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ベートーベン第9初演の謎を解く

2013 SEP 17 0:00:18 am by 東 賢太郎

序 

マーラーの交響曲第8番、いわゆる千人の交響曲という曲は、実際には千人はいなくてもその半分程度はオケと独唱、合唱を必要とするので滅多にライブを聴く機会がない。僕は2度だけ聴いたが1度は合唱団員の招待であり、もう一度はN響のAプロにたまたま入っていただけだ。自分から選んで行ったことがないのはマーラーに興味がないからだが、しかしその僕でもこの8番の両ライブは感動したものだ。やはり大勢の生の人間の声は聴く者に強いインパクトを与えると思う。クラシックを一度も聴いたことのない人でもマーラーが誰か全く知らない人でも、コンサートホールでこれを「体験」すれば何か心に熱いものを覚えないということはないのではないだろうか。

ベートーベンの交響曲第9番、いわゆる第九という曲も20世紀初頭まではマーラーの8番のような存在だった。現在でも欧米ではキャストの大掛かりなこの曲はそう多くは聴くことはできない。ちなみに僕は16年海外にいてあまり好きではない7番をコンサート会場で計7回聴いているが、比較的好きである第九は5回しか聴けていない。フィラデルフィア管の定期公演では2年間で1度もやらなかったし、メジャーオケが5つあるロンドンでも年に2~3回やればやった方というところだった。マーラー8番よりはましだが、そうそう実演を聞ける曲ではなかったというイメージが強い。

ダイク大国ニッポン

ところが武川寛海氏の著書によると日本では昭和51年に12月だけで71回も演奏されたとある。収容人数2千人として1か月に約14万人もの人が第九を聞きに押しかけているというのは街を歩くドイツ人には想像もできないだろう。東京ドーム満員御礼の3回分だからその年優勝した読売巨人軍の日本シリーズなみの動員数を誇っているわけだが、ベートーベンが巨人より人気があると聞いたことは寡聞にしてまだない。たぶんこの現象は暑中見舞い、年賀状、お中元、お歳暮のような和式の季節行事である。そのうちアクティブ参加型としては夏物の盆踊りに対して冬物が欠けていた。その穴埋めがクリスマスと忘年会では厳粛さとお清め好きの国民性からしてもの足りない。そこにダイクが恰好の居場所を見つけたと僕は解釈している。

日本ではこの曲はよく「交響曲第9番・合唱付き」などと呼ばれる。すごい呼称だ。合唱ぬきの9番もあるんだろうか。これを見ると「グリコのおまけ」を思い出して困る。しかしおまけ目当てでキャラメルを買った記憶もある。とすると第4楽章だけ聞く人も多いと見越した深遠な命名かもしれない。確かにこの第4楽章が立派に演奏された時のインパクトは強烈だ。パウル・ベッカーによるとベートーベンが作ったのは音楽ではなく「聴衆」だ。フランス革命に発し、自由、平等、博愛を求める群衆だ。これを聴くと自分もその群衆の一員になった気がするではないか。これがベートーベンを聴くという体験なのだ。フランス革命には縁もゆかりもない極東でもそういう感じをいだいてしまう。だから彼の音楽は名曲であり200年たっても世界中で聴き継がれているのだ。

終わり良ければ・・・・

その第4楽章は一種のカンタータでありソナタの終楽章とは程遠い。ソリスト4人の出番はそう多くはないが器楽的に書かれた音符を正確に歌うのは大変難しいと思われ、満足な演奏は非常に少ないのが実情だ。しかしこの曲は非常によくできていて、最後のプレスティッシモの興奮がそれまでのすべての苦難も失敗もかき消してくれる。おお友よ、このような旋律でなく・・・と何度も何度も過去を否定されてきている。だから最後の歓喜の爆発こそ俺の求めたものだ!と感じるように出来ている。ソナタ形式をも凌ぐ独創的な発明だ。そして肝心のその最後を締めくくる数ページの音符は最高に素晴らしいものだ。そこには音痴の四重唱など忘れて心が浄化された自分がいる。終わり良ければすべて良しの曲なのである。

それを見抜いて「狂乱の場」としか表現できないエンディングを作った名人がフルトヴェングラーであった。彼の演奏が神格化されたのは彼が神だったからではない。音楽の方がそう出来ているからである。フルトヴェングラー盤は数種あるが、どれも終結で脱兎のごとく大疾走する。もうあまりに速くて楽器が何をやっているのかわからない。これをいきなりやると唐突、滑稽だが、彼の演奏はそこに至るまでの長い道のりにおいて強弱、凹凸、漸強漸弱、漸緩漸速、はっきりしない句読点など、ありとあらゆる指揮芸術の秘儀を尽くしてそれを納得させる準備がなされている。

この曲が人を感動させるメカニズムを完璧にとらえているのは私見では理屈などではなく、ご不快な方がおられるのを覚悟であえて書くが、男性側から見たセックスに近い。彼はそういう性質の曲のツボをおさえた表現においては余人をもって替え難い天才であった。しかし近年無視できなくなったベートーベン自身の改定を基にしたベーレンライター版では、彼が疾走を仕掛けるプレストの直前の「ゴッタフンケン」が随分と速くなってしまった。だからジャンプの前のかがみが浅くなってしまい疾走の効果が出ない。だからだろうか逆に遅めのエンディングが多くなった(ノリントン、ガ―ディナー、ラトルなど)。

初演伝説

この曲には有名な伝説がある。1824年5月7日にウィーンのケルントナートール劇場で行われた初演は成功であったとされる。第2楽章が喝采を博して2回もアンコールされ、3回目は兵隊に止められたという。その大拍手が聞こえず聴衆に背を向けたままスコアに見入っていたベートーベンの肩をアルト歌手のウンガーがおさえて聴衆の方に向きを変えさせたというのだ。それが第2楽章終わりだったという説もありそれをしたのはソプラノのゾンタークだったという別の証言もある。そのぐらい伝説はあやふやな記憶に基づいているが、とにかくそれらしいことはおそらくあったのであり、熱狂した聴衆はハンカチを振って作曲家を讃えたというのも本当なのだろう。

だとすると、ベートーベンは舞台でオーケストラに向かっていた。何をしていたんだろう?各楽章の正確な拍子を示すと本人が言い張ったからとされる。しかし指揮者にはウムラウフという人がちゃんといたのだ。まさか楽章の入りの拍子ぐらいは指揮者も覚えただろう。では途中の拍子変更ができなかったのか?それでは指揮者の意味がない。Wikiによると合奏の脱落、崩壊を防ぐためピアノも参加してリードしていたという。ピアノに向かっていたのだろうか?しかしかれは耳が聞こえないのだ!どうも釈然としない。もう一つ不可解なことがある。そんな大喝采と感動的な逸話にもかかわらず、16日後の再演では会場は半分も埋まらなかったことだ。ぜんぜん人気が出なかったのである。

私的仮説

私見だがこれをうまく説明する仮説はこれだ。初演の演奏がめちゃくちゃだったのではないかということである。どこかで楽器や合唱が落っこちたり合奏が錯綜して止まったりしたかもしれない。演奏が年中行事と化した現代ですらこの曲の演奏は難しいので有名なのだ。それでも「終わり良ければ効果」によって聴衆は一応は喝采した。しかし、・・・・どんな曲を聴いたのかは誰もわからなかった。家にかえってみれば、ベートーベンは元気でよかったね、合唱の何子ちゃん頑張ったね、でも曲はつまらなかったなあ、というところだったのではないか。そういう噂が回ってしまい、リピーターはおろか2回目初めての人もあまり来なかったのではないか。

そう考える根拠がある。初演したオーケストラはアマチュアを加えた寄せ集めで、全員がそろったのは前日だった。指揮者は4日ほどスコアに目を通しただけ、総練習は2回しかやっていない。男性ソロは直前に変更となり、バリトンが楽譜を受け取ったのは3日前だ。しかもプログラムには同じく新曲で同じぐらい難しいミサ・ソレムニスの3曲もあったのだ。実際に、1809年の「合唱幻想曲」の初演では合奏が崩壊し、最初から演奏し直すという事故もおきている。それにもかかわらずこの難曲の演奏が上出来であったなら、歴史上のすべての音楽家は失業しなくてはならないだろう。

駄作の烙印

そういう不安な状況であったこと、そして聴覚疾患をのりこえてこれだけの曲が書けて総監督もできることをウィーンの上流階級に示そうという意図でベートーベンは舞台上にいたのではないか。彼はロンドンのフィルハーモニック協会の依頼でこの曲を書き始めた可能性がある(注)。献呈者も候補が数名あった。精魂傾けた力作であり、稼げるはずの機会であり、相応の利益と名誉を得なければならないという意識はいつになく強かったのではないか。現に、この逸話の信憑性は100%ではないが、初演がはねたあとに計算した収益があまりに少ないことを知ったベートーベンは卒倒し、翌朝も同じ服を着たままだったそうだ。

(注)フィルハーモニック協会の創立者のひとりに、ヨゼフ・ハイドンをロンドンに招聘して12の交響曲を書かせたたヨハン・ペーター・ザロモン(1745-1815)がいた。ボン生まれのザロモンが生まれた家は奇しくもベートーベンの生家でもあり、両者は旧知の仲であった。ザロモンは協会を通じ生計が困窮していたベートーベンに100ポンドを贈った。第九はその見返りに書かれたわけではないが作曲の何らかの契機になったことは確実である。

 

当時の批評家たちは終楽章に声楽曲を持ってきたことを問題にした。今の我々はそれが問題だとは思っていない。しかし、弟子のチェルニーによるとベートーベン自身も終楽章で失敗したことを認めており、あれを棄てて新しく器楽のものを作ろうと考えていると語ったという。本当に「9番・合唱なし」になったかもしれなかったのだ。結局、それは実行されなかったが、この曲はウィーンで彼の存命中にはもう2度と演奏されなかったのである。その後、ヨーロッパ各地で何回か演奏が試みられたものの、結果はことごとく失敗に終わった。そして「駄作」「演奏不能」という評価が定着してしまうのである。我々はこれが駄作でも演奏不能でもないことを知っている。正解は一つしかない。

真相を推理する

難曲すぎて当時の指揮者の譜読み力もオーケストラの演奏技術も足りていなかったのだという有力な説がある。それはそうかもしれない。しかしそれでは3番はどうだったのだろう。7番、8番が好評だったのはつい数年前だ。声楽が入っただけで演奏不能になってしまうのだろうか?そうではないだろう。僕はこう思う。①まず聴衆が1時間もかかるオペラではない曲に慣れていなかった。今でも第3楽章で舟をこぐ人はあとをたたない②8番までの路線に添っている唯一の楽章は第2楽章だ。これは大喝采だった。聴衆はこういう曲を予想し期待していた。③第4楽章の練習不足はカオス状態を引き起こした。誰も曲を知らないからカオスとは思われなかったが、そのかわりに駄作と思われた。

③について補足すると、ソリストと合唱がいつ入って来たのかという問題がある。今でも指揮者によって、曲頭から、第2楽章後、第3楽章後の3パターンがある(第1楽章後は僕は見たことがない)。初演の証言はなさそうだが、指揮者ワインガルトナーの「ベートーベンの交響曲の演奏に対する助言」(1906年)に「曲頭が望ましい。やむなければ第2楽章後。しかし第3楽章後はだめだ」という趣旨のことが書いてある。執筆当時は第3楽章後が慣例だったのだ。理由はわからないが、電燈(電球)というものが普及し始めたのが1880年頃だったことを忘れるわけにはいかない。初演時は暗闇の中、ロウソクの明かりで演奏したのである。

60-80人もの合唱隊に高価なロウソクを40分間も無駄に燃やさせる決断をしたなら、ベートーベンは収益不足で卒倒はしなかったろう。それとも彼らは暗闇の中に不気味に並んでいて第4楽章で一斉にロウソクに点灯したのだろうか。あまり現実的な空想ではないように思う。おそらく第3楽章終了後に手に手に楽譜とロウソクを持って入場したのだと僕は思う。これは今のホールでも起こる光景なのだが、この入場行進はけっこう時間がかかり、美人やイケメンを探す好奇の目線が飛び交い、せっかくの第3楽章の高貴な雰囲気など消し飛んでしまう。まして初演時にそれは誰も予期していない。客席はざわめき、どよめき、おしゃべりが始まっただろう。作曲家お気に入りの若いソプラノとアルトは人目を惹いたろうし客席のご贔屓筋に目くばせもしただろう。そして、それまでの音楽ドラマは皆が忘れ、仕切り直しで始まった第4楽章はカオスだった。そしてそれは曲のせいになり、駄作だという評価ができてしまったのではないか。

至宝を見つけた功労者たち

駄作はいつ人類の至宝になったのか。そのきっかけ作りという偉業は1831年になされる。やったのはベートーベンに傾倒し9番のパリ初演を指揮したフランソワ・アントアヌ・アブネックである。彼はそれにいたるまで3年間にわたって徹底的にスコアを研究し、彼の進言で創立されたパリ音楽院管弦楽団との練習を入念に重ねた。「我々の耳に第九らしく響く9番」が史上初めて演奏されたということだったのではないだろうか。運命というのは不思議なもので、ロシアでの前職をクビになり、ロンドンへの海路で難破で死にかかり、それでもパリで一旗揚げようと流れ着いた26歳のワーグナーがアブネックの9番のコンサートを聴いていた。ワーグナーは17歳の時に9番のスコアを筆写し、それを二手のピアノ用に編曲したフリークだったのである。演奏に感激したワーグナーはこう書いている。

「ここで私は演奏についてまとわりついていた迷いが目からうろこが落ちたように晴れ、ただちにここで、宿題となっていたものをとうとう解く秘密を発見することができたことを知ったのである」

アブネックの演奏が素晴らしかったことは、やはりそれを聴いたベルリオーズが感銘を受けたことを記し、後日ロンドンで自分も指揮していることからもわかる。しかしベルリオーズはこうも書いている。

