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コダーイ 組曲「ハーリ・ヤーノシュ」作品15

2014 JUN 22 18:18:27 pm by 東 賢太郎

map01ハンガリーに友人Kが駐在していて、スイス時代に仲間と4,5回は行っただろう。それが毎度ゴルフであり、彼の運転でペーチュという南部の街のあたりまで4時間ほどブダペストからぶっ飛ばして行く。もうクロアチアに近いところだがそこにけっこう難しい36ホールのある立派なゴルフホテルがある。ジャパニーズなんて珍しいからだろうか奴の性格の良さだろうか、Kはそこのオヤジにえらく気に入られていて番犬までなついていた。ホールインワンをやったホールのティーグラウンドわきに石碑を立ててもらっているほどだからこんな奴はそうはいない。気安くゴルフができるわけだ。それに味をしめて何回も行ったのだが金曜にチェックインして土、日で4,5ラウンドやるからまるでプロのトーナメントだ。もう20年も前のことだが、まだホール全部の景色とレイアウトや使用クラブ(番手)をはっきり覚えているところをみるといかに真剣勝負していたことか。

一度夜に4人で街へ出ようと車で向かったとき、ベンツがエンストしてしまった。えらい田舎道で人っ気どころか街灯もなく途方に暮れた。当時まだ携帯電話なんてなかったのだ。1時間ぐらいしてやっと通った車に2人が乗せてもらいガソリンスタンドまで行って何とかしてもらおうとなった。釣り帰りの気のいい若者たちであり、車内は釣果のナマズで臭かったそうだ。ホールドアップのない国で良かった。僕は残留組だった。またひたすら車内で待った。暗闇と静寂の中で凍えるほど寒かった。「こんなとこで死ぬのはかなわんね」と笑っても冗談にきこえない。1-2時間だったろうか永遠みたいに長いこと待った。後方からごうごうと地響きがしてきた。煌々とライトを放った大型トレーラーだった。遠征組の大手柄だ。スタンドで絵を描いてやっと緊急事態が通じたみたいだが、夜中によく出してくれたもんだ。ハンガリーの人はいい人なのだ。車ごと高々とした荷台に乗せられて我々は大いに快適だった。ホテルに凱旋帰還したのは朝の4時だ。Kになついている番犬が突如出現した巨大トレーラーに仰天して気弱に吠えた。

一度は上司とウイーンからブダペストまで車で行ったこともある。90年のことだ。バラトン湖で食事してなんだったか忘れたが屋台で果物を袋いっぱい買って食べながら行ったが食べきれなかった。仕事後にバルトークとコダーイのお墓詣りをさせてもらった。ハンガリーというとグーラッシュだ。パプリカのきいたビーフシチューみたいな料理でご飯があればもっといいのにといつも思う。フォアグラは地元の名産で、それとトカイワインがあれば言うことない。ハンガリーにはモンゴル由来のアジアの血が入っているそうだがどの程度だろうか。ハンガリーのHunはフン族のフンというがそうではないという説もある。ただ姓名の順番は東洋式だからアジアが残っているのかもしれない。ヤマダ・タロウと同じくリスト・フランツでありバルトーク・べラである。

コダーイ・ゾルタンの名作「ハーリ・ヤーノシュ」は同名のほら吹きオヤジが、”七つの頭の竜を退治した”、”ナポレオンに勝って捕虜とした”、”オーストリア皇帝の娘から求婚されたなどの冒険譚をたれる物語だ。ほらでも捏造でもここまで豪快だと憎めない。原曲はプロローグとエピローグを持つ4幕の劇音楽「五つの冒険」であり、そこからコダーイが6曲を選んで以下の演奏会用組曲とした。

1. 前奏曲 おとぎ話は始まる                                 2. ウィーンの音楽時計                                     3. 歌                                                4. 戦いとナポレオンの敗北                                  5. インテルメッツォ                                       6. 皇帝と廷臣たちの入場

第3曲、第5曲で活躍する「ツィンバロン」という打弦楽器にご注目いただきたい。グランドピアノの弦をバチでたたく原理で、そういう音がする。スイスはジュネーヴのレストランでこの楽器の名手のソロを聴いたことがあるが音も大きく感銘を受けた。

第1曲はいきなり「くしゃみ」の音まねで始まる。「聞いている者がくしゃみをすればその話は本当」というハンガリーの言い伝えだそうだ。ほら話がくしゃみで始まるのは逆説のジョークだ。第6曲の最後はバスドラムの一発で閉じる。そんな曲はこれしか知らない。ティンパニ・ソロの一発で閉じるのにドビッシー「海」があるがそれはリズムの拍節どおりに鳴る。ここでは微妙に記譜された拍節からずれて、遅らせて鳴らしている指揮者がいる。例えばセル・ジョルジ(米国名ジョージ・セル)だ。この絶妙の間、文字通りの「間ぬけ」がぜ~んぶホラでしたと聞こえるから不思議だ。これでこそ「くしゃみ」の入りと対称形になって全曲の意味がくっきりと浮き出る。

