モーツァルト交響曲第40番ト短調 K.550
2014 JUN 1 18:18:17 pm by 東 賢太郎
交響曲第40番の冒頭のテーマは、モーツァルトの作品の中でも最も有名なものの一つでしょう。まずいきなり、この曲の録音のうちでも非常に有名なブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏を聴いていただきます。
このインパクトの強い曲が「ト短調(G moll、♭が2つ)」で書かれたせいかどうか、その後の音楽史でこの調の有名曲というのは意外に少ないのです。当のモーツァルトも交響曲第25番、弦楽五重奏曲第4番、ピアノ四重奏曲第1番ぐらいです。以下、思いつくものを挙げてみると、
ハイドン
交響曲39番、83番、弦楽四重奏曲33、74番
ベートーベン
ヴァイオリンソナタ2番、ピアノソナタ19番
シューベルト
弦楽四重奏9番、ソナチネ3番
メンデルスゾーン
ピアノ協奏曲1番
シューマン
ピアノソナタ2番
ブルッフ
ヴァイオリン協奏曲第1番
ショパン
バラード1番、ポロネーズ11番、夜想曲11番、チェロソナタ
ブラームス
ハンガリー舞曲1,5番、ピアノ四重奏曲第1番、ラプソディ2番
チャイコフスキー
交響曲第1番
ドヴォルザーク
ピアノ協奏曲、ピアノ三重奏曲2番
サンサーンス
ピアノ協奏曲2番
ラフマニノフ
ピアノ協奏曲4番、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲1番
ドビッシー
弦楽四重奏曲 、ヴァイオリンソナタ
プロコフィエフ
ヴァイオリン協奏曲2番
フォーレ
ピアノ四重奏曲2番、チェロソナタ2番
グリーグ
弦楽四重奏曲
ショスタコーヴィチ
交響曲11、14番、ピアノ五重奏曲、チェロ協奏曲2番
ニールセン
交響曲1番
大体こんなものでしょう。ト短調といえばまず誰もがモーツァルトと来るのは他が少ないせいもあるかもしれませんね。
しかしここに挙げたどの曲よりも、やはり「モーツァルトの40番の魔力」は群を抜いているように思います。それがどこからくるか。楽譜の引用だらけになってしまうのは避けたいと思っていたら、レナード・バーンスタインがピアノを弾いて解説しているビデオを見つけました。英語もとてもわかりやすいですのでお聞き下さい。
説明もピアノもうまいですね。ただちょっと専門用語がわかりにくいので補足しましょう。chromaticism(クロマティシズム)と彼が言っているのは半音階的な作曲技法のことです。普通我々が巷で耳にする音楽は一部のジャズを除くとほぼすべて全音階的(diatonic)に書かれています。大雑把にいえばピアノの白鍵だけでほぼ弾ける音楽ということで、半音階的(chromatic)というのは黒鍵もたくさん使わないと弾けない音楽ということです。
バーンスタインはこの曲をa work of utmost passion uttely controled and free chromoticism elegantly containedと形容していますが、これは見事に40番の美質を言い当てています。「(情熱はただでさえ制御しにくいものなのに)とてつもない情熱がここでは完全に制御されており、自由な半音階的作曲技法がエレガントに用いられている」という意味です。
第1楽章の第2主題は主音(トニック)のgからc→f→b♭と5度圏(circle of fifth)を下がって変ロ長調です。そこからです。彼が左手で弾いている5度圏のドミナント→トニックのバスはモーツァルトの発明ではなく音楽の本質(理論、神様の発明)であり全音階的です。そこに右手でモーツァルトの発明である半音階的なメロディーが乗っかってd、g、c、f、b♭、e♭と下ります。すると、彼はこういいます。「何だこれは?全く新しい(ト短調にも変ロ長調にも全然関係のない)変イ長調になっちゃうぞ(What’s this? Whole new key of A♭major!)」。この「神様の全音階のルールに乗って規則的に進むと、あらぬ景色に至ってしまう」という転調の一例が、僕が41番のブログで楽譜を載せた信じられないほど美しい第2楽章のあの部分でもあるのです。
ト短調の曲なのに第1楽章展開部が半音下の嬰へ短調(F#m)で始まる部分をバーンスタインはimpossible(あり得ない)!と驚いています。いや、展開部だから何があってもいい、しかし、それを自然にオリジナル・キーのト短調に戻さなくてはいけない。それをモーツァルトがどうやったか?全音階的神様ルールにいわば数学的に従ってドミナント→トニック→それをドミナントに読み替え→新しいトニック・・・と旅を続けます。f#、b、e、a、dと来て故郷のgに無事に帰還します。バーンスタインはビデオでこれをbeauty and ambiguityと呼んでいます。神のルールは全音階的で盤石なbeauty(美)であり、モーツァルトのメロディーは半音階的でambiguous(多義的、曖昧模糊)ということです。
モーツァルトの音楽の美の本質がこの説明に見て取れます。人間+神。弱さ+強さ。どこか人間的な迷いや憂いを含んだ「曖昧さ」が絶対無比で盤石な「美の摂理」に乗っている。弱い人間である我々聴衆はその曖昧さに魅きよせられ、しかし実は根底でそれを裏打ちしている本質と宇宙の原理という絶対的な美によって有無を言わせず感動させられる。だからモーツァルトの音楽は200年余にわたって世界中の人々のハートをぐっとつかんでしまったのです。
しかし、この驚くべき40番では、バーンスタインが感極まって2度もピアノを弾いているあの部分、終楽章の展開部の入りのユニゾンですが、そこに至ってモーツァルトはそのbeauty and ambiguityの掟を自ら破っています。五度圏ルール(神)は消えて人間の情熱(passion)というambiguityが勝ってしまっているのです。これは字義通りロマン派音楽の領域に見えますが、どうしてどうして「基音のg以外のオクターヴのすべての音 (11音)」が使われるという別の「ルール」がその部分だけは支配しています。そのルールが五度圏ルールのように本質的な神のルールかどうか。12音技法音楽はそれを試行したものだと考えることもできるでしょう。
本稿をお読みの皆様は間違いなく音楽を心から愛し、音楽をもっと良く、深く知りたいという関心をお持ちの方でしょう。僕もその一人にすぎません。僕自身がそういう本やブログを読みたいと願っている者ですが、それが探してもなかなかないのです。だから自分なりに勉強するしかなく、そこで発見したこと(そういうことはネット検索しても絶対に出てこない)をこうして書きとめています。他の誰より自分が読みたいようなブログを自分で書いているということです。
その僕にとって、このレナード・バーンスタインの講義は福音のようです。こういうことをブログで皆さんと共有したいのです。彼は音楽学校の生徒をイメージして話していると思いますが、「fresh phonological earsで音楽を聴くように」というメッセージを繰り返していることにご注目ください。phonologyとは「ある言語の音の体系およびその音の音素の分析と分類の研究」のことです。我々としては、英語を学ぶときの文法(グラマー)と思えばいいでしょう。そんなの知らなくてもアメリカの子は英語を話すじゃないか?それは母国語だからです。文法は非母国語民にこそ必要なのです。文法をちゃんとやった人とそうでない人で英語の読解力に大差があるのはどうしようもないことですし、もっといえば、日本語だって文法(知識ではなく規則性に対する感覚)へのリスペクトなくしてきちっとした読み書きはできないと思います。
音楽の文法も同じことで、音楽を母国語(専門)としない人こそ知るべきだと僕は思っています。音大の指揮科や作曲科の人にはいわずもがなのことですが、多くの素晴らしい音楽を彼らの占有物にしておく必要はありません。だからバーンスタインの言葉そのままをお借りします。ちょっとした努力をしてfresh phonological earsを作ることで世界が、音楽人生が変わります。それにはどうしたらいいか?簡単です。彼がビデオで解説しているようなポイント(音楽の文法的なこと)に日ごろから関心を払うことです。この曲にはどういう文法があてはまるのかなと自分の頭で考えるわけです。音楽の文法とは旋律、和声、リズム、形式など。そういう基礎知識はwikiや本にいくらでも書いてあります。
