Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ______ラヴェル

エルネスト・アンセルメと気品について

2018 FEB 23 2:02:30 am by 東 賢太郎

エルネスト・アンセルメ(Ernest Ansermet, 1883年 – 1969年)はスイス人の数学者兼指揮者だが、高校時代の僕にとってフランス音楽の神だった。今だってその地位は譲っていない。まずは彼の姓でフランス語の t の省略というシロモノに初めて出会ったわけで、以来、これ(サイレント)とか独語のウムラウトとか、妙ちくりんな発音がない平明な英語名はフランス、ドイツ音楽の演奏家として安物という困った先入観にとりつかれてしまった。

その先入観に手を貸したのは、当時熟読していたレコード芸術誌だ。志鳥 栄八郎氏という評論家が管弦楽曲の担当で、この人が徹底した本場物主義者だった。フランス物はフランス人、ドイツ物はドイツ人、チェコ物はチェコ人でないとダメなのだが、そうなると英米人はやるものがなくなってしまうではないか。当時のクラシック音楽評論家のドイツ原理主義は顕著という以上に激烈でソナタ形式でない曲は色モノだという勢いすら感じたが、あれは同胞心だったのか形を変えた英米への復讐だったのか。志鳥氏は大木正興氏ほど筋金入りのドイツ原理主義者でも学究派でもなく、NHKの「名曲アルバム」の言語版という万国博愛的でエピキュリアンで親しみやすいイメージだったが、当時は三越、高島屋が憧れの欧米への窓口だった時代であり、クラシックはその音楽版だったから影響は大きかった。

氏は大正15年生まれで親父の一つ下だ。18才を敗色濃厚な戦争末期に迎え、東京大空襲で10万も亡くなって疎開、大学は行かれず戦後に旺文社に入社され著名な音楽評論家になられたがその後の人生では学歴で一番ハンディを負った世代かもしれない。陸軍に招集されたが士官学校ではない新兵はもちろん二等兵だ。死ななかったのは幸いだが酷い体験だったと拝察する。この世代のインテリが英米嫌いであったり日本(軍隊)嫌いで左傾化したのは自然だし、そこにマッカーサーのウォーギルトプログラムが乗っかった。それが生んだ日本嫌いの左翼と、軍隊嫌いで新生日本嫌いの左傾を混同してはまかりならない。南洋諸島(対米)やインパール(対英)で数万人の死者を出し、しかも6割が餓死であったという惨状を知れば、日本人の精神に戦争の傷跡が残らなかったはずがない。

銀行員になった親父も似たもので陸軍の二等兵で入隊して終戦となり、軍隊では殴られた記憶しかなく高射砲狙撃中に敵機の投じた爆撃で吹っ飛ばされて左耳が聞こえなくなった。ところがおのれ米英とは一切ならずクラシックばかりかアメリカンポップスのレコードまで聴き、あんな国と戦争する方がバカだと一貫して醒めており、英語をやれ、アメリカで勉強しろと息子を教育した。戦ってみて手強かったんだろう、それならそこから学べというのは薩長と同じでいま思えば実践的だったが東大は入っておけともいわれ、すぐにアメリカに飛んで行くようなことにならなかったのはより実践的だった。南洋、インパールで作戦ミスはあったがそれは起こしてしまった大きな過ちの結末であって、あんな国と戦争する方がバカだという大罪の罪深さを後に自分で肌で知ることとなる。

僕は左傾化しなかったが、それは政府の方がサンフランシスコ講和条約から一気に英米追従と戦時の極右の座標軸の視点から見れば相対的に思いっきり左傾化したからだ。その反動で安保闘争に走ったりはしないノンポリだったが、一方で音楽評論の影響で英米文化的差別主義者になった。志鳥氏がそうだったかは詳らかでないが、読んだ方は精神的に従軍したかのようにそう解釈した。だから親父に言われた「アメリカで勉強しろ」という立派な米国と、自分の中で見下してる米国はアンビバレントな存在として宙ぶらりんになった。後に本当にそこで勉強することになったが、当初はそれが残っていて解消に時間を要した。僕的な音楽の座標軸では独墺露仏が上座にあり英米伊は下座になっていた。イタリアの下座はいちぬけたの腑抜け野郎と見ていたからだ。中でもフランスは連合国ではあったがドイツに全土を占領され直接の敵国という印象はなく、好ましい国の最右翼だった。

若い方はクラシック音楽の受容の話と政治の話が混線して戸惑うだろうか。僕の生まれた1955年、昭和30年は終戦後たった10年目、上記サンフランシスコ講和条約に吉田茂首相が調印して連合国占領が解かれ国家として主権が回復してたった3年目だったのだ。安保反対と学生運動で世間は騒然としており、大学生協のガラス越しにゲバ棒で殴り合って学生が死ぬのを見た。生まれるすぐ前まで、7年間も、日本列島に国家がなかったのだということを僕は自分の精神史を通して改めて知る。そして、自分が決めてとったと信じていた行動が実は親父の言葉の影響だったこともだ。僕の世代は戦争を知らない。しかし、実際に戦場で銃弾を撃ってきた父親がそこにいた。そのことがいかに大きかったか。僕らがその後モーレツ社員になって高度成長期を支えたのも時代の空気と無縁でないし、それを若い皆さんにお伝えするのも父の世代からの橋渡しとしての役目と思う。

音楽に戻ろう。フランス音楽の大家といえばクリュイタンス、モントゥー、ミュンシュもいたのにどうしてアンセルメだったのかというと、彼がスイス・ロマンド管弦楽団(スイスのフランス語圏、ジュネーヴを本拠とする見事にフレンチな音色のオーケストラ)と作るDeccaレーベルの音もあった。当時聴いていた自宅の廉価なオーディオ装置でもけっこういい音がして、LPを買って満足感があったという単純な理由もあるだろう。くっきりと即物的でひんやりと冷たいのだが、その割にローカルで不可思議な色香が潜んでいて気品があって、都会の女なのか田舎娘なのかという妖しさが良かった。それに完全にあてられてしまったわけだ。