僕はこの曲がエスニック料理みたいに大好きだ。ハンガリー風味が満載。ときどき無性に食いたくなる。クラシックファンには当たり前の曲だが入門者は知らない人も多いだろう。とにかく病みつきになるほどのおいしい曲なのでぜひ6曲とも聴き込んで覚えていただきたい。ハンガリー民謡のメロディーが不思議と我々日本人の「口に合う」音楽なのだ。

僕の場合、病が嵩じて第3曲「歌」と第5曲「インテルメッツォ」をシンセで弾いてMIDI録音した。前者はヴィオラソロで始まり、練習番号1で Dの和音の上にクラリネットが第3音(f)と第7音(c)が半音下がったジャズでいうドリアンスケールの旋律を奏でる。この長調短調のぶつかりはビートルズの後期の音を連想させる。和音だけがB♭7→Gと東洋情緒あふれる変化をするがこの部分はジプシー(ロマ)音楽風であり、ブラームスのクラリネット五重奏曲を思い出す。 ロマと黒人、ジプシー音楽とジャズ。西洋音楽の周辺、エスニックなところのエッセンスがビートルズにあるというのが彼らの音楽のパワーの源泉だろう。

練習番号2。Poco piu mossoからD、C、F、G、Asus4と続く和音は、特にFが出てくるところが非常にビートルズのStg.Peppers的である。この次にホルンにフルートのトリルが絡まる部分の素晴らしい和音(Dmaj7/b→ E6・7・9→Em7)!なんていいんだろう。作りながら興奮した。この6曲にはこういう興奮箇所が満載だ。いちいち書いていたらブログ10回分になってしまう。そういうマニアがおられればいつかじっくりと喜びを分かち合いたいと思う。ともあれ、ハーリ・ヤーノシュ、旋律は平易に聞こえるが和声進行の個性は絶妙であり他の誰とも似ていない。コダーイオリジナルの天才的作品なのである。

 

フェレンツ・フリッチャイ / ベルリン放送交響楽団

haryi-tuneの自作自演盤は(僕のメモリーにないものだが本物とすると)かなり味付けが濃い。劇音楽そのものだ。コダーイの愛弟子であったフリッチャイの演奏がこれに近い。例えば第4曲のトロンボーンのグリッサンドからの表情づけ、サックスのトリル。曲尾のバスドラムも見事に「間抜け」で鳴る。僕はこれをLPで大学時代に聴き込み、CD(写真)をドイツで買った。僕にとって特別な思いのある演奏であるが、これがスタンダード名曲化する前の原型の香りをたたえた名演として皆さまにも広くお薦めできる。

ユージン・オーマンディ / フィラデルフィア管弦楽団(1961年12月28日録音、CBS)

unnamed (22)こちらは17歳の時にバルトークを買ったらいわゆる「B面」も良かったというもの。指揮者のハンガリ―名はオルマーンディ・イェネーである。現代オケのスマートな快演として評価されているがとんでもない。欧州的な音がしており随所に懐かしい香りがある名盤である。前述「歌」の練習番号2Poco piu mossoのフルートをこんなに見事に「わかって」入念に入れている指揮者は皆無である。この曲の要である管楽器のうまさはいうに及ばずだが「インテルメッツォ」のシンフォニックな弦も格別に颯爽としている(実にかっこいいのだ)。万人のスタンダードとしてお薦めしたい。

(こちらもどうぞ)

バルトーク「管弦楽のための協奏曲」Sz116

Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band

 

 

 

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神山流五十肩治療法

2014 JUN 21 17:17:29 pm by 東 賢太郎

五十肩なんて運動をやっていた自分にかぎって無縁と思ってましたので、今回ほどトシを自覚したことはありません。ピークの痛みの半分ぐらいにはなりましたが、それでも油断大敵で、昨日電車にぎりぎり飛び乗った時に、持っていたカバンの重みでひねったのかまた激痛が。こうやって思いもよらぬところでズキっときてウッとなる自分が情けないです。

今日は1週間おいて7本目のヒアルロン酸注射をうちました。これが効いているのか、神山先生に教わった体操が効いているのか、それとも時間がたっての自然治癒なのかはよくわかりませんが、とにかく可動域は少しは広がっています。

きっとお悩みの方も予備軍の方もおられるでしょうから、神山体操のやり方を書いておきます。とても簡単です。

壁にそって直角に立ちます。僕の場合左肩なので右向きです。手のひらを肩の位置で壁に当てます。これだけで痛いはずです。そして指をピアノを弾く(こちょこちょする)みたいにして、指の運動だけで壁を登っていきます。高くいくと痛いです。それを我慢して、指の力でなるべく高くまで行く。これを毎日何回かゆっくりとやります。

最初はできませんでしたが最近けっこう楽にできています。これが痛みなくできた時、五十肩は完治しているそうです。

 

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ヤクルト対ソフトバンク観戦(?)