第四楽章は大半の人の理解力におえなかったようである

そして

この驚くべき楽章の分析をあえて試みるほど細目の秘密に通じえる自信はまだない

としめくくっている。4年前に斬新きわまりないあの幻想交響曲を作曲していた人の言葉である。実に重たい。

後にザクセンの宮廷指揮者になったワーグナーは1846年、33才の時にそこで9番を指揮した。シラーの歌詞を重視して自身の楽劇なみに文学性を盛り込んだワーグナーの解釈は、しかし大変にロマン的なものだったと思われる。なぜそう思うことが許されるかというと、そのザクセンの9番演奏会を聴いて指揮者になろうと決心した16歳の少年こそハンス・フォン・ビューローであり、彼はワーグナーの熱烈な崇拝者となるからだ。彼が書き込みをした9番のスコアはワーグナーの解釈をもとにしたものであったという。そしてそのビューローの解釈に真っ向から反旗を翻して敵視されてしまったワインガルトナーの演奏を我々は幸いにもCDで聴くことができるからである。

それは市販されているので興味ある方はご一聴をお薦めする。今の耳にも古臭いものではなく、恣意的なテンポルバートや強弱を排したいわば現代的なものだ。それが「反旗」だったのだから、ビューローの、そしてワーグナーの9番がどんな傾向のものだったか想像がつくのだ。ビューローの名声は指揮者としてだけではない。シューマン夫人クララの父ヴィークにピアノを習い、ベートーベンの愛弟子チェルニー(あの教則本の)の弟子フランツ・リストにも習った。こちらも演奏不能とされたチャイコフスキーのピアノ協奏曲1番を独奏者として初演もしている。音楽界の大御所である。そういう人の奥さん(リストの娘コジマ)を寝取っておいてなお崇拝させたワーグナーも凄いが、そういう大御所の9番解釈にアンチテーゼを思い切りぶつけたワインガルトナーの蛮勇も快哉である。

1863年に生まれたパウル・フェリックス・フォン・ミュンツベルク・ワインガルトナーには2人の指揮のライバルがいた。3歳年上のマーラーと1歳年下のリヒャルト・シュトラウスである。3人は作曲家としても競っていたが、結局ワインガルトナーだけがレースから脱落した。しかしただ負けたわけではない。貴重な録音と多くの著書を残した。今回の企画で彼の9番を聞き直し、実に多くの発見があった。それは武川寛海氏の名著「第九のすべて」(日本放送出版協会、昭和52年)にあるワインガルトナー盤の詳細な解説とスコアを見比べてのことであり、今回の拙文も多くを同書に依っていることを明記しておきたい。

そして最終的に、最新の9番楽譜資料文献の研究状況も調べてみた結果、こういう結論に至った。この曲の初演後約半世紀にわたるスコア研究と理解の不具合は、①定本になるべきスコアが完成するまでにベートーベン自身が各地で演奏するパート譜に多くの改定をバラバラに加えたこと(つまり初演時点では曲は未完成だった)、②それが統合されることのないまま作曲家も写譜屋のマイスターも世を去ってしまった、という2点に起因していた。そして結局そういう状況の中で生まれた出版スコア(現行のもの、これをブライトコプフ版という)が多くの不幸と不注意によって多くのミステークを含んでしまうに至ったということである。つまりこういうことが言えるのである。

ベートーベンの9番ほど作曲家の意図と違う楽譜が堂々と印刷され、しかもその印刷ともまた違う音楽が世界で演奏され、記憶されてきたものはない。

まるで9番のように文が長くなってしまった。次回にベーレンライター版という新しい楽譜のことを少しだけ書き、僕が好きなCDをご紹介したい。

 

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ベートーベン交響曲第9番の名演

 

 

クラシック徒然草-愛器アウグスト・フェァシュター社ピアノを調律してもらう-

2013 SEP 8 0:00:14 am by 東 賢太郎

写真 (19)今日は1時からピアノの調律をお願いしました。ご近所にお住いの本邦調律界の大御所U先生にうかがったところ、ウチのアップライト(右)は旧東独のAugust Förster社製のものなのですが、日本にはあまりないとのこと。ぜひ見てみたいと初回は大御所本人が来てくださいました。その時に「将来を嘱望する若手のポープなので勉強させてやって下さい」と同伴されたのが白田先生でした。

写真 (17)今日は先生の2回目でした。これともう一台ヤマハのグランドをお願いし、いろいろうるさい僕のわがままを聞いていただいて終わったのは6時すぎでした。このアップライトは確か85年にロンドンのマークソン・ピアノで購入したものです。何台か弾いてみて、ひと目惚れで即決したのがこれでした。長女がロンドンで生まれたのが87年だからはるか先輩格に当たりますね。別に高級品ではないのですが、それ以来、我が家と一緒にロンドン→東京→フランクフルト→チューリッヒ→香港→東京と長旅を共にした家族としての絆を強く感じています。

調律は時間とともに少しづつ狂ってきます。それが耐えられなくて僕は調律用のハンマーをスイスで買って、自分で微調整などしてきました。しかし調律はピッチだけの問題でないのです。それが最近わかってきました。そこで今日は先生が「どんな風にしますか?」と聞くので「ラヴェルの音でお願いします!」とわけのわからんことを依頼しました。まるで床屋の会話です。「うーん、ラヴェルですか、クープランの墓?そうですね・・・・」だいぶお悩みの様子。「やってみましょう、でもこのアウグストのせっかくの音をいじるのはやりたくないですね。ヤマハの方でやりましょう」ということになりました。

写真 (18)そこから休みなしで3時間半。隣の部屋のヤマハは見事にベーゼンドルファー寄りの音に生まれ変わりました。それに感動し、先生に感謝の意をこめてこのブログを書くことになったのです。クープランの墓の一部、ショパンのワルツ、グリーグのコンチェルトのさわりなどを弾いて聴いてもらい、ほぼ音は問題なしとなって残り時間でアウグストを仕上げてもらいました。そっちではシェラザードの第1楽章を全曲、ダフニスとクロエの夜明けのところ、ドヴォルザークの8番などを。ミスタッチだらけでとても人様に聴いていただく水準には遠いのだけど本人だけは指揮者気分で満足。これがあるから僕は生きていけるのです。

先生から「ピアニストのどこで演奏を評価してますか?」というご質問。「指の回りではなく①フレージング②和音のバランスです」と答えました。「意外に好きな人が少ない。アラウだけ別格です。ミケランジェリはいいですがポリーニもアルゲリッチもリヒテルも今は聞く気がしない」とも。「ラヴェルはフランソワはどうですか?」ときたのですが、「録音がひどい。EMIの音にボディがない」ということで意見が一致しました。先生のイメージではラヴェルはベーゼン。楽器の音色のイメージをきくと「カワイは円筒、ヤマハはその円筒の中に円錐が入っていて2重、スタインウェイはさらにその円錐が2重になっているイメージを持っているんです。だからベーゼン。」と素人にはまったく理解不能の答えが返ってきました。「チッコリーニがファッツィオーリでベートーベンを弾いたのがなかなか良かった」という感想で、かなりお好みのイメージがわかってきましたとのことでした。

写真 (16)最後に先生に、「だんだんこういう音にして欲しい」と言って、ラヴェルを2つ、①アンヌ・ケフェレックの「水の戯れ」と②イヴォンヌ・ルフェビュールのト長調協奏曲の第2,3楽章をリスニングルーム(右)で僕の装置でじっくりと聴いていただきました。両者の音色の比較をああだこうだとプロの視点から詳しく教えていただき、大変勉強になりました。それなのに、「これはたぶんベーゼンだろうなあ・・・・ただ調律が特別ですね・・・・こういう音が出せるんですね。勉強になりました」と謙虚に語ってお帰りになりました。いやピアノひとつとっても音楽は奥が深いものです。この装置は1人で聴いていてももったいないし、先生のような方にお役にたてるのであればうれしい限りと思いました。楽器の方もヘタの横好きにばかり弾かれていてもかわいそうです。プロをお招きしてミニコンサートをやっていただくこともSMCで考えようと思っています。

 

ファツィオリ体験記

ベートーベン交響曲第8番の名演

2013 SEP 2 1:01:00 am by 東 賢太郎

8番は大交響曲である

8番というのは非常にオーラの強い曲である。演奏時間は9曲中最短で30分かからないのに、僕はこれをじっくり聴くとぐったりと疲れる。まずテンポが遅い楽章がない。そして半端でない強弱のコントラスト、アクロバティックな音の跳躍、リズムの錯綜、突飛な転調が耳を刺激しつづける。終わってみると、3番や5番の勝利感、6番の充足感、9番の高揚感のようなものはない。7番が人間の原始の本能を刺激する曲なら、それと同じぐらい、いやむしろもっと強いマグニチュードで、8番は理性をかきまわして刺激する曲だ。理屈っぽくて弁の立つ人と英語で丁々発止ディベートしたような感じだ。爽やかな疲労ではあるが、さあ寝ようという時にCDを取り出す曲のリストでは最下位を争う一曲だろう。

8番はボヘミアの温泉地テプリッツで着想されリンツで完成された。テプリッツでは尊敬するゲーテと会った。2人が連れだって散歩しているとオーストリア皇后・大公の一行と遭遇し、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。下衆のつっぱりだったようにも思えるが、ともあれ彼なりには貴族を上から目線で見るほど自由人としての誇りで意気軒昂だった。そういう時期に、誰からの依頼もなく書き上げたのがこの8番なのだ。

型破りなリズム、人を食った哄笑、間の抜けたオクターヴ音型、不意の3度転調・・・聴く者を煙に巻いて楽しんでいるとしか思えない。貴族がどうした?こんな音楽が作れるか?悔しかったらやってみーや。僕にはドヤ顔のベートーベンが見える。ウエリントンの勝利、7番、8番のベートーベンは明らかにハイ(躁状態)にある。劇場では大うけだ。おかげでもうかっている。意中の彼女も振り向いてくれるかもしれない。見たかい?皇后陛下が俺に道を譲るんだ。あのゲーテだって俺を認めている。だからといってああいう曲で俺が人気が出たなんて言われるのも不本意だ。俺の技がいかに切れてるか、見せつけておかんとよくないな。そう彼が思ったかどうかは知らない。でも、僕はそうだったように感じる。技が切れているという意味で、この曲は未曽有の領域に達している。30分足らずの曲だからこそ、その小宇宙のように美しく磨き抜かれた精緻な姿はどこか凄味さえ帯びている。小さな大交響曲なのだ。

注文のない寿司ネタ

誰からの依頼もなく書き上げた8番。注文してないのに出てくる寿司ネタを思い浮かべるのは不遜だろうか?最近行ってないが、前の家で僕が行きつけだった鮨屋のおやじは8席しかないカウンターで鮪(まぐろ)とウニばかり食うシロウトの客はもう来なくていいと思っていた。そんなのはどこで食ってもいっしょだ。高い金払ってウチに来ることないよと。だから「お客さん、ちょっとこれもつまんでみて下さい」、そうやって出した、江戸前のちょっとした仕事をしたネタやら穴子の雉焼きや小肌やギョクやらの味がわからなければもう結構という感じになる。商売なのに、自信とプライドがそうさせているのだろう。

ベートーベンにとって交響曲とは基本的には鮪やウニの系統のネタだったと思う。それがないとさすがに妙な鮨屋で客が来ないだろう。しかし、「あそこの握りは具が大きいね、ご飯がみえないよ」なんていう素人筋の恥ずかしい評判で繁盛するのも困る。さて何を握ろうか・・・?そこで登場した自信のネタが8番だ。僕はそう確信している。「この曲には1番にあったメヌエットが復活している。だから大作の7番を完成したベートーベンがひととき古典の精神に復帰したのだ。」とだいたいの解説書に書いてある。文科省お墨付きの模範答案だ。とんでもない。ベートーベンはお口直しにと沢庵を切って出すようなそんじょそこらの寿司屋ではない。

どうして「メヌエット」が復活したのか?

楽譜とじっくり向き合えばそういう解答は出てこない。読むこと自体が非常に難しい。リズムがピョンピョン拍節をまたいでいる。音型がゴツゴツ、ギクシャクしている。たちまち転調して調性がフラフラする。こっちの頭もクラクラする。第2楽章に「スケルツァンド」とあるが、メトロノームを模したといわれるこの楽章は特にお遊び精神が突出した軽い曲で本来のスケルツォではない。たぶんこれはハイドンの「時計」のパロディであって、あれを知っている聴衆はどっとわいたのではないか。それでは何故スケルツォがないのだろう?そして何故メヌエットが復活しているのだろう?

「スケルツォ」というものは諧謔曲(おふざけ音楽)という原意のイタリア語だ。Wikiによるとその主部は「舞踏的な性質」「歌謡的性質の排除」」「強拍と弱拍の位置の交代」「同一音型の執拗な繰り返し」「激しい感情表現」などが目立つそうだ。そしてそれらは頭から終わりまで8番という曲の個性、特徴そのものといえるではないか。僕はこういう仮説を持っている。

8番は全曲がスケルツォである!

そんなことを言った人は知る限り一人もいない。しかし、以下のように説明力がある。

①この曲の文科省お墨付きキャッチコピーその2は「横溢するユーモア精神」である。

この仮説によれば、それは当たり前ということになる。

②どうして「スケルツォ楽章」がないのか?

みかんの山にみかんを置いても意味がないからだ。

③どうしてメヌエットが復活したのか?

