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ある祝賀パーティーで考えたこと

2026 MAY 27 14:14:43 pm by 東 賢太郎

一昨日オークラであるパーティーがありました。高円宮承子女王、菅総理はじめ政財界お歴々に混ってお招きいただき、ほんとうに楽しい時間を過ごさせていただきました。たまたま同じテーブルだった自民党の塩崎彰久衆議院議員が大学、学部、MBAとぜんぶ後輩ということがわかりました。まあそうでなくても僕は遠慮も忖度もないから「俺は高市さんの大ファンだからね」とぶっちゃけ、後で調べたら彼も総裁選の決戦投票は高市さんらしいからまあよかった。「彼女、大活躍で疲れてるだろうね」「いえそれが意外に元気なんですよ」なんて言う塩崎議員も元気だ。油がのりきった49歳。僕から見れば若者であり、素晴らしいナイスガイであります。今度ウォートンの会合に呼んでもらうことになりました。

やがて宴もたけなわになり、司会者のご指名で林芳正総務大臣がピアノ弾き語りでレット・イット・ビーと南こうせつをご披露。とても楽しませてもらいました。思えばピアノが弾ける政治家というと安倍晋三氏もだし、志位和夫氏のショパンのワルツ変イ長調 作品69‑1も立派なもの。海外だと英国のヒース首相はモーツァルトの3台のピアノのための協奏曲をバレンボイム、アシュケナージと第三奏者で商業録音したし、米国のニクソン、フランスのマクロン、ロシアのプーチンもたしなみ、米国のコンドリーザ・ライス国務長官はブラームスのピアノ協奏曲第2番をステージで弾いたようです。もちろんそういう家に生まれ教育も受けてるのですが、国務長官の激務にありながらそれをやってしまうのは想像を絶する超人ですね。政界も財界も官界も世の中にはすごい人がいるものです。

政治家の方々と話して思うのは、ある意味人気商売である、大変な職業だなということです。そこでこう思うのです。ピアノで選挙に当選するわけではない。単なる余技です。にもかかわらず訓練に時間をかけてピアノを弾く。好きでないとできませんね。すなわち、世渡りだけの人ではないという証明なのです。これは人物を知るのに重要な情報と思っています。ピアノでなくてはというわけでもない。高市さんのドラムというのは仕事姿からは想像できない面をお持ちということで、歌いながら叩くドラムは天才的なセンスがあり、歌は僕にとって人類史上最高の女性歌手であったカレン・カーペンターを思い出します。こういう方は政局だけの飲み会なんか出ない。僕に言わせれば当たり前以外の何物でもない。本業に影響ないわけではないですよ。余技で著名な人というと中日の山本昌投手のラジコン好きは有名ですが、僕は投球のことが少しはわかるので、なるほどそれで40代でノーノーやったあのピッチングかと思うので、やっぱり人物を表しているといえるのです。それ一本の仕事師もそれはそれで素敵ですが、僕は多面的な輝きを持つ人に大いに惹かれます。

ただ、芸能人もそうでしょうがいつも人に見られ好感度を保つという人生は楽しい面もあるでしょうがストレスフルでしょう。このパーティーの後、耳にとどいたのは巨人の阿部監督の件です。彼は昭和スタイルで批判されてましたが、昭和であれ令和であれ一流になれるならそんなことは関係ないでしょう。やって実証した男なんだからそうなりたい人はついてけばいいし、そうでない人は自己責任でそれなりの人生を好きに歩めばいいじゃないですか。彼が息子とキャッチボールしてニコリともしないとこれまた批判している人がいますが、だったらお母さんとやって草野球でもしてろ、世の中そんな甘くねえんだってことです。僕も息子とのキャッチボールは笑顔も手抜きもなしでした。うまくしてやりたいと思うからそれが親父の愛情なんで、昭和だなんだなんて馬鹿らしいもほどがある。

普通の人ならニュースにならないかもしれないことが事件になってしまう。阪神に3連敗して明日から交流戦というストレスは我々には計り知れないものがあったでしょうが娘さんにも娘さんの世界があったわけでどうにもならない。プライバシーの領域ですから他人があれこれ言う話ではなく、静かにしてさし上げるのが一番ではないでしょうか。SNSだチャッピーだという時代で有名税がにわかに高くなってきてます。これはもう元に戻ることはありません。政治家の皆様も他人事ではないかも知れず本当にご苦労様です。職業という言葉を感じさせない高市さんが総理をやってるのは、そうした意味でも時宜にかなった登板だったかもしれません。

パーティーの主人公が誰かは調べれば分かることですのであえて書きません。若かりし頃の激動期に長らく苦楽を共にした方であり、今回の栄誉は感無量であります。

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『黒猫フクの人生観』 (第十四話)

2026 MAY 23 20:20:44 pm by 東 賢太郎

プライバシーに関わるので「主人の知人」としておくことにするよ。その方のご子息であるX君、高校を出て外国の難関大学にめでたく合格したんだ。小学生の頃、主人がプロ野球選手と会食したおり、大ファンだと料亭までサインをもらいにきて目を輝かせていた子だから主人もよく覚えてたよ。帰国子女でないのに英語、大したもんだね。でも昨今の世界情勢なもんだから、父君から「現地に知り合いがいない、独りじゃ心配だ」と主人に相談の電話が入り、「大丈夫だ、しっかりした男がいるよ」とお答えしていたというわけだ。その男がたまたま仕事で来日することになったので、主人が両人をオフィスで引き合わせようというはこびになったんだ。

ご子息をひと目見た主人、感銘を受けた。11歳と18歳。見違えるようだ。7年でこんなに立派な青年になる。ここからの7年、楽しみしかないじゃないかとピンときたんだね。選んだ学部は情報コミュニケーション。将来は何やりたいのときくと金融という。自分の業界なもんだから「X君、それは素晴らしい志だね」といつになく上機嫌である。でもね、主人は彼の年で志したわけじゃない、サラリーマンになるしかなくてしょうがないから野村證券に入っただけなんだ。なんたって、本当の動機は人事部にかわいい女の子がいたっていう恥ずかしい話だ。みっともなくて言えないわけだね。

ここでちょっと遅れてHがオフィスに到着した。X君、少々緊張気味だがしっかりと英語で自己紹介ができた。「大丈夫、半年でペラペラになるよ」とHが太鼓判を押す。「とてもいい。上手い下手なんてどうでもいいからとにかく喋れ。アピールしたいものがある奴の話は聞いてくれるよ。彼女10人作るぐらいの勢いでやりなさい(笑)」。いい感じだ。今どき初対面の子にいきなりこんなアドバイスする人は日本にはいないよね。あそこは危険、あれ食うな、こういう奴に気をつけろみたいなネガティブのご指導から入るんじゃないかな。といって単純に性格が明るいとか陽気とかじゃない、Hはなんたって4大会計事務所(Big4)の1つKPMG出身だからね、能天気じゃなくてSunny Side of the Streetの人種というものだ。まさに主人もそうだからね、初対面の時から気が合ったのもわかる気がするよ。

主人もそう思ったらしく、いつだったか「そう思わんか」と尋ねたことがある。するとHはNoという。なんでも彼は運命を委ねるMonkがいるらしく、主人の写真を見せたら「この人は前世でアンタの先生だった人だ」とびっくりすることを言われたらしいんだ。主人がそんなバカなと笑い飛ばし、「だって前世というならアガスティア曰く俺はパキスタンの王女だったんだぞ」と否定すると「そんな昔じゃない。我々のひとつ前の人生だ」と言いはる。本気なんだ。「だからお前とパートナー契約したんだ」「わかったわかった、じゃあこれからビジネスは先生の言うことに従うんだな」なんてことになったものだ。

天国で物事を眺めてるとこの話はあながち嘘じゃないことがわかるよ。地球で縁があった2人がここに来て別々な赤ちゃんで生まれ変わる。普通はまた出会ったりしないけどね、もしそういうことがあると男と女なら運命の人だなんてことになっちゃうんだ。ある方の結婚式で、主賓の安倍晋三元総理が愛妻家だったチャーチル首相の逸話のスピーチをしたんだ。「生まれ変わっても、地の果てまで行ってきみを探し出す」というくだりで主人はいたく感動したらしい。でもHに言われてもなって思ってるだろう。とはいえ妙に信心深いところもあるからね、ビジネスパートナーとしてHを信用してることは間違いないさ。僕も天国から株式市場見てるしね、キツネと狸の馬鹿しあいで誰も信用できないあの世界でそういう人はあんまりいないんだ。X君、いい人と知り合ったね。

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フランス・バロックの精華ラモー讃(1)

2026 MAY 22 13:13:22 pm by 東 賢太郎

ラモー、リュリ、シャルパンティエ、クープランら17-8世紀のフランス古典音楽の巨匠の名は英国のグラモフォン誌では頻出する。ところが我が国では「古楽」で独伊英とひとくくり。国別のカテゴリー認識もなく、おかげでその代表格でJ.Sバッハの2歳年上であるジャン=フィリップ・ラモー(Jean-Philippe Rameau, 1683 – 1764)の音楽を知ったのは随分あとだ。ちなみに本稿の表題にはフランスにはバロックはないと言う反論がありえよう。その通りであり「バロック期のフランス音楽」とすべきところだが、便宜上のカテゴリーとしてフランス・バロックとさせていただくことにした。