2014 JUN 21 11:11:36 am by 東 賢太郎

昨日は気晴らしに早めに会社を出て本当に久しぶりに野球場へ行かせてもらいました。ヤクルト対ソフトバンク、神宮球場です。

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初夏の風物誌ということで写真をご覧ください。試合開始の6時はこんなもんです。

 

 

 

内野はこんなもんです。

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サード側なのはソフトファンだからではなく、ここがいつもの指定席というだけです。これで3100円はお値打ちです。

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くつろいでいたら仕事の電話が鳴り、仕事のメールが立て続けに入りました。結局ずっとメールに返信するはめになり、気がついたら試合はこうなっていました。

 

 

ヤクルトがちょっと反撃したが9-6でソフトの勝ち。空の下で仕事するのも悪くないなと思いました。

 

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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ニ短調作品30

2014 JUN 20 0:00:01 am by 東 賢太郎

ピアノ協奏曲の王はベートーベンの皇帝だろう。では女王は?シューマンといいたい気もするがこれの前には王女かもしれない。王もひれ伏すしかない豪壮さとメランコリー。ピアニストが最も攻略にてこずるが、籠絡したら未曾有のパンチ力で聴き手を打ちのめす恐るべき音楽である。

ライブでこの3番の良い演奏を聴くことは僕のクラシック鑑賞の無上の喜びの一つである。終わった瞬間、我々聴衆はまるでフルマラソンの優勝ランナーをゴールに出迎えるように、能力と体力のかぎりを尽くして走りぬいた勇者を讃えるかのような熱い感情に包まれる。そういう曲はあまり心に浮かばない。

第1楽章再現部前にある大カデンツァのように素人目にも空恐ろしいアクロバティックな印象から狂騒曲の評価を下す人もいるだろう。しかしそうではないように思う。第2楽章冒頭のオーケストラ部分を聴いてほしい。世に数多ある「悲しみの音楽」の中でもこれは優れた部類のものだ。

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ラフマニノフの書いた緩徐楽章、第2交響曲や第2協奏曲のアダージョもすばらしく美しいものだがこのどうにも胸が絞めつけられるようなものは聞こえない。3番のアダージョは切々と訴える和声が悲しいが涙をさそうわけではない。何かを諦めたようであり、切なく期待してみるようでもあり、悲しみは結晶化して澄んだ冬空みたいに透明である。僕はこれを聴くたびに耳に残って離れなくなる。気になって仕方なくなる。こんなにウェットな音楽はほかに記憶にない。

ピアノパートのヴィルトゥオーゾ的なものの価値は弾けない僕にはわからない。ラフマニノフ自身がこれをニューヨークで初演したが、渡米する船の中でサイレントピアノで練習して臨んだという。ラヴェルのように自作を弾けない人もいたが、弾かずに書いて他人の作のように練習するという順番になる脳の構造が凡人には想像できない。なお2度目の演奏の指揮者はグスタフ・マーラーであった。慣れないオケにこれは名曲だと時間を超過して練習させラフマニノフを感動させた。

youtubeからお借りするイェフィム・ブロンフマンのピアノは見事。メタボ気味のご体形だがこのぐらい体重がのった強い音がないともの足りない、ピアノを壊すんじゃないかというほどのffだ。速いパッセージも深い音でよく弾けていて、ゲルギエフがあおる終楽章の快速テンポからさらにアップしていくコーダの鬼神のような終結!人間ってこんなに凄いことができるんだね、人に生まれてよかったね、なんて見知らぬ人とハグしてしまうかもしれないなあ。これを聴いたラッキーな方、うらやましい。

N響Cプロ、アシュケナージ指揮でアルプス交響曲の前半にベフゾド・アブドゥライモフというまったく初めて聞くウズベキスタン出身23歳の若者が弾いた。冒頭主題の微妙なテンポの揺れによる主張と完璧なコントロール。只者ではない雰囲気に会場が息をのむ。この曲を何度か録音したアシュケナージだがハイティンクとやったDecca盤ではもう(ほんの微妙にだが)テクニックに苦しさを感じる。それほど超弩級に高難度の曲だ。ところがこの若者、難しいパッセージに一切のほつれもなく、だから難しく聴こえない。普通の野手だとファインプレーに見える難しいゴロが、名手がさばくと普通のゴロに見える、そんな感じだ。だから汗だくで弾いて完走おめでとうのヒーローに拍手をする感じではなく、余裕含みで良い音楽をありがとうという感謝の拍手を送った。大物候補だ。

アシュケナージの指揮について一言。彼がコンセルトヘボウ管と録音したラフマニノフ交響曲全集は名盤である。曲の勘所をこれほどつかんだものはない。この日の伴奏もその例で、コーダでのピアニストと第1ヴァイオリンによる盛り上げの山を両者のシンクロをキープしながら引っぱって全オーケストラが爆発へ向かう興奮はさすがと思った。

 

ウラディーミル・ホロヴィッツ / ユージン・オーマンディ/ ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

4193-NNyMTL__SL500_AA300_自身大ピアニストでもあった作曲者が3番の免許皆伝を与えて自分は弾くのをやめたというホロヴィッツ最晩年の歴史的記録である(78年1月8日カーネギーホールのライブ)。このLPが鳴り物入りで発売され自宅でかけた時の衝撃と興奮は今も忘れない。聴きかえしてみると今や伝説の人となったホロヴィッツは一流のショーマンだったと思う。オーマンディーは唯一残る3番のラフマニノフ自作自演盤の指揮者だ。この人と会って話をしたなど今となるとうそのようだ。もっとその時の話をきけばよかったなあと後悔の方が先に立つ。