第3楽章に「メヌエット」とは書いてない。Tempo di Menuetto(メヌエットのテンポで)だ。全部がおふざけもまずい。ひとつぐらいはメヌエットの「ふり」をしろということだ。

その楽譜は普通でない場面に満ちあふれている。第1楽章提示部2番カッコのあと、ヴィオラが主音のドをオクターヴで繰り返す上にドミナントの和音が乗っかってしまう(CのうえにG7が乗る。長7度の不協和音が発生する)。再現部では全楽器が fff で鳴り渡る中、低弦とバスーンだけで主旋律を弾かされる。聞こえないのでワインガルトナーのように他の楽器の音量を落とすという不自然な操作をする指揮者が出てくる。第3楽章トリオでのどかで楽しげなホルンにクラリネットがからむ牧歌調の部分で、何の因果かチェロだけが2オクターヴにわたる難しい分散和音をひたすら弾かされ続ける。ハイキングでお弁当食べている親子の横で汗だくで腕立て伏せ百回もやっている人がいるようで、異様な風景だ。実演ではまるで「いじめ」である。

コケティッシュに変身する第3楽章

へミオラは書ききれない。3拍子のリズム分割はあらゆる順列組合せまで探求されるかのようで、何拍子なのか、強拍がどこにあるのか、よほど真剣に楽譜を追わないとまずわからないだろう。例えば第3楽章の出だしは下のように書かれている。最初がfで後はsfだから弱起とわかるが、素直に強起でタラタラタラ|タラタラで3拍目で旋律を開始すればよさそうなものを、何故こんな風に書いたのだろう?赤丸のところ、ここは僕が大好きなところなのだが、赤丸に至るフレーズは3小節がスラーで一括りになっておりヴァイオリンがひと弓で弾く。もっと正確に言おう。赤丸の前までの八分音符17個が一括り、18個目の赤丸の音符は弓を返す。17個のなかでの音符のくくりは3・3・4・2・2・3と不規則である。

beethoven sym8

この赤丸の弾き方が非常に重要であると僕は思っている。タララララ・タ・タータである。タの直前のラをスタッカート気味に切り詰めてタ・タータをティンパニと一緒にアクセントをつけて歯切れよく弾ませるのがいい。この主題、始まりからして洗練されておらずけっして優美なものではない。ところがこのタ・タータをうまくやると不思議なことに、コケティッシュで可愛らしい女の子というかきりりとした粋な女性というか、一気に魅力を感じる旋律に生まれ変わる。こういう旋律を作るなど円熟と言わずしてなんだろう。

尋常でない第4楽章

第4楽章はなかでも別格的にすごい音楽である。コーダは第九の音がしている。楽章の約半分がコーダという異常なものであり、冒頭主題と第2主題が見事に展開し5番の「運命リズム」が支配する。和声の展開の尋常でなさは特筆もので、ここでの息つく間もない転調の嵐はベートーベンの全音楽中でも最高峰と言って過言でないと信じる。練習番号Hの嬰へ短調がティンパニを伴ってヘ長調になる様はいつ聴いても鳥肌が立つほどのインパクトだ。この楽章、姿かたちは似ていないが、5番の凝縮力を連想させるものがある。コーダの長大さ、終結の和音連打のしつこさもよく似ている。違うのは、5番が昔のスポコンものの主人公みたいにまじめで一途に一直線に盛り上がって勝利の凱歌をあげることだ。聴衆もブラヴォーでそれに加わってビールで乾杯というムードにひたれる。

ところが8番の方は、コーダで盛り上がると見せかけたsfの後に弦が突然pになって、木管とホルンの間で和音のキャッチボールなんかが始まってしまう。何がおきたんだ?聴衆はエアポケットに放り出されて宙に浮いた感じになる。そこから再度だんだんクレッシェンドしていって、f-fとオクターヴに調律されたよく響くティンパニが大暴れし、最後は5番なみにトニックの和音をこれでもかこれでもかと何度もたたきつけて曲を結ぶのだ。この時の気持ちはなんとも形容しがたい独特のものだ。タヌキに化かされたというか、引きずり回されて翻弄されたというか・・・・。ギーレン、ムーティ、アシュケナージ、ラザレフなどの指揮で実演を聴いたが、いい音楽を聴いたというジーンとする感動は不思議となかったように思う。

8番を好きか嫌いかといえば、だんぜん好きな部類だ。しかし感動しない。こんな曲はベートーベンに限らず2つとない。大交響曲というよりも謎の交響曲かもしれない。

 

ラファエル・クーベリック / クリーブランド管弦楽団

冒頭の主題提示からベートーベンを演奏するぞという気概に満ち満ちた素晴らしいエネルギーと緊張感に圧倒される。8番にクリーブランド管を選んだのは大正解だった。実はこのオケのシェフであったセルの演奏が磨きぬかれた名演であり、どちらを採るか相当悩んだ。セルにしなかったのは第1楽章再現部の低弦を目立たせるため減音すること、第3楽章が遅すぎること、ヴァイオリンが両翼配置でないこと、それだけの理由だ。それを気にしなければ非常に高度なオーケストラ演奏である。クーベリックはセルのトレーニングがあったからこの名演ができたはずだ。弦がすべてのプルトで鳴りきっている感じで、右から聴こえる第2ヴァイオリンが実に効いている。第1楽章再現部は無意識程度だがほんのわずかに減音がある。セルのパート譜の影響が残っていたのだろうか。ティンパニが見事にアクセントを入れているのもセルと同じ。結局なにかセルをほめてしまっているが、クーベリックならではの盤石なテンポと小粋な木管のセンスなど、9つのオケでの全集に一貫して流れる大河のような個性は非常にヨーロッパ的なものだ。セルが時として用いるホルンのやや過度な強調もなく、ドイツ保守本流にバックボーンのある立派なベートーベンを心ゆくまで味わうことのできる名盤である。これは僕のLPからのテイク。

 

 

フランツ・コンヴィチュニー / ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

586(1)堂々たる出だしである。小さな交響曲でなく大交響曲の風格だ。重心の低い弦、くすんだ金管、そして古風に艶やかな木管の魅力的なこと。ゲヴァントハウス管はマズアの指揮でドイツで聴いたが、こういう傾向の音ではあったがこの録音での味わいが格別である気がする。特にクラリネットの芳醇な果実のような音色は絶品である。第1楽章はこの重量感あってこのテンポと思わせる。それは鈍重なものではなくベンツやジャガーのような2トン以上の車でアウトバーンを150kmぐらいで走っている快適さに近い。やや速いのだが、200km出る車の性能と重量からするとやや遅くて余裕があり、ちょうどいいスピードに感じるという性質のものだ。第3楽章のテンポは最高で例のタ・タータのセンスの良さはお見事である。コケティッシュと表現するしか術を知らない。トリオのチェロ、コントラバスも雄弁に目立っている。第4楽章はやや遅めだがすばらしいマッシブな響きでオケが良く弾けている。この難しい楽章はいい加減な部分がある演奏が多いのだ。人のぬくもりを感じさせる木管の何という素晴らしい音程!どこといって変わった部分はないのだが最高の満足感を与えてくれる演奏であり、8番を聴きたいときに取り出すことの多い1枚である。コンヴィチュニーの全集は現代にもはや求めることのできない古風な音色のドイツのオケが、非常に高い演奏水準で達成した金字塔であり、SACD化を強く求めたいものの最右翼である。

パブロ・カザルス/ マールボロ音楽祭管弦楽団

 

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この第1楽章の速さは忘れ難い。付点音符の生き生きとしたはずみも最高だ。第2主題はテンポを落とすが緊張感は一切弛緩せず、運命動機を刻むオクターヴ音型の強靭さはこの演奏をしのぐものはない。まさに「こうでなくては!」とうならされる。第2楽章も速めであり、この楽章の生命線であるスタッカートとレガートの対比が鮮やかに決まっている。第3楽章はフレージングがレガートなのはいいがティンパニが抑え目でやや僕の好みではない。トリオの弦の内声部がきれいに鳴るなど、さすがカザルスという部分もあるのだが。第4楽章は中庸のテンポで入念に彫琢した音楽になっており、第2主題の優美な歌わせ方が印象的である。展開部の立体感のある彫りの深さもすばらしい。コーダはなぜかややテンポが落ちてそのまま終わる。このライブらしい即興性も魅力だろう。

 

 

エーリヒ・ラインスドルフ / ボストン交響楽団

51euq3TpQqL._SL500_AA300_ボストン・シンフォニーホールの素晴らしい音響に包まれて鳴る出だしを一聴した瞬間にこれはいい演奏だという予感が走る。はたして、最後までそれは裏切られることがない。ラインスドルフは3、4回アメリカで聴いた。日本では堅実な中堅というわけのわからない評価で終わってしまったが、20世紀を代表する名指揮者というのが欧米の評価だ。独特なギクシャクした身振りで春の祭典を振ったのをよく覚えているが、棒とオケの一体感が(そういうと当たり前に聞こえてしまうが)ある非常にプロフェッショナルな指揮ぶりだった。これは8番を聴くときに最も取り出す回数の多いCDのひとつである。第1楽章は立派の一言。再現部の減音はなくスコアのままだ。ベートーベン演奏に余計な浅知恵は論外だと思う。展開部の立体感とディナーミクの見事な対比もスコアが行間まで読み込まれた結果であり、この部分は最高の演奏だ。第2楽章はクラリネットのうまさが出色だ。第3楽章がやや落ちるのでこの順位になるが終楽章は盛り返す。トランペット、ティンパニの強打は表現主義的とすら感じるが、8番の骨格をこれだけ、えぐりだす指揮は迫力満点、速めのテンポは快適でオーケストラのうまさも拍手だ。コーダは加速して終わる。ラインスドルフの全集はすべてが非常に水準の高い名演であり、世界最高級のホールトーンに包まれたオケの音響は一級品である。

 

(補遺、3月19日)

ギュンター・ヴァント / NDR交響楽団

77793年にフランクフルトのアルテ・オーパーできいたこのコンビ、無駄のない筋肉質、質実剛健の音造りが際立った。聴衆に媚びること一切なく、スコアの奥底にある音楽を真摯に読み取ろうとすると感じたヴァントと楽員たちの姿勢は好感を持った。8番に演奏家の浅はかな解釈などどこに必要だろう?これを満足に音にするのは至難の業だ。そんなこと以前に指揮者の耳を含めて音符をちゃんと楽譜通り弾けているのかを心配すべき演奏がほとんどなのである。これは傾聴すべき数少ない例だ。

 

(補遺、3月29日)

パウル・クレツキ / チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

51Qng0cbonLレガートな柔らかいフレージングでやや遅めの第1楽章。ワインガルトナー流に優美に聞こえるが、低弦のキザミなど強めの音圧でアンサンブルの土台を固めており、聴こえにくい中音域のヴィオラ、第2ヴァイオリンの細かい音型の息使いが生気を与えている。実に奥深い。それが体感できるのはプラハの芸術家の家という名ホールの音響が大きいのだが。素晴らしいのは第3楽章。テンポもフレージングも優美で、貴族的という言葉しか浮かばないほど。上掲楽譜の赤丸音符など、こうやらねば意味がない。余談だが、日本にあるプライベートバンクはみなナンチャッテだ。富裕層へのサービスは日本のサラリーマンじゃできない。だからシティもUBSも失敗だ。当たり前だ、カンバンが何であれサービスするのは彼らなんだから。この8番、そんなことを思い起こさせる。クレツキみたいな指揮はその辺の指揮者にはできない。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

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ベートーベン第9初演の謎を解く

ベートーベン交響曲第9番の名演

 

 

 

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ベートーベン交響曲第7番の名演

2013 AUG 17 9:09:45 am by 東 賢太郎

この曲について記すところは特にありませんが、僕がこの曲で印象に残っているのは83年にオイゲン・ヨッフムがバンベルグ響とフィラデルフィアでやったもの。第4楽章の第1主題でヴァイオリンのボウイングを各プルトでスラーが「あり」と「なし」で弾きわけさせてフレーズをくっきりと描き出すなど、頑固なすし屋の親父がコハダの酢具合にこだわるみたいな仕事ぶりが通好みで感心したのです。これは86年にロンドンでマゼールのピンチヒッターで登場してフィルハーモニアを振った時も踏襲されていて、頑固親父ぶりは健在でした。しかし何種類かあるのですが録音で聴く限りそういう各所での絶妙な「仕事」があまりマイクに入っていない。残念です。

もうひとつは86年に山田一雄が東京交響楽団と文化会館でやったもの。僕は熱演、演歌型のベートーベンは好きでありませんが、これはそれを超越した大熱演で、あそこまでやられると立派というしかありません。英国人のお客さんと聴いたのですが、かなりうるさ型の彼が感動していてちょっと鼻が高かった。故ヤマカズさんの実演はこれしか知りませんが、もっと聴くべきでした。この曲はどういうものが名演なのか自分でもスタンスが固まっていないので、聴き終わってみてその時に感動したかどうかという刹那的な判断しかありませんが以下のようになります。

(補遺、12June 17)

これは米国留学中にFM放送を1984年4月20日にエアチェックしたもの。ギュンター・ヘルビッヒ(またはヘルビヒ, Günther Herbig, 1931年11月30日 – )は録音に恵まれず日本ではメジャーと思われていないがチェコ生まれでへルマン・アーベントロートに師事し、ワイマール歌劇場でデビューし、1957年、同劇場の楽長、1972年からドレスデン・フィルの音楽監督、1977年ベルリン交響楽団首席指揮者・音楽監督を歴任しました。1983年まで君臨したベルリン交響楽団は西のベルリン・フィルに対抗する東のトップですから彼は旧東ドイツ楽界の王道を歩いた人です。

その彼が1984年にドイツを離れ渡米した理由は「東独統一党の政策に嫌気がさした」という情報しかありませんが89年までいたらどうなっていたか。東独指揮界で西側に出て出世したのはクルト・マズアぐらいで、ヘルベルト・ケーゲルはピストル自殺したしオトマール・スイトナーも実力のわりにはポストに恵まれなかった。国が消滅するというのはそういうことなのです。エリートだった人ほど厳しい。岡目八目でそう書くのではなく、僕自身、ベルリンの壁崩壊直後の92年からの激動の3年間をドイツで過ごし、業界こそ違うが金融の世界でたくさんの悲劇を目撃しています。

ヘルビッヒはそれを待たず5年も前にドイツを飛び出し渡米したのだから幸運でした。1984年からデトロイト交響楽団の音楽監督に就任、FM放送のアナウンスによるとこの7番は1983年9月に、翌シーズン(4月から)第10代音楽監督に就任すると発表されたヘルビッヒの披露目演奏会のオール・ベートーベン・プログラムのトリでした。オーケストラも聴衆も期待に満ちた「ハレ」の雰囲気に満ちているではないですか。そして、そういう場にこそ7番という交響曲はふさわしいと感じるのです。今となるとこの記念すべき一期一会の演奏がたまたま録音できたのは奇跡の気がします。