まずはこのラモーの音楽をお聴きいただきたい。叙情悲劇「カストルとポルックス」第1幕第3場:前奏曲 – 伴奏付きアリア「悲しい小品」だ。

陶然とするしかない。バッハのG線上のアリアはバロックの美だがベルリオーズが絶賛したこのアリアはもはやロマン派の領域で、指揮者テオドール・クルレンツィスの鋭い読みがあるとはいえスコアにないものが出る道理はなく、僕はマーラーのアダージョの世界さえイメージしている。記憶の中で、フランスオペラというとベルリオーズ以後ぐらいしか浮かばないのは作品が劣るわけではなく、我々の方がクラシック音楽というものの受容の中で何らかの思い違いを犯している。ウィーンのハプスブルグ王朝と妍を競ったブルボン王朝のパリで、目線の高いモーツァルトが就職を願ったパリで、そんなはずはなかろう。

オペラの起源は16世紀末にギリシャ悲劇の復興を目指したルネッサンスの中心地フィレンツェにある。シンフォニーも出自はオペラの序曲であり、現代のクラシック音楽の父祖地はイタリアだと言って間違いではない(当時イタリアという国はなかったが)。だからプライドの高いフランス人も最優秀作曲者に与えた栄誉は「ローマ賞」となるわけで、オペラは日本で言うところの “舶来品” だった。舶来品というと素朴な人がプレミアム感を抱き、自慢したり敬意を持ったりする。これは都鄙感覚のなせる業だ。ヨーロッパのどこであれ、音楽の都はイタリアであり、あのモーツァルトですらウィーンにおけるポスト争いではイタリア人のサリエリに勝てなかった。ハプスブルグの貴族や役人たちが音楽においては自らを鄙(田舎)だと思っていたからだ。こういう何をもってしても抗い難いほど根深い先入観のことをpreconceptionというが、優位に出た場合は差別となり、劣位に出ればルサンチマンとなる。イタリア人でないヘンデルやグルックはイタリアで修行してルサンチマンを払いのけ、箔をつけてロンドンやパリで成功した。現代の日本人がアメリカでMBAを取って外資系に就職するようなものである。

Jean-Baptiste Lully

「カストルとポルックス」の属する叙情悲劇(tragédie lyrique)とは、ルイ14世の宮廷楽長および寵臣ジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste Lully, 1632 – 1687)がイタリア様式がフランス語には不似合いなためレチタティーヴォとアリアを融合したものである。この不似合問題はドビッシーのペレアスとメリザンドがシュプレヒシュティンメに近い理由という脈絡で語られることがあるが、 17世紀から認識されていたことだ。必ずしもエンディングは悲劇でないものにまで「悲劇」と銘打ったことに古代ギリシャ・ローマ文化の復元運動であったルネサンスが透けて見え、17世紀中葉にパリに既にその波が押し寄せていた事が政治史とは違った側面から分かる。

Jean-Philippe Rameau

リュリが亡くなった頃生まれたラモーはその形式を継いではいるが、ハーモニーを和声と呼び体系化した理論家でもあり(『和声論 Traité de l’harmonie 1722年』)、耳慣れぬ和声進行を伴うオペラ作法は急進的とみなされ、イタリア・オペラを愛好する保守派からは不自然・人為的と批判されたのである。マーラーのアダージョの世界さえイメージしてしまう深い和声進行のアリアは、当時の人が自然に受け入れるどころか奇怪とすら感じたかもしれず、その批判は故なきものとは思わない。芸術に進化論が当てはまるかどうか議論はあるが、春の祭典の初演やピカソのゲルニカのケースをあげるまでもなく、鬼面人を驚かす衝撃が土台となって新しい波が訪れる例はある。

そうである一方で、素朴に “舶来品” を崇拝し自国を卑下する輩はどこにもいる。その品が真の価値を持つならともかく、ウィーンにおけるモーツァルトのように宝がブランドだけの舶来品に負けてしまうような愚を犯すといずれ文化は停滞し、国ごと鄙(田舎)に落ちぶれてしまうものだ。ウィーンは違うと思われるかもしれないが、地元の人はシューベルトぐらいのもので、ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、ブルックナー、J・シュトラウス、ブラームス、マーラ-、いずれも別の都市から新しい個性を持ち込んだ人であり、メイド・イン・ウィーンは化学反応の場ではあっても自ら栄えたわけではない。今も舶来品のシュトラウスのワルツを正月の売り物に商売する。ウィーンはそういう都市だ。

ラモー批判は、イタリアの歌劇団によるペルゴレージの「奥様女中」上演で火がつき、大勢のパリ知識人を巻き込んだ文化論争が起きた(ブフォン論争)。シンプルに楽しいこの作品を聴けばペルゴレージを含むナポリ楽派のオペラ様式がモーツァルトの初期オペラに強い影響を与えたことがわかる。

神中心の中世世界観から人間の理性や個性に目をやって重視する思想へ転換し、「ルネサンス以来のあらゆる知」を一つにまとめ近代的な知識体系として再編を企図する「百科全書派」と同じく広い意味で ”啓蒙の文脈” にいたルソー、ヴォルテール、ディドロ、ダランベールらが旧体制批判派の精神的基盤をつくり、あるいは急先鋒となった。この勢力が反王党派を成しフランス革命につながる。「知識を公開し、理性で社会を批判する」という姿勢が、旧体制への不満をもつ人々やブルジョワジーに大きな思想的武器を与えた過程は、かたや、まったく無体系ではあるが、日本においてSNSが政治の内幕を炙り出して変革しつつある現在と相似する点がある。

ヴォルテール

ちなみに、ブフォン論争が1752 – 54年、フランス革命が1789年であり、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756 – 91)はその間を生きた。彼が母親とパリに滞在した1777 – 79年は革命のわずか10年前だ。国王・王妃が反逆罪で有罪判決を受け公開斬首されるという世界史上重大事件だ。モーツァルトが言及した記録はないが、パリ滞在中に死んだヴォルテールを意識した手紙を父に書き、メーソンに加入し、フィガロの結婚を書いた啓蒙思想側の彼は知っており、91年にメーソンオペラである魔笛を書く誘因になったろう。そちら側であり知名度のある彼を体制側のパリの貴族が雇わなかったのは理にかなう。赤狩りの影響で迫害された経験のあるレナード・バーンスタインは、ヴォルテールの作品「キャンディード」を音楽劇にした。無神論を伺わせるこの作品はモーツァルトがヴォルテールに対し批判的だった原因かもしれないが、書簡での言及は本音を偽装したとも考えられる。僕個人においては、ジョン・ロック、アイザック・ニュートン、フランシス・ベーコンを称賛したヴォルテール(Voltaire、本名フランソワ=マリー・アルエ: François-Marie Arouet 、1694 – 1778)は思想的に近く感じる人間だ。作曲者の指揮でロンドンで聴いた「キャンディード」も大好きである。同時に、それがおちょくった知の巨人ライプニッツには大いなる敬意を覚える者でもあるから複雑ではあるが(理神論)、それは現代社会が複雑に進化した結果である。

ジャン・ジャック・ルソー

大変に紆余曲折を経たが、ヴォルテールが台本を提供したオペラ「栄光の殿堂」の作曲家がジャン=フィリップ・ラモーであったことで話は振出しに戻る。ブフォン論争はフランス伝統オペラとイタリア・オペラブッファの対立だが、実質ラモーとルソーの戦いであり、ヴォルテールはラモーを擁護したということだ。僕はジュネーブの時計職人の息子で放浪生活から成り上がったルソーの人生には驚きと同時に強い共感を覚えるが、彼が寄って立とうとした音楽家としての才能においてはラモーとは比べるべくもなく、にもかかわらずラモーに食ってかかれると信じる社会契約論的な急進的平等論者の、あたかも軽薄な舶来品讃美者のごとき人間の薄さとその思慮の浅いpreconceptionには違和感しかない。しかし革命とはその種の人間が蜂起して起こす現象であって再帰性の保証はないにもかかわらずrevolution(旋回)と呼んで納得してしまうところに人類は思慮の浅い個体が支配的という事実を見る。revolutionは辞書をひけばもっともらしい訳語が並んでおり、日本的事情でひねりだした維新もそのひとつだが、最も近い日本語は「ガラガラポン」である。

ヴォルテールら啓蒙主義者を庇護したのはルイ15世の愛人(公的愛妾)で、政治的に無能であった王にかわる影の宰相、ポンパドール夫人だ。そこそこの教養ある女性だったことが結果論ではあるがあだとなり、サロンや宮廷を通じて貴族・官僚層と啓蒙思想家を結びつける仲介役となり百科全書派を太らせる原因となった。ヴォルテールが構想したオペラ「栄光の殿堂」は影の宰相に牛耳られるルイ15世に対し啓蒙主義的な名君たれと諭す筋置きで矛盾を内包しており、ヴェルサイユ宮殿での初演に宮廷は好意的ではなかった。1745年のことだ。革命への種が芽吹き始めた。

オペラ「栄光の殿堂」より

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我がふるさと神保町風物詩

2026 MAY 14 14:14:04 pm by 東 賢太郎

5月9日、土曜日の事。久しぶりに古本屋街を歩きたくなった。半蔵門線を降りて、神保町交差点に出ると、GW明けにしては心なしか日差しが強い。そういえば去年の事、やっぱりふらっとここへ来て、さあ帰ろうと地下鉄の入り口に向かっていると、階段でも何でもない平らな歩道で急につまずいて転び、ぶざまにひっくり返った。とっさについた右手の親指が逆向きに、爪の半分のところで折れ曲がってしまい、今でも自在に曲がりにくくなってしまった。あれ何月何日だったかなと日記をめくると、なんと本日、5月13日だった。