ドビッシーの素晴らしい「牧神の午後への前奏曲」、これを聴けばアンセルメの醸し出す色香と気品がわかっていただけるかもしれない。

お聴きの通りアンサンブルの精度、木管のユニゾンのピッチがけっこうアバウトだ。ベルリン・フィルならこんな演奏は絶対にしない。しかしドビッシーの牧神はそういう次元で書かれていない。英語で書くならatmosphericであり、霞んだ大気の向こうのようにほわっとしている風情のものがフランスの美学の根幹にあるクラルテとは背反するのだが、この曲をブーレーズのように楷書的に正確に演奏するとアトモスが消えてしまう。アンセルメのアバウトは意図ではないのだろうが、崩れそうで良い塩梅にまとまる妙がある、いわば橋口五葉の浮世絵にある浴衣のいい女というところだ。

フランス料理とその作法はロシアに影響したが、音楽ではロシアがフランスに影響した。こってり系のロシア物をフレンチにお洒落に味付けした演奏は僕の好みだ。マルティノン / パリ音楽院管のプロコフィエフなど好例だ。しかし、アンセルメがスイス・ロマンドと録音したリムスキー・コルサコフの「シェラザード」ほど素晴らしいものはない。余計な言葉は不要だ、このビデオの10分46秒から始まる第2楽章の主題をぜひ聴いていただきたい。

まずバスーン、そして続く絶妙のオーボエ!これがフランス式の管の音色だ。後者の着流しでいなせな兄いのような洒落っ気はどうだ、このフレーズをこんな風にさらさらころころと、然し変幻自在の節回しのアレグロで小粋に吹かせた人は(過去の録音でも同じ)アンセルメしかいない。僕はこれが耳に焼きついていていつも求めているが、レコードでも実演でも、他で聴いたことは皆無である。楽譜をいくら眺めても、こういうフレーズの伸縮や微妙なタンギングのアクセントは書いてない(書けない)。指揮者のインスピレーションの産物であることまぎれもなく、普通の人がやるとあざとく聞こえるものがアンセルメだとR・コルサコフがこう意図したかと納得させられてしまう。いまや僕にとってこの曲をアンセルメ以外で聴く時間も意欲もなく、ほかのCD、レコードは全部捨ててしまってもいいと思っている。

指揮者によって音楽が変わるというがそれは当然であって、皆さんカラオケで原曲とまったく同じに歌えるはずはない。いくら物まね名人でもわかってしまう。それと同じことで、第2楽章の主題をアンセルメとまったく同じに吹かせるのは無理なのだ。指揮者はそこに個性を刻印できるが、奏者にお任せも多いし、いじりすぎて変なのも困る。この第2楽章は何度聴いても唸るしかないウルトラ級の至芸で、何がそうかといえば、つまりはアンセルメの指示する各所の歌いまわしが至極自然でごもっとも、そうだからこそ、そこからにじみ出る気品なのだ。かと思えば、第1楽章では7分51秒から弦と金管がズレまくる考えられないアバウトさで、ここは高校の頃から気になって仕方なかった。最後の和声もオーボエのミが低い。

このオケのオーボエは上手いのか下手なのか良くわからないが、アンセルメのこだわりの節回しをお洒落に吹くことに関しては間違いなくセンス満点であって、それ以上あんた何が欲しいのといわれれば退散するしかないだろう。このオーボエあってこそのスイス・ロマンドであり、まことにチャーミングでハイグレードであり、同じほど高貴な色香を放つフルート、クラリネット、バスーンにホルンがある。アンサンブルのアバウトなどどこ吹く風、このシェラザードは音楽録音の至宝であって、聴いたことのない方はぜひ全曲を覚え込むまで何度もきかれるがいい。一生の宝物となることだろう。

最後に、そのオーボエの大活躍するラヴェルの「クープランの墓」をどうぞ。やはりアンサンブルはゆるいが、それがどうした。この演奏に満ちあふれるフランスの高貴、ツンとすました気品。やっぱり申しわけないがアメリカじゃダメなんです。いや世界広しといえどもこれに真っ向から太刀打ちできるのは京都ぐらいだろう。若いお嬢様がた、気品というのは内面から出るのだよ、いくら化粧なんかしてもだめだ。こういう音楽をたしなみなさい、きっと身につくから。

 

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読響定期(テミルカーノフ指揮)

2018 FEB 17 1:01:02 am by 東 賢太郎

指揮=ユーリ・テミルカーノフ
ピアノ=ニコライ・ルガンスキー

チャイコフスキー:幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」作品32
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 作品43
ラヴェル:組曲「クープランの墓」
レスピーギ:交響詩「ローマの松」

ルガンスキーの弾いたアンコール(ラフマニノフ前奏曲作品32-5)が絶美で強烈に印象に残った。僕は彼のラフマニノフ第3協奏曲(イワン・シュピレル / ロシア国立アカデミー交響楽団との旧盤)を最高の録音のひとつと思っている。作品43より3番をやってほしかった。

フランチェスカ・ダ・リミニはあんまりおもしろい曲と思わない。ローマの松はラテン風でなく終曲のエンディングに向けてひたすら音圧が上がる。まあとにかくでっかい音がしますなというシロモノ。クープランの墓。木管がいただけない、オーボエがまずくて集中できなくなってしまったし、フレーズの繰り返しが全部省略というのはなんだ、欲求不満がつのるだけであった。

昨日たまたまyoutubeでクープランの墓をいろいろ聴いており、久々にプレリュードが胸にしみた。これのもたらす心象風景がどこで刷り込まれたのか記憶がないが、僕を虜にする劇薬的な効能がある。量子力学の入門書を読んでいたら物質を作る原子核の周囲にある電子は光が当たると瞬時に位置を変えるとある。その前はどこにあったかわからないが、当るとぱっと動いて物質の性格を変えている(はず)らしい。

