人間ドックはワンダーランドである
2017 NOV 7 1:01:53 am by 東 賢太郎
人間ドックというのは不思議なところだ。問題はありませんという答えを待っていて、期待どおりそういわれると高い金を払って損した気分になる。今年は夏休みもなく心配なぐらい疲労感があったが、結果は「体重を落としましょう」だけだ。先生こんなこともあるんだけど、いえ全然心配ないです、で、前回は2年前ですね・・・それを何とも思ってなかったほうが問題なのか。
周囲を見ていると面白い。来ているのは例外なく、病気かもしれないがきっと病気ではないだろうと思って今日までは来ていて、そう思ってる自分を疑っている健全な猜疑心を持った人たちだ。年齢はほぼ40代以上。6割ぐらいが男性で、女性より高齢者比が多い。7割はスマホ、残りはほぼテレビを見ており、自分の本が数名、新聞はスポーツ紙を数名、2年前は取りあいだった最新の雑誌は余っている。こんなところにも世相が見える。
今回、かつてなかった妙な感じに気がついた。僕は手術も入院も経験がない。両親の看病で病院通いは多かったが、お見舞い人というのは病院にとっては来なくてもいい、長居すると迷惑なお客さんだ。それが人間ドックでひとたびガウンを着ると、とりあえずなんちゃっての主役である。担当の女性アテンダントなぞがくっついて、かいがいしく万事やってくれる。うん、ぶっ倒れて患者になっちまうのも悪くないかな、なんてあらぬ気分になってしまった。
僕は採血が大の苦手である。横を向いて体がこわばってるので、たいてい看護師さんが注射針を構えたまんま「大丈夫ですか」と心配する。大丈夫じゃないよ、見てないうちに早くやってよ!というのがお決まりだ。やれやれ、やっと終わってロビーの椅子に座ってると、きっと顔が青い。するとアテンダントがご気分悪くありませんかとくる。良くはないと答える。いままではこういうのが煩わしいと思っていたけれど、今回は妙にありがたかったりするのも不思議なものだ。
先生に問題ありませんといわれてもそれは人間にとって乗り物であるカラダのほうの話であって、のっかっているココロのほうはデータに出ない。その妙な感じというのは、ひょっとして心のSOSかもしれないぞと思った。僕の仕事は道なき道を行くので地図がない。背負ってる荷物は重たいがガイドもいない。だから日々恐怖がある。それなのに、物作りするわけでない金融屋というのは崖から落ちて死んでもきっと誰も同情しない。それでもう7年だ。
健康なんだから親に感謝すべきことではあるが、それだけで人生楽しいわけではない。いや、万一楽しくないとすれば、体が壊れるまで死ねないというのはむしろ苦痛かもしれない。ガス欠にならない頑丈な自動運転車にドライブ嫌いが閉じ込められて、永遠に走り続けるみたいなものだ。たまにはエンストかパンクぐらいして修理工場のお世話になるのもいいよと、精神のほうが妥協を求めているのかもしれない。
そういえば、車中でドライブに退屈しないことこそが「人生の極意」なんじゃないかと思うことがあった。つい先日のことだ。綱島の天然温泉に行って、東京特有の黒湯につかって2時間ほどぼ~っとしていた。周囲はヒマそうなおじさんばかりで、まったくなんということもない。ところが翌日、寝覚めがやけに良くて快調で、なにか良かったのかなどうしてかなと考えてみるがわからない。要は、ぼ~っとしていい気分の人たちに囲まれて、それをおすそ分けしてもらったのかもしれない。
これが英語でパースタイム(pastime)というものなんだろう。いい言葉だ。学校では趣味、娯楽、気晴らしと訳すことになってるが、ちょっとニュアンスが違う。ここが非常に大事である。趣味は要するに道楽のことであって、自分から積極的にはたらきかけて時間を使うこと、つまりホビーだ。娯楽は楽しくさせてくれる活動のことだからアミューズメントが近い。気晴らしはいい線いってるが、憂さを晴らすという感じがはいってくるのでやや違うと思うのだ。
ではパースタイムとは何か?「本業ではなくて、どうしてもやりたいというほどのことでもないが、別にいやでもなくていい暇つぶしだね」ぐらいのあっさりしたお味と距離感のものだ。受け身だから疲れない、ここがポイントである。僕の綱島温泉は近場でお手軽で、ドンピシャでまさにそれだったわけだ。なるほど、もしかして、そういうものこそが人生を明るく照らす宝なんじゃないかと真剣に思うようになってきた。