足が向いた理由は、久しぶりにレコード屋を覗きたくなったことと、駿台予備校時代にずいぶん通った洋食屋とかカレー屋が懐かしくなったからだ。靖国通りにあったディスクユニオンは消えていた。じゃあ御茶ノ水店に行こうとそこから裏路地に入り錦華公園にさしかかったとき、ふと気がかわって猿楽町方面に足が向いた。そこに東家の聖地があるからだ。明治17年に我が曾祖父・東由松(1952~1917)が能登の寒村から上京し現在の猿楽町2丁目に銭湯を作った。ボイラーの機械釜を初めて風呂釜に利用し「キカイ湯」と呼ばれ、絵師に壁に描かせた富士山の絵は、その後全国の銭湯のスタンダードになった。いまはビルなっている。

キカイ湯の目と鼻の先に、東京音楽大学発祥の地の石碑が建っている。わが国最古の私立音大で明治40年の創立だから曾祖父は存命中だ。錦華公園の隣にあったのが夏目漱石が通った錦華小学校で、「吾輩は猫である」の冒頭を刻んだ石碑がある。だからといってそれで僕がクラシック音楽好きになったり漱石ファンになったりしたわけではなく最近になって知った。ただ、こうしたものは神のみぞ知る人生の符牒と解釈している僕は運命論者なのだろう。

毎朝ぎゅーづめの総武線を水道橋駅で降り、東京ドームの反対側になる東京歯科大の前から白山通りを歩いて千代田区立一橋中学校に通っていた。当時、クラスに容姿の気になる女の子がおり、密かなマドンナとなっていた。彼女は地元の子であり、毎朝道の反対側の日大経済学部のちょっと先あたりから白山通りに現れた。ということは猿楽町あたりに家があったのであり、昭和46年まで営業していたキカイ湯を知らないはずがない。まだ猿楽町が自分の祖地とは知らず、女子に声をかける勇気も持ち合わせない子供であったから、お近づきにすらなれず誠に情けない思い出であるが、この方のお名前に曾祖父と同じ文字があるのだからこれも何かの符牒だったのかもしれない。

千代田区立神田一橋中学校 - 皆様の「時」の課外クラブ・は ...

ハイティーンで陸軍新兵として徴兵され散々な目にあった父だが、男子の徳育には軍隊調も辞さずの厳しさだった。かたや母はそれを嫌い、欧米調のリベラルな気風である成城学園が好みで小学校まではその気風で染まっていた。一転して一橋中に入れられた事は完全に父親路線に鞍替えさせられたことを意味した。キカイ湯は由松の長男が継ぎ、次男の我が祖父・憲次郎は人力車を企業化した秋葉大輔2代目と事業を起こしたが自動車の台頭と関東大震災で途絶えた。震災の翌年に本郷4丁目で生まれたのが父・由之助である(「由」は由松に由来)。父は男3女1の4人兄弟の次男で、服部精工舎に勤めた長男をのぞく一家は板橋の清水町に住んでいた。母屋と離れがあり、庭には池があるそこそこの木造家屋で、僕は昭和30年にその離れで生まれたのだ(賢太郎は祖父に由来)。写真のプレートを掲げた長男系の東堯氏と子息の実氏はそれぞれ東芝の副社長、常務取締役で日本色彩学会会長および東京理科大教授であり、次男系の父の兄弟もみな理系だ。だから僕も本来は東大なら理科一類に行くのが筋で文系にはおよそ縁遠く、色弱という理由でそっちになってしまった悔いは今でも残る。

ディスクユニオンに来たのは転んだ時以来だ。その折は何も買っていない。さすがに10,000枚も持っているともう隙間がなくなっているし、持っているものだって聴く時間があるかどうかわからないのだ。今回はしかし目当てがあった。フランスのピアニスト、マルセル・メイエの全集が欲しく、娘に買ってくれと頼んだのだがまだ買ってない。だから入店すると真っ先にピアニストのCDコーナーに行ったものだ。これがまた奇跡としか思えない。なんと17枚組のそれが棚に鎮座しているではないか!

それがこれだ。彼女の全スタジオ録音アルバムで、シャブリエ、ドビュッシー、ラヴェルはもちろん、クープラン、JSバッハ、スカルラッティ、モーツァルトがクラヴサンの如き軽妙なタッチで弾かれた絶品の嵐である。これほど欲しかったものがドンピシャで中古で手に入った経験は無い。しかし、去年もそうだったが、今回もそれしか触手が伸びるものはなく、唯一興味を引いたフランツ・クサヴァー・リヒターのレクイエム変ホ長調も購入した。彼の作品はもう1枚あったが、他を見ているうちに消えていた。この店の客層はなかなかだ。

駿河台へ下るとやたら外人が多い。中国人でなく白人である。聞くところによると、ガイドブックだかYouTubeだかで神保町が話題になってる。海外にも古書店はあるが、ここ靖国通りみたいにずらっと軒を連ねてとなると見たためしがない。早速、新装なった三省堂に入ってみた。この本屋は創業が明治11年でキカイ湯より3年早い。1階を通り抜けただけの印象に過ぎないことをお断りするが、今風、若向けにこだわったのかどこかダダっ広いだけの印象で味気ない。本屋の魅惑であるあの智の凝集感がなく、前のほうがまだよかった。

腹がへったので、反対側の天ぷら屋に入った。ここの天丼は昔から贔屓だ。この通りは「神田すずらん通り」といい何百回歩いたか知れない。一橋中学はこの通りを九段方面に突き抜けた交番の左手奥、集英社ビルの向こう側にある。スパルタ教育で名が通っていて校則がやたらときつかった。もちろん制服は詰め襟で、布製の肩掛けカバンは往路と復路で右左が決まっていた。所定の通学路以外を歩くことは厳禁で、復路での立寄りや買食いなど論外。見つかると生徒手帳を没収され体罰を喰らう。校則は無きに等しく自由放任主義の成城学園から来た僕は目が点であり、あらゆるお店がキラキラして見えたすずらん通りの魅惑には勝てず、教師の目を盗んで毎日のように立ち寄っていたのだ。勉強がゆるい学校からきつい学校に転校したのだからひとかどの向学心は出ていたが、それは教科書よりも文房具に向かっていた。万年筆が欲しかったのだが、アメリカ帰りの友達のお父さんにパーカーをいただいており、買ってもらえなかった。だから、三省堂の前にあるひときわ古風な出立ちの画材店「文房堂」にはぞっこんで、目がクラクラするほど眩い万年筆のショーケースの前にたたずんで、早く大人になりたいと願ったものだ。この店、外観は当時のままだ。創業明治20年。キカイ湯ができて3年後である。開国してまもなくに西洋画の立派な画材屋ができ音楽大学ができ文豪が学んだ。日本人の進取の気性と好奇心は凄まじい。神保町はそのスピリットの横溢した、わくわくする街だったことがよくわかる。今、百花繚乱の様相を呈する洋食屋、カレー屋はその文化の末裔であり、輸入書籍店やレコード屋もまた然りである。中学生の僕はその空気を毎日吸って感化され、やがて関心は西洋画ではなく西洋音楽に芽生えていったと思われる。

東京堂書店にぶらっと入った。三省堂と書店グランデとこれが御三家だった。東京堂はキカイ湯より6年遅く明治23年の創業である。僕はここが好きでずいぶん買っている。大きすぎず、小さすぎずでコンセプトがくっきりした感じがするからである。入店すると、すぐのところに大きめの台があり、新刊本が平積みになる。重厚感のある知的な書籍が多く、チャラいものは一切置いてない。このこだわりこそ書店というものである。店内が明るすぎないのも落ち着きがあって良い。売れ筋ばかり平積みにして、軽薄な音楽で売り上げを促進しようなんて姿勢の書店は潰れて当たり前である。書店はデパートではない。そのコンセプトでロングテールを武器とするネットに勝てるはずがない。概ね思想は左がかっているが、それは大学と表裏一体だ。僕は読書において左右なんて事は気にしない。旗幟不鮮明、無思想、商業主義なんてものよりよほどマシだからである。

古書店が生き残ってるのは各店のカラーがとても濃いからに相違ない。そこで「当たり」に出会えれば値段が少々張っても構わない人が多いということだ。ちなみに、マルセル・メイエのCDに出会った僕はそれと同じ感覚であり、まして、それが2000円位で買えたなんてお得感は格別のものがある。そういう商売は、どんなに生成AIが人間の職業を侵食しようと必ず生き残る。いや、その議論の対象は、商売のみならず、人間がそうなのだ。どんな職業が淘汰されるかという考え方も一理あるが、僕はそれ以前に、淘汰される人間とされない人間があると思っている。されるタイプの人間がこぞって選択する職業から消えていくという順番なのである。要するに、旗幟不鮮明、無思想、商業主義の人間は真っ先に淘汰されるのである。元より、僕自身、中学の頃まではそっちになる運命の人間だったと思う。おそらくは、田園風景に囲まれた世田谷の学校へ行っていたら、そのままだった。往復3時間もかかる通学はとても大変だったが、毎日、延々と書店街を練り歩き、古書店の紙の匂いに馴染み、智の殿堂の空気を吸っていなければ今のようにはなっていなかった。

去年の今日、どうしてここへ来て、けっつまずいて転んだのだろう?思えば、あれから半年というもの、見事なほどに良いことがなかったから明らかな凶兆だったのだ。それが11月になって、僕の大事な「猫」であったフクが天国に旅立ち、仕事は超常現象としか説明がつかないほど一気に形成逆転の威勢を宿してきたのである。そうして怪我から1年経ち、すべての状況は天地がひっくり返った位に好転した。本当に世の中というものはわからない。一寸先は闇だ。

