ドヴォルザーク チェロ協奏曲ロ短調作品104
2014 MAY 11 0:00:09 am by 東 賢太郎
米国ペンシルヴァニア大学に留学中、チェロを買い1年間個人レッスンを受けたことは以前に書きました。これを弾きたいと思ったのです。ド素人だったのにまじめにそう思える所が僕の僕たるゆえんであり、おかげでとんでもないことが出来てしまうこともありましたが、これはあえなく討ち死にに終わった方でした。
悔しいのですが、これは実にいい曲なんです。
僕は演歌が特に好きでもありませんが、ロンドンにいた頃、石川さゆりの津軽海峡・冬景色が野村ロンドンの社歌みたいになっていました。当時の社長が好きでカラオケの締めでみんなで熱唱してたんですがなんか琴線に触れるものがあり、ああやっぱり日本人なんだなと感じ入っていたものです。昨日広島のお客さんが「広島におるとカープなんかどうも思わんが東京に出て来るとどうも気になる」と言われてそれが思い当りました。
ドヴォルザークは米国楽壇のパトロンだったジャネット・サーバー女史の招きで渡米しました。ニューヨークの音楽院の院長になったのですが、この2年半ほどの滞在で極度のホームシックとなり強い望郷の念で作ったのがこの協奏曲といわれます。お客さんのカープ、僕の石川さゆり、やっぱり望郷の念というのは何か特別なものを生んだり感じさせたりするんでしょうか。この協奏曲は、ああこれはボヘミア人にとって演歌みたいな曲なんじゃないかなと思うのです。
ドヴォルザークがアメリカにいたのは1892年9月27日から1895年4月16日まで。実はこのちょうど100年後、1992年夏~1995年5月がほぼぴったりと僕のドイツ滞在期間だった関係で、それ以来この協奏曲は「なるほどなるほど、そうだよね」とあちこちに感情移入して聴くようになっています。言葉もよくわからん状態で住んだ異国。英語圏のロンドンとは似ても似つかない孤独感があって無性に懐かしく思った日本。当時のそういう気持ちを思い起こすとドヴォルザークの望郷の念が他人事でない気持ちになるのです。
チェロ演奏の思いが遂げられなかった欲求不満で、2000年に帰国してからとうとう第1楽章をシンセサイザーでMIDI録音してしまいました。大作業でしたがProteusという米国の音源ソースの独奏チェロはなかなかリアル感があって良く、苦労して作ったカラオケにのってあのすばらしい第2主題を弾いたときの喜びったらありません!いろいろテンポを変えて試して、いや本当にドヴォルザーク先生ありがとうという感動で一杯になりました。目頭が熱くなるしかないあの終楽章の最後の最後!名曲中の名曲、とにかく聴いていただくしかありません。
フランスのチェリスト、ゴーティエ・カプソン(Gautier Capuçon)、なかなかイケメンでもありいいですね。指揮のパーヴォ・イェルヴィは先日N響を振ったネーメの息子。両者とも非常にデリケートな解釈で素晴らしいです。
この曲はドヴォルザークが若い時に愛していた女性(ヨセフィーナ・カウニッツ伯爵夫人)が重病という知らせをニューヨークで聞き、帰国後1か月で彼女が亡くなるという極めてプライベートな事情が作曲と重なっています。だから第2楽章には彼女の好きだった主題(歌曲Lass’ mich allein)が使われ、そして彼女の死後にはあの第3楽章の長いコーダをつけ加えたのです。音楽は止まりそうになり、チェロのモノローグが第1楽章冒頭の主題を静かに回想します。こういう事情から彼は作曲依頼者のチェリストからの修正提案を「一音も変えるべからず」と言ってはねつけ、カデンツァを入れろと言われて激怒したのです。
「こんなチェロ協奏曲が書けるということを知っていたら自分も書いていたのに」と評したのはヨハネス・ブラームスでした。
ピエール・フルニエ / ジョージ・セル / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
最高の格調とデリカシー。第1楽章、チェロが登場する場は決然とした千両役者、そして第1主題を経ていよいよあの優しい第2主題へ向かう美しい道のり。ここがこんなに澄んだ秋空のような孤独と悲しさに彩られる例は他に記憶がありません。素晴らしい音程とフレージングで高音がまるでヴィオラであるかのように歌い、全編にあふれわたる品格の高いロマンの息吹は何度聴いても深く心を打たれます。このフルニエのチェロこそ曲の神髄を描ききった神品であると断言してしまって後悔はありません。そして、セルとベルリンフィルのシンフォニックで引きしまった伴奏がまた最高のテンポとディナーミクでもうこれしかないだろうという説得力ある逸品。第3楽章の第2主題を呼び覚ますオーケストラの素晴らしさ!それを受けるフルニエ。指揮者とソリストの和声の流れに対する感性とオーラが奇跡ように一致した稀有な演奏であり、それに呼応してオーケストラメンバーの出す「気」の脈動まで一致しているのを感じます。音楽にこれ以上何が必要なんでしょう。これを持っておれば他は要らんということはあまり書きたくないがこの演奏は僕の中で完全にそういう位置にあります。これはぜひSACDなどの上級フォーマットで所有したいです。
リン・ハレル / ウラディーミル・アシュケナージ / フィルハーモニア管弦楽団
もしフルニエ以外で一枚だけと言われればこれです。僕は何種類もあるロストロポーヴィチのこの曲がぜんぶ大嫌いであり、カラヤンとやった有名な一枚は特に嫌いです。このハレル盤は曲への愛情が自然に伝わる名演で、アシュケナージのデリケートなサポートも実に見事です。彼はラフマニノフ、グリーグなど甘目の音楽を下品にならずに表現する達人です。第3楽章コーダの彼女の思い出のシーンだけはフルニエよりもこちらのほうが上であり、涙なくして聴けません。録音も良く、お薦めできます。
ハインリヒ・シフ / アンドレ・プレヴィン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
美演です。チェロもオケも暖かい木質の音で好ましく、録音はホールの空間、空気を感じさせる欧州系の上質のもの。実はこのCDを秋葉原のオーディオ店で試聴して僕はB&Wのフラッグシップ・スピーカーである801Dの購入を決めたという記念碑的CDなので挙げさせていただきます。
(補遺、3月21日)
1月7日にコメントを頂いたライヴ・イマジンのチェリスト西村様と先週食事をし、興味深いお話をたくさん伺いましたが、その際にいただいたのがこのCDです。
スティーヴン・イッサーリス / ダニエル・ハーディング / マーラー室内管弦楽団
ガット弦の演奏が素晴らしく、文才にも長けたイッサーリスの解説がまた面白く勉強しました。ナイアガラの滝を前に5分間も立ち尽くしたドヴォルザークが、何かに憑かれたように、「神よ、これはロ短調交響曲になるでしょう」と叫んだ。その35年後に同じ景色にモーリス・ラヴェルが「なんて荘厳な変ロ長調だろう!」と述べた。僕は3回も行って、たぶん5分以上は立ち尽くしてますが、作曲家にならなくてよかったです。
その「ロ短調交響曲」は既にほぼできていた新世界交響曲ではなく、チェリストのハヌシュ・ヴィハーンの説得で書かれたこのロ短調協奏曲の壮大なヒロイズム、高貴なたたずまいに結実したかもしれないというイッサーリスの説は支持できそうです。息子の証言ではドヴォルザークは独奏楽器としてのチェロは低音がもごもごしてはっきりしないと嫌っていたのに、友人に1894年12月の手紙で、「キミ、驚くなかれ、私はヴィオロンチェロのための協奏曲の第1楽章を書き終えたのだよ。私がそれにいかに意欲的か、自分でびっくりしてるんだ」と書き送っているそうです。