考えるというのは左脳の仕事です。右脳で聞いている音楽を、ちょっと左脳も使って聴いてみる。別に難しいことではありません。考えるためには言葉が必要ですが、ある音楽を聴いたイメージという目に見えないものを言葉にしてみるだけで左脳は活躍してくれます。そういえばワインのソムリエにうかがうと、ワインの個性は「感じ」では覚えられないので「言葉」で覚えるそうです。それも「味」というのは4種類しかなくラベルとしては足りないので、微妙にたくさんを分類できる「香り」でいくそうです。「ライムのような香り」「チョコレートのビターな香り」「猫のおしっこ(!)」などなるべく具体的に。音楽の文法も、ドミナント→トニックは「朝礼のお辞儀」、トニック→サブドミナントは「デートの朝」なんてのはいかがでしょう。
左脳が文法を覚えるとどういうことが起きるか?例えばさきほど、バーンスタインがimpossible(あり得ない)!と驚いているF#mのことを書きました。phonological earsとは、これが「あり得ない!」と聞こえるような耳のことです。僕もこれはそう聴こえます。イ短調のトルコ行進曲の中間部がF#mになるのも「あり得ない!」と思って聴いています。そういう風にきこえるようになります。freshという形容詞をつけているのは「君たちはおそらく漫然と聞いていてそうは聞こえていないと思う。だから新しい耳が必要なんだよ」という啓示です。謙虚にききたいです。モーツァルトはその耳の持ち主に向けて40番を書いています。そうすると彼の神がかった音楽が、もっともっと味わえるようになるのです。クラシックだけではありません。ビートルズがどう聴こえるかを書いたのがブログ Abbey Road (アビイ・ロードB面の解題)でした。
新しい耳を作ってください。お薦めするだけでは無責任なので僕が非常に勉強になった参考書(あんちょこ)をご紹介します。バーンスタインが若い頃のTV番組 Young People’s Concerts のDVD(右)です。効果は非常にあります。amazonで13,108円で売ってます。 子供向けですからわかりやすく、しかし内容は本質的、本格的で子供レベルに落とさないところがアメリカ的です。欧州人のカラヤンやショルティがこういうことをやったという話は聞いたことがなく、貴重な知識を惜しげもなく無料で開放するのもアメリカの美質であり実に良い。実際にお会いしたバーンスタインさんの精神を愛し、爪の垢ぐらいでいいから煎じて飲みたいと思っております。
さて最後にCDですが、40番の演奏を選ぶというと僕はとても迷います。何回きいたか想像もつきませんし楽譜もじっくり眺めて良く知っています。しかし、39,41番には定見といいますか、演奏はかくあるべしという自分なりの趣味ができているのが、40番にはまだそれがありません。どうしてかはわかりませんが、まずオケの編成を見ますと35番「ハフナー」以降の交響曲でトラペット、ティンパニの入っていないのは40番だけです。だからどこか室内楽的なのですが、改訂版ではクラリネットが2本入る。そうすると音色に「魔笛」的性格が出るのですが、魔笛というオペラのどこにも、他のオペラにも、40番のような音楽は出てこないのです。
僕にはJ.S.バッハの音楽に対する時も似た傾向があって、マタイ受難曲はやっぱり誰々の指揮がいいとかオーケストラはどこがいいとか、そんな上っ面な事よりも音楽そのものを味わえるかどうかの方が何倍も大事だと考えております。キリスト教徒でない自分が純音楽的にどう理解できるかという勝負を聴くたびに挑んでいるということです。そこで落っこちてしまったら演奏の良し悪し程度で救われるものでもありません。バッハがそういう音楽だから僕はグレン・グールドの演奏が許容できるのだと思います。モーツァルトのト短調交響曲はなぜか僕にそういう挑みかけをしてくるモーツァルトの作品の中でも稀有な音楽であり、正直のところまだそれを乗り越えたという実感がないのです。
ブルーノ・ワルター / コロンビア交響楽団
冒頭でお聴きのとおりこのテンポ、第1楽章はmolto allegro(とっても速く)だから遅すぎます。楽譜を見ているといろいろな点で「どうも・・・」となりながらも最後は感動している、そういう演奏です。最晩年のワルター、老境の達人の語り口を刻み込もうと入念なリハーサルが行われたのは管弦の細かいフレージングの合い方を聴けばわかります。ちょっとした間や強弱まで完璧にやっている。それを奏者が納得して決然と弾き、だからインパクトの強い演奏になっているのですが、ワルターの解釈自体に非常に説得力があるため耳には不自然さが微塵もありません。結局モーツァルトはこう望んでいたんだろうなと思わせてくれる。ワルターの40番というとウィーン・フィルを振った有名なライブ盤もありますが、弦のポルタメントが過剰で感傷に走った解釈であり、僕はあれが非常に苦手です。ところがこのコロンビア盤は、例えば第3楽章に他の演奏で感じたことのない堅固な造形美があるなど女々しさ、感傷、軟弱とは無縁なのです。演奏終楽章展開部の各パートの立体感など神技の域で、一度テンポを緩めてから突入するコーダの見事さは他の演奏の比ではありません。トータルに見て言い切るほどの自信はありませんが、まずはこの演奏で聴き覚えておけばよろしいのではないかと思う次第です。
(補遺、24 Aug 17)
イシュトヴァン・ケルテス / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ワルターの暗さ、情念、独特の語り口が嫌な方もおられると思う。VPOは40番をバーンスタインやレヴァインとDGに録音していて、音はそちらがいいし演奏はどちらもそれなりのレヴェルである。しかし僕はこのハンガリーの若人がうるさいオケを乗せて納得させたこのDeccaによるケルテス盤の一聴をお薦めしたい。40番がこれほどすいすいと流麗に柔和に流れていいのかと思っていたが、ロマン主義の洗礼がないモーツァルトの現代オケ版は案外これでいいのかなと最近考えるようになった。それでも第2楽章のVPOでなければ出ないヴァイオリンの魅力やトゥッティでのオケのボディと丸みのある質量感は美しいとしかいいようがない。両端楽章のテンポ、モルト・アレグロとアレグロ・アッサイはまぎれもなくこれであろう。
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オリックス金子に同情する
2014 JUN 1 1:01:16 am by 東 賢太郎
全く解せない試合でした。オリックス金子、巨人菅野の投手戦はいいが、延長12回までやって11安打6四死球と17人も出塁したオリックスが、たった3安打の巨人に1-0で負けました。塁には出るが後続が菅野にあしらわれて打つ気配がなく、リリーフの格落ちの投手すら金縛りで打てないという感じで、珍しいものを見ました。
それにしても、金子が9回まで無安打で、要は1点取ってあげればプロ野球史上79人目、90度目のノーヒットノーランだった、というか投手としては巨人相手に無安打無得点試合を達成していたのだから大変な偉業であり、気の毒でなりません。
金子の投球を初めてじっくり見ましたが、直球の質、コントロール、変化球、緩急、コーナーワークとも抜群で、田中なきあと日本球界最高の投手でしょう。特にフォームが良くストレートが理想的に指にかかってシュート回転しないので球威があり、直球で空振りが取れていました。あれが内外角に芸術的に決まるので、チェンジアップやちょっとした変化にはますます打者がついていけません。当世はやりのスライダーがあまりないのが印象的でした。人生何度も見れない素晴らしいピッチングを見せていただき、感動の一言しかありません。