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高市の法則

2026 MAY 6 15:15:59 pm by 東 賢太郎

「70%をキープしてきた高市総理の支持率がまた上がったぞ」

「ほんとだ、74.2%だ」

「見たことないなこんなの。普通は就任して半年もすれば半分ぐらいになってても不思議じゃない」

「そうだな。たしかに落ちてないだけでも異常なんだけどね、もっと特異な現象があるんだぜ」

「時間の問題じゃないってこと?」

「そうだ。敵が足を引っ張れば引っ張るほど支持率が上がるってのが前代未聞なわけよ」

「なるほどそういう感じはするね」

「確かに、オールドメディアは徒党を組んでネガキャンやっても支持率落ちない、文春砲に閣僚を狙い撃たせてもダメ。こんなの前代未聞だ」

「超短命だったイギリスの女性総理トラスの二の舞と印象操作したり、理屈も分かってないトリプル安だとかアホが透けて見える安っちいネガキャンやってたよな」

「それが安っちいって気づいてねえんだ。それだけでバカなのに、全然支持率落ちないから恥の上塗りだ。やればやるほどお里が知れて誰も読まなくなるけどな」

「あまりにびくともしないんで恥も外聞もなく嘘まで垂れ流しだした。自虐行為だ」

「嘘も100回言えば真実って左翼が得意なやつのつもりだろうけど、なにやらジハードみたいに危ない域に入ってきたぞ」

「そうそう。公正中立のメディアのはずが、追い詰められて野党の機関紙みたいになってきたぜ。そんな新聞に金払って誰が読むの?」

「そこまでして下がるどころか74%にアップ。国民の4人に3人が支持してるって凄すぎねえか。こりゃあメディア死刑宣告だな」

「でもなぜなんだ、あのトランプだって支持率激下がりなのになぜ高市だけこんなに強いんだ?」

「分からないか?」

「??」

「逆風を受けると上がる物があるだろ?」

「??」

「これだ」

「凧は逆風で上がる」

「なるほど。ということは野党とオールドメディアは渾身のネガキャンで逆風吹かして高市の応援団やってるようなもんだ」

「その通り」

「でもそんな政治家っていたかな?」

「いなかったよ。そうなっちまうほど異常な事件があったから異常なことになったんだ。あの汚い首を切ってやる事件さ」

「うんあれな、ありゃあ岡田がカマかけて高市に言わせた発言で言わざるを得なかったんだろ、領事も立場として」

「サラリーマンの悲哀みたいなもんかい」

「そうかもしれんとは思ってるよ、でも国民はそう甘くない。言っちまったものは消えねえし日本人は表だって騒がんけどみんな腹わた煮えくり返ってるぜ。うちのカミさんでさえ激怒だ、日本人を怒らせたら怖いんだぜ」

「そりゃどこの国だって普通さ。自分たちが侮辱されたと思う」

「それが平和憲法と敵国条項でOKと思ってる。おめでたいわ」

「国民感情を捨てろって言われてるに等しいからな」

「だな、日の丸燃やして無罪ってのも同類と思ってるぜみんな」

「そうか、だから高市なんだ。言われた本人が一番そう思ってる。それを7割の国民がテレパシーみたいに共感して応援してる。それならしっくりくる気がするよ」

「ああなるほど、もう『推し活』みたいなもんか。でも大事なことは、その感情と公約した政策に全く矛盾がないことだね。だから高市は命をかけても公約を実現してくれる。それは国と自分の為になる。彼女は私利私欲でなく信念としてそれをやってる。自民党は大嫌いだけど彼女は信じて応援したい。 7割の国民がそう思ってる。いささかもおかしな部分が無い」

「だろ。だから高市の足を引っ張る奴は国民感情を捨てる人間というレッテルが自動的に貼られる。これからますますそうなる。はっきり言えば国民を敵に回す。日の丸より表現の自由が大事でしょ、だから燃やしていいでしょってのはLGBT押し付けたのと同様に無理くりの理屈だろってね」

「なるほど。ならば高市支持は軍国主義でも何でもねえよ、どこの国民だって当たり前の正義ってもんだろ。ということは日本国民の3/4が高市は『正義の味方』だと思ってるわけだな」

「そうだ」

「じゃあ残りの1/4は『悪魔の手先』だな」

「おお、君は知ってるんだな鉄人28号」

「知ってますわい、♪ 手~をにぎれ  正義の味方 ♪ たた~きつぶせ  悪魔の手先 ♪ 」

「なるほど、高市支持は若者かと思ってたけど・・」

「いやいや実は鉄人世代にも絶大な人気らしいぞ」

「そうか、高市官邸は鉄人みたいに暴れろってことか」

「そりゃそうさ、悪魔の手先がいっぱいいる自民党にそんなことできるわけねえからな。だって政権支持率は7割なのに自民党の支持率は3割なんだよ」

「俺も自民党は今でもフタを開けると腐臭がすると思ってるぜ」

「だよな、安倍暗殺から急に腐った」

「俺はLGBTで岸田に怒って参政党に入れたクチだよ」

「高市が潰れたら自民党はまた3割の政党に戻る」

「当然だろ。有史以来最高峰の不人気だった石破の置き土産で苦労したのが過半数なしの参議院の予算折衝だった。あーなると自民の腐敗勢力と野党がつるんで抵抗勢力になる」

「党内で足を引っ張ってる奴ら、バカだね、自民党ごと凋落して自分も落選だ。これほど自分が見えてないって信じ難いね」

「てめえらが獅子心中の虫ってことが分かってねえわな」

「そんなきれいなもんじゃねえ、ダニだよダニ」

「だよな、でもこいつらは自分が獅子で高市がダニと思ってるんだ。バカもここまで来ると救いようがねえわ」

「全部まとめて国会から駆除してほしいな」

「いくらなんでもそりゃ官邸にはできねえ。でも間違いなく国民が次の参院選で切るけどな」

「当たり前だ。金曜日は反対だけど月曜日なら賛成なんてわけのわからんこという奴は問答無用で落とすんだ」

「あったあった、ありゃイジメだった、野党とつるんでな。忘れちゃいかんぞ」

「こいつら政策より党利党略が優先するんだろ?国民の事なんか何も考えてねえ証拠だ。これがダニでなくて何だ?」

「いいか、例えばな、会社が金稼げるかどうかは経営者で決まる。その経営者は人間で決まるんだ。人柄でも家柄でも学歴でもねえ、人間だ」

「人間と人柄はどう違うんだ?」

「人柄は作れる。人間は作れねえ。体育会でゴルフのスコアごまかすような奴は他人の見てない裏で何するか分からんてことだろ、だって現にそれやったんだから。味方を後ろから撃つなんてわかってることだ、人間は死ぬまで変わらんから」

「確かにいい人ぶってりゃ人柄いいって言われるもんな。そんなんでまともな人間とは言われねえもんな」

「例えばな、株買うって命の次に大事な金預けるってことだからな、経営者の人間を真剣勝負で見抜くってことなんだ。政治家も同じだ」

「だよな、日本はもう平時じゃないよアメリカの核の傘なんて嘘っぱちだしな。こんな時に口先だけのへっぽこ野郎が総理大臣なんて国ごと自殺行為だ」

「高市は軍国主義者だ、危ない、怖い、なんて青筋立てて騒いでる野党のおばさん、あんたらの顔の方が俺はよっぽど怖いぜ」

「まあ連中はあれが売りの芸人だから大目に見たらどうだ」

「そうだ、俺なんか次の出し物は何かなあなんて楽しみだけど」

「まあお前らは株式投資はやらんことだな」

「だけどさ、いじめればいじめるほど高市は支持率上がるって凄くないか?ありえないことが起きてマジック見てるみたいだ」

「だよな、野党はどうせ芸人だから食ってけるけど事業体であるオールドメディアはそうはいかない。もう袋小路だ。どこかで降参して高市を持ち上げざるを得なくなるんじゃないか?」

「いい質問だね、 NHKやTBSや朝日や毎日がそれやったらどうなるかってな」

「絶対それは無い。だってレゾンデトルなくなるだろ公正中立の真のメディアを捨てたんだから。もはや高市不支持の3割という小さいパイの奪い合いで生きてくしかない、それに見放されたら潰れるしかねえ」

「そうかな、心入れ替えましたってダメかな」

「人間っていうのは変わらないんだよ、そう言っただろ。メディアを捨てた奴はもう戻れねえし戻ってもすでに国民に見透かされてるから二度と信用されない。社説をご都合で変える報道機関など生きる道はない。つまりもう大手飛車取りなんだよ」

「そうかじゃあ野党もオールドメディアもこのまま高市おろし軍団として、支持率上げる貢献をするしかないんだな」

「そのとおり。ということは実は高市政権のエサ、栄養分になるということなんだ。映画『マトリックス』覚えてるか?」

「ああ、進化したAIが人間をカプセルの中に閉じ込めて仮想現実を脳内で見せて飼っておき、エネルギー源として利用するってやつな」

「そうだね。野党もオールドメディアもそういう役割で定着するだろうな。まあそうは言ってもこいつらは政権にとってたいした害はない、あるのは自民党のダニだ」

「よく理解したよ」

「俺もだ。ということは高市さん、早くダニスプレー撒いて駆除せんといかんね」

「でも参議院選挙までまだ時間があるな」

「それは国民の審判という意味だ。でも総理総裁には人事権というものがあるよ、公認しないって脅しも使えるね。国民が支持するからそんなもん躊躇する必要なんか全くない、委細構わずこの剣を抜くんだね、長年ぬるま湯で勘違いしまくったジジイどもを動かすにはそれしかない」