自分がしている作業に自分が驚く。トリスタンを作曲中のワーグナーも「ピアノを弾く自分の指先から出てくる妙なる音に驚く」と述べていますが、天地神明から得た霊感を人間界に残す者(作曲家)と、その人間への共振を具現化する者(演奏家)がいかに違っていることか。轟々と爆音を立てて流れ落ちるあの滝を見てロ短調や変ロ長調が聴こえてくる人たちというのは人間界において特異な存在であって、ひょっとしてキリスト、アラーや仏陀がそうだったかもしれず、アインシュタインもそうだったのだろうかと思ってしまいます。
ニューヨーク滞在の終わりごろ病気のはずのドヴォルザークを家に訪ねると、散乱した数日分の残飯に埋もれて黙々と作曲中だった、病名は作曲熱だったという逸話もあります。ベートーベンの部屋も大家に追い出されるほどひどかったそうですが、こういう人たちは霊界と交信していて俗界など眼中にないのですね、まあ彼らのおかげで喜びをいただいている我々俗人の目線で評価することはナンセンスと思います。
この曲をドヴォルザークに書かせ、テクニカルな提言もしたのはハヌシュ・ヴィハーンですが、もうひとつ作曲に重要な契機を与えたのが音楽院の同僚教授ヴィクター・ハーバートのチェロ協奏曲第2番ホ短調でした。ドヴォルザークは94年3月に初演されたこれを少なくとも2回聴いており、終演後に興奮した大声でハーバートを素晴らしい!と祝福したそうで、これに触発されてヴィハーンのリクエストに応える気になったようです。ハーバートは93年12月16日、カーネギーホールで新世界交響曲を初演したニューヨーク・フィルの首席チェリストで、同じホ短調で2番の協奏曲を書いたのですが、緩徐楽章がロ短調でありこれもドヴォルザークに影響を与えた可能性が指摘されています(出典・wikipedia)。
イッサーリスのCDには初稿のエンディングが録音されていて初めて聴きました。割合に唐突でそっけないものだったのです。これが上記のとおり、ヨセフィーナからの重篤であるという手紙(94年11月)、上記の自分でびっくりの手紙(同12月)となり、ヴィハーンのカデンツァを拒絶、そしてヨセフィーナの死(95年5月)による改訂となっていくのですが、エンディングに縫い込まれた歌曲Lass’ mich allein(1888)がこれです。
イッサーリスはハイドン、モーツァルトもそうだがとしていますがヨセフィーナ・カウニッツ伯爵夫人は奥さんになったアンナの姉妹(お姉さん)であり、結婚後もドヴォルザークの気持ちは変わらなかったようで玄孫(孫の息子)であるトニー・ドヴォルザーク氏によると1990年代になってもヨセフィーナとの仲が家族のゴシップねたになっていたそうです。Lass’ mich alleinはコーダだけでなく第2楽章にも現れますが重篤の知らせ以前から、この曲は構想した時点から、忘れられなかったヨセフィーナのためのものだったかもしれません。
写真を探したらありました。左が奥さんのアンナ、右がヨセフィーナです。


ところで大貢献したハヌシュ・ヴィハーンです。2つのカデンツァも含めて提言のほとんどをドヴォルザークにはねつけられてしまいましたが、それでも作曲家は彼に初演の独奏をさせたいと願っておりました。ロンドンのフィルハーモニー協会が95年4月に祖国へ戻っていた作曲家にクイーンズ・ホールで自作の指揮を依頼したのが11月で、彼はそこでチェロ協奏曲をヴィハーンの独奏で初演しようと応じました。ところが協会の指定した日にちにヴィハーンはボヘミア四重奏団として契約した別の公演があったのです。協会は日にちの変更は罷りならんとした挙句にドヴォルザークに相談もなく英国人チェリストのレオ・スターンを初演者として契約してしまいます。
それを知った作曲家はヴィハーンとの約束を反故にできない、それなら自分は指揮しないと断ります。すでに演奏会を宣伝していた協会は恐怖にかられ、赤恥であると大騒ぎなります。ドヴォルザークと協会は翌年3月初めについに折り合い、同19日にスターンによって初演は予定通り行われることになります。ここまでは有名な話であって、しかしその数か月の間に何があったかはそうでもなくて僕は以前から知りたかったのですが、それをイッサーリスは明らかにしてくれています。
34才のスターンはチェコに飛び、チェコ語を習い始め、ありとあらゆる手段でドヴォルザークの歓心を買おうとしたようです。微笑ましいのは珍しい鳩までプレゼントしていることでしょう。機関車、ボート、ビールと並んで、鳩は彼がハマっているものの一つだったのですね。この涙ぐましいセールスの甲斐あって、作曲家のピアノ伴奏で協奏曲の試演までして絶対の存在であったヴィハーンをとうとうひっくり返したのが翌年3月だったということでした。「音楽界って、何も変わってませんね!」というイッサーリスの注釈がこれまた笑えます。
(こちらもどうぞ)
ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調 「新世界より」 作品95 (その1)
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ダルビッシュまたあと一人で逃す
2014 MAY 10 13:13:29 pm by 東 賢太郎
9回ツーアウトで強打のオルティス。6回まで10三振でしたがちょっと三振はペースダウンしていました。今回は完全試合でないので歩かしてもいいぞと思っていたら、ストレート勝負で1,2塁間を抜かれました。あれ、セカンドがカープの菊池だったらひょっとしてという感じでしたが・・・。1,2球目も外角にストレート、そして打たれたのも。どうしてあいつにストレート??仕方ない、やめときましょう。インタビューで本人もショックの感じでしたね。そうでしょう、2回目だから。
西武の西口を思い出してしまいます。やはり9回2死までノーヒットノーランという場面が2回あり、2度とも打たれて逃しています。彼は気の毒でもう一回あり(2005年楽天戦)、「9回終了時で完全試合!」なのに味方も零点で延長となり、10回にヒットを打たれてパアになっています。心情的にこれは完全試合と認めてあげていいと思いますが。彼はこの3回で不運の人といわれて有名になってますが、普通のピッチャーは1安打完封だってそうはないんだから実力ゆえのことですね。
そう思うと外木場の3回はすごいしメジャーで2回やった野茂は偉人です。
中村紀洋の懲罰降格
2014 MAY 10 7:07:24 am by 東 賢太郎
DeNAベイスターズの4番バッターである中村紀洋内野手が球団の方針に従わなかったと中畑監督から登録を抹消されました。打席で集中したいから走者を動かさないでとコーチに相談したら、監督の采配批判ととられたようですが、さらに悪いことにそのことをfacebookに「今回の相談するという行為が批判と映ったならば寂しいこと」「自分としてはどうモチベーションを保つべきか苦悩しています」「勝つために1軍のフィールドに僕は必要ないのだろうか…。」と書いたのです。
これを試合中に書いたのは論外。プロとして恥ずべきことです。しかし、これがなくても試合後に書いたとしても、たぶん同じ結果になっていただろう。というのは、
をご記憶でしょうか?
