滋賀出張で日本古代史に再度めざめる
2013 SEP 14 22:22:25 pm by 東 賢太郎
一昨日、お客様である某社の関係で大阪で会食をした。1泊して昨日は滋賀にある工場へお邪魔した。その途中、インターで休憩して昼食となった時のがこの写真だ。大津から琵琶湖を望んでいるが、霞があってよく映っていないとは言い訳で、撮り手の腕の問題であった。
このインター、なぜか近江牛の「ひつまぶし」というのがあり、ちょっと名古屋のことを思い出しながら戴いた。とても美味であった。そうしたら、どういうわけかその名古屋の知人から偶然メールが入った。仕事に急展開があるという知らせだった。それで急きょ予定を変え、帰りに名古屋下車してそちらへ寄ることになった。世の中、面白いものだ。山は登ることが目的だが、楽しいのは頂上についた後でなく登る途中だと言ったのは誰だっけ。
さて工場である。少し前のこと、別な会社の工場を見学したが、その工場はあの桶狭間の合戦のあった古戦場跡に建っていた。そして今度の会社の方はというと、忍者で有名な甲賀の里にあった。そうでもなければ行かないような場所に2回も行けてラッキーだ。中はこんな塩梅だ。
甲賀も伊賀と一緒で三重県だと思っていたら滋賀県だった。「伊賀の影丸」を座右の書としていた割に浅学だったのを恥じ入る。忍術でもあるまいがこの工場のスペース活用の妙と工員さんたちの匠の技は見事だ。「下工程はお客様が喜ぶ顔を思い浮かべよう」なんていううれしい標語が貼ってある。上工程はいいのかと思ってしまうが、心配はご無用。これぞお・も・て・な・しの精神だから言わずもがなだ。この工場の技術は中国も韓国もまったく及ばない。だからアジアに輸出ができている。そのコンサル等につき弊社がご用命を受けているのだが、こういう会社は見ていて頼もしい。
工場長さんにすみません、急きょ名古屋に6時に行くことに・・・・と言ったら、ご親切に車を出して守山駅まで送って下さった。運転してくれた工員さんは13年目でずっと近所にお住まい。今年念願の家を建てるという。農家のご養子さんで滋賀から出ることはあまりなく、たまに家族で行く一番の都会は大阪だそうだ。名古屋は大きいんでしょうねと聞く。夏は村祭りとお彼岸で大変で、野菜は自給自足で買ったことがない、お休みの仕事は野菜を狙う野猿と闘うことだそうだ。滋賀はどんなところですか?と聞いたらしばらく考えて一言、「静かです」。ああいいなあと思った。そんなところに住めたら最高だ。
守山駅からは、京都行の電車に乗った。名古屋方面なのだから米原行でもよかったのだが着く時間はほぼ一緒だし、単に京都行がすぐ来るからであって何ら深い意味はない。しかし、こういうところが人間の運命を決めるのは松本清張なんかによくある。せっかくだから琵琶湖側をしっかり見ようと席には座らず、小学生のように立ったままドアのところの大きめの窓に張りついた。栗東、草津、瀬田、石山、膳所、大津と電車が進んでいくと、どうしたことか何となく書物でなじんだ古代の地名の記憶がよみがえってきてしまった。意識が興奮してくる。こりゃあここに一度来ないとだめだという声がどこからともなく聞こえてくるではないか。小説より奇なることはあるのだ。
先日、メンバーの中村順一氏が読めといってくれた本に、小林よしのりの「女性天皇の時代」というのがある。これは彼のブログ
にある本であり、なかなか面白かった。実は10年ほど前、僕は日本古代史にはまっていた時期がある。だから本は相当読んでいる。大津から琵琶湖の写真を撮ったのも、この画面のあたりのどこかに天智天皇の近江朝廷なるものが存在し、武力行使で天皇が地位を得た史上唯一の大乱であるあの壬申の乱も、ここのあたりの瀬田橋の戦いでのちに天武天皇ということになる大海人皇子が大友皇子を破って決着したのだという格別の思いがあったからだ。
僕は日本書紀が相当に歴史をねつ造しており、ことに天智と天武が兄弟であるなど大嘘であると信じている学派の信者である。紀記より前はほぼ先史時代という我が国の寂しい文献環境であるため、紀記の文献性を重視するのは学問的には正当性がある。しかし、それが後世に正当性を持つことを確信した高度な教養をもった知能犯がそれを書いたとしたら、それを金科玉条とすること自体が犯人の思うつぼなのだ。
だから、エセ学説のそしりを覚悟してでも、どんなに荒唐無稽に聞こえても、サイエンスの思考回路から少しでも史実と整合性のとれる説に組したいと思うのは僕の生来の論理潔癖症のなせる業だ。10年を経て記憶がややあいまいになっているのでここでは言及を避けるが、聖徳太子の存在も、藤原鎌足の存在も、持統天皇の存在も、どうも僕には直観的にうさんくさいと見えてしまう。しばらく忘れていたこのテーマに気を向けてくれた滋賀出張と中村兄に深謝だ。