 

ゲオルグ・ショルティ / シカゴ交響楽団

このコンビはカラヤン/ベルリンフィルと並んで20世紀の演奏史に刻まれるでしょう。そう思ったのは85年2月2日に聴いたモーツァルトの39番とチャイコフスキーの4番です。ロ611VU9MoWvL._SL500_AA300_ンドンで1日だけロイヤル・フェスティバルホールで開いたこの演奏会は最近DVDになって発売され、懐かしいかぎりです。特に後者のアインザッツ、音程、音量、音色・・・すべてに圧倒され、オーケストラというのはこんな凄いものなのかと思い知りました。ショルティはその後もチューリヒで壮絶なエロイカや亡くなる前の最後の登場となったマーラーの5番を聴くなど忘れられない指揮者の一人です。この7番はシカゴとの旧録音全集で、彼の良さがストレートに出た演奏です。猪突猛進というイメージとは違い、両端楽章はたっぷりしたテンポで入念に彫琢されてオーソドックスながら強い説得力があるのです。快速でぶっとばして興奮を誘うという軽薄さは全くなく、スコアを信頼してそれを十全に鳴らすということでしょう。それでも聴く者を熱くしてしまう。世界をうならせたこのコンビの絶頂の姿をぜひ味わっていただきたいと思います。

 

ウォルフガング・サヴァリッシュ / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

レナード/バーンスタイン/ ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

カルロ・マリア・ジュリーニ / スカラ座管弦楽団

パブロ・カザルス / マールボロ祝祭管弦楽団

ギュンター・ヴァント / 北ドイツ放送交響楽団

オットー・クレンペラー / フィルハーモニア管弦楽団(60年6月4日ウィーンでのライブ)

カール・ベーム / バイエルン放送交響楽団(73年5月3日ライブ)

カルロス・クライバー / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 

以上が所有リスト54枚のうちで、初めて聴いた時に「2つ星」をつけたCDです(3つ星はなし)。その時どうしてそう思ったのか理由は記憶にないので今回はコメントは割愛させていただきます。

 

(補遺、2月7日)

カール・ベーム  /  バイエルン放送交響楽団  (73年5月3日ライブ)

71Yhjy9bDmL__SL1400_もし7番をいまどうしても聴くならまずこれだ。70年代のベームは最晩年の輝きを見せており、ライブ録音に素晴らしい遺産を残した。別稿のシューベルト9番などその例だ。この7番は音楽が鋼のように剛毅でテンポがゆるぎなく、巨匠の棒にオケの全奏者が渾身の力でついていっている情景が眼前に浮かぶ。といって力任せの音は一切なく、指揮者の体現するベートーベン像に渾身の共感を持って奉仕するオケの磁力のようなものに巻きこまれて聴く者も熱くならざるを得ないという稀有な名盤だ。録音もライブとしては非常に良い。

 

フリッツ・ライナー / シカゴ交響楽団

41MFRWMP00L高校3年の5月に買ったLP(右のジャケットはCD)で、この演奏で曲を覚えた。当時ピアノもチェロも弾けなかったくせに、「なんだこんなのギターで弾けるコード進行じゃないか」と下に見てしまった。「舞踏の聖化」だリズムの祭典なんだと言われたって、もうそのころ僕は春の祭典を全曲暗記していたのだ。そういう出会いだったからだろうか、後々この曲にエロイカや5番や8番ほどの敬意を持てていない。僕は48種の7番の録音を持っており、そしていま本当に久しぶりにこれを聴きかえしてライナーの指揮は懐かしくも立派であり、オーケストラ演奏の極致の領域に立ち入る名演であると思う。しかし、大変な暴言とは思うが自分に正直に書かなくてはならないので書くが、ベートーベンの名誉になる曲ではないという思いを新たにする。

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ベートーベン交響曲第8番の名演

 

クラシック徒然草-ベートーベン7番 聴きこみ千本ノック-

2013 AUG 12 0:00:09 am by 東 賢太郎

ベートーベンの交響曲第7番イ長調作品92。この曲のファンはたくさんいらっしゃると思います。のだめカンタービレで若い方にも広まり、ひょっとして第九と同じぐらいポピュラーになっているかもしれませんね。この曲の強靭なリズムの波状攻撃は人を興奮させる点でロックに近い何かを秘めています。こういう僕もクラシック聴き始めのころフリッツ・ライナーのLPを聴いて感激していました。そういう皆さんには大変申しわけなく思うのですが僕はこの曲が苦手です。いまや自分から聴こうということはまったくありません。11月にウィーンフィルが来るらしくてチケットをいただいたのですが、曲が7番ということでどうするか考えています。そのぐらい興味がないのです。
どういうことかというと、第1楽章は大変立派な音楽です。しかし第2楽章にはエロイカのそれのような血の出るような切実感というか、本当の悲愴感を僕は感じません。第3楽章はどうにも下品に思えて(すみません)むしろ聞きたくありません。ほかの曲では多少そういう部分はあっても何かの仕掛けでそれが最後は救済、昇華されて終わるのですが、この第4楽章はそんなことにおかまいなしで一人でイッテしまいます。良い指揮者ならともかくカン違い組の指揮者によるへたくそな演奏だと、いくらワーグナーが舞踏の聖化と持ち上げようがなんだろうが、それなら盆踊りのほうがいいなと思うばかりです。
モーツァルトと違ってベートーベンには出来不出来があります。この7番の前に「ウエリントンの勝利」という曲が書かれていますがこれは駄作の部類であって、7番はどうもこれと似た精神状態で書いたのではないかと思ってしまいます。ということで曲には関心がないのですが、第4楽章を演奏するにあたってこの曲を指揮者がどうとらえているか、明確にわかるという意味で非常に興味深い部分があります。ここは弦楽器がしっかり弾かないといけない難しい個所です。下の楽譜の赤枠の部分、それから青枠の部分です。ここのリズムの取り方で指揮者の個性がよくわかるのです。

beethoven 7th

赤い部分ですが、ベートーベンの指示はごらんのとおり「タアアタタアアタタアアタタ・・・・」です。青い部分は「タタアンタタアンタタアン・・・・」です。1小節に16分音符8個ですね。ところがこれを「タアタタアタタアタタアタ・・・・」、「タタンタタンタタンタタン・・・・」と音符6個にしていい加減にやっている指揮者がかなりいます。i-tuneでこの部分が聴き比べられるので片っぱしから聴いていみると以下のような分類になります。数名だけどっちともとれる人がいますが、近いほうに入れました。
いい加減派
カラヤン、フルトヴェングラー、ザンンデルリンク、ケンぺ、シャイー、ライナー、スイトナー、ムーティー、フリッチャイ、コンヴィチュニー、クレツキ、ノリントン、アーノンクール、バレンボイム、ショルティ(VPOと第2回目録音のCSO)、ドホナーニ、クリップス、ミュンシュ、ワインガルトナー、ボールト、クライバー(父)、ブリュッヘン、ナヌート、アシュケナージ、フェドセーエフ、ティーレマン、デ・ヴィリー、ドゥダメル、モリス
正確派
R・シュトラウス、ワルター、トスカニーニ、クレンペラー、ケンペン、リンデンバーグ、レイボヴィッツ、シューリヒト、ムラヴィンスキー、クナッパーツブッシュ、ストコフスキー、チェリビダッケ、スクロヴァチェフスキー、ベーム、サヴァリッシュ、クライバー(息子)、ショルティ(第1回録音、CSO)、クリュイタンス、フレモー、H・シュタイン、バーンスタイン、アバド、ハイティンク、サンティ、マズア、マリナー、マーク、MTトーマス、ヘレヴェッへ、エッシェンバッハ、ヴァンスカ
いい加減派もいろいろあって赤の入りは正確な8個だったのがだんだんアバウトになって6個になってしまう人も最初から我関せずで6個の人もいます。正確派のほうも、弦がきっちりとしたボウイングで刻もうとするため、赤の部分からテンポを少し落とす人がいます(もともと速い人は減速しないと弾けない)。赤は正確、青はややアバウトという人も。スタッカート気味にしていきなりここから気合が入る人もいます。逆にレガート気味にすいすいと弾き飛ばす人もいます。本当に面白いものです。ご興味ある方はご自分の耳で確かめてみてください。i-tuneで Beethoven7 と打ち込んで第4楽章をクリックすれば以上の演奏の問題個所は全部お聴きになれますよ。これは「聴きこみ千本ノック」です。確実に耳が鍛えられます。
僕の好みとして、いい加減派はだめです。この譜面からどうしてそういう弾き方になるのか?身勝手なのか性格的にアバウトなのか?ともあれ僕にはついていけません。若手のホープと目される人たちがそっちなのはやや気になります。ショルティは1回目の全集は正確、2回目のはいい加減。わからない人です。分類結果を見るとこの曲に限らず僕が好きな指揮者は見事にほぼ正確派に入っています。皆さんのお好きな指揮者はいかがですか?

 

 

ベートーベン交響曲第6番の名演

2013 AUG 10 15:15:23 pm by 東 賢太郎

田園交響曲をどう聴いたらいいのか?

若いころはこの曲が苦手でした。第1楽章は延々と同じ和音に土くさい音型のくりかえし。とにかく目立った変化がありません。「ザルツカンマーグートを見たことのない者にベートーヴェンの田園交響曲は解釈できない」  というユーディ・メニューインの言葉ですが、なるほどと思うようになったのは40代の後半、スイスでの2年半の生活を経てのことです。この交響曲の第2楽章に、家族とよく行ったグリンデルワルドの思い出が重なるようになりました。ユングフラウへ登る鉄道の始発駅クライネ・シャイデックからそこまで子どもたちをつれたトレッキング。丘を歩くこと約3時間。ひんやりとおいしい空気、右手にアイガー北壁、左手に遠く雪をかぶるアルプスの山並み、青い空、なだらかな丘と草原、あったかい陽だまり、白い雲、足元にはかわいい草花、小川が流れる、ごろごろした岩、黒い雲、急にぱらぱら降る雨、森が現れる、鳥のさえずり、りすが出てくる・・・・これを経験した当座でなく、思い出になってしまってからそうなるのが不思議なところです。

以前にボロディンと冨田勲のブログにこう書きました。「新日本紀行のテーマ。君が代を思わせるメロディーと素朴なコードが日本人のこころをぐっととらえる不思議な力を持っているように思います。このメロディーを好きになってくれるなら、どこの国の人でも仲良くなれそう・・・」。おそらくこのテーマは日本のどこの風景を描写したものでもないでしょう。日本人なら誰もがどこかでもっている「日本的なものの思い出」、そういう心象風景が音になっているように思います。オーストリア、スイス、南ドイツの人にとって田園はそういう風にとらえられる音楽ではないかと思います。しかしながら、「自然が人の心に呼び起こす感情が表現されている」とベートーベン自身が書いているのですから、この音楽に感動するならばそれが呼び覚ました思い出がどこのものであってもよいでしょう。別にザルツカンマーグートを見たことがなくてもご自身のお好きな田園体験を想いおこして幸福感にひたれるならば。ちなみに僕は岩手の八幡平で行った藤七温泉へ向かうときの楽しい気分なんかでもけっこうサマになるなと思ってます。

シューベルトに出来なかったこと

この曲の作曲当時、交響詩というジャンルはありません。ロマン派という概念もありません。もしその両方があったら、ベートーベンはこの曲のコンテンツを交響詩にしただろうか?僕の想像はノーです。彼はやはり交響曲を書きたかったのであり、彼の関心はそれとpastoral 風コンテンツの融合にあったと思います。未完成交響曲の稿で僕はシューベルトの直面したと思われる同じ問題を論じました(シューベルト交響曲第8番ロ短調D.759「未完成」)。交響曲というロジックとそれになじまないコンテンツ(ストーリー)。両者を融合することはシューベルトには難題でした。しかし変奏の達人であったベートーベンはその見事な解答をこの曲で提示しています。交響曲では変奏という技法はソナタ形式の展開部に主に披瀝されるものですが、それを展開部以外でも駆使する。そうしてソナタ楽章のいたるところに判じ物のようにストーリーを暗示するキャラクターを刻印することでそれを切り抜けているのです。

ちょっと細かい話になって恐縮ですが、キャラクターは「田舎についたときの楽しい気分」のようなストーリーを含む主題やその部分的抜粋によってできています。それをひとつの部位として変奏していくのです。ここでいう変奏は、大昔の中国人が象形文字としての漢字を歴史の中で組成していく段階で木や人や水などの基本的な象形を部位として、それらを他の部位と組み合わせることで多様な文字を生み出していったのと似ています。素材として元々は絵なのですが部位としてはそれが高度に抽象化、象徴化され、もはや木や人の写生画(アート)としての意味はありません。しかしそれが元来は木だった人だったという認識は伝わりますから、たとえば林や橋という字が木に関係したものだということがわかります。まったく同様に、「田舎についたときの楽しい気分」も、変奏という技法を通じてストーリーが伝わるのです。

田園交響曲の子孫たち

この方法論は非常に画期的です。例えばこれは、田園交響曲に魅入られて楽章ごとの細かい情景描写まで自分で書いているフランス人のエクトール・ベルリオーズが幻想交響曲で「恋人のテーマ」としてすぐに具現化しています。そしてベートーベンの信奉者であったリヒャルト・ワーグナーの「ライトモチーフ」という手法に遺伝していきます。登場人物や場面に特定のテーマ(旋律、和音)を割り振って聴衆に記憶させ、後にそのテーマだけで人物や場面を連想させる効果を駆使して彼は長大なドラマの錯綜した心理状況を立体的に描写できるようになりました。イタリア人のジャコモ・プッチーニにまでこの手法は遺伝しています(プッチーニ 「ラ・ボエーム」をご参照ください)。交響曲ではやはりフランス人のセザール・フランクの循環形式が生まれます。幻想交響曲は特殊な例であって、一般に交響曲は抽象音楽です。ストーリーや特定の人物、場面はありません。しかしそういう設定でも、あるテーマ(主題)を全曲で登場させて有機的な統一感を持たせる手法が循環形式です。

田園交響曲の第5楽章の最後(第237小節)で一切が鳴りをひそめ、弦だけの四重奏で冒頭の牧歌の変奏が Sotto voce で静かに感動的に歌われます。これは同じヘ長調の弦の四重奏で開始したこの交響曲の冒頭「田舎についたときの楽しい気分」のエコーであり回想のように聴こえます。この素晴らしい効果は循環形式のもっともインパクトのある方法論のひとつとして定着します。例は枚挙にいとまがありません。僕が最も効果的と思うものを3つ挙げましょう。まずフランクの交響曲ニ短調では第2楽章のテーマが回想されます。ブラームスのクラリネット五重奏曲では、終曲の最後の最後になって曲の最初も最初のテーマが突然そのまま回帰します。この鮮やかな衝撃はいつ聴いても胸を打たれます。そしてヤナーチェックのシンフォニエッタにも同様の冒頭ファンファーレ回帰があり、やはり同様に衝撃と深い感動を覚えます。ベートーベンの6番がいかに音楽史の中で画期的、革命的な音楽か。とてもブログの字数で語り尽くせるものではありません。

ベートーベンの天才とは?