ところがだ。じゃあ何があるかなと考えてみると、それが意外にないことに気づく。皆さんいかがだろうか?趣味じゃない。娯楽でもない。気晴らしでもない。明日はゴルフだぞみたいに積極的なものではなくて、家内や娘に買い物に引っぱって行かれてめんどうだなと思いながら、行ってみるとけっこう楽しくて時間を忘れたというたぐいのものだ。受け身なものだけに自分から探しに行くと逃げてしまう。それで意外にないのだ。
人間ドックは貴重であった。気を使っていただいて安楽に感じたのはそういうことの発見だったかもしれない。採血さえなければ毎月ぐらい通いたいものだ。思えばこういう気持ちになるとトシをとったということなんだろうか。
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M君の訃報
2017 OCT 22 1:01:28 am by 東 賢太郎
去年の10月20日に西室から中村順一君の訃報を聞いた。俄かには信じ難いことだった。彼が今いてくれたら話したいこと相談したいことが山ほどあった。そろそろ一周忌と思っていたら先週にお世話になったT社長が逝去され、一昨日は会社の後輩M君が急逝したとの連絡があった。
ロンドンで仕事した6年間で格別の記憶に残っているのがM君だ。僕が部門のヘッドになって初めて東京から転勤してきた新人で、長身で礼儀正しく、好青年を絵にかいたような男だった。なにより仕事のセンスも性格も良くてキャラクターは明るく、異例なことだが僕自身がインストラクターになっていちから仕事を教えたのは進んでそうしたくなる俊英だったからだ。大変有能でありやがて著名な投資家にコネクションを作ってきて、同伴してアカウントを開いて乾杯したり、忘れられないエキサイティングな思い出がある。
大出世して野村の役員になっても連絡をくれ、時々食事などした。こちらの仕事のことにも真摯に耳を傾けてくれ、東スクールの生徒ですからとつい先日もロンドン時代に僕が言った言葉など披露してくれてひとしきり思い出話になった。それをブログにしたほどうれしかったし、人柄も人物も並とはちがうと深く感じ入った。まだ50半ばだがいずれ定年になっても何かしたいというので、そうなったら俺もトシだからウチに来て社長やってくれよと話した矢先のことだ。冗談ではなく、それを言ったのはM君だけだ。どうしてこんないいやつがと無念でならない。お別れに行くのがつらく、まだお悔やみの言葉すら現実味をもって出てこない。
あまりにがっくりきていたので、そういう年回りなのだと周囲には慰められたが、寂しいばかりかどんどん孤独になっていく気がする。5月に母がいなくなってしまってまだ心に空洞ができたままなのに、自分のことを良く知りわかっていてくれる方々がいなくなってしまう喪失感はあまりに大きすぎる。
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T社長、ありがとうございました
2017 OCT 11 20:20:10 pm by 東 賢太郎
昨日、お世話になったT社長の訃報に接して心底がっくりきている。もっともっと聞いていただきたいことやご一緒にやってみたいことがあった。心からご冥福をお祈りします。
58歳にもなって出会った方々の中で、社長ほどインパクトのある方は断じてひとりもいない。僕のような者のアイデアを真面目に取り合ってくださるのも極めて稀だが、そういう異次元の理解力を持った凄い人とそんな年齢になって会えるということも奇跡に思える。
日本人なら誰もが知る大企業を立ち上げた立志伝中の方で社長ほど人の心をつかむ達人もいないだろう。発想はいつも驚くほど豊かで既成概念にまったくとらわれがなく、それがビジネスになる段階に至ると逆に手堅かった。商売の極意はこういうものかと実地で学ばせていただいた。
初めてお会いしたのはミクロネシアだ。強烈な3日間だった。まことに数奇なご縁でありお互いに未知の場所だから印象に残るあれこれがあって、ちょっとした会話、食事にいたるまでがまるで昨日のようにリアルだ。僭越なことだが、たったそれだけの短い間に、性格は違っても気質が合う方だと感じ入ってしまった。