4. 窮地で相手を批判する (Criticize your partner in a predicament)
一般に逆切れとも呼ばれる。めったにないことだが緊迫した会議の場において散見される。自分が窮地にあると無用に知らしめた上に相手を怒らせるという2重の効果があるから必殺技でもある。うまくいけば仕事だけでなく失職にも成功するだろう。
この通りになったということだからです。
中村ノリは数少なくなった野武士的バッターで守備もうまく、客を呼べるいい選手と思います。2000本安打も打って名球会入りした大物でもあります。
しかし、評価しているのは上司である以上、どんな業界であれ上記の5つに支配されることは逃れられない。だから僕は「法則」と書いたのです。サラリーマンの皆さん、くれぐれもご注意あれ。
クラシック徒然草-誰でもクラシック通になれる簡単な方法-
2014 MAY 8 12:12:15 pm by 東 賢太郎
斉藤さんは大変なクラシック通ですが、36年前に僕と知り合ったときバルトークやストラヴィンスキーは「???」だったとお書きになっています。僕だって始めはそうだったし、ああいう音楽を一度聴いてそうでない人はまずいないのでは。それでもめげずに何度も聴いてチャレンジするかどうか、クラシック通になれるかどうかのちがいはそれだけなんです。才能も特別な訓練もいりません。
それにはまず、それができる素直な自分をつくること、ご自分のことをポジティブにイメージすることです。これがとても大事です。イメージトレーニングしてください。「私はAKBも好きですけどモーツァルトも聴きますよ」というご自分をです。そういう自分になりたいと思うかどうか、それだけです。それさえできればもう80%はクラシック通が完成です。えっ、どうして私がクラシック?と自ら壁を作ってしまってはもったいない。こんな楽しいものを知らずに死んでしまうなんて、そういう人が一人でも減るといいなと心から願っております。
それでも突然おうちでベートーベンの運命が鳴ったらご家族はびっくりするかもしれませんね。であれば「今日から聴くよ!」「いくわよ!」と夕食の時にでも高らかに宣言してしまって下さい。きっと暖かく応援してくれるでしょう。ご一緒にコンサートに行けば家族の絆にもなりますね。いままで縁がなかった方ほど「クラシックを聴く自分のイメージ」というものは、誰でもないご自分にとって新鮮で刺激になるようです。周囲の目も変わりますがやがて自分も人生も変わったことに気づくと思います。老後の楽しみが確実に一つ増えます。お一人暮らしの方でも日々の大きな生き甲斐ができます。明日はあれを聴こうこれを聴こうとわくわくになります。保証します。そのぐらいクラシック音楽のもっているパワーは大きいのです。
よく考えて下さい。日本人に生まれたあなたはご飯、お寿司、ラーメン、カレー、すきやき、鍋物を食べ飽きますか?お茶漬けやサンマの塩焼きやお漬物、味噌汁はもう二度と食べなくていいやと思いますか?週2回でもOKでないですか?こういう「おいしい」だけではなく「永遠に飽きない」もの、「必須になってしまう」もの。まわりを見渡してもそうはないと思いますよ。でも音楽にはあるんです。音楽のうちで百年も二百年も世界中の人がそう思ってきているものをクラシックと呼びます。それをあなたが嫌いになるのは実はとてもむずかしいことなんです。
クラシックは懐メロやオールディーズとはちがいます。200年前のモーツァルトは「懐かしの」でも「オールド」でもない、永遠に新鮮で飽きないものなんです。おなかがすいて注文したラーメンが目の前に出てきて、「この食べ物は古代中国でできた老麺が起源で・・・」なんて考える人がいますか?いつどこでどうできようが、何国人が作ろうが、おいしければいいですよね。そんなものです、クラシックも。洋食と思わないでください。おいしさを一度覚えたら最後、病みつきになる「うまいもの」なんです。
僕は子供のころマグロのトロが大の苦手でした。だからいつも赤身専門で、トロをうまい!と思ったのはずっと後のことです。食べ続けてみると親がいってたことがわかる!と目から鱗でした。斉藤さんは???だったトロを僕を信じて食べ続けて下さったんでしょう。おせっかいで押しつけた?のに感謝をして下さっていますが、がんばってそうしてくださったご信頼に僕の方こそ感謝です。斉藤さんに36年ぶりにお会いして、あの出会いがなければ・・・と言っていただいて、それがうれしくてなりません。そういう人がもっともっと出てくることが僕の人生の願いなんです。
そういう気持ちでいま僕がブログに書いている音楽は、実は毎日聴いているものとはちょっと違います。新世界や未完成はもうたぶんこの10年で数回も聴いてないでしょう。飽きたのではありません。若い頃の思い出写真のような存在になってしまっているからそっと大事にしておきたいという気持ちがあるのです。それでもたくさんの感動をいただいた恩人ならぬ恩曲です。だからこれからの方にはどうしても聴いていただきたくて、そういう強い思いで選んでいます。
僕は入門用の曲なんかないと考えています。ピアノの練習用に作ったバッハやショパンの曲(しかし名曲!)はあっても、観賞用の入門曲はありません。プロコフィエフが「ピーターと狼」、ブリテンが「青少年のための管弦楽入門」という曲を書いていますが、「おかあさんといっしょ」とはちがって子供を意識はしていても立派な曲です。しかし「ピーターと狼が気に入りましたが次は何を聴いたらいいですか?」ときかれるとちょっとつらい。それがメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲なら自然に何曲かご紹介できるのです。
だから僕のブログのカテゴリー(アルヒーフ)にはそこそこの数の曲がたまっていますがほとんど重量級の曲が並んでいます。どうしてかというと、名曲だから。心から敬服しているからです。だから難しいか?そういうことはありません。カレーとラーメンと、どっちが食べやすいかなんてありませんね?お口に合うか合わないか、それだけなんです。初めて日本食を食べるといってお子様ランチから入る必要はありません。カレーがちょっと辛かったからといって去ってしまってはもったいないです。
僕が「ストラヴィン好きー」だったのはたまたまウマが合ったからです。友達の相性と同じですね。そういう「親友」を見つけると、彼がクラシックの世界に引っぱっていってくれます。これが速いのです。彼は僕にバルトークというちょっと気難しいけどいい奴を紹介してくれ、そうやってどんどん輪が広がりました。それが誰から始まっても構いません。同じ人でも合う作品と合わないのがあります。僕も今でもあります。有名曲が合わないことだってたくさん。ぜんぜん構いません。そういうのはどんどん飛ばして、親友のベスト作品にめぐり会ってください。
だから僕が取り上げている曲は僕の親友のベスト作品集です。もう50年もやっていると親友だらけですから、それらはクラシック入門曲でもなければ卒業曲でもなくて、世のクラシック通という人たちがほとんど聴いているのはこれ!というベスト曲集にだんだんなっていきます。順番は意味がなく、なるべくその曲に愛情が高まっているときに書こうと思っているだけです。だからどうしても初恋の方からになっていますがそれは重要なことではありません。そこには通の方が読まれてもいいということも書いています。いろいろな方に楽しんでいただきたいからです。だから楽譜が出てきても何のことやら・・・という方も多いでしょう。わからなければそういうことはぜんぶ無視してください。
ただご紹介した曲はぜひ一度、必ず最後までご自分の耳でお聴きにはなってみてください。それが大事なのです。誰の演奏か?というのは親友ができてからでいいです。プライオリティーはずっと下です。どの店のラーメンがおいしいか?どうでもいいです。どこでもいいからまずラーメンがおいしいということを知る方が先です。だからCDだって僕が挙げたものでなくても、i-tuneには安いものがいくらもあるし、youtubeならタダで聴けます。お金はいかようにも倹約できます。それでつまらないと思う曲はどんどんスキップして下さい。それでぜんぜん構わないのです。もしも、あっいいな、ちょっとステキだなジーンときたな、という曲にめぐり会ったら、それはラッキー、それがあなたの親友、恋人候補ですから何回も何回も聴いて下さい。