9回裏のオリックスがゼロで汚名を免れた巨人が何となく元気になってしまいました。0-0の引き分けでも馬鹿者といわれる形勢の試合でしたが、それどころか、12回に登板の馬原にさっぱり球威がなく、阿部、村田にひやっとする外野フライを打たれて嫌な予感がすると、案の定次の亀井にレフトに一発を食らいました。これが巨人の2安打目。一球目から明らかに一発狙いなのに餌食になったのはみじめなものです。
巨人選手は勝って優勝したみたいに喜んでいたが、それは戦犯もののオリックス打者のおかげさまであり、実はまぎれもなく恥ずかしいノーヒットノーランを食らったのだということ。そして金子投手には巨人相手に見事それを達成したのだという栄誉が与えられるべきことを書いておきたいと思います。
左肩痛とゴルフ
2014 MAY 30 11:11:53 am by 東 賢太郎
ヒアルロン酸注射4回。施術後はやや良くなるものの、痛みは止みません。
とにかく痛い。腕がある角度になると骨の奥の方?でズキッ!と鈍い痛みが走ります。鈍いといってもほぼ激痛のレベルで、鋭くはないという意味であって、じわっと残るいやな感じです。腹痛があると血の気が引いて何もできる状態でなくなりますが、これも一発で戦意喪失です。まず寝返りが打てません、これは参ります。ベルトが締められず、シャツを脱ぐのに一苦労です。カバンが持てず、右手で持ちますが歩くとき手を振れません。電車のつり革につかまれません。雑踏で人にぶつかるのは恐怖です。
普通の五十肩は運動不足でなるのですが、僕の場合シャドーピッチングで動かし過ぎてなったのでちょっと違う感じがします。たぶん高校2年で肩を壊した時と同じことが起きていると思います。これは治るのを待つしかない感じです。あの時は右でしたが球を放る一瞬にビリっときました。3か月ぐらい球が投げられず大会を棒にふり、治ってもそれ以後は球威、球速はイメージで1、2割は落ちました。痛みはとれても運動には支障が残ります。
ということで、この齢でのことなのでもうゴルフはあきらめなくてはならないだろうと覚悟しました。スイングのトップがまさに激痛の走る姿勢なので仕方がないです。それでも後悔はありません。ゴルフというゲームには本当に素晴らしい経験と思い出を一生分、数えきれないほどいただきました。今でも一番好きなスポーツは野球ですが、野球選手としていい思い出は少なくて、それはゴルフの方がずっと多かったです。
トム・ワトソンの「私の履歴書」が日経に連載中ですが、清清と書かれていて彼のすばらしい人柄がしのばれます。あそこまで行った人はジャック・ニクラウスのように引退する、アーノルド・パーマーのようにまだ戦えると信じると2通りあるそうですね。名前がヒガシで斜陽が好きでない僕は二クラウスを尊敬してしまうタイプです。僕の仕事に引退はなく生涯現役でいられるのは幸せです。どうせ老人ゴルフなら敵も飛ばなくなる70歳からまたやっても同じ。その時間は仕事に打ち込めという神のお告げと信じます。
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千家国麿様と高円宮典子女王とのご婚約に思ふ -今月のテーマ 出雲ー
2014 MAY 28 23:23:52 pm by 東 賢太郎
「2000年を超える時を経て、今こうして今日という日を迎えたということに深いご縁を感じております」
2014年(平成26年)5月27日、千家 国麿様と高円宮典子女王とのご婚約が発表されました。千家国麿様は第84代出雲国造で出雲大社宮司であられる千家尊祐様のご子息です。不肖ながら千家尊祐宮司にお会いさせていただいたことは、拙文にしたためさせていただきました。
千家家は代々出雲国造を務めており、古事記、日本書紀によると、天照大神、天穂日命、建比良鳥命の家系であると伝えられています。この日本国の歴史に刻まれるご婚約のニュースを知ったのは、たまたま、まさにその5月27日に会議を予定されていた某社様の社長室においてでした。このご縁には大変驚きました。その某社様は拙文「奥出雲訪問記」にある畏れ多い体験を積ませていただいた会社であり、「奥出雲発のグローバルな会社」をつくるという発想を頂戴し、5月27日はそれを具体化する提案を実行させていただこうという日だったからです。
そしてその日に拙案をご快諾いただいたことを重く受けとめています。出雲発ということは真の日本発という意味であり、16年日本を離れて生活した日本人として是が非でも成功させ、ご信頼にお応えしたいと思っております。
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「ネット人格」性悪説は必ず増える
2014 MAY 28 0:00:32 am by 東 賢太郎
裁判中に迷彩メールを仕組んで勝てそうな裁判を棒にふった男がいました。だまされた弁護士さんが同情されるほどの真っ赤な嘘でありました。「嘘でした」と悪びれる様子もない被告に、なにか気味が悪い違和感を覚えるシニアの方は多かったのではないでしょうか。
SMCは記名式、顔写真つきのブログが大原則ですから匿名会員はお断りです。それでも僕自身、ブログを書いていると、ときどき「ここまで書いて大丈夫だろうか」と迷うことがあります。匿名ならもっと楽に書けるのにと思うこともあります。ですから、匿名で誰もが気軽に意見を発信できる世の中になったのは、それが苦手な日本人にとっては基本的に良いことであります。
ただSMCをそれをしません。それには理由があります。自分は安全な場所に身を置いて好きなことを言うのは、野球場の外野席でヤジを飛ばすのと同じです。ヤジに責任は問われない代わりに選手がまじめに聞くわけでもなく、それで試合がどうなるわけでもありません。ところが記名式ブログは、ささやかながらも自分の信用をかけています。ネットに的外れなことを書けばそれが世界中に中継されるのですから考えようによっては恐ろしいことで、社会に相手にされなくなるリスクもあります。
ところが、ここがブログを1年8か月書いてみて驚いたことなのですが、リスクを負って書いているということを評価して下さる方も世間にはたくさんおられると感じます。どうしてかというと、自分が明明白白に自らをさらけ出して、ご批判を受けるかもしれないほど旗幟鮮明に書いた投稿がいつもアクセス数が多い傾向があるからです。その評価にお応えするのは人としての礼儀ですから、野球でいえばヤジではなくグラウンドでサインを出しているぐらいの気持ちになってきます。この気持ちが自分を鼓舞してくれますし、書く内容もだんだん高めてくれる、つまり自分が常に勉強して進歩し続けることができるという気がいたします。
自分の顔を隠してものを言う人だったあの事件の被告は、たぶん初めて実名でメールが社会に公表された経験をしたのだと思います。しかし逮捕前のTVインタビューでもはっきりと実名で自分の意見を言っており、嘘がばれてからも取り乱した様子もなく、そんなに度胸があるのならなぜわざわざ匿名でそんなことをする必要があったのか?という点がわかりません。ここにネット社会が産んだ、単に愉快犯とだけ呼ぶことのできない特有の深い病巣があるかもしれません。ネットという道具が頻繁に人間と接触することによって、人間の方が何らかの影響から精神的に変質してしまうということです。
例えば「ネット人格」という言葉があります。リアル社会では正直者なのに、ネット上では平気で嘘をつけたりするような分裂人格のことです。顔を出して「明明白白の立ち位置」になればそれはできません。匿名がそれを産みます。米国ではこの匿名発言者による意見や宣伝は価値を失っているという指摘があるそうです。ネットを利用して世の中に思い通りの影響を与えようというネット人格の出現で、ネット人格そのものが「性悪説」で見られる傾向が出ているということです。匿名で人をほめたりけなしたり、何かをおとしめたり宣伝したりという行為はのっけから「眉唾もの」とレッテルを貼られて何の社会的影響も与えられなくなっていくということです。ある意味当然のことで、ネット社会が成熟期に向かえばますますその傾向が顕著になると思われます。