鳥取テルマエ・ロマエ
2013 SEP 4 22:22:03 pm by 東 賢太郎
先日、メンバーの中村兄がブログで77のスコアを出したというのがあった。自分のべスグロは75だがこれは15年前だから弱冠?43歳だった。まだ飛距離もあったし寄せなどの小技もさえわたっていて、あの頃の自分に戻れる気は到底しない。だから大変な偉業と思う。
一昨日、お客様のM社長に税理士のN先生と一緒にご招待されて鳥取で久々のゴルフとなった。朝6:40羽田発の全日空に乗ると8:56スタートでゆうゆうと鳥取でゴルフができてしまうのだからびっくりだ。先週買ったばかりのおニューのドライバーとアイアンは一度も振らずに宅急便で送った。なんともレイジーなゴルファーだ。鳥取カントリー倶楽部吉岡温泉コースは海を見おろす絶景の1番からスタートである。雨は上がっていて晴れ男ぶりを誇ったのもつかの間、やはり天気予報どおりにぱらついてきた。
そのうち5番あたりで雨足が強まり、7番あたりでバケツをひっくり返したような大雨になった。日本でこんな豪雨でゴルフをやるのは初めてであり、それでも雷の気配はないので結局18番までやった。もちろんゴルフ場貸し切り状態であり、スコアは堂々の103であった。ゴルフというのは天気や風のせいにしてはいけないのだ。最近、晴れていても平気で100行くことがありそれでも何の悔しさもなくなっていたが、この日は楽しかったがちょっと悔しくもあった。同輩のおかげと思おう。
今日も同じコースで10:00スタートの予定だったが、豪雨で緊急避難命令が3回もスマホを鳴らした。さすがにやめようということになり、昨日やった「勉強会」の続きになったからそれはそれでよかった。お昼は大変おいしい但馬牛のステーキをいただき、せっかくだから銭湯どう?とM社長に薦められ、社用車をお借りして先生と2人で行った。市内のど真ん中である。いやあ、銭湯なんて何年ぶりだろう。わくわくしながらのれんをくぐるとそこは昭和だった。いるのはおじいちゃんばかりだ。この真っ昼間から我々ごとき”若僧”の来る場じゃないんかなという目線もある。
入湯料350円、貸タオル20円、石鹸20円。この値段だってなんとも昭和の匂いがするではないか。番台のおばちゃんにシャンプーもある?といったら、これも20円だ。ちょうどあがってきたおじいちゃんが「半分残ってるよ」とくれた。銭湯といってもれっきとした温泉で、43度ぐらいの熱めの源泉がかけ流しの立派なものだ。10分ももたずに汗だくになってふーふー言ってあがった。ふと壁を見ると、麗々しく貼ってあるのは『テルマエ・ロマエ』のポスターだ。あの映画は飛行機の中でけっこう笑ったっけ。うん、このレトロな風景はあれにちょっと似合うかもしれない。そこに黒塗りのベンツで乗り付けた僕らもローマ人なみに浮いていたのだが。
めちゃくちゃ当たる占い
2013 AUG 29 10:10:40 am by 東 賢太郎
昨日は午前11時から午後7時の夕食まで、ずっとある方とご一緒だった。ミクロネシアと関係があるのでMさんとしておこう。日本人なら誰でも知ってる大企業のオーナー社長である。ビジネスについて、非常に刺激的で面白いアイデアをいただいた。経営者の直観力というのはすごいものだ。自社商品をこつこつと1兆2千億円も売って培われた人間観察力、時流を読む力はとても足元にもおよぶものではない。たとえば、
「これからは女性の眼でやりなさい」
こういうのがとんでくる。
「金融の仕組みなんか男の脳が作ったものだ。男は面倒なことはしない。だが面倒見というのは日本のお家芸だよ。そしてそれは女の脳の独壇場だ。」
非常に科学的で深い。脳梁の太さの分析に話が至る。女性のが太い。こういうのは僕も大好きなので、話が盛り上がるのだ。8時間にわたってあまりにたくさんのアイデアをいただいたので、まだ頭のなかが雑然としている。経験的に、もう3回ぐらい寝て、起きないと、シャープなものにはならないという感じだ。
Mさんは自社開発占いソフトをもっておられる。四柱推命やら何やら僕は不案内だが数種を複合したまったく独自のソフトで、かなりの開発費がかかっているかもしれない。本人と両親の生年月日から性格、気質、個性を割りだし、相手とご自分との相性を細かく分析されている。そういうものを信じたことがない僕だが、データをパソコンに入力してすぐに出てきた結果を見て目を疑う。
基本的性格: 9 ポルックス
理想に生きぬくことこそ人生なり。人は自分の理想社会実現の為に努力すべきであると考える。理想と現実の裏面を知ると人間社会を信じ切れず用心第一になる。感受性強く、情操心豊か。