登山と一緒です。どの道から頂上をめざしてもOK。ルートはたくさんあります。お好きな曲がそのルートを教えてくれているのです。それさえ見つかればしめたものです。それが1合目なら、2合目は何を聴いたらいいか?5合目は?それは人それぞれだから答えはひとつでありませんが、もしコメント欄にでもご自由にご質問いただければ必ず回答しますしできるかぎりそれをお示しできると思います。それをご自分で手探りで発見するのも楽しいものです。僕は先生がいませんでしたからかなりの出費を重ねて遠回りの無駄骨を折りましたが、いまになるとそれもいい思い出です。
誰でもクラシック通になれる簡単な方法、それは以上のことを1年ぐらい続けていただくことに尽きます。継続は力なり。あとはご自分でどんどん登っていけるでしょうし、登りたい、頂上を見てみたいという気持ちになっているご自分を発見されることでしょう。そうなっていただけるよう少しでもどんなことでもお手伝いができるなら幸いです。きっとそれは僕の生きがいにもなりますので。
クラシック徒然草-音楽のマクドナルド化-
2014 MAY 7 12:12:15 pm by 東 賢太郎
斉藤さんからいただいたコメントをなつかしく拝見しました。ズビン・メータの「春の祭典」が我々が親しくなるきっかけだったというのは面白い。当時はクラシックでもポップスでも「新譜」の発売というものにイヴェント性があったんですね。メータがCBSに移籍して初録音は何になるかファンはやきもきして待っていた時代です。歌謡曲(死語になりましたが)にしてもビートルズやキャンディーズにしても次の新曲はアルバムは?というのでわくわくした経験のあるシニアは多いでしょう。クラシックにもそれがあったのです。
ネット時代になってyoutube等で音楽が電子情報としてばらまかれています。それを従来のオーディオ・フォーマットに落とそうとすればお金はかかりますが、パソコンのスピーカーやスマホのイヤホーンで満足なら全部無料です。タダは無敵です。音質ぐらい目をつぶってもいいやという人が増え、音楽の録音技術やオーディオ再生のマニアックな部分は売れずにどんどん淘汰されます。悪貨が良貨を駆逐して世の中悪貨だらけになる。マックが街のハンバーガー屋を淘汰したのと同じ。音楽のマクドナルド化です。ポップスはいいかもしれないが、クラシックでのそれは由々しき聴衆の劣化を招くと危惧しています。そういうことにこだわらないならクラシックを聴いても面白さ半減だからクラシックは死へ向かうといってもいいでしょう。ビッグマックモーツァルト風、ないんですそんなものは。
クラシックのマック化はライブ録音の増加という形に現れています。コストがかからないからです。たしかに一部の演奏家はライブの方が面白いということもあり、ライブを好む聴衆もいます。しかしそれはスタジオ録音というレファレンスがドンと真ん中にあったからでしょう。それと比べてどうかという楽しみがあったのです。それが昨今はスタジオ録音の新譜というと、オペラやオーケストラのように録音にお金がかかるものはほとんど見なくなりソロや室内楽ばかりで寂しいと感じるのは僕ばかりではないでしょう。
録音は写真のようなものだと思います。スタジオ録音というのは、成人式や結婚式で一生残すために着飾っておすましして撮るあれ。かたやライブ録音とはスナップ写真です。だから昔のアーティストは嫌う人もいました。カラヤンはライブの正規録音はほとんどありません。スタジオで撮影するというのは永遠の記録に残すのだから気合いの入り方も違います。写真がお遊びのプリクラにも芸術にもなり得るように、録音そのものが芸術であるということが稀にですがあります。
それの最たるものが、ピエール・ブーレーズがCBSに録音した春の祭典です。これがライブで収録できる可能性は確実にゼロです。写真芸術であり録音芸術なのです。それによって被写体に興味を持ち、クラシック探訪の道に入りこんだ方は数知れないと思いますし、僕本人がその一人です。そういう出会いがあるから、当時のクラシックリスナーは全神経を集中して音を聴き、新譜を待ち焦がれていたのでしょう。こういうことがプリクラやスナップ写真でおこるというのはちょっと想像しがたいのです。
僕のブログ「アビイロードB面の解題」は、ビートルズの後期のアルバムは写真芸術、録音芸術の領域の産物ではないかという僕なりの仮説であることをご理解いただけるでしょうか。ライブでそれができないからスタジオにこもった、そしてそれは最近書いたグレン・グールドの晩年の方向性とも合致していると思うのです。アーティストにこういう芸術領域が与えられないなら、音楽のマック化現象はやがて音楽芸術を滅ぼします。ライブの方が感動的だ云々の皮相的な話ではないのです。
僕は音楽ブログは演奏の観点ではなく作品の観点から書いております。それは被写体が良くないものをスナップ写真の加減で良く見せるのはそもそも芸術でないと思っているからです。そういうものは消費の対象にはなるかもしれませんが鑑賞するものではない。ポップスは普通は消費する物ですが、アビイロードみたいに鑑賞できるものもある。そういう例としてあれを書きました。だから逆にクラシックにおいて消費する物ばかりが市場にあふれるのはどうかという気がしてなりません。気合いを入れて造ったものを気合いを入れて味わう。その両方があって初めてアートはなりたつんですね。
斉藤さんと、あのころにお会いしてよかった。今だったらメータの春の祭典のライブ録音はどうですかなんてご質問はなかったろうし、僕はそんなものをまじめに聞いてもいなかっただろうからお友達になるきっかけもなかったですね。
ファンファーレは鳴り地震は気づかず
2014 MAY 6 22:22:39 pm by 東 賢太郎
みずほ証券にお世話になっていたころです。ある案件検討会議で「証券マンはファンファーレから入るけど我々銀行員は葬送行進曲から入るんですよ」と言われ、これは至言であると納得したものです。ファンファーレとは「これが成功したらこんなにすごいぞ」ということで、葬送行進曲とは「これが失敗したらこんなにひどいぞ」ということです。
さて自分は証券マンですから基本的にはファンファーレ派であることはいうまでもありません。ただほとんどの証券マンとは違うことがあります。成功⇒利益は当たり前のことですから宣言するまでもありません。本当に成功するか?あらゆる悪いことまでじっくり考えて、それでも腑に落ちるなら行くぞと全軍にトランペットを吹くというところでしょう。
サラリーマンの身分だとそんなにゆっくりはできませんし即決を迫られたことも多々あります。しかし今はそれができます。それも、僕しかできない案件しか引受けないので競争がありません。では腑に落ちるというのはどういうことか?100%自分が理解して自分で実行できるということです。1%でも他人の理解まかせの部分があるとだめです。そこまで自信を持てなければやらないほうがいいということです。
これは完全主義とはちがいます。それがビジネスの長として当たり前であり、いわばオーケストラの指揮者なのだからスコアに1音でも理解できないところがあるなど論外なのです。現在は、某社よりお引受けした仕事の構想を毎日具体化している状態です。理解だけでなく自分でスコアを書いて作曲しているということです。これは自分が書きたかった曲であり、自信作になりつつあるという手ごたえも感じています。
そうなのですが、今回だけは腑に落とすのに半年以上もかかりました。というのは、相手が上場企業だから株主責任もあるという側面、来年60という自分の年齢、体力、意欲など、そして現在走っている業務への責任をどう果たすのか、それをソナー出資者(株主)へどう説明するかなど、すでにかなりの仕事をいただいている立場として、これらは非常に重い判断を要します。僕がソナーの事業主で過半数株主である以上、決めるのは僕一人であり、誰に相談しても仕方ありません。
そういう中で、5月4日、お休みの日でしたがご本社にて先方様の社長、副社長に「できる」という具体的プランをご説明申し上げました。それが書いた全曲のスコアです。葬送行進曲から入る人には絶対に書けない明るい曲です。それは半年練ってファンファーレが高らかに鳴っているものです。できると思わなければ鳴らないし、そうでなければやってもうまくいかないのです。このスコアは他の会社でも演奏できるでしょうが、当社ほど一緒にファンファーレを鳴らして下さる会社はないでしょう。だから当社だけがうまくいくはずです。
ということで今年は結局GW連休もなく、ストレスだけは立派にたまっています。疲れ果てて熟睡しており、先日の震度4の地震は家族に言われるまで知りませんでした。そんな具合なのですが、それでも僕はこういう前向きの生産的な苦労が大好きです。終わってしまった大成功より、どうなるかわからない大仕事を前に緊張している方がいいですね。この緊張を長くキープして、気持ちよくスタートしたいという思いでいっぱいです。
「信用資本主義」を宣言する!