「できるかな」

「できるさ。くだらないジジイの飲み会なんか行かない人だ、何のしがらみも私情もないだろ。文句あるなら消えてくれで終わりだよ。法律を自分で書けるということは役人以上の知識がある上に強い頭と根気の持ち主だ。しかも、外交場面を見てみれば、その手の人間にはとても出来ない「人たらし」がめちゃくちゃうまい。天性のものがある。ビジネスマンとして俺が断言する、ビジネスをやっても超一流だ。政治家にそんな人間はいない。ということはこんな事が出来る総理大臣はいなかったし、今後も出ないから国民としてはやるべきことは全て彼女にやってしまっていただくしかないのだ。身は綺麗でハニトラ、マネトラの隙も一切ない。盤石だ。公約実現という唯一の目的を達成するため人事という冷徹なツールは思いっきり使えばいい。マーガレット・サッチャーは頭脳が理系で鋼のような強い意志を持った人だった。高市総理は匹敵すると確信する。

それもこれも、いじめられればいじめられるほど人気が出てパワーアップする現象が根っこにあるからできる。契機が国民感情を毀損する侮辱行為だから、日本人のプライドの根底に関わっており、何があろうと人気は絶対に消えない。 4人に3人の日本国民はファンであり、自分が推している彼女をいじめたりおとしめたりする相手は即座に敵と認識する。従って戦っても勝ち目は全くなく、やればやるほど疲弊して自分の身を滅ぼすだけである。他のいかなる人間にもこの武器はなく、すなわち彼女に固有の現象であるから競争相手はいない。俺はこれを『高市の法則』と呼んでる」

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話題のテラドローン株投資のタネあかし

2026 MAY 1 8:08:23 am by 東 賢太郎

これを書いたのは3月17日だ。その日のテラドローンの株価は3,125円だった。

科学技術は戦争で進化する(ドローンの展望)

きのう(4月30日)テラドローンは何度目かのストップ高で9,270円で引けた。僕の長い投資歴でも1ヶ月半で3倍になったのは初めてだ。3月17日にブログを読み、徳重社長を信じて株を買った人は宝くじに当たったようなものだろう。

そこに書いたように、僕は上場前の2020年に社長を見込んで投資して第5位の大株主になった。当時会社側は資金需要があり魚心に水心であった。しかしスタートアップ投資という業務は僕が証券会社時代に本業としてきた仕事ではない。当時は上場企業の業績・財務データを解析して評価をするのが本業で、データがないに等しい新興企業投資にその手法はまったく通用しないのである。そこで自分で事例を研究し、何度か実際の投資にチャレンジしたが見事に失敗した。しかしその程度で撤退するにはこの業務は魅力がありすぎた。なぜなら、突き詰めて考えると、失敗の最大の要因は経営者を見る基準が甘かったことにあったのであり、人物を見ることに関しては年の功で業界の誰よりも自信が持てることに気がついたからだ。

「経営者を見ろ!」なんてご託はそこら中のビジネス雑誌がネタ切れの時にタイトルに使う便利な呪文みたいなものだ。意味があるのは、経営者を見て企業の業績を予測することを人の能力を見抜いてマネタイズする行為と無機的に捉えることであり、それ以外の何物でもないと知ることである。要は人の値踏みであり、こう書いてしまうとあまり良い気持ちのしない読者が多いかとは思うがビジネスに成功するのは良い人であったり他人の気持ちを斟酌したりすることによってではない。「経営者のマネタイズ」という視点に気づいてすらいない人が何千人経営者に会って統計を取ろうが経験を積もうが、そもそも他人の経営能力を数値化する方程式を知らないのだから評価などできるはずがない。普通の人が何千人のプロ野球選手にインタビューしようが野球がうまくなるわけでないのと同じなのである。レポーターやマスコミの仕事はそれはそれで大切であり、そこに一定数のファンがいてビジネスとして成り立っていることを否定するものではないが、ここで議論の俎上に載せている「ビジネス」とは投資であり、数字のみが意味を持つお金を扱う仕事においての話であり、結果を出さなければ一文の価値もないのである。

そもそも論だが、僕は口だけ達者でもっともらしい言葉を吐くが自分でやらない人はどんなに好人物で家柄や学歴があっても無価値と思っている。人としての是非をいう気はないが、その手の人がなれるのは評論家だ。事業家として経営を行うことは無理である。だから僕がお付き合いすることはないし、まして投資することはありえない。シベリウスが言っているように評論家の銅像が建つことはないのである。もういちど書く。「人物、家柄、学歴」を否定したのだから経営にそれはいらないと僕は言っている。あっても結構だがそれで経営力を評価すると失敗するから否定した方がリスクが少ない。否定して問題ないのは、血液型や星占いや犬派猫派で判断する人はいないのと同じほど経営実績、つまり株価に影響がないからだ。もしあるならすべての上場企業の経営者は自他ともに認める人格者で、華麗な閨閥を持ち、その国のトップスクールの卒業生ばかりになっているはずだ。日本だけを見ても、例えばトヨタにしてもソニーにしても、閨閥だけで経営して成功した企業はほとんどなく、そんな実態には全くなっていないのである。株というのは美人投票だから仮に99%の人が「経営者が犬派だから」という理由でペット保険会社の株を買えば市場に大きな歪みが生じる。投資収益を最もリスクのない方法で得るには「歪みはいずれ解消する」という数学で言うなら公式に賭けることだから、その判断が誤りだったと99%が気づけば巻き戻しで株は下がり、ショートした投資家は予定調和的に利益を得ることができる。

上場している株はデータが出そろっているから歪みが生じる可能性は少ない。この状態をビジネススクールでは「市場は効率的(efficient)である」と教える。トヨタの来年の収益が確定的に投資家に知れ渡ってしまえばトヨタ株はある株価に収束し、そこに投資して得られる利益(キャピタルゲイン)の期待値はゼロになる。つまり、その逆を考えれば良く、データを分析してなるべく大きな非効率(inefficiency)を発見することがアナリストの仕事であり、与えられた資金をそれを持つ複数の銘柄に振り分け、株価の動きが無用に同期してポートフォリオ全体の収益の増減の振れ幅を大きくしないことがポートフォリオマネージャーの仕事なのであり、投資家は彼らに手数料を払っている。誰だって自分で勉強すれば出来るが、その負荷を背負うためには相応の時間と労力が必要で、その試みが何も生まなくても生活に問題ないほどの資産が必要だ。しかし資産がある人はそこまでしなくても人生に困らないのである。したがって、ほとんどの人は手数料を払ってその作業を専門家に委託しており、我々ソナー・アドバイザーズもその手数料をいただいてアドバイザリー業務を行っている。一方、株価もデータもないスタートアップ企業に効率的(efficient)なものは何もなく、いわば非効率の固まりであり、99%の人が「経営者が犬派だから」程の誤りだったと後で気がつくありえない理由で評価あるいは無視さえしてしまうことが大いにあり得る。非効率が大きいほど投資で得られるリターンは大きい。数学の公式だ。テラドローンの場合、ドローンは子供のおもちゃである、中国企業が独占して参入余地がない、などの”犬派理論” が市場を席巻しており、それが誤りだったという巻き戻しのインパクトは強大だった。だから株価は1ヶ月半で3倍になったのである。

では経営者の資質として評価すべきものはなにか。これを解説するには1冊の書籍のスペースが必要だろう。仮に僕が『株式投資で儲ける方法』というタイトルの本を書いたとしよう。「その本が売れるかどうか」、「売れるなら1冊いくらで売るべきか」は、僕の「人物、家柄、学歴」ではなく、その本が株で儲けたい人にとって実益があるかどうかで決まるはずだ。とすれば、買おうかなと思う人は僕の実力、すなわち、僕が過去に投資した株のパフォーマンス(戦績)を調べるだろう。それが良ければ売れる。たいしたことなければ売れない。そうして本の値段が決まり、著者は印税を手にする。僕は株で儲けることよりもっとうまいことがあると自分では思っているが、それは本の値段の足しにはならない。「経営者(人)のマネタイズ」とはそういうことを言っている。いっぽう僕の側からすると、本を書いて得られるかもしれない印税のベストシナリオより投資の仕事の方が確実に利益率が高い。よって経済原理に従って本は書かない。印税の方が高いか、本業だけでは満足な収益が得られない方は書く道理があるが、そういうことだから、僕が彼らの本を読もうと思うことはない。例えばマーケティングはアメリカでは学問ということになっているが、「商品がたくさん売れる理論」を伝授する教授がなぜGMやIBMのそのポストに就かず、たいしたことのない給料を学校からもらう生活をしているかはウォートンスクールの学生の間で格好の皮肉ネタになっていた。僕がブログを書くのは、こう言ってはMBAという学位をお持ちの方に失礼にはなるが、ビジネスに理論などはなくやってみないと分からないからだ。だからそんなもので人様からお金を取るべきでなく、理知的な人には参考になると信じるブログをこうして無料でお目にかけ、何かを学んで事業で成功してくれる若者が出れば嬉しい。それだけの理由である。