当たっている。ところがもっとあって、僕の場合、両親とも「9 ポルックス」なので極めて珍しい。12通りあるから、親子3人とも同じというのは1728人に1人しかいない。ザ・ポルックスみたいな人間なのだ、僕は。
個性1: L(食神) おおらかで勝気な星
温厚な中にも勝ち気なところがあり、かつ明朗であっさりしていて包容力があります。衣食住に不自由しない楽天家です。体格も、ややでっぷりしていて、血色も良い。これは食べることについて人一倍興味があるせいである。ただし、あくせく働くことが嫌いで、ファイトに欠ける面があります。
いや、降参。食道楽であるし、それに起因して日々いや増しに増す腹囲まで当てられるとぐうの音も出ずだ。「あくせく働くのが嫌い」。あくせくというのはかっこ悪いし、人間は1日に3時間しか集中できないという科学の方を信じている。サラリーマン時代にわんさかあった目的が見えない仕事、意味不明の会議。そういうものは人生の敵だった。
個性2: K(印授) 学問と知恵の星
学問、名誉、アイディア、寿命の星です。理知的で冷静であり、思慮深く温和で優しく、情愛もあついのですが、やや決断に乏しいところがあります。
おやじ方は理系の学者だし、決断にはややどころか非常に乏しい。ここまで自分の欠点をずばり言われると小気味良さすらおぼえる。
さらに、
「あなたは弱いもの、困っているものを助ける性格ですね」
Mさんは東京人の僕がなぜ広島カープファンか知らない。捨て猫を5匹拾ったことも知らない。
「医師になるべきでしたね」
はい、白い巨塔の東教授には何となく共感がありました。
医師ではなく証券マンを選んだ下衆な僕は、この占いシステムはビジネスになるな、という方に頭がイッテしまっている。
やっぱり飛行機はきらい
2013 AUG 8 23:23:34 pm by 東 賢太郎
さきほどソウル出張から戻りました。今回は日本の某1部上場企業オーナー様を現地財閥トップにご紹介する目的でした。両社オーナー様と3名でのディナーはいつもながら大変勉強になりました。米ロのスパイ疑惑の話では、どこで情報を盗むのか質問すると「ホテル」とのこと。社長は英国のジョン・メジャー元首相から「朝ごはんで部屋を出るときが一番危ない。必ずめんどうでも携帯とパソコンは持っていけ」と指南されたそうです。スパイ映画さながらです。
韓国は朴大統領が「経済民主化」を掲げて当選したため財閥たたき(いじめに近い)が横行しているそうです。財閥が国の大半の雇用を生みだしているのに逆に中小企業を圧迫していると非難され、例えば多くの従業員を雇って税金もたくさん払っているキャノンがそう言われてたたかれ、国内に基盤がないゼロックスはお目こぼしになるという意味不明の事態が起きているようです。財閥のグループ内取引は厳しく制限され、競争入札が義務付けられて安かろう悪かろうの商品に負けてしまう。それでは長期的には国の生産性を下げて国際競争力が落ち、結局逆に失業を増やすと思うのですが。そういう理屈は通らないようで、政府の人気取りであるという声も根強くありました。
ぜんぜん関係ないですが、高所閉所恐怖症の僕として今回の航空会社えらびはちょっとだけ考えました。例のアシアナのサンフランシスコでの事故。そうしたら今度は大韓航空がどこかでオーバーラン。先方様でチケットは買っていただけるのですが「JALでもANAでもどこでもいいですよ」と言っていただいたにもかかわらず、結局大韓航空にしました。理屈が先に立つ僕として、こう考えます。
まず世界をきれいに2つに分ける。①不可抗力で墜落②不可抗力以外で墜落。①は離陸で鳥がエンジンに飛び込んだり着陸で突風が吹いたり、4社どこでも同じ確率です。だから②だけで決められる。一度事故った会社は運輸安全委員会から厳重に注意なんかが出る。2度もやったら会社を潰す。だから実はより安全だ。相当いい加減な説であります。われながら。そう納得しながら「いや実は機内食は大韓のビビンバがいちばんうまい」「スチュワーデスも美人である」というのが本当の理由だったりします。何でもいいのですが、要は、そういうことを考えないと飛行機がこわいのであります。困ったもんです。
南洋の釣り船に悠久の時を思う
2013 JUN 24 22:22:25 pm by 東 賢太郎
最後の日です。これでミクロネシア・レポートも最終回です。
朝5:15起き。全員で釣りに出かけました。これは6:00ごろ、出航前のボートです。潮の香りがいいですね。
