らしい和声展開があって、場面展開がはっきりして飽きさせず、しかも長すぎないなんて、クラシックになじみのない方でも3回ぐらい聴けば「いい曲だなあ」と思っていただける筆頭格じゃないかな。

アーロン・コープランド(1900-1990)は20世紀のアメリカを代表する作曲家です。ユダヤ系ロシア移民の息子でニューヨークはブルックリン生まれだからガーシュイン(1898-1937)と同じです。パリでナディア・ブーランジェの門下に入ったようですが、彼女はガーシュインの入門は断っています。ストラヴィンスキー、ラヴェルといい彼女といい、どうしてなんだろう。

この曲は舞踏家でモダンダンスの開拓者であるマーサ・グレアムの依頼で作られた13人編成の室内オーケストラのためのバレエで、ワシントンDCの国会図書館で1944年に初演され、舞台装置はイサオ・ノグチでした。後に8部からなる管弦楽編曲がなされ、僕はそっちに親しんでしまったので原曲はちょっと違和感があります。これが原曲のバレエ版で、音楽は管弦楽版になっていない部分を含んでいます(この曲が初めての方はこれは飛ばして、下のオケ版の方から聴いて下さい!)

このバレエを見るといかにも古き良き田舎くさいアメリカという風情ですね。バルトーク、コダーイが民謡を採譜して作曲した流儀で作った曲がこれですが、クラリネットがシェーカー派の「The Gift to Be Simple」という民謡風の主題を提示して変奏していく有名な第7部のように、根っから明るくて平明で素朴です。

第8部の最後のコーラスに入る前に弦が奏でる静かな和音の流れはいいですね。「パリのアメリカ人」でも楽譜でこういう部分を指摘しましたが、この神秘的な、それでも超自然的でなく人のぬくもりと抒情のある夜のしじまの空気。こういうものはアメリカ音楽以外で感じたことはありません。

これがその管弦楽版です。この曲、アメリカの学生やアマチュアオケが大好きと見えます。おらが国の曲だから当然ですね、僕がいた頃のペンシルヴァニア大学オケもこれを練習してました。一方これは金聖響がベルギーのオケ(フランドル交響楽団)を振ったものですがブリュージュのホールの響きも素晴らしく、いい演奏と思います。ここはいつか行ってみたいと思わせる音響であります。

どうです、最高にいい曲でしょう?

この曲のCDというと僕はウイリアム・スタインバーグ/ピッツバーグ交響楽団が好きなんですが、ネットを見る限り廃盤で手に入りそうもありません。バーンスタインは新旧2種類ありますが、どうもあまりピンときません。次点でいいと思うのはズビン・メータ / ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団ですが、まずは作曲者に敬意を表してこれをお聴きいただければと思います。

じぶんの

アーロン・コープランド / ボストン交響楽団

519vU-Oto5L__SL500_AA280_i-tuneで1200円で買えます。右のジャケット(NAXOS盤)が200円高いですがリマスターの音は一番良いように思います。自作自演盤はほかにもコロンビア交響楽団とがありますが、僕はこの管弦楽版が好きです。 第5曲のアンサンブルなどはもっと精緻な演奏がいくらもありますが、こういうもさもさしたところが田舎くさくてかえって好きです。やはりこれはシカゴ響やベルリン・フィルがバリバリ弾く曲ではありません。終曲の安らぎなんて究極の癒しですね。録音も名ホールの響きがうまく入ってます。

 

(補遺、11 June 17 )

ウイリアム・スタインバーグ / ピッツバーグ交響楽団

どこを探してもないので自分のLPを録音してyoutubeに載せました。というのもこのレコードを買ったのは大学3年のおわり、78年3月20日。この日にちは当時は東大の合格発表日で個人的な祝日であり、大学生活最後の1年へ向けて心中期するものがあった。そこで前年の西海岸旅行で世界観を一変した米国の音楽を買いに行き、その年の夏に再度アメリカへ行くことに決め、選んだのが東のバッファロー大学での1か月の語学コース参加だった。今度は東海岸へ行こうと思ったのは当然として、そこでアパラチアという地名がどことなく頭にあった、それがこの曲から来ていたのは間違いありません。