6番にはそのような決定的に強力なミクロ構造が底流にあります。我々はベートーベンの描いた鳥の声やらくつろいだ気分やらに癒されて感動しているのではありません。彼の天才はそんな素朴なものではないのです。それは新日本紀行のテーマ的な「心象風景の素材」が与える、ある意味で素朴、原始的なキャラクター、部位に起因するイメージにすぎません。それを素材とした「極めて高度に抽象化が可能な仕掛け」を発明したことこそ彼の天才の本質です。僕にとって彼はアスペルガー症候群的な特徴を持った創造的天才たち、アインシュタイン、レナオルド・ダ・ヴィンチ、アンデルセン、ダーウィン、ルイス・キャロル、キルケゴール、ヒッチコック、エジソン、ゴッホ、ディズニー、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズといった人たちの中でも最右翼クラスに位置づけられる人です。

そういう人たちの特性として、彼は同じオペラに4つも序曲を書いてしまう妥協なきこだわり男です。アン・デア・ウィーン劇場での5番と6番の初演にあたってのプローベではオーケストラと衝突し、怒り心頭の団員たちから練習中はあいつを部屋に入れるなと締め出されてしまったほどです。耳が聞こえなくてキューがわかりにくかったからという説もありますが、完全に聞こえなければ指揮台にも立てないはずですからやはり細かいこだわりで激突があったのではないでしょうか。にもかかわらず、現代の多くの指揮者は、作曲家が楽章ごとのストーリーを書いたものですから、そういうマクロ構造にばかり心を砕いているように僕は思います。そういう演奏なら団員と衝突こそ起きませんが、我々ロマン派を知っている耳に心地のよい甘目のアプローチに音楽が流れてしまうのです。そういうものはベートーベンの天才の本質とはかけ離れた演奏であり、ムード音楽や映画音楽のたぐいであって僕の関心事とも程遠いものとなってしまうのです。

 

エーリヒ・クライバー / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

第2楽章の素晴らしさでこれを上回るものはありません。まさにザルツカンマーグートの味わいを知った070(1)愛情に満ちた指揮であり、息子のカルロスをつれてトレッキング(ドイツだとヴァンデルンですね)していたのかなあと感嘆してしまいます。第1ヴァイオリンの主題からしてもう鳥の声です。旋律は心を込めて歌いぬき、チャーミングな木管がそれにからんでえも言えぬ立体感を生み出す美しさには言葉を失います。第1楽章はやや速めに入って15小節目でfをふっとpに落とす間のうまさ。スケルツォで農民が退散する場面のプレストをこんなに活かした指揮者は誰もいません。嵐のティンパニを効かした堀りの深いインパクトがあってこそ湧き起る神への感謝の深々とした味わい。いいですね。このシンフォニーにしか感じることのないジーンと心の底から温まったようなぬくもりのある感動を覚えます。アムステルダムのオーケストラはクライバーに共感していたのでしょう、フレージングの指示を克明に生かしていますが硬さがありません。すべてが自然に流れます。この演奏にはたくさんのことを教わりました。多少アンサンブルの雑に聞こえる箇所はあるものの、このオケを得たことは大きなプラスだったでしょう。息子はこの演奏を聴いて、6番を正規録音しなかったそうです。

ポール・パレ― /  デトロイト交響楽団

ノムラ・スイス時代のアジア株セールスヘッドがジュリアード音楽院のオーボエにいた男でした。ジョージ・512yDEuNxRL._SL500_AA300_パラダイスといってレコードまで録音した腕前です。「指揮者は誰が良かった?」ときいたら「ダントツでポール・パレーです。彼の指揮でワーグナーをやれたのは最高の幸せ!」と投げキスまでしました。パレーはあのラヴェルが取れなかったローマ賞を受賞した作曲家でもあります。この田園、初めて聴くと仰天の快速テンポですがこれがほぼスコア指定のテンポです。よく聴くと実に含蓄に富んだ表現でカラヤンのような「スポーツカーで走り抜けた」感じではありません。朝比奈隆氏によると第1、5楽章はffのピークへうまく音を強めていくのが非常に難しいそうですが、それは要は遅すぎることの証拠であって、このテンポなら自然に頂点に登るのではないでしょうか。音はモノラルですがデトロイトのオケは健闘しており、第2楽章の木管は欧州のトップクラスに遜色ありません(パレーはドビッシー、ラヴェルもこのオケから完全にフランスの音を引きだしており素晴らしいものです)。嵐が去って神への感謝。再現部は牧歌主題が十六分音符に変奏されて和音進行だけの「カラオケ状態」になりますが、絶妙で主題が聞こえてくるようです。そして上記の Sotto voce の部分ではぐっとテンポが落ち、感謝は宗教的な感情に昇華して最高に感動的なエンディングを迎えるのです。駈け抜けてきたのはここの部分のコントラストのためだったかと感じるほど見事です。ちなみにカセット録音されたカルロス・クライバー/バイエルン放送響の演奏は、親父さんのよりもパレーに近い聴後感のように思います。

カール・ベーム / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

この第1楽章はいわばウィーンの大型の室内楽です。奏者たちが最美の音を惜しげもなくふりまいていま41R3BYATB0L._SL500_AA300_す。こういう最高級のトルテみたいな「おいしい」音程、そうしか表現のしようがないのですが、この管弦の艶やかな音程の良さというのはウィーンpo以外に絶対にありません。第2楽章はベートーベンの管弦楽法が冴えわたった楽章で、例えばチェロが2人だけソロパートを弾きます。そのピッチカートまで最高に心のこもった音が出ている美しさはもうため息もの。木管はこの曲で重要なクラリネットのうまさが快感です。まさに室内楽です。そうはいってもテンポやフレージングは厳格に指揮者のコントロールのもとにありベーム最晩年の練達の棒を感じます。第3楽章はやや遅め。重厚でベートーベンらしい第4楽章の嵐を経て終楽章。牧歌はコクのあるウインナホルンが効いてザルツカンマーグートを思い出させます。僕の装置では最後のffでやや弦がにごって聴こえるのが残念ですがSACDだとどうなのか試したくなります。初めで田園を聴かれる方はモノラルのクライバー、パレーではなく、ムジーク・フェラインの見事なホールトーンをともなって鳴り響くウィーンフィルが良い録音で聴けるという意味でもこのベーム盤をお薦めします。

 

カルロ・マリア・ジュリーニ / ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団

ベーム盤と並んで世評が非常に高い演奏にブルーノ・ワルター/コロンビア響というのがあります。僕もそれ51387SJAF-L._SL500_AA300_でこの曲を覚えましたが、第1楽章は例の繰り返し音型でアッチェレランドがかかるなど天衣無縫の名人芸の連続で最高の演奏のひとつです。ただ第3楽章が遅くてインパクトがなく嵐も上品なので終楽章が生きません。同じスタイルでそこを満足させてくれるのがこのジュリーニ盤です。彼がロスフィルを振った演奏はみなそうですが、金管がアメリカのオケ特有の派手で下品な音を発しないのは特筆すべきでしょう。第1楽章は遅めのテンポでロス・フィルの弦をしっとりと歌わせますがフレージングは磨きこまれていて、気分で流すような演奏とは一線を画しています。第2楽章の木管も美しく明るめの音調と見事な音程で癒されてしまいます。ベートーベンのスコアがこんなに上品でカラフルだったかとため息が出るほど。第3楽章のリズムはエッジがありダンスになっています。第4楽章はティンパニとピッコロ、トロンボーンを生かした強い表現で全曲の極点を築きます。強烈なパンチ力ですがオケが荒っぽく鳴ることは一切なく、知的で整然とした指揮者の統率力を感じます。これが効いているので雨が上がって陽光がさす場面は大変感動的で、弦のレガートが心にしみわたります。好みの問題ですが、ベーム盤より歌があって華もあるこちらをファーストチョイスにされてもよろしいと思います。

 

アンタル・ドラティ / ロンドン交響楽団

uccd4724-m-01-dlなんという素晴らしい出だしだろう!馬車からぽんと降り立って田舎のおいしい空気を胸いっぱいにすいこんだ嬉々とした気分にぴったりのアレグロ。深呼吸するようなフェルマータ。おどりだすように楽しいオーボエ。フルートがさえずる愛らしい小鳥(僕はこの鳥が一番好きなのです)。心がこもったヴァイオリンが喜びの歌をかなでるとホルンが遠くの山並みをうつしだす。オーケストラが指揮者に心服しています。そうでなければ出ない音が聞こえます。これは僕の知る限り最高級の第1楽章です。第2楽章はちょっとはやい。おしい。もっと楽しみたいのに。でも小鳥たちの歌のなんと美しいこと!農民ダンスは活気のあるテンポ。これでなくては。スケルツォなのにほとんどの指揮者は遅すぎます。踊る音楽になってしまっている。田園風景のロマンにひたった解釈だとそうなるのです(ご存知の方はスメタナのモルダウのダンスの部分と比べて下さい)。これは断じてロマン派の交響詩ではなく、農民は嵐場面を導くキャラクターです。ブリューゲルの描いた農民のように感情はなくていいのです。嵐は特にめだった出来ではありません。終楽章は残念ながら失敗です。弦が即物的で美しくなく神への感謝も深く静謐な感情が足りません。この曲は前半が生きるアプローチだと後半が生きないという難しさがあることがわかります。

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クラシック徒然草-田園交響曲とサブドミナント-

ベートーベン交響曲第7番の名演

クラシック徒然草-ベートーベン7番 聴きこみ千本ノック-

 

 

 

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クラシック徒然草-田園交響曲とサブドミナント-

2013 AUG 4 1:01:12 am by 東 賢太郎

交響曲第6番パストラル(Pastoral)はベートーベン自身が名づけた2つしかない器楽曲の一つです(もう一つは告別ソナタ)。この表題を「田園」と訳すと、田舎の風景に感動した彼がそれを描写した音画のようにきこえますが、Pastoralは古来よりヨーロッパにある文学、詩歌、絵画、音楽の総合様式の名称でありますから、本来は交響曲第6番「パストラル風」とでも訳すべきものではないでしょうか。1785年に発表されたクネヒトという作曲家の「自然の音楽的描写、または大交響曲」が6番とそっくりの表題をもった5楽章の曲であり、ベートーベンがこれを知っていたことはほぼ確実視されています。だからこそ彼は自らあえて「・・・風」と命名し、5楽章を踏襲してそっくりのプログラムまで加えておいて、「これは音楽による風景描写ではない」とわざわざ断ったのではないでしょうか。それはヴィヴァルディ「四季」、JSバッハ「クリスマス・オラトリオ」、ハイドン「四季」などを経て数多存在し、クネヒトのような作品につながった器に「新しい酒」を盛ってみせるという挑戦状だったように思います。

「・・・風」と言った場合、それは「・・・」ではないのです。それを借景としているだけであって。ノッテボームによればスケッチ帳に曲名を何としようか試行錯誤した形跡があるそうです。そのなかに「Sinfonia caracteristica-oder Erinnnerrung an das Landleben」(性格的交響曲-あるいは田園生活の思い出」というのがあります。 caracteristicaが性格的は苦しいですね。「特別な性格の刻印のある交響曲」といったほうが正確でしょう。「田園交響曲、音画にあらず、田園の享受が人々の心に呼び起こすところの感情が表現されている-そこで二三の感情が描写される」ともあります。第2楽章、第4楽章で鳥の声や雷鳴が描写されているのですがそれは劇のト書きにすぎません。彼はそれを聴かせたいのではなく、それらが喚起する心象風景を音で描くというロマン派音楽の萌芽ともいえる革命的なチャレンジをしているのです。

第6交響曲は、緊張度の高い5番の路線に疲れて気晴らしに書きましたというような安楽な作品ではありません。これも5番の向こうを張る大交響曲であり、見れば見るほど、聴けば聴くほど、その堅固な構造と周到な作曲プランの独創性に驚かされます。冒頭にこのようなメイン・ステートメントとなる主題がいきなり提示されフェルマータで引き伸ばされるのは5番と同じです。

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この山型の弧を2度えがく主題がこの楽章でいかように音列の素材として、また分解されてリズムの部品として何度も何度も繰り返し使われていくのか。第九を暗示する左手の空虚5度(ドローン)が第3,5楽章でいかに和声に意味深い滋味を加えるのか。こういう側面からの分析は先人がやり尽くしてる観があります。

5番も6番も、冒頭素材が生まれながらに内包している音の指向性に添って全体が組み立てられているのは同じです。ところが5番は内側に凝縮、6番は外側に拡散という正反対の性質の素材であり、その結果前者はエネルギーと推進力、後者はゆらゆらと浮遊するような歌謡性という形質を得ることになったように思えます。さらに見れば、5番は建築的な論理構造をもってソナタ形式と不可分に結合していますが、6番はそれがソナタ形式で書かれていることを構造的にも和声的にも忘れてしまうほどゆるやかな形をしています。ベートーベンはエロイカの終楽章に変奏曲を持ち込みましたが、僕はこの田園交響曲にも変奏曲の要素と精神を強く感じるのです。

「変奏こそ、技法的に提示されたベートーベンの創造の核心なのであり、変奏の精神は彼の全生涯を貫いて作品に現れている」(吉田秀和著・ベートーベンを求めて)。ウィーンに出てきたベートーベンはまず即興演奏の名人として有名になります。自作または他人のテーマを自由に即興的に変奏して感銘を与えることで貴族社会に知られていったのです。「彼の即興演奏は非常に輝かしく感動的なものだった。彼はどんな集まりでも、聴き手のすべての目に涙を浮かばせ、なかには声を立ててすすり泣く人もいるほどだった。」(同書によるランドンの引用)。ところがです。「この即興演奏が終わると、彼は大声で笑い出し、自分が引き起こした感情にひたっている聴衆を冷やかすのが常だった。『君たちはバカだ。こんな甘やかされた子供たちといっしょにいられるものじゃない』と彼は叫ぶのだった」(同)。田園交響曲の引き起こした感情にひたっている我々を彼はこうして冷やかすのでしょうか?