故郷の奥出雲にご一緒させていただいた時は、普通あり得ない体験を忘れないようにと戻ってすぐブログに書き留めた。それをお知らせしたわけではないのにいつの間にか細かくお読みになっていて、あれだけたくさんのことを覚えてこんなに描写できる人はいないと各所で話題にされて恐縮した。そういう角度から僕を評価してくださった人は人生で社長だけだ。ほめられたということよりもそれが物凄く嬉しく、この方は普通じゃないと確信した。
顧問を拝命することになった箱根での株主総会が3年前。吟遊という素晴らしい温泉旅館だった。お役に立つことができたかというと、まったくの力不足だったことは否めない。社長は大変な読書家で顧問に頼るどころか足元にも及ばぬほど無尽蔵に知恵がわいてくる方であり、僕はむしろ人間学の雑誌をとっていただいたり蔵書をたくさん貸していただいたりと、逆に顧問していただく側だった。人間を磨けということだったのだろう、その一冊一冊にその時々の熱い会話と情がこもっていて忘れることができない。
綱町の三井倶楽部での株主総会はほんの2年前のことだった。
人が逝くとはもう二度と会えないということだ。しかし社長とは一対一で普通ではない長い時間を社長室で過ごさせて頂いた。信じていただけないだろうが丸12時間に及ぶこともあった。だから、こういうことがあれば多分こうおっしゃるだろうということが想像できるようになっている。それは僕のかけがえのない心の財産となっており、今となれば人生の貴重な最後の時間を頂戴していたということなのだ。
あれほどお元気で頭脳明晰であられても来るものは来る。人生歩いていけば順番でやがて誰にも来る。だから悔いのないだけのことをしておこうと思う。社長に頂いた財産は使わなくてはいけないし、使うならばそれはこの会社さんの幸福のために使う。僕は社長に教わった通り、人の道を行きたいと思っているからだ。
社長、欲をいえばお互い20年若い時に出会いたかったですね、きっと物凄いことができたでしょうね。必ずやり遂げてご報告いたしますのでゆっくりとお休みください。本当にありがとうございました。
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「投資学」のすすめ
2017 SEP 21 17:17:39 pm by 東 賢太郎
いま米国の会社と契約の最終段階に入り99%頭がそっちへ行っている。日本的な事情を米国人に理解してもらうのはなかなか難儀で、最後は文化、経営など商慣習の問題に収れんしてくる(この舞台裏を書いたらどんなに面白いかと思うが残念ながら僕らは守秘義務がある)。本稿を契約関係者、当事者が読まれるかもしれないが問題ないし、当方の考えの開示にはなってしまうが僕は交渉はトランスペアレント(透明)にやる主義だからさらに問題ない。
ものの考え方という面では僕は米国人によほど近い。その数字は飲めない、その仕事はできないというような否定的な条件は最初にはっきり言う。できないことは引き受けない。できるぎりぎりの事は請け負ってスナイパーとしてやり遂げるから成功したらこれだけくれ、安くないけどねというような交渉のイメージだ。日本企業相手でも本質は一緒だが空気を読みながらやるかどうかの違いで、空気は関係ない米国でこんなのは当たり前もいいところだ。
核心はスナイパーとして信用されるかどうかである。その自信があるから交渉できる。僕は評論家ではない、ご指導申し上げて成果(収益)が出てナンボのもので、過去からちゃんと成果は出している。相手は大企業こっちは零細企業だが成果は大企業なりの規模だからたくさんいただくのはおかしなことでも何でもない。成果を前提として議論するからお金の話に収れんするし、契約というのは後に話がこじれた時の証文だから最もこじれるカネの話が大事なのは道理でもある。それをど真ん中に据えないで米国人とまともな交渉など無理だしオブラートに包んで「忖度」期待など逆につけこまれるだけである。
日本人はカネの話を正面きって取り扱うのを忌み嫌う。そんな詮無いこと、放っておいても決まるところに決まるだろうという逃げが精神の奥のどこかにあるのは儒教からだろう。カネというのは仁・義・礼・智・信を守って真面目に生きていれば多くはなくても入ってくると固く信じていて、銀行預金の利息は長らくその象徴だったのだ。低金利政策でそれが二束三文になると資産防衛、タンス預金に走り、いまは金庫が売れている。これでは資産運用をしている人そうでない人とで社会が二極化するのは当然である。元手がないならともかく、あるのにどうして行動を起こさないのか不思議で仕方ない。これは政治の問題ではなく、圧倒的に教育の欠如の問題である。