法律の勉強をすっぽかして2年連続で夏休みをまるまるアメリカへ飛んで行ってしまう。いま振り返るともったいないと思いますが常識にとらわれない性格は親譲りであり、子供のとき部屋中を電車の線路だらけにして隣の部屋まで盛大に進出しても叱らなかった母が育てたものです。その気合の入った渡米2回があったから何かが会社に通じて留学生となりウォートンスクールでMBAを取らせてもらったのだと思っています。すべてはこのレコードです。これを聴きこんで「アパラチアの春」が心に棲みついた。そしてそれが僕の人生を決めたのです。

このレコード、もうひとつ親しみがあって、オーケストラの音響なのです。調べると録音会場がピッツバーグの「陸海軍人国立軍事博物館&記念館ホール」(the Soldiers and Sailors Memorial Hall )である。ここはリンカーンのゲッティスバーグ演説が背後の壁面に刻まれた天井の高いオーディトリウムです(写真)。

このコープランドはここで1967年5月15, 17, 18日に収録された、スタインバーグ・ピッツバーグ響のコマンド・レーベルへの最後から2番目の録音である。そしてこのコンビが同レーベルにした初録音がブラームス交響曲第2番(1961年)であります(ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(2) 参照)。この広大なスペースの空気振動を35mm磁気テープでとらえた当録音は6年の時を経てブラームスより数段の進化を遂げており、誠に素晴らしい。デジタル録音がどんなに微細な情報まで伝達しようと、音楽としてはこのアナログにかなわないのは不可思議としか言いようがないが事実なのです。

オーケストラの音響が僕らの脳に生み出す意識や音像は、いわば「ゲル状の流動的なもの」であるとイメージしています。それをデジタル要素に分解して再現できないのは、やはりデジタル的である「言葉」によって音楽を表現できないのと同じでしょう。言葉は詩や俳句によって初めてアナログになるのです。「LPレコードのほうがCDより音が良い」とは誰も証明できない、それでいて多くの人が感じて述べている感想ですが、非常に深い意味を持っています。僕はこの録音が特に好みであり、こういう音響を自宅で求めてオーディオルームの天井を高くしたり、壁をでこぼこの石造りにしたり、部屋の寸法を黄金分割にしたりするに至りました。その意味でも記念碑的なレコードです。

ウイリアム・スタインバーグ(1899-1978)は先日N響でスメタナ「わが祖国」を指揮したピンカスの父であり、イスラエル・フィルハーモニーの創立者であり、僕が1977年に死にかけたサンフランシスコ事件(米国放浪記(7) )の指揮者でした。ケルン出身のユダヤ系でアーベントロートに師事し、クレンペラーもトスカニーニも彼をアシスタントして採用しオーケストラのリハーサルをさせたというのは大変なことだ。スター性には欠けたのかボストン響のポストをラインスドルフに奪われて頂点には届かなかったがピッツバーグ響を一級の団体にしたし、なによりこうして残された録音のクオリティが彼の腕を証明してます。「アパラチアの春」も「ビリー・ザ・キッド」も今どきの潔癖な完璧さではなくまさに「ゲル状の流動的なもの」としてライブのような生き物の音楽をやっているのです。彼はビリーの組曲版の初演者(NBC響)でもあり、この音楽が生まれ出たころの空気を最高の音響で聴かせてくれる。こんな本物の録音が市場から消されてしまうのはどういうことなんだろう?

ユーモアのセンスがあったスタインバーグは「私はリンカーンのゲッティスバーグ演説を諳んじている歴史上唯一の指揮者です」とブラームス2番の録音後に語りましたが、「もしホールの響きが悪い場合はテンポは速くすべきです。早く帰るためにね」とも言っているので「陸海軍人国立軍事博物館&記念館ホール」のアコーステッィクは気に入っていたのではないでしょうか。お聴きください。

 

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

(こちらもどうぞ)

バーンスタイン”ウエストサイドストーリー(West Side Story)” (1)

 

 

 

 