ということは、ネットという強力でグローバルな媒体は宣伝に使うのではなく、まず信用を築くことに使うべきだというのが僕の持論です。おかげさまでSMCは徐々にですがその方向に向かっていると思われますし、個人だけでなく企業のSNSというものも、自社製品宣伝の場であるよりは自社の社会的信用を作る場であっていいということです。短期的な利益を求める会社ではそのようなSNSは株主総会で真っ先にコストカットの血祭りにあがるでしょう。ですから、今やほとんどの日本企業がお手本とする米国型企業統治の会社ではなく、伝統的な日本型経営ができる土壌の会社には大きなチャンスが到来していると考えております。
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モーツァルト交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551
2014 MAY 26 1:01:51 am by 東 賢太郎
ザロモンがハ長調交響曲にジュピターと名付けたくなったのはわかります。この曲の偉容はまさに男性的であり、音楽の王者の風格ありです。曲の概要についてはwikiでも見ていただくとして、僕はこの曲でモーツァルトが何気なく書いている和声の驚くべきスペクタクルでも書いておきましょう。まずは第2楽章です。
特に色枠の三拍目のb♭、d♭、a 、c が凄い。ここのコード進行の規則性で機械的に出てしまう不協和音ですがそれがGmに解決するのも本当に凄い。次は第3楽章のトリオに出てくるオーボエ2本とファゴットです。
この譜面が古典派の人のものとはとても信じ難い。しかし彼はフィガロあたりからすでに別世界の和声領域に踏みこんでいます。次に終楽章の恐るべきこれです。このピアノスコアを見るまで僕にはここの和声進行が謎でした。
9小節目から。F、E6、E7、B♭7、A6、A7、E♭7、D6、D7、A♭7、G6、G7、D♭7、C6、C7となります。増4度飛ぶバスが凄すぎます。モーツァルトがただ綺麗でかわいい曲を書いただのと思ったら大間違い。機能和声の範疇ではロマン派もぶっとばして前衛的ですらあり、感覚的には転調の竜巻か嵐かという感じです。
こういうところはベートーベンよりもむしろワーグナーに引き継がれているように思います。ピアノで弾いてみて、こういう指の動きがトリスタン和音に向かっていく感覚があります。そして、ハ長調のあらゆる可能性を汲みつくした音の運動はマイスタージンガー第1幕前奏曲の対位法に向かい、終楽章のフーガ風(厳密にはフーガではない)のコーダにあの前奏曲の全主題の絡み合うクライマックスの原型を見るのです。
ここから、僕の大好きなCDをご紹介します。 まず、何といってもボールト盤が筆頭です。これぞジュピターの最高の演奏であります。最近この曲は遠ざかっていましたがこの稿を書こうと久しぶりにボールトを聴きかえし、忘れていた41番ジュピターへの愛と歓喜が再び沸き起こって体の芯から熱くなるという数奇な体験をいたしました。
エードリアン・ボールト / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
それがこれです。僕の持っているCDは右のジャケットではなく、昔ロンドンで買ったRoyal Classics盤と去年タワレコで買ったBoult from Bach to Wagnerです。第1楽章のまったく素晴らしいテンポ!全曲にわたって繰り返しは全部行う徹底ぶりは、ボールトがこの曲を愛し一切をないがしろにしないという決意でしょう。その意志の徹底は決してオケを神経質にさせず、むしろ天真爛漫にモーツァルトを演奏する喜びに浸らせています。ドイツ風の重心の低い芳醇な響き、対抗配置で理想的に鳴る弦、祝典的に響くティンパニ、弦に溶け込んで乗っかるフルートの喜び、飛び出さないトランペット、僕の欲しいものがすべてあり、それがボールトの思いへの奉仕になっていてぐいぐい心に入りこんできます。彼の漲るパッションは表には見えませんが、堂々たる地に根を張った男らしい音作り、ゆるぎない構築感、リズムの躍動感を通じてテレパシーのように聴き手に伝わり、全てが自然体ながら曲のあるままに高揚感へ登りつめるという天下の名人芸に酔いしれることになります。EMIアビイ・ロードのスタジオ1なのに第2楽章は教会のように響きます。第3楽章の存在感あるティンパニに微妙な強弱をつけるなど、そう聞こえませんが細部にもこだわりがあり、やや遅めのテンポで入念に声部を描き分ける終楽章は圧巻です。圧倒的なフーガが現れ、堂々たるリタルダンドで音楽が終わるや僕は感動のあまり手を合わせて拝むしかありません。この演奏がぜひ広く聴かれ、この交響曲の真価、神髄を知る方が増えることを祈ってやみません。
カール・ベーム / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
なかなかない重さと華やかさが両立したオーケストラ。出だしからああこれもいいなあと思わせます。これぞウィーンフィルの魅力です。ピッチが微妙に高いため音の持つ温度とテンションが微妙に高く聴こえていますが、ベームのリズムが素晴らしい。そのオケの音に合っているからです。この演奏の白眉は第2楽章です。まず音がオケの美をひけらかすだけのきれいごとではない。このオケに位負けする指揮者だと白痴美になりがちですがここではあえて霞がかかった感じであり、ハ短調になるとテンポが
やや速めになって緊張感を増します。これはさすがです。第3楽章が遅すぎるのが唯一の欠点ですが、楽譜を示したオーボエ、ファゴットのフレーズはゆっくりと和声が味わえます。終楽章、弦の内声部まで強いテンションで鳴り切っているのに感服です。音楽が内部から加熱し巨人の歩みのように進み、聴く側もエネルギーを要する大交響曲演奏であります。余談ですがこのCD(上が直近に売られているもの)を僕はEVNというオーストリアの大手電力会社の社長さんから来日のおみやげとしていただきました(右)。91年のことです。ベームのモーツァルトはお国の誇りであったのですね。
オトマール・スイトナー / ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
大学時代にLPで愛聴した演奏です。第1楽章はこのコンビの特色であるきびきびした速めのテンポでです。ルカ教会のやや遠めにまとまった音響でティンパニがやや不明瞭で低音の定位がいま一つなのが欠点ですが、弦と木管の美しさは何とも抗しがたく、特に第2楽章はこの曲のための特別な練り薬で溶いたかのような蠱惑的な音色に耳がくぎづけになります。第3楽章はとても速い。このテンポだとトリオがド・レ・ファ・ミの終楽章テーマであることがよくわかります。終楽章は提示部を繰り返します。内声部のハモリや木管(特にフルート)のさえずりに独特の美意識を感じ、終結もほとんどリタルダンドなし。強い表現意欲ですが、上記2つの大人の芸と比べると説得力はいま一つかもしれません。
(補遺、21 June17)
これは大学に入ってすぐ、五月病のころ大学の生協で買った人生初めてのジュピターです。このやや遅めの演奏の醍醐味を味わう知識も耳も当時はなくて、翌年に買った上記のスイトナー盤のテンポの方が音楽的快感が得られ関心が移ってしまいました。各セクションのフレージングが克明で活気と表現意欲にあふれ、全体をフリッチャイが揺るぎない造形と立体感でどっしりと括りあげた、誠に玄人向けの名演であります。
ヨゼフ・カイルベルト / バンベルク交響楽団
この演奏を知ったのはCD時代になって右の写真のものですが、何とも言えぬ抗いがたい魅力があるのです。プラハ・ドイツ・フィルハーモニーを前身とするこのオケの鄙びた東欧の音色は一切華美に傾かず、弦は地味で木質だが黒光りするような独特の美を誇り、カイルベルトの指揮もその木曾檜のごとき素材を知り尽くして正攻法のジュピターをやっている。何の変哲もない姿ですが、簡素で古雅な味わいは我が国で例えるなら大和古仏の味わいでしょうか。こういう音はもはや地球上から消えており、こよなく愛する僕としてはかような古い録音を文化遺産の如く珍重するしかございません。
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クラシック徒然草-モーツァルトの3大交響曲はなぜ書かれたか?-
2014 MAY 25 18:18:55 pm by 東 賢太郎