教育されていないところに投資は危険だという刷り込みがなされて、それが国民的に共有されてしまう背景には過去の証券会社の強引な営業姿勢が一因としてあったことは事実だろう。痛い目に合えば誰もが遠ざかるのは必然だが、だからといって投資よりタンス預金が得であると示す合理的根拠はない。というよりも、それが合理的かどうかは自分が勉強して合理的に決めなくてはいけないのだ。働けるうちは自分が働くのは当然として、貯めたお金にも働いてもらったほうが資産形成に有利なことは火を見るよりも明らかだろう。それが投資であり運用であって、老後の資金が心配なら早めに学んで手を打っておくことだ。
いずれ後進にポストを譲ったらボランティアで投資の教職をしたいと思って調べてみたことがある。なぜなら得てきたものを社会にお返ししたいが僕にできるのはそれしかないからだ。ところがボランティアというのは逆に需要がないとできないのであって、その有無の調査でめんどうになってしまった。本業でカネに厳しいのに不思議に思われようが会社の収入(売り上げ)は社の実力査定であり存在価値証明だ。会社が手を離れても存続していくには決定的に重要であり、だから冒頭の交渉を全力でやっている。しかし僕個人の人生は別な話だ。
個人としてはこの齢になるともう自分を奮い立たせてくれる物しかできなくなっている。投資を大学よりも中学、高校あたりで理論的な基礎からじっくりと教えてあげたいがカネの話を忌み嫌う風土ではそんな授業はとても無理だろう。明日上がる株を教えてくださいなんてのに付きあう気は毛頭ないし、そもそもそんなのは投資ではないのであるという根本的概念から教えなければ業者のセールストークやちゃらちゃらした投資本にひっかかるだけだ。投資は森羅万象の学問といってよく、経済学、会計学はもちろん数学、物理学、心理学、統計学、歴史学、哲学、法学に関わる『投資学』だと体系化して考えるべきものなのである。実際の投資運用は投資学を基礎医学とするなら臨床医学に相当するものだ。
投資の概念が日本に根付かない原因は明白だ。それは東インド会社による東方貿易で巨利を追えば相応に損失が発生する危険も増す(リスクリターン均衡の法則)ことを18世紀の初めごろ実証的に英国人が知ったことがおおよそのルーツだが、蘭学に始まり独、仏等大陸の社会インフラに学んだ明治以来の伝統から日本は英米ルーツのものに疎い傾向があるからだ。法律でも信託の概念が欠落しているのはそれが英米法由来だからである。投資がバクチの別名だという認識はドイツ人にも広くあり、英米概念の非浸透性を当地で業務をしながら痛感したものだ。日本は今も精神の底流はドイツ同盟国でありクラシック音楽界もN響の常任がデュトワ以前はドイツ系ばかりだったのも同じ理由によって同じことが起きたに過ぎない。
和魂洋才の「洋」が明治時代のドイツでストップして英米にならずにいるのは鬼畜米英という刷り込みが原因だろう。戦争は罪深い。原語は平安期の和魂漢才だったが「漢」は視野から消えて久しく「米」になるには敗戦を経た心情的ハレーションが大きすぎるのだ。英米ルーツの投資学はその犠牲者になってしまい概念が日本に根付かない原因となった。それがこれから不幸な老人を増やすなら教育は必要ではないだろうか。文科省は獣医学部の増設も結構だが、全国民の約3割を占めようという65歳以上の高齢者の生活と幸福に直結する投資学に真剣な目を向けていただく必要がある。
投資の本質を理解するにあたっては、それがロンドンのシティにおいてリスクを分散する保険制度(ロイズ保険組合)とともに発展したという事実が決定的に重要である。投資と保険は表裏一体であり、株式を保有するというのは「リスクを取ること」に他ならず、だから「リスクを軽減する措置」とペアで考えるのが基本中の基本なのだ。「投資はしません、だってリスクがあるでしょ」という多くの高齢者の考えは「長生きリスク」(100歳まで生きると破産する)を恐れるならナンセンスであり、利息ゼロの世の中で投資をしない方がもっとリスクがある可能性があるのはもうお分かりだろうか。