3月17日のブログでお示ししたように「科学技術は戦争で進化する」は帰納法的に一般化可能なテーゼであり、数学でいうなら公式である。では現代の戦争で進化する科学技術は何か?これは議論を前へ進める思考だ。僕の回答は無人兵器(ドローン)であった。ではその技術は世界のどこにあり、どこに投資資金があり、世界のどこにそれをマネタイズする有能な経営者がいるか?これが、もう一歩議論を前へ進めることによって解くべき設問であり、抽象論を現実のアクションに落とし込む最終プロセスである。そしてその回答こそが「今すぐ行うべき投資というインテリジェンス」なのである。その結果、僕は2020年にテラドローン社への投資を決め、徳重社長が必要な事業資金の一部は僕がファイナンスすることで「公式通りのパフォーマンスが実現」し、ソナー・アドバイザーズおよび僕を信じてついてきてくださるお客様たちが大きな投資収益を獲得する確率を自力で高めた。これがテラドローン株投資のタネあかしである。投資の常として、自力でできたのはそこまでだ。MBAという学位をお持ちの方の名誉のために最後に書いておくと、以上のことはビジネススクールで学んだ人にとっては自明のことだ。そこで習った7つ道具を使えば、ここまでは誰でも来れる。少なくとも、習ってない人よりはずっと速くゴールに辿り着くことができる。では僕の母校ウォートンスクールやハーバードビジネススクールを卒業するのにいくらかかるか?現在だと2年で5000万円ぐらいだろう。ということは、MBAの価値はその投資を何年で回収できるかにかかっている。その名の通り「ビジネス」で回収を目論む人には大いに推奨したい。しかしサラリーマンや評論家や印税収入で回収するのは仮にできるとしても時間を要し、下手すると一生それで終わってしまうのであまりお勧めできない。

金融商品である株式への投資は世界経済や金利の動向や決断のタイミングという外的要因の吉凶で結果の良し悪しが決まる部分は常にある。今回はそれもたまたま吉と出たという僥倖に恵まれ、40年この業界にいていまだかつてない成果をあげられたということである。

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マイケル・ティルソン・トーマスの訃報(2)

2026 APR 30 13:13:04 pm by 東 賢太郎

興味あることには記録魔だ。理由はなく、そうしないと気が済まない。書いておいて報われたことはあまりないが、1万はくだらないレコードやCDはいつどこで何を買ったかトレースできるから時代時代のタグにはなる。おかげでさっき棚から取り出した1枚のレコードを眺めながら、ああこれか、そういえば行き先でちょっともめたよなあ、でも彼女のおかげでまとまった、今頃どうしてるかなあなんて、もしこれがなければ過去の闇に埋没していただろうメモリーがひょっこり頭をもたげてきた。

それがこれだ。

買ったのは1978年8月、日にちはパスポート見ないと分からないけど、バッファロー大学から日本人グループでツアーしたカナダのトロントで立ち寄った市内のレコード店(A&A RECORDS)で見つけた。ここにマイケル・ティルソン・トーマス(MTT)が現れる!

MTTの「カルミナ・ブラーナ」でショックをうけたのが1977年4月。MTTがボストン交響楽団を振ったドイツグラモフォン盤「春の祭典」を買ったのは1978年5月31日だ。録音されたのは1972年だから発売はその頃で、僕としては15枚目の春の祭典だから随分遅く、 恐らくなめていた。ところが買ってみるとこれまたカルミナと同じぐらいショックを受ける大変な演奏だったのだから彼の名前は焼きついた。前稿に「バッファロー大学のプログラムを選んだ理由に、MTTを生で聴けるかもしれないという期待があったのではないか」という仮説を書いた。ひょっとして語学研修なんかより実はそっちがメインだったんじゃないか?ところが想定外だったオケの夏季休暇であてが外れた。悔しさのあまりトロントでMTTのピアノ連弾の春の祭典を買った可能性は否定できない。もうここまで来れば、刑事コロンボに状況証拠で追い詰められた犯人みたいなものだ、下心がなかったという申し開きは通用しない、真面目な向学心だと期待してくれた父には申し訳なかったことになる。しかしだ、この経験がなかったら英会話はお粗末なままで、野村証券の留学選抜試験を通らなかった可能性は大いにある。ならばMTTサマサマだったじゃないか。結果オーライ。そういうことにしよう。僕のポジティブシンキングの資質は多分に父由来だ。今頃天国で笑ってるだろう。

トロントで買ったレコードだが、以下、ストラヴィンスキー研究家ローレンス・モートンのライナーノートから抄訳する。ここでMTTとラルフ・グリアソンが弾いているピアノ連弾版は、一般に知られるコンサートピース用に編まれたオケ版のピアノリダクションではなく、バレエマスターが振り付けを考案してダンサーのリハーサルを行うためのものだ。初の公開演奏はこの2人がロサンゼルスのマンデーイーブニングコンサートで1967年11月6日に行ったもので、ストラヴィンスキーはそれ以前にこの版がコンサートで弾かれた認識はなかった。とはいえ1913年に出版はされて存在は広く知られていたゆえ半世紀後に「初演」と銘打つのがはばかられるかもしれないが、「初録音」なら法的な正統性を主張できる。 春の祭典は1911年夏に着想され、翌年11月17日に完成しているが、ディアギレフのロシアバレー団はヨーロッパツアー中であり、 12月にベルリンでダンサーのリハーサルが始まり、このピアノ連弾スコアが、少なくともその主だった部分が使用されたと思われる。リハーサルはブダペスト、ウィーンで、そして翌年初めにロンドンで続けられた。ただそれ以前にこの連弾スコアは未完成の状態ではあったが友人の間で演奏されていた。そのひとり音楽評論家のルイ・ラロイはストラヴィンスキーとドビッシーの連弾を彼の自宅で1912年の初春に聴いている。公開演奏は1台のピアノで行われたが、当録音は下の写真を見て分かるようにストラヴィンスキーのリコメンデーションにより2台のピアノで行われた。交差する手の衝突を避けるためであり、また、第1部序奏のような4手に余る細かい音符は多重録音も行なっている。発売日が記載されていないが1978年に買っているのだから1967~ 1978年であることは間違いない。

4手盤は連弾、2台ピアノと多くの録音があるが、ボストン盤に通じるリズムの切れ味、パッセージのクラリティ、打鍵の強さが和声の味を消していない点でこの録音は未だに凌駕されておらず、当時ピエール・ブーレーズの弟子だったMTTの破格の才能を如実に刻印した宝物のような録音であり、ピアノが達者だけの人が腕自慢のショーピースとして春の祭典を選んだとしても、この曲の内奥に潜むマグマの凶暴なエネルギーや未知の星で起きている如き不可思議の神秘性をここまで描き出すのは困難だろう。

そして最後にいよいよボストン盤だ。 28歳の若僧の指揮という偏見はレコードに針を落とした瞬間に吹き飛んだ。 これは我が家の棚にある89種類の春の祭典のうちで、ブーレーズ・クリーブランド盤に並ぶ歴史的名盤と断言する。昨今は新しいサンフランシスコ響とのCBS盤の陰に隠れたような扱いだが、とんでもない。比べるべくもない。人間は若い頃にしかできないことというのが誰しもある。それに加え、間違いなく世界の名ホールの5本の指に入るボストン・シンフォニーホールのアコースティックを見事に捉えた録音はそれだけでも名品の名に値する。木管は水も滴るように艶やかに彩られ、ティンパニは皮の張りが見えるほど音程の良さを誇り、ブラスは混濁がなく非常に強靭だ。我が家のB&Wのダイヤモンドツィーターからくっきりと浮き出てくるブラッシーなホルンの咆哮は恐るべしで、何度聞いてもここまで耳目を驚かせつつスコアの正当性ある解釈の風格を漂わせる演奏は他にひとつもない。マイケル・ティルソン・トーマスさん、あなたはこれからも永遠に僕をエンターテインしてくださると同時に、あなたが天から授かっておられた稀有の才能によっていま僕がここでこうしていられる基盤を築くきっかけになって下さったという確信を持つに至っております。ありがとうございます。安らかにおやすみください。

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読響定期 エルガー「ゲロンティアスの夢」

2026 APR 29 12:12:18 pm by 東 賢太郎

指揮=アイヴァー・ボルトン
天使(メゾ・ソプラノ)=ベス・テイラー
ゲロンティアス(テノール)=トーマス・アトキンス
司祭/苦悶の天使(バリトン)=クリストファー・モルトマン
合唱=新国立劇場合唱団(合唱指揮=冨平恭平)

エルガー:オラトリオ「ゲロンティアスの夢」 作品38

面白かった。この曲を聴こうと試みたことがあるが、途中でわからずやめた。初めて演奏の場に立ち会ってみて、やはり音楽はライブでしか伝わらないものがあると得心した。こんな素晴らしい曲を知らずに来たことを恥じると同時に、新たな宝物を探し当てた喜びいっぱいで帰路についた。昨今はもう知ってるいわゆる名曲のコンサートはタダでも出かける気がしない。かつて充分きいてしまったし、演奏中にパラパラとプログラムをめくったり、わざわざピアニシモのところでキャンディの包装紙をパリパリむいたり、度外れたフライングブラボーをこれ見よがしにぶっ放すような人たちに囲まれて音楽鑑賞なんてのは僕はまっぴらごめんである。20世紀の巨匠たちの名演奏のストックが家にあるからそれで十分。だから知らない曲をやってくれる演奏会こそ行こうということになるが、読響定期に質量でまさるものはない。知名度の無い作品だとそういう人たちはまず来ないし、演奏家の皆さんもお初であれば準備も大変だろう。それで立派な成果を上げてくれればこちらも大いに讃えるしかない。ルーティンプログラムでは味わえない本当の創造の場に居合わせた幸福感は聴衆としては何度味わってもかえがたい喜びである。

エルガーがカソリックとは知らなかった。そうでないとこの曲を書くには至らない。なぜならこれは敬虔な男の魂が死の床から神の前での裁きを受け、煉獄に落ち着くまでの旅路を描いているからで、煉獄(purgatorium)はカソリックにしかない概念だからである。人間は死ぬと天国か地獄に行く。大罪を犯した者は地獄行きだが、そうでなければ天国に行く。しかし小さな罪は誰も犯しているので天国で神に同化する前に清める必要がある。それが煉獄で、死者のための贖罪であり、浄化ともいう。そういえばカソリック教会の腐敗の象徴とされた「免罪符」はこの贖罪効果があるというふれこみのお札を金銭目的で売りさばいたものだった。ちなみにリヒャルト・シュトラウスの「死と浄化(Verklärung)」をAIで調べるとこちらはひとりの芸術家が死の床にあり、苦悩・回想・闘争を経て、最終的に理想へと昇華することを描いたもので宗教的な意味はないようだ。