モーツァルトの最後の交響曲のうち、39番(変ホ長調)、40番(ト短調)、41番(ハ長調)を俗に「3大交響曲」と呼びます。こんな傑作群が誰からの依頼もなくたったの6週間で書かれて忽然と現れたと言われても我々は唖然とするしかなく、いろいろ憶測はなされてきましたがどれも確証はありません。モーツァルトの死因と同じく解かれていないミステリーであるのです。
人間だれも進歩しますから最後の方の作品が初期のものより評価されるのは普通でしょう。ドヴォルザーク、シューベルトの交響曲がそうです。しかし彼らの極めて有名になった最後の2、3作がまとめて「2大」「3大」と呼ばれることは通常ありません。ブルックナーの7-9番はそう呼ばれておかしくない偉業ですが、それでもそれを「3大」と呼ばれるとちょっといい加減な定義のように感じるのです。4番、5番も偉大だからです。
ではモーツァルトの3大以外は「小交響曲」なのでしょうか?中でも有名である35番(ハフナー)はセレナードの改作、36番(リンツ)は3日で速成、37番K.444とされていたものは他人の作品と判明、38番(プラハ)はメヌエット楽章を欠くという具合ですから、たしかに、仮に「3大」がなければモーツァルトは「交響曲も書いたオペラ作曲家」という位置づけになった可能性もあります。僕は制作過程はともかく出来上がった作品としての35-38番がブルックナーの交響曲系列における4,5番以上に偉大であることを通常以上に認めています。それでも3大は3大と呼んで違和感がありません。それほどこの3曲のクオリティは図抜けていると感じるからです。
ハイドンの最後の12曲、ベートーベンの9曲を知ってしまっている我々は、シンフォニー(交響曲)というのは重みある確立したジャンルとイメージしています。しかしモーツァルトが「3大」を書いた1788年にはそのどれ一曲としてまだこの世にありませんでした。だから「3大」を考える時、我々の頭にある交響曲という概念は一度とりはらって考えた方がいい。そう思わされたきっかけは、1985年ぐらいに出たクリストファー・ホグウッドのモーツァルト交響曲全集でした。そこにはモーツァルトの交響曲がなんと71曲もあったからです。どうしてそういうことになるかというと、当時の交響曲の概念からするとセレナーデやオペラ序曲に使った楽曲もその一部ということになるからです。解釈論が大事なのではなく、モーツァルトの頭の中がそうだったということが大事なのです。
交響曲というのは元来イタリアオペラの序曲です。序曲の役目は前座、前口上で、ガヤガヤうるさい聴衆にオペラが始まるよと告げて静めて集中させることでした。それがだんだん独立してオペラ以外の機会、つまり演奏会や貴族邸宅での音楽会などで登場の場を得ましたが、それでも聴衆の耳目を舞台に引きつける前座にすぎず主役はあくまで歌でした。ハイドンが1791年に書いた交響曲第94番は静かな第2楽章で突然大音量の和音が鳴るため「驚愕(びっくり)」というあだ名になりました。普通に聞いていれば別に驚きません。寝ているから驚くんです。これは交響曲の元来のお役目もにおわせるハイドン一流のユーモアです。
37番は1784年頃の楽譜が残っていてケッヘルがK.444という番号を与えていましたが20世紀はじめにミヒャエル・ハイドン(ヨゼフの弟)の作品にモーツァルトが序奏部を加えただけということが判明しました。これが当世流行の「コピペ・使いまわし事件」だったかどうかはともかく、当時の交響曲は他人のを拝借してもわからない、かまわない、その程度のものだったわけです。歌やピアノ独奏という「ショー」がメインである公開演奏会で35番ハフナーが開演前と終演後に分割されて演奏された記録もあります。まじめな顔をして通して聴くものではなく、良くいえば機会音楽、要は添え物だったことがお分かりいただけるでしょうか。
さらに興味深いことがあります。モーツァルトは83年にリンツで滞在したトゥーン伯爵邸で3日後に演奏会を開いて新作交響曲を披露することを快諾してしまい、「手持ちの交響曲が一つもないので、いまから急いで作曲しなければならない」(その日に父に書いた手紙)という事態になってしまいました。ここで彼が「交響曲」と呼んでいるのが上記の程度のものだったことは注意を要しますが、そこで書いたのが36番だろうとされます。しかしいくら天才とはいえあの名曲を3日で書いてオケの稽古までしたとは信じ難い。そこで37番がそれだったのだという新説が出てきた。リンツで書いたのは序奏だけだった、それなら辻褄が合う。伝説のリンツ交響曲は37番だったんだということで一件落着していた時期がありました。
ところがアラン・タイソンという音楽学者が五線紙のX線写真から作曲時期を調べると、序奏部を書いた五線紙は84年にしか使われていないものであることが発覚し、やっぱり36番が3日で書かれたことになってしまいました。ここで思い出すべきは彼がシスティナ大聖堂の秘曲を一度だけ聴いて後で書き取ったことです。彼は「音楽のピクチャーメモリーの持ち主」なのです。36番はおそらく頭の中ではもっと前から作曲されていて「ピクチャー(画像)」になっていた、それを彼は3日で紙に書き取った(写譜した)だけなのです。この特異能力は「3大」を考えるのに非常に重要なポイントになります。
ウィーンに出てきてからのモーツァルトはフリーランサーであり、お金と名声のためだけに作曲していましたからわずか6週間で一気にこの3曲を書いたのは何かの目的があったはずです。それも、3曲の信じ難いクオリティの高さからして相当お金と名声が得られそうだという期待がこもった巨大なものだったはずなのです。それは一般にウィーンの90年の予約演奏会等ではないかとされていますが、そのような場で演奏された記録は残っていませんし、彼という人間はその程度のインセンティブであれだけの労作を書くような性格ではないと僕は思います。
ヨゼフ・ハイドンには、パリの新設オーケストラであるコンセール・ド・ラ・オランピックから6曲の交響曲(今では「パリ交響曲」と呼ばれています)の委嘱がありました。1785-86年のことです。ちなみに、この時点でモーツァルトはまだ38番「プラハ」も書いていません。この6曲は大ヒットして楽譜はウィーン、ロンドンでも出版されました。ハイドンは大儲けした上に名声も手に入れたのです。同業者の大成功をウィーンにいたモーツァルトが知らなかったはずはなく楽譜も見たでしょう。その6曲に含まれる82番「熊」がハ長調、83番「めんどり」がト短調、84番が変ホ長調という事実が偶然だったとは僕にはどうしても思えないのです。
パリ交響曲といえば、モーツァルトはハイドンのそれに先立つ1778年に交響曲第31番 ニ長調 K.297 (300a)を書いていて、パリ初演時の自信満々ぶりは父親への手紙に赤裸々に残っています。しかしこの興奮と強がりの背景には彼が花の都でも通用するという自信の裏腹に、父レオポルドの、一家の命運を託す強すぎるほどの息子への期待がありました。
しかしこの交響曲はパリの聴衆に一時の話題ぐらいは提供したかもしれないが、結局世渡りの下手な彼はコンセール・スピリチュエルの支配人ジャン・ル・グロにいいように利用され、あしらわれ、挙句の果てに同行した母親まで病死してしまった。パリは散々な目にあって鼻をへし折られた、人生最大の因縁の都市だったのです。彼がそのパリでのハイドンの成功を知らなかったはずはなく、心に荒波もたたず無関心であったはずはないのです。
話は飛びます。メンデルスゾーンの母親の親戚で、ロンドンに移住して成功したヨハン・ペーター・ザロモン(1745-1815)なる興行師(音楽プロモーター)がおりました。彼はハイドンを91年-95年に2度ロンドンに呼び寄せて「ザロモン・セット」なる交響曲を12曲書かせて大ヒットさせたことで歴史に名を残しています。ちなみに、この時点でモーツァルトはもうこの世にいません。モーツァルトの41番に「ジュピター」というあだ名をつけて畏敬したのがこのザロモンであったろうと言われているのをどう考えたらいいでしょう。もしモーツァルトが91年に突然死しなかったら彼の「ザロモン・セット」があったのではないかと想像するのは僕だけでしょうか?