プレリュードが聞こえると自分の脳内で電子がぱっと動き、全細胞の電子がある位置に同期していつも同じ風景を錯視させ、同じ恍惚とした気分をもたらす。それがギリシャなのかエーゲ海なのか地中海のどこかかは知らないが、たぶんそのあたりだ。それを現実に見たというより(そんなに何回も行っていない)細胞のどこかにあるずっと遠い先祖の記憶みたいな気すらする。この曲がひょっとして自分の最も好きな音楽であっても文句は言えない。だから自分で弾かなくてはいけないがなかなか手に余る。とにかく難しいのだ。

プレリュードで好きなのはこれだ。イタリア人指揮者ジェルメッティがドイツのオケとは思えないラテン感覚でせまる。この曲はこのぐらいオーボエをはじめとする木管が上手くて色香がないと話にならないのである。セクシーでないラヴェルなんか犬も食わない。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ニ短調作品30

 

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僕が聴いた名演奏家たち(サー・チャールズ・グローブズ)

2017 JAN 14 22:22:35 pm by 東 賢太郎

音楽は浮世離れしたものではありません。演奏家は生身の人間であり、その人となりが演奏に現れるものですが、ごくまれに教わることもあります。この演奏会はまさにそれでした。

grovesバービカン・センターで聴いたラフマニノフの第2協奏曲、指揮はサー・チャールズ・グローブズ(ロイヤル・フィルハーモニー管)、ピアノはピーター・ファウクでした。1986年1月13日、ちょうど今ごろ、シティに近いホールなのでふらっと行った特にどうということない日常のコンサートでした。

第2楽章、ピアノのモノローグに続いてフルートが入りそれにクラリネットがかぶさりますが、どういうわけかクラが1小節早く入ってしまい会場が凍りついたのです。指揮台のグローブズの棒が一瞬止まりましたが、ここがすごかった。慌てず騒がず、木管のほうに身を乗り出して大きな身振りでテンポをとり、クラが持ち直して止まることなく済みました。

13338_2あのとっさの危機管理はなるほどプロだなあ、大人の対応だなあと感心しきりでした。サー・チャールズ・グローブズ(1915-92、左)、温厚なご人格もさすがにサーであります、終わってオケにやれやれとにっこりして、きっと楽屋でクラリネット奏者にジョークのひとつでも飛ばしたんだろうなという雰囲気でした。これがトスカニーニやセルやチェリビダッケだったらオケは大変だったろう。英国流マネージメントですね、指揮者は管理職なんだとひょんなことで人生の勉強をさせていただいたのです。

 

グローブズはボーンマス響、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団のシェフを長く務め、イギリス人でマーラーの全交響曲チクルスを初めて振った人です。

このアルゲリッチとのビデオに人柄が出てます。

チャイコフスキー2週間で覚えたわ、それであれ2回目の演奏だったのよ、コンサートの2日前になって練習1回でやったのよ~、よく覚えてないんだけどお、練習時間にぎりぎりで前の夫のデュトワの車でね~、でもワタシ何としてでも止めようとしてたの、遅れちゃえばいいって思ってたのよ、だっておなかすいてたんですもの。でも彼はどうしてもやりたかったのね、そうしたらポリスがいてね彼ぶっ飛ばしちゃってね~、つかまっちゃったのよ、考えられないわ、ハハハハとラテン色丸出しのアルゲリッチ。かたや英国紳士を絵にかいたようなグローブズ。こりゃ合わないでしょう。

そこでサーはさりげなく子供のことに話題をふっておいて、いよいよ、

「さて、ところで、僕が指摘したちょっとしたことで君をチャイコフスキーに戻さなきゃいけないよ。君のオクターブのことだがね、わかってるかな」

「あ~はい、わかってます、テンポですよね~ハハハ」

「そうだ、あそこのフェルマータね、僕は速くできない、だから君も速すぎちゃいけないよ」

<リハーサル。アルゲリッチめちゃくちゃ速すぎで止まる>

「でも、いざワタシの番だってなると緊張しちゃうんです~、それで~、でもワタシ、スピードこわくないじゃないですか」

880242798589「そうだね、それが君の問題だねえ」

<本番。やさしそうに語ってたグローブズはちっとも妥協せず、問題個所のテンポは全く変わっていない。が、アルゲリッチもあんまり直ってない>。これはDVDになってます(右)。

 

こっちは小澤征爾さんとラヴェルです。

楽屋で靴が壊れてるとさわぐこのきれいだけどぶっ飛んだお姉さんに合わせられる。英国紳士には無理でしょう。我が小澤さん、さすがです。「(練習より)20%速かったよ」だからますます尊敬に値しますね。世界に羽ばたく人はこのぐらい危機管理能力がないといけないんでしょうね。

グローブズ卿は英国音楽の重鎮でありこのCDが集大成となっています。

groves1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

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クラシック徒然草ードビッシーの盗作、ラヴェルの仕返し?ー

2016 AUG 14 21:21:29 pm by 東 賢太郎

ドビッシーとラヴェルといえばこの事件が有名である。『版画』の第2曲「グラナダの夕暮れ」が自身が1895年に作曲した「耳で聞く風景」(Les sites auriculaires)の第1曲「ハバネラ」に似ているとしてラヴェルがクレームし、両者は疎遠となったらしい。

これがラヴェルのハバネラである(後に管弦楽化して「スペイン狂詩曲」第3曲とした)。

こちらがドビッシーの「グラナダの夕暮れ」である。

そんなに怒るほど似ているだろうか? リズム音型は同じだがハバネラ固有のものであってラヴェルの専売特許というわけではないだろう。僕には第2曲「 鐘が鳴るなかで 」(Entre cloches)のほうがむしろドビッシーっぽく聞こえるのだが・・・。

ラヴェルの母親はスペイン系(バスク人)である。バスクというのはカスティーリャ王国領でポルトガルにほど近く、「カステラ」はその国名に由来するときく。フランシスコ・ザビエルもバスク人だったし、コロンブスを雇ってアメリカ大陸を発見、領有した強国であった。