 

(補遺、3月12日)

ニコライ・ルガンスキー / イワン・シュピレル /  ロシア国立アカデミー交響楽団

608917201222ロシアの正統ヴィルトゥオーゾの快演。ルガンスキーは新しい録音もあるが若い感性とエネルギーに満ちたこっちが好きだ。シュピレルという指揮者はまったく知らないが、曲想に生気があり、音楽の山の作り方も実にうまい。ピアニストが伸び伸びと力を出し切っており、ff でのタッチのキレと輝きのある高音、深く鳴りきった低音、澄んだ抒情、コーダの豪快な爆発など3番に求めたいものがすべてある。万人におすすめしたい。

 

アレクシス・ワイセンベルグ / ジョルジュ・プレートル / シカゴ交響楽団

51ys-x0oq0L大学時代に買ったこれのLPで3番を覚えた、僕にはおふくろの味みたいな演奏。まず、ピアノがオンの録音でトゥッティでも全部聞こえるという点で稀有である。これがあまりに「ちゃんと」弾けているのでゾクゾクするほど凄い満足感が得られる点でも稀有だ。和音がつかみきれなかったり指が回らなかったり弾き飛ばしたりペダルでごまかしたりというのがないのは3番においてはめったにないことなのだ。タッチはクリスタルのように硬質で、その意味でもこの3番は稀有だ。プレートルの指揮も透明で暑苦しくなく抒情も深く、最高の満腹感を与えてくれる今もって僕の愛聴盤だ。

 

ゾルターン・コティッシュ / エド・デ・ワールト / サンフランシスコ交響楽団

317Y8HKRR3L作曲者の自演盤も速いがこれはいい勝負である。録音を含めて自演の完成度をストレートに高めた演奏という意味で、僕はこれを3番のベストと讃えたい。コティッシュは大学時代にカセットで聴き込んだドビッシー、ラヴェルで気脈が合致するのを感じる。クープランの墓も全曲をオケに編曲してしまう。安物のセンチメンタリズムに無縁で楽譜のリアライゼーションに徹するなど音楽に対する原理主義者の姿勢がとても趣味に合う。ここでのピアノのメカニックもハイレベルで、それなくしてそういう趣味は達成できないのだが、それをこれ見よがしに売り物としない節操も好ましい。持ってる人と持ってない人の差だ。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

 

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4人の日本の至宝

2014 JUN 18 22:22:59 pm by 東 賢太郎

海の向こうではヤンキース田中が両リーグ単独トップの11勝目(1敗)を挙げ、防御率は驚異の1・99となったようです。球場で見てみたいです。一見すると気合いで投げる投手に見えますが、それよりもコントロールが図抜けてると思います。打たせない嗅覚があるクールな勝負師で、思ったところに思った速さと球質で投げられるという感じがします。どっちも日本の誇りですが、ダルビッシュが変化球の凄まじいキレでねじ伏せるのと好対照ですね。

海のこちらでは東京ドームでオリックス金子が投げるのでどうしても見たかったのですが甘かった。当日券完売でした。日本シリーズになる可能性の高いカードだし仕方ないですね。そうしたら甲子園では大変なことが起きていて、大谷が阪神相手に8回を1安打無失点11奪三振だったそうです。

去年の5月にこのブログを書きました。

大谷はピッチャー一本でいくべきである

そのままの言葉を今日も書きたいです。

そのうち完全試合をやるのでは。ノーヒッターではなく完全試合。ダルビッシュ、田中より上かもしれない。とにかく球が速いです(こればっかりは努力でどうにもならない)。当時の157kmが160kmになっています。このままいくと170も夢でないかもしれません。打者としてもカープのマエケンを苦も無く打っていたし超一流の才能を感じますが、やっぱりピッチャーで鍛えぬいてほしい。160出せる唯一の日本人、オンリーワンの至宝、国宝ですから。

この4人、全部パリーグです。パは東京に球団がないので交流戦が終わると千葉か埼玉まで行かないと見られません。困ったもんです。

 

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日本サポーターのゴミ拾い

2014 JUN 17 10:10:12 am by 東 賢太郎

サッカーのワールドカップ(W杯)初戦で日本はコートジボワールに逆転負けを喫しましたが、スポーツですから試合の勝ち負けは仕方ないでしょう。今回の結果がどうこうではなく本田の「優勝するぞ」という目線はいつも敬意とすがすがしさを覚えます。現実派の選手達から浮いているという報道がありますが、彼が ”畜群思想” に負けないよう、エースを潰さないよう願うばかりです。

非常に興味深いことに、このゲームで日本代表サポーターたちが試合後にスタジアムのごみ拾いを行ったことをブラジル現地メディアは「敗れたにもかかわらず、日本人の行為は人々の心をつかんだ」と称賛している、とのニュースがありました。

これは日本人として至極当たり前ですね。ところがそれが報道されてしまう。それほど世界の人はそういうことをしないのかなと驚きます。負けた場合はゴミはぶちまけ、相手の罵詈雑言を吐き捨てて去るのでしょうか。

これは日本という国が西洋人が作った尺度で測れないということを世界が認めだしている証拠と思います。そしてそれが物珍しいだけでなく、好感度を上げていることを。ああなりたい、立派だと憧れる若者が世界に増えていると感じます。