投資はリスクテーカーがするものというこれまでの思い込みを粉々にすることこそ新しい世界に足を踏み入れる第一歩だ。それは合理的なリスクは取ってお金にも仕事してもらう人類の知恵であり、むしろ「どうリスクを減らすか」というリスクアバーター(リスク回避者)こそがするものなのである。僕自身がそれであり、僕は無用のリスクを取らないプロである。冒頭の契約交渉で「できないことは引き受けない」のはまさにそれであり口だけの評論家ではなく自分自身でそれを実践して成功しているからボランティアができる。やってもいないことを本にして金儲けしないといけない人たちのお仲間に入るほどお金は不足していない。
日本は明治以来欧米の良いところを吸収して大国になったが技術やインフラは取り入れても「ものの考え方」はそうしていない。和魂洋才はここでは働いてはいない。日本は戦後充分に米国化したではないかと思われるかもしれないがぜんぜんそうではない。その証拠に、そうでないから国を代表する企業が米国企業に投資して失敗して米国に買われるのである。これもマクロ的に見れば教育システムの老朽化、一旦なれば選別されない教師の不勉強が生んだグローバルエリートの不作という現象であり、大学世界ランキング凋落、ショパンコンクール優勝なしの原因でもあるのだ。僕が修士号をもらったペンシルベニア大学は世界ランク10位であり、このまま事態が変わらないならば46位の東大法学部は最終学歴に書かないようにしようかとまじめに思っている。
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男の迷い
2017 SEP 1 11:11:36 am by 東 賢太郎
豪雨で二子玉川花火大会が中止
2017 AUG 21 22:22:48 pm by 東 賢太郎
先週土曜日は恒例の二子玉川花火大会で、今年はくりだしてみようかと話してました。ところが5時ぐらいまで家にいたらやおら黒雲が空を覆いだして雨がぱらつき、一気に強くなるや雷が鳴り、あっという間に見たこともない激しい豪雨に。どかんどかんと花火ならぬ雷鳴が連発し、人命を心配してしまう程の恐ろしい事態になりました。川辺はパニックだったでしょう、もちろん中止になりました。
我が家は高台で吹きっさらしであり、窓に大粒の水滴が叩きつける暴風雨の迫力たるや乗ったままカーウォッシュしている感じで、「壁がきれいになっていいね」と笑いながら屋根が飛んだらどうしようと心配してました。こんなのは経験なしだと思ったら、ありました。フィリピンのマニラでゴルフの帰り、これ並みのバケツをひっくり返したようなのが来て見る見るうちに道路が冠水し、フライトは欠航になったのでした。あれもすごかった。
香港では2年間ほぼ毎週末ゴルフ場にいて、もちろん雨天、荒天は何度もあったがスタート時点での断念は一度もない晴れ男ぶりは秘かな自慢です(要は誰もやらないのに、ものともせずやっただけですが)。ところが一度だけ3番ホールで強烈なスコールに直撃され、しかしパーで切り抜け、何があっても9番までやるぞと仲間に宣言しつつ4番のティーグラウンドに立って雨で10m先も見えなくなったところでさすがにリタイアした。土曜日のはこれに匹敵したかもしれませんね。
6月末にサンフランシスコから帰国して、機内から一歩踏み出した瞬間に「これは香港だ」と直感しました。温度も湿度も、東京はそれぐらい暑いのです。毎夏訪問したミクロネシアは、もちろん北緯7度なりに暑いですが、機体を出た瞬間の体感は意外に東京ほどでもないのです。梅雨というのは実は東南アジアの雨季の北東アジア版だったんですね、香港なら4月あたりから始まる。昔はそう思いませんでしたが、だんだんその語感が似つかわしくなってきました。
皆さんもご記憶かと思いますが、我々子供のころは東京の冬場は水たまりが凍って、ダッシュして滑ったり、踏んずけてぱりんぱりん割るのが楽しかったものです。手はいつも手袋をして、それでも遊んでると「しもやけ」になってましたっけ。そんなの今の子には死語ですね、もう夢物語です。明らかに温暖化してます。CO2だけでなく、エアコンの普及で都市の室内平均気温が下がった分だけ外気の温度は上昇しているはずです。エネルギー保存の法則で。
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時間が足りない
2017 AUG 13 12:12:35 pm by 東 賢太郎
きのうは久しぶりに拙宅のピアノ2台の調律をお願いしました。僕は忙しくて何か月も触ってなかったのですが、娘の要望でいつもお願いしている調律センターの白田さんをお呼びしたものです。白田さんはライヴイマジン吉田さんのこのブログにある宇都宮先生のお弟子さんですね(調律師 宇都宮さん)。