曲名にあるグラナダというとアルハンブラ宮殿で有名なイスラム王朝ナスル朝の首都だが、カスティーリャはアラゴンが同君連合となって1482年にグラナダ戦争を開始、1492年にグラナダを陥落しレコンキスタは終結した。バスクの人々には万感の思いがある地であろうことは想像に難くない。

「スペイン狂詩曲」(1908年)に結集したように、ラヴェルの母方の血への思いは強かったと思われる。かたや「グラナダの夕暮れ」作曲当時のドビッシーはスペイン体験が一度しかなかった。気に障ったのは盗作ということではなく父祖の地へ行ったこともない者が訳知り顔して書くなという反感だったのかもしれない。

非常に興味深いことに、「夜のガスパール」の第1曲である「オンディーヌ」はこういう和音で始まる。

gasare

嬰ハ長調トニック(cis・eis・gis)とa の速い交替だ。ところがさきほど、敬愛してやまないドビッシーの「海」をピアノでさらっていたらびっくりした。

mer言うまでもない、これは曲の最後の最後、ティンパニの一撃で終わる(何と天才的な!)その直前の和音。変ニ長調トニックとhesesの速い交替だ。これは平均律のピアノでは「オンディーヌ」の和音と同じものなのである。オーケストラでは気がつかなかったが、弾いてみればどなたもが納得されよう。

交響詩「海」は1905年の作品である。水を素材にした作品だ。クライマックスの爆発で天空に吹き上げた水しぶきが、水の精であるオンディーヌの不思議の世界にいざなってくれる。彼女の化身がメリザンドでなくてなんだろう。

偶然でなければうまい仕返しをしたものだ。

スペイン狂詩曲を完成したのが1908年、「夜のガスパール」も1908年。偶然なのだろうか?

ドビッシーはこれを聴いており、音楽家の耳は同じ和音に気がついただろうが、盗作だなんてクレームはできない。リズムも和音も専売特許ではないし、そういうことをしそうな男でもなかったようなイメージがある。

(こちらへどうぞ)

クラシック徒然草-ドビッシーの母-

 

 

 

 

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クラシック徒然草-ドビッシーの母-

2016 AUG 14 2:02:02 am by 東 賢太郎

「こんな汚辱の子を育てるより、蝮を生んだ方がましだった」

(ヴィクトリーヌ・マヌリ・ドビュッシー)

 

パリ音楽院の学内コンクールに2回連続で失敗し、ピアニスト志望を断念してしまった息子に失望した母はこう言い放ったらしい。こわっ、すごい教育ママだ。

我が国も子供を東大に入れたといって本まで書く人がいて、それが売れてしまったりするのだから教育ママはたくさんいるのだろう。オリンピック選手を育てたらずっと偉いと思うが、しかし、メダルをのがして母親にここまで言われたら息子は立つ瀬ない。

debussy5それで女性観が曲がってしまったかどうかは知らないが、のちにドビッシーはいくらゲージュツの世界と割り引いたとしても女性関係において破茶滅茶となり、女が2人も自殺未遂をしている。この道の「オレ流」では大御所、大魔神級であるワーグナー様と双璧をなすであろう。

彼の伝記、手紙を読むに隆々たる男原理が貫いており、学業においてもセザール・フランクのクラスを嫌って逃げ出すなどわがまま放題。ラヴェルが5年浪人して予選落ちだったローマ賞に2浪で見事合格したが、イタリアが嫌で滞在期間の満了前にパリに戻ってしまう。

ドラッカー曰く「他人の楽譜の翻訳家」である演奏家(ピアニスト)を落第し、わがままに自説を開陳できる作曲家になったことは、彼の母親には不幸だったが我々には僥倖だった。それは親や教師や伝統の不可抗力の支配からのがれることであり、本能が是とする道をまっしぐらに駆け抜けることを許容したからだ。

彼の音楽は僕の眼にはまことにますらお的、男性的であり、ラヴェルは中性的、ときに女性的だ。これは大方の皆様のご意見とはおそらく異なるにちがいない。ドビッシーの「月の光」や「亜麻色の髪の乙女」は女性的じゃないか、女性の愛奏曲だし、ドビッシー好きの女性はたくさんいるよという声がしそうだ。

そういうことではない。男が男原理で作ったものを女性が嫌うという道理などなく、むしろ自然の摂理で女性の方が寄ってくるだろうし、うまく解釈するかもしれない。ここで僕が観ているのは作曲するという創造行為の最中にあるフロイト的な心の深層みたいなものだ。

僕は好きな音楽とは作曲家のそれに自分の心の波長が同期するものだと感じている。心地よいのは音ではなく心の共振なのだ。それがなければ音楽は他人事、絵空事にすぎず、うわべの快楽をもたらす美麗な音の慰み物か物理的な音の集積か雑音にすぎない。良い演奏とは、曲と演奏家が共振したものをいうのであって、それが存在しないのに聴衆が曲と共振するのは無理な相談だ。

ラヴェルとドビッシーの根源的な差であるのは、ラヴェルには自分の書いた音が聞き手にどう「作用」するかという視点が常に、看過できないぐらい盛大にあることだ。得たい作用を具現する技巧にマニアックにこだわる「オタク」ぶりは大変に男性的なのだが、どう見られるかという他視点への執着という特性は基本的に、化粧品の消費量と同様に女性によりア・プリオリに所属するものなのだ。

一方でドビッシーの我道、我流ぶりは「ペレアスとメリザンド」、交響詩「海」において際立った立ち位置を確立し、そこに移住してしまった彼は音楽院の教師ども、パリのサロンや同僚やモーツァルトの愛好家たちがどのような視線を送るだろうかということを一顧だにしていないように見える。