そのことと、このニュースは無関係でないと思います。

BBCの調査によると、日米中韓など16カ国とEUについて「世界に良い影響を与えているか」を聞いたところ、「良い影響」で日本は第5位とアジアでトップ。中国は9位、韓国は11位だった。反対に「悪い影響を与えているか」との質問には、イランと北朝鮮が1、2位で、中国は6位、韓国は9位、日本は11位だった。

ネガティブキャンペーン、罵詈雑言というのはわかるに人はわかるのであって張った方も傷つくのです。

偽造だなりすましだという浅ましいことはしないで清清とこのサポーターの方たちを見習って生きて行けば日本は自然に世界の憧れの国になるでしょう。

企業についても社会的責任投資といって、従来の財務分析による投資基準だけでなく社会・倫理・環境といった 点で社会的責任を果たしているかどうかを投資基準とする考えが世界の主流になりつつあります。

それを狙ったやらせ、なりすましの善行ではなく、長く続いた社風として自然に「ゴミ拾い」できる日本企業はあります。そういう企業が世界で評価される日が来ると言っても誰も信じないでしょうが、僕は確信しています。それが21世という時代です。

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R・シュトラウス アルプス交響曲

2014 JUN 15 20:20:32 pm by 東 賢太郎

R・シュトラウスのアルプス交響曲は83年留学中にアンドレ・プレヴィン指揮フィラデルフィアO.で、次が97年スイス赴任中にハインツ・ワルベルグ指揮チューリッヒ・トーンハレO.を聴いた。後者は打楽器の横の座席で当時10歳の長女を連れて行ったが、目の前のウインドマシーンの風音とサンダーシート(雷の音を出す)のばりばりに驚いてしまった。スイスでの2年半を思い出す特別な曲である。

R・シュトラウスのオーケストラ曲は耳の美食である。とにかく空気が良く鳴るが、このゴージャスな贅沢さは広大な空間の「鳴り」だからどんな立派なオーディオ装置と部屋でも絶対にわからない。ベルリオーズ、R・コルサコフ、ラヴェルが古典的定義では「世界三大管弦楽法大家」だが、この3人の音楽の美質は装置さえ優秀なら家でも味わえるという性質のものだ。しかし、管、弦、打楽器という分別を忘れるほど音響がアマルガム(合金)と化して七変化を遂げる奇観、壮観という点で、シュトラウスの右に出るものはいない。

この「オケの存在を忘れる」という特徴は描写音楽に好適である。音が風景や画像を邪魔しないからである。映画「2001年宇宙の旅」に使われた「ツァラトゥストラかく語りき」。あのドーソードー(5度+4度)にある宇宙的盤石と長調短調が揺れ動く光と影。あれは宇宙というもの体感させる音楽(本来はそうではないが)としてぴったりであった。いわば大人向けディズニーアニメの劇伴音楽になろうと思えばなるのである。だからだろう、ハリウッドの作曲家に大きな影響を与えたと言われる。どうして彼がサンダーシートまで発明して管弦楽団に必要としたかはその衒いのない写実精神によるだろう。

アルプス交響曲はドイツ語でEine Alpensynfonieだが古典的定義の交響曲ではない。アルプス登山の一日を活写した大絵巻であり登山者の遭遇する景色や天候を、心象風景というよりもリアルに描写した観が強いという意味でベートーベンの田園交響曲よりもムソルグスキーの展覧会の絵に近い。しかし一方で、夜から夜に帰る連続的な時間の連鎖と、日の出-山頂にて-日没というピラミッド型の左右対称形という型式とを持っている点、景色の無秩序な羅列ではなく、ドビッシーが自作「海」を交響詩と位置付けた感じに近いように思う。決して銭湯の富士山のペンキ絵のような軽薄な音楽ではない。

R・シュトラウスは、強者をおとしめ弱者を救おうというキリスト教(畜群思想と呼ぶ)を否定した無神論者のニーチェに傾倒した。その思想は向上心を奪い本来の人間本性に背くからである。しかしその人間も自然の上に立つことはできない。「ツァラトゥストラ」でハ長調を「自然」、半音下のロ長調を「人間」と見立てているのがそれである。そしてさらに、このアルプス交響曲はそのさらに半音下の変ロ短調が開始と終止の登山家の立脚点になっている。

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このピアノ譜の右手は弱音器付の弦5部を10パートに分割した20の音から成るシ♭とシ♭の間の変ロ短調音階の全ての音が鳴る「トーンクラスター」となっている。そして全曲の頂点である「山頂にて」では、ツァラトゥストラと同じあの「自然」の象徴であるハ長調が世界を制圧したファンファーレを轟かせるのに当曲の思想性を見る。終結のヴァイオリンが上昇してラ♮、ドとシ♭を避けたまま不安定に終わる。畜群ではない人とはいえ、自然には太刀打ちがかなわないのである。シュトラウスは一見お気楽ディズニー風の風景画を装いつつ、「アンチ・キリスト」という重たい画題を封じ込めたのだと思う。