夜明け前なのに気温は20度ぐらいでしょうか。このまま海に飛び込んでもいいぐらいのあたたかさです。この島では、お金は一銭もなくても凍死はしない餓死もしない。これがパラダイスでなくて何でしょう?我々は文明国に生まれて良かったと思いこんでいますが、ここの島の人は東京のような都会に住みたいとは誰も思っていないでしょう。凍死しないように大枚はたいて家を買い、餓死しないように毎日あくせく働き、欲望と見栄のために勉強したりお金を貯めたり・・・・
我々の人生、お金や地位を得る無意味な競争のために時間を空費して死ぬだけなんじゃないか? だとしたら文明なんて何の足しになるのか? ここの悠然とした大自然の大きさの前では文明人のはずの僕らなどお釈迦様の手のひらの孫悟空みたいなもんです。ベートーベンの交響曲がどうしたやらベースボールがどうしたやら株式市場がどうしたやら、そんなのはもうどうでもいいなという満腹感に似た感情といいますか、潮の満ち干みたいな大自然の摂理にこころがぴたっと共鳴しているのが自分でわかるのです。こういうことは人生で初めてです。
そんな気持ちをぼーっと一人味わっていると、皆さん、早々とボートに乗り込みました。
いよいよ出航です。MRAの紅一点日本人社員、石原嬢も釣りは今日が初めてだそうで少し緊張の面持ちです。まぐろ用と小型魚用の2つのボックス。でっかいですね。ぜったい大物を釣るぞという心意気がみなぎっております。
海はどこまでもおだやかです。船酔いの薬を飲んだ人もいましたが、いらないんじゃないかなあ。僕は酔わないので遠慮しました。ダダダダダ、エンジン音も軽快に。ぐーんとスピードが出てくると風が肌にここちいい。右側からいよいよご来光の時間が迫っています。
皆さん、とくとご覧ください。下がミクロネシアで僕が撮った最後の一枚です。
遭難者のカメラにはきっとこういうのが残るんでしょうね。何があったかって?
ここから船長は猛スピードで沖をめざして一直線に舟を進めました。やがて珊瑚の環礁から外に出たんでしょう、舟はすごい高波に木の葉のようにもまれだします。いや、甘くみていました。全員、頭のてっぺんから波をぶちまけられて、まるで泳いできたかのようにびしょびしょです。よし、このシーンを撮ってやろう。今回この旅行のために買ってきた最新式のキャノンのデジカメを取り出します。
あれっ、動かない!
押しても引いても何をやってもご機嫌をとっても、ダメでした。海水が入ったんでしょうか。こういうわけで写真はおしまいになってしまったのです。
それでもボートはどんどん進みます。来た距離は例のダイヤモンドヘッドが後ろで遠くに霞んで見えなくなるぐらいで、ひょっとしてこのままチューク島でも行くんじゃないかと冗談も出ました。船長さんたちはぜんぜんしゃべらず、どうしようとしているのか誰もわかりません。ここはサメがいるらしいし、転覆でもしたらまずいなあ、皆さんちょっと不安なのか無口に・・・・。N さんはやっぱり船酔いになってしまいました。と、そうこうするうち、船長さんは無言のままやおら船首を180度旋回して、来た方角に向けて引き返しだしました。糸を垂らしてみたわけでもなく、どういう都合かぜんぜんわからないのですが、なにか残念なようなほっとしたような・・・・。
まぐろはどうもいなかったようです。残念です。きのう子供が小舟で釣っていたのにね。すると赤銅色の肌をした老練な船長は 「マヒマヒを釣るぞ」 とけっこう上手な英語で高らかに宣言するではないですか。おお、さすがだ。臨機応変な判断だ。目だけでそれがわかるんだからすごいよね、一同より称賛の声が上がります。すると2人いる船員が、黄色いプラスチックのロールになんだか無神経な太めの糸が巻きつけてある道具を箱から2つ取り出しました。これを舟の両側から海に垂らして、舟を加速するとマヒマヒが疑似餌に食いつくのだそうです。そこでやおら登場した疑似餌!これの写真が撮れなかったのは痛恨です。七夕さまの笹にぶらさげるボンボリみたいで間抜けな顔をした、たぶんイカのつもりなんだろうがその割には足が銀色でやたらに多い、いかにも釣れそうにないマンガ的物体が堂々と針に装着されたのです。
午後1時のフライトなので、それを海に垂らす残り時間は30分。皆が交代で今か今かと糸を持ちます。マヒマヒってどんな顔つきなんだろう、たしかハワイで食べたけどおいしかったよ、疑似餌のサイズからして大きそうだから引きは強そうだね・・・・。こんな会話がなされること約15分。しかし引きはおろか、糸はピクリともせず。そうこうするうちに、皆さんだんだんあの間抜けなイカの顔が目に浮かんできたのか、でもあれに食いつくのはよっぽどバカな魚だよね、スピードでごまかさないと無理だよね・・・・皆さん会話のトーンが一気に変わってきます。
わかった。これは釣りの疑似体験つきクルーズだったんじゃない?