その態度は、後に彼が否定側にまわることになる「トリスタンとイゾルデ」をワーグナーが発表した態度そのものであるのは皮肉なことだが、ペレアスがトリスタンと同等のマグニチュードで音楽史の分岐点を形成したのは偶然ではない。全く新しい美のイデアを感知した脳細胞が、他視点を気にしないわがまま男原理で生きている人間たちの頭にのっかっていたという共通点の産物だからだ。

そして、「海」における、微分方程式を解いて和声の色の導関数を求めるような特異な作曲法というものは、音楽にジェンダーはないと今時を装ったほうが当ブログも人気が出るのだろうが、残念ながら真実の心の声としてこういうものが一般論的に女性の頭と感性から生み出されるとは考え難い性質のものであることを僕はどうしても否定することができない。

「亜麻色の髪の乙女」は夢見る乙女みたいに甘く弾いても「美麗な音の慰み物」には充分なる。それはBGMやサティのいう「家具の音楽」としてなら高級品だが、ドビッシーを導いた男原理から見ればバッタものだ。困ったことにその手の「うわべの快楽」にはいっぱしの市場がある。そうやって前奏曲集第1巻を弾きとおすことだって可能だし、そういう演奏が多くCDになって出てもいる。

しかしそれをヴェデルニコフやミケランジェリのCDと同じテーブルに並べて比べることは音楽の神の冒涜に類する行為である。裁縫師だったドビッシーの母は 1915年まで生きたそうだが、ペレアスや海を聴いてどう思ったのだろう。

(補遺、15 June17)

バッタ物でないドビッシーの例がこれだ。作曲家をパリに訪ね、ピアノを聞かせて評価され4か月も私淑を許された米国人ジョージ・コープランドの「沈める寺」をお聴きいただきたい。僕はこの曲がどう弾かれるべきか、この非常に強いインパクトを持つ録音で初めて知った。現代のピアニストはドビッシーの pp の意味を分かっていないか、少なくとも実現できていない。そこから立ちのぼる ff は騒音に過ぎないのである。

 

「東大脳」という不可思議

 

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完全主義という困った性格(ミケランジェリの夜のガスパール)

2016 JUL 22 12:12:01 pm by 東 賢太郎

自分の性格で困るのは完全主義ということです。A型に多いらしく、だから日本人に多いのかもしれませんが、僕の場合、それは関心事においてだけのことで、それ以外はむしろ「積極的に無関心」というのがより困るのです。

まず身の回りのことは無関心の代表格で、大変に苦手です。小学校で教室の大そうじのとき、自分なりにやってるつもりが女の子に「あずまくんはじゃまだからどいてて」と外に出されてしまいトラウマになってます。見かねた親がカブ・スカウト(ボーイスカウトの小学生版)に入れましたが何ひとつ興味をひかず、思い出は飯盒炊飯で食べたカレーがうまったぐらいです。

これを自己分析してみると、万事まずは右脳が好き嫌いを独断で決め、嫌いだとそこでスイッチ・オフ、好きだと初めて左脳が登場するという感じです。問題は左脳が細かいヤツで、こいつが完全、パーフェクトを求めてしまう。それに満たないと元に戻って、結局スイッチ・オフ、という回路があるようです。完全主義の人が皆そうなのかどうか、これは関心のあるところです。

音楽を聴いて困るのは、技術的にパーフェクトな演奏がないことです。人間がやることですからね。僕がどうしても楽譜を見てしまうのは、そこで頭に鳴る音楽は無傷だからかもしれません。では機械やシンセが弾けば好きかというと、それはない。人間がやってこそ伝わるものは右脳の好き嫌い回路で「好き」となる絶対条件だからややこしくなります。

つまり、人間らしさは欲しいが機械みたいに正確にやってくれ、と無意識に求めてる。これはかなり矛盾があって無理難題なのですね。

僕が「完全」と思う要素のうち音程(ピッチ)とテンポとリズムが英数国みたいな主要3科目です。どれが欠けてもアウト。しかしこの3つは優れた演奏にはあまりに当然のことであって、野球ならキャッチボールです。これが下手でプロになるのはあり得ないファンダメンタルズです。

以前に弦楽器のピッチ、ことにミとシの問題を書きました。経過句は大家でも弾き飛ばしがあるとも。これに神経の通う人は、しかし、往々にしてパッションが落ちてしまう。かくも人間らしさは正確さと相容れにくい。だから両立した演奏家を見つけると、ウルトラ・レアものですからね、僕は平静でいられない。ユリア・フィッシャーはそのひとりで、10月15日の来日公演を心待ちにしているのです。

以上は僕がブーレーズのストラヴィンスキーやトスカニーニのベートーベンに魅せられてクラシックに入門した経緯を極めて合理的に説明します。そういう人間だったから僕はクラシック好きになりました。作曲家にしても、まず右脳がはねてしまった人、それは聴き始め最初期に起きてますが、それが50年たって好きになったことはほぼありません。かたや演奏の完全性においてはやや基準が低くなって、人間らしさの比重が多めでも(つまりミスがあっても)いい、そのぐらい人間性は感動の源泉になることは学習してきました。

ブーレーズに人間性があるか?あります。それは春の祭典の最初のオーボエの小粋なフレージングや、古風なメヌエットの最後の審判みたいにドスのきいたティンパニの打ち方など、そこかしこにある。日本的な人間性、飲んだら意外にいいおやじだったみたいなものではなく洗練、知性、均整といったものですが、それは超絶的な美人が一見冷たく人間離れして見えてもあくまで人間であるかのようにヒトの一側面なのです。

その人間性というものが合うかどうか、こっちも人間だから大きな要素になります。ヒトの相性です。これは右脳だから理屈はないのであって、作曲家も演奏家も合わない人は合わない、だから聞かない。それだけです。クラシックは名曲ざます、全部いいと思わなきゃいけませんよ、思わないのはあんたがだめなのよ、ねっ、楽聖、音楽の父、交響曲の父・・・なんて音楽の授業、そんなのなんぼのもんやねんと反抗して通信簿2をつけられた僕は思うのです。