私事になるが先頃書いたようにチューリッヒに住んで顧客を毎週のようにスイスアルプスへお連れし、自宅からもその遠望を眺めるような環境に2年半もいるとこの曲はそれまでと親近感が変わってしまう。R・シュトラウスはスイスではなくミュンヘンの南、バイエルン州とスイスの境であるガルミッシュ・パルテンキルヘンからツークシュピッツェ山に登った印象を描いたのだが、書こうというその気持ちがよくわかるし「虹(幻影)」からカウベルの鳴る「山の牧場で」にかけては懐かしさに心が動くのを感じる。家族を連れてインターラーケンからグリンデルワルドへ登る道すがら、踏切を渡った右手の丘に雄大な放牧地がある。草の緑があまりに美しいので車を止めて娘たちを遊ばせた。乳牛がそこらじゅうにいた。

スイスに住んでいるとカウベルの音は慣れっこになるが、一頭ということはまずないからあちこちからカランカランと来る。「山の牧場で」では複数のベルが鳴る。楽器なのだから一つでいいようなものだがそれではカウベルに聞こえない。N響では左端の打楽器奏者と右のティンパニ奏者でステレオ効果を出していた。面白いのはカウベルはスコアにHeldengeläuteと指定されていることだ。直訳すると「(獣の)群れの鳴り物」でマーラーの7番のカウベルもHerdenglockenなのだが、いわゆる「群衆心理」はHerdengeistであり、前述の「畜群的人間」こそがHerdenmenschなるニーチェの造語なのである。僕はシュトラウスが嫌った畜群、つまり強者を妬み貶める群衆と牛をひっかけたような気がしてならない。

N響Cプロに移ろう。こう書いては失礼なのだが、アシュケナージとバレンボイムはすっかり指揮者になった。僕らの世代には彼らは若手ピアニストであったのだ。ところがだんだん20世紀のマエストロが亡くなっていって、彼らはもう巨匠指揮者の仲間入りしている。今回の座席はC14の左寄りだったがコンマスが伊藤 亮太郎だったせいなのだろうか、弦はいつもより粘度が高く良かったように思う。管もブレンドされ浮き出ることがなく、アシュケナージはピアノでは出せない音響の調合具合にこだわりがあるのかもしれないということは虹(幻影)の部分でかつてない高音部合奏の色彩を耳にしてそう思った。この曲はそういう方向性がよく活きるし、そういう音を練りだしたというのは指揮者の実力以外の何ものでもないだろう。

以下、僕の愛聴盤である。

ルドルフ・ケンペ/ ドレスデン国立管弦楽団

61LLIJysrCL__SL500_AA280_ この曲を初演し献呈されたのはこのDSKである。他のオケはもちろんDSKそのものも今やこういう音はせず、地球上から絶滅した東独産生物の化石のようなもの。R・シュトラウスということを度外視してもDSKの最高のフォームが記録されている世界文化遺産もののCDである。これを地味という人もいるがこの曲を派手に演奏すべきという考えはどこから出てくるのだろう?

ホルスト・シュタイン / バンベルグ交響楽団

655そういう人にはもっと地味に聴こえるはずだ。だがこのローカルな耳当たりと朴訥な味わいは地酒のようで何とも芳醇である。僕の知るアルプスの鄙びた風土にベルリン・フィルやシカゴシンフォニーの洗練はどうも似合わない気がする。ホルスト・シュタインのワーグナーの延長にある豪壮なオケのドライブ、しかし細かな部分の彫琢もおろそかになっていない。練達の指揮でないとこうはいかないと思う。

 

ゴルフの謎 (Thank you, but not for me.)

マーラー交響曲第6番イ短調(ついに聴く・読響定期)

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やだ、うそ、信じられな~い

2014 JUN 14 23:23:44 pm by 東 賢太郎

22年前の話です。夏の暑い日に課で残業してもう9時ぐらいだったでしょう。といってもほぼ日課のことで、その時間までメシ抜きというのもざらでした。国際金融部コーポレートファイナンス課長だった僕は「おい、今日はおしまいだ、みんなでなんか食べに行くぞー」。部下たちに声をかけると、「やったやった、東さん、焼き肉行きましょ」と大はしゃぎ。家族的な課でしたね。みんな机の引き出しに厳重に鍵をかけて大手町アーバンネットビルを出ると、困ったことにぱらぱらと大粒の雨が降りだしていました。「まいったね、天気予報も最近あたんないよなあ・・・」、というのは誰も傘を持っていなかったのです。

急な雨で大手町ビルの反対側路上のタクシー乗り場は満員です。どこもタクシーをつかまえる人であふれて車はなかなか来ません。前には5、6組も待っていて僕らは雨よけからはみ出してしまい、もうけっこうびしょ濡れです。30分以上も待たされてやっと我々の順番が来て車のドアが開いたその時です。横の方からひとりの若いOL風の活発そうな女性が何のためらいもなくさっと前に割りこんできました。そのあまりの自然な感じに驚いていると、挨拶に目を合わせるでもなく、何の説明もすみませんの断りもなく、我々を差し置いて車に乗り込もうとするではないですか。