そうか!あのでかいボックスにおみやげのまぐろが2匹ぐらい入ってるんだよ。
もう皆さんやけくそです。誰からともなく、おなかすきましたねということで石原嬢お手製のおにぎりをいただきましたが、それのおいしかったこと!釣糸のことはもう皆わすれておにぎりに集中。それをするどく見ぬいてかどうか、「今日はおしまい!」、船長の毅然とした号令一下、舟はダダダダダとエンジン音も軽快に港に午前9時の予定通りに帰還したのでありました。予定通りだったのはそれだけですね。おみやげのまぐろは出ませんでした。下船したあと、温厚で大人物であられる T 社長より、
ちょっとコミュニケーションが不足しておりましたな
と締めのご講評。まさに言いえて妙でした。ホテルへ帰ると迅速かつ的確に定価通りの125ドルの請求書が我々を出迎えてくれたのです。この3日半、初めての南洋でのすばらしい体験の連続でした。まあ人生、万事うまくいくことはありませんしね。最後にちゃんと帳尻があってご愛嬌で終わるのもまた次回の楽しみが残ったと考えることにいたしました。また来たい、いや必ず来るつもりです。
長々とお読みいただきましてありがとうございました。僕だけはここからグアムに3泊しましたが、写真の都合で順番が分かりにくくなってしまったことをお詫び申し上げます。
世の雑事が頭から完全に消えた日
2013 JUN 24 18:18:43 pm by 東 賢太郎
ナンマドールとケプロイの滝を見た後は胡椒(こしょう)農家を訪問しました。東インド会社のころ、アジアからヨーロッパへもちこむとダイヤモンドと交換できたという胡椒ですが、どんな植物でどういう風に栽培されているのか見たこともありませんでした。これがその農園です。 
立てられた杭にツルのように巻きついていて、ブドウの房のように実がついているのです。
実を噛んでみると、ラズベリーか固めのサクランボみたいな歯ざわりなのですが、出てくるジュースはまぎれもない胡椒の味なのです。乾燥してああいう辛い味になると思っていましたが元々だったんですね。2~3個で舌がしびれてきます。
ところで下の写真の右上にある濃い緑の葉っぱの木が何かご存知でしょうか?
これです。
これ、マンゴーの木なんです。高さは20メートルぐらいの堂々たる巨木です。バナナの木みたいなのを想像してましたが・・・。マンゴー様が偉大に思えてきました。
だいたいどこの農家も豚を飼っているようです。子豚の色分けが面白いですね。
死んでるのかと思いました。究極のリラクセーションですね。見ているだけで肩こりが治りそうです。
これがウワサのマンゴーです。もぎたてです。あの木から獲れたのでしょうか。ワイルドに皮をむいてかぶりつきます。こんな甘くてジューシーなのは食べたことがありません。止まらなくなって3つもいただきました。
農園のご主人から胡椒をおみやげにいただきました。けっこうたくさんあります。ステーキにかけたり野菜炒めに入れたりは定石ですが、通の食べ方として醤油、みりん、砂糖で煮て佃煮にすると絶品と教わりました。世が世ならダイヤモンドです。深謝です。
コロニアに戻ると6時過ぎ。そろそろディナーです。最初に行った海辺のアメリカンレストラン「マリーナ・クラブ」に行ってみることになりました。そこからしばらくのんびりと海を見ていると、ボートからまぐろを釣った子供が降りてきました。明日は釣り船に乗るので期待が高まります。あんなボートで子供でも釣れるんですね、などと話していました。
これがここのメニューです。これも悪くないでしょう? お味もヴォリュームもgoodです。SASHIMIもあります。
ココナッツ・ジュースを注文しました。するとウエーターがOKといって店のわきの椰子の木にするすると登るではありませんか! これに穴をあけてストローを入れて、お待たせしました! となるんです。冷蔵庫に牛が入っている牛乳のCMがありました。あのノリですね。東京だったらいくらとられるだろう? 贅沢です。
食事がサーブされるとどこからともなく、またあいつが現れました。たくさん人がいるのに、迷うことなくまっすぐに僕の横に来て見上げます。どうしてわかるんでしょうか? 