またまた話は飛びます。3大交響曲を書く1年前の87年2月、ナンシー・ストーラスという英国人女性ソプラノ歌手がウィーンを発ってロンドンへ帰りました。彼女はオペラ「フィガロの結婚」のスザンナの初演歌手です。この役の重要さはフィガロを知っている人ならご存知でしょう。音楽学者アルフレート・アインシュタインが「コンスタンツェが嫉妬する権利を有していた唯一の女性」とまで言ったナンシーをモーツァルトがどれだけ好きだったかは、「どうして あなたを忘れられよう”Ch’io mi scordi di te ? – Non temer amato bene”」 K.505というピアノ協奏曲が歌を伴奏するような豪勢な曲を書いてあげて、彼女の告別演奏会で自分でピアノを弾いたことでもわかります。
帰国後にナンシーは兄と一緒になって何度かモーツァルトをロンドンへ呼び寄せようとしましたが彼はなぜか断っています。息子を父レオポルドが預かってくれなかったからだという説がありますが、生後間もなくの息子を乳母に預けて妻とザルツブルグへ行ってしまった男ですからどうも説得力がありません。それで息子は帰ったら死んでいましたし、一人で行くとなるとコンスタンツェの嫉妬も怖かったかもしれません。ではもしザロモンのようなプロモーターの強力な誘いだったら?だから彼はそれを待っていたのではないかと思うのです。強い動機が自分自身にも妻にも必要だった。そのために「ハイドンと並び称されるような作品」が必要だったのではないでしょうか。
ではそれは何でしょう?彼のお得意はピアノ協奏曲とオペラです。逆に、ハイドンのお得意は交響曲と弦楽四重奏曲です。ピアノ協奏曲とオペラは主役、プリマがいます。前者はシンガーソングライターであるモーツァルト自身、後者では彼お気に入りのソプラノ歌手でしたが、どちらも音楽だけでなく主役のワザや美貌までも含めて客を楽しませるショービジネスです。しかし88年当時、ピアニストとしての彼の人気はウィーンでも下火であり、86年の「フィガロ事件」でオペラの方も暗雲がたちこめ始めていたのでした。
ショーマンではない地味な男であったハイドンはモーツァルトの得意分野にはあまり手を出していません。一方のモーツァルトには決して得意科目ではなかった交響曲と弦楽四重奏曲ですが、82年に出版されたハイドンの作品33「ロシア四重奏曲」を知ってそれではいかんと一念奮起して書いたのが弦楽四重奏曲の「ハイドンセット」であったことはご紹介しました。その作曲は天才にしては珍しく推敲に推敲を重ねる苦難の道だったことを本人も認めていますが、そこまでエネルギーを傾注しても「やっておかねばならない仕事」だった。このハイドンセットが誰にも依頼されていない例外的な曲集だったことは特筆すべきです。
40番は最初クラリネットなしでしたが改訂版でそれが2本入りました。演奏機会がないのに改訂する必要はないので40番だけは彼の生前に演奏されたことはまず確実であり、91年のウィーンの音楽家協会の演奏会であのサリエリが指揮した「モーツァルト氏の新しい大交響曲」が40番だとする説があります。しかしそうであったとしても3曲全部を演奏したわけではありません。そういう場で演奏されることを想定したなら40番だけで用は足りたのです。それなのに彼はどうして3曲も書いたのでしょう?
楽器編成の違いからも同じ機会に3曲がセットで演奏されることを目論んだとは思えません。41番と改訂前の40番はフルート1、オーボエ2でクラリネットなし、39番はオーボエなしのクラリネット2です。41番には40番にないトランペット、ティンパニがあります。つまり、39-41番をセットで演奏するのは無駄な楽器と奏者が出て不経済です。1曲でも演奏機会はなかなかないのにそんな不経済をおして狭いウィーン音楽界で誰かが演奏してくれると妄想するほど彼は現実離れした男ではありません。やはりどうして3曲も書いたのでしょう?という疑問がどうしても頭をもたげます。
結論へ至るもうひとつ重要なカギがあります。こんな傑作群がたったの6週間で書かれて忽然と現れたという事実です。ここでリンツ交響曲を思い出す必要があります。3曲を6週間、つまり1曲2週間です。36番を3日で書いたのに比べれば5分の1の速度なのです。頭には3曲分のピクチャーメモリー(画像)がほぼできていてそれを写譜するだけだったならゆっくり目とさえいえます。僕は41番の直筆譜の全曲ファクシミリを持っていますが、直した後はほとんどなくまるで写譜の清書版です。彼がピクチャーなしで書いた、つまり作曲推敲しながらいきなり書いた貴重な楽譜がレクイエムでそれも所有していますが、見比べれば両者の差は歴然であります。
主役やプリマのいないハイドンの得意分野は楽譜さえあればアマチュアレベルの音楽家たちでも演奏できるいわば「民主的な」ものでした。音楽が宗教世界から離れて俗世界に出てまだ1世紀程度であり、上演にカネのかかるオペラが王権を離れて民主化されるにはまだ半世紀ほど要する時期です。富裕市民が広く音楽をたしなむようになったロンドンで音楽への新規需要が生まれましたが、ザロモンのようなプロモーターが歓迎したのが宗教、王権とは遠い交響曲でした。入場料だけでなく楽譜も売れるという収入が大きかったのです。英国の産業革命と民主革命そして印刷術の進歩という3つのマクロ的潮流がその背景にありました。
プリマや天才が舞台に出てきて喝采を受けることで客を呼ぶスタイルだと売上連動でギャラを払う必要があります。こういう市場成長期には興行師からすれば売れる楽譜を買い取ってコストを限定し、増えた売上は全部自分のものになる株式投資型の方が圧倒的にうまみがあるのです。ハイドンが人気があったのはそのせいです。モーツァルトをロンドンに呼べば当たった可能性はあります。彼が反王権的においのぷんぷんするフィガロをリスクを取って書いたのもそれを当て込んでのことです。しかしロンドンは歌舞伎者の彼を出資者、パートナー(共同経営者)にするよりハイドンを支払額が決まっている業務委託契約で使う方を選びました。我欲の強くない彼もそれで満足でした。カネにうるさい強欲のベートーベンが呼ばれなかったのも同じ理由と僕は思っています。
「3大交響曲」がどうして3曲書かれる必要があったのか?作品を3,6など3の倍数のセットで発表するというハイドンの確立したスタイルを模倣、踏襲するためです。人気の落ちた彼の交響曲を1曲でもウィーンで買う者がないことは明白でした。しかも彼の耳は進化して大衆受けしないピアノ協奏曲24番まで書いてしまっている「心の中の声」は後戻りできないところに来ていました。それならその自己最高水準の曲を3つ、ハイドン先生の流儀に習って発表し、ロンドン、パリのアンテナにかかることを期待しよう。86年になってパリ、ロンドンではハイドンの得意ジャンルの方が大当りしたというのっぴきならぬ事実に直面した彼がそう思って不思議でないのではないでしょうか。
結論を書きます。3大交響曲は「交響曲のハイドンセットである」というのが僕の仮説です。
繰り返しになりますが、ウィーンで売れっ子ならばそんなことは気にもならなかったでしょう。ところが86年の「フィガロ事件」で形勢が変わってきた。それをこのブログで詳述いたしました。
3大交響曲の構想、彼の頭の中での作曲は87年ごろ、ナンシーが英国に帰ってしまったあたりから強い動機となって目に見えず進んでいたのだと僕は想像しています。彼は王権の失墜と市民革命は見事に予見していましたが産業革命と印刷術の進化によるマクロ的な音楽需要の流れにのることができませんでした。しかし彼のその焦りのおかげで我々は変ホ長調、ト短調、ハ長調の3つの小宇宙とでもいうべき大傑作を手にしたのです。
(こちらへどうぞ)
某企業グループ総帥との会談
2014 MAY 24 20:20:44 pm by 東 賢太郎
昨日はもう一つ、某企業グループ総帥である会長と1時間ほど話しました。書ける話だけ書きます。
まずは1兆円ぐらい資産のある会社買収の話。まだわからないが有力候補であり成立すればバフェットみたいなことができるとのこと。これはすごい、是非やって欲しい。いやはや、いつもながらスケールが大きい方です。それから先日のオバマ大統領歴訪のおりに1対5で食事をされ、「米国でシェールガス田開発に投資する」といったら大変喜んで「オープニングセレモニーに出よう」とまで言われたそうです。さらに「どこに売るのか?」と聞かれ「中国です」と答えると「それがベストだ!」とますます喜んだそうです。会長にどうしてシェールガスにそこまで自信を持ったかうかがいました。