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ガーシュイン 「パリのアメリカ人」

2014 MAY 11 20:20:08 pm by 東 賢太郎

250px-George_Gershwin_1937アメリカへやってきたヨーロッパ人のドヴォルザークがボヘミアを想って書いたのが新世界交響曲、弦楽四重奏曲アメリカ、チェロ協奏曲なら、ヨーロッパへやってきたアメリカ人ジョージ・ガーシュイン(右)が書いたのがこれ。そしてアメリカへ行った日本人であった1982年の僕が最もアメリカを感じていた音楽がこの「パリのアメリカ人」でした。ユダヤ系ロシア移民でニューヨークはブルックリン生まれのガーシュインは38歳9ヶ月半で亡くなったのでモーツァルトとそう変わらない短い人生だったことになります。自作のピアノロール録音が残っていますが、彼のピアノのうまさは半端ではないですね。「パリのアメリカ人」も「ラプソディー・イン・ブルー」も、一聴すると簡単に聞こえるのですがそこが名曲の名曲たるゆえんで、楽譜を見ると分かりますが、あのぐらい自由自在にピアノを操れる人間でなければ作曲することは到底不可能な複雑な音楽です。しかし、それを知ったうえでも彼がジャズミュージシャンだったのかクラシックの作曲家だったのか?これは微妙なところですね。

これは彼の曲、有名な「サマー・タイム」です。彼のオペラ「ポギーとベス」の第1幕第1場で歌われる曲ですが、ジャズ編曲されてそれも有名になり、ジャズだと思っている人も多いようです。エラ・フイッツジェラルドとルイ・アームストロングの演奏です。

彼にはこういうとことんジャジーな曲を書く才能がありました。それでも彼はクラシックに憧れたんでしょう、1920年代にパリにわたって音楽修行を志し、ストラヴィンスキーやラヴェルに弟子入りを志願しています。しかし、彼が当時は大枚であった5万ドルも稼ぐことを知ったケチのストラヴィンスキーには「どうやったらそんなに稼げるのかこっちが教えてほしいぐらいだ」といわれ 、ラヴェルには「一流のガーシュインが二流のラヴェルになる必要はないだろう」といわれて断られています。それなのに二人ともその後ジャズのイディオムを取り入れた作曲をしています。どうも、どっちが上なのかよくわからなくなってきます。少なくともジャズをクラシックに融合することに関してはガーシュインの方が上手だったようですね。彼はアメリカへ戻ってからはなんと12音技法や複調に関心を持ち、シェーンベルクとはテニスをやるほど親交があったというから驚きです。

彼はそのパリ時代に「お登りさん」と感じ、大都会の喧騒(タクシーのクラクションなどで象徴)、故郷へのノスタルジーをこめて急-緩-急の三部からる20分ぐらいの交響詩を作りました。それがこの「パリのアメリカ人」です。

出だしの跳躍する奇妙な旋律、不安定な和声。これぞ彼の描いた「お登りさん」のイメージですが、こんなメロディーは他の誰にも書けません。ここからしてもう天才ですね。クラクションを交えてラプソディックに展開する自由奔放なコード進行。そして音楽は静まって、いよいよこの楽譜の部分が現れます。パリのアメリカ人無題ちょっと印象派風、ドビッシー風の和声になるこの部分。僕はここが大好きなんです。バッファローやニューヨークやフィラデルフィアの郊外、少しひんやりした草原の夜のしじまの乾いた空気を思い出すこの部分。青春時代の後半を妻と過ごしたアメリカ東海岸での経験がいかに僕の脳髄に深く深く擦りこまれているか、そういうことをこの部分、この曲全体がいわずと教えてくれます。やっぱり僕はアメリカが好きだということをです。

CDですが、以下の4つが真打級の演奏と言っていいでしょう。最近は欧州のオーケストラもこれをうまくやりますが、やはり管楽器のジャジーなヴィヴラートの味や弦楽器のちょっとしたフレージングの合わせ方でアメリカの楽団が勝ります。

① レナード・バーンスタイン /  ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団         ② ユージン・オーマンディー /  フィラデルフィア管弦楽団                  ③ アーサー・フィードラ- /  ボストン交響楽団                        ④ ズビン・メータ  /  ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団

常識的には①②が一般的な代表盤であり文句のつけようがない名演ですが、僕は③が最も好きです。演奏ももちろんですがなんといってもボストン・シンフォニーホールのヨーロッパ調の響きがいいんですね。ぜひお聴きになってみて下さい。

(こちらへどうぞ)

グローフェ グランド・キャニオン組曲

 

 

 

 

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