1900年に初演された「ゲロンティアスの夢」は英国の神学者、詩人であるジョン・ヘンリー・ニューマンの詩によるオラトリオだ。ゲロンティアスなる男が亡くなり魂となり、天使に導かれて天上に昇り、神を垣間見て煉獄に至る様が描かれる音楽である。このたび大いに感銘を受けたのは、ロマン派の後期以前に書かれたいかなる宗教音楽とも異なって、死者の鎮魂や残された者の慰撫でなく、毅然と死にゆく男の恐れと希望を内面から描いたことだ。宗教的外形を守りつつも視点は生身の心に注がれ、ゲロンティアスの目を通した神秘現象を垣間見るリアリズムを盛り込みつつも20世紀的な心理をナイフで切り裂くような尖った音楽でなく、ロマン派の残照をたっぷり残す話法で感動的に物語は進んでいく。

魂となってからの第二部冒頭はヴィオラによるブラームスのドッペル第2楽章と同じ音列でひっそりと開始する。弱音器をつけさらにpppで奏される弦楽合奏は、ゲロンティウスの目に映る天上の花園だろう、ただごとでない美しさを湛えるが、描くのは景色でなく彼の心象である。この神秘主義的な彩りこそ20世紀的であり、浄化の象徴である天使のメゾソプラノの清澄を遮る悪魔の威圧的な嘲笑の場面も合唱を有効に使うことで主人公の心の動揺から描かれる。そこから楽曲の頂点に至るオーケストラと合唱の対位法的な高揚、神の姿による法悦はゲロンティウスの心象風景に聴衆が合一するこのオラトリオの真の頂点である。 近頃海外のオペラを聞いておらず3人のソリストは知らない人達だったが、 一流どころでタイトルロールを張っているクラスであることに相違なく、また、エルガーのオーケストレーションに有機的に織り込まれている合唱パートで新国立劇場合唱団の担った役割はとても大きかった。アイヴァー・ボルトンは初めて聴いたが、読響の良さを引き出したと思う。今や日本のトップオーケストラはワールドクラスのレベルに十分達している。

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マイケル・ティルソン・トーマスの訃報(1)

2026 APR 27 9:09:07 am by 東 賢太郎

Michael Tilson Thomas 1977

いよいよマイケル・ティルソン・トーマス(MTT)も鬼籍に入ってしまった。どういう訳か、 11歳しか違わない同世代人だったのに僕は彼のライブに縁がなかった。だから本稿は「僕がなぜか聴かなかった名演奏家たち」というタイトルが本来ふさわしいのである。同時代というだけならそこまでは思わないが、先ほどウィキペディアを調べると、彼は1971年から1979年までバッファロー・フィルハーモニック管弦楽団の音楽監督を務めているからそういう思いが頭をもたげた。なぜなら、奇しくも僕は1978年8月の1ヶ月間、ニューヨーク州立大学バッファロー校語学研修プログラムに参加していたからだ(以下、バッファロー大学)。

大学4年のことである。就職準備すべき最中になぜ遊びに等しいそんなことを考えていたのか。その前年にまったくの無計画で1ヶ月アメリカ西海岸を放浪し、あまりの語学力の無さ(通じない)に危機感を覚えたのが大きい。人生にかかわりのある問題ではなかったが、子供の頃から父に「これからは英語ができないとダメだ。そういう時代になるぞ」と吹き込まれて育ったからそのままではいけないと思ったのだ。父は徴兵されながら鬼畜米英報道の嘘を見抜いていたわけで、それがなかったらこれもなかった。そこで、最初の渡米でロスで訪問させて頂いた父の同僚の支店長から「アメリカは西と東は別の国だ、東海岸に行かんと駄目だ」と教わり、東への強い関心が芽生えていた。法律は逆さに読もうがどうしようがドメスティックな話で、学科で興味を持ったのは世界の法律の礎となったローマ法だけと、その他は全く興味を持てず、何のため文Ⅰに入ったのか自己崩壊に近づいていたこともある。といって最終学年になって麻雀に明け暮れては先がない。アメリカに留学すべきだというあてどもない気持ちが湧き起こり、女の子にまざって水道橋のアテネフランセに通った。我が家は裕福な家庭ではない。廉価の方法はないかと探すうちどこかで米国留学渡航費無料という話を聞いて電話したら、それは虚偽ではなかったが宗教だった。世の中こんなものかと悟る。そこでさらに探してバッファロー大学語学研修なるものに行き当たったというのが顛末だった。初回は友人2人を誘って3人で渡米したが今回はそのつもりは全くなかった。遊びでなく修練のつもりだったからだ。

あの宗教は1回だけ説明を聞きに行ってみたが紛れもなくキリスト教の布教であり、東大生の1本釣りを狙っていたようで担当の女性がものすごく熱心だった。もし分かりましたと素直に渡米していたらどういう人生になっていたのだろう。クラシック音楽とキリスト教は切っても切れないから改宗してアメリカ本部の幹部にでもなってひょっとして面白い人生があったかもしれない。しかし我が家は浄土真宗でそっちはあまりに縁遠く、父は就職に関しては本道を外すなどもってのほかという保守的な銀行員だった。タダにつられて参加したら両親は即倒するだろうと心配したわけである。すべて話したら父はぽんとバッファローの100万を出してくれ、4年後に野村證券が本物の留学をさせてくれたあかつきに会社の持ち株で返済した。お金の価値は相対的なもの。必要な時は1円でも値千金の価値がある。この研修への参加で僕はひと皮もふた皮もむけ、後々に精神的にとてつもないインパクトを及ぼすことになる。

バッファローはニューヨークから北西に1時間ほどのフライトでナイアガラの滝に近い。行きすがら立ち寄ったマンハッタン。エンパイアステートビル、自由の女神、ロックフェラーセンター、誰もが初めて訪れて抱く驚愕!後に何回も行ってそんなものは日常になるのだが、この時に受けたお登りさんの洗礼は一生忘れないだろう。

マンハッタンの驚愕

ビデオで見慣れた今時の若者はへーで終わる事もあろうが、当時はそれなりの緊迫感と希少感があったものだ。なにやら、ここが世界のへそなんだ、ここで世界が動いているんだという感動が足元からじわじわと湧き起こり、そこに立っていることの不思議に足が震え、天空を見上げては圧倒され、「西と東は別の国」の教えを噛み締めた。ウォールストリートはここにある。深層心理の中で証券界でグローバルに活躍することを志そうと思い立つ動機のひとつになったのかもしれない。さらに脳裏に浮かんだのは「山本五十六はエンパイアステートビルもワシントンブリッジも見ていた。君はこれを見てこの国と戦争しようと思うか?」という小説だか映画だったかのくだりだ。軍も総理官邸も閣僚も、いやおそらく天皇陛下だってお分かりになっていたのではないだろうか。にもかかわらず日本特有の「空気」なるものが許さなかった。反対すれば2・26みたいに暗殺。やったところで軍事裁判で死刑。軍人は東京裁判という名のアメリカのリベンジで、本当に気の毒だったが現にそうなったのである。政治家や官僚はなるもんじゃないなと思ったが、幸いもとより向いてない。先祖ができたことをやれば俺もできるだろうと、母方の商人の血筋に従う気持ちが固まったのはこの時である。

初出時のジャケット

MTTの「カルミナブラーナ」(写真)と「春の祭典」は東大時代に衝撃を受けた2大レコードで、我が人生におけるメルクマール的存在といって過言ではない。購入日を調べるとカルミナが1977年4月29日、春の祭典が1978年5月31日であり、バッファロー大学滞在時には当然ながら彼の名前も焼き付いていたのである。したがってここから以下のような推論を展開することになる。もしかしてこのプログラムを選んだ理由のひとつとしてMTTを聴けるかもしれないという期待があったのではないかという仮説だ。そのつもりで行ってみたが叶わなかったのではないか。オーケストラは夏季休暇があるという慣行を当時は知らなかったからだ。やむなく、「キツネの酸っぱいブドウ」で脳が記憶を消去した。したがって、先ほど発見したもろもろの顛末も、あたかも今起きたニュースのように感受できたのかもしれない。さらに事実がある。図書館で見つけたシューマン交響曲第1番、ストラヴィンスキー火の鳥1911年オリジナルバージョンのピアノ二手リダクションスコア、および、春の祭典の2台ピアノスコアを多大な情熱と時間とコストを投入してフォトコピーし、ニューヨークではストコフスキーがヒューストン交響楽団を指揮したカルミナブラーナのLPを買って帰っていることだ。MTTを聴けなかった認知的不協和が残っており、コピーと買い物によって溜飲を下げたとすれば内容からして辻褄が合う。そうだとすると、我が人生を大きく変えたこの語学研修参加への決断にはマイケル・ティルソン・トーマスとその2枚のレコードの存在が関わっていたことになる。