「ちょっと待って、ちゃんと並んでくださいよ!」まず体で女性をブロックしたのは運動神経抜群ながら普段はおとなしいH君です。「あんた後ろに何人ならんでると思ってるの」、知性派紳士で女性に人気のI君も珍しく語気を荒げます。するとです。その24,5と思われる派手目な化粧の女性は勝気そうに我々4人をひとりひとり睨み付け、驚いたような顔をつくって大声でこういい放ったのです。

「やだー、うそー、信じられな~い」。

うーん、この女、目がどっか狂っとる・・・あっけにとられる東課長をしり目に、ついに堪忍袋の緒が切れた正義感のかたまりのK君、

「信じられないのはこっちの方だ、この**!」

**は余計でしたが誰が見ても正鵠を得ている極めて写実性の高い描写ではあり、4人はなにごともなく焼肉屋に向かったのでした。

こういうのを逆切れと呼ぶのはだいぶ後で知りましたが、この頃がこういう輩の出現のはしりだったでしょうか。何をしてもワタシは平気、悪くない、お母さんがそう言ってたワ、○子ちゃんはすごくかわいいし、男はみんな何でも許すわ、フフフ♡・・・お顔の表情がこういう感じですな。そこまで絶対の自信をこめて大きく勘違いできるのは天賦の才としか理解の仕様がありません。まあ男ぐらいで済んでいればかわいいものだが世間となるとそうもいかないでしょう。

この女性の父親は何をしていたんだろう、何でも許す男のひとりだったんだろうか。父性原理がない世の中というのは日本女性の本来の魅力まで奪ってしまいます。「あのー、すみません。大変勝手なことなのですが、さきほどから少し体調が悪くて・・・」とでもいえばまず正義漢のK君が黙っていたはずはなく、後ろの人にまでそう説明して「お大事に・・」と送り出したでしょう。万万が一にも30分後に医者でなく同じ焼肉屋に彼女の姿を見出したとしても、まあゆるせるかな。

逆切れはいけません。K君さえも放送禁止用語の**ぐらい言ってしまう。得るものはありません。まして同じ焼肉屋で見つかったら・・・人生を棒にふるかもしれません。

 

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世界三大不正の一つと言われる国辱(追記あり)

2014 JUN 13 22:22:47 pm by 東 賢太郎

僕は3月にこういう投稿をしました コピペという文化。そこに隠喩したSTAP騒動はまだ本格化する前でした。

その醜態はとどまることなく、一昨日も論文データを改ざんしたノバルティス元社員逮捕のおぞましいニュースが出ました。シニアの方々はクレージーキャッツの映画『ニッポン無責任時代』を覚えておられるでしょうか。今や男も女も無責任ぐらいはかわいい方で、むしろ、嘘、ごまかし、なりすましで積極的に他人を騙し、ばれると「悪意はなかった」と平然とその場しのぎを言ったあげくに逆切れするのまでいる時代です。外を見ればそういう国はいくらもありますが、そうではないのが美徳だった日本も立派にグローバル社会の一員になりました。

理研改革委の岸輝雄委員長が述べられたようにSTAP事件が欧州で「世界の三大不正の一つ」と認定されているなら、これは科学史に残る重大事件であってセンター解体ぐらいでは足りないぐらいです。もとより多額の税金によって設立、運営される公共の組織を吹き飛ばしたことだけでも重罪ですから、責任者たちはそれに匹敵する裁きを受けるのは世界の常識であり、税金の返還請求など当たり前です。弁護士が意味不明の情緒的弁解をくり返してきましたが、そんなことはまったくどうでもよく、淡々としかるべき手続に従って裁かれるだけです。

僕は何度も我が国における「父性原理の後退」を指摘してきました。マッカーサーGHQ占領下での日本非武装計画(というより計略)に端を発した諸々の仕組みと洗脳が奏功し、半世紀余を経て父性原理は危険かつ時代錯語とされて国ごと去勢されました。日本はおろか儒教国ではありえないお父さんが犬であるあの不愉快極まりないCMはその土壌でしか効能がないでしょう。その腐った土壌にもうひとつ、米国文化の軽薄な面だけをアメリカンと勘違いするそれこそ軽薄な面々の文化が上塗りされることで冒頭のコピペ文化は形成されたと思います。それは日本人、日本国の大黒柱の腐蝕であります。僕は右翼でも軍国主義者でもありませんが、どこの国でも当たり前の愛国者なら危機感を持つはずです。

今回の理研改革委の解体提言は父性原理による必然の鉄槌であり、母性的な情緒が影響して終息しかねない国情の中でそれが下されたというのは識者の立派なご見識の発露であり、至極健全と思われます。元来そういう性向を有すると思われる行為者はどこまで責任能力があるのかすら不明に思われる程度であり、そのような者をずさんでいい加減な入試とプロセスで選別、合格させ、しかも放置した管理者たちの責任こそ決定的に甚大であります。

ここで我々国民が注視しなくてはならないことがあります。研究不正は「研究倫理」の問題であり、「研究内容だけ」に関わる問題です。だから個人の問題であり、その個人を罰して例えば懲戒免職にして終わるという解決は可能です。ところが今回は組織の管理体制ごと救済しがたい無能力と判断したわけです。だから組織ごと懲戒免職にする、つまりお家お取り潰しとなった。老中、家老は切腹。これもわかります。