さんざんおいしい料理とワインをいただき大満足。帰りはホテルまで腹ごなしに歩き。屋台をひやかしながら帰りました。これは鰹でしょうか。明日は朝5:45に集合で釣りに出ます。なんとなく皆さん頭はそっちの方に。
いや、ものすごく濃い一日でした。
ケプロイの滝
2013 JUN 24 16:16:25 pm by 東 賢太郎
降雨量世界第2位のポンペイは滝が多いようですが、ここにご紹介するのは「ケプロイの滝」といいます。ナンマドールのあと、お昼ごろに茂田さんにご案内していただきました。まず、こういう川沿いのけもの道のような小路をどんどん上流に向かって歩きます。 
ゆるい傾斜のある道ですが、2~30分ほど行けば水しぶきの音がだんだん大きくなってきます。
着きました! 気温もやや涼しくなってくると、熱帯にいることを忘れてしまい、いつのまにか日本にいるような錯覚に陥ってくるのが不思議です。
高さ、幅とも2~30メートルぐらいでしょうか。轟音で声はほとんど聞こえません。ここで皆さんじっと黙ったまま滝のパワーを感じつつ、茂田夫人お手製のお弁当とおにぎりをおいしくいただきました。デザートはバナナです。これは甘いうえに少し酸味がかっていて最高においしく、初めての味でした。そして仕上げは椰子の実のジュース。もちろん実ごと丸ごとです。重たいのを運んでいただいてありがとうございます。
企業秘密ゆえ皆さんのお顔入りの写真を公開できないのが残念ですが、全員が満面の笑顔なのをご想像ください。男性5人、女性1人でしたがこの日は遺跡に滝と、島のパワースポットを訪ねるまるで大人の遠足でした。僕だけ初対面でしたが、この3日半は「数奇な」体験の連続で、こういうものを共有させていただいたのは何かのご縁と思います。
日本人は企業も若者もミクロネシアに進出すべし
2013 JUN 24 13:13:34 pm by 東 賢太郎
ポンペイ島の2日目。ミクロネシア連邦法務省登記官のサマリ・スタさんとです。
ここがMRAの本社で我がレイゾン・キャピタル株式会社もこのビルの一室に入りました。後ろの壁には両国の国旗しかないのにご注目ください。MRAは日本企業だけにサービスする目的で設立されたミクロネシア連邦専属のエージェントなのです。中国や韓国の誘致はいっさい視野にありません。米国信託統治領から独立した現在もまだ米国から教育、医療などの財政補助を受けていますがそれは2023年に期限が切れます。ですから当然のこととして海外企業の誘致が10年後を見据えた国家戦略なのですが、その相手に日本を選んでくださったということなのです。嬉しいではありませんか!ちなみに後ろの写真、中央がモリ大統領、左が「亀井さん」似の副大統領です。
下はポンペイ島北部に位置する連邦首都パリキールにある国会です。屋根もソーラーパネルはODAで日本が作ったものです。連邦裁判所もこの隣ですが、殺人など凶悪犯はまったくないそうで、あってもコソ泥ぐらい。いったい何を裁くんだろうと皆の話題になったほど治安はよろしいようです。ちなみにダンナの浮気で奥さんが逃げたというのが新聞ネタになるそうです。平和ですね。
だれがこの光景を見て一国の永田町、霞が関と思うでしょう。金額では米国の援助の次に日本国のODAが大きく、島の火力発電所は三井物産が、道路舗装は前田建設が受け持ちました。ここの敷地の風力発電機も日本製です。一位の米国がお金を出さなくなるわけですから日本が頼られるのも道理です。それには政府よりもむしろ民間が応えてあげることで両国の関係はより緊密になるはずです。
僕がここに会社を作ろうと思ったのは節税などのしみったれた話ではなく、小さくてもいいので国家を相手とした事業をやってみたいという昔からの強い願望があったからです。坂本龍馬はそれが英国だったし、僕の先祖も開港直後の横浜に信州伊奈から出てきて英米相手に生糸貿易と金銀両替商をやっていました(後者は銀座の田中貴金属として残っています)。血が騒ぐとはこういうことだとつくづく感じています。
この日のディナーはMRAのホストで、日系人のご夫婦が経営する海辺のレストランでミタ元駐日大使とスタ登記官にごちそうになりました(下)。右はスタさんです。外でいただく予定でしたが突然というか想定どおりというかバケツをひっくり返したような集中豪雨に見舞われまして屋内のテーブルになりました。