2014 MAY 6 0:00:30 am by 東 賢太郎
今日、プラネットダイナソーなる恐竜の番組を見ていて思いました。恐竜がなぜ滅んだか?です。
大きいことがいいことだ、ではない。これは生物進化の常識です。捕食者として大きく強く進化するより環境適応した方が生きのびる確率は高い。だから哺乳類が強くなった。これは知っていました。しかし番組によると恐竜は、恐竜という種の中でちゃんとそれをやっています。歯の形を変えたり、肉食を草食に変えたり、小型種になって木に登ったり空を飛んだり。ちゃんと適応種が出ています。それなのに絶滅したわけです。
ということは、生物進化の常識があてはまらない事件がおこってそうなったのではないか?それは一応科学的に証明されたと言われていて、メキシコのユカタン半島に巨大な隕石が落ち、気候が急変したことがその「事件」となっています。それを見た者はないわけだから証拠を得て証明しなくてはなりません。犯罪捜査に似ていますね。殺人事件現場をしらみつぶしに調べて、煙草の吸殻や髪の毛から犯人を指摘するシャーロック・ホームズみたいな努力が必要です。
あいつがくさいぞ、あいつが犯人にちがいないという予見で捜査しておいて、理屈に合わない証拠が出てくるとストーリーに合うように加工ねつ造してしまうというのは、犯罪捜査においてはそれも犯罪、科学調査においては科学者資格はく奪に値する神の冒涜行為と僕は思います。ホームズのような推理小説の世界においては、証拠がそこまで科学的意味で自明に犯人を指し示すのは「オランダ靴の謎」など少数しかありません。だから犯人の自白や自殺で帳尻を合わせるなどがっかりのケースが多いのですが、事実を証明する現場が小説より奇ではいけませんね。
恐竜を殺した犯人は自白はしてくれません。だから証拠が自明に、ロジックの完璧さをもって語らないといけません。隕石説はそうでないとエセ科学にも聞こえてしまう。いろいろ調べていたら松井 孝典博士のサイトにあたりました。これを見て下さい。
「6550年前に直径10-20kmの隕石が秒速20-30kmでユカタン半島に衝突して瞬時に直径100km、深さ30kmのクレーターを作り、高さ300mの津波がおこり硫黄酸化物が作る雲が太陽光を遮った」という隕石という犯人と犯行方法が指摘されていますね。地球生成時にあったイリジウムという重い元素はあるメカニズムによって全部地殻に沈んでいるのにこの6550万年前の地層にだけ見つかる、その総量から隕石の大きさが逆算できて衝突インパクトが計算できるなど、犯人指摘のプロセスはエラリー・クイーンのミステリーなみにわくわくします。
ところでいま、世界経済は物質的経済成長の持続が期待できなくなる時代、何度も書きますが「200年続いた産業革命期の終焉」にさしかかっています。氷河期が襲って成長という地球上の食物が少なくなるようなものです。その環境変化の大きさは恐竜を絶滅させた気候変化に匹敵します。だから大きい動物が生態系の頂点にある時代は終わります。大型草食獣の代表だった中国がだんだん食えなくなって肉食化し、肉食獣の王者だった米国はだんだん衰弱しています。そして両国ともいずれ大きさという壁に当たります。恐竜の後に恐竜はもう出なかったのです。小型獣ながら適応力抜群である日本は、6550万年前の哺乳類の位置にいます。地球を制覇したのは、小さかった我々哺乳類だったのです。
その日本。東北大震災では若者たちが避難警報を無視して命がけで流されたお年寄りを救う画像が流れました。それを見た韓国では信じられないという書き込みがあふれました。韓国船の船長をあげつらう気も擁護する気もありません。むしろああいう若者がそこかしこにいる日本のほうが世界では希少なのです。落した大金が手つかずで戻ってくる世界唯一の国です。あるおばあちゃんが日立の株を買ってくれたことがあります。「来年はあんまり業績は良くないですよ」と申し上げると、「いいえ、下がってもいいんですよ。孫が日立にはいったもんですからね。」 胸にじーんときました。こういう投資家がいることを経済学の教科書は想定していません。
韓国人や米国人が驚くような日本文化。それは風呂敷に象徴されるように江戸時代までもっと適応力がありました。ところが薩長の明治政府が天皇の権威を支配して富国強兵という大目標をたて、それにむけて突っ走ることで環境適応力を自らどんどん失いました。風呂敷文化がカバン文化になってしまったのです。敵の戦力の値踏みすらできなくなったその挙句が第2次大戦敗戦です。そして敗戦国の屈辱のなか、廃仏毀釈どころか自虐にすら走るという信じ難い国ができあがりました。こういう国も、世界史の教科書にはのっていません。
国家の仕事、国家しかやりえないことは外交と防衛です。これを安倍政権が懸命にするのは本来の仕事として当然のことでしょう。それ以外の仕事を国は減らして地方政府に任せればいい。財政収支を自活させるには江戸時代まであった「藩札」を復活させればいいのです。ギリシャが財政破たんしたのは、国力が落ちれば為替レートがちゃんと下がって観光客が増え、税収を増やしてくれるドラクマという自国通貨を放棄してユーロに参加するという安易な道を選んだからです。日本の県も円という統一通貨で財政を行うから同じことになっているという見方をしてみたらどうでしょう。
国民の側も、なんでもかんでも国にやってもらおうというのはまちがい。地方は地方でやり方次第でいくらでも国際化の道は開けます。日本ほど観光、歴史、温泉、グルメなど外人が興味を持つ資源を地方がどこでも潤沢に持っている国はそうはありません。東京にそれを宣伝してもらうのでなく、東京よりもグローバルな方法を自分であみだせばいい。僕はいくらでもそういうプランを描けます。というのは、第3の矢の経済成長は本来国家にはできないことなのです。たとえば少子化担当大臣というのがいます。この人はいったい何をするんでしょう?お見合いや合コンや強精ドリンクの手配でもするんだろうか。問題意識を持っているのはいいことだが、そんなことを国が目標に掲げて成果が出ると本気で思っているんでしょうか。
大なり小なり、第3の矢はこれと同じく滑稽のにおいがするのです。それは若者の結婚や子づくりと同じことで、企業がビジネスとして自分でその気にならないのならいくら日銀が金利を下げても誰も借りないのと一緒です。役所が机の上で考えたビジネスプランに命の次に大事なお金を出資しようなどという企業家はあまりいないでしょう。一番効果があるのは、法人税率を下げ、政府が民間に道を開いて規制緩和をすることなのです。そうして企業が収益を自力であげる機会を増やし、そこで働く夫婦がもうひとり子供がいてもいいと思うようにしてあげれば一石二鳥なのです。それが政府にとっても良い結果になる。なぜなら、日本が持ち前の環境適応力を最大に発揮し、新しい世界環境で生き残る道が開けることにもなるからです。
そこで企業が採る道として僕は「信用資本主義」ということばを提唱します。これが東北大震災という試練をのりこえ、人の「絆」というものの大切さを世界の誰よりも知った日本の財産です。犠牲になられた多くの尊い命のまえで、それを国のため、次の世代のために大事に生かしていくことを誓うことこそ我々のすべきことです。「信用」とは人と人が信頼でつながることで、もっと良いものを生み出す力を何よりも秘めています。信用ができないから契約するのです。契約したから義務としてするのではなく、信用され、信用したから真心をもってする。絆とは心と心のつながりです。だから契約より強いのです。これは古来日本人の持つ社会観、道徳観であり、これを自然にできるのは世界で日本人だけです。オンリーワンの国が負けるはずがありません。信用を根っこにして積み上げていく資本主義を僕は自分のビジネスとして、言うだけではなく有言実行したいと思います。