ところが週刊文春が指摘した使徒不明の経費、出張費という別の問題が発覚しました。これは「研究内容」の話ではないので三大不正とはまったく別次元の問題です。2人で1回9万円の出張が週1以上のペースで11か月も続くというのは尋常ではなく、多忙な実験の間をぬって国費で行ったのですからよほど重大な案件があったのでしょう。それは何だったのか???これが国民的関心事になった以上、お家お取り潰しで記録がなくなりましたでは済みません。消費税をさらに10%にすると言っている矢先です。その税金が2人の使途不明金に消えていましたでは納税者は誰も納得しない。理研の監督官庁の問題でもあり得るでしょう。

この騒動が世界にも納得のゆく形で解決し、誠実かつ優秀な科学者、研究者の皆さんが正しいモチベーションをもって研究に邁進され、世界三大級の成果をあげられることを切に願います。

 

(追記、6月18日)

安倍内閣第3の矢と予算。先端科学と女性登用。下村大臣と文科省。先進医療と医工連携。早稲田と東京女子医大。ハーバードと  Brigham and Women’s Hospital。特許50-50。 理研と独立行政法人。GPIFと独立行政法人中小企業基盤整備機構。ゴッドハンドと入試なし。

 

 

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ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスの訃報

2014 JUN 13 1:01:05 am by 東 賢太郎

コリン・デービス、クラウディオ・アバド、ゲルト・アルブレヒト各氏と相次いで20世紀の巨匠が亡くなりましたが、今度はラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスさんの訃報をききました。

4氏ともライブを聴き楽しませていただいたのがついこの前のようで、時の流れは予期せぬ速さでどんどん大事なものを奪っていきます。若い頃、実演でフルトヴェングラーを聴いたワルターを聴いたという方がうらやましくて仕方ありませんでしたが、そろそろ自分がそういう年齢になってきているのかもしれません。

ブルゴスさんはまずフィラデルフィア管の定期に現れて84年の3月2日と9日とに聴きました。プログラムを見ると2日がストラヴィンスキーのプルチネルラ、ヒンデミットの弦楽器と金管のための協奏曲、ファリャの三角帽子であり9日がベートーベンの交響曲第4番、ドビッシーの夜想曲、アルベニスのイベリアから3つの小品だったようです。残念ながら記憶がありません。

2度目はロンドンで85、6年ごろと思いますが、ロンドン交響楽団を振った田園交響曲とシェラザードというプログラムでした。昔のことなのでそこまで覚えているのは少ないのですがなぜ記憶にあるかというと、性に合わない演奏でとても不快になり怒って帰ったからです。ホールはバービカンでどうもあそこの音は好きでないのも悪かったのですが、シェラザードはベンチマークであるアンセルメとあまりに異なり許容しがたかったように思います。

その初対面のトラウマから以後は遠ざかってしまい、3度目にきいたのは10年ほどたった96年のチューリッヒ・オペラハウスでのカルメンでした。この年はスイスでの日本企業による起債が活況で野村證券はスイスフラン建てワラント債や転換社債の引受主幹事を何本もやらせていただきました。調印式はチューリッヒで行うので社長様がお見えになり、当時スイス社長だった僕はホストとして昼には全引受業者20-30人を集合させて会社様と調印、夜にオペラをご一緒してディナー(だいたいがチーズフォンデュー)、翌日はユングフラウやピラトゥス観光へお連れするというのがお定まりのコースでした。

などと書くと優雅な稼業に聞こえますが、この年は起債数が記録的に多くて体の疲労度も記録的であり、40歳の若僧が野村代表として二回りほども年上の上場企業の社長様ご一行とべったり2、3日おつき合いするのですから気苦労も半端ではありませんでした。それが1年中、ピークの時期はほぼ毎週、時には同じ週に2件重なってやむなくディナーをハシゴしたこともあります。腹が目立って出てきたのはたぶんこの年からでした。

そういう年に、お客様をご案内して聴いたのがブルゴスさんのカルメンでした。2月10日のことです。接待ということもあったかもしれませんが、どういうことか歌手はみんな忘れてしまっていて、すごく有名な人だったでしょうがプログラムを探さないとわかりません。先に書いた理由からあまり期待してなかったのですが、予想に反してブルゴスの指揮は本当に見事で、僕はチューリッヒ時代の2年半にここで何度もオペラを観ましたが、サンティのボエーム、ウエザー・メストのバラの騎士とホフマン物語、そしてこのカルメンがトップ4でした。カルメンが誰か覚えていないのに公演の記憶はあるというのは、オケ・パートがあまりに素晴らしかったからで、以前書いたテノール不調だったのにオケで圧倒されたサンティのボエームと双璧でした。

帰国して一時、読響会員だったことがあるのですが、そのブルゴスさんの名前を見つけて一番の楽しみしていたところ代役になってしまいがっかりしました。これもよく覚えているのだから、4度あった機会の3回はどれもが印象にあるのです。今はあんまりカルメンの気分ではないのですが、週末にでも彼のパリ・オペラとやったレチタチーヴォ形式の名演CDを聴いてあの96年の感動を偲んでみようかなと思います。ご冥福をお祈りします。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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