University at Buffalo,
The State University of New York

バッファローでの1ヶ月は今となっては夢のような青春のページェントだ。参加者は男女合わせて10数名だったろうか、大学生が多かったが大学の先生もおられ、どこから来られた人であろうと少々年齢の上下はあろうと、ここでは同じ穴のムジナで皆さんすぐに仲良くなり、ナイアガラやトロントへ小旅行したりソフトボールをやったり楽しい日々を送った。皆さんその後はお元気でご活躍だろうか。その小さなコミュニティの中でも、いかに自分が狭い環境で生きてきたかを知り、目が覚めることが多く、すべてが目新しいアメリカの生活の中で日本人の団結こそ大事だということを学んだ。何より、正規の学生ではないが雰囲気だけは存分に味わえたバッファロー大学というノーベル賞学者や宇宙飛行士を輩出している素晴らしい環境だ。好きなことをいくら目指してもよく、その気になればいくらでもサポートが得られ、大学にそれを実現する素晴らしい環境があり、前を向き上を目指す人たちばかりと暮らすことができる。突拍子もないアイデアを持ちかけても真剣に取り合ってくれ、「いや~そうは言っても」なんてくだらない常識論のご託を並べる者などいない。もちろんお金が必要だが、前を向き上を目指せばそれも入ってくるだろう。これが自由主義か!教科書で習った干らびた概念ではない、日々歩き回ってそこら中で吸い込む空気が自由の香りに満ちている、そういうアトモスフィアを総称してそう呼ぶということなのである。なんて素晴らしい国だろう。いや、これこそがヨーロッパ人が血を流して勝ち取った自由というものの真の姿なのだ。すべての人間が享受すべきものだ。これを知っただけで受験勉強の何百倍ものことを体得し、いよいよ本当のアメリカ留学をしてみたいと考えるようになった。その後に想いは叶い、コロラド大学に1ヶ月、ペンシルベニア大学に2年籍を置いた。3つの大学にお世話になったわけだが、大学は警察もある自治の場だ。バッファロー大学で根源的、直感的に得た「自由」への感慨は形こそ個性をまとってはいるがどの大学にも共通して存在し、今に至るまで微塵も変わらずその指し示す通りの道筋をたどって現在地にやってきたというソリッドな実感がある。

留学ために野村證券を選んだわけではないし、行きたいなどとわがままを言える甘い会社でもなかったし、「思う一念岩をも通す」だったのだろうと格言でも持ち出さないと説明がつかない結末となった。まさかクラスで目立ちもしなかった凡庸な自分にこんな人生が用意されていたと誰が想像しただろう。答えはクリアだ。これこそが父の投資の成果だったのである。父はお堅い銀行員のくせに株式投資が好きだったが、 一番成功した投資は僕のあそこの100万円だったねと言っても異論はないと思う。投資は惜しんではいけない。惜しむ人は日本という自由主義国家に生まれた特権のオプションを行使せず、真の自分を知らずに人生を終えることになるかもしれない。ということは不幸にも絶対主義国家に生まれてしまった人と変わらない。あまりにもったいないのではないだろうか。

MTTは後にサンフランシスコ交響楽団の音楽監督になるが、このオーケストラは前年の西海岸旅行の野犬騒動で死にかける事になった楽団だ。もちろん楽団のせいではないが、指揮したウィリアム・スタインバーグの方が翌年亡くなった。スタインバーグはグスタフ・マーラーの弟子だったオットー・クレンペラーの弟子であり、あの日の演目がマーラーの1番で、ティンパニ奏者の横で体験したこの震撼すべき素晴らしい演奏を僕は一生忘れることはない。マーラーもクレンペラーもスタインバーグもユダヤ系であり、やはりそうであるMTTも生涯最も力を入れた作曲家はマーラーだった。彼は1988年からロンドン交響楽団の首席指揮者になっており、僕は1990年までいたから2年重なっていたはずだが聴いていないのはプログラムに当時あんまり馴染んでなかったマーラーが多かったためかもしれない。

カール・オルフ「カルミナ・ブラーナ」

マイケル・ティルソン・トーマス指揮クリーブランド管弦楽団

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『黒猫フクの人生観』 (第十三話)

2026 APR 23 11:11:14 am by 東 賢太郎

天国にありとあらゆる動物がいることは説明したよね。人間だってそうさ。みんなスクリーンで地球を見てるんだ、だってあの人どうなってるかなってみんな気になってるんだよ。どこでも好きな所を見れるし、みんな魂さんだからどんな言葉でもわかっちゃうし、僕だって何語でもいけるよ。でも、主人のブログをハイジャックしてるからここは日本語だ、じゃないとすぐバレちゃうからね。

この前、主人の会社に来たお客さんがたまたまいいタイミングで言ったもんだ、「東さん、東大っぽくないですね」。これいちばんの褒め言葉でね、これさえ言っとけば機嫌いいってやつなんだ。「だって俺は成城学園初等科育ちだからさ、黒澤明、 三船敏郎、芥川龍之介の子供や孫と一緒だったし岩崎宏美もいたしね」。なんせこれが自慢なんだ。母上のおうちは落ちぶれ貴族みたいなもんでこういうサークルが好きだったから幼稚園から成城に入れたんだ、いとこたちも劇団四季や集英社にいたり芸能っぽい。するとお客さん、エンタメ業界で知られた人で「僕ね、アビイロード録音したスタジオ丸ごと買ったんですよ、楽器ごとね」と聞き捨てならない事をのたまう。「何?ビートルズの?」「もちろん」。

ここから話は大変なことになって、お客さん「映画のスコア書いてロンドンフィルハーモニー指揮して録音しました」なんてクラシックに飛んだからいけない。お客さんのアシスタントの女性もオケのバイオリンで「チャイコの4番サイコーです」なんていうもんだから「あなたね、あの第1楽章、難しかったでしょ」「そうなんです、パートで何回も合わせました」「あれ書いた時ね、ホモのチャイコフスキーは無理やり女性と結婚させられて自殺未遂してる。狂ってたの。1拍目が欠けてるリズムがだんだん夢遊病みたいになってね、2拍目がそう聞こえてくるように書いて最後に現実に戻してビックリさせて、ミステリー作家がトリック仕掛けてるみたいなもんだよ」。するとお客さん、いきなり「東さん分解ずきでしょ」ときた。これがまた図星で「きみよくわかるね、そうなんだよ、子供の時から何でも分解しちゃう」なんてところにいく。

でもお客さん、ヨタ話に来たわけじゃないんだ、ひょっとして大きいビジネスになるかもしれないネタ探ってるんだ。主人はクリエイターじゃない。なりたかったけど才能ないって分かってる。「俺ね、仕事じゃ人にも厳しいかもしんないけど自分にはもっと厳しいんだ。作曲したり人前でピアノ弾いたりなんてことはしない、だってお前みっともないからそれだけはするなよって声がきこえるんだ」。うーん、そう自分に厳しいように見えんけど本人その気なんだよね。映画やエンタメのプロデューサーやクリエイターしてるお客さんがうらやましい。それができなくてこうなっちまったって悔しいんだ。それは二つあって野球もそう。いまロッテの監督してるサブローさんが来た時もおんなじだ。どっちものっけから無理って思うけどね。

「金融ビジネスなんて誰でもできます。才能なんか全くいらない。こんなのでエリートヅラこいてる業界でね、真面目しか取り柄ないから人間として面白くも何ともない」。よく言うよね、そういう自分は変な奴だと思われてたんだ。お客さん、ついて行けなくなったとみえ、一応のお世辞で逃げたもんだ。「いえいえ、そんなことない、難しいお仕事です」。主人はお世辞はわかってないけど本気でそう思ってるから引かない。「いやいやあなたも確実にできます、俺なんかね、音楽のついでに仕事してたみたいなもんですよ」。「まさかそれはないでしょう、だからそういうポストにつかれたんで」。主人はそれが不服とみえる。たしかに留学中に「東においては音楽がすべてに優先する」と格言になってたのはほんとうなんだ。勉強ほっぱらかしてチェロ習ってたなんてあそこの学生にゃびっくりだったからね。

「いいですか?クリエイティブな人間はみんな面白いんです。みんな変な奴です。真面目が取り柄の人の作品が面白いわけないでしょ?チャイコの4番、大いに結構。ジョン・レノンがクスリでさらにぶっ飛んでストロベリーフィールズフォーエバー。ベルリオーズも間違いなくやってましたね、でも、学者や評論家ってそんな事は口が裂けても言えないんです。僕はモーツァルトは女房を孕まされた裁判所の役人が怒って棒で頭を殴ったのが原因で死んだっていうイタリア人の説を信じてますよ。でも世界のモーツァルティアンなる敬虔な信者さんたちはそんな説は汚らわしいって抹殺しちゃう。だから人間臭さがきれいさっぱり洗い流されてね、ピュアが売り物のミネラルウォーターみたいなモーツァルトが世界中で流れてる。こうやって文化は破壊されていくんです」。まあこの人が文化の心配までしなくっていいんじゃないのと僕は思っちゃうんだけどね。

「うちの映画、観てください、ネトフリにあるんで」「なんてやつ?あぁそう知らないな」「ド派手じゃなくちょっと人間模様が深めなんで」「ああいいね、好みですよそういうの」「パラサイト観ましたか?」「韓国の?もちろんもちろん、面白かったね」「ああいう感じで」。お客さんのハリウッド人脈、半端じゃない、ビジネスが一緒にできそうかって、わからないけど「今日はお互いに素のままでどういう人間かわかったからよかった、うれしいですよありがとう。けっこう似たもの同士な気もしてます」。これはめったに言わない、お世辞ない人間だから。「そうですね」「今度アビイロードの楽器なんか見せてね、俺、あれとサージャントペッパーズは耳コピなんで。でもアビイロードのほうがちょっとだけ好きかなってとこで」。ここからビジネスをどうやって創るか、これが主人にとってのクリエイティブなんだろうね、僕はついてけないけどね。

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