試奏は指が覚えてたモーツァルト・ジュピターとハイドン98番の引用部分など。なるほどと「さよならモーツァルト君」の話にも興味を持っていただきました。豊洲のファツィオリは調律がフラットぎみだ(高音部の上りが少ない)ともおっしゃっていて、田崎先生のご指摘に符合してました。
さてせっかくだからとその辺を見渡して、たまたま椅子にあったブルックナー7番を適当にやってみるといいわけです。これさっぱり弾かなくなっていたのは難しいのもあるけれど調律のせいかもしれません。いかん、ここでまたブルックナー界に迷い込んでしまうと時間が・・・なんせ長いから聴くだけでやばい。
甲子園はなるべく見たいしカープ戦は必須だし仕事は9月が千秋楽だし、きのうは家族で自由が丘のエル・ペスカドールでいつもながらマダムのおすすめ料理で束の間のスペイン気分になってもみますが、できればどこか1か月ほど絶海の孤島に引きこもってもみたいところにきています。時間がないです。
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誰かに選んでもらいたい時代
2017 AUG 3 23:23:47 pm by 東 賢太郎
日経ビジネスに「消費多様化の終わり」という記事があって、まったくその通りと納得した。昭和の選択肢の少ない時代から、商品がどんどんユーザー寄りの目線になって、例えばユニクロで同じシャツがなん十種類もの色で選べる。それが「いいね」を獲得していたが、早くもその時代は終わろうとしているらしい。
僕は出されたものを着るだけだから余計なものに選択肢が増えると面倒くさい。社会全体ではそれが楽しいという人が多数派だったのがそうでもなくなってきたということで、「自由」というのはかえって迷うし疲れるものでもあるという意見が増えたそうだ。
逆に「自分を良く知ってる専門家におまかせしたい」が増えているらしい。衣類、食べ物、本などだ。確かに楽でいいが、僕の場合、あえて「自分を知らない人」にまかせたい気分だ。というのは、自分の好みを知ってると、誰が選ぼうが結局は似たものに偏ってしまうからだ。
例えば旅行だ。選んでるつもりが結局は文化、歴史、温泉、オーケストラ、ゴルフ、美食みたいな好みのキーワードのあるなしで決まっていて、行ってみてなんだまたかとなる。5月に行った愛媛の青島はネコがキーワードだったが、島の風情もネコなかりせば絶対行かないような場所であって良かった。
要はキーワードは無視したほうがいい、つまり、好みを知らない人に決めてもらった方がいいような気がするわけだ。仕事もそうで、最近は来たものを自然体でやる方がいいかもしれないと思っている。アドバイザーというのは医師や弁護士と似て、本来はこっちから営業するものではないからだ。
前回に独りがいいと書いたがそれはアドバイザーの特徴でもある。医師は医院が大きければ名医だということもない。質の高い案件を多くやれば、次も良いのに巡り合える確率が上がる。仕上げ方(執行方法)の質の高さが大事なのである。案件を奪いに行ったり選んだりはしないほうがいい。
結論として、僕は他人でなく、運命に決めてもらう。出会ったものは何かのご縁であり、来るもの拒まずで真摯に対応する。お気に召さず去られれば、無理に追わない。証券マン時代はあり得ないスタンスだが、そうやって信用をこつこつ積み上げれば「誰かに選んでもらいたい時代」、アドバイザーとしては選ばれるのではないかと感じている。
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モーツァルト、俳優座、忠臣蔵の芳醇な一日
2017 APR 23 3:03:21 am by 東 賢太郎
きのうは午前9時からライヴ・イマジン祝祭管弦楽団の本番会場での練習(豊洲シビックセンターホール)、皆さまと昼食、そして2時から劇団俳優座の観劇(両国、シアターX)でした。オケは息子、劇は長女を連れて行きましたが楽しんだようです。
ライヴ・イマジンは5月7日のここでのコンサートに向けて練習は順調とお見受けしました。とても楽しみです。このホールは音が良く、300ある座席の最後部まで確かめましたが良好でムラがありません。奏者の皆さんから「届いてないのでは」という声がありましたが、充分届いてます。