クラシック徒然草-グレン・グールドのモーツァルト-
2014 MAY 5 17:17:54 pm by 東 賢太郎
ゴールドベルグ変奏曲の稿で「人類の箱舟に載せられる録音の最右翼に列せられるもののひとつではないでしょうか」と書いたピアニスト、グレン・グールドの今度はモーツァルトである。
はじめに、僕が精神分裂をおこしていると勘違いされないためにも、僕の人間観を記しておく必要がある。孔子の言葉、「古之聴訟者、悪其意、不悪其人(昔の裁判所では罪人の心情は憎んだが人そのものは憎まなかったの意味)」(「孔叢子」刑論)、あるいは、聖書(ヨハネ福音書8章)の「罪を憎んでも人を憎まず」というものこそがそれである。誰かのdeed(やったこと)の考察と、それをやった人間のpersonality(人格)の考察は別なものだという考え方である。
例えば、「悪事を働いたから罪を負わせる」という現代社会において誰もが当然と思い込んでいる社会正義というものも、それ自体は万能の正義ではないかもしれない。正義が裁くべき「悪事」とは何かという定義の問題はここでは論点ではない。何が正義であれ、それは法治国家という近代的統治が成立していて、しかも量刑法定主義が保障されている限りにおいての限られた人工的な正義なのだということが論点だ。法律がそう定めていないなら、人を殺めたからという理由だけで死刑になるという理は、リンゴが木から落ちるというような自然界の定理ではないというのが上記の含意でもある。
余談になるが、そういう立場でものを見る僕として、マスコミによる小保方氏の人格否定的報道や番組は実に見苦しい。僕が彼女のdeedに社会的危機感を覚えることに何ら変わりはないが、それと彼女という人への攻撃や否定とは話が違う。それは正義に反しているとなればその人のしたdeedは何でもかんでも盲目的に「非」とするという、中世の邪教並みの野蛮な精神がすることだ。それが魔女狩りをしたのであり、今もいじめの芽はこういう所に潜む。メディアにそのdeedを放任しながら「いじめ問題」をなくすことは難しい。一方で、逆に、似た改ざんを他の科学者がやっていたとして、それで彼女のしたdeedの危機性がいささかも減じることはない。みんなやってるじゃないかと言ってスピード違反を減刑しようという作戦をとるなら、あの弁護士も中世の邪教徒程度だ。書いてきたように、彼女にそれをさせた教育の質やAO入試制度や組織のガバナンスこそが社会的問題と考える。
ややこしいことを述べて申し訳ないが、他人様の丹精込めた演奏に対してまがりなりにもああだこうだと意見を公にするにおいて、自分の立ち位置を明確に公開しておかないのはアンフェアだろうと思うので書いている。僕は広島カープが100連敗しても、その結果(deed)に怒ることはあっても、カープファンを辞めることはないだろう。熱情ソナタの下手くそな演奏を100回聞かされても、熱情ソナタに辟易することは同じくない。同様に99回下手くそな演奏をしたピアニストが100回目に名演を成し遂げれば、僕はなんのためらいもなくブラヴォーを送る人間である。大事なのは目の前にあるdeedであり、誰がそれをしたかということはクリアーに別問題だという処理を常にするというのが僕の哲学である。
こう書けば、僕がバッハの鍵盤作品を聴くときにまず頭に浮かべるほどレファレンスになっているグレン・グールドというピアニストのモーツァルト演奏を、僕がどれほど毛嫌いしているかをご理解いただける可能性も出てくるだろうか。はっきり書こう。クラシック音楽でこれほどひどい、disgustingなものを僕は聴いた記憶がない。誰もが知っているトルコ行進曲がこうなる。
これを最後まで我慢して聴く忍耐力を僕は持ち合わせない。コンサートでこれに出会えば、他人様に迷惑にならないように万全を期しつつ、僕はそっと後ろのドアから退場することになるだろう。BBCのインタビュー番組でこのソナタの第1楽章を彼は普通のテンポで弾いて「これじゃ僕はつまんないんだよ。異常なくらいスローにして、ブーイングというか反応を仰いで、そうやって信じられないほど聴衆をじらして・・・モーツァルトには悪いがアダージョの指定をアレグレットにして・・・」と語っている。
何のことはない、僕の嫌悪は彼の術中であるわけだが、それが曲の最後に至って何か芸術的な感興を万人にもたらすわけではないということだ。つまんないなら弾かなければいいし、そうなんだけど何かの手管を弄して楽しませてみようという考え方はスマホゲームのプログラマーと変わらない。それで感動する人がたくさんいるのなら耳の肥えた人の多いクラシック界では希少な現象であり、彼のアプリには盲目的信者、つまり彼という人が好きで彼がやったdeedなら何でも是とする信者がたくさんいるということだ。申しわけないが僕にはAKB48で当てた秋元という人のHKT48も売れてしまう現象とダブルフォーカスになる。
グールドにとってモーツァルトのソナタは技術的なフェーズに限っていえば「牛刀をもって鶏を割く」がごときであり、普通に弾いて他人と違いを発揮できる題材でもなければ自分の耳をエンターテインできる素材でもなかったのだろう。それはホロヴィッツやルービンシュタインのような人があまりモーツァルト録音に熱心でなかったことにも重なる。そう、ヴィルトゥオーゾは彼のソナタなどに熱心ではないのだ。ところがグールドはそれを結構熱心にたくさん録音している。どういう風の吹き回しなのだろう。そして、イ短調ソナタK.310のように、彼の耳の要求に合う要素を一部分として含んでいる(その要素が核心を成すものではないのだが)と思われる音楽になるとこういうことになる。
これは彼のゴールドベルクの世界にモーツァルトを招待したものだ。モーツァルトがその招待を楽しんだか?そうかもしれないし、そうでないと言い切る術はない。これを快適な演奏だと感じる人もいるのだろう。そういう方には、この演奏がテキサス州の竜巻のように軽々と吹き飛ばしてしまっているもの、展開部で心の深奥に広がる暗闇の不安や、提示部でそっと琴線に触れてくるやさしい和声といった重大なものが譜面にはひそんでいることをぜひ知っていただきたいと思ってこのビデオをお示ししている。
BBCのインタビューは、彼がコンサート会場の聴衆を意識して演奏解釈をしていたことを明らかにしている。その流儀は落語家が高座へ出てきて、出し物に入る前にまず軽い笑いをとってその日の客の質をつかむのに似る。客質が噺の輪郭を左右するのなら、客なしでマイクロフォンに向かった時、彼がどんなタッチで噺をするのか興味があるところだ。録音したものが唯一絶対のものでないのだから、いったい彼のその古典の解釈はどういうものなのか、録音は語ってくれないということになる。
グールドの初見力は超人的だったそうで、モーツァルトなど鍵盤なしに目で覚えてどんな流儀でも、オーソドックスなウィーン風にでもビデオにあるようにハリウッド風にでも弾けたろう。彼の演奏行為は、そのどれが今日の会場に来ている聴衆を喜ばすかを模索するところから入ったのだろうが、それでは飽き足らず、どうしたら客をじらし、最後は屈服させられるかに賭けるようになってしまったようにも思えてくる。そして、だんだんと、そのどっちにせよ、会場を埋めている聴衆という名の大衆のレベルが、自分にそうやって影響を与え従属を強いるに足る、そして自分の鋭敏な知性とプライドがそれを認容する、というような性質のものとは程遠いことがわかってくる。それに耐えられなくなって、彼はコンサートという場を忌避するようになったのではないか。