田園交響曲が引き起こすある特定の感情。これがどうやってどこからやってくるのか?少なくとも僕は誰かがそれを指摘したのを読んだことがないのですが、その解答のひとつと僕が信じているこのシンフォニーのある重要な特徴について書きたいと思います。それはこの交響曲全編にわたって「トニック(ド)→サブドミナント(ファ)」という進行が支配的であり、「ドミナント(ソ)→トニック(ド)」が決定的に支配している5番と好対照であることです。6番においてはもうすべての音がサブドミナントの方へ特別な引力で引っ張られているといって過言でないほど。こんな音楽は珍しいのです。なぜならソ→ドの解決こそ西洋音楽の文法のイロハのイだからです。音の万有引力の法則と呼んでもいい。あー曲が終わった、という感じがしますからクラシックはこの進行で終わるケースが多いのです。ところが6番の最後はミ→ドで締め。そうではありません。これは第2楽章で鳴いていたカッコーのエコーです。なんておしゃれな終わり方でしょう。反対に5番はソ→ドの嵐です。これでもかといわんばかりに。おれたちは万有引力から逃れることはできないんだ、これが宇宙の原理なんだ運命なんだと説きふせられて終わるのです。

ちょっとわかりにくいですね。おなじみの例で示しましょう。学校の始業式なんかで校長先生が出てきて「起立」と号令がかかって、ピアノが弾くあのC-G-Cの3つの和音があります。Gで「礼」をしますね。では校長のご講話をという落ち着いたムードになります。ではここでC-F-Cと弾いたらどうでしょう。ぜひお家のピアノで試してください。まず、Fで頭を下げるのはちょっと変ではないでしょうか。僕はむしろ上を見上げたくなります。それから、これが重要ですが、Fで落ち着かない感じがしませんか。次にCに戻ってもいいのですが、必ずCに戻るという感じが希薄になります。これがGだと、「次はなに?Cしかないでしょ!」というとても頼りになるお導きを感じますね。これが「音の万有引力の法則」と僕が勝手に名づけたものです。ドミナント(ソ)はトニック(ド)の引力に強力に引きつけれらるのです。C→Fだとご講話どころか「さあ遠足だ」の気分です、もう今日は学校には戻らねえです僕などは。そういう悪がきをご講話にしっかり戻すにはFの後にGをもってきて、その引力でCに戻さないといけないほどFは外交的でふらふらして、しかしその反面 「明るくて希望を感じさせる」 効果があります。

もっとはっきりした例をお見せしましょう。坂本九さんの「上を向いて歩こう」を歌ってみて下さい。サビのところです。「幸せはー雲のー上にー」。この「幸せはー」がF(サブドミナント)なんです。パッと明るく希望の光がさします。これぞC→Fの希望効果です。ところがその次。「幸せはー空のー上にー」今度は「はー」が半音下がってFmになって、すぐに幸せに陰りが出ます。「希望」と「不安定」、お感じになれますか?もうひとつ。ビートルズのA Hard Day’s Nightです。

It’s been a hard day’s night, and I’d been working like a dog
It’s been a hard day’s night, I should be sleeping like a log
But when I get home to you I find the things that you do
Will make me feel alright

青字のところはFです。 声はソを歌っているのに!(Fはファ・ラ・ドです。ソは入ってません)。「いやー今日は疲れたぜ。犬みたいに働いてもう丸太みたいに寝るだけだ。」そう歌っています。そうでしょうか?そうではない。だから But とくるのです。家に帰ると君がいて元気にしてくれるから・・・。 day’sにF(=希望)が鳴るからです。嘘だと思ったらFの代わりにGで弾いてみてください。ホントに疲れて、あーもう今日は寝るだけだー、Good night。君の顔を見る前に丸太になっています、僕は。このワンコーラスでGはたったの一回しか出てきません(イタリック部分)。万有引力をぶっちぎって校長先生ではなく遠足気分なんです、この男は。

だいぶ脱線しました。万有引力で田園交響曲にもどりましょう。もういちど、上の譜面を見てください。このメロディーを歌ってみましょう(移動ドで)。

ミーファーラーソーファミレーソードーレーミーファミレー

この節ですが何かに似ていませんか?これです。

ミーファソソファミレドドレミミーレレー

なんだ。第九じゃないか。どこが似ているんだ?嘘だと思われてしまいそうですね。そういう方は、最初に出てくるソをラに替えて歌ってみてください。ミーファラソファミレ・・・・。どうです、似ているでしょう?2番目と3番目の音、ファとラは左手のドと一緒になってFを構成します。ところが第九のこの有名なメロディーはほとんどCとGの和音だけです。Fというとはるか先にサビに一回出るまではまったく出てこないのです。だからこのソをラに替えると急にFの色が現れます。魔法のように。そしてそれが田園交響曲を連想するメロディーに聴こえてしまう。いかに6番がFの色が濃い音楽か、そしてそれが無意識に皆さんの記憶にしっかりと刻まれているか、ご理解いただけるでしょうか。

Fの希望効果。都会から出てきてハイリゲンシュタットの田園風景にふれたベートーベンの心の喜び。同じ場所で数年前に遺書まで書いた男が新たに生きる希望をもって、自分はこんなに元気になったと世に問う自らのポートレイト。それが6番ではないでしょうか。第3楽章スケルツォの農民の踊り。第165小節から220px-B6-3_Scherzo_2.4_Piano始まるトリオはびっくりです。4分の2拍子の素朴かつ力強いスフォルツァンドで16小節にわたってC→F→C7→Fというコード進行です。Gは出てきません。Cがセブンスになるので一瞬あたかもサブドミナント(F)に転調したかのような宙ぶらりんの感覚になります。希望のFにいつまでもい続けたい!この曲のサブドミナント指向の象徴的な場面です。この部分の伴奏のクラリネットをよくお聴きください。非常にビートルズ的です。レノン-マッカートニーのハモリに聴こえるぐらい。この楽章ですが最後になって急にプレストになります。嵐が近づいて雨がぱらついてきたな!すぐわかります。ここはこの交響曲で最も描写的だと僕が思っている部分で、踊っていた農民はクモの子を散らすように退散するのです。

第4楽章は増4度の和音が鳴り響きます。嵐です。ソ・ド・ファの4度、5度の調和が破れ、ティンパニとピッコロが雷鳴を暗示します。ここのスコアはベルリオーズの幻想交響曲の終楽章そっくりです。音の効果でいえばロッシーニのウイリアムテル序曲、メンデルスゾーンのスコットランド交響曲、リムスキー・コルサコフのシェラザードなど遺伝子の伝播は数えたらきりがないほど。そして農民が退散→雷鳴→牧歌という起承転結は鮮やかで、このコントラストが第5楽章の神への感謝の気持ちを高めています。まずクラリネットが第1楽章冒頭と同じくドとソの空虚5度のヴィオラのドローンにのってハ長調の牧歌を奏でます。次にそれがホルンに受け継がれるとチェロがppでそっと低いファを入れます。増4度の支配する不均衡はファ+ド+ソの5度+5度という神の調和に完璧に収斂していくのです。雨上がりの森や丘に金色の陽光がさしこんだような神聖で荘厳な効果は息をのむばかりです!なんてすばらしいんだろう。蛇足ですが、農民が退散→雷鳴→牧歌からこの部分への効果と心象風景が見事に遺伝しているのがストラヴィンスキーの火の鳥のフィナーレなのです。

第5楽章が希望のFに満ちあふれていることはいうまでもありません。喜びに満ちて歌われるこの牧歌主題はモーツァルトのピアノ協奏曲第27番のロンド主題、あの歌曲K.596「春への憧れ」に転用された主題のリズムを想わせます。そしてこの主題についている和音はC-F-G-C-Am-F-Gですが、C-Am-F-Gはモーツァルトが偏愛した和声連結でもあります。結構長くなりました。まだまだこの曲について書き残したいことは山ほどあります。この交響曲は僕が最も愛するものの一つです。これを聴いて頭に体に感じる満足感というのはまた5番のそれとはちがったもので、ベートーベン以外を見渡してもほとんど類のないものです。ベートーベンには冷ややかに「君はバカだ」といわれそうですが、同じバカなら聴かなきゃ損、損です。

そしてこれが残した最も優れた直系の子孫こそ、やはり僕が愛するシューマンの交響曲第3番なのです。それについてはこのブログに書きましたので是非お読みください。

 

シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第3楽章)

 

 

(追補)

冒頭主題(下)において、第4小節で一度和音はドミナントに移行してフェルマータで長く伸ばされる。小さいがとても深い沈静感と充足感が交響曲の頭でいきなり訪れるという開始はめずらしい。次に第5小節で和声はF→B♭(つまりC→F)となり、第6小節でヴィオラがe(ミ)、つまりドミナントへ行くが、バスであるチェロはそれを無視してf(ファ)、つまりトニックのまま居座ってしまうため「長7度」という不協和音が鳴る(楽譜の赤丸部分)。

 

pastoral

ここをピアノで弾いてみればわかる。これが不協和音に聴こえないのだ。僕の耳には、「安寧のドミナントへ行くのはまだはやい。これから楽しいことがあるんだ。」と聴こえる。バスのファ(トニック)がそうやってムードを押し戻して主張している。

これと同じことが第5楽章の始めで起こる。まず第1-4小節でクラリネットがハ長調の分散和音のテーマを出す。バスはヴィオラのドとソである。このテーマを第5小節からホルンが受け継ぐと、バスにチェロのファがそっと加わる(赤い部分)。

 

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テーマはミの音を避けるので長7度は鳴らないが、ハ長調(つまりドミナント)の根っこに和声外音のファ(トニック)が神様の陰のように現れる効果は筆舌に尽くしがたい。「安寧のドミナントへ行くのはまだはやい。これから楽しいことがあるんだ。」という天の声が僕には聞こえてくる。僕は仏教徒で聖書もまともに読んでいないが、ここはキリスト教的な雰囲気を感じる。信者にとってこの部分はどう聞こえるのだろう?

 

そして第5楽章のコーダに至る。

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すべては静まって、いよいよ終わりの時を迎える。和声はF→C→F→B♭→C→Fとなり、一度だけサブドミナント(B♭)で上を見るが、すぐにドミナント(C)に打ち消されて鎮められてしまう。安寧のドミナントの時がやってきたのである。思い出していただきたい。F→C→F。これは「校長先生へのお辞儀」の和音だ。遠足は終わったのである。

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ベートーベン交響曲第6番の名演

ストラヴィンスキー バレエ音楽 「火の鳥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベートーベン交響曲第5番の名演

2013 JUL 27 23:23:28 pm by 東 賢太郎

いよいよ5番です。この曲、「運命」とあだ名されていますが作曲者がそう命名したわけではありません。この曲の演奏会プログラムに「運命」とあるのは日本ぐらいで、ドイツでもアメリカでも「交響曲第5番ハ短調」であります。

この曲は音でできた堅固な建造物であり、そういう曲作りを生涯指向していたベートーベンがたどり着いた最頂点であります。第3番エロイカで試行した多様な作曲技法が、ベートーベンの頭脳の非常にロジカルな部分で濾過されてきて、ある一瞬に「暗闇から光明へ突き進む衝動」という熱源を得て奇跡的な造形の鋳型の中で固まったかのような作品です。3番や4番においてご説明した作曲の経緯というものは、もちろんここにもあるのですが、運命というあだ名がしっくりしない気がするように、そういうことを知って聴いていただきたいという思いもしてまいりません。音だけで充分です。音をじっくりと聴いてください。

一つだけ記しておくとすると、同時に初演された第6番パストラーレ(田園)が、5番とは似ても似つかない作曲法によって生まれた曲になっているということでしょう。5楽章によるそちらの路線もベートーベンが試行した対極の最頂点であり、この2曲において彼の天才は最も遠隔地点にまで分化いたしました。その一方はブラームスの4曲を末裔とし、もう一方はベルリオーズの幻想やシューマンのラインという別種の交響曲を末裔として後世に伝わっていくのです。

 

ウィルヘルム・フルトヴェングラー / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団                     (1947年5月25日、ベルリン・ティタニア・パラスト)

僕はフルトヴェングラーの信奉者ではなく、どちらかというと疎遠な部類の人間ですが、彼の肌に合ったいくつかの曲で受けた衝撃はクラシック人生を左右するほど強烈なものでした。これもその一つです。ナチ協力の疑いから連合国の法廷尋問を受け指揮台を遠ざかっていたフルトヴェングラーが5月25日に「復帰記念コンサート」を開くと聴衆が殺到しました。チケットは奪い合いとなり、演奏692後、熱狂した2千人の聴衆に指揮者は16回も指揮台に呼び戻されたそうです。ストーリーこそ違いますが94年のカルロス・クライバーのベルリン・コンサートでの熱狂を思い出します。あそこで聴いた実音は海賊版CDには入りきれていません。このCDも録音は貧弱であり、実音を想像するしかありません。そうであっても、そうする価値があるほど凄い演奏です。5番がこう演奏すべき曲かどうか以前に、フルトヴェングラーとはこういう指揮者だったという好例としてぜひお聴きいただきたい。第4楽章コーダの終止に至る大減速だけは昔は違和感があったのですが、最近こういうものだったかもしれないとも思えるようになりました。この2日後の27日の演奏もCD化されており、一般には多少録音も良いそれが代表盤となっていますが僕はこの生々しい熱気をはらむ初日の演奏を採ります。なぜ長年にわたってこの指揮者を神と崇める人が後をたたないのか、これを耳にすれば即座にご納得いただけると思います。