音楽の先生より僕の完全主義はずっと厳しいものなので、クラシックのレパートリーはほぼさらいましたが「いい演奏」というのがいかにないかという限界に当たっています。ピアノも弦楽もオーケストラもオペラも。

ピアノで言いましょう、僕はかつて実演で完全、完璧なピアノ演奏というのを聞いた記憶はありません。唯一近かったのがロンドンで聴いたミケランジェリのショパンとドビッシー。知情意と技術の両方においてあれほどの高みに達したものはありません。どちらも感情が高ぶる音楽ではないのでクールに冷静に聴いていたわけですが。

次いで、やはりロンドンでのポリーニの平均律第1巻、リヒテルのプロコフィエフ。やはり淡々と聴いていて、精神にくさびを打ち込まれたと感じるほど打ちのめされた体験でした。ピアノというのは音程の問題がないのでよりテンポとリズム、フレージングに気が回るのですが、この3人のような技術が少なくともないと立ちのぼらせることのままならぬ世界が確かに在って、現場でそれに立ち会えるというのは僕ぐらいの頻度のコンサートゴーアーでは奇跡のようなものです。

録音でそれを感じるのはなかなか難しいですが、こんなのはどうでしょう。

まったく奇跡のように素晴らしい。これをライブで聴いたらいかほどのものだろう。なにしろミケランジェリも完全主義者だなあということがビンビン伝わってくるから僕などほっとすらします。よく耳を澄ませて聴いてください。これは99%完璧な「夜のガスパール」だ。完璧さが興奮をそそるという、すべての演奏の99%でありえないことがおきている物凄い演奏であります。

彼はラヴェルをなんでも弾いたということはないのですが「夜のガスパール」は十八番だったようです。寡聞にしてこの録音は知らずブログの推薦盤にも入ってませんが、あの日のドビッシー(前奏曲第2巻)を思い出した。これをこれだけ弾ける人は現存するんでしょうか?

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

 

 

 

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ヘンリー・マンシーニ 「刑事コロンボのテーマ」

2015 DEC 15 23:23:22 pm by 東 賢太郎

mancini1前回にMistyでご紹介したイタリア系アメリカ人作曲家のヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini、1924-94)は誰でも知っているテーマを紡ぎだした名人であります。美しい旋律を書けるというのはひょっとしてどんな複雑な楽曲を作るよりも希少な才能なのではないでしょうか。

最も有名なのはこれでしょう。『ティファニーで朝食を』(1961)の挿入歌「ムーン・リバー」(Moon River)です。原作ではオードリー・ヘップバーンが歌うのですが僕はこのアンディ・ウィリアムズの美声で覚えましたね。小学校低学年でした。

こっちも誰でも聞いたことがあるでしょう。ピンク・パンサー(1963)のテーマです。これはジャズっぽいですね。

マンシーニはジュリアード音楽院に学んでいますが、チェコ系のオーストリア人、エルンストクシェネク(Ernst Křenek )の弟子であります。この人はグスタフ・マーラーの娘アンナ・ユスティーネと結婚しており、マーラーの交響曲第10番遺稿から第1,3楽章の校正・改訂を行なっています。マンシーニはばりばりのクラシック本格派の教育を受けているわけですね。

ちなみにクシェーネクのピアノソナタ第3番はグレン・グールドが弾いたスタジオ録音の名盤があり、このライブ録音の透明感とタッチはさらに素晴らしい。しかし作曲者はグールドの解釈を嫌ったそうです。

さて、僕が好きである刑事コロンボのテーマですが、これもマンシーニ作曲なのですね。ところが当曲はコロンボだけのテーマではなく、NBCミステリー・ムービー(NBC Mystery Movie)というTVドラマ枠のテーマで、コロンボは同時間枠に放映されたいくつかある作品のひとつのようです。

コード進行はこうです。

G/Am/D/G/Em/Am/D7/G/ G/Am/D7/E7sus4/E7/Am/Cm/Gmaj7/E7sus4/E7/Am(on g)/D(on G)

曲締めのインパクトあるAm(on g)/D(on G)ですが、ラヴェルのクープランの墓(メヌエット)の結尾の和音とそっくり(というか調までまったくおんなじ)ですね。

couperin

マンシーニもこれを愛奏してたんじゃないかと想像してしまいます。

ついでに、このメインテーマを弾いている電子楽器はオンド・マルトノで、メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」で大活躍します。

 

(こちらもどうぞ)

ラヴェル 「クープランの墓」

メシアン トゥーランガリラ交響曲

クラシック徒然草-作曲家が曲をどう思いつくか-

 

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クラシック徒然草-僕は和声フェチである-

2015 DEC 7 2:02:58 am by 東 賢太郎

僕が最初に覚えた西洋音楽はアンタッチャブルのテーマでした( アンタッチャブルのテーマ(1959)The Untouchables Theme 1959)。この妖しい和音に完璧にはまってしまい、各声部までしっかり歌え、もしこの頃にピアノをやってたら妖しい曲専門の作曲家にでもなってたかもしれません。

だから近現代のシェーンベルグやクセナキスなんかも全然平気であり、覚えられるし歌えるしモーツァルトのように楽しめます。逆に苦手なのは和声的に何の事件も起きない、コンビニに並んでる115円ぐらいのカップ麺みたいにどれもこれもおんなじような音楽で、学生時代、インフルエンザみたいに大流行だったフォークなど大嫌いでした。

フォークというのはCとGとFと、たまにAmとDmぐらいはあって、ときにEmやセブンスなんか出るとおっやるねなんて感じで、あまりのあほらしさにこちとら気絶しそうであり、キャンプファイヤーなんかで当然でしょ風に長髪のギターの兄ちゃんと僕の大嫌いなタイプのヴォーカルの女が出てきてあれが始まる。法事の念仏の方がよほど面白い。

普段我々が耳にするほとんどの和声変化の「原典」はクラシックにあります。それが微分積分とするとフォークは足し算引き算というところです。だいたいギターは定型化した指の形で最大6音しか出ないので10音(以上)出せてポリフォニーが弾けるピアノから見ればウクレレと大差ない。複雑な音楽は無理です。