お店の棚にあるご主人のトロフィー。ゴルフ場はないので何かなと思いきや釣りのトーナメントの優勝カップでした。まぐろの刺身がうまいわけですね。
メニューは日本語が書いてあります。通貨は米ドルですよ。
さしみ定食1100円、やきそば、ラーメンが900円、日本そば800円、海老フライ定食2300円、親子丼900円、そうめんといなり寿司1000円、ステーキライス2000円・・・・
いかがですか?ぜんぜん問題ないでしょう。味ですか? 断言しますが香港の妙ちくりんな「日式」などとは比べ物にもなりません。あんなものを日本料理だといって、知らない中国の人が勘違いするのも困る。香港に住んだ2年半、あれは一度でこりて2度と食べませんでしたが、ポンペイの日本食は毎日でもOKですね。ということで皆さん、安心してポンペイ、ミクロネシアへお出かけください!
異次元の飲み物「サカウ」
2013 JUN 23 21:21:36 pm by 東 賢太郎
ポンペイの夜、マーク・ヒースが案内してくれたバーで地元の人に妙な飲み物をすすめられた。バーといってもホテルから5分ぐらい車で離れた海辺にある木造の丸い平屋で、まん中にディスコがあって入口の隣にビリヤードが一台置いてあるだけ。ロックががんがん響いていて5~6人の若い男女が何をするともなくたむろしている。若い頃なら好奇心もわいたが、このトシこいてちょっと場違いな感じの場所だ。
コップにそそがれたその飲み物はすこしねっとりとしているように見える。マークがあんまりたくさんは飲むなと言うので軽くひとくち含むと、とてつもなくまずくて吐き出してしまった。泥水をバリウムで溶いたような苦味といえば近いだろうか。みんな僕のしかめっつらを見て笑う。それでもその飲料はなにか大切なものらしいという雰囲気であったので、ありがとうと日本語で一礼してすぐコップを持ち主に返した。
これは何だとたずねると、「サカウ」ときこえる。音楽がうるさくて良く聞こえなかったが、ポンペイで昔からお祝いやら冠婚葬祭やら、大事な日に飲む特別の飲み物らしい。飲むとしばらくして気持ちがおだやかになってケンカがおさまるとも。あとで分かったことだが、植物の根をつぶしてとったエキスで神経を鎮静させる薬理作用がある。多用すると害もある。しかしこの島では公式の場で飲む神聖な飲料なのだ。翌日に訪問したコショウ農家に、まさにこのサカウの根っこをたたいて砕く大きな石臼のようなものがあった。叩くのはこぶしより少し大きめの石で、博物館で見る石器時代の農具を思い出した。
これで思い出したが、創業時のコカコーラには麻薬コカインを含む「コカの葉」(多くの国で麻薬とされる)の成分が少量含まれていたらしい(Wiki)。成分を発表しないので今はわからない。しかし南米ボリビアではコカの葉をお茶として日常一般的に飲まれているのだから、麻薬と見るか薬理作用のある植物と見るか線引きが難しいのかもしれない。ポンペイの「サカウ」もそれに似たものなのだろう。
何という物か名前を忘れたが、同じ人から大き目のピーナッツのような形の木の実に石灰の粉をまぶしたものもすすめられた。絶対に噛むなよ、しゃぶるだけだよと言われて口に入れると今度はこれがピリリと辛い。予想外のお味にやはりすぐ吐き出すことに。ここでは政治家までがこれをチューインガムのように日常的にくちゃくちゃやっているようだ。僕は40か国でいろんなものを食べたから少々のものでは驚かない。食文化というのは実に奥が深いが、しかし、ここまでくるともう異次元体験だ。こういうのは、このトシこいた身ではなく20代の若者のころに味わいたかった。サカコーラの創業者ぐらいになれたかもしれないなあ。
ポンペイ島ナンマダール遺跡を見る
2013 JUN 23 20:20:04 pm by 東 賢太郎
ポンペイ島に20年居住してホテルやガイドをされている茂田さんの案内で、この島の最大のツーリスト・スポットであるナンマダール遺跡へ。場所は島の南南東。ホテルは最北端なので一時間以上かかります。道路は日米のODAでほとんどは舗装されていますが、遺跡に近づくとそこは未開のジャングル。道もデコボコです。車は密林の中をゆっくりと進みます。