 

オットー・クレンペラー / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団             (1968年5月25日、ムジークフェライン)

偶然ですがこれも5月25日のライブです。フルトヴェングラーとは対極的な演奏です。MI0001087099リズムは意味を込めて重く、フレージングは音の増減・加速減速・句読点により変幻自在であり、遅めのテンポの中で千両役者の威厳と秘儀が次々と繰り出される様は壮観としか申し上げられません。第1楽章のファゴットはホルンにせずそのままであるなど、いつもスコアを読み解いた結果こうなったと感じさせるのがクレンペラーの演奏です。そして第4楽章コーダの終止では最後の和音を断ち切るティンパニの一撃、この威厳をこめた幕切れにこの演奏の秘める巨大なエネルギーが象徴されていたと感じるのです。ヨーロッパでは珍しく間髪入れず爆発する聴衆の拍手。ムジークフェラインに感動の渦がマグマのように堆積し、それが堰を切って流れ出す様が手に取るようにわかります。クレンペラーはウィーン・フィルを高く買っていましたが、楽員は面従腹背で扱いにくく、言いにくいことは娘を通して伝えてくるとこぼしたそうです。それでもこんな8000メートルの霊峰を仰ぎ見るような表現ができてしまうのですから大変なカリスマでした。

 

カルロス・クライバー /  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

そのウィーン・フィルをここまでのせてしまったカルロスのカリスマも巨大でした。この超高速のアレグロにオケ全員が納得したとは思えないのですが、結果として前代未聞51lTsaOC46L._SY300__PJautoripBadge,BottomRight,4,-40_OU11__のエキサイティングなこの演奏がライブでない場でなされたのは驚異です。これは彼の残した決して多くない録音のうちでも1,2を争う名演と思います。5番がこういう近代的な要素といいますか、現代の高性能オケにして初めて発揮できるシャープで筋肉質な質感でもって圧倒的な説得力を獲得するということは、これが1975年に現れるまで誰も知らなかったのではないでしょうか。僕はロンドンでこれ1曲だけのCD(当時はまだ新メディアでした)を買い、完全にノックアウトされ、しびれてしまいました。ベンチャーズにしびれたのとほぼ似た感じであったのです。ちょっと若い方への啓蒙的な意味も込めてあえて申し上げさせていただくと、クラシックをまったく聴いたことのないロック、ジャズ系の方、ぜひこれを聴いてみてください。クラシックが重ったるくてカビが生えたものというイメージは一気にぶっ飛ぶでしょう。「のだめ」でブレークした交響曲第7番も入ってます。こっちも皆さんの思い込みを根底から粉みじんにしてくれる強烈なビートのきいたカッコいい演奏なのです。それを天下のウィーン・フィルの会心の演奏で、しかも見事な録音で聴くことができます。人生を変えてくれる1枚になると確信いたします。

 

(補遺)16年1月17日

ピエール・ブーレーズ / ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

41s7zS5qE6LCBS全集67枚組の12枚目。第1楽章は推進力を犠牲にして運命動機を聴き手の耳に刻印する。第2主題も無機的。こんなに遅いのも珍しくさらに提示部終結では間があき、展開部の運命動機全奏の減速、再現部後半のテゥッティではさらに減速する。オケはどこか粗く、このレアな解釈に乗っている感じはしない。第2楽章も室内楽のように透明だが合奏のパートごとの出来はいまひとつ。第3楽章のトリオのくり返しが議論を呼んだが録音が過度にフォーカスしている弦の合奏精度の低さとこの遅いテンポでは冗長感しかない。終楽章も全奏でのパートごとの分奏が聞こえ運命リズムの輪郭の隈取りに神経が使われる。第1楽章同様に第3楽章主題回帰への減速が大きいなど音楽が常套的に突っ走るということが回避されつつ対位法的な動きが浮き彫りになるが音楽的に何か意味深いかというと僕には空疎でしかない。伝統的なベートーベン解釈へのアンチテーゼをクレンペラー(存命中)のオーケストラにやらせて楽員たちがつきあったという感じに聞こえる。

 

ヨゼフ・クリップス / ロンドン交響楽団

08_1104_01昔エヴェレストというレーベルで出ていて日本プレス盤の音が悪く、あんまり聴いていなかったクリップスの全集。4番を聴いてこれをかけたらあまりの落差のなさにうなったのです。4番のままという感じでこんなに力瘤の入らない5番も珍しい。いうなれば1-9番が典雅な音楽性に満ちた19世紀来のウィーン流で、ベーレンライター版を知った僕の世代がきくと気取った料亭で出てきた「おふくろの味」みたいな感じでしょうか。楽しめました。

 

 

 

 

 

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ベートーベン交響曲第6番の名演

ベートーベン交響曲第5番 ハ短調  運命

ベートーベン交響曲第4番の名演

2013 JUL 21 19:19:27 pm by 東 賢太郎

オランダ系のベートーベンは名前にvanとあるが貴族ではありません。Beethoven(ベートホーフェン)ですが、Beetは砂糖大根、Hovenは農園主の意味のようです。平民の子でした。しかし彼は自分の楽才に対してゲーテが驚くほどのプライドを持ち、貴族階級はもちろんあのヨゼフ・ハイドンですら歯牙にかけなかったことをうかがわせるエピソードを残しています。

ベートーベンは1804年から1806年にかけて、ジョセフィーヌ・フォン・ブルンスヴィック(右)という女性と恋仲にありました。貴族でありダイム伯爵夫人となった彼女は月光ソナタを初めて弾いた人であり、1812年に生まれた最後の娘ミンナの父親はベートーヴェンだと言われている人でもあります。

ベートーベンは生涯独身でした。しかし親密な女性はたくさんいました。ピアノが弾けて売れっ子作曲家で収入もある男ざかりですから女性にもてなかったという方がむしろ不思議です。そうではなく階級コンプレックスがあったため周りにいる女性ではなく貴族の令嬢や夫人に惹かれ、結局身分や育ちの違いで破局になるというパターンが多かったのではないでしょうか。一般にある気難しくて孤独でダサいイメージは、後世が聴覚疾患と同じく彼を運命の逆境と闘う悲劇のヒーローに仕立てるのに都合が良かったものと思います。「楽聖」に私生児がいるなど言語道断ということです。

そのジョセフィーヌといい仲だったころ、そして、交響曲第3番エロイカを書き終えて、その精神の延長線上でそれをさらに純化した第5番を構想していたそのころ、それを一時中断して一気に書いたのが第4番です。

                                                               terezejurietta11

 

 

 

 

 

モーツァルトの場合、私生活上の出来事、恋愛や肉親の死のようなものが音楽に反映していることを聴きとるのは実はとても困難です。しかしベートーベンになると、ジョセフィーヌのお姉さんテレーゼ(左)にピアノソナタ24番をあげているし、月光ソナタはそのいとこのジュリエッタ・グイチャルディ(右)にあげている。贈られた女性たちが何らかのインスピレーションを彼に与えていて、本当にそれがそうかはともかく、僕たちがそれを聴きとったという気分になることぐらいはできる。ベートーベンの音楽の方がずっとロマン派に接近しているわけです。それが彼の死の2年後に書かれたショパンのコンチェルトあたりになると誰の耳にも女性への恋情と聞きとれる第2楽章を持つようになってきます。ベルリオーズでは妖怪になりますし、さらにワーグナーに至って恋情どころかエロスそのものまで反映されるわけです。かように見ると、女性の存在が音楽史を進化させていますね。大作曲家はみんな男だからそうなのか、だから大作曲家はみんな男なのか?

この4番の交響曲も「巨人に挟まれたギリシャの乙女」とシューマンが例えていますが、ジョセフィーヌ由来のものかどうかはともかく何か女性的なものを聴きとろうという姿勢が伝統的にあるように思います。どうも腑に落ちません。特に第2楽章です。いくらカルロス・クライバーが「テレーゼ、テレーゼ・・・と弾いてくれ」とオーケストラに力説しても、そもそもそういう性質の音楽には聞こえません。それなら2番の第2楽章のほうがずっといい。ピアノ版で聴くとよくわかるのですがこの楽章のバスの弾むような付点音符による単細胞なリズムはどう弾いたところで愛を語れるようなものではなく、僕はむしろ冗談音楽かメトロノームを連想します。交響曲第8番には緩徐楽章がないのですが、もし入れるならそこしかないんじゃないかとすら思う。和声的にも何も起こらず、僕の偏見と思っていただいて結構ですがこの楽章と7番の第3楽章は全9曲の中で霊感を欠くものと思っています。

この曲が女性的でもなければ恋人に思いを吐露するものでもないと僕が考えている理由はたくさんあります。第1楽章はアダージョの暗くてものものしい序奏がついていて古典派の世界に退行しています。シ♭のユニゾンに対して内声部が奏でるソ♭・ミ♭・ファ・レ♭は音名こそ違いますが5番の冒頭タタタターンの3度下降音型であって、直後に現れる輝かしい変ロ長調の主題があたかもその5番の世界とのひとときの別離を宣言するようです。これは運命動機が支配している熱情ソナタがエロイカ・5番の精神系列に属しているのに対して、清明なハ長調で神殿のようにそびえる風情のワルトシュタインソナタの領域に4番を置いてみようとベートーベンが意識したかもしれないと思えます。音階が上下するメカニックな書法は似ていますし、ソナタ第1楽章の再現部の前など「4番そのもの」です。

4番のその部分、それは「輝かしい変ロ長調の主題」を序奏の暗闇から導き出す部分で、これをひときわ輝かしくしているのが前の小節の4拍目にぎゅっと押しこめられた5つ、4つ、3つ、または2つの前打音のような音階です。ミファソラシ→ド、ファソラシ→ド、ソラシ→ド、ラシ→ド、のどれでもいいのですが、頂点のドに一気に登りつめるはじけるような高揚感、こういう部分に喜びが突き上げるようなハレの衝動を感じないでしょうか。この花火のように鮮烈な効果のある書法はベルリオーズを経てストラヴィンスキーの春の祭典にまでそのまま伝わっています。音の数を5,4,3,2とだんだん減らして速度と緊張感を高めていくベートーベンの書法はまさしく画期的なのですが、この直情的な喜びの爆発は非常に男性的なものではないかと考えます。ジョセフィーヌが何かを彼に与えていたとしたら、僕はこれだと信じています。

さらに加えますと、彼は爆発しかけた感情をそのまま世にさらすほど単細胞の人間ではなく、彼の芸術の秩序、脈絡の中で4番目の交響曲がどうあるべきか考えたでしょう。大まかに言いますと彼にとってピアノソナタは自分自身と親しい知人などのインナーサークル用、カルテットは音楽通の貴族を中心としたアウターサークル用、交響曲は名も知らぬ大衆への名刺代わりという位置づけにありました。フランス革命が生んだこの大衆という相手こそ彼の楽譜の売上げを伸ばすキークライアントであり、交響曲は音楽をよく知らない新規顧客にもすぐわかるように易しく書いていると思います。エロイカのパンチ2発ではなくモーツァルト風の序奏を付け、ワルトシュタインのあの神秘的な、まるで霧の中からうっすらとバッハの平均律が聞こえてくるような壮麗な終楽章ではなく、覚えやすく単純に興奮をもたらす無窮動風の主題にするなどです。そしてそれはハ長調ジュピターへの挑戦から始まり、短調交響曲へ挑もうという脈絡の中では、第39番に相当する位置づけを用意するという意味でも意にかなった選択だったのではないでしょうか。

ミヒャエル・ギーレン /  南西ドイツ放送交響楽団 

僕は93年5月にフランクフルトのアルテ・オーパーでこのコンビによるブラームスの交響曲第3番を聴き、心より感動しました。この3番はブラームスがヘルミネ・シュピースという若い歌手との老いらくの恋によって生み出したという、これも女性がきっかけになった曲です。しかも彼女が住んでいたのはフランクフルトからほどないヴィースバーデンという訳で、この演奏会はその意味でも心に残るものとなりました。ドイツでの3年間の滞在中、片っぱしからコンサートを聴きましたがこの3番のギーレンほど「ドイツ音楽」というものの神髄を味わわせてくれた指揮者はありません。何回もきいたこの曲が、初めてドイツ語にきこえたといったら近いでしょうか。オケの音も、あらゆる意味で、もうブラームスを聴くならほかのオケはいらないと思ったほど。第3楽章の弦の高貴でふくよかな美しさといったらなく、鳴りやまぬ拍手にこたえて非常に珍しいことにアンコールがあってそれがこの楽章でした。オケにそう伝えてすっとタクトをあげたギーレンに何のてらいもなく、それが安手のサービス精神ではなくて、演奏していた彼ら自身があまりの素晴らしさにもう一度味わいたいからやっているのだと納得するのにそう時間はかかりませんでした。イタリア人やフランス人が自国の音楽をやるのにこういうことがあるのかどうか、そこに住んだことのない僕にはわかりませんが、ドイツ人をこの時ほどうらやましいと思ったことはありません。写真 (14)