しかし和声が面白い音楽にジャンルの壁などありません。ここが楽しいところ。ビートルズやユーミンやカーペンターズは面白いし歌謡曲にもいいのがあるし、クラシックにも退屈なのがたくさんあります。「和声フェチ」の僕としては面白いかどうかだけが大事でして、芸術的とか高尚とかいうわけのわからない基準などくそくらえです。

あえていうならhigh qualityでしょうか。ゴッホと三文画家を並べたら、子供でもわかってしまう差があります。それは言葉にならなくても厳然としてこの世に存在するのであって、神様は不公平だしかわいそうだけどどうしようもない。ビートルズやユーミンやカーペンターズの和声はクオリティが高いのであって、だから誰もまねできていないのです。

Take6 という米国の黒人6人のグループが有名なクリスマスキャロル(Hark The Herald Angels Sing)を歌っています。これが凄い。これを譜面に書きとれといわれても難しいですね。

こっちはビング・クロスビーのスタンダード(I’ll Be Home For Christmas)。この精緻で複雑な和声、脳天を直撃です。

この人たち、ジュリアードやカーチスを出てるわけではないようです。ジャズやゴスペルに感じるのですが、黒人の感性はまったくもって独特であって、白人の西洋式の(すなわちクラシック音楽仕込みの)教育とはかけ離れた所で、圧倒的にhigh qualityの音楽を生んでいます。ラヴェルやミヨーが影響を受けたのは伊達でなく、ゴッホが葛飾北斎に影響を受けたのと同じでしょう。北斎の浮世絵に僕は圧倒的なhigh qualityを感じますが、それと同質なものが黒人音楽にはあるということでしょう。

クラシックの有名曲はもう全部きいていそうなので、来年は黒人音楽を聴いてみたいですね。きっと面白い和声があるだろう。和声は化学です。未知の化学式を持った物質があるかもしれないし、未知の価値がある合金ができるかもしれない。それを探すために音楽を聴いてきたのかもしれない、アンタッチャブルのオルガンのオジサンもそう思ってるかもしれないなと今なんとなく思いました。

 

荒井由美 「14番目の月」

ハイ・ファイ・セット 「メモランダム」

ベルリオーズ 「幻想交響曲」 作品14

フランク 交響曲ニ短調 作品48

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ラヴェルと玉三郎

2015 OCT 25 14:14:52 pm by 東 賢太郎

tamasaburou坂東玉三郎の阿古屋(左)が3つ目に弾く楽器が胡弓です。三味線をチェロのようにたてて太めの弓で弾くというに近いですが、音域はヴァイオリンぐらいで中国の二胡とちがって三弦です。面白いのは、チェロは弦を変える時に右腕の角度を変えますが胡弓は楽器を回して角度を変えるのです。

チェロは僕がプロにちゃんとレッスンを受けた唯一の楽器ですが、左手で音を正しく取る以前に右手(弓)のほうが難物でなかなかちゃんとした音が出ません。それを思い出すと玉三郎はさすがで弓も音程も良く、チェロも弾けるんだろうなと想像させるものがありました。

彼のバイオを調べると、やはりやってるんですね、ヨーヨー・マとの共演を。新派、現代劇、映画、演出、クラシック、バレエとカバレッジが広く、「演技」というものを「感受」、「浸透」、「反応」の3つの過程が必要と解析する理論派であり、歌舞伎役者は数多のタレントのひとつなのかと思わせるスーパーマンですね。

関心をひいたのは1988年にはヨーヨー・マらの演奏によるラヴェルの「ピアノ三重奏曲」で創作 舞踊を上演したとあることです。アバドのピーターと狼のナレーションもしてますがこれはご愛嬌として、ラヴェルに彼がどんな踊りをつけたのか、これは大変に興味のある所です。

ラヴェルと女形、じつに合いますねえ。触れると壊れそうな、野卑と無縁の、究極まで洗練された、これは玉三郎の世界かもしれない。ラヴェルの本質は女性だ、と以前に書いたと思いますが、女を男性が演じているという風に言ってもいいですね。あんな女性は現実にはいないだろうというほどエッセンスを抽出したフェミニンな美。

ラヴェルは時に野卑を演じようとするが、あれはちっとも野卑ではなく、作られた形だけ。逆に女の男役を感じます。だからユニセックスかというとそうではなく、玉三郎さんのTV番組での素顔を拝見すると、女はあそこまでオタク的こだわりはないでしょうという域にあるのですが、やっぱり男性です。ラヴェルはそれに似ているかもしれない。

そのラヴェルの「ピアノ三重奏曲」イ短調、第1楽章です。これの全曲をやったのか一部なのか不明ですが、この素敵なたたずまいと玉三郎はあいますねえ。

 

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ちなみに上掲はリヒテル(pf)/カガン(vn)/グートマン(vc)による83年のライブですが同曲の最右翼の名演奏であります。3つの楽器のバランスが理想的で、カガンの美音が冴えまくり、埋もれがちなチェロもグートマンが見事に拮抗しています。そしてリヒテルのピアノのすばらしさには言葉もなし。このCDは何かが憑りついたようなイベントの記録という感触です。

 

(補遺、3月13日)

玉三郎、これも似合うかな。

ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ

ピエール・ドゥーカン(vn)/ テレーズ・コシェ(pf)

doukan122フランスの洗練と品位のかたまりみたいなラヴェル。奇矯な和声もどこか伝統の風味に包まれ、ブルースを模した第2楽章までラヴェル化している。イギリス、ドイツに住んでいたころ、車でフランスに入るとマジックみたいにぱっと景色が明るく、畑が黄色っぽく肥沃な感じになる。パリの展示会で流れてたドビッシーのフルート、ヴィオラ、ハープのソナタ。悔しいけどかなわない。ニューヨークのインベストメントバンカーの鼻っ柱を折るのはパーティーでフランス語で話すことだと友人が言った。むべなるかなという演奏だ。でも同じほど深い文化の蓄積は日本にだってあるぜと誇りたくなる。