このピアノ(ファツィオーリ)は日本に数台しかなく、僕もチッコリーニのリサイタル以来実音を聴くのは2度目ですが素晴らしいものでした。吉田さんのピアノ協奏曲第25番(K.503)はオケにブレンドしてまろやかなホールトーンに包まれ、誠にモーツァルトにふさわしい。ご自作のカデンツァも趣味が良く聞きものです。ジュピターとハイドン98番も指揮の田崎先生のボウイングが徹底し整ってきました。本番当日は開演前に僕が15分ほどお話をさせていただくことになっております。ハイドンがジュピターのどこをどう引用したかファツィオーリをお借りしてお耳に入れようと思います。5月7日は多くの皆さまとお会いできれば幸いです。
午後は早野さんが出演する劇団俳優座公演を阿曾さんと娘で。3-11を題材とした重めで幻想的な話を楽しませていただきました。演劇は何もわかりませんが、人物がみな亡くなった人(おばけ?)でシックス・センスという映画を思い出しながら観てました。役者の技量が問われる設定ですが、さすが俳優座ですね。早野さんは軽めの浮気な女房というかつてない役どころでしたが大女優となると守備範囲広いですね。大変満足。千秋楽お疲れさまでした。
両国駅からの道すがらたまたま見つけて、これがここ(本所松坂町)にあったのかと立ち寄ったのが吉良上野介邸跡でした。元禄15年(1702年)「忠臣蔵」で知られる赤穂浪士四十七士が討ち入りした現場で、この像のすぐ左に「御首級(みしるし)洗い井戸」があります。泉岳寺から戻った吉良の首はこの井戸で清められ、医師「栗崎道有」により胴と縫合、そのあと埋葬されたとのことです。享年62。同い年になってしまいましたね。八重桜が満開でした。合掌。
せっかくなので、昭和12年創業のちゃんこ鍋の老舗「川崎」へ。鶏ガラと醤油のシンプルな味はすばらしい。これまた飾らない味わいの樽酒とは相性抜群であり、江戸からの伝統料理はほんとうにうまい。東京の食の奥深さも捨てたもんじゃないと再確認しましたが、京の天皇、公家に対し江戸も将軍がおり世界最大にしてパリの倍の人口があった。100万都市の食文化が貧しいはずはないと思えば納得であります。
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仕事中の遊びは大事
2017 APR 21 0:00:38 am by 東 賢太郎
昔から仕事中に遊びがはいることがあって、遊びといっても体よく言えばブレークなんですが、単なる休憩ではだめで広い場所に出たくなります。とにかく狭いところが苦手なんで息が詰まってくる。大阪にいたころは外交行ってきまーすと明るく言って中之島公園やうつぼ公園に直行してました。猛暑でもお構いなしに1時間。先輩方はだいたいサテンかパチンコ屋でしたが、僕には広々というのが必要でした。そうして帰社すると集中力がぐっと増すのです。
ロンドンではなんといってもセントポール寺院。これが実に広大な空間で落ち着けるんですね。物音はほとんどなし。たまに誰かの足音がこぉーんとはるか中空にこだましていくと、ああ広いところにいるぞと安心できるんです。そういうことはマイペースのいち営業マンだからできたんで経営者になったら無理でした。だから無用のストレスをためこんでいたと思います。
昨日たまたま仕事を終えて通りかかった旧芝離宮恩賜庭園。江戸初期1678年の老中・大久保忠朝の屋敷の庭園ですが、ふらっと寄ってみると昔のサボってる気分に戻りました。
浜松町の駅前にこんな空間があるというのはいいですね。
ソメイヨシノは先週散りましたが、里桜(ふげんぞう)は見ごろでした。
1時間ぼーっとしてましたが、この景色に包まれていると五感に訴えてくるものがあります。竹芝桟橋のほうからかすかに潮のかおりがあって海を感じ、音はなく大気の厚みを感じ時間が止まったかのようになる。頭は空っぽですが身体は感覚が冴えてきます。
ふと足元に目をやると、これはイヌフグリというのでしょうか、僕の好きな可憐な花が咲いていました。桜よりこれを見ると春を感じるのです。
思えば僕は五感を研ぎ澄まして仕事をしてきたので、このサボりの時間は貴重だったことにいま気づきました。オフィスに意味もなくだらだらいて仕事したふりしてたらイヌフグリは気づきませんね。
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