こういうモーツァルトを世に残して彼は満足だったのだろうか?僕にとって、彼のベートーベンが(それも一風変わったものだ)ここまで神経を逆なですることはないのも面白いが、それがあの素晴らしいバッハを弾いた同じ人間の演奏であるということの方はもっと不思議である。ひょっとして、あのゴールドベルクだって本当はこのぐらい奇っ怪なものなのかもしれない?などと想像がふくらむ。バッハの譜面は速度指定どころか「フーガの技法」みたいに楽器指定すらないものがあるからだ。
どんなピアノニストだって自身の個性による、解釈という作曲要素が演奏には入っている。グールドの場合それが尋常でないほど大きかったということだろう。彼自身作曲家になりたかったと言ったそうだが、解釈が作曲家の領分にまで達していて、作曲は密室でやるのものだから公衆の面前から姿を消した。あの、二度と耳にしたくないモーツァルトを聞かされたといって、もちろん、僕のグレン・グールドという天才への評価がどう変わるわけでもない。バッハ「平均律クラヴィーア曲集第2巻」をお聴きいただきたい。大バッハとの共同作品かと舌を巻くしかないこんなdeedの前には、どんな理屈も例外も色褪せて見えるしかないだろう。
(こちらへどうぞ)
スッポンとフォークボール
2014 MAY 4 21:21:52 pm by 東 賢太郎
自分はホールインワンとノーヒッターにいつも憧れてました。
ホールインワンはまだありません。海外にいたころはゴルフに熱中し、香港ではほぼ毎土日やってましたから年間100ラウンド近くでした。そのころハンディも8までいったので、決して下手ではなかったと思います。しかしながら、一緒に回ったずっと下手な人がやったのに僕は一度もできてません。ピンに当たったとか10cm手前で止まったとか、惜しいのは何度もあるのに。
千葉でやった時のことです。170ヤードぐらいのショートホールで、グリーンわきにある池から黒い物が出てきてグリーンに登ってのそのそ動きだしました。
「キャディーさん、あれなに?」
「ああ、スッポンのポンちゃんね。よく出るんです。だいじょうぶですよ。」
それはピンの1mぐらい左で止まると、じっと動かなくなってしまいました。
「そうですね、グリーンは右傾斜だから、あのスッポンめがけて打ってください。」
とキャディーさんの明快なご指示。
「 OK! 」
と打った僕の球はいつになく快心のショット。グリーンに乗ってコロコロところがり、ポンちゃんに命中してピタッと止まったのです。全員爆笑。
「キャディーさん、次は穴めがけて打てと言って下さいね」
動揺があった僕はその1mをはずし、八つ当たりでまだグリーンわきにいたポンちゃんを追っかけました。池に飛び込んだポチャーンがやけにいい音でした。
ノーヒッターは一度あります、というか、誰も気がついてくれなかったのであったつもりになってます。82年ニューヨーク日本人会の野球大会2回戦で三菱商事に5回までノーヒット7奪三振でした。絶好調でこれはいけるかもと思ったところが、こういう時に限って?味方打線が爆発して5回で10対0となり、いやな予感。するとアメリカ人の主審がでっかい声で「コールドゲーム!」のご宣託。ちょっと待ってよ、もう少しやろうよ・・・ガックリでした。
惜しかったのは野村證券の野球大会です。僕は梅田支店の新人、相手は優勝候補の和歌山支店でした。名門広島商業で阪神の山本 和行の1年上のエースだったYさんが押しも押されぬエースでしたが、試合前にキャッチボールをして「東、今日はお前先発」と僕に球をくれてご自身は捕手に回りました。ところが軟球に慣れてなくてカーブがぜんぜん曲がりません。
「先輩だめです」
というと、
「これでいけ」
と握りを教えてくれたのはフォークボールでした。人生、フォークは初投げでしたが、やはり甲子園レベルの人は凄くてリードどおり投げたら1対0の1安打完封勝ちでした。これが人生で一番惜しいゲームでしたが試合中はYさんがおっかなくてそんなこと知る由もなし。
「あのポテンヒット、惜しかったわな」
「えっあれだけだったですか?」
「そうなんよ」
「直球、何キロぐらいでしたか」
「まっ、115kmぐらいやな」
という有難いプロのお言葉からして現役時代は120kmちょっとぐらいだったと推察されます(測ったことなし)。肩とヒジを両方壊して115は満足しないと。この試合、落ちがあって、この翌週末の2回戦、新人は研修で東京でしたが支店長から研修部に「試合があるから東を大阪に帰せ」と電話が入って騒ぎになりました。さすがに帰してもらえませんでしたが以後、新人でいじめられていた支店の風向きが変わり、少しだけでかい顔ができるようになったという効果がありました。やっぱり芸は身を助けます。瞬間芸だったフォークはその後投げることはなく、人生でこの試合だけでした。
J.S.バッハ 「ゴールドベルク変奏曲」
2014 MAY 3 12:12:06 pm by 東 賢太郎
最も好きなピアノ曲は何か?と僕が問われれば、さすがに答えは見つかりませんが、この曲が最後の10曲のショート・リストに残ることは確実です。
バッハは1722年から20年かけて平均律クラヴィーア曲集第1,2巻を作曲しましたが、このゴールドベルクはその最後の年1742年あたりに書かれたとされます。クラヴィーア作品としては彼の集大成といってよろしいかと思います。作曲事情については有名なアネクドートがあり、不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のためにバッハの当時14歳の弟子ヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクが弾いたというものです。しかし、お聴きになれば同意いただけると思いますがこれが睡眠導入剤になるとは思えない(逆に目がさめてしまう?)ですし、変奏曲は14歳が簡単に弾きこなせるものでもないでしょう。バッハの後妻アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳にあるアリア主題にバッハが高度な技巧の変奏を付け、全体を弟子用の練習曲としたというところではないでしょうか。
これは非常に数学美を意識して作曲された曲集と思われます。原題は「2段鍵盤付きクラヴィチェンバロ(ハープシコード)のための一つのアリアとその種々の変奏によって構成された練習曲」( Clavier Ubung bestehend in einer ARIA mit verschiedenen veraenderungen vors Clavicimbal mit 2 Manualen)ですが、簡単な例を2つ挙げますとアリア主題は32小節から成り、各小節のバス(低音)の音列を成す32音に乗る30種類の変奏曲をアリア主題が曲頭と曲尾でサンドイッチにすることで32曲による曲集を成し円環形に閉じています。そして、全曲が主音をト(ソ)とする(つまりト長調とト短調)という変化率ゼロの和声領域にいながら、3の倍数(3,6,9・・・)番目の曲はカノン(追っかけ旋律、輪唱)になっていて、その3×N番目の曲において主旋律をN度離れて追っかけ旋律が入るという規則性によって対位法領域で変化率を創出しています。やはり1742年に書き終えた平均律クラヴィーア曲集が1オクターヴを構成する12個の音を主音とした長短調による前奏曲とフーガという「vertical(垂直的)」な次元での可能性を極限まで追求した曲集であるのに対し、こちらは「holizontal(水平的)」な次元でそれを行ったものと解することができます。「平均律」と「ゴールドベルク」を12個の全ての音にtranspose(移調)することが可能ですから、数学的な意味において、この2曲をもってバッハは自らの音楽をもって2次元空間を制覇したということも可能でしょう。音列をある規則で変奏するという手法は音楽史の時空を180年も飛び越えて20世紀初頭のシェーンベルグによる12音技法に連なるもので、バッハの「ウルトラ理科系頭脳」をうかがわせます。