この地域はある部族の支配地で、遺跡見物は酋長への支払と許可がいります。顔見知りのガイドなくして入ることは無理のようです。下が酋長のお宅です。昔よりここに来ると神が雨で出迎えるそうですが、そのとおり降られました。茂田さんが交渉しましたが、今日は潮が高いのでボートは出せない、歩いてくれと言われました。
歩く道には別な地主(下の家)がいて、そっちに料金を払いました。関所みたいなものです。満潮でないと儲からない地主ですね。皆さん雨合羽姿で黙々と歩きます。
ナンマドール遺跡は5世紀ごろから王の墓として海上に石を積んで造られ、その後は祭祀の場となったようですが、ポンペイはスペインが征服するまで文字がなかったそうです。米西戦争の賠償金捻出のためドイツに売られましたが、発掘した遺物を持ち帰ろうとしたドイツ船が難破したためここの歴史をたどる道筋はとぎれてしまいました。
熱帯には何度か行きましたが、こんなジャングルを歩くのは初めてです。木々や植物の霊気を感じます。虫除けスプレーのせいかもしれませんが、蚊やアブはぜんぜん現れませんでした。千年?はたっていようかという巨木の前で。
海辺になると森はマングローブになってきます。お顔が見えるのが茂田さんです。木の橋を渡っています。
お待たせしました、これが遺跡です。こういう小島のようなものが16あり、これが代表的なもののようです。石が雨で滑って歩くのがとても大変でした。
目の前の浅瀬を全員が歩いて渡りました。深さはひざの少し上まで。海水はまったく冷たくなくて、そのまますぐ泳いでもいい程度の温度でした。
副葬者の墳墓は破壊されたように見えますが、何百年の間に木の根が石を動かしたそうです。
下は島民の主食であるパンの実です。どこの家の庭にもあるそうです。これと椰子の実が生活を支えています。椰子の呼び名は成長に応じて10種類ほどあるようです。出世魚でもそんなにありませんから、いかに島民が椰子の実を大事に関心をもって扱っているかわかりますね。
遺跡の壁面の高さは5~6メートルはありました。大きな石は4トンもあるそうです。5世紀の人がこんな巨石をどうやって積み上げたのか、エジプトのピラミッドもそうですが謎です。下の写真のアングルだとどこか日本のお城を思わせます。
人っ子一人いない中を闊歩するのは気持ちよかったです。
これは何かおわかりですか?バナナの花です。野性でいくらでもあります。上の方にバナナが見えますね。
これはテレビでよく見るマングローブです。マングローブという植物があるのではなく、海上に群生する木を総称してそう呼びます。日本のテレビ局がときどきロケに来るそうで、元読売の記者だった茂田さんが解説されるのがお決まりだそうです。
同じ道を戻ってふたたび酋長の家の庭です。あひる、にわとり、犬、ねこ、ぶた、うなぎ・・・いろいろいます。世のうさを忘れるのどかさでした。島一周が車で約4時間。我々が宿をとっているポンペイの州都コロニアもミクロネシア連邦の首都パリキールも島の最北端で、商店も病院もそこにかたまってありますから2時間近くかかります。ここは文明とほぼ隔絶された場所といっていいでしょう。
大うなぎです。神聖な生き物とされ、食べることはありません。といっても、なまずのようであまりおいしそうにも見えませんが・・・。
これでおしまい。なかなか強烈な体験でした。こういうものを見てしまうと我々が普段に観光、見学といっているのはディズニーランドのなんとかアドベンチャーと変わらないなと思います。電気と車があるぐらいで、あとはたぶん何百年まえとそうちがわない生活をしている人たち。そして彼らを取り巻く、たぶん何万年まえと同じ景色であろうジャングルの木々。地球という星のいとなみが永久不変であり、我々人間はそのわずかな一部分でしかなく、我々の人生はほんの一瞬の出来事でしかありません。産業革命以来、人間は文明という名のもとに世界中の自然を破壊してきましたが、結局それは天に唾するものであるをここの空気を吸って身にしみて味わうことになりました。






