このCDはその直後に買ったもので、素晴らしい演奏、録音はアルテ・オーパーのあの日の音そのものであります(バーデン・バーデンのハンス・ロスバウド・スタジオ)。

僕にとってベートーベンの4番は彼が何をしたかったのか良くわからない曲であり、48種ある音源は誰のを聴いても特に面白くはありません。スコアを読んで眼から見た情報で僕がイメージしているこの曲に最も近いのがギーレン盤ということです。冒頭の第2ホルンをちゃんと鳴らしているのは知る限りこれだけであり、第2楽章の付点音符の伴奏音型を陳腐に陥らぬだけ意味深く彫琢しているのもこれだけです。ベートーベンの音符がこれほど「知性的」に鳴っている例は聴いたことがなく、20世紀以降の音楽家のうちで最も高度な部類のグループに属する耳と理性が選び取った音に接しているという喜びは、僕が何のために音楽を聴いているかの明快な解答とさえいって過言ではありません。余談ですがギーレンは昔に来日してN響を振って以来もう2度と日本に行く気はないそうです。日本には音楽がわかる者などほとんどいない、オケや音楽関係者とはぜんぜん話がかみあわないと言ったそうで、持ちかけられたのはオンナの話ばかりだったそうです。真偽は不明ですがそうだとすれば悲しいばかりです。しかし冷静に見れば、日本は大好きだと持ち上げる実はお金が大好きな外人演奏家が多い中でこの本音の剛直さは彼のスコアの読み方そのものであり、こういう人だからこのベートーベンができているのだと確信します。これが災いしたせいか本当にわかる者がいなかったせいかどうか、わが国の音楽評論家がこのインターコード録音のベートーベン全集をほめたためしがなく、わが国でセールスが不調だったせいかどうか、この会社は潰れてしまいこの最高に素晴らしい全集は廃盤で手に入らない!という理不尽な憂き目にあっています。再録盤がヘンスラーからCDとDVDで出ましたが、もはやあの脂の乗りきったブラームス3番の音ではありません。どこかのレーベルがこの、僕が何回聴いてもいいと思っているこの全集を出してくれること、ついでに言えばインターコード盤に併録されていたギーレンの自作曲(不協和音まで美しい!)も一緒に出してくれることを心から願ってやみません。

手に入らないCDだけでは無責任ですので、初めて4番を聴かれる方のために現在入手可能なものも番外として挙げておきます。

ピエール・モントゥー / ロンドン交響楽団

ジョージ・セル / クリーヴランド管弦楽団      

レナード・バーンスタイン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

3つともタイプは違いますが録音も満足でき、どれから入られても後悔することはない秀演と思います。

 

(補遺、3月7日、2016)

ウィルヘルム・フルトヴェングラー / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1943年6月27,30日のライブ。大学1年の8月にこれのLPを買い、不幸なことにこれで4番を初体験することになった。フルトヴェングラーなる何やら神懸った指揮者への怖いもの見たさもあったが、実はそれよりも廉価盤であったことが大きな購入動機だった。カネがなかったのだ。当時4番はたしか正規盤がなくメロディアのこれが希少とされたがいかんせん貧弱極まる音であり、ざーざーいう雑音の中から聞こえてくる冒頭の四谷怪談でもはじまりそうなおどろおどろしい響きにはびっくりした。その後カラッとしたラテン的なトスカニーニの信者になろうという僕だ。緩徐楽章や第3楽章トリオUn poco meno Allegro のハエがとまりそうな遅さには絶句するばかりで、何の根拠をもってこういうことになるのか奇怪というしかなく、4番が嫌いになりかけた。今もってこれがいいと思ったことは一度もなく、4番は幸いトスカニーニによって好きになったがフルトヴェングラーは嫌いになった。

 

(補遺、10 June17)

ルネ・レイボヴィッツ / ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

ブーレーズの春の祭典(CBS、69年)が師匠レイボヴィッツの録音と酷似していることは指摘した。師に習ったわけではなくアナリーゼの流儀の帰結としてそうなったことは、両者ともストラヴィンスキーの自演盤に解釈のルーツがあることでわかる。レイボヴィッツ盤のライナーノートによると『「世界で一番演奏回数の多いベートーヴェンの第五の出だしのところで、ここのところの小節が一度も正確に演奏されたことがないということに気がついたことがあるかい? それからここのところと…ここのところ」そして48時間後には彼はベートーヴェンの交響曲の中で一般に行なわれている約六百ほどの誤りをみつけ出していた』。楽譜を記号として解釈するのは誤りだろうが、明確な論拠もなく指揮者が解釈を加える恣意を僕は好まない。4番の実像は本稿を書いて4年弱を経た今も明確でないが、このようなものだったかもしれないと考えるに至ってはいる。第4楽章をこのテンポで吹けるファゴット奏者がたくさんいるとは思えないが。

 

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ベートーベン交響曲第5番の名演

ベートーベン交響曲第3番の名演

2013 JUL 15 2:02:33 am by 東 賢太郎

第1楽章を最も理想的なテンポで演奏しているのはレイボヴィッツだ。後半楽章はちょっと荒っぽいが、第1楽章に関する限り最高の演奏はこれだ。この曲を愛する方はぜひ聴いていただきたい。

 

アルトゥーロ・トスカニーニ / NBC交響楽団(1949年11月28日、12月5日)

僕はオーディオファイルではないが、トスカニーニのベートーベンとブラームスの低音を鳴eroicaらすために1本が125kg あるB&Wのスピーカー、ブルメスター1台(770W)+ホヴランド(630W)2台とパワーアンプを計3台、そして低音のバランス調整のためにイコライザー機能のあるブルメスターのプリアンプをさんざん聴き比べたうえ買った。トスカニーニの録音は当時の米国で最大のメディアであったラジオ放送で細部までうまく聞きとれるようにミキシングされたと思う。だから普通の装置で再生するとラジオみたいに高音の勝ったドライな音になってしまうのだ。第1楽章に2日にわたる録音を繋いだと思われる個所があるのが唯一の欠点だが、有名な53年盤もあるものの音質も演奏もこの49年盤のほうが総合点で圧倒的に上であり余計なコメントは野暮だろう。youtubeに僕が1986年にロンドンで入手したCDをアップロードした。この演奏は後に何度もリミックスされて再発売されたがこの復刻が音が一番良いと思う。

 

エドリアン・ボールト / ロンドン・フィルハーモニック・プロムナード管弦楽団

511EHXWVZKL__SL500_AA300_大人のエロイカだ。二キッシュの弟子ボールトのドイツ音楽は何も力をこめず何も特別なことはしていないが、音楽の威厳をまっすぐに伝える達人のわざである。僕が一番好きなジュピターはボールト盤だ。自らを未熟として35歳までは振らなかったブラームスの4曲も上位に入れる。ちなみに英米人を下に置く日本の音楽評論家からはボールトはホルストの惑星の指揮者程度の扱いで低く見られる傾向があり、彼のドイツものはほぼ無視されてきた。虚心坦懐に耳を傾けてみて欲しい。エロイカにこういう可能性がある。青臭い身勝手な解釈ではなく、世の酸いも甘いも知り尽くした男が語る箴言集のようであり、終楽章の終わり近くに6番(田園)の世界があったことをこの演奏に教わった。録音も素晴らしい。実は1位はこれとトスカニーニを迷った。僕も少し齢をとってカドがとれ、この穏健、平和主義のエロイカに魅かれるようになったかもしれない。

 

ブルーノ・ワルター / コロンビア交響楽団

このテンポに共感するものではないが、僕はワルターの気迫がこもったこの演奏が好き41Dvkkn8Z0L__SL500_AA300_だ。世評の高いフルトヴェングラー盤は好きでない。あのテンポの伸縮は指揮者のものであって音楽が求めているとはとても思えないからだ。どこの評論家が言ったのか知らないが日本ではフルトヴェングラーは奇数番号、ワルターは偶数番号という意味不明の通説がある。そんなものを信じる前にご自分の耳でこれを聴いてほしい。CBSソニーのリミックス盤はダメでCD初期のマックルーアによる録音がいい。音は装置に依存するから録音のことを書いて申しわけないが、エロイカだけはどうしても低音とその上に虹のように広がる倍音の重要さを避けることができない。このワルター盤はすばらしい。眼前で巨大な精神の営みが展開されている様に接するのは壮観だ。この残響を活かしてこの表現をするなら遅いテンポは仕方ないと思わされてしまう。第1楽章の気づくかどうかも微妙なテンポルバート!絶妙な楽器バランス、こだわりぬいたフレージング、吟味されつくしたピッチ。恣意でいい加減に流れる所が微塵もない。これをライブで聴いたら打ちのめされたに相違ない。万人に聴いていただきたい名演中の名演である。

 

ロブロ・フォン・マタチッチ / チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

最初の和音2発からただならぬオーラを発し、いきなりくぎ付けになる。プラハの芸術家227の家の素晴らしい音響!意味深い金管とティンパニのテュッテイが音楽に添って大きな起伏を形成する様は実に雄大であり、第2楽章の壮絶なドラマはマタチッチの骨太の構想が有無をいわさぬ説得力を持っている。録音は59年。チェコ・フィルの木質の弦と管が最上のバランスで交差する柔らかいタッチは独特であり、共産時代のチェコに温存された最も上質のオケの音を知ることができる。第3楽章のホルンのうまいこと!巨大だが挑戦的でないエロイカは聴き終えると何か高貴で包容力あるものに触れた気分を残してくれる。こういう良質の演奏は聴きこむほどに心を豊かにし、本物の音楽の味をしっかりと教えてくれる。「本当にワインを覚えるなら、お金をかけてでも高い物から試飲しなさい」とフランス人に教えられた。まぎれもない上質ワインだが、1000円で売られている。

 

ラファエル・クーベリック / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

妙な誉めかただが「ちゃんとしたエロイカ」である。実に折り目正しく、「どういう曲ですか?」と聞かれて「こういう曲です」とお示しするなら僕は迷わずこれを選ぶ。テンポはややゆったりしているが盤石の安定感があり、ベルリン・フィルがシェフのカラヤンとのいつもの仕事を離れ、音楽性あふれるクーベリックの3番に共感している様が感じられる。とにかく立派なベートーベンであり、何も足すものも引くものもない。テンポを揺らしたり奇矯な爆発が頻出したりなどという手練手管、ケレン味が全くない。クーベリックは字が読めるより前にベートーベン9曲のスコアが読めるようになったといkubelikう。 高名なヴァイオリニスト、ヤン・クーベリックの息子だけある早熟ぶりだ。他人の演奏を聴く前に自分の眼で読んで感じ取った表現が終生その演奏を規定したという。たしかに9つの異なるオケを振った彼のベートーベンは9曲のアプローチに梃子でも動かぬ一貫性がある。それは太い鉄骨で構築された建造物のようであり、その場の恣意に傾いてあいまいに造られ地震で揺らぐような脆弱な部分は皆無という堅固さである。オケの音響も、同じ頃に同じオケで録音されたカラヤン盤とはずいぶんちがう。マイクでソロ楽器を目立たせるなど浅薄な録音の仕掛けなど微塵も眼中にない。身勝手に依怙地で頑迷な演奏を想像されるかもしれないが、正反対である。一言で形容するなら本質が「貴族的」だ。ディファクトの破壊者としてのベートーベンではなく、新しい交響曲の様式をつくりそこに君臨した保守のベートーベン像を見事に描いている。彼はシカゴ交響楽団の音楽監督のポストを、ナチ疑惑を受けていたフルトヴェングラーに推薦されたという理由で失ったが、2人の音楽性は対極的である。

 

セルジュ・チェリビダッケ / ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

ここまで遅いと何も言えない。全楽章が遅いのだからもう勝手にしやがれという領域であ写真 (4)る。第2楽章の中間部の劇的な高揚はすさまじく、これは完全に後期ロマン派的アプローチである。しかしティンパニの「運命リズム」の強打を聴くにつけ、ああ彼はわかっているなと感じる。葬送の最後は音楽が止まりそうになる。もう指揮者の独壇場である。しかし、このテンポで道を歩いてみるとふとした景色や道端の草花が別な楽しみを与えてくれる。音楽が弛緩して緊張が切れることなく、こんなに豊穣な世界がスコアに秘められていたのかと教わる。すごい表現だ。こんなものはベートーベンではないという反発の声があろう。僕の理性もそう叫ぶ。しかし・・・音楽というのは不思議なものだ。本当に面白い演奏!聴いていただくしかない。ただし初心者はぜひ避けていただきたい。これで曲を覚えてしまったら取り返しはつかないだろう。エロイカを聞き飽きたというセミプロ級の方に強くお薦めする。

 

(補遺)

ロジャー・ノリントン /  ロンドン・クラシカル・プレーヤーズ

クラシック音楽において指揮者の最大の仕事はテンポ設定だろう。この演奏の第1楽章のテンポは、その意味で大いに議論に値する。嫌いと断じるのは容易だがそれでは食の品評と一緒で芸人が「うまい!」と叫んでいるのと変わらない。これが付点二分音符=60-63、真正のAllegro con brio にほかならない( クラシック徒然草-ベートーベン交響曲第3番への一考察-)。最近これをくりかえし聴いてしまい、聴くのが厳しくなった演奏が出てきて困っている。

 

レナード・バーンスタイン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

51NnaosG8LL__SY450_言葉の最も普遍的な意味で「かっこいいエロイカ」だろう。弦のフレーズの小気味良い切り込み、ティンパニを伴ったリズムのエッジの立て方、音を割るホルンなどいちいちが耳に快い。深刻ぶった苦味よりウィーンPOの運動神経を生かしたあっけらかんと明るいシンフォニックな演奏である。それが軽いお気楽な娯楽に陥ってないのは彼がスコアの「凄い部分」に敬意を表して、ちゃんと感じてやってるから、僕にはそう聞こえる。作曲家のクリティカルな眼で楽譜を見ているのだろう。

 

ブルーノ・ワルター / シンフォニー・オブ・ジ・エア

トスカニーニのオーケストラを彼の追悼で指揮した演奏会の記録である。ワルターがエロイカを選んだのは葬送行進曲で哀悼の意を表したのだろうがこの曲がトスカニーニの十八番でもあったからでもあろう。上掲の正規盤より気迫がこもり、ワルターの意志でテンポは起伏を見せ、一方で第1楽章の弦の強靭なボウイングやティンパニの強奏などオケの自発性にも圧倒される。第2楽章の深い祈りからの高潮もすばらしい。録音だけが玉に瑕だがこれは名演であり、音楽史上の記録としても長く聴き続けられるドキュメントだろう。

 

 

 

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ベートーベン交響曲第4番の名演

クラシック徒然草《エドリアン・ボールトのエロイカ》

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