「あるテキサスの候補地を視察したら、人工の湖だったんだ。対岸まで何キロもある海みたいな。何だと思ったらその湖底に塩の層があって、そこに地下何キロという天然の巨大な空洞ができている。掘ったシェールガスはその空洞に入れておいて必要な分量だけ水を注入すればボコボコと出てくる。だからタンクが不要で貯蔵コストはゼロで事故の心配もない。あれを見て、こりゃあ絶対にかなわないと覚悟を決めたんだよ。」
エネルギーを制する者が世界を制します。オバマ曰くシェールガスは7ドルまでならぎりぎりペイするそうで、中国は埋蔵量はあるが深すぎてコストが高く7ドルは無理だ、だから巨大な市場になるのでどんどん売りつけたい。欧州はポーランドで掘るようにしてロシアのガスが売れなくしたい(ウクライナ報復したい)。これはアメリカの国家機密だったのかな?まあ知る人ぞ知るだろうしいいでしょう。
ところが、その話をどの日本の大企業トップにしても「すごいですなあ」で終わりだそうです。世界一高い電気代を払わされているのにお気楽なもんです。ありゃあだめだねとのこと。会長によると石油の時代はもう完全に終わっていてアメリカが数年後にはガスで世界のエネルギー大国になるのは確実、もはやネックはロッキー山脈をどう越すかだけだそうです。そこまで肌で分かっている経営者が何人いるか・・・。
危機感があるのは日本の化学会社、プラント会社。単独では生き残りすらかかる話なので経営の舵を大きく切ってグローバルコンソーシアムという方向があり得ると強調されました。会長の会社は本業は業界こそ違いますが東芝より売り上げが少し大きい規模で、これまでの実績からリーダー格になるでしょう。グループの建設会社の社名に engineering を加えたそうです。
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株式道場-僕の株式の見方について-
2014 MAY 23 23:23:11 pm by 東 賢太郎
今日は某証券会社の売れっ子ストラテジストと面談しました。我々はプロの運用会社相手に銘柄指南をしてお金をいただく仕事なのでこういう情報収集が大事です。
僕の投資哲学は簡単で、世の中に良いことをやっているなら買い、その逆は売り。それだけです。それは会社の株価ではなく「本質」を見るということです。どこかの大学の「投資サークル」首謀者が株価つり上げで逮捕されました。オレオレ詐欺、食品偽装、メールなりすまし犯人と同じレベルの犯罪者で、こんな連中が「投資」などと看板を掲げること自体許しがたい話です。また、上場企業の経営者が投資をその程度の下世話なものだと勘違いして、証券会社のいいなりになって増資などしているケースもあります。そんな会社の株はたたき売られて当然なのです。
市場はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)や簡保が安倍政権の意向で株の買い増しをするという噂でもちきりです。7-9月のGDPが良くないと消費税10%にできないから株を上げたい、だからPKOだというのです。ふざけるな馬鹿者としか言いようがない。それなら国を挙げての株価つり上げで首相も投資サークルの学生といっしょに逮捕すべきです。そんな理由で株を買って大事な年金に損をさせたらAIJ事件並みでこれも逮捕です。それが本当かどうかはともかくそんな噂をまことしやかにささやかれてしまう。悲しいことです。投資に対してこれほど無知蒙昧な先進国も類例がなく、そんな国の証券市場は永遠に一流になりません。
僕がいま投資推奨している銘柄は15ほどです。当社のアナリストは一人で年間約700社を訪問して経営者から直接の情報ヒアリングをしています。電話ではなく訪問、汗をかいて足で仕入れる情報です。一人での訪問数はたぶん日本一(平均で一日3.5社)で、一人だから単一のモノサシで業種をまたいだ700社を比べられるというのが非常に意味があります。そこからの15社です。それを書くことはできませんが、どれも、世の中に良いことをやっているのに株価評価が低い会社です。
例えばこの15社に投資をします。どうやったら世界の投資家の評価が高まるか、それは僕自身が野村、みずほで30年やってますからだいたいわかります。それを経営陣にご提案して、ご納得いただいた上で時間をかけていっしょに進めます。もちろん失敗もありますがうまくいけば投資家のご評価が得られ、株は買われるから上がるでしょう。経営陣はもちろん既存株主も従業員も、全員がウイン・ウインになります。
そういう実のある経営改革のことを、投資家の側面からはバリューアップといいます。仮にこの15社のうち何社かのビジネスを結びつけると相互にウイン・ウインとなるなら、15全体の相乗効果が出てきます。A社の顧客サービスにB社の商品がぴったりなら、その間を取り持ってあげれば両者の売り上げが増えて株が上がります。そういう組み合わせがあればあるほど効果は大きく、15全体の投資リターンは増加します。
これは一例ですが、こういう「価値創造」こそを証券市場は評価します。PKOがありそうだから株を買おうというのはバクチ(speculation)であって投資(investment)とは程遠いもの、似て非なるものなのです。バクチをさそうセールストークを言う方も悪人ですがそれにひっかかるほうも情けないのであって、投資教育の欠落(=教育する側がわかっていない)という由々しき問題が背景にあります。
日本の上場企業は東証だけで3,426あります(5月22日現在)。時価総額は4月末で430兆円だから平均1256億円ですが、1兆円以上は92社しかなく、正確には調べてませんが全体の半分前後が300億円未満と思われます。大手の証券会社はそういうレベルの会社は商売にならないのでアナリストレポートを書きませんし、IR(企業の情報開示)の手伝いもしません。だから良い会社なのに投資家に情報が行かない、だから買われないので株が上がらないのです。つまり株が安すぎる、逆にいえば投資価値が大いにあるのです。
なぜ僕らが汗をかいて700社も訪問するかというと、そういう会社が日本には700ぐらいあるからです。投資というのは売ったり買ったりの派手なものでも天才ディーラーの直感によるものでもなく、ましてや株価つり上げで人を騙して売り抜けることでもありません。地味なコツコツ型の刑事のように泥くさく丹念に情報を集めて当たり前に吟味すること、つまり質のいい情報と細部へのこだわりの成果なのです。
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バルトーク 「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」 Sz.106
2014 MAY 23 1:01:24 am by 東 賢太郎
バルトークの最高傑作はなにか、この問いは迷います。弦楽四重奏曲のいくつか、2台のピアノと打楽器のためのソナタ、ヴァイオリン協奏曲第2番、中国の不思議な役人、オペラ青ひげ公の城、ミクロコスモスあたりが今の僕の好みであり、「子供のために」の何曲かを弾くのも気に入ってますが、大学のころ夢中になっていたのはこの音楽、通称「弦チェレ」です。
弦楽器とは左右に向き合って2群に分けられたヴァイオリン2部、ビオラ、チェロ、コントラバスとハープ、打楽器とは小太鼓、大太鼓、タムタム、ティンパニ、シロフォン(木琴)、シンバル、ピアノであり、それにチェレスタが加わります。楽器配置はスコアに指定されていて、明確にステレオフォニックな効果が現れるべくスコアが書かれています。ピアノも大活躍しますがは曲名に現れず、チェレスタは表記されるのはそれだけこの楽器の音色効果に重きを置いているからです。それは第3楽章を聴けば分かります。
なにせ不可思議な音響に満ちあふれた曲です。出だしからこれ。弱音器つきヴィオラのピアニッシモが幽界から立ち昇る霊気のような青白い調べを奏でます。
この主題はa-eの完全五度に含まれる8個の音で、短3度上がっては半音階的にくねくねと下降という山を4つ作ります。この短3度音程は全曲にわたっての基調となり、第2楽章と終楽章はそれで開始しますし、第3楽章もこの音程でのグリッサンドのずり上がりが印象的です。短3度というと、どうしても僕は春の祭典の生贄の踊りにおけるティンパニの音程を連想してしまいます。