 

(こちらもどうぞ)

時の流れを何かで埋めたい

シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47

クラシック徒然草-はい、ラヴェルはセクシーです-

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

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ラヴェル「水の戯れ(Jeux d’eau)」

2015 OCT 6 9:09:55 am by 東 賢太郎

本稿はこの稿の続編となります。こちらをご覧ください。

クラシック徒然草-リストの「エステ荘の噴水」をどう鑑賞するか-

「エステ荘の噴水」が影響を与えた曲として語られるものはいくつかありますが、これが最も直截的なひとつかもしれません。

ラヴェルはピアノにコンプレックスがあったとされます。14才で難関のパリ高等音楽院ピアノ科に入ったはいいのですが練習嫌いで、母親が練習したら小遣いを与えていたほどです。成績は悪く卒業試験に落第して20才で退学しています。それならこっちでと作曲科に入りますが、作曲家の登竜門である「ローマ大賞」に挑戦するも毎年不合格となります。結局、25才になっても落ちたためとうとう除籍になってしまったのです。ベルリオーズ、ビゼー、ドビッシーがローマ賞を取ったエリートだったのに比べなんとも冴えないスタートでした。

その翌年に書かれたのが「水の戯れ」でした。この天才的な曲が理解されなかったのはサン・サーンスが「不協和音に満ちた作品」と酷評したことに象徴されます。彼は春の祭典の初演で冒頭のファゴットを聴くなり「あれは何という楽器かね?」といって3分で帰ってしまった保守主義の男です。パリ音楽院の教授連はそういう石頭がそろっており、結局ラヴェルは10年も浪人してローマ賞の予選通過すらできなかったことから「ラヴェル事件」として逆に有名になりました。そこまでオレ流を貫きとおしたのはあっぱれであります。

220px-Maurice_Ravel_1925 (1)ラヴェルは母親がスペイン(バスク)系、父はスイス人で純粋なフランス人ではなく、想像ですが事件はいじめの要素もあったかもしれません。身長も西洋人にしてはかなり低く161cmでした。ベートーベンも165cm前後、モーツァルトが150~163cm、ワーグナーが160cm以下(諸説あり)ではあったのですが浮名はたくさん流しました。しかしラヴェルはマザコンが強く女っ気がほとんどなし。ホモ説も根強く、ストラヴィンスキーとできていたという説もある。第1次大戦は戦地へ行く気満々でパイロットに志願したが虚弱であり、任務はトラックの運転だった。

彼の手は固くオクターヴが苦手だったそうで、クープランの墓のトッカータや夜のガスパールのスカルボは弾けなかった。自分で弾けない曲を作ろうというのもラヴェルらしい。他はだめなんだから彼は音楽に専心したわけで、しかしそこでもピアノは落第だった。この楽器に屈折した気持ちがあったのではないでしょうか。だから彼はピアノのチャンピオンであるリストを範として誰の曲よりも難しい曲を作ろうとしました。そういう意識の一環として「エステ荘の噴水」のきらめくような水の飛翔から「水の戯れ」「オンディーヌ」「海原の小舟」などを発想したと思われます。「夜のガスパール」より第1曲オンディーヌをお聴きください。

僕は「エステ荘の噴水」に権力、神性へのリストの感情を聴きとるのですが、しかしラヴェルにはそうした心象や主観の表出は一切なく、ただひたすらリストが水を描写した新しい技法をきわめ尽くし、彼一流の和声にまぶして水が動き飛び散る風景を描ききります。主観はなく抽象、客観に徹しているところが実にラヴェルであります。彼は感情をかくして生きたのかと思うほど音楽に生身の人間を感じさせません。2つのオペラも人間の体温のようなものは希薄であり、ダフニスとクロエはギリシャの壁画の人物のように擬人的です。彼の部屋の調度品はどこか女性趣味であり、服装はダンディではあるがむしろスカーフなどきれいなもの好きだったのではと思わせるイメージがあります。

自分だけのおとぎの国にこもって暮らすひきこもりの少女みたいな感じがある。その音楽は彼にとってきれいなものだけで出来上がっている不可思議な素材感がきわだっていて、特に和声がそうです。「クープランの墓」は比較的透明で平明な和声で書かれていますが、「フォルレーヌ」に散りばめられたそれは甘味と苦みが合わさった、他の作曲家からは一切聞くことのない不思議なテーストがあるのです。僕の印象では同世代の革命家ドビッシーとも似たものではなく、むしろジャズの自由な和声の方に親近性を感じます。

フォルレーヌをルービンシュタインでお聴きください。

そういうラヴェルらしさが初めて世に問われたのが在学中の作品である「水の戯れ(Jeux d’eau)」でした。作曲家の先生であったフォーレに捧げられましたがテーストのまったく違う先生も困ったでしょう。僕はこの曲は見事な和声に耳が行ってしまって、自分で弾けるわけでないのでピアノの書法については鈍感に聴いていましたが元祖のリストと聴き比べてみることでそれがよく理解できました。この曲は噴水を描写したものかどうかはわかりませんが、リストの噴水からインスピレーションを得たということで前回皆さまに考えていただきたいと投げかけた問いをもう一度繰り返します。

プロレタリアートの子が噴水という権力の権化に接してどう思ったか?そこに何を感じ取り、どう音に描こうと思ったか。水しぶきのきらきらした輝きという表面的なものなのか、その裏にある支配、神性という含意なのか?それともまったく別なものなのか?

そうやって両曲を比べることによって、以上書いてきたようなラヴェルという作曲家の個性が「ご自分の耳で」よくわかるようになると思います。アルゲリッチの若いころ(77年)の演奏です。ものすごいうまさです。

(追記、1Feb 2020)

こちらが大変素晴らしい。

 

(こちらへどうぞ)

ラヴェルと玉三郎

 

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