この曲を語るには、グレン・グールドの1955年の衝撃的録音(右)から開始する以外にすべはございません。僕は彼のモーツァルトやベートーベンを楽しむ人間ではありませんがそれは彼の強烈な個性が日食の月のごとく音楽の前に立ちはだかり本来の大事なものを陰に隠してしまうからです。しかしバッハの音楽が発する光輝はグールドの個性をむしろ光度の増幅器に変えるパワーがあります。当時、欧米でもこの曲が広範に聞かれていたとは思えないにもかかわらず、この無名のカナダ人はレコード会社の反対を押し切ってこれをデビュー作品に選びました。それは彼自身がバッハの音楽と自分との関係を見抜いていたということで、まずそのことが雄弁に彼の天才を証明していると思います。その出来ばえは、新人投手がデビュー戦でいきなり完全試合をやってしまったに匹敵し、この曲を有名にした人というクレジットを彼は永久に一身に享受する資格がございます。人間がキーボードを弾いた記録としてこれ以上に超人的(superhuman)な例は思い当たりません。ちなみに僕はこの洗礼からこの曲に入ったため、これはこういうものという固定観念から離れるのに20年かかりました。
グールド1955年盤
ただ、今となると、この演奏はやや才気が走り、ややとんがった感じがする。テンポの理解が浅く、例えば第30変奏が速すぎて最後のアリアに移行する感動が薄い、タッチが鋭く、キーを押してから離す速度が速いので速めの曲のチェンバロのような音色は見事だが遅めの曲が味気ない、など不満を感じます。これを崇拝する方がたくさんおられるのを承知で書きますが、僕の今の印象は160km出る若手投手が速球で押しまくった試合を見たという感じなのです。本人がそう思っていたかどうか知りませんが、グールドは1981年にこれを再録音し、それを最後に亡くなりました。引退試合でも完全試合。彼の人生もゴールドベルク変奏曲によって円環形に閉じていたのです。
この81年録音は、「グールド的」とでも表現するしかない彼の無二の個性が深みを伴って発露されている点、そして、その個性が曲の本質、アーチェリーでいえば彼の放った矢が見事に標的の真ん中を刺し貫いたという印象を与えるという点において、完成度が常軌を逸しています。先にあげた弱点は雲散霧消し、5,8番の研ぎ澄まされた指回り、10番の各声部の音の色彩の塗り分け、14番のはじけ飛ぶ音、16番のオケのようにパンチあるff、18番の3声の性格的弾きわけ、20番の超人的快速タッチ、21番の信じ難い重音のスタッカート、深く鎮静するト短調(25番)から一気に閃光がさす26番への場面転換、のように書けばきりがありません。そして55年盤では若気の至りだった30番のテンポが見事で、それに続くアリア再現(すごくゆっくりのpp!)への移行が聴く者の集中度を否応なく極限状態まで研ぎ澄ましてくれます。最後は至福の満足感のなかで「ああ、天上の音楽を聴いた」という、人間が耳という器官を通して感知できるもののうちでも僕には最も神の領域に近いだろうと思われる類の感動を与えてくれるのです。人類の箱舟に載せられる録音の最右翼に列せられるもののひとつではないでしょうか。この録音の個性ですが、32の各曲が独立した作品でそれをオムニバスにした感じ、あえて例えればビートルズのアビイ・ロード、sgtペッパーズが作品間の対比まで巧妙に考えて曲を並べた感じがするのと似たイメージを覚えます。4人がスタジオにこもってアルバム作りをしたのと同じくグールドもコンサートを捨ててレコーディングだけに徹したわけで、彼もゴールドベルグ変奏曲という一個のまとまりとしての音楽作品の数ある録音に自分の1枚を加えようとしたというよりも、「アビイ・ロード」という無機的なスタジオ名がアルバム名になったのと同じく「ゴールドベルグ」という名のアルバムを作りたかったのではないでしょうか?
グールド1981年盤
さてグールドの洗礼の強烈な磁力からやっとフリーになった僕が魅かれている演奏を2つ挙げておきます。ゴールドベルク変奏曲と聞けば猫も杓子もグールド、グールド。それではJ.S.バッハが草葉の陰で悲しむだろうと思うのです。
タチアナ・ニコライエワ(pf)
最近はもっぱらこれを聴いています。悠然と流れる大河の安泰に歌心と管弦楽のような音の広がりを加味したゆるぎない演奏です。一朝一夕に成りたった解釈ではないという、押しても引いてもびくともしない巨岩のような精神を感じ、僕はヨーロッパに住んでいるころ教会で聴いたオルガンを思いだすのです。ここで彼女が示しているテンポとタッチの美しさは、バッハの書き残した楽譜から読み取ることのできるどこか絶対的なもの、グールドのように演奏家のゆるぎない個性ではなくて、音楽そのもののそれに根ざしているように聴こえます。その音値や音色の確信に満ちたコントロールや音自体の持つエネルギー感は特別なもので、同じ楽器を弾いても他のピアニストとは別格的ないい音が出ているのかと思われます。23番あたりタッチに軽さがないことや非常に軽微なミスタッチなどがないわけではありません。彼女はテクニック的な完成度よりも別なものを求めているようです。華美さ、音色美、切れ味といった装飾的なものを求める演奏ならそれは傷になってしまうのですが、そしてバッハはそう弾かれねばならないという思い込みが支配する今日この頃でありますが、これはそうではない。バッハがその譜面のどこが重要と思って、あるいは何を感じさせたいと思って書いたのかという思考の蓄積から結晶化した解釈を伝えることが使命となった演奏であり、こういうものが演奏会で聴けたり録音されたりということはもはや期待できないでしょう。21番のロマン的なぬくもり、25番の沈黙の闇に沈み込む何かを悟ったような静けさ、28番の声部の性格的弾きわけ、29番のゴツゴツした骨太の触感とシンフォニックな低音、ペダルを踏んでのオルガンのような音の洪水、そして30番は荘厳なゴシック教会を仰ぎ見るような偉容!そこから最後のアリアへ入る感動はひとしおで、音楽は薄明の中に浮かんで、だんだん遅く、小さくなって消えます。その最後のソ(g)の音に至るf#の長七度、それはマタイ受難曲の終結でもあり、グールドがなぜか弾いていないf#がこんなに意味深く響く演奏を僕は他に聴いたことがありません。ニコライエワは1950年にライプツィッヒで開かれたバッハ国際コンクールで優勝しました。審査員としてそれを聴いていたショスタコーヴィチが彼女のバッハに感動して「24の前奏曲とフーガ」を作曲し、まだ出版もしていない手稿を彼女に捧げたのです。
マリア・ティーポ(pf)
17番の羽毛のように金色に輝く高音を聴いて驚きました。20番の走り抜ける歓喜、21番のト短調でロマンティックに揺れるテンポと色彩、23番のチェンバロのような軽いタッチ、25番はモーツァルトのピアノ協奏曲第23番第2楽章に似ていることをこの演奏で気づき、同じト短調のパミーナのアリア(魔笛)の半音階的な和声の迷路がより近いとも思いました。この演奏の灰色の悲しみは印象的です。27番の2声のmfとpのコントラストがタッチの変化を伴って弾き分けられているのはすごいですねえ。29番、重たいファンファーレは遅く軽い走句は速いというメリハリも。30番は強弱の変化をつけて興奮を冷ましつつ心を鎮静させる優しさがあり、アリアはすばらしい弱音でデリケートの極致に。若い頃「ナポリの女ホロヴィッツ」と呼ばれた腕は伊達でなく、多彩な表情づけに一家言ある素晴らしいバッハと思います。
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