aで開始したこの主題は、e(5度上)、d(5度下)、b(eの5度上)、g(dの5度下)、d#(bの5度上)と5度の数列に従って扇形に広がりつつフーガを織りなします。それぞれの現れる小節数や、バルトークが指定した演奏時間からそれを求める数値がフィボナッチ数列や黄金分割比になっているという音楽学者の指摘があります。楽章の後半は当主題の音型が天地さかさまになるなどバルトークが数学的思考をもって作曲に当たったことはうかがえますが、それらが何かの自然界の法則に則った絶対美を感知させるかというと僕にはそれはわかりません。
それよりも、a-eの「五度ブロック」の上に2つ下に2つの「五度ブロック」がくっついて驚異的な「五度ブロックの五重の塔」になるあたり、ここでうねうねした旋律が重層的にうごめく様は数学的な美しさよりもエロティックなものを感じます。この曲が一聴すると難しく聴こえるのに何度も聴くと蠱惑的であるのは、これがけっして「規則の干物」ではなく、エロスという深い本能を呼び覚ます何かを秘めているからです。音楽はティンパニとシンバルを頂点として減衰し、大きな山を描きつつ幽界に回帰していきます。この主題は第3楽章、終楽章で印象的に回想されます。特に後者は長調になって出てきますが、これが通常の曲と違って明るくもヒロイックでもなく、僕には妖気を孕んだ楽想に聴こえます。
第2楽章は中間部で弦のピッチカートとハープによるタペストリーのような和音を背景に、ピアノと木琴が並行和音(E♭、D、B、C、D♭・・・)でジャズを思わせるリズムを固く鋭くたたき込みます。きわめて印象的でカッコいい部分であり、誰もが一度聴いたら忘れないでしょう。
第3楽章はさらに驚嘆すべき音楽であり、暗黒の宇宙空間をさまよいながらブラックホールへ吸い込まれていくような超自然的な世界です。冒頭のシロフォンの固く高いファの音は相撲の拍子木のようで、ティンパニのグリッサンドが重なってきわめて非西洋的なムードを作ります。ヴィオラがハンガリー民謡のコラージュ風のねちっこい旋律を奏でますが、ここはまだ人間界のにおいがしています。
ここからが弦チェレの面目躍如であります。こんな感じです。
第1楽章フーガ主題がゆっくりとヴィオラ、チェロによって幽霊のように現れると、ヴァイオリンがa、g、f、d#の3つの全音を順番に重ねて不思議な半音階トリルを始めます。何だ?とまわりを見るともう人影はありません。血の気が引きます。するとです、はっと後ろを見ると別なヴァイオリンが奇っ怪なグリッサンドを上げ下げ上げ下げ・・・・ひとつづつゼンマイがクルルと渦を巻きます。すると、天上からヴァイオリンとチェレスタによる、冥界にいざなうごとき甘くも不気味なメロディーが降ってきます。それにつられてふらふら歩いていくと、またまたフーガ主題が足元で不気味にひっそりと・・・・。すると、なんということか、突然にチェレスタの分散和音が崩れ落ち、ハープとピアノのグリッサンドの乱れ打ちに襲われ、狂乱の光のシャワーにぶちこまれるのです。
光彩陸離たる夢幻的な光景。こんな音楽を僕は他に思いおこすことはできません。
終楽章は舞曲風であり、そこまでの3楽章のシリアスさがなんだったのかというお気楽さが垣間見えて、大変残念なことに今や僕はあまり価値を見出すことができなくなりました。逆に最もわかりやすい楽章ですから、何百回も聴いてもう食傷気味の人間のたわごとは無視されて楽しんでいただければと願います。
オーマンディー/ フィラデルフィアOの演奏です。これを同オケとムーティがやったのを当地で83年11月に聴きましたが、第2ヴァイオリンのリーダーが入りをミスったのを覚えています。この名人オーケストラでもこれは難物ということが分かります。この演奏もオーマンディーさんには申しわけないが、ちょっと生ぬるい。ただ曲の雰囲気はよくわかるので聴いて下さい。
この曲の名演はいくつかありますが、これを凌ぐものはまったく考え難く、まさに永遠の金字塔であります。冒頭から漂う異様な緊張感と妖気。第2楽章の青光りする眩い閃光のスパーク。第3楽章の「光のシャワー」の入りではダイヤモンドの粉がふりまかれ、「チェレスタの分散和音の崩れ落ち」と「グリッサンドの乱れ打ち」の神秘の霧がだんだんと深くなって弦楽器のトレモロが加熱。ついに凶悪なシンバルの強打で砕け散る、というめくるめく展開には唖然とするばかりです。ライナー・シカゴSOのコンビの醸し出した鬼気迫る異常な気合いとテンションは尋常ではなく、こういうものが封じ込められた録音芸術が市場に出てくることはほぼ期待できない時代において本盤にはますますの希少性を感じずにはいられません。僕の中で、完成度においてブーレーズの春の祭典と同じランクにある数少ない音源のひとつです。
その他、いくつか挙げておきます。聴き比べてみてください。
ゲオルグ・ショルティ / ロンドン交響楽団
キリル・コンドラシン/ モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団
小澤征爾 / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ピエール・ブーレーズ / BBC交響楽団
CBS盤。これは受験失敗記に書いたど壺まで落ち込んだあの4月に買った、僕の精神史暗黒時代を象徴するレコードです。ライナー盤を1年半ききこんでこの曲がいつも頭で鳴っており、今度はブーレーズに帰依しようとしたんでしょう。弦チェレには数学を解いているイメージが付きまといます。ライナーが動的なら静的。楽器の倍音の「色」を感じる。第2楽章の右側の弦楽器群の和声のくすんだ灰色、ティンパニの群青色、澄んだピアノの銀色、木琴の黄色、チェレスタの金色、まあ僕の色覚ですから一般性はないなりに極彩色を見ております。色が正確なリズムで、ミクロ単位の時間で配置され、「静」の連続がマクロ的には「動」になっている感じですね。積分です。彼の神経は速い部分でも「静」にあるという音が鳴っているのが他人にまねできないのです。音としてはメシアンとの近親性を強く感じます。第3楽章のシンバルなどゾッとする凄みや終楽章の音程のクリアなティンパニは2年後のあの春の祭典を予告していますね。久しぶりに聴きかえし、このころのブーレーズさん、やっぱりすごいなと感服です。
エヴゲニ・ムラヴィンスキー / レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
ライナー盤をベンチャーズのキャラヴァンみたいに頭に刻み込んでしまったので別のどれを聴いても他人様にきこえます。65年のこのライブも、う~ん違うなと。ピアノが考えられんほどとちったり(第2楽章)、ムラヴィンスキーのイメージで怜悧だ精緻だと語られている演奏ですがそうでもない。芝居がかった終楽章エンディングも好きでない。印象に残るのは音よりもオケメンバーのピリピリした雰囲気でこれは引きこまれます。ヒットラーか隣国の将軍さまかというタイラントぶりでしょう、こういう音楽はもう地球上に響くことはないかもしれません。
フェレンツ・フリッチャイ / RIAS交響楽団
ベルリンの放送交響楽団がうまい。上掲BBCSO、レニングラードPOよりずっとうまい。1953年にこのレベルの演奏は特筆すべきことで、細部まで相当に厳しく練習し弾きこまれたと想像されます。それが指揮者の力であることは疑うべくもなく、バルトークの弟子であったフリッチャイ(1914-63)の確信に満ちたこのスコアリーディングは永遠にレファレンスとされるべきものといって誰も反論はないでしょう。イエス・キリスト教会のアコースティックをとらえた録音もモノラル最後期のハイクオリティで、低音のきいた打楽器の音は革の振動まで伝えるリアルさでおいしい。
レナード・バーンスタイン / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団
これをヘッドフォンで聴いて見て欲しい、見事な音響の渦に酔うことができるでしょう。楽器の定位がサラウンディング録音のように明確で、周囲をぐるりと取り囲み、ホールトーンも豊かで声部は程よくブレンドして最高に耳あたりが良い。細部の細部まで克明に聞こえるのは僕のような者にとって感涙ものです。第3楽章はフレージングがアバウトなのもわかってしまう。解釈は曲のリズム、和声法のカッコいい部分に見事にフォーカスしてますからジャズ、ロック系のリスナーの当曲入門には真っ先にお薦めしたいものですが決して軽いものということではなく、傾聴すべき思考の跡が随